ゲスト
(ka0000)
しょこらぽむ
マスター:愁水
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
●
――St. Valentine's Day。
処――天鵞絨サーカス団の三兄妹の住居。
それは、サーカス団の団長である白亜(kz0237)の弟――黒亜(kz0238)からの依頼であった。
「……どうも。は? やつれているように見える? ……気の所為でしょ。
クーがそろそろ買い物から帰ってくるから、手短に言うよ。
クー、――オレの妹の紅亜が作ろうとしているバレンタインチョコを“普通に美味しく食べられるものにすること”――それがあんた達の今回の依頼。
……なに、その目。大抵のものは食べられるでしょ、とか思ったヤツ、挙手。クー手製、カルシウムと健康効果たっぷりの小骨とニンニクのトリュフでも食べる? それとも、牡蠣とアサリのシェルチョコレートにする? カカオ豆と鰹節の粉末をまぶした寒天とかもあるけど。
……オレの言いたいことわかったでしょ」
yes。
「クーって、面倒って理由でレシピ通り作んないんだよね。分量も量んないから味の安定もしないし、よくわかんないアレンジを意味もなくやるからカオスになるの。だから普段は殆ど包丁握らせないんだけど……一応、私事に関しては自由だし」
なるほど。これは紅亜(kz0239)の兄である黒亜と白亜にとっては、かなり切実な問題のようだ。
「この時期、っていうか……イベントごとになると無駄にクーが張り切るんだよね。で、渡す相手もいないくせに大量に作られると、オレ達が処理する羽目になるの。もういい加減、今日くらいは簀巻きにして部屋に閉じ込めておきたいんだけど……ハク兄が許してくれなくて。
――え? ハク兄?
部屋で横になってるよ。……クーに毒味(味見)せがまれてたからね。胃がちょっとアレみたい。手が空いたら、なにか胃に優しいものでも作ってあげてよ。オレ、今から団員にナイフ投げの指導しなくちゃいけないんだよね。あ……ナイフ投げの的役、声かけてなかった。……まぁ、いいや。夕方には戻るから。気が向けば」
何その気紛れ目線。
「キッチンは勝手に使っていいから。どうせ、あんた達もなにか作るんでしょ? あと、クーが我儘言ったら好きにしていいよ。……は? 冗談なワケないじゃん。
あ、クー本人にはこの依頼の件、話してないから。拒否られたら元も子もないし。ほんと、目を離すとろくなことしないから気をつけた方がいいよ。あと、“普通に美味しく食べられるもの”にならなかった場合は、あんた達が全部食べてね。
――じゃ、行ってくるから。ヨロシク」
さらっと爆弾発言を置いて、黒亜はアパートを後にした。
**
言葉を選び、時間をかけた分だけ想いが込められる、バレンタイン。
それは、一年に一度だからこそ、愛や感謝を伝える日――なのかもしれない。
――St. Valentine's Day。
処――天鵞絨サーカス団の三兄妹の住居。
それは、サーカス団の団長である白亜(kz0237)の弟――黒亜(kz0238)からの依頼であった。
「……どうも。は? やつれているように見える? ……気の所為でしょ。
クーがそろそろ買い物から帰ってくるから、手短に言うよ。
クー、――オレの妹の紅亜が作ろうとしているバレンタインチョコを“普通に美味しく食べられるものにすること”――それがあんた達の今回の依頼。
……なに、その目。大抵のものは食べられるでしょ、とか思ったヤツ、挙手。クー手製、カルシウムと健康効果たっぷりの小骨とニンニクのトリュフでも食べる? それとも、牡蠣とアサリのシェルチョコレートにする? カカオ豆と鰹節の粉末をまぶした寒天とかもあるけど。
……オレの言いたいことわかったでしょ」
yes。
「クーって、面倒って理由でレシピ通り作んないんだよね。分量も量んないから味の安定もしないし、よくわかんないアレンジを意味もなくやるからカオスになるの。だから普段は殆ど包丁握らせないんだけど……一応、私事に関しては自由だし」
なるほど。これは紅亜(kz0239)の兄である黒亜と白亜にとっては、かなり切実な問題のようだ。
「この時期、っていうか……イベントごとになると無駄にクーが張り切るんだよね。で、渡す相手もいないくせに大量に作られると、オレ達が処理する羽目になるの。もういい加減、今日くらいは簀巻きにして部屋に閉じ込めておきたいんだけど……ハク兄が許してくれなくて。
――え? ハク兄?
部屋で横になってるよ。……クーに毒味(味見)せがまれてたからね。胃がちょっとアレみたい。手が空いたら、なにか胃に優しいものでも作ってあげてよ。オレ、今から団員にナイフ投げの指導しなくちゃいけないんだよね。あ……ナイフ投げの的役、声かけてなかった。……まぁ、いいや。夕方には戻るから。気が向けば」
何その気紛れ目線。
「キッチンは勝手に使っていいから。どうせ、あんた達もなにか作るんでしょ? あと、クーが我儘言ったら好きにしていいよ。……は? 冗談なワケないじゃん。
あ、クー本人にはこの依頼の件、話してないから。拒否られたら元も子もないし。ほんと、目を離すとろくなことしないから気をつけた方がいいよ。あと、“普通に美味しく食べられるもの”にならなかった場合は、あんた達が全部食べてね。
――じゃ、行ってくるから。ヨロシク」
さらっと爆弾発言を置いて、黒亜はアパートを後にした。
**
言葉を選び、時間をかけた分だけ想いが込められる、バレンタイン。
それは、一年に一度だからこそ、愛や感謝を伝える日――なのかもしれない。
リプレイ本文
●
甘い香りに甘い言葉。
ひと時の恋の後押しは、皆の心に――
「(……やな♪ まぁ、なんちゅうか……今回の件はあれやんなぁ、紅亜の気持ちもわかる……からなぁ)」
白藤(ka3768)が弱ったような笑みを浮かべながら、アームバンドで袖を挟んだ。
「(せやけど)」
ちらり。
「(白亜も、心配なんよなぁ……)」
無意識に浮かんだ心の呟き。灰水晶に色づく視線が、白亜(kz0237)が眠る自室のドアへ引き寄せられる。潤いあるその瞳は、平素とは何処か、色味を違わせていた。
**
こぽこぽこぽ……。
薬缶を手に、ネフィルト・ジェイダー(ka6838)は温度を調整した湯を湯たんぽの口へ注ぐと、キュッとキャップを閉めた。胃を犠牲にした妹思いの白亜を見舞う為、先程、黒亜(kz0238)がアパートを後にする前に借りたものだ。
『――は? 湯たんぽ? そこの戸棚の奥にあるけど』
『おお、ありがとうなのじゃー』
『あんたはなにするの?』
『ん? 紅亜君の菓子作りは女性達が手伝うじゃろうし、我は毒m……ではなく、味見役で貢献するのじゃよ。勿論、出されたものはちゃんと食べるのじゃ。食べ物は粗末にしちゃいけないからのー』
『ふーん』
『そういえば、黒亜君。やっぱりちょっとやつれているように見えるのじゃよー。ほれ、チョコレートをどうぞなのじゃ。甘いもの食べると元気になれるのじゃよ。もし嫌いだったら捨ててよいぞー』
『……は? あんた今、食べ物は粗末にしちゃいけないって言わなかった? ……まあ、どうでもいいけど。じゃあね』
黒亜はぶっきらぼうにそう告げると、外へ出た。閉まっていくドアの隙間から、彼に握らせたチョコレートが懐へ入っていくのを見て、ネフィルトは『にしし』と、笑ったのであった。
ちゃぽん。
ネフィルトはタオルで覆った湯たんぽを抱え、ホットグラスを置いたトレイを手に――コンコン。骨張った手の甲で白亜の部屋の扉を軽くノックした。一拍程置いたのち、中から弱々しい応答が響く。
「はーくーあーくんっ、お腹の調子は如何かのー?」
白亜をぽかぽかにさせる心意気を背負ったネフィルトが馳せ参じると、上半身を起こした白亜がベッドの背凭れに寄りかかっていた。
「黒亜君から胃がやられて寝込んでいると聞いての、見舞いなのじゃー。レナード君からもよろしく言われておるぞ」
「……ああ、声が聞こえた。白藤達も来ているようだな」
「ほれ、この湯たんぽは我から、こっちの生姜白湯はミア君からじゃ。内からも温めるとよいらしいぞ。我、知らんかったのー。ミア君にいいことを聞いたのじゃよ」
ネフィルトは一言断りを入れると、白亜の胸元に湯たんぽを当て、加温してやる。そして、自身もよく湯たんぽの世話になっていることを話しながら、ホットグラスを手渡した。世話の原因は勿論、言わずもがな。
「うむ、食べ過ぎの時や……食べ過ぎの時じゃな」
言っちゃった。
「ほれ、ちゃんと温めて寝るのじゃ。起きた時にはお腹もすっきり……とは言わぬまでも、落ち着いてるかもしれないしのぅ」
温かい生姜白湯を胃に入れたことで、白亜の加減も少しは落ち着いたようだ。控えめな笑みを返し、床に就く白亜を見届けると、ネフィルトは部屋を出た。そして、胸元でグッと拳を握る。
「さて、次はレナード君と一緒に感じた味を伝えるのじゃ!」
キッチンから流れてくる輪舞は、ふくよかで奥深い――この日の為の香り。
●
「折角だから、一緒に作ろうぜ」
皆との想い出も、チョコレートのように甘く楽しいものにできるといい――。そう心に募らせた浅生 陸(ka7041)が、黙々とチョコレートを刻んでいる紅亜(kz0239)に声をかけた。
「紅亜は何を作りたいんだ? 一緒にやろーぜー。あ、俺は口出し専門ね」
「うむ……?」
「二人に食べてもらいたいんだろ? 甘いの? それとも酸っぱいのか? ――なんてな。そう言えば、クロや団長は甘いもの好きだっけ? クロは何となく好きそうだが」
「んー……普通に食べるよ……。ハクは作る方が好きみたいだけど……」
「おお、くーちゃん手作りチョコニャス?」
右には陸、左にはミア(ka7035)
「実はミアも作りたかったんニャスよ。お隣してもいいニャスか?」
建前に隠した、本音。
「(くーちゃんが、大好きなお兄ちゃん達に「ありがとう」の本命を伝えられるように、お手伝いさせてくれニャス)」
それは、心からのちょっとしたお節介。
「おー……いいよー……」
聞けば、紅亜のレシピはまだ決まっていないらしい。只、買い込んできた林檎を見る限り、紅亜なりの拘りはあるようだ。
「じゃあ、ミアとアップルチョコレート作ってみないニャスか? 林檎の酸味とチョコの甘さがマッチしてすんごい美味しいんニャスよ!」
じゅるり。
漠然としていた食指が動いたのか、紅亜は涎を啜りながら顎を引いた。
では、早速――
「れっつすいーつくっきんぐーニャス!」
「ぐー……」
意気込む二人を柔らかな弓形で映すのは、灰空に澄む双眸の彼――レナード=クーク(ka6613)
「(クロア君はああ言っとったけど、クレアちゃんの作ったお菓子……そんなに凄い物やったんやねぇ……)」
黒亜が「食べる?」と勧めてきた紅亜の“ヘル”コース。メニューを聞く限りでも、風変わりを通り越しているようだ。だが――
「(沢山の想いに美味しい味が合わさったら、きっと、ハクアさん達ももっと喜んでくれる筈やんね!)」
それは、“家族”だからではなく、想いや絆が“当たり前”にさせることなのかもしれない。
「僕もミアさん達と一緒に、クレアちゃんのお手伝いをさせて欲しいやんね。あと、この機会にお勉強も兼ねて、僕もチョコ作り出来たらええなぁ……なんて」
「おー……じゃあ、レナードもふぁいとだねー……」
「おん! お菓子作りは初めてやから凄くドキドキするけれど……皆と一緒なら、上手に出来る気がするで……! でも、先ずは――」
“月白ノ姫君”の手伝いを。
紅亜は、レナードと一緒に剥いた林檎を八等分にし、乱切りにした林檎を塩水に漬ける。ザルに取ると、水を入れた鍋で下茹でをする。
「じゃあ今の内に、別の鍋で蜜を作っておこうぜ」
ミアから聞いたレシピを頭に叩き込んだ陸が、口頭で段取りを伝えていく。
ミアが手際よく、「お砂糖さらさらーニャス♪」と、楽しそうに砂糖を計っているのを見て、紅亜も興味を示したようだ。「私もー……」と、手を出してきた。
そうして、沸騰させた蜜の鍋に水を切った林檎を加え、加熱。その鍋へ、紅亜は何故かペッパーミルを回そうとしていた。
「おい、紅亜。何で胡椒?」
「んー……? 林檎にスパイス入れると美味しいんだってー……」
それは、シナモンでは。
「なぁ、紅亜。味見って、実はめっちゃ大事なもんなんやで?」
横から助け船を出したのは、白藤だ。紅亜の不慣れな面を、経験者として優しくフォローしていく。
「作っとる途中と完成した後で、ちゃあんと味見してみ? 過程の味がどう変化するか、確かめるんも楽しいもんやし……それに、出来立てを食べれるんも特権やで♪」
「そっかぁ……じゃあ、早速ー……」
紅亜は鍋から取り出したふた欠片を小皿に載せると、蜜に絡んだ林檎へ――ガリガリガリガリー!! ミル回しまくりすぎ。黒助となった物体の一つを紅亜がぱくり。もう一つは――
「……わぁ……。ほんまに凄い味の物を作るんやねぇ、クレアちゃん……」
頑張れレナード。笑顔だレナード。皆が君を応援している。
「びみょー……?」
その横で、紅亜が表情のないコメントを残していた。
ある意味、崖っぷちのクッキングは続く。
「レモンの絞り汁を追加して更に加熱したら、ザルにあげような。その次は、オーブンで乾燥させるように焼くみたいだぜ」
傍らで見守る陸や、ミア達のフォローにより、紅亜の手作りチョコレート普通化計画は順調に進んでいるようだ。
オーブンの熱で林檎の水分を抜いている間、白藤とレナードは各々、チョコレート製作に励んでいた。
白藤は全員分のチョコレートを作っていたが、四つはシンプルな型抜き。
黒猫は黒亜。
犬は陸。
お化けはネフィルト。
音符はレナード――。
曇りのない美しい光沢が、彼等の“形”を見事に表現している。
その四つとは別に、丸みを帯びた三つのチョコレートには、エディブルフラワーが添えられていた。
ミアには天竺葵。
紅亜には花瓜草。
白亜には菫――。
白藤なりの“印象”を籠めたのか、そうでないのか――それは、白藤のみが知る。
「……バナナチョコにしたほうが良かったやろか?」
「うニャ?」
「ミアバナナ、美味しそうやったしなぁ?」
「バナナは今度一緒に、まうんてんしに行こうニャス!」
「まうんてん……? ――ああ、チョコレートファウンテンのことやろか。えぇなぁ、紅亜も誘って女子会しよしよ♪」
悪戯好きの妖精のように揶揄するつもりが、何時の間にかガールズトーク開催の約束へ。その成り行きに、白藤はころころと楽しそうに笑う。
「紅亜やミアはバレンタイン渡したい恋する人、おるん?」
「こいニャス?」
「こい……?」
ミアと紅亜は目線を上に、半開きにしていた口から――
「ミアは緋写りが好きニャス♪」
「私は……丹頂かなぁ……」
“鯉”違い。
そんな“ずっこけ三姉妹”の和やかな会話をBGMに、レナードもチョコレートの形を整える。周りの手順を参考にして作ったものだが、初めてにしては良い出来映えだ。
「このバレンタインや、お料理が好きっちゅう気持ち。それって何よりも、大切な事やと思うやんね。――なぁ? クレアちゃん」
レナードが肩越しに振り返ると、後ろから覗き見ていた紅亜が小首を傾げた。眠気を宿したような紅水晶が、ふっ、と、上目にレナードを見る。
「好きだから……大切……? よくわからない……けど、お料理って……大人のおままごとみたいなものでしょ……? だから……みんな、楽しいんじゃないの……?」
金のかかったものよりも、心の籠もったもの。食べる芸術よりも、楽しめる美味しさ――。
レナードが作った、甘く優しい“形”のように。
オーブンが、小気味よく歌った。
「これも……味、見た方がいいのかな……?」
紅亜が、湯煎したチョコレートへ、林檎をとぷん。
「ああ、味見してやってこうぜ。味を知ってた方が、相手が食べた時に笑った顔も浮かびやすいだろ? ――というより、俺に食わせろ。チョコは大好物なんだよ」
隣で様子を見ていた陸が、端正な顔を寄せてきた。紅亜は「ふぅん……?」と、チョコレートを絡ませた林檎へ何やら振りかけると、引き下がれなくなった陸の口へ――
「はい、あーん……」
ひょい。
「Σ……!? ……、……。……うん。林檎とチョコとチリペッパーだな」
ギリセーフ。だが、
「ネフィルトはさっきから食べてばっかりだね……お腹空いてるの……?」
「ん? いや、味見ができると聞いて参ったのじゃ」
「ふぅん……あ……そうだ……昨日作ったチョコ……たくさん余ってるから、全部食べていいよー……。――はい、どうぞ……」
「う、うむ。では、有り難く頂戴しようかのぅ。いただきますなのじゃ。
……
……ッ!?
ぐっ……――でぃ、DHAとEPAが、か、身体の隅々にまでゆきわたっ……たっ……t……――」
――アウト。お疲れ様Death。
そして、“ぽむ”に籠めたチョコレート製作も佳境を迎える。
「ミアの……ホワイトチョコも使ったんだ……? 美味しそう……それに……いい香り、する……」
「ニャは、ちょびっとシナモンパウダーふってみたニャス。林檎とシナモンは相性いいから、風味付けにオススメって聞いたんニャスよ♪ くーちゃんもやってみるニャス?」
「やるー……」
ミアの試みに便乗して、紅亜も意気込む。そんな彼女を見て、ミアは微笑みを湛えた。
紅亜の直向きさに水を差したくはなかった。
けれど、紅亜のチョコレートが白亜や黒亜に贈られるのだとしたら、彼等に気を遣わせたくもない。その結果からして、白亜の状態が良い例だ。
誘導や否定は、したくなかった。
只、少しでも、他人の視点から見た味を意識して欲しくて、楽しんでもらいたくて――そんな、友達想いのお節介。
「うまーニャス♪」
勿論、味見という摘まみ食いも忘れずに。
「――さ、ミアもそろそろ作ろうかニャぁ♪」
ミア自身も、レモンとホワイトチョコのマフィン製作に取り掛かる。
贈る皆へ、日々の感謝を籠める為。
・
・
・
艶やかな“宝石”を一粒一粒大切に、箱へと詰めていく。
「食べ物は見目も大事だぜ。てことで、花を持ってきた」
ガーベラや霞草、鈴蘭――。陸が用意した小花の中から、紅亜は“小夜曲”の薄青を選んだ。絹の白リボン、黒リボン、そして――紫リボンを掛けた箱に一輪ずつ、添えて。
「そう言えば……この前のペンダント、ちゃんと渡せたのか?」
ふと、陸の口から零れ出た物思い。“紫”が、どうしてか心に掛かった。
紅亜は完成した贈り物に満足げな眼差しを宿しつつ――
「んん……だって――生きているか死んでいるか……わからないから……」
淡々と、そう告げた。
●
「――さて、妹に甘すぎなんちゃう? 白亜」
白の自室、白の来訪。
「紅亜が傷付くより、いい」
力なく微笑んだ彼を見て、白藤は眉尻を下げた。味噌で薄く味を付けたお粥と梅干を、ナイトテーブルへ置く。
男性の弱った姿というのも珍しい。
だが、興味よりも先走ったのは――胸に落ちた心配。
「食べれる? それとも食べさして欲しい? うちがあかんってだけで食べずらいんやったら、ネフィルトか陸に――」
「いや……君さえ構わないのなら、頼む」
「あら、白亜もやっぱ、女に食べさせてもらうんがえぇん?」
白藤は冗談交じりに口許を緩ませながら、匙に触れ――
「俺は女性が苦手というだけで、嫌いというわけではないんだぞ?」
手から落としそうになった。
“Happy Birthday・白亜”――黒蝶のメッセージカードと、“謙虚”なチョコレート。黙して添えられたナイトテーブルの端で、何を想うのか。
・
・
・
黒亜が帰宅すると、ミアとレナードが労いながら出迎えた。そして、for you。
「いつも仲良くしてくれてありがとうニャス。これからもよろしくニャス!」
「ふふー。僕もお菓子作ったんやんね、皆と一緒にクロア君も食べてくれたら嬉しいなぁ……なんて」
陸特製の、蜂蜜が隠し味のホットチョコレート。
ミアのマフィンに、レナードや白藤――紅亜のチョコレート。皆が皆、誰かを想って、心を贈る。
「手作りとか重い」
黒亜が無礼極まりないことを言うが、
「軽いよりいいニャス!」
ミアの粋な返しに、何時もの仲間から朗らかな笑みが零れた。
Be my Valentine――ほんとうの想いを、あなたに。
甘い香りに甘い言葉。
ひと時の恋の後押しは、皆の心に――
「(……やな♪ まぁ、なんちゅうか……今回の件はあれやんなぁ、紅亜の気持ちもわかる……からなぁ)」
白藤(ka3768)が弱ったような笑みを浮かべながら、アームバンドで袖を挟んだ。
「(せやけど)」
ちらり。
「(白亜も、心配なんよなぁ……)」
無意識に浮かんだ心の呟き。灰水晶に色づく視線が、白亜(kz0237)が眠る自室のドアへ引き寄せられる。潤いあるその瞳は、平素とは何処か、色味を違わせていた。
**
こぽこぽこぽ……。
薬缶を手に、ネフィルト・ジェイダー(ka6838)は温度を調整した湯を湯たんぽの口へ注ぐと、キュッとキャップを閉めた。胃を犠牲にした妹思いの白亜を見舞う為、先程、黒亜(kz0238)がアパートを後にする前に借りたものだ。
『――は? 湯たんぽ? そこの戸棚の奥にあるけど』
『おお、ありがとうなのじゃー』
『あんたはなにするの?』
『ん? 紅亜君の菓子作りは女性達が手伝うじゃろうし、我は毒m……ではなく、味見役で貢献するのじゃよ。勿論、出されたものはちゃんと食べるのじゃ。食べ物は粗末にしちゃいけないからのー』
『ふーん』
『そういえば、黒亜君。やっぱりちょっとやつれているように見えるのじゃよー。ほれ、チョコレートをどうぞなのじゃ。甘いもの食べると元気になれるのじゃよ。もし嫌いだったら捨ててよいぞー』
『……は? あんた今、食べ物は粗末にしちゃいけないって言わなかった? ……まあ、どうでもいいけど。じゃあね』
黒亜はぶっきらぼうにそう告げると、外へ出た。閉まっていくドアの隙間から、彼に握らせたチョコレートが懐へ入っていくのを見て、ネフィルトは『にしし』と、笑ったのであった。
ちゃぽん。
ネフィルトはタオルで覆った湯たんぽを抱え、ホットグラスを置いたトレイを手に――コンコン。骨張った手の甲で白亜の部屋の扉を軽くノックした。一拍程置いたのち、中から弱々しい応答が響く。
「はーくーあーくんっ、お腹の調子は如何かのー?」
白亜をぽかぽかにさせる心意気を背負ったネフィルトが馳せ参じると、上半身を起こした白亜がベッドの背凭れに寄りかかっていた。
「黒亜君から胃がやられて寝込んでいると聞いての、見舞いなのじゃー。レナード君からもよろしく言われておるぞ」
「……ああ、声が聞こえた。白藤達も来ているようだな」
「ほれ、この湯たんぽは我から、こっちの生姜白湯はミア君からじゃ。内からも温めるとよいらしいぞ。我、知らんかったのー。ミア君にいいことを聞いたのじゃよ」
ネフィルトは一言断りを入れると、白亜の胸元に湯たんぽを当て、加温してやる。そして、自身もよく湯たんぽの世話になっていることを話しながら、ホットグラスを手渡した。世話の原因は勿論、言わずもがな。
「うむ、食べ過ぎの時や……食べ過ぎの時じゃな」
言っちゃった。
「ほれ、ちゃんと温めて寝るのじゃ。起きた時にはお腹もすっきり……とは言わぬまでも、落ち着いてるかもしれないしのぅ」
温かい生姜白湯を胃に入れたことで、白亜の加減も少しは落ち着いたようだ。控えめな笑みを返し、床に就く白亜を見届けると、ネフィルトは部屋を出た。そして、胸元でグッと拳を握る。
「さて、次はレナード君と一緒に感じた味を伝えるのじゃ!」
キッチンから流れてくる輪舞は、ふくよかで奥深い――この日の為の香り。
●
「折角だから、一緒に作ろうぜ」
皆との想い出も、チョコレートのように甘く楽しいものにできるといい――。そう心に募らせた浅生 陸(ka7041)が、黙々とチョコレートを刻んでいる紅亜(kz0239)に声をかけた。
「紅亜は何を作りたいんだ? 一緒にやろーぜー。あ、俺は口出し専門ね」
「うむ……?」
「二人に食べてもらいたいんだろ? 甘いの? それとも酸っぱいのか? ――なんてな。そう言えば、クロや団長は甘いもの好きだっけ? クロは何となく好きそうだが」
「んー……普通に食べるよ……。ハクは作る方が好きみたいだけど……」
「おお、くーちゃん手作りチョコニャス?」
右には陸、左にはミア(ka7035)
「実はミアも作りたかったんニャスよ。お隣してもいいニャスか?」
建前に隠した、本音。
「(くーちゃんが、大好きなお兄ちゃん達に「ありがとう」の本命を伝えられるように、お手伝いさせてくれニャス)」
それは、心からのちょっとしたお節介。
「おー……いいよー……」
聞けば、紅亜のレシピはまだ決まっていないらしい。只、買い込んできた林檎を見る限り、紅亜なりの拘りはあるようだ。
「じゃあ、ミアとアップルチョコレート作ってみないニャスか? 林檎の酸味とチョコの甘さがマッチしてすんごい美味しいんニャスよ!」
じゅるり。
漠然としていた食指が動いたのか、紅亜は涎を啜りながら顎を引いた。
では、早速――
「れっつすいーつくっきんぐーニャス!」
「ぐー……」
意気込む二人を柔らかな弓形で映すのは、灰空に澄む双眸の彼――レナード=クーク(ka6613)
「(クロア君はああ言っとったけど、クレアちゃんの作ったお菓子……そんなに凄い物やったんやねぇ……)」
黒亜が「食べる?」と勧めてきた紅亜の“ヘル”コース。メニューを聞く限りでも、風変わりを通り越しているようだ。だが――
「(沢山の想いに美味しい味が合わさったら、きっと、ハクアさん達ももっと喜んでくれる筈やんね!)」
それは、“家族”だからではなく、想いや絆が“当たり前”にさせることなのかもしれない。
「僕もミアさん達と一緒に、クレアちゃんのお手伝いをさせて欲しいやんね。あと、この機会にお勉強も兼ねて、僕もチョコ作り出来たらええなぁ……なんて」
「おー……じゃあ、レナードもふぁいとだねー……」
「おん! お菓子作りは初めてやから凄くドキドキするけれど……皆と一緒なら、上手に出来る気がするで……! でも、先ずは――」
“月白ノ姫君”の手伝いを。
紅亜は、レナードと一緒に剥いた林檎を八等分にし、乱切りにした林檎を塩水に漬ける。ザルに取ると、水を入れた鍋で下茹でをする。
「じゃあ今の内に、別の鍋で蜜を作っておこうぜ」
ミアから聞いたレシピを頭に叩き込んだ陸が、口頭で段取りを伝えていく。
ミアが手際よく、「お砂糖さらさらーニャス♪」と、楽しそうに砂糖を計っているのを見て、紅亜も興味を示したようだ。「私もー……」と、手を出してきた。
そうして、沸騰させた蜜の鍋に水を切った林檎を加え、加熱。その鍋へ、紅亜は何故かペッパーミルを回そうとしていた。
「おい、紅亜。何で胡椒?」
「んー……? 林檎にスパイス入れると美味しいんだってー……」
それは、シナモンでは。
「なぁ、紅亜。味見って、実はめっちゃ大事なもんなんやで?」
横から助け船を出したのは、白藤だ。紅亜の不慣れな面を、経験者として優しくフォローしていく。
「作っとる途中と完成した後で、ちゃあんと味見してみ? 過程の味がどう変化するか、確かめるんも楽しいもんやし……それに、出来立てを食べれるんも特権やで♪」
「そっかぁ……じゃあ、早速ー……」
紅亜は鍋から取り出したふた欠片を小皿に載せると、蜜に絡んだ林檎へ――ガリガリガリガリー!! ミル回しまくりすぎ。黒助となった物体の一つを紅亜がぱくり。もう一つは――
「……わぁ……。ほんまに凄い味の物を作るんやねぇ、クレアちゃん……」
頑張れレナード。笑顔だレナード。皆が君を応援している。
「びみょー……?」
その横で、紅亜が表情のないコメントを残していた。
ある意味、崖っぷちのクッキングは続く。
「レモンの絞り汁を追加して更に加熱したら、ザルにあげような。その次は、オーブンで乾燥させるように焼くみたいだぜ」
傍らで見守る陸や、ミア達のフォローにより、紅亜の手作りチョコレート普通化計画は順調に進んでいるようだ。
オーブンの熱で林檎の水分を抜いている間、白藤とレナードは各々、チョコレート製作に励んでいた。
白藤は全員分のチョコレートを作っていたが、四つはシンプルな型抜き。
黒猫は黒亜。
犬は陸。
お化けはネフィルト。
音符はレナード――。
曇りのない美しい光沢が、彼等の“形”を見事に表現している。
その四つとは別に、丸みを帯びた三つのチョコレートには、エディブルフラワーが添えられていた。
ミアには天竺葵。
紅亜には花瓜草。
白亜には菫――。
白藤なりの“印象”を籠めたのか、そうでないのか――それは、白藤のみが知る。
「……バナナチョコにしたほうが良かったやろか?」
「うニャ?」
「ミアバナナ、美味しそうやったしなぁ?」
「バナナは今度一緒に、まうんてんしに行こうニャス!」
「まうんてん……? ――ああ、チョコレートファウンテンのことやろか。えぇなぁ、紅亜も誘って女子会しよしよ♪」
悪戯好きの妖精のように揶揄するつもりが、何時の間にかガールズトーク開催の約束へ。その成り行きに、白藤はころころと楽しそうに笑う。
「紅亜やミアはバレンタイン渡したい恋する人、おるん?」
「こいニャス?」
「こい……?」
ミアと紅亜は目線を上に、半開きにしていた口から――
「ミアは緋写りが好きニャス♪」
「私は……丹頂かなぁ……」
“鯉”違い。
そんな“ずっこけ三姉妹”の和やかな会話をBGMに、レナードもチョコレートの形を整える。周りの手順を参考にして作ったものだが、初めてにしては良い出来映えだ。
「このバレンタインや、お料理が好きっちゅう気持ち。それって何よりも、大切な事やと思うやんね。――なぁ? クレアちゃん」
レナードが肩越しに振り返ると、後ろから覗き見ていた紅亜が小首を傾げた。眠気を宿したような紅水晶が、ふっ、と、上目にレナードを見る。
「好きだから……大切……? よくわからない……けど、お料理って……大人のおままごとみたいなものでしょ……? だから……みんな、楽しいんじゃないの……?」
金のかかったものよりも、心の籠もったもの。食べる芸術よりも、楽しめる美味しさ――。
レナードが作った、甘く優しい“形”のように。
オーブンが、小気味よく歌った。
「これも……味、見た方がいいのかな……?」
紅亜が、湯煎したチョコレートへ、林檎をとぷん。
「ああ、味見してやってこうぜ。味を知ってた方が、相手が食べた時に笑った顔も浮かびやすいだろ? ――というより、俺に食わせろ。チョコは大好物なんだよ」
隣で様子を見ていた陸が、端正な顔を寄せてきた。紅亜は「ふぅん……?」と、チョコレートを絡ませた林檎へ何やら振りかけると、引き下がれなくなった陸の口へ――
「はい、あーん……」
ひょい。
「Σ……!? ……、……。……うん。林檎とチョコとチリペッパーだな」
ギリセーフ。だが、
「ネフィルトはさっきから食べてばっかりだね……お腹空いてるの……?」
「ん? いや、味見ができると聞いて参ったのじゃ」
「ふぅん……あ……そうだ……昨日作ったチョコ……たくさん余ってるから、全部食べていいよー……。――はい、どうぞ……」
「う、うむ。では、有り難く頂戴しようかのぅ。いただきますなのじゃ。
……
……ッ!?
ぐっ……――でぃ、DHAとEPAが、か、身体の隅々にまでゆきわたっ……たっ……t……――」
――アウト。お疲れ様Death。
そして、“ぽむ”に籠めたチョコレート製作も佳境を迎える。
「ミアの……ホワイトチョコも使ったんだ……? 美味しそう……それに……いい香り、する……」
「ニャは、ちょびっとシナモンパウダーふってみたニャス。林檎とシナモンは相性いいから、風味付けにオススメって聞いたんニャスよ♪ くーちゃんもやってみるニャス?」
「やるー……」
ミアの試みに便乗して、紅亜も意気込む。そんな彼女を見て、ミアは微笑みを湛えた。
紅亜の直向きさに水を差したくはなかった。
けれど、紅亜のチョコレートが白亜や黒亜に贈られるのだとしたら、彼等に気を遣わせたくもない。その結果からして、白亜の状態が良い例だ。
誘導や否定は、したくなかった。
只、少しでも、他人の視点から見た味を意識して欲しくて、楽しんでもらいたくて――そんな、友達想いのお節介。
「うまーニャス♪」
勿論、味見という摘まみ食いも忘れずに。
「――さ、ミアもそろそろ作ろうかニャぁ♪」
ミア自身も、レモンとホワイトチョコのマフィン製作に取り掛かる。
贈る皆へ、日々の感謝を籠める為。
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艶やかな“宝石”を一粒一粒大切に、箱へと詰めていく。
「食べ物は見目も大事だぜ。てことで、花を持ってきた」
ガーベラや霞草、鈴蘭――。陸が用意した小花の中から、紅亜は“小夜曲”の薄青を選んだ。絹の白リボン、黒リボン、そして――紫リボンを掛けた箱に一輪ずつ、添えて。
「そう言えば……この前のペンダント、ちゃんと渡せたのか?」
ふと、陸の口から零れ出た物思い。“紫”が、どうしてか心に掛かった。
紅亜は完成した贈り物に満足げな眼差しを宿しつつ――
「んん……だって――生きているか死んでいるか……わからないから……」
淡々と、そう告げた。
●
「――さて、妹に甘すぎなんちゃう? 白亜」
白の自室、白の来訪。
「紅亜が傷付くより、いい」
力なく微笑んだ彼を見て、白藤は眉尻を下げた。味噌で薄く味を付けたお粥と梅干を、ナイトテーブルへ置く。
男性の弱った姿というのも珍しい。
だが、興味よりも先走ったのは――胸に落ちた心配。
「食べれる? それとも食べさして欲しい? うちがあかんってだけで食べずらいんやったら、ネフィルトか陸に――」
「いや……君さえ構わないのなら、頼む」
「あら、白亜もやっぱ、女に食べさせてもらうんがえぇん?」
白藤は冗談交じりに口許を緩ませながら、匙に触れ――
「俺は女性が苦手というだけで、嫌いというわけではないんだぞ?」
手から落としそうになった。
“Happy Birthday・白亜”――黒蝶のメッセージカードと、“謙虚”なチョコレート。黙して添えられたナイトテーブルの端で、何を想うのか。
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黒亜が帰宅すると、ミアとレナードが労いながら出迎えた。そして、for you。
「いつも仲良くしてくれてありがとうニャス。これからもよろしくニャス!」
「ふふー。僕もお菓子作ったんやんね、皆と一緒にクロア君も食べてくれたら嬉しいなぁ……なんて」
陸特製の、蜂蜜が隠し味のホットチョコレート。
ミアのマフィンに、レナードや白藤――紅亜のチョコレート。皆が皆、誰かを想って、心を贈る。
「手作りとか重い」
黒亜が無礼極まりないことを言うが、
「軽いよりいいニャス!」
ミアの粋な返しに、何時もの仲間から朗らかな笑みが零れた。
Be my Valentine――ほんとうの想いを、あなたに。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/02/06 19:50:55 |
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★チョコと一緒に想いをどうぞ★ ミア(ka7035) 鬼|22才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2018/02/11 15:48:29 |