ゲスト
(ka0000)
【碧剣】哀求、希求
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- シリーズ(新規)
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/01/16 12:00
- 完成日
- 2018/01/24 05:35
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
【碧剣】希求、哀求、
●
蕭々と、風が啼いているようであった。少女にとっては、ただそれだけで険しい道程となる。
『その村』から伸びた道には、緩やかな丘陵が寄り添っている。荷馬車も通る幅広の道は、目に眩しい白色が塗り込まれている。
冬、であった。
「……人の気配、無い」
丘陵の高みから、周囲を見渡す小さな影――少女、エステル・マジェスティの、呟きである。遠目には黒黒とした魔女の装いで着込める限り着込んだその姿は、些か以上に着膨れをしている。
微かな声に、少女がまたがるロバが鼻を鳴らし、小気味よい足音を響かせる。
小柄な少女が扱えるように、という判断であろうが、ロバが背負う荷の多さと足取りの軽さを見るに、中々優秀なロバであるようであった。
その、鼻先には――。
「ふむ!!」
器用に仁王立ちした、これまた小さな影があった。頭部の広がりを見るに、パルムの一種であろうが――兎角、煩い。
見れば、古風なスーツを身にまとっていた。パルムにしても、斯様な奇っ怪なパルムはクリムゾンウェスト広しと言えども、そういまい。
「ワシの目には誰も! 見えとらん!!」
「……そう言ってる」
名を、イェスパーという。
「さあ往け! ワシの足もといアシスタント……否! 足兼アシよ!! 現場百回!! 取材の基本であるぞ!!!」
「……うるさい……」
このキノコ、兎に角、声が大きい。静かに喋れば渋みのある声に違いないが、喋り方一つで夏の天候よりも暑苦しい。尤も、暖を取れるほどの効能も有り難みもありはしないので、ただただ迷惑なだけであった。
「…………寒い」
少女が向う先まで、さて、どれくらいだろうか。エステルは日除けと雪焼け帽子のための魔女帽を深く被りなおし、口元をマフラーで完全武装させながら吐き捨てると、主の意向を受けてか、ロバの足取りが早まる。軽妙な音に乗り、弾む馬体。「おっほ! おっほ!」と、イェスパーの叫び声が響く中、彼らは往った。
●
「しばらく逗留とはねえ。とはいえ、物好きだろうがなんだろうが、客は大歓迎だ。うちは隣村と違って温泉があるのが売りでね。かの聖ヴェレニウスも湯治したっていう秘湯さ。……まァ、確かにアッチのほうが牧畜なんかで栄えぁちゃいるが……よし、ほら。此処に記帳していってくれ」
ハンターたちが呼び出されたのは、陽が落ちる寸前の農村の宿屋であった。銀光にも似た白雪の反射光が失せていくと、加速度的に夜闇の気配が深くなっていく。それでも、屋内は暖炉とランプのおかげで暖かい。肥えた宿屋の店主の人好きする笑みも、影響しているのだろう。
「……良く、来た」
とはいえ、宿屋というには少しばかり安い造りの建物である。行商人が馬を止めるための小屋と、小さな小部屋に食事処があるばかり。
椅子に座った少女は落ち着き無く足をぶらつかせていた。主な客が行商人や、そうでなければ飯場として村の男達が訪れるくらいであるからだろう。誂えられた椅子や机は大きく、少女の身体には余るようであった。ただ、少女の眼前には幾重にも皿が積み上げられている。それらが全て少女の腹に収まったとは到底信じがたい量の皿であるが、少女の頬は食べかすで汚れていた。
全身を覆う厚手ローブに膝の上に置いた魔女帽。少しクセのある茶色の髪に、赤茶の瞳の少女――エステル・マジェスティは、おもむろに口を開いた。
「考えてみれば、簡単なこと」
その瞳で、無遠慮にハンターたち一人ひとりを覗き込み、告げる。
「シュリ・エルキンズの目的は、明確。『あの村』の生き残りがいて、拐われたかもしれないと言っていたのなら」
それを探すはずだと、エステルは言外に告げていた。
シュリ・エルキンズ。彼の実父がかつて使っていたという、『碧剣』。一度は封印されたそれを抜き、愛剣としていた少年が、シュリである。
美しい碧色の剣は、たしかに伝承に残っていた剣であったが――それは、災禍を招く剣でもあった。
剣を持つシュリと、ロシュ・フェイランドが同道していた際にのみ見られた異常。歪虚がいるときにのみ見られた、一部の人間の、類稀なる狂暴化。
様々な事件を経てそれが顕在化した頃に、シュリは失踪した。ロシュを襲い、彼からとある装具を奪った後に、行方をくらませた。
その後のハンターたちの調査で、いくつかの情報が明らかになり――そして、エステルは此処に居る。エステルは、グラズヘイム王国図書館に眠る数多の”伝承”を識る少女である。当然、グラズヘイム王国に伝わる『碧剣』の伝承もよく識る所であった。
その彼女をしても、失踪したシュリを探すことは骨だったのだろう。長い旅をあらわすように、その衣服は草臥れていたし、その目は爛々と強い光を宿している。
「王国北部に絞って、調べた。歪虚被害と、その推移を」
時間、かかったけど、という声には確かな疲労が滲んでいる。
「その中で、歪虚被害がでて、討伐の依頼がでて。それが、取り下げられたものを探したら……たまに、場所が、繋がった」
それは、ハンターたちが調べたなかで見うけられた状況を元にした推測からの実地での調査の結果。
「けど、シュリが、オフィスに顔をだした情報は、無かった。勿論、討伐された歪虚も痕跡は残らない、けど」
表情は、変わらないままであったが――そこで、エステルの声に感情の色が篭った。少しばかり複雑な色をしたそれは、憂いと何かが渾然と入り混じったものだ。
「間違いなく、シュリは、歪虚を探して、移動してる」
性分だろう。口数は少なく、明快な言葉ではない。それでも、シュリは所定の地域を放浪して遭遇した歪虚を順次討伐しては移動しているのだと告げていた。
「あの剣は、歪虚に反応する、から」
騎士団の調査では、歪虚の一団は雪のために痕跡が追えなくなっている、とのことであった。
そこで、そんな手当たり次第に探すような真似をしているのか、と。ただし、"正体不明の歪虚討伐者"がいるのは事実だ。
「ボクは、解らない。シュリが、今、どうなっているか」
けれど、と。エステルは言葉を止めた。
「……見たい。今の、シュリが。碧剣の、騎士が」
シュリが消えて、一年が経とうとしている。
そうしてまた、冬が巡ってきた。
それまでの間を、シュリは『彷徨い続けている』。
「だから――」
エステルは、こう言った。
「この村を、囮に、する」
●
目的:シュリと歪虚を引き出すべく動け
解説:
皆様は王国北西部の、近隣で動物型の歪虚による歪虚被害が続発している地方の一寒村に滞在しています。
『作家』であるエステル・マジェスティが旅行記を記す際の付き人として同道していますが、同村はまだ歪虚被害にはあっていないため、ソサエティに依頼は出されていません。あくまでも、エステルの付き人としてこの場にいます。
●
蕭々と、風が啼いているようであった。少女にとっては、ただそれだけで険しい道程となる。
『その村』から伸びた道には、緩やかな丘陵が寄り添っている。荷馬車も通る幅広の道は、目に眩しい白色が塗り込まれている。
冬、であった。
「……人の気配、無い」
丘陵の高みから、周囲を見渡す小さな影――少女、エステル・マジェスティの、呟きである。遠目には黒黒とした魔女の装いで着込める限り着込んだその姿は、些か以上に着膨れをしている。
微かな声に、少女がまたがるロバが鼻を鳴らし、小気味よい足音を響かせる。
小柄な少女が扱えるように、という判断であろうが、ロバが背負う荷の多さと足取りの軽さを見るに、中々優秀なロバであるようであった。
その、鼻先には――。
「ふむ!!」
器用に仁王立ちした、これまた小さな影があった。頭部の広がりを見るに、パルムの一種であろうが――兎角、煩い。
見れば、古風なスーツを身にまとっていた。パルムにしても、斯様な奇っ怪なパルムはクリムゾンウェスト広しと言えども、そういまい。
「ワシの目には誰も! 見えとらん!!」
「……そう言ってる」
名を、イェスパーという。
「さあ往け! ワシの足もといアシスタント……否! 足兼アシよ!! 現場百回!! 取材の基本であるぞ!!!」
「……うるさい……」
このキノコ、兎に角、声が大きい。静かに喋れば渋みのある声に違いないが、喋り方一つで夏の天候よりも暑苦しい。尤も、暖を取れるほどの効能も有り難みもありはしないので、ただただ迷惑なだけであった。
「…………寒い」
少女が向う先まで、さて、どれくらいだろうか。エステルは日除けと雪焼け帽子のための魔女帽を深く被りなおし、口元をマフラーで完全武装させながら吐き捨てると、主の意向を受けてか、ロバの足取りが早まる。軽妙な音に乗り、弾む馬体。「おっほ! おっほ!」と、イェスパーの叫び声が響く中、彼らは往った。
●
「しばらく逗留とはねえ。とはいえ、物好きだろうがなんだろうが、客は大歓迎だ。うちは隣村と違って温泉があるのが売りでね。かの聖ヴェレニウスも湯治したっていう秘湯さ。……まァ、確かにアッチのほうが牧畜なんかで栄えぁちゃいるが……よし、ほら。此処に記帳していってくれ」
ハンターたちが呼び出されたのは、陽が落ちる寸前の農村の宿屋であった。銀光にも似た白雪の反射光が失せていくと、加速度的に夜闇の気配が深くなっていく。それでも、屋内は暖炉とランプのおかげで暖かい。肥えた宿屋の店主の人好きする笑みも、影響しているのだろう。
「……良く、来た」
とはいえ、宿屋というには少しばかり安い造りの建物である。行商人が馬を止めるための小屋と、小さな小部屋に食事処があるばかり。
椅子に座った少女は落ち着き無く足をぶらつかせていた。主な客が行商人や、そうでなければ飯場として村の男達が訪れるくらいであるからだろう。誂えられた椅子や机は大きく、少女の身体には余るようであった。ただ、少女の眼前には幾重にも皿が積み上げられている。それらが全て少女の腹に収まったとは到底信じがたい量の皿であるが、少女の頬は食べかすで汚れていた。
全身を覆う厚手ローブに膝の上に置いた魔女帽。少しクセのある茶色の髪に、赤茶の瞳の少女――エステル・マジェスティは、おもむろに口を開いた。
「考えてみれば、簡単なこと」
その瞳で、無遠慮にハンターたち一人ひとりを覗き込み、告げる。
「シュリ・エルキンズの目的は、明確。『あの村』の生き残りがいて、拐われたかもしれないと言っていたのなら」
それを探すはずだと、エステルは言外に告げていた。
シュリ・エルキンズ。彼の実父がかつて使っていたという、『碧剣』。一度は封印されたそれを抜き、愛剣としていた少年が、シュリである。
美しい碧色の剣は、たしかに伝承に残っていた剣であったが――それは、災禍を招く剣でもあった。
剣を持つシュリと、ロシュ・フェイランドが同道していた際にのみ見られた異常。歪虚がいるときにのみ見られた、一部の人間の、類稀なる狂暴化。
様々な事件を経てそれが顕在化した頃に、シュリは失踪した。ロシュを襲い、彼からとある装具を奪った後に、行方をくらませた。
その後のハンターたちの調査で、いくつかの情報が明らかになり――そして、エステルは此処に居る。エステルは、グラズヘイム王国図書館に眠る数多の”伝承”を識る少女である。当然、グラズヘイム王国に伝わる『碧剣』の伝承もよく識る所であった。
その彼女をしても、失踪したシュリを探すことは骨だったのだろう。長い旅をあらわすように、その衣服は草臥れていたし、その目は爛々と強い光を宿している。
「王国北部に絞って、調べた。歪虚被害と、その推移を」
時間、かかったけど、という声には確かな疲労が滲んでいる。
「その中で、歪虚被害がでて、討伐の依頼がでて。それが、取り下げられたものを探したら……たまに、場所が、繋がった」
それは、ハンターたちが調べたなかで見うけられた状況を元にした推測からの実地での調査の結果。
「けど、シュリが、オフィスに顔をだした情報は、無かった。勿論、討伐された歪虚も痕跡は残らない、けど」
表情は、変わらないままであったが――そこで、エステルの声に感情の色が篭った。少しばかり複雑な色をしたそれは、憂いと何かが渾然と入り混じったものだ。
「間違いなく、シュリは、歪虚を探して、移動してる」
性分だろう。口数は少なく、明快な言葉ではない。それでも、シュリは所定の地域を放浪して遭遇した歪虚を順次討伐しては移動しているのだと告げていた。
「あの剣は、歪虚に反応する、から」
騎士団の調査では、歪虚の一団は雪のために痕跡が追えなくなっている、とのことであった。
そこで、そんな手当たり次第に探すような真似をしているのか、と。ただし、"正体不明の歪虚討伐者"がいるのは事実だ。
「ボクは、解らない。シュリが、今、どうなっているか」
けれど、と。エステルは言葉を止めた。
「……見たい。今の、シュリが。碧剣の、騎士が」
シュリが消えて、一年が経とうとしている。
そうしてまた、冬が巡ってきた。
それまでの間を、シュリは『彷徨い続けている』。
「だから――」
エステルは、こう言った。
「この村を、囮に、する」
●
目的:シュリと歪虚を引き出すべく動け
解説:
皆様は王国北西部の、近隣で動物型の歪虚による歪虚被害が続発している地方の一寒村に滞在しています。
『作家』であるエステル・マジェスティが旅行記を記す際の付き人として同道していますが、同村はまだ歪虚被害にはあっていないため、ソサエティに依頼は出されていません。あくまでも、エステルの付き人としてこの場にいます。
リプレイ本文
●
雪の中に沈んでいるような村だった。道行く村人たちは目元に僅かな隙間を残すばかりの完全防備。とはいえ、屋内といえば違うらしい。
「おや。マックさん」
「いやはや、どうも……こちら、宿代のついでと言ってはなんですが」
「おお」
雪焼けした肌の主人に出迎えられたマッシュ・アクラシス(ka0771)はワインの瓶を差し出した。
「これはありがたい。出来の良い酒は金よりも貴重だ。それで……?」
偽名で接しているマッシュは置かれている雑多な酒が主にエール酒であると知っていた。加えれば、果樹の類は見えず、醸造の質も知れる。
「良ければ、私の職務にご協力いただけたら、と」
「はは。なら、猟師たちも呼びましょうか? 最近はウサギ狩りも振るわないらしくてね」
客足の遠さ故とはいえ、舌の滑り具合はマッシュにとって都合がいい。言いながらワインを仕舞い、エール酒を取り出した主人の逞しさに、マッシュは愛想笑いを作る。
「パイセン……笑ったりできんだな」
二階に登る階段に潜むカイン・シュミート(ka6967)は、その様子を伺っていた。懐には連結通話で繋いだ無線機。継続時間に難があるため、"パイセン"には急ぎ足で向かってもらったが、まあ、これも役割だろう。エステルを通じての取材許可や森の調査――建前上は狩り、ということにしているが――は自分が取ったわけだし。
いくつか、役に立ちそうなものを共有していくが、そうこうしている内に、時間だ。
となれば、次の仕事だ。勤労で返せ、とは他ならぬパイセンの言であるが、否やはない。
●
「一年近く、か。暫く見ないうちにシュリがそんなことになっていたとはな」
東側の森に入ったアルルベル・ベルベット(ka2730)は、雪に埋まった足を引き抜いて倒木に飛び移った。
「話が本当ならば……それが封印され、知る者が口を閉ざす理由も察せられるか」
――いっそ、歪虚にでも聞ければ良いのだが。
願望じみた冗句の一つも溢れようものだ。森に入ると言うと狩人たちからは嫌な顔をされたものだが、許可の理由も知れた。歪虚は愚か、獣の気配も感じられない。
「織り込み済み、だがね。……さて」
獣が居ないなら、それで良い。調べるべきは他にもある。少女は倒木の雪を払いながら、手早く樹々の一つ一つを検めていく。気が遠くなる作業だが、冬の山だ。日のある時間も限られている。自然、足取りが早くなった。何より、手足の冷えが尋常じゃない。
「……帰ったら温泉だ。絶対確定事項だ」
堅く、決意したのだった。
●
焦燥が、八原 篝(ka3104)の胸を占めていた。まさか、あの少年が。
「妹にハンターの仕事をしていたことも黙ってて?」
ざくざくと、山中とは違い踏み鳴らされた雪に苛立ちをぶつけながら、歩く。
「その挙句の失踪?」
――あまり無理するなって言ったのに……!
怒り、苛立ち――だけではない。心奥に占めるのは、正しく、焦燥だった。
馬上から東側の村内の塀の状況を確認しながら、思う。ほぼ、一年。それを、孤軍奮闘していたのだとしたら。それを可能とする力は……精神は、異常だ。
「……今のシュリは、シュリのままなの?」
ふと、手が止まる。馬も主の逡巡を受け入れるようにただ、待っていた。
「右無さん! そこは共有倉……立ち入り禁止だ!」
声が。響いた。村人のものだ。
「ごめんなさい!」
少年の声。龍華 狼(ka4940)のものだ。出処を探るまでもなく、小屋の扉から顔をだす少年が目に入った。たしか、右無 白、と名乗っていたはずだ。ローブ姿の狼少年が村人に叱られながらその場を後にする。金持ちの"エステル先生"の付き人とはいえ、やんちゃの過ぎる小僧に容赦はないらしい。振り返る少年の目が『あとで』と告げていた。
「ふぅ」
毒気を抜かれた篝は、息を吐く。そう。気が重いのは、なにもシュリに関することだけではない。
「……この村が、襲われ得る」
そうならなければいいと思う自分と、それが必要だと考えている自分が、綯い交ぜとなっていた。
「隣村までは一日程度……ですか」
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)は村の女たちと歓談していた。取材の体裁で、周辺の様子やこの村についての確認目的だったが、思いの外、受けがいい。代わりに聞き返されることも多い。たとえば、王都の現状であるだとか。話を進めながら、情報となりそうなものを引き出していく。逆に言えば、ヴィルマ自身が注目を集めすぎたため、なかなかカインの地図作成の手伝いができない。
「それでは私は……外の取材の方に」
「あら」
口々に残念だと語る奥方達に挨拶を一つ残して、この場をあとにする。懐から無線機を取り出してカインと連絡を取ると、やや疲弊した声が返った。
『悪ィ、このまま日が暮れても終わらなそうだったから、助かる』
「おおぅ……すまんの」
もともと、村人たちが仔細な地図を作っていなかったことがカインの負担を倍増させていた。とはいえ、『襲われる側』としてはそれでは片手落ちだ。多少とはいえ丘陵のある周辺を網羅しようとすれば――しかも覚醒しないで、となれば――骨が折れるのも無理はなかった。
●
黄昏も過ぎた、宵の口。
「成果発表――――!」
卓上のイェスパーがどんと背筋を伸ばした。一同――とくにアルルベル――の温泉入浴を待ったのち、エステルが取った部屋に集合した。
「まず、この村の歪虚への対応状況について。最近ではこの村では見当たらないそうですが、以前から小型の歪虚が現れることはあったと。その際は、男衆が対応する程度ですんでいたそうで」
「……けど、共用倉庫に入って調べた限りでは、備えとしては貧弱でしたね。魔導銃が十数丁と、斧や剣といった刃物の類……ですね。手入れは十分じゃないみたいでした」
前者はマッシュ。後者は狼のものである。"以前の状況"を知る狼にとっては、些か以上に心もとない。篝はその時の様子を思い返して苦笑し、続く
「一応、塀は手入れされてたわ。少し補強したら、ちょっとした雑魔がぶつかっても大丈夫なくらい。木製だから限界はあるとおもうけど」
「強いて言えば、ちと見通しが悪いのがな……高台の一つでもあれば、話は違ってくるんだろうが……」
苦いカインの声は、卓上に広げられた地図が原因だろう。加えて、必要性に欠けるためか、高台の類が無いのがやりにくい。戦略的要衝からは程遠い立地が、あだとなった形。
「守れ、そう?」
ずるずると、ヴィルマから貰ったカップヌードルを啜りながらのエステルの言葉に、ヴィルマは苦笑した。その姿が、どこかであの少年を思い返させて。
「向こうの数次第だが、のぅ。襲撃してくる歪虚が家畜に目を向けるようなら、人命は確実に守れるように立ち回れるはずじゃ」
公算を告げると、エステルの表情が曇った。しかし――それは、仕方がないものだ。受け入れるほかないものだ。
「ところで、全員集めてよかったのか? 夜間の警戒とか――」
「大丈夫、の、筈」
カインの疑念に、エステル。
「敵が同じで、この村が滅ぶほどの大規模なものなら、多分、昼にしかこない」
「"目"、ですね。獣達が主だからこそ、夜目が効かない獣を含むと統制が効かなくなる……まあ、それ以外の敵が来たらそれまで、ですけど」
とはいえ、それなら過度に警戒する必要はない。ここは本質的に歪虚の手が薄い土地だからという狼の解答に、エステルは頷くのみ。
「……おそらくは、同一の敵だろうしな」
湯上がりのアルルベルが、言葉を受けた。
「東の森で、いくつもの"傷痕"が見つかった。おそらく、目撃された歪虚たちに見られた"茨"と同様のものだろう」
●
『来たわ』
果たして。襲撃があったのは早朝のことであった。
「ちょ、エステルさ、……先生!」
「の、ノォォォォ……ッ!」
襲来を報せる声に真っ先に飛び出したのは、あろうことかエステルだった。宿の窓からは"外"の様子は伺えないため、宿を飛び出していく。尾を引く悲鳴は、魔女帽に張り付いたイェスパーか。カインは全力で追いかけるが、人前で覚醒するわけにもいかず追いつけない。存外、健脚だ。
「好都合、ではありますね」
マッシュも追走。そこに、銃を手にしたアルルベルと、"屋根から飛び降りた"篝が続く。この流れで、護衛という名目が立った。
――手はず通りに。
言外のやり取りがハンターたちの間で交わされる中、状況が動く。
歪虚は東側から現れた。閉ざされた門と塀に衝突する獣達の異音が響く。ハンターたちは、気づいていた上で接近を赦した。故に、状況を最も理解していたのが、ハンターたちだ。
「どうなってる!?」
「……解らない。雑魔が来たみたい」
他方、共同倉庫から飛び出してきた男衆の声に、篝は苦い顔で応じた。
「すまんが、手を貸してくれ!」
「ええ、勿論。職務のうちですから」
マッシュな静かな声に、男衆の感謝が落ちる。
「危険だ、先生! 逃げるぞ!」
「でも……」
「十分だろう。さ、行くぞ」
最前でカインに取り押さえられていたエステルが引きづられていく。カインは同時に外に出ている老人や女手を後方へと避難させるべく声を張った。
剣を抜くマッシュはさらにその後方、宿屋の屋根に登った狼を捉えたが――その姿が、ぼんやりと滲んだ。隠密したのだろう。
(「数は15。大きな動物は4匹。中・小動物が11匹」)
「助かる」
アルルベルは、小声で告げられた篝の言葉の苦さには触れなかった。いまは、状況を完遂するべきだ。
直後、一際巨大な騒音と共に――門が、抜かれた。
現れたのは、身体に茨や鱗、目玉などが生えた、獣達であった。
「ち」
屋根伝いに東側へと向かった狼であったが、辺り一帯にはただ、雪原が広がるばかり。
"敵"は、こちら見ている筈だ。狼は、そう断定する。襲ってくる歪虚の見た目は、完全にあの時と合致している。
しかし。
――くそ。丘陵が邪魔だ。
多少高さのある建物とはいえ、周辺の高低を覆すほどのものではなかった。ただ、幸い、増援がいないことは解る。少なくとも喫緊の事態には至らないだろう。
故に、狼は階下を見た。
眼下で、獣達が静かに浸透している。そして。
「なっ……」
●
「おい、襲われるぞ! 動け! ……ちっ!」
エステルを抱え、獣達に睨まれた瞬間"硬直した"老人の手を引いていたカインだったが、全く反応が無いことに気づいて引き摺るようにして至近の建物に飛び込んだ。戸を閉めた外では、男衆とハンター達が戦闘中。見立てでは雑魔は普通の獣に毛が生えた程度の身体能力のように見えた。しかし。
「解るか、爺さん」
硬直した老人は、動かない。カインが近くにいたのは僥倖だったと言わざるを得ない。このままでは無防備に襲われていたはずだ。老人の頬に、小さな手が伸びた。カインが助け上げたもう一人――エステルだった。それでも、老人はピクリとも動かず、緊迫した呼吸を返すのみ。
「ただの雑魔じゃ、ない」
「おいおい」
かすかな興奮が滲んだ少女の声に、カインは慨嘆した。
「……頑張れよ、パイセン」
●
「いやはや」
マッシュは、普段の得物とくらべて大層に"なまくら"な剣を振るう。熊程度が相手ならば地力でもなんとかなるが、囲まれると少しばかり、重い。
「――これは、なかなか。相対すると気色が悪いですね」
電撃的な浸透に、男衆も散り散りに対応している。"村人に被害を出さない"ために、此方も散開せざるを得ないが、幸い、熊と相対できる覚醒者であるマッシュに大型達は狙いを定めたようだ。
他方、アルルベルと篝はその他――特に鹿型の対応のために、男衆のあとを追った。勿論、被害が拡大するのを防ぐために。
ヴィルマも、恐らくは隠れながら対応に動いている筈。逆に言えば、それを余儀なくされているのも事実だった。
「……まるで軍人を相手にしているようですね」
戯言に反応を示すことなく、眼前の熊が突撃してきた。
――手加減は出来る、けど。
弓を引く篝は内心で吐き捨てる。
「……っ!」
男衆の身体をよじ登り、噛み付こうとしていた兎を射抜く。自分にまとわりつくものなら演技とともに払いはするが、村人が狙われるとなれば話は別だ。人命を最優先。同時に家畜小屋へと抜けていった数匹は、無視。撹乱に残ったであろう兎や狐を前に無様に躍るしかない。
――ハンター失格ね。
こうしている間にも、村人たちの財産が失われている。それを看過していることに、心が痛む。
「大丈夫?!」
「助かった……!」
男が振るう刃の軌跡を眺めながら、祈るように呟く。
――この村の力なんて、知れてる。だから。
早く、かえって。
果たして。
人的被害を出さないこと。それは、道義の上でも、依頼主の意向にとっても最重要事項だったが――ハンターたちは、それを達成することが出来た。
――ただの一匹も、逃げること、無く。
●
家畜は犠牲になったが、人死には無し。そして、『撃滅』。静かな暮らしに舞い込んだ最上の成果に、村中が活気づいている。
種々の誘いを辞してエステルともども室内へと戻った一同は、深い息を吐いた。篝は村人に対して続く襲撃の警戒を促した流れで、周囲の警戒につき、ヴィルマは村の関係者にエステルの意向を伝えるために外出中だ。
心労もあるが、最終的な結末が思い描いた形と違ったのは、大きい。結局、村人たちへの被害を看過できずに、時間こそ掛かったが殲滅に至った。
此処からの展望に懸念はある、が。
「逗留する旨と、一応、歪虚の襲撃の噂が流れるようにとはしてみたが、さて……思っていた以上に浮かれていたのぅ。多少水を差した所で無意味なようじゃ」
「だろうな……まあ、彼らにとっては武勇伝だ」
戻るや否や、ため息をついたヴィルマに、アルルベルは肩をすくめた。カインも戦闘の光景を思い返して目を瞑り、
「ただの獣にはありえない異能に、この結果、か……一筋縄では行かねえが」
そして、頷いた。
「だが、当たりは引けた」
「あの時の歪虚で間違いないですね。幸い、偽装はうまく行ってそうでした……僕もしこたま追いかけられましたし」
「上出来」
狼の言葉に、エステルはサムズアップし、こう結んだ。
「……次は、シュリを、待つ」
●
三々五々、部屋や村に散る中、マッシュはエステルに、こう問うた。
「その担い手は単身にて、でしたか。今まさに伝承の通りですが、果たして恐れを知らずとは、いかがなものでしょうか」
エステルはその問いに、少しばかり逡巡したのち、マッシュを見返した。
「貴方は、恐怖、したことは?」
「無いとは」
「……シュリは、普通だった」
エステルは窓の向こう、遠くの雪山を眺めて、呟いた。
「普通の、子供だった」
「……そう、ですか」
降り積もった雪に、少女が何を思ったか。それを慮ったようにマッシュは一礼をすると、部屋をあとにした。
雪の中に沈んでいるような村だった。道行く村人たちは目元に僅かな隙間を残すばかりの完全防備。とはいえ、屋内といえば違うらしい。
「おや。マックさん」
「いやはや、どうも……こちら、宿代のついでと言ってはなんですが」
「おお」
雪焼けした肌の主人に出迎えられたマッシュ・アクラシス(ka0771)はワインの瓶を差し出した。
「これはありがたい。出来の良い酒は金よりも貴重だ。それで……?」
偽名で接しているマッシュは置かれている雑多な酒が主にエール酒であると知っていた。加えれば、果樹の類は見えず、醸造の質も知れる。
「良ければ、私の職務にご協力いただけたら、と」
「はは。なら、猟師たちも呼びましょうか? 最近はウサギ狩りも振るわないらしくてね」
客足の遠さ故とはいえ、舌の滑り具合はマッシュにとって都合がいい。言いながらワインを仕舞い、エール酒を取り出した主人の逞しさに、マッシュは愛想笑いを作る。
「パイセン……笑ったりできんだな」
二階に登る階段に潜むカイン・シュミート(ka6967)は、その様子を伺っていた。懐には連結通話で繋いだ無線機。継続時間に難があるため、"パイセン"には急ぎ足で向かってもらったが、まあ、これも役割だろう。エステルを通じての取材許可や森の調査――建前上は狩り、ということにしているが――は自分が取ったわけだし。
いくつか、役に立ちそうなものを共有していくが、そうこうしている内に、時間だ。
となれば、次の仕事だ。勤労で返せ、とは他ならぬパイセンの言であるが、否やはない。
●
「一年近く、か。暫く見ないうちにシュリがそんなことになっていたとはな」
東側の森に入ったアルルベル・ベルベット(ka2730)は、雪に埋まった足を引き抜いて倒木に飛び移った。
「話が本当ならば……それが封印され、知る者が口を閉ざす理由も察せられるか」
――いっそ、歪虚にでも聞ければ良いのだが。
願望じみた冗句の一つも溢れようものだ。森に入ると言うと狩人たちからは嫌な顔をされたものだが、許可の理由も知れた。歪虚は愚か、獣の気配も感じられない。
「織り込み済み、だがね。……さて」
獣が居ないなら、それで良い。調べるべきは他にもある。少女は倒木の雪を払いながら、手早く樹々の一つ一つを検めていく。気が遠くなる作業だが、冬の山だ。日のある時間も限られている。自然、足取りが早くなった。何より、手足の冷えが尋常じゃない。
「……帰ったら温泉だ。絶対確定事項だ」
堅く、決意したのだった。
●
焦燥が、八原 篝(ka3104)の胸を占めていた。まさか、あの少年が。
「妹にハンターの仕事をしていたことも黙ってて?」
ざくざくと、山中とは違い踏み鳴らされた雪に苛立ちをぶつけながら、歩く。
「その挙句の失踪?」
――あまり無理するなって言ったのに……!
怒り、苛立ち――だけではない。心奥に占めるのは、正しく、焦燥だった。
馬上から東側の村内の塀の状況を確認しながら、思う。ほぼ、一年。それを、孤軍奮闘していたのだとしたら。それを可能とする力は……精神は、異常だ。
「……今のシュリは、シュリのままなの?」
ふと、手が止まる。馬も主の逡巡を受け入れるようにただ、待っていた。
「右無さん! そこは共有倉……立ち入り禁止だ!」
声が。響いた。村人のものだ。
「ごめんなさい!」
少年の声。龍華 狼(ka4940)のものだ。出処を探るまでもなく、小屋の扉から顔をだす少年が目に入った。たしか、右無 白、と名乗っていたはずだ。ローブ姿の狼少年が村人に叱られながらその場を後にする。金持ちの"エステル先生"の付き人とはいえ、やんちゃの過ぎる小僧に容赦はないらしい。振り返る少年の目が『あとで』と告げていた。
「ふぅ」
毒気を抜かれた篝は、息を吐く。そう。気が重いのは、なにもシュリに関することだけではない。
「……この村が、襲われ得る」
そうならなければいいと思う自分と、それが必要だと考えている自分が、綯い交ぜとなっていた。
「隣村までは一日程度……ですか」
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)は村の女たちと歓談していた。取材の体裁で、周辺の様子やこの村についての確認目的だったが、思いの外、受けがいい。代わりに聞き返されることも多い。たとえば、王都の現状であるだとか。話を進めながら、情報となりそうなものを引き出していく。逆に言えば、ヴィルマ自身が注目を集めすぎたため、なかなかカインの地図作成の手伝いができない。
「それでは私は……外の取材の方に」
「あら」
口々に残念だと語る奥方達に挨拶を一つ残して、この場をあとにする。懐から無線機を取り出してカインと連絡を取ると、やや疲弊した声が返った。
『悪ィ、このまま日が暮れても終わらなそうだったから、助かる』
「おおぅ……すまんの」
もともと、村人たちが仔細な地図を作っていなかったことがカインの負担を倍増させていた。とはいえ、『襲われる側』としてはそれでは片手落ちだ。多少とはいえ丘陵のある周辺を網羅しようとすれば――しかも覚醒しないで、となれば――骨が折れるのも無理はなかった。
●
黄昏も過ぎた、宵の口。
「成果発表――――!」
卓上のイェスパーがどんと背筋を伸ばした。一同――とくにアルルベル――の温泉入浴を待ったのち、エステルが取った部屋に集合した。
「まず、この村の歪虚への対応状況について。最近ではこの村では見当たらないそうですが、以前から小型の歪虚が現れることはあったと。その際は、男衆が対応する程度ですんでいたそうで」
「……けど、共用倉庫に入って調べた限りでは、備えとしては貧弱でしたね。魔導銃が十数丁と、斧や剣といった刃物の類……ですね。手入れは十分じゃないみたいでした」
前者はマッシュ。後者は狼のものである。"以前の状況"を知る狼にとっては、些か以上に心もとない。篝はその時の様子を思い返して苦笑し、続く
「一応、塀は手入れされてたわ。少し補強したら、ちょっとした雑魔がぶつかっても大丈夫なくらい。木製だから限界はあるとおもうけど」
「強いて言えば、ちと見通しが悪いのがな……高台の一つでもあれば、話は違ってくるんだろうが……」
苦いカインの声は、卓上に広げられた地図が原因だろう。加えて、必要性に欠けるためか、高台の類が無いのがやりにくい。戦略的要衝からは程遠い立地が、あだとなった形。
「守れ、そう?」
ずるずると、ヴィルマから貰ったカップヌードルを啜りながらのエステルの言葉に、ヴィルマは苦笑した。その姿が、どこかであの少年を思い返させて。
「向こうの数次第だが、のぅ。襲撃してくる歪虚が家畜に目を向けるようなら、人命は確実に守れるように立ち回れるはずじゃ」
公算を告げると、エステルの表情が曇った。しかし――それは、仕方がないものだ。受け入れるほかないものだ。
「ところで、全員集めてよかったのか? 夜間の警戒とか――」
「大丈夫、の、筈」
カインの疑念に、エステル。
「敵が同じで、この村が滅ぶほどの大規模なものなら、多分、昼にしかこない」
「"目"、ですね。獣達が主だからこそ、夜目が効かない獣を含むと統制が効かなくなる……まあ、それ以外の敵が来たらそれまで、ですけど」
とはいえ、それなら過度に警戒する必要はない。ここは本質的に歪虚の手が薄い土地だからという狼の解答に、エステルは頷くのみ。
「……おそらくは、同一の敵だろうしな」
湯上がりのアルルベルが、言葉を受けた。
「東の森で、いくつもの"傷痕"が見つかった。おそらく、目撃された歪虚たちに見られた"茨"と同様のものだろう」
●
『来たわ』
果たして。襲撃があったのは早朝のことであった。
「ちょ、エステルさ、……先生!」
「の、ノォォォォ……ッ!」
襲来を報せる声に真っ先に飛び出したのは、あろうことかエステルだった。宿の窓からは"外"の様子は伺えないため、宿を飛び出していく。尾を引く悲鳴は、魔女帽に張り付いたイェスパーか。カインは全力で追いかけるが、人前で覚醒するわけにもいかず追いつけない。存外、健脚だ。
「好都合、ではありますね」
マッシュも追走。そこに、銃を手にしたアルルベルと、"屋根から飛び降りた"篝が続く。この流れで、護衛という名目が立った。
――手はず通りに。
言外のやり取りがハンターたちの間で交わされる中、状況が動く。
歪虚は東側から現れた。閉ざされた門と塀に衝突する獣達の異音が響く。ハンターたちは、気づいていた上で接近を赦した。故に、状況を最も理解していたのが、ハンターたちだ。
「どうなってる!?」
「……解らない。雑魔が来たみたい」
他方、共同倉庫から飛び出してきた男衆の声に、篝は苦い顔で応じた。
「すまんが、手を貸してくれ!」
「ええ、勿論。職務のうちですから」
マッシュな静かな声に、男衆の感謝が落ちる。
「危険だ、先生! 逃げるぞ!」
「でも……」
「十分だろう。さ、行くぞ」
最前でカインに取り押さえられていたエステルが引きづられていく。カインは同時に外に出ている老人や女手を後方へと避難させるべく声を張った。
剣を抜くマッシュはさらにその後方、宿屋の屋根に登った狼を捉えたが――その姿が、ぼんやりと滲んだ。隠密したのだろう。
(「数は15。大きな動物は4匹。中・小動物が11匹」)
「助かる」
アルルベルは、小声で告げられた篝の言葉の苦さには触れなかった。いまは、状況を完遂するべきだ。
直後、一際巨大な騒音と共に――門が、抜かれた。
現れたのは、身体に茨や鱗、目玉などが生えた、獣達であった。
「ち」
屋根伝いに東側へと向かった狼であったが、辺り一帯にはただ、雪原が広がるばかり。
"敵"は、こちら見ている筈だ。狼は、そう断定する。襲ってくる歪虚の見た目は、完全にあの時と合致している。
しかし。
――くそ。丘陵が邪魔だ。
多少高さのある建物とはいえ、周辺の高低を覆すほどのものではなかった。ただ、幸い、増援がいないことは解る。少なくとも喫緊の事態には至らないだろう。
故に、狼は階下を見た。
眼下で、獣達が静かに浸透している。そして。
「なっ……」
●
「おい、襲われるぞ! 動け! ……ちっ!」
エステルを抱え、獣達に睨まれた瞬間"硬直した"老人の手を引いていたカインだったが、全く反応が無いことに気づいて引き摺るようにして至近の建物に飛び込んだ。戸を閉めた外では、男衆とハンター達が戦闘中。見立てでは雑魔は普通の獣に毛が生えた程度の身体能力のように見えた。しかし。
「解るか、爺さん」
硬直した老人は、動かない。カインが近くにいたのは僥倖だったと言わざるを得ない。このままでは無防備に襲われていたはずだ。老人の頬に、小さな手が伸びた。カインが助け上げたもう一人――エステルだった。それでも、老人はピクリとも動かず、緊迫した呼吸を返すのみ。
「ただの雑魔じゃ、ない」
「おいおい」
かすかな興奮が滲んだ少女の声に、カインは慨嘆した。
「……頑張れよ、パイセン」
●
「いやはや」
マッシュは、普段の得物とくらべて大層に"なまくら"な剣を振るう。熊程度が相手ならば地力でもなんとかなるが、囲まれると少しばかり、重い。
「――これは、なかなか。相対すると気色が悪いですね」
電撃的な浸透に、男衆も散り散りに対応している。"村人に被害を出さない"ために、此方も散開せざるを得ないが、幸い、熊と相対できる覚醒者であるマッシュに大型達は狙いを定めたようだ。
他方、アルルベルと篝はその他――特に鹿型の対応のために、男衆のあとを追った。勿論、被害が拡大するのを防ぐために。
ヴィルマも、恐らくは隠れながら対応に動いている筈。逆に言えば、それを余儀なくされているのも事実だった。
「……まるで軍人を相手にしているようですね」
戯言に反応を示すことなく、眼前の熊が突撃してきた。
――手加減は出来る、けど。
弓を引く篝は内心で吐き捨てる。
「……っ!」
男衆の身体をよじ登り、噛み付こうとしていた兎を射抜く。自分にまとわりつくものなら演技とともに払いはするが、村人が狙われるとなれば話は別だ。人命を最優先。同時に家畜小屋へと抜けていった数匹は、無視。撹乱に残ったであろう兎や狐を前に無様に躍るしかない。
――ハンター失格ね。
こうしている間にも、村人たちの財産が失われている。それを看過していることに、心が痛む。
「大丈夫?!」
「助かった……!」
男が振るう刃の軌跡を眺めながら、祈るように呟く。
――この村の力なんて、知れてる。だから。
早く、かえって。
果たして。
人的被害を出さないこと。それは、道義の上でも、依頼主の意向にとっても最重要事項だったが――ハンターたちは、それを達成することが出来た。
――ただの一匹も、逃げること、無く。
●
家畜は犠牲になったが、人死には無し。そして、『撃滅』。静かな暮らしに舞い込んだ最上の成果に、村中が活気づいている。
種々の誘いを辞してエステルともども室内へと戻った一同は、深い息を吐いた。篝は村人に対して続く襲撃の警戒を促した流れで、周囲の警戒につき、ヴィルマは村の関係者にエステルの意向を伝えるために外出中だ。
心労もあるが、最終的な結末が思い描いた形と違ったのは、大きい。結局、村人たちへの被害を看過できずに、時間こそ掛かったが殲滅に至った。
此処からの展望に懸念はある、が。
「逗留する旨と、一応、歪虚の襲撃の噂が流れるようにとはしてみたが、さて……思っていた以上に浮かれていたのぅ。多少水を差した所で無意味なようじゃ」
「だろうな……まあ、彼らにとっては武勇伝だ」
戻るや否や、ため息をついたヴィルマに、アルルベルは肩をすくめた。カインも戦闘の光景を思い返して目を瞑り、
「ただの獣にはありえない異能に、この結果、か……一筋縄では行かねえが」
そして、頷いた。
「だが、当たりは引けた」
「あの時の歪虚で間違いないですね。幸い、偽装はうまく行ってそうでした……僕もしこたま追いかけられましたし」
「上出来」
狼の言葉に、エステルはサムズアップし、こう結んだ。
「……次は、シュリを、待つ」
●
三々五々、部屋や村に散る中、マッシュはエステルに、こう問うた。
「その担い手は単身にて、でしたか。今まさに伝承の通りですが、果たして恐れを知らずとは、いかがなものでしょうか」
エステルはその問いに、少しばかり逡巡したのち、マッシュを見返した。
「貴方は、恐怖、したことは?」
「無いとは」
「……シュリは、普通だった」
エステルは窓の向こう、遠くの雪山を眺めて、呟いた。
「普通の、子供だった」
「……そう、ですか」
降り積もった雪に、少女が何を思ったか。それを慮ったようにマッシュは一礼をすると、部屋をあとにした。
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依頼相談掲示板 | |||
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雪原の村にて(相談卓) ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2018/01/15 23:55:19 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/01/12 12:29:03 |