ゲスト
(ka0000)
【界冥】ビューティフルネーム
マスター:近藤豊

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/07/21 07:30
- 完成日
- 2017/07/23 13:42
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
時は――しばし、遡る。
『交信受信、認証完了……ハロー、AP-S。私はエンドレスです』
『ああ、おはようエンドレス。朝早いのに元気だねぇ。まだ眠いよ』
『眠い……睡眠不足を主張されていますが、既に10時間以上の休養を取得しており……』
『ああ、ごめんごめん。本当に真面目だなぁ。それより、ちゃんと戦闘データは集めているかい?』
『命令通り、鎌倉周辺地域の戦闘データを集めています。本データを改めて分析して改良に役立てます』
『そっか。あの出来損ないでも役に立って良かったよ。敵が鎌倉に来た時はどうしようかと思ったけど……あ。彼が貸してくれた子は元気?』
『貸してくれた子……検索終了。該当一件。既に鎌倉周辺で戦闘中です。一定の戦果を挙げています』
『なら良かった。彼が何を考えているかは興味無いけど、戦力を貸してくれるのはありがたいね』
『AP-S、該当の生物に名称を付与願います』
『名称? あ、名前?
そういや、彼から妨害電波のジャミング装置を搭載する時に名前を付けろって言われてたっけ。
うーん、面倒だなぁ。なんか適当に付けちゃおうかなぁ』
『名称をお願いします』
『分かったよ。この間読んだ本で確か……ローマ神話で自分の子供殺される予言を受けた奴が、子供を次々と呑み込んだって話。絵にもなってたよね?』
『検索終了……該当あり。該当情報はサトゥルヌスです』
『ああ、そうそう。それ。それでいいよ』
『命令受信……以後、該当生物をサトゥルヌスと呼称します』
●
「戦線を維持しろ。次が来るぞ」
山岳猟団の八重樫敦(kz0056)は、江ノ島大橋の入口に防衛戦を展開していた。
北鎌倉、長谷、逗子アリーナにあるアンテナ棟破壊へ動く統一連合宙軍。メタ・シャングリラは、鎌倉クラスタの妨害電波で機能不全に陥る事を避けるため、妨害電波の影響が少ない江ノ島沖に陣取っていた。
函館クラスタ攻略と異なり、移動に不自由を強いられるメタ・シャングリラ。敵がこのチャンスを逃すはずはない。
「団長っ! 敵が三方から来ます!」
「敵、歪虚CAM6機! さらに浮遊型が多数っ! さらに敵後方には歪虚トラック! 荷台に何かを積み込んでます!」
「幻獣を連れているハンターを前に出せ……敵の戦力が想定よりも多かったか」
八重樫の表情は、苦々しげだ。
アンテナ棟攻略に着手した統一連合宙軍。ある程度は敵の抵抗も想定していたが、八重樫もこれほど強い抵抗があると思っていなかった。
敵は江ノ島沖にいるメタ・シャングリラの存在を認識すると江ノ島へと続く江ノ島大橋へ殺到する。味方増援もあって何とか維持しているが、楽観視できる状況ではない。
「各員、歪虚CAMの向こうにいるトラックを止めろっ! 荷台はおそろく爆発物。特攻されれば防衛ラインは維持できない」
「……だ、団長っ! 新たな敵です!」
「何だと!? どっちだ?」
「江ノ島水族館跡から……」
そう言いかけた山岳猟団団員。
しかし、その言葉は突如かき消される。
周囲に響き渡る轟音。
空気が揺れ、空間が歪む。
それが生物の咆哮であると気付いたのは、数秒後だった。
「こいつか」
八重樫の脳裏には、ある情報が浮かんでいた。
先日、江ノ島周辺を偵察したハンターが提出した報告書には半機半獣の巨大な生物が浮遊型小型狂気を倒していたとあった。
獅子の巨体。風になびくたてがみは、獣の王たるオーラが漏れ出している。
機械と化した右腕。体の半分近くがメタリックな輝きを放っている。
背中には青白い光りを放つ円筒状の物体。
尻尾の代わりに緑色の大蛇。
すべて報告書通りの外見だ。
一つだけ報告になった点があるとすれば――背中にある円筒状の物体に刻まされた言葉。
「Saturnus……サトゥルヌス。こいつの名前か?」
「団長、あれっ!」
団員が指差した先では、背後から歪虚CAMへ襲いかかる獅子の姿があった。
歪虚は背中から体重をかけられて、顔から地面に激突。両足で歪虚の背中を押し付けながら、巨大な口が歪虚CAMの頭部を引きちぎった。
「味方、なのか……?」
「狼狽えるな! 目の前の敵を倒せば、奴はこちらを襲う可能性もある!」
動揺が広がる団員を一喝する八重樫。
思わぬ第三勢力の登場に戦場は混乱に包まれつつあった。
(あの獅子に加えて歪虚トラックか。
敵同士で争っている理由は分からんが……やるしか無さそうだな)
『交信受信、認証完了……ハロー、AP-S。私はエンドレスです』
『ああ、おはようエンドレス。朝早いのに元気だねぇ。まだ眠いよ』
『眠い……睡眠不足を主張されていますが、既に10時間以上の休養を取得しており……』
『ああ、ごめんごめん。本当に真面目だなぁ。それより、ちゃんと戦闘データは集めているかい?』
『命令通り、鎌倉周辺地域の戦闘データを集めています。本データを改めて分析して改良に役立てます』
『そっか。あの出来損ないでも役に立って良かったよ。敵が鎌倉に来た時はどうしようかと思ったけど……あ。彼が貸してくれた子は元気?』
『貸してくれた子……検索終了。該当一件。既に鎌倉周辺で戦闘中です。一定の戦果を挙げています』
『なら良かった。彼が何を考えているかは興味無いけど、戦力を貸してくれるのはありがたいね』
『AP-S、該当の生物に名称を付与願います』
『名称? あ、名前?
そういや、彼から妨害電波のジャミング装置を搭載する時に名前を付けろって言われてたっけ。
うーん、面倒だなぁ。なんか適当に付けちゃおうかなぁ』
『名称をお願いします』
『分かったよ。この間読んだ本で確か……ローマ神話で自分の子供殺される予言を受けた奴が、子供を次々と呑み込んだって話。絵にもなってたよね?』
『検索終了……該当あり。該当情報はサトゥルヌスです』
『ああ、そうそう。それ。それでいいよ』
『命令受信……以後、該当生物をサトゥルヌスと呼称します』
●
「戦線を維持しろ。次が来るぞ」
山岳猟団の八重樫敦(kz0056)は、江ノ島大橋の入口に防衛戦を展開していた。
北鎌倉、長谷、逗子アリーナにあるアンテナ棟破壊へ動く統一連合宙軍。メタ・シャングリラは、鎌倉クラスタの妨害電波で機能不全に陥る事を避けるため、妨害電波の影響が少ない江ノ島沖に陣取っていた。
函館クラスタ攻略と異なり、移動に不自由を強いられるメタ・シャングリラ。敵がこのチャンスを逃すはずはない。
「団長っ! 敵が三方から来ます!」
「敵、歪虚CAM6機! さらに浮遊型が多数っ! さらに敵後方には歪虚トラック! 荷台に何かを積み込んでます!」
「幻獣を連れているハンターを前に出せ……敵の戦力が想定よりも多かったか」
八重樫の表情は、苦々しげだ。
アンテナ棟攻略に着手した統一連合宙軍。ある程度は敵の抵抗も想定していたが、八重樫もこれほど強い抵抗があると思っていなかった。
敵は江ノ島沖にいるメタ・シャングリラの存在を認識すると江ノ島へと続く江ノ島大橋へ殺到する。味方増援もあって何とか維持しているが、楽観視できる状況ではない。
「各員、歪虚CAMの向こうにいるトラックを止めろっ! 荷台はおそろく爆発物。特攻されれば防衛ラインは維持できない」
「……だ、団長っ! 新たな敵です!」
「何だと!? どっちだ?」
「江ノ島水族館跡から……」
そう言いかけた山岳猟団団員。
しかし、その言葉は突如かき消される。
周囲に響き渡る轟音。
空気が揺れ、空間が歪む。
それが生物の咆哮であると気付いたのは、数秒後だった。
「こいつか」
八重樫の脳裏には、ある情報が浮かんでいた。
先日、江ノ島周辺を偵察したハンターが提出した報告書には半機半獣の巨大な生物が浮遊型小型狂気を倒していたとあった。
獅子の巨体。風になびくたてがみは、獣の王たるオーラが漏れ出している。
機械と化した右腕。体の半分近くがメタリックな輝きを放っている。
背中には青白い光りを放つ円筒状の物体。
尻尾の代わりに緑色の大蛇。
すべて報告書通りの外見だ。
一つだけ報告になった点があるとすれば――背中にある円筒状の物体に刻まされた言葉。
「Saturnus……サトゥルヌス。こいつの名前か?」
「団長、あれっ!」
団員が指差した先では、背後から歪虚CAMへ襲いかかる獅子の姿があった。
歪虚は背中から体重をかけられて、顔から地面に激突。両足で歪虚の背中を押し付けながら、巨大な口が歪虚CAMの頭部を引きちぎった。
「味方、なのか……?」
「狼狽えるな! 目の前の敵を倒せば、奴はこちらを襲う可能性もある!」
動揺が広がる団員を一喝する八重樫。
思わぬ第三勢力の登場に戦場は混乱に包まれつつあった。
(あの獅子に加えて歪虚トラックか。
敵同士で争っている理由は分からんが……やるしか無さそうだな)
リプレイ本文
サトゥルヌスと呼ばれる半機半獣の怪物を前に、柊 恭也(ka0711)は静かに待ち続けていた。
あの――通信機器を含む機械類を停止させる妨害電波。
あれのおかげでCAMや魔導アーマーは、鎌倉クラスタ周辺で機動しないらしい。
そのせいで鎌倉各地で妨害電波を吐き出すアンテナ塔をハンター達は幻獣や白兵で破壊する事となった。
だが。
情報によれば、サトゥルヌスの周囲では妨害電波が機能しないらしい。通信機器が再び雑音を発しながら息を吹き返したというのだ。
サトゥルヌスには周囲に妨害電波を無効化する何かがあるのだろう。
だとすれば。
あのサトゥルヌスの周囲であればCAMも動くのでは無いか。
今は鋼鉄の塊でしかないギガントでも、再び命が吹き込まれる。
その推測に期待を寄せて、恭也はタクティカルスーツ「アネモス」に身を包む。
そう――この戦いの鍵は、あの巨大な獣である。
●
江ノ島大橋に構築された防衛線は、既に度重なる攻撃を受けていた。
山岳猟団の面々は小型狂気を打ち払いながら、江ノ島沖に停泊するメタ・シャングリラの防衛に努めていた。
だが、ここに来て強大な敵の登場である。
「う゛ぉいどきゃむ、4き。それに……さつるーぬす」
ルネ(ka4202)は双眼鏡にて敵の配置を今一度確認していた。
中央及び右翼から現れた4機の歪虚CAM。
アサルトライフルを手にゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
左翼からは未だ謎が多い半機半獣のサトゥルヌス。
三方に対してハンターは『ある作戦』をもって戦力を分散している。
ルネの仕事は、散ったハンター達のサポートにあった。
「さつるーぬす、ばるきりー1を思い出して……やだね」
ルネはサトゥルヌスに奇妙な感情を出していた。
エンドレスに実験体として函館クラスタ周辺で戦っていたヴァルキリー1。
最期はエンドレスに実験された後、捨てられた機体。
ルネはサトゥルヌスに対しても何故か感傷的な感情を抱く。
「エンドレスは何処かから見ているな」
山岳猟団の八重樫 敦(kz0056)はルネの言葉に反応して声をかけた。
エンドレスを追っている八重樫には分かる。
エンドレスは何処かでこの戦いを見守っている。
安全なところから『戦闘データ』の収集に勤しんでいるのだ。
「だんちょ。さつるーぬす、すこしきになる。
でんぱきゃんせらーはれんごーちゅうぐんが、ほしいもの。
なのに、はんたー対抗しんばりばりのちゅーぐん、静か。今回もさんぐりら任せ。
はんたーのじゃまをしつつ、あわよくば、けっかをほしい人たちが……さつるーぬすを放った?」
ルネの推測はサトゥルヌスが統一連合宙軍の試作兵器であり、ハンターとかち合わせているのではないかというのだ。
秋葉原で盛り上がったハンターの『ブーム』は恭子の上官が画策した可能性がある。であるならば、ここでメタ・シャングリラが失敗するようにサトゥルヌスを放ったのではないかと考えていた。
だが、八重樫は首を横に振る。
「いや、連中にそんな度胸はない。やるなら、もっと組織的な事を仕掛けるはずだ。軍である以上、上官の命令に逆らうのは簡単な事じゃない」
「じゃあ、さつるーぬすはなに?」
「分からん。だが、一つだけはっきりしている事がある」
八重樫は左翼へ向き直る。
2機の歪虚CAMを葬り、悠然と歩み寄る獣の王。
王者の風格が、江ノ島からの潮風に煽られる。
「奴は……味方ではない、という事だ」
●
「行きましょう。必ず止めてみせます」
中央でスナイパーライフル「ルーナマーレ」を構えるシルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)。
照準は、前方から移動する歪虚CAM横。
頭部付近の瓦礫を捉えていた。
全身に覆われた鎧が、ドラグーンよりも龍らしさを感じさせる。
(距離は十分。ですが……)
シルヴィアの狙撃対象は、前方より迫る歪虚CAMではない。
さらに奥――爆発物らしきものを積載した歪虚トラックである。敵と交戦中にあれが防衛ライン付近で爆発を起こせばダメージは甚大。山岳猟団の面々やハンターも撤退を余儀なくされるだろう。
シルヴィアは可能であれば、先に歪虚トラックを潰しておきたかった。
「やってみます」
シルヴィアは引き金に指をかけ、引く。
次の瞬間、破裂音。
そして、金属特有の衝撃音が鳴り響く。
シルヴィアは跳弾で見えないターゲットの狙撃を試みたのだ。
(爆発音が無い。ダメですか)
シルヴィアはターゲットに命中しなかった事に気付いた。
もし命中していれば爆発物は歪虚CAMの後方で爆発。防衛ラインからでも十分に確認できるはずだ。だが、その爆発が聞こえない以上、命中していないと考えるべきだ。
おそらく、ターゲットは歪虚CAM後方の狙撃しにくい瓦礫の下辺りにでもいるのだろう。
「さて、お客さんだ。こっちはこっちの仕事をしねぇとな」
アーサー・ホーガン(ka0471)とユキウサギのピーターは、防衛ラインの前に出る。
防衛ライン前方の歪虚CAMが予定地点を越えた事から、アーサー達も動き出す。
それに合わせてシルヴィアもルーナマーレの照準を歪虚CAMへと移した。
「来ましたね……援護します。行って下さい」
アーサーが前に出て歪虚CAMが動けば、歪虚トラックを視認できる隙が生まれるかもしれない。
シルヴィアはアーサーの活躍に託し、援護に徹する事にした。
「じゃあ、行くとするか。ピーター、頼むぞ」
アーサーの声を受けて頷くピーター。
二人の前に立ちはだかるのは、歪虚CAM。
ハンターなら騎乗する事もあるリアルブルー産の鉄人形。
愛機として一緒に活躍する事もあるが、敵となれば異様な威圧感を感じさせる。
それを生身のアーサーと相棒のピーターが挑まなければならない。
「ほら、こっちだ!」
アーサーは、ソウルトーチを発動。
眼前の歪虚CAM――中身は狂気の集合体だ。マテリアル感知で敵を察知する為、歪虚CAMは自然とアーサーをターゲットに切り替える。
それに対して奏弓「鳴神」を番え、歪虚CAMへ遠距離攻撃を仕掛けるアーサー。
アーサーの傍らをアサルトライフルの弾丸が着弾。地面に穴を穿つ。
だが、アーサーは目の前の敵に集中する。
緩められるアーサーの指。
鳴神の弦が美しい音色を奏で、歪虚CAMへと命中。
しかし、敵は大きな鉄人形。それだけでは倒せない。
「行け、ピーター!」
歪虚CAMに接近していたピーターは、紅水晶を使う。
歪虚CAMをその場で釘付けにして進軍を食い止めようというのだ。
「もうちょっとそこで待ってろよ。今、仲間が面白い奴を連れてきてくれるからな」
ピーターは鳴神を手にしたまま、歪虚CAMへと近づいていく。
作戦は、順調に進んでいた。
●
「ちっ。長くは保たないか」
右翼の歪虚CAMを担当していたエヴァンス・カルヴィ(ka0639)とイェジドのバルツァー。
『長くは保たない』と評価されたのは右翼の戦線ではなく、発煙手榴弾だった。
エヴァンスはCAMの視界から防衛拠点を遮る為に発煙手榴弾を用いた。
発煙手榴弾はその機能を遺憾なく発揮して右翼の煙を生じさせた。
しかし、問題はあった。
それは江ノ島という立地条件。
海からの潮風で煽られた煙は山側へと押し流される。防衛拠点を覆い隠す前に煙が流れてしまうのだ。
元々、敵の視界を奪うのでは無く目印などに用いられる発煙手榴弾。煙の量も足りない事から防衛拠点を隠すのは難しい。
「仕方ねぇ。ちょっと厳しいかもしれねぇが……頼むぞ、バルツァー」
エヴァンスはバルツァーの背に乗りながら、危険な挑発。
己のマテリアルに絶対的自信と威圧、殺意を込めて周囲に撒き散らす。
本能を刺激する炎のようなオーラは、エヴァンスの体を覆い隠す。
それは歪虚CAMを刺激するには充分だった。
「……どうやら、うまく行っているようだな」
エヴァンスは、手応えを感じた。
右翼にいた2体の歪虚CAMは、エヴァンスの後を追う様に歩き出した。
後はこの2体を予定の場所まで誘引する事である。
時折、歪虚CAMから放たれるアサルトライフルを掻い潜りながら、引っ張り続ける。
煙幕で防衛拠点を覆い隠せなかった以上、予定よりも近い場所で歪虚CAMの注意を引き続けなければならない。
「これで第一段階は成功か。後は……頼むぜ、エリ。できれば早いところ済ませて欲しいところだ」
エヴァンスは進行方向から視線をずらし、江ノ島水族館の方を見る。
そこはエリと――半機半獣の魔獣がいた場所であった。
●
「サトゥルヌス? あの絵画は良いわね。子供を食ってでも生きるという意志が伝わってくるわ。醜悪でおぞましい。
ハハッ! ぴったりの名前じゃない? 名付け親はセンスが良いわ!」
エリ・ヲーヴェン(ka6159)は、イェジドのヴェインと共に左翼を担当していた。
眼前にいるのは、つい先程歪虚CAM2体をあっさりと葬り去った半機半獣の魔獣――サトゥルヌスである。
不意打ちとはいえ、歪虚CAMを瞬く間に始末した動きは驚嘆に値する。
では歪虚を倒した事から、サトゥルヌスは味方なのか。
否――それはサトゥルヌスの眼前に立ったエリが完全に否定する。
「この独特の感覚……そう、あなたは味方じゃない。敵と分かればこちらも攻撃するつもりでしょう?」
サトゥルヌスに味方はいない。
目的は分からないが、立ちはだかる物はすべて始末する。
それをエリは本能で感じ取った。
震える心。ここまで興味を惹かれる存在はいつ以来だろうか。
「あの化物を惹き付けるわよ、ヴェイン! 晩餐の前まで私が案内してあげるわ。私の炎は目印ですもの! ちゃんと見なさい、ハハハハハッ!」
エリはサトゥルヌスへソウルトーチを発動。
これでサトゥルヌスを誘引する手筈になっていた。
しかし、サトゥルヌスはエリに興味を示す事無くゆっくりと防衛ラインの方へ近づいていく。
ソウルトーチはマテリアル感知の敵に有効なスキルである為、サトゥルヌスは敵を視認するタイプである事から期待した効果が現れなかったようだ。
サトゥルヌスにプライドを傷つけられた気になるエリ。
思わず感情を露わにしてしまう。
「私を無視するなんて良い度胸ね! 血の花を咲かせなさい!!」
エリはランス「リディニーク」による渾身撃で、サトゥルヌスの鋼に輝く右腕を叩く。
金属の擦れ合う音と同時にエリに伝わる強烈な衝撃。
かなり硬い物を叩いた時に似た感覚だ。
だが、ダメージよりもサトゥルヌスの注目を集めるという意味では成功だ。
――咆哮。
半機半獣の獣王は、エリに向かって声を上げる。
空気を震わせる程の巨大な声。
その視界にはエリとヴェインが収まっている。
「ヴェイン、スティールステップ!」
エリは直感でヴェインにスティールを指示。
大きく飛び退くヴェイン。
次の瞬間、サトゥルヌスの巨大な爪がエリの居た場所を襲う。
「いいじゃない。でも、まだダメ。見た目は獅子でも中身は豚も同然の獣が行くべき場所は……もう少し先。晩餐が待っているわよ」
ヴェインはエリを乗せて走る。
迫るサトゥルヌスから逃れるように。
●
「来たっ!」
恭也は歓喜の声を上げる。
タクティカルスーツ「アネモス」とウェアラブルデバイスリングが稼働し始める感覚。
間違いない。
サトゥルヌスの周囲ではCAMも十分稼働する。
ならば、やる事は一つだ。
「あのファンキーなキメラ野郎、やっぱり妨害電波のキャンセラーを積んでやがったな!
よぉし、ギガント。このワンチャンを逃すな」
ギガントに乗り込み、機動させる恭也。
マテリアルが流れ込んだギガントは、妨害電波が飛び交う鎌倉で立ち上がる。
シールド「ストルクトゥーラ」を構えながら防衛ラインの中央に向かって移動を開始する。
「あのキメラ野郎は……まだ少し予定地点よりも遠いのか。仕方ない」
恭也はアクティブブラスターでサトゥルヌスへの接近を試みる。
本来であれば別の敵を相手にする選択肢もあったのだろうが、サトゥルヌスの周囲でなければ妨害電波のキャンセラーは働かない。
ギガントが対峙すべき相手がサトゥルヌスのみである以上、少しでも早くサトゥルヌスを押さえるべきだ。
だが、油断は禁物だ。歪虚CAMのあっさり仕留める半機半獣。
油断をすれば大ダメージを受けるのがギガントという事になる。
それでも、恭也は前に出る。
「待ってろよ、キメラ野郎!」
●
「エリ、そのまま走り抜け!」
左翼の歪虚CAMを引き連れて中央までやってきたエヴァンス。
目視でエリの存在を見つけ、大声で叫ぶ。
エリの後方にはサトゥルヌス。敵と見定めたエリをおいかけている。
「あら。晩餐会のダンス役をエヴァンスがしてくれるの?
あなたにあの豚の相手が勤まるかしら」
「……元気そうで何よりだ」
防衛ライン前方の広場で、交差する二人。
エリはそのまま進路を変えて瓦礫の影へ。
エヴァンスはそのままサトゥルヌスへ突き進む。
「おい、こっちを向けよ」
エリを追いかけていたサトゥルヌスの側面からショットクロー「スカロプス」を叩き込む恭也のギガント。
強烈な一撃がサトゥルヌスの体を揺さぶる。
同時にサトゥルヌスのターゲットが恭也へ移る。
「ここで十分か。バルツァー、やるぞ」
左翼の歪虚CAMを中央へ引き寄せたエヴァンスも、踵を返して歪虚CAMへ対峙する。
タイミングを見計らって歪虚CAMをサトゥルヌスへ『擦り付ける』つもりだ。見る限り、サトゥルヌスへ攻撃を加えた敵を敵と認識するようだ。
歪虚CAMのアサルトライフルをサトゥルヌスへ叩き込ませれば、おそらくサトゥルヌスは歪虚CAMも敵として認識するだろう。
一方、左翼は――。
「見境なしのバーサーカーのご登場か。ちょうどソウルトーチも切れた。正面の歪虚CAMをそっちへ向かわせる」
正面の歪虚CAMを押さえていたアーサーとピーター。
役者が揃った事を確認した後、歪虚CAMを野へ解き放つ。
アーサーは歪虚CAMの奥で発射準備していた歪虚トラックの始末へと向かうつもりだ。
「……よしっ。これでいい」
歪虚CAMと対峙していたエヴァンスは魔刃解放で グレートソード「テンペスト」を強化した後、薙ぎ払いで歪虚CAMの脚部へダメージを与えていく。
通常のCAMであれば躱す可能性もあったが、所詮は狂気が動かす歪虚CAM。
パイロットが操縦するよりもずっと動きは単調だ。的中させるにはそう難しい事では無い。
問題は、アーサーが押さえていた正面の歪虚CAMだ。
サトゥルヌスの登場で混迷極める中央だが、正面の歪虚は大きな攻撃目標である恭也のギガントに定めていた。このままでは挟撃される恐れもある。
エヴァンスは右翼の方へと向き直る。
「そっちは大丈夫か?」
「楽勝」
サトゥルヌスと対峙しながら後方に注意を払っていた恭也。
歪虚CAMの接近を察して一度後方へ下がった後、ジェットブーツで飛び上がる。
ギガントは上空へ飛び上がった後、歪虚CAMへの後方へと回り込む。
「特別に順番を譲ってやるよ。たっぷり遊んでこい!」
歪虚CAMの後方からショットクロー「スカロプス」を叩き込む恭也。
前に押し出される形となった歪虚CAMは、バランスを崩してサトゥルヌスの前へ躍り出る。
次の瞬間、サトゥルヌスの左爪が歪虚CAMを弾き飛ばす。
無様に地面へ転がる歪虚CAM。
「……! おいおい。バランス崩してたとはいえ、CAMだぜ? 本当、楽しませてくれそうだ」
歪虚トラックへと向かうアーサー。
倒れた歪虚CAMに足を乗せ――再び咆哮。
半機半獣の獣王は、その力を発揮する瞬間であった。
●
「ピーター、紅水晶だ」
アーサーはピーターへ紅水晶の歪虚CAM背後に展開させていた。
歪虚CAMの逃げ道を塞ぐ意味もあったが、歪虚トラックの進路を阻む目的もあった。
歪虚CAMが来た道を走るアーサー。
問題の歪虚トラックはすぐに発見する事ができた。
「おっ。あいつか。そろそろ動き出してもおかしくはないな。なら、手筈通りに……ピーター、タイヤだ。タイヤを狙え」
小さく頷くピーター。
アーサーが見たところ、歪虚トラックの周囲に怪しい狂気は存在しない。
車の底など死角に取り憑いている事も考えたが、その気配も感じられない。
ならば、早々にトラックの足を潰しておくのが得策だ。
ピーターは獣爪「フルグル」で次々とタイヤをパンクさせていく。
予想通りタイヤは普通のトラックそのままだったようだ。
「これで一安心だ。後はシルヴィアが何とかしてくれるはずだ。
さぁ、ピーター。戻って加勢だ。あのバーサーカーと遊んでやらないとな」
同時刻。
混戦極める中央の戦線を前に、シルヴィアは針の穴を見つけていた。
「トラックのパンクに成功しましたね。ですが、足を止めても安心はできません。ここから狙撃します」
シルヴィアが見つけた針の穴――歪虚トラックへと続く射線。
歪虚CAMの間を縫う形ではあるが、確実に歪虚トラックへと続く道筋だ。
「いきます」
息を止め、銃身を安定させる。
静かに、ゆっくりと力を込められる指。
そして――発射。
撃ち出された発射音は戦闘音に掻き消されて響かない。
だが、弾丸は確実に歪虚トラックを捉えていた。
爆発音。
戦場から少し離れた場所で炸裂する二つの音。
それは歪虚トラックが爆発した証でもあった。
「成功しました。続いて中央戦線を援護します」
シルヴィアは銃口を歪虚CAMへと向けた。
●
中央の戦線は混迷が続いていた。
「みんな、かいふくー」
隙を見てルネがエリやエヴァンスを回復して回る。
エヴァンス自身もヒーリングポーションで回復に努めている。
彼らはまだ自分での回復が行えるだけ良いと考えるべきだ。
一方、苦戦を強いられる者もいる。
「……くそっ。なんだこりゃ!」
既にサトゥルヌスにより残り2体となっていた歪虚CAM。
その巻き添えを食らう形でサトゥルヌスの尾になっていた蛇が上からアシッドブレスを吐きかける。
アシッドブレスを受けたギガントから異臭が放つ。
装備に支障が発生し始めているようだ。
だが、この時。
恭也は一瞬見落としていた。サトゥルヌスの背にあった円筒状のパーツがスパークしているのを。
「まずい、放電だ。逃げろ!」
正面奥から戻ってきたアーサーが叫ぶ。
だが、サトゥルヌスの容赦ない攻撃は敢行される。
雷光。
サトゥルヌスの周囲に落とされる雷は容赦なく歪虚CAMとギガントに降り注ぐ。
機体と一緒に恭也の体にも電撃が走る。
「ぐあっ!」
「いかずち、あぶないの」
ルネのいる場所からでも放電の威力は明らかに分かる。
攻撃を受けた機体がまったく動かない事から、稼働に何らかの問題があるのは明白だ。
「恭也が壁になる事で回復する余裕はできたが、ギガントだけじゃサトゥルヌスは止められねぇ。なら、みんなで押し返す! 行くぞバルツァー!」
「なるほど。そんな技もあんのか。こりゃ予想以上だ。アーサー、もう一仕事だ」
エヴァンスとアーサーが恭也の救出へと向かう。それに続く形でエリも再びサトゥルヌスへ肉薄する。
未だ半機半獣の獣王の目的は不明だ。
だが、サトゥルヌスの強さは本物である事は明白となった。
――その後。
サトゥルヌスは、歪虚CAM2機を倒した後にその場を立ち去った。
当初の目的はハンターの活躍で十分果たした事になる。
しかし、ハンター達は直感していた。
鎌倉クラスタへ向かう最中、サトゥルヌスと再び対峙しなければならない事を。
あの――通信機器を含む機械類を停止させる妨害電波。
あれのおかげでCAMや魔導アーマーは、鎌倉クラスタ周辺で機動しないらしい。
そのせいで鎌倉各地で妨害電波を吐き出すアンテナ塔をハンター達は幻獣や白兵で破壊する事となった。
だが。
情報によれば、サトゥルヌスの周囲では妨害電波が機能しないらしい。通信機器が再び雑音を発しながら息を吹き返したというのだ。
サトゥルヌスには周囲に妨害電波を無効化する何かがあるのだろう。
だとすれば。
あのサトゥルヌスの周囲であればCAMも動くのでは無いか。
今は鋼鉄の塊でしかないギガントでも、再び命が吹き込まれる。
その推測に期待を寄せて、恭也はタクティカルスーツ「アネモス」に身を包む。
そう――この戦いの鍵は、あの巨大な獣である。
●
江ノ島大橋に構築された防衛線は、既に度重なる攻撃を受けていた。
山岳猟団の面々は小型狂気を打ち払いながら、江ノ島沖に停泊するメタ・シャングリラの防衛に努めていた。
だが、ここに来て強大な敵の登場である。
「う゛ぉいどきゃむ、4き。それに……さつるーぬす」
ルネ(ka4202)は双眼鏡にて敵の配置を今一度確認していた。
中央及び右翼から現れた4機の歪虚CAM。
アサルトライフルを手にゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
左翼からは未だ謎が多い半機半獣のサトゥルヌス。
三方に対してハンターは『ある作戦』をもって戦力を分散している。
ルネの仕事は、散ったハンター達のサポートにあった。
「さつるーぬす、ばるきりー1を思い出して……やだね」
ルネはサトゥルヌスに奇妙な感情を出していた。
エンドレスに実験体として函館クラスタ周辺で戦っていたヴァルキリー1。
最期はエンドレスに実験された後、捨てられた機体。
ルネはサトゥルヌスに対しても何故か感傷的な感情を抱く。
「エンドレスは何処かから見ているな」
山岳猟団の八重樫 敦(kz0056)はルネの言葉に反応して声をかけた。
エンドレスを追っている八重樫には分かる。
エンドレスは何処かでこの戦いを見守っている。
安全なところから『戦闘データ』の収集に勤しんでいるのだ。
「だんちょ。さつるーぬす、すこしきになる。
でんぱきゃんせらーはれんごーちゅうぐんが、ほしいもの。
なのに、はんたー対抗しんばりばりのちゅーぐん、静か。今回もさんぐりら任せ。
はんたーのじゃまをしつつ、あわよくば、けっかをほしい人たちが……さつるーぬすを放った?」
ルネの推測はサトゥルヌスが統一連合宙軍の試作兵器であり、ハンターとかち合わせているのではないかというのだ。
秋葉原で盛り上がったハンターの『ブーム』は恭子の上官が画策した可能性がある。であるならば、ここでメタ・シャングリラが失敗するようにサトゥルヌスを放ったのではないかと考えていた。
だが、八重樫は首を横に振る。
「いや、連中にそんな度胸はない。やるなら、もっと組織的な事を仕掛けるはずだ。軍である以上、上官の命令に逆らうのは簡単な事じゃない」
「じゃあ、さつるーぬすはなに?」
「分からん。だが、一つだけはっきりしている事がある」
八重樫は左翼へ向き直る。
2機の歪虚CAMを葬り、悠然と歩み寄る獣の王。
王者の風格が、江ノ島からの潮風に煽られる。
「奴は……味方ではない、という事だ」
●
「行きましょう。必ず止めてみせます」
中央でスナイパーライフル「ルーナマーレ」を構えるシルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)。
照準は、前方から移動する歪虚CAM横。
頭部付近の瓦礫を捉えていた。
全身に覆われた鎧が、ドラグーンよりも龍らしさを感じさせる。
(距離は十分。ですが……)
シルヴィアの狙撃対象は、前方より迫る歪虚CAMではない。
さらに奥――爆発物らしきものを積載した歪虚トラックである。敵と交戦中にあれが防衛ライン付近で爆発を起こせばダメージは甚大。山岳猟団の面々やハンターも撤退を余儀なくされるだろう。
シルヴィアは可能であれば、先に歪虚トラックを潰しておきたかった。
「やってみます」
シルヴィアは引き金に指をかけ、引く。
次の瞬間、破裂音。
そして、金属特有の衝撃音が鳴り響く。
シルヴィアは跳弾で見えないターゲットの狙撃を試みたのだ。
(爆発音が無い。ダメですか)
シルヴィアはターゲットに命中しなかった事に気付いた。
もし命中していれば爆発物は歪虚CAMの後方で爆発。防衛ラインからでも十分に確認できるはずだ。だが、その爆発が聞こえない以上、命中していないと考えるべきだ。
おそらく、ターゲットは歪虚CAM後方の狙撃しにくい瓦礫の下辺りにでもいるのだろう。
「さて、お客さんだ。こっちはこっちの仕事をしねぇとな」
アーサー・ホーガン(ka0471)とユキウサギのピーターは、防衛ラインの前に出る。
防衛ライン前方の歪虚CAMが予定地点を越えた事から、アーサー達も動き出す。
それに合わせてシルヴィアもルーナマーレの照準を歪虚CAMへと移した。
「来ましたね……援護します。行って下さい」
アーサーが前に出て歪虚CAMが動けば、歪虚トラックを視認できる隙が生まれるかもしれない。
シルヴィアはアーサーの活躍に託し、援護に徹する事にした。
「じゃあ、行くとするか。ピーター、頼むぞ」
アーサーの声を受けて頷くピーター。
二人の前に立ちはだかるのは、歪虚CAM。
ハンターなら騎乗する事もあるリアルブルー産の鉄人形。
愛機として一緒に活躍する事もあるが、敵となれば異様な威圧感を感じさせる。
それを生身のアーサーと相棒のピーターが挑まなければならない。
「ほら、こっちだ!」
アーサーは、ソウルトーチを発動。
眼前の歪虚CAM――中身は狂気の集合体だ。マテリアル感知で敵を察知する為、歪虚CAMは自然とアーサーをターゲットに切り替える。
それに対して奏弓「鳴神」を番え、歪虚CAMへ遠距離攻撃を仕掛けるアーサー。
アーサーの傍らをアサルトライフルの弾丸が着弾。地面に穴を穿つ。
だが、アーサーは目の前の敵に集中する。
緩められるアーサーの指。
鳴神の弦が美しい音色を奏で、歪虚CAMへと命中。
しかし、敵は大きな鉄人形。それだけでは倒せない。
「行け、ピーター!」
歪虚CAMに接近していたピーターは、紅水晶を使う。
歪虚CAMをその場で釘付けにして進軍を食い止めようというのだ。
「もうちょっとそこで待ってろよ。今、仲間が面白い奴を連れてきてくれるからな」
ピーターは鳴神を手にしたまま、歪虚CAMへと近づいていく。
作戦は、順調に進んでいた。
●
「ちっ。長くは保たないか」
右翼の歪虚CAMを担当していたエヴァンス・カルヴィ(ka0639)とイェジドのバルツァー。
『長くは保たない』と評価されたのは右翼の戦線ではなく、発煙手榴弾だった。
エヴァンスはCAMの視界から防衛拠点を遮る為に発煙手榴弾を用いた。
発煙手榴弾はその機能を遺憾なく発揮して右翼の煙を生じさせた。
しかし、問題はあった。
それは江ノ島という立地条件。
海からの潮風で煽られた煙は山側へと押し流される。防衛拠点を覆い隠す前に煙が流れてしまうのだ。
元々、敵の視界を奪うのでは無く目印などに用いられる発煙手榴弾。煙の量も足りない事から防衛拠点を隠すのは難しい。
「仕方ねぇ。ちょっと厳しいかもしれねぇが……頼むぞ、バルツァー」
エヴァンスはバルツァーの背に乗りながら、危険な挑発。
己のマテリアルに絶対的自信と威圧、殺意を込めて周囲に撒き散らす。
本能を刺激する炎のようなオーラは、エヴァンスの体を覆い隠す。
それは歪虚CAMを刺激するには充分だった。
「……どうやら、うまく行っているようだな」
エヴァンスは、手応えを感じた。
右翼にいた2体の歪虚CAMは、エヴァンスの後を追う様に歩き出した。
後はこの2体を予定の場所まで誘引する事である。
時折、歪虚CAMから放たれるアサルトライフルを掻い潜りながら、引っ張り続ける。
煙幕で防衛拠点を覆い隠せなかった以上、予定よりも近い場所で歪虚CAMの注意を引き続けなければならない。
「これで第一段階は成功か。後は……頼むぜ、エリ。できれば早いところ済ませて欲しいところだ」
エヴァンスは進行方向から視線をずらし、江ノ島水族館の方を見る。
そこはエリと――半機半獣の魔獣がいた場所であった。
●
「サトゥルヌス? あの絵画は良いわね。子供を食ってでも生きるという意志が伝わってくるわ。醜悪でおぞましい。
ハハッ! ぴったりの名前じゃない? 名付け親はセンスが良いわ!」
エリ・ヲーヴェン(ka6159)は、イェジドのヴェインと共に左翼を担当していた。
眼前にいるのは、つい先程歪虚CAM2体をあっさりと葬り去った半機半獣の魔獣――サトゥルヌスである。
不意打ちとはいえ、歪虚CAMを瞬く間に始末した動きは驚嘆に値する。
では歪虚を倒した事から、サトゥルヌスは味方なのか。
否――それはサトゥルヌスの眼前に立ったエリが完全に否定する。
「この独特の感覚……そう、あなたは味方じゃない。敵と分かればこちらも攻撃するつもりでしょう?」
サトゥルヌスに味方はいない。
目的は分からないが、立ちはだかる物はすべて始末する。
それをエリは本能で感じ取った。
震える心。ここまで興味を惹かれる存在はいつ以来だろうか。
「あの化物を惹き付けるわよ、ヴェイン! 晩餐の前まで私が案内してあげるわ。私の炎は目印ですもの! ちゃんと見なさい、ハハハハハッ!」
エリはサトゥルヌスへソウルトーチを発動。
これでサトゥルヌスを誘引する手筈になっていた。
しかし、サトゥルヌスはエリに興味を示す事無くゆっくりと防衛ラインの方へ近づいていく。
ソウルトーチはマテリアル感知の敵に有効なスキルである為、サトゥルヌスは敵を視認するタイプである事から期待した効果が現れなかったようだ。
サトゥルヌスにプライドを傷つけられた気になるエリ。
思わず感情を露わにしてしまう。
「私を無視するなんて良い度胸ね! 血の花を咲かせなさい!!」
エリはランス「リディニーク」による渾身撃で、サトゥルヌスの鋼に輝く右腕を叩く。
金属の擦れ合う音と同時にエリに伝わる強烈な衝撃。
かなり硬い物を叩いた時に似た感覚だ。
だが、ダメージよりもサトゥルヌスの注目を集めるという意味では成功だ。
――咆哮。
半機半獣の獣王は、エリに向かって声を上げる。
空気を震わせる程の巨大な声。
その視界にはエリとヴェインが収まっている。
「ヴェイン、スティールステップ!」
エリは直感でヴェインにスティールを指示。
大きく飛び退くヴェイン。
次の瞬間、サトゥルヌスの巨大な爪がエリの居た場所を襲う。
「いいじゃない。でも、まだダメ。見た目は獅子でも中身は豚も同然の獣が行くべき場所は……もう少し先。晩餐が待っているわよ」
ヴェインはエリを乗せて走る。
迫るサトゥルヌスから逃れるように。
●
「来たっ!」
恭也は歓喜の声を上げる。
タクティカルスーツ「アネモス」とウェアラブルデバイスリングが稼働し始める感覚。
間違いない。
サトゥルヌスの周囲ではCAMも十分稼働する。
ならば、やる事は一つだ。
「あのファンキーなキメラ野郎、やっぱり妨害電波のキャンセラーを積んでやがったな!
よぉし、ギガント。このワンチャンを逃すな」
ギガントに乗り込み、機動させる恭也。
マテリアルが流れ込んだギガントは、妨害電波が飛び交う鎌倉で立ち上がる。
シールド「ストルクトゥーラ」を構えながら防衛ラインの中央に向かって移動を開始する。
「あのキメラ野郎は……まだ少し予定地点よりも遠いのか。仕方ない」
恭也はアクティブブラスターでサトゥルヌスへの接近を試みる。
本来であれば別の敵を相手にする選択肢もあったのだろうが、サトゥルヌスの周囲でなければ妨害電波のキャンセラーは働かない。
ギガントが対峙すべき相手がサトゥルヌスのみである以上、少しでも早くサトゥルヌスを押さえるべきだ。
だが、油断は禁物だ。歪虚CAMのあっさり仕留める半機半獣。
油断をすれば大ダメージを受けるのがギガントという事になる。
それでも、恭也は前に出る。
「待ってろよ、キメラ野郎!」
●
「エリ、そのまま走り抜け!」
左翼の歪虚CAMを引き連れて中央までやってきたエヴァンス。
目視でエリの存在を見つけ、大声で叫ぶ。
エリの後方にはサトゥルヌス。敵と見定めたエリをおいかけている。
「あら。晩餐会のダンス役をエヴァンスがしてくれるの?
あなたにあの豚の相手が勤まるかしら」
「……元気そうで何よりだ」
防衛ライン前方の広場で、交差する二人。
エリはそのまま進路を変えて瓦礫の影へ。
エヴァンスはそのままサトゥルヌスへ突き進む。
「おい、こっちを向けよ」
エリを追いかけていたサトゥルヌスの側面からショットクロー「スカロプス」を叩き込む恭也のギガント。
強烈な一撃がサトゥルヌスの体を揺さぶる。
同時にサトゥルヌスのターゲットが恭也へ移る。
「ここで十分か。バルツァー、やるぞ」
左翼の歪虚CAMを中央へ引き寄せたエヴァンスも、踵を返して歪虚CAMへ対峙する。
タイミングを見計らって歪虚CAMをサトゥルヌスへ『擦り付ける』つもりだ。見る限り、サトゥルヌスへ攻撃を加えた敵を敵と認識するようだ。
歪虚CAMのアサルトライフルをサトゥルヌスへ叩き込ませれば、おそらくサトゥルヌスは歪虚CAMも敵として認識するだろう。
一方、左翼は――。
「見境なしのバーサーカーのご登場か。ちょうどソウルトーチも切れた。正面の歪虚CAMをそっちへ向かわせる」
正面の歪虚CAMを押さえていたアーサーとピーター。
役者が揃った事を確認した後、歪虚CAMを野へ解き放つ。
アーサーは歪虚CAMの奥で発射準備していた歪虚トラックの始末へと向かうつもりだ。
「……よしっ。これでいい」
歪虚CAMと対峙していたエヴァンスは魔刃解放で グレートソード「テンペスト」を強化した後、薙ぎ払いで歪虚CAMの脚部へダメージを与えていく。
通常のCAMであれば躱す可能性もあったが、所詮は狂気が動かす歪虚CAM。
パイロットが操縦するよりもずっと動きは単調だ。的中させるにはそう難しい事では無い。
問題は、アーサーが押さえていた正面の歪虚CAMだ。
サトゥルヌスの登場で混迷極める中央だが、正面の歪虚は大きな攻撃目標である恭也のギガントに定めていた。このままでは挟撃される恐れもある。
エヴァンスは右翼の方へと向き直る。
「そっちは大丈夫か?」
「楽勝」
サトゥルヌスと対峙しながら後方に注意を払っていた恭也。
歪虚CAMの接近を察して一度後方へ下がった後、ジェットブーツで飛び上がる。
ギガントは上空へ飛び上がった後、歪虚CAMへの後方へと回り込む。
「特別に順番を譲ってやるよ。たっぷり遊んでこい!」
歪虚CAMの後方からショットクロー「スカロプス」を叩き込む恭也。
前に押し出される形となった歪虚CAMは、バランスを崩してサトゥルヌスの前へ躍り出る。
次の瞬間、サトゥルヌスの左爪が歪虚CAMを弾き飛ばす。
無様に地面へ転がる歪虚CAM。
「……! おいおい。バランス崩してたとはいえ、CAMだぜ? 本当、楽しませてくれそうだ」
歪虚トラックへと向かうアーサー。
倒れた歪虚CAMに足を乗せ――再び咆哮。
半機半獣の獣王は、その力を発揮する瞬間であった。
●
「ピーター、紅水晶だ」
アーサーはピーターへ紅水晶の歪虚CAM背後に展開させていた。
歪虚CAMの逃げ道を塞ぐ意味もあったが、歪虚トラックの進路を阻む目的もあった。
歪虚CAMが来た道を走るアーサー。
問題の歪虚トラックはすぐに発見する事ができた。
「おっ。あいつか。そろそろ動き出してもおかしくはないな。なら、手筈通りに……ピーター、タイヤだ。タイヤを狙え」
小さく頷くピーター。
アーサーが見たところ、歪虚トラックの周囲に怪しい狂気は存在しない。
車の底など死角に取り憑いている事も考えたが、その気配も感じられない。
ならば、早々にトラックの足を潰しておくのが得策だ。
ピーターは獣爪「フルグル」で次々とタイヤをパンクさせていく。
予想通りタイヤは普通のトラックそのままだったようだ。
「これで一安心だ。後はシルヴィアが何とかしてくれるはずだ。
さぁ、ピーター。戻って加勢だ。あのバーサーカーと遊んでやらないとな」
同時刻。
混戦極める中央の戦線を前に、シルヴィアは針の穴を見つけていた。
「トラックのパンクに成功しましたね。ですが、足を止めても安心はできません。ここから狙撃します」
シルヴィアが見つけた針の穴――歪虚トラックへと続く射線。
歪虚CAMの間を縫う形ではあるが、確実に歪虚トラックへと続く道筋だ。
「いきます」
息を止め、銃身を安定させる。
静かに、ゆっくりと力を込められる指。
そして――発射。
撃ち出された発射音は戦闘音に掻き消されて響かない。
だが、弾丸は確実に歪虚トラックを捉えていた。
爆発音。
戦場から少し離れた場所で炸裂する二つの音。
それは歪虚トラックが爆発した証でもあった。
「成功しました。続いて中央戦線を援護します」
シルヴィアは銃口を歪虚CAMへと向けた。
●
中央の戦線は混迷が続いていた。
「みんな、かいふくー」
隙を見てルネがエリやエヴァンスを回復して回る。
エヴァンス自身もヒーリングポーションで回復に努めている。
彼らはまだ自分での回復が行えるだけ良いと考えるべきだ。
一方、苦戦を強いられる者もいる。
「……くそっ。なんだこりゃ!」
既にサトゥルヌスにより残り2体となっていた歪虚CAM。
その巻き添えを食らう形でサトゥルヌスの尾になっていた蛇が上からアシッドブレスを吐きかける。
アシッドブレスを受けたギガントから異臭が放つ。
装備に支障が発生し始めているようだ。
だが、この時。
恭也は一瞬見落としていた。サトゥルヌスの背にあった円筒状のパーツがスパークしているのを。
「まずい、放電だ。逃げろ!」
正面奥から戻ってきたアーサーが叫ぶ。
だが、サトゥルヌスの容赦ない攻撃は敢行される。
雷光。
サトゥルヌスの周囲に落とされる雷は容赦なく歪虚CAMとギガントに降り注ぐ。
機体と一緒に恭也の体にも電撃が走る。
「ぐあっ!」
「いかずち、あぶないの」
ルネのいる場所からでも放電の威力は明らかに分かる。
攻撃を受けた機体がまったく動かない事から、稼働に何らかの問題があるのは明白だ。
「恭也が壁になる事で回復する余裕はできたが、ギガントだけじゃサトゥルヌスは止められねぇ。なら、みんなで押し返す! 行くぞバルツァー!」
「なるほど。そんな技もあんのか。こりゃ予想以上だ。アーサー、もう一仕事だ」
エヴァンスとアーサーが恭也の救出へと向かう。それに続く形でエリも再びサトゥルヌスへ肉薄する。
未だ半機半獣の獣王の目的は不明だ。
だが、サトゥルヌスの強さは本物である事は明白となった。
――その後。
サトゥルヌスは、歪虚CAM2機を倒した後にその場を立ち去った。
当初の目的はハンターの活躍で十分果たした事になる。
しかし、ハンター達は直感していた。
鎌倉クラスタへ向かう最中、サトゥルヌスと再び対峙しなければならない事を。
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- Commander
柊 恭也(ka0711)
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
質問卓 柊 恭也(ka0711) 人間(リアルブルー)|18才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2017/07/17 11:04:23 |
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![]() |
相談卓 エリ・ヲーヴェン(ka6159) 人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/07/20 08:23:03 |
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![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/07/17 15:59:28 |