• 界冥

【界冥】Ash Guard:2

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/06/18 19:00
完成日
2017/07/09 19:52

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 虚無より生まれる歪虚であっても、消滅は恐ろしい。目的を達せぬままであれば猶更だろう。地球に落ちた「彼」も例外ではない。「彼」もまた他の歪虚と同じく、最適解に最適解を積み上げて領土拡大・要塞化を推し進めていた。それが無為となったのがほんの2か月前の事。
 彼の絶望は如何程の物であっただろう。自分はまだ何も為していない。何も為さぬまま滅びていく。だというのに何度計算を繰り返しても結末は変わらない。狂気の歪虚に似つかわしくない懊悩とその末の諦め。彼は数日の再計算の後、再び大目的を成し遂げるべく行動を開始する。それは可能性を切り開く為の賭けでもあった。



 ハンターの協力を得た前回の作戦行動以後、自衛隊中部方面隊は鉄拐山への包囲を狭めて重厚な包囲網を敷く。CAM隊の戦力不足は未だ解消されていなかったが、小規模である鉄拐山クラスタを攻略するには十分な戦力が整いつつあった。中部方面隊は鉄拐山攻略に向けてハンターを雇って更なる歪虚の駆除に乗り出したが、事件はこの時に起こった。
 湿り気の強い曇天の正午。鉄拐山クラスタは突如として活動を開始し、鉄拐山の至るところから大量の歪虚を外部に放出し始める。鉄拐山の歪虚は系統分けもし難い雑多な混成軍であったこれまでと違い、戦闘ヘリを模した小型種のみで構成されていた。数もこれまでの記録を塗り替える大戦力であり、各方面の部隊が迎撃に追われた。更に悪い事にこの歪虚軍はこれまでとは行動パターンがまるで違っていた。高脅威目標に対して重点的に攻撃を続けてきたこれまでと違い、戦闘を避けつつ外へ外へと広がっていく。その予測進路が防衛線後方の市街地と判明すると、司令部の混乱は更に広がった。
 残存戦力の予測が狂った理由は二つ。一つに予備戦力の投入があがる。本来であればクラスタ内部に予備戦力が残り、CAM隊の侵入を阻むのが常だが、今回は各入口に予備戦力が観測されていない。もう一つはクラスタ構造材を戦力作成に使用したと予想されている。さかのぼる事3週間前にクラスタに浸食された鉄拐山北側の斜面が山の内側に陥没している。当時は状況が不明瞭であり偵察も定期的に出していたが、クラスタ内部のことであり詳細を観測することはできていない。状況は混沌としていたが情報が集まるに連れて状況は観測範囲内に収まりつつあった。
 この時中部方面隊の松前一尉率いるCAM小隊は明石方面へと抜けた敵の小集団を小隊単独で追撃していた。クラスタ落着後の戦闘と同様に、起伏の激しい地形を無視して追撃可能な部隊が彼女のCAM隊のみだったからだ。敵は戦闘ヘリを模した形状をしているものの、実態は足が速いだけの小型歪虚であり最高速度ではヘリに及ばない。加えて航空機の攻撃を警戒した為か低空飛行を続けているために、CAMでも十分に追撃可能であった。走るCAMはほどなく敵集団の後方を捉え、残り十数秒でアサルトライフルの射程に収めようという頃だった。
「各機、兵器使用自由。射程に捉え次第、ぶっぱなせ!」
 松前一尉の号令で各機がライフルを構える。その照準のレーダーを感知したのか、歪虚の列は唐突に反転。周辺の家屋に身を潜めながら榴弾らしき物を大量に投射した。
「!! 全機防御姿勢!」
 榴弾の正体がわからぬまま全CAMが盾を掲げて一斉に防御姿勢を取る。榴弾はその上空で破裂し、衝撃波でなく煙幕を撒き散らした。暗幕が空を覆うように、周辺100メートル以上が嵐の日の最中のように代わってしまった。
「こいつは……?」
「松前一尉! こいつは罠だ! 神ーに向かーーた部ーがーー」
 コマンドポストからの通信が途切れがちになる。煙幕には強力なジャミングの効果もあるらしい。
CAM隊が状況を理解するよりも早く、歪虚側からのレーザー攻撃がCAM隊を襲った。防御姿勢に有った為に致命傷は免れたが、CAMの1機は銃を持った腕を失っていた。松前は理解した。この大規模な戦闘行動が鉄拐山クラスタ最後の悪あがきなどではなく、計算された作戦であったことを。
 クラスタ攻略のセオリーにおける要点は二つ。クラスタ外殻を破壊し穴を空け、同時に周囲の歪虚を掃討する面制圧砲撃。続いてクラスタ内部に侵入しクラスタのコアを破壊するCAMによる密集近接戦闘。歪虚がこの危機的状況から自身を延命させるためにはどちらかを除去する必要がある。しかし支援砲撃は航空爆撃なども揃う現状では除去は叶わない。CAMの戦力もクラスタ外部では個別に除去するには周囲の戦力が厚すぎる。これを前回の戦闘で人類軍は証明した。
 以上により歪虚軍はCAMをクラスタ内部に引き込む以外の方法で孤立させる必要があった。この作戦はその為の奇襲と陽動。本来使用すべきでない予備戦力とクラスタを縮小してまで作り出した追加戦力を使い、また戦力を単一種別にした場合に対応されやすいというリスクも含めての作戦だ。狂気の歪虚らしからぬ大胆さだ。
(でも、この失態は誰も責められないわね。上から下まであの日がトラウマになってるもの。白川もそうだったわね)
 例え司令部の理解が及んだとしても、クラスタ攻略には向かわなかっただろう。指揮官は全てを承知した上で今と同じ対応をしたに違いない。クラスタが落着したあの日、多くの仲間とそれ以上に多くの民間人が死んだ。交通の動線がクラスタを挟んだ東西で分断された事で苦労はしたが、そんなものはあの日の死体の整理に比べれば何でもない。誰かの大切な人が、自分の大切な人が、無造作に奪われた。気丈なはずの同僚達の慟哭が、今も耳に焼き付いている。
「各機、フォーメーションを維持。撤退は無しよ」
 部下達の動揺と諦め、そして決意が伝わってくる。どんな感情を持ち込んだとしても、誰もがこの状況だけは正しく理解しているのだ。 挑発を無視すれば敵は挑発を繰り返すのは自明。ここで引き下がれば再びあの日の地獄が広がるのだと。
「2分持たせて。そうすればハンターの連中が追いついて来る。行くわよ野郎ども!」
「「「了解!!!」」」
 松前は女性らしからぬ獰猛な笑みを浮かべる。状況は状況として、売られた喧嘩は買わねばならない。中部方面隊の尊厳を踏みにじるつもりならば容赦しない。松前隊は凶暴性を露わにした隊長一下、手当たり次第に歪虚に密集近接戦闘を仕掛けていった。

リプレイ本文

 ハンター達と松前小隊との通信は時折断絶してはいたものの、比較的近距離のハンター達は意味ある単語を拾える程度には通信を拾えていた。通信を聞きながらの移動ではあったが、状況は相当に悪いと言って差し支えないだろう。
 雲のように広がる厚い煙幕。敵味方混戦し配置は不明。別の方面より増援の報告あり。結果として細部はハンターの判断に委ねられるが、どのような戦術が正しい結果を導くのか皆目不明瞭なのだ。
「ひとまずは煙幕が邪魔だが、これでは」
 榊 兵庫(ka0010)は必死にカメラを操作し、煙幕の画像を拡大しては敵を探す。しかしこちらに都合よく煙幕の外に待機している敵機は居ない。煙幕の広い範囲を狙撃銃の射程に収めつつあるが、これでは手をこまねくだけだ。煙幕の内部に向けて弾幕を形成する方法もあるが、実施の為には所在不明の味方の位置を正確に把握する必要がある。
「松前小隊のCAMがブースターでジャンプしてる気配はないわ。頭を越える位置への射撃なら問題ないわよね」
「煙幕を回り込んだら何か見えるかもしれない。足を動かすのが先決だな」
 ジェーン・ノーワース(ka2004)、 アニス・テスタロッサ(ka0141)がそれぞれ所見を口にする。それぞれの判断にも合致する内容で、これがチームの大本の方針となった。
 部隊はこの時点で二手に分かれる。突入して味方との合流を急ぐのは4機。ラスティ(ka1400)のデュミナス「ウィル・オ・ウィスプ改」、ジェーンのデュミナス「スコルピウス」、八劒 颯(ka1804)の魔導アーマー「Gustav」、リュミア・ルクス(ka5783)のデュミナス「カンナさん」。煙幕を迂回するのは残り4機。榊のR7エクスシア「烈風」、アニスのデュミナス「レラージュ」、 ウーナ(ka1439) のR7エクスシア・TTT、 穂積 智里(ka6819)を載せた刻令ゴーレム。
 煙幕の突入は危険が伴うが友軍を見捨てるわけにはいかない。突入した4機はラスティの先導の元、全体像の見えない建築物をかわしながら松前小隊の行方を探った。小刻みな発砲音、歪虚のレーザーによる応射、ランダムな回避行動の足音。建物によりやや反響する環境ではあったが、合流自体はそれほど難しくは無かった。支援に特化したラスティの装備が奏功し、比較的早い段階から通信のノイズを無くすことに成功していた。
 煙幕の中で建築物の陰に身を隠す4機のCAMは、ハンター達が思う以上に酷い有様だった。
「こちら、クリムゾンウェストからの増援ハンターだ。被害状況は?」
「ようやく来たのね。腕をやられたのが1機、頭のカメラをやられたのが1機よ。武器と弾薬は心もとないわね」
 松前の報告は端的で、それ以上の不具合を含んでいることは見た目にも明らかだった。小さな被弾は数えればキリがなく、それぞれの武器も万全とは言い難い。幸いなことに足だけは守り切れている。走れなくなれば兵隊はそれまでだ。ならばまだ挽回のチャンスはある。
「仲間が今、支援可能な位置に急いでる。それを待って動くけど、ついてこれる?」
 ジェーンの問いの意味は「ついてこれないなら死ぬだけ」とも言えた。是も非も無い。膝立ちで応戦していた機体も含めてすべてが直立して即応可能な態勢になる。8機は完全な包囲を避けるためにも、移動しつつの応戦を開始した。
 この時迂回していた4機は地形や建造物のデータを照合し、牽制射撃により敵の頭を押さえるために照準を煙幕の上方10m程度の位置に定めた。狙う場所さえ選べば友軍を誤射する心配はないが、これが歪虚の布陣に有効かどうかの保証は無い。
「こんな盲撃ちであたると思うか?」
「やってみなければわかんだろう」
 アニスは半信半疑、榊は当たって砕けろの精神である。何もしないよりは牽制として効果があるため行動には起こすが、対処の基本方針自体は定まらない。ウーナは二人の意見を他所に直感視で敵の位置を探ろうとするが上手くは言っていなかった。穂積はここでようやく自分の意見を切り出した。
「ヘリが高低差という優位性を捨てるというのは考えられません」
「一理あるな。失敗しても敵への牽制になる」
 榊の賛同と否定する要素が特に無いことから作戦は決定された。4機は移動速度はそのまま、煙幕の上方を狙って各個に射撃を開始し弾幕を形成。狙いはつけずに広く扇状に銃弾をばらまいていく。途上で確認した敵の図体ならこれでも命中が期待できるが、効果は芳しくなかった。命中しても爆発炎上とはいかないが、手ごたえらしきものが何もない。
「なるほど。優位を捨ててるな」
 言葉にし辛い曖昧な違和感にアニスは明確な答えを得た。前回の戦闘記録では確かに敵は高度の優位を理解していた。接近戦を重視した装備で臨んだ八劔がそれで苦い思いをしている。今回の敵は愚かにも優位性を捨てた、というわけではないだろう。敵は既に航空機や艦船からの砲撃、加えて後続のCAMによるこれらの遠隔攻撃を想定しており、それらを回避するために乱戦の有利、低空の有利をとっていると考えられる。状況に応じて戦術を変化させる柔軟性が敵にあるという証拠だ。
「これは思った以上に厄介かもしれないわね」
 敵が人類側の思考を読んだとは思えないが、こちらの装備から取りうる戦術の幅を理解している証拠でもある。弾幕を使う、というのは予測されていたのだろう。
「レーダーも相変わらず効かないし、ジャンプして上から眺めてみる?」
 ウーナの提案は有効と思えたがジャンプを繰り返すには戦況が読めず、作戦に実行には推進剤が心もとない。無為な消耗は避けるべきだ。
「距離を詰めるよ。その作戦なら近づいたほうが良い」
 アニスにはまだ一つ手を残している。切り札と言わないまでも、使いどころさえ間違えなければ状況を変えられるだろう。後はタイミング次第。突入した仲間の行動次第である。



 突入班の合流自体はすんなりと叶ったが、そこからが問題である。敵は濃い煙幕を盾に四方から小口径レーザーを雨のように浴びせかけてくる。大型レーザー相手ならば発射位置の特定から反撃も可能だが、小口径のレーザーは取り回しも良いらしく隙が少ない。近接攻撃なら分がありそうだが詰め寄るには間合いが遠く、詰め寄る前に見失ってしまうだろう。ジェーンはライフルで応戦しながらも、慎重にそのタイミングをはかっていた。
「思ったより視界が悪い。せめて吹き飛ばせたら……」
「スペルランチャーで吹き飛ばしてみます?」
 八劔の提案は魅力的だった。おそらくスペルランチャーやマテリアルライフルなら可能だろう。だがタイミングは考える必要がある。大口径砲を安易に使えば自身の位置を晒してしまう。ラスティが高速演算を併用してやっている事だが、向こうは煙幕に対応した高感度のセンサーによって同じような事は出来るだろう。呼吸を合わせ適切なタイミングで、仲間の隙を補うように使うか、あるいは敵の隙を突く必要がある。出なければ一斉射撃の的となる。
「それなら、リュミアちゃんに良い案があります!」
「なら、聞くだけ聞こうか」
「まっかせて!」
 リュミアの説明は擬音多めで感覚的に過ぎたが、おおよそ意図は伝わった。要点をまとめれば、全機で一斉に1方向へ離脱し、敵の攻撃や行動に指向性を持たせるという策だ。敵の速度、射程距離、煙幕の展開速度はだいたい判明している。突破自体は容易であり、敵の攻撃は始まれば索敵も容易になる。リュミアの案は乱戦を回避する良案ではあったが、松前は一部で難色を示した。
「やるのはいいけど、市街地から離れるのはダメね」
 CAMが追撃不可能な距離に離れてしまった場合の敵の行動は予測不能だが、住民の残る市街地に進んだ場合は防ぐ手立てがなくなる。となれば離脱する方角は街に向かう方角のみ。しかしそれでは煙幕を避けて支援の位置に移動する仲間との連携が途切れてしまう。この作戦には更に一つ弱点がある。それは、即興であるということだ。
「作戦はわかったけど、それならそれで準備がある。もう少し待て」
 応答する榊の声の向こうで発砲音が聞こえる。外部のメンバーでも対応可能だが、その前提で移動と戦闘を繰り返したわけではない為に即応は難しい。
「無茶を言ってくれる」
 話を聞いていたアニスは足を止めないまま集結しつつある敵のヘリ型歪虚を迎撃する。地形は比較的平坦だが完全な平野でもない。歪虚達はその隙間を狙って徐々に距離を詰めてくる。比較的射程の短い穂積の近くまで接近されることも多くなった。狙撃銃を装備する味方が多い中、必死に隙間を埋める穂積だが、流石に限界が近い。
「増援! 更に8です!」
「迎え撃つぞ!」
 各々のライフルが火を噴き、せりあがる地形を越えた歪虚を片っ端から狙い撃つ。比較的頑丈なヘリ型の歪虚だったが、それでもCAMほどではない。1:1ならそれほど強敵ではなかった。問題は足の速さと数だ。
「これ以上敵を合流させるわけには行かない。散開して敵を叩く」
 榊機は進路を変更し、煙幕に突入しようとする3機の正面に躍り出た。
「取りこぼしが出るぞ」
「こちらに目を向けさせればいい!」
 榊機はマジックエンハンサーを起動。距離を詰めた敵機に最大火力のマテリアルを放つ。マテリアルの弾丸は先頭の1機の胴体に命中して大穴を開けた。これは致命傷だろう。
 この火力が牽制となって敵は怯むか、あるいはハンターという脅威の排除に向かう。その算段であった。だが思惑は外れ、ヘリ型は榊には目もくれず、機体の横を全速力で通り過ぎていった。
「なに!?」
 これは榊の判断ミスだ。歪虚にとっての脅威度判定は純粋な火力とは別個である。半日程度の滞在しか出来ず、即応が不可能な異世界の敵よりも、常に戦場に有り鉄拐山の頭を押さえる現地部隊のCAMのほうが脅威は大きい。転移の制限を歪虚が知っているかはさておき、人類側の動きを歪虚は常に観察している。資材や資金の関係で半日置きにハンターを交代、あるいは大量に雇ってのクラスタ攻略が叶わないということを彼らは戦場の景色から理解しているのだ。
 榊からダメージを受けた支援型が相打ち気味に煙幕を撒き散らす。最初の展開に比べればささやかな分量ではあったが、後続がハンターをすり抜けるには十分であった。
「させるか!」
 榊は烈風のアクティブスラスターを起動、この後に続こうとするヘリ型歪虚に向けて直進する。小型レーザー砲の迎撃を装甲で受けて無視しつつ、槍の技でヘリ型の胴体を貫通した。絶命するまでに至近距離からレーザー砲を受けたが、ギリギリで敵の侵入を阻むことが出来た。
「無茶苦茶ですよ!」
 比較的射程の長さが近い穂積が榊の援護にはいる。無茶苦茶という評価通り、攻撃を受けた榊機の右肩はレーザーで焼けただれていた。
「無茶は承知の上。無茶でも止めなければ状況は変わらん」
 ごり押しでもなんでも結果が引き出せれば良い。きれいな作戦ばかりを選ぶ猶予は無かった。榊は不調を訴える右肩系統のアラームを無視し、左手で槍を構えなおした。
「少しの間ならこちらでひきつける。走れ!」
 榊機は脇を抜けようとするヘリ型歪虚に突撃していった。



「そーれ、だっしゅだーっしゅ!」
 榊の奮戦と底抜けに明るいリュミアの声に促されて作戦は強引に開始された。先頭は被害の大きい自衛隊のCAM、後列にハンター達を配して殿とした。作戦提案者であるリュミアは最も後列。機体そのものを盾としての役割だ。背中を向けての走行に不安が無いわけではない。それでも座して死ぬよりはマシというもの。全速力で8機は走った。道なりに遮蔽物の陰から陰に。作戦が奏功したのか敵のレーザー砲は一時攻撃を止める。足の速いGustavは時折振り返りながら、敵の反撃を待っていた。
(さあ、撃つなら撃ってきなさい)
 ここまで離れれば使える作戦も変わってくる。あとは反撃のスペルランチャーで敵の姿を露わにするだけ。そして移動開始からきっかり10秒。煙幕の向こうの歪虚が一斉に光を放った。扇状に布陣した歪虚からの光線は壁となったハンターを容易にかわし、先頭を走る自衛隊所属のCAMの下半身を破壊した。
「うわっ!?」
「なにっ!?」
 CAMの太腿や膝、足に被弾した2機のCAMがその場で転倒した。咄嗟にハンター達が壁となり、松前や無事だった僚機が助け起こしはしたが、既に機動戦が出来るほどの余力は残っていなかった。伏せて銃を構え、砲台となるのが精々である。
 万事休す。しかし間一髪で仲間の支援が窮地を打ち破った。
「それだけ離れたら十分だ」
 煙幕の外で待機していたアニス機が6連装のミサイルを一度に撃ち放つ。ミサイルはそれぞれ別個の軌道を取り、レーザー砲の発射によって判明した敵集団の位置中心近くで一斉に起爆した。爆風によって煙幕が吹き散らされ、敵の大部分がその姿を露わにした。平面方向では煙幕が残るため発射したアニスから見えなかったが、ミサイル発射と同時に跳躍していたウーナ機からは敵の全容が手に取るように見えていた。
「完璧ね、アニス。敵が丸見えだよ」
 ウーナは仲間にデータを送る一方、支援型と思しき装備の一体に狙いをつけてトリガーを引く。弾丸は狙いたがわず歪虚の胴体を貫通した。その銃撃が反撃開始の合図となった。
「まずはダメ押しですの!」
 突入班と支援班の十字砲火を受ける敵集団に対して、Gustavがスペルランチャーを撃つ。狙いは付けたがあくまでそれはおまけ。放たれた光線は煙幕を吹き散らし、突入班から先の道を開いた。
「とっつげーき!」
 リュミアの機体が弾けるように前に跳ぶ。面倒な作業は終わり。近接戦闘が可能なほど視界が開けたなら、彼女の機体は猛威を振るう。ヘリ型歪虚は急ぎ煙幕を再度展開しようと試みるが、展開が終わる前に「カンナさん」は正面まで肉薄していた。
「そーれっ!」
 軽い声で振り回すのは鈍重極まる戦槌。真正面から食らってしまった歪虚は衝撃で地面に叩き付けられる。更にはプリスクスの頭に突起が高速で起動し、引きつぶしてミンチにする勢いで歪虚の体を抉っていく。反撃の合間もなく歪虚はその場で黒い霧となった。
「ひぇー。おっかないぜ」
 後列でその様子を見ていたラスティは根源的な恐怖を茶化すように言う。後列で遮蔽に隠れる自衛隊の隊員達などは、茶化す余裕もなかったが。さておき戦列は乱れて戦場は一方的な狩り場となった。近寄る者全てを破壊するリュミア機も脅威ではあったが、この状況ではGustavが追跡者として猛威を振るった。遮蔽を利用するために水平方向に逃げるのが歪虚の基本戦術だが、高速機動モードのGustavからはどうあがいても逃げ切れない。たまらず上に逃げる個体も居たが、Gustavも対策はしてある。八劔は敵が逃げた場合はすかさずマシンガンで追撃した。とはいえ、機体の底面に傷をつけることはできても浮遊装置までは難しい。敵が空へ逃げるのならば八劔は無理には追わなかった。空へ逃げた場合の対処ならば自分以外に適任者が居る。
「一機逃げられましたわ!」
「OK。後は任せな」
 答えたのはアニス。直後、上昇するヘリ型歪虚はアニス機からの狙撃を受けた。浮遊装置に被弾した機体はバランスを崩し、Gustavの前に墜落した。墜落する機体にドリルでとどめを刺し、八劔はその場を離れる。
「猿真似ごくろうさん。被弾面積広いんじゃ意味なかったな」
 アニスは次の狙いはつけず、照準をくるりと後方に向けた。煙幕内部は既に乱戦に入った。水平方向からでは邪魔になる。ウーナに続きの支援を任せ、アニスは増援部隊の対処に自身を振り分けた。
 ウーナは反撃開始から戦法は変えず、ジャンプしながら1回の跳躍ごとに1射と攻撃を続けていた。ウーナは的確に支援型を狙って屠っていく。煙幕を復旧しようと榴弾を放物線で投射する支援型は、ウーナの位置からは格好の的であった。
「あ、流石に気づいた」
 ウーナ機を大口径レーザーが照準した。狙いは支援型に向けているために発射前に即応は出来ない。もう一度スラスターを噴射して回避に専念すべきか。1秒に満たない時間の逡巡。ウーナは勘を信じて支援型に銃弾を撃ち込む。
「……遅かったね」
 ウーナは邪気の無い笑みを浮かべた。ウーナ機を狙っていたヘリ型歪虚は、その円盤部をスコルピウスのグロムジャラーに巻き取られた。レーザーの狙いは逸れてウーナ機の横の虚空を通り過ぎていく。無事に着地したウーナはすかさず照準を切り替え、レーザーを撃った歪虚に反撃。平面方向には煙幕が未だに広がっているが、その程度で外す彼女ではない。
「お見事」
「そちらこそ」
 言いながらもジェーンはスコルピウスを走らせる。CAMの足さばきはスキルトレースによってまるで生身のように軽い。小口径レーザー砲を左右のステップでかわし、次の獲物をグロムジャラーで巻き取った。動きを固定された歪虚をラスティ機の浮遊するガンポッドがとどめを刺す。
「ジェーン、あんまり離れるな!」
「これぐらいなら煙幕が晴れてるから関係ないでしょ?」
「煙幕はともかく、乱戦向きのセッティングじゃないんだよ」
 ラスティ機の武装は単装砲とこの浮遊するガンポッドのみ。近距離で振り回すようには出来ていない。機体の機能も通信拡張・高速演算とここまでの不利な状況を陰ながら支え続けてきたが、現状のような大立ち回りには向いていないのだ。ラスティのぼやきにジェーンはそれもそうか、と考えを改めるでもなく次の獲物に襲い掛かった。勝ち戦では勢いが全てである。
「……ったく」
 ラスティも文句と溜息を吐きつつ、ジェーンの機体に追随した。煙幕を回復される前にすべての片を付ける。今この時は得意不得意に目を瞑るのが正しいのだ。



 松前小隊を囲んでいた歪虚側の初期戦力の大半を撃破したことで、戦場の趨勢は決定的となった。奇襲の利が失われてしまえば、個別の戦力は脅威ではない。ハンター達は松前小隊を後列に下げ、遠距離射撃のみで残った歪虚を撃破した。『戦力の逐次投入』の愚を犯す歪虚ではあったが、後方からは自衛隊の別働部隊が追撃にかかりつつあった。集結を待てば全滅は必定。その思考に至る理由を哀れと思う一幕もあったが、敗軍とは常に不条理の渦中にあるものだ。
 状況が終了する頃には通信は回復し、歪虚の脅威が薄れたことで自衛隊の整備班がCAMの回収に現れた。被害の軽いハンターを前衛として残しつつ、被害の大きい自衛隊のCAMを順次専用のトレーラーに膝立ちの状態で固定していく。最後に残ったのは小隊長の松前の機体。松前は固定を始めた傷だらけの機体から体を外に出し、酷く長い溜息を吐いた。
「今回は正直死んだと思ったわ」
「そう? 余裕そうに見えたけど」
 音を拾っていたアニスが弱気を笑い飛ばすように答えた。松前は気遣いに苦笑を返す。しかしそのささやかな笑みも、すぐに消えた。
「勝てるとは思ったわよ。最終的な戦力では負けてないはずだから。それでも自分達が優先的に狙われているとなれば、話は少し違うでしょ」
 尤もな話である。あれだけ猛威を振るったハンターのCAMを歪虚は無視した。感情の無い殺意は軍人であっても慣れるものではない。松前の言葉に普段の軽さは無く、軍人としての冷徹な思考だけが残っていた。
「だから、ありがとう」
 不意打ち同然に浴びた直球すぎる感謝の言葉に、アニスはにやつきそうになる顔を手で覆った。コクピットの中で特に誰に見られるわけでもないが、初対面の相手に腹を晒してしまうような感触は慣れていない。声に出るかもとアニスの返事が遅れて松前がやや訝しんだが、幸いなことに穂積が話題を変えてくれた。
「これで少しは進んだの?」
 鉄拐山攻略の件だ。幾ら支援が十全でも限界が来る。人が死なないわけではない。いつまでもこのままというわけには行かないのだ。
「多分ね。今回のはだいぶ効いたんじゃない?」
 詳細な分析は後方の司令部に譲るとして、松前の感覚に基づいた発言は大よそ正確であった。歪虚が例え無限に増えるとしても、増える速度に限界はある。鉄拐山の異変はその限界を示唆していた。自衛隊にも大きな被害は出たが、無理をしたのは鉄拐山クラスタも同じこと。CAMの修理と支援砲撃の準備が終わり次第、クラスタ内部への直接攻撃を敢行することになるだろう。
「そうか。ならば、次こそは存分に槍の絶技を披露できそうだな」
 ノリ気なのは榊だ。一通りの戦闘技術を習得した上で槍こそ得意と豪語する彼ならば、確かに地下空洞内の近接密集戦闘で猛威を振るうだろう。特にハンターの操る機体はスキルトレースの余禄もあり、一般人の操るCAMに比べ格闘戦の性能は異常に高い。お膳立てさえ済ませれば、クラスタ内部の戦闘はハンター向きだ。
 心配事が無いわけでもない。自身の腕に信を置けない事もか、穂積の不安は消えないままだ。
「そう……上手く行きますか?」
「何も無ければな」
 アニスの口調は何も無いとは思ってないかのような調子である。リアルブルーに巣食う歪虚がクリムゾンウェストの歪虚とは別種の脅威を持つという事実を、今回は嫌というほど思い知った。ヘリ型の歪虚は猿真似だ。猿真似には違いないが、的確に真似すべき機能を選り分けた。
「なんだかよくわかんないけど、皆まとめてかかってこいなのだ!」
 リュミアの宣言でぱたりと思考が閉じる。よくよく考えれば情報も無いままこの話題を考えるのは効率が悪い。なんだかよくわからないが敵は倒す。そういう思考でも今は十分だ。会話がぷつりと止まったことでリュミアは周囲を見渡すが、仲間達は笑ってその理由は語らなかった。

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MVP一覧

  • 赤黒の雷鳴
    アニス・テスタロッサka0141
  • all-rounder
    ラスティka1400
  • びりびり電撃どりる!
    八劒 颯ka1804

重体一覧

参加者一覧

  • 亜竜殺し
    榊 兵庫(ka0010
    人間(蒼)|26才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レップウ
    烈風(ka0010unit004
    ユニット|CAM
  • 赤黒の雷鳴
    アニス・テスタロッサ(ka0141
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    マドウガタデュミナス
    レラージュ(ka0141unit001
    ユニット|CAM
  • all-rounder
    ラスティ(ka1400
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ウィリアム
    ウィル・O・ウィスプ改(ka1400unit001
    ユニット|CAM
  • 青竜紅刃流師範
    ウーナ(ka1439
    人間(蒼)|16才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    エクスシア・トリニティ
    エクスシア・TTT(ka1439unit002
    ユニット|CAM
  • びりびり電撃どりる!
    八劒 颯(ka1804
    人間(蒼)|15才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    グスタフ
    Gustav(ka1804unit002
    ユニット|魔導アーマー
  • グリム・リーパー
    ジェーン・ノーワース(ka2004
    人間(蒼)|15才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    スコルピウス
    スコルピウス(ka2004unit001
    ユニット|CAM
  • ドラゴンハート(本体)
    リュミア・ルクス(ka5783
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
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    カンナさん(ka5783unit001
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    ユニット|ゴーレム

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榊 兵庫(ka0010
人間(リアルブルー)|26才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2017/06/18 09:38:29
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/06/13 22:05:31