聖導士学校――巣立ちの季節

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/02/10 22:00
完成日
2018/02/14 20:53

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●闇
 乾いた土から闇が染み出る。
 闇は濃さを増し、染み出す速度が上がり、間欠泉の如く吹き上がった。
「7時方向に敵影!」
「作業中止、直ちに迎撃へ移れ」
「構わん、刻令ゴーレムと使え!」
 農業用ゴーレムが抱えた魔導砲から、炸裂弾が連続して放たれる。
 水とも闇ともつかぬものに至近弾を浴びせ、しかし敵を滅ぼすには至らない。
「2班、戦闘装備への切り替えを完了」
「1班、いつでもいけます」
 使い込まれた鎧姿の聖堂戦士達が、泥と砂にまみれた顔に不敵な表情を浮かべる。
 闇が収縮する。
 水蒸気のように漂っていた負の力も合流していく。
 鳥だ。
 横にも縦にも膨れあがった闇色の鳥が、眼球のない瞳から地獄を思わせる炎を噴き出した。
「打て!」
 鉄弓が重厚な音を立てる。
 重く鋭い鉄矢が乾いた空気を裂いて進み、見かけ相応の速さしかない闇鳥に矢羽まで埋まる。
 悲鳴はない。
 闇鳥の嘴から濃厚な闇がこぼれ、触れた地面を薄く消滅させる。
「左右に逃げろぉ!」
 指揮官の叫びに従い1班と2班が別方向へ走る。
 その直後、竜のブレスじみた闇が分厚い防壁を吹き飛ばした。
「敵、飛行能力無し」
「6匹目。目視で5匹目より大きいのを確認、おそらく30センチ増!」
「ゴーレムを下げろ! 当たれば」
 闇ブレスの第二射。
 決して油断はしていなかったゴーレムに命中。
 体を捻って直撃は避けたが高価な魔導砲が修理不能なまでに破壊される。
 新人の聖堂戦士が咳をしている。
 もともと歪虚汚染されていた土地が汚染の強度を増している。
「周辺への警戒を怠るな。弓使いは射撃に専念、他は援護しろ。デクの棒の得意な戦いに付き合うんじゃない!」
 闇色の炎が地面を焦がす。
 避ければ弓使いに当たると判断し、指揮官はメートル近い厚さの盾で受け流す。
「ぬ」
 フルリカバリー。
 骨まで剥き出しになった指が再生するが皮膚までは元に戻らず酷い有様だ。
 狙い澄ました矢が飛来する。
 小さな槍ほどもある矢は左右の翼と首元にあたり、威圧感をまき散らす闇鳥をよろめかせた。
「隊長! 司祭殿が」
 伝令が駆けてくる。
 こんな状況に護衛対象が来ても困るのだがと思った瞬間、遠方に光の柱が現れる。
 闇鳥が憎悪を露わにし、全身の闇が濃さを増した。
「えくら、ばりあーっ!」
 光の柱が倒れてくる。
 荒削りな光が近づいて来る。
 負の気配を祓い、歪虚に立ち向かうものを力づける強い光だ。
 荒荒しすぎて気を抜くと意識を持っていかれそうなのが玉に瑕だった。
「槍衾、3列!」
 盾を放り出し全力疾走。
 闇鳥から30メートル北で穂先の壁を作り上げる。
 歪虚は光の柱の根元しか見ていない。
 力を込めすぎて体を崩壊させながら、爆発的な加速で司祭の命を狙う。
「あのガキをテメェ程度に獲らせてたまるか」
「俺等の特別賞与になるんだよぉ!」
 槍が闇鳥に埋まる。
 鎧が衝撃で変形している。
 だが鍛え抜きいじめ抜いた体はまだ動く。
「死ねぇ!」
 強面聖堂戦士の槍衾が、過去より現れた怒りを1羽仕留めた。

●子供
「司祭イコニア、ルル聖導士学校に監査役として着任します」
「ご苦労。……着任?」
 教育者として知られる司教兼校長が、違和感を覚えて小首を傾げる。
「はい。書類の上では専従ではないことになっています」
 聖導士養成校に来る前に、十数キロ南にある戦場で暴れてきたのでかなり薄汚れている。
 部下の助祭からタオルを受け取り手と顔を綺麗にして、校長の署名のある書類に順次目を通す。
「入学予定者が多いですね」
「ルル様がな」
 弱小とはいえ加護や祝福を与えることの出来る精霊が校舎に出入りしているのだ。
 利益を得ようと傘下の人材を送り込もうとする家系も組織も多数出てくる。
「どうでしょうか。丘精霊様を考慮に入れてもこの人数は多すぎるような」
 卒業予定者13名。
 入学確定が27名。うち非覚醒者の医療課程が3名。
 入学の基準を下げると覚醒者のみで10名以上増える。
「何か心当たりがあるのかね」
「余裕が出てきたから新人育成に時間をかけるつもりになった。あるいは……」
 王クラスの歪虚との決戦に備え、前線への戦力補充速度を落としてでも戦力を増やすつもりかもしれない。
「あー、それとだな」
 酷く言いづらそうな顔で司教が口を開く。
 署名の他は白紙で押しつけられた報告書にとりかかっている司祭が目で問うと、校長は部屋の外へ合図を送って入室を促した。
「失礼します。私を含む4名のハンターズソサエティーへの登録を完了し、2つの依頼を完遂しました。これが報告書です」
 12歳にしては体格のよい少女が、分厚い全身甲冑を着込んだまま綺麗な姿勢で書類を差し出す。
 司祭が受け取ると、小気味良い敬礼が送られた。
「4名?」
「うむ」
「ハンター?」
「う、うむ」
「成績上位陣じゃないですかぁっ」
 気絶しそうになるのをなんとか堪える。非常に好待遇の求人を断ることを考えると頭が痛い。
 報告書にも目を通す。
 字は綺麗でよくまとまっている。
 数年鍛えれば王立学校神学科に入れさせ司教に出来た気がした。
「4人とも卒業に必要な単位は取得済です。3月の卒業までに住居を見つける予定です。ご迷惑おかけしますが何卒よろしくお願いします!」
 部屋の外にいた3人も同時に頭を下げる。
 歪虚討伐という己の夢を叶えている4人が眩しすぎて、少女司祭は4人を止める言葉を見つけられなかった。
 なお、隠そうとしても嫉妬が隠せないため、4人に微妙に怯えられていた。

●地図
 abcdefghi
あ□□平開農川荒荒□ □=未探索地域
い□□平学薬川川川川 平=平地。低木や放棄された畑や小屋があります。かなり安全。演習場扱い
う□平畑畑畑畑荒□□ 学=平地。学校が建っています。緑豊か。北に向かって街道あり
え□平平平平平荒荒? 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お□荒荒荒果果□荒□ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫あり。パン生産設備の準備中
か□荒荒荒荒丘未荒□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き□荒荒荒湿湿荒□□ 開=平地。開拓が進んでいます
く□□荒荒荒砦荒□□ 果=緩い丘陵。果樹園跡有り。柑橘系。休憩所あり。今年は収穫出来る
け□□□荒荒荒荒□□ 丘=平地。丘有り。精霊在住
こ□□□□□□□□□ 湿=湿った盆地。安全。たまに精霊が遊んでいます
さ□□□□□□□□□ 川=平地。川があります。水量は並
し□□□□□□□□□ 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
           未=浄化済みで利用されていない土地
 砦=荒野。中心に浄化拠点。聖堂戦士の1隊が防衛と浄化を担当中。ハンターが何もしないと次々回で立ち去る予定
 ?=平地? 岩が不自然に多い

 学校から丘へ通じる道が出来ました。微量の祝福あり


●依頼票
 臨時教師または歪虚討伐。
 またはそれに関連する何か。
 追記。精霊のお守りはすごくだいじ。

リプレイ本文


 銀の弦が暖かな空気を揺らし、澄んだ音色を校舎の一角に響かせる。
 勉強に忙しい生徒達が何度も手を止め聞き入っていた。
「日ものびて春の近付く気配が嬉しいですね」
 ソナ(ka1352)が語りかけるが反応が無い。
 音量を落として視線を下に向ける。
 カソック姿の幼女が大口を開けお気楽顔で寝入っていた。
 王都で流行の曲から森で覚えた曲に変える、幼女に見える精霊が口を閉じて動かし始めた。
「ルル様は……」
 過去この地で何かあったか尋ねようとした。
 しかし精霊は困ったように小首を傾げるだけで何も教えてくれなかった。
 嫌われている訳ではない。
 危ないものに巻き込まれないよう、気を使われていた気配があった。
「ソナさんこんにちは。丘精霊様も」
 見慣れた顔が窓越しに挨拶してくる。
 イコニアだ。
 激しい運動直後のようで、服はいつものカソックでは無く運動着。
 手に持っているヨーグルト入り容器が外見年齢を2つほど下げている。
 こうしていると聖堂教会の司祭には見えず、だからこそ丘精霊とよく似ているのが分かってしまう。
「イコニアさん」
 他の誰も聞いていないことを確かめた上で、抱いていた疑問を口にする。
「確認ですが精霊様の記憶の話って私、しましたよね?」
 エクラ教徒がここにいたエルフの集落を滅ぼした。
 精霊を通じ得てしまった情報だ。
 人間の少女から甘さが消え、1人の司祭としてソナと精霊を校舎の奥へ導いた。
「聖堂戦士団の隊長格には伝えています」
 ソナの表情が険しくなる。
 今、南で暴れている大型歪虚は、まず間違いなく過去のエルフやその憎しみ由来の歪虚だ。
 正直思うところはある。
 だが命を危険にさらす覚醒者をさらに危険に追いやるつもりは全くなかった。
「お恥ずかしい話ですが、情報の管理が雑な者が多いのです」
 最悪の場合、歪虚の原因がエルフという真実1割悪意9割の噂が王国中に広がりかねない。
「ですが」
 ノックの音が会話を中断させる。
 誰何の後扉を開く。
 穏やか表情の聖職者が3人、古文書が収められた木箱を手に静かに立っていた。
「ありがとうございます。フィーナさんを」
 イコニアが動く前に幼女精霊が消えていた。
 十数秒後、はしゃぐ精霊に手を引かれてフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)が現れる。
「こちらが閲覧希望者であるハンター、フィーナ・マギ・フィルムさんです。フィーナさん、こちらは」
「聖堂教会で古文書の管理を担当しております。誠に申し訳ありません。閲覧は本日中、我々の目に入る範囲でお願いいたします」
 3人が目礼する。
 カソックの下に分厚い筋肉が隠されているのに、フィーナとソナは気づいていた。
 なお、幼女精霊はイコニアからヨーグルトを奪おうとして失敗。
 イコニア共々ヨーグルトを頭から浴びていた。
「ここで読む」
 フィーナは平然と木箱を受け取り蓋を開ける。
 中にあるのは丁寧に保管されているのに劣化が見える地誌に書簡。全て羊皮紙製。
「確かに」
 普通の歴史書には、この地方について薄い情報しか載っていない。
 王国は比喩で無く千年続いているのにこの地の情報は百年程度しかない。
 手袋とマスクを付けた後、古文書を傷めないぎりぎりの速度で目を通す。
 退出しようとしたソナに、イコニアから別の手袋とマスクが差し出された。
 他の聖職者は気づいていないふりをしている。
「ふむ」
「記録が、残っていたのですね」
 エルフとの交流とその断絶の課程が淡々と綴られている。
「イコニアさん」
「私が当時、司祭以上の立場でこの地にいたとしたら」
 丘精霊が風呂を求めて走って行く。
 聖職者達は恭しい態度で進路を開け頭を下げている。
「同じ事をしたと思います」
 どこか遠い場所に、嘆きと憎悪の気配が新たに現れた。


 目のない鴉がワイバーンを追っている。
 10の群れ、20の群れが必死に追っても追いつけず、気づいたときには巨大の団子じみた塊になっていた。
 ワイバーンが一瞬振り返ってファイアーブレス。
 十数の目無し烏が燃え尽きるが団子のサイズはほとんど変わらない。
 攻撃した分速度が落ち、尻尾をついばまれそうになって何度も回避。
 再度加速して十分速度を上げたところで、ロニ・カルディス(ka0551)は得物に手を伸ばさず魔導スマートフォンのシャッターを押した。
 数十メートル下の地面が高速で流れていく。
 所々に石材ともゴミともつかない何かが見える。
 回避と移動の指示を行いながら脳内で情報を検討、検索する。
 普通に考えれば家の残骸のはずだが違和感がある。
 先入観を消して再度検討。
 一番近く思えるのは、数世代に渡って放置された墓だろうか。
 普通は気づかず、または気づいても気にされずに再開発して消えていくものだが、そのくらいしか思いつかない。
「このくらいにしておくか」
 青紫色の鱗を持つワイバーンが一度だけ安堵の息を吐いた。
 3桁の歪虚に追い回されるのはかなりのストレスだった。
 次のブレスに向けて内圧を高めようとしたとき、南東の方向から極寒の気配に気づく。
 正と負で方向性は異なるが、主であるロナに匹敵する気配だ。
「闇鳥、か」
 視線に知性が感じられる。
 元の人格が残った状態で歪虚に成り果てるというのは、あらゆる意味で無残だった。
 視線が逸れる。
 人間でも聖堂教会の司祭でもない者など獲物に値しないとでも言いたげだ。
 ロニの眉が物憂げに動く。
 学校生徒は皆人間で卒業時に助祭位を得る。闇鳥に狙われる危険がありそうだ。
「ラヴェンドラ、頼んだぞ」
 ワイバーンの背に軽く触れた後、ロニは鞍から飛び降り地面に土煙を上げ着地した。
 目無しの鴉が進路を変える。
 数匹ワイバーンを追うが残りはロニ1人を狙い、空を埋め尽くす勢いでロニへと迫る。
 つまり、これまで以上に密集したということだ。
「彼らが憂いなく卒業できるよう、周りの掃除ぐらいは引き受けよう」
 ロニの影から無数の刃が伸びてくる。
 光を反射せずただただ吸い込んで、ロニと闇烏が接触する寸前に刃が花開く。
 硬い嘴もしなやかな翼も、全て同じく砕かれ渦を巻く。
 数が多すぎるため一度には消えきれず、負のマテリアル混じりの生臭い風がロニに強く吹き付ける。
 歪虚の数はまだまだ多い。
 速度を活かしてロニに打撃を浴びせ、しかし強靱な盾を貫くことは出来なかった。
 刃が乱舞する。
 何度も何度も容赦なく繰り返す。
 生き残りの闇烏が冷静さを取り戻したときには、20を切る数しか残っていなかった。
「待たせたな」
 ワイバーンが滑り込む。
 ロニがまたがると猛々しい咆哮をあげ飛翔する。
 元気に暴れる【ラヴェンドラ】を、ロニは静かな目で見つめていた。


 小さな足が少女司祭の足を蹴る。
 もう一度蹴ろうとして自分の方がダメージが大きいのに気づいて涙目になる。
 よろめきながらエルフを背に庇い、手を広げてイコニアを睨み付けた。
「ルル様、わたしは大丈夫ですから」
 ソナが言っても聞き分けてくれない。
「あの、ほんとにごめんなさい」
「いいえ。イコニアさんが誠実に答えてくださったことは分かりますし」
 本人は差別意識も薄いし歪虚の脅威があるのに内ゲバするほど愚かではない。
 ただ、数百年前の荒っぽく倫理も薄い状勢なら、統治コストを下げるためエルフ排斥を援護した可能性が高いのも事実。
 フィーナが丘精霊を抱き上げ近くの椅子に座らせた。
 自分で書き写したメモを取り出し、それを元にいくつもの仮説をたてる。
 かつて集落があった可能性の高い場所をいくつか書き込み、戦闘記録と重ね合わせ、かまってーと手を伸ばしてくる小さな精霊に気づく。
「だめ」
 柔らかなほっぺをついて押し戻す。
 最近ちょっと甘やかしすぎたかなと思いつつ、何度も仮説を立てては可能性が低い順に取りのけていく。
 ここはここは元はエルフの領域だ。
 遺跡跡も確実に存在する。
 彼等が滅びたのは確実で、その悪意が歪虚になって湧いて出てる。
 これを止めるには過去を学ぶのが最低限必要だ。
 が、そのための情報がまだ足り無い。
 フィーナ達のこれまでの実績故か聖堂教会は協力的だ。しかし過去の聖堂教会は情報を消すか隠している。現地で調査をするしかないのかもしれない。
 ソナと視線が交わる。
 ルルは全て知っている。
 フィーナは尋ねる気がない。
 過去の記憶と相性の良すぎるソナは情報の引き渡しを拒まれている。
 どこにエルフが埋められたか知りたくても、丘精霊は悲しい顔をして一時的に逃げ出してしまうのだ。
「イコニアさん、精霊様に形を与えたことで……」
「歪虚から狙われるのには関係ないと思います。聖堂教会中央に怒られてもおかしくないですし」
 丘精霊ルルはエクラ教様式のカソックを愛用しているがエクラ教には悪意どころか興味もなく、格好がエクラだからこそ非エクラ行動が目立つ。
 少し寂しげなイコニアの目を見て、ソナは唐突に気づいてしまった。
 あの修道士と同じだ。
 だから私達は……。
 地下へ引っ張られるソナの心を、小さな精霊が必死にこの場に止めようとしていた。
「ここから始めるのが無難」
 フィーナがペンで一点を示す。
 丁度そこは、ロニが今回調査を行った場所だった。
 くう、と腹が鳴った。
 先程までの全てを忘れたかのように、精霊ルルが甘い匂いに釣られてふらふら飛んでいく。
 匂いのもとは厨房だ。
 艶のある黒髪を清潔な白布でまとめたドラグーンが、クッキー生地を捏ねる手を止めて淡い息を吐いた。
「どうしよう」
 顔を合わせづらい。
 龍園育ちである意味箱入りなユウ(ka6891)にとりイコニアは特別な存在だ。
 歪虚と戦う先達であり強い浄化の力を持つ。イコニアが龍園所属ならユウが護衛に任じられていたかもしれない。
「イコ……カーナボンさんを」
 心配だったとはいえ名前で呼んでしまった。
 そのときの反応を思い出す。嫌われてはいないはずだが、関係を変えることへの戸惑いと躊躇があってどうにも一歩が踏み出せない。
 大きな生地を軽々と抱え上げる。
 少し寝かしてからオーブンに入れるつもりだっのだけれど、細いというより幼い手がそっと伸びてきた。
「駄目ですよルル様。少量ならつまみ食いも構いませんが、材料で遊ぶのはめっ、です」
 躾けの行き届いたお嬢さんである。
 龍が滑る地で生まれ育ったせいか、敬意はあっても意味の無い遠慮は一切無い。
 くっきー……。
 縋るようなイメージが送り込まれてくる。
「試作品はお裾分けしていまいました。……そうですね」
 オーブンの状態を確かめながら考えをまとめる。
「ザッハトルテを持ってきました。受け取って下さいますか? 今日は1人で丸ごと、ね」
 しゃがんで、目をあわせ、チョコで包まれたお菓子を渡す。
 暖かい気配がふわりと漂い、ユウの頬から角をゆっくりと撫でた。
 ユウはくすりと笑って作業に戻る。
 型抜、並べ、紙を敷いた鉄板に載せオーブンへ。
 精霊の瞳には食欲よりも好奇心が強くなる。なお、お菓子はとっくにお腹の中だ。
「ルル様。今日は一緒にお菓子作りをしてみませんか?」
 元気よく首肯し銀の髪が揺れる。
 その日、この地に住む者全員にクッキーが振る舞われた。
 誰もいないはずの場所にも複数、精霊作のクッキーが供えられてたという。
「あの」
 蹴られた足を抱えてどんよりしている司祭が1人。
 その前に立ったユウが、呼吸を整え静かに口を開く。
「イコニアさん! ……とお呼びしていいでしょうか?」
「ふぁい」
 返事は涙で湿っていた。
 ユウが背中を撫でてあげると、目を潤ませて顔を伏せるのだった。


「だからやりすぎって言ってるでしょう!」
「イコちゃんは戦闘狂だから、ここであと数年実績積んだら絶対聖女になれると思ったんだよ!」
 片刃の大剣を模した木刀が練習用メイスを受け止める。
 反撃の斬撃は、刃部分が丸く成形されているのに鋼鉄製盾の端を斬り飛ばす。
「だから大公様に、大公派の聖女要りませんかって手紙出しちゃったんだよねぇ……届かなかったのかと思ってたけど」
「また面倒な所にっ。私はこれ以上仕事増やつもりはないんです、よっ」
 セイクリッドフラッシュ。
 練習用メイスを使っているため威力は半減しているはずなのに、肺まで衝撃が突き抜ける。
「別にイコちゃんの好きにすればいいと思うよ? 聖女になれば今よりバンバン前線に出られると思うけどっ」
 薙ぎ払い。
 避けづらい斬撃に盾が間に合わず、肩を打たれた少女司祭が重い息を吐く。
「使い潰してからの方が役に立つ役なんて誰がしますかっ」
 メイスがいなされる。
 即座の反撃はダンスの如きステップで躱される。
 練習という名目の決闘は、本人達は真剣でも非常に仲が良さそうに見えた。
 2時間前。
 戦闘と浄化作業の疲れをとっている最中の聖堂戦士団部隊に要請が持ち込まれた。
「貴方がたの行動を子供たちの憧れとして刻むには、子供達が行ける範囲で歪虚が出る場所での合同演習じゃなきゃいけない。それが貴方がたのトップの目的にも叶うと思うよ……お分かり?」
「安い挑発だ」
 一晩休んでもまだ疲れがとれないクルセイダーが、獰猛な笑みを宵待 サクラ(ka5561)に向ける。
「のってやらぁっ! テメェ等出番だ3分で準備しろ!」
 こうして、酒の臭いのする男達が真顔で動き始めた。
 偵察戦闘安全確保に要所の浄化。
 数は生徒よりも少ないのに効率は3倍以上だ。
 3平方キロの安全確保を終え、0.5平方キロにも手こずる生徒を見守る。
 もっとも、サクラ対イコニアの喧嘩が始まってからは2人の見物に移行しているわけだが。
「結婚して聖女になれなかったらシャルシェット卿の巧妙な妨害工作に負けましたー、って言い張るから」
「聖女が必要なら自分でなりなさーい!」
 木刀とメイスが互いにめりこみ火花が散る。
 色合いの異なる滑らかな肌に火傷が生じても双方一歩も引く気は無い。
 護衛担当のイェジド【二十四郎】が、器用に肩をすくめて主にイコニアの死角を警戒していた。
「雲の上だなありゃぁ」
 戦士団の大量の一人が陰りのない笑いを浮かべて自分の髪を掻いた。
「っとすみません、続きをお願いします」
 淑女に対する礼節と、高位のクルセイダーに対する礼で以てソナに向き直る。
「穴掘り?」
 隊長の顔に困惑が浮かぶ。
「俺達は見ての通りの連中でして」
 浄化作業の際に乱暴に崩された建物や水路跡を示す。
 調査や慰霊の意図があるなら悪いこと言わないから別の人間に頼めと、出来るだけ丁寧な口調でソナに返事をする。
 ソナのワイバーンが降りてくる。
 交渉に調査に戦闘と忙しくしているため、特に調査は難航していた。
「今回も、負けですか」
 荒い息を吐きながらイコニアが礼をする。
 前髪は額に張り付き髪全体が汗を吸って重い。
 酷く血の気の薄い顔色を除けば、活発な少女に見えたかもしれない。
「どうも、イコニアさん」
 カイン・マッコール(ka5336)が落ち着いた足取りで近づいて来る。
 少女司祭の表情が固まり、凄い勢いで汗を拭き表情筋を駆使し取り繕う。
「どうされました?」
 前回顔を合わせた際に、自分の恋愛観・結婚観を上から目線でついうっかり開陳してしまったので非常に顔を合わせづらい。
「結婚……ではなく、前回言われたことについてなのですが」
 イコニアの額がこれまでとは違う汗でじとりと濡れる。
 あまり緊張した様子のないカインに、ほんの少しだけ恨めしげな視線を送る。
「お話したいことは沢山あったのですが、顔を見たらし話そうとしたことがすっ飛んでしまいました」
 嘘はない。
 緊張感を空振りさせられた少女の内心が混乱状態に近くなる。
「今の自分の感情がどのようなものかは僕自身、今一理解できていないのですが、少しでもイコニアさんの近くには居たいとはおもっています」
 では、と丁寧に挨拶して持ち場に戻る。
 ソウルトーチで引きつけ圧倒的な防御で防いで一太刀で始末する様は、聖堂戦士団とは別方向の熟練を感じさせた。
「計算尽くで言っているなら関係を断ちますけど」
 ヴェールで顔を隠す。
 微かに出た耳が驚くほど赤い。
「結婚関係無く付き合うって、うあー、天然女たらしじゃないですかぁ!」
 地団駄を踏んでから両手で顔を押さえてうずくまる。
 再起動するまで、かなりの時間が必要だった。


 ホロウレイド以後に人が去り、高位の覚醒者でも滅多に立ち入らない汚染済み荒野。
 そこに立ち入ろうとする2人と1頭と1両の姿があった。
「さあ、行こう。エイル! ……エイル?」
 イェジド【エイル】は足を止めたままだ。
 視線を左右に向け、優れた嗅覚で異変を探し、主と己のために警戒を怠らない。
「お先に」
 重装甲の魔導トラックが走り出す。
 【エイル】と比較すると回避に全く向いておらず、CAMと比べると装甲も決して厚くない。
 だが一般的な魔導トラックとは比べものにならないほど装甲が分厚く、車体も頑丈で不整地仕様、しかも寝台や大型荷台までついている逸品だ。
 【エイル】が早足で歩き出す。
 魔導装甲車【スチールブル】も全速は出しておらず、歪虚汚染済みの土地で驚くほど優雅に見える旅が始まった。
 イツキ・ウィオラス(ka6512)は槍を握り直し、【エイル】を見て、また槍を握り直す。
 やる気を受け流された感じがしてもやもやする。
「イコニアさんからいくつか預かっています。次の休憩のときに確かめてください。……今でもいいですよ?」
 エルバッハ・リオン(ka2434)が説明すると、【エイル】が【スチールブル】の背後から近づき速度をあわせた。
 周辺警戒中のイツキが気づいてしまう。
 水、食料、タオルに毛布に燃料。そして携帯トイレ。
 思わず赤面してしまい、軽く咳払をした。
 次の瞬間表情が引き締まり穂先が安定する。
 【エイル】を走らせ空を見上げると、はるか高空から目無し烏が急降下してくるところだった。
 5つの銃声が連続して響く。
 砕かれた目無しの烏が風に溶け、車載機関銃から硝煙が流れていっていた。
「いつもこの調子なら1週間でも遠征出来るのですが」
 エルバッハが思わずぼやく。
 数羽の歪虚なら【スチールブル】だけで撃退出来るのだが、奥に進むと3桁後半現れかねず、そうなるとスキルを駆使して逃げるしかなくなる。
 CAMを使うか、あるいは軍馬に乗って術を使えば撃退は出来る。だがその場合は調査に必要な物資が足り無くなる。
 フロントガラスの向こうで【エイル】が駆けている。
 イツキが蒼い槍を一閃させると伏せていたスケルトンの上半身が砕けた。
「小休止をとりましょう。そちらの方も」
 エルバッハがエンジンを止めて荷台を解放する。
 新鮮な水にありつけたイェジドが、機嫌良さそうに尻尾を振っていた。
 6時間が経過する。
 慎重かつ丁寧な調査は参加人員の神経を消耗させる。
 仮にこの場に聖堂戦士団がいたなら、2人と1頭と1両だけで生き残れていることに気づいて驚愕していただろう。
 【エイル】が頭を上げた。
 全く変化のないはずの荒野を何度も見渡し、やがてある一点に視線を固定する。
「学校の近くに未探索地域が残っているというのも不安がありますから、もう少し調べたかったのですが」
 つまんでいたクッキーを袋に戻し、エルバッハがターボブーストのスイッチを入れる。
 クッキーに残っていた精霊の祝福が、急激に増す負の気配に負け薄れて消えた。
 【エイル】が駆け出す。
 意外と凸凹の多い荒野を縫うよう走り抜け、爆発的に膨れあがる負のマテリアルの元へ急行する。
 鳥と表現するには禍々しすぎる異形が実体化。
 壮絶な体当たりを滑るようにして躱し、イツキの槍と【エイル】の牙が闇で出来た腹を切り裂いた。
 エルバッハは観察している。
 回避は問題なし。攻撃力も闇鳥を引きつける程度にはある。
「目測で7メートルの闇鳥を発見。イツキさんが迎撃中。私は」
 記録のため魔導スマートフォンを作動させた後ハンドルを切る。
 サイドミラーでもバックミラーでも見えない頭頂方向から、10羽単位の目無し烏が次々降ってきては地面で砕け散る。
「飛行歪虚の注意を引きつけながらお回りして学校に向かいます」
 スモークカーテン発動。
 魔法的でもある煙が目無し烏を惑わし無意味な自爆を乱発させる。
 歪虚もやられるだけではない。
 【スチールブル】の回避能力は高くなく、運転とスキルで補っても少しずつダメージを受けて装甲がすり減る。
 やがてエンジンの音に異音が混じり、飛行歪虚に追いつける程度まで速度が落ちてしまった。
 生き残りの烏が空高くに上がっていく。
 この地を何度も侵した敵を仕留めようと、全滅と引き替えに勝ちを得るつもりだ。
 エルバッハは無言のまま【スチールブル】から降り、淡々と炎の術を詠唱する。
 目無し烏が来る。
 射程が延長された火球が爆風を生じさせ、20匹もいない歪虚を残さず消し飛ばした。
「さすが」
 気配だけでエルバッハの戦果を感じたイツキが、イェジドと共へ横へ跳ぶ。
 闇鳥がブレスを吐きながらイツキに向き直ろうとして、炎が追いつくより早く息切れして巨体をふらつかせた。
 【エイル】が逆方向へ跳ぶ。
 イツキが槍で受け流す。
 寸前までなかったはずの巨大な嘴が、槍に受け流され超重量と共に地面に突き刺さる。
 逃げるなら最後のチャンス。
 仕留めるなら絶好のチャンスだった。
「其の悪夢を、此処で断ち切ります!」
 傷ついた腕で槍を突き立て、穂先から一直線にマテリアルを展開する。
 闇で出来た肉が溶け核が剥き出しに。
 光に触れた核が澄んだ音をたて砕ける。
 正のマテリアルに焼き尽くされるまで、空洞の瞳が呆然とイツキの耳を見下ろしていた。


「お帰りなさい」
 にこりと笑って出迎えるイコニアは、顔からカソックまで傷だらけだった。
 精神的には回復したようだ。
「ただいま戻りました。クウさん達もお元気そうで」
 空をいくワイバーンが目でイツキに挨拶する。
 そこから加速し、胸に正のマテリアルを溜め、多数のレーザーとして吐き出し地上のスケルトン群を消滅させた。
「演習中ですか」
 生徒につきあってくる聖堂戦士団も暇ではない。
 明日には南に展開中の部隊と交代することになっている。
「ルル様、歪虚がいるのに出てきちゃ駄目って言ったでしょ! ほらリンゴ飴のお代わりあげますから」
 サクラがお菓子で精霊を誘導している。
 緊急時に避難の足となる魔導トラックとその運転手も、最悪の展開が怖くて緊張しきっている。
「大丈夫ですか? よければ」
「い、いえ、魅力的ですけど立場がありますから」
 【エイル】が悠然とその場に座る。
 青みがかった銀毛は強靱でありながら柔らかそうで、つまりとてもモフモフしたい。
「司祭様ー!」
 元気の良い4人組が手を振っている。
 先程クウとユウに援護されたのに、どうやらその援護に気づいていないようだ。
「聖導士関連の求人に関しては言い訳考えなくていい」
 口を開きかけた少女司祭をフィーナが止める。
「振ったのは向こうだし。あの子達は……弱くはないわよ」
 周辺警戒を含め雑な部分は多々あるものの、弱点を踏みつぶせる体力と重装甲を扱えている。
「そうかも、しれませんね」
 緑の瞳に一瞬だけ暗い影がさす。
 鍛えてもろくに筋肉がつかない我が身を思い、出そうになったため息を堪える。
 無意識に、【エイル】のモフモフに救いを求めていた。

依頼結果

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ラヴェンドラ
    ラヴェンドラ(ka0551unit004
    ユニット|幻獣
  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ルーハン
    Laochan(ka1352unit003
    ユニット|幻獣
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    スチールブル
    スチールブル(ka2434unit002
    ユニット|車両
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ハタシロウ
    二十四郎(ka5561unit002
    ユニット|幻獣
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    エイル
    エイル(ka6512unit001
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    シュヴァルツェ
    Schwarze(ka6617unit002
    ユニット|幻獣
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    クウ
    クウ(ka6891unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/02/08 20:21:48
アイコン 帰還前の聖堂戦士を使い倒せ?
宵待 サクラ(ka5561
人間(リアルブルー)|17才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2018/02/10 20:14:08