ゲスト
(ka0000)
Wild Bunch
マスター:楠々蛙

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/01/11 22:00
- 完成日
- 2018/01/24 00:35
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
そこは、廃墟となった教会。十字架はとうに腐り落ち、門戸は蝶番から外れかけている。風化してゆくばかりのガラン堂だ。
天井の一部が崩れ落ちて堆積した瓦礫の上へ積み上げた長椅子の上に、一人の男が腰掛けていた。崩落した天井から注ぐ陽射しが、宙舞う埃と共に男の姿を薄闇に浮かび上がらせている。
肌身に付けたのは、昏い紅に染められた半着。和装における、肌着の一種である。帯の代わりに、三筋のガンベルトを巻いている。
半着の上に重ねているのは、黒革のインバネスコート。同じく黒革のカウボーイハットから伸びるのは、野放図なダークブラウンの髪。もみあげだけが、編み込みにされて垂れ下がっている。
男は長椅子に浅く腰掛けながら、日本刀を手にしていた。無銘ながら確かに、出自をリアルブルーとする刀である。
目釘を外し、柄から茎を晒した刀身に、革製の水筒から水をかけて付いた血を落としているのだ。辺りには、血に沈む骸が点々としていた。遺品からして、素性のよろしくない者達だったらしい。
血とカビの臭いが入り混じった廃教会で、男は独り刀を禊ぐ。
刀を振って、紅の混じった水を払った男は、刀身を眺めた。
鈍色の鏡面に、群青色の瞳が映り込む。空の青に似た瞳に映り込むのは、刃片の零れた刃。
ふと、男が笑んだ。刃と同様、何かが欠けた悪辣な歪みが、無精髭を生やした口許に宿る。
その時、不意にギシリ──と、床板が大きく軋んだ。
「よぉ」
男が、閉じる戸もない入り口に向けて言った。
「遅かったじゃねぇか、ミハイル」
そこには、白々しい笑みを浮かべる青年の姿があった。彼の名は、ミハイル=フェルメールだ。
「あちゃあ、もしかして僕、出遅れちゃいました?」
ミハイルは周りの死体を見渡すと、稚気に富んだ仕草で首を傾げてみせた。
男は刀身を柄に嵌めて目釘を直しながら「いいや」と口にする。
「そいつはただの座興のあとだ。このオンボロを根城にしてた先客だったらしくてな」
鍔元を拳でトン───と叩き、目釘に緩みがないか確かめつつ、適当な調子で応えた男は、ふと、ミハイルの背からひょこりと、テンガロンハットを被った頭をのぞかせた小さな人影に気付く。
「よぉ、嬢ちゃん。まぁだそいつの銃持ちなんぞやってたのか」
布包みのリボルバーと身の丈と同じライフル、その身に余る二挺の銃を抱えた銀髪の少女は、男に漂白の顔を向ける。少女は、カトリーナ。彼女はふい──と男から眼を逸らした。
「嫌われちまったもんだねぇ」と大して気に留めた様子もなく、寧ろ愉快そうに男は口端を歪める。
カトリーナはと言えば、床に伏す死体の一つに歩み寄った。固まりかけた血糊にショートブーツの跡が残る。彼女は死体の傍で身を屈めると、胸に抱えたリボルバーから手を離して、苦悶に見開かれた死体の目蓋をそっと下ろした。そうしながらも、その面差しに憂いの色はない。髪と似た色合いのアッシュグレイの瞳に、何かを浮かべる事もないまま、彼女は立ち上がった。
「そういえば、他のみんなはどこ行ったんです?」
ミハイルが、近寄って来たカトリーナの頭に手を置きながら、男に向けて問う。
「他も何も、召集かけて律儀に来たのは、お前とメイソン三兄弟くらいなもんだ」
「あいかわらず人望がからきしですね」
「呼べば必ず来るような手合いが屯してるようじゃ、ワイルドバンチは語れねぇよ」
狂った葡萄(ワイルドバンチ)と、男──ギャレット=コルトハートは口にした。発酵し過ぎた酒に浮かされたかのような声音で。
「サンダラーさんたちがカタナシだ。ついでに僕も」
「あいつらは、俺の傍に居りゃ退屈はしねぇって腹さ。ついでにお前は、来てもらわなけりゃ始まらねえ。使いを忘れたわけじゃあねぇだろ?」
「それはもう。きちんとこなしましたよ。見せてあげたかったなあ、バリーさんのあの顔」
そう言いながら、ミハイルが浮かべる笑みの質は変わらない。
「それに、思ってもみなかった収穫もありましたしね」
しかしそう続けた時だけ、僅かながらその笑みが色合いを変えた。よりより深く──朗らかに。
「そいつぁいい。あとでとっくり聞かせてもらおうか」
「あとで?」
「ああ。とりあえずお前、今からサンダラーたちのあとを追いな。あいつら、近場の銀行に金おろしに行きやがった。ま、なにを担保にして金引き出すのかは、言わずと知れてるがな」
ギャレットは、床に転がる空薬莢を見下ろしながら言った。
「そういうわけだ。俺はここで来るとも知れねえ他の団員待ってるからよ。連中のケツ持ちやってやれ」
そこは、荒れ果てた荒野と、潤沢な土地との境に佇む宿場町だった。
ホテルやサルーン、そして銀行が面するメインストリートは、今や鉄火場と化していた。
通りの物陰や、或は左右に立ち並ぶ家屋の屋根に潜んで銃を構える、自警団らしき男達。彼等に囲まれるようにして、ストリートの中央に立つのは、三人の男。彼らは我が身を覆う、旅塵に煤けたローブを剥ぎ取った。
一人はひょろりと手足の長い長身、一人は華奢な身体付きの矮躯、一人は巌のような大男だ。彼らは三人共にライダージャケットを羽織りながら、三者三様の髪型と、サングラスを掛けている。
「ヨォ、メェン♪」
アフロヘアにミラーグラスのひょろ長は、その両手にリボルバーの銃把を握るや、手当り次第に乱射する。ひょろ長──通称レインメイカーの長い腕に巻き付いている弾帯が、リボルバーのローディングゲートへと繋がっているのだ。特別にもう一つ増設されたゲートから空薬莢を排し、リボルバーにあるまじき猛連射を可能としているのである。
「とっろい的だぜ──スケアクロウ」
トンガリヘッドに風防付きグラスの寸足らずは、その身からローブを剥ぎ取り笑みを漏らすや、次の瞬間には、手近に居合わせた若者の顎に、ショートバレルリボルバーの銃口を当てていた。寸足らず──通称ライトニングは、電光石火の身捌きで次々とゼロレンジショットを周囲の男達に叩き込む。
「…………」
スキンヘッドにティアドロップの大男は、右手に鉄の塊を握っていた。形状は、リボルバーに酷似している。しかし、その大きさは埒外だ。口径は.六十口径、総重量は六キロ。大男──通称サンダラーは、銃の照準を片手で無造作に、自警団が盾にする馬車へ向けると、銃爪を引き絞った。直近に落雷が降ったかのような轟音が響き渡る。あまつさえ、立て続けにシリンダーの中身をしこたま吐き出した。総じて七発の弾丸を受けて、陰に隠れた男達諸共に馬車が木端微塵に吹き飛んだ。
「貴様ら、一体なにが目的だ!?」
胸元に六芒星を象った金メッキのバッジを付けた男が、がなり立てる。
サンダラーは、うずらの卵程もある実包をリロードすると、男の方へ子供が丸々納まるサイズの鞄を放り投げると共に、怪物の口腔をおもむろに向けた。
ただ黙したまま、トリガーに指を掛けて。
天井の一部が崩れ落ちて堆積した瓦礫の上へ積み上げた長椅子の上に、一人の男が腰掛けていた。崩落した天井から注ぐ陽射しが、宙舞う埃と共に男の姿を薄闇に浮かび上がらせている。
肌身に付けたのは、昏い紅に染められた半着。和装における、肌着の一種である。帯の代わりに、三筋のガンベルトを巻いている。
半着の上に重ねているのは、黒革のインバネスコート。同じく黒革のカウボーイハットから伸びるのは、野放図なダークブラウンの髪。もみあげだけが、編み込みにされて垂れ下がっている。
男は長椅子に浅く腰掛けながら、日本刀を手にしていた。無銘ながら確かに、出自をリアルブルーとする刀である。
目釘を外し、柄から茎を晒した刀身に、革製の水筒から水をかけて付いた血を落としているのだ。辺りには、血に沈む骸が点々としていた。遺品からして、素性のよろしくない者達だったらしい。
血とカビの臭いが入り混じった廃教会で、男は独り刀を禊ぐ。
刀を振って、紅の混じった水を払った男は、刀身を眺めた。
鈍色の鏡面に、群青色の瞳が映り込む。空の青に似た瞳に映り込むのは、刃片の零れた刃。
ふと、男が笑んだ。刃と同様、何かが欠けた悪辣な歪みが、無精髭を生やした口許に宿る。
その時、不意にギシリ──と、床板が大きく軋んだ。
「よぉ」
男が、閉じる戸もない入り口に向けて言った。
「遅かったじゃねぇか、ミハイル」
そこには、白々しい笑みを浮かべる青年の姿があった。彼の名は、ミハイル=フェルメールだ。
「あちゃあ、もしかして僕、出遅れちゃいました?」
ミハイルは周りの死体を見渡すと、稚気に富んだ仕草で首を傾げてみせた。
男は刀身を柄に嵌めて目釘を直しながら「いいや」と口にする。
「そいつはただの座興のあとだ。このオンボロを根城にしてた先客だったらしくてな」
鍔元を拳でトン───と叩き、目釘に緩みがないか確かめつつ、適当な調子で応えた男は、ふと、ミハイルの背からひょこりと、テンガロンハットを被った頭をのぞかせた小さな人影に気付く。
「よぉ、嬢ちゃん。まぁだそいつの銃持ちなんぞやってたのか」
布包みのリボルバーと身の丈と同じライフル、その身に余る二挺の銃を抱えた銀髪の少女は、男に漂白の顔を向ける。少女は、カトリーナ。彼女はふい──と男から眼を逸らした。
「嫌われちまったもんだねぇ」と大して気に留めた様子もなく、寧ろ愉快そうに男は口端を歪める。
カトリーナはと言えば、床に伏す死体の一つに歩み寄った。固まりかけた血糊にショートブーツの跡が残る。彼女は死体の傍で身を屈めると、胸に抱えたリボルバーから手を離して、苦悶に見開かれた死体の目蓋をそっと下ろした。そうしながらも、その面差しに憂いの色はない。髪と似た色合いのアッシュグレイの瞳に、何かを浮かべる事もないまま、彼女は立ち上がった。
「そういえば、他のみんなはどこ行ったんです?」
ミハイルが、近寄って来たカトリーナの頭に手を置きながら、男に向けて問う。
「他も何も、召集かけて律儀に来たのは、お前とメイソン三兄弟くらいなもんだ」
「あいかわらず人望がからきしですね」
「呼べば必ず来るような手合いが屯してるようじゃ、ワイルドバンチは語れねぇよ」
狂った葡萄(ワイルドバンチ)と、男──ギャレット=コルトハートは口にした。発酵し過ぎた酒に浮かされたかのような声音で。
「サンダラーさんたちがカタナシだ。ついでに僕も」
「あいつらは、俺の傍に居りゃ退屈はしねぇって腹さ。ついでにお前は、来てもらわなけりゃ始まらねえ。使いを忘れたわけじゃあねぇだろ?」
「それはもう。きちんとこなしましたよ。見せてあげたかったなあ、バリーさんのあの顔」
そう言いながら、ミハイルが浮かべる笑みの質は変わらない。
「それに、思ってもみなかった収穫もありましたしね」
しかしそう続けた時だけ、僅かながらその笑みが色合いを変えた。よりより深く──朗らかに。
「そいつぁいい。あとでとっくり聞かせてもらおうか」
「あとで?」
「ああ。とりあえずお前、今からサンダラーたちのあとを追いな。あいつら、近場の銀行に金おろしに行きやがった。ま、なにを担保にして金引き出すのかは、言わずと知れてるがな」
ギャレットは、床に転がる空薬莢を見下ろしながら言った。
「そういうわけだ。俺はここで来るとも知れねえ他の団員待ってるからよ。連中のケツ持ちやってやれ」
そこは、荒れ果てた荒野と、潤沢な土地との境に佇む宿場町だった。
ホテルやサルーン、そして銀行が面するメインストリートは、今や鉄火場と化していた。
通りの物陰や、或は左右に立ち並ぶ家屋の屋根に潜んで銃を構える、自警団らしき男達。彼等に囲まれるようにして、ストリートの中央に立つのは、三人の男。彼らは我が身を覆う、旅塵に煤けたローブを剥ぎ取った。
一人はひょろりと手足の長い長身、一人は華奢な身体付きの矮躯、一人は巌のような大男だ。彼らは三人共にライダージャケットを羽織りながら、三者三様の髪型と、サングラスを掛けている。
「ヨォ、メェン♪」
アフロヘアにミラーグラスのひょろ長は、その両手にリボルバーの銃把を握るや、手当り次第に乱射する。ひょろ長──通称レインメイカーの長い腕に巻き付いている弾帯が、リボルバーのローディングゲートへと繋がっているのだ。特別にもう一つ増設されたゲートから空薬莢を排し、リボルバーにあるまじき猛連射を可能としているのである。
「とっろい的だぜ──スケアクロウ」
トンガリヘッドに風防付きグラスの寸足らずは、その身からローブを剥ぎ取り笑みを漏らすや、次の瞬間には、手近に居合わせた若者の顎に、ショートバレルリボルバーの銃口を当てていた。寸足らず──通称ライトニングは、電光石火の身捌きで次々とゼロレンジショットを周囲の男達に叩き込む。
「…………」
スキンヘッドにティアドロップの大男は、右手に鉄の塊を握っていた。形状は、リボルバーに酷似している。しかし、その大きさは埒外だ。口径は.六十口径、総重量は六キロ。大男──通称サンダラーは、銃の照準を片手で無造作に、自警団が盾にする馬車へ向けると、銃爪を引き絞った。直近に落雷が降ったかのような轟音が響き渡る。あまつさえ、立て続けにシリンダーの中身をしこたま吐き出した。総じて七発の弾丸を受けて、陰に隠れた男達諸共に馬車が木端微塵に吹き飛んだ。
「貴様ら、一体なにが目的だ!?」
胸元に六芒星を象った金メッキのバッジを付けた男が、がなり立てる。
サンダラーは、うずらの卵程もある実包をリロードすると、男の方へ子供が丸々納まるサイズの鞄を放り投げると共に、怪物の口腔をおもむろに向けた。
ただ黙したまま、トリガーに指を掛けて。
リプレイ本文
「静かに」
遍歴の足休めにこの町に留まっていたエアルドフリス(ka1856)は、銃声を耳にするやいやな、町の隅の井戸端で談笑していた花売りの娘を胸元に寄せて庇った。動揺も露わにする娘の肩にそっと手を置きながらも、彼はなおも続く銃声に耳を傾ける。
「さあ、ここから離れなさい。なぁに、あんな不躾な音はすぐに止めさせるから、なにも怯えることはないよ。その花はあとでいただくから、それまで待っていてもらえるかな」
銃声がこちらに近付く事はないとみるや、エアルドフリスは娘に微笑みかけながら言った。
娘を見送ると「さぁて、どうしたものかね」と顎元に手を添えながら、サルーンらしい建物の陰に潜み、鉄火場と化しているらしい通りを覗こうとする。
「待ちなヨ、そこのナンパ者」
その時、彼の前へ小銃の銃床を突き出して、遮る者があった。
サルーンのテラスに置かれたベンチに座しながら紫煙を燻らす、裾の擦り切れたローブを身に纏うメスティーソ風の女──フォークス(ka0570)である。
「ナンパ? はて、思い当たる節がないがね」
「そのナリ、魔術師だネ? その気があるなラ、手ェ貸しなヨ」
飄々と嘯くナンパ師を無視したフォークスは、儀礼用と思しき衣装に身を包み、杖を携えるエアルドフリスの姿を値踏みするように眺めながら言った。
そうしていると、スウィングドアを開いてサルーンから飛び出して来た灰色をした髪の少女──ソフィア =リリィホルム(ka2383)が急ぎ足で、こちらに寄って来た。
「フォークスさん、なんか物騒なのが来まし──って、ルディ先生?」
「おや、ソフィアじゃないか」
「なんダ。あんた、このナンパ者と知り合いかイ?」
知己らしい二人の様子に、なら話が早いとばかりにフォークスが言うと「ナンパ?」とソフィアが目を細くした。
「い、いや、ちょっと花を摘も──買おうとしただけさ。なにもやましいことはない」
なにやら先程よりも切迫した様子で弁解するエアルドフリス。ソフィア本人へというよりも、共通する知人の耳に及ぶ事を怖れているのだろう。ソフィアの目に宿る疑念がなおも深くなり始めた時「なにしとーねんか」と、テラスの床板を更に軋ませる者が店内から現れた。
「なんやえらいお客が来おったゆうに、店先で油売っとるときとちゃうやろ」
独特のイントネーションをしたその声は、その台詞の割には、さほど咎める調子ではなかった。小麦色の肌に軽装を纏う青年──ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)は、寧ろその口許に綽々とした微笑を湛えている。
フォークス、ソフィア、ラィルの三名は、このサルーンで用心棒をこなしていた折、このトラブルに見舞われたらしい。元々近くの廃教会に屯す無法者達への牽制として自警団に雇われはしたものの、今回の襲撃犯は事前に聞いていた手合いよりも少々タチが悪いとみえて、手を貸して貰えるものならありがたいと、三人は言う。
「それはまあ構わんが」
元より看過する気もなかったエアルドフリスは、提案に頷いた。
「だが、なにか策はあるのかね」
正面切って勝算のある相手でもないらしい。エアルドフリスがそう問うと、フォークスが咥え煙草を足許に吐き捨て、立ち上がり様に吸殻を踏み躙りながら言った。
「羊ってのは性分じゃないケド、あたいが囮を引き受けるヨ」
サンダラーが今まさに銃爪を引き絞ろうとしたその時、横合いから銃撃が叩き込まれる。だが彼の横っ面に放たれた銃弾が届くその前に、燐光を散らす障壁に阻まれた。
ティアドロップの昏いレンズに、ひしゃげた鉛の欠片が映り込む。サンダラーは足許に転がる銃弾を見下ろすや、ジロリと視線を上げて、今しがた銃撃を放ったフォークスを見た。
奇襲の失敗に、フォークスは舌を打つでもなく、魔導小銃の銃床を肩から離した。どうやらあの大男は全身にマテリアルの障壁を纏っているらしい。
フォークスは射撃体勢を解くや、すぐさま身を翻した。──有無を言わさず、何も語らずして、サンダラーが銃口を向けるよりも早く。
銃声が遅きに失し、放たれた.六十口径は、先んじて身を躱したフォークスの外套の裾を糸屑に変えるのみに終わった。フォークスは構わず、道端に置き去りにされた馬車の陰に滑り込む。滑り込み様に、彼女は小銃の照準を明後日の方向へ向けて、銃爪を立て続けに引き絞った。
銃弾は、別の馬車の金具に命中するや、狙い通りに跳弾して、予め立ち位置を把握しておいた他の襲撃犯達の許へと飛んでゆく。
目論見は、敵戦力の分断だ。
敵の一人は何の酔狂か、銃を得物にしながら、ゼロレンジで仕掛けているらしい。こうしてカバーから一方的に射撃を浴びせていれば、あのトンガリ頭がこちらの懐へ飛び込んで来る公算は高いと見たのだ。
フォークスは弾の尽きた小銃をリロードしながら、今か今かと待ち構える。来るとすれば右か左か、それとも──
「ここに居たかよ──」
陰にした馬車の屋根を踏み締める、鋲付きブーツの踏み音が、フォークスの頭上へ落ちる。
「──スケアクロウ」
フォークスが馬車の陰に身を隠すや、サンダラーは右手の銃を無造作にそちらへ向けた。だが撃発する寸前に、彼はあらぬ方向へと銃口を向ける。
雷鳴の如き銃声が轟き、今まさにサンダラーへ喰らい付かんとしていた大蛇を、無数の氷片へと変えた。
氷雪の魔法が生み出した蛇の末路を一瞥したサンダラーは、握りの頭に天秤を飾る杖を掲げたエアルドフリスへ、やはり無言のままにサングラスのレンズを向けた。
空からは日が差しているというのに、エアルドフリスの周囲には雨音がシトシトと降っている。だが音ばかりが聞こえるのみで、彼の足許の土は乾いたままだ。
「……あんたは」
そう問うたのは、もう他に為す術を失くして立ち尽くす、自警団のリーダーらしき男である。
「なに、助っ人だよ。
ひとまずここは我々に任せてもらえないかね。あんたがたには、住民の避難を頼みたい。餅は餅屋といこうじゃないか」
歯噛みするような表情を浮かべながらも、男が頷いたのには、さほどの間を要さなかった。
男の指示の下に退く自警団を後ろ目に、エアルドフリスは杖先を己の周囲に巡らせた。音しか聞こえなかったはずの雨滴が可視化して集い、杖先の軌跡上に幾つもの水球を作ってゆく。
地面に散った馬車の破片。血にまみれたそれをエアルドフリスが一瞥する。──小雨程の大きさでしかなかった雨音が、わずかに、大粒の雨滴が降るそれへと変化する。
「……あたら命を奪った報い、その身に還させてもらおうか」
「ヘィヘィ、そこのおしゃまなお嬢ちゃん(ヤングレディ)。しけたビィト刻むんじゃねえヨゥ」
ソフィアが放った拳銃弾が間近を掠める中、レインメイカーはジャラリ──と弾帯を鳴らしながら、二挺揃えのリボルバーを構える。
「耳穴かっぽじって、ヒァマイビィト♪ グルゥブってのは、こうやって鳴らすんだゼィ!」
ハイな調子で口ずさみつつ、彼は両手に構えた得物を高らかに鳴らした。
火線に捉えられる寸前に「うわひゃ!?」と悲鳴を上げながら、ソフィアは馬車の陰に飛び込んだ。だが、引きも切らない弾丸の雨に馬車の輪郭が徐々に崩れてゆく。
「なぁにがお嬢ちゃんだ、ノリしか知らねぇヒヨっ子が……!」
ソフィアが舌打ち一つを漏らして発したその台詞は、それまでの少女らしい声音よりもオクターブの低い粗暴なモノだった。
彼女は、原型を失いつつある馬車に向き直って、手にする錬金杖を掲げた。
「目ん玉剥きやがれ、クソガキ」
杖先に輝く三つの光点が、爆ぜるようにして幾条もの光の筋になり拡散。縦横無尽、一つ足りとて同じ軌道を描く事なく屈折しながら奔った光線は、さながら絨毯爆撃のようにして、レインメイカーの周囲へ降り注いだ。
フォークスは、上を取ったライトニングに向けて、淀みなく小銃の銃口を向けた。小柄な体躯を照準に捉えるや否や、連続して銃爪を絞る。
だが弾丸が馬車の屋根上を過ぎ去ったその時には、ライトニングの姿は既になく──
「どしたい? 的はココだぜ」
鼻先三寸先で、色の付いたレンズが覆う不敵な笑みを浮かべていた。
フォークスは小銃の銃床を払って、ライトニングの頭を狙う。それを難なく躱したライトニングは、フォークスの背後を取ると、彼女の後頭にリボルバーの銃口を添えた。
だがその不敵面を薙ぐようにして、旋回する刃が軌跡を描く。
「鉄砲抱えとんのに、なんや鬼ごっこでもしとるんかいな。ほなら僕も混ぜてーや」
身を躱す為に大きく後方に下がったライトニングが、手裏剣の投げ放たれた先を辿って顔を向けると、そこには稲妻めいた蒼白の光を纏って回転する手裏剣を指先で弄ぶラィルの姿があった。
「的が二つになっても、やるこたぁおなじさ。俺は外さねぇ」
二人を相手に回してなお、ライトニングの不敵は崩れない。──かに思われた。
「──なに的外したこと言ってんのサ。あたいはなにも外しちゃいないヨ」
フォークスが、口許にシニカルな笑みを浮かべて、小銃の銃口を上へと向ける。
「Look up, JACKASS」
その直後、ライトニングの頭上へ、幾つもの光弾が降り注いだ。身を躱す間もなく光のあられをまともに受けたライトニングは、弾丸の纏うマテリアルによって、動きを封じられるのを感じた。先程フォークスが弾倉の中身を上空に射ち上げたのは、直接ライトニングを狙ったのではなく、これを目論んでの事だったのだ。
「舐めるんじゃねぇぞ、案山子共が……」
マテリアルの束縛に抗って、ライトニングはリボルバーを握る手を持ち上げようとしたが、銃把を握る右手首がボトリ──と地面へ落ちる。苦悶の声を軋らせて蹲ろうとするライトニング。しかし、彼の身体に張り巡った銀糸の煌めきが、それを許さなかった。
「脳足りん(スケアクロウ)はあんたのほうサ。頭も回さず突っ込んで来るからダ」
左手から伸びるワイヤーを手繰りながら、フォークスは鼻で哂った。そして小銃の銃口を拘束したライトニングへと向ける。
しかし銃爪を絞り込むその前に、彼女は小銃を地面へ取り落した。鋼鉄製の銃身に、パタタ──と血滴が落ちる。
「っ……、狙撃主カ……!」
灼熱の痛みが肩口を貫くのに遅れて彼方から響く銃声を耳にするや、フォークスは腰のベルトに備えてある発煙手榴弾を手に取った。
「ありゃ。あともう二、三回いけると思ってたのに」
遠く遠く彼方、指先一つで届くその場所で、ボルトアクションライフルを構えていたミハイルは、煙る煙幕を映すのみとなったスコープから眼を離して、そう呟いた。
「そっちはどうだい、カティ」
ミハイルが傍らを見遣ると、そこには、帽子を外したカトリーナが立っていた。彼女の銀髪の頭頂には二つ、膨らみがあった。獣の耳よりも、ミミズクの羽角に似ているだろうか。
目を凝らすように彼方を見詰めていたカトリーナは、やがてミハイルの問いに、かぶりを振って応える。
「そっか。ま、仕方ないや。あとはサンダラーさんに任せよう」
肩を竦めたミハイルは、用を終えたライフルをカトリーナに手渡す。
「ミハイル──」
銃を受け取り何事か言い差し掛けたカトリーナの頭にテンガロンハットを被せて制したミハイルが、常の如く空虚な笑みを貼り付けて言った。
「いつも言ってるだろう? 君は、そうやって見てるだけでいいんだよ」
ライトニングが負傷したのを皮切りに、襲撃犯一行はその場から後退する動きを見せた。だが、ハンター達とて黙って見過ごす手もなく、逃すまじとする。
縦横無尽に奔り降り注ぐ光の雨。その悉くを、サンダラーのマテリアル障壁が阻んだ。
追撃を無力化したサンダラーは、すぐさま巨大リボルバーによる反撃を返した。
雷鳴に等しい銃声と共に放たれる.六十口径弾。ソフィアが、銃撃に対してマテリアル防壁面を斜線に構えて衝撃を受け流し、銃弾を逸らした。
逸れた銃弾を受けて後方の馬車が爆散する。
ソフィアと入れ替わりに、フォークスが新たな銃を手にして踏み出した。放った弾丸は、その口径も、伴う銃声も、サンダラーのそれと比して、何とも頼りない。
弾丸は、サンダラーの障壁に着弾すると同時に砕けて散った。飛散するその赤い粉末の正体は、悪魔的な刺激の香辛料である。フォークスは、吸い込めば悶絶は必至の粉塵を散らす特殊弾頭を射ち込んだのだ。
しかし、サンダラーは見るにも毒々しい赤い粉を、躊躇いなく鼻腔に吸い込んだ。物言わぬ男は、表情の一切を変える事はない。例えば軍人の中には、催涙ガスなどの化学兵器に耐性を付ける訓練を積む者がいるという。サンダラーの出自が、そこに由来するのであれば、この男の物腰にも頷けた。他の二人とは、纏う気配が明らかに異なっているのだ。
決して熱する事なく、引き際を見定めて、他の二人を伴って退くサンダラー。
三者の中心へ厳かな装飾の直剣が投げ放たれる。その刹那、中空に浮く剣の柄を握るようにして、ラィルが忽然と姿を現した。投擲した剣との間に紐付けたマテリアルを足掛けにして、弾速もかくやという迅さで跳んだのだ。
得物を手にし、一呼吸の内に十重二十重と斬り付けるラィルの連撃を、残った左手にリボルバーを握るライトニングのゼロレンジショットが迎え討った。
「案山子が、案山子が、案山子がぁ……!」
腕の痛みに、立ち込めるガンスモーク──トリガーハッピーに陥り掛けたライトニングの首根っこを掴んで後ろに下げたサンダラーが巨大リボルバーを、ラィルに向ける。
雷鳴が鳴る寸前に、大きく飛び退いたラィルは、遥か後方の馬車の横面へ垂直に着地するや、冷や汗を流すのもそこそこにして、傍らに立っていたエアルドフリスに呼び掛けた。
「こないでええか?」
「ああ、上々だとも」
瞑想と共に閉じていた瞳をゆっくりと開きながら、エアルドフリスは言った。
「──来たれ、天の蛇」
その時、サンダラー達の頭上高くに、凶くも知性を備える瞳を持った大蛇の幻影が現れた。だが次の瞬間には幻は消え、その瞳と、蛇が額に宿していた宝石と同色の蒼い焔が宙に残る。
「因果に報いて、円環へ還り給え」
杖を振り落すと共に、蒼焔が落ちる。
「我はもはや、逝くことも、堕すこともまかりならん」
ティアドロップで焔光を照り返しながら、サンダラーが呟きを発した。と共に、掌中のリボルバーが蒼白い雷光を帯びる。銃口を堕ちて来る蒼焔に向けて、彼は言った。
「──灯れ、愚者の火」
逆しまに轟く稲妻が、蒼焔を貫いた。
襲撃犯達は逃げおおせるも、ハンター達の活躍によって、町の被害は最小限に抑えられた。
だが、これは始まりに過ぎない。
終わりの始まりなどとは言うまい。
この物語は詰まるところ、かつて終わった話の後始末に過ぎないのだから。
遍歴の足休めにこの町に留まっていたエアルドフリス(ka1856)は、銃声を耳にするやいやな、町の隅の井戸端で談笑していた花売りの娘を胸元に寄せて庇った。動揺も露わにする娘の肩にそっと手を置きながらも、彼はなおも続く銃声に耳を傾ける。
「さあ、ここから離れなさい。なぁに、あんな不躾な音はすぐに止めさせるから、なにも怯えることはないよ。その花はあとでいただくから、それまで待っていてもらえるかな」
銃声がこちらに近付く事はないとみるや、エアルドフリスは娘に微笑みかけながら言った。
娘を見送ると「さぁて、どうしたものかね」と顎元に手を添えながら、サルーンらしい建物の陰に潜み、鉄火場と化しているらしい通りを覗こうとする。
「待ちなヨ、そこのナンパ者」
その時、彼の前へ小銃の銃床を突き出して、遮る者があった。
サルーンのテラスに置かれたベンチに座しながら紫煙を燻らす、裾の擦り切れたローブを身に纏うメスティーソ風の女──フォークス(ka0570)である。
「ナンパ? はて、思い当たる節がないがね」
「そのナリ、魔術師だネ? その気があるなラ、手ェ貸しなヨ」
飄々と嘯くナンパ師を無視したフォークスは、儀礼用と思しき衣装に身を包み、杖を携えるエアルドフリスの姿を値踏みするように眺めながら言った。
そうしていると、スウィングドアを開いてサルーンから飛び出して来た灰色をした髪の少女──ソフィア =リリィホルム(ka2383)が急ぎ足で、こちらに寄って来た。
「フォークスさん、なんか物騒なのが来まし──って、ルディ先生?」
「おや、ソフィアじゃないか」
「なんダ。あんた、このナンパ者と知り合いかイ?」
知己らしい二人の様子に、なら話が早いとばかりにフォークスが言うと「ナンパ?」とソフィアが目を細くした。
「い、いや、ちょっと花を摘も──買おうとしただけさ。なにもやましいことはない」
なにやら先程よりも切迫した様子で弁解するエアルドフリス。ソフィア本人へというよりも、共通する知人の耳に及ぶ事を怖れているのだろう。ソフィアの目に宿る疑念がなおも深くなり始めた時「なにしとーねんか」と、テラスの床板を更に軋ませる者が店内から現れた。
「なんやえらいお客が来おったゆうに、店先で油売っとるときとちゃうやろ」
独特のイントネーションをしたその声は、その台詞の割には、さほど咎める調子ではなかった。小麦色の肌に軽装を纏う青年──ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)は、寧ろその口許に綽々とした微笑を湛えている。
フォークス、ソフィア、ラィルの三名は、このサルーンで用心棒をこなしていた折、このトラブルに見舞われたらしい。元々近くの廃教会に屯す無法者達への牽制として自警団に雇われはしたものの、今回の襲撃犯は事前に聞いていた手合いよりも少々タチが悪いとみえて、手を貸して貰えるものならありがたいと、三人は言う。
「それはまあ構わんが」
元より看過する気もなかったエアルドフリスは、提案に頷いた。
「だが、なにか策はあるのかね」
正面切って勝算のある相手でもないらしい。エアルドフリスがそう問うと、フォークスが咥え煙草を足許に吐き捨て、立ち上がり様に吸殻を踏み躙りながら言った。
「羊ってのは性分じゃないケド、あたいが囮を引き受けるヨ」
サンダラーが今まさに銃爪を引き絞ろうとしたその時、横合いから銃撃が叩き込まれる。だが彼の横っ面に放たれた銃弾が届くその前に、燐光を散らす障壁に阻まれた。
ティアドロップの昏いレンズに、ひしゃげた鉛の欠片が映り込む。サンダラーは足許に転がる銃弾を見下ろすや、ジロリと視線を上げて、今しがた銃撃を放ったフォークスを見た。
奇襲の失敗に、フォークスは舌を打つでもなく、魔導小銃の銃床を肩から離した。どうやらあの大男は全身にマテリアルの障壁を纏っているらしい。
フォークスは射撃体勢を解くや、すぐさま身を翻した。──有無を言わさず、何も語らずして、サンダラーが銃口を向けるよりも早く。
銃声が遅きに失し、放たれた.六十口径は、先んじて身を躱したフォークスの外套の裾を糸屑に変えるのみに終わった。フォークスは構わず、道端に置き去りにされた馬車の陰に滑り込む。滑り込み様に、彼女は小銃の照準を明後日の方向へ向けて、銃爪を立て続けに引き絞った。
銃弾は、別の馬車の金具に命中するや、狙い通りに跳弾して、予め立ち位置を把握しておいた他の襲撃犯達の許へと飛んでゆく。
目論見は、敵戦力の分断だ。
敵の一人は何の酔狂か、銃を得物にしながら、ゼロレンジで仕掛けているらしい。こうしてカバーから一方的に射撃を浴びせていれば、あのトンガリ頭がこちらの懐へ飛び込んで来る公算は高いと見たのだ。
フォークスは弾の尽きた小銃をリロードしながら、今か今かと待ち構える。来るとすれば右か左か、それとも──
「ここに居たかよ──」
陰にした馬車の屋根を踏み締める、鋲付きブーツの踏み音が、フォークスの頭上へ落ちる。
「──スケアクロウ」
フォークスが馬車の陰に身を隠すや、サンダラーは右手の銃を無造作にそちらへ向けた。だが撃発する寸前に、彼はあらぬ方向へと銃口を向ける。
雷鳴の如き銃声が轟き、今まさにサンダラーへ喰らい付かんとしていた大蛇を、無数の氷片へと変えた。
氷雪の魔法が生み出した蛇の末路を一瞥したサンダラーは、握りの頭に天秤を飾る杖を掲げたエアルドフリスへ、やはり無言のままにサングラスのレンズを向けた。
空からは日が差しているというのに、エアルドフリスの周囲には雨音がシトシトと降っている。だが音ばかりが聞こえるのみで、彼の足許の土は乾いたままだ。
「……あんたは」
そう問うたのは、もう他に為す術を失くして立ち尽くす、自警団のリーダーらしき男である。
「なに、助っ人だよ。
ひとまずここは我々に任せてもらえないかね。あんたがたには、住民の避難を頼みたい。餅は餅屋といこうじゃないか」
歯噛みするような表情を浮かべながらも、男が頷いたのには、さほどの間を要さなかった。
男の指示の下に退く自警団を後ろ目に、エアルドフリスは杖先を己の周囲に巡らせた。音しか聞こえなかったはずの雨滴が可視化して集い、杖先の軌跡上に幾つもの水球を作ってゆく。
地面に散った馬車の破片。血にまみれたそれをエアルドフリスが一瞥する。──小雨程の大きさでしかなかった雨音が、わずかに、大粒の雨滴が降るそれへと変化する。
「……あたら命を奪った報い、その身に還させてもらおうか」
「ヘィヘィ、そこのおしゃまなお嬢ちゃん(ヤングレディ)。しけたビィト刻むんじゃねえヨゥ」
ソフィアが放った拳銃弾が間近を掠める中、レインメイカーはジャラリ──と弾帯を鳴らしながら、二挺揃えのリボルバーを構える。
「耳穴かっぽじって、ヒァマイビィト♪ グルゥブってのは、こうやって鳴らすんだゼィ!」
ハイな調子で口ずさみつつ、彼は両手に構えた得物を高らかに鳴らした。
火線に捉えられる寸前に「うわひゃ!?」と悲鳴を上げながら、ソフィアは馬車の陰に飛び込んだ。だが、引きも切らない弾丸の雨に馬車の輪郭が徐々に崩れてゆく。
「なぁにがお嬢ちゃんだ、ノリしか知らねぇヒヨっ子が……!」
ソフィアが舌打ち一つを漏らして発したその台詞は、それまでの少女らしい声音よりもオクターブの低い粗暴なモノだった。
彼女は、原型を失いつつある馬車に向き直って、手にする錬金杖を掲げた。
「目ん玉剥きやがれ、クソガキ」
杖先に輝く三つの光点が、爆ぜるようにして幾条もの光の筋になり拡散。縦横無尽、一つ足りとて同じ軌道を描く事なく屈折しながら奔った光線は、さながら絨毯爆撃のようにして、レインメイカーの周囲へ降り注いだ。
フォークスは、上を取ったライトニングに向けて、淀みなく小銃の銃口を向けた。小柄な体躯を照準に捉えるや否や、連続して銃爪を絞る。
だが弾丸が馬車の屋根上を過ぎ去ったその時には、ライトニングの姿は既になく──
「どしたい? 的はココだぜ」
鼻先三寸先で、色の付いたレンズが覆う不敵な笑みを浮かべていた。
フォークスは小銃の銃床を払って、ライトニングの頭を狙う。それを難なく躱したライトニングは、フォークスの背後を取ると、彼女の後頭にリボルバーの銃口を添えた。
だがその不敵面を薙ぐようにして、旋回する刃が軌跡を描く。
「鉄砲抱えとんのに、なんや鬼ごっこでもしとるんかいな。ほなら僕も混ぜてーや」
身を躱す為に大きく後方に下がったライトニングが、手裏剣の投げ放たれた先を辿って顔を向けると、そこには稲妻めいた蒼白の光を纏って回転する手裏剣を指先で弄ぶラィルの姿があった。
「的が二つになっても、やるこたぁおなじさ。俺は外さねぇ」
二人を相手に回してなお、ライトニングの不敵は崩れない。──かに思われた。
「──なに的外したこと言ってんのサ。あたいはなにも外しちゃいないヨ」
フォークスが、口許にシニカルな笑みを浮かべて、小銃の銃口を上へと向ける。
「Look up, JACKASS」
その直後、ライトニングの頭上へ、幾つもの光弾が降り注いだ。身を躱す間もなく光のあられをまともに受けたライトニングは、弾丸の纏うマテリアルによって、動きを封じられるのを感じた。先程フォークスが弾倉の中身を上空に射ち上げたのは、直接ライトニングを狙ったのではなく、これを目論んでの事だったのだ。
「舐めるんじゃねぇぞ、案山子共が……」
マテリアルの束縛に抗って、ライトニングはリボルバーを握る手を持ち上げようとしたが、銃把を握る右手首がボトリ──と地面へ落ちる。苦悶の声を軋らせて蹲ろうとするライトニング。しかし、彼の身体に張り巡った銀糸の煌めきが、それを許さなかった。
「脳足りん(スケアクロウ)はあんたのほうサ。頭も回さず突っ込んで来るからダ」
左手から伸びるワイヤーを手繰りながら、フォークスは鼻で哂った。そして小銃の銃口を拘束したライトニングへと向ける。
しかし銃爪を絞り込むその前に、彼女は小銃を地面へ取り落した。鋼鉄製の銃身に、パタタ──と血滴が落ちる。
「っ……、狙撃主カ……!」
灼熱の痛みが肩口を貫くのに遅れて彼方から響く銃声を耳にするや、フォークスは腰のベルトに備えてある発煙手榴弾を手に取った。
「ありゃ。あともう二、三回いけると思ってたのに」
遠く遠く彼方、指先一つで届くその場所で、ボルトアクションライフルを構えていたミハイルは、煙る煙幕を映すのみとなったスコープから眼を離して、そう呟いた。
「そっちはどうだい、カティ」
ミハイルが傍らを見遣ると、そこには、帽子を外したカトリーナが立っていた。彼女の銀髪の頭頂には二つ、膨らみがあった。獣の耳よりも、ミミズクの羽角に似ているだろうか。
目を凝らすように彼方を見詰めていたカトリーナは、やがてミハイルの問いに、かぶりを振って応える。
「そっか。ま、仕方ないや。あとはサンダラーさんに任せよう」
肩を竦めたミハイルは、用を終えたライフルをカトリーナに手渡す。
「ミハイル──」
銃を受け取り何事か言い差し掛けたカトリーナの頭にテンガロンハットを被せて制したミハイルが、常の如く空虚な笑みを貼り付けて言った。
「いつも言ってるだろう? 君は、そうやって見てるだけでいいんだよ」
ライトニングが負傷したのを皮切りに、襲撃犯一行はその場から後退する動きを見せた。だが、ハンター達とて黙って見過ごす手もなく、逃すまじとする。
縦横無尽に奔り降り注ぐ光の雨。その悉くを、サンダラーのマテリアル障壁が阻んだ。
追撃を無力化したサンダラーは、すぐさま巨大リボルバーによる反撃を返した。
雷鳴に等しい銃声と共に放たれる.六十口径弾。ソフィアが、銃撃に対してマテリアル防壁面を斜線に構えて衝撃を受け流し、銃弾を逸らした。
逸れた銃弾を受けて後方の馬車が爆散する。
ソフィアと入れ替わりに、フォークスが新たな銃を手にして踏み出した。放った弾丸は、その口径も、伴う銃声も、サンダラーのそれと比して、何とも頼りない。
弾丸は、サンダラーの障壁に着弾すると同時に砕けて散った。飛散するその赤い粉末の正体は、悪魔的な刺激の香辛料である。フォークスは、吸い込めば悶絶は必至の粉塵を散らす特殊弾頭を射ち込んだのだ。
しかし、サンダラーは見るにも毒々しい赤い粉を、躊躇いなく鼻腔に吸い込んだ。物言わぬ男は、表情の一切を変える事はない。例えば軍人の中には、催涙ガスなどの化学兵器に耐性を付ける訓練を積む者がいるという。サンダラーの出自が、そこに由来するのであれば、この男の物腰にも頷けた。他の二人とは、纏う気配が明らかに異なっているのだ。
決して熱する事なく、引き際を見定めて、他の二人を伴って退くサンダラー。
三者の中心へ厳かな装飾の直剣が投げ放たれる。その刹那、中空に浮く剣の柄を握るようにして、ラィルが忽然と姿を現した。投擲した剣との間に紐付けたマテリアルを足掛けにして、弾速もかくやという迅さで跳んだのだ。
得物を手にし、一呼吸の内に十重二十重と斬り付けるラィルの連撃を、残った左手にリボルバーを握るライトニングのゼロレンジショットが迎え討った。
「案山子が、案山子が、案山子がぁ……!」
腕の痛みに、立ち込めるガンスモーク──トリガーハッピーに陥り掛けたライトニングの首根っこを掴んで後ろに下げたサンダラーが巨大リボルバーを、ラィルに向ける。
雷鳴が鳴る寸前に、大きく飛び退いたラィルは、遥か後方の馬車の横面へ垂直に着地するや、冷や汗を流すのもそこそこにして、傍らに立っていたエアルドフリスに呼び掛けた。
「こないでええか?」
「ああ、上々だとも」
瞑想と共に閉じていた瞳をゆっくりと開きながら、エアルドフリスは言った。
「──来たれ、天の蛇」
その時、サンダラー達の頭上高くに、凶くも知性を備える瞳を持った大蛇の幻影が現れた。だが次の瞬間には幻は消え、その瞳と、蛇が額に宿していた宝石と同色の蒼い焔が宙に残る。
「因果に報いて、円環へ還り給え」
杖を振り落すと共に、蒼焔が落ちる。
「我はもはや、逝くことも、堕すこともまかりならん」
ティアドロップで焔光を照り返しながら、サンダラーが呟きを発した。と共に、掌中のリボルバーが蒼白い雷光を帯びる。銃口を堕ちて来る蒼焔に向けて、彼は言った。
「──灯れ、愚者の火」
逆しまに轟く稲妻が、蒼焔を貫いた。
襲撃犯達は逃げおおせるも、ハンター達の活躍によって、町の被害は最小限に抑えられた。
だが、これは始まりに過ぎない。
終わりの始まりなどとは言うまい。
この物語は詰まるところ、かつて終わった話の後始末に過ぎないのだから。
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Bounty Hunt(相談卓 ソフィア =リリィホルム(ka2383) ドワーフ|14才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/01/11 19:21:43 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/01/06 13:11:10 |