• 転臨

【転臨】【空の研究】愚者の風壁

マスター:紺堂 カヤ

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
6~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/10/20 09:00
完成日
2017/10/30 00:34

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 爽やかな秋の風が、カラフルな三角旗をぱたぱたと翻させていた。
 金槌を打ち下ろす音、大鍋からただよう料理のにおい、走り回る人々の浮き立った笑顔。
「おーい、そっち木材足りてるかぁ?」
「誰かここ押さえててくれー!」
 飛び交う声には活気がある。
 弱小貴族ヒューゴ・レンダックの領地では、初めての収穫祭の準備が行われていた。収穫の終った農地を会場にしてテントを建て、飾り付けをし、様々な料理をふるまったり音楽を奏でたり、となかなか盛大な祭りになりそうだった。
 荒れ地だらけだった領地の整備と作付を行ったのが今年の夏。畑にはまだまだ「これから収穫」という作物が多いが、あまり寒くならないうちに、と収穫祭の開催を決めた。これからの収穫作業を頑張るための景気づけの意味合いもある。
 領地から離れていた人々も、少しずつではあるが戻ってきてくれていた。頼りないなりに「なんとかしなくちゃ」と行動を起こしたヒューゴとしては、それが何よりも嬉しい。
「ヒューゴ様、この樽はどこに運びますか?」
「えーっと、それは……、あ、第三会場だね」
 ヒューゴは領地の地図を確認して指示を出した。ヒューゴの領地の農地には、「広大」と呼べるものがない。そのため「楽団はここ」「料理はここ」というように会場をいくつかに分け、好きなところを巡ってもらう形を取ったのである。比較的広さのある農地を「メイン会場」としている。
「お兄さま、準備の進み具合はいかがですか?」
 ヒューゴの妹・アーニャも、収穫祭の準備を手伝っていた。力仕事に向かない彼女は主に、帳簿の管理や物品の手配などにあたっていた。
「うん、順調だよ」
「ご招待なさった方々は?」
 アーニャが進行表を確認しながら問いかける。ヒューゴは収穫祭に、これまで世話になった人々を招待していた。
「空の研究所の皆さんだね。そろそろ到着すると思うよ。カリムさんは辞退の連絡があったから、招待客はこの方々だけだ」
「そうですか。ルッツバード氏が来られないのは残念ですわね」
 カリム・ルッツバードは王国の有力貴族で、ヒューゴは何かと彼に助けられている。たまにはお礼をしたいと思っていたのだが、欠席の連絡があった。あまり表に姿を現さない人物なのである。
「では、わたくしは一度お屋敷に戻りますわね。招待客の皆さまは、会場へ入られる前にお屋敷でおもてなし致しますわ」
「うん、よろしくね、アーニャ」
 兄であるヒューゴの何倍も頼りがいのあるアーニャを見送って、ヒューゴは自分の仕事に向き直った。と、そのときに。

ズオオオオオァアアアアア……

 大気が、妙な、不穏な、ざわめき方をした。
 ヒューゴが、なんだろう、黒く揺らぐ空間を凝視した、次の瞬間に。
「わあああああ!!」
「きゃあああああ!!!」
 設営途中だったテントもろとも、数名の領民がふっとんでいった。
 なんだろう、の答えは出ぬままだったが、ヒューゴは叫んだ。
「走って逃げて!! すぐに!! レンダックの屋敷へ!!」



 和気藹々と祭りを楽しみにしつつレンダックの領内へ入ったアメリア・マティーナ(kz0179)とハンターたちは、レンダック邸まであと少し、というところまで来ていた。だが、のどかだった雰囲気が一気に慌しく、それも多分に恐怖を含んだものとなったがゆえに、全員の顔に緊張が走る。
「ただ事ではなさそうですねーえ」
 アメリアはハンターたちとうなずきあうと、一も二もなく、人々の流れに逆行して騒動の渦中へと急いだ。
 そこに、待ち受けていたのは。
 圧倒的なる、負の力。
 絶対的なる、闇の姿。
 それはいっそ、気高さすら感じてしまうような。
 ──歪虚、メフィスト。
「私が探している人物とは違う者らが現れましたね。まあ、よい。お前たちも邪魔者の匂いしかしません」
 負の気配には不釣合いなはずの、奇妙な優美さ。
 アメリアたちは、ソレに視線を奪われたのちに。ソレと自分たちの間に横たわるひとつの身体に気がついた。
「ヒューゴさん!!」
 アメリアが駆け寄り、抱き起こしたときには、もう、ヒューゴ・レンダックは、こときれていた。おそらく、領民が避難するための時間を稼ごうとしたのだろう。何の対抗力も持たぬのに、正面から立ち向かったのに違いなかった。
「その男は実に愚かであった」
 怜悧な声がふりそそいだ。
「私の前に立ちはだかるものですから、どんな強大な力を持っているかと思えば、そのあたりの人間以下の無力さ。この男を殺すのは、ハエを追い払うよりもたやすいことでした。この程度の力で、何を守ろうとしたものやら」
 憤りを煽るようなメフィストの物言いに、ハンターの何名かが気色ばむ。しかし、アメリアはそれに対してひどく冷静な声を出した。
「そうですねーえ。確かに、愚かです」
 黒いローブのフードを目深にかぶったアメリアの表情をうかがい知ることはできない。
「己の力量以上のことに、勝算がないとわかっていてもなお、挑んだ彼は愚か者でしかありません。……しかし。彼を愚かだと笑うことができるのは、彼の覚悟を知る者だけです。それを踏みにじったお前に、その資格はない!」
 アメリアの語気が強められた。彼女がこれほどに声を荒げたことはいまだかつてない。メフィストは、口元を歪めて鼻で笑った。
「その覚悟とやらこそが、愚かしい」
「ええ、そうでしょうねーえ。ならば。私も彼と同じく愚か者です」
 アメリアは、ヒューゴの遺体を脇に横たえて立ち上がった。背後では、まだ領民たちが逃げ惑っている。安全といえる範囲へ逃げおおせるには、もう少し時間を稼ぐ必要があった。アメリアは、メフィストに対峙した。これが話に聞くメフィストか、と感慨にふけるだけの他人行儀さはとうに吹き飛んでいる。
「お前は、その愚か者に倒されるのです」
 アメリアは、自分の前に立つのが敵だけであることを確認してから、くるりとメフィストに背を向けた。そして、両手を高く挙げると、滑らかな詠唱を始めた。

リプレイ本文

 もう二度と、動くことのない腕。開けられることのない瞼。
 ヒューゴ・レンダックの亡骸は、彼が愛した領地の土の上に、土と同じ温度で、横たわっていた。ここで収穫された作物を、口にすることのないままに。
「ヒューゴさんに何てことを」
 マチルダ・スカルラッティ(ka4172)が唇を震わせる。ヒューゴの命を奪われたことに憤りを隠せないのは彼女だけではなかった。ミカ・コバライネン(ka0340)はヒューゴを一瞥すると、脳裏にこびりついた己の過去……LH044の惨劇を蘇えらせ、怒りに血が湧きあがるのを感じていた。しかし。
(違う、今必要なのはそれじゃない)
 カッとなりかけた頭が冷えてゆく。けれど目の前では、文字列が騒いでいた。怒りを覚醒として燃やすミカの内心を代弁するように、鞍馬 真(ka5819)が低く呟いた。
「……悼むのは、こいつを退けた後だ」
 禍々しさを惜しげもなく放つ、強大な敵を真っ直ぐに睨む。
 ヒューゴを亡き者にしたのは、他でもない、そいつだ。
 ──傲慢なる、メフィスト。
 アメリア・マティーナ(kz0179)はすでに、迷うことなくメフィストに背を向けて詠唱を始めている。それは、その背を任せられる者がいるとわかっていての行動だ。その信頼を正しく汲み取って、ハンターたちはアメリアの背中を預かり、彼女とは反対の方向を睨む。すなわち。メフィストの方を。
「つまり愚か者が揃いも揃っていると」
 メフィストが昂然と顎を上げる。その傍らには杖を構えた人型の歪虚が、目の前には炎の鬣を持つ馬の歪虚が、いつの間にか立ち並んでいた。その配列は、メフィストを主軸にしてしっかりと対称になっている。こうした「装い」を整えることすらできるのだ、という余裕と傲慢さが透けて見えた。
「そう。我らは愚か者。故に。抗い、戦い、傷付き、そして掴み取るのだ。あり得べかざる勝利を」
 雨を告げる鳥(ka6258)が宣言した。マチルダとふたり、アメリアの背中をまっすぐ庇う位置に陣取る。
「笑止!」
 鳥の勝利宣言に、メフィストが短く吐き捨てる。そしてハンターたちが構えを取るよりも早く、三頭の馬がアメリアめがけて駆け出した。アメリアの魔法はまだ、完成していない。
「させません!」
 鳥とマチルダから見て2時の方向に立っていたアシェ-ル(ka2983)が、氷凍榴弾で馬に攻撃をする。しかし、突進してきた馬は万歳丸(ka5665)と鳳城 錬介(ka6053)のすぐ目の前に迫っていた。巻き込みを考慮して範囲を調節したがゆえに、三頭のうち一頭にしか攻撃を届けられず、さらにその一頭にも避けられてしまった。
「ちぃっ」
 アシェールとは反対側から先手必勝にて素早く前に出た真も、馬の素早い動きに合わせられずに攻撃を空振りさせた。馬は一瞬ののちに真の後ろにいる。
「上等じゃねぇかァ! そっちは任せるぜ、アメリア!」
 敵だけに前進を許すものかと言わんばかりに、万歳丸が青龍翔咬波で眼前に迫った馬と……、その延長線上に君臨するメフィストを攻撃した。
 ブエエエエ、と嘶いて、馬は黒い霧と共に消滅した。メフィストは片手で空を撫でるような仕草だけで万歳丸の攻撃をいなす。ケッ、と万歳丸はメフィストを睨んだ。
「マチルダさん、レインさん!」
 万歳丸の攻撃を見て、馬はとにかく当たりさえすればすぐ消滅させられる相手だとわかり、アシェールは背後のふたりに声をかけた。どんなに素早い相手だろうと、逃げられないように攻撃をするすべはある。アンチボディも使用した。勝利宣言を滑稽と言われても、引く気などありはしない。
「防御型魔術師の真髄、見せてあげます!」
 鳥の氷の棺、マチルダのダブルキャストでのGlacies Prisma、アシェールの氷凍榴弾が、同時に放たれる。のこりの馬二頭はなすすべなくそれらに飲み込まれて消滅した。いささかオーバーキルのきらいもあるほど圧倒的だった。
「ごめん、範囲の調節はしたんだけど」
「心配いりませんよ」
 手狭な農地での戦いである。仲間を巻き込んでしまったのではないかとマチルダが焦った声を出す。涼しい声で応じた錬介は、真や万歳丸へ順番にアンチボディをかけ、防御強化と回復に重点を置いて視野を広く取っていた。そんな彼が、顔を背後にむける。空気が、動いた気がした。
 上から、下へ。いや、下から、上か。
 ざああっ、となめらかな音を立てて、風が流れた。色はない。ただ少し、空気が揺らいで見えるだけだ。しかし、その揺らぎはつまり、透明な壁……、風壁が完成したことを示していた。
「皆さん、頼みますよーお」
 メフィストの視線を背中に浴びながら、アメリアは喉の奥から声を絞るように出し、がくりと膝をついた。



「どうなのそっちの『右腕』さん。まさか主の右側にいるだけが能じゃないでしょうね?」
 アシェールたちが馬へ一斉に攻撃をかけたのとほぼ同時に。カーミン・S・フィールズ(ka1559)はメフィストの右側に立つ、杖持ちの歪虚に挑発をかけていた。フェリメントに矢を三本つがえながら、カーミンは思う。ノブレス・オブ・リージュなんて嫌いだ、と。そんなものは、搾取の言い訳だと思っていた。それが今も誰かを殺し、誰かの命を危険に晒す。
「……大嫌いよ」
 菖蒲を使用し、矢を放つ。中央で戦う仲間への攻撃をさせぬためであるのと同時に、相手が懲罰の力を持っているのではないかと疑っての攻撃だった。
 はたして、杖を持った歪虚は平然とカーミンの攻撃を受け、こともなげに返して見せた。カーミンはすかさずカランコエの弾幕でそれを防ぐ。馬への対処について自分の力はすでに不要とみた真が、魔導剣でサポートし、ミカもそこに加わる。
「あの杖、なかなかだな」
「ええ。懲罰を予想しての攻撃だったけど、それにしたってちょっと焦ったわ」
「生命力も侮れないものを持っていそうだな……、これはしんどいぞ」
 真とカーミン、ミカが頷き合う。カーミンは振り返ることなく、後ろに横たわっているはずのヒューゴを思った。彼の覚悟に胸を突かれたのは確かだ。だが彼には妹がいる。自分と同じ天涯孤独になる彼女を想うと、胸を割られた。ヒューゴの覚悟は認める。しかし、遺された者の痛みを知る身としては、到底許容できるものではない。
「……許さないわ?」
 そのセリフは、ヒューゴに向けられたものでもあった。けれどカーミンは、振り返ることのないまま、真っ直ぐ敵を見据えて、言い放ったのだった。



 馬三頭を早々に屠り、メフィストへの道が、すっきりと開いた。強敵であるという威圧感は、取り巻きが減るに反比例して増す。その威圧感に素直に怖気づいてやろうという者は、ここにはいない。
「てめェは俺が直々に相手してやらァ、めふぃすと!」
 万歳丸が宣言して、真っ直ぐ突っ込もうとしたそのときに。
 ドドド、と地鳴りのような音と振動があり、ガラガラと瓦礫が降ってきた。
「何!?」
 マチルダが咄嗟に盾で身を守りつつ周囲を窺う。土煙が、もうもうと視界を奪っていた。 飛んできた瓦礫の正体はレンガ。杖を持つ歪虚が、衝撃波で家屋の壁を吹っ飛ばしたのである。およそ三分の一のレンガが飛び、残りのレンガも壁の形を保つことはできず崩れ落ちた。
「あわわわわ!」
 何が起きたのかを把握するより先に、アシェールは体のあちこちにレンガを浴びた。アンチボディが効いているため、この程度は何でもない。すぐに身を起こすことができたが。
「やられました、家屋を吹っ飛ばされ、っ!?」
 身を起こした直後、衝撃波が今度は彼女自身を吹っ飛ばした。
「っと! やってくれますね」
 吹っ飛ばされてきたアシェールを錬介が受けとめ、すかさず回復を施す。そうしながら、風壁の方向へ声をかけた。
「そちらは大丈夫ですか!? アメリアさんは!?」
「無事だ、心配ない!」
 返ってきた声は、鳥のものだった。瓦礫からアメリアを庇うことはできなかったものの、すぐにヒールを施したらしい。マチルダは杖を持つ歪虚の居場所をつかむため、土煙のむこうに鋭く目を凝らした。
「そこ!」
 影を捉えてウィンドスラッシュを放つ。攻撃は確かに敵に届いた。しかし。
「うっ!!!」
 マチルダは懲罰にて打ち返された、自分の攻撃と同威力の魔法を盾に受けた。この一連の流れのおかげで、土煙の中の敵の位置が定かになる。万歳丸はひとり土煙を飛び出すと、予定通りメフィストに向かって攻撃を仕掛けるモーションに入る。だが実はそれに見せかけ、仲間を襲わんとしている、杖を持つ歪虚を片付けようとしていたのである。
(めふぃすとと、あいつが延長線上になるところへ……。多少の手抜きには気づかねェだろう)
 万歳丸は、メフィストと杖を持つ歪虚が一直線上に並ぶ位置へと回り込む。メフィストはその行動について一切の妨害をせず、泰然とたたずんでいた。
(避けれる、と思っていやがるな。狙い通りだ)
ぬるい一撃に見せかけ、青龍翔咬波で、と動いた万歳丸は、攻撃を避けられる以前に、メフィストの黒い影に引き寄せられ。
「なっ!?」
 そして投げ飛ばされた。マチルダや鳥が寄り添う、アメリアのすぐ近くへ、万歳丸の体が落とされる。受け身を取り、すぐに起き上がることは、できたが。
「ちぃっ!」
 避けられる以前に攻撃することができなかった万歳丸が歯噛みしてメフィストを睨む。歪虚の顔色など読み解きたくもないが、メフィストは表情を少しも変えていないように見えた。
「私以外をさっさと片付けて、私の攻略に集中しようと、そう思っていたか?」
 メフィストの声が、降り注いだ。ぐ、と数名の喉が鳴る。図星を突かれた。そう、まさしくそのとおりだ。
「……奢っては、いけません」
 掠れた声で、アメリアが言う。土埃と瓦礫の屑で白く汚れたローブの頭を、ゆるゆるともたげた。視線の先、風壁のむこうには、どんどん遠く小さくなってゆく人々の姿がかすかに見える。ああ、この分なら彼らは逃げられる、とそれだけは安堵をした。彼ら……、ヒューゴが身を挺して守った、領民たち。
「私たちは、傲慢を倒すのですよーお。私たち自身が、傲慢になってはいけない」
「ああ、そうだな」
 鳥が、アメリアの傍で頷いた。ハンターの誰一人として、油断をしたつもりの者はいない。それでも、僅かな気の緩みすら命取りになることをもう一度、思い出した。負けない、と思うことと、勝てる、と思ってしまうことは別のものだ。万歳丸が、拳を固めなおす。
「確実に、倒しましょう」
 アシェールが杖を持つ歪虚に向き直る。マチルダ、鳥も攻撃を重ねるために身構えた。
「反撃の隙を与えぬよう攻撃を畳み掛け続けるのだ」
「はい!」
 三人の後ろには、錬介がいつでも回復と攻撃補助ができるように控えており、それが何よりも心強かった。



 家屋倒壊の影響をさして受けなかったカーミンたちは、もう一体の杖を持つ歪虚に対峙していた。
(これだけ狭いとそういう被害も出るわよね)
 土煙に飲み込まれたアシェールや鳥たち、メフィストに投げ飛ばされた万歳丸を横目に、カーミンは範囲魔法被害を減らすことを考えた。結果、千日紅で移動し、至近距離で詰め寄っての攻撃を重ねる策に出る。ミカが攻性防壁で敵を弾き飛ばしつつダメージを与え、弾き飛ばされた先へカーミンが千日紅でその距離を詰めてさらにダメージを与える、という連携で反撃の隙を与えず畳み掛ける。
「拍子抜けね。出来損ない?」
 強気でそう微笑んでみせるカーミンだが、実際のところそう楽ではない攻防だった。ミカが攻撃しているうちに素早く回復をはかり、そして。
「カーミン!」
 攻性防壁を使い切ったミカが、呼んだ。とどめを刺せ、という意味だということはその言葉がなくともわかる。すでに前のめりになって崩れ落ちそうな歪虚の、そのど真ん中に、カーミンはもはや距離を詰めることなく矢を放った。
「おわりよ」
 その言葉が、歪虚の耳に届いたかどうかは、わからない。ただひとすじの黒い霧となって、それは消えた。
 カーミンとミカは細く息を吐く。そしてすぐにメフィストに視線を移した。安心している暇はない。
(あれが、ベリトだったメフィストなら、今持てる道具と技巧、すべてを活かして勝てるかどうか……。でも、こいつ、もしかして)
 カーミンは思考をフル回転させる。もしかして、という思いはあったけれど、戦闘の想定は「最悪の数値」にしておかなければならない。それもまた想定でしかない限り、結局は全力を尽くすだけだ。
 万歳丸が投げ飛ばされてすぐ、メフィストには真が攻撃をかけていた。こちらの狙いがバレようとなんだろうと、まだ取り巻きの排除が終わっていないとなれば、そのための攻撃に水を差されるわけにはいかない。何としても時間を稼ぐ必要があった。
「いつまでも余裕そうにしていると、足元をすくわれるのはそちらだぞ」
 先手必勝を使用しての二刀流。攻撃は確実に届いている。懲罰で返ってくる可能性も考えれば攻撃力を上げきった技を出すのも躊躇われるところだが、真はあくまで強気だった。
 受け切れるとみていたらしいメフィストは真の攻撃を避けることなく正面から受け止める。しかしその傲慢故に予想以上の重い一撃を受けて体を傾がせた。
「誰が! 誰の! 足元をすくうと言ったか?」
 メフィストは片腕で至近距離まで迫る真を振り払うと、そのまま腕を真の方へかざして、声に力をこめた。「強制」という力を。
『地に伏せていよ。二度と、起きるな』
 頭が、肩が、背中が、そして、心が。ぐ、と押さえつけられるような感覚。突然、重力が狂ってしまったかに思える、凄まじい圧力。
 振り払われ、地に倒れた真に、それは容赦なく襲い掛かった。
「ぐ……」
 真の喉が鳴った。鼻先が、唇が、地面を削って土が味覚と嗅覚を刺激した。
「お……お……」
 真は、その圧に逆らった。両手をしっか、と大地につける。ありったけの力と、曲がることのない意志。己の体を守る装具が、その意志を助けた。
「起きないわけ、ないだろう……!!」
 腹に詰まる内臓が引き剥がされそうな圧を、ぐぅい、と押し返して、真は、立ち上がって見せた。
「オレたちがァ! てめェのォ! 足元すくうって言ったんだよ蜘蛛野郎ォ!!」
 立ち上がった真の後ろから、万歳丸の拳がとんできた。



 ホーリーヴェールで、杖を持つ歪虚の衝撃波を受け止めた直後。錬介はハッと顔を上げてメフィストと、真の方へ鋭く視線を投げた。まさに真にむかって「強制」の力が使用された瞬間だった。助けに向かわなければ、とそちらへ動きかける。その前に、ちらりと敵を窺えば、絶え間なく氷の魔法を浴びせる三人の女性の、凛々しい視線が頷いていた。
「こちらは大丈夫です!」
「こいつ……、生命力、相当ありましたけど! 底なしってわけじゃないようですし!」
「そろそろ、片が付く」
 鳥がそう言ったまさしくその瞬間に、杖を持つ歪虚はしゅるりと消え失せた。錬介が頷き返して真の方へ歩を進めると。
「ああ、たいしたものです」
 真は自力で「強制」を跳ね除け、立ち上がって見せた。錬介はホッと胸を撫で下ろす。
 メフィストの両脇に控えていた歪虚は二体とも屠った。これで、あとは。
「あの蜘蛛を残すのみ、というわけですね」
 錬介は盾剣を構えた。攻撃の主軸を担っている万歳丸や真、そしてそこに加わっていくであろうミカとカーミンよりも前へ、最善へ出て守りつつ、回復支援をするつもりでいるのだ。すぐに勝ちを収められる相手ではないとわかっているがゆえであった。これならば長期にわたって攻撃力を維持することができる。
 アシェールも前進の行動にうつり、錬介とふたり、万歳丸のすぐ後ろにまでやってきた。攻撃が途切れる隙ができないよう、ミカがデルタレイを連発する。ミカの狙い通り、メフィストはうるさそうにその攻撃をいなしつつ、万歳丸の拳を警戒していた。
 錬介が、さらに前へ出るタイミングを窺っていた、そのとき。再び、メフィストは大きな、もったいぶった仕草で片腕を差し上げた。万歳丸の、目の前に。「強制」が来る、と錬介は身構える。万歳丸はにやりと笑って知的黄金律を発動させる。メフィストが、目を眇めた。悔しがっているのか、と一瞬そう思えるようなそんな仕草は、しかし。
「愚かなり」
 悔しさであるわけはなかった。嘲り、であった。万歳丸の目の前に掲げられた手は、一瞬でわずかに逸れ……、万歳丸のはるか後方を指し示した。
「! いけない、アメリアさん!」
 錬介がそう叫んだ声にかぶせるように、メフィストが重力を狂わせる言葉を吐いた。
『殺しあえ』
 その圧よりも、錬介の叫びが一瞬だけ早かったことが、ひとつの幸いを生んだ。鳥がアメリアの前に立ちふさがり、万象還流を発動させたのである。鳥の足元と、メフィストの足元に七芒星が輝いた。
「遥かなる大海。彼方にある蒼穹。万物の果てに導こう。天理に従い還流せよ」
 鳥の鋭いまなざしが、魔法に負けぬほどの不屈の輝きを持ってメフィストを見返した。この一手に関しては、メフィストの「強制」を警戒して対処を素早く果たした鳥の完全なる勝利であった。
「愚者が小賢しい!!」
「それはこっちのセリフだろぉが!! 目の前にこの万歳丸様がいるってのにヨソに攻撃する暇があると思ってたとはなァ!! さすがの傲慢ぶりだ!!」
 万歳丸の拳が、メフィストの顔面にまともに入った。大きく体勢を崩したメフィストに、真の剣戟が、カーミンの矢が浴びせられる。
「調子に乗るな、愚かなる人間どもが!!!!!」
 それらをうるさそうに振り払いながら身を起し、メフィストは黒い竜巻を巻き起こしてまとわりつく真やカーミンたちを一時的に遠ざける。彼らは無理に抵抗せず一度距離を置いた。その、代わりに。
「如何に強力な歪虚とはいえ、無制限に使えるとは思えません。根気比べなら負けませんから!」
 竜巻が小さくなるのを見計らって、アシェールがホーリーライトを打ち込む。カーミンたちはその間に各々回復を施した。息を切らせているミカと真、万歳丸には、錬介が回復をかける。メフィストを倒すためには持久力が必要だ。逐一体勢と体力を整えるこの布陣は、じりじりとメフィストを追い詰めていた。
 その戦いの様子を、ただ見ているしかなかったアメリアはようやく風壁の前に立ちあがった。ハンターたちが回復をかけ、攻撃から庇っていた甲斐あって、想定よりも早く立ち直ることができたのだった。
「足手まといになり、申し訳ありませんでしたねーえ」
「何言ってるの。アメリアさんの風壁がなければ、領地の人たちは逃げられなかったんだし」
 アメリアのセリフに、マチルダがきっぱり言い返す。鳥も、その通りだと頷いた。アメリアは少しだけ微笑んで、すぐ表情を引き締めると、懐から一振りのナイフを取り出した。
「三日月ナイフ」
 マチルダが呟くのに頷く。アメリアが所持する、唯一の刃であった。
「私はもう、大丈夫ですからねーえ。皆さん、メフィストの討伐に全力を上げてください」
「でも」
 マチルダが反論しようとしたのを、アメリアは手で制す。その手を、黙って後ろへ指し示した。そこには、ひょうひょうと風の音をさせ陽炎のように空気の揺らぎを作りながらそびえる風の壁があった。
「風壁も、いつまでもはもちません。そして、私の今の体力では、これをもう一度張ることは不可能なのですよーお。言っている意味が、わかりますよねーえ」
「……うん、わかった」
 マチルダが頷いた。この風壁があるうちに、メフィストを倒さなければならない。マチルダはメフィストにむかって駆け出した。しかし、鳥はアメリアの傍を離れない。
「私はあなたにも言っていたつもりなのですがねーえ。あなたほどの賢さで、わかってもらえぬはずはないと思いますが」
「ああ、理解はできた。しかし、だからこそ、私はここを離れるわけにはいかない」
「どういうことですかねーえ」
「アメリア・マティーナ。あなた自身が、先ほど言ったはずだ。我々は傲慢を倒すのであり、我々が傲慢になってはならない、と。その三日月ナイフ一本で、もう大丈夫、と言い切るのは傲慢ではないだろうか。私はそう思う。故に。私はあなたの傍であなたの盾となり続ける」
 ああ、とアメリアは嘆息した。そして鳥にむかって、お辞儀にも似た頷きを返した。
 風壁が、さらさらと澄んだ音をたてて、崩れようとしていた。



 アメリアが、立ち上がったのを、メフィストは視界に捉えていた。そして、マチルダがこちらへ駆けてくるのも、見えていた。目の前のハンターたちは、まるで蠅のように振り払っても振り払っても攻撃を仕掛けてくる。
「お前たちごときが! 私にどうこうできると!」
 口で言うほどの余裕は実はない。しかし自分に対してすらも、それを認めることができないのが、傲慢が傲慢たりえる証でもあった。メフィストは、最後の「強制」をかける。目の前で戦う者たちではなく、駆けてくる、マチルダにむかって。
『お前が殺すべきは、人間だ』
「っ!?」
 マチルダの、全身がずくん、と重くなった。がくり、と膝が落ち、腕がだらりと下げられる。
「……そんなっ……、命令になんてっ……」
 マチルダも、先ほどの真と同じく、自力で「強制」を跳ね除けようとした。しかし、それが想像していた以上にキツイものだということを、彼女は身をもって知る。自分の意志が、圧倒的な力で押し曲げられる。正常な思考が、吹き飛ぶ。瞳から光が、消えてゆく。
 そして。
 マチルダの右腕が、カーミンとミカに向けられた。詠唱が始まる。
「おお!?」
 ミカが身構えるのとほぼ同時に、錬介が飛び出した。素早くマチルダに駆け寄って、後ろから羽交い絞めのように抑え込む。ミカとカーミンも駆けつけて、それを手伝った。
「いけません、マチルダさん!」
 錬介はマチルダにサルヴェイションをかけにかかった。マチルダの瞳に光を取り戻さねばならない。真は、今更ながらにゾッとした。あれを自分にもかけられたのだ。口の中に、土の匂いが蘇える。
「脆いもの。脆くて、愚かなものです、人間は!!」
 もはや取り繕えぬほど劣勢だというのに、メフィストはそう叫ぶ。その正面には、再び、万歳丸だ。
「だからよォ! その愚かなものに倒されるだてめェはよォ!! 最初から言ってたじゃねえか、アメリアが!!」
 風壁の前に横たわる、ヒューゴ。漢を見せたじゃねェか、と万歳丸は胸中で呼びかける。彼の無念を、託されたつもりでいた。だから。
 全身から、マテリアルを金の炎にして吹き上げる。渾身の、神焔拳舞。これが、最後の一撃だと、万歳丸は決めた。周囲の目にも、それは明らかだった。これを今から叩き込まれる、メフィストの目にすら、もしかしたら。
「愚かな『ヒト』の一念、たんと味わいなァ……!!!」
 万歳丸の放つ光が弾け、メフィストをえぐった。ぶわりと周囲が波立って、黒き気焔が上がった。メフィストは、消えゆく最後の瞬間、アメリアを見た。アメリアも、メフィストを見据えていた。鞘を払われ、刀身を見せている三日月ナイフを、しっかと胸に押し当てて構えていた。そのナイフの、ひとすじの輝きが、メフィストが目にした最後のものだった。
「闇にその身を浸す歪虚メフィストが、最後に見たのが光とは、なかなかに痛烈な皮肉ですねーえ」
 アメリアのその呟きは、風に舞い上がって、すぐ近くにいた鳥の耳にすら入らなかった。
 そうして、メフィストは消えた。万歳丸の渾身の一撃を浴びて滅するその瞬間に、叫び声も、恨み言もなく、傲慢はつまり最後まで、傲慢であった。



 メフィストが滅したのと、風壁が消えたのはどちらが先だったのか、正確にはわからない。だが、とにかく、アメリアが来て以降の領民への被害はなく、近くにいた人々はすべて、逃げおおせることができたようだった。
 ひたすらに回復を手厚く対処していたおかげで、ハンターたちにも大きな怪我はない。大きな成果を上げたと、言って良かった。
 そう言って、良かったのだが。
 ヒューゴ・レンダックの死が、ハンターたちの胸に暗い影を落としていた。
「いやああああああああお兄さまぁああああああああああああああああ!!!!!!!!」
 邸宅から駆けつけてきた、妹・アーニャが亡骸に取りすがって泣き崩れた。綺麗なドレスが土に汚れるのも構わず。
 心臓が握りつぶされそうだ、とカーミンは胸の前で拳をつくる。さっきまでの戦闘で受けた痛みなど、これに比べたらなんでもないことだと思えた。
「……レンダック様の、御霊に」
 錬介が、祈る。マチルダも、鳥も、悲痛な顔でそれに倣った。真も黙祷を捧げながら、胸の内で思う。勇敢なる彼の魂に、安らぎのあらんことを、と。
 万歳丸は、メフィストを殴るためにかためていた拳を開いた。その手で、アーニャの背を叩こうと思った。けれど、アーニャの嘆きは、万歳丸の想像を絶するそれで、とても励ますことはできなかった。今はまだ、励ましなど酷に過ぎる。
 ミカがそっと、ヒューゴの顔を覗き込む。しん、と静かな顔だった。本当は、収穫祭の手土産のはずだった酒を、そっと差し出す。
「こんなの知らないだろ」
 微笑んで差し出したつもりが、上手くいかなかった。感情を押し殺せず、悔しさと悲しみを迸らせて、ミカはヒューゴに別れを告げる。
「持って行きな」
 アーニャの泣き声が、いつまでも響いていた。



 嘆きの中で、アメリアは空を仰ぐ。
 これだけでは、終わらない。
 そんな予感を、読みとっていた。

依頼結果

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MVP一覧

  • パティの相棒
    万歳丸ka5665
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介ka6053
  • 雨呼の蒼花
    雨を告げる鳥ka6258

重体一覧

参加者一覧


  • ミカ・コバライネン(ka0340
    人間(蒼)|31才|男性|機導師
  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズ(ka1559
    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • 東方帝の正室
    アシェ-ル(ka2983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 黎明の星明かり
    マチルダ・スカルラッティ(ka4172
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • パティの相棒
    万歳丸(ka5665
    鬼|17才|男性|格闘士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士
  • 雨呼の蒼花
    雨を告げる鳥(ka6258
    エルフ|14才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン アメリアさんに質問
マチルダ・スカルラッティ(ka4172
人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/10/18 07:43:54
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/10/16 21:08:36
アイコン 相談卓
カーミン・S・フィールズ(ka1559
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2017/10/20 00:16:55