• 陶曲

【陶曲】砂に光る目

マスター:篠崎砂美

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/05/21 07:30
完成日
2017/05/31 20:29

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 波が寄せてくる。遙かなる深淵より。
 寄せては返し、寄せては返し。
 そのサイクルは鼓動にも似て、時計のリムが回るにも似て、変化を告げている。
 そして、時に、海はとんでもない忘れ物を運んできたりもする。
 波は寄せる。
 コロコロと、コロコロと、波が何かの球体を運んできた。
 白き球体に、蒼き印。
 それは瞳。
 一対の眼球。
 玻璃でできたそれは、砂浜の上でクルクルと回転して周囲をうかがった。
 その視線が、ヴァリオスの小高き場所、魔術師協会の本部の建物を見据える。そこに、いったい、何を見たのだろうか。
 リムは回る、リムは集まる、リムは運命に手をのばす。
 集え、映せ。集え、映せ。集え、集え、集え!
 ガラスの目玉の周りに、浜辺の砂が集まってきた。盛りあがったそれは、見る間に少女の姿となる。その姿は、一つ、二つと増えていき、やがて、多数の砂人形となった。
「目覚め……、まだ……」
 微かにつぶやくと、歪虚たちは街に向かってゆっくりと歩き出した。

リプレイ本文

●暗き水底(みなそこ)より
 それが生まれたのは、いつのことだろうか……。
 海の底に在ったのは、いかなる理由からだろうか。
 空洞なる頭蓋(ずがい)の中には、それに関する記憶がない。
 そも、陶器なる身体に、血肉は、記憶は、心は、存在していたものなのだろうか。
 分からないと言うよりも、それは疑問ですらない。
 今、在るのだから、それですべてだ。
 今、そう感じるのだから、それですべてだ。
 それが足りないと言うのであれば、それを欲する。それを持つ者を嫉妬する。
 なぜという言葉などに意味はない。そうしたいだけなのだ。
 だが、糸も切れ、手足も動かすことを忘れ、どれほどの時が流れたことだろうか。
 時に波があるのであれば、それは、寄せることもあれば、返すこともある。あるいは、凪(な)ぐこともあれば、逆巻くことも……。
 今は昔……、昔は今……。
 忘れ去られし御方(おんかた)は、忘れられておられたのだろうか。
 思い出せ、思い出していただけ。
 そう、思い出したのだろう。がらんどうの頭蓋の中に、何かが響く。湧き上がってくる熱がある。
 熱があれば、身体が動く。
 どこへ……?
 もちろん、彼(か)の場所へ。
 だが、我は砕かれた。
 陶器の身体は、千に万に、微塵(みじん)となって再び海へと沈んだのだ。
 そして、冷えてしまったのだろうか……。
 否。
 渇望は、さらに燃えあがる。
 そは、何処(いずこ)より現るるものなのか。
 そは、何処へと集うものなのか。
 そは、何処より呼びかけしものなのか。
 この高ぶりは、誰(たれ)にぞ呼び覚まさせられしものなのか。
 この高ぶりは、誰にぞ捧げしものなのか。
 狂おしい。
 他の者は、集えしほどに。
 歓喜の糸を辿り寄せる前に、この身は砕けてしまった。
 妬ましい。
 なぜに、我が身は集えぬのか。
 いや……、集えばいいではないか。
 砕けた物は、また集まればいいではないか。
 御方のように……。
 念を縒(よ)り。仇を縒り。怨を縒り。
 コロリ、コロリと、転がりゆく……。
 そして、見た。
 海岸を歩く、たわいのない存在。
 人……だ。
 元は、そのような姿であった気がする。
 我が破片は、細かな砂となって散っている。
 ああ、同じではありませぬか。
 脚を縒り、腕を縒り、胴を縒り、頭を縒り……。
 型ができあがっていく。
 砂でできた人型。
 一つ……。
 いや、足りぬ。
 集え、縒りあえ、形作れ。
 二つ……。
 まだだ、まだだ。
 三つ、四つ、五つ、六つ……。
 素晴らしい。
 同じだ……。同じだ!
 糸を縒り合わせよう。
 一つに、一つに。
 歓喜の糸を!
 一つに、一つに!
 そして、この歩みの先に……、この先に!

●街へ向かう脅威
 初めは、砂浜に打ち上げられた無数の陶器の破片であった。
 かつて、多くの魚を駆り、ボートレースに乱入した歪虚のなれの果てだ。
 もちろん、歪虚はハンターによって倒された。粉々にされ、海の底へと沈んでいったのだ。
 砕かれた歪虚の破片は、そのまま消滅するのが常ではあった。
 だが、それは残った。
 歓喜の波動が、消え去ることを是とはしなかったのだ。
 歪虚の破片は、何かに引き寄せられるかのように、海岸に打ち寄せられていった。
 そのほとんどは、運ばれる間にも砕け、もはや細かな砂と見分けがつかない物に成り果てていた。
 だが、その中で、まったく損傷を受けていなかった物が二つ。
 玻璃で作られた一対の人形の眼球であった。
 白く塗られた球体には、蒼い瞳が周囲の光景を映し出していた。
 浜辺に転がった眼球が、まるで生き物であるかのようにひとりでにクルンと回転する。
 その瞳が、何かを映した。
 砂浜の上を動くものだ。
 たわいもない、非力な、人という生き物の姿だ。
 それは、自由に移動していた。
 元はと言えば、歪虚もその姿を模した白磁の身体を有していたのだ。
 その姿が、眼球の中で澱んだ。
 失われてしまった姿、失われてしまった能力が、恨めしい。
 ならば、写し取ればいい。
 眼球の周りに、浜辺の砂が集まってきた。
 かつての陶器の身体の破片を含んだ砂だ。
 砂が集まってくる。集まってくる……。
 盛りあがった砂は、背の高い砂山となった。
 そして、人の姿になろうとして……崩れた。
 もう一度、歪虚が砂を集めていく。
 集まってくる……、集まってくる……。
 それらしい形となった。
 手足を動かせば、移動することができる。
 だが、歪虚の細かな破片を含んだ砂は、まだまだある。
 歪虚は、砂を集めて、もう一つの人型を作った。
 二つの砂人形が、肩を並べて歩きだす。
 緩慢だが、着実に近づいていく。
 砂は、まだある。
 一つ、そして、また一つ。人型がだんだんと増えていった。
 やがて、砂人形の群れが、砂浜を行進しだした。

 さすがに、人々が気づいて騒ぎ始める。
 いったい、この異形の群れは何なのだろう。
 ゆっくりとではあるが、それはヴァリオスの街へと近づいていた。
 そして、ハンターが呼び集められたのだ。

●戦闘準備
「うん、見るからに人じゃないの。それに、たくさんいるの」
 エルバッハ・リオン(ka2434)の魔導トラックの陰に隠れて歪虚の様子をうかがいながら、ディーナ・フェルミ(ka5843)が言った。ふわふわした白い羽根毛のついた羽織「白鳥」を掛けているため、結構目立つ。だが、先頭の砂人形たちには、まだ気づかれていないようだ。
 エルバッハ・リオンとディーナ・フェルミの側には、依頼を受けて集まってきた星野 ハナ(ka5852)とミオレスカ(ka3496)とルベーノ・バルバライン(ka6752)がいた。
「そういえば、最近、青銅人形を見たことがあるの。あれの親類か何かなの?」
 ディーナ・フェルミの疑問に、隣にいた猫型幻獣のユグディラが顔をむけたが、何か応える前に羽根に鼻先をくすぐられて、くちゅんとくしゃみをした。
 大丈夫かなと、側にいたもう一匹のユグディラが、ちょっと心配そうにポンポンと背中を叩いた。星野ハナが連れてきたグデちゃんだ。
「フマーレでは、ネジが集まった歪虚が暴れてましたぁ。そういえば、この近くで陶器の人形も見たことがありますぅ」
 星野ハナが、ディーナ・フェルミの言葉につけ加えた。
 砂人形に、青銅人形に、木偶人形に、陶器人形と、素材の違いはあるが、いずれも、生き物ではないところに共通点がある。
 特に、フマーレに現れた木偶人形は特殊であった。ネジがコアとなって、糸で周囲の機械部品や木材を集めて、大小の人型を作りだしていたのだ。その意味では、砂人形は、砂が寄り集まっているという点で、木偶人形に近いと言えるかもしれない。とはいえ、とても陶器人形や青銅人形ほどの完成度はなかった。だが、それだけに、ちょっと得体が知れない。
「ネジの時は、糸で色々集めていたと聞くの」
「うんうん」
 ディーナ・フェルミの言葉に、星野ハナがうなずいた。
 あの時は、ナナ・ナインを讃えながら暴れまくる歪虚を全滅することができなかったのが、今でも星野ハナの心残りだ。
 海、フマーレ、ポルトワール……。いったい何が起きている、あるいは起ころうとしているのだろう。
「この前は木で今度は砂ですぅ? 木偶を操るネジ雑魔なんて今度こそ一個も残さずブッコロですぅ」
 星野ハナは息巻くが、何はともあれ、まずは作戦を練るのが肝要だった。闇雲に攻撃を仕掛けて、分散した敵にまた逃げられては元も子もない。
「敵を逃がさないようにするには、注意して観察するのが大事」
 ミオレスカが、慎重さをうながす。
「なあに、やはり漢たるもの、殴って殴って殴らないと覇道を達成したとは言い難い。木偶人形を延々と殴ってやろう。これぞ、我が覇道の一歩にふさわしい。華麗に撃破数を増やしてこようではないか。ははははは。わはははははは」
 細けえことはいいんだよとばかりに、ルベーノ・バルバラインが豪快に拳を握り締めて笑う。
「見た目は、耐久力があるとは思えませんが……」
 砂でできているだけの敵を見て、エルバッハ・リオンが言った。
「おう、だから、俺のパンチで一発よ」
「油断は禁物ですよ」
 なめてかかってはろくなことがないと、エルバッハ・リオンがルベーノ・バルバラインに注意をうながした。
「敵の能力を見極めることが大切ですけれど、そもそも使わせないということが肝心ですね」
「全部同じ能力なのか、ボスとか強いのがいるのか、ちゃんと見極めないと」
 ミオレスカが、エルバッハ・リオンに同意する。
「だから、俺の拳で……」
「はいはい」
 なおも真正面勝負を提唱するルベーノ・バルバラインの背中を、ミオレスカが押して黙らせた。
「木の時はネジ一個で一つ糸出して括ってましたけどぉ、今度は無数の砂を集めてるので核の雑魔が別タイプかもしれないですぅ。でも逃がさないでダメージ与えれば倒せると思いますぅ」
 ルベーノ・バルバラインとは別の意味で、星野ハナもやる気満々だ。
「つまり、中心となる歪虚がいるはずというわけですね」
「きっとそうなの」
 エルバッハ・リオンの言葉に、ディーナ・フェルミがうなずいた。
 こうして待機している間にも、砂が集まって新たな砂人形が誕生していく。
 ただし、どこからか召喚されたわけでも、砂人形が二つに割れて分裂増殖していくわけでもなさそうだ。むしろ、そこら辺の砂を集めて、誰かが砂人形を作りだしているようにしか思えない。その意味では、最初から形のしっかりしている陶器人形や青銅人形の歪虚よりも、フマーレで見たネジが周囲の物を集めて形を作った木偶人形の歪虚の方が近いのは間違いなさそうであった。だとしたら、親玉がいる可能性が高い。
「逃げられないようにして、一箇所に固めて……」
「ボスごと一気に吹っ飛ばすの!」
 星野ハナとディーナ・フェルミの意見が一致する。
 やはり、敵をやっつけるのであれば、一気に、派手に、容赦なく、徹底的に、殲滅! これしかない。
「殲滅だよ」
「殲滅なの」
 目をキラキラさせて、星野ハナとディーナ・フェルミが、パンとハイタッチした。
 さらにちゃんと作戦を詰めると、いよいよ一同は攻撃を開始した。

●戦闘開始
 先頭は、エルバッハ・リオンの魔導トラックだ。
 オフロード用にカスタマイズされた魔導トラックは、豪快に砂を蹴たてて砂浜を進んでいく。本来であれば、砂地でスタックしてしまいそうだが、事件の起こっている場所が砂浜だと聞いて、砂地にも対応できるようにタイヤなどをカスタマイズしてきている。その辺は、抜け目なくだ。
「一気に決めますよ!」
 ハンドルを握ったエルバッハ・リオンが、ドライバーズハイで、魔導トラックを激走させる。だが、その姿は、おぼろな煙につつまれて見えなくなっていた。スモークカーテンによる魔法の煙で、敵にこちらをはっきりとは視認できなくさせて奇襲を行うつもりだ。これならば、こちらの人数も装備も分からないので、敵もすぐには対応できないだろう。
 魔導トラックが走った跡にも煙幕が残留し、そのルートを通って走ってくる他のメンバーたちの姿は、まったく見えなかった。
「いっけえ!!」
 エルバッハ・リオンの魔導トラックが敵の最前列に突っ込んだ。
 普通であれば、いったい何が襲ってきたのかと敵はパニックになるはずであるが、味方が魔導トラックに轢かれて文字通り粉砕されても、砂人形たちはまったく動じなかった。彼らには、恐怖という概念がないのだろうか。
「まだまだあ!」
 敵に突っ込むと同時に、エルバッハ・リオンが魔導トラックをみごとにドリフトさせた。今度は、敵に対して真横に走りだす。そして、敵陣を横一列に薙ぎ倒す。海岸線ギリギリまで進むと、今度はスピンターンで反転して、進軍を止めない砂人形たちを再度粉砕していった。
 みごとなドライビングテクニックで、エルバッハ・リオンが、進んできた敵の最前列を完全に殲滅しつつ、その場所にもスモークカーテンによる煙の壁を形成していった。
「行きますのー」
「おらおらおらおら!!」
 タイミングを見計らって、スモークカーテンの中から、ディーナ・フェルミとルベーノ・バルバラインが飛び出してきた。
「てえーいっなの」
 ディーナ・フェルミが、ホーリーメイス「レイバシアー」で敵の前衛を殴り削った。
 もちろん、漢たるもの、ルベーノ・バルバラインはグローブ「ティエラペガル」を填めた拳で勝負だ。
「脆(もろ)い、脆いぞお!」
 物足りぬと、ルベーノ・バルバラインが雄叫びをあげる。
 チリン、リンリンリン……♪
 その雄叫びを静めるかのように、清らかなベルの音が響き渡った。ディーナ・フェルミのユグディラと、同じく星野ハナのユグディラ、グデちゃんの奏でるハンドベル「サームエコー」の音だ。そのちょっともの悲しい猫たちの挽歌の調べによって、砂人形たちの動きがわずかに鈍った。
「そおれえなのー!」
 ディーナ・フェルミが、自分の身長ほどもある細柄(え)のメイスを大きく振り回した。先端が砂人形の胴体に命中し、敵が粉々に飛び散って形を失った。
「脆いの!?」
 ルベーノ・バルバラインと同じ感想を、ディーナ・フェルミがいだく。元々が砂でできているため、何ともあっけない。
「そおれえなのー!」
 勢いに乗って、ディーナ・フェルミが周りにいる砂人形を次々に粉砕していった。
「はははははは」
 その近くでは、動きの鈍い砂人形を、ルベーノ・バルバラインがテンポよく拳で突き崩していく。
 エルバッハ・リオンの作りだすスモークカーテンを挟んで、二匹のユグディラが交互に間断なく猫たちの挽歌を奏でて、前衛のディーナ・フェルミとルベーノ・バルバラインを援護した。その後ろでは、星野ハナやミオレスカとユキウサギのジータが、万が一に備えて待機していた。
 鳴り響くハンドベルの響の中で、ディーナ・フェルミに上半身を叩き潰された砂人形が、砂浜から砂を吸い上げるようにして復活していった。脆い反面、砂人形たちは簡単に身体を修復できるようであった。地面にある砂が噴きあがるようにして一つに固まり、新たな砂人形を形作る。
 それは、メイスを持ったディーナ・フェルミそっくりの姿であった。
「ああ、真似してるの!」
 ディーナ・フェルミが憤慨して、メイスを持った砂人形を叩き壊した。
 だが、メイスを持った砂人形は、一つではなかった。複数の砂人形が、再生した時にいつの間にか武器を持っていた。他にも、ルベーノ・バルバラインのようにファイティングポーズをとる砂人形たちも出現していた。
「やっぱり、壊しても直ったりするの。きっと、どこかにネジがあるはずなの」
「そいつを叩けばいいんだな。任せろ!」
 やはりフマーレに現れた歪虚の同類だと決めつけたディーナ・フェルミの言葉に、ルベーノ・バルバラインがうなずいた。砂人形の中に、砂ではない何かの異物がないかと、より細かいパンチを繰り出して探してはみるが、ネジは見つからない。
 だが、ユグディラたちの援護がある限り、ディーナ・フェルミとルベーノ・バルバラインの方が、動きが機敏でやる気満々だ。スモークカーテンによって、ユグディラたちの正確な位置は敵には掴めないだろう。後は、スモークカーテンの効果があるうちに、再生するよりも早く敵を殲滅してしまえばいいだけのことだ。
 順調に殲滅が進んでいると思われていた時だった。走り回っていたエルバッハ・リオンの魔導トラックが、突然大きく撥ねて宙に舞った。まるで、忽然と現れたジャンプ台に乗りあげて、不自然にジャンプしてしまったかのようだった。
 煙の中を往復している敵に気づいた歪虚が、煙の中で倒された砂人形を集めて、砂のジャンプ台を作ったのだ。
「何が起きたの!?」
 横転して砂浜に落ちた魔導トラックの中で、エルバッハ・リオンが言った。
 幸いにも、シートベルトのおかげで大事には至っていない。すぐに、運転席を脱出して、いったん後方へと下がる。
 魔導トラックの動きが止まったために、効果の切れたスモークカーテンが消えていく。
 そのため、今まで敵から身を隠していたユグディラたちやミオレスカたちの姿が顕わになってしまった。
 だからといって、まだ、ディーナ・フェルミたちの方が、圧倒的に有利なことに変わりはない。
 ヒュンと、砂人形のメイスがディーナ・フェルミの頭があった場所を横に通りすぎる。身をかがめたディーナ・フェルミが、お返しをしようとメイスを振りかぶり……、そして、その手が止まった。
『すにゃ~、すにゃ~、すにゃ~……』
 チリンチリンと音がして、奇妙な歌のような物が聞こえてきた。
 見れば、ユグディラの姿をした砂人形が、何体か現れていた。それぞれが、手にベルを持って、奇妙な音とも声ともつかない音を発していた。まさかとは思ったが、猫たちの挽歌らしい。
 それを聞いたディーナ・フェルミとルベーノ・バルバラインから、急にやる気が失せていった。なんだか、この砂人形たちを叩くことがむなしくなってくる。
「ああ、こんな手応えのない敵を叩くなんて、むなしい……」
 圧倒的な強さで敵を粉砕していたルベーノ・バルバラインの拳が、だらんと下に下がる。
「下がって! 敵が歌真似してるよ!」
 星野ハナが叫んだ。
 その言葉に従って、ディーナ・フェルミとルベーノ・バルバラインが下がった。素早い動きではなかったが、敵も同じように遅い。
 だが、砂人形のユグディラの方が数が多かった。それに、人間と比べると、元々感情がないように思える砂人形の方が、より強く呪歌に抵抗していた。
 そのため、戦う意欲の薄れたディーナ・フェルミとルベーノ・バルバラインの方が動きが鈍かった。このままでは、追い着かれて攻撃されるかもしれない。
 星野ハナが、虎の子の呪符を構えた。
 その時だ。
 ディーナ・フェルミに襲いかかろうとしていた砂人形が、突然飛び散って形を失った。まるで、強い風に捻られて引き千切られたかのように、砂が周囲へと吹き飛ばされて散っていく。
 後続の砂ユグディラにも、次々に矢が襲いかかっていった。
「ジータは、後ろから援護お願いしますよー」
 魔導拳銃「エア・スティーラー」を構えたミオレスカが、相棒のユキウサギであるジータに言った。大気を纏った弾丸で、味方が後退するのを援護する。
 ハープボウを構えたジータも、ミオレスカの後方から、敵のハンドベルを狙い撃ちにしていった。砂のハンドベルが、矢に射貫かれて形を失っていく。ぱったりと、敵の猫たちの挽歌が止まった。
「殲滅なのー!!」
「おう!」
 呪歌から解放され、気合いを入れなおしたディーナ・フェルミとルベーノ・バルバラインが、改めて敵を迎え撃つ。魔導トラックの位置で一進一退を繰り返しながら、戦闘は続いていった。
 前線が後退した分、敵陣の後方で、倒したはずの砂人形が確実に復活していった。これではキリがない。
「どうやら、敵は単純に復活するだけではなく、こちらの攻撃を真似できる能力があるようですね」
 エルバッハ・リオンが、ユグディラ型の砂人形が現れたことから、敵の能力を推察した。
 こちらの攻撃を真似してくるのであれば、迂闊な攻撃は自分たちの首を絞めることになりかねない。中途半端にダメージを与えるのではなく、一気に殲滅できるほどの大ダメージを与えた方がよさそうだ。
 魔法攻撃を準備しながらも、エルバッハ・リオンは、タイミングを見計らった。その胸元に薔薇の文様が浮かびあがり、手足頬へと、トゲのある蔓模様が伸びていった。
「壊しても元に戻る……。少しずつ増えている……。でも、爆発的に増殖は……していない?」
 仲間の間で復活していく歪虚を見て、ミオレスカがつぶやいた。
 弾数の関係から、倒した敵の数はカウントしている。敵は復活するようだが、別に、一体倒したら二体に分裂するというわけではないようだ。青天井でないだけ助かるが、その理由は何なのだろうか。
 単純に、元から数が決まっていて、それが復活するだけなのか。それならば、復活できないほどに破壊してしまえば全滅できるかもしれない。
 あるいは、親玉がいて操作できる上限が決まっているとか。それならば、他と違う敵を見つけて倒せばいい。
 そんなことを考えて、ミオレスカが前進する。やっかいなユグディラ砂人形を率先して倒したので、呪歌によるカウンターはない。
 敵も、後方にいた砂人形たちが最前線で戦っていた者たちに追い着き、魔導トラックの周辺に敵が集まる形となった。もちろん、ディーナ・フェルミとルベーノ・バルバラインも、敵がばらけないように押し込める形で、味方が集中攻撃をしやすいように誘導している。
「うまい具合に纏めてくれたあ。今ですぅ!」
 待ってましたとばかりに、星野ハナが五色光符陣を展開した。攻撃したくて、うずうずしていたのだ。
 その瞳が蒼く輝き、ポニーテールが重さを失ったかのようにゆらゆらと浮かびあがって広がった。
「降魔結界! 青東! 白西! 南赤! 北黒! 央黄! 光輝に満ちよ! 五色光符陣!!」
 射程範囲内に入った敵の前衛をなるべく多く巻き込むようにして、星野ハナの放った呪符が、東西南北上の五方に展開した。その結界内が、目映い光につつまれる。その光に焼かれて、数体の砂人形が消滅した。
 敵味方の区別はつくので、遠慮なく星野ハナが続けて魔法攻撃を放つ。
「少しは、敵だけを狙ってほしいの!」
 ディーナ・フェルミが叫んだ。
 ダメージは受けないとはいえ、閃光の余波で戦いにくい。
「魔法のカウンターはなさそう? でしたら……」
 少々先走り的な星野ハナの攻撃を見て、エルバッハ・リオンが、ワンド「アプルリー」を構えた。
「千鈞(せんきん)の光以(も)て、圧壊せよ!」
 エルバッハ・リオンが、グラビティーフォールを放つ。球形の紫色の光につつまれた敵の姿が奇妙に歪み、一気に光が収束すると共に砂の身体が圧壊して崩れた。
「いけますぅ!」
 ディーナ・フェルミの文句などお構いなしに、このまま一気に敵を殲滅させようと星野ハナが前進した。それを先回りするようにして、グデちゃんが前に出る。
 なぜと思う星野ハナの前で、グデちゃんが獣盾「コスタード」を構えて、敵からの矢を防いだ。
 敵が放った砂の矢が、盾の表面で弾け飛ぶ。どうやら、先のジータの攻撃をコピーしたようだ。さらに、後方に、ワンドを手に持った砂人形たちが現れた。
「飛び道具や魔法を使われたらまずいの。戻るの!」
 ディーナ・フェルミの言葉で、星野ハナがミオレスカたちと共に後退する。グデちゃんと共にジータが獣盾「青水龍」を構えて皆を守った。
 いい感じで追い込んでいたのだが、へたに敵に戦法を学習させてしまったようだ。
 遠距離攻撃をしてくる後衛めがけて、砂人形たちが矢を放ちつつ、あろうことかグラビティーフォールなどをも放ってくる。さすがに付け焼き刃の魔法らしく、直撃を受けた星野ハナたちが圧死することはなかったが、動きを阻害されて攻撃しにくくなる。それ以前に、迂闊な魔法攻撃はできなくなった。
 幸いだったのは、敵がハープボウとワンドしかコピーしなかったことであった。なぜか、銃と呪符はコピーしていない。
「この差は……?」
 態勢を立てなおしつつ、ミオレスカが考え込んだ。
 さらには、盾を構えた砂人形を前面に押し立てて、敵がディーナ・フェルミとルベーノ・バルバラインに対応してきた。
「そんな物、我が拳の前には無力!」
 ルベーノ・バルバラインが、盾ごと敵を貫いて粉砕する。
「もしかして……」
 ミオレスカが思いあたる。いや、全員が、なんとなく感じとっていた。敵は、見た攻撃しかコピーしていないのではないのだろうか。
 銃弾は、速すぎて目視することは困難だ。五色光符陣は、そもそも視覚を阻害する。
「やっぱり、ネジですの!」
 ディーナ・フェルミが叫んだ。だが、ネジに視力があるとはとうてい思えない。それに、砂人形たちは、目鼻立ちのような物はあるものの、単なる砂の凹凸に過ぎず、目という物は持ってはいない。
「なるほど、ネジを探して、それを狙えばいいんだな」
 ルベーノ・バルバラインが、勝手に得心する。
「ネジに目はついてないと思いますが……」
 もっと違う何かだろうと、エルバッハ・リオンが指摘した。
「とにかく、光ればいいの! 広がれ、聖なる輝きの波動よ!」
 細かいことにはお構いなしに、ディーナ・フェルミがセイクリッドフラッシュを放った。術者を中心に、光の波動が同心円状に広がって、敵を薙ぎ払っていく。
 ディーナ・フェルミに群がっていた砂人形たちが、形を崩してうずくまった。その中で、後方にいた二体の砂人形だけが、腕で顔をかばった。その腕が下げられた時、それぞれの砂人形の顔で、瞳を持つ片目がクルクルと不自然に回ってディーナ・フェルミを睨みつけた。
「ネジはないが、目のある奴はいるぞ。ほら」
 めざとくそれを見逃さなかったルベーノ・バルバラインが指を差す。
「そいつですぅ!!」
 星野ハナが叫んだ。
「あれでいいのか!」
 深くは考えず、ルベーノ・バルバラインの身体が動いた。
 敵がその素早い動きに対応できぬうちに、目のある砂人形に向かって一気に間合いを詰めていく。間に立ち塞がる砂人形は、問答無用と拳で粉砕していく。なまじ、敵の攻撃を真似するという歪虚の性質が徒(あだ)となった。強力な武器や魔法であれば、多少劣化したとしても十分なカウンターとなり得る。だが、漢相手に拳で交わす肉体言語でルベーノ・バルバラインに敵うことができるだろうか。おそらくは、単純な格闘こそが、真の強さの違いを証明できる方法だったのだろう。
「一撃、必殺!」
 拳を振りかぶったルベーノ・バルバラインの姿に、真紅のマントを翻した武骨な騎士鎧の姿が重なるように浮かびあがった。
「砕けろ!!」
 氣を練りあげたルベーノ・バルバラインが、目玉を持つ砂人形の歪虚の顔面に向かって、渾身の一撃を放った。みごとに、漢の拳が眼球を捉えて粉々に打ち砕く。
 後は、もう一体。
 すでにディーナ・フェルミがそちらへ向かっていたが、メイスと盾を持つ砂人形が壁となって行く手を阻んでいた。
「邪魔なの!」
 ディーナ・フェルミが、再びセイクリッドフラッシュを放った。同時に、星野ハナもディーナ・フェルミを中心に五色光符陣を放つ。
 立ちはだかっていた砂人形が纏めて倒されるものの、閃光の中でディーナ・フェルミもいったん立ち止まるしかなかった。
 残った砂人形を従えたボス歪虚が、グラビティーフォールを放つように指示する。
「そうはさせない……」
 七色の光を髪の毛の合間から放ちながら、ミオレスカが、レイターコールドショットで制圧射撃を行う。
 正に魔法を放とうとしていた砂人形たちが砕け散って、ボスの姿が顕わになった。
「炎の固まりよ……。飛べ! 弾けよ!」
 間髪入れず、エルバッハ・リオンがファイアーボールを放った。歪虚の眼球が、魔法の爆発に砕け散る。
 直後に、残っていた砂人形たちが、一斉に崩れてただの砂に戻っていった。黒い煙がたちのぼり、今度こそ歪虚が完全に消滅する。
「よし、殲滅したですぅ!」
 今度は逃がさなかったと、星野ハナがグッと拳を握り締めて勝利のポーズをとった。

●そして……
「これほどまでに狂おしく、喜びは我らを突き動かしておりますというのに……。何が足りませぬ……。お目覚めを……。我が君……」

依頼結果

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MVP一覧

  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオンka2434
  • 我が辞書に躊躇の文字なし
    ルベーノ・バルバラインka6752

重体一覧

参加者一覧

  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    スチールブル
    スチールブル(ka2434unit002
    ユニット|車両
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エルバッハ・リオン(ka2434
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2017/05/20 21:18:06
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