淀みし闇への親征

マスター:稲田和夫

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/11/23 12:00
完成日
2014/12/03 04:59

このシナリオは1日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「お久し振りですね。ゲロルト兵長。傷の具合はいかがですか?」
 バルトアンデルス城の廊下にて、カッテ・ウランゲル(kz0033)は、すれ違った相手に微笑んだ。
 着崩した制服に、場違いなモヒカン頭の兵士はその容貌に似合わず、慣れた様子で最敬礼を返す。
「副長にも、軍医にも原隊復帰のお墨付きは貰いましたよ……爺さんに合わせる顔がねえ。シルバリーヴァントの名に泥を塗る事になっちまいました」
 カッテは首を横に振った。
「報告は受けています。人類の盾たる帝国軍にとって決して不名誉ではありません」
 そう言ってから、カッテは相手の顔を覗き込むようにして、くすりと笑った。
「何だか、納得していない顔ですね」
「俺達の仕事は戦えねえ連中を守る事であって、強いからと無茶苦茶をやって、面倒を増やす連中に手柄をくれてやることじゃあない筈ですがね」
 ゲロルトが剣機リンドヴルムとの戦いで瀕死の重傷を負い、数か月の療養を余儀なくされたのは共に戦っていたハンターを咄嗟に庇った事が原因であった。
「ハンターの方々の目覚ましい活躍はご存じでしょう?」
 苦笑するカッテ。
「記録の上ではね。……ハン、となると俺はいつも外れのような連中とばかり組まされてる訳か」
 ゲロルトは剣機の迎撃戦の前にも、ハンターと協力する形で反政府組織の残党を摘発する任務に参加していた。
 だが、この任務ではハンターたちの恩情が仇となり、結果として彼が直接逃亡を試みた反逆者を捕えることになったのであった。
「そうですね……最初は溜まっている書類の処理から手伝って貰うつもりでしたが……」
 指を頬に当てて考え込むカッテ。やがて、ぽんと掌を打つ。
「これからも、ハンターの皆さんとお仕事をする機会は増えるでしょう。そんな感情を抱えたままなのはよくありません。だから、ハンターの方々と名誉挽回の機会を設けてみませんか?」
「それが御命令なら。ま……期待はしませんぜ」


 バルトアンデルス城内に依頼の説明のために設けられた一室。そこに現れたカッテは礼儀正しく挨拶をすると、説明を始めた。
「今回、皆さんに協力していただきたいのは、反政府組織のアジトの捜索です」
 帝都バルトアンデルスは市内を流れるイルリ河を挟んで、北のバルテュス=ヴュルテンシュタット州と南のアンデルスフェルデン州の二つの州に跨っている。
 そのアンデルスフェルデン州の中部にある小さな宿場町に、今は廃屋となっている旧政権時代の庁舎がある。
「反政府組織の一つが、そこをつい最近までアジトとして密かに利用していました」
 だが、剣機のコンテナがこの町の近くに投下された際、反政府組織のメンバーたちは歪虚に襲われては叶わないと慌ててアジトを引き払ったらしい。
「先日、軍がここの捜索を行った所、地下室には組織に関係する膨大な書類がそのまま残されていました。決済書一つとっても、それが非合法なものである以上重要な証拠となります。本来なら、全て接収してここに運び込むのが理想なのですが……」
 その量はほぼ機導トラック一台分。
 機導トラックや多人数の帝国兵がのどかな宿場町に大挙して現れれば人目を惹かずにはおかない。
「事態が収束している今、組織の方でも回収の機会を伺っているでしょう。政府の動きが察知されれば、襲撃を受けて兵士や市民に被害が及ぶ可能性もあります。なので、僕が現地で重要な書類だけを選び出して、素早く回収したいのです」
 カッテの人間離れした記憶力と情報把握能力ならば、膨大な書類の中から最短で最も重要な書類を判別出来る。
「それに……」
 ふっと暗い表情になるカッテ。
「重要な書類だけを彼らに感づかれること無く回収出来れば、彼らがその事に気付くまで、我々が有利に立ち回る事が出来ますから」
 例えばの話、書類の中に近日中に実行予定の暴動計画があり、組織がその書類を奪われた事に気付く前にその計画を実行に移そうとするならば事前に網を張る事も可能になるのだ。
「皆さんには、第一師団の兵士たちと一緒にその護衛をお願いしたいのです。既に、庁舎には野良の雑魔が住み付いているという情報もあります。また、組織の方でも秘密裏に回収に動いているかもしれません……どうか、今回もよろしくお願いしますねっ」
 カッテは再び笑顔になると、にっこりと微笑んだ。


 数日後、あなたたち依頼に参加したハンターたちは宿場町を訪れていた。
 一足先に、お忍びで目的地に向かったカッテと合流する前に、あなたたちは情報収集を行っている。
 そのあなたたちの耳に、路地裏の方から何やら穏やかでない声が聞こえて来る。
「だからよぉ、すこし茶でも飲もうと言ってるだけじゃねえか」
 明らかに与太者と解る風貌の男性に、今流行の壁ドンをされているのは、旅行向きの服装をしたまだ若い女性だ。
 勿論、全く嬉しそうではない。
「や、やめて……イヤです……」
「見れば見るほど可愛いね~! もう、面倒くさいからここで……」
「なるほど、確かにイイ女に見える。ここは俺に譲りな」
「ああ!?」
 背後から聞こえた第三者の声に振り向く与太者。そこには心底面倒そうな表情を浮かべたゲロルトが突っ立っていた。
「何見てんだオラァ! 余計な事に首突っ込むと、怪我じゃすまねえぞぉ!」
 男は威圧的に叫ぶと腰に釣っていた大振りのナイフを引き抜き、構えようとする。
「怪我? こんな風にか?」
 ゲロルト指先が動いた。次の瞬間には彼の投げた小さなナイフが金属音と共に与太者のナイフを弾き飛ばす。
 飛ばされたナイフはくるくると回転しながら、与太者の顔の横にあった板に突き刺さる。
「ひっ……ひぃぃぃぃ!」
 与太者は情けない表情になり、蒼褪めて後ずさる。
「もう一回だけ言うぞ。俺に譲れ」
 与太者は、一目散に逃げ出した。
 溜息をついて踵を返したゲロルトに、おずおずと女性が話しかけた。
「あ……あの……」
「黙れ。俺は兵隊として給料分の仕事をしただけだ。とっとと消えろ」
 女性はびくんと身を竦めたが、素早くお辞儀をして、立ち去ろうとする。
「……待て」
「え?」
 振り向く女性。
「お前、ここからどっちへ向かう気だ?」
「あ……あの、北の方へ……」
「急ぎの旅じゃねえなら、今夜はここで泊るんだな。表通りならああいう連中の寄りつけねえ宿もある。北は次の宿場町まで遠い。夜明けに出発してようやく暗くなる前に辿り着けるくらいだろうよ」
 女性は暫くきょとん、としていたが、ぱあっと笑顔になって、頭を下げた。
「あ、ありがとうございますっ……親切な兵隊さんっ」
 たたっと駆けて行く女性を見送りながらゲロルトはそこで初めて一部始終をあなたたちに見られていたことに気付く。
「チッ……何見てやがる。行くぞ、集合時刻だ」

リプレイ本文

 何かを話そうとしてケホン、と咳き込んでしまったのは天竜寺 舞(ka0377)だ。
「うー……、すごい埃。それにしても、反政府組織って世界関係なく存在する物なのかな」
「……ヴォイドとの戦いの最中、なんとも余裕のあるものですねぇ」
 そう相槌を打ったのはラシュディア・シュタインバーグ(ka1779)。
「雑魔も出るかもしれない上に、ゲロルトさんにはあまり良く思われてないようだし、大変だなあ……」
「まあ、今のハンターってほぼ傭兵だものねぇ♪」
 苦笑して見せる東雲 禁魄(ka0463)。
「……何にせよ、対ヴォイド戦の力が失われるのは非常に困ります。自分たちの務めをきっちりと果たしましょう」
「うん、これが平和に繋がるのなら全力でカッテさんを護らないとね。頑張ろう!」
 ラシュディアに舞がそう応じた直後、禁魄が突然唇に手を当てた。
「……今、あの部屋から何か聞こえたね」



「これは……なんとも、廃墟に似合いの雑魔だねっ☆」
 踏み込んだ部屋で禁魄は苦笑した。
 そこは図書室だったようで酷く傷んだ本が所々に散乱している。
「うぇ~、気持ち悪い……ゴキブリ以上かも」
 と舞。
 ゴキブリに比べて長い尻尾の先端から一本の尾毛と二本の尾糸が伸び、その全身はくすんだ銀色に輝く鱗に覆われていた。それが、一心不乱に本を食べているのだ。
 ラシュディアは、即座にワンドを構え雑魔に向けてマテリアルの矢を放つ。
 直後、ラシュディアは自分の目を疑った。そのまま矢の直撃を受けるかと見えたシミは、凄まじい速度で壁に這い上がり、直前で魔法を回避したのだ。
「……こいつっ!?」
 呆気にとられたのは一瞬。即座に舞は攻撃に入る。ノーモーションでグラディウスを抜刀し、紙魚との距離を詰める。
 だが、驚くべきことに紙魚は脚で舞を振り切った。
「何て早さなのよっ!」
 寸前で攻撃を躱された舞は床に着地して悔しそうにするが、紙魚の動きに気付き、慌てて叫んだ。
「ラシュディアさんっ! 上っ!」
 頭上を見上げたラシュディアは絶句した。高速で彼の頭上にまで這い上がった紙魚が、その無機質な目でじっと彼を見ていたのだ。
 直後、紙魚は床に着地しその鋭い尾糸を突き出す。
 鮮血が飛び散り、痛みで床に膝をついたのは――禁魄であった。
「っと……いたた……☆」
「禁魄さん!」
 ラシュディアが叫ぶ。雑魔の尾糸が禁魄の身体を貫いている。
「大丈夫♪ 二人とも、怪我は無かった?」
 笑いながらも痛みに顔を顰める禁魄であったが、何とかナイフを引き抜く。
「お返しだよっ」
 刃が一閃し尾糸が根元から切断された。雑魔は顎を軋ませ、耳障りな悲鳴を上げたかと思うと一目散に逃げ出した。
「逃がさない……!」
 何としても仕留めようとマジックアローを放つラシュディア。しかし。紙魚は瞬く間に朽ちた家具の物陰に這い込む。
 ハンターたちは慌てて家具をどかすが、紙魚は影も形も見えなかった。
「……とにかく、ゲロルトさんたちに連絡しないと!」
 ゲロルトのものと繋いでおいた魔導短電話を操作する舞。
「もし、お嬢に何かあったら……!」
 ラシュディアの表情が、歪虚への憎悪と焦りに歪む。
「……いや、落ち着かなければ。雑魔は何処に逃げ込んだのでしょうか?」
 ラシュディアは冷静に室内を見回す。
「全く、厄介なのはむしろ反体制派の方かと思っていましたが。こうしている間にも、通風孔や、抜け穴から建物の中に来るかもしれないのに……はっ!」
 この依頼を受けた時から、屋敷内の抜け穴の存在に注意していた彼だから気付いたのだろう。一旦気づいてしまえば、抜け穴を見つけるのは造作も無かった。
「急ぎましょう! ここに逃げ込んだ筈です!」
 こうして、三人はラシュディアの発見した隠し通路へと入り込んで行った。



 時間は少し戻る。
 庁舎の地下室では書類の検分に集中するカッテを警備する様に、ハンターたちとゲロルトが部屋中に散開していた。
「いやはや、事務処理と言うのも、面倒な物であるな」
 とロイド・ブラック(ka0408)。
「そうですね……でも、これくらいならまだ楽なほうです」
 にっこりと笑うカッテ。常人には殺人的な量だが、彼にとってはまだまだらしい。
「流石であるな。俺も大学教授として一時やっていた事はあるが……研究の方がまだマシである」
 この言葉にカッテはクスリと笑う。
「そう言えば、ナサニエルもいつか同じような事を言っていた気がします」
 ロイドはやや考え込んだ後、また述べた。
「帝国では、医師に体調は監視してもらっているかね? 異様が出ればそれこそ帝国事務は立ち行くまい。それが最大の問題ではないかね」
 だが、カッテは悪戯っぽく笑うと、その細い腕を曲げて力瘤を作る仕草をして見せる。
「これでも、体は丈夫な方なんですよ?」
 と、その時、シェリル・マイヤーズ(ka0509)の小さな腕がそっとカッテの肩に置かれた。
「わっ?」
 驚くカッテ。
「ん……カッテ、肩凝ってる……働き過ぎ、良くない……だから、これ……私のとっておき」
 シェリルはそう言うと、カッテの肩をトントンと叩いて、懐から何やらオレンジ色の小さな物を取り出した。
「これは……何だか不思議な歯ごたえですね」
「ガム……噛むお菓子……、飲み込んじゃだめ……」
 やがて、再び書類に取り組み始めたカッテ。
「カッテだって、疲れてる……だから、邪魔させない……終わらせて、早く帰ろう」
 カッテはきょとんとしていたが、やがてにっこりと笑った。
 その微笑ましい遣り取りに、周囲の空気が和む。
 ただ、既に雑魔が出たという報告を受けたゲロルトのみが軽く舌打ちしていたが、ふとその表情が厳しくなる。
「……出やがったか」

 紙魚は部屋の隅にあった棚を突き破って現れた。そこには、ラシュディアが危惧していたような抜け穴が存在していたのである。
 だが、ハンターたちの反応は迅速だった。
 紙魚が真っ直ぐにカッテの方に向かって来るのを見たロイドは、光の障壁を発生させ、カッテの前に敢然と立ちはだかる。
「カッテ……!」
 シェリルも素早く紙魚とカッテの間に割って入る。
 紙魚は一本だけ残った尾毛と尾糸を振り回すが、それはロイドの光の壁をガラスのように砕くだけに留まる。
 直後にシェリルの放った弾丸が紙魚の身体に着弾し、銀色の破片を撒き散らす。
 この時、セレスティア(ka2691)はどこかに引っ掛かるものを感じていた。彼女の役目は反体制派に備えることである筈だった。
(シェリルさんも、『こういう場合は大抵同時に来る』と仰っていましたし……」
 しかし、セレスティアの脳裏に、街で訊いた住民の話が甦る。

 ――本当に気味の悪い歪虚だったのよ。まるで、紙魚みたいで! 紙魚は銀色のゴキブリの仲間みたいな虫で、紙を食べるんだけど……

「……しまった!」

 セレスティアは咄嗟にカッテが選んだ書類の山が集められている場所へ駆けようとする。しかし、その時には紙魚が美味しそうな書類の山へと辿り着いていた。
「クソッタレが……!」
 ゲロルトも駆けだすが、彼は紙魚から最も離れた位置におり、彼の脚力をもってしても間に合いそうにない。
 いや、ゲロルトばかりかセレスティア以外のハンターたちも、紙魚が紙を食べる、という事に気付かず間に合わないのは同じであった。
 只一人、若い兵士だけが丁度書類の側にいたのである。
「逃げて下さい!」
 カッテが、ロイドの後から怒鳴る。
 だが、兵士は逃げるどころか書類を守るべく剣を抜いて猛然と紙魚に切り掛かった。      
 書類を齧るのに夢中になっていた紙魚は、剣の一撃で悲鳴を上げる。
 しかし、食事の邪魔をされた紙魚は、怒り狂って兵士に圧し掛かる!
「へ、兵長! ぎゃああああああ……!」
 悲鳴を上げる兵士の鎧を、紙魚の脚の棘が刺し貫く。鮮血が床や壁に飛び散った。
「間抜けがっ!」
 ゲロルトの投げたナイフが紙魚の目を貫く。紙魚は口から紙の屑を撒き散らしながら、地下室へ出現した穴へと逃走を図る。
 だが、次の瞬間、穴の奥でマテリアルの光が輝き、放たれた魔法の矢が紙魚に命中。紙魚はたまらず動きを止める。
「お嬢!」
 最初に、抜け穴から現れたのは魔法を放ったラシュディアだ。彼は真っ先にセレスティアの無事を確認すると、ほっと息をつく。
「これ以上、邪魔はさせないよっ」
 続いて穴から飛び出した舞は再び、無動作からの鋭い斬撃を繰り出す。
 最初とは違い、雑魔の動きが止まっていたせいもあり、舞のナイフは見事雑魔の脚を切り飛ばした。
 のたうちまわる紙魚に禁魄がゆっくりと近付く。その手に握られたナイフには祖霊のマテリアルが充溢していた。
「……逃がさないよっ☆」
 もがく紙魚の首目がけて、高速でダガーが突き出される。通常の昆虫でいえば、中枢神経に当たる部分を正確に破壊された紙魚は、一度だけ大きく痙攣し、動きを止めたかと思うと……黒い塵となって消滅した。



 一行が庁舎から出て来た時には、既に日が暮れはじめていた。
 どうやら、廃屋に巣食った雑魔はあの一匹だけだったらしく、その後は何も現れずカッテの整理は順調に進んだ。
 だが、一同はどこか重苦しい雰囲気を纏っていた。
 理由は三つある。まず、紙魚によって書類が一部破損した事だ。
 勿論、そこまで大量に食われた訳では無いし、食べられたものは、持って帰るべき資料の中ではそこまで重要なものではない筈だ、とカッテは言ってくれた。
 それでも、資料に抜けが出来てしまった事は変わりない。
 第二の理由はゲロルトの肩を借りて歩く負傷した兵士である。
 兵士の怪我は傷跡が残るようなものでも、後に後遺症が残るものでもなかったが、やはり良い気分ではない。
 そして、最大の理由は彼らが最も警戒していた反体制派の襲撃が未だに無いことであった。
 ここで、反体制派の立場に立って考えてみよう。
 敵は、地下室で捜索に当たっている時に最も警戒しており、庁舎には雑魔も出現する。
 一方、『今』ならどうか。
 雑魔に襲われる心配はなくてすむ上に、回収すべき書類は選別されている状態なのだ。
 それに加えて、今『彼女』が確認した所では、書類を持っているのは非覚醒者である兵士の方でありゲロルトは負傷者を抱えている。

「あ、あの! どうなされたんですかっ!?」
 一行に声をかけたのはゲロルトが調査の前に助けた旅の女性だった。
 別に不自然な所は無い。出発を明日の朝にしろと言ったのはゲロルト自身だ。既に一行は街の入り口に差し掛かっており、人通りもある。
 もし、セレスティアが町で聞いた何気無い話を注意して意識の片隅に留めておかなかったら、状況はどう悪化したか解らない所であった。

 町のとある雑貨屋で聞いた話が脳裏に甦り、セレスティアは自身の直感が警鐘を鳴らすのを感じた。

 ――旅人にしては珍しく、ここ数日滞在している女の子がいるな。ここは宿場町だ。大抵は一泊してさっさとどこかへ向かうからね、観光地みたいに何日もいると目立つんだ。

 セレスティアはきっと、女性を睨む。
「申し訳ございません。失礼ですが、どのようなご用件でしょうか」
 礼儀正しく尋ねる。しかし、その手は既に剣に掛かっている。
 そして、セレスティアに目配せされたロイドも気付く。
 勿論、彼は最初から部外者を近づけないつもりではあった。だが、彼は味方全員をへの接近を警戒していたセレスティアと違い、あくまでもカッテ一人を守るつもりであった。
 気付いたのはセレスティアのおかげというべきであろう。
「……残念ながら警備体制に余裕はないのでな。撃たせないで頂きたい」
 ともかく、ロイドはゆっくりと銃器を構える。他のハンターたち、そして傷ついた兵士をもう一人の兵士に預けたゲロルトも即座に態勢を整える。
 ここに、反体制派の思惑は潰えた。
 彼女には、最早書類を強奪、あるいは処分するチャンスもカッテや帝国兵士を害するチャンスも残されていなかった。
 では、彼女は「追い詰められた」のか?
 答えは否である。セレスティアが致命的な距離に踏み込まれる前に気付いたおかげで彼女には逃げるのに十分な距離が残されていた。
 更に、今の彼女には無謀な突撃で帝国兵を傷つける、などという事よりも遥かに重要な役割が生まれている。彼女には「書類が奪われた」という事実を仲間に伝える役目があった。身を翻して街の方に跳躍する。
「待ちなさいっ!」
 長距離まで届くマジックアローを放とうと身構えるラシュディア。しかし、ゲロルトが制止する。
「止めろ! 街の連中を巻き込む気か!?」
 ラシュディアは悔しそうに、ワンドを下す。他のハンターたちも、諦めるしかなかった。
「これで……終わりなの?」
 ぺたんと座り込む舞。それは、一仕事終えて気が抜けた、というよりも余りにも中途半端な結末に対する脱力、とした方が正しいかもしれない。
「ほい、おなかがすくと、パフォーマンスも、テンションもさがりますよー♪」
 そこで禁魄が手を叩き、務めて明るい声を出す。
「実は、街で美味しそうな宿屋を見つけてね☆ お弁当は間に合わなかったけど、みんなでちょっと休んで行かない?」



 シェリルは、宿屋の二階に設けられたベランダで一人飲み物を飲んでいた。
「お前、皇子と何か話したかったんじゃなかったのか?」
 そこに、エールのグラスを手にゲロルトが現れた。
「ん……」
 シェリルは一瞬だけ、顔を上げたがすぐに俯いてしまう。
「何だか、依頼……上手く……行かなかった。それに……カッテ、ちょっと怒ってた……」
 シェリルが言っているのは、彼女とラシュディアが庁舎に火をつけてはどうかと提案した時だ。
 火災で庁舎が焼け書類が焼失した、という筋書きで反体制派を騙そうというのがその意図であった。

 ――今は使われていなくても、公共施設が国の財産である事は変わりません。また、火災が起きればその煙でこの街に迷惑がかかります。片付けにだってお金は必要ですよね?

 カッテは説明する時いつも通りの笑顔であったが、有無を言わせぬ迫力があった。
「悪いと思ってんなら、とっとと謝って来たらどうだ?」
 ゲロルトはそう吐き捨てる。
 シェリルはきょとんとしていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「そう……だよね。もう一度謝って来る。そして、お疲れさまって、言うの、今度一緒に遊びたいって……」
 シェリルは店の中に戻りかけたが、一度だけ振り向いてこう言った。
「ありがとう……やっぱり、オヂサン……優しいんだね……」
 そして、シェリルは走り去る。ゲロルトはジョッキを干し、小さく舌打ちした。

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MVP一覧

  • 山岳猟団即応員
    ラシュディア・シュタインバーグka1779
  • 淡光の戦乙女
    セレスティアka2691

重体一覧

参加者一覧

  • 行政営業官
    天竜寺 舞(ka0377
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • フェイスアウト・ブラック
    ロイド・ブラック(ka0408
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 心優しき友人
    東雲 禁魄(ka0463
    エルフ|23才|男性|霊闘士
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 山岳猟団即応員
    ラシュディア・シュタインバーグ(ka1779
    人間(紅)|19才|男性|魔術師
  • 淡光の戦乙女
    セレスティア(ka2691
    人間(紅)|19才|女性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/11/19 01:05:30
アイコン 質問卓
シェリル・マイヤーズ(ka0509
人間(リアルブルー)|14才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2014/11/22 10:45:20
アイコン 相談卓
シェリル・マイヤーズ(ka0509
人間(リアルブルー)|14才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2014/11/23 10:56:08