• 反影

【反影】無間地獄のレーザー戦車

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/02/20 09:00
完成日
2018/02/25 21:06

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●繰り返される地獄
 若い父親が身を投げ出した。
 膝から下が消し炭と化し本体から脱落。
 左腕が鉄の触手に巻き込まれ骨まで砕かれ液状になる。
「逃げろ!」
 必死に妻子に呼びかける。
 だが、最期に聞きたかった妻子の声も、走り去る音さえも聞こえない。
 既に痛みも感じない体を捻る。
 本能がこのまま目を閉じろと叫ぶ。
「あ」
 娘がいる。
 眼球が転がっている。
 すっかり生意気になってしまった娘が。
 眼球の周囲に転がっているのは肉と、骨と、指。
 慟哭は押し寄せる鉄触手に押し潰され何も残らない。
『艦橋要員は携帯武器を受け取れ』
 レーザーが肉と骨を焼いて脳味噌を煮立たせる。
 絶望から引き金を引いた同胞を、誰も彼もが無視している。
『これより第2格納庫へ向かう。1人でも多くの民間人を脱出させ……』
 既に滅びは決まっている。
 無数の滅びを繰り返しているのに気づかないまま、彼等は常に新鮮な地獄を味あわされていた。

●ハンターオフィス会議室
「えー、これより第11回シミュレーションを行います」
「わー」
 やる気の無い口調で声をあげつつ手をテキトーに叩く白衣の科学者達。
 同じく白衣のパルムは元気よく手を叩いているが音は小さい。
「例の宇宙船っぽい何かからハンターが持ち帰ったデータを元に再現しました」
 3Dディスプレイに多脚機械が現れる。
 上部についている球体に奇妙な愛嬌があった。
「これとCAMを戦わせまーす」
 オファニムが2機現れる。
 超回避中火力と大火力中装甲の組み合わせで、並の歪虚ならダース単位で相手に出来るはずだった。
「すたーと!」
 超回避のはずのオファニムの前面装甲が溶け落ち操縦席に流れ込む。
 中装甲のオファニムが胸を境に両断されてその場で転げる。
「おわり!」
 責任者はストレスのあまり白目を剥いて口の端には泡が浮かんでいた。
「司会を交代しました。私、ハンターズソサエティーの……はい、早速説明させていただきます」
 真面目な顔をしたオフィス職員が、緊急入院した科学者の代わりに壇上へ立つ。
「先日行われた未確認領域の調査において、ハンター複数が極めて高度な機械群と接触しました」
「外宇宙に行ける宇宙戦艦じゃろ?」
「はい、その可能性はあります」
 茶化す発言に大真面目に答える。
「サルバトーレ・ロッソ以上の巨体に実用的な光学兵器を備えた人工物です」
 ハンターからの聞き取り調査を元に作成された図面が、別のディスプレイに表示される。
「素人の設計ではないですな」
 研究畑の軍人が渋い顔をしている。
 これが歪虚に造られたなら重大な脅威だからだ。
 歪虚化された場合も同様だ。
「ハンターが滞在中、狂気のVOIDに似た歪虚の襲撃にあいました。時系列順に表示します」
 外部の対空砲があっさりと制圧される。
 頑強な装甲も圧倒的な数には抵抗出来ず穴が開き、迎撃に向かった多脚兵器もあっさり蹴散らされた。
 ハンターが防衛に加わるまでひたすら一方的な展開で、ハンター参戦後の驚異的な粘りとはあまりに違い過ぎる。
 ハンター転移後24時間に到達する。
 動画が止まりそれ以上進まなくなる。
「設定ミスかい? 多脚の……とりあえずレーザー戦車と呼ぶね。戦車とハンターの力が前のシミュレーションと違い過ぎるのだけど」
「はい。どうして違うか皆さんに特定をお願いしたいのです。これらの兵器を放置することはできません。次に調査するハンターの安全のためにも、是非」
「OK了解。そういう仕事ね」
 言葉を使った殴り合いが始まった。
「シミュレーションに覚醒者の能力反映できてねぇだろ! 連中は普通に予知する超人だぞ」
「そりゃ仮説じゃろうが!」
「人体実験OKならすぐにもデータとってシミュレーションに反映するわい」
「この野郎」
「あたしゃ女だよ畜生。ああもうあたしが覚醒者なら実験し放題なのにぃ」
 かなり脇道にそれはしたが、各分野の専門家による推測が形になった。
 ハンターなら生身でもCAMならおそらく回避可能。
 レーザー戦車が歪虚化した方が楽。負マテリアル混じりのレーザーなら多分ハンターは生身で耐える。
「それより例の言語ですよ言語。あれ騙すつもりで作ったのなら天才ですよ」
「日常会話レベルの単語集と用例集を仕上げました。データでもプリントアウトでも人数分用意出来ます」
「ニュアンス不明の単語が多いようだが」
「無茶を言わないでください。1個人が1日に満たない時間で集めた情報しかないんですよ。旗の色を間違えないようするのが限界です」
「降伏と絶滅戦争の宣言を取り違えるというアレかー」
 こんな事情で、依頼票にコミュ力必須と記載されることになった。

●調査依頼
 未確認領域の調査。
 幻か転移か異世界か分からないが、とにかく宇宙戦艦の中に跳べるのでその場の調査と歪虚の討伐、可能なら原因の究明と解決を行うこと。
 現地には人間に見える歪虚と、狂気似た狂気より弱い歪虚が多数いる。
 調査の際にはコミュニケーション能力必須。
 武力解決を図る際は大戦力が必要と思われる。


●推測地図
 扉 扉:格納庫を閉ざす扉。扉の向こうにイコニアがいます
 | |:長さが20メートルの通路。どの通路も20メートル級狂気が通行可能
 民 民:民間人に見える歪虚。若い親子連れ中心。44名。
 |
 |
 ハ ハ:ハンター初期位置
 |
 軍 軍:軍人に見える歪虚。8名
 |
 狂 狂:4メートル狂気が1体ずつ計12体出現
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 |
 |
 |
 階――(略)―階―――倉  倉:多脚戦車が百機機以上待機中
 |      |
 |      |
 |     (略)
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 |      |
 |      外 外:艦外に出る隔壁
 |
 |
 艦 艦:艦橋。押し入ると好感度激減
   階:立体的三叉路

●残り24時間
 再度踏み込むと、1人だけ別の場所だった。
 兵器というには威圧感の薄い乗り物が1つ。前回同行し情報収集を行ったハンターによると脱出艇らしい。
「どうしましょう」
 最も近くの扉の向こうには歪虚の気配が複数ある。
 前回は歪虚の気配に気づいて頭が戦闘一色になり、メイスで殴って扉を破壊しようとした。
 今回は最初からハンターの方針にあわせようとは思うのだが……。
『こっちだ、急げ!』
 別方向の扉が開く。
 寛いだ格好の、しかし鍛えられた体格の軍人風歪虚が現れる。
 携帯するおそらく小型レーザー砲を、緊張しきった表情で聖堂教会司祭に向ける。
「お邪魔しております。私に戦意はありません」
 計算し尽くされた表情と姿勢で言葉を発する。
 全く異なる文化圏に属する者でも、敵意を維持するのが困難な態度だ。
 だが歪虚への殺意を隠しきれていない。ハンターの目がないため自制が甘いのだ。
 人間の意識を持つ歪虚達は、少女司祭を人の形をした歪虚として認識していた。

リプレイ本文

●CAM来訪
 細く薄く頼りない。
 星間文明の人々から見ると、CAMは無意味に大きな玩具にしか見えない。
 実際に動くところを見ればその圧倒機敏さと見た目以上に火力に気づくはずだが、今現れたのは4機のCAMに1機の刻令ゴーレム。
 お互いが邪魔になるため、レーザーすら躱す回避能力も高位歪虚に穴を開ける火力も実演できない。
「俺は特殊部隊『ブラックペイン』の隊員。コールサインは『ナイト1』だ。状況の説明を求む」
 精悍な印象の魔導型デュミナスから、瀬崎・統夜(ka5046)の言葉が滑らかに響く。
 警戒はしていても敵意は見せない。
 銃口は向けず、しかし即座に戦闘行動に移れる態勢を保っていた。
 その様は理想的なリアルブルー軍人による理想的な対応といってよかったが、受け取る側はリアルブルー人でも血の繋がりのある他世界人でもない。
 どうにも反応が鈍かった。
「よく分からん状況だな」
 統夜はマイクを消音設定にしてつぶやいた。
 負のマテリアルに満ちた荒野を移動中にいきなり引き込まれた。
 特大のトラックがすれ違いできる廊下にいるのは、ハンターとCAMと歪虚の気配がする人間達。
 見慣れた狂気VOIDに近い歪虚が1つ、歪虚人間にその鈍い刃を向けようとしていた。
「未知の様式、未知の文明、か……」
 邪魔をしないよう、されないように集団から抜け観察する。
「だがそれで異星というにはまだ早すぎる」
 歪虚人間の外見は人間の範疇にある。
 子供は弱々しくも可愛らしく感じられるし、若い父親らしき個体も同じく若い母親らしき個体もそれらしく見える。
 クリムゾンウェストははるか古代において今では及ばないほどの高度な文明があったと聞いた事がある。
 知識と技術の蓄積を甘く見る気は無い。
 今のクリムゾンウェストにも過去を記録しているシステムがある。
 現状は類似システムの暴走あるいはシステムを利用した欺瞞なのではないか。
 そんな思考を数秒のうちに済ませた上で、統夜は己の軍人として押し通すことに決めた。
「対VOID戦の援軍に来た。貴官等は……」
 歪虚人間、その中でも軍人らしい個体は弱い歪虚に押されている。
 どちらも統夜から見ると弱すぎて、武力による介入をすべきかどうか悩んでしまう。
 口径7インチの小型砲が砲弾を吐き出した。
 砲弾は民間人歪虚と軍人歪虚の頭上を越え、中型歪虚に向かい大量の破片を降らせて鉄の皮膚と肉と骨を抉る。
「目標視認。排除開始」
 青髪の人型が鋼鉄製の銃を構える。
 人型も、銃も、歪虚人間の価値観では太古の遺物にしか見えない。
 はるか昔に精霊と縁を切ってしまった人々には、マリナ アルフェウス(ka6934)から発せられる活力も対歪虚魔導銃の凄みも感じられないのだ。
「戦意があるなら支援を乞う」
 狂気もどきに1発当てて止めを刺す。
 薄れて消えた狂気と入れ替わりに次の個体が現れるが、これも炸裂弾の破片に巻き込まれていたようで既に半死半生だ。
 マリナは表情を変えずに困惑する。
 前回と比べて歪虚人間の反応が非友好的なような気がする。
「今回は……」
 銃口を下に向け、弾倉内の弾丸を外しつつ一瞬横に視線を向ける。
 CAMもゴーレムもオートマトンよりずっと大きい。警戒されてしまうのは仕方がないのしれない。
「突然で信じられないだろうが、俺等は別の世界であの化け物と戦っているハンターってモンだ」
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)が一歩前に出る。
 非常識なほど強靱で相応に重い鎧を着込んでいるのに、彼女の動きは重さを全く感じさせない。
「全部信用しろとは言わねぇが、少なくともあの化け物の敵同士ってことで、俺等が戦う必要はねぇ」
 頼り甲斐のある笑みを浮かべている。
 ただ、生命力が強すぎて歪虚人間達には眩しすぎる。
 彼等は武器を手放さず、しかしボルディア達を攻撃することはせず戸惑っていた。
 なお、ボルディアは内心を顔に出さないようするため苦労している。
 背後の扉の向こうから、馴染みの人間による剥き出しの殺意が強烈に感じられる。
 歪虚絶対殺すクルセイダーは今日も元気だなあと半ば現実逃避気味に考えながら、ボルディアは歪虚人間の暴発を防ぐため四苦八苦していた。

●刺客鎮圧
 聖堂教会とは、歪虚相手に数百年以上戦ってきた武装宗教組織である。
 その役職持ちとなると歪虚殺しに命を賭けているのも珍しくなく、司祭であるイコニアが戦闘を開始していないのは奇跡に近かった。
「……アしゃんっ! 敵意……抑……」
 扉をドンドン叩く音とすっかり聞き慣れた声が微かに聞こえる。
 イコニアは冷たく整った笑みを浮かべたまま、じりじり距離を詰めてくる歪虚人間達を一瞥した。
「た、隊長っ」
「ここをどこだと思っている!」
「は、い、畜生!」
 若い歪虚人間が何かを突き出した。
 クリムゾンウェストの田舎生まれで田舎育ちのイコニアの目には、星間文明の武器をでき損ないの陶器としか認識できない。
 しかし敵意を向けられているのは分かる。
 歪虚に対する敵意と殺意を抑えようとしてもなかなかうまくいかない。
 だから、イコニアの殺意に余裕を無くした若手歪虚軍人が無意識に引き金を引いてしまった。
 胸元から脇にかけて黒い線が生じる。
 厚い革鎧に描かれた線は炭化した革だ。肉と油の焼ける臭いが周囲に漂う。
 無残な有様に衝撃を受け、若手だけでなく半数近くが戦意を失い携帯兵器取り落とす。
 が、残る半数はいっそう警戒を強め、本来使用を禁止されている兵器まで持ちだしイコニアに向けようとした。
「すみません、彼女は歪虚への恐怖でおかしくなっているのです」
 悲痛な男の声が扉から響く。
 戦意を維持した歪虚軍人が視線を交わし、イコニアは何を言われたか分からず一瞬混乱する。
「きちんと言い聞かせますから、どうか貴方がたは脱出艇の準備を!」
 少女司祭の顔が芯から赤くなる。
 貴族のうまれで聖堂教会でもエリートな彼女はプライドも高い。
 理性では抑えきれない甚大な怒りが空気を振るわせる。
 彼女の殺意は、目の前の歪虚から外され扉の向こうに引きつけられた。
 扉の固定が解除されゆっくりと開き始める。
 ハンターと歪虚人間の間で最低限の合意が成立した結果だ。
「一瞬考えても誰もやらないことやりきりやがったでちゅ」
「必要ですからね」
 イコニアよりなお若い細見の少女と、腰に特大刀を下げた和装青年が現れ、イコニアの凄い笑顔を目にすることになる。
「駄目ですよイコニアさん、その方々は人間です!」
 憤怒と殺意を気づいた上で気にもせず、穏やかな表情を浮かべて小声で諭す。
「他の虚無では取り残された人を助ける試算が始まったと聞きます。高位歪虚を倒せば戻れる可能性がある方々を歪虚と断じるのは早過ぎませんか?」
「歪虚は歪虚です。個人としても司祭としてもそれは譲れません」
 はっきりとした発音で答えた上で、イコニアは長く息を吐いて殺意と怒りを己の奥深くへ隠す。
「お騒がせしました」
 北谷王子 朝騎(ka5818)は自然な足取りでイコニアを庇うように前に出る。
 普段使わない言語を少ししか判明していない語彙で喋っているので、普段の面白少女ではなく愛想のよい正当派美少女に見えた。
「私達は……」
 自己紹介した上で、半開きの扉の向こうにいる歪虚人間の認識をそのまま伝える。
 敵ではないが味方と確信することもできない。だから一時保留にする。戦力の不足が深刻過ぎるので保留にするしかない。
「私達はここで生き延びる術を探したい。皆さんと反目する気は全くありません、むしろ皆さんのお手伝いをさせていただきたいと思っています」
 ハンス・ラインフェルト(ka6750)が言い添える。
 謙譲を意図する言葉や用法が特定できていなくても態度から雰囲気は伝わる。
「もしこの場に脱出手段があるなら使えるよう準備をお願いします。……はい、しかし敵は予想以上に近づいています。万一の際に子供達を安全に乗せるためには……」
 誰だお前というセリフが無数に飛んできそうな言葉遣いで、朝騎は無意味に失われるはずだった脱出艇を外へ飛び出せる位置へ動かすことに成功した。
 歪虚人間の目に触れない位置まで、ハンスがイコニアを誘導する。
「私達はこの世界を繰返させる歪虚を探さなければなりません。この船の方々と反目せず首魁を探す……イコニアさんならできると信じますので、他の方々とはぐれず行動なさって下さい」
「はい」
 声が硬い。
 先程のハンスの言葉が方便であることは分かっていても悪感情を0いすることができない。
 まだまだ彼女も修行の途中である。
「なんとか惨劇回避でちゅ」
 気合いが抜けた朝騎がやって来て、イコニアと目が合った瞬間真面目な顔になる。
「正座」
 紅と緑の瞳が火花を散らす。
 高位覚醒者による睨み合いは、その場だけで無く格納庫全体を緊張させる。
 イコニアが目力を弱め、一度の回復術で傷口も内臓も元に戻した上で正座に移行。朝騎も数秒後れで向かい合う形で正座する。
「いいでちゅかイコニアさん。この人達は今は歪虚人間でちゅけど邪神の所為で魂を囚われて作り替えられてしまってるだけで被害者でちゅ。たぶん何度も無自覚に地獄を味わってまちゅ」
 緑の瞳は静かなままだ。
「この人達の魂を救うには。この虚無という世界の元凶を浄化して解放するしかないでちゅ。そんな人達に歪虚だからと敵意を抱くのはメーでちゅよ」
 大量の歪虚討伐の実績を持つ朝騎による説得だ。
 頑なと表現するには根拠がありすぎるイコニアの態度も、ほんの少しだけ柔らかくなった。
 だから、次の朝騎の動きに対応しきれない。
「厚手の黒でちゅか」
 まくり上げられたスカートがふわりと落ちて、白い肌と下着を隠した。
「朝騎、怒ってまちゅよ。でもパンツ見たからご機嫌ニコニコ許しまちゅ」
 平然と言い切る朝騎に向かい、全力のメイスが振り下ろされた。
「あぶねーでちゅ!」
 慣れない正座で痺れた足では本来の速度が出ずメイスの風圧で前髪を揺らすことしかできない。
「このぉ! 元通りに直すから1発殴られなさい!」
 少女司祭からマテリアルがあふれ出す。
 羞恥と怒りで理性が飛んでいるせいか、負のマテリアルが1割近く含まれていた。
「ここまでおいでー、でちゅ!」
 追いかけっこは数時間に渡り、イコニアが体力と切れで倒れるまで続いたという。
 そこまでしてようやく、少女司祭の殺気が無視できる程度に低下した。

●エルフの耳
「ごめんなさい。分からないわ」
 幼児が精一杯大人ぶっている。
 この年齢でも女は女ということなのだろう。
 リュンルース・アウイン(ka1694)は淑女に対する態度で礼を言い、最後に優しく笑って甘い物を持たせてあげた。
 礼を言う母親と微かにコンプレックスじみたものを見せる父親にも挨拶をした後、リュンルースは魔導書兼用のタブレット端末を取り出した。
「本当に私たちの記憶はない……のだね」
 前回親しくなった親子も、過酷な戦いの中共感を抱いた軍人も、リュンルースのことを全く何も覚えていない。
 絶望にも似た徒労感が胸を満たす。
「でも私たちは覚えている」
 体調が優れない母親に再会。前回のやりとりを参考に無用な刺激を与えないタイミングで声をかけて新鮮な水を渡す。
「全く同じ状態からのスタートではない」
 絶望を飲み干し確信をもって足を踏み出す。
 その背中は気高さを感じせ、まだ彼の顔を見ていない者も惹きつけていた。
「耳の長いおねーちゃんだー!」
 子供が駆けだし格納庫との境を超える。
 低重力なのに力を入れすぎてしまい、小さな体が高すぎる天井めがけて吹っ飛んだ。
 リアリュール(ka2003)が斜め下へユグディラを投げ飛ばす。
 反動による加速で子供へ追いついて、しっかりと抱き留めた上で天井部分に着地。
 壁を蹴る三角飛びで入り口に戻った上で重力がある床に浴び投げなく着地する。
 なお、ユグディラは猫らしく4足着地した後に子供の視線に気づいて物陰に隠れていた。
「危ないのは、駄目」
 子供はリアリュールの発音に違和感を覚えたようだが、綺麗な年上少女を嫌がる男の子はいない。
 嫌がるふりをすることはあっても表面だけだ。リアリュールに適切にあしらわれて両親の元へ戻される。
「……探しました」
 草臥れた制服姿の歪虚人間の前に立つ。
「我々はあそこにいた物を追ってワープに失敗しました。味方が来るまであなた方と戦いたいと思います」
 言葉を逆に受け取られないよう慎重に言葉を選び、ときに表情や声や身振りで補助して意思を伝えようとする。
「目的は、なんだね」
 ループが始まる1ヶ月前まで、この艦より大きな船を指揮していた男が疲れた視線を向けてくる。
「生き延びたいのです」
 嘘ではない言葉を口にしながら真正面から見返す。
 男の瞬きが鈍い。
 歪虚に生きる理由すら奪われ、それでも義務を果たすためだけに生きている者の目によく似ていた。
「そう、か」
 返事をするまで数分の時間が必要だった。
 それまで以上に疲れた顔で、子供の目に触れないよう物陰まで移動し腰を下ろす。
 一度大きく息を吐くと、深呼吸する気力も体力もなくなった気がした。
「何を調べたいんだね?」
「空気の薄さが気になります」
 話題の展開を考え、決して多くはない使える言葉の中から厳選する。
「私には体力の余裕があります。歪虚……敵がいないときは、調査をしたいです」
「生命維持装置、か」
 文字通りの命綱だ。
 味方と確信できない相手を近づけることなどあり得ない。
 なのに、否定する言葉を出すのが酷く億劫だ。
 音が聞こえる。
 音楽だ。
 長い間聞く余裕もなく、今では演奏も再生もできないはずなのに優しい旋律が届いてる。
 疲れ果てた体が癒えていくようだ。
 老軍人はゆっくりと息を吸い、淡い笑みを浮かべてリアリュールの目をみつめた。
「艦長に進言しておく。私のできるのはそれだけだ」
 リアリュールは感謝を示すため軽く頭を下げた。
 時間が惜しい。
 足早に隣の区画へ向かおうとして、着いてきそうになったユグディラ【ティオー】に気づいて押しとどめる。
「演奏をしてあげて」
 森の午睡の前奏曲で全員直したにゃー、と気配と身振りで反論してくる。
「他の場所から来ることもあるでしょう? 疲れたら休んで良いから、ね」
 しかたがないにゃー、という反応をした後、淡く光りリュートをつま弾く速度が少しだけ上がる。
「……これは」
 マテリアルの動きに気づく。
 疲れ渇いた心が音楽によって潤いを取り戻し、微かに生じたマテリアルがここではないどこかに向け流れていく。
 方向までは分からない。
 だが、何かに奪われているのは確実だ。
「負のマテリアルの気配が濃すぎる彼等は、普通に考えれば死者」
 高位覚醒者が負のマテリアルを纏うこともあるがあくまでメインは正のマテリアル。
 負のマテリアルのみなのは歪虚か死者だけなのがクリムゾンウェストの常識だ。
「前回の最後……。悲劇の繰り返しで負の感情や生まれるマテリアルを無限に吸い上げているの?」
 もしこれが真実なら悪趣味にもほどがある。
 そして、命から搾取するのに最も効率のよいやり方の1つでもある。
 ユグディラがおっかなびっくりしながら徐々に調子に乗り始める。
 曲が軽快に、子供が歩くのにあわせて調子が変わり、やがてこのばの歪虚人間全員の動きにあわせた旋律を奏でるようになる。
「或いは……ここの人が希望を抱いたらシナリオが変わる?」
 リアリュールは事態の解決を心に誓い、足音を立てずに立体的三叉路へ向かった。
 同属を見送ったリュンルースは己の仕事へ戻る。
 大人しい子供、活発な子供、特定のものにだけ興味を抱く子供に、瑞々しい感性を持つ子供。
 優れた教育者でも短時間では得られない情報を、リュンルースはは以前の24時間で入手している。
 だから子供を誘導するのは簡単、とはならない。
 子供はしばしば突飛な行動をするので子の親のサポートをするのが限界だ。
 歓声が頭上から聞こえた。
 膝と手をつき安全な体勢で停止しているエクスシアの肩で、1人の子供がはしゃいでもう1人の子供が首に抱きつき震えていた。
「何度もうまくはいかないか」
 歪虚人間の中に入り込むときは予想以上に巧くいった。
 情報と事前準備があっても、異なる文化を持つ異なる種族に溶け込むのは本来凄まじく難しい。
「遠くてもマテリアルが届くのだね」
 嬉しさに緩みそうになる口元を意識して動かさず、リュンルースは軽い足取りでエクスシアを側面から登って見せた。
 騒ぐ子供を問答無用で捕獲。
 その子は脇に抱え、もう1人に視線をあわせ賛辞と共にうなずく。
「危ないのに気づいた後、落ちないようよく頑張ったね」
 子供の目に恐怖由来ではない涙が浮かぶ。
 極限の緊張が解け、R7の頭に回されていた手から力が抜けてしまう。
 リュンルースは開いている手で回収。
 手が使えない状況で平然とR7の側面を降りていく。
 明らかに実戦用のプレートメイルを着込んでいるのに足取りは軽くそして確かだ。
 目の前の優男がとんでもない能力を備えていることに、ようやく歪虚人間達が気づいた。
「普段と違うものや、普段と違う出来事がありませんでしたか?」
 自分達も元の場所に帰りたいというニュアンスを持たせ、自ずから答えたくなる雰囲気をつくる。
 たずねる間も子供や特に疲れた女性に甘みを適切に分配することを忘れない。
 本人がその気になれば魔性の男確実な手際であった。
「空気と温度が足り無いのはいつものことですし……」
 真面目そうな雰囲気の女性が、リュンルースに魅入られないよう視線をそらしたまま返事をする。
 本人は寒さに耐えるため体をこすっているつもりらしいが、リュンルースにはマテリアルの流出に耐えているように見えた。

●蟻地獄の中心
 タフな交渉だった。
 戦力が足りず後がない歪虚人間と、戦力はあっても歪虚人間を殺すことは避けたいハンター達。
 残された時間は少ないとはいえ安易な妥協は絶対にできない。
 そんな神経をすり減らす交渉を、マリナは10時間以上連続して行っていた。
「アレは我々共通の敵である。よって共同戦線の構築を提案する」
「その名目で重要区画への立ち入りを要求すると」
 ようやく引っ張り出すことに成功した艦長は、種の存続を背負う自負と覚悟を持つ男であった。
「過大な要求ではないか」
 ハンターが正確な所属と種族を明かしていないのを間接的に指摘することで譲歩を迫る。
「我々に最も必要なものは情報と連携である」
 マリナは堂々とした態度で返す。
 戦力は提供するから情報を寄越せ。このまま同族と一緒に全滅する気か。
 というニュアンスを仕草に込め緩急つけて要求を突きつける。
「許可を出せるのは4人までだ。あれの持ち込みは認められない」
「……承知した」
 マリナがうなずくと、妙に疲れた顔のボルディアがゴーレムへ移動指示を出し始める。
「助かったよ」
 体力面での疲労は0同然でも精神的な疲労が深刻だ。
「殴り合いでわかり合う場面でもないしね」
 髪をかこうとして2つの視線に気づく。
 どちらも邪だ。
 筋肉を触って楽しみたい気配と筋肉に嫉妬する気配が少々鬱陶しい。
「遊んでないで行くぞ」
 朝騎とイコニアに拳骨を1回ずつ落とし、艦長とマリナを追いかける。
 艦長が他と区別のつかない壁に触れる。
 2本の指が複雑な動きをして数秒後、分厚い扉がゆっくりと開く。
「タッチパネルって奴かい?」
「鍵となる仕草は使い捨てだ」
 覚えても無駄と言外に言う艦長に対し、ボルディアを含む3人が顔には出さずに気配でうなずきあう。
 高位覚醒者の知覚力と記憶力が3人分あれば、詳細な動きと大まかな指紋を読み取ることすら可能だった。
 なお、イコニアは脳味噌の基本性能が足りずに仕草を覚え切れていない。
 検問が繰り返される。
 その度に緊張感は増し、光学兵器を搭載した多脚の戦車が目に付くことになる。
 100機以上の戦車の脇を通り抜け、延々と階段を登ってついに目的地に到着した。
「こいつぁすげぇ」
 中型のビルがそのまま入るほど広い球形だ。
 中心を貫く無機質な灰色円柱と、階段から繋がる出入り口が存在しなければ、真球を表現しても問題ないほどだ。
「あれが心臓であの先が消化液溜まりかねぇ」
 監視役の歪虚軍人が眉を寄せ、より深い知識を持つ艦長が表情を制御しきれず目を見開く。
「分かるのか」
「勘だよ勘。しっかし俺なんでそう思ったんだ?」
 このときようやく、違和感があるのに気づけないことに気づいた。
 助けを求めるようにマリナを向いたが、彼女は非覚醒状態で気づいた様子はない。
 仕方なく問題児2人に目をやると、朝騎はハンター全員を囲む形で符を大量に貼り付け、司祭は一心不乱に何かへ祈りを捧げているところだった。
「ビンゴでちゅよ」
「そうか」
 自重よりも重い巨大斧を構える。大重量のはずなのに揺れすらしない。
「この艦の皆さんには後退を推奨します」
 マリナは交渉のため抑えていた力を解放する。
 正マテリアル由来の蒼い幕が複数マリナを包み、纏まり球形となり強い気配を放つ。
 実体か幻か確かめる間も与えずに消え去った後。生ける神像に限りなく近いマリナが一歩足を踏み出す。
「気を強くもつでちゅよ!」
 こっそり猫たちの挽歌を弾いて交渉を支援していたユグディラが、朝騎の背後に隠れる。
 朝騎が気合いと共に最後の一枚を叩きつけた瞬間、ホワイトボードに描かれた絵が拭われるようにそれまでの平穏が消え去った。
 灰色円柱だけが変わらない。
 地獄を思わせる負の気配に満たされた空間で、何もかもを見下げてただ建っている。
「ロックオン。貴様が元凶か、死ぬがよい」
 その声は、地獄のさなかにある歪虚人間から見てもとてつもなく重い。
 一度全てを失っても戦い続ける戦士が、開幕の銃弾を灰色歪虚へ命中させた。
 空気が粘性を帯びる。
 物も風も飛んでいないのに衝撃が体を打つ。
 少女司祭を中心に浄化の光が爆発。朝騎に比べると浄化の度合いは低いが範囲は広く空気の粘性が消え去った。
「2回がつんときたでちゅ」
「敵を倒せば攻撃も止みますっ」
 メイスを手にかけ出そうとしたイコニアを、ボルディアが軽々追い越し灰色円柱へ迫る。
 勘に従い魔斧「モレク」を振るう。
 近づくごとに衝撃が強くなり、しかしボルディアの分厚い防御を貫くには至らない。
「聞こえるか? やっぱ駄目か」
 ゴーレムに繋げていたはずのトランシーバーが反応しない。
 歪虚の通信妨害が歪虚人間による回線遮断かは分からない。
 いずれにせよ今やることは1つだけだ。
「王クラスに比べりゃ温すぎるぜ」
 魔斧と己と装備の重さを速度に重ねる。
 一見ただの横向き斬撃。
 込められたエネルギーは絶大であり、灰色円柱に触れるとそれが豆腐であるかのように半円を描いて削り取る。
 小さな負の気配が上から迫る。
 透明に限りなく近くボルディアも見えていない。
 しかし殺意と戦意の練りが甘すぎて、今度は斧で受ける必要も無く軽く跳ぶことで全て躱される。
 反対の向きから第2の斬撃。
 より深く広く削り、空気の揺れに悲鳴じみた振動が混じった。
 圧倒的に優位なはずのボルディアが、何故か渋い表情になる。
「流血覚悟でゴーレム引っ張ってくりゃよかったか?」
 手応えからして鉄程度には硬い灰色物体が、不気味に脈打ちながら再生している。
 ボルディアが削るよりは遅いがスキルが切れると速度は逆転する。
 マリナが長時間攻撃できるなら数時間かけることで削り切れそうな気もするが、マリナは極めて優れた射手ではあっても飛び抜けた防御力は持っていない。
「俺が殿をする」
 歪虚人間に意識を向けふと気づく。
 灰色円柱は彼等に攻撃していない。
 動力炉であるはずの灰色円柱の異常に驚き戸惑い絶望し、辛うじて艦長が暴走を抑えている状況だ。
「後続との合流を提案」
 その一言で軍人への義理を果たした後、マリナは完全に足を止めて灰色円柱に意識を向ける。
 ボルディアが大得意な物理広域破壊を受けたはずなのに、この歪虚には薄い亀裂しか残っていない。
 特に再生に優れているようには見えないのにこの回復力。
 どこからかマテリアルを引っ張ってきたか、予めため込んでいたと考えるのが妥当だろう。
「削れば倒せる。楽な部類の相手」
 攻撃の最中に溜めたマテリアルを最後の1発に込める。
 極限の集中の中引き金を弾く。
 加速された意識が緩やかに回転する銃弾を認識。薄い亀裂に入って中心近くに到達したところで元の速度へ戻る。
 灰色円柱の下端から数十メートル上まで亀裂が入る。
 歪虚の気配が一瞬弱まる。少女司祭が拳を握りしめた瞬間、マリナも朝騎も後ろへ駆けだした。
 通路を崩す勢いで斧が旋回する。
 灰色円柱から浸食してきた灰色が、斧で通路ごと砕かれ浸食速度が一時的に落ちる。
 マリナは馬の足を活かして素早く後退。
 近接戦闘に向いた銃で迎撃するが、時折飛んでくる透明弾を躱しきれずダメージが重なる。
「サスペンスからホラーにジャンル変更でちゅか。節操ないでちゅね!」
 グローブ型カードバインダーにマテリアルを叩き込む。
 射出された5つの符が雷に変わり、マリナの馬に忍び寄る灰色もボルディアを足止めしようとする灰色も全て射貫いて消滅させる。
「生きてるでちゅか?」
「1発殴るまで死ねません!」
 灰色に追いつかれ床に繋ぎ止められた足が、脚力によるごり押しで解放される。
「ならよかったでちゅ」
「朝騎さん? 傷が」
 汗で張り付いた銀の髪に、赤黒い血が付着している。
 朝騎は弱音を吐かない。
 イコニアのメイスでは3発以上必要な灰色を一度に3~5個潰しながら、いつも通りの笑顔で言い放つ。
「お礼は本気パンツ履いてくれるだけでいいでちゅよ」
「1発殴るのを諦めるからそれで満足しなさい!」
 生き延びるためには癒やしの術を温存する必要が有る。
 少女2人が、血を流しながら必死に走り続けていた。

●レーザー戦車
 連合を意味する組織名に、護衛艦を意味する艦種名。
 無味乾燥な数字の組み合わせで表現される所属に艦名。
 十数時間の調査仕事としては極上の結果だが、調査した統夜はうんざりした様子であった。
「矛盾はないが異星の文明にしては特異な箇所がなさ過ぎる」
 偽装が足らないというより、何らかの理由で情報が抜け落ちた印象がある。
「初撃で圧倒され場所も情報も失いながら今に至る、ね」
 電子的な記録が残せない可能性が高いので自力で記憶し検証中だ。
 どう考えても、証言のリアリティーと現状の不自然さが噛み合わない。
「なら少数説が正解か? かつてあった歴史を繰り返す目的……逆か。悲惨な歴史を繰り返すことで得られるのは」
 負の感情を剥き出しにしていたイコニアを想起する。
「マテリアルか。濡れた雑巾を絞るように……行き着く果ては」
 思考に没頭しかけたとき、不快感を刺激する警報が艦内に響き渡った。
 民間人歪虚が怯え、軍人歪虚が事態の収拾を図るがうまくいっていない。
「俺が出る」
 少なくとも敵ではないと認識されているようだ。
 統夜は制止される前に黒い魔導型デュミナスへ乗り込み走らせる。
 別のCAMの脚の裏と床がこすれる音がする。
 たったそれだけで、統夜は不利な戦況を読み取った。
「らしくない戦いをするじゃないか」
 曲がり角を通過。
 全く無改造のエクスシアが、90を超える多脚戦車をたった1体引きつけていた。
 否、突破しようとして果たせず被弾し続けている。
 巧みな位置取りでレーザー……負のマテリアルに侵され光の速度を失ったレーザーを大部分躱し、当たったレーザーも装甲の有効利用で深刻な被害にさせていない。
 しかしそれ以上が全くできない。
「どうした、と聞くのは野暮か。俺が援護する。行け!」
 4連カノン砲が火を噴いた。
 端にいた多脚戦車に直撃してスクラップに変える。
「っ、感謝する」
 エクスシアの操縦席で、カイン・マッコール(ka5336)が兜の面頬に触れ、迷った末に兜を外す。
 ソウルトーチを解除する。
 瞳に迷いはあるが先程までとは違い光が強い。
「カイン・マッコール、出る」
 R7エクスシア-無銘-が酷く嫌らしい動きで戦車部隊との距離を詰める。
 一ロチが絶妙だ。戦車の半数近くは他の多脚戦車が邪魔で打てない。
「おまえ等の相手は俺だ」
 黒騎士を思わせるCAMが指を振って挑発する。
 カイン機と比べると動きが素直で当てるのも簡単。そう統夜に思い込まされ多くの戦車が黒騎士へ狙いを変える。
「倒す時間が無いな」
 CAM用アサルトライフルで発砲。
 機敏な多脚戦車に当てることには成功するが、装甲を凹ませるだけで破壊には至らない。
 反撃のレーザーが来る。
 数は最低でも30。
 距離を見誤り届かぬレーザーもあったが、それでも20近い負のマテリアルが黒騎士に迫る。
「温い」
 屈まず前に出てからゆらりと斜め後ろに後退。
 たったそれだけの動きで全てのレーザーが空振り、床と壁に薄い焦げ目が付いた。
 カイン機が敢えて戦車の群れに突撃。
 主導的な立場に立つ1機に迫り、力任せの振り下ろしを使うと見せてから横に刃を振るう。
 5台の戦車に亀裂が入り、特に弱い個体が2つ擱座した。
「押し通る」
 カイン機が強引に前に出る。
 擱座した戦車を踏み台に跳躍。
 左右からレーザーを浴びながら反撃せずひたすら前へ。
 装甲が危険なほど傷ついたタイミングで、何故か半開きの扉に滑り込む。
 エクスシアの塗装が無残に禿げるがカインは気にしない。
 時折1~2体で飛び出してくる戦車を装甲と引き替えに倒し、同じく半開きの装甲を擦り抜け戦い奥を目指す。
『危険。挟撃の可能性あり』
『私の出番でっ、あいた、つつかないでくださいっ』
 聞き慣れた声だ。
 カインの口元が柔らかくなるがカイン自身は気づけない。
 ぼろぼろの脚部を酷使して、最後まで取っていたスラスターを吹かし、最後の角を曲がりきる。
 そこは長い通路だった。
 黒に近い平面がはるか遠くまで続き、その黒の中に白い線がいくつも延びてくる。
「わりぃ対処は任せた!」
 1人無事なボルディアがカイン機に背中を見せている。
 黒い床、黒い壁、黒い天井に斧をめり込ませ、高速で浸食して来る灰色を砕いて砕いてしかし全ては防げない。
 マリナが発砲。
 至近距離で足下の灰色を打ち抜くが、一瞬意識が途切れ関節部から蒼いブロックノイズが零れる。
「新手の歪虚っ」
 イコニアの顔色も酷く悪い。
 こんな状況でも癒やしの曲を維持するユグディラがいるから辛うじて生き延びている。
 天井の一部が崩れる。
 ユグディラは尻尾を丸めて逃げだし、一度跳ね返った瓦礫がイコニアの死角から迫る。
「っ」
 残骸同然のエクスシア搭乗口が蹴り開けられる。
 カインが無言で跳躍。
 着地の際も速度は殺さず、停止のことを考えずにただ走る。
「あ」
 眼窩を貫ける尖った瓦礫を認識した少女が、回避と防御の動きを起こすが間に合わない。
 緑の瞳に、静かな諦念が浮かんだ。
「お待たせしました」
 瓦礫はロングソードで斬り飛ばされた。
 精神的にも限界を迎えたイコニアがぺたりと座り込み、呆然とした目でカインを見上げる。
「いちゃつくのは後にしろ。本体が来るぞ!」
 浮かぶソリの上で朝騎が手を振る。既に術は使い尽くして打つ手がない。
 灰色の点が現れる。
 通路の中央に見えたそれは見る間に大きくなり、非常識に長い灰色の円柱となりハンターへ迫る。
 カインが足を止める。
 避ければ後ろの皆に当たると断定。
 盾で受け、全身の筋肉と関節を使って受け流す。
 骨と筋肉に強烈な痛みを感じた直後、十数数メートル斜め後ろの壁に灰色円柱がめり込む。
 接触部分から灰色がじわりと広がり出す。
「イコニアさん、これは」
 躊躇わず前進。
 渾身の斬撃を浴びせるが中心には届かない。
「歪虚です。どこからかマテリアルを吸い上げて」
 聖剣が押し戻される。
 カインが与えた刀傷も、衝撃時にできた歪みも全て修復された。
「今は何時間目ですか」
 言われたことのを理解できず、二度自分の頬を打って平常心を取り戻してからイコニアが返答する。
「14時間20分です。外に大きな歪虚が現れているはずで……」
 カインは透明な衝撃を鎧で耐える。
 呆れるほどのサイズによる体当たりを、全力の盾防御でなんとかいなす。
 先程から何度もイコニアが回復術をかけてくれるようだが感謝をする余裕もないし被害が大きすぎて回復が間に合わない。
「僕達以外の気配がおかしい」
 斧が床を砕く。
 灰色混じりの石がカインとイコニアに浅い傷をつける。
「うん、言われて気づけました。巻き戻しが始まりかけて……え」
 緑の瞳が激しく瞬きする。
 最低限の警戒もできなくなり、飛来する衝撃が当たる直前にカインが防ぐ。
 盾を向ける余裕もなく、鎧の下の体は衝撃や打撲の跡だらけだ。
「カインさ……この歪虚以外の歪虚が弱体化しています。船の奥と歪虚人間から負のマテリアルが移動中!」
 食道を上がって来た血を吐き捨て、赤く染まった歯を剥き出しにしてカインが言う。
「皆さんに伝えてください。僕は分からなくても、きっと打開策が」
 武者甲冑に火花が何個も生じ、少年の顔を雄々しく照らした。

●縮む空
 精霊の加護のない宇宙はこの上なく危険な場所だ。
 足を踏み外しただけで永年に無為な飛行を続けることになる。
 CAM用ハンドガンが音も無く銃弾を吐き出す。
 整備用出入り口にとりつく寸前の鉄クラゲに穴が開き、ハッチの脇の装甲にぶつかり無限の宇宙に飛んでいく。
 ハンスがデータを呼び出す。
 魔導型デュミナスが返した答えは、ここが外宇宙だとしたらつじつまが合わない数値ばかりだった。
「前回は果てが見えなかったようですが」
 暗黒の奥行きせいぜい数十キロメートル。
 測り間違えていたとしても100キロには達していない。
 奥行きは急速に収縮しているようで、数だけは膨大な狂気もどきが追い立てられるように人工の大地に近づいて来る。
 計器に表示された時間と体内時計が酷くずれている、というより現在進行形でずれが拡大中だ。
「強引に次のループへ移るつもりですか」
 ほとんど飛ぶように、甲板と水平に跳ぶ。
 軽くスラスターを吹かして目当ての場所へ接近。
 脚部と腰を曲げ衝撃を受け流した上で、ここまで片手で保持していた箱を装甲の隙間に投げ入れた。
 発砲。
 火薬兵器が廃れた時代のバッテリーは予想外の衝撃に耐えきれず、噴き出したエネルギーが予備艦橋に入り込んだ歪虚全てを焼く殺す。
「後6時間……体感で20分か」
 予備艦橋だった穴に機体で進入。
 撮影を行った後、無事な二重扉を通って歪虚に進入されていないはずの艦内に踏み込んだ。
 残骸同然のエクスシアが壁にもたれかかっている。
 焼き切られた装甲の隙間から火花が散り、耳障りな音が精神を逆撫でする。
「脱出艇まであと少しです。焦らず歩いてください」
 無機質な艦内に不似合いな嵐が発生。
 リアルブルーのそれと比べると酷く鈍足な戦車を冷気と共に傷つける。
「援護します」
 三叉路を曲がったハンス機がリュンルースを追い抜く。
 大破状態の多脚戦車がレーザーを乱射。
 歪虚と成り果てた戦車の主砲はレーザーというより負マテリアルのシャワーに近く、ハンスはエグゼキューショナーを短剣の如く使うことで切り払うことができた。
「体感で10分耐えれば終わるはず」
 危険を冒して歪虚人間を避難させる必要は無い。
 そう言外に伝えたハンスに、リュンルースが痛みを堪えた顔を向ける。
「私たちの帰る場所へ連れて行ければと思います」
 まず無理であることは承知の上。
 わずかでも可能性があるなら犠牲者を助けたいのだ。
「そうですか」
 ハンスはそれ以上何も言わず、CAMから見れば短刀サイズの刃だけを手に多脚戦車群に飛び込んだ。
 負マテリアルの飛沫を躱し硬い装甲による体当たりを飛び越え、我が身を囮にする動きで歪虚引きつけ刃で切り裂く。
 死線で踊る機体はどこか儚く、妖しくさえ見えた。
 新たな爆音が空気を震わせる。
 ハンスの戦場に乱入しようとした新たの戦車が、ひょっとしたら千年以上の技術差のある炸裂弾でスクラップにされる。
 それを為したグラズヘイム王国謹製刻令ゴーレムは、ろくに回避も防御もできずに反撃のレーザーで我が身を削られていた。
 主と分断されると柔軟な行動が取りづらいのだ。
 黒騎士の大火力がレーザーの発射元に突き刺さる。
 なんとか危地を脱したゴーレムが、脱出艇のある安全地帯に向かうことをせず性懲りも無く炸裂弾を連発。
 多脚戦車の圧力が減ったことでフリーになったハンス機が、またレーザーで焼かれそうになったゴーレムを助けに向かった。

●帰還
 リュンルースを先に行かせようとしていた軍人を脱出艇の中に押し込む。
 ハッチが自動で閉まる寸前、必死に呼びかけてくる子供の泣き顔がちらりと見えた。
 矢が3本、漏れていく空気に乗ってハッチを通り抜け待ち伏せしていた狂気もどきを貫く。
 脱出艇は崩れていく狂気を通り抜け、まだ辛うじて安全が保たれている宙域へ飛び出した。
「空気のある場所へ急いで!」
 エルフ2人とユググディラ1体が空気の流れに逆らって走り、1枚隔壁を下ろした時点で全てが時間が爆発的に加速する。
 歪虚人間達が24時間前に戻されていく。
 ハンターと戦うためにマテリアルを消費した灰色円柱が恨めしげな気配を向け、そして全てが消えた。
「点呼を。カイン・マッコール、帰還に問題はありません」
 カインが倒れそうになり、イコニアが支えようとして転げる。
 巨大な船も宇宙も歪虚も消えた。
 この場にいるのはハンター8人とおまけ1人とユニットたちだけだ。
「次は」
 倒す。
 今回集めた情報を使えば、再侵入した後すぐに黒幕の元へたどり着けるはずだ。

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MVP一覧

  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎ka5818
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルトka6750

重体一覧

  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボンka5336
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎ka5818
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルトka6750
  • 青き翼
    マリナ アルフェウスka6934

参加者一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka0796unit006
    ユニット|ゴーレム
  • 道行きに、幸あれ
    リュンルース・アウイン(ka1694
    エルフ|21才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    カサブランカ
    カサブランカ(ka1694unit002
    ユニット|CAM
  • よき羊飼い
    リアリュール(ka2003
    エルフ|17才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ティオー
    ティオー(ka2003unit001
    ユニット|幻獣
  • 【魔装】希望への手紙
    瀬崎・統夜(ka5046
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    シュバルツ
    黒騎士(ka5046unit001
    ユニット|CAM
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ムメイ
    -無銘-(ka5336unit016
    ユニット|CAM
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    ニャロ
    ニャロ(ka5818unit011
    ユニット|幻獣
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    マドウガタデュミナス
    魔導型デュミナス(ka6750unit003
    ユニット|CAM
  • 青き翼
    マリナ アルフェウス(ka6934
    オートマトン|17才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
カイン・A・A・カーナボン(ka5336
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/02/20 08:54:16
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/02/18 09:23:08
アイコン 質問卓
北谷王子 朝騎(ka5818
人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2018/02/18 19:22:55