• 春郷祭1017

【春郷祭】楽市やってます

マスター:龍河流

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/06/26 22:00
完成日
2017/07/13 05:14

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 農業振興地域ジェオルジの村長祭りこと春郷祭も、今年はもう終わりが近付いている。
 そんな今日も、とある一角でリアルブルー渡りの拡声器から、賑やかな呼び込みの声が流れていた。今日でおおよそ二週間、一日数回はだいたい同じ内容が流れていた。

『本日もお天気に恵まれましたジェオルジの、春郷祭楽市会場はこちらです。
 誰でも気軽に、楽しく参加出来る市場を合言葉に、ジェオルジ各地とそれ以外から集まった人とお店が、ここでしか手に入らない品物などをだいたいお安めに販売していま~す。
 美味しいものが食べられるお店、可愛い服や飾りがあるお店、色んなお得がありますので、皆様ぜひお立ち寄りください。
 会場通路の旗の色は、お店の種類を表しています。案内看板と揃えてありますので、お店探しの参考になさってください』

 続いて、今年から始まった魔導トラックやリヤカーを改造した屋台が集まるスペースの案内もされている。飲食店の多い区画には、椅子とテーブルを多数並べた休憩場所も充実しているようだ。
 ジェオルジの住人もそれ以外もまったく問わず、売りたい人、買いたい人、食べ歩きしたい人などなど、今でも絶賛参加中らしい。



●春郷祭、楽市開催のお知らせ
・会場はジェオルジ中央部の広場です
・指定された区画にて、参加者が用意した商品の売買を行うことが出来ます。飲食店の設置も可能です
・出店期間は祭り中のおおよそ2週間、参加費用として一般1000G、魔導トラック利用者は1500Gが必要です
 開催期間中の収益は出店者当人のものになりますが、赤字になっても主催者は関知しません
・出店区画は一般は5メートル四方と10メートル四方(どちらも平地)の二種類のうち、必要な広さを指定してください
・魔導トラックと屋台は、専用スペースに配置となります
・店舗は、期間終了後に平地に戻せるなら、仮店舗等の建設は自由です
 必要な方には、天幕・机等の貸し出しがあります
・他の地域にある店舗の関係者が出店する場合、その支店として看板を掛けても構いません
・性風俗産業と公序良俗に反するものは参加不可
・CAMの持ち込み、幻獣の同伴も可能です
 CAMは専用駐機スペースに、幻獣も専用の休憩スペースに置く、繋ぐようにしてください
 楽市の店舗スペースで使用、同伴するには、事前に申請の上、審査を通る必要があります
 審査に通った場合にも、CAMや幻獣から所有者、飼い主は離れないようにしてください

リプレイ本文

●お祭りですよ
 春郷祭の楽市は、おおよそ二週間ほど行われる。
 素人玄人混じった屋外市場としてはけっこうな期間だと思われるが、中にはそう思っていない人もいるようだ。
「食べ物屋台がいっぱいなの~。二週間じゃ、足りないかも」
 入口で低額で売られている地図を手に、ものすごい危機感を発しているのはディーナ・フェルミ(ka5843)だった。
 出店内容毎に色分けされた地図では、飲食物扱いの店舗数がたいそう多い。やはり農業や牧畜業が盛んなジェオルジらしい割合と言えよう。歩き回って、色々見て、何を食べるのか迷うのも楽しみ方と、地図売りのスタッフが言っていた気もするが……
「全制覇、ううん、せっかくだから二周したいの~」
 ディーナの目標は、『全部食べる』だ。それも屋台を全制覇ではなく、屋台の全メニュー制覇。それは二週間あっても、足りないかもしれない。
「とりあえず、今日は珍しいものを食べるの!」
 高らかに握り拳を天に突きあげて宣言したディーナを、思わず振り返った人々がいるが、当人は気にしない。すたこらさと、走り出していた。
「元気のいい嬢ちゃんだ」
 同じく買った地図を眺めていた榊 兵庫(ka0010)が、声に釣られて顔を上げ、走り去る後ろ姿に呟いた。何の気になしに来てみた市だが、ああいう元気な様子を見ると、こちらも好奇心が刺激される。
 せっかく来たのだ。なるほど珍しいものを探してみるのも一興。
 ついでに旨い酒が飲めればありがたいと歩き出した榊だが、地図は見ていない。
 こういうのはのんびり歩いて、ふと出会ったところに幸があるものと、しばらくはそぞろ歩くことにしたようだ。

 楽市には、そぞろ歩くなんて風流とはいささか縁遠く、忙しく両足を運んでいる者も少なくはない。ただし、幻獣連れとなれば、かなり珍しかった。
 どのくらい珍しいかと言えば、後ろを子供達がついて回るくらい。白樺(ka4596)が連れた幻獣の露草はユキウサギ。白樺の横について歩いては、荷物持ちもこなすし、見るからに大人しそうだ。
 触ってみたくてうずうずしているいたずら小僧達もいるが、つれている白樺がこれまた年代が近い十代半ば、たいそうお洒落な服装の女の子とあって、手出しを躊躇っているらしい。普段農家で働いている健康的に日焼けした女の子とは違う、色白、華奢な可愛い子にどう近付いたらいいのか、あまり分かっていないのだろう。
 当の白樺が足を留めたのは、衣類を扱う店が居並ぶ区画だ。そこの商品、特に可愛い子供服に興味津々で、自分の背後のことには全く気付いていなかったが。
「これ、すごい可愛い! 気に入ったの」
 子供服なので、当然白樺には寸法が合わない服を取り上げて、作り手のおばさんと語り合っている。買うのが目的ではなく、自分で作る参考にするのだが、人目を引く美少女がほめてくれればおばさんも悪い気はしない。またいい客寄せにもなると、親切に袖のプリーツの寄せ方などを教えてくれた。
 そのおばさんも、後ろからついて来る子供達も、一生懸命にメモを取っている白樺が、実は男の子だなんて、気付いてはいなかった。
「スカートの裾の始末の仕方、こういうのは初めて見たの。難しい?」
 露草まで一緒になって、可愛らしく首を傾げている光景に、性別なんて関係はないのかもしれない。
 ただし、幻獣連れだから忙しい訳では、当然ない。
「やれやれ、日差しがきついのう」
 こちらはのんびりゆったり。リーリーの莉邏を連れ歩く蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は、けして急がない。自分の倍近くもある背丈の巨大な鳥を連れては、人とすれ違うにも気を使う。
 ついでに、蜜鈴自身も先の依頼で負った傷があり、早足で歩くのも億劫だ。図体のわりにビビりの莉邏がそろそろと歩くのに合わせるのが、ちょうど良い。
 そんな一人と一体の買い物は、主目的が世界の別を問わずと酒だった。もちろん蜜鈴が飲むためで、莉邏は荷物持ちだ。もし莉邏に希望を訊けたら、『家に帰る』とか言いだしそうである。
「おぉ、そうじゃ。留守居役にも土産を買うていかねばな」
 ジェオルジ産の果実酒に穀物種、蒸留酒等々。味は辛いも甘いもこだわりなく、一応量は莉邏の負担にならない程度を考慮して、ある程度を買い込んでから、蜜鈴はふと大きな通路を挟んだ向こう側の店の並びに目を引かれた。
 そちらは飲食物中心のこれまでと違い、衣料品関係、特に小物や飾り物が多そうだ。
「莉邏にも、飾り紐でも買うてやろうか?」
 ジェオルジなのでどういう飾りが多いか分からないが、きっと草木染が多かろう。それなら好みの色が見付かりそうだと、蜜鈴は楽し気に歩いているのだが……莉邏は、人通りが多いのを見て、腰が引けている。

 地図を見れば、なにしろ飲食扱いの店が多い。その場で食べられるものばかりではなかろうが、誘惑が多そうだと穂積 智里(ka6819)は警戒していた。
 なにしろ。
「夏までにおなかと二の腕のぷに度をなんとかしないと……」
 すでに初夏だという意見もあるが、海水浴シーズンはまだこれから。それまでには、なんとかしたい場所が幾つかあるし、お財布の中身もけして無限ではない。もちろんおなかだって、幾らでも入るわけではなかった。
 よって、一通り屋台を見て回り、楽しむのはおやつ程度。食べ過ぎることなく、更にはお土産を探して回り、いい具合に運動もするのだ。一時的にでもリアルブルーに戻れる方法が出来た今、上手くすればあちらにいる家族に荷物を送るくらいは出来るかもしれないので、ぜひ珍しいお土産を探したい。
「よしっ、お土産探しに時間をとって、食べるのは合間にちょっとにしようっと」
 そうだ、おばあちゃんには特にいいものをと思い立ち、智里は地図を片手にまずは食べ物以外が売られている区画に足を向けた。


●商いですよ
 借りた区画の四方に、エルバッハ・リオン(ka2434)はのぼりを立てた。ちょうど吹き始めた風に翻るのぼりに書かれているのは、『焼きそば』の文字。
 この度、屋台を設置しての出店を決めたエルの売り物は、この焼きそばである。せっかくの祭りであるから、ジェオルジでは珍しい方だろうリアルブルーの食べ物を楽しんでもらおうと考えたのだ。
 提供するエル自身はエルフで、当然クリムゾンウェスト人だが、ハンターゆえにあちらの食べ物にも親しむ機会が多い。焼きそばの味には自信があった。
 それと共に。
「ガルム、もっと楽にしていいのですよ」
 屋台の隣で、びしっと姿勢よく座っているイェジドのガルムに声を掛けた。幻獣同伴も可能と聞いて、焼きそばと共に幻獣にも親しむ機会を持ってもらおうと連れてきたのだ。
 言われたガルムは一度首を傾げたが、手真似で伏せと示されて、ゆったりとした姿勢に変わった。キリッとしていれば見栄えがいいが、近寄り難い雰囲気になっても困る。
「子供に尻尾を掴まれても、いきなり動いたり、唸ったりしてはいけませんよ。ちゃんと無茶をする人は、注意しますからね」
 どこまで言葉を理解しているかは不明だが何度か頷いたガルムに、隣のパン屋が驚いている。このくらい大人しいなら、後で来る子供が触ってもいいかと訊いて来るから、きっと地元の店の出張だろう。
「もちろんどうぞ。あと、そのパンをいただけますか」
 パンを見ている内に、ふと思いだしたリアルブルーは日本の食べ物を再現してみるべきだと思い至ったエルは細長いパンを買おうとして……パン屋のおばさんと物々交換に至っている。

 冷蔵庫、である。
「うーん、夢が」
「広がりまくるですよぅ」
 今年から冷蔵庫と冷凍庫が導入され、冷たい食べ物を出すことが容易になった。と大喜びで準備を整えたのは、どちらもハンターのマリィア・バルデス(ka5848)と星野 ハナ(ka5852)の二人だった。
 彼女達は冷蔵庫に近い場所に店を開くので、区画が隣り合わせ。どちらもその場で座って飲食出来るタイプの飲食店だが、扱うものは全くの正反対。
 木製テーブルを並べた横に、幾つも酒樽を置き、卓上には三つの肴が大皿に山盛り。後はもうひたすらに、酒用の杯とグラスとカップを多種多様に揃え、取り皿は一種類。
 目立つところでは、すぐに出すための白ワインや清酒の瓶やピルスナーの小型の樽が氷を詰めた大型樽で冷やされていること。
「赤ワインやエール、黒ビールは常温が美味しいわよね。でも、冷やせるなら、多少の費用の上乗せをためらっちゃ駄目よ」
 この簡易酒場は、マリィアの店。看板どころか店名もなく、申込書類に『酒飲みによる酒飲みのための店』と書いて提出した、強者の領域だ。
 見るからに、好きな酒を好きなように自由に飲め。そんな感じで、飾りつけなどは一切ない。その分の費用も、全部酒集めにつぎ込んだと言っていたとかなんとか。実行委員会では、そう噂されている。
 その隣は、まるで雰囲気が異なっていた。
 区画いっぱいに、長椅子だけが幅は十分にとって並べられ、座面には緋毛氈なる敷物がきっちりと敷かれている。椅子の二つに一つには、大きな日差し除けの東方風の傘が広げられて、いい具合に太陽光を和らげていた。
 こちらに卓がないのは、椅子に座って、横に盆にのせた茶菓を置いて、のんびりと食べたり飲んだりするから。東方の茶屋では、そういう形式が多いのだとか。確かにこのところ、楽市以外の春郷祭会場でも似たような茶屋が出ているそうだ。
 このハナが提供する店は、東西交流東方茶屋。クリムゾンウェストとリアルブルーの東方、東洋のいいとこどりの美味しい茶菓に、幻獣ユグディラのグデちゃん奏でる三味線と雰囲気作りもばっちりの展開。
 当のグデちゃんが、三味線そっちのけで椅子の上に長々と伸びて寝ていることは、気にしてはいけない。
「グデちゃぁん、ほらほら、お仕事ですよぉ。あ、お団子は食べちゃ駄目ですってばぁ」
 ハナの声かけで起きたと思えば、すかさず蒸し仕上がったばかりの団子をせいろから器用にとり出して、あんこを塗りたくろうとしているのも、見なかったことにした方がいいだろう。ともかくも、美味しいお茶とお菓子が、準備万端である……はず。
 この、アルコールと東方甘味の聖地のような店が二軒並んで、営業中。


●欲望? いいえ、明日への活力ですよ?
 衣類を扱う店が並ぶ辺りには、小物や糸、生地を置いているところも多い。中にはかなり凝ったボタンだけ並べている店やら、どう織ったのか編んだのかよく分からない細かいレースや鮮やかなリボンの見本を風にひらめかせているところもある。
 その通りを、もう一時間も行ったり来たりしているのは白樺だ。欲しいものとお財布の中身と持って帰る重量に、帰ってから何を作るのかを悩みに悩みながら、延々と行ったり来たりを繰り返していた。
 もはや通りの一部と化したような動きが止まったのは、レースとリボンの店の前。
「あの、あのね、このレースのリボンの模様が素敵なんだけど、色は白よりこっちの青がいいの! 何かいい方法、ないかしら!?」
 作るのは、自分とユキウサギの露草でお揃いの服にするつもりで、生地は二軒隣の水色の薄いもの、ボタンはお向かいの貝殻を加工したのにしたいんだけどと、具体的な計画付きで相談を急に持ち掛けられた店主は、しばらく固まっていたが……
「自分で染められるように、方法を覚えるかね」
 まったく同じ色にはならないかもしれないが、染料の配合も教えてあげると提案されて、白樺はいそいそと帳面を取り出した。その脇に、露草がちょこんと座って、大人しく一緒に話を聞くような体勢だ。
 レースのリボンに、結局別の色の布リボンも買って、白樺は二軒隣とお向かいでの買い物もようやく済ませた。今、頭の中では作るべき服の形がむくむくと浮かんできている最中だ。
 その筈だったが、
「あ、あれはツユ君に似合いそう。ほら、見て」
 こっちの生地も色々あるよとの呼び込みに振り返り、うっかりとまた良いものを見付けてしまった白樺は、買った生地を露草と半分ずつ分けて提げて歩いている。それがまた可愛らしいので、『おまけしてあげるよ』などと呼び止められることが増えて、後々大変なことになるのだが……
「かっわいい~!」
 白樺の黄色い声に、露草は何を思っているか、ひげをふるふるさせていた。

 こんなはずではなかった。
 右手に串焼き、左手にこってり甘そうな絞りたて果実ジュースを持って、両肘にはズシリと重い荷物を提げた智里は、自分がどうしてこうなったのかと思わず悩んでいた。
 実際は悩むほどのこともない。理由は簡単だ。
「あー、あれはなにかな? なんかおいしそうな匂いがするよね」
 まずはのんびり一巡りと、楽市会場を回っている最中に、同志のディーナに出会ってしまったのだ。何の同志かと言えば兎パン。説明するのと長くなるので、とりあえず兎パン同志。
 友人でも可。
 このディーナ、友人として問題がある相手では全くないと言いたいが、一点だけ大問題があった。
「えーと、ディーナさん? まだ、食べるの?」
「? だって、まだいーっぱいお店があるよ?」
 食いしん坊なのである。それも、桁外れの。
 当人は大食いというスキルがあって、それを会得すれば幾らでも食べられるようになるのだと主張するが、そんなことがあるはずはない。いや、真顔で『喉元まで食べられる』と言われたが、智里はそこまで食べなくてもいい。
 あと、太るのは困る。とても困る。この点については、ディーナも言葉を濁していたので、大食いスキルとやらは、ダイエットの敵のようだ。
「大丈夫なの! いっぱい食べても、その分歩けば問題は解消なの」
 だから食べ歩きしましょうと、ディーナは元気いっぱいである。智里が持ってあげている彼女の買い物荷物も相当な重量だが、それを上回る荷物を持って、まだ買い物するつもりらしい。
「向こうにね、知らない名前のジャムがあったの。色が綺麗でね、お土産に持って帰れそうなの」
「ちょ……じゃあ、これを食べてから移動しましょ?」
 知らない名前のジャムの材料が何かは気になるが、綺麗で珍しいものならおばあちゃんへのお土産にいいかもしれない。
 もうこれ以上は食べないと心の中で誓いながら、智里はディーナと二人、これで何個目か数えるのは理性が拒否した屋台料理を食べ始めた。

 リアルブルー人から若者に人気と聞いていた品物は、なるほどこちらでもそうらしい。
 主にお安めの値段とかなりの量、更に濃い目の味付けと物珍しさから来る結果なのだが、エルが試みに出してみた『焼きそばパン』は歩きながら食べるのに箸もフォークもいらない手軽さもあって、なかなかの売れ行きである。数人とはいえ、常に行列が出来るほどだ。
 隣のパン屋のおばさんが、いつの間にやら彼女の横で、パンの切れ目にせっせと焼きそばを詰めては売っているくらい。これは、エルが焼きそばを作るのに忙しいから仕方がない。
 中には、奇抜の代名詞とも言われるドレスを着たエルから品物を受け取りたそうな男性客も少なくないが、そちらには笑顔の大盤振る舞いで勘弁してもらう。
「ちょっと脂っぽく感じるかなと心配でしたが、予想以上に売れてありがたいことです」
「ジェオルジの人間は力仕事が多いからね。腹にどんと貯まるものは喜んで食べるよ」
 なるほどそういうこともあるかと、今後の焼きそば店展開では予想されるお客の種類や職業と、会場での飲食のしやすさも考慮したメニュー作りに検討の余地ありなどと、エルは頭を働かせている。それでいて、手は動くし、笑顔は絶えず、金勘定は間違えない。
 まあ、お金を稼ぐのが主目的ではない分、お値段はキリよく、とにかくお安い。やきそばパンにしても、子供の小遣いでも買えるから、行列が絶える気配はなかったが、
「あら、これはまた珍しい」
 パン屋の子供の相手という子守で忙しくしていたガルムが、エルを振り返って小さく鳴くので何かと目をやると、ユグディラが一体、さも当然の言う顔で列に並んでいた。

「あー、逃げられましたぁ!」
 そぞろ歩いて、いかにも良さそうな酒盛り光景を見付け、これはと足を向けかけていた榊は叫び声に振り返った。声の主は御同業で、本日は茶屋の主らしいハナなのだが、お盆をぶんぶん振って悔しそうである。
「食い逃げかい? それらしいのは、見掛けないが」
 逃げられたと言っていたし、これはもしやと声を掛けると、隣の店のマリィアが手をひらひら振って違うと知らせてきた。榊も逃げた者など見なかったし、ハンター二人が店を並べているところから、食い逃げできる輩がいるとも思えない。
 何が起きたかと、縋るようなハナの視線には気付かないふりでマリィアの酒場の椅子に腰を下ろしてから、会話が出来る距離のハナに尋ねてやる。いかにも尋ねろと言いたげな顔付きなので。
「うちのグデくんが、とうとうどこかにエスケープですぅ」
「私のせいじゃないわよ。あ、彼女のユグディラが、接客を放棄して出歩いてるのよ」
 なるほど、ユグディラならそう言うこともあるかもしれない。納得した榊は、マリィアお勧めの清酒に、店の境を越えて飛んできた茶屋メニューから焼き酒粕を頼んでみた。酒絡みばかりだが、たまにはそういうのも良かろう。
 見れば、マリィアの店は酒の種類はそこそこだが、つまみはハチノスのトマト煮込みと牛肉に醤油味の芋煮、ウズラの卵の旨煮と三種類のみ。
 対して茶屋は、飲み物に薄茶糖、冷やし飴、きな粉甘酒、白茶とノンアルコール勢で固め、団子はみたらし、きな粉、あんこの三つの味をご用意。焼き酒粕は、ちょっと変わった大人向けメニューというところか。
「その薄茶糖って、冷やし抹茶だよな?」
「そうとも言いますけどぉ、それは情緒が足りません。あ、ご注文でしたかぁ?」
 酒と一緒は合わないから後でと受け流して、榊は持ち込みになる焼き酒粕を一口齧った。予想外に甘くて、ちょっと清酒とは微妙。
「清酒に合わせるには、それは厳しいと皆が言うのよ」
 それなら止めてくれよと、きっと皆に思われているだろうマリィアは、ここで十年も店をやっているような貫録を醸して、反論しずらい。
 こちらも茶屋も、会計は注文ごとに品物と引き換えで清算。飲食を終えたらそのまま立ち去れるのが気楽で、茶屋には家族連れや男女連れがちょこちょこ足を留めていく。
 酒場は、肴が三つでは足りないと他所で買い込んで持ち込む輩が後を絶たず、場を乱さないのなら好きに飲めと寛容な女主人が黙認しているので、だんだんと色々な料理があふれてきた。榊のところにも、一口どうだと皿が次々に回ってくる。
 一度など、どういう味覚か、ピルスナーとこれが合わせると美味いのだとみたらし団子を勧める者がいたが、榊はじめ大抵の酒飲みには受け入れられていない。
「羊羹でお酒を飲む人もいると言いますしぃ、甘いものと合わせるのも悪くはないと思いますよぉ?」
「そうねぇ、ウイスキーやブランデーにチョコレートは普通だし、甘党ならいいかも。アルコールが強い方が美味しいかしらね。悪酔いしない自信がある人には、とっときのを出してあげる」
「いや待て、そこで餡子はどうなんだ。それよりは悪酔い防止に冷やし、いや薄茶糖の甘さ控えめか白茶で一息入れるべきだろう。そっちと合わせた方が、和菓子は絶対美味い」
 茶屋の方に座った家族連れで、父親がエールを一杯なんてことも、時間が経つにつれて増えてきた。店の境界がどんどん怪しくなっていくが、それぞれ両端では酒場と茶屋の形式が守られているから、間にもう一店入ったような雰囲気だ。
 そこに座った榊は、リアルブルーでの酒場知識を披露したり、両者のメニューで合わせやすそうな物を提案したり、いつの間にやら半ば店員のようになっている。あくまで解説限定だが。
 挙句、時々はまったく別の店のメニューを勧めたりして、双方の女主人達ににらまれたりもしていたが、まあお客が喜ぶのでお目こぼししてもらっている。
「そうそう、焼きそばもあったな。あれもリアルブルーのメニューだから、締めに買ってもいいかもしれない」
 自分は行列していたので後ほどと思って通り過ぎた榊が、他の客に問われるままに全年齢向けの珍しい食べ物として挙げた品物が、横からずいと差し出された。何事かと隣の席を見れば、よいしょと座ろうとしているものがいる。
「グデくん! どこに行ってたんですかぁ、もうっ」
「噂をしてたら、焼きそばを買ってきてるわよ」
 お仕事が違いますと、ハナがグデくんに三味線を渡そうとしているが、もちろんグデくんは知らん顔だ。どうやらマリィアの店の方で、猫好きのお客から美味しいものを貰ったり、チップをせしめる技を身に着けたらしい。それを持って、お買い物に勤しんできたのだろう。
 榊もしっかりと焼きそば代金は請求されたが、まだ熱いそれを食べられたので、まあよしとした。

 ジェオルジ産の紅茶の酒に、東方渡りの清酒、どこで作ったのだか定かではないが味は良い蒸留酒などを新たに仕入れて、蜜鈴はたいそう上機嫌に最後の目的地に向かっていた。
 いや、実際にはもう一軒、各地の酒を取りそろえた酒場が出ていると聞いたのだが、怪我が残る身。飲酒は控えた方が良かろうと、友人のハナがやっている茶屋に足を向けたのだ。
 確か、先に聞いた話ではユグディラに東方の曲を奏でさせて、それはもう完璧な東方ムードを盛り上げているらしい。準備は万端していたので、近くに行けば音楽も聞こえてこようとのんびり歩くが、どうもそれらしい音はしない。ざわめきは大きくなるから、賑わってはいるのだろうと目的地に到着してみれば。
「なんじゃ、グデに逃げられたか」
「そこにいますぅ、そこ」
「働かぬなら、同じであろう」
 別に比べはしないが、自分の相棒は荷物持ちによく働いたと、店の端の椅子に座った蜜鈴は、更に端に腰を落ち着けた莉邏のために水を頼んでやった。それから自分には茶を一杯、何か茶菓子も取ろうか考えつつ、ついつい酒場の方にも目がいってしまう。
 グデくんが、まるでそちらの店員のような顔で混じっているが、なるほど酒の種類が豊富そうだ。元気ならば、喜んで混ざっていたことだろう。
「蜜鈴さんも、やっぱりお酒がいいんですねぇ」
「茶もどちらも好きじゃな。ほれ、泣き真似する暇があったら、白茶とそうさな、団子をみたらしと、一串は味なしで持って来ておくれ」
 それなら莉邏も食べるだろうと注文すると、ハナがいったん下がっていく。
 その後ろ姿を見送って、蜜鈴はふいと立ち上がった。莉邏が慌てたようだが、すぐ戻ると言い置かれて、ちんまり座り直している。
「ちと、酒を見せておくれ。今は飲めんのだが……それとそれは持って帰りたいのう」
「売り物だから、最後に余ったのでもないとねぇ」
 妙齢女性二人の、真剣勝負が始まったようだ。

 蜂蜜ミルクティーに人参ケーキ。しかも後者は人参の形!
 そんな素敵な食べ物を、たまたま隣り合ったユキウサギさんとその飼い主さんにご馳走が出来て、ディーナはご満悦だった。
 ユキウサギさんがあまりに可愛かったので、お願いしてちょっと足をマッサージするお手伝いもさせてもらい、もう御機嫌は最上級である。お茶とケーキをご馳走するくらい、なんのそのだ。先方も喜んでくれたから、なにより。
「うーん、とってもいいお店だったね、智里ちゃん。次は何処にしようか、お酒を出しているところもいいよね」
「……いらない」
 日も暮れかけてきたし、いよいよお酒をたしなむ時間。智里は出身世界の法律にのっとってか飲まないようだが、それならおいしいおつまみがあるところにすればいい。
 意気揚々と、まだ喉元まで来ていないと鼻歌を歌いながら、ディーナは地図で特大花丸を付けていた界隈に足を向けた。大丈夫、歩いている内にまた食べられるようになるものだ。
 ただし、休むと急に食べられなくなるから、すぐに次のお店に行かなくてはいけない。たくさん食べるには、食べ続けるのも大事なこと。
 そう思って、大量の荷物も苦にせずに歩いていると、前方で歓声が上がった。
「智里ちゃん、あれ、なんてスキルかなぁ?」
「あ、ええと……」
 今まさに行こうとしていた店の辺りで、誰かがほのかに燃える蝶を舞わせ始めている。その灯りに引き寄せられるように、ディーナは足を速めた。
「あんなのを見たら、お客さんいっぱいになるの。座れなくなったら、大変だもの」
 先に行って席を取っておくからと、今だ元気なディーナを追い掛ける智里の足取りは、ずっしり重い。
「うわぁ、綺麗なの。ちょっとだけ、眺めていこうなの」
 そんな智里を、先程別れたばかりの白樺と露草が抱えた荷物も苦にせず、楽し気にとことこと追い越していった。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 10
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 亜竜殺し
    榊 兵庫(ka0010
    人間(蒼)|26才|男性|闘狩人
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ガルム
    ガルム(ka2434unit001
    ユニット|幻獣
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    リラ
    莉邏(ka4009unit001
    ユニット|幻獣
  • 曙光とともに煌めく白花
    白樺(ka4596
    人間(紅)|18才|男性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ツユクサ
    露草(ka4596unit001
    ユニット|幻獣
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    グデチャン
    グデちゃん(ka5852unit004
    ユニット|幻獣
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
アイコン 楽市の1日を楽しもう
星野 ハナ(ka5852
人間(リアルブルー)|24才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2017/06/25 20:04:08