ゲスト
(ka0000)
【繭国】アダムの受難 ―生命賛歌―
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/07/07 19:00
- 完成日
- 2017/07/16 23:22
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
アダム・マンスフィールドの朝は早い。空が白み始めるほどの時刻に目を覚まし、身支度の後、日課の鍛錬を行う。
基本の住まいであるデュニクスの勤勉な農夫に挨拶しながら、走り込みと筋力トレーニングをして、"仕事場"へと向う。
汗を流した後、自らのデスクに置かれた書類を手に取ったアダムは、無言のままにその表紙に視線を落とした。
表紙に流麗な字体で"Hex.S"と描かれた書類には嫌な予感しか覚えない。
金の無心を【第六商会】にしている立場上断ることができないのがアダムの弱みでもある。
彼の無茶振りは街の人間にとっては歓迎すべきことであるらしく、飛び込みの仕事を今か今かと待ち構えられていることをH某も知っているのがタチが悪い。加えれば、複雑な経過もあってこの街の市民と領主である貴族は折り合いが悪く、むしろ農業や工業を頼みとしている傾向が強く、面倒の種である。
故にアダムは懊悩していた。この書類、見るべきか。見ざるべきか。
――やれやれ。こういうとき、人は『長い苦痛を選ぶ』もの、だな。
皮肉げに、一つ息を零す。
刻令術。かつては生物と見紛うほどのモノを作ることができたというそれも、今となっては出来ることは非常に限られており、アダムの理想からは程遠い。
"それでもいい"と解析と再現に取り組み始めて得た技能は――これも、認めるしかない。もはや、頭打ちなのだった。
オーラン・クロスとの共同開発もあり、技術的な面で機体の性能向上には望めようが、成したいことに、届かない。
「……この立場に居るのも、長い苦痛を選んでいるようなもの、なのかもしれないな……」
言いながら、書類を開き、確認しはじめる。
そこには――。
●
次の日、アダムは聖堂戦士団の訓練キャンプ場に足を運んでいた。書類を提示しながらの言葉に困惑する聖堂戦士団員も、死の教練と呼ばれる会場の阿鼻叫喚たる様には目もくれずに、場内を進んでいく。
すぐに、見つけた。
「PT! PT! PT!」「ぬはは!!」「PT! PT! PT!」「そうだ! 良いぞ!!」
「PT! PT! PT!」「大胸筋に魂を込めるのだ!!」「PT! PT! PT!」「次は……そうだ! その、それだ、その腹直筋であるよ!」
大量の戦士団員を前に、バネつきの鉄製の道具に身体を覆われたプラトニスが喝采を上げながら戦士団を鼓舞していた。
「――もし」
「ぬっはっは! 我輩の……ぬ?」
「節制の精霊、プラトニスとお見受けした。私は、アダム・マンスフィールドという。一つ、話を――」
呼び止められたプラトニスは髭をなぞりながらアダムの全身を眺めていたが――すぐに、にこやかに微笑んだ。アダムの肩に、プラトニスの分厚い手が、伸びる。
「汝、節制なる肉体を持つ者よ」
「聞いて欲しい……の、だが……? 何だね、この手は」
「君もこの宴に参加したいということだね?」
「違う」
汗に輝くプラトニスの神性すら帯びた強引さを、アダムはにべもなく拒否した。そして。
「"オートマトンたち"の存在を、聞いた。……"貴方たち"に、頼みたいことがある。協力してほしい」
●
オートマトンは、『機械の身体』に精霊をインストールした種族である。それぞれが自我を持ち、独立した個性と――なにより人権を持つ。
「つまり……アダム、そなたは」
「ああ。私はこれを、造りたい」
ひとくさり話を聞いたプラトニスの表情は、微塵たりとも揺るがなかった。ただ、その目の色には未だ、推し量らんとする色がある。
「だが――誤解はしないで欲しい。私が果たしたいのは、一時的に肉体の意識を機体に合一させることだ。オートマトンたちのような身体を用意できない以上、"そこ"を侵すつもりはない」
「まるで、それが出来るならば……とも聞こえるが」
「否定は、しない。だが、私には到底果たせない偉業だからね」
「……ふむ。まあ、良いだろう。ならば、何故我輩に?」
「――ハンター達がライブラリにアクセスし、過去を見た。その過程で貴方たちに遭遇したと聞いている」
「然り、だ」
「彼らは神霊樹にアクセスし、神霊樹を通して意識のみを貴方たちの"界"へと送った筈だ。そして……それ以降も幾度となく、過去を見ている。現実の身体は、そのままに」
アダムは、長身のプラトニスを見上げ、双眸に力を籠めた。
「これからやろうとしていることは、霊闘士が扱う霊呪に似ているが――違うアプローチになる。オートマトンに適合できる貴方たち精霊に、"私達"を預けることで、"これ"は実現できると私は考えている」
「………………」
返った沈黙が、重い。
アダムは、対歪虚用の兵器開発に従事している、と名乗った。
そこを踏まえれば――これは、"精霊を、寄越せ"という頼みに違いない。アダム自身も了解しているのだろう。男は、深く頭を下げた。
「だから、協力してほしい」
「…………む?」
プラトニスが返答を決めあぐねていた、その時。アダムの首元で、何かが揺れた。
「そなた、首から下げているそれは……?」
指摘されたアダムは、曖昧な表情を見せた。稚拙さを指摘された子供のような、バツの悪い顔。
「……私にも分からん。ただ、起きたら寝台の上に置かれていた。なんとなく気になって、な……」
「――ふむ」
プラトニスは顎髭に触れ、にんまりと笑みを深めた。
「ならば、"試練"と行こう」
●
後日、ハンターを連れてきたまえ、というプラトニスの言に従ったアダムは、所定の位置にてプラトニス達を待っていた。
その時の、ことだった。
――では、見せてもらおう。
突如、煌々たる光が生まれた。光に呑まれる中――"世界"が、変容していく。
――そなたの、本心を。
●
その日、アダムは夢を見た。
かつての光景。ありきたりな過去。痛みの記憶。
"あの日"。
彼女が、死んだ日。
「あ、あ…………」
気がつけば眼前に、"それ"が居た。闇を纏うた人の影。歪虚に堕ちた、元魔術師の――同僚。
視界はそいつで埋まっている。だが、解る。そいつは誰かを抱えている筈だ。
"彼女"を。
「解るか、アダム。マテリアルを操る術を探求する私達にとっては非論理的だが、血には魔力が宿るという俗説がある」
「……きさ、ま」
「見ろ、アダム。"出血が止まったぞ"。彼女の魔力は枯渇した。彼女の価値は喪失した」
そいつは彼女を放り投げた。血に汚れた髪をバラバラと散らしながら、無抵抗に壁に打ち付けられ、転がる。そうだ。此処は、研究場であった。
「――っ!」
反射的に、手を、伸ばそうとした。名を呼ぼうとした。しかし。
叶わなかった。影を纏うた歪虚から伸びた触腕に腕を取られ、顎を捕まれ、引き上げられる。
影の向こうの表情は、解らなかった。ただ。
「――いい顔だ、アダム。私は、その顔が見たかった」
甘い声が落ちた。
地獄の底から響いているような、悍ましい声だった。
アダム・マンスフィールドの朝は早い。空が白み始めるほどの時刻に目を覚まし、身支度の後、日課の鍛錬を行う。
基本の住まいであるデュニクスの勤勉な農夫に挨拶しながら、走り込みと筋力トレーニングをして、"仕事場"へと向う。
汗を流した後、自らのデスクに置かれた書類を手に取ったアダムは、無言のままにその表紙に視線を落とした。
表紙に流麗な字体で"Hex.S"と描かれた書類には嫌な予感しか覚えない。
金の無心を【第六商会】にしている立場上断ることができないのがアダムの弱みでもある。
彼の無茶振りは街の人間にとっては歓迎すべきことであるらしく、飛び込みの仕事を今か今かと待ち構えられていることをH某も知っているのがタチが悪い。加えれば、複雑な経過もあってこの街の市民と領主である貴族は折り合いが悪く、むしろ農業や工業を頼みとしている傾向が強く、面倒の種である。
故にアダムは懊悩していた。この書類、見るべきか。見ざるべきか。
――やれやれ。こういうとき、人は『長い苦痛を選ぶ』もの、だな。
皮肉げに、一つ息を零す。
刻令術。かつては生物と見紛うほどのモノを作ることができたというそれも、今となっては出来ることは非常に限られており、アダムの理想からは程遠い。
"それでもいい"と解析と再現に取り組み始めて得た技能は――これも、認めるしかない。もはや、頭打ちなのだった。
オーラン・クロスとの共同開発もあり、技術的な面で機体の性能向上には望めようが、成したいことに、届かない。
「……この立場に居るのも、長い苦痛を選んでいるようなもの、なのかもしれないな……」
言いながら、書類を開き、確認しはじめる。
そこには――。
●
次の日、アダムは聖堂戦士団の訓練キャンプ場に足を運んでいた。書類を提示しながらの言葉に困惑する聖堂戦士団員も、死の教練と呼ばれる会場の阿鼻叫喚たる様には目もくれずに、場内を進んでいく。
すぐに、見つけた。
「PT! PT! PT!」「ぬはは!!」「PT! PT! PT!」「そうだ! 良いぞ!!」
「PT! PT! PT!」「大胸筋に魂を込めるのだ!!」「PT! PT! PT!」「次は……そうだ! その、それだ、その腹直筋であるよ!」
大量の戦士団員を前に、バネつきの鉄製の道具に身体を覆われたプラトニスが喝采を上げながら戦士団を鼓舞していた。
「――もし」
「ぬっはっは! 我輩の……ぬ?」
「節制の精霊、プラトニスとお見受けした。私は、アダム・マンスフィールドという。一つ、話を――」
呼び止められたプラトニスは髭をなぞりながらアダムの全身を眺めていたが――すぐに、にこやかに微笑んだ。アダムの肩に、プラトニスの分厚い手が、伸びる。
「汝、節制なる肉体を持つ者よ」
「聞いて欲しい……の、だが……? 何だね、この手は」
「君もこの宴に参加したいということだね?」
「違う」
汗に輝くプラトニスの神性すら帯びた強引さを、アダムはにべもなく拒否した。そして。
「"オートマトンたち"の存在を、聞いた。……"貴方たち"に、頼みたいことがある。協力してほしい」
●
オートマトンは、『機械の身体』に精霊をインストールした種族である。それぞれが自我を持ち、独立した個性と――なにより人権を持つ。
「つまり……アダム、そなたは」
「ああ。私はこれを、造りたい」
ひとくさり話を聞いたプラトニスの表情は、微塵たりとも揺るがなかった。ただ、その目の色には未だ、推し量らんとする色がある。
「だが――誤解はしないで欲しい。私が果たしたいのは、一時的に肉体の意識を機体に合一させることだ。オートマトンたちのような身体を用意できない以上、"そこ"を侵すつもりはない」
「まるで、それが出来るならば……とも聞こえるが」
「否定は、しない。だが、私には到底果たせない偉業だからね」
「……ふむ。まあ、良いだろう。ならば、何故我輩に?」
「――ハンター達がライブラリにアクセスし、過去を見た。その過程で貴方たちに遭遇したと聞いている」
「然り、だ」
「彼らは神霊樹にアクセスし、神霊樹を通して意識のみを貴方たちの"界"へと送った筈だ。そして……それ以降も幾度となく、過去を見ている。現実の身体は、そのままに」
アダムは、長身のプラトニスを見上げ、双眸に力を籠めた。
「これからやろうとしていることは、霊闘士が扱う霊呪に似ているが――違うアプローチになる。オートマトンに適合できる貴方たち精霊に、"私達"を預けることで、"これ"は実現できると私は考えている」
「………………」
返った沈黙が、重い。
アダムは、対歪虚用の兵器開発に従事している、と名乗った。
そこを踏まえれば――これは、"精霊を、寄越せ"という頼みに違いない。アダム自身も了解しているのだろう。男は、深く頭を下げた。
「だから、協力してほしい」
「…………む?」
プラトニスが返答を決めあぐねていた、その時。アダムの首元で、何かが揺れた。
「そなた、首から下げているそれは……?」
指摘されたアダムは、曖昧な表情を見せた。稚拙さを指摘された子供のような、バツの悪い顔。
「……私にも分からん。ただ、起きたら寝台の上に置かれていた。なんとなく気になって、な……」
「――ふむ」
プラトニスは顎髭に触れ、にんまりと笑みを深めた。
「ならば、"試練"と行こう」
●
後日、ハンターを連れてきたまえ、というプラトニスの言に従ったアダムは、所定の位置にてプラトニス達を待っていた。
その時の、ことだった。
――では、見せてもらおう。
突如、煌々たる光が生まれた。光に呑まれる中――"世界"が、変容していく。
――そなたの、本心を。
●
その日、アダムは夢を見た。
かつての光景。ありきたりな過去。痛みの記憶。
"あの日"。
彼女が、死んだ日。
「あ、あ…………」
気がつけば眼前に、"それ"が居た。闇を纏うた人の影。歪虚に堕ちた、元魔術師の――同僚。
視界はそいつで埋まっている。だが、解る。そいつは誰かを抱えている筈だ。
"彼女"を。
「解るか、アダム。マテリアルを操る術を探求する私達にとっては非論理的だが、血には魔力が宿るという俗説がある」
「……きさ、ま」
「見ろ、アダム。"出血が止まったぞ"。彼女の魔力は枯渇した。彼女の価値は喪失した」
そいつは彼女を放り投げた。血に汚れた髪をバラバラと散らしながら、無抵抗に壁に打ち付けられ、転がる。そうだ。此処は、研究場であった。
「――っ!」
反射的に、手を、伸ばそうとした。名を呼ぼうとした。しかし。
叶わなかった。影を纏うた歪虚から伸びた触腕に腕を取られ、顎を捕まれ、引き上げられる。
影の向こうの表情は、解らなかった。ただ。
「――いい顔だ、アダム。私は、その顔が見たかった」
甘い声が落ちた。
地獄の底から響いているような、悍ましい声だった。
リプレイ本文
●
その感覚は、多くのハンター達には馴染み深いものだった。これは、過去の再現であると。
「うわわ。なんだかいきなり大ピンチな上に状況不明で頭がついていかない感じ?」
サトコ・ロロブリジーダ(ka2475)が口元を戦慄かせながら、あたふたと呟いた。周りにハンターたちが居ることをさり気なく確認。
「……でもでも女の人とアダムさんが狙われたってことは、あの黒いのは敵だね。それは分かったよ!」
表情には恐れと戸惑い。それから、決意のトリプルブレンド。
――チッ、プラトニスの野郎、乱暴な試練ブチかましやがってファッキンクソ筋肉。
しかし、その内心はド級のブラックネスだった。
――だがオレの求める死霊魔術の深淵に辿り着く為にゃ、まだアダムにゃ死んでもらうわけにゃーいかねーのよ。仮初のボディに魂を吹き込む手がかりがようやく掴めそうだって時に、手ぶらで帰れるかよ。
苛立ちを募らせるサトコの傍らで、別な少女が、嗤った。
「……ふふ。まるでおねえさんの時みたい」
雨音に微睡む玻璃草(ka4538)――フィリア。薄い胸が、高鳴るのを自覚する。しとしとと感じるこれは、『雨音』の香りだ。
「……マジ試練大好き筋肉オッサンかっての……」
そのパンツが心なしか引き締まるのを感じながら、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)。
「……どれほど筋肉を酷使する内容なのかと思っていたが」
灰色の瞳を曇らせたセルゲン(ka6612)が、ちら、とアダムを見た。触腕に抗うように力が籠められた、太い腕。浅黒い肌。
――なるほど、自制心の強い御仁らしい。
鍛えあげられた身体に対する評価だ。
「――ドMかだろうな」
「えっ?」
穂積 智里(ka6819)の頭がフリーズする。いや、違う。そうじゃない。
「た、助けなきゃ……!」
彼女の視線の先。力なく倒れ伏した女性を見て智里は駆け出した。
それが、合図となった。
●
「ジャック殿」
「ん!?」
敵へと走らんとした背に、紅薔薇(ka4766)が小さく声を掛けた。
「暫し時間を稼いでほしいのじゃ」
「おぅ! 任せな!」
アダムが掴まれている現状、打てる手が限られる。"確実"に、奪取せねばならない。紅薔薇は刀を納め、短い呼気を吐いた。集中と共に、その気配が拡散していくように溶け、揺らいで――消えた。
――辛いだろうな。
位置取りを定めながら、セルゲンは黙考。智里が女性の保護に走っている。セルゲンは女性との間に立った。これで、万が一にも女性と智里に敵視が集まったとしても、対応できる。
その時。
後方できゃあきゃあと騒がしい声が聞こえた。
「……マジか」
警戒を、厳にする。智里は注意をひこうとしているのかもしれない。助けに行ったのではなかったのか?
まあいい、と、主の集中に応じるように、肩口でモフロウが囀った。
「ラアアア……ッ!」
怒声に、銃声。ジャックだ。真正面から、銃を撃ちながら走る。
兎角、"それ"は反応を示した。アダムを吊るし上げているものとは別な触腕がその身から生え、銃撃を弾く。
『警備の連中か。早いな』
――ん……?
くぐもり、粘質なその"声"と動作に、サトコは感情の動きを見た。ジャックの銃弾に対して、影の歪虚は自らの身体を盾とするようにアダムを移動させたのだ。後背へ、と。
「離してよ……っ!!」
声を張りながら、サトコは魔術を編み上げた。加速を得た水球が瞬く間に歪虚の身体に打ち付けられる。
『邪魔をッ!』
「わ、わ!」
返す刀で伸びてきた触腕を飛び退って回避できたのは、僥倖以外の何者でもない。なにせ、サトコの近場にはハンターが少ないのだ。
「黒いおじさんはお友達? 喧嘩しちゃったのね?」
軽い足取りで先行していたフィリアは、触腕をかわすための動きで、側面方向へと流れている。少女は、幽幻のごとき言の葉を紡いでいた。
「なら仲直りしなくちゃいけないんだわ。わたしも『歯車仕掛けの蛇』はいつも意地悪を言うけど、仕方がないから許してあげるもの」
孤唱の如く。
「前夜を告げる鳥を失わせたのは、誰かしら? お友達? それともおじさん?」
「アダム! コレでも喰らうのじゃ!!」
間に歪虚が立つ形になったため、迂回したミグ・ロマイヤー(ka0665)が気勢と共に解き放った機導術、エナジーショットが光流となって奔る。その手元で光り輝くのは――精神安定剤。
ミグにとって、アダムの検討する論理、その道行きの昏さは分かるつもりだ。それは決して、認容すべからざるもの。それでも、彼女は支援の手を伸べることを厭わない。それは――彼女なりの期待の現れか。
「避けるべきは精神死! つまり……これじゃ!! 気持ちよ、安らげぇい!」
それは、フィリアに気を取られていた歪虚を抜けて、たしかにアダムに命中した。
しかし。
「なん……じゃと」
何も、起こらなかった。歪虚も一瞬視線を送っただけで、目下の脅威はサトコとジャックと認めたよう。
「じゃ、じゃんじゃん行こう……!」
「? ああ、解った」
敵の視線を感じ、セルゲンをガン見しながらサトコが言うと、セルゲンが前進し霊呪を紡ぐ。次の瞬間、光輝と共にモフロウがアダムを掲げる触腕に激突した。
『小賢しい!』
「……む」
唸る歪虚の触腕が、増えた。これで、アダムを掴む手と合わせて、三つ。
「厄介だな」
呟いた、その時。
「彼女さん、危ないです!」
切迫した声が響いた。
●
一通りの応急処置を終えようとしていた智里は、脈を図りながらも分の悪さを感じていた。
脈と呼吸の弱さ、意識状態。それら全てが、緩やかに悪化している。失血の話は聞こえていた。だとすれば、このまま心肺停止に至るまで幾ばくの猶予もないか。
「――――っ!」
少女は、ダガーで自らの左手首を切りつけた。傷口の深くから、アカイロが溢れてくる。そして、驚くべきことに、智里はそれを、女の傷へと浴びせはじめた。
「起きて下さい、彼女さん! 貴女とアダムさんにその気さえあれば、貴女は起きられるはずなんです!」
だくだくと溢れる血液が、びちゃびちゃと湿った音を立てて女を濡らす。
「最後の想い、これは、ただのアダムさんの妄想かもしれないけど……きちんと伝えられるんですよっ!」
――プラトニスさん、ここは演算の世界なんでしょう? なら、ちょっとだけ演算の力を私にも使って下さい……!
この場を、請け負ったのだ。けれど、此処から先は奇跡の領域になってしまった。だから――祈るように、少女は血を流し続けた。
●
「ち、ィ……!」
「あれは何をしておるんじゃ!」
「知るかよ!」
智里たちの様子を確認したジャックは舌打ちを零し、ミグは驚嘆に目を見開いている。
アダムを解き放つには一歩、至らない。一つをアダムの確保に費やし、残る二つの触腕をそれぞれに動かして攻撃を重ねてくる歪虚の攻撃はジャックにとっては決して脅威ではないが膠着は避けられない。
触腕の殴打に合わせて『それ』を掴み――吠えた。
「まだかよ、紅薔薇……ッ!」
その声に応じたのは、
「―――♪」
少女の、か細い歌であった。瞬後のことだ。
「ずわっ!?」
頭に、衝撃。
●
触腕は、身軽な彼女にとっても脅威で接近は至難。ゆえに、ぐるりと回ってジャックの背を足場に、フィリアは触腕に飛び乗った。
「宝物を探したわ。探したの。――けれど、見つからなかったの」
すぐに辿り着く。触腕の付け根。歪虚の頭上へ。
「だから、教えて?」
傘のようなそれは突端から歪な刃が突き出る、紛うことなき凶器。頭部と思しきところに突き立てた。
『ィ、ィ、ィ、ィイイ……ッ!』
「きゃっ!」
「……っと」
反撃の一撃で殴打され、吹き飛ばされた少女を受け止めたセルゲン。手早くその傷を見聞しながら、再び霊呪を発動。モフロウが再び加速し、追撃に手を伸ばそうとしていた触腕と拮抗。押し留めた。
「ありがとう、おじさん」
「気にするな」
接近して強襲せんとしたところを留められた形だったが――"それ"を見て、セルゲンは姿勢を整えた。
「動けるか」
「ええ、捻子時計の子鹿じゃないもの」
「……そうか」
言っていることは殆ど解らなかったが、短く返した。
●
気配を隠すと言ってもだだっ広いだけの戦場だ。確実な隠密は紅薔薇をしても困難窮まった。警戒が薄く自分の身を纏う感覚がある。
だが――ジャックを踏み越えての、フィリアの奇襲。セルゲンの反撃。そこに、間隙を、見た。
往った。
低い姿勢のままの踏み込み。鞘に納められたままの刀が、走る。
「――――――」
声を漏らす愚を犯さぬまま、二連の閃撃、それだけを刻み――アダムを掴む触腕を叩き切った。
『っ! アダ、ム……!』
「すまんのぅ、アダム殿!」
「ぐっ……!」
斬られた歪虚の憤懣が叩きつけられる中、紅薔薇は落ちたアダムを側方へと蹴飛ばした。それをジャックが受け止め、素早く自らの後方へとまわす。追撃として迫る触腕に、身を晒す必要があった。触腕は更に増え五つ。
「悪ィが手を離せねえ! てめえで立て!」
「………、」
酸欠なのだろう。どこか茫とした眼差しで立ち上がろうとするアダムを、サトコは眺めみながら魔術を紡ぐ。
――この時、このファッキンな状況で願ったのは、何だ。アダム。
追撃を抑えるように氷の矢を打ち込みながら、呟いた。
――このクソ歪虚を殲滅する力か?
眼前。猛威を振るう歪虚を眺めながらの問いの答えを見極めるように、アダムを見る。
すると。
「酔っ払ったてめぇは言ったよな、アダム! 人を作りてぇと!」
至近から響いたジャックの声。雄々しい怒声に打ち付けられたように、アダムの身が震えた。
「禁忌? 上等じゃねぇか!俺は否定しねぇ! だったらてめぇでてめぇの限界決めてんじゃねぇ! てめぇの限界はもっと先にあんだろ!」
●
紅薔薇は、己の成すべきを見定めた。
「――だからまずはこの過去をてめぇの手でぶっ潰そうぜ!」
ジャックの声が響く中、智里へと視線を転じた。
「部屋の外へ逃れるのじゃ! アダム殿。そなたも!」
智里の顔に、逡巡が浮かんだ。それだけ、重篤ということだろう。だが、智里は意を決して立ち上がった。貧血でふらつきそうになりながらも、全力で部屋の出口へと向う。
時間はもう、ないのだから。
「化物退治は妾らに任せるのじゃ!」
そのまま、加速した。曝けられた背中へと。
『返せ! 返せ返せ返せ返せ返せッ!』
「てめぇのその筋肉は何の為にある!」
ジャックは猛撃に晒されながら叫び続けた。
「歪虚をちょっとでもどうにかしてぇと……つけ……ん?」
「さっさと終わらせるぞ。俺も家に帰りたい」
その肩をセルゲンの得物で小突かれ、ジャックは怒声を吐くことを止めた。フィリアが薄く微笑みながらジャックを見ている。
振り返れば、アダムは既に居なかった。
――あ、れ? その筋肉で殴りたかったんじゃねえの?
と目を点にしているジャックの耳に「アダムさん……」と、どこか熱のこもった、サトコの声が届いた。
――ハ、上等じゃねえか。
と、内心では獰猛に笑ってはいるが。
「…………ふん、幸せな事にはならんじゃろうにな」
精神安定剤を手の上で転がすミグの吐き捨てるような声を聞くにおよび、周りは全員、理解しているようだった。
ジャックは、非モテなのだ。アダムの心情を履き違えたところで、それは――多分、自然なこと、なのだ。
●
看取りの時だった。智里は自らの止血を行いながら、女性を抱きとめて澎湃と涙をながすアダムを霞む視界にとらえていた。
彼女は、『この時』まで、生き長らえさせた。なら、上出来、だ。
智里の意識が途切れようとしていた。仮想だからこその無茶の代償に身を委ねようとしていた、その時。
「愛、してる、わ……アダム」
たしかに、それを聞いた。
その後、間もなく。
狂乱した影の歪虚はハンター達に包囲され、暫しの後に事切れた。
●
気づけば、集合場所として指定された場所に戻ってきていた。
「彼女の声は聞けなかったか」
セルゲンは霊呪を用いて『彼女』の言葉を聞こうとしたが、再演の場ゆえか叶わなかった。
手を組んで祈るように俯き座るアダム。その隣へとフィリアが走り寄る。
「ねえ、おじさん。おじいさんが言ってたの。『わたしたちを護れるもの』が作りたいって。おじさんはあのおねえさんに何をしたの? おじさんはあのおねえさんに何をしなかったの?」
「……何も、さ。俺は顧みず、何もしなかった。だから彼女は死んだ」
「失くしたモノの替わりのモノは失くしたモノ? おじさんは、何が作りたいの?」
「それは……」
問答を聞きながら、セルゲンは思考した。
――試練の意味、か。
ただの"過去"の再演だった。試練と定めた意味を考え――故に、直截に、こう聞いた。
「アダム殿は、彼女を、つくりたいのか?」
「……ああ。笑うかね?」
乾いたアダムの声に、明るい陽射しに目を細めながら、内心でサトコは笑った。
――ヒトを、あの女を、創るか。狂ってるが、クールじゃねえか。
だが、彼女は笑い飛ばしはしない。むしろ、口笛を吹きたいくらい、アガっていた。
一方、紅薔薇はというと。
「割と本気で性格が悪いと思うのじゃ、あの精霊。人の心の傷跡を断りなしでほじくり返すのは……」
「ぬはは! そりゃあ、すまん」
「………おったのか」
ぷう、と頬を膨らませた少女に、プラトニスは笑みを深め、微かに嘆息する。
「小精霊らに便宜を図るにしても、その根源を識らねば、な」
「……ふむ」
プラトニスも知らなかったというのか。
つと、そこで気がついた。
あの『再演』の場面でアダムは今の人格を持って、いわば、ハンターたちと同じ闖入者に近しいものだった。
――なら、あの再演は、どこからのものなのじゃ?
沈思する紅薔薇を他所に、笑い声が響いた。くつくつと笑う少女の声は――ミグのもの。
「ミグとて研究者のはしくれよ。はむしろ実践者と呼ぶべきかもしれんが……のう、アダム。そなたの道は――間違っておるぞ。辞めろとは言わんがの」
「百も承知だよ」
そこで、アダムは皮肉げに笑った。平時のアダムの、それ。
「……さて。試練も終わりだ。私は合格かね。精霊殿」
「ふむ」
その時、セルゲンはプラトニスの目が向う先に、気づいた。セルゲンも気にしていた――アダムが胸に下げた、『首飾り』。
「前線に立たぬが故に知らぬだろうが、その首飾りは『星石』といってな」
「……何?」
「力を貸す精霊は居るらしい、ということだよ」
つまり、と言い置いて、プラトニスは深い皺を顔に刻んだ。破顔の、笑みであった。
「合格だよ」
●
別れ際。
「言い忘れたがよ」
ある男が、アダムに囁いた。その手には、ゴーレム少女。
「ゴーレム少女、マジプリティ」
「……当然だ。私が作ったのだからな」
そんなやり取りが、あったとか、無かったとか。
その感覚は、多くのハンター達には馴染み深いものだった。これは、過去の再現であると。
「うわわ。なんだかいきなり大ピンチな上に状況不明で頭がついていかない感じ?」
サトコ・ロロブリジーダ(ka2475)が口元を戦慄かせながら、あたふたと呟いた。周りにハンターたちが居ることをさり気なく確認。
「……でもでも女の人とアダムさんが狙われたってことは、あの黒いのは敵だね。それは分かったよ!」
表情には恐れと戸惑い。それから、決意のトリプルブレンド。
――チッ、プラトニスの野郎、乱暴な試練ブチかましやがってファッキンクソ筋肉。
しかし、その内心はド級のブラックネスだった。
――だがオレの求める死霊魔術の深淵に辿り着く為にゃ、まだアダムにゃ死んでもらうわけにゃーいかねーのよ。仮初のボディに魂を吹き込む手がかりがようやく掴めそうだって時に、手ぶらで帰れるかよ。
苛立ちを募らせるサトコの傍らで、別な少女が、嗤った。
「……ふふ。まるでおねえさんの時みたい」
雨音に微睡む玻璃草(ka4538)――フィリア。薄い胸が、高鳴るのを自覚する。しとしとと感じるこれは、『雨音』の香りだ。
「……マジ試練大好き筋肉オッサンかっての……」
そのパンツが心なしか引き締まるのを感じながら、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)。
「……どれほど筋肉を酷使する内容なのかと思っていたが」
灰色の瞳を曇らせたセルゲン(ka6612)が、ちら、とアダムを見た。触腕に抗うように力が籠められた、太い腕。浅黒い肌。
――なるほど、自制心の強い御仁らしい。
鍛えあげられた身体に対する評価だ。
「――ドMかだろうな」
「えっ?」
穂積 智里(ka6819)の頭がフリーズする。いや、違う。そうじゃない。
「た、助けなきゃ……!」
彼女の視線の先。力なく倒れ伏した女性を見て智里は駆け出した。
それが、合図となった。
●
「ジャック殿」
「ん!?」
敵へと走らんとした背に、紅薔薇(ka4766)が小さく声を掛けた。
「暫し時間を稼いでほしいのじゃ」
「おぅ! 任せな!」
アダムが掴まれている現状、打てる手が限られる。"確実"に、奪取せねばならない。紅薔薇は刀を納め、短い呼気を吐いた。集中と共に、その気配が拡散していくように溶け、揺らいで――消えた。
――辛いだろうな。
位置取りを定めながら、セルゲンは黙考。智里が女性の保護に走っている。セルゲンは女性との間に立った。これで、万が一にも女性と智里に敵視が集まったとしても、対応できる。
その時。
後方できゃあきゃあと騒がしい声が聞こえた。
「……マジか」
警戒を、厳にする。智里は注意をひこうとしているのかもしれない。助けに行ったのではなかったのか?
まあいい、と、主の集中に応じるように、肩口でモフロウが囀った。
「ラアアア……ッ!」
怒声に、銃声。ジャックだ。真正面から、銃を撃ちながら走る。
兎角、"それ"は反応を示した。アダムを吊るし上げているものとは別な触腕がその身から生え、銃撃を弾く。
『警備の連中か。早いな』
――ん……?
くぐもり、粘質なその"声"と動作に、サトコは感情の動きを見た。ジャックの銃弾に対して、影の歪虚は自らの身体を盾とするようにアダムを移動させたのだ。後背へ、と。
「離してよ……っ!!」
声を張りながら、サトコは魔術を編み上げた。加速を得た水球が瞬く間に歪虚の身体に打ち付けられる。
『邪魔をッ!』
「わ、わ!」
返す刀で伸びてきた触腕を飛び退って回避できたのは、僥倖以外の何者でもない。なにせ、サトコの近場にはハンターが少ないのだ。
「黒いおじさんはお友達? 喧嘩しちゃったのね?」
軽い足取りで先行していたフィリアは、触腕をかわすための動きで、側面方向へと流れている。少女は、幽幻のごとき言の葉を紡いでいた。
「なら仲直りしなくちゃいけないんだわ。わたしも『歯車仕掛けの蛇』はいつも意地悪を言うけど、仕方がないから許してあげるもの」
孤唱の如く。
「前夜を告げる鳥を失わせたのは、誰かしら? お友達? それともおじさん?」
「アダム! コレでも喰らうのじゃ!!」
間に歪虚が立つ形になったため、迂回したミグ・ロマイヤー(ka0665)が気勢と共に解き放った機導術、エナジーショットが光流となって奔る。その手元で光り輝くのは――精神安定剤。
ミグにとって、アダムの検討する論理、その道行きの昏さは分かるつもりだ。それは決して、認容すべからざるもの。それでも、彼女は支援の手を伸べることを厭わない。それは――彼女なりの期待の現れか。
「避けるべきは精神死! つまり……これじゃ!! 気持ちよ、安らげぇい!」
それは、フィリアに気を取られていた歪虚を抜けて、たしかにアダムに命中した。
しかし。
「なん……じゃと」
何も、起こらなかった。歪虚も一瞬視線を送っただけで、目下の脅威はサトコとジャックと認めたよう。
「じゃ、じゃんじゃん行こう……!」
「? ああ、解った」
敵の視線を感じ、セルゲンをガン見しながらサトコが言うと、セルゲンが前進し霊呪を紡ぐ。次の瞬間、光輝と共にモフロウがアダムを掲げる触腕に激突した。
『小賢しい!』
「……む」
唸る歪虚の触腕が、増えた。これで、アダムを掴む手と合わせて、三つ。
「厄介だな」
呟いた、その時。
「彼女さん、危ないです!」
切迫した声が響いた。
●
一通りの応急処置を終えようとしていた智里は、脈を図りながらも分の悪さを感じていた。
脈と呼吸の弱さ、意識状態。それら全てが、緩やかに悪化している。失血の話は聞こえていた。だとすれば、このまま心肺停止に至るまで幾ばくの猶予もないか。
「――――っ!」
少女は、ダガーで自らの左手首を切りつけた。傷口の深くから、アカイロが溢れてくる。そして、驚くべきことに、智里はそれを、女の傷へと浴びせはじめた。
「起きて下さい、彼女さん! 貴女とアダムさんにその気さえあれば、貴女は起きられるはずなんです!」
だくだくと溢れる血液が、びちゃびちゃと湿った音を立てて女を濡らす。
「最後の想い、これは、ただのアダムさんの妄想かもしれないけど……きちんと伝えられるんですよっ!」
――プラトニスさん、ここは演算の世界なんでしょう? なら、ちょっとだけ演算の力を私にも使って下さい……!
この場を、請け負ったのだ。けれど、此処から先は奇跡の領域になってしまった。だから――祈るように、少女は血を流し続けた。
●
「ち、ィ……!」
「あれは何をしておるんじゃ!」
「知るかよ!」
智里たちの様子を確認したジャックは舌打ちを零し、ミグは驚嘆に目を見開いている。
アダムを解き放つには一歩、至らない。一つをアダムの確保に費やし、残る二つの触腕をそれぞれに動かして攻撃を重ねてくる歪虚の攻撃はジャックにとっては決して脅威ではないが膠着は避けられない。
触腕の殴打に合わせて『それ』を掴み――吠えた。
「まだかよ、紅薔薇……ッ!」
その声に応じたのは、
「―――♪」
少女の、か細い歌であった。瞬後のことだ。
「ずわっ!?」
頭に、衝撃。
●
触腕は、身軽な彼女にとっても脅威で接近は至難。ゆえに、ぐるりと回ってジャックの背を足場に、フィリアは触腕に飛び乗った。
「宝物を探したわ。探したの。――けれど、見つからなかったの」
すぐに辿り着く。触腕の付け根。歪虚の頭上へ。
「だから、教えて?」
傘のようなそれは突端から歪な刃が突き出る、紛うことなき凶器。頭部と思しきところに突き立てた。
『ィ、ィ、ィ、ィイイ……ッ!』
「きゃっ!」
「……っと」
反撃の一撃で殴打され、吹き飛ばされた少女を受け止めたセルゲン。手早くその傷を見聞しながら、再び霊呪を発動。モフロウが再び加速し、追撃に手を伸ばそうとしていた触腕と拮抗。押し留めた。
「ありがとう、おじさん」
「気にするな」
接近して強襲せんとしたところを留められた形だったが――"それ"を見て、セルゲンは姿勢を整えた。
「動けるか」
「ええ、捻子時計の子鹿じゃないもの」
「……そうか」
言っていることは殆ど解らなかったが、短く返した。
●
気配を隠すと言ってもだだっ広いだけの戦場だ。確実な隠密は紅薔薇をしても困難窮まった。警戒が薄く自分の身を纏う感覚がある。
だが――ジャックを踏み越えての、フィリアの奇襲。セルゲンの反撃。そこに、間隙を、見た。
往った。
低い姿勢のままの踏み込み。鞘に納められたままの刀が、走る。
「――――――」
声を漏らす愚を犯さぬまま、二連の閃撃、それだけを刻み――アダムを掴む触腕を叩き切った。
『っ! アダ、ム……!』
「すまんのぅ、アダム殿!」
「ぐっ……!」
斬られた歪虚の憤懣が叩きつけられる中、紅薔薇は落ちたアダムを側方へと蹴飛ばした。それをジャックが受け止め、素早く自らの後方へとまわす。追撃として迫る触腕に、身を晒す必要があった。触腕は更に増え五つ。
「悪ィが手を離せねえ! てめえで立て!」
「………、」
酸欠なのだろう。どこか茫とした眼差しで立ち上がろうとするアダムを、サトコは眺めみながら魔術を紡ぐ。
――この時、このファッキンな状況で願ったのは、何だ。アダム。
追撃を抑えるように氷の矢を打ち込みながら、呟いた。
――このクソ歪虚を殲滅する力か?
眼前。猛威を振るう歪虚を眺めながらの問いの答えを見極めるように、アダムを見る。
すると。
「酔っ払ったてめぇは言ったよな、アダム! 人を作りてぇと!」
至近から響いたジャックの声。雄々しい怒声に打ち付けられたように、アダムの身が震えた。
「禁忌? 上等じゃねぇか!俺は否定しねぇ! だったらてめぇでてめぇの限界決めてんじゃねぇ! てめぇの限界はもっと先にあんだろ!」
●
紅薔薇は、己の成すべきを見定めた。
「――だからまずはこの過去をてめぇの手でぶっ潰そうぜ!」
ジャックの声が響く中、智里へと視線を転じた。
「部屋の外へ逃れるのじゃ! アダム殿。そなたも!」
智里の顔に、逡巡が浮かんだ。それだけ、重篤ということだろう。だが、智里は意を決して立ち上がった。貧血でふらつきそうになりながらも、全力で部屋の出口へと向う。
時間はもう、ないのだから。
「化物退治は妾らに任せるのじゃ!」
そのまま、加速した。曝けられた背中へと。
『返せ! 返せ返せ返せ返せ返せッ!』
「てめぇのその筋肉は何の為にある!」
ジャックは猛撃に晒されながら叫び続けた。
「歪虚をちょっとでもどうにかしてぇと……つけ……ん?」
「さっさと終わらせるぞ。俺も家に帰りたい」
その肩をセルゲンの得物で小突かれ、ジャックは怒声を吐くことを止めた。フィリアが薄く微笑みながらジャックを見ている。
振り返れば、アダムは既に居なかった。
――あ、れ? その筋肉で殴りたかったんじゃねえの?
と目を点にしているジャックの耳に「アダムさん……」と、どこか熱のこもった、サトコの声が届いた。
――ハ、上等じゃねえか。
と、内心では獰猛に笑ってはいるが。
「…………ふん、幸せな事にはならんじゃろうにな」
精神安定剤を手の上で転がすミグの吐き捨てるような声を聞くにおよび、周りは全員、理解しているようだった。
ジャックは、非モテなのだ。アダムの心情を履き違えたところで、それは――多分、自然なこと、なのだ。
●
看取りの時だった。智里は自らの止血を行いながら、女性を抱きとめて澎湃と涙をながすアダムを霞む視界にとらえていた。
彼女は、『この時』まで、生き長らえさせた。なら、上出来、だ。
智里の意識が途切れようとしていた。仮想だからこその無茶の代償に身を委ねようとしていた、その時。
「愛、してる、わ……アダム」
たしかに、それを聞いた。
その後、間もなく。
狂乱した影の歪虚はハンター達に包囲され、暫しの後に事切れた。
●
気づけば、集合場所として指定された場所に戻ってきていた。
「彼女の声は聞けなかったか」
セルゲンは霊呪を用いて『彼女』の言葉を聞こうとしたが、再演の場ゆえか叶わなかった。
手を組んで祈るように俯き座るアダム。その隣へとフィリアが走り寄る。
「ねえ、おじさん。おじいさんが言ってたの。『わたしたちを護れるもの』が作りたいって。おじさんはあのおねえさんに何をしたの? おじさんはあのおねえさんに何をしなかったの?」
「……何も、さ。俺は顧みず、何もしなかった。だから彼女は死んだ」
「失くしたモノの替わりのモノは失くしたモノ? おじさんは、何が作りたいの?」
「それは……」
問答を聞きながら、セルゲンは思考した。
――試練の意味、か。
ただの"過去"の再演だった。試練と定めた意味を考え――故に、直截に、こう聞いた。
「アダム殿は、彼女を、つくりたいのか?」
「……ああ。笑うかね?」
乾いたアダムの声に、明るい陽射しに目を細めながら、内心でサトコは笑った。
――ヒトを、あの女を、創るか。狂ってるが、クールじゃねえか。
だが、彼女は笑い飛ばしはしない。むしろ、口笛を吹きたいくらい、アガっていた。
一方、紅薔薇はというと。
「割と本気で性格が悪いと思うのじゃ、あの精霊。人の心の傷跡を断りなしでほじくり返すのは……」
「ぬはは! そりゃあ、すまん」
「………おったのか」
ぷう、と頬を膨らませた少女に、プラトニスは笑みを深め、微かに嘆息する。
「小精霊らに便宜を図るにしても、その根源を識らねば、な」
「……ふむ」
プラトニスも知らなかったというのか。
つと、そこで気がついた。
あの『再演』の場面でアダムは今の人格を持って、いわば、ハンターたちと同じ闖入者に近しいものだった。
――なら、あの再演は、どこからのものなのじゃ?
沈思する紅薔薇を他所に、笑い声が響いた。くつくつと笑う少女の声は――ミグのもの。
「ミグとて研究者のはしくれよ。はむしろ実践者と呼ぶべきかもしれんが……のう、アダム。そなたの道は――間違っておるぞ。辞めろとは言わんがの」
「百も承知だよ」
そこで、アダムは皮肉げに笑った。平時のアダムの、それ。
「……さて。試練も終わりだ。私は合格かね。精霊殿」
「ふむ」
その時、セルゲンはプラトニスの目が向う先に、気づいた。セルゲンも気にしていた――アダムが胸に下げた、『首飾り』。
「前線に立たぬが故に知らぬだろうが、その首飾りは『星石』といってな」
「……何?」
「力を貸す精霊は居るらしい、ということだよ」
つまり、と言い置いて、プラトニスは深い皺を顔に刻んだ。破顔の、笑みであった。
「合格だよ」
●
別れ際。
「言い忘れたがよ」
ある男が、アダムに囁いた。その手には、ゴーレム少女。
「ゴーレム少女、マジプリティ」
「……当然だ。私が作ったのだからな」
そんなやり取りが、あったとか、無かったとか。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 セルゲン(ka6612) 鬼|24才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2017/07/07 12:34:55 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/07/07 12:32:31 |