聖導士学校――必然の闘争

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/01/13 19:00
完成日
2018/01/16 19:43

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 正と負の均衡が崩れた。。
 精霊が目覚めて人間よりになった結果、大地に沈殿する恨みが歪虚となって猛り狂う。
 今もまた地面がひび割れ、烏というには太く巨大すぎる歪虚が這い出して来る。
 目は抉られたかのように存在せず、口からはドラゴンブレスじみた瘴気が漏れている。
 そんな場所の20キロメートル北で、臨時教師や警備や歪虚退治の依頼を出ています。

●聖堂教会
「ご覧のように」
 聖堂教会司祭、イコニア・カーナボンが静かに手を伸ばす。
 窓から差し込む光はどこまで清らかで、俗にまみれた彼女が聖女の如く見える。
「丘精霊ルル様が力を増しています。それはとても喜ばしいことなのですが」
 ただの会議室なのに大聖堂を思わせる清らかさだ。
 本格的な準備を整え祭礼を行えば、歪虚を寄せ付けない土地を作り上げることも可能だろう。
「ルル様の力に比例して歪虚の勢力も増しています」
 助手である助祭が戦闘記録を配り始める。
 最初はせいぜい武装スケルトン数体だったのに、今では特大の植物歪虚や3桁単位の烏歪虚まで出没している。
「司祭殿。もしや精霊様が原因というつもりか」
 古傷が目立つ聖堂戦士が、殺意に限りなく近い感情を露わにしている。
「万が一そうであっても私がやることは変わりません」
 緑の瞳が戦士を映す。
 年齢は倍ほど違うあるのに、歪虚に対する殺意は少女司祭の方がずっと濃い。
「歪虚は滅ぼす。精霊様には見守って頂く。それで十分です」
 聖堂戦士団の部隊長が、鼻で笑おうとして失敗した。
 部下が気づいて失望する一拍前に、少女司祭が直前までの殺気を感じさせない笑顔を浮かべる。
「ええ、本当に滅多にない機会です」
 物資の輸送に苦しむ必要はなく、住民の護衛や避難に力を裂く必要も無い。
 歪虚を殺して土地を浄化してまた歪虚を殺せば、開拓可能な土地まで手に入るのだ。
 少女司祭は嬉々として現状を語る。
 その声と言葉は熱に浮かされているようでその実計算し尽くされている。
 聖堂戦士の宗教的欲望と経済的欲望と破壊の欲望が同時に刺激され、暴力的な熱気が会議室に満ちる。
「敵は強力です。高位歪虚と戦えるハンター複数でも攻めきれない勢力を持っています」
 十代前半の助祭が一生懸命黒板に書き込んでいる。
 その地図と敵配置は驚くほどに分かり易く、部隊長が目を見開いて感心していた。
「我々の目的は浄化拠点と防御拠点を兼ねた砦の建設と防衛です。歪虚に思い知らせてやりましょう」
 会議室の熱気は狂的なほどだ。
 その中に王国人しかおらず、人間しかいなかった。

 がちゃーん、と。

 鉄の塊がぶつかったようなというかそのものの音が響いた。
 浮かされたような熱気が霧散。暴力の専門家らしい制御された殺意へ変わる。
 司祭は防御の法術を完成させ、戦士団は司祭の盾と推定襲撃者への殺到を当時にやってのけた。
「生徒、にしては若すぎる」
「これ負じゃなくて正のマテリアルじゃねーか。じゃないですか」
 男達が急停止。
 身長120センチほどの全身鎧が、なんとか立ち上がろうと手足をばたつかせていた。
 ばたつくたびに清冽なマテリアルが零れてその分気配が薄れる。
「ええと……この方が最優先の護衛対象であるルル様です」
 少女司祭不調法にならない限界の速度で駆け寄り、そっと抱き起こそうとしたところで幼女用全身鎧が中身ごと消える。
 3メートル横に再出現してまたがちゃーんと音がする。
 相変わらず、イコニアは丘精霊に苦手にされていた。


●農業
 悪い意味で田舎風の布地とデザインだ。
 肌を全く出さない彼女達は非常に野暮ったく見えた。
「B4からB7の剪定を完了。異常無し。送れ」
「早いわね。ある程度雑でいいとは言ったけど。送れ」
「果物農家出身舐めるなっての。完璧よ。戻るわ終わり」
 無線をダッシュボードに戻して振り返る。
 数年放置されていた柑橘類の木々が、すっかりさっぱりしてずらりと並んでいる。
 切り取られた無駄な枝は全て魔導トラックの荷台に積まれていた。
「獲れるのは当然。問題は販路の確保か……。ああもう、嫁入り前提で来たってのに見合いをする暇がないっての」
「愚痴ってないで後ろ警戒して」
「へいへい。婚約済みは余裕ですねー」
 助手席にいる相棒と一緒にマスクを外す。
 どちらも20にもなっていない。
「南が安全になればリアルブルーの大規模農業ができるんだけどねー」
 生気に満ちた瞳が、野心に燃えていた。

●付け届けは全身鎧
「先生また荷物です!」
「倉庫に……」
「もう入りませんっ。廊下に溢れてますっ」
 11~12歳で、一通り武器防具が扱えて、法術と事務仕事も仕込まれた少年少女。
 ハンターがよってたかって鍛えた少年少女はなかなかの人材であり、勝手に内定を出し進物を送り付けている組織もあるほどだ。
「先生、丘精霊様がいるからだってのは分かってますけど、このままじゃ自惚れちゃいます」
「自覚を忘れるなよ。本当にな」
 戦闘担当の教官が眉間を揉んで頭痛を堪える。
 オーダメイドの武器防具にドレスに礼服一式に各種装飾品。
 聖導士養成校卒業予定者への贈り物としては豪華過ぎだが精霊のお気に入りへの進物としては過大ではない。
「とりあえずいつもの5割増しで走ってこい。体を動かせば馬鹿な考えも抜ける」
「わかりました!」
 走り去る子供を見送り、いい年した男が頭を抱えてため息をついた。


 ●現地地図(1文字縦横2km
 abcdefgh
あ□□平開農川荒荒 □=未探索地域
い□□平学薬川川川 平=平地。低木や放棄された畑や小屋があります。かなり安全。演習場扱い
う□平畑畑畑畑□□ 学=平地。学校が建っています。緑豊か。北に向かって街道あり
え□□平平平平□□ 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お□□荒荒果果□□ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫あり。パン生産設備の準備中
か□□荒荒荒丘荒□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き□□荒荒湿湿荒□ 開=平地。開拓が進んでいます
く□□荒荒荒荒荒□ 果=緩い丘陵。果樹園跡有り。柑橘系。休憩所あり。今年は収穫出来るかも
け□□□荒荒荒□□ 丘=平地。丘有り。精霊在住
こ□□□□□□□□ 湿=湿った盆地。安全。たまに精霊が遊んでいます
さ□□□□□□□□ 川=平地。川があります。水量は並


・精霊を丘より南に連れて行かない場合、以下のものに命令可
 聖堂戦士団所属の工兵部隊その1。2km四方の浄化を担当できる小拠点を今回1つ建造可。次々回まで防衛も担当
 同上その2。他もその1と同じ。その1と同じく、遺跡等があっても気にせず粉砕。気にすると技量不足で作業速度激減
 イコニア。最大6キロメートル四方を浄化可。浄化範囲を広げると濃い歪虚汚染を浄化しきれなくなります。限界まで使うと倒れます。限界でなくても休養が必要になるかも

・精霊を丘より南に連れて行く場合、前述の3つのうち1つに命令可能

リプレイ本文

●出会い頭の一撃
 目のない鴉が何の予兆もなく消えた。
 群れを構成する残り40と2羽が周囲を警戒するが何もない。
 先頭をいく個体が西へ注意を向ける。
 直線距離で300メートル離れた場所に真紅の何かが立っているが、距離が離れすぎているため関係無いと思っていた。
 深紅の一部が一瞬だけ光る。
 秒もかからず隣の1羽が消え、わずかに後れて発砲音が届く。
 その圧倒的な威力と射程に気づいた瞬間、恐怖と驚愕のあまり翼を動かすことを忘れるものすらいた。
 近づいて白兵戦闘に持ち込むか、同属を使い潰す体当たり攻撃を仕掛けるか、それとも一旦下がるか迷っている間にも歪虚の数が減っていく。
 視線を感じる。
 それがエルフのものだと気づいた先頭の鴉は、半ば恐慌に陥り群れへ後退を命じた。
「ん」
 ルナリリル・フェルフューズ(ka4108)は撃退の成功を確信する。
 もちろん警戒は解かないままで、いつ歪虚の奇襲があっても対応できる。
「要るか?」
「もらう」
 差し出された予備弾倉を空の予備弾倉と入れ替える。
 オフィスを出立する際は単機で戦争でもするつもりかという量の弾薬を持たされていたのに、今では3分の2ほどしか残っていない。
「助かる」
「気にするな。今の所暇だからな」
 黒いオファニムがゆっくりと手を振る。
 機体は常に最高速を出せる姿勢を保ち、仮に歪虚が突っ込んできてもルナリリル機を守れるよう注意を払っている。
 射撃戦重視のパピルサグXの護衛としては理想的な最高の存在だ。
 黒色装甲に刻まれた深紅のパターンがが、苛立つように濃さを変えた。
「分かっている」
 非物理的手段で接触してきた契約精霊を、オウカ・レンヴォルト(ka0301)がぶっきらぼうな口調で宥める。
 まるで特級の歪虚汚染地帯に入り込んでしまったかのような反応だ。
 夜天二式「王牙」を一定の速度で歩かせる。
 今は荒れていても元は農地か何かだったようだ。凸凹しているのでオウカの観察力と反応速度が無ければ一度や二度転んでもおかしくない。
「何が出るかわからん以上、油断は禁物、だな」
「南西で発光を確認した。距離は最低10キロ」
「何が相手出てきても敵なら倒すのみ、サーチアンドデストロイってやつだ」
 黒と赤の機体が、静かに敵を待ち構えていた。

●闇で出来た鳥
 華奢な体を質量すら感じさせる視線が舐め上げた。
 ねばついた怨念が肌から染みこむようだ。
『退路は確保できています』
 重厚ではあるが、戦士というより魔術師を思わせるCAMから通信が入る。
『進退の判断はお任せします』
「はい」
 イツキ・ウィオラス(ka6512)が静かに返事をする。
 微かに浮き足立っていたイェジドが冷静さを取り戻し、逞しい四肢で大地を踏みしめる。
 その大地が揺れている。
 闇で出来た巨体が、不格好なほど小さく見える脚で前へ進むたびに、大地が脚の形に削られていく。
「私たちが前に出ます」
 銀のイェジドが加速する。
 最高の軍馬に匹敵する速度で、吹き付ける殺気に耐えて南東へ走る。
 敵の姿が大きくなる。
 鴉を横に3倍にした形だが滑稽さはどこにもない。
 積もり積もった憎悪千年かけて形をなしたかのような化け物だ。
「――行こう、エイル!」
 磨いた勘に従い命令を下す。
 エイルと名付けられたイェジドが一瞬だけ己の限界を超え加速する。
 その直後、闇色の鴉の口から本体より暗い闇が吹き出した。
 竜のブレスの如く直進して大地に触れる。
 直径十数メートルが抉られ深い穴が出来る。
 五感を通さずイツキ達の耳に届いた悲鳴は、大気と大地に薄く存在した精霊のものだろうか。
「敵も苛烈さを増している、と」
 青い槍を両手で構える。
 負の気配が濃すぎて呼吸も難しい。
 一瞬でも気を抜けば心身が萎え逃げることも出来なくなる。
「なればこそ、私は――私たちは、この身を賭して全力で臨みます」
 静かに息を吸って、吐いて、エイルと完全にタイミングをあわせて槍を突き出した。
 闇鴉の脚が地面に食い込み強引に速度を0に。
 青い槍が歪虚を捉えられずに空振りの軌道に乗る。
 闇鴉の顔は整っているとすらいえるのに、凝り固まった憎悪と増長により醜く歪んで見えた。
「悪意を断つ為の一撃を!」
 仄白い光が槍を覆う。
 鞘から抜かれたかのように光の柱が伸びて、闇鴉の左翼から尻までを円柱状に抉り抜く。
「エイル!」
 言い終わる前にイェジドは反応している。
 予備動作のないクチバシ振り下ろしを横に跳んで躱すことで、抉れた箇所を攻撃できる位置へ着地する。
 両方の掌にかける力を調節する。
 ネレイデスの銘を持つ槍が七節棍へと変わり、ただ大きく強いだけの歪虚では躱しようのな一撃となり肉の骨の間に突き刺さる。
 闇の鴉が音のない悲鳴をあげる。
 大気と大地から精霊が逃れ、一拍後れて大気が震えて地面がひび割れる。
 再度着地した銀のイェジドから、新鮮な赤黒い血が流れた。
「予想外ですね」
 エルバッハ・リオン(ka2434)が、R7エクスシアの中で術をくみ上げながらぽつりとつぶやいた。
 目無し鴉の襲撃が無い。
 仮に襲撃があれば、単独で強力な歪虚を相手に出来るイツキも回避を妨げられ危地に陥っていたはずだ。
「歪虚の油断? それとも……」
 術が完成する。
  魔砲「天雷」を中心に火球が生じ、瞬時に加速して闇鴉を巻き込む爆発を発生させる。
 闇が揺れる。
 強靱さと再生力を兼ね備えた体が衝撃波に耐えきれずに縮小していく。
 縮小してもなお、どす黒い闇しか見えなかった。
「未探索地域にいつの間にか歪虚が集まっていたということがあったら困りますからね」
 火球発射直後から斜め後ろへ移動を開始。
 巨大歪虚が追ってこようとしても、イツキとエイルが邪魔で速度を出し切れずに距離を離される。
 直接攻撃を諦め大きく息を吸ってブレス。
 至近距離で浴びればエクスシアだけでなくエルバッハ自身も危ない範囲攻撃だが、30数メートル離れると装甲で防御可能なまで威力が落ちる。
「倒せるうちに」
 倒す。
 大型歪虚相手にハンター2人で当たるのは一般的には無茶無謀。
 だがこの地はその無茶無謀を貫かないと維持すらできない。
 爆発するたびにウィザードと名付けられた機体がライトアップされ、出発前に精霊と司祭に込められた祝福と祈りが表に出てくる。
 エルバッハが違和感に気づく。
 闇烏の力が不自然に上下している。
 精霊の気配に脚が竦み、司祭の気配に激高しを繰り返しているようにも見える。
「あの1人と1柱、隠し事をする質ではないですけど」
 どちらも抜けている面もあるので本人自身何かを見落としている気がする。
 そんなことを考えながら、頼りになる前衛のおかげもあり攻撃されない位置から延々と魔術攻撃を繰り広げる。
 こうなると巨体は不利にしか働かない。
 最初は爆風と拮抗していた闇が徐々に押し負けていき、闇ではなく細くねじくれた骨が一瞬見えるようになる。
 巨大歪虚1対ハンター2の戦いとしては理想的な展開だ。
 だがマテリアルの絶対的な量で負けているのは事実だった。
「っ」
 イツキもエイルも攻撃に使えるスキルがなくなる。
 エルバッハも退却に必要なリソースを考えると使えるファイアーボールが無くなってしまった。
 だから彼女は別の力を使うことにした。
 闇を剥がされた鳥に30ミリの弾丸がめり込む。
 防ぎ、時に躱し、高い負の生命力で耐えても30ミリの弾雨が止まらない。
『大丈夫です。いけます』
 まぐれ当たりが何度か当たっているはずだが、躱すだけでなく防ぎもできるイツキ主従は持ちこたえている。
 だからエルバッハは、1人と1頭を信じて攻撃……するだけでなく敵新戦力の警戒も継続する。
 翼を構成していた骨が脱落。
 地面に接触して薄黄色の粉塵に変わる。
 30ミリ弾が頭部に命中。
 薄くなった闇では防ぎきれず、頭蓋に当たって不気味な音を発生させる。
「っ」
 槍の穂先が脊椎に当たろうとした。
 闇烏は強引に体を捻る。
 負荷に耐えきれずに片脚が砕け、防御に使っていた翼と嘴が明後日の方向を向いた。
 撤退時に使う予定だった火球を1発だけ使う。
 闇が剥がれ、人骨らしきもので構成された骨が細かくひび割れ内側から弾けるようにして消えた。
 2人はごく短時間祈りを捧げた後、敵襲を警戒して全速力で学校へ戻る。
 同時刻。より凄惨な戦いが東で繰り広げられていた。
 眼球の無い目と強靱な嘴から、地獄の如き炎が吹き出し続けている。
 地表から10メートルまでは汚されてしまい、CAMに乗っていても危険な箇所が多々あった。
「俺を相手に望むか」
 夜天二式「王牙」が舞っている。
 8メートルある斬艦刀を手に、闇の塊を相手にふわりと跳ぶ。
 斬艦刀がきらめく。
 質量を持つ闇が切り取られて大地にめり込む。
 痛みを感じさせない動きで闇鴉が突進するが、オウカ機に悠々と躱されたたらを踏んで倒れかけた。
「同種の存在を西と南西に確認。味方の増援が来る可能性は極小」
 砲身延長の他にも強化に強化を重ねたカノン砲で連射しながら、ルナリリルは遠方の戦況も観察し報告する。
「敵の増援が来ないなら十分だ」
 機体の姿勢でフェイントをかけプラズマクラッカーを射出。
 眩しい光が闇を抉るが骨には全く届かない。
 続いて直線型範囲攻撃である紫色光線を放つがこれも効き目が薄い。
「剣で相手をしてやる」
 HMDの下の瞳は満月の如き金色だ。
 死角にあるはずの部位の動きすら見抜いて、全高8メートルの機体をわずかにある安全圏に滑り込ませる。
 祈りと清めの祝詞が刻まれた刃が喉元を抉り、負のマテリアルが血しぶきの如く飛ぶ。
「手を抜かれている?」
 スピーカーの機能を止めた上でルナリリルがつぶやく。
 敵は非常に感情的だ。
 しかしその憎悪はオウカに向けられるばかりで、ルナリリルに対しては雑魔程度の殺意しか向けてこない。
 彼女は髪の毛1本分すら表情を動かさない。
 歪虚は歪虚でしかない。
 いつも通り敵を殲滅し、いつも通り皆で生きて戻るだけだ。
「敵能力の推定を上方修正」
 闇鴉と重なる数値が倍近くに増える。
 ハンター25人程度で当たるべき相手に近い能力だが、人間のオウカばかり狙うので非常にやりやすい。
「東方から小型飛行歪虚42が接近」
 スキルで射程距離を延長して指揮官を潰す。
 その後数度浴びせて次席以下も始末する。
「了解」
 オウカは闇烏相手の囮をこなしながらファイアスローワーによる範囲攻撃を実行。
 闇烏には全く効かない威力でも目無し烏には十分だ。驚くほどの速度で歪虚が消えていく。
「来るか」
 8メートルの刃に切り裂かれながら、闇烏がパピルサグXへ突進する。
 オウカ機と比べると鈍く見えるルナリリル機なら押しつぶせると思ったのだろう。
 激突の瞬間、圧倒的な防御力で中破すらしなかったパピルサグXを見て闇烏は絶望したかもしれない。
「これでトドメだ」
 ランスカノンを槍として使う。
 深い穴が次々開いて骨まで届く。
 反撃しようとしても気の抜けた闇ではルナリリルの肌にすら届かない。
 闇烏が後ずさる。
 槍ではなく鉛玉が突き刺さる。
 鴉を殲滅したオウカが立ちふさがり退路を塞ぐ。
 弾倉内の最後の1発が、刃と鉄量で剥き出しにされた頸骨を砕いた。
「世に平穏のあらんことを」
 歪虚だった呪いが風化し骨も消えていく。
 数秒後には地獄じみた光景は消え、何の変哲も無い荒野に戻っていた。
「……撤収」
 ルナリリルは温存していたフライトパックを使い、障害となる地形を無視して学校へ向かう。
 オウカ機は素の移動力が最良の馬並みであり目無し烏より速い。
 数分後に目無し烏が到着したときには、2機は学校を固める守備兵と合流を果たしていた。

●決戦2時間前
 ぱりっとした作業服に分厚い全身鎧。
 身につけている物は別でも驚くほど似通った体型の2人が無言のまま向かい合っている。
「こちらは聖堂戦士団の隊長さんです」
 平然としたエステル(ka5826)が紹介を始めた。
「戦歴豊富な方で、今回2つの部隊を率いて消え下さいました」
「よ、よろしく」
「お、応。こちらこそ」
 硬く厚い掌が数年ぶりに握手をする。
「こちらはルル農業法人の代表さんです。今回刻令ゴーレム人手を貸し出して頂けるそうで」
「条件はこれでいいか?」
「はい確かに。これが委任状になります。確認をお願いします」
 必要書類を交換してエステルが署名を済ます。
 これで実戦経験のある覚醒者6人と、農業用とはいえ戦闘にも使えるゴーレム6機を戦力として使える。
「昨日申し上げた通り、ルル様の護衛と拠点の建設を平行してお願いします」
「承知した。あー、お前は」
「物資集積所は学校だな? 丘までの警備と輸送路の確保はやっておく」
 とんとん拍子に話は進み、元騎士や元聖堂戦士の社員達が仕事にかかる。
 聖堂戦士の指揮官は、見覚えのある背中を見送りなんとも表現しづらいため息をつく。
 戦友の第2の人生の進路が予想外すぎた。
「ルル様ー。今日はフレンチトーストアイス添えだよー」
 カソック姿の幼女が、弁当箱風の器を受け取りはしゃいでいる。
 エステルが視線で促す。
 宵待 サクラ(ka5561)は目でうなずいて精霊の注意を引きつけ続け、戦士団の半分が丘精霊に見つからないようこっそり南下を始めた。
「精霊の助力を頂けるのは有り難いが」
 隊長がため息を繰り返す。
 万一があればただの首ではすまない。
 なので、部隊の1つを精霊の警護にあてることを提案されたときは喜びを隠せず飛びついた。
 もっとも、危険地帯に生徒を連れて行くことは断固として拒否したが。
「炸裂弾を使います」
 エステルのゴーレムが砲撃を開始する。
 強い弓でも届かぬ距離から一方的に雑魚歪虚や空飛ぶ歪虚を消し飛ばしている。
 お陰でほとんど消耗せずに丘を通り抜け、未探査地域への進入を果たす。
「拠点を立てるべき場所の候補地が、見当も付かないのです」
 これまでの調査というより威力偵察を元に作られた地図を手にエステルが困り顔。
 敵の戦力は呆れるほど多く、土地は防衛に向いていない平地ばかり。
 イコニアが穴掘って避難所を作ろうと提案する気持ちも分かる。
「防衛のみを考えるならここでしょうな」
 指揮官が鉄靴て地面を蹴る。
 岩を砕く威力が籠もっているのに、わずかな土煙が発生しただけで地面は平坦なままだ。
 頑丈な土地には頑強な防御施設を建設可能だ。
 ただし、歪虚に汚染され歪虚が襲ってくる土地での建設作業は非常に難しい。
「二十四郎お願いねー。イコちゃん、最低8平方キロの浄化は残しておいてね」
「んぷっ。今、のりもの酔いしてるんですけ、うぴゅっ」
 死体じみた顔の少女司祭が、狼型の幻獣の背でぐったりしている。
「ふぁいとー」
「扱い間違えると死ぬ術なんですよ。まあ術ってそんなものですけど」
 疲れた表情はそのままに目だけ真剣になる。
「大精霊エクラのおわす王国に、んくっ、汝等の居場所は無い」
 音量は小さくても込められた気合いは壮絶だ。
 大気が帯電し、大地から正と負のマテリアルが湧きだしせめぎ合う。
「疾く」
 殺気が押し寄せる。
 無数の死者の、王国に対する正当な怒りが王国の一部に対して殺到する。
「去れ」
 イコニアは眉一つ動かさない。
 エクラ教形式の祈りが自意識を持たない精霊を揺り動かし、直径4キロのマテリアルの嵐を引き起こす。
 正のマテリアルで漂白された土地に、十にも満たない闇が残った。
 単に負のマテリアルと呼ぶには活きが良すぎる。
 不定形でも知性を感じさせる動きであり、驚くほど機敏にただ1人を目がけて殺到する。
「二十四郎!」
「1班は防戦用意。2班と3班は盾で壁を作れ」
 重装の聖堂戦士が、半メートルの厚みのある盾を並べて防壁を作る。
 イェジドは盾で作られた安全地帯に飛び込んだものの、本来の主と違って動きにあわせた体重移動をしてくれないので本来の回避と防御の性能を発揮出来ない。
 小さな闇が分離する。
 高性能の放水車のように、高圧の負のマテリアルが緩やかな弧を描いて迫る。
「耐えろ!」
 強靱なはずの盾が腐れ落ちる。
 鍛え抜かれた聖堂戦士が歯を食いしばり耐えている。飛沫を浴びただけなのに限界に近い。
「っ」
 壁が崩れ、戦士が膝をつき、黒いマテリアルがイコニアに迫る。
 少女司祭は己の死を真正面から見据えていた。
 減少した正マテリアルを掻き集め、両手の指で組んだ印を死の濁流にぶつけようとした。
「ずっと歪嘘退治ばっかりだな」
 負のマテリアルを聖盾で受け流し、致命的な飛沫は鎧の装甲で受け止め汚染には気合いで抵抗する。
「遅くなりました。大丈夫ですか」
 ユニットも馬も使わぬカイン・マッコール(ka5336)が問う。
 不健康に青白かったイコニアの顔が見る見る赤く染まり、あわあわと声にならない声を出して両手を無意味に振った。
「だだだ大丈夫です!」
 これが吟遊詩人の歌であれば恋の始まりとでも題がつくのだろうが、実際には戦場なので余裕は全く無い。
「そうですか」
 カインの返事は上の空だ。
 敵の動きに全神経を集中しているため、イコニアの言動も戦闘にないと無意識に切り捨てている。
 不定形だった負マテリアルが巨大な鳥の形をとる。
 一部は北東や北西に向かい、大部分はイコニアを庇うカインに向け疾走する。
 カインは一歩も退かず、左右にも逃げず、斬魔刀と聖盾を含む全装備を使って受けて流す。
「知性は……人間並か」
 特定の生き物に対する憎悪はあっても他は普通のクリムゾンウェスト人だ。
 意識せずに人鬼ドワーフエルフを人間という単語で一纏めにしていた。
「ちょっ、無理」
 サクラが奮戦している。
 ガウスジェイルで闇烏2匹を引きつけ防いではいるのだが、カインに比べると防護は薄い。
「手数足り無いよこれっ」
 マテリアル鉱石製巨大刀を軽々と構え、円を描く軌道で闇烏1体の腹回りを抉る。
 しかし負のマテリアルが分厚すぎ致命傷どころか深手を与えることもできない。
 3匹目が現れる。
 それもなんとか引きつけはしたが、そろそろ本当に拙かった。
『そのまま。上から叩く』
 非物理的手段で届いた言葉にイコニアが反応するより早く、一羽のワイバーンが急降下してきた。
 背中には小さなエルフがちょこんと乗っていて、豊富な髪が勢いよく後ろに流れている。
 ファイアーボールが発動する。
 基本に忠実で有り派手なところはどこにもない。
 ただ、威力だけが現行理論の上限に近かった。
『多分、倒すのに3発必要』
 分厚い負マテリアルが面の爆風で押し負ける。
 強靱だろうが再生能力があろうが関係無い。
 高威力の範囲攻撃があらゆる抵抗を踏みつぶした。
「嘘だろ、災厄の十三魔でも現れたのかよ」
「何を惚けている! 司祭の護りを固めろ。ハンターの援護をしろ。歪虚は、我々の敵はそこにいるぞ!」
 隊長が士気を鼓舞して自ら飛びかかる。
 メイスが骨にひびを入れ、数人張りの弓から放たれた矢が4匹目の闇烏を貫通する。
「聖導士のよい見本」
 良くも悪くもハンターに感化されてしまった聖導士過程の生徒に見せたいのだが、この激戦に連れ込めば半分くらい死にかねない。
 フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)は淡々と術を組み上げて2度目の火球を放つ。
 一所に密集する闇ガラスは躱すこともできずに直撃をくらい、聖堂戦士団相手なら1体で1隊を相手にするできる体が崩れていく。
 溶けかけの歪虚が上を向く。
 歪んだ視界の中、フィーナのエルフとしての特徴に気づいた瞬間、殺意が並の歪虚程度まで鈍って闇ブレスの狙いが甘くなる。
 ワイバーンSchwarzeは散弾じみたブレスを易々と躱してみせ、ファイアーボールの射程ぎりぎりまで上昇して主の行動を待った。
「3つめ」
 爆風が大地を覆う。
 闇と骨で出来た烏が砕け、膨大な量の負マテリアルが大地にまき散らされる。
 断末魔と共に放たれた闇ブレスは、カインの刃と盾により少女司祭に当たること無く防がれた。

●ひとまず日常へ
 炸裂弾と法術を使い尽くしたエステルが戻るのにあわせ、聖堂戦士団も部隊の配置を後退する。
 ルルと遊んで……護衛していた部隊は作戦開始前より体調がよいほどだが、南にいた部隊は長期休暇が必要なほど疲れ果てている。
 エステルが提供した地図や物資の分楽にはなるだろうが、このままでは長期間の駐留は難しいかもしれない。
「あ、ありがとうございます」
 赤い顔でカップを受け取ったイコニアが、妙に幼い動作で口にしようとして盛大に咳き込んだ。
「あつっ、にがっ」
「イコちゃんコーヒー苦手だったっけ?」
「普段はカフェイン剤で、い、いえ、美味しいですよすごくっ」
 静かに落ち込んでいるカインに気づいて大慌てする。
 薫り高く飲んでいて楽しいのは確かなのだ。
 イコニアが喫茶を楽しめる精神状態では無く、元々紅茶の方に親しみがあるだけで。
 サイフォンを片付けようとしていたカインが、意識を戦闘時のそれに切り替え警戒する。
 数秒後、警戒していたカインでも反応しきれない速度で扉が開いて黒い影が飛び込んだ。
「あんた何しやがった! あっちの世界の大物から直接警告が来やがったぞ畜生このっ」
 サクラが凄い勢いで揺すられている。
 暗殺が成功しそうな距離に見えるが、精鋭の密偵とはいえ非覚醒者の攻めで死ぬほどサクラは弱くない。
「求人先を調べるよう言っただけだよ。知彼知己、百戰不殆。どの職についても情報戦はついて回るからね」
「立場を考えろぉ! この学校が動いたら危険な情報が集まるのは分かるだろうが! 生徒数人が集めた情報を総合するだけでっ」
 良い年をした大人が泣いている。
 考えすぎだよと言いたいが、この種の嘘を言う相手ではないので警告が来たのは本当だろう。
 なお、素晴らしく詳しい職場情報も同時に届けられている。
 翻訳すると、学校が情報収集を頑張ると外灯と短剣の世界に足を突っ込むことになちゃうよ注意して、というところだろうか。
「参ったなー」
 少女司祭をちらりと見る。
 カインが気になっているようで今は役に立たなさそうだ。
「子供達には適当に言っておくからそっちはそっちお願いー」
「ちょっ」
 反論を聞き流して教室に向かう。
 就職を決めて新しい職場のための勉強をしている者もいれば、サクラに言われて調べ物や問い合わせの手紙を書いている者もいた。
「死んだ時の保証もないしハンターは私が最も勧めない職業だからね。」
 今回もハンターが大活躍したので、ハンター志望の生徒を翻意させることは難しい。
「時間っ」
「フィーナ先生の補習だっ」
 生徒が自主的に片付けと席移動を始める。
 1年生も数人来て後ろの席に座った。
 フィーナが教壇に立って椅子の上に立つ。
「前回の演習はなかなかでした」
 演習とはいえ、逃げられないと判断した後本気の殺意を向けてきたのには正直驚いた。
 フィーナの実力に対する信頼が高すぎるような気もするが。
「私達ハンターは依頼によって生計を立てている。その性質上、自由ではあるが全て自己責任であるということ」
 闇烏を討った杖に触れる。
「依頼の内容によっては、人と対峙する可能性もある。歪虚の卑劣な策で、心を抉られるかも知れない」
 イコニアもいた戦場で経験があるが、あれはかなり辛い。
 頭では大丈夫と思えても現実では足は竦みそうになり舌は凍りそうになる。
「ハンターを目指す諸君。自分のすべてをなげうって、自分の正義を裏切る覚悟はある?」
 この歳で、子育ての難しさを実感するフィーナであった。

依頼結果

依頼成功度大成功
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参加者一覧

  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルト(ka0301
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ヤテンニシキ オウガ
    夜天弐式「王牙」(ka0301unit005
    ユニット|CAM
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ウィザード
    ウィザード(ka2434unit003
    ユニット|CAM
  • 竜潰
    ルナリリル・フェルフューズ(ka4108
    エルフ|16才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    パピルサグイクス
    パピルサグX(ka4108unit001
    ユニット|CAM
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ハタシロウ
    二十四郎(ka5561unit002
    ユニット|幻獣
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka5826unit004
    ユニット|ゴーレム
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    エイル
    エイル(ka6512unit001
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    シュヴァルツェ
    Schwarze(ka6617unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
エルバッハ・リオン(ka2434
エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2018/01/13 17:34:26
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/01/09 07:57:47