• 天誓

【天誓】鬼火の機体と不浄の合成獣

マスター:火乃寺

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/11/27 12:00
完成日
2017/12/08 08:10

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「……ふぅ、これでよし! ですわ」
 イルリヒト機関、魔導アーマーガレージ。
 そこでクワンナイン・オヒム(kz0244)は、自身の愛機である真紅に塗られたヘイムダルカスタム『ディアブロ』を手ずから整備していた。己の武具を己で整備できないのは帝国軍人の恥――という教官殿の教えもあるが、純粋に彼女は機械弄り、特に魔導アーマーを弄るのが大好きなのである。愛しているとすら言ってもいい。好みの男性の次にだが。

「はぁー、ずいぶん汚れてしまいましたわね」
 手の甲や肩など露出した部分に付着するオイルを見て取り、苦笑する。整備中は当然ながら軍服を脱いで作業服に着替えてはいるのだが、作業が長引くといつも暑くなって、途中から上半身を開いて背中に折り、腰に巻きつけた状態になるのだ。
 そうなれば自然と、下に身に付けているブラを覆うタンクトップ姿となり、白い肌を伝う汗やら僅かに荒くなった吐息やら、そもそものボリュームで、周囲で同様に作業整備をしていた男子候補生の視線を集めてしまう。
 士官候補養成機関である所のイルリヒトに所属する男子候補生達は、誰もが帝国軍人としての規範を守り、紳士としての振る舞いを心得ている為、不埒な行いには及ばないが、年頃の青年達とあっては全く気にせずに居れる訳も無く。
 加えてエリートを自負する彼らは、軽々しくそう云ったお店などには行くには外聞というものもあり。それを心得ているので、オヒムも寧ろサービスとして彼らに自身の魅力を提供せねばという気持ちもあった。せめてものという心遣いである。
 尤も、それが余計に彼らを悶々とさせているのも確かなのであるが。余計なお世話と言う概念は、彼女の辞書には未だ記載されていない。

「クワンナイン・オヒム候補生はいますか!」
 丁度コックピットから降りてきたタイミングで、ガレージにやってきた事務局の女子職員の呼び声が聞こえ、返事をして彼女の下へと向かう。
「はっ! クワンナイン・オヒム候補生、ここに」
「ああ、いましたね……また、貴女はそんな格好を。何度も言うけれど、貴女はもう少し節度というものを――」
(急ぎの用件じゃないのかしら? ま、遅刻したら彼女の責任にすればいいだけですけれど)
 神妙な顔で続くお小言を聞きながら、実際は右から左へとジェットコースターの如く流していくオヒムであった。


「……ずいぶん、遅かったな?」
「はっ! 私を呼びに来た職員が、ずいぶん熱心に語りかけてくださいましたので」
「またか……」
 頭が痛い、という風情で額に手を当てるのは、オヒム他十数名の候補生を担当している男性教導官。
 名をブラワー・プリスター、歳は四十三で妻とは流行病で死に別れ、現在独身の渋みのあるダンディなおじ様である。
(う~ん、外見はそこそこ好みなのよねぇ、ブラワー教官。だけどやっぱり年齢差が……でも、経験豊富なおじ様に色々と導いて頂くのも、それはそれで――)
 なにやら妙な考えに耽って、気も漫ろな様子になった教え子に、溜め息を吐いて気を取り戻すブラワー教官。
「君はここに何をしに来たのかね?」
「はっ! 教官殿の招集に応え、お話を窺いに参りました!」
「よろしい、では早速だが用件を伝えよう」
 教官殿からの指令は、相変わらず手が足りない帝国軍からの『猫の手を借りたい』要請であった。

「ブラストエッジ鉱山は知っているな?」
「はい、教官。有望な鉱床ですが、住み着いたコボルトと騒動のあった鉱山でしたわね」
「うむ。それより更に北上した所に、小さな湖がある。帝国には珍しく、水のマテリアルが安定した良い土地柄を利用し、両端に昔からある二つの村では食糧生産が盛んな所だ」
「……なるほど、そこに精霊がいたのですわね? 立地からすると水の精霊ですか」
 察しの良い教え子に満足気に頷くと、ブラワーは話を続ける。
「問題は、二つの村にはそれぞれ違う民話として精霊が語られていることだ。片方には慈悲深い雨の精霊、片方には荒ぶる嵐の化身と、な」
 かなり古い民話らしく、恐らくは当時の二つの村でそれぞれに精霊に対応した結果、片方は恵みを、片方は怒りを買ったという逸話なのだろう。その後は上手く両村とも、精霊との付き合いを歴てきたようだが。
「その流れですと、恵みの民話がある村で軍が交渉し、万が一怒らせてしまった場合の被害拡大に備えてもう一方の村に配属される――という認識でよろしいですかしら?」
「相変わらず、飲み込みが早いな。だからこそ、私も貴官を買っているのだがな。君は予備戦力として雇ったハンター達と共に、任地に赴いて欲しい」
「はっ! クワンナイン・オヒム候補生、教官よりの指令、しかと承りましたわ」


『ん~、でおくれちゃったみたいねぇ』
 闇夜の奥、遠めに湖を望める小さな丘で、可愛らしい少女の声が響く。しかし、そこに付随すべき姿形は、見回せど何処にも見つける事は出来ない。
『であれば姫、此度は退くが宜しいかと』
 もう一つ、別の声が諌言するように闇に響く。何やらくぐもった響きを持つ、独特な声であった。
『え~、ここまで来て置いて、何もせずに帰るのはいやよ。折角おもちゃがいるんだし、この子達を遊ばせて上げましょう?』
 弾んだ調子で楽しそうに、軽い鈴の音を思わせる少女の声が流れ、そこに溜め息を吐いたような音が重なる。
『しからば姫、我が監督致しまするので、姫はこちらから動きませぬように』
『なんでよっ! 私だっておもちゃで遊びた~い、ね~、いいでしょう?』
『なりませぬ』
『一生に一度のお願い!』
『そもそも我らは、既に生を終えておりまする』
『けちんぼ、わからずや、いしあたま!』
『なんとでも。では、努々こちらから動きませぬように……お仕置きしますぞ?』
『ひぅ……っ!? わ、わかったわよぉ……ちぇっ』
 負のマテリアルを纏った巨きな気配が動き出す。それに続くように、闇夜の帷の奥から腐臭と共に獣の呻き声が複数上がる。
『やれやれ……四霊剣を次々と狩る様なツワモノ共と、姫を争わせたくは無いのだがのう』
 ジャリッと土を踏む重たい音。闇夜から染み出すように現れたのは、首なしの巨大馬。それに跨がるのは、黒鉄の全身鎧を纏った闇の騎士。フルフェイスの冑の奥で、赤く揺らめく瞳を細める。
『では二手に分かれて往けい、ゾンビ合成獣(キメラ)共よ。強者と争う必要はなし。脆弱の民を食い荒らし、その阿鼻叫喚を姫へと捧げよ!』
『『『『GAAAAAAaaaa!』』』』
 ドドド、ドドドっと地を揺らし無数の巨体の影が、湖畔を二手に分かれながら疾駆する。目指すは夜の静寂に眠る二つの村落。
『さて、どうなるか……せめて姫の退屈の慰めになると良いが』

リプレイ本文

 不浄の歪虚が襲い来る時より、時間は遡る。

 帝国軍が精霊との交渉に失敗した場合を想定し、被害拡大の抑止力として村に派遣されたオヒムとハンター達は、村の代表と村人達を集め、もしもの時の避難行動について話を繋げていた。

 村人が昼食を取る昼時、早めに終わらせて広場に集められた彼らに、ハンター達は避難行動とその経路を伝える。
「いいかァ、【精霊の怒り】ってェのは何が起こるかわからねェ! そこが一番怖ェンだ、だからいざ逃げるとなったら迷うンじゃねェぞ? 教えたルートを突っ走れ!」
 ハンター一行の中でも、特に飛びぬけて上背がある小巨人を思わせるような褐色肌の青年が、よく通る声を響かせる。万歳丸(ka5665)という名の彼は、東方は鬼族の出身。その証である一対の角が、彼の前頭部より突き出している。
 その傍らには相棒である猫型幻獣ユグディラの『大五郎』がつき従い、愛嬌を振りまいて子供達の好奇心を引いていた。

「精霊は気まぐれじゃ。癇癪に怯える位なれば、協力を約束して貰うた方が良い……その為の交渉じゃ。だが、何も無いとは言い切れぬ……すまぬのう」
 蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は手にするセンスをパタリと閉じながら、村人への理解を求め、言の葉を紡いでいる。彼女の騎士たる『天禄』は警戒と共に周囲を把握するように天を旋回する。

「何かあれば、すぐ通信しますから、即座に行動を起こしてくださいね」
 平時は朗らかなお姉さんといった感じのクレール・ディンセルフ(ka0586)は、きりっとした表情で言い含めつつ、レオーネ・インヴェトーレ(ka1441)が予備として持ち込んだトランシーバーを、村の村長に手渡す。

「こいつの扱い方だが、ここがあるだろう? こいつをこうしてな――」
自身のトランシーバーを取り出し、実演をしつつ扱い方を伝えるグリムバルド・グリーンウッド(ka4409)。長身のがっちりした彼の姿に若干気おされつつも、見た目五十代ほどの農作業で鍛えられた村長である大柄な男性は、頷きながら神妙に聞き入る。

その様子を、ただ無言の笑みを浮かべて見守るのは黒地に力強い偶像の柄が縫いこまれた着物姿の、一見小柄な少女。ドワーフである為幼げに見える観那(ka4583)は元々が穏やかな性格であり、こういった状況ではでしゃばる必要性を見出せない為、黙して語らずを通していた。
 因みにレオーネはこの場に居ない。彼は村民らに挨拶を済ませ、打ち合わせをした後は、村を囲むように広がる畑の内で土地を休めている休耕地にて、万全を期す為にここまで搭乗して来た機体の整備を余念無く行っていた。

 鎮座する二体の魔導アーマー。
 その一方である女性的なフォルムの騎士を想起させる機体は、元が『ヘイムダル』だと言われなければ判らないほどの改修を施されていた。レオーネのヘイムダル飛行試験型『タシギ』である。
「オヒムさん、あれから機体の方は大丈夫?」
 一通りの整備を終えたレオーネが、同様に隣で愛機の点検を行っていたイルリヒト機関より派遣の候補生、クワンナイン・オヒム(kz0244)へと声をかける。
「ええ、インヴェトーレ殿。あれから機関で入念に整備も致しましたから、問題ありませんわ」
 一方のオヒムの愛機も、『ヘイムダル』の面影は残すも若干スマートになり、テールスタビライザーもより生物的な形状に換装され、前傾姿勢の悪魔を想起させる形状に改修されている。全身を赤の濃淡に分けて塗装された機体だった。
 語り合う二人の姿を、避難の打ち合わせから休耕地近くの農作業に戻ってきた若い村人の幾人が、遠巻きに盗み見る。
 レオーネもオヒムも、タイプは違えど見目麗しい容姿。田舎では滅多にお目にかかれない垢抜けた美人に、幾人かの青年は見惚れているようだった。尤も、片方は男性であるが。可憐な乙女に見えても、間違いなく男性であるのだが。
(……相変わらず、胸部以外なら完璧な美少女ですわね)
 見られる事をある種の快感としているオヒムは、周囲の視線に含まれるそれらを察し、心の中で苦笑を漏らす。
「オヒムは先だっての依頼振りじゃのう」
 そこに村の方から歩いてきた蜜鈴の声に、二人は振り向く。
「そうですわね、あの件ではお世話になりましたわ」
 レオーネに蜜鈴、そして村にいるクレールは、以前に依頼に置いてオヒムと面識があった。
 歩み寄りつつ、片手にする煙管を口にし、ぷかりと紫煙を燻らせて離す。
「息災な様で何よりじゃ……相変わらず尻拭いの様な仕事が多い様じゃのう?」
 苦笑しつつも揶揄う様な彼女の言葉に、オヒムは微笑を浮かべ肩を竦める。
「声も掛からぬ有象無象よりは買って頂いている、と解釈して我が身を慰めるばかりですわね」
「左様か。まぁ、此度もよしなにのう?」
 更に涼やかな美人の登場に沸き立つ青年達。だが共に来ていた母親や姉妹は手が止まっている彼らを見逃さず、尻を蹴飛ばされて残念に思いつつも農作業へと意識を向け直すのだった。

 一方、村に到着してすぐに周囲の地形を把握する為、リュンルース・アウイン(ka1694)は騎乗する幻獣リーリーの『アマビリス』を駆り、単身斥候活動を行っていた。
 おっとりとした雰囲気に靡く黒髪と白い肌、そして燦めく銀眼。線の細い美形の彼に、村娘の幾人が熱い視線を向けていたが、その方面に興味の無いらしい彼は気づく事無く、村に戻ってもまた素気無く躱し続けるのだった。


 深夜。
 普段ならば日没と共に明かりの消える家々だが、この日は微かな灯火が揺らめき夜の闇に浮かんでいた。不測の事態に対応する為、一家の内誰彼かが交代で不寝番として起きている為である。
 その内の一軒の屋根の上に、胡坐を掻いてどっかりと座っている万歳丸の姿がある。
「静かないい夜だァ、何事もなく過ごせりゃ、それに越したことはねェンだがなァ」
 夜天に月はなく、しかし無数に瞬く星を時折見上げながら、水の精霊という事から水辺も同時に監視する。夜目が効く訳ではないが、夜の静寂の中でなら変異を感じ取るのはそう難しくは無い筈。懐にある月眼点液はいざという時の為に温存する算段だ。
 軒下には魔導バイクを止めた『大五郎』がシートの上でのんびりと毛繕いをして居るのに気づき、「気楽な奴め」と肩を竦めながら警戒を続ける。

「うー、前の装置以来、ヤタガラスにヘンなクセ残っちゃったからなー」
 夜に浮かぶ赤き機体、愛機である『カリスマリス・コロナ』のコックピットでそんな事を呟きながら、クレールは周辺データをレーダーに適応させ、魔導演算装置を併用させながら環境監視を行う。
「お陰で急遽乗り換えて来たけど……データ処理には元々向いてるもんね、お願いねコロナ」
 言葉による応えはある筈も無い。しかし名を呼ばれた機体は静かに、レーダーを稼動させ続ける。
 定時となったのを確認し、連結強化したトランシーバーを手に取る。
「こちらクレール、現状周辺地域に異常感知なし。警戒を続けるわ」

(精霊の怒りを買った時の被害拡大に備え、か)
 昼間の内に地形を確認し、機動データに入力してある『タシギ』を村の湖畔近くに佇ませながら、コックピットで想定される状況を考えるレオーネ。穏やかな静寂だが、見通せぬ闇は人の心に不安を掻き立てる。
 まるで奈落へと、見るものを誘い込むように。

 同様に乗機のコックピットで不寝番を努めるグリムバルドは、周辺を警戒しながらも、己がスキルの一つで札を用い、占う。
(……凶兆? 交渉に失敗するのか? ……いや、でもこの『北』ってのは)
 ふと機乗する『アド・アストラ』ごと村の北方を眇めるように眺め、眉を蹙める。同時に視界を確保が必要な時の為、搭載してきた大型サーチライトの照射がいつでも出来るように設定し始めた。

 湖水上を舞う、飛翔体の影は幻獣ワイバーン。闇に溶け込むかの如き黒に近い濃紅の鱗。
 その上にある細身の肢体は纏う独特の衣装を風に靡かせ、手にする煙管を咥えてしばし、吐き出す紫煙が風に紛れる。
 どうやら今宵は月夜では無い様で、しかし天幕に燦然と輝く星の美事な事。
(……ふむ?)
 何か、音が聞こえた気がした蜜鈴は耳を澄ませると同時に、暗視の為に用いていた仮面で周囲を見回す。そして聞こえたのは『天禄』ではない何かの羽音、らしきもの。
(一体何処から……っ!?)
 刹那、風の刃が彼女達を襲う。
「つっ、これが精霊の怒り、という訳ではないようじゃな! 禄、すぐに村へ――」
 急旋回しつつ村へと進路をとり、トランシーバーを取り出し一報を入れる蜜鈴の目に、耳に。無数の羽ばたく影と、陸地に轟く重低音の連続を捉える。
「この数は、いちいち戻っている余裕はなさそうじゃのう――『轟く雷、穿つは我が怨敵……一閃の想いに貫かれ、己が矮小さを識れ』」
 足元に浮かぶ手巾の魔法陣。炎が如きオーラは龍の幻影を伴い、芽吹く雷の種。幾本の茨が対象を絡め、雷閃を乱華と発す。散華間際に見えた歪な姿に、蜜鈴は眉を蹙める。
「なんじゃあれは……それに漂うこの匂いは、腐臭じゃな。死人の類い? まあよい、空は我らの領域ぞ。屍風情が悠々と――」
 彼女が次の魔力を編み始めた途端、囲んでいた筈の影は一斉に遠ざかり始め、傍目も降らず村への進路を翔け始める。
「な、なんじゃと!? 逃げる? 歪虚が? いや、目的は村か!」

 蜜鈴が接敵したのを機に、速度の差はあれど各人が異常を伝え合う。
「……ん? 今一瞬反応が……複数? 精霊、……いや、これ違う!」
 クレールの警告に、喫緊を告げる蜜鈴の通信が被る。
「北から妙な歪虚が複数、村に向こうて居る! 湖水上に、陸じゃ! しかしこやつら……まともに戦おうとせぬっ! 禄、疾く翔けよ、アレを行かせてはならぬ!」
 そして爆音、衝撃が通信越しに聞こえ、一時的にノイズが雑じった。

「歪虚!? まさか精霊を狙ってんのか……?」
 思わぬ事態に舌打ちしたい気分になりつつ、機体を戦闘稼動へ、フライトユニットを起動させる。
(なんてこった……けど、やることはかわりねぇはずだ!)
 闇夜へ舞い上がる『タシギ』、遠目の湖畔上に閃く煌きは、恐らく蜜鈴の魔術の残光。
「オレは蜜鈴さんの方に回る! トゥーナさん、オヒムさん、地上と避難誘導は頼みます」
「は、はーい、任されましたっ」
「了解しましたわ、こちらはお任せなさい! ……オトコノコらしい部分もあるんですわね?」
 トゥーナとオヒムからの返信。しかし一部が気になる。
「それどういう意味!? ああ、もう、あとで聞くからな!」
「はいはい、いってらっしゃいな」

 同時に、複数人から村長への緊急通信が発せられるが、それゆえに村長は一時的な混乱をきたしてしまう事になった。
「落ち着きなさい! 村への対応は私が、ハンターの皆さんは打ち合わせ通りに避難誘導と緊急事態への対応を! アウイン殿は誘導の状況は? リアーヌ殿、魔導トラックの現状は?」
「住人は既に避難開始している、今の所混乱は最小限だよ」
「だいじょうぶよ、皆さんすぐに乗り込めるよう、準備万端!」
 すぐに二人からの返答が返る。トゥーナ・リアーヌ(ka6426)はずっと魔導トラックで待機していた為、尤も落ち着いているようだった。少なくとも、表面上は。
「了解! 護衛、ご武運を。 私は万歳丸さんと地上で遊撃に向います!」
「呵呵ッ、任せときなァ!」
 クレールと万歳丸が先駈けに北方へ飛び出すのを確認し、オヒムの『ディアブロ』は外部スピーカーを用いて村人への誘導に徹し始めた。
「戦場の視界確保はある程度任せろ、サーチライトを使用する! だが月眼点液使ってる奴がいたら、直視しないように気をつけてくれ、一応こっちでも不用意に動かさないようにはするが、絶対はねぇからな!」
 グリムバルトの声と共に、彼の機体が備える大型サーチライトの光芒が村の北方かなりの範囲を照らし出す。そしてそこに飛び出してくる不浄の影もまた。

 俄に混迷を始める村内。『アマビリス』に騎乗したリュンルースは、声を張り上げて村人達の誘導に努める。
「落ち着いて。昼間打ち合わせた順路で慌てず避難をすればよいのだよ。皆を守る為に私たちが居る」
 人の流れが詰る場所を察知しては、そちらに出向いて流れを正しながら、戦闘音が聞こえ始めるのに気づく。
(精霊の怒りに備えて、という依頼のはず……なんだけど、これは)
 想定外の事態。だが、やる事は変わらない。
(ともかく、住人を避難させる事が今の私の仕事だね。無闇に命を散らせるなんて、駄目だよ)
「足腰の弱い老人、幼い子供は魔導トラックの所へ。徒歩で行ける者は村外の集合場所へ急ぐんだ」
 オヒム、トゥーナ、そして彼の尽力により、混乱は最低限の範囲で、避難が開始されていく。

「いくよ、コロナ!」
 飛び出す赤き魔導CAMは、グリムバルトの『アド・アストラ』の大型サーチライト照射圏内に飛び出す。そこに踏み込んだ複数の外敵の影を、多重性強化よって一時的に性能を高めた状態で視界に拘える。
(対象は四足移動、シルエットは全部同じ? 接敵まで3,2,1……来る!)
 『コロナ』の手にする棒状の金属から魔力の輝きが生まれ、それが刃と形成されるまでは一瞬。擦れ違い様に斬り飛ばしたのは右前足。そして対象を確かに視認した。同時に機体に降りかかる腐汁と腐肉の破片。
「敵は三頭合成獣っ……いえ、肉体の組成物質に異常? これ、キメラのゾンビよ! 恐らく他も全部!」
 通信を送った瞬間、視界が業火に染め上がる。
「つっ、こ、のぉっ!」
 再び振り下ろした魔力の刃が、炎を吹き出す竜の首を深々と切裂いた。

「くっ、精霊ではなく歪虚が……まさかこんなところにまで!」
 湖辺りを丁度飛翔していた観那の乗騎であるワイバーンの『蒼雷』。連絡を受けると同時に進路を翻す。
「かくなる上はこの命をもってでも……いきますよ、蒼雷!!」
『――!』
 主人の覚悟に応えるが如く一鳴きし、幻獣は空を翔ける。

 歪虚を追い、湖水上を翔ける『天禄』と蜜鈴。
「『終熄する祈り、穿つは我が怨敵……心を凍らせ、其の身を嘆け』」
 氷の種は芽吹く。歪虚体内へと根付く氷結の呪いは翼を奪い、湖水へと落着させる。そうして狙いをつける黒色の魔導拳銃。放たれる奈落の弾丸は屍の身を削り取り穴だらけにして沈黙させる。
「一体一体に時間が掛かりよる……もうあれほど距離が離れたか。だが禄よ、お主なら追える。そうであろう?」
『――!』
 主の信頼に騎士は猛りを以って応え、その身は天を切裂き敵を追う。
「にしても厄介な、歪虚が目前の敵を避けるじゃと? 一体どうなっておる……」
 抱く疑念はしかし、一時振り払う。今は成すべき事を成す時故に。

 戦場を疾走する鬼が跨がるは、魔導ママチャリ。そう、万歳丸は、チャリで来た!
 屋根の上からどうやって乗り継いだのかは謎である。そういえば魔導バイクの傍に在った様な無かった様な?
「呵呵ッ、精霊の怒り、にちしゃァ、随分と臭うやつらじゃァねェか。――手前らの好き勝手にゃァさせねェぜ」
 正面に迫る歪虚の腐りかけた歪な巨体。
「大五郎、そっちは任せたぜェ」
『♪』
 相棒の言葉に、応援するように手を振り振り、尻尾を振り振りする『大五郎』。
 その直後、火炎に万歳丸の姿が飲み込まれる。そして振るわれる前足とそこに備わった凶悪な爪。
 だが既に、その場に彼の姿は無い。
「あっちィじゃねェか、こいつはお返しだァッ!」
 無骨にして巨大すぎる拳を模った拳鎚が歪虚の左前足に叩き込まれ、そこから放出されるマテリアルによって後ろ足までぐしゃりと潰れ、吹き飛ばされた巨体がぐらりと傾き、横倒しになる。
「よォ、手前、拳骨って知ってるかァ?」
 振りかぶられる巨拳。押し潰される獅子頭が見た最後の光景が、それだった。
 万歳丸が一匹を相手にしている間にも、傍をすり抜け村へ迫る二匹の歪虚。まだ避難途中の村内にこれが突入すれば、大きな被害を齎すだろう。
 だが、その者らの前に滑り込む魔導バイク。ハンドルを握るは可愛らしい猫――の姿をした幻獣『大五郎』
『♪』
 ユグディラ式幻術が発動し、歪虚二体を纏めて淡い霧が包み込む。すぐに晴れたそれは、一見何事も無かったように見えたが。
 しかし効果の下に囚われた歪虚は、まるでその場に何かが居るように炎を嘔き、風の刃を撒き散らし、雄叫び、手足を矢鱈滅多らと振るう。まるで、そこに何かが居るように。
 実際、歪虚達の視界には逃げ惑う村民たちの姿が映し出されていた。効果はそう長くは無い。だが時間稼ぎには十分。
「よくやったァ、大五郎!」
 嬉嬉として駆けつける主の姿に、猫は気取った動作で一礼した。
 ふわりと持ち上がる、巨体。
「呵呵ッ、てめェの天地は俺が決める! 吹ッ飛びなァ!」
 混乱下にある相手は、力のいなしも特に容易く、万歳丸の餌食となるのだった。

 続々と集まり、魔導トラックと、その連結荷台に乗り込んでくる老夫婦や、幼く体力が無い子供たち。
(ちょっとー!? 精霊が怒った時に備えてってことじゃなかったのー!?)
 表面上は冷静に通信に対応していたトゥーナだが、内心はこんな感じであった。
(いや歪虚だろうと精霊だろうとどっちにしろ戦いたくはないけどさあ!)
 元々ハンターには勢いに任せて『なっちゃった、てへ♪』みたいな感じがなくも無い彼女である。
 それでも、だったら全部投げ出してーなどと考えたりする事だけはありえなかった。
(……えーい落ち着け私。今すべき事は歪虚退治……いや、倒すより村人を守る事)
 他の皆が戦う機体や相棒を持っているのなら、彼女には彼女にしか無い相棒がある。
 その相棒の運転席に、ランタンを灯し、身に付けるドールバイザーの暗視機能を稼動させる。そして全ての荷台に村人達が限界まで乗り込んだ事を確認する。
「よし、準備はいい? これから皆を私が運んで逃がすから。真ん中には子供たちを、お爺ちゃんお婆ちゃんたちはしっかり捕まっていてね」
 全ての荷台を確認して回ると、駆け足で運転席に乗り込む。唸りを上げる魔導エンジン。動き出すのは、逃げる為の、然して守る為の力。
「出発するよ、舌を咀まないように!」
 走り出すトラックと、連なる荷台。その後方につくリュンルースを伴って、村人の避難は始まった。

 出会い頭を潰した『コロナ』を強者と見て取った歪虚達が、クレール機を避ける様に大きく距離を取って巡り込んで行く。
「こいつら本当に戦う気が無い!? この、行かせない!」
 目前の歪虚の横手に回りこみ、やや距離をとる。魔力の刃を消した金属棒にマテリアルライフルのケーブルが接続される。背部エンハンサーが展開、操縦者の魔導機械を通して機体に増幅されたマテリアルが流れ込む。
「敵全ての脚を! 薙ぎ払え、コロナァッ!」
 紫の光芒が照明に照らされた空間を切裂き、目前の胴体、そして左方を疾走していた歪虚の四肢を纏めて消し飛ばす。突然脚部を失ったそれらが、叩きつけられる様にもんどり打って大地に転がり行く。
「面倒な散らばり方を……あとは翼! まずはこいつからっ!」
 胴に大穴を開け地に伏せる歪虚へと、魔力の斧槍が振り下ろされる。

「応援に来たぜ、蜜鈴さん!」
「ありがたい、二匹はよう墜としたが、そちらに二匹、穫り逃しが向こうておる。任せてよいかのう?」
「おう!」
 レオーネのスキルが機体を包み、飛行時のデメリットを一時的に解消させる。マテリアルソードをジェネレーターとして連結したスペルランチャーの砲口に、青白い輝きが膨れ上がる。
「こっから先は通行止めだ、抜かせねぇんだよ!」
 放たれる光芒がグリフォン頭と一緒に、背部の翼を消し飛ばし、一匹が湖水へと叩きつけられる。
「一匹は避けたかっ、なら!」
 迫り来る歪虚から放たれる風の刃、不快な雄叫び。幾らか被弾するも躱し、耐え抜いて接敵する『タシギ』。その手にする輝く刃が、獅子の頭を切裂き背後の片翼を斬り飛ばした。

 夜空から戦場に参じた観那と『蒼雷』。そこには『アド・アストラ』が煌々と照らす荒野の大地と、そこで蠢く影、クレールの機体が照らし出される。しかしクレール機を避けるように幾つもの獣の巨体が村を目指し、更に進路上にいるグリムバルト機に迫る。
「ちっ、このままじゃ少し洒落にならない未来が占わなくても判るな!」
「だいじょうぶ、私がひきつけます!」
 小柄な少女姿に見合わぬ巨大斧を掲げた観那が、燃え上がるようなマテリアルを纏う。途端にグリムバルトへと向っていた半数以上が、彼女とその乗騎である『蒼雷』を追って動きを変えた。精神は既に無いゾンビだが、マテリアルにはひきつけられると見える。
「大分減ったな、助かった! だがそっちは無茶するなよ、可能な限り引き連れて逃げ回れ!」
「わかっています、この命に代えても!」
「いや、わかってねぇだろその答えは!?」
 衝撃波を放ちつつ、足や翼に傷を付けて行く観那だが、足を止める度に歪虚に距離を詰められる光景にガトリングで他を牽制しながらグリムバルトは引き攣った声をコクピットで漏らす。
「危なくなったら万歳丸さんを頼りますので!」
「お? 呵呵ッ、いいぜェ、連れて来い連れて来いッ! 纏めてオレが相手してやらァ!」
「いや、一人でどうにかできる数じゃないからな!? 死ぬぞ!」
つっこみに行きたいが動けないグリムバルト、遠方から村へ放たれる風の刃をスペルウォールで届く範囲だけ陵ぎつつ、なんとも難儀な戦場の一幕を繰り広げていた。

 村上空に達しようとする一匹の背後に追い縋る。フライトブーストの効果時間は十分、対象はアンバランスな体躯の為に飛翔能力は低い、十分追いつける。
「地上からの援護射撃ねっ、ナイス!」
「この位しかできねぇがな! 止めは任せた!」
 地上でライトの照射を行う為に大きな挙動が制限されるグリムバルトの機体だが、備えるガトリングガンの盛大な対空射撃が歪虚の翼を蜂の巣にして飛翔能力を奪う。
盛大に土煙を上げて畑にめり込むゾンビ合成獣。直進から上昇を加えて射角を確保。ライフルから放たれる光芒が尻尾から頭部までをなぞるように吹き飛ばす。
「次ぃっ!!」
 地上で広がるマテリアルの探知波、徒歩で逃げる村人達を追う固体を『アド・アストラ』のマテリアルレーダーが捉える。
「東に大回りしてる奴が居る、座標は送った、頼んだ!」
「徹底して村人狙いか! 行かせないよ!」

 トラックの最後尾に付いていたリュンルースは、背後に迫り来る不浄の気配に、『アマビリス』の手綱を返す。
「お、おいあんた、いったいどうしたん」
「私達が、守ると言ったんだよ。だから、果たさないとね」
 それで理解出来たのだろう、彼に声をかけた荷台の老人は不安げに、しかし熱の篭った視線で彼を見やる。
「信じる、だから無事でな」
 その頃には彼我の距離は離れて、声が届いたかどうかは定かではない。彼と幻獣は走り出す。彼が掛けるモノクルが発する、僅かな光を頼りに。
 闇夜から躍り出る不浄の合成獣、腐臭に顔を蹙め、手にするスタッフの天秤飾りが込められる魔力に燦めく。
「まずは足を止めるよ」
 発動する紫光は重力波となって歪虚の足を確実に鈍らせる。
「なに、傷を負ってもヒールで癒せば良いということだね」
 炎にあぶられ、切裂く風の刃を『アマビリス』と共に潜り抜けながら、虹色に輝く眸は敵を映し、花を模した魔法陣が舞い散る度に、氷結が歪虚を捕らえ、閉じ込め、砕いていく。
 跡形もなくなった敵から翻し、幻獣の首を撫でる。
「では、護衛に戻ろうかアマビリス。『無事』に戻らないとね」
 治癒の輝きが問題ない程度に傷を癒し、彼らはトラックを追い始めた。


 どれほど戦い続けただろうか。どれほど走り続けただろうか。
 逃げ切れたのか、逃げ切れるのか。不安と焦躁に苛まれながらも奮闘するハンター達。オヒムもまた、はぐれの歪虚を追い、虱潰しに何とかして行く。徒歩の村人が一番危険なのだ。
「あ、あれは……!」
 魔導トラックを止めた場所で、すぐ動けるように待機していたトゥーナの視界に続々と現れる影。それは街道を哨戒していた帝国軍の分隊である。
「緊急要請を受け、援軍に来た! 帝国民を守り抜いてくれた貴公らの奮戦奮闘に敬意を。故にこそ我ら、帝国軍人の働きを持って返そう! 全軍、ハンター達と共闘し残敵一切を屠りつくせ!」
「「「「雄雄雄雄おおおおおおおおおおっ!!!!」」」」

 ここに、一夜の防衛戦は成った。唯の一人の犠牲者もなく。それは小さな村の、小さな奇跡で、小さな英雄たちが刻んだ、誇るべき軌跡であった。

依頼結果

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MVP一覧

  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッドka4409
  • パティの相棒
    万歳丸ka5665
  • マスター・オブ・グラス
    トゥーナ・リアーヌka6426

重体一覧

参加者一覧

  • 明日も元気に!
    クレール・ディンセルフ(ka0586
    人間(紅)|23才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    カリスマリス・コロナ
    カリスマリス・コロナ(ka0586unit002
    ユニット|CAM
  • 魔導アーマー共同開発者
    レオーネ・インヴェトーレ(ka1441
    人間(紅)|15才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ヘイムダルヒソウカイ・タシギ
    ヘイムダル飛装改『タシギ』(ka1441unit001
    ユニット|魔導アーマー
  • 道行きに、幸あれ
    リュンルース・アウイン(ka1694
    エルフ|21才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    アマビリス
    アマビリス(ka1694unit001
    ユニット|幻獣
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    テンロク
    天禄(ka4009unit003
    ユニット|幻獣
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッド(ka4409
    人間(蒼)|24才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    アド・アストラ
    アド・アストラ(ka4409unit003
    ユニット|魔導アーマー
  • 清淑にして豪胆
    観那(ka4583
    ドワーフ|15才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ソウライ
    蒼雷(ka4583unit002
    ユニット|幻獣
  • パティの相棒
    万歳丸(ka5665
    鬼|17才|男性|格闘士
  • ユニットアイコン
    ダイゴロウ
    大五郎(ka5665unit001
    ユニット|幻獣
  • マスター・オブ・グラス
    トゥーナ・リアーヌ(ka6426
    人間(紅)|16才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    魔導トラック
    魔導トラック(ka6426unit001
    ユニット|車両

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 暗いよ怖いよ(相談卓です)
トゥーナ・リアーヌ(ka6426
人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2017/11/26 19:23:47
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/11/25 21:36:18