• 東幕

【東幕】命短し綴れよ思い

マスター:紺堂 カヤ

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/12/17 09:00
完成日
2017/12/25 23:27

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●史郎の営業所にて
 エトファリカ連邦国、天ノ都。朝晩はめっきり冷え込む季節になった。この天ノ都を拠点にして商売をしている少年商人・史郎(kz0242)は、着物の首元を掻き合わせながら営業所に駆け込んだ。
「おう、帰ったか」
 営業所には、白髪の男がいた。史郎は、鍵をかけたはずだが、と思ってすぐ、そうだこの男にはそんなものが無意味なのだと思いだした。
「爺さん。久しぶり」
 その男は、史郎の養父であった。赤ん坊の頃、橋のたもとに捨てられていた史郎を、彼が拾って養育してくれたのだ。真っ白な髪と小柄な体躯の所為で相当な老人に見られがちだが、まだ六十歳を迎えていないはずだ。身のこなしは軽く、手先も器用で、こうして戸締りを万全にした建物にも難なく入り込む。
「また俺がいないうちに来たのか?」
「何も盗ってねえよ、安心しろい」
「当たり前だ! ほら」
 史郎は苦笑して、素早く湯を沸かし、茶を淹れてやる。史郎は商売のイロハをすべて、この男から仕込まれた。凄い人物だとは思っているし、感謝をしてもしきれないが、こういういつまでも破天荒なところには時々手を焼かされる。
「で? 今日は何の用なんです?」
 自らも茶をすすりながら腰をおろし、史郎は訊いた。養父の元から史郎が独立したのは十二歳のとき。以来三年間、ふたりが顔を合わせるのは何か用があるときだけだ。
「史郎、お前、そろそろ詩天へ行くだろ?」
「ああ。天ノ都での取引は大体片付いたし、新たな注文も受けてるからな。数日中に発つよ」
「そうか。じゃあよ、そのついでにこの手紙、届けてくれねえか。あの古物商の親父に」
「手紙? 構わないけど……、また物騒なこと考えてねえだろうなあ?」
「また、とはなんだ、また、とは。好みの壺を探しておいてくれ、っていう注文書だよ、心配するな」
 疑わしげな目を向ける史郎に、養父はひらひらと手を振りへらへらと笑う。
「じゃ、気を付けてな。しっかり稼げよ、史郎。命短し稼げよ少年、ってな」
 史郎に一通の封書を渡すと、さっさと立ち去った。……窓から。
「それ何か違わないか、って、玄関から帰れよ、爺さん!」



 養父が帰ってから、史郎は荷造りに取りかかった。とはいえ、特に手間はかからない。天ノ都と詩天を行き来するのは、史郎にとっては慣れきったことだ。
「おーい、史郎、いるか?」
 そこへ、ひとりの青年がやってきた。今日は千客万来だな、と思いながら、史郎は玄関の戸を開けた。
「はい、いますよ。やあ、スーさん」
「おう、良かった。まだいたな。そろそろ詩天へ行くって言ってたから、もういないかとも思ったんだが」
 スーさんはホッとした笑顔を浮かべながら営業所へ入ってくる。手土産だ、と史郎に差し出したのは、栗きんとんの包みだ。
(また値の張る物をさらっと持ってきて)
 史郎は苦笑を隠してにこやかに礼を言った。このスーさん、実はとんでもないお偉いさまなのだが、本人はそれを隠している。隠しきれていると、思っている。史郎にしてみれば、バレバレもいいところなのだが。
「詩天へは、数日中に発つつもりだよ。何か御用ですか、お客様。買い付けでもなんでも、ご依頼お受けいたしますよ」
 冗談めかしてそう言いながら、史郎は茶を淹れなおした。この守銭奴め、とかなんとかツッコミが入るだろうと思っていたが、予想に反してスーさんは、うんまあ、とか言葉を濁して眉を下げた。
(おや?)
「買い付けとかじゃないんだが……、ちょっと頼みたいことがあってな。もちろん、謝礼は払う」
 スーさんはそう言うと、一通の封書を取り出した。
「こ、これを、ある人に届けてほしい。届け先は、裏に書いてあるからあとで見てくれ」
「はあ、手紙」
 史郎は内心でまたか、と思った。今日はよほど、手紙に縁があるとみえる。それよりも、と史郎はスーさんの様子を観察してニヤリする。ただ手紙を出しているだけなのに、不自然に目が泳ぎ、耳は真っ赤。落ち着きなく何度も湯呑を口元に運ぶ。
(ははあ……。これは)
「承りました。スーさんの大事な大事な恋文、この史郎がしっかり預かりましたよ」
「こ、恋文っ、て、お前!!」
「あれえ? 違うのかい?」
 悪戯っぽく目を細める史郎に、スーさんは唸る。史郎の言動の端々には妙に色気があって心臓に悪い。
「ち、違っ……わねえけど」
 認めるのが心底悔しい、とでも言いたげに、スーさんはもごもごと返事をし、そのあと、早口で付け加えた。
「て、手紙の内容なんかなんでもいいだろ! それより、最近またどこの街道も物騒だって話だから、詩天の港から護衛を手配しておいてやるよ。お前の商売も、楽になるはずだろ。助手にでも使えよ」
「そりゃあ、まあ、有難いけど、別に助手なんていなくてもいつも……。でも、まあ、お言葉に甘えようかな。スーさんの大事な恋文をしっかり守らなきゃならないしなあ」
「あのな、そういうことじゃなくてだな!」
「まあまあ。そんなに照れなくても。命短し恋せよ青年、ってね」
「恋せよ乙女、じゃなかったか?」
 スーさんが顔をしかめる。そうだっけ、と史郎は小首を傾げてとぼけた。
 スーさんが帰った後、史郎はそっと、預かった手紙を裏返した。宛名は、「三条真美 殿」。おそらく、恋文に見せかけた密書、ということなのだろうが、その「見せかけた」というところにも照れてしまうスーさんはつくづく、隠し事に向いていないな、と思う史郎なのであった。



●とある店にて
 草臥れた袴姿のひとりの浪人が、麺屋の店先で空を見上げていた。
「タチバナさん、一杯いかがですかー?」
 麺屋の看板娘が朗らかに問いかける。
 どうやら浪人の名はタチバナ。この店は馴染みであるらしい。
「一杯いただこうかな」
「はい! いつもの席でお待ち下さい!」
 娘が店の奥に引っ込んだのを追うように、店内に入ろうとしたタチバナに、旅芸人風の小柄な男が深く顔を編み笠に隠してタチバナに近付いた。
「……どうぞ」
「うむ」
 短く言葉を交わし、旅芸人はタチバナに小さな紙片を渡すと、すぐに立ち去る。
 変わった様子を見せず、タチバナは案内された席につくと、差し出された茶に口を付けぬまま、パッとその紙片を開いた。
 思っていた通りの調査結果に、ふう、と息を吐く。
「……これで暗躍しているつもりなのですから、武家の質も下がったというもの」
 誰にも聞こえないような声量で、そう呟いた。
「時は流れている……。そう、あの子が恋文を書くようになるんだから」
 そう続けた自分のセリフに、少なからぬダメージを受けて、タチバナは熱い茶を思わず飲んだ。
「うっ」
 その熱さに舌が、じんじんと痺れた。

リプレイ本文

 エトファリカ連邦国、詩天。その玄関口である港は、冷たい海風が吹いていたが、それでも様々な人々で賑わっていた。少年商人、史郎 (kz0242)もその中にいた。小柄な彼は、混雑の間をすり抜けるようにして、港に用意していた馬車に木箱や行李を積み込んでゆく。
「お手伝いいたしましょう」
 そう手を差し伸べたのは鳳城 錬介(ka6053)だ。依頼を受け、詩天の港で史郎を待っていたのである。
「今日はよろしくお願いします、がんばりましょう」
「史郎さん、どんな荷物があるだんず? おら力持ちだんずよ。たくさん運ぶから任せてけれ」
 ミオレスカ(ka3496)と杢(ka6890)もとてとてとやって来る。史郎は美しい顔でにっこりと微笑んで礼を言った。
「ありがとうございます、皆さん」



 荷物を積み終えた馬車は、広い街道へと走り出した。御者台では史郎が手綱を握っている。荷台には商品がたっぷり。それらを安全に運ぶため、馬車の速度はのんびりしたものだった。徒歩でついていっても何の問題もないほどだ。馬車の両脇で、騎乗している錬介とハンス・ラインフェルト(ka6750)も、その速度に合わせて馬を歩ませていた。
「史郎様も、大事な馬と積荷もしっかりお護りいたします。ご心配なさらず、お仕事に集中してくださいませ」
 木綿花(ka6927)がゆったりと微笑んで史郎にそう告げる。史郎も微笑み返した。
「ありがとうございます。こんなにも可愛らしい方に守っていただけるなんて俺は幸せ者ですね」
「まあ」
 木綿花が少し驚いたように目を見開いた。傍でそれを見ていた花瑠璃(ka6989)も面白そうに笑う。
「お上手どすなあ、史郎はん」
「お世辞ではありませんよ。花瑠璃さんも、とてもお綺麗です」
「いややわあ、ほんまにさらりと言わはるわ。自分の方が綺麗なお顔してはりますのに」
 軽口をたたき合いながら進み、一件目の「呉服問屋」に到着する。
「では、番頭さんに挨拶をしてきます」
 御者台からおりた史郎が店へと向かう。すかさず花瑠璃が付き添い、ハンスはそれを確認してから荷物をおろしにかかった。順番に店の中に運び込むと、その場で検品が始まる。
「紅型、ようやく買い付けられました」
「これは見事だ」
 行李の中の艶やかな着物を見て番頭の目が輝く。行李を運んできた木綿花の顔もぱあっと明るくなった。
「少々高額にはなるのですが」
「ああ、構いません。史郎君の値付けは信頼していますから」
 史郎は手際よく取引を進め、ハンターたちはその間も店の入口や周囲などの警戒を怠らない。順番に馬車の付近で留守番をした。
「どうです、最近の商売の様子は」
 ハンスは、立ち働く人足たちに挨拶をしつつ様子を尋ねている。世話ばなしのようなふうでいるが、実は情報収集を目的としたものだった。
「では、今回の取引はこれで」
 番頭が大きく頷く。つつがなく取引は完了させられたらしい。
「毎度ありがとうございます」
 史郎は丁重に挨拶をして、呉服問屋をあとにした。
「荷台が空きましたから、どうぞお乗りになってください」
 史郎はごく自然に、木綿花と花瑠璃、ミオレスカにすすめる。御者台の隣には杢を座らせ、馬車はまたゆっくりと進みだす。穏やかな周囲をぐるりと眺めて、錬介が感慨深げに呟いた。
「ああ、懐かしいですね。詩天に来るのもずいぶん久しぶりです……、真美様はお元気でしょうか」
「それはもしかして、三条真美さま、ですか?」
 史郎が尋ねると、錬介は、そうです、と頷き返した。
「そうですか、錬介の兄さんは真美さまに面識がおありなんですね。すべての取引を終えたら、三条家へ届け物をする予定なんですよ」
「一応真美様と面識はありますが、結構経つので忘れられていそうです。届け物、とは?」
「手紙です。俺の友人に、スーさんというひとがいまして。直々に託されたんですよ」
 その手紙は、史郎の養父から預かったものと一緒に、しっかりと史郎の懐にしまわれている。
「ふふ、もしかして恋文やろか」
 花瑠璃が荷台の上でしっとりと笑う。史郎も悪戯っぽい笑みを返した。
「どうも、そうらしいですよ」
「へええ。中身に興味がないこともないんやけど、勝手に見るわけにいかひんね」
 花瑠璃は木綿花やミオレスカと、くすくす笑い合った。史郎の隣で、杢が小首をかしげる。
「史朗さんば『恋文』あげたことあるだんず?」
「うーん、あげたことはないなあ。代筆の仕事はしたことあるけど」
 史郎は意味ありげな、艶めいた笑いをもらす。和やかな会話が続いていたが、それでも周囲の警戒は怠っていない。その中でもひときわ、気を張っているのはハンスだった。
(スーさんと親しい彼が詩天三条家に赴く……。恋文なり伺候文なりであれば公的ルートで流せばいいところを、彼に託した……。つまり明らかに密書)
「これを見逃すほど惰弱情弱か、接触するにしても洗練されているか否か……。武家と公家の質が問われますね。そしてこれを本能で行っているなら、まさに王者の資質と言わねばならないでしょう。盗人が食いつくも良し、それ以外が食いつくも良し……。まさに心躍る依頼です」
 誰にも聞こえぬようにと呟いていたハンスのセリフを、史郎は耳ざとく聞き取っていた。
(ハンスの兄さんは、スーさんの正体について見当が付いているということか。まあ、あの下手な変装じゃなあ)
 内心で苦笑しつつ、しかし史郎は聞こえなかったふりをして杢やミオレスカと会話を続ける。
「史郎さんのところで、お醤油を扱ったりしていませんか?」
「醤油? ええ、扱っていますよ。本日の荷の中にはありませんが。手配いたしましょうか?」
「では次の機会にでもお願いするかもしれません。詩天の地へも、来たことはありますが、やはりこちらには、まだまだ未知の味覚があるようで。それぞれの特徴なども、理解したいです」
 そんなことを話しているうちに、馬車は二件目の目的地、古物商の店へと到着した。
「ここでは荷おろしはありません。すぐ済みますから待っていてください。ああ、店内に興味がおありの方はどうぞ」
 史郎は御者台からひらりと降りて、小さな店の中へ入っていく。今度は錬介と木綿花が付き添った。
「オヤジさん、久しぶり」
 先ほどの呉服問屋とは打って変わった気安さで、史郎は髭面の店主に挨拶をした。
「おお、史郎じゃねえか。なんだ、お供なんてつけちまって。偉くなったなあ?」
「そんなんじゃないさ、これはちょっとワケありなんだ」
 史郎は苦笑して、養父から預かった手紙を懐から出した。
「ウチの爺さんからだ。なんか、壺の注文書だって言ってたけど?」
 史郎はそう言いながら、手紙を開く店主の顔を注意深く見守った。店内のものを珍しそうにきょろきょろ見ていた木綿花が、そっと口を挟む。
「壺は何を入れるのに使うのでしょう……」
「酒の熟成に使う、って書いてあるねえ。あいつ、酒造りなんて始めたのか?」
「初耳だね」
 史郎はますます苦笑する。養父が何を考えているものやら、とんとわからない。
「よさそうなのを見繕っておくから、また天ノ都へ帰るときにでも寄ってくれ」
 店主はそう言って、史郎たちを店先まで見送ってくれた。と、錬介が異変に気がついた。
「何やらピリピリした空気になっていますね」
 急いで馬車まで戻ると、杢がぽてぽて駆けてきた。
「今、連絡をしようかと思っていたところだんず」
「何かあったんですか?」
「ミオレスカはんが、あそこの木立ちで何か光ったのを見つけはったんどす」
 花瑠璃が説明をすると、ミオレスカが頷いて後を続けた。
「明らかに不自然な光り方でしたので、気になって。今、ハンスさんが馬で確認しに行ってくれています」
 ほどなくして、そのハンスが馬で駆け戻ってきた。何かを捕らえてきた様子はない。
「すでに姿を消した後でした。が、何者かがいたことは確かです。こちらを窺っていたのではないでしょうか」
「では、ミオレスカさんが見たという光は、双眼鏡のレンズでも光ったものだと考えた方がよいでしょうか」
 ハンスの報告を受け、錬介が仮説を立てた。
「襲撃してくるでしょうか」
 木綿花が心配げに眉を寄せると、ハンスが首を傾げた。
「さて、どうでしょうか。こちらを注意深く観察していた、ということは、護衛がいることももうわかったはずですし」
「兄さんたちに恐れをなして逃げたんですかね。兄さんたちがいてよかった」
 史郎はにこにこ笑ってそう言ったが、内心では渋面を作っていた。
(こりゃあ思ったより面倒なことに巻き込まれそうだ)



 それからの道中は、先ほどよりも緊張感の高いものとなった。荷台に乗っていた三人は、順番に荷台を降りて周囲を警戒し、異常事態に備えている。花瑠璃が、荷台に乗っている間に占いをした。内容は「手紙を届けられるか」「襲撃があるか」の二点。
「手紙は届けられるようどすな。襲撃の可能性は……、低うおますけど、ない、とはいえまへんなあ。警戒はしといた方がよろしおすえ」
 その占い結果を参考にしつつ、ハンターたちは厳重に馬車と史郎を守って先へ進んだ。
「これは一体何事だい」
 いつになく仰々しい到着をした史郎に、紙問屋の女将が驚いて尋ねる。史郎が恐縮して頭を下げた。
「すみません、どうというわけでもないんですが。友人が好意で護衛をつけてくれまして」
「ちょっと仕事に張り切りすぎてしまったようで、大げさになって申し訳ないです」
 錬介も言葉を添えてくれた。そして、紙の束がどっさり詰まった荷物を運ぶ。その働きぶりは、しっかりと言葉を裏付けていた。
「紙は束ねてあると重いですね」
 ミオレスカは杢と協力しながら荷おろしをしている。ハンターたちの堅実な働きぶりに、紙問屋の女将は随分感心したようだった。
 紙問屋をあとにし、残すはスーさんの手紙を届けるため、三条家の屋敷へ向かうのみとなった。今まで以上にハンターたちの警戒度が上がる。
(警戒しまくって悪目立ちするのも、得策ではないよな)
 史郎はそう考え、あえて人通りの多い街道を選んで進んだ。馬車の荷台はもう、ほとんど空っぽだ。小回りもきくようになっているし、いざとなればスピードも出せる。
「あそこが、三条家のお屋敷ですね。さすが、ご立派だ。きちんと門番もおられるし」
 無事、三条家の前へとたどり着き、史郎は邪魔にならないよう、近くの路地に馬車をとめた。
「襲撃はありませんでしたね。情報漏洩で攘夷派か、ボード絡みで堕落者か……、どなたが来るか実に楽しみだったのですが」
 ハンスが、冗談とも本気ともつかない物騒なことを言うのに苦笑しながら、史郎は御者台を降りて門の方へと歩き出した。
「手紙は門番に渡しますか?」
 錬介に尋ねられ、史郎は首を横に振る。
「できれば真美さまに直接お渡ししたいです」
「丁寧に用件をお伝えすれば、取次ぎくらいは、問題ないのではないでしょうか」
 ミオレスカが考え考え言うと、杢が手を挙げて申し出た。
「ほんだら、おらがお手紙渡してきてもええだんずよ。ちゃんと伝えればきっど受け取ってもらえるだんず」
「ありがとな。でも、俺が渡すよ。俺が預かった手紙だからね」
 史郎は微笑んで、しかしきっぱりと言った。さすがのプロ意識やわ、と花瑠璃は内心で感心する。
「錬介の兄さん、お名前を出してもいいでしょうか」
「ええ、構いませんよ。……真美様が覚えておられるか、保証はありませんが」
 錬介の了承を得て、史郎は門番の前へ進み出た。木綿花に「まずは「案内申し候」と門前で、礼儀正しくね」と耳打ちされたのに微笑み返して頷き、丁重に言葉をかけて取り次ぎを頼むと。しばらく門の前で待たされたのち。
「どうぞお入りください、とのことです」
 史郎たちは、屋敷の中へと招かれた。広い広い玄関に、軽い足音が響いてくる。
「お待たせを致しました」
 小柄な少女が、ぱたぱたと駆けてきた。後ろから、真美さま、と窘めるような声が聞こえてくるが、少女は取り合わない。しかし、その声のおかげで、史郎は即座に理解したのだった。この少女こそが、三条家当主・三条真美であると。そして、この少女に、自分は手紙を渡さなければならないのだと。史郎は、さっと膝を折って頭を下げた。
「お初にお目に掛かります。史郎と申します」
「初めまして。三条真美です。どうぞ、お顔を上げてください。……錬介さん、お久しぶりです」
 真美は史郎に声をかけてから、そのすぐ傍に立つ錬介に挨拶をした。顔が、嬉しそうにほころんでいる。
「ご無沙汰しております、真美様。よかった、覚えていてくださったんですね」
「もちろんです! 忘れるわけ、ありません。忘れるわけが……!」
 真美は身を乗り出すようにして言った。そこには、万感の思いが宿っていた。錬介も、真美のその思いを悟って大きく頷く。立ち直ることと、忘れることは、まったく別のものなのだ。史郎は、黙ってその様子を見守ってから、本題を切り出した。
「真美さま宛に、手紙を預かって参りました。スーさん、という名前でしか存じ上げない方からなのですが」
「ありがとうございます」
 史郎は大切にしまっていた手紙を、うやうやしく真美に差し出し……、一言添えた。
「恋文、だそうでございますよ」
「えっ……、あ、は、はい」
 真美は、それを聞いて顔を真っ赤にした。が、それでも頷いて手紙を受け取る。どうやら「恋文を装う」というのは両名の間できちんと決められていたものらしい。それにしても。
(おふたりとも、取り繕うの下手過ぎるなあ)
 史郎はこっそり愉快な気持ちになってしまった。
「真美さま、もし、お返事を渡されたいということでしたら、この史郎が喜んでお届け致します。それ以外にもご用命がございましたら、詩天に営業所を構えておりますから、どうぞそちらへ、なんなりと」
 史郎は朗らかに微笑んで、深々と頭を下げた。さりげないアピールは、もちろん「次の仕事」に繋げるためだ。商人の、鉄則である。
「は、はい。お願いすることに、なるかもしれません」
 真美は神妙な顔つきで頷いた。史郎は、その表情をもう一度笑顔にすべく、懐からもうひとつ、包みを取り出した。
「こちらはサービスです。お手紙に使うにはぴったりの、上質の紙ですよ」
「えっ、いただいてよろしいんですか? 綺麗な色ですね……! ありがとうございます!」
 真美が、ぱあっと笑顔を咲かせた。史郎の後ろから、花瑠璃が感心したような呆れたような声を出す。
「史郎はん、そのたらしこみ術、お金取って教えはったら?」
「たらしこみ術、って……。いや、でも、そうですね、いい商売になるかもしれません。まずは、スーさんをお客にするかな」
 史郎が冗談めかしてそう言うと、誰からともなく、くすくすと笑いが起こった。天ノ都から、くしゃみでも聞こえてきそうだ、と思って、史郎も笑ったのであった。

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MVP一覧

  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介ka6053
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルトka6750

重体一覧

参加者一覧

  • 師岬の未来をつなぐ
    ミオレスカ(ka3496
    エルフ|18才|女性|猟撃士
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • いけ!ぷにっ子スナイパー
    杢(ka6890
    ドラグーン|6才|男性|猟撃士
  • 虹彩の奏者
    木綿花(ka6927
    ドラグーン|21才|女性|機導師
  • 百花繚乱
    花瑠璃(ka6989
    鬼|20才|女性|符術師

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/12/13 22:13:14
アイコン 相談卓
鳳城 錬介(ka6053
鬼|19才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2017/12/17 04:00:59