ゲスト
(ka0000)
水よりも濃い絆
マスター:四月朔日さくら

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/09/27 22:00
- 完成日
- 2017/09/29 06:26
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
切っ掛けは一体何だったか。
最初に覚えているのは、ぼろぼろになった自分に手を差し伸べてくれた、キャラバンのおじさんの温もり。
記憶をなくし、頼れるもののないなかで、様々な人が手を貸してくれた。そして、ヤマシナ学院という場所で、今、学問を修めている。
ファナ。
覚えているのはその名前だけ。
そう、そのはずだった。
●
「今日の訪問者は何処かの部族の若長らしいですね」
ゲルタの側仕えをしているメイドの一人がそう言う。
「ええ、中性的な雰囲気を纏った、綺麗な方でした。お通しする時に話し掛けたのですが、優しげな方で」
ゲルタは軍医と言うだけでなく、開拓地『ホープ』の世話役のようなものも勤めている。もともと少し枠からはみ出したところのあるゲルタが、一層楽しそうに動き出したのもこの頃からだ。
辺境に憧れ自ら志願してやってきたこの地で、そこに住む人々やハンターの面々と触れあうことができるのは、やはり嬉しいことだ。
「それにしても……先ほどの方、誰かに似ていたような?」
メイド達の井戸端会議は密やかに続く。
●
「まめしの話は、この間の祭りの時に聞いたのかしら?」
ゲルタはにこっと笑って尋ねる。
「ああ。前から噂にはなっていたが、なるほど、栄養価も高く土地が痩せていても育ちやすい……住まいを一つところに定めていない部族の定住化の足がかりにはもってこいだな」
柔和な笑顔、癖のない長い髪。
キジャン族の族長、ユーリィ・キジャンはそう言って頷く。
キジャン族というのは、住まいになるエリアをいくつかに分け、数ヶ月周期で移住して生活するというスタイルをもつ部族なのだという。ユーリィの年のころは二十過ぎほど、若い長であるのはメイド達の言うとおりだ。
「俺たちのコロニーの一つは、一度歪虚に襲われたことがあってな、なんとか逃げることが出来たが、被害者も少なくなく……弟も逃げる時にはぐれてしまい、恐らくもう生きてはいまい。とても聡明な奴だったんだが……それからはできるだけ、コロニーを転々とする生活はやめた方がいいと言うことになって……しかし定住生活に慣れているわけでもないので苦労していたんだ。まめしの話はその頃に聞いて、気になっていたんだが」
「なるほどね。移住生活から定住生活へのステップとしての、まめしか。そういうことなら、たねを分けるのは吝かじゃないわ」
ゲルタもうんうんと頷き、まめしの種をしまってある抽斗の鍵を開け――ようとした時、ユーリィがふとあるものを見て驚いているのが判った。
「どうしたの、ええと、ユーリィ?」
「いや。そこに飾られているポートレート、それは」
「ああ。リアルブルーの技術で撮った写真なのだけど、中仲良くとれているでしょう?」
ゲルタが嬉しそうにその写真を見せると、ユーリィは改めてまじまじと見つめる。
「いや、そうじゃない。そこに、弟も写って――」
その写真というのは、リゼリオに向かう前のファナとゲルタが一緒にとったもの。
「……え、でもこの子は――」
ファナのことを女の子とまるきり信じ込んでいるゲルタは、女の子じゃないのか、と言おうとしたが。
「うちの部族は健康になるようにと願いを込めて、成人の儀までは異性の服装をするのがしきたりなんだ。そこに写っているのは、間違いなく、俺の弟。ファナ・キジャンだ」
●
ある日のヤマシナ学院。
そんなやりとりが辺境で行われているとも知らず、ファナはユニセックスな格好で今日も授業に臨んでいた。
そこに、ユーリィが現れて、「話をしたい」と言い出すまでは。
切っ掛けは一体何だったか。
最初に覚えているのは、ぼろぼろになった自分に手を差し伸べてくれた、キャラバンのおじさんの温もり。
記憶をなくし、頼れるもののないなかで、様々な人が手を貸してくれた。そして、ヤマシナ学院という場所で、今、学問を修めている。
ファナ。
覚えているのはその名前だけ。
そう、そのはずだった。
●
「今日の訪問者は何処かの部族の若長らしいですね」
ゲルタの側仕えをしているメイドの一人がそう言う。
「ええ、中性的な雰囲気を纏った、綺麗な方でした。お通しする時に話し掛けたのですが、優しげな方で」
ゲルタは軍医と言うだけでなく、開拓地『ホープ』の世話役のようなものも勤めている。もともと少し枠からはみ出したところのあるゲルタが、一層楽しそうに動き出したのもこの頃からだ。
辺境に憧れ自ら志願してやってきたこの地で、そこに住む人々やハンターの面々と触れあうことができるのは、やはり嬉しいことだ。
「それにしても……先ほどの方、誰かに似ていたような?」
メイド達の井戸端会議は密やかに続く。
●
「まめしの話は、この間の祭りの時に聞いたのかしら?」
ゲルタはにこっと笑って尋ねる。
「ああ。前から噂にはなっていたが、なるほど、栄養価も高く土地が痩せていても育ちやすい……住まいを一つところに定めていない部族の定住化の足がかりにはもってこいだな」
柔和な笑顔、癖のない長い髪。
キジャン族の族長、ユーリィ・キジャンはそう言って頷く。
キジャン族というのは、住まいになるエリアをいくつかに分け、数ヶ月周期で移住して生活するというスタイルをもつ部族なのだという。ユーリィの年のころは二十過ぎほど、若い長であるのはメイド達の言うとおりだ。
「俺たちのコロニーの一つは、一度歪虚に襲われたことがあってな、なんとか逃げることが出来たが、被害者も少なくなく……弟も逃げる時にはぐれてしまい、恐らくもう生きてはいまい。とても聡明な奴だったんだが……それからはできるだけ、コロニーを転々とする生活はやめた方がいいと言うことになって……しかし定住生活に慣れているわけでもないので苦労していたんだ。まめしの話はその頃に聞いて、気になっていたんだが」
「なるほどね。移住生活から定住生活へのステップとしての、まめしか。そういうことなら、たねを分けるのは吝かじゃないわ」
ゲルタもうんうんと頷き、まめしの種をしまってある抽斗の鍵を開け――ようとした時、ユーリィがふとあるものを見て驚いているのが判った。
「どうしたの、ええと、ユーリィ?」
「いや。そこに飾られているポートレート、それは」
「ああ。リアルブルーの技術で撮った写真なのだけど、中仲良くとれているでしょう?」
ゲルタが嬉しそうにその写真を見せると、ユーリィは改めてまじまじと見つめる。
「いや、そうじゃない。そこに、弟も写って――」
その写真というのは、リゼリオに向かう前のファナとゲルタが一緒にとったもの。
「……え、でもこの子は――」
ファナのことを女の子とまるきり信じ込んでいるゲルタは、女の子じゃないのか、と言おうとしたが。
「うちの部族は健康になるようにと願いを込めて、成人の儀までは異性の服装をするのがしきたりなんだ。そこに写っているのは、間違いなく、俺の弟。ファナ・キジャンだ」
●
ある日のヤマシナ学院。
そんなやりとりが辺境で行われているとも知らず、ファナはユニセックスな格好で今日も授業に臨んでいた。
そこに、ユーリィが現れて、「話をしたい」と言い出すまでは。
リプレイ本文
●
依頼の情報に、目をきらっきらさせながら飛びついたのは星野 ハナ(ka5852)だった。もともとぶりっこ気味の彼女ではあるのだが、ファナの情報を聞いていたく興奮している。というのも――
「男の娘に会えるなんてとんでもないご褒美ですよぅ。ごっつい男の人になる前、声変わり前の一瞬の究極美、それが男の娘なんですからぁ! は―、すごいですぅ、尊いですぅ!」
確かに、ファナは線も細く、中性的な愛らしい顔立ちをしている。しかしここまで興奮しているのは、リアルブルーの『男の娘』文化の影響だろう。
「とりあえずは諸々情報が必要やろ。ゲルタにも確認しておくべきことがありそうだしな……」
冷静にそう呟いたのはガラーク・ジラント(ka2176)、先だって行方知れずになっていた妹と再会を果たしたという元軍人だ。恐らくユーリィの気持ちは、彼が一番共感出来るに違いない。
「ですね。キジャン族という部族の知識なども、事前にもって置いた方がいいでしょう。少し余裕もあるみたいですし、急ぎましょうか」
エルバッハ・リオン(ka2434)も、それに共感して頷く。ハナはその間、ファナからも情報を得る必要があるだろうと、残ることになった。
●
――要塞都市。
「お久しぶりです、ゲルタさん」
ゲルタと面識のあるエルバッハは、そう言って丁寧に頭を下げた。元軍人のガラークも、こういう時の礼儀はわきまえているからきちんと頭を下げる。
「キジャン族、という部族と、ファナ少年について伺いたいが、いいだろうか?」
「ああ……今回のハンターさんたちね。ありがとう。私もまだ混乱はあるけれど、知っている限りの情報は教えるわ」
ガラークの丁寧な問いに、是、と首を縦に振るゲルタ。
「キジャン族は、もともと中規模の部族で……辺境の何カ所かにコロニー、拠点を作って、数ヶ月ごとに拠点を変えることで暮らしている部族、ね。定住と移動生活との中間くらいになるのかしら、辺境でもそういう生活をしているのはそう多くはないわね。トーテムは鹿だったかな……移動したりすることも多いせいか、あまり情報の多くない部族ではあるの」
ゲルタはそう説明する。
「そしてその拠点にいた時に、歪虚の襲撃を受けた?」
エルバッハが問う。
「そうみたいね。あと、この前の話で判ったんだけれど、キジャン族は以前に風土病で壊滅の危機にさらされたことがあるらしくてね。それ以降、成人の儀を行うまでは異性装をさせるという習慣があるらしいわ。定住に踏み切れなかったのも風土病のことがあるみたい」
細かにメモを取っているエルバッハ、考え込んでいるガラーク。
「ファナが保護されていた時の服装などは判るのか?」
「厳密には保護したのはキャラバンの人たちだけど、その時点ではかなりボロボロでは在ったけれど、少女と思われる服装だったみたい。一応預かっているけど」
ガラークの言葉に、ゲルタが持ってきたのはあちこちが破けて埃にまみれた、確かに少女の服装らしきものだった。
「日常生活を送るのに不便のない、けれど自分のことだけをすっぽり忘れてしまっていてね。それでも異性装だとはなんとなく判っていたからかな、そう言った身の回りのことははじめから自分でするし、本人も性別についてわざわざいうものじゃないし、だから女の子と思い込んでいたのよねぇ……可愛かった、と言うのもあるけれど」
ゲルタは苦笑した。
なるほど、おおよその状況は理解出来た。ゲルタも早とちりが過ぎると言えばそうなのだが。
「ありがとうございました」
「いい結果が出るよう、頑張ります」
二人は頭を下げると、リゼリオに向かった。
●
一方その頃。
ハナはファナを見て、なるほど、と思わず頷いていた。
第二次性徴期を迎えるほどの年齢でありながら、たしかに線の細いファナは少年というより少女というイメージの方が沸きやすい。今もカッターシャツにふわっとしたキュロットパンツという副葬な上、長い髪を後ろに緩く束ねただけの状態である。性別を間違われてもしょうがないだろう。
(たしかにこれなら将来美形になりそうなのですぅ……)
そう思っていると、ファナに声をかけられた。少し困ったような、下がり眉で。
「ええと、ぼくはどうしたら……」
「今、仲間のハンターが大急ぎでゲルタさんと会ってるはずですぅ。大丈夫ですよぅ、ファナさんはファナさんで、ちゃんと自分の意見を持って下さいねぇ?」
ハナはそう言ってにっこり笑う。折良く仲間たちとの合流も出来そうと言うことで、満面の笑みだった。
●
さて、翌日――
「ファナさん~、今日の記念に一緒に写真を撮ってもいいですぅ?」
無事にハンターたちが合流し、お互い情報を確認しあったのち。
エルバッハが間に入って、いきなり話を持ちかけようとしていたユーリィをなんとか説得し、時間と場所を改めて指定しての対談となる。会話の内容など、音の漏れにくいところを、と頼み、応接室を借りることとなった。
そして今、その応接室では、すっかり興奮した様子のハナが、きゃぴきゃぴと嬉しそうにファナを見守っていた。魔導カメラを片手に。
「男の娘として美人に見える、ってことはぁ、容姿がすごく整ってるってことなのでぇ、将来超絶美形になる可能性が高いんですぅ! テンション上がるに決まってるじゃないですかぁ、やーんかわいーかわいー!」
ファナはおろおろとしていたが、これもハナの作戦の一つ、だったりする。無論本人の趣味も多分にあるが。
他人の迷惑を考えない押しつけがどのくらい醜悪に見えるものなのか、と言うことを兄であるユーリィの前で見せつける。事前に本人に言わなかったのは、こういう状況はむしろアドリブ性が高い方がいいからだ。
そう、今はユーリィ・キジャンとファナ、そしてハンターたちという席を設けてもらい、そこで話し合うことになっている。その場で『押しつけがましい行為の醜さ』を実践した時、ユーリィがどう出るか――これもユーリィという人物に対する判断材料になるはずだった。
さて、ユーリィ・キジャン――ファナの兄を名乗る青年は、ハンターがファナとともにいることに不思議そうな顔をしたが、学院の手伝いをハンターがしていることもままあると聞いて、なるほど、と彼も納得したらしい。ユーリィ自身も以前ハンターの世話になったことがあるし、たしかに状況としてハンターに助力を仰ぐというのはままあることとは聞いているからだ。
「改めて挨拶させてもらう。キジャン族の族長を務めている、ユーリィ・キジャンだ。よろしく頼む」
そう言う声は僅かにこわばっている。リゼリオに来るのも初めてと言うことだし、こういう状況にはやはり慣れていないのだろう。
「これは心ばかりのものですが」
エルバッハが持ってきたのは淹れたての紅茶とクッキー。会話を和やかにするためにも、こういう小道具は必要だ。
基本的には話に口を無理に挟まないつもりでいるらしい。確かに家族の問題に無理に首を突っ込むのは、あまり褒められたことではないだろうから、その考えは悪くないだろう。
改めてユーリィとファナの顔を見比べる。なるほど、たしかにユーリィは目の色や鼻筋など、ファナが成長したらこうなるのではと思わせる、血縁ならではの面影を宿していた。
「……突然兄だと言われても、記憶が曖昧な今のお前には信じがたいだろう。でも、俺はお前の生存を信じていたし、キジャンの皆も同様だ。……生きていてくれたのも、祖霊の加護かも知れないな」
ユーリィはそう、感慨深げに言って微笑む。ファナは申し訳なさそうに小さく首をすくめた。覚えていないことを、恥じているのかも知れない。
ユーリィという人物は悪い人間ではない。ただ、まっすぐすぎるのだろうと思われた。ガラークはその様子を確認してから、ユーリィに話しかけてみる。
「……俺も、同胞が死にゆく中で妹と生き別れ……そしてずっと探していた。故に、気持ちはそれなりに判っている、と思う」
だからこそ、と彼は続ける。
「このままファナをこの学院で学ばせてやれないだろうか? この学舎は、リアルブルー出身の院長により、世界全体の架け橋になるべくカリキュラムを組まれていると聞いている……つまり、あらゆる知識が集まってくる場だ、と言うことだ」
そう。
ファナも、できることならこの学校でもっと学びたいと思っている。まだホープにいた頃、ゲルタのもとで手伝いをしていた時に生来の知的好奇心を擽られ、そして学院への道を開いてもらった。
その扱いに感謝するのはもちろんのことだし、学ぶうちにもっともっとと思っていたのも事実だ。
「ゲルタさんは軍医ですし、その手伝いとしても学問をもっとと思うのも、ある意味では自然なことかもしれませんね」
エルバッハも後押しする。
「ゲルタから聞いたが、部族の生活に変革をと考えているとか。もしそうなら、知識というのはなににも代えがたい宝だろう。無理に連れ帰ってしまうよりも、学んだことを長の弟として補佐してもらい、部族のために活かせる日が来るかも知れないぞ?」
ガラークの言葉に、ハナもうんうんと頷く。
「……ファナは、ファナ自身の言葉で教えてくれないか? お前の今の生活を」
ユーリィに言われ、ファナは首を軽くかしげた。そしてぽつぽつ、と話し始める。
「……ぼくは、ここに来るまでたくさんの人の世話になってきました。ゲルタさんや、ホープにいる皆さん、それにハンターの皆さんに、学院でともに学んでいる皆……産んでくれた両親や、記憶を失うまで育んでくれた家族や仲間たちも同様です。だから、そんな皆さんに恩返しがしたいと思っているんです、ずっと」
――知識を活かすという形で。
「ファナ……。母や、部族の皆とは、逢いたくないのか?」
ユーリィがやや大きな声で尋ねると、
「ぼくはまだ、幼いし、もっとみんなの役に立てればと思うんです。その為には、まだなにも出来ない」
ファナはそう言って首をふるふると横に振る。僅かに身体が小刻みに震えているのは、きっと色々な出来事がいっぺんに降りかかり、自分自身を上手くコントロール出来ていないからだろう。
「ユーリィさん、無理に話を進めると、ファナさんの精神的な負担になります。どうか落ち着いて」
ファナの変化に気付いたエルバッハがそう間に入った。
「そうですよぅ? 人の話を聞かないで同じ血脈だからと言うだけの理由で、意見を押しつける今のあなたは、さっき写真を撮っていた時の私と同じくらい醜悪なんですけどぉ、どう思いますぅ? それに、思い出すのにも負担はかかるんですぅ。その衝撃、負担に耐えられるまでは自己防衛の本能がはたらいて、記憶が戻らない場合もあるんですよぅ。それをフォロー出来る医師のいない環境に無理に連れていくのは、お勧め出来ません~」
ハナも、先ほどまでのきゃぴきゃぴとは打って変わった絶対零度の声で、そう言ってみせる。いっぽう、ガラークはあえてユーリィには声をかけず、しゃがんで目線を合わせてから、ファナの手を軽く握ってやった。
「……確かに、覚えはないかも知れない。それでも彼が兄だと言うことに間違いはなく、今の発言などもお前を想うからこそだ」
――生きていてくれて嬉しい。
――また喪うことのないよう、目の届くところにいて欲しい。
それは家族として当たり前の感情なのだろう。ガラークも、実妹には同じように思っていたのだから。もっともガラークの場合はハンターとして飛び回る兄妹であるからして、仲良く同居はなかなか難しいのかも知れないが。
「だから……そうだな。今すぐでなくてもいい。もう少し気持ちの整理がついてからでも、一度、キジャン族の集落に行ってみるのはどうだろうか」
言われて、ファナもユーリィも、はっと目を見開く。
無理矢理に連れて行こうとするのが良くないのだ。本人が行きたいと思った時、本人のなかで整理がついた時、それからならきっと精神的な負担も少ないし、むしろ、失った記憶を呼び戻す刺激のひとつになり得るかも知れない。
「そう……だな。俺も、気持ちが逸りすぎた。本人の気持ちを汲んで、それを実行すべきなんだな……すまない」
ユーリィの声に、落ち着きが戻っている。
「それに、たしかにそこの青年の言うとおり、補佐をしてもらう上で外の世界の知識というのは大事だろう。そう思えば、納得も行く」
「そうですよぅ? 族長は気を見るために耐えるというのもお仕事だと思うんですぅ。まさに今、それを学ばれては如何でしょぉ?」
ハナの声もまたきゃぴきゃぴではないが、絶対零度でもない。提案を出す時の、真面目な言葉。
「そうですね。少し紅茶を飲んで落ち着いて、それで最善を考えましょう」
エルバッハが、二杯目の紅茶を注いでくれた。
●
結果として、ファナの状態が落ち着くまでユーリィは待つ、という結論に達した。と言っても部族の長である彼はいつまでもリゼリオに逗留するわけにもいかない。何か変化があれば連絡してくれればいいと言われた。
そして、最後にユーリィは小さなペンダントを取り出す。
「これは、俺と母さんの二人で作った、まあ魔除けのようなものだな。土産にと思って持ってきたんだが」
革紐にくくりつけられたペンダントヘッドは鹿の角に細かな彫り物をしたものだった。ファナが生きているという情報がきっと余程嬉しかったのだろう、当人のみならず、見ているだけで活力が沸いてくる気がする。
それを受け取ると、ファナははにかむように頷いた。
「ありがとう……『兄さん』」
別にはっきりと思い出したわけではなかろう。しかし彼の口からしぜんと零れた『兄』という単語は、ユーリィを元気づける何よりの薬だったに違いない。兄は嬉しそうに、こっくりと頷いた。
「……なんだかんだ言って、いい兄貴なんだな」
「そうですね。まっすぐすぎるだけで」
「しかもなかなかのイケメンだったのですぅ。今すぐには無理でも、きっとふたりがもっとわかり合えるといいと思うのですよぅ」
ハンターたちも口々にいい、そして口元がしぜんとほころぶ。
いつか、この絆がもっと強固になる日が来れば。
それはきっと、キジャン族にとって、ユーリィにとって、ファナにとって、喜ばしい日なのだろう。
それを信じて、ハンターたちはリゼリオを足早に去って行くユーリィの後ろ姿を見送るのだった。
依頼の情報に、目をきらっきらさせながら飛びついたのは星野 ハナ(ka5852)だった。もともとぶりっこ気味の彼女ではあるのだが、ファナの情報を聞いていたく興奮している。というのも――
「男の娘に会えるなんてとんでもないご褒美ですよぅ。ごっつい男の人になる前、声変わり前の一瞬の究極美、それが男の娘なんですからぁ! は―、すごいですぅ、尊いですぅ!」
確かに、ファナは線も細く、中性的な愛らしい顔立ちをしている。しかしここまで興奮しているのは、リアルブルーの『男の娘』文化の影響だろう。
「とりあえずは諸々情報が必要やろ。ゲルタにも確認しておくべきことがありそうだしな……」
冷静にそう呟いたのはガラーク・ジラント(ka2176)、先だって行方知れずになっていた妹と再会を果たしたという元軍人だ。恐らくユーリィの気持ちは、彼が一番共感出来るに違いない。
「ですね。キジャン族という部族の知識なども、事前にもって置いた方がいいでしょう。少し余裕もあるみたいですし、急ぎましょうか」
エルバッハ・リオン(ka2434)も、それに共感して頷く。ハナはその間、ファナからも情報を得る必要があるだろうと、残ることになった。
●
――要塞都市。
「お久しぶりです、ゲルタさん」
ゲルタと面識のあるエルバッハは、そう言って丁寧に頭を下げた。元軍人のガラークも、こういう時の礼儀はわきまえているからきちんと頭を下げる。
「キジャン族、という部族と、ファナ少年について伺いたいが、いいだろうか?」
「ああ……今回のハンターさんたちね。ありがとう。私もまだ混乱はあるけれど、知っている限りの情報は教えるわ」
ガラークの丁寧な問いに、是、と首を縦に振るゲルタ。
「キジャン族は、もともと中規模の部族で……辺境の何カ所かにコロニー、拠点を作って、数ヶ月ごとに拠点を変えることで暮らしている部族、ね。定住と移動生活との中間くらいになるのかしら、辺境でもそういう生活をしているのはそう多くはないわね。トーテムは鹿だったかな……移動したりすることも多いせいか、あまり情報の多くない部族ではあるの」
ゲルタはそう説明する。
「そしてその拠点にいた時に、歪虚の襲撃を受けた?」
エルバッハが問う。
「そうみたいね。あと、この前の話で判ったんだけれど、キジャン族は以前に風土病で壊滅の危機にさらされたことがあるらしくてね。それ以降、成人の儀を行うまでは異性装をさせるという習慣があるらしいわ。定住に踏み切れなかったのも風土病のことがあるみたい」
細かにメモを取っているエルバッハ、考え込んでいるガラーク。
「ファナが保護されていた時の服装などは判るのか?」
「厳密には保護したのはキャラバンの人たちだけど、その時点ではかなりボロボロでは在ったけれど、少女と思われる服装だったみたい。一応預かっているけど」
ガラークの言葉に、ゲルタが持ってきたのはあちこちが破けて埃にまみれた、確かに少女の服装らしきものだった。
「日常生活を送るのに不便のない、けれど自分のことだけをすっぽり忘れてしまっていてね。それでも異性装だとはなんとなく判っていたからかな、そう言った身の回りのことははじめから自分でするし、本人も性別についてわざわざいうものじゃないし、だから女の子と思い込んでいたのよねぇ……可愛かった、と言うのもあるけれど」
ゲルタは苦笑した。
なるほど、おおよその状況は理解出来た。ゲルタも早とちりが過ぎると言えばそうなのだが。
「ありがとうございました」
「いい結果が出るよう、頑張ります」
二人は頭を下げると、リゼリオに向かった。
●
一方その頃。
ハナはファナを見て、なるほど、と思わず頷いていた。
第二次性徴期を迎えるほどの年齢でありながら、たしかに線の細いファナは少年というより少女というイメージの方が沸きやすい。今もカッターシャツにふわっとしたキュロットパンツという副葬な上、長い髪を後ろに緩く束ねただけの状態である。性別を間違われてもしょうがないだろう。
(たしかにこれなら将来美形になりそうなのですぅ……)
そう思っていると、ファナに声をかけられた。少し困ったような、下がり眉で。
「ええと、ぼくはどうしたら……」
「今、仲間のハンターが大急ぎでゲルタさんと会ってるはずですぅ。大丈夫ですよぅ、ファナさんはファナさんで、ちゃんと自分の意見を持って下さいねぇ?」
ハナはそう言ってにっこり笑う。折良く仲間たちとの合流も出来そうと言うことで、満面の笑みだった。
●
さて、翌日――
「ファナさん~、今日の記念に一緒に写真を撮ってもいいですぅ?」
無事にハンターたちが合流し、お互い情報を確認しあったのち。
エルバッハが間に入って、いきなり話を持ちかけようとしていたユーリィをなんとか説得し、時間と場所を改めて指定しての対談となる。会話の内容など、音の漏れにくいところを、と頼み、応接室を借りることとなった。
そして今、その応接室では、すっかり興奮した様子のハナが、きゃぴきゃぴと嬉しそうにファナを見守っていた。魔導カメラを片手に。
「男の娘として美人に見える、ってことはぁ、容姿がすごく整ってるってことなのでぇ、将来超絶美形になる可能性が高いんですぅ! テンション上がるに決まってるじゃないですかぁ、やーんかわいーかわいー!」
ファナはおろおろとしていたが、これもハナの作戦の一つ、だったりする。無論本人の趣味も多分にあるが。
他人の迷惑を考えない押しつけがどのくらい醜悪に見えるものなのか、と言うことを兄であるユーリィの前で見せつける。事前に本人に言わなかったのは、こういう状況はむしろアドリブ性が高い方がいいからだ。
そう、今はユーリィ・キジャンとファナ、そしてハンターたちという席を設けてもらい、そこで話し合うことになっている。その場で『押しつけがましい行為の醜さ』を実践した時、ユーリィがどう出るか――これもユーリィという人物に対する判断材料になるはずだった。
さて、ユーリィ・キジャン――ファナの兄を名乗る青年は、ハンターがファナとともにいることに不思議そうな顔をしたが、学院の手伝いをハンターがしていることもままあると聞いて、なるほど、と彼も納得したらしい。ユーリィ自身も以前ハンターの世話になったことがあるし、たしかに状況としてハンターに助力を仰ぐというのはままあることとは聞いているからだ。
「改めて挨拶させてもらう。キジャン族の族長を務めている、ユーリィ・キジャンだ。よろしく頼む」
そう言う声は僅かにこわばっている。リゼリオに来るのも初めてと言うことだし、こういう状況にはやはり慣れていないのだろう。
「これは心ばかりのものですが」
エルバッハが持ってきたのは淹れたての紅茶とクッキー。会話を和やかにするためにも、こういう小道具は必要だ。
基本的には話に口を無理に挟まないつもりでいるらしい。確かに家族の問題に無理に首を突っ込むのは、あまり褒められたことではないだろうから、その考えは悪くないだろう。
改めてユーリィとファナの顔を見比べる。なるほど、たしかにユーリィは目の色や鼻筋など、ファナが成長したらこうなるのではと思わせる、血縁ならではの面影を宿していた。
「……突然兄だと言われても、記憶が曖昧な今のお前には信じがたいだろう。でも、俺はお前の生存を信じていたし、キジャンの皆も同様だ。……生きていてくれたのも、祖霊の加護かも知れないな」
ユーリィはそう、感慨深げに言って微笑む。ファナは申し訳なさそうに小さく首をすくめた。覚えていないことを、恥じているのかも知れない。
ユーリィという人物は悪い人間ではない。ただ、まっすぐすぎるのだろうと思われた。ガラークはその様子を確認してから、ユーリィに話しかけてみる。
「……俺も、同胞が死にゆく中で妹と生き別れ……そしてずっと探していた。故に、気持ちはそれなりに判っている、と思う」
だからこそ、と彼は続ける。
「このままファナをこの学院で学ばせてやれないだろうか? この学舎は、リアルブルー出身の院長により、世界全体の架け橋になるべくカリキュラムを組まれていると聞いている……つまり、あらゆる知識が集まってくる場だ、と言うことだ」
そう。
ファナも、できることならこの学校でもっと学びたいと思っている。まだホープにいた頃、ゲルタのもとで手伝いをしていた時に生来の知的好奇心を擽られ、そして学院への道を開いてもらった。
その扱いに感謝するのはもちろんのことだし、学ぶうちにもっともっとと思っていたのも事実だ。
「ゲルタさんは軍医ですし、その手伝いとしても学問をもっとと思うのも、ある意味では自然なことかもしれませんね」
エルバッハも後押しする。
「ゲルタから聞いたが、部族の生活に変革をと考えているとか。もしそうなら、知識というのはなににも代えがたい宝だろう。無理に連れ帰ってしまうよりも、学んだことを長の弟として補佐してもらい、部族のために活かせる日が来るかも知れないぞ?」
ガラークの言葉に、ハナもうんうんと頷く。
「……ファナは、ファナ自身の言葉で教えてくれないか? お前の今の生活を」
ユーリィに言われ、ファナは首を軽くかしげた。そしてぽつぽつ、と話し始める。
「……ぼくは、ここに来るまでたくさんの人の世話になってきました。ゲルタさんや、ホープにいる皆さん、それにハンターの皆さんに、学院でともに学んでいる皆……産んでくれた両親や、記憶を失うまで育んでくれた家族や仲間たちも同様です。だから、そんな皆さんに恩返しがしたいと思っているんです、ずっと」
――知識を活かすという形で。
「ファナ……。母や、部族の皆とは、逢いたくないのか?」
ユーリィがやや大きな声で尋ねると、
「ぼくはまだ、幼いし、もっとみんなの役に立てればと思うんです。その為には、まだなにも出来ない」
ファナはそう言って首をふるふると横に振る。僅かに身体が小刻みに震えているのは、きっと色々な出来事がいっぺんに降りかかり、自分自身を上手くコントロール出来ていないからだろう。
「ユーリィさん、無理に話を進めると、ファナさんの精神的な負担になります。どうか落ち着いて」
ファナの変化に気付いたエルバッハがそう間に入った。
「そうですよぅ? 人の話を聞かないで同じ血脈だからと言うだけの理由で、意見を押しつける今のあなたは、さっき写真を撮っていた時の私と同じくらい醜悪なんですけどぉ、どう思いますぅ? それに、思い出すのにも負担はかかるんですぅ。その衝撃、負担に耐えられるまでは自己防衛の本能がはたらいて、記憶が戻らない場合もあるんですよぅ。それをフォロー出来る医師のいない環境に無理に連れていくのは、お勧め出来ません~」
ハナも、先ほどまでのきゃぴきゃぴとは打って変わった絶対零度の声で、そう言ってみせる。いっぽう、ガラークはあえてユーリィには声をかけず、しゃがんで目線を合わせてから、ファナの手を軽く握ってやった。
「……確かに、覚えはないかも知れない。それでも彼が兄だと言うことに間違いはなく、今の発言などもお前を想うからこそだ」
――生きていてくれて嬉しい。
――また喪うことのないよう、目の届くところにいて欲しい。
それは家族として当たり前の感情なのだろう。ガラークも、実妹には同じように思っていたのだから。もっともガラークの場合はハンターとして飛び回る兄妹であるからして、仲良く同居はなかなか難しいのかも知れないが。
「だから……そうだな。今すぐでなくてもいい。もう少し気持ちの整理がついてからでも、一度、キジャン族の集落に行ってみるのはどうだろうか」
言われて、ファナもユーリィも、はっと目を見開く。
無理矢理に連れて行こうとするのが良くないのだ。本人が行きたいと思った時、本人のなかで整理がついた時、それからならきっと精神的な負担も少ないし、むしろ、失った記憶を呼び戻す刺激のひとつになり得るかも知れない。
「そう……だな。俺も、気持ちが逸りすぎた。本人の気持ちを汲んで、それを実行すべきなんだな……すまない」
ユーリィの声に、落ち着きが戻っている。
「それに、たしかにそこの青年の言うとおり、補佐をしてもらう上で外の世界の知識というのは大事だろう。そう思えば、納得も行く」
「そうですよぅ? 族長は気を見るために耐えるというのもお仕事だと思うんですぅ。まさに今、それを学ばれては如何でしょぉ?」
ハナの声もまたきゃぴきゃぴではないが、絶対零度でもない。提案を出す時の、真面目な言葉。
「そうですね。少し紅茶を飲んで落ち着いて、それで最善を考えましょう」
エルバッハが、二杯目の紅茶を注いでくれた。
●
結果として、ファナの状態が落ち着くまでユーリィは待つ、という結論に達した。と言っても部族の長である彼はいつまでもリゼリオに逗留するわけにもいかない。何か変化があれば連絡してくれればいいと言われた。
そして、最後にユーリィは小さなペンダントを取り出す。
「これは、俺と母さんの二人で作った、まあ魔除けのようなものだな。土産にと思って持ってきたんだが」
革紐にくくりつけられたペンダントヘッドは鹿の角に細かな彫り物をしたものだった。ファナが生きているという情報がきっと余程嬉しかったのだろう、当人のみならず、見ているだけで活力が沸いてくる気がする。
それを受け取ると、ファナははにかむように頷いた。
「ありがとう……『兄さん』」
別にはっきりと思い出したわけではなかろう。しかし彼の口からしぜんと零れた『兄』という単語は、ユーリィを元気づける何よりの薬だったに違いない。兄は嬉しそうに、こっくりと頷いた。
「……なんだかんだ言って、いい兄貴なんだな」
「そうですね。まっすぐすぎるだけで」
「しかもなかなかのイケメンだったのですぅ。今すぐには無理でも、きっとふたりがもっとわかり合えるといいと思うのですよぅ」
ハンターたちも口々にいい、そして口元がしぜんとほころぶ。
いつか、この絆がもっと強固になる日が来れば。
それはきっと、キジャン族にとって、ユーリィにとって、ファナにとって、喜ばしい日なのだろう。
それを信じて、ハンターたちはリゼリオを足早に去って行くユーリィの後ろ姿を見送るのだった。
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相談卓 エルバッハ・リオン(ka2434) エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/09/26 23:45:08 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/09/26 21:09:12 |