ゲスト
(ka0000)
オートマトンは人じゃない?
マスター:KINUTA

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2017/07/13 19:00
- 完成日
- 2017/07/19 01:43
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
100メートル四方はあろうかという巨大な白亜の建造物。南海の星空の下そびえ立つそれにマゴイは、慈しむような視線を向けた。
『……よかった……どこも壊れていない……』
そういって彼女は、建造物を撫でた。白い壁がぼんやり緑色に輝く。音も無く建造物が、ゆるゆると、地面の中に沈んでいく。
ワーカ・コボルドたちがふんふん鼻を鳴らして(コボルド語で)聞いた。
「まごーい、どしてうめるのー」
「どしてー」
『……どうもここは……危ない人が多いようだから……見えないようにしておくの……さあ、もう遅いから皆寝なさい……』
●
マゴイによって引き起こされたコボルド集団失踪事件。
その顛末をハンターオフィスから仕入れた魔術師協会職員タモンは、バシリア刑務所に足を運び、スペットへの面会を申し入れた。
見慣れた猫顔が面会室に現れ席に着くや否や、最も危惧するところを聞く。
「スペットさん、以前マゴイさんが口にしたことを今一度確認したいのですが――ユニオンはオートマトンを排除しているということで間違いないですね?」
「せや。存在自体が容認されとらんな。どの階級も物心付いたときから教えられるからな。あれは存在するべきもんやないて。まあユニオンにいる限り接触する機会はないねんけど。国内では生産されんし、国外からも持ち込み禁止やし」
「でも、もし万一入ってきたらどうするのです?」
「機能停止させて解体」
「こ、壊すんですか?」
「いや、いきなりぶち壊すとかそういうことやないんや。機能停止の後ナンバリング等色々調べて、外部の所有者に連絡すんのや。で、引き取りに来るなら引き渡す。目ん玉飛び出るほどの罰金払わせて。やけど、ほとんど迎えが来た試しなかったな。罰金取られるより新しく買う方が安上がりやから。もっとも、大事にしとるなら最初からうちの近くには立ち寄らせんと思うけど。オートマトンを禁止してるちゅうことは、ことあるごと外部に向けて広報しとったんやし」
「なかなかひどい話ですね」
「まあ、かわいそうちゅうたらかわいそうやな。使い捨てせえへんと、長々大事に使うてやったらええねんけどな」
タモンは、スペットもまたオートマトンを――同情する気持ちはあるとしても――『人』として見ていないのだということに気づく。
こちらの世界に大分馴染んでいるはずの彼でさえこうなのだ。とすれば、馴染んでさえいないマゴイにおいてはその傾向、いかばかりのものか。
「マゴイさんはオートマトンについてどう思っています?」
「そらまあ、当然嫌ってんなあ」
「……スペットさん、ハンターオフィスを筆頭としたクリムゾンの指導者層は、オートマトンの受け入れを推進しています。世界の危機に際し、仲間として戦ってもらいたいという思いのもとに。もうすでに何体かは起動しています。」
「さよか」
「マゴイさんがそういうオートマトンたちに、その、何かするということはありませんか?」
スペットは髭をひねり言った。
「大丈夫やと思うで。マゴイが気にするのはあくまでも、ユニオン領内に入り込んできたオートマトンについてや。ユニオンは永世中立が国是やからな、自分から外へ出かけて何かしようってこと、ないねん。向こうから攻めて来られたら別やけど。この世界にユニオンはない。領内も無い。従ってどこをどうオートマトンがうろうろしとっても手出しはせえへんで、あいつ」
「……スペットさん。まあこれを読んでください」
と言ってタモンは、先日起きたコボルド失踪事件報告書の写しを取り出し、スペットに見せた。
ざっと見したスペットの猫の目が、針のように細くなる。
「1名穴ん中に突き落としか……ガチギレしとんな。まあ死なんように加減はしとるようやけど」
「それがどういう種類の物なのか、心当たりはありますか?」
「……多分、市民生産機関やないかと思う。あいつらそれの近くにおるときは、部外者に対して目茶苦茶ナーバスになんねん。しもたな。この間それ言うとくべきやったな」
「彼女はどこかでコボルドをワーカーとして働かせているようですが――そこをユニオンの領域だと見なすことはあり得ますか?」
「……あー……どやろ……あるかも分からへん……かも……」
「そこにオートマトンがうっかり入ったらまずいことになりそうですよね」
「なりそうやな」
「我々、いち早く彼女がどこにいるのか特定したほうがいいですよね」
「ええな」
「そのために力を貸していただけませんか」
「……貸してと言われてもな……何せえちゅうねん」
「ぴょこさんに、所有しているエバーグリーンのアイテムを一時魔術師協会に預けてくださるよう説得してほしいのです」
スペットの脳裏に、とあるハンターが撮ってきた写真の映像が浮かび上がった。
片眼鏡と耳当てが一体化したような銀色の物体――あれは間違いなく、ユニオンのソルジャーが使っていたインカム。
「我々が頼んでも、『やじゃーい。これはわしのじゃーい』の一言で終わってしまうんですよね。仮にも英霊ですから、我々もそれ以上強く言えませんし。でもあなたはあの方に気に入られてます。あなたの言うことなら、あるいは聞いてくださるのではないかと。どうです、行っていただけませんか?」
●
シャン郡ペリニョン村へ向かうスペットの手には、道具箱。中に入っているのは板金用具とブリキ板。そして度のないレンズ。
同行するハンターたちは、何故そんなものを持っているのか尋ねた。すると彼は、こう答えた。
「いや、似たようなもん作ってやれば、今持ってるもん手放しやすうなるんやないかと思ってな」
「そんな子供だましが通用するかな。ブリキ製品とユニオンの遺物じゃ天地の差だろ」
「どっちにしたって作動せえへんのやから、似たようなもんや」
と言いながら進む彼の胸の内には、以下の思いが渦巻いていた。
(あのウサギは、ほんまにθなんやろか……)
そうだったらいいのにという期待感とそんなうまい話があるわけないという猜疑心とが、代わる代わるせめぎ合う。
リプレイ本文
●オートマトンは人ですか
「メイムさん、着ぐるみ暑くない?」
「大丈夫。冷却護符装備してるから」
天竜寺 詩(ka0396)とメイム(ka2290)の会話を背にエルバッハ・リオン(ka2434)は、スペットへ問うた。
「オートマトンについてどのように思われていますか?」
「何や急に」
「エバーグリーン出身の人たちが、オートマトンのことをどのように思っているか気になりましたので」
「せやなあ……マテリアル資源の浪費になるし暴走の危険性があるし人間のやるべきことを奪うしで、結局ためにならんもんやったんちゃうやろか」
スペットが口にしている理屈とマゴイが口にしていた理屈がそっくり同じであることに、マルカ・アニチキン(ka2542)は、嘆息する。幼いころに刷り込まれた思想というものは、簡単に変えられないものであるようだ。
リオンが、重ねて言う。
「スペットさん、私たちは召使いとして使うためにオートマトンを起動させたのではありません。現在は使役するための機能は廃止されています。オートマトンはそもそも機械ですか? オートマトンの中には精霊が封じられていますが」
「うん、やから、精霊がエネルギー源になっとる機械やろ?」
「感情があります」
「そら普通にあるやろな。疑似感情プログラムを与えとるんやからして」
「いいえ。オートマトンの感情は精霊に由来したものであって、プログラムの産物ではありません」
「プログラムなしに人間的な感情は生まれて来いへんと思うんやけど……」
やり取りを前にソラス(ka6581)は思った。エバーグリーンにおける精霊の概念は、クリムゾンと大幅に違うのではないかと。個性を持った存在ではなく、汎用可能なエネルギー体として見ていたのではなかろうか。
「なんでそんなにオートマトンの話にこだわるんや?」
「余計なお世話かもしれませんが、オートマトンの人権が公には認められている今、道具であるという態度を取っていたら、スペットさんが不利益を被ることになるかもしれないと思いましたから」
「そういやタモンはんもそんなこと言いよったな……オートマトンは人ちゃうねんけど」
重体上がりの身の上、包帯まみれのルベーノ・バルバライン(ka6752)が、スペットの肩に手を置いた。
「スペット、言ってはなんだがオートマトンよりお前の方が人外な外見をしているぞ?」
ジルボ(ka1732)も相槌を打つ。
「俺も初めて見たときは、臭くて汚い猫面の囚人ぐらいにしか認識してなかったね。ああ、もちろん今じゃ面白い奴だと思ってるよ?」
実に嫌そうな顔をするスペット。
ルベーノはそんな彼と仲間たちに、オートマトンについて知っていること全てを話した――特に、起動に立ち会ったミモザのことを詳しく。一生懸命自分で考えこれからの道を模索していく可憐な姿が、単なるプログラムの産物に過ぎないという見方は、彼にとって、到底承服出来ないものだった。
「……妹という生き物が居れば、ああかも知れんと思ったな。人は忘れる、人は老いる。それを乗り越える夢を持って人はオートマトンを作った。あれは立派な、共に歩める命だ」
それらを聞き終えた詩は、改めてスペットに言った。
「岩塩鉱でゴブリン退治した時の事覚えてる? あの時オートマトンのお友達がいるって言ってた人がいたでしょ?」
「……ああ、そういやそんなこと言うた奴おったな」
「今日のルベーノさんのお話も、私はとっても羨ましい。リアルブルーにはね、お話の中に10万馬力の子供型ロボットとか青い色の猫型ロボットとか、心を持ったロボットが沢山出てくるの。私ずっとそんな子達とお友達になりたいなぁって思ってた。でも実際にはリアルブルーにはそんな子達はいなくて。だから今夢が実現するかもしれないって思ってワクワクしてる♪ スペットもそういう風に思えたなら嬉しいんだけど。だって自分とは違う物だって思うより、自分達と何も変わらない存在だって思う方が楽しいでしょ?」
「楽しい……やろか……?」
ルベーノ同様重体上がりであるルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)も、スペットの説得に加わる。
「私はオートマトンが作られた存在なのが今でも信じられない、話したり見てると確かに人だから。ほら、機械のパーツついてるって言っても、それは機導師さんも同じだし。だから、何が言いたいかっていうと、これから又吉もオートマトンさん達に会う機会増えるだろうけど、後からそうわかってもその人と接した時間と心で見てほしいなって。最初あった時、化猫の歪虚化と思った又吉とも、今じゃあこうして色々お話しできてるんだから」
そこまで聞いてもスペットは、まだ納得いって無さそうであった。腕腕組みし首を傾げている。
ソラスは、彼にとって分かりやすかろう譬えを持ち出した。
「オートマトンは言わば、ぴょこさまのようなものかと思うのです。ぬいぐるみと英霊、機械と精霊――ぴょこさまは自ら好んで自意識を保ったまま、うさぐるみに宿ったわけですが。体は何でも良いのです。スペットさんだって、猫頭や元の顔を自分で選んだ記憶ないでしょう?」
スペットは目をぱちくりさせた。
「あー……まあ、そうやな、図式としてはそうなるんか……うーん……」
完全に納得したわけではなさそうだが、幾らか考えを軌道修正したようだ。
やはりぴょこの存在は彼にとって大きい。それを意識するルベーノは、彼に笑みかけた。
「スペット、お前は初めて会えば人には見えん。英霊であるヒヨコもだ。身体のないマゴイに至ってはゴーストや歪虚と変わらん。それでも俺達は、話し合い尊重出来る命であれば、隣人として……共に歩める命として扱う。同等の存在であると尊重する。スペット、お前はまだ多少マシだが……お前たちユニオンは、命あるものを物として扱い過ぎる」
村が見えてきた。
ついでなのでソラスは、気掛かりに思っていることを聞き確かめてみる。
「スペットさん、マゴイさんが見つけたのは、やはり市民生産機関でしょうか?」
「ああ、そうやと俺は思う」
「……新しいベビーが生まれてそれがステーツマンになるまでに、どのくらい時間がかかるものでしょうか?」
「ざっと16、7年てとこやろかなあ……でも、実際問題生産機関を稼働させられるものかどうか怪しいで。あれを動かして生産を始めるためには、莫大なエネルギーを恒常的に確保するシステムを作らなならん。それを構築するためには、膨大な人手と技術と資材がいる。単純なワーカーを集めてどうこう出来るような話とはちゃう――と思いたいんやけどなー……」
「……ところで、ぴょこさまをどう思います? θさんだったら、うさぎのままであるぴょこ様を愛せそうですか?」
「……あれがθやったら、ウサギのままでもええわ。そのままの姿でおって欲しかったのは山々やけど……本人楽しそうにしとるんやし。わけわからんまま死んでそれきりより、よっぽどマシや」
●英霊とまるごとうさぎの関係
メイムは黒ロップイヤーをタライで洗濯する。暑気著しい日の土埃と豪雨による泥はねが、石鹸とブラシによって落とされて行く。川の水で濯いでぐるぐるねじって脱水。振り回してもっと脱水。
祠の前に張ったロープに逆さ吊りし、ス・ペットと一緒に歌いながら天日干し。
「わたしの~祠のまーえでー鳴かないでくださーい~そこにわたしは居ません~、吊るされてなんていませーん♪」
その周囲ではスペアのまるごとうさぎ(赤)に移動したぴょこが跳ね回っている。
『うほほい、わしすごくきれいになっとる。きれいになっとる』
スペットは不可思議そうに両目をすがめ、ぴょこに言った。
「お前……あの黒いと一体化しとったんやなかったんか?」
『うん、そうじゃ。そして今のわしは赤と一体化じゃ。3倍早いのじゃぞ』
メイムが脇から状況を説明してやる。
「ん? これは服みたいなもので、ぴょこさんじゃないよー?」
そこにリオンが一言加える。
「マゴイさんも色んな方にくっつきますよね」
「あいつの話はやめえや……なあぴょこ、お前が持ってるインカムなあ、ちっとの間魔術師協会に貸してくれへんか?」
その申し入れに対しぴょこは手をぶんぶん振り回し、断固拒否を示した。
『やじゃーい! あれはわしのじゃーい! 一個しかないから、どっかにやりたくないんじゃー!』
道中スペットからインカムの役割――本部との通信・データ送信・負傷者、死亡者の後方転送――について聞き出していたジルボが、懐柔に乗り出した。ぴょこに近づき、耳打ちする。
「貸してくれてる間不自由しないように、スペットがめっちゃイケてるスペアを作ってくれるそうだぜ?」
『……イケてるスペアとな?』
よし心がちょっと動いた。そう見た舞は畳み掛ける。
「ぴょこがちゃんと身につけられるようなものらしいよ」
「身につけられる」というのははぴょこにとって魅力的な要素であった。なにしろ今持っているインカムは、どう頑張っても顔に合わないのである。
ソラスはジェオルジ支局にいるコボちゃんの話を、マルカはスペットが探しているθについてと彼の刑期が短縮されるかもしれない可能性についての話を引き合いに出し、インカムを貸してくれるようにと促した。
皆の説得のかいあってぴょこは、最終的にインカムの貸し出しを承知してくれた。『貸しとるもの、時々見に行ってもいいじゃろか?』という条件をつけて。
スペットは早速道具箱を広げた。詩はその傍らに座り込む。
「私も手伝うよ。スペット、ぴょこの好み、分かる?」
「……θの好みなら分かる」
その言葉に込められた意味をくみ取った詩は、同じく小声で言った。
「私もぴょこがθさんなら良いなって思うよ」
スペットが作業を始める。ブリキの板を曲げ、レンズをはめ込み、形を整えて行く。ぴょこは大人しく、その作業を見守った。ボタンの目をわくわく輝かせて。
『のう、マルカから聞いたのじゃがの、おぬしシータなるものを探しているそうじゃな』
「ああ」
『どんな感じの者か言うてみい。言うてみい。わしも探すの手伝ってやるでの』
親切な申し出にスペットは、何とも言えない表情を返す。
「……そらまたおおきに」
その模様にルンルン、心ひそかに悶える。
(鉄板なのです……鉄板なすれ違い愛なのですっ!)
●もしかして彼女
たれ耳の付け根にかかる形に作られた、ブリキのインカム。
『わは、わしの顔にぴったりじゃー!』
ぴょこが喜ぶ跳ね回る。インカムの隅についているリングが揺れる――ルベーノが『ヒヨコに愛を告げに行くなら、多少なりとも男として格好がつけるよう』にと彼に贈ったペアリングの片割れだ。
ルンルンはスペットの背中を、痛いくらいにつつきまくる。
「もう又吉、何で直接リング渡さないんですか? 告白イベントもないし。あれだとただの飾りとしてしか認識されませんよ」
「やってθかどうか分からへんやんか」
どうやら彼は、この期に及んで腰が引けているらしい。
「偶には信じてみたってバチは当たらねぇよ。運の良い事にアンタは俺達のバックアップが期待できる。最終的に信じてやるしかないじゃねえの。それに、ほれぐずぐずしてっと俺が――」
と言いつつジルボは、ぴょこを後ろから抱き上げようとした。スペットにからかい交じりの発破をかけようとしたのである。しかし次の瞬間電光石火の背負い投げを食らい、地に叩きつけられた。
背骨を襲う衝撃に言葉を失い草の上に伏すジルボ。投げたぴょこはその背中をぽんぽんしてやる。
『おう、これはあいすまぬ。不意にわしの後ろに立って技をかけてはならんぞ』
スペットの目と瞳孔が真ん丸になり、顔の毛が膨らむ。
「……まんまθの反応やんけ……」
聞き捨てならない呟きに、詩が反応する。
「えっ。本当!」
そこでメイムが「おーい」と、祠の前から手を振ってきた。
「ぴょこさーん。黒うさぎが程よく乾いたよー」
ぴょこは耳を持ち上げた。
『乾いたかの!』
赤うさぐるみが、ぺそんと地面に倒れた。
ソラスは目を凝らして観察する。洗濯のとき移動していたのと同じように、ぴょこの本体が出てきた。地面の上を揺らぐカゲロウのごときもの。
それが何の前触れもなく明瞭な色と形を得た。ライダースーツのような服を着た、グラマラスな金髪女性――。
『わしやっぱり、赤より黒の方が馴染んどるで、好きなのじゃー』
本人は自身の外見の変化に全く気づいていないらしい。驚愕するハンターたちの視線をよそに、普通に黒うさぎの方へと向かう。
「θ!」
スペットは思わず駆け寄った――触れることはならず突き抜け勢い余って倒れ顔面強打しただけである。
女の姿は現れたときと変わらぬ唐突さで、たちまちカゲロウに戻った。
黒ウサギがムクリと起き上がり、倒れているスペットに近づき、ぽんぽん叩く。赤ウサギのインカムを装着し直した後で。
『ん? どうしたのじゃな、すぺ?』
●魔術師協会今後の課題
「英霊が人の姿を取りました。ほんの一瞬のことだったらしいですが、間違いなくθという人物の姿だったようです――ハンターからの報告書によると。いまだ記憶が定かならぬようですが」
タモンの報告に魔術師協会のお歴々は、顔を見合わせた。
「これは、本人ということで確定では?」
「いや、記憶が戻るまで断言はしない方がよい。周囲の人間の思いに反応し、その希望に添った姿形をとっただけかも知れません」
「最近では水の精霊が、故人となった女騎士の姿を借り現れたという事例が報告されていますな――ところでタモン君、ジルボなるハンターから、例の指輪をスペットに返却して欲しいという嘆願があったそうだね?」
「はい。私もその意見には賛成です。この先マゴイさんの動きが活発化することが予想されます。であれば、関係者である彼の協力が不可欠です。あの指輪があれば、彼は、持てる力を発揮しやすくなるはずです。協会員にすると言うのはさすがに無理ですが、指輪については、協力してもらうつど貸与するという形をとればよいのではと……」
●星に願いを
訪問者たちが去り、静かになったペリニョン村。村の子供たちがぴょこのもとへ遊びに来た。
「ぴょこさま、お顔にしてるのなーに」
『新しい虫メガネじゃ。銀色の奴をまほー協会に貸したでな、そのつなぎの品じゃ』
「ふーん。こっちのこれはぴょこさま、これなーにー」
『これか、これはな、なんとか竹じゃ。マルカからの奉納品での』
「このくっついてるぴらぴらなあに?」
『これはの、すぺがお願い事を書いていったのじゃ』
「なんて書いてあるの?」
『えーとの、「θがいろいろ思い出せるように」』
「しーたってだれ?」
『んむ。しーたというのはわしのことらしい……なんか聞いてもようわからんかったけどの。まあ、今度刑務所に行ったとき改めて教えてもらうことにするのじゃ』
「メイムさん、着ぐるみ暑くない?」
「大丈夫。冷却護符装備してるから」
天竜寺 詩(ka0396)とメイム(ka2290)の会話を背にエルバッハ・リオン(ka2434)は、スペットへ問うた。
「オートマトンについてどのように思われていますか?」
「何や急に」
「エバーグリーン出身の人たちが、オートマトンのことをどのように思っているか気になりましたので」
「せやなあ……マテリアル資源の浪費になるし暴走の危険性があるし人間のやるべきことを奪うしで、結局ためにならんもんやったんちゃうやろか」
スペットが口にしている理屈とマゴイが口にしていた理屈がそっくり同じであることに、マルカ・アニチキン(ka2542)は、嘆息する。幼いころに刷り込まれた思想というものは、簡単に変えられないものであるようだ。
リオンが、重ねて言う。
「スペットさん、私たちは召使いとして使うためにオートマトンを起動させたのではありません。現在は使役するための機能は廃止されています。オートマトンはそもそも機械ですか? オートマトンの中には精霊が封じられていますが」
「うん、やから、精霊がエネルギー源になっとる機械やろ?」
「感情があります」
「そら普通にあるやろな。疑似感情プログラムを与えとるんやからして」
「いいえ。オートマトンの感情は精霊に由来したものであって、プログラムの産物ではありません」
「プログラムなしに人間的な感情は生まれて来いへんと思うんやけど……」
やり取りを前にソラス(ka6581)は思った。エバーグリーンにおける精霊の概念は、クリムゾンと大幅に違うのではないかと。個性を持った存在ではなく、汎用可能なエネルギー体として見ていたのではなかろうか。
「なんでそんなにオートマトンの話にこだわるんや?」
「余計なお世話かもしれませんが、オートマトンの人権が公には認められている今、道具であるという態度を取っていたら、スペットさんが不利益を被ることになるかもしれないと思いましたから」
「そういやタモンはんもそんなこと言いよったな……オートマトンは人ちゃうねんけど」
重体上がりの身の上、包帯まみれのルベーノ・バルバライン(ka6752)が、スペットの肩に手を置いた。
「スペット、言ってはなんだがオートマトンよりお前の方が人外な外見をしているぞ?」
ジルボ(ka1732)も相槌を打つ。
「俺も初めて見たときは、臭くて汚い猫面の囚人ぐらいにしか認識してなかったね。ああ、もちろん今じゃ面白い奴だと思ってるよ?」
実に嫌そうな顔をするスペット。
ルベーノはそんな彼と仲間たちに、オートマトンについて知っていること全てを話した――特に、起動に立ち会ったミモザのことを詳しく。一生懸命自分で考えこれからの道を模索していく可憐な姿が、単なるプログラムの産物に過ぎないという見方は、彼にとって、到底承服出来ないものだった。
「……妹という生き物が居れば、ああかも知れんと思ったな。人は忘れる、人は老いる。それを乗り越える夢を持って人はオートマトンを作った。あれは立派な、共に歩める命だ」
それらを聞き終えた詩は、改めてスペットに言った。
「岩塩鉱でゴブリン退治した時の事覚えてる? あの時オートマトンのお友達がいるって言ってた人がいたでしょ?」
「……ああ、そういやそんなこと言うた奴おったな」
「今日のルベーノさんのお話も、私はとっても羨ましい。リアルブルーにはね、お話の中に10万馬力の子供型ロボットとか青い色の猫型ロボットとか、心を持ったロボットが沢山出てくるの。私ずっとそんな子達とお友達になりたいなぁって思ってた。でも実際にはリアルブルーにはそんな子達はいなくて。だから今夢が実現するかもしれないって思ってワクワクしてる♪ スペットもそういう風に思えたなら嬉しいんだけど。だって自分とは違う物だって思うより、自分達と何も変わらない存在だって思う方が楽しいでしょ?」
「楽しい……やろか……?」
ルベーノ同様重体上がりであるルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)も、スペットの説得に加わる。
「私はオートマトンが作られた存在なのが今でも信じられない、話したり見てると確かに人だから。ほら、機械のパーツついてるって言っても、それは機導師さんも同じだし。だから、何が言いたいかっていうと、これから又吉もオートマトンさん達に会う機会増えるだろうけど、後からそうわかってもその人と接した時間と心で見てほしいなって。最初あった時、化猫の歪虚化と思った又吉とも、今じゃあこうして色々お話しできてるんだから」
そこまで聞いてもスペットは、まだ納得いって無さそうであった。腕腕組みし首を傾げている。
ソラスは、彼にとって分かりやすかろう譬えを持ち出した。
「オートマトンは言わば、ぴょこさまのようなものかと思うのです。ぬいぐるみと英霊、機械と精霊――ぴょこさまは自ら好んで自意識を保ったまま、うさぐるみに宿ったわけですが。体は何でも良いのです。スペットさんだって、猫頭や元の顔を自分で選んだ記憶ないでしょう?」
スペットは目をぱちくりさせた。
「あー……まあ、そうやな、図式としてはそうなるんか……うーん……」
完全に納得したわけではなさそうだが、幾らか考えを軌道修正したようだ。
やはりぴょこの存在は彼にとって大きい。それを意識するルベーノは、彼に笑みかけた。
「スペット、お前は初めて会えば人には見えん。英霊であるヒヨコもだ。身体のないマゴイに至ってはゴーストや歪虚と変わらん。それでも俺達は、話し合い尊重出来る命であれば、隣人として……共に歩める命として扱う。同等の存在であると尊重する。スペット、お前はまだ多少マシだが……お前たちユニオンは、命あるものを物として扱い過ぎる」
村が見えてきた。
ついでなのでソラスは、気掛かりに思っていることを聞き確かめてみる。
「スペットさん、マゴイさんが見つけたのは、やはり市民生産機関でしょうか?」
「ああ、そうやと俺は思う」
「……新しいベビーが生まれてそれがステーツマンになるまでに、どのくらい時間がかかるものでしょうか?」
「ざっと16、7年てとこやろかなあ……でも、実際問題生産機関を稼働させられるものかどうか怪しいで。あれを動かして生産を始めるためには、莫大なエネルギーを恒常的に確保するシステムを作らなならん。それを構築するためには、膨大な人手と技術と資材がいる。単純なワーカーを集めてどうこう出来るような話とはちゃう――と思いたいんやけどなー……」
「……ところで、ぴょこさまをどう思います? θさんだったら、うさぎのままであるぴょこ様を愛せそうですか?」
「……あれがθやったら、ウサギのままでもええわ。そのままの姿でおって欲しかったのは山々やけど……本人楽しそうにしとるんやし。わけわからんまま死んでそれきりより、よっぽどマシや」
●英霊とまるごとうさぎの関係
メイムは黒ロップイヤーをタライで洗濯する。暑気著しい日の土埃と豪雨による泥はねが、石鹸とブラシによって落とされて行く。川の水で濯いでぐるぐるねじって脱水。振り回してもっと脱水。
祠の前に張ったロープに逆さ吊りし、ス・ペットと一緒に歌いながら天日干し。
「わたしの~祠のまーえでー鳴かないでくださーい~そこにわたしは居ません~、吊るされてなんていませーん♪」
その周囲ではスペアのまるごとうさぎ(赤)に移動したぴょこが跳ね回っている。
『うほほい、わしすごくきれいになっとる。きれいになっとる』
スペットは不可思議そうに両目をすがめ、ぴょこに言った。
「お前……あの黒いと一体化しとったんやなかったんか?」
『うん、そうじゃ。そして今のわしは赤と一体化じゃ。3倍早いのじゃぞ』
メイムが脇から状況を説明してやる。
「ん? これは服みたいなもので、ぴょこさんじゃないよー?」
そこにリオンが一言加える。
「マゴイさんも色んな方にくっつきますよね」
「あいつの話はやめえや……なあぴょこ、お前が持ってるインカムなあ、ちっとの間魔術師協会に貸してくれへんか?」
その申し入れに対しぴょこは手をぶんぶん振り回し、断固拒否を示した。
『やじゃーい! あれはわしのじゃーい! 一個しかないから、どっかにやりたくないんじゃー!』
道中スペットからインカムの役割――本部との通信・データ送信・負傷者、死亡者の後方転送――について聞き出していたジルボが、懐柔に乗り出した。ぴょこに近づき、耳打ちする。
「貸してくれてる間不自由しないように、スペットがめっちゃイケてるスペアを作ってくれるそうだぜ?」
『……イケてるスペアとな?』
よし心がちょっと動いた。そう見た舞は畳み掛ける。
「ぴょこがちゃんと身につけられるようなものらしいよ」
「身につけられる」というのははぴょこにとって魅力的な要素であった。なにしろ今持っているインカムは、どう頑張っても顔に合わないのである。
ソラスはジェオルジ支局にいるコボちゃんの話を、マルカはスペットが探しているθについてと彼の刑期が短縮されるかもしれない可能性についての話を引き合いに出し、インカムを貸してくれるようにと促した。
皆の説得のかいあってぴょこは、最終的にインカムの貸し出しを承知してくれた。『貸しとるもの、時々見に行ってもいいじゃろか?』という条件をつけて。
スペットは早速道具箱を広げた。詩はその傍らに座り込む。
「私も手伝うよ。スペット、ぴょこの好み、分かる?」
「……θの好みなら分かる」
その言葉に込められた意味をくみ取った詩は、同じく小声で言った。
「私もぴょこがθさんなら良いなって思うよ」
スペットが作業を始める。ブリキの板を曲げ、レンズをはめ込み、形を整えて行く。ぴょこは大人しく、その作業を見守った。ボタンの目をわくわく輝かせて。
『のう、マルカから聞いたのじゃがの、おぬしシータなるものを探しているそうじゃな』
「ああ」
『どんな感じの者か言うてみい。言うてみい。わしも探すの手伝ってやるでの』
親切な申し出にスペットは、何とも言えない表情を返す。
「……そらまたおおきに」
その模様にルンルン、心ひそかに悶える。
(鉄板なのです……鉄板なすれ違い愛なのですっ!)
●もしかして彼女
たれ耳の付け根にかかる形に作られた、ブリキのインカム。
『わは、わしの顔にぴったりじゃー!』
ぴょこが喜ぶ跳ね回る。インカムの隅についているリングが揺れる――ルベーノが『ヒヨコに愛を告げに行くなら、多少なりとも男として格好がつけるよう』にと彼に贈ったペアリングの片割れだ。
ルンルンはスペットの背中を、痛いくらいにつつきまくる。
「もう又吉、何で直接リング渡さないんですか? 告白イベントもないし。あれだとただの飾りとしてしか認識されませんよ」
「やってθかどうか分からへんやんか」
どうやら彼は、この期に及んで腰が引けているらしい。
「偶には信じてみたってバチは当たらねぇよ。運の良い事にアンタは俺達のバックアップが期待できる。最終的に信じてやるしかないじゃねえの。それに、ほれぐずぐずしてっと俺が――」
と言いつつジルボは、ぴょこを後ろから抱き上げようとした。スペットにからかい交じりの発破をかけようとしたのである。しかし次の瞬間電光石火の背負い投げを食らい、地に叩きつけられた。
背骨を襲う衝撃に言葉を失い草の上に伏すジルボ。投げたぴょこはその背中をぽんぽんしてやる。
『おう、これはあいすまぬ。不意にわしの後ろに立って技をかけてはならんぞ』
スペットの目と瞳孔が真ん丸になり、顔の毛が膨らむ。
「……まんまθの反応やんけ……」
聞き捨てならない呟きに、詩が反応する。
「えっ。本当!」
そこでメイムが「おーい」と、祠の前から手を振ってきた。
「ぴょこさーん。黒うさぎが程よく乾いたよー」
ぴょこは耳を持ち上げた。
『乾いたかの!』
赤うさぐるみが、ぺそんと地面に倒れた。
ソラスは目を凝らして観察する。洗濯のとき移動していたのと同じように、ぴょこの本体が出てきた。地面の上を揺らぐカゲロウのごときもの。
それが何の前触れもなく明瞭な色と形を得た。ライダースーツのような服を着た、グラマラスな金髪女性――。
『わしやっぱり、赤より黒の方が馴染んどるで、好きなのじゃー』
本人は自身の外見の変化に全く気づいていないらしい。驚愕するハンターたちの視線をよそに、普通に黒うさぎの方へと向かう。
「θ!」
スペットは思わず駆け寄った――触れることはならず突き抜け勢い余って倒れ顔面強打しただけである。
女の姿は現れたときと変わらぬ唐突さで、たちまちカゲロウに戻った。
黒ウサギがムクリと起き上がり、倒れているスペットに近づき、ぽんぽん叩く。赤ウサギのインカムを装着し直した後で。
『ん? どうしたのじゃな、すぺ?』
●魔術師協会今後の課題
「英霊が人の姿を取りました。ほんの一瞬のことだったらしいですが、間違いなくθという人物の姿だったようです――ハンターからの報告書によると。いまだ記憶が定かならぬようですが」
タモンの報告に魔術師協会のお歴々は、顔を見合わせた。
「これは、本人ということで確定では?」
「いや、記憶が戻るまで断言はしない方がよい。周囲の人間の思いに反応し、その希望に添った姿形をとっただけかも知れません」
「最近では水の精霊が、故人となった女騎士の姿を借り現れたという事例が報告されていますな――ところでタモン君、ジルボなるハンターから、例の指輪をスペットに返却して欲しいという嘆願があったそうだね?」
「はい。私もその意見には賛成です。この先マゴイさんの動きが活発化することが予想されます。であれば、関係者である彼の協力が不可欠です。あの指輪があれば、彼は、持てる力を発揮しやすくなるはずです。協会員にすると言うのはさすがに無理ですが、指輪については、協力してもらうつど貸与するという形をとればよいのではと……」
●星に願いを
訪問者たちが去り、静かになったペリニョン村。村の子供たちがぴょこのもとへ遊びに来た。
「ぴょこさま、お顔にしてるのなーに」
『新しい虫メガネじゃ。銀色の奴をまほー協会に貸したでな、そのつなぎの品じゃ』
「ふーん。こっちのこれはぴょこさま、これなーにー」
『これか、これはな、なんとか竹じゃ。マルカからの奉納品での』
「このくっついてるぴらぴらなあに?」
『これはの、すぺがお願い事を書いていったのじゃ』
「なんて書いてあるの?」
『えーとの、「θがいろいろ思い出せるように」』
「しーたってだれ?」
『んむ。しーたというのはわしのことらしい……なんか聞いてもようわからんかったけどの。まあ、今度刑務所に行ったとき改めて教えてもらうことにするのじゃ』
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 マルカ・アニチキン(ka2542) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/07/13 07:52:09 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/07/08 08:18:45 |