ゲスト
(ka0000)
【界冥】welcome back ~夜~
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/10/30 22:00
- 完成日
- 2017/11/17 23:36
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
北方王国リグ・サンガマには、早くも冬が訪れていた。四方の大地は早くも雪と氷に閉ざされつつある。
今日も日中は小春日和と言った暖かな一日だったが、早々に陽が沈んでしまうとあっという間に粉雪が舞い始めた。
冷たく凛とした空気の中、龍園では神官や龍騎士達が忙しげに、いつ主が起床してもいいように後片付けと同時に準備を進める。
「おはようございます」
女官が寝所のある方向を見て低頭する。
一同もまた、こちらへやって来る巨大な影を認めると同時に手と足を止め頭を下げた。
先の大規模作戦にて、サルヴァトーレ・ロッソのサブエンジン――憑龍機関に接続され、エバーグリーンへ赴いていた六大龍の一角・青龍は帰還すると「少し休む」と言い残し結晶神殿の奥、寝所で身体を休めていた。
「お加減は如何ですか? 青龍様」
「ゆっくりお休みになれましたでしょうか?」
神官や女官が交互に声を掛けるのに鷹揚に頷き返しながら青龍は玉座へと座った。
「心配をかけた。変わりはなかったか?」
その一言に、最前列に居た龍騎士隊隊長・シャンカラ(kz0226)と、龍園ハンターオフィス代表・サヴィトゥール(kz0228)が、それぞれに顔をあげる。
「龍園は変わりなく。例年に比べて今年は暖かい程です」
「本日は青龍様ご帰還の祝う宴を一席設けさせていただいております」
「そうか。それは楽しみだな」
その後、各部署の神官達が一言二言報告を入れる。
報告に静かに耳を傾け、折々で頷き一言返しながら、青龍は強欲王の居なくなった初めての冬であることを実感する。
「それではまた準備が整いましたらご連絡に参ります」
「あぁ、楽しみにしている」
龍騎士達は神殿傍の広場へ、オフィス職員達は手配のためそれぞれ散っていく。
●
午前中から開かれていた宴は陽が沈んでからもなお続く。
昼の部は天気も良かったので外での開催だったが、夜ともなると流石に冷えるため、室内へとメイン会場を移す。
龍鉱石にリザードマン達がマテリアルを吹き込むと足元や壁、天井が薄ぼんやりと蒼白い色に包まれる。
龍人達には見慣れた光景だが、初めて目にするハンター達にとっては恐らく幻想的に見えるだろう。
また、寒さを凌ぐべく床暖房の調整を行い、龍鉱石を使った暖炉を灯す。
青龍が座る場にはカストゥス(北方に住まう巨大でもふもふな牛)の毛で作ったもふもふでふかふかな巨大なクッションをセッティング。
「酒は足りているか? 調理の方はどうなっている?」
「樽は予定通りの搬入を終えております」
「料理はいつでも提供可能です」
サヴィトゥールの言葉に周囲はキビキビと答えを返す。
「じゃあ、後はよろしくお願いするよ」
宴の準備に奔走する人々とはまったく違う空気を纏ったシャンカラがサヴィトゥールに声を掛けた。
「あぁ、こんな日だが宜しく頼む」
「おめでたい日だからこそ、若い子に楽しんで貰って、僕たちみたいなベテランが働かなきゃね」
シャンカラを始めとする龍騎士隊達の中でも古参のメンバー達が鷹揚に頷いて賛同を示す。
強欲王の脅威から解放されたとは言え、未だ強欲種を殲滅できた訳では無い。
シャンカラ達龍騎士隊のベテラン達は今日の宴を笑顔で終えるべく周囲警戒へと出向くのだ。
サヴィトゥールが外まで連れ添い飛び立つ飛龍を見送っていると、にわかに転移門辺りが騒がしさを増した。
夜の部に参加希望のハンター達が到着したらしい。
シャンカラや午前中に参加したハンター達から口コミで広がったらしく、結構な人数が待合所であるハンターオフィスへと移動していくのが見えた。
そのオフィスからリザードマンの1人がサヴィトゥールを見つけ駆け寄る。
「わかっている。こちらが片付いたらそちらへ行く。暫し待たせておけ」
リザードマンはほっとしたように目元を和らげて大きく頷くと再びオフィスへと戻っていく。
「……星が」
ふわりと周囲が明るくなり、サヴィトゥールが顔を上げれば、先ほどまであった暗い雲はどこかへと流れ去り、頭上には満天の星が広がっていた。
「……流石青龍様だ。この大地も空も青龍様のご帰還を祝って下さるようだな」
サヴィトゥールは満足げに夜空を見つめた後、ハンター達を迎えにオフィスへと向かったのだった。
北方王国リグ・サンガマには、早くも冬が訪れていた。四方の大地は早くも雪と氷に閉ざされつつある。
今日も日中は小春日和と言った暖かな一日だったが、早々に陽が沈んでしまうとあっという間に粉雪が舞い始めた。
冷たく凛とした空気の中、龍園では神官や龍騎士達が忙しげに、いつ主が起床してもいいように後片付けと同時に準備を進める。
「おはようございます」
女官が寝所のある方向を見て低頭する。
一同もまた、こちらへやって来る巨大な影を認めると同時に手と足を止め頭を下げた。
先の大規模作戦にて、サルヴァトーレ・ロッソのサブエンジン――憑龍機関に接続され、エバーグリーンへ赴いていた六大龍の一角・青龍は帰還すると「少し休む」と言い残し結晶神殿の奥、寝所で身体を休めていた。
「お加減は如何ですか? 青龍様」
「ゆっくりお休みになれましたでしょうか?」
神官や女官が交互に声を掛けるのに鷹揚に頷き返しながら青龍は玉座へと座った。
「心配をかけた。変わりはなかったか?」
その一言に、最前列に居た龍騎士隊隊長・シャンカラ(kz0226)と、龍園ハンターオフィス代表・サヴィトゥール(kz0228)が、それぞれに顔をあげる。
「龍園は変わりなく。例年に比べて今年は暖かい程です」
「本日は青龍様ご帰還の祝う宴を一席設けさせていただいております」
「そうか。それは楽しみだな」
その後、各部署の神官達が一言二言報告を入れる。
報告に静かに耳を傾け、折々で頷き一言返しながら、青龍は強欲王の居なくなった初めての冬であることを実感する。
「それではまた準備が整いましたらご連絡に参ります」
「あぁ、楽しみにしている」
龍騎士達は神殿傍の広場へ、オフィス職員達は手配のためそれぞれ散っていく。
●
午前中から開かれていた宴は陽が沈んでからもなお続く。
昼の部は天気も良かったので外での開催だったが、夜ともなると流石に冷えるため、室内へとメイン会場を移す。
龍鉱石にリザードマン達がマテリアルを吹き込むと足元や壁、天井が薄ぼんやりと蒼白い色に包まれる。
龍人達には見慣れた光景だが、初めて目にするハンター達にとっては恐らく幻想的に見えるだろう。
また、寒さを凌ぐべく床暖房の調整を行い、龍鉱石を使った暖炉を灯す。
青龍が座る場にはカストゥス(北方に住まう巨大でもふもふな牛)の毛で作ったもふもふでふかふかな巨大なクッションをセッティング。
「酒は足りているか? 調理の方はどうなっている?」
「樽は予定通りの搬入を終えております」
「料理はいつでも提供可能です」
サヴィトゥールの言葉に周囲はキビキビと答えを返す。
「じゃあ、後はよろしくお願いするよ」
宴の準備に奔走する人々とはまったく違う空気を纏ったシャンカラがサヴィトゥールに声を掛けた。
「あぁ、こんな日だが宜しく頼む」
「おめでたい日だからこそ、若い子に楽しんで貰って、僕たちみたいなベテランが働かなきゃね」
シャンカラを始めとする龍騎士隊達の中でも古参のメンバー達が鷹揚に頷いて賛同を示す。
強欲王の脅威から解放されたとは言え、未だ強欲種を殲滅できた訳では無い。
シャンカラ達龍騎士隊のベテラン達は今日の宴を笑顔で終えるべく周囲警戒へと出向くのだ。
サヴィトゥールが外まで連れ添い飛び立つ飛龍を見送っていると、にわかに転移門辺りが騒がしさを増した。
夜の部に参加希望のハンター達が到着したらしい。
シャンカラや午前中に参加したハンター達から口コミで広がったらしく、結構な人数が待合所であるハンターオフィスへと移動していくのが見えた。
そのオフィスからリザードマンの1人がサヴィトゥールを見つけ駆け寄る。
「わかっている。こちらが片付いたらそちらへ行く。暫し待たせておけ」
リザードマンはほっとしたように目元を和らげて大きく頷くと再びオフィスへと戻っていく。
「……星が」
ふわりと周囲が明るくなり、サヴィトゥールが顔を上げれば、先ほどまであった暗い雲はどこかへと流れ去り、頭上には満天の星が広がっていた。
「……流石青龍様だ。この大地も空も青龍様のご帰還を祝って下さるようだな」
サヴィトゥールは満足げに夜空を見つめた後、ハンター達を迎えにオフィスへと向かったのだった。
リプレイ本文
●
龍園に集まったハンター達の前にサヴィトゥール(kz0228)が姿を現したのは、すっかり日もすっかりくれた頃だった。
「よろしくな」
カイン・シュミート(ka6967)はその険しい横顔に若干引き気味になりつつ、後について外に出た。
カインは姿形こそ龍人だが、龍園の出身ではない。隔世遺伝の結果、帝国に生を受けた。ゆえに、夜となり昼間とはまた違う顔を見せる龍園の風景に思わず息を呑んだ。
吐く息が白い。思わず強く吸い込んだ空気は肺の奥に届き、その冷たさに思わず咳き込む。
うっすらと積もった粉雪が一歩踏み出すごとに靴の裏で鈍く擦れ固まる音を立てた。
石造りの家の壁に取り付けられた蒼白く光るランタン……中は龍鉱石か。蒼白いのに酷く温かく懐かしい灯り。
さらにリザードマン達が迷わない様、ランタンを手に会場となる神殿までの道を照らし待っていてくれている。
時折吹く風は“寒い”より“冷たい”。凛とした空気は指先から、骨の芯から凍らせようとするかのようだ。
風に巻き上げられる粉雪はランタンの灯りに照らされ虹色の粒子となって輝く。
その光りの粒を目で追って見上げた先には満天の星。
龍鉱石の灯りは天井の星の瞬きを遮らない。
月がない分、星々はのびのびと歌うように瞬いては地上を照らす。
「うわぁ、綺麗ですー! ねぇ、スノウさん!」
エステル・ソル(ka3983)は瞳を輝かせ胸の中に抱いた白猫に話しかけ、サヴィトゥールの元へと駆け寄った。
「少しお散歩に行っても良いですか?」
「構わん。龍園は広いので……行ってしまったか」
照らされた雪にも負けない輝きを瞳に宿したエステルは、サヴィトゥールの「構わん」の一言だけ聞くと「有り難うございます!」と駆け出して行く。
(わーお、龍園は初めてきたけど、幻想的だね~。これは料理もたのしみだよ)
藤堂 小夏(ka5489)は頬を刺すような冷たさと幻想的な風景に思わず目を細めながら、先導するサヴィトゥールの後を大人しく付いて行ったのだった。
●
ハンター達が思い思いに杯を手に取ったところで、奥の巨大な扉が押し広げられた。
演者以外の龍園の人々が頭を垂れた。
神官長であるアズラエル・ドラゴネッティが扉の奥からゆったりとした足取りで入ると、扉へ向かって頭を垂れる。
その奥から、ゆるりとした足取りで青龍が、その巨体の割りに物音ひとつ立てず姿を現すと、ハンター達もまた思わず息を呑んだ。
クッションの上に腰を下ろした青龍はその巨体を丸く小さくまとめるとアズラエルを見た。
アズラエルは小さく頷くと、演者達の演奏にストップをかけ、一同の方へと向き直った。
「今宵は青龍様ご帰還を祝う宴であり、また、皆の無事の生還と再開を祝う宴でもある。どうかゆっくりと楽しんで行ってくれ」
アズラエルが一礼すると、演奏が始まり宴のスタートとなった。
「アズラエル!」
Gacrux(ka2726)が扉の奥へと帰ろうとするアズラエルを呼び止めた。
「……あぁ、君は。Gacrux君、だったな。久しぶりだな、元気そうで何よりだ」
以前リゼリオに行った時に案内役として参加していたGacruxをアズラエルも覚えていたようだ。
「お陰様で。……忙しそうですねえ」
「ナディアから押しつけられた残務処理が色々とね。あぁ、そうだ。あの“ゲーム”」
「えぇ、あ、はい」
「全ルート制覇して全てのボイスパターンも回収したぞ」
超ドヤ顔で胸まで張っているアズラエルを見て、Gacruxは一瞬言葉を失った。
「中々興味深かった。有り難う」
言うだけ言って忙しげに立ち去るその背中へ、Gacruxの伸ばした手は虚しく宙を掻いたのだった。
「龍園のこの気候、天然の冷蔵庫……よーし、アレだ! 小夜さん、やろう!」
「はいっ!」
藤堂研司(ka0569)のかけ声に、元気良く浅黄 小夜(ka3062)が返事をする。
研司が何をしたいのか、料理に明るくはないが、暗記力には自信がある小夜は、必要な材料を準備する研司の横で事前に聞いた通りにバットやボール、皿を準備していく。
龍園の調理師の面々が興味深げに見守る中、研司は「石窯借りるよ!」と石窯の温度をチェック。その間もゆであがった芋や根菜、玉葱を裏ごしする手は止めない。
「これお願い!」
「はいっ!」
バットを受け取った小夜が外へと出て行く一方で、研司は持ち込んだピザ生地を広げ始める。
クルクルと空中で回し大きくすると、机の上の材料を手に取り飾り付けるように盛っていく。
石窯にピザを投入した研司は、その時初めて龍園の調理師達の視線を一身に受けていたことに気付いたのだった
愛梨(ka5827)は演奏に聞き惚れていた。
目を閉じ曲の調べに心を委ね感じる。使う楽器も、奏でる音も違うのに、どこか懐かしいリズムと雰囲気に自然に身体が動き出す。
「龍圏の人達と一緒に何かするの夢だったし、舞を披露してもいい?」
サヴィトゥールの頷きに笑みで返し、愛梨は舞台へと立った。
ビキニアーマー姿の愛梨が表現するのは歴史に残らなかった過去の龍との邂逅。
神霊樹の夢の中で友人になった龍を思い出し、彼の代わりに見て貰うように舞い踊った。
「今回はお招き有難う。ボクのばあちゃんが貴方に宜しくって」
【星奏】のメンバーの1人であるアルカ・ブラックウェル(ka0790)の言葉に、サヴィトゥールは怪訝そうな顔をしつつ「そうか」とだけ答えた。
「ヒント。ボクの瞳とばあちゃんの瞳の色は同じなんだ♪」
アルカの言葉に、さらに眉間のシワを深くしたサヴィトゥールの気配を察し、ルナ・レンフィールド(ka1565)が慌ててアルカを呼び寄せる。
青龍へと優雅にお辞儀をしてみせるのはエステル・クレティエ(ka3783)。
「どんな音楽がお好きでしょう? とてもお疲れだと思うので、ゆったり出来る音楽がいいかなと思うんですけど」
「思うままに奏でるといい」
「では、皆が楽しめるよう、楽譜を持ち寄って色々な地域の曲をやりたいな。異文化交流、みたいな?」
鞍馬 真(ka5819)の提案にエステルも頷いてルナとアルカと簡単に打ち合わせに入る。
「傷に響かぬ程度にな」
「……はい」
怪我や包帯は服で隠し、可能な限り普段通り振る舞っていたのだが、青龍にはお見通しだったらしい。
青龍の言葉に真は思わず目を見張ってから、頷いた。
スタートはルナのソロ。
曲名は『ノックターン ブルームーンライト(蒼月光)』
♪想うは月の影 暗き道を照らす光
幾千の夜を 幾万の星と共に
願うは静謐 蒼に揺られて ただひたすらに
想い届けよ 蒼月の夜に♪
新調したリュートでの初舞台。「これからよろしくね」という想いを込めながら丁寧に爪弾く。
美しい三日月の描かれた繊細な作りのリュートは、その音もまた繊細だ。
それを自分の想いのままに奏でることが出来るのは、ルナに合わせて作られたからはもちろんだが、日々練習を積み重ねてきたその結果に他ならない。
静かに奏で謳い終えると、ルナはパッと笑みを浮かべた。
「さあ、奏でましょう!」
高らかに弦を掻き鳴らし、雰囲気をがらりと変えたアップテンポな曲。
小鳥が歌うようにエステルのフルートが歌い、真のフルートが日溜まりの暖かさを添える。
アルカが心のままに身体を動かし、歓びを表現する。
歌は祈り。
青龍を含め北方王国に生きる命に幸福が訪れる様。縁が出来た事を寿ぎ、未来への希望を謳う。
「皆、生きて帰って来れて、一安心だね」
真の言葉に一同は頷き合う。
目と目で合図を送り、真は静かに息を吸い込み、リッププレートに唇を当てた。
明るく澄んだフルートの音色が会場へと伸びやかに響く。
界冥の戦いが無事に終わった安堵、他者を労る想い、生還できた喜び……それらを、皆で分かち合うように音に乗せて奏でる。
そこにルナのリュートがそっと寄り添いリズムを刻み、エステルのフルートが色を添え、アルカが伸びやかに歌い上げる。
最後にエステルが主旋律を奏で始める。
ちらりと青龍の様子を窺えば、瞳を閉じて静かに音楽に身を委ねているようだった。
(とっても大きなふかふかのクッション愛情たっぷりですね)
あんな大きなクッションは初めて見たと、エステルは思わず笑みを浮かべた。
賑やかでも、賑やか過ぎず。朗らかな、星が踊る様な……そう、最初に神官達が演奏していたのが朝の音楽ならば、今日のような星降る夜の曲。
エステルの音を支えるようにルナのリュートが合流し、真がやわらかに唄い、アルカが夜を照らすかがり火のように舞う。
【星奏】の演奏は大盛況に終わった。
小夜は取ってきたバットを机に置くと、すぐに大きな拍手を贈る。
「さぁ、ラストスパートだよ。はい、小夜さん」
研司がひとさじの蜂蜜ソースを小夜の口元に注いだ。
「どう?」
ほっぺたが落ちそうな程の甘さと美味しさ、そして全身を駆け上がってくるくすぐったさに小夜は大きな双眸をきゅぅっと細めて笑顔で何度も頷いた。
「よかった」
研司の笑顔と甘い味と美味しい匂いにクラクラしながら、小夜は専属の試食係になろうと心に誓ったのだった。
演奏が再び神官達へと移ったのを機に、羊谷 めい(ka0669)が青龍の傍へと駆け寄った。
「青龍さま。一言、お礼を言いたくて。ありがとうございます、と、お疲れさまです、そして、これからもお元気でいてくださいって。ふふっ、これだとひとことじゃないですね」
めいの言葉に続くように天央 観智(ka0896)が青龍へと話しかける。
「青龍さん、このたびは……御協力ありがとう御座います。御蔭様で、遠い故郷……地球の危機は、取り敢えずは…凌げたらしいと聞いています。何だか……動力源に成れ、みたいな感じの無茶な要請を……快く請けて頂いた御蔭、とかで……何だか申し訳ありません」
観智に続いて、「私も」と愛梨が横に立った。
「お初にお目にかかります。青龍様。今回は、本当に有り難うございました。……あの。ご迷惑でなければ、人の作りしものロッソに乗って、龍圏から離れて何か感じられたりしましたか?」
青龍は3人を見、思い出すように天井を見上げた。
「……そうだな。久方振りに『面白い』と思える事をした。人魚の娘御達は総じてかしましかったが不快では無かった。星の守護者として生まれ、この星から出る事など考えもしなかったが、得がたい体験をさせて貰った」
長い、気の遠くなるほど長い時を生きてきて、まだ、『初めて』の体験が出来るということ。それはただの人には到底理解出来ない歓びであった。
3人は穏やかな青龍の返答に顔を見合わせ、そして笑い合った。
●
「さむ……けど、空気美味し……」
ファー付のフードを被り、ポケットに手を突っ込んだまま央崎 枢(ka5153)は龍園内を散歩していた。
これまで龍園を訪れるときは日中、それも戦闘を前提とした中でだった為、こんなにのんびりとした気持ちで過ごすのは始めてだった。
転移門、オフィス、そして会場となる神殿までの道中以外には龍鉱石のランプは灯っていない。
その分、静かな雪と星空の龍園を堪能することが出来た。
今まで西の国々、東の都、南の砂漠や遺跡……色んな所に行ってきた。
それぞれが隔絶されていたせいもあり人々も文化も大きく異なる。その違いを肌で知ることが枢には楽しい。
……神殿から聞こえてくる音楽が、ハンター達の演奏から再び神官の演者達に変わったようだ。
龍園の素朴な音楽は強いて言えば北欧の民族音楽に近いかも知れない。
「そろそろ戻ろうかな」
温かい料理が恋しくなってきた。あとは、コケモモ酒も気になる。無くなる前に頂かなければ。
枢は明るく暖かな音と光りが漏れる方へと身を縮こませながら歩いて行った。
カインは1人外の空気を吸いに出ていた。
(……先祖の故郷って言われてもピンと来ねぇや)
西方とは何もかもが違う。
好きか嫌いかで問われれば好きな雰囲気だが、やはり『故郷』は自分が生まれ育ったとこなんだと実感する。
(あいつの墓参りに難儀しそうだしなぁ……)
ハンターになって、初めての大きな作戦が終わった。
(何事もなくて良かった。あっちに行ったら死んでも殺されてたわ)
思わず漏れた笑みに白い息が踊った。視線をあげれば龍鉱石の蒼白い光りに初めて見た青龍を思い出す。
「綺麗な青……いや、世界中の青のいいとこ総取りみてぇな色だな」
想像していたどの青とも違う姿に、挨拶どころか、カインはただただ見惚れる事しか出来なかった。
その時、後方からする人の声に気付き振り返る。
「あ」
「あぁ、カインさん」
カインに気付いた神代 誠一(ka2086)が軽く手を振り、隣りにいるクィーロ・ヴェリル(ka4122)が釣られて手を振り「誰?」と誰何する。
軽く自己紹介を済ませたカインが「良い夜を」と2人に告げ、誠一もまた「カインさんも」と笑顔で返して別れた。
「……なぁ、おま……、そんな恰好で寒くないのかよ……防寒くらいしろって。見てるこっちまで寒くなるんだが」
どこに行っても服装を変えない相棒を理解しがたい者を見る目で見つめ、そのぺらっとした布をめくる誠一。
「……そう? 誠一は寒がりなんだね?」
その手をぴしゃりと叩きつつも、首を傾げて不思議そうな顔をして……大きなくしゃみ1つ。みればうっすらと鳥肌も立っている。
「寒がり、なんじゃなくて、これがフツーだっつーの!」
笑いながら「仕方ねぇなぁ」と誠一は自分の巻いていたマフラーを、半ば強制的に相棒の首へと巻き付ける。
「おぉ、あったか。ありがとう」
「だろう? 礼はメシでいいよ」
「……いつもは誠一が集りに来るけどこうして一緒に散歩とかしたことないね」
「言われてみりゃそうかも」
白い息を吐きながら、触れた肌から熱を感じて、今、自分達が生きている実感を噛み締める。
「龍達の料理ってどんなのだろうね? 楽しみだね」
「そうだな。珍しい酒もあるかもしれねぇし?」
くくっと笑った誠一を今度はクィーロが「悪い大人の笑い方だ」とからかう。
「悪い大人でいいですー。暖かいもん食いたいな」
「じゃぁ中に戻る?」
「だな」
冷えた指先を見つめ、前を行く誠一の首元に押しつける。
予想以上の悲鳴が上がり、びっくりするクィーロと、首筋を押さえて威嚇する誠一。
――2人が室内に入るのはまだもう少し後になった。
「……なんか悲鳴聞こえた?」
「? 誰か転んだのかな?」
ダリア(ka7016)とアイシャ(ka7015)は顔を見合わせ、首を傾げ合った。
「一人前になる為に龍園を出たけど……意外に戻って来るの早かったな」
2人は龍園に住む両親に顔出しした後の帰りだ。
(身寄りのなくなったアイシャをアタシんちで引き取ってからもう4年くらい経つんだっけ……父さんも母さんもアイシャを本当の娘同然に大切に想ってっからなぁ)
ダリアは先ほどまでの熱烈な歓迎を思い出す。
引き留めようとする両親に青龍様の宴があるからと断ってようやく解放されたのだ。
「……っくしゅん!! あったかい恰好してきたつもりなんだけど……さみーな!!」
ダリアの盛大なくしゃみにアイシャは思わず「ふふっ」と笑みを零すと、コートの前を開いた。
「姉さん、入る?」
身長171cmのアイシャと142cmのダリア。「姉さんは小さいからきっと一緒に入れるよ」なんて言ったらきっと顔を真っ赤にして怒るだろう様子を想像して、さらにアイシャは笑みを深める。
「アイシャのコートすげぇあったかそうじゃん! 入れろー!」
そんな妹分の胸中には気付かず、体当たりするようにアイシャに抱き付くダリア。
ダリアを抱きしめ返して、アイシャは星空を見上げた。
(父さん、母さん、私まだまだ一人前には程遠いけど戻って来ちゃった。
いつか父さんや母さんみたいに立派な龍騎士になるから、この星のどこかで、見守っていて)
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は炎を纏った蝶を侍らせながら2階建ての宿泊施設、その屋上に佇んでいた。
「瞬く夜空、煌めく真雪……愛しき龍達が愛する世界……なれば妾の宝も同じよな……」
白い息を吐きながら空を見上げ、地上の龍達を見守り微笑む。
「のう青龍……おんしに誓った様に、妾は愛子達を護れて居るじゃろうか? ……あぁ。愛しき者達の笑顔……其れこそが答え……か……」
儚げな白いロングドレスに身を包み、炎蝶に照らされた蜜鈴は見た者がいればさぞ幻想的に映ったであろうが、残念ながらと言うべきか、幸いに、と言うべきか誰ひとりとしてこの場に近付いて来る者はいない。
煙管に口づけ、紫煙と共に白い息を吐くと、炎蝶は空に溶けるように消えた。
「龍神信仰……我等と同じ……いや、護れなんだ妾と同じと言うては失礼じゃのう」
紅の唇から零れる言葉は誰に言うわけでも無く。小さな自嘲の笑みは夜の闇に落ちる。
星明かりの下、龍の守護者として誓いを立てたひとりのエルフは静かに見守り続けた。
●
エステルは雪の上でくるくる踊る。六花で扇ぎ舞う雪はまさに雪華。
最初こそエステルと共に雪と戯れていた白猫も、流石に肉球が冷えたのかコートの中へと潜り込んで出てこなくなってしまった。
楽しくて寒くてりんごのように頬を染めあげたエステルが、ついに小さくくしゃみをした。
「……温かいスープを飲みに行きますか、スノウさん?」
賛成、と言わんばかりに白猫が鳴いた。
神殿内は熱気に包まれていた。
温かな料理、人々の笑い声、神官の音楽とハンター達の奏でるリズムが融合し、生み出された新たなハーモニーに身を任せて踊る人々。
忙しげに料理を運ぶ人々に混じって、めいがお酌してまわっている。
やわらかな笑顔で対応する純白のドレス姿のめいを見て、名を知らない龍園の人々の間では『雪の花』のようだと密かに呼ばれたのだった。
そんな人波を潜り抜け、青龍の前へと辿り着くと、エステルはぺこんと頭を下げた。
「いつも守ってくれてありがとうございますです! でも青龍さんも一龍さんじゃないです。一緒に笑ったり悩んだりしたいです」
その言葉を、青龍がどう受け取ったのかはエステルには分からない。
ただ、青龍は「ありがとう」とだけ応えた。
「青龍サマー!」
アイシャのコートの中から弾けるように飛び出したダリアが青龍へ駆け寄ると、ピッと姿勢を正した。
「アタシ、ダリアっす!!! 青龍サマのために頑張るんでよろしくお願いします!!!!」
「ね、姉さん……! あの、よろしくお願いします」
慌ててダリアの後を追ってきたアイシャがダリアよりも小さくなって頭を下げた。
「元気の良いことだ。楽しんで行きなさい」
「はい!!!! よし、行くぞ、アイシャ」
「へ? あぁ! 姉さん!?」
早速料理の方へと駆けていくダリアを止める事も叶わず、アイシャは再度深々と礼をするとダリアの後を追う。
「……元気、ですね」
観智が笑めば、青龍も「あぁ」と肯定した。
「こんなに龍園が活気づくのは久方振りだ。精霊達も楽しそうにしている」
「精霊が、見えるのですか?」
「外にはまだ限りなく少ないが、この龍園内に保護したものなら、ほれ、其処彼処に」
青龍の視線の先、確かに他よりも小さく明るい気もするが、残念ながら観智には見る事が出来ない。
流石は星が生み出しし六大龍。生物としてはもちろんだが、精霊としての特徴も併せ持つのだろう。
「いつか、僕にも……見えると、いいのですが」
観智の呟きに青龍は「そうだな」と静かに返した。
「料理ウマいね、今日の私は食べ専で良かったよ~」
「えぇ、コケモモジュース、初めて飲みましたけど、結構酸味が強いんですね、吃驚しました」
小夏の空いた杯にコケモモ酒を注ぎながらめいが笑う。
「あぁ、何か作った人によって味が変わるらしいよ~。さっき龍園の人がそう言ってた」
「えぇ?! 本当ですか」
「コケモモ酒は漬けた年によるらしいけどね~」
丁度演奏が1つ終わり、めいと小夏は拍手しながら耳元で会話を続ける。
「いやぁ良かった。本当いろんなのを見たり聞いたりしながら、飲み食いするのは最高だね……っと。おぉ~い」
小夏がサヴィトゥールの姿を見つけて手を振ると、彼は意外にも素直に小夏の方へと近付いて来る。
「宴楽しいよ、今日は有り難うね」
「そうか、それはよかった」
「種族は違うけど、みんな一緒に居れるんです。それってとても素敵ですよね」
めいの言葉にサヴィトゥールは二度瞬いて、小さく息を吐くと微笑った。
「そうだな」
外気を吸いに外に出ていたGacruxは、後に出てきたのがサヴィトゥールと気付いて軽く会釈し自己紹介した。
「あぁ、長老にゲームを贈った」
「そんなに有名ですか?!」
「リゼリオから帰ってきた後暫くの間、朝の勤めが終わって部屋へと直帰するので何かと思えば、『ハンターからゲームを貰ったからこれをクリアするまではこれが僕の朝の勤めだ』と言い張ってきっかり2時間部屋から出ない日が続いた」
(夏休みの宿題に挑む小学生かな!?)
「おおよそ半年ほどかけて“完クリ”とやらを達成したらしい。あの人は凝り性だからな」
「……いい上司、ですか?」
口調から悪印象を抱いている訳では無さそうだと察したGacruxが問うと、サヴィトゥールは盛大に顔をしかめた。
「……悪ければ、青龍様の傍に居続けられる訳が無かろう」
どれほど生きる時間が違えども。青龍を信仰する彼らに取って特別な『直接青龍と契約した最後の兄妹』であったとしても。
『青龍を守る』という絶対にぶれない柱があったお陰で団結し、この過酷な地で生き抜いてきたのだ。
「……少なくとも自分にオフィス代表なんぞを押しつけたことはまだ許してはいない」
「失礼する」と室内へと戻っていく後ろ姿を見て、「素直じゃないですねぇ」とGacruxは小さく笑った。
「さて、俺も戻りましょうか」
アズラエルがリゼリオでそうであったように、今度は自分が龍園を楽しもうとGacruxもまた室内へと戻っていった。
(これは……据え膳というやつなのか……!?)
クラン・クィールス(ka6605)は人生でこれ以上ないくらいに困っていた。
「……ん。くぃーるしゅしゃん……」
クランの左腕の中にいる愛しい温もりが徐々に自分へと近付いて来る。
「おい、酔い過ぎ……というかくっつきすぎだ」
(いや、確かに付き合って2ヶ月。キスもまだだが、しかし……!)
――遡ること30分程前。
「酒は飲めないが、そうだな。何か身体が暖まるものがあるといいが」
わざわざ杯を持ってきてくれためいに礼をいいつつ、クランがお茶を貰った横で、氷雨 柊(ka6302)は小首を傾げて迷っている。
「コケモモ酒、ですかー?」
「ん……酒、柊は飲むのか?」
「一口飲んでみたいなぁ……なんてー。いいですかねぇ?」
「……いや、別に構わないが。ただ、飲み過ぎるなよ?」
はぁい、なんて可愛らしい返事だったが、思えばこの時から既に嫌な予感はしていたのだ。
「……なんだか甘い果実の匂いがしますねぇ」
――ひと口、飲んだだけだった。
「ふぁ……ぽかぽかしますー。このお酒、美味しいですねぇ」
くにゃん、としなだれかかる柊。
「……早すぎだろう、出来上がるの……」
こめかみを押さえるクランの横で柊が楽しそうに笑う。
「ほらクィールスさん、私ぽかぽかですよー、あったかいですよー」
当たる! 肘に! 柔らかいモノが!!
クランの動揺を露とも知らず柊が楽しげに――そしてやけに扇情的な表情で――クランに抱き付いてくる。
「……暖かいのは分かったから少し離れろ、視線が痛……おい、話を聞け」
「クィールスさんはちょっとひんやりですねぇ? ふふ、今の私は甘えたさんなんですよぅ。いっぱい構ってくださいー」
表面上、呆れた様子で甘える柊をつれなくいなしているが、クランだって男だ。惚れた女が(酒のせいとはい分かっていても)こんな潤んだ瞳で見上げてくれば、ときめかない訳が無く。
結果。クランは理性と本能の間でこれ以上ないほど困っていた。
上目使いでクランを見つめていた双眸が閉じられた。
徐々に近付く顔。
「ひ、柊……」
喉が音を立てて唾液を飲み込んだ。
――コツン。
柊の額が、クランの肩口に沈んだ。
「……は?」
ずり落ちそうになる柊を慌てて支え、そのまま膝枕にしてやると、何とも幸せそうな寝顔がそこにはあった。
「……はぁ。どうしたもんか、これは……」
思わず両手で顔を覆ってクランは深い深い溜息を吐いたのだった。
●
「龍園の皆はん……驚いてましたね」
研司の手際の良さと出てくる料理に衝撃を受けた調理師達が、「完成!」の一言を告げた途端に研司の元に殺到して質問攻めにしたのだ。
一通り説明を終え、ようやく解放されて熱気から逃げ出すように2人で外に転がり出た。
「わぁ、小夜さん見て!」
月の無い暗い夜空に降る様な星が瞬いている。
(祭りの夜よりも、すごい。あの夢でみた星空みたい)
静かに感動している小夜を見て、研司は目を細める。
「寒く無い?」
小夜は首を横に振って研司のポンチョの裾を引いた。
「少し……お散歩しませんか?」
身長差的にどうしても上目使いになる小夜のおねだりに、研司は思わず破顔して「もちろん」と少し冷えた小さな手を取った。
アルフロディ(ka5615)は緋袮(ka5699)と夜の龍園を歩いていた。
しかし、その表情は正反対と言ったもので、想い人とのデートにやや浮かれ調子であるアルフロディに対し、不機嫌顔のまま無言を貫く緋祢。
「星が綺麗ですね」
「寒くありませんか?」
歩き始めてからずっと積極的に話しかけるものの、その全てに無言を貫かれては、流石のアルフロディの気分も落ち込んできた。
暫し、2人。無言のまま夜の龍園をあてどもなく歩いていたが、ついにアルフロディが足を止めた。
「やはり私が貴女様を庇うなど差し出がましかったですよね……」
「あたしの役に立ちたいんなら足引っ張るような真似すんじゃねえ! 弱ぇ奴は引っ込んでろ!」
アルフロディの言葉に、ここまで堪えていた緋祢の怒りが飛び出した。
緋祢は怒っていた。
ずっと怒っていた。
前衛に不向きなアルフロディが自分を庇った事。
弱いと思ってたアルフロディに庇われてしまった自分に対しても。
そして結果、アルフロディが重体を負ってしまった事。
そして未だ、アルフロディへお礼が言えていない事。
その全てに怒っていた。
しかし、いざ怒りをぶつけてみると、ぶつけられた本人は、何故か表情を輝かせた。
「……! 分かりました、此れからは貴女様の足を引っ張らず、貴女様の役に立てる様支援に励みますね!」
「は!? そういう事言ってんじゃねえよ!」
予想斜め上のアルフロディの発言に面食らってしまって、緋祢の感情は上手く言葉にならない。
上手く言葉にならないままに怒声を浴びせるも、アルフロディはより一層良い笑顔で緋祢の言葉を全部聞き流していた。
「今はまだ未熟者ですが、何時かは貴女様に認めてもらえる様精進致します」
「勝手にしろ! 強くなったらあたしがブチのめして謝らせてやる!!」
捨て台詞を吐くと、緋祢は1人早歩きで先に進んでいく。
(馬鹿野郎! ……結局、礼言う機会、逃しちまっただろ……)
そんな緋祢の焦燥にアルフロディは気付かない。
「緋祢様!」
慌てて後を追うとアルフロディは緋祢の横にそっと並んだ。
(愛してほしいとは言わない。今は唯、貴女の傍に……)
そんな切なる願いを緋祢は知らない。
ほんの少しすれ違ったまま、2人は夜の龍園を歩いていく。
レオン(ka5108)はルシール・フルフラット(ka4000)と腕を組んで歩いていた。
「流石に夜は冷えるな」
「寒いですか?」
風除けになっていたつもりだったレオンだが、首を横に振り「こうしているから」と身を寄せられては愛しさが募るばかりだ。
一方でこうして身を寄せることでルシールは昔のことを思い出す。
赤子の頃から知っている。幼い頃から鍛えて来た。
旧友の子。弟子、兼、大切な、恋人。
「それにしても星が綺麗だな」
遠くに宴の音楽が聞こえ、龍鉱石の灯りが静かに神殿の周囲だけを浮き上がらせている。
「ルシール」
静かに名を呼べば、その言葉にはらんだ緊張を読み取ったのか、彼女もまた緊張した面持ちでレオンを見た。
優しくルシールの両肩に手を置き、真っ直ぐに正面から見つめる。
子供の時から、ずっと見てきた。この人だけを。
彼女に守られながら、いつか彼女を守れる男になりたいとずっと思ってきた。
「師匠……ううん、ルシール。貴女を愛してます。僕は貴女と共にありたい。結婚してくれませんか?」
今日、その思いの丈を告げようと決めてきた。
ルシールの瞳が切なげに揺れた。
「……まったく。君はずるい。こんな星の下で、まっすぐに見つめられて、そんなことを言う」
気がつけば見上げて来た瞳も同じ高さになって。
いつの間にか抱き上げられるほどに力強くもなって。
ルシールは肩に置かれた右手にそっと両手を添えた。
「ときめかないわけがないだろう」
星明かりの下でも分かるほどにルシールの頬は朱に染まっている。
「ルシール……!」
「それなら、あー……」
抱きしめようとした瞬間、言葉を投げられて、レオンはお預けを食らった犬のような顔になりつつも、「何?」と優しくルシールに問いかけた。
「……その、子は何人くらいが良いんだ?」
ルシールからの問いかけに、今度はレオンが月明かりの下でも分かるほどに耳まで真っ赤に染まったのだった。
そんな2人を星々は静かに見守っていた。
龍園に集まったハンター達の前にサヴィトゥール(kz0228)が姿を現したのは、すっかり日もすっかりくれた頃だった。
「よろしくな」
カイン・シュミート(ka6967)はその険しい横顔に若干引き気味になりつつ、後について外に出た。
カインは姿形こそ龍人だが、龍園の出身ではない。隔世遺伝の結果、帝国に生を受けた。ゆえに、夜となり昼間とはまた違う顔を見せる龍園の風景に思わず息を呑んだ。
吐く息が白い。思わず強く吸い込んだ空気は肺の奥に届き、その冷たさに思わず咳き込む。
うっすらと積もった粉雪が一歩踏み出すごとに靴の裏で鈍く擦れ固まる音を立てた。
石造りの家の壁に取り付けられた蒼白く光るランタン……中は龍鉱石か。蒼白いのに酷く温かく懐かしい灯り。
さらにリザードマン達が迷わない様、ランタンを手に会場となる神殿までの道を照らし待っていてくれている。
時折吹く風は“寒い”より“冷たい”。凛とした空気は指先から、骨の芯から凍らせようとするかのようだ。
風に巻き上げられる粉雪はランタンの灯りに照らされ虹色の粒子となって輝く。
その光りの粒を目で追って見上げた先には満天の星。
龍鉱石の灯りは天井の星の瞬きを遮らない。
月がない分、星々はのびのびと歌うように瞬いては地上を照らす。
「うわぁ、綺麗ですー! ねぇ、スノウさん!」
エステル・ソル(ka3983)は瞳を輝かせ胸の中に抱いた白猫に話しかけ、サヴィトゥールの元へと駆け寄った。
「少しお散歩に行っても良いですか?」
「構わん。龍園は広いので……行ってしまったか」
照らされた雪にも負けない輝きを瞳に宿したエステルは、サヴィトゥールの「構わん」の一言だけ聞くと「有り難うございます!」と駆け出して行く。
(わーお、龍園は初めてきたけど、幻想的だね~。これは料理もたのしみだよ)
藤堂 小夏(ka5489)は頬を刺すような冷たさと幻想的な風景に思わず目を細めながら、先導するサヴィトゥールの後を大人しく付いて行ったのだった。
●
ハンター達が思い思いに杯を手に取ったところで、奥の巨大な扉が押し広げられた。
演者以外の龍園の人々が頭を垂れた。
神官長であるアズラエル・ドラゴネッティが扉の奥からゆったりとした足取りで入ると、扉へ向かって頭を垂れる。
その奥から、ゆるりとした足取りで青龍が、その巨体の割りに物音ひとつ立てず姿を現すと、ハンター達もまた思わず息を呑んだ。
クッションの上に腰を下ろした青龍はその巨体を丸く小さくまとめるとアズラエルを見た。
アズラエルは小さく頷くと、演者達の演奏にストップをかけ、一同の方へと向き直った。
「今宵は青龍様ご帰還を祝う宴であり、また、皆の無事の生還と再開を祝う宴でもある。どうかゆっくりと楽しんで行ってくれ」
アズラエルが一礼すると、演奏が始まり宴のスタートとなった。
「アズラエル!」
Gacrux(ka2726)が扉の奥へと帰ろうとするアズラエルを呼び止めた。
「……あぁ、君は。Gacrux君、だったな。久しぶりだな、元気そうで何よりだ」
以前リゼリオに行った時に案内役として参加していたGacruxをアズラエルも覚えていたようだ。
「お陰様で。……忙しそうですねえ」
「ナディアから押しつけられた残務処理が色々とね。あぁ、そうだ。あの“ゲーム”」
「えぇ、あ、はい」
「全ルート制覇して全てのボイスパターンも回収したぞ」
超ドヤ顔で胸まで張っているアズラエルを見て、Gacruxは一瞬言葉を失った。
「中々興味深かった。有り難う」
言うだけ言って忙しげに立ち去るその背中へ、Gacruxの伸ばした手は虚しく宙を掻いたのだった。
「龍園のこの気候、天然の冷蔵庫……よーし、アレだ! 小夜さん、やろう!」
「はいっ!」
藤堂研司(ka0569)のかけ声に、元気良く浅黄 小夜(ka3062)が返事をする。
研司が何をしたいのか、料理に明るくはないが、暗記力には自信がある小夜は、必要な材料を準備する研司の横で事前に聞いた通りにバットやボール、皿を準備していく。
龍園の調理師の面々が興味深げに見守る中、研司は「石窯借りるよ!」と石窯の温度をチェック。その間もゆであがった芋や根菜、玉葱を裏ごしする手は止めない。
「これお願い!」
「はいっ!」
バットを受け取った小夜が外へと出て行く一方で、研司は持ち込んだピザ生地を広げ始める。
クルクルと空中で回し大きくすると、机の上の材料を手に取り飾り付けるように盛っていく。
石窯にピザを投入した研司は、その時初めて龍園の調理師達の視線を一身に受けていたことに気付いたのだった
愛梨(ka5827)は演奏に聞き惚れていた。
目を閉じ曲の調べに心を委ね感じる。使う楽器も、奏でる音も違うのに、どこか懐かしいリズムと雰囲気に自然に身体が動き出す。
「龍圏の人達と一緒に何かするの夢だったし、舞を披露してもいい?」
サヴィトゥールの頷きに笑みで返し、愛梨は舞台へと立った。
ビキニアーマー姿の愛梨が表現するのは歴史に残らなかった過去の龍との邂逅。
神霊樹の夢の中で友人になった龍を思い出し、彼の代わりに見て貰うように舞い踊った。
「今回はお招き有難う。ボクのばあちゃんが貴方に宜しくって」
【星奏】のメンバーの1人であるアルカ・ブラックウェル(ka0790)の言葉に、サヴィトゥールは怪訝そうな顔をしつつ「そうか」とだけ答えた。
「ヒント。ボクの瞳とばあちゃんの瞳の色は同じなんだ♪」
アルカの言葉に、さらに眉間のシワを深くしたサヴィトゥールの気配を察し、ルナ・レンフィールド(ka1565)が慌ててアルカを呼び寄せる。
青龍へと優雅にお辞儀をしてみせるのはエステル・クレティエ(ka3783)。
「どんな音楽がお好きでしょう? とてもお疲れだと思うので、ゆったり出来る音楽がいいかなと思うんですけど」
「思うままに奏でるといい」
「では、皆が楽しめるよう、楽譜を持ち寄って色々な地域の曲をやりたいな。異文化交流、みたいな?」
鞍馬 真(ka5819)の提案にエステルも頷いてルナとアルカと簡単に打ち合わせに入る。
「傷に響かぬ程度にな」
「……はい」
怪我や包帯は服で隠し、可能な限り普段通り振る舞っていたのだが、青龍にはお見通しだったらしい。
青龍の言葉に真は思わず目を見張ってから、頷いた。
スタートはルナのソロ。
曲名は『ノックターン ブルームーンライト(蒼月光)』
♪想うは月の影 暗き道を照らす光
幾千の夜を 幾万の星と共に
願うは静謐 蒼に揺られて ただひたすらに
想い届けよ 蒼月の夜に♪
新調したリュートでの初舞台。「これからよろしくね」という想いを込めながら丁寧に爪弾く。
美しい三日月の描かれた繊細な作りのリュートは、その音もまた繊細だ。
それを自分の想いのままに奏でることが出来るのは、ルナに合わせて作られたからはもちろんだが、日々練習を積み重ねてきたその結果に他ならない。
静かに奏で謳い終えると、ルナはパッと笑みを浮かべた。
「さあ、奏でましょう!」
高らかに弦を掻き鳴らし、雰囲気をがらりと変えたアップテンポな曲。
小鳥が歌うようにエステルのフルートが歌い、真のフルートが日溜まりの暖かさを添える。
アルカが心のままに身体を動かし、歓びを表現する。
歌は祈り。
青龍を含め北方王国に生きる命に幸福が訪れる様。縁が出来た事を寿ぎ、未来への希望を謳う。
「皆、生きて帰って来れて、一安心だね」
真の言葉に一同は頷き合う。
目と目で合図を送り、真は静かに息を吸い込み、リッププレートに唇を当てた。
明るく澄んだフルートの音色が会場へと伸びやかに響く。
界冥の戦いが無事に終わった安堵、他者を労る想い、生還できた喜び……それらを、皆で分かち合うように音に乗せて奏でる。
そこにルナのリュートがそっと寄り添いリズムを刻み、エステルのフルートが色を添え、アルカが伸びやかに歌い上げる。
最後にエステルが主旋律を奏で始める。
ちらりと青龍の様子を窺えば、瞳を閉じて静かに音楽に身を委ねているようだった。
(とっても大きなふかふかのクッション愛情たっぷりですね)
あんな大きなクッションは初めて見たと、エステルは思わず笑みを浮かべた。
賑やかでも、賑やか過ぎず。朗らかな、星が踊る様な……そう、最初に神官達が演奏していたのが朝の音楽ならば、今日のような星降る夜の曲。
エステルの音を支えるようにルナのリュートが合流し、真がやわらかに唄い、アルカが夜を照らすかがり火のように舞う。
【星奏】の演奏は大盛況に終わった。
小夜は取ってきたバットを机に置くと、すぐに大きな拍手を贈る。
「さぁ、ラストスパートだよ。はい、小夜さん」
研司がひとさじの蜂蜜ソースを小夜の口元に注いだ。
「どう?」
ほっぺたが落ちそうな程の甘さと美味しさ、そして全身を駆け上がってくるくすぐったさに小夜は大きな双眸をきゅぅっと細めて笑顔で何度も頷いた。
「よかった」
研司の笑顔と甘い味と美味しい匂いにクラクラしながら、小夜は専属の試食係になろうと心に誓ったのだった。
演奏が再び神官達へと移ったのを機に、羊谷 めい(ka0669)が青龍の傍へと駆け寄った。
「青龍さま。一言、お礼を言いたくて。ありがとうございます、と、お疲れさまです、そして、これからもお元気でいてくださいって。ふふっ、これだとひとことじゃないですね」
めいの言葉に続くように天央 観智(ka0896)が青龍へと話しかける。
「青龍さん、このたびは……御協力ありがとう御座います。御蔭様で、遠い故郷……地球の危機は、取り敢えずは…凌げたらしいと聞いています。何だか……動力源に成れ、みたいな感じの無茶な要請を……快く請けて頂いた御蔭、とかで……何だか申し訳ありません」
観智に続いて、「私も」と愛梨が横に立った。
「お初にお目にかかります。青龍様。今回は、本当に有り難うございました。……あの。ご迷惑でなければ、人の作りしものロッソに乗って、龍圏から離れて何か感じられたりしましたか?」
青龍は3人を見、思い出すように天井を見上げた。
「……そうだな。久方振りに『面白い』と思える事をした。人魚の娘御達は総じてかしましかったが不快では無かった。星の守護者として生まれ、この星から出る事など考えもしなかったが、得がたい体験をさせて貰った」
長い、気の遠くなるほど長い時を生きてきて、まだ、『初めて』の体験が出来るということ。それはただの人には到底理解出来ない歓びであった。
3人は穏やかな青龍の返答に顔を見合わせ、そして笑い合った。
●
「さむ……けど、空気美味し……」
ファー付のフードを被り、ポケットに手を突っ込んだまま央崎 枢(ka5153)は龍園内を散歩していた。
これまで龍園を訪れるときは日中、それも戦闘を前提とした中でだった為、こんなにのんびりとした気持ちで過ごすのは始めてだった。
転移門、オフィス、そして会場となる神殿までの道中以外には龍鉱石のランプは灯っていない。
その分、静かな雪と星空の龍園を堪能することが出来た。
今まで西の国々、東の都、南の砂漠や遺跡……色んな所に行ってきた。
それぞれが隔絶されていたせいもあり人々も文化も大きく異なる。その違いを肌で知ることが枢には楽しい。
……神殿から聞こえてくる音楽が、ハンター達の演奏から再び神官の演者達に変わったようだ。
龍園の素朴な音楽は強いて言えば北欧の民族音楽に近いかも知れない。
「そろそろ戻ろうかな」
温かい料理が恋しくなってきた。あとは、コケモモ酒も気になる。無くなる前に頂かなければ。
枢は明るく暖かな音と光りが漏れる方へと身を縮こませながら歩いて行った。
カインは1人外の空気を吸いに出ていた。
(……先祖の故郷って言われてもピンと来ねぇや)
西方とは何もかもが違う。
好きか嫌いかで問われれば好きな雰囲気だが、やはり『故郷』は自分が生まれ育ったとこなんだと実感する。
(あいつの墓参りに難儀しそうだしなぁ……)
ハンターになって、初めての大きな作戦が終わった。
(何事もなくて良かった。あっちに行ったら死んでも殺されてたわ)
思わず漏れた笑みに白い息が踊った。視線をあげれば龍鉱石の蒼白い光りに初めて見た青龍を思い出す。
「綺麗な青……いや、世界中の青のいいとこ総取りみてぇな色だな」
想像していたどの青とも違う姿に、挨拶どころか、カインはただただ見惚れる事しか出来なかった。
その時、後方からする人の声に気付き振り返る。
「あ」
「あぁ、カインさん」
カインに気付いた神代 誠一(ka2086)が軽く手を振り、隣りにいるクィーロ・ヴェリル(ka4122)が釣られて手を振り「誰?」と誰何する。
軽く自己紹介を済ませたカインが「良い夜を」と2人に告げ、誠一もまた「カインさんも」と笑顔で返して別れた。
「……なぁ、おま……、そんな恰好で寒くないのかよ……防寒くらいしろって。見てるこっちまで寒くなるんだが」
どこに行っても服装を変えない相棒を理解しがたい者を見る目で見つめ、そのぺらっとした布をめくる誠一。
「……そう? 誠一は寒がりなんだね?」
その手をぴしゃりと叩きつつも、首を傾げて不思議そうな顔をして……大きなくしゃみ1つ。みればうっすらと鳥肌も立っている。
「寒がり、なんじゃなくて、これがフツーだっつーの!」
笑いながら「仕方ねぇなぁ」と誠一は自分の巻いていたマフラーを、半ば強制的に相棒の首へと巻き付ける。
「おぉ、あったか。ありがとう」
「だろう? 礼はメシでいいよ」
「……いつもは誠一が集りに来るけどこうして一緒に散歩とかしたことないね」
「言われてみりゃそうかも」
白い息を吐きながら、触れた肌から熱を感じて、今、自分達が生きている実感を噛み締める。
「龍達の料理ってどんなのだろうね? 楽しみだね」
「そうだな。珍しい酒もあるかもしれねぇし?」
くくっと笑った誠一を今度はクィーロが「悪い大人の笑い方だ」とからかう。
「悪い大人でいいですー。暖かいもん食いたいな」
「じゃぁ中に戻る?」
「だな」
冷えた指先を見つめ、前を行く誠一の首元に押しつける。
予想以上の悲鳴が上がり、びっくりするクィーロと、首筋を押さえて威嚇する誠一。
――2人が室内に入るのはまだもう少し後になった。
「……なんか悲鳴聞こえた?」
「? 誰か転んだのかな?」
ダリア(ka7016)とアイシャ(ka7015)は顔を見合わせ、首を傾げ合った。
「一人前になる為に龍園を出たけど……意外に戻って来るの早かったな」
2人は龍園に住む両親に顔出しした後の帰りだ。
(身寄りのなくなったアイシャをアタシんちで引き取ってからもう4年くらい経つんだっけ……父さんも母さんもアイシャを本当の娘同然に大切に想ってっからなぁ)
ダリアは先ほどまでの熱烈な歓迎を思い出す。
引き留めようとする両親に青龍様の宴があるからと断ってようやく解放されたのだ。
「……っくしゅん!! あったかい恰好してきたつもりなんだけど……さみーな!!」
ダリアの盛大なくしゃみにアイシャは思わず「ふふっ」と笑みを零すと、コートの前を開いた。
「姉さん、入る?」
身長171cmのアイシャと142cmのダリア。「姉さんは小さいからきっと一緒に入れるよ」なんて言ったらきっと顔を真っ赤にして怒るだろう様子を想像して、さらにアイシャは笑みを深める。
「アイシャのコートすげぇあったかそうじゃん! 入れろー!」
そんな妹分の胸中には気付かず、体当たりするようにアイシャに抱き付くダリア。
ダリアを抱きしめ返して、アイシャは星空を見上げた。
(父さん、母さん、私まだまだ一人前には程遠いけど戻って来ちゃった。
いつか父さんや母さんみたいに立派な龍騎士になるから、この星のどこかで、見守っていて)
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は炎を纏った蝶を侍らせながら2階建ての宿泊施設、その屋上に佇んでいた。
「瞬く夜空、煌めく真雪……愛しき龍達が愛する世界……なれば妾の宝も同じよな……」
白い息を吐きながら空を見上げ、地上の龍達を見守り微笑む。
「のう青龍……おんしに誓った様に、妾は愛子達を護れて居るじゃろうか? ……あぁ。愛しき者達の笑顔……其れこそが答え……か……」
儚げな白いロングドレスに身を包み、炎蝶に照らされた蜜鈴は見た者がいればさぞ幻想的に映ったであろうが、残念ながらと言うべきか、幸いに、と言うべきか誰ひとりとしてこの場に近付いて来る者はいない。
煙管に口づけ、紫煙と共に白い息を吐くと、炎蝶は空に溶けるように消えた。
「龍神信仰……我等と同じ……いや、護れなんだ妾と同じと言うては失礼じゃのう」
紅の唇から零れる言葉は誰に言うわけでも無く。小さな自嘲の笑みは夜の闇に落ちる。
星明かりの下、龍の守護者として誓いを立てたひとりのエルフは静かに見守り続けた。
●
エステルは雪の上でくるくる踊る。六花で扇ぎ舞う雪はまさに雪華。
最初こそエステルと共に雪と戯れていた白猫も、流石に肉球が冷えたのかコートの中へと潜り込んで出てこなくなってしまった。
楽しくて寒くてりんごのように頬を染めあげたエステルが、ついに小さくくしゃみをした。
「……温かいスープを飲みに行きますか、スノウさん?」
賛成、と言わんばかりに白猫が鳴いた。
神殿内は熱気に包まれていた。
温かな料理、人々の笑い声、神官の音楽とハンター達の奏でるリズムが融合し、生み出された新たなハーモニーに身を任せて踊る人々。
忙しげに料理を運ぶ人々に混じって、めいがお酌してまわっている。
やわらかな笑顔で対応する純白のドレス姿のめいを見て、名を知らない龍園の人々の間では『雪の花』のようだと密かに呼ばれたのだった。
そんな人波を潜り抜け、青龍の前へと辿り着くと、エステルはぺこんと頭を下げた。
「いつも守ってくれてありがとうございますです! でも青龍さんも一龍さんじゃないです。一緒に笑ったり悩んだりしたいです」
その言葉を、青龍がどう受け取ったのかはエステルには分からない。
ただ、青龍は「ありがとう」とだけ応えた。
「青龍サマー!」
アイシャのコートの中から弾けるように飛び出したダリアが青龍へ駆け寄ると、ピッと姿勢を正した。
「アタシ、ダリアっす!!! 青龍サマのために頑張るんでよろしくお願いします!!!!」
「ね、姉さん……! あの、よろしくお願いします」
慌ててダリアの後を追ってきたアイシャがダリアよりも小さくなって頭を下げた。
「元気の良いことだ。楽しんで行きなさい」
「はい!!!! よし、行くぞ、アイシャ」
「へ? あぁ! 姉さん!?」
早速料理の方へと駆けていくダリアを止める事も叶わず、アイシャは再度深々と礼をするとダリアの後を追う。
「……元気、ですね」
観智が笑めば、青龍も「あぁ」と肯定した。
「こんなに龍園が活気づくのは久方振りだ。精霊達も楽しそうにしている」
「精霊が、見えるのですか?」
「外にはまだ限りなく少ないが、この龍園内に保護したものなら、ほれ、其処彼処に」
青龍の視線の先、確かに他よりも小さく明るい気もするが、残念ながら観智には見る事が出来ない。
流石は星が生み出しし六大龍。生物としてはもちろんだが、精霊としての特徴も併せ持つのだろう。
「いつか、僕にも……見えると、いいのですが」
観智の呟きに青龍は「そうだな」と静かに返した。
「料理ウマいね、今日の私は食べ専で良かったよ~」
「えぇ、コケモモジュース、初めて飲みましたけど、結構酸味が強いんですね、吃驚しました」
小夏の空いた杯にコケモモ酒を注ぎながらめいが笑う。
「あぁ、何か作った人によって味が変わるらしいよ~。さっき龍園の人がそう言ってた」
「えぇ?! 本当ですか」
「コケモモ酒は漬けた年によるらしいけどね~」
丁度演奏が1つ終わり、めいと小夏は拍手しながら耳元で会話を続ける。
「いやぁ良かった。本当いろんなのを見たり聞いたりしながら、飲み食いするのは最高だね……っと。おぉ~い」
小夏がサヴィトゥールの姿を見つけて手を振ると、彼は意外にも素直に小夏の方へと近付いて来る。
「宴楽しいよ、今日は有り難うね」
「そうか、それはよかった」
「種族は違うけど、みんな一緒に居れるんです。それってとても素敵ですよね」
めいの言葉にサヴィトゥールは二度瞬いて、小さく息を吐くと微笑った。
「そうだな」
外気を吸いに外に出ていたGacruxは、後に出てきたのがサヴィトゥールと気付いて軽く会釈し自己紹介した。
「あぁ、長老にゲームを贈った」
「そんなに有名ですか?!」
「リゼリオから帰ってきた後暫くの間、朝の勤めが終わって部屋へと直帰するので何かと思えば、『ハンターからゲームを貰ったからこれをクリアするまではこれが僕の朝の勤めだ』と言い張ってきっかり2時間部屋から出ない日が続いた」
(夏休みの宿題に挑む小学生かな!?)
「おおよそ半年ほどかけて“完クリ”とやらを達成したらしい。あの人は凝り性だからな」
「……いい上司、ですか?」
口調から悪印象を抱いている訳では無さそうだと察したGacruxが問うと、サヴィトゥールは盛大に顔をしかめた。
「……悪ければ、青龍様の傍に居続けられる訳が無かろう」
どれほど生きる時間が違えども。青龍を信仰する彼らに取って特別な『直接青龍と契約した最後の兄妹』であったとしても。
『青龍を守る』という絶対にぶれない柱があったお陰で団結し、この過酷な地で生き抜いてきたのだ。
「……少なくとも自分にオフィス代表なんぞを押しつけたことはまだ許してはいない」
「失礼する」と室内へと戻っていく後ろ姿を見て、「素直じゃないですねぇ」とGacruxは小さく笑った。
「さて、俺も戻りましょうか」
アズラエルがリゼリオでそうであったように、今度は自分が龍園を楽しもうとGacruxもまた室内へと戻っていった。
(これは……据え膳というやつなのか……!?)
クラン・クィールス(ka6605)は人生でこれ以上ないくらいに困っていた。
「……ん。くぃーるしゅしゃん……」
クランの左腕の中にいる愛しい温もりが徐々に自分へと近付いて来る。
「おい、酔い過ぎ……というかくっつきすぎだ」
(いや、確かに付き合って2ヶ月。キスもまだだが、しかし……!)
――遡ること30分程前。
「酒は飲めないが、そうだな。何か身体が暖まるものがあるといいが」
わざわざ杯を持ってきてくれためいに礼をいいつつ、クランがお茶を貰った横で、氷雨 柊(ka6302)は小首を傾げて迷っている。
「コケモモ酒、ですかー?」
「ん……酒、柊は飲むのか?」
「一口飲んでみたいなぁ……なんてー。いいですかねぇ?」
「……いや、別に構わないが。ただ、飲み過ぎるなよ?」
はぁい、なんて可愛らしい返事だったが、思えばこの時から既に嫌な予感はしていたのだ。
「……なんだか甘い果実の匂いがしますねぇ」
――ひと口、飲んだだけだった。
「ふぁ……ぽかぽかしますー。このお酒、美味しいですねぇ」
くにゃん、としなだれかかる柊。
「……早すぎだろう、出来上がるの……」
こめかみを押さえるクランの横で柊が楽しそうに笑う。
「ほらクィールスさん、私ぽかぽかですよー、あったかいですよー」
当たる! 肘に! 柔らかいモノが!!
クランの動揺を露とも知らず柊が楽しげに――そしてやけに扇情的な表情で――クランに抱き付いてくる。
「……暖かいのは分かったから少し離れろ、視線が痛……おい、話を聞け」
「クィールスさんはちょっとひんやりですねぇ? ふふ、今の私は甘えたさんなんですよぅ。いっぱい構ってくださいー」
表面上、呆れた様子で甘える柊をつれなくいなしているが、クランだって男だ。惚れた女が(酒のせいとはい分かっていても)こんな潤んだ瞳で見上げてくれば、ときめかない訳が無く。
結果。クランは理性と本能の間でこれ以上ないほど困っていた。
上目使いでクランを見つめていた双眸が閉じられた。
徐々に近付く顔。
「ひ、柊……」
喉が音を立てて唾液を飲み込んだ。
――コツン。
柊の額が、クランの肩口に沈んだ。
「……は?」
ずり落ちそうになる柊を慌てて支え、そのまま膝枕にしてやると、何とも幸せそうな寝顔がそこにはあった。
「……はぁ。どうしたもんか、これは……」
思わず両手で顔を覆ってクランは深い深い溜息を吐いたのだった。
●
「龍園の皆はん……驚いてましたね」
研司の手際の良さと出てくる料理に衝撃を受けた調理師達が、「完成!」の一言を告げた途端に研司の元に殺到して質問攻めにしたのだ。
一通り説明を終え、ようやく解放されて熱気から逃げ出すように2人で外に転がり出た。
「わぁ、小夜さん見て!」
月の無い暗い夜空に降る様な星が瞬いている。
(祭りの夜よりも、すごい。あの夢でみた星空みたい)
静かに感動している小夜を見て、研司は目を細める。
「寒く無い?」
小夜は首を横に振って研司のポンチョの裾を引いた。
「少し……お散歩しませんか?」
身長差的にどうしても上目使いになる小夜のおねだりに、研司は思わず破顔して「もちろん」と少し冷えた小さな手を取った。
アルフロディ(ka5615)は緋袮(ka5699)と夜の龍園を歩いていた。
しかし、その表情は正反対と言ったもので、想い人とのデートにやや浮かれ調子であるアルフロディに対し、不機嫌顔のまま無言を貫く緋祢。
「星が綺麗ですね」
「寒くありませんか?」
歩き始めてからずっと積極的に話しかけるものの、その全てに無言を貫かれては、流石のアルフロディの気分も落ち込んできた。
暫し、2人。無言のまま夜の龍園をあてどもなく歩いていたが、ついにアルフロディが足を止めた。
「やはり私が貴女様を庇うなど差し出がましかったですよね……」
「あたしの役に立ちたいんなら足引っ張るような真似すんじゃねえ! 弱ぇ奴は引っ込んでろ!」
アルフロディの言葉に、ここまで堪えていた緋祢の怒りが飛び出した。
緋祢は怒っていた。
ずっと怒っていた。
前衛に不向きなアルフロディが自分を庇った事。
弱いと思ってたアルフロディに庇われてしまった自分に対しても。
そして結果、アルフロディが重体を負ってしまった事。
そして未だ、アルフロディへお礼が言えていない事。
その全てに怒っていた。
しかし、いざ怒りをぶつけてみると、ぶつけられた本人は、何故か表情を輝かせた。
「……! 分かりました、此れからは貴女様の足を引っ張らず、貴女様の役に立てる様支援に励みますね!」
「は!? そういう事言ってんじゃねえよ!」
予想斜め上のアルフロディの発言に面食らってしまって、緋祢の感情は上手く言葉にならない。
上手く言葉にならないままに怒声を浴びせるも、アルフロディはより一層良い笑顔で緋祢の言葉を全部聞き流していた。
「今はまだ未熟者ですが、何時かは貴女様に認めてもらえる様精進致します」
「勝手にしろ! 強くなったらあたしがブチのめして謝らせてやる!!」
捨て台詞を吐くと、緋祢は1人早歩きで先に進んでいく。
(馬鹿野郎! ……結局、礼言う機会、逃しちまっただろ……)
そんな緋祢の焦燥にアルフロディは気付かない。
「緋祢様!」
慌てて後を追うとアルフロディは緋祢の横にそっと並んだ。
(愛してほしいとは言わない。今は唯、貴女の傍に……)
そんな切なる願いを緋祢は知らない。
ほんの少しすれ違ったまま、2人は夜の龍園を歩いていく。
レオン(ka5108)はルシール・フルフラット(ka4000)と腕を組んで歩いていた。
「流石に夜は冷えるな」
「寒いですか?」
風除けになっていたつもりだったレオンだが、首を横に振り「こうしているから」と身を寄せられては愛しさが募るばかりだ。
一方でこうして身を寄せることでルシールは昔のことを思い出す。
赤子の頃から知っている。幼い頃から鍛えて来た。
旧友の子。弟子、兼、大切な、恋人。
「それにしても星が綺麗だな」
遠くに宴の音楽が聞こえ、龍鉱石の灯りが静かに神殿の周囲だけを浮き上がらせている。
「ルシール」
静かに名を呼べば、その言葉にはらんだ緊張を読み取ったのか、彼女もまた緊張した面持ちでレオンを見た。
優しくルシールの両肩に手を置き、真っ直ぐに正面から見つめる。
子供の時から、ずっと見てきた。この人だけを。
彼女に守られながら、いつか彼女を守れる男になりたいとずっと思ってきた。
「師匠……ううん、ルシール。貴女を愛してます。僕は貴女と共にありたい。結婚してくれませんか?」
今日、その思いの丈を告げようと決めてきた。
ルシールの瞳が切なげに揺れた。
「……まったく。君はずるい。こんな星の下で、まっすぐに見つめられて、そんなことを言う」
気がつけば見上げて来た瞳も同じ高さになって。
いつの間にか抱き上げられるほどに力強くもなって。
ルシールは肩に置かれた右手にそっと両手を添えた。
「ときめかないわけがないだろう」
星明かりの下でも分かるほどにルシールの頬は朱に染まっている。
「ルシール……!」
「それなら、あー……」
抱きしめようとした瞬間、言葉を投げられて、レオンはお預けを食らった犬のような顔になりつつも、「何?」と優しくルシールに問いかけた。
「……その、子は何人くらいが良いんだ?」
ルシールからの問いかけに、今度はレオンが月明かりの下でも分かるほどに耳まで真っ赤に染まったのだった。
そんな2人を星々は静かに見守っていた。
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お帰りな祭に向けて 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/10/30 17:57:46 |
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問い合わせなど ※お知らせあり サヴィトゥール(kz0228) ドラグーン|28才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/10/26 09:17:09 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/10/30 18:06:32 |