聖導士学校――子供たちの聖輝節

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/12/09 19:00
完成日
2017/12/16 12:29

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 夜明けと共に起床。
 白いパンと暖かいスープを掻き込み、武器を持って長距離走。途中で精霊様の丘でお掃除。
 昼食はたっぷりの野菜と肉がつく。お代わりは自由では無く義務。美味しいけれどちょっと辛い。
 午後は教室での講義。1年前は文盲だった同級生も今では書式集を片手に報告書で頭を悩ませている。
 夕方からは戦闘訓練。ヒールはひっす。
 お風呂は烏の行水。今日は晩ご飯当番だから実家の料理を再現してみた。何故か実家より美味しい。素材の質って重要だと思う。
 後はおしゃべりするか図書室で本を読んで寝台に入る。外見質素なのに羽毛布団なんだよね。感触楽しむ前に疲れで寝ちゃうけど。
 すごく充実してる。卒業すれば助祭になれるし、不満を感じるのはおかしいって分かってる。
 でも、ちょっとだけ、さびしい、かな。
                         ある生徒の日記より


「おはようございます」
 ようやく傷が癒えたイコニアが、上品な所作で校長室に入って来た。
 校長である司教の表情は硬い。
 イコニアの書類チェックが進み、要修正の山が高さを増していく。
 嫌がらせをされている訳ではない。
 送る相手が王宮や諸侯や大司教なので気を付ける点が多すぎるのだ。
 貴族の生まれでは無く王立学校神学科の出身でもない校長にとっては、イコニアの助言は命綱だ。
「イコニア司祭、君は帰省しているのかね?」
 少女司祭が小首を傾げる。その間も確認と修正は続いている。
「いきなりどうしたのですか司教様。そんな暇があったら前線に行きますよ」
 見た目と年齢は少女でも、中身は歪虚殺しを快楽と言い切る超武闘派聖職者である。
「うんまあ君はそうだね」
 咳払いをする。
 混乱していた思考が少しはましになる。
「子供達がホームシックにかかっている気がしてな。教職員の中では年齢の近い君の意見を聞こうと思ったのだが」
 全く参考にならなかった。
「仮にそうでも帰郷の許可は難しいです。文盲でも3年、そうでなければ2年で聖堂戦士兼助祭に仕上げる訳ですし」
 覚醒者の気力体力を前提に、知識と経験を最大限効率よく詰め込んでもぎりぎりのスケジュールだ。それに、帰る場所の無い子も多い。
 医療課程はさらに酷い。リアルブルーからの技術流入に対応するため講義内容が変更され続け、生徒の負担は聖導士課程以上だ。
「どうにかならないか。私は普通の生活というものから離れて長い。結果的に子供の心をへし折るようなことはしたくない」
 過去の失敗を思い出し、校長の胃が不自然に動いた。
「そうですね」
 イコニアが書類を机に戻す。
 己の知識とコネを脳内に列記し、実現可能なものだけを抜き出していく。
「もうすぐ聖輝節です。王都の店にケーキを注文して、2、3日の間華やかな飾り付けをしてみますか?」
 校長が興味を示す。
 イコニアは必要な物資と調達先を何も見ずに書き出す。
 かなりの高級店の名がずらりと並んでいた。
「甘い生クリームと甘酸っぱい果実はスポンジによくあいます。可愛らしい砂糖菓子を上に載せてもらうのもいいですね」
 どこからか、唾を飲み込む音が聞こえた。
「ノンアルコールでも細かな泡はグラスに映えます。濃い肉の後味をさっと流すのも楽しい感触です」
 妙に空気が綺麗だ。
 イコニアが念入りに浄化した空間より数段上であり神聖さすら感じる。
「お肉もいいですよね。料理人が下拵えから調理までしっかりした物は、五感を全て刺激してくれます」
 くきゅぅと可愛らしい腹の音が響く。
 校長室の入り口が薄く開かれていて、カソック姿の幼女が食欲に支配された目をこちらに向けてきていた。
「ですが」
 幼女の体が小さく震える。
「現時点では丘精霊様のことを外部に詳しく知られる訳にはいきません。調理も飾り付けも我々でするしかないでしょう」
「う、む。それは」
「私も司教様も料理は最低限しかできませんからね。さすがに生徒よりは上手とは思いますが、高級食材の無駄遣いになる可能性大です」
 幼女の目が見開かれ、へなへなとしゃがみ込むと同時に体が透けていく。
 彼女は丘精霊ルル。
 この学校と緩やかな共闘関係を結んでいる、地域密着型の小精霊だ。
 もっとも直接的な戦闘能力はないし、最近は遊ぶのに夢中で本拠地近くの浄化もさぼりがちだ。
「個人的には聖輝節のパーティにあわせて浄化儀式もしたいです。麦畑の近くに歪虚が出るのは物騒ですから」
「料理とデザートの準備、机と椅子の運び込みに聖輝節の飾り付け、後は余興か?」
 校長が必要な準備を数える。
「最大でも8人しかいないハンターに頼むのは無茶だろう」
「出来ちゃう気もしますが……歪虚退治に専念する方もいるでしょうからねぇ」
 涙目の小さな精霊が、2人の聖職者をじっとみつめていた。


●現地地図(1文字縦横2km
 abcdefgh
あ□□平平平川□□ □=未探索地域
い□□平学薬川川川 平=平地。低木や放棄された畑や小屋があります。かなり安全。演習場扱い
う□平畑畑畑開□□ 学=平地。学校が建っています。緑豊か。北に向かって街道あり
え□□平平平平□□ 川=平地。川があります。水量は並
お□□荒荒果果□□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
か□□荒荒荒丘□□ 開=平地。そろそろ開拓完了
き□□草荒湿湿荒□ 薬=平地。小規模植物園あり。拡張中。猫が食事と引換に鳥狩中
く□□草荒荒荒荒□ 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
け□□□荒荒荒□□ 果=緩い丘陵。果樹園跡有り。柑橘系。休憩所あり。開拓民が手入中
こ□□□□□□□□ 丘=平地。丘有り。精霊在住
さ□□□□□□□□ 湿=湿った盆地。安全。たまに精霊が遊んでいます
          草=芝型歪虚群生地。北の端1キロメートルほどの駆除は完了

●目無しの烏
 飛行能力以外に特殊な能力は持たず、強さは少し強いスケルトン程度。
 唐突に南から現れ、数がとにかく膨大だ。
 精霊の丘から北に大勢で進入する力はないようだが、いつまでそうだとは限らない。
「あの方達ですら調査にてこずっています。避難壕と迎撃拠点を兼ねた穴を掘りながら南下するのもいいかもしれません。……途中で何が出てきても、もみ消す気はありません」
 遠い過去にこの血に棲んでいたエルフの痕跡は、地面の下にしかない。

●悪意の芝
 芝に擬態した大量の雑魔だ。
 生命が近づくと同属同士で集まり、その生命を捕食可能なサイズな大型歪虚になることもあるという。
 飛行能力と遠距離攻撃手段はない。炎に弱いとはいえ通常なら数人で倒せる相手ではない。
「頂いた報告書によると、大量の範囲攻撃手段とその手段を守る用意があれば1人でも1エリアの歪虚を滅ぼせるそうです。それが出来る人って超人だと思うので、何人かで役割分担を……しなくても、大丈夫でしょうか?」
 毎回のハンター大活躍に、イコニアの感覚は麻痺しかかっていた。

リプレイ本文

●前日
「カーナボンさん、完治おめでとうございます」
 艶やかな黒髪を白帽子で隠したユウ(ka6891)が、手製のクッキー入り紙袋を差し出した。
 もちろん白いブーツは脱いでスリッパに履き替え済み。
 ワイバーンアップリケのエプロンも万全だ。
「わざわざご丁寧にありがとうございます。お茶を用意してきます」
「はい。……ルル様もお久しぶりです」
 90度以上向きを変え、上半身を揺らさずしゃがんでみせる。
 特大の段ボールの陰からユウ達を見ていた幼女が、ぱっと顔を明るくして飛び込むように近づいて来た。
「お元気そうで何よりです。もしよければ受け取って下さいますか?」
 包み紙はイコニアに渡したものよりグレードが1つ上で中身も相応だ。
 丘精霊ルルは遠慮無く受け取ろうとして、触れる直前に気づいて姿勢を正す。
 軽く頭を下げると、銀の髪から光とマテリアルが零れてユウの頬まで届いた。
「どことなくカーナボンさんに似ていますよね」
 ショックを受けてぶんぶん首を振る様は、気合いが抜けきったイコニアに酷似している。
 ユウがくすりと笑ってクッキーの袋を持たせてやると、幼女にしか見えない精霊は直前のことをすっかり忘れて封を切った。
「お行儀が悪いよー」
 宵待 サクラ(ka5561)が抱き上げテーブル側の子供用椅子に座らせる。
 袋を膝に置いて小首を傾げる幼女の前に、綺麗にクッキーが盛られた皿と爽やかな香りの紅茶、生クリームたっぷりの小ケーキがそっと並べられた。
 同席を勧められてもユウは謝絶し、軽く手を振り丘精霊に別れを告げる。
 調理用の手袋とマスクを身につけてから、暖房から最も離れた場所にある特大段ボールへ接近。
 新鮮な肉を取り出し調理台へ運ぶ。
 自然と鼻歌が飛び出す。
 真新しい建物に使いやすい道具、そして見るだけで鮮度が分かる骨付きの肉。オーブンも大型のものが複数ある。
「用意するのが大変だったのでは?」
 ユウの手際は飛び抜けていた。
 肉団子、ハンバーグ、他にも見慣れぬ料理の下拵えを生徒の倍以上の速度とそれ以上の正確さで量産していく。
「開拓部門の皆さんの新居に流用する予定です」
 イコニアも下拵えを手伝っている。
 王国の地方貴族出身なので肉の扱いには慣れているが、生粋の龍騎士であるユウに比べるとかなり劣る。
「それは?」
「祝いの料理です。龍園のものなので慣れない方は別の料理をと」
「いえ、頂けるなら是非頂きたいですけど」
 イコニアの視線がテーブルに向かう。
 数が多い。
 ハンバーグだけで3桁近く、肉団子も合計すれば4桁に届くかもしれない。
「皆さんに振る舞わない訳にはいきませんから。試食用にいくつか焼きますね」
 油を馴染ませたフライパンには十分熱が伝わっている。
 額に汗を浮かべたユウがフライパンを動かすと、甘い脂の薫りがふわりと舞った。
 風もないのに精霊が漂ってくる。
 桜色の唇は涎でべとべとだ。
「ルル様、味見をお願いしても宜しいですか? はい」
 1口サイズにしたハンバーグを菜箸でつまんで小さな口へ。
 精霊の目が細められ、気を抜くと意識が飛ばされそうな喜びのイメージが広がっていった。
「お久しぶりです。昨日ぶりの方もいますね」
 着流し姿の金髪碧眼ゲルマン人、ハンス・ラインフェルト(ka6750)が鷹揚な態度で子供達を迎える。
「元気そうでなによりです」
 昨日個別面談した貴族階級出身者は特に問題ない。
 教養面で問題がないため精霊の世話役という名誉ある立場につくことが多く、その立場に相応しくなるため必死に努力した結果である。
「私の生国では11月後半から12月23日までヴァイナハツ・マルクトが賑やかに開催され、24日は教会に行き25日は静かに家族で過ごすのです」
 故郷と家族についての話題であり、暗い反応をする子供もいる。
 ハンスは気づいた上で堂々と説明を続け、各種の材料が入った箱を机の上に置いた。
「そこで食べられるのがシュトーレンとレープクーヘンです。今日の授業は調理実習で作るのはこの2つ。材料は余裕をもって用意しています。これまで習ったことを活かすように」
 はい、と元気な声が帰ってきて、ハンスは満足そうに微笑んだ。
 2時間後。
 芳醇な肉スープと刺激的な肉料理の匂いに、リアルブルーで歴史を積んでお菓子の香りが加わった。
 風に乗って徒歩数分の場所にまでうっすら届いていたけれど、そこにいるカイン・マッコール(ka5336)は気づきはしても意識は向けない。
 カインの気配に惹かれ揺らめく歪虚に、草刈りの方がまだ殺意が籠もっているといえる動きで刃を振り落とす。
 ぱかりと。
 頭蓋骨と背骨がほぼ同時に砕けて左右に飛び散った。
「ゴブリンより弱い」
 聖女やマテリアルが関わった騒動が終わった後、ゴブリンの評価は害獣扱いにまで落ちた。
 最も弱いスケルトンよりさらに弱いのだが、徹底的に殲滅するつもりなら評価は変わる。害獣には知恵があるのだ。
 建物周辺の警戒を終え、カインは馬首を返して匂いの来る方向へ戻る。
 出迎えたイコニアからエプロンその他を受け取り礼を言い、魔剣と鎧を外してから厨房に足を踏み入れた。
 なぜだかハインツが黄昏ている。
 疲れに効きそうな甘い香りはするのに、その香りの源がどこにもない。
「食欲を甘く見ていた」
 毎日フルマラソン以上に体を動かし、回復と成長に必要な分を食べる子供達である。
 砂糖を大量に使った菓子なら何個でも食べられる。
 要するに、余裕をもって材料を持ち込んだのにそれでも足り無いのだ。
「軽食……1.5食分くらいか」
 聖輝節は後回し。
 カインはパンを大量に切って必要最小限火を通し、オリーブオイルを塗ってて刻んだトマトとパプリカを乗せていく。
 とても分厚く不格好ですらある。
 だがそれ故に健康優良児達には魅力的だ。
「1人1枚で。飲み物はそっちに」
 人も料理も途切れず嵐のように忙しい。
 一通り全員に食わせてから本番のための仕込みを続ける。とにかく続ける。
 日が落ちてようやく一段落。
 カップに手を出すと、机から顔半分だけ出した丘精霊と視線があわない。
 生徒2人分は食べたのにブルスケッタに興味津々らしい。
「どうぞ」
 熱く、濃く、苦くも深いエスプレッソを小さなカップで渡す。
 食いしんぼ精霊が撃退されるまで、10秒もかからなかった。

●4日前
 明日から3日間の授業休みを告げられた生徒達が、教職員の会議に使われる大部屋に集められた。
 エステル(ka5826)が着席を促す。
 生徒達が落ち着くのを待ってから口を開く。
「生徒さんがここを卒業し、助祭となりその後はどう進まれるかまではわかりません」
 部屋の隅で司祭とサクラ女史が無言で揉めているのに数名が気づく。
「このまま経験を積み、戦士として聖堂戦士となる方はもちろん、聖職者という側面から村の小さな教会を任されたりもするかもしれません」
 エステルが直接体験した情報も挟みながらの説明だ。
 入学して1年未満の子供でもなんとか理解できる。
「個人的にはお勧めはしませんが、中央で派閥争いなどに参加することもあるかもしれません」
 成果を上げ続けて位階が上がれば否応なく巻き込まれることもある。
 それを利用して予算を引き出す者もいるが少数派だ。多くの場合割を食わされるか破滅する。
「良くも悪くも、大きなことから小さなことまで全てに、現実問題として何かをするにはどうしても予算というものはついてまります」
 故に今回のイベントを利用する。
 料理や飾り付けを初めとした各種の物資の手配、教職員や地域住民への招待の手筈。全体で何をやるか分かっているので適度な難易度だ。
「そのような時に、物事の全体像に思考を巡らせれるようになって頂きたいのです」
 司教である校長直筆の許可証と、発注のための用紙を取り出し机の上に乗せる。
 ぎょっとした、あるいは困惑した視線を向けられてもエステルは微笑んだままだ。
 そこに本気の本気を感じ取り、特にある程度大変さが分かる貴族階級出身者が酷い顔色になっていた。
「補填や根回しはこれで足りるでしょうか?」
 生徒が急ぎ足で出ていった会議室で、エステルが1枚の為替を差し出した。
「大丈夫だと思います。万一があっても許可を出した側にも責任があるので全額負担にはなりませんから」
 何故か息が乱れているイコニアが、目には強い賞賛の光を浮かべて一時預かった。
「思い切りましたね」
「初めから最後まで共に学ぶ仲間とともにやり遂げるという経験は、掛け替えのない得難いものと思いますから」
 そう言うエステルの表情を見て、教会入りしてくれたらいいのにと思わず本音を零してしまうイコニアがいた。
「生徒たちに全て任せるのですか?」
 ソナ(ka1352)が心配そうにたずねると、エステルが淡く笑ってうなずいた。
「専門家への依頼に気づくのも勉強のうちです」
 納得したソナの横で、イコニアが悪い意味で貴族らしい、具体的には上品を通り越して非常にいやみったらしい目をサクラに向けている。
「どうしたのかなイコちゃーん?」
 作りたて生クリームシューをそっと差し出すと、丘精霊ルルが指ごと咥えてもぐもぐと歯と舌を動かした。
 御満悦である。
 祝福に限りなく近い正マテリアルが凄い勢いで吹き付けてくる。
「物で釣るのを恥ずかしく思わないのですね」
「パルムを抱き込んでいるイコちゃんがそれを言う~?」
 精霊に意識を向けられた時だけ仲良しのポーズをとるあたり、凄く気があっているのかもしれない。
 エステルは歪虚駆除の準備に出かけ、ソナは生徒の要請に応えるための準備を始める。
 まずは招待状だ。
 今から送って間に合うのは学校内と学校近くだけとはいえ、正式な招待を出すのは結構手間がかかる。
「皆さん、場所に希望は……」
 精霊は生菓子に夢中。
 頼まれ物を運んで来た職員も、校長以下から何も聞いていないと返事をする。
「はい。では予想される開催予定地での浄化をお願いします」
「承知しました。明日の工事にあわせて行います」
 イコニアはその瞬間だけ素直にうなずき舌戦に戻る。
「後、生徒たちだけで用意出来ないのは」
 届けられた箱から楽譜を取り出す。
「宗教にも医療にも音楽は欠かせません。生徒たちが知っていて歌える歌の中からいくつか選びたいのですが」
 顔の下半分が涎まみれの丘精霊がふわりとやってくる。
 ソナに口元を拭われながら、精霊による自動翻訳の応用で音楽として読み取る。
 小首を傾げて。
 何度も瞬きして。
 満腹感が頭に達して居眠りをし始める。
「これではどうでしょうか」
 念のために持ち込んだ楽譜を精霊に見せる。
 ソナにとっては聞き慣れたギターの演奏が実際の音としてあふれ出す。
 幼女に見える精霊が笑顔でうなずき、しかし今度はほんの少しだけ小首を傾げる。
 ちょっとだけ違う。
 そう感じているように見えた。
「ひょっとして」
 ソナがギターを持って来て軽く弾く。
 里で良く聞いた曲の王国風アレンジが特に好評だった。
 なお、丘精霊がイベント本番での演奏を心底楽しみにしていたため、準備に忙しい生徒が睡眠時間を大きく削ることになった。
「大公さまとタンデムしたのもイコちゃんの名前を売り込んだのも本当だよ? バトルマニアのイコちゃんとは王女様より絶対話が合うと思った」
「多分話が合うから面倒なんです! 聖堂教会の外向け武力担当派閥と王国中枢反主流派が近づいたらどうなると思ってるんですか!」
 本格的な口論が始まっていた。
 おねむな精霊はソナ連れられ来賓用ベッドへ輸送済みだ。
「面倒でも関わらざるをえないでしょーが。次の卒業シーズンまであと少しだよね? まさかこのまま卒業生放流して終わりとか言わないよね?」
 返信が書かれた羊皮紙をひらひらさせながら応戦する。
 大公の直筆でもないし言質を与える内容でもない。
 しかし書簡のやりとりがあるだけで大きすぎる意味がある。
「教会からも戦士団からも引き合いは増えています。皆さんに憧れてハンター志望が増えたのが大問っ」
 本音を口にしたのに気づいて咳払いで誤魔化そうとする。
「それだけ? 仮に今期巧くいっても実績を見た貴族が寄付しても我が子を押し込もうとするよね。そうなったら排除されるのは誰かなー?」
「聖導士課程は覚醒者限定です。貴族の割合はそう増やせませんし、医療課程に押し込まれても枠を増やすことで対応可能です」
「だからだよ」
 サクラが、内容だけで無く表情まで真面目に切り替える。
「これ以上拡大するなら政治力必須だよね。金を引っ張るためにも視察を呼び込むしかないんじゃない? 主に大公派の」
「サクラさん今の王都の状況知ってて言ってるでしょう!」
 イコニアは涙目だ。
 現在の王都は、著名な騎士や有力諸侯に歪虚内通の嫌疑がかかるような状態である。
 戦士団の一部を動かせるからこそ関わりたくない。
「あっ、サイさん。貴方を守る契約は生きてるから。不審者報告、待ってるよ」
 お茶を届けに来た職員にサクラが声をかけると、汗びっしょりの職員が逃げ腰で後退した。
「私は善良な一般市民です! 家系ロンダリングが終わってから異動予定ですのでっ」
 最近の警備状況報告書を置いて逃げ去る元隣領腕利き密偵。
 物理的な警備は順調。生徒の実家経由で外部に流れる情報が一番大きいとの報告だった。
「問題山積だねー」
 憎まれてはいないが教職員複数に恐れられる女、宵待 サクラ。
 積み重ねた実績故に、今のところ参加お断りの通達は出ていない。

●当日
 大地は雪で覆われ冷たい空気が吹き抜ける。
 しかし6メートル超えクリスマスツリーを境に寒さは消える。
「乾杯!」
 責任者である校長があっという間にスピーチを終わらせ、1年ぶりの、子供によっては生まれて初めての聖輝節が始まった。
 食べ盛りの生徒と屈強な警備と開拓民をあわせて数十名。
 丸一日かけて用意した料理も1時間も持ちそうにない。
 人気料理は肉。人気の飲み物はホットティーとホットティーパンチだ。
 寒い外から来たばかりの者には特に好評で、付け合わせの果物やブルスケッタも肉料理に準じる速度で減っている。
「すみません、オーブンは」
「大丈夫です! 今姉さんが火の番をしていますっ」
 最近開拓民になった女性が元気よく答える。
 極自然に行き来するイェジドを見て驚いてはいるが、この地に骨を埋める覚悟で来たので怖じ気づきはしない。
 怖じ気づきはしないが、年頃の女性なので華やかなものに惹きつけられはする。
 土台はふんわりアーモンドが香る可愛らしいタルト。
 新鮮なカスタードクリームと7種の果実がバランス良く飾り付けられ、目でも鼻でも舌でも味わえる一品としてずらりと並んでいる。
「その名もふれーずどらんじゅでちゅ。全員分プラスアルファ頑張って作ったから味わって欲しいでちゅ」
 真面目な顔で解説する北谷王子 朝騎(ka5818)の頬には、カスタードではないクリームが可愛らしくくっついていた。
 丘精霊が朝騎に抱きつき頬をぺろり。
 舐め跡が神々しい光を放っている気がして、普通のお嬢さんである新開拓民の動きが完全停止した。
「こっちはふれーずどらんじゅでちゅ」
 新鮮な大粒苺と純生クリームをふわふわバニラスポンジが包んでいる。
 雪をイメージした粉砂糖がふりかけられ、高級感を演出中だ。
「あの、頂いても」
「いいでちゅよ」
 朝騎の隣で偉そうにうなずいているつもりの丘精霊は、本人だけはやんちゃなつもりの幼女にしか見えない。
 腹ごしらえが終わる。
 朝騎と精霊はうなずきあい、朝騎が式神を呼び出し精霊が大量のマテリアルで後押しした。
 式神が一列になって踊っている。
 導くように先頭を歩く朝騎達に従い、時折時間差で同じ仕草を行い周囲を沸かせる。
 華やかな布で飾られた机と机の間をするりと通り抜け、女生徒の座る椅子のリボンを解いて結んで祝福で輝かせることまでやってみせる。
 雪ダルマは何故か溶けないまま会場の壁に居着いて、電飾から届く様々な光で華やかに彩られた。
「もう」
 ソナがグラスを置いた。
 念のため机の下に運び込んでいたギターを取り出し、小さな音をたてさえ調子を確かめる。
「始まっていますよ」
 歌を伴わないインストゥルメンタル。
 歌唱担当の生徒が気づいて慌てて持ち場へ向かう。
 丘精霊がくるくると回転している。
 とうに効果時間が終わっているはずの式神まで回っているのは、精霊が最高の機嫌のよい証明だ。
 子供達が大きく息を吸った。
 気づいた大人達は談笑を止め、ソナのしっとりとした演奏が会場の入り口にまで届く。
 訓練で鍛えられた肺が大きな声を保証する。
 1年無事で過ごせてよかったねという歌詞が、力強く、喜び一杯に、または切ないとすらいえる声で紡がれギターの音に寄り添う。
 音楽教育を受けた貴族子女もいるし1年前まで文字すらすらなかった子もいる。
 けれど今は、全員それぞれ別の思いを持った上で1つの歌を作り上げていた。
「ふへっ」
「馬鹿野郎、大人が泣くんじゃない」
 いかつい男達がハンカチで鼻をかんでいる。
 教職員、特に校長は目を潤ませて何度もうなずいている。
 ソナが一瞬視線をやると、夜遅くまで指導を担当したエステルがほっとした表情を見せていた。
「盛況ですね」
 ユキウサギがつまみ食いしたり演奏したり、壁の華を人の輪に連れ込んでいる様を目にしてハンスの口元が柔らかくなる。
「ふむ」
 魔導カメラを構える。
 先日のようにレンズを意識していないせいか、子供達は皆自然な表情だ。
 元戦士や騎士の開拓民は気づいてしまい表情が硬くなっている。
「この写真も同封していいかもしれませんね」
 助け合わねば潰れるレベルの授業ばかりなので生徒同士の繋がりは非常に濃い。
 背中を預け合う戦友にしか見えない顔で、笑い、小突きあい、また笑い合う。
 彼が撮影した写真は、本人や家族の元で長い間大切に保管されることになる。

●聖輝節
 足が動かない。
 口を開いても喉が動かない。
 手を伸ばせば届くはずなのに、指先が微かに震えるだけで何もできない。
 独特の毛並みを持つイェジドが心配そうにフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)を見上げるが、フィーナはその視線に気づくことも出来ずに立ち尽くしている。
 重い息が吐き出される。
 限りなく諦めに近い、暖かいものに背を向ける意思が籠もっていた。
 身を翻す。
 警備も事務もやるべきことは大量にある。
 一晩頑張れば一気に楽になるはずだった。
「あ」
 視界が肌色の何かにふさがれる。
 歪虚の襲撃かと一瞬思ったが、五感はフィーナより優れているはずのволхвに緊張感がない。
 甘い乳の香りがする。
 まぶたから頬まで、最上の絹より滑らかな指先にむにむにと揉まれる。
 泣けてくるほど暖かで、強ばっていた表情筋があっという間に弛緩していく。
「ル……丘精霊様。何かご用、で」
 ぺちーん、と小さな掌がフィーナの額を打つ。
 物理的な力は0に等しいのに、精神的には驚いて思わず目を見開いてしまう。
 萎えたはずの視力が何故か一時的にか恒久的にかは分からないが復活していて、銀髪エルフ耳の幼女精霊が眉毛1本に至るまでよく見えた。
 丘妖精ルルが両手で聖輝節の飾りを掲げる。
 それがフィーナの記憶を刺激して、強烈な悪寒に襲われ鼓動が乱れる。
 精霊は慰めも力づけもしない。
 物理的にもマテリアル的にも温度の高い体を近づけ、よじ登り、自分よりほんの少しだけ小さなフィーナに肩車させた。
「ルル」
 両手を使って丘精霊の脇をくすぐる。
 笑いのイメージが文字通り脳を埋め尽くすが、現在のフィーナの人格を形作る記憶に影響は無い。
「精霊、なんですね」
 見た目はこんなでもただ都合の良い存在ではない。
 それが妙に嬉しくて、フィーナは肩車を続けたまま一歩宴の場所に近づいた。
「ルル様、何も言わずに飛んだら駄目ですよ。注文の品はあっちです」
 めっ、と幼子に躾けるように叱り、ユウが視線で許可を求める。
 フィーナがユウとволхвへそれぞれうなずくと、特大の皿に載せられたレアステーキがволхвの前に配膳された。
「いつもありがとう、クウ。次の料理までちょっと待ってね」
 同じサイズの皿を相棒に渡し、実年齢はフィーナ未満の龍騎士は龍園料理を仕上げるため厨房に駆け足で消えた。
「んんっ、髪を引っ張らない」
 足が軽い。
 これまで気にもならなかったお菓子や料理が何故だかとても魅力的だ。
 挨拶してくる生徒と大人達へ鷹揚に応え、自分で食べられる分とルルが食べる分を取っては食べてはまた取るを繰り返す。
 この後お腹が痛くなるのは確実でも、止める気には全くなれなかった。

●枕元の好意
 今日は夜明前から騒がしい。
 開拓者らしい予感で早起きした生徒が枕元のプレゼントに気づき、同室の仲間と一緒に歓声をあげている。
「やりとげたでち」
「老骨に無理を……ぬぅ」
 赤装束の朝騎と校長が、空の袋を背負って宿舎から校舎へ向かっている。
 反対側には出来かけの居住区。
 もう少し進むと、再開発の予定すらたっていない川と無人地帯がある。
 白骨の上に分厚い筋肉が張り付いた歪虚が、腰で両断され川の中に転げ落ちる。
「居住区に入り込まれたら困りますから、ねっ」
 残心からの次元斬。
 不定形のスケルトンもどきがマテリアル的にも砕かれ朝日に消えていく。
 ハンスの口元には、昨日とは全く異なる、儚くも妖しい笑みが浮かんでいた。
「元戦士だけでも防衛は可能でしょうが」
 再開発を進めるには、討伐と浄化が必要だ。

 炸裂弾が荒野を耕す。
 芝にも見える歪虚は抵抗も出来ずに撃ち減らされるのみ。
 そんな状況で、単機無双を続けていたゴーレムが北に向かって逃げ出した。
「気をつけてね」
 見送ったエステルを芝型と目無し烏が襲い、しかし全てが防がれる。
 そして、新しく発生した爆発があらゆる歪虚を順々に消し飛ばす。
「今日は一日遊ぶ約束です。邪魔を、しないで」
 体もマテリアルも思う通りに動く。
 スキルの威力が増しているわけでも使用可能数が増えているわけでもなく、全てを無駄なく使って歪虚の処理をする。
 2キロ四方が安全になるまでかかった時間は、予想の半分程度だった。

依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 11
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユキウサギ
    バーニャ(ka1352unit001
    ユニット|幻獣
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ハタシロウ
    二十四郎(ka5561unit002
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka5826unit004
    ユニット|ゴーレム
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ヴォルフ
    волхв(ka6617unit001
    ユニット|幻獣
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    シュネーハーゼ
    シュネーハーゼ(ka6750unit001
    ユニット|幻獣
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    クウ
    クウ(ka6891unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/12/06 23:32:13
アイコン 相談卓
ユウ(ka6891
ドラグーン|21才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2017/12/09 17:30:48
アイコン 質問卓
北谷王子 朝騎(ka5818
人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2017/12/09 17:14:01