ゲスト
(ka0000)
【CF】都会のデートを教えてくだせえ!
マスター:凪池シリル
みんなの思い出? もっと見る
オープニング
十二月。早ければハロウィンが終わった頃から漂いだすクリスマスムードはこの月を迎えていよいよ高まるそんな頃。
リアルブルーの文化を一部吸収したクリムゾンウェストはリゼリオも、街並みのあちこちに赤と緑に飾られている。
そんなリゼリオの一角、ハンターオフィス、そのカウンターで。行き交う人々に、いつになく目を光らせ視線を送っている一人の受付嬢が居た。
やがて彼女は、道行く人々、その中の二人連れに目を付ける。
「そこな御仁、あいや待たれい!」
声を掛けられた男性ハンターが、ぎょっと目をむく。……そのあと、苦笑気味に、ああ、と理解した顔をした。
「突然のお声がけ失礼いたしやした。手前ども、このソサエティが受付嬢、アン=ズヴォーと申しまさあ」
「うんまあ、知ってる。割と有名だし……。僕たちになんか、用?」
「へえ。その、ハンターの先生様方のお時間を煩わせるのは誠に恐縮ではあるんですが……その、お時間構わねえようでしたら、ちいと個人的に、相談に乗ってほしいんでさぁ……」
そう言って彼女は、手にした扇子をいつものように調子よく机をたたくのではなく、口元に当ててもじもじとしながらそう言った。
二人連れの男女は、キョトンと顔を見合わせる。やがて。
「まあ、暇だしいいけど……」
二人は、そう答えた。
アン嬢の、ズヴォー族特有の話し方は、聞いていて騒がしく疲れる面もあるが、慣れてくれば本人の見た目もあって愛嬌も感じる。やや力みすぎなところはあるが、受付嬢として日々頑張っているのも分かる。まあ、お世話になってると言えなくもないので、少しくらいならいいか、と思ったわけである。
「ありがとうごぜえやす! ……と、その前に。一つ、確認させてもらわなきゃならねえんですが……。その、手前どもが他でもねえお二人さんに声を掛けさせていただいたのは、その、お二人さんに並みならねえこの、幸せな空気を感じたからなんでさあ。それでその、間違ってたら本当に申し訳ねえんですが、お二人さんは、その……?」
やたらと代名詞が多い台詞に、二人は察して、そしてはにかんだ笑みを浮かべる。そして、男が答えた。
「ああ、うん……。恋人、だよ」
アン嬢の顔が、ぱあっと明るくなる。
「そいつぁ良かったでさぁ! いや、実に本当、輝いてるお二人さんだと思ったんでさあ!」
満面の笑みで言われると、二人は満更でもなさそうな顔でアン嬢に向けて苦笑したり顔を見合わせたりした。
「そんでですね……相談ってのは他でもねえ……実は手前どもにも故郷に恋人がおりやして……今度、ソサエティで頑張る手前どもを労ってやるってんで、会いに来てくれることになったんでさぁ……」
扇子を口に当てたまま、もじもじと身を捩らせて語るアン嬢に、二人から一度ええっ! とか、へぇーとか声が上がる。
「ところがここで一つ! 問題がありやして! ……なんせ手前ども、ハンターの先生様方にご恩をお返ししようと勇んでソサエティにやってはきましたが、熱意はあってもなんてこたねえ、御覧の通りの味噌っかす。未だ仕事も精いっぱい、都会の暮らしも慣れたたぁ言えず日々いっぱいいっぱいでして。気付いたんでさぁ……手前ども、リゼリオの何たるかを未だにろくに分かっちゃいねえ!」
ぐぐっとこぶしを握り、よよよと語るアン=ズヴォー。
「おねげえします! 手前どもに、都会のデートってやつをご教授くだせえ! 遠路はるばるやってきてくれる恋人に、このリゼリオならではの素晴らしさを堪能して帰ってほしいんでさあ!」
けなげな叫びに、男も女も感じ入るところがあったようで、うんうんと頷く。
「そういう事なら協力したいけど、僕たちで役に立てるかな……」
「気負う事はねえでぁあ! 先生様方が、普段どのようにデートなさってれるかお聞かせ願えれば! 変に難しく考えるんじゃなくって、ごく自然に、でも先生様方が実際に感じた幸せを教えてもらうのが、手前どもには合ってると思うんでさあ……」
雑誌に紹介されるようなデートプランを作ってほしいというのではなく、実体験に基づいた話が聞きたい。そういう事らしい。
呼び止められた男女はうんうんと頷くと、かくして、少し照れながらデートの思い出を語って聞かせるのだった。
ある程度語ったところで、女性が、はたと気がついて尋ねた。
「……そう言えば、アンちゃんのその恋人って、どういう人なの?」
こういうのは相手のタイプによっても変わるから聞いておいた方がいい、と女性が言うと、アン嬢は成程、と頷いて、やはり照れながら説明を始める。
「手前どもの恋人は……眼鏡の良く似合う知的なお人で……静かな、本をよく読む人でさぁ。部族の子供たちにゃあ良く語って聞かせてやって、読み書きの先生なんかもよくやってるんでさあ」
「成程。アクティブよりはインドアタイプかな」
「髪は色こそ手前どもと同じで銀ですが、あの人は肩まででしてね。ふわりと巻いた感じが愛らしいんでさぁ」
「愛……らしい……」
「手前どもと違って豊かな胸元なのが、抱きしめられるたびに毎回嬉しいやら複雑やら。……いや、セイ姉さんは手前どもも可愛いって言ってくれるんですが」
そしてはっきりと、アン嬢は紛れもなくそう言った。姉さん、と。
ここで辺境部族ズヴォー族について軽く説明しておこう。
彼らは「風」を祖霊とあがめる遊牧民族で、自由に、有るがままにを思想の根底に置く。そんな彼らの部族には、まず、『結婚』、という文化は無い。彼らにも恋愛感情があり、自然とそうした関係は結ばれるが、それを契約と言う形で縛らない。家族という単位を規定することもなく、生まれた子供は部族の子供として、部族全体で面倒を見る。恋人関係については、当人同士が納得していさえすれば一対一と言う形にもこだわらず、……つまり、どんな形にもこだわらないのである。先述の通り、子供は部族全体で面倒を見るため、自分の子供を成す、という事に強い義務感を覚えるわけでもない故に。
この文化による大きな風俗の乱れ、逆に少子化といった問題は、今日までには彼らの間で確認されていない。
というわけで。
彼女は自分の恋愛について、何ら特筆すべきものだとは思っていない。ごく当たり前のように、愛する人のことを、幸せそうな笑顔で語っている。
それが、その気持ちが分かるから、話をしていた男女も急いで、内心の驚きとそれが出そうになる表情を抑える。
「呼び止めてすいやせんでした、先生様方! 貴重なお話、ありがとうごぜえます!」
やがてアン嬢は、そう言って机に両手をついて深々と頭を下げる。男女二人は、幸せに、仲良くね、と笑って去っていった。
……さて。彼女としては、成功に向けてもう少し話を集めたいようである。
再び、ソサエティに行き交う人々へと目を向ける。
次に声を掛けられるのは……あなたかもしれない。
リアルブルーの文化を一部吸収したクリムゾンウェストはリゼリオも、街並みのあちこちに赤と緑に飾られている。
そんなリゼリオの一角、ハンターオフィス、そのカウンターで。行き交う人々に、いつになく目を光らせ視線を送っている一人の受付嬢が居た。
やがて彼女は、道行く人々、その中の二人連れに目を付ける。
「そこな御仁、あいや待たれい!」
声を掛けられた男性ハンターが、ぎょっと目をむく。……そのあと、苦笑気味に、ああ、と理解した顔をした。
「突然のお声がけ失礼いたしやした。手前ども、このソサエティが受付嬢、アン=ズヴォーと申しまさあ」
「うんまあ、知ってる。割と有名だし……。僕たちになんか、用?」
「へえ。その、ハンターの先生様方のお時間を煩わせるのは誠に恐縮ではあるんですが……その、お時間構わねえようでしたら、ちいと個人的に、相談に乗ってほしいんでさぁ……」
そう言って彼女は、手にした扇子をいつものように調子よく机をたたくのではなく、口元に当ててもじもじとしながらそう言った。
二人連れの男女は、キョトンと顔を見合わせる。やがて。
「まあ、暇だしいいけど……」
二人は、そう答えた。
アン嬢の、ズヴォー族特有の話し方は、聞いていて騒がしく疲れる面もあるが、慣れてくれば本人の見た目もあって愛嬌も感じる。やや力みすぎなところはあるが、受付嬢として日々頑張っているのも分かる。まあ、お世話になってると言えなくもないので、少しくらいならいいか、と思ったわけである。
「ありがとうごぜえやす! ……と、その前に。一つ、確認させてもらわなきゃならねえんですが……。その、手前どもが他でもねえお二人さんに声を掛けさせていただいたのは、その、お二人さんに並みならねえこの、幸せな空気を感じたからなんでさあ。それでその、間違ってたら本当に申し訳ねえんですが、お二人さんは、その……?」
やたらと代名詞が多い台詞に、二人は察して、そしてはにかんだ笑みを浮かべる。そして、男が答えた。
「ああ、うん……。恋人、だよ」
アン嬢の顔が、ぱあっと明るくなる。
「そいつぁ良かったでさぁ! いや、実に本当、輝いてるお二人さんだと思ったんでさあ!」
満面の笑みで言われると、二人は満更でもなさそうな顔でアン嬢に向けて苦笑したり顔を見合わせたりした。
「そんでですね……相談ってのは他でもねえ……実は手前どもにも故郷に恋人がおりやして……今度、ソサエティで頑張る手前どもを労ってやるってんで、会いに来てくれることになったんでさぁ……」
扇子を口に当てたまま、もじもじと身を捩らせて語るアン嬢に、二人から一度ええっ! とか、へぇーとか声が上がる。
「ところがここで一つ! 問題がありやして! ……なんせ手前ども、ハンターの先生様方にご恩をお返ししようと勇んでソサエティにやってはきましたが、熱意はあってもなんてこたねえ、御覧の通りの味噌っかす。未だ仕事も精いっぱい、都会の暮らしも慣れたたぁ言えず日々いっぱいいっぱいでして。気付いたんでさぁ……手前ども、リゼリオの何たるかを未だにろくに分かっちゃいねえ!」
ぐぐっとこぶしを握り、よよよと語るアン=ズヴォー。
「おねげえします! 手前どもに、都会のデートってやつをご教授くだせえ! 遠路はるばるやってきてくれる恋人に、このリゼリオならではの素晴らしさを堪能して帰ってほしいんでさあ!」
けなげな叫びに、男も女も感じ入るところがあったようで、うんうんと頷く。
「そういう事なら協力したいけど、僕たちで役に立てるかな……」
「気負う事はねえでぁあ! 先生様方が、普段どのようにデートなさってれるかお聞かせ願えれば! 変に難しく考えるんじゃなくって、ごく自然に、でも先生様方が実際に感じた幸せを教えてもらうのが、手前どもには合ってると思うんでさあ……」
雑誌に紹介されるようなデートプランを作ってほしいというのではなく、実体験に基づいた話が聞きたい。そういう事らしい。
呼び止められた男女はうんうんと頷くと、かくして、少し照れながらデートの思い出を語って聞かせるのだった。
ある程度語ったところで、女性が、はたと気がついて尋ねた。
「……そう言えば、アンちゃんのその恋人って、どういう人なの?」
こういうのは相手のタイプによっても変わるから聞いておいた方がいい、と女性が言うと、アン嬢は成程、と頷いて、やはり照れながら説明を始める。
「手前どもの恋人は……眼鏡の良く似合う知的なお人で……静かな、本をよく読む人でさぁ。部族の子供たちにゃあ良く語って聞かせてやって、読み書きの先生なんかもよくやってるんでさあ」
「成程。アクティブよりはインドアタイプかな」
「髪は色こそ手前どもと同じで銀ですが、あの人は肩まででしてね。ふわりと巻いた感じが愛らしいんでさぁ」
「愛……らしい……」
「手前どもと違って豊かな胸元なのが、抱きしめられるたびに毎回嬉しいやら複雑やら。……いや、セイ姉さんは手前どもも可愛いって言ってくれるんですが」
そしてはっきりと、アン嬢は紛れもなくそう言った。姉さん、と。
ここで辺境部族ズヴォー族について軽く説明しておこう。
彼らは「風」を祖霊とあがめる遊牧民族で、自由に、有るがままにを思想の根底に置く。そんな彼らの部族には、まず、『結婚』、という文化は無い。彼らにも恋愛感情があり、自然とそうした関係は結ばれるが、それを契約と言う形で縛らない。家族という単位を規定することもなく、生まれた子供は部族の子供として、部族全体で面倒を見る。恋人関係については、当人同士が納得していさえすれば一対一と言う形にもこだわらず、……つまり、どんな形にもこだわらないのである。先述の通り、子供は部族全体で面倒を見るため、自分の子供を成す、という事に強い義務感を覚えるわけでもない故に。
この文化による大きな風俗の乱れ、逆に少子化といった問題は、今日までには彼らの間で確認されていない。
というわけで。
彼女は自分の恋愛について、何ら特筆すべきものだとは思っていない。ごく当たり前のように、愛する人のことを、幸せそうな笑顔で語っている。
それが、その気持ちが分かるから、話をしていた男女も急いで、内心の驚きとそれが出そうになる表情を抑える。
「呼び止めてすいやせんでした、先生様方! 貴重なお話、ありがとうごぜえます!」
やがてアン嬢は、そう言って机に両手をついて深々と頭を下げる。男女二人は、幸せに、仲良くね、と笑って去っていった。
……さて。彼女としては、成功に向けてもう少し話を集めたいようである。
再び、ソサエティに行き交う人々へと目を向ける。
次に声を掛けられるのは……あなたかもしれない。
リプレイ本文
●鷹藤 紅々乃(ka4862)と久我・御言(ka4137)の場合
紅々乃が待ち合わせの場所に行くと、御言はいつものように、当然のように先にそこにいた。
「御言さん、お待たせしましたっ!」
「大丈夫ですよ。紅々乃くん」
差し出された掌に紅々乃がおずおずとその手を重ねると、御言は向き合っていた状態から洗練された動作で彼女の横へと並ぶ。
「……じゃあ行きましょうか」
耳朶を擽るような、柔らかな声音。「はいっ!」と紅々乃がやや硬くなりつつも大きな声で返事をすると、御言は口元に綺麗な笑みを浮かべ歩き始める。
「あ、あのっ!」
彼が手を取ったまま歩き始めた方向に、紅々乃は声を上げた。
「あの、お話ししたお店は、あちらの通りで……」
紅々乃の言葉にしかし、御言は落ち着いた様子で答える。
「調べたところこの時間は混雑しているようです。ゆっくりできる時間帯に予約をしてありますから、暫く街を歩きませんか?」
御言の言葉に、紅々乃はぽーっと陶然としながら、今度こそこくこくと頷いた。
──もともと、西通りにあるケーキ屋の季節のフェアが評判らしいと誘い出したのは紅々乃の方からだった。
彼女からの誘いに、彼はいつもこうして、嫌な顔一つせずに予定を合わせて付き合ってくれて、そして当日は誘った彼女よりもしっかりと下調べした上でこうやってエスコートしてくれるのだ。
手を取り合って、歩き出す。御言と紅々乃には結構な身長差があり、一歩の幅にはかなりの差があるはずなのだが、彼と歩くのに紅々乃が苦痛を覚えた記憶はない。
ぐるり、季節によって姿を変えるリゼリオの町並みを歩いていく。何かに目を奪われればその場所の前では自然と足を止めてくれた。そう言えばあれを買おうと思ってて、と呟けば該当の店まで案内してくれる。
そうしてゆるりとショッピングを、それから、ただ愛しい人と街を歩くことを楽しみながら町を巡っていたら、いつしか時間通りに約束の店にたどり着いている──
◆
……と、このような体験談を紅々乃はアンにやや興奮気味に語り聞かせていた。
「美しきご尊顔、優雅な物腰、自信に満ちあふれた表情、どこをとっても完璧な大人の紳士!!」
「くうう……成程勉強になりやす!」
アンもまた、熱心な瞳で紅々乃の話に聞き入っている。
御言自身はあまり語らなかった。紅々乃の話に時折相槌を打つ程度だ。自分からはあまり言わないことで、彼女がどういう風に自分を見ているのか興味深く観察している様でもあった。……何より、まくしたてる彼女が愛おしい。
「春先には、真っ赤な薔薇を贈って下さったのです……あ、因みに私は黒い薔薇をお返ししたです。黒薔薇の花言葉は『貴方は私だけのもの』って意味があるんですよ!」
「ひゃう、それは……大胆ですねえ姐さん……」
そうして、一通り思い出話を語った後、彼女ははたと気付いたように言った。
「でも、場所がどこであれ、好きな人の隣にいるだけで幸せじゃないでしょうか」
その言葉に、アンがはっと顔を上げる。
「私は御言さんの手に触れ、自分の名を呼ばれるだけで幸せいっぱいです!!」
……そこでふと、紅々乃の胸によぎる想いがあった。
「御言さん……実は少し前から気になっていた事があったのです……」
これまでの勢いは何処に行ったのか、恐る恐る、と言う体で紅々乃が問う。
「あの、私と御言さんって……いわゆる『両想い』なんでしょうか……?」
その問いに、御言は一度目を見開いた。
……今更、と思わなくもない。あれだけデートして。結婚式の模擬式にも出場しておいて。
それでも彼女にとって、御言が彼女の中であまりにも完璧であるがゆえに。
どうして私みたいなのと一緒に居て下さるのでしょう?? と。彼女は、本気で彼への想いは自分の片想いと思っていた。
彼は、目を閉じる。そう言えば自分から明言はしていなかったな、と。
「ああ、私の心はとうの昔にきまっているよ」
だから改めて、この場ではっきりと告げることにした。
「この世界で、君のことを一番に思っている。紅々乃くん」
──だから両思いだよ。
最後は甘く優しく、囁くような声で。彼女の耳元で、告げる。
「はわわわわ~!?」
ぼう、と、紅々乃の顔が一瞬でゆでだこ状態となった。
「あ、ありがとう……ございます……え、と……今後共よろしくお願い致しますです……!!」
それでも、どうにか彼女はそう返事をする。
暖かな気配が周囲に満ちていった。
●穂積 智里(ka6819) ~ちょっとした幕間~
「その口調……チィさんの御家族ですか?」
会話は、一人歩いていた智里が逆にアンに話しかけることで始まった。
アンは一瞬きょとん、として、それから少し考えるそぶりを見せてから答える。
「その質問は手前どもらにとってはちぃと微妙ですな。多分こちらの方々が言うような意味で家族ではねえんですが、確かに手前どもにとってチィのあにぃはあにぃでさあ」
よくよく話を聞くとつまり、ズヴォー族にはあまり家族と言う単位にも馴染みがないのだ。先述の通り、部族内で産まれた子供は部族の子として皆で育てられる。よって生活の様式が血縁によってはあまり区切られない。だからアンとチィの間に血の繋がりは直接は無いが、逆に、アンの感覚としては部族内で年上の男性は全て兄であり父であり祖父なのだ。
「なる……ほど」
文化の違いだ。智里は隔たりを感じながらも理解はする。と同時に、己の中の問題を改めて認識して少し気持ちが重くなるのを感じた。
「チィのあにぃになんか言伝ですかい?」
「ああ、いえ……待ち合わせまで時間があったので……話が聞こえて、ちょっと興味もあって。アンさんとお話しできないかなって思いました」
「へえ! そういう事でしたら」
アンが明るい声で応じると、智里は頷くとともに小さな溜息を洩らした。
彼女の悩みとはつまり正に、今起きたことと同列の問題なのだ。
「生まれた国が違うせいか、常識が少しずつ違うんですよね。私は5分前行動って言われ続けて染みついてしまったけど、あちらは時間ピッタリに来るのが常識なんです。子供向けの話でも、おばあちゃんに色々聞いていてよかったと思いました」
そうして彼女が語り始めたのは、想い人との間に抱える悩みだった。……すなわち、文化の違いによる常識の差。ただ、彼と、彼女の祖母が同郷であるがゆえに多少は理解は出来るらしい。
「デートでわざわざどこかに行くことが、まずないです。家族や恋人を大事にするけれど、時間があった時は2人だけの時間を優先するのが大事なので。依頼の後でも、この街でも。手を繋いでぴったりくっついて歩いて、屋台で買った物を公園で分けて食べて。その位でしょうか」
「成程……案内することに気を取られて、二人で居るってことを忘れたら駄目でさあね。そいつぁ盲点でした。……それに、そいつも中々、幸せそうでさあ」
ぱあ、と顔を綻ばせるアンに対し、智里の顔はまだどこかぎこちない。
「生易しい問題じゃねえ……ことは、手前どもにも少しですが分かりまさあ。手前どもがここに来る前、手前どもの部族の元に流れ着いた転移者の方がおられましたが、そのお人は結局、馴染めねえってんで出ていくことを選ばれたんですがね……決して手前どもらが嫌いなわけじゃねえとは、何度も言われなすったし、手前どもらもそれはきっと偽りじゃねえと思ってんですが」
気遣うようにアンは言った。結局、だからこそ難しいのだ。……互いに憎からず思っていても、それだけではうまくいかない関係と言うのは、確かに存在する。
「好き……だと思いますし、好意も持っていただいてると思います。でも、いろいろハードルが高くて。私達はキスも恋人になってからでしょう?アンさんの部族は違うかもしれませんけど。あちらは、その……キスも体の関係も全て済ませてから、恋人になるかどうかを話し合って決めるのが普通らしくて。だから厳密に言えば、私達はまだ恋人じゃないんだと思います」
恋人ではない、と言いながら彼女は思い出す。……触れてくる、その熱を。
「すごく、待って貰っているとは思うんです。後ろからハグされて、耳や首を甘噛みされて。正面からじゃ、多分私が怯えちゃうから」
思い出すのは、その熱だけ。
その時どんな顔をしているのか。どんな風に触れてきているのか。彼女はちゃんと知らない。それでも、その記憶だけでそわりと肌が粟立つ感覚に、彼女は自覚する。
「でも、嫌じゃないから。いつか正面から向き合いたいとは、思ってるんです……」
アンは何か彼女に答えようとして、そしてうまく言葉が紡げずに意味のない呟きを零すだけだった。それでも、吐き出すことで少しはすっきりしたのか、やがて智里は軽い挨拶と共に立ち上がるのだった。
●ヴァイス(ka0364)とアニス・エリダヌス(ka2491)の場合。
「では、昨年の今頃、わたしたちがしたデートのことをお話ししましょうか」
アニスがそう言ってヴァイスに視線を向けると、ヴァイスは少し照れくさそうにしながらも拒否はしなかった。
◆
「アニス、こっちだ。丁度よかった、俺も今来た所なんだ」
姿を現したアニスに、ヴァイスが声をかける。アニスは微笑んで彼に近づき、そして互いに挨拶を交わした。
「それじゃあ、行こうか」
言いながらヴァイスはふい、と身体の向きを変える。視線をアニスから逸らしながらも、ぎこちない動作で腕を差し出した。
……昨年の、今頃の話。
触れるだけでも赤面していた頃だ。
それはアニスにとっては当時、良くあることだと思っていたし内心可愛らしいとも思っていたが、その手を取った瞬間、彼女は僅かに訝しげな表情を浮かべた。……が、それも一瞬の事。
次の瞬間、彼女は急かすように彼の手を引いて歩き始めた。向かう方角に、ヴァイスは疑問に思うことなく彼女の歩調に合わせて足を速める。
誕生日も近い彼女に祝いをしたいという彼に、では冬服の新調に付き合ってほしいと彼女が応えた、それがこの日のデートの主目的だ。
半ばアニスに引きずり込まれるような形で、彼らはデート開始早々に服屋の店内に居た。
「……似合いますか?」
気にかかった服の一つを纏い、試着室から身体を覗かせながらアニスが問う。
服を変える、それだけで目新しく映る彼女の可憐さに、気のきいたセリフなどまともに出てこなかった。
「似合ってるよ」
コクコクと間抜けに頷きながら、それだけをやっと答える──気持ちに、偽りはないけれども。
アニスが、また新たに別の服を纏う。先ほどとは違う事を言った方がいいだろうか……そう思ってヴァイスは言葉をひねり出し。
「とても似合ってるよ」
そう答える。
またアニスが着替える。
「凄く似合ってる」
とうとう、アニスは小さくくすりと噴き出していた。
「では、ヴァイスさんが一番良いと思ったものは、どれでしょうか?」
微笑んでアニスが改めて聞くと、ヴァイスは真剣な顔で考え始めた。それだけで、心が満たされていくのをアニスは感じる。
……服に関しては、義姉に相談することが多かった。自分で選ぶと迷ってしまうのだが、やはり一番は、大切な人に一番いいと思ってもらえる姿でいることだと思っての服選びの誘いだったのだ。
やがてヴァイスは、「一番を決めるなら……」と、とても似合っている、と言った一つを指し示した。アニスは満足して、ではこれにします、と言って、共に会計に向かう。
このまま着ていきたいのですが、と彼女が言うと店員は快く答え、ヴァイスは再び、試着室の前で待機することになった。
……どんな姿で出てくるのか、と言うドキドキ感の薄れた待ち時間。独りで立つヴァイスに、ふと不安がよぎる。
ちゃんと、楽しませてあげられているだろうか、と。
……アニスが、大切な存在であることは疑いの余地はない。だが、彼には同時に心奪われている歪虚がいる。
そのために悲しい想いをさせているという意識は──あった。
緩く頭を振る。……今回はそれを忘れることに、したのだ。
「お待たせしました」
丁度そう思ったところで、彼女が顔を出す。
買ったばかりの服を身に纏った彼女は、やはり可憐だった。互いに満足して店を出て……そして、手をつなぎ直して歩きなおす。そうして、再び触れ合った手に。今度はヴァイスが、少し戸惑いの顔を浮かべた。
その後も二人は、順調にデートを進めた。
食事をして、観劇へ。劇の内容は、蒼の世界でも上演されているという革命のお話。ラブロマンスでもあるその話はやはり、二人の気持ちの温度をほんのりと上昇させた。カフェで一休みしてから、イルミネーションが綺麗な公園を並んで歩く。
……そうして、三度手を繋ぎ直したとき。ヴァイスは己が感じたものが何であったのか、確信していた。
握った手が、初めは熱いと思うくらい暖かかった。今は、そうでもない──否。彼女の手が暖かくなくなったのではない。己の手が冷たかったのだ。
待ち合わせの時。今来たところ、と言ったのは嘘だ。本当は約束の一時間前に彼は来ていた。アニスが先に来て、他の男どもに言い寄られたりしたらと考えると気が気じゃなかった。
そうして冷え切った己の手を、彼女は何も言わず握り続けて……暖め続けて、くれたのだ。己の冷たい掌を、その不安ごと。
思えば、急かすように服屋に連れていかれたのも、冷えた身体がすぐに暖まるようにか。
……煌くイルミネーションに照らされる公園で、彼女と向かい合い、そして、そっとその両手を包む。
「言葉にしなくても伝わる想いは確かにある……でもそれ以上に言葉にしなくてはいけない想いがあると思っている」
真剣な表情で、真っ直ぐ見つけながら、彼は決意を告げる。
「……オルクスとの戦いに決着が付いたら、伝えていなかった言葉をアニスに伝えたい。その時は聞いて欲しい」
アニスは。
ヴァイスの葛藤については、付き合い始めるその時に、聞いていた。それでも彼が好きだと思っていたし、辛くは無いと……思っていた。
けど、今。
正直な決意に、彼女も正直に応えるならば。
決着の次、とされたことに、歪虚への嫉妬も、仄かに感じていた。
──そして、この方を支え、答えを聞かねばと。
◆
「異文化もすぐ取り入れられるのがこの街なのだと思います」
リゼリオでのデートを聞きたい、と言うアンに、アニスはそう答える。……が、彼女の話にすっかり陶酔しているアンの興味はもはやそんなところではなくなっているようで。
「彼の歪虚とはエルフハイムの事件で結末を見ましたが……その話は冒険譚が必要な時にいたしましょう」
その言葉に、アンは見る見るうちに不満を顔に浮かべた。アニスは、最後に微笑む。
ああ、わたしたちの結末ですか? ──ご覧の通りです。
紅々乃が待ち合わせの場所に行くと、御言はいつものように、当然のように先にそこにいた。
「御言さん、お待たせしましたっ!」
「大丈夫ですよ。紅々乃くん」
差し出された掌に紅々乃がおずおずとその手を重ねると、御言は向き合っていた状態から洗練された動作で彼女の横へと並ぶ。
「……じゃあ行きましょうか」
耳朶を擽るような、柔らかな声音。「はいっ!」と紅々乃がやや硬くなりつつも大きな声で返事をすると、御言は口元に綺麗な笑みを浮かべ歩き始める。
「あ、あのっ!」
彼が手を取ったまま歩き始めた方向に、紅々乃は声を上げた。
「あの、お話ししたお店は、あちらの通りで……」
紅々乃の言葉にしかし、御言は落ち着いた様子で答える。
「調べたところこの時間は混雑しているようです。ゆっくりできる時間帯に予約をしてありますから、暫く街を歩きませんか?」
御言の言葉に、紅々乃はぽーっと陶然としながら、今度こそこくこくと頷いた。
──もともと、西通りにあるケーキ屋の季節のフェアが評判らしいと誘い出したのは紅々乃の方からだった。
彼女からの誘いに、彼はいつもこうして、嫌な顔一つせずに予定を合わせて付き合ってくれて、そして当日は誘った彼女よりもしっかりと下調べした上でこうやってエスコートしてくれるのだ。
手を取り合って、歩き出す。御言と紅々乃には結構な身長差があり、一歩の幅にはかなりの差があるはずなのだが、彼と歩くのに紅々乃が苦痛を覚えた記憶はない。
ぐるり、季節によって姿を変えるリゼリオの町並みを歩いていく。何かに目を奪われればその場所の前では自然と足を止めてくれた。そう言えばあれを買おうと思ってて、と呟けば該当の店まで案内してくれる。
そうしてゆるりとショッピングを、それから、ただ愛しい人と街を歩くことを楽しみながら町を巡っていたら、いつしか時間通りに約束の店にたどり着いている──
◆
……と、このような体験談を紅々乃はアンにやや興奮気味に語り聞かせていた。
「美しきご尊顔、優雅な物腰、自信に満ちあふれた表情、どこをとっても完璧な大人の紳士!!」
「くうう……成程勉強になりやす!」
アンもまた、熱心な瞳で紅々乃の話に聞き入っている。
御言自身はあまり語らなかった。紅々乃の話に時折相槌を打つ程度だ。自分からはあまり言わないことで、彼女がどういう風に自分を見ているのか興味深く観察している様でもあった。……何より、まくしたてる彼女が愛おしい。
「春先には、真っ赤な薔薇を贈って下さったのです……あ、因みに私は黒い薔薇をお返ししたです。黒薔薇の花言葉は『貴方は私だけのもの』って意味があるんですよ!」
「ひゃう、それは……大胆ですねえ姐さん……」
そうして、一通り思い出話を語った後、彼女ははたと気付いたように言った。
「でも、場所がどこであれ、好きな人の隣にいるだけで幸せじゃないでしょうか」
その言葉に、アンがはっと顔を上げる。
「私は御言さんの手に触れ、自分の名を呼ばれるだけで幸せいっぱいです!!」
……そこでふと、紅々乃の胸によぎる想いがあった。
「御言さん……実は少し前から気になっていた事があったのです……」
これまでの勢いは何処に行ったのか、恐る恐る、と言う体で紅々乃が問う。
「あの、私と御言さんって……いわゆる『両想い』なんでしょうか……?」
その問いに、御言は一度目を見開いた。
……今更、と思わなくもない。あれだけデートして。結婚式の模擬式にも出場しておいて。
それでも彼女にとって、御言が彼女の中であまりにも完璧であるがゆえに。
どうして私みたいなのと一緒に居て下さるのでしょう?? と。彼女は、本気で彼への想いは自分の片想いと思っていた。
彼は、目を閉じる。そう言えば自分から明言はしていなかったな、と。
「ああ、私の心はとうの昔にきまっているよ」
だから改めて、この場ではっきりと告げることにした。
「この世界で、君のことを一番に思っている。紅々乃くん」
──だから両思いだよ。
最後は甘く優しく、囁くような声で。彼女の耳元で、告げる。
「はわわわわ~!?」
ぼう、と、紅々乃の顔が一瞬でゆでだこ状態となった。
「あ、ありがとう……ございます……え、と……今後共よろしくお願い致しますです……!!」
それでも、どうにか彼女はそう返事をする。
暖かな気配が周囲に満ちていった。
●穂積 智里(ka6819) ~ちょっとした幕間~
「その口調……チィさんの御家族ですか?」
会話は、一人歩いていた智里が逆にアンに話しかけることで始まった。
アンは一瞬きょとん、として、それから少し考えるそぶりを見せてから答える。
「その質問は手前どもらにとってはちぃと微妙ですな。多分こちらの方々が言うような意味で家族ではねえんですが、確かに手前どもにとってチィのあにぃはあにぃでさあ」
よくよく話を聞くとつまり、ズヴォー族にはあまり家族と言う単位にも馴染みがないのだ。先述の通り、部族内で産まれた子供は部族の子として皆で育てられる。よって生活の様式が血縁によってはあまり区切られない。だからアンとチィの間に血の繋がりは直接は無いが、逆に、アンの感覚としては部族内で年上の男性は全て兄であり父であり祖父なのだ。
「なる……ほど」
文化の違いだ。智里は隔たりを感じながらも理解はする。と同時に、己の中の問題を改めて認識して少し気持ちが重くなるのを感じた。
「チィのあにぃになんか言伝ですかい?」
「ああ、いえ……待ち合わせまで時間があったので……話が聞こえて、ちょっと興味もあって。アンさんとお話しできないかなって思いました」
「へえ! そういう事でしたら」
アンが明るい声で応じると、智里は頷くとともに小さな溜息を洩らした。
彼女の悩みとはつまり正に、今起きたことと同列の問題なのだ。
「生まれた国が違うせいか、常識が少しずつ違うんですよね。私は5分前行動って言われ続けて染みついてしまったけど、あちらは時間ピッタリに来るのが常識なんです。子供向けの話でも、おばあちゃんに色々聞いていてよかったと思いました」
そうして彼女が語り始めたのは、想い人との間に抱える悩みだった。……すなわち、文化の違いによる常識の差。ただ、彼と、彼女の祖母が同郷であるがゆえに多少は理解は出来るらしい。
「デートでわざわざどこかに行くことが、まずないです。家族や恋人を大事にするけれど、時間があった時は2人だけの時間を優先するのが大事なので。依頼の後でも、この街でも。手を繋いでぴったりくっついて歩いて、屋台で買った物を公園で分けて食べて。その位でしょうか」
「成程……案内することに気を取られて、二人で居るってことを忘れたら駄目でさあね。そいつぁ盲点でした。……それに、そいつも中々、幸せそうでさあ」
ぱあ、と顔を綻ばせるアンに対し、智里の顔はまだどこかぎこちない。
「生易しい問題じゃねえ……ことは、手前どもにも少しですが分かりまさあ。手前どもがここに来る前、手前どもの部族の元に流れ着いた転移者の方がおられましたが、そのお人は結局、馴染めねえってんで出ていくことを選ばれたんですがね……決して手前どもらが嫌いなわけじゃねえとは、何度も言われなすったし、手前どもらもそれはきっと偽りじゃねえと思ってんですが」
気遣うようにアンは言った。結局、だからこそ難しいのだ。……互いに憎からず思っていても、それだけではうまくいかない関係と言うのは、確かに存在する。
「好き……だと思いますし、好意も持っていただいてると思います。でも、いろいろハードルが高くて。私達はキスも恋人になってからでしょう?アンさんの部族は違うかもしれませんけど。あちらは、その……キスも体の関係も全て済ませてから、恋人になるかどうかを話し合って決めるのが普通らしくて。だから厳密に言えば、私達はまだ恋人じゃないんだと思います」
恋人ではない、と言いながら彼女は思い出す。……触れてくる、その熱を。
「すごく、待って貰っているとは思うんです。後ろからハグされて、耳や首を甘噛みされて。正面からじゃ、多分私が怯えちゃうから」
思い出すのは、その熱だけ。
その時どんな顔をしているのか。どんな風に触れてきているのか。彼女はちゃんと知らない。それでも、その記憶だけでそわりと肌が粟立つ感覚に、彼女は自覚する。
「でも、嫌じゃないから。いつか正面から向き合いたいとは、思ってるんです……」
アンは何か彼女に答えようとして、そしてうまく言葉が紡げずに意味のない呟きを零すだけだった。それでも、吐き出すことで少しはすっきりしたのか、やがて智里は軽い挨拶と共に立ち上がるのだった。
●ヴァイス(ka0364)とアニス・エリダヌス(ka2491)の場合。
「では、昨年の今頃、わたしたちがしたデートのことをお話ししましょうか」
アニスがそう言ってヴァイスに視線を向けると、ヴァイスは少し照れくさそうにしながらも拒否はしなかった。
◆
「アニス、こっちだ。丁度よかった、俺も今来た所なんだ」
姿を現したアニスに、ヴァイスが声をかける。アニスは微笑んで彼に近づき、そして互いに挨拶を交わした。
「それじゃあ、行こうか」
言いながらヴァイスはふい、と身体の向きを変える。視線をアニスから逸らしながらも、ぎこちない動作で腕を差し出した。
……昨年の、今頃の話。
触れるだけでも赤面していた頃だ。
それはアニスにとっては当時、良くあることだと思っていたし内心可愛らしいとも思っていたが、その手を取った瞬間、彼女は僅かに訝しげな表情を浮かべた。……が、それも一瞬の事。
次の瞬間、彼女は急かすように彼の手を引いて歩き始めた。向かう方角に、ヴァイスは疑問に思うことなく彼女の歩調に合わせて足を速める。
誕生日も近い彼女に祝いをしたいという彼に、では冬服の新調に付き合ってほしいと彼女が応えた、それがこの日のデートの主目的だ。
半ばアニスに引きずり込まれるような形で、彼らはデート開始早々に服屋の店内に居た。
「……似合いますか?」
気にかかった服の一つを纏い、試着室から身体を覗かせながらアニスが問う。
服を変える、それだけで目新しく映る彼女の可憐さに、気のきいたセリフなどまともに出てこなかった。
「似合ってるよ」
コクコクと間抜けに頷きながら、それだけをやっと答える──気持ちに、偽りはないけれども。
アニスが、また新たに別の服を纏う。先ほどとは違う事を言った方がいいだろうか……そう思ってヴァイスは言葉をひねり出し。
「とても似合ってるよ」
そう答える。
またアニスが着替える。
「凄く似合ってる」
とうとう、アニスは小さくくすりと噴き出していた。
「では、ヴァイスさんが一番良いと思ったものは、どれでしょうか?」
微笑んでアニスが改めて聞くと、ヴァイスは真剣な顔で考え始めた。それだけで、心が満たされていくのをアニスは感じる。
……服に関しては、義姉に相談することが多かった。自分で選ぶと迷ってしまうのだが、やはり一番は、大切な人に一番いいと思ってもらえる姿でいることだと思っての服選びの誘いだったのだ。
やがてヴァイスは、「一番を決めるなら……」と、とても似合っている、と言った一つを指し示した。アニスは満足して、ではこれにします、と言って、共に会計に向かう。
このまま着ていきたいのですが、と彼女が言うと店員は快く答え、ヴァイスは再び、試着室の前で待機することになった。
……どんな姿で出てくるのか、と言うドキドキ感の薄れた待ち時間。独りで立つヴァイスに、ふと不安がよぎる。
ちゃんと、楽しませてあげられているだろうか、と。
……アニスが、大切な存在であることは疑いの余地はない。だが、彼には同時に心奪われている歪虚がいる。
そのために悲しい想いをさせているという意識は──あった。
緩く頭を振る。……今回はそれを忘れることに、したのだ。
「お待たせしました」
丁度そう思ったところで、彼女が顔を出す。
買ったばかりの服を身に纏った彼女は、やはり可憐だった。互いに満足して店を出て……そして、手をつなぎ直して歩きなおす。そうして、再び触れ合った手に。今度はヴァイスが、少し戸惑いの顔を浮かべた。
その後も二人は、順調にデートを進めた。
食事をして、観劇へ。劇の内容は、蒼の世界でも上演されているという革命のお話。ラブロマンスでもあるその話はやはり、二人の気持ちの温度をほんのりと上昇させた。カフェで一休みしてから、イルミネーションが綺麗な公園を並んで歩く。
……そうして、三度手を繋ぎ直したとき。ヴァイスは己が感じたものが何であったのか、確信していた。
握った手が、初めは熱いと思うくらい暖かかった。今は、そうでもない──否。彼女の手が暖かくなくなったのではない。己の手が冷たかったのだ。
待ち合わせの時。今来たところ、と言ったのは嘘だ。本当は約束の一時間前に彼は来ていた。アニスが先に来て、他の男どもに言い寄られたりしたらと考えると気が気じゃなかった。
そうして冷え切った己の手を、彼女は何も言わず握り続けて……暖め続けて、くれたのだ。己の冷たい掌を、その不安ごと。
思えば、急かすように服屋に連れていかれたのも、冷えた身体がすぐに暖まるようにか。
……煌くイルミネーションに照らされる公園で、彼女と向かい合い、そして、そっとその両手を包む。
「言葉にしなくても伝わる想いは確かにある……でもそれ以上に言葉にしなくてはいけない想いがあると思っている」
真剣な表情で、真っ直ぐ見つけながら、彼は決意を告げる。
「……オルクスとの戦いに決着が付いたら、伝えていなかった言葉をアニスに伝えたい。その時は聞いて欲しい」
アニスは。
ヴァイスの葛藤については、付き合い始めるその時に、聞いていた。それでも彼が好きだと思っていたし、辛くは無いと……思っていた。
けど、今。
正直な決意に、彼女も正直に応えるならば。
決着の次、とされたことに、歪虚への嫉妬も、仄かに感じていた。
──そして、この方を支え、答えを聞かねばと。
◆
「異文化もすぐ取り入れられるのがこの街なのだと思います」
リゼリオでのデートを聞きたい、と言うアンに、アニスはそう答える。……が、彼女の話にすっかり陶酔しているアンの興味はもはやそんなところではなくなっているようで。
「彼の歪虚とはエルフハイムの事件で結末を見ましたが……その話は冒険譚が必要な時にいたしましょう」
その言葉に、アンは見る見るうちに不満を顔に浮かべた。アニスは、最後に微笑む。
ああ、わたしたちの結末ですか? ──ご覧の通りです。
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- 久我・御言(ka4137)
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/12/17 12:21:53 |