【HW】クリムゾンウェスト殺人事件!

マスター:黒木茨

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
  • duplication
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
8日
締切
2017/11/06 12:00
完成日
2017/11/19 23:48

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●序章
 私が紅犀城に辿り着いたのは、夜も更けた頃であった。空には星が点々と瞬き、その美しさはこのような状況でなければゆっくりと天体観測でもしたいと思えるほど見事なものである。
 王都から馬車で森と山を進み、数時間。吊り橋を渡って暫し歩けば、そこが紅犀城だ。どうしてこんなところに屋敷を建てたのか。昔の人間とは、物好きなものである。
「お待ちしておりました」
 へとへとになった私を若いメイドが扉を開け待ってくれていた。私は彼女に荷物を預け、執事の案内に従って屋敷を進む。
 女主人の趣味はよく、美しい調度品が私の目を楽しませた。

「いらっしゃい。いや待ってたよぉ」
 食堂で私を迎えたのは、齢80ほどの老婆であった。にこにこと柔らかい笑みをその顔に浮かべた老婆は、私にワインを勧めてくれた。それに応じて手を進める。食事の味も中々の物だ。
「明日になったら色々と案内してあげるからねえ。ゆっくりしていってね」
 私がここを訪れたのは、新しく開発された薬を売るためであったのだが……観光というのもまあ、悪くはないだろう。
 そうやって女主人の話に応じていたらもう深夜である。
 欠伸を堪えていると寝室の用意が整ったとメイドが言うので、案内してもらった。客間は広く、ゆったりと寛げそうである。
 私は風呂もそこそこに床に就いた。大雨の音と雷が煩かったが、暫くすればそれにも慣れ、私は眠りにつく。

●翌朝
 早朝、私は外の騒がしさに目が覚めた。外は昨日と変わらず煩いままであった。
 使用人の動きを追っていくと、女主人の部屋に辿り着いた。他に逗留していた客も女主人の部屋に集まり、騒いでいる。
 なんだろうと思って隙間から覗き込むと、そこには昨日の老婆が血だまりの中倒れているではないか。医者が脈拍を測り、首を振る。亡くなっているということだろうか。
「状況から見て他殺ですね」
 医者が言う。場は混乱し、私は部屋に戻るしかなかった。

 あの優しい老婆は、どうして殺されてしまったのだろうか。わからない。
 とにかく早く荷物をまとめてここから逃げよう。そう思っていると、誰かが慌ただしくノックしてきた。
「なんだね」
「失礼します。昨晩の落雷で吊り橋が落ちてしまったようで、復旧まで皆様にはここに留まっていただく他ないと……」
 なんということだ。私はその場に倒れこんだ。

リプレイ本文

●前書き
 あの夜の星空は、今思えばあの恐るべき事件の予兆だったのかもしれない――ゲルマンは燃え盛る紅犀城を見ながら、茫洋と考えていた。皆吊り橋を揺らしながら、警吏と共に逃げ惑っている。末尾に居た者が、その場に立ち尽くしているゲルマンを引きずる様にして連れていった。残虐なる犯人に殺され、そのまま城の中に残された物言わぬ彼らが焼き尽くされる様を想像して、ゲルマンは苦虫を噛み潰したような顔になる。そして決意する。この事件を、このまま風化させてはいけない。何か、何でもいい、形に残すべきだと――

●捜査開始
「おば様! どうして……!」
「なんてことだ……!」
 扉を開けて、夢路 まよい(ka1328)はアナスタシアの遺体の前に跪き、医師の制止も無視してその手を取った。伝わる温度に唯々アナスタシアの死を実感するばかりで、まよいはその瞳からぽろぽろと涙を零した。その後ろで、榊 兵庫(ka0010)という、豪奢な衣装を纏った男が狼狽えている。
「アナスタシア様……なんでこんなひどいこと……」
 二人に遅れて、ジュード・エアハート(ka0410)というメイドが惨状を目の当たりにした。ハンカチを手に、今にも涙を零しそうなジュードの肩を、Holmes(ka3813)が支えて言う。
「皆様、ひとまず広間にお集まり下さい。アナ様を害した方がまだいらっしゃるかもしれません」
 良く通る声を聞いた客や使用人は、騒めくのをやめて息を呑む。そうしてお互いの顔を見合わせ嫌疑の視線を交わした。それをHolmesが静め、広間へ向かわせる。最後尾を行くHolmesの呟きを、まよいが拾った。
「ああ……まったく、長年の友が亡くなる場に立ち会う羽目になるとは……」
「Holmesさん、いま、何か……」
「っと、失礼しました。独り言です、どうか忘れて下さい」
 そんなやりとりを交わしていると、広間の方から悲鳴が届く。
「やだ、電話線が――!」
「助けは呼べないのか!?」
「吊り橋も落ちてるんですって!」
「まさか私たちも殺されるの!?」
「皆様、落ち着いてください! 落ち着いて!」
 まよいは疑いの目で、駆けるHolmesの背中を見ていた――。

「さて、では『間違い探し』と参りましょうか」
 館の応接室で、暖炉の薪木がパチパチと音を立てている。ソフィアの手で客人に振舞われた紅茶の水面がゆらりと揺れ、各々の顔を映し出す。戸惑う兵庫とゲルマン、南條 真水(ka2377)の姿、未だハンカチで拭いながらも涙しているジュード、神妙な面持ちのエアルドフリス(ka1856)。悲しみを暖めるべく、まよいはカップの中身を流し込む。また、グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)も祖母のアナスタシアを失ったショックのせいか、震える手でカップをソーサーに戻していた。
「『間違い探し』? いったい何をするのですか?」
 そうHolmesに訊くのは、エルバッハ・リオン(ka2434)。アナスタシアの親友のひ孫と言っていた。彼女は余裕の面持ちでHolmesを見据える。
「こんな状況で、遊ぶわけではないでしょう?」
「アナ様を害した方を探すのですよ。助けを呼べない以上、我々で探すほかありません」
 その一言で、応接室がしんと静まり返った。Holmesは続ける。
「先ずは、アナ様が何時、どのようにして亡くなられたのか――貴方はあの場で、アナ様の遺体を見分なさっていたようですが」
 鋭い視線で刺されたエアルドフリスは、皆の視線を一身に受けてもなお動じずに口を開いた。
「いかにもアナスタシア夫人の検死をした医師は俺だ」
「では……お話をして貰っても?」
 促され、皆の顔色を伺いながら、エアルドフリスは語り出す。途中、息を吐きながら、皆を刺激しないよう慎重に言葉を選ぶが、その努力も虚しく応接室の客人の顔色はみるみる青くなる。
「アナスタシア夫人の死因は脳挫傷。後頭部を鈍器のようなもので殴られた、ように見えるな。死亡推定時刻は死後硬直の様子から見て昨夜の二時から四時くらいか。凶器らしい物は現場に見当たらなかったが――」
 ここまで話してから、エアルドフリスはきまり悪そうに言葉を切った。
「おいおい……」
「いやあ、キッツいねえ」
 兵庫と真水が率直な思いを口にする。それを呼び水に客人はそれぞれ思い思いの事を話し出した。それを、Holmesが手を叩いて静める。
「皆様、落ち着いてください!」
 しかし、一度噴出したそれはなかなか治まらない。ジュードが涙を堪え、涙を流すまよいを支えていた。
「Holmesさん、まよいお嬢様には少々、刺激が強いのではないでしょうか……」
「いいえ、いいの……ジュビアさん」
 まよいは未だ涙の残る目でエアルドフリスを見る。そして、震える声でこう言った。
「……続けて」
 Holmesがエアルドフリスを一瞥する。
「といって、これ以上は私見にしかならんよ」
「構いません」
「夫人の部屋には金属製の彫像が幾つかあった。亡くなられた御主人の形見だと聞いたよ。俺はそれじゃないかと考えてる」
「検討する価値はありますね」
 たしかに、アナスタシアの部屋には金属の彫像があったということを彼女の部屋を訪れた者は思い出す。エアルドフリスが口を閉ざした後、ジュードとソフィアが恐る恐る口を挟んだ。
「そういえば……」
 逡巡するソフィアに先んじるように、ジュードが語る。
「昨日と屋敷内にあるいくつかの調度品の位置が違うような気がします」
 Holmesの眉が興味深そうにぴくりと動いた。
「調度品は決まった位置に置くように言われているので、掃除の時も気を付けているのですけれど……ねえ、ソーニャ」
「え、ええ……」
 ジュードの瞳がソフィアに向く。彼女は憔悴した状態ながら、はっきりした声でジュードに頷いた。Holmesはエアルドフリスとメイドの二人に対し礼を言って、次いでこう言う。
「それでは、皆様が昨晩何をしてらしたのか――お話を伺ってもよろしいでしょうか」
 応接室は再び静まり返り、その場の全員が息を呑んだ。

●皆の証言
 静まり返った応接室の中、薪の燃える音と雨が窓を叩く音が響いている。いつまでも続くように思える重苦しい空気の中、口火を切ったのは真水だった。
「しっかしまさかアナさんが殺されてしまうとはね。良い人だったよ。本当にさ」

「んで、なに? 昨日の夜? そんなの寝ていたに決まってるだろうに」
「昨晩はいつごろお休みになりましたか」
「シャワー浴びた後だから、10時前にはもう寝てたんじゃないかな」
 Holmesは尚も追究の手を緩めない。
「それを保証される方はいらっしゃいますか」
「そりゃ一人で寝てたから……いないけど……部屋まではメイドさんに案内してもらったよ。ねえ」
 真水は窮して、助けを求めるようにジュードを見た。ジュードは証言にあたって、真水のことも同様に思い出していたようだ。彼女の瞳に捉えられてから寸分の間もなく答える。
「南條様は随分とお疲れのようでした」
 とは言うものの、ジュードが真水に返す視線はどこか冷ややかなものがあった。エアルドフリスは何とはなしに彼の証言を補強する。
「そういえば、彫像は大きさの割に重くて、掃除の時難儀すると言っていたかな」
「ええ――昨晩の南條様のご様子では、それを持つのも難しいかと……」
「成程」
 二人の証言によって生まれた一瞬の隙を逃さず、真水は話を切り上げた。
「で、もういいかな? 南條さんは部屋に戻りたいんだけど」
「ええ。ありがとうございました」
「……悪いね、これでも多少は参ってるんだ。さっきも言ったけれど、昔ちっと世話になったからね」
 真水は目頭を抑えながら、嘯く。その内心は喪失と慙愧で乱れているようだった。彼女は姿勢を正して、Holmesへ言った。
「やるせない気分だけれど、犯人捜しには協力するよ」

「次は私ですか。昨夜は南條様と同じく、寝ていましたよ」
「それを――」
「残念ながら独り寝ですから。それを証明しろと言われても困りますが」
 真水の次に口を開いたのは、兵庫だった。全員の視線が兵庫に集まるが、その中でも一人、とりわけグリムバルドの視線は兵庫を鋭く刺した。
「それにしても見ない顔だな。おばあ様から貴方のような人の事は聞いてないが」
 疑わし気な視線に兵庫はけろりと笑って言う。
「失礼。私は貴金属商をやっております。マダムには先代が随分とお世話になりまして、この度私が暖簾を継いだのでご挨拶に伺った次第です」
「ああ、あの人の――」
 グリムバルドの脳裏に、あの人の好さそうな貴金属商が浮かび、兵庫が彼の後継なのかとまた兵庫の顔を見る。確かに似ているといえば、似ているかもしれない。Holmesを初めとした使用人たちが異を唱えないのを見て取って、グリムバルドはそれ以上の詮索を止めた。
「昨晩の件でお役に立てなかった代わりと言ってはなんですが……」
 と言って、兵庫は先程より声を一段低くして続ける。
「マダムは今でこそ落ち着いた上品なご婦人ですが、若い頃には結構無茶もされたとか。そんなマダムの行動で酷い目にあった方もおられたかもしれませんね」
 その言葉に、まよいの瞳が揺れた。グリムバルドやジュードも何かを耐えているかのように沈黙する。
「本当かどうかは分かりませんけど、先代がマダムと面識を得る前に別の商人と取引をしていた事があったそうです……ただ、なぜか先代が取引を始めてからはその商人の噂は聞かなくなったとか。マダムとの間に何かあったのでしょうかね?」
「なんてことを言うの!」
「まよい、座って」
 ガシャンと音を立てて、まよいがテーブルを叩き立つ。激昂している彼女を抑えながら、グリムバルドは兵庫を睨んだ。兵庫はあくまでも飄々としたまま、さらに続ける。
「まあ、これは一般論ですが、加害者は忘れても被害者はなかなか忘れないモノですよ。今回の事ももしかしたら世代を超えた復讐だったりするかもしれませんね」
「あら、それは貴方のことではないですか? 自白と受け取っても?」
 彼の言葉が止まった。声の主はエルバッハ、淹れ直された紅茶を口に含んでいる彼女に対し、兵庫は乾いた笑いで応じる。
「はは、ご冗談を……私はここに残りますので、何かまた訊きたいことがありましたらお話しますよ」
「堂々としたもんだな」
 グリムバルドの皮肉を受けても、彼は肩を竦めるだけだった。
「この館の中にまだ犯人が居るのでしょう? 犯人が仮にメイドや執事だった場合、部屋に鍵を掛けても無駄になりますね」
「そんな……!」
「仮に、ですよ。別に貴方達が犯人と言いたいわけではありません。まあ、なるべく人目があるところで過ごさせて貰う事にしますよ」
 言葉を失うジュードとソフィアを前にして、兵庫は深く、ソファに腰掛けた。

 Holmesが証言を聞いているうちに、応接室の時計の針が9時を指そうとしていた。最後に親類とメイドの証言をということで、Holmesはジュードとソーニャを見遣る。二人は毅然とした態度のまま、答えた。
「昨晩はお客様の部屋のご用意と案内を終えた後、ソーニャが大変そうだったのでキッチンで食器洗いや掃除の手伝いをしておりました」
「私はジュビアに手伝って貰いながら、明日の仕込みと掃除を……それで、終わったら二人で部屋に戻ろうって言ったのだけど、私は用事を思い出して、引き返しました」
「用事というのは?」
「暖炉を消し忘れていたので、それを消していたのです」
「私が部屋に戻ってからそう遅くない内に戻ってきましたわ」
 そつなく応える二人の証言は事件当時のアナスタシアの部屋の周囲に移る。しかし、ジュードもソフィアも応えかねる様子で、困ったように腕を組んでいた。
「特に変わった様子はありませんでしたし、大きな音も……ああ、大雨の音と雷はしましたが、それ以外は気にならなかったと思います」
 ジュードがそう言うと、ソフィアはまよいとグリムバルドを気まずそうに見てから、恐る恐る付け加えた。
「そういえば、まよい様はよくアナスタシア様のお部屋を訪れていましたし、グリムバルド様も最近はよくアナスタシア様と口論されていて……」
「……あの夜に限っては行ってないわ」
「そうなのか?」
 グリムバルドの何気ない一言に、まよいがまた声を荒げる。
「本当よ! グリムまで私を疑うつもり!?」
「いや……まよいはてっきりおばあ様のベッドに潜り込んでいるだろうなと、そんな事を考えていたから……」
「この私があの、優しくしてくれたおば様を殺したりするわけないじゃない! それに、あの夜はぐっすり寝付けたもの!」
 言葉にならない言葉を叫びながら、怒り狂うまよい。彼女を鎮めるため、その場の皆があの手この手で彼女を宥めた。が、その努力虚しく、まよいは未だ眉間に皺を寄せたまま応接室に居る人間ひとりひとりを睨んでいる。
「あと気になることと申しましたら、あすこに飾ってあった斧が一本無くなっていますわ。昨夜はあったのですけれど……」
「でも、おば様は鈍器で殴られて亡くなったんでしょう? そんなの関係ないと思うけど」
 ソフィアに食って掛かるまよいを横目に、Holmesはどこか虚空を見詰めているグリムバルドに気付いた。
「……グリムバルド様?」
「……ああ、すまない。少しぼんやりしていた」
 苦笑してすまないというグリムバルドに違和感を覚えつつ、Holmesは口を開いた彼の証言に耳を傾けた。
「夕食の後は……お茶を淹れにキッチンへ行ったときにソーニャとすれ違ったくらいで、後は誰にも会ってないな。その時ソーニャは一人だったから、暖炉を消した後……だったと思う」
「途中、何か物音はいたしませんでしたか?」
 グリムバルドは困ったように眉を歪めて、首を横に振る。
「……外の雷雨しか気にならなかったな。すまないな、あまり役に立ちそうな情報が無くて」
「いえ……ところで、口論とは?」
「あー……うーん、まぁ、おばあ様にとっては、俺はいつまでも小さな、子供のグリムなのさ」
 グリムバルドの言葉を聞いて、ふふ、とエルバッハが笑った。彼女はカップの底で冷えた一滴を飲み干してから、言う。
「親類というのは何処の家でもうるさいものですね」
「みたいだな。今度の研究だって……と、これはあんまり関係ないな。こんな感じでいいか?」
 Holmesの様子を伺っているグリムバルドに、笑みを返すHolmes。グリムバルドはほっとした様子で、肩の力を緩めた。
「ねえ……そもそもあなたが犯人でない保証なんてあるの?」
 各々の証言も終わりかけたとき、まよいがHolmesに対し冷たく、震える声で言う。
「あなたが実は犯人だったりするんじゃないの?」
 Holmesは疑いをかけられながらも、ふっと笑った。まよいの表情が能面のようになる。
「ふふっ、怪しさだけで言えば、ボクが一番かもしれませんね」
 そうして、Holmesは事件当夜の様子を語り始めた。嵐に備えて雨漏りしそうな箇所の補強を行っていたこと、外へ出る際にジュード君とソーニャ君と顔を合わせていること、外では誰にも会わなかったこと、就寝は午前2時位となったこと。
「『信じて欲しい』……なんて無責任な言葉なんでしょうね」
「そうね」
 口を閉じて、Holmesはどこか諦めたような視線をまよいに投げかけた。

●侵入経路
「一通り証言も聞いたし、館の見回りでもしようか……」
 捜査を続けるHolmesの後ろを、エルバッハが追ってきた。
「執事さん、ちょっといいですか」
「はい、なんでしょう?」
「私も捜査に協力しても?」
 彼女の申し出にHolmesは逡巡しつつも、首を横に振る。それでもHolmesの背中を追う彼女に、Holmesは口を開いた。
「ちょうど誰か一人欲しいと思っていたところですが……アナ様のご友人の、それもお孫様に危険の伴うお仕事をさせるわけにはいきません」
 エルバッハは尚も諦めない。
「いいの、こんな状況だもの、気にしないでください」
「……では、お言葉に甘えて」
 Holmesはエルバッハを伴って、事件現場の扉を開いた。事件現場でHolmesが本棚にある本を探っているのを見て、エルバッハは首を傾げる。が、本棚が動きその奥に道が見えるのを見て目を丸くした。
「これは?」
「有事の際の為に、主人と奥方の部屋にはこういったものが作られているんですよ」
 Holmesはその道、地下通路を通って中庭に出る。

 中庭から廊下に、廊下から玄関に出た二人は茂みに何か衣服のようなものを見つけた。嵐に吹き飛ばされていないのが不思議なくらいだ。
「なんでしょう、これは……」
「レインコートのようですね」
 エルバッハはそれを手に取って、開く。所々破れているが、大きさは判別することが出来た。子供用と言っても通るようなもので、少なくとも、成人男性が着るものではない。
「犯人は外から入ったのでしょうか……?」
「その可能性は低いでしょう。ですが……回収しておきますか」

「精が出るね。息抜きに占いはどう?」
 応接室に戻ったHolmesとエルバッハを真水が迎えた。真水は水晶を手に、メイドたちを占っている。ちょうど先客の分が終わったようで、彼女はよく当たるといってはしゃいでいた。エルバッハは興味深そうに水晶を覗き込む。
「あら。では、アナスタシア様殺しの犯人は誰か――当ててみてくださいな」
「犯人か……なかなか狡猾な人間だよ」
「そんなの、殺人なんてするような人なら誰だってそうでしょう」
「占いなんてそんなもんだよ。それはそうと」
 猫のようにするするとエルバッハを煙に巻く真水が覗き込むのは水晶ではなくエルバッハの瞳だ。
「血だまりで立ってるエルバッハさんが見えるね」
「私を疑ってるんですか?」
「いいや、いや、人間の血かもしれないが、それだけとは限らないよ。鶏とかの血かもしれない。狩りが趣味なのかな?」
「……え、ええ、そうなんです。女らしくないってよく言われます」
「それにしてはやけに最近っぽいな。紅犀城が見える。こっちに来てから出かけたりした?」
 人を食ったような真水の言葉に、エルバッハは声が出ない。その様子を見て、真水は呵々と笑う。
「……なんてね。あくまで占いの話だよ。信じるかは自由だ」

「こ、これは……!」
 エルバッハが南條に揶揄われていた頃、ジュードは書斎の引き出しから書類を発見したのか、それを読みつつ目を見開いている。
「誰かに知らせないと……!」
 その時、ジュードの背後に何者かが忍び寄った。

●増える死体
「ジュビア? ……ジュビア!」
「如何なされましたか!?」
 エアルドフリスの叫び声に駆け付けたHolmesは、うつ伏せになったジュードの死体を発見する。書斎の中、散らばった紙が血で濡れていた。Holmesがそれを拾い上げると、ジュードの手元にあった紙に何か書かれているのを見つける。よく読もうと目を凝らしたとき、扉の方で兵庫とまよいの声がした。
「ま、また誰かが……?」
「いったいどうなっているのよ! 貴方は何をしていたの!? 所詮は探偵気取りってとこね?」
 まよいに背中を叩かれ、Holmesは紙から目を逸らさずにはいられない。まよいの罵声を受けながら、Holmesはエアルドフリスを見る。
「……エアルドフリス様、検死を……」
「あ、ああ……」
 エアルドフリスがジュードの手を取った、その時だ。
「大変だ! ソーニャも……誰か! 誰かこっちに来てくれ!!」
 ゲルマンが息を切らして駆けてきた。彼の案内した先にあったのは、大広間で首を吊っているソフィアの姿だった。

 降ろされ、絨毯に横たえられるソフィアの顔は苦悶と恐怖で歪んでいた。その場にいる皆が口を噤んでいる。
「それで……検死の方はどうでした?」
 兵庫がおそるおそる言った。エアルドフリスはソフィアの手を下ろし、立ち上がる。
「ジュビア……ジュードの方は、後頭部を刃物で割り開かれている。傷の様子から見るに……斧のようなもので殴られたようだね。死亡推定時刻は夜の6時だ」
「そういえば、無くなっていた斧は……あれから見つかっていませんね」
「それが凶器なのでは?」
 兵庫とエルバッハの推測にエアルドフリスは沈黙を決め込み、ただ事実のみを述べた。
「で、ソーニャは……背後から首を絞められたみたいだな。痕を見るにロープだろうが……この角度だと、彼女より背の高い人物ってことになる。少なくとも、20cmは上だ。自殺と見せかけたかったんだろうが……死亡推定時刻は昼の2時。ジュードより前か」
 具体的な犯人像に、皆それぞれの顔を見合わせる。しかしそんな条件に当てはまりそうな人物は男性陣のみ――自然と視線は女性から逸れ、兵庫とゲルマン、グリムバルド……そしてエアルドフリスに向かった。
「彼女より背の高い人間……」
「ジュードさん以外の女性に、犯行はありえませんよね……」
 そして、皆書斎の死体を思い浮かべる。
「でも、ジュビアはもう……」
 Holmesは皆を応接室に戻そうと口を開いた。
「皆さん、死亡推定時刻付近はいつ、どこで何を……」
「その医者が犯人かもしれないのよ!? 信じるつもりなの!?」
 まよいがまた声を荒げる。場はさらに混迷を極め、皆が各々の部屋に戻る頃には、もう夜も更けていた――

「はー……まったく、死体は見慣れてるつもりだったんだけどな」
 侵入者に反応して、激しく音の鳴る仕掛け――それを扉に付けながら、真水は溜息を吐く。枕元に護身用のナイフを置くのを忘れずに、部屋を見て怪しげな箇所がないか確認する。
「南條さんもこりゃ、危ないかもなあ……くわばらくわばら……」
 止みかけた嵐を窓の外に見ながら、真水はベッドに寝転んだ。

●真相解明
 嵐が止み、澄んだ空気が爽やかな朝を迎えた彼らの前に現れたのは、首を絞められた真水の死体だった。
「そんな、南條さんまで……!」
「おそらく、ソフィアの時と同一犯だな。凶器も死因も同じだ」
 エアルドフリスは検死を終え、床に転がったナイフを見る。そのナイフの先端には血が付着していた。犯人のものだろう。
「凡そそこに転がってるナイフで応戦したんだろうが……」
「……皆様、もう一度応接室へお集まりください」
 検死結果を聞き終え騒然とする場の中で、Holmesが至極冷静に言う。
「『間違い探し』の答え合わせとしましょう」

「この事件には複数の犯人が居ます。いえ、それぞれ独立した事件なのです。それが、話を複雑にしている」
「それで……犯人は、誰なんだ!?」
 ソファに深く腰掛けて指を組んでいるHolmesに、兵庫が詰め寄った。
「順に指摘しましょう。先ずはアナ様を害した方から……それは、エルバッハ様でございます」
 急に話の中心となったエルバッハは、余裕を崩さぬまま反論する。
「私に限ってそれはありません。ひいおばあ様に誓って、そんなことしませんわ」
「その地位も偽物、でしょう?」
 笑うエルバッハに、Holmesが畳みかけた。
「貴女は本物の令嬢と護衛の方々を殺害した後、入れ替わった。そして紅犀城へ侵入した貴女は犯行時刻、アナ様が一人の時を見計らって彼女を気絶させ……」
 推理の途中、エルバッハが手の扇子を投げる。
「濡れ衣です! それに、私にはアリバイがあったはずですが?」
「そ、そうだ!」
 ゲルマンがエルバッハの隣で昨晩の状況を改めて言った。自らが寝る前、おそらく、アナスタシアが殺害されている時間、彼女は自分の部屋を訪れて暫し寛いでいたと――Holmesは頷くものの、言葉を重ねる。
「アナ様を殺害後、貴方は急いでゲルマン様の部屋に向かい、アリバイを作った。そして彼が薬で眠っている間に偽装工作を行った。違いますか」
「た、たしかにあの夜はあの後急に眠く――」
「偽装工作に用いたのは鶏ですね。その血を撒き散らし、彼女の部屋が殺害現場のように見せかけた。よく物音を立てずにできましたね」
「ど、どうしてそこまで……ああっ」
「悪女め! 捕まえろ!」
 口を滑らしたエルバッハにゲルマンが畳みかけた。エルバッハの白く細いその手首に縄がかかる。抵抗も虚しく、彼女は縛り上げられた。その時、メイドが駆けてくる。
「橋が復旧しています!」
「よし、警察を呼んでくれ!」

「次はジュビアの件ですが……こちらはエルバッハ様ではありません」
「ジュードの死亡推定時刻は夜の6時……その時貴方とエルバッハさんの二人は応接室に居ましたね。南條さんに揶揄われていて……あれには随分驚かされましたが」
 兵庫がエルバッハを一瞥して、他の証人の顔を見る。
「じゃ、じゃあ誰なのよ!?」
 Holmesが指差したのは、そう叫ぶまよいだった。
「わ……私!?」
「事件のあらましは、こういったものではないですか?」

 ジュードの背後に忍び寄ったのは、まよいであった。
「何、コソコソしているの?」
「まよい様……」
「私、聞いたの。貴女って、不義の子の息子なんですってね」
「そ、それをどこで……」
 苦笑いで振り向いたジュードは、まよいの手にある斧に気付き小さく悲鳴を上げた。
「あなたが! あなたがおば様を!」
「違います!」
「そんなにこの家の財産が欲しいの!? このまま私とグリムのことも殺すのね!?」
「まよい様、落ち着いて、おやめください!」
 そう言うジュードの声が彼女の精神を逆撫でしたのか、まよいは憤怒に顔を歪め、手の中に在る斧を振り上げる。
「そんなこと言って! 貴女なんて、貴方なんて――!!」
 逃げるジュードに飛び掛かり床に組み伏せたまよいは、彼の頭に斧を振り下ろした。

「離して! 私は悪くないわ!」
 Holmesに殴りかかろうと立つまよいを、兵庫とゲルマンが押さえつける。まよいはその小柄な身体に見合わぬ強い力で抵抗しつつ叫ぶ。
「皆で殺したんでしょう!? その女一人に罪を着せて、逃げるつもりなのね!?」
 違います――Holmesがこう言いながら差し伸べた手は乾いた音を立てて振り払われる。
「嫌! 殺されるくらいなら死んでやる! 今ここで!」
「こりゃ、入れるのは監獄より病院の方がいいな」
 一部始終苦渋の面持ちで見ていたエアルドフリスが、ふうと溜息を吐た。
「ジュビアとアナスタシア夫人の件の下手人はわかった。では、ソーニャとあの客人は誰がやったのかね?」
「それもご説明いたしましょう。ソーニャと南條様を害した方は――」
 Holmesが見るのは、エルバッハでもまよいでもない。
「貴方ですね、グリムバルド様」
「……俺?」
 名指しされたグリムバルドは苦笑しながらも首を横へ振る。
「……記憶にないな」
「ええ、記憶にないのも当然でしょう」
 Holmesは分厚い紙束を取り出して、テーブルの上に置いた。ジュードの血が付着しているものの、かろうじて読むことが出来るそれは、人が持つ能力を限界まで引き出す薬について書いていた。
「この薬……あなたの研究しているそれが、あなたを凶行に走らせた……」
 紙束の後半に書かれている副作用――心が冷酷かつ悪徳に染まっていくという記述にHolmesは指を走らせ、グリムバルドを見据えた。そして、彼の凶行の総てを状況と証拠から組み立てる。
 完璧なHolmesの推理を聞いたグリムバルドは、全てを覚悟したような、据わった目でふらりふらりと倉庫へ向かった。彼の足が倉庫にあるドラム缶を蹴り、その中身をぶちまける。
「あなた、いったい何を……!?」
「ちょ、ちょっと!」
 エルバッハとまよいが、グリムバルドの行動を計りかねているその時、彼がポケットからマッチ箱を取り出していることにHolmesが気付く。気付いた彼女が口を開くより前に、点いたマッチが濡れた床に落ちた。
「外への抜け道がございます、火の手が回る前にここを出ましょう!」

●終曲
 燃える紅犀城が、その名をなぞる様に暗くなりゆく空の中で禍々しく輝いていた。
「おば様! おば様が! 紅犀城が!」
「ジュビア……」
「皆さん、逃げてください! 早く!」
 足取りの重いエアルドフリスと今にも城に引き返そうなまよいを、Holmesが警吏の馬車に押し込んだ。
「何をしているんですか、ゲルマンさん! 急いで!」
 ゲルマンが紅犀城の前に立ち尽くしていることに気付いた兵庫は、彼を引きずって後に続く。復旧したばかりの吊り橋に火が点き始めたとき、ゲルマンは紅犀城の火の中に、哄笑するグリムバルドの姿を見たような気がした――。

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MVP一覧

  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよいka1328
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリスka1856
  • 唯一つ、その名を
    Holmeska3813

重体一覧

参加者一覧

  • 亜竜殺し
    榊 兵庫(ka0010
    人間(蒼)|26才|男性|闘狩人
  • 空を引き裂く射手
    ジュード・エアハート(ka0410
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよい(ka1328
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • ヒースの黒猫
    南條 真水(ka2377
    人間(蒼)|22才|女性|機導師
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 唯一つ、その名を
    Holmes(ka3813
    ドワーフ|8才|女性|霊闘士
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッド(ka4409
    人間(蒼)|24才|男性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン RP卓
ジュード・エアハート(ka0410
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2017/11/05 19:47:46
アイコン 相談卓
夢路 まよい(ka1328
人間(リアルブルー)|15才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/11/05 19:16:13
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/10/30 16:14:15