ゲスト
(ka0000)
ここで逢えるね
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/02/12 09:00
- 完成日
- 2018/02/20 06:27
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
約束は無くて。
予感はあったかもしれない。
ただチョコレートの色に誘われて、そこに導かれた。
例えば、限定のチョコレートを販売していたとある店内。
「あれ? 君も来てたんだ?」
「うん。ここの新作、やっぱりどうしても興味があって……!」
自分用? 贈答用?
どれがいいか迷う……相談して?
なら出会えた記念に、お互いに買って交換しようか。
例えば、予定以上に重くなった買い物を手に歩き疲れ始めたときにふと思い出した喫茶店。
「……あ!?」
空席を探して視線を巡らせれば見つけた顔に、声をかける。
「あはは、偶然だね!」
「うーん……もしかしたら、そうでもないかも?」
何となく、この店に来てみたらいつか会える気がしていたよ。
君からずっと聞かされていた、お気に入りの店だもんね。
それで、どれが君のオススメだっけ?
例えば、ハンターオフィスのロビー。
「おひけえなすってハンターの先生様方! これ、いつも世話んなってるお礼でさあ! 受け取ってくだせえ!」
諸々の受付嬢から渡された菓子を手に、まあそう言えば小腹がすいたな、とお茶を手に座れるところを探してみる。
「……君もか」
苦笑気味の声に振り向けば、片手をこちらに向けて挙げる君。
同じようにささやかな心づくしをここで賞味しようと考えあった仲、偶然の出会いに近況話に花を咲かせる。
考えること、一緒だよね。
そう言えばいつか聞いたよね。
そりゃ、ここにはいつも来るよね。
約束は無くたって、ふと、同じきっかけがあれば、ほら。
──ここで逢えるね。
予感はあったかもしれない。
ただチョコレートの色に誘われて、そこに導かれた。
例えば、限定のチョコレートを販売していたとある店内。
「あれ? 君も来てたんだ?」
「うん。ここの新作、やっぱりどうしても興味があって……!」
自分用? 贈答用?
どれがいいか迷う……相談して?
なら出会えた記念に、お互いに買って交換しようか。
例えば、予定以上に重くなった買い物を手に歩き疲れ始めたときにふと思い出した喫茶店。
「……あ!?」
空席を探して視線を巡らせれば見つけた顔に、声をかける。
「あはは、偶然だね!」
「うーん……もしかしたら、そうでもないかも?」
何となく、この店に来てみたらいつか会える気がしていたよ。
君からずっと聞かされていた、お気に入りの店だもんね。
それで、どれが君のオススメだっけ?
例えば、ハンターオフィスのロビー。
「おひけえなすってハンターの先生様方! これ、いつも世話んなってるお礼でさあ! 受け取ってくだせえ!」
諸々の受付嬢から渡された菓子を手に、まあそう言えば小腹がすいたな、とお茶を手に座れるところを探してみる。
「……君もか」
苦笑気味の声に振り向けば、片手をこちらに向けて挙げる君。
同じようにささやかな心づくしをここで賞味しようと考えあった仲、偶然の出会いに近況話に花を咲かせる。
考えること、一緒だよね。
そう言えばいつか聞いたよね。
そりゃ、ここにはいつも来るよね。
約束は無くたって、ふと、同じきっかけがあれば、ほら。
──ここで逢えるね。
リプレイ本文
「は~……幸せだんず。こげにお菓子食べれるだなんでええ日だんず」
町を歩く杢(ka6890)の声と足取りは、ご機嫌そのもの。
「こげな日なら毎日でもええだんずね」
友チョコ。義理チョコ。配布チョコ。
出会った知己と。宣伝する店員から。貰い歩いたそれらを両腕に抱え。
「せばわっつど食べるだんず」
なおも明るく、彼は歩いていく。
●ハンターオフィスで
「ふぉぉぉ!? 依頼じゃなく個人的に職員さんから差し入れを貰ったのは初めてかもなの、これはお礼が必要なの一大事件なの~」
ディーナ・フェルミ(ka5843)が上げた声に、アン=ズヴォーは目を丸くする。
その目の前で、ディーナ、彼女は受け取った菓子をパクっと口に放り込むと。あっという間に街中へと駆け抜け消えていった。
向かうは路上に屋台を並べる一角、食べ物が売られる店を端から端へと渡り歩く。
そして。
「御馳走さまなのお返しなの、職員さん達で分けて食べるといいと思うの」
ハンターオフィスに取って返したディーナの腕には、一抱えもある紙袋。
ダダンと、アンの前へと積み上げられる。彼女が選別の上、買い集めた肉たちが。
「お返しって姐さん、そもそも手前どものが、普段の先生方へのお礼でさぁ……」
「美味しいものは1人で食べるよりみんなで食べた方が美味しいの。だからアンさんはアンさんの仲間や友達と一緒に食べたらいいと思うの」
かくして。
「臭みがなくてタレが美味しい肉は甘味と同じくらい正義なの、これが本日のトップ3なの」
ディーナの好意により、バレンタインだかなんだかな肉祭りが、受付嬢の間で催されるのだった。
「……ディビィ、くるかしら」
アリス・ムーンダスト(ka4195)は、オフィスの談話室で待っていた。
(同性だし、私はこんなちんちくりんだし、来なくても仕方ないのかもしれないけど……)
ちらり、上目遣いに時計を見る。もう少しで、つい誘った、約束の時間。
「何か談話室に呼び出されちゃったけど、決闘とか申し込まれるのかなー……」
呼び出されたディビィ・J・ロッカー(ka6843)は、オフィスの廊下を進んでいた。
一応の詫び代わりと、町のあちこちで沢山売ってたチョコを抱えて。
(えぇい、ここまで来たんだからやるわよ!)
アリスが決意を込め直して立ちあがった時。
「あ、アリス君速いねー。待たせちゃったかな」
ディビィが、気軽な声で扉を開ける。
「ディビィ!」
次の瞬間、アリスは心のままに弾ける笑顔を零していた。
嬉しそうなその顔に、ディビィは決闘ではなさそうだとひとまず安堵する。
アリスを見ると、彼女は何故かぶんぶんと首を横に振っていた。
(違う、違うのよ。ここは余裕を見せるところなのよ!)
改めて、心を整えて。
「……今日はバレンタイン! 想いを伝える日なのよ! だから!」
声を張り上げ、飛び込むように抱き着いて、それから。
「好きなの! ディビィ!」
告白と共に、腕を腰に、脚にと回し、抱き上げようと試みる。
必死だった。こうしないと、また可愛がられて終わるから。
──そうして、ふわり、ディビィの足が床から離れた。
心許ない、不安定な浮遊感。その中で。
「そういえば今日はそんな日だったっけ。えーと、バレンタイン?」
縁無かったからなー、と、呑気な声でそう言って。
「そっか」
ディビィは、そう言って、笑った。
──分かっているだろうか? この姿勢で、繊細なバランス調整が必要になるのは実は抱え上げられている方で。
この状態で笑っていることに、どんな想いが必要なのかを。
ディビィは持参したチョコレートの包みを解くと、中身をひとつ取り出して──己の口に、咥える。
「唇はまだお預け、だよ?」
口の端からチョコレートを覗かせたまま、一言。
唇“は”まだ。
許されるその距離までは、顔、近づいて──
バレンタインの、予期せぬ遭遇。
それは、必ずしも望むものとは限らない。
「ぐぬぬ~~……うえあっ?」
ハンターオフィスへと向かっていた星野 ハナ(ka5852)は、不意にその直前に踵を返し、パパっと路地裏へと身を潜めた。
ぐつぐつ怒りつつ依頼を受けにオフィスを目指していたら、そこで怒りの諸悪の根源である伊佐美 透(kz0243)を見かけることになったのだからたまったものではない。
(何で私より弱い人が私を追っかけるんですか嵌め技系の私の方が強いに決まってるじゃないですか普通放置でしょありえないでしょ)
(大体夢を自家発電だけで叶えようとしたら絶対途中で力尽きるでしょ他の人の願いを薪にして燃やし続けてこそやっと叶うのが夢でしょありえないでしょ)
(ハンターなら怒ったら殴り合いでしょでも一発は一発って言っても辞退される未来しか見えないんですけど)
浮かぶ罵詈雑言を、声には出さず踏み潰すように地団太を踏んで。
気持ちを鎮めようと、そうしていたら。
「……不思議な踊りだんずね?」
やがて、聞こえてくる、聞き覚えのある声があった。
杢がいつの間にか、やや遠目の間から見ている。
彼としては。
彼女の奇矯さは多少は心得ていたし、「いつもの事」と感じる何かであれば、「今日も元気だんずね……」と見守り通り過ぎるだけで良かったのだが。
「大丈夫だんずか」
何故だろう。そう言って、彼は手にしたチョコをひとつ、差し出していた。
ハナはここですぅ、と息を吸って、吐いて。
「あはは。大丈夫ですよぅ」
どうにか言って、その言葉が、反響する。大丈夫。うん、大丈夫。ちょっと──ちょっと?──ムカつくことがあっただけ。
「そうだんずか。へば、おらはこいで」
杢はそう言って、納得したように手を振りながら彼女から離れていく。
ハナも別に引き留めはせず、手を振り返してそれを見送って。
「……ふぅ」
重いため息、一つ。
折角なので、チョコレートを、一つ。苦みから意識して、そういう原料だっけ、と改めて思い。
「分かりあえないのは分かりましたけどぉ、次の依頼までに謝る方法は考えなきゃですぅ……」
呟き、溶けたチョコを飲み込むころには、口に残るのはやっぱり甘味で。
小さな影が消えて言った方向を、暫し見やる。偶発の出会いの結果を考えながら。
●街角で──昼
「あの、ハンスさん……私と一緒にこの世界で…リアルブルーに帰らず詩天で生きて貰えませんか」
穂積 智里(ka6819)の、決して、軽くはないその言葉を。
「……詳しく話を伺っても?」
ハンス・ラインフェルト(ka6750)は、抑えた声でそう答え、横に座るよう促した。
「武人さんを殺す時に約束したんです。同じ形ではないけれど、志を継いで詩天で生きて死ぬって」
聞きながら、ハンスが僅かに強張るのを、智里は自覚はしていた。
「おじいちゃんやおばあちゃんに会えなくなるのは寂しいけど、ハンスさんが居てくれたら、私頑張れると思うんです。だから……」
言葉は、そこから先は上手く形にならなくて、一度途切れた。
ハンスは、眉間に寄った皺を押すように己の額に指を当て、暫し彼女の言葉を咀嚼する。
「……構いませんよ。元々私は東方に興味がありました。着流し帯刀が許されるこの世界の方が住み心地もいい」
その答え自体は、すぐに出ていた。彼女と共に、彼女の決断に寄り添い生きること。そのこと自体は、いい。
「でも、私のマウジーが決意したのが、他の男の志を継ぐためというのは、正直気に食わないですがね?」
声は。
それが照れ隠しなどを目的とした揶揄いではなく、真剣に愛するが故の本気の不快を表していて。
「……ごめ……なさ……ひゃっ?」
怯えるように智里が口にしようとした謝罪の言葉は、しかし最後まで言えなかった。
──抱え込むように、抱きしめられる。
彼女の首筋を、彼の唇が這う。
「……私のマウジーが面倒くさく拗れているのは知っていますが。次はありませんよ?」
独占欲の声は、吸われた肌にちくりと刺さった。赤く、肌に遺される。
静かな怒りとも取れるその言葉は、でも。
「あ、りがとう、ございます……ありがとう……」
彼女の望みを肯定する、望んだ結果でも、あった。
「それと……これからはずっと一緒で構いませんね?」
逆にハンスが問う言葉に、智里は彼を抱きしめ返す。
唇には笑み。瞳には涙。
「はい……はい! 不束者ですが、これから……末永くよろしくお願いしますっ」
返事に、ハンスは満足げに微笑んで。
「それでは、続きは私の家で話しましょう」
告げると、彼らは立ち上がる。
マッシュ・アクラシス(ka0771)は気付けば、傭兵の仕事とはまるで関わりはないが隊員たちと何故かスイーツ食に赴いていた。
予定はない。成り行きである。
元々はこの店に来たのは、カイン・シュミート(ka6967)一人だった。
窓際の席に案内されたら、通りがかった観那(ka4583)がそれを発見して。
──偶然、だけでもない。彼女もまたこの店自体は以前から気になっていたということで。
彼女が窓を叩けば、カインが「ねえさんも来る?」と気軽に手招きして。
「チョコパフェ食いたくて」
観那が座るなりそう説明したカインに促されるように観那も店員オススメの季節のフルーツパフェなどを頼んだところで、マッシュが偶然に──こちらは完全に偶然に──通りかかり。
「パイセンチーッス」
で、カインの声に気付けはこの状況、というわけである。
「見慣れない食べ物が、常日頃より増えつつありますなあ……」
思わずという風に、マッシュは呟く。クリムゾンウェスト人には、まだまだ目新しく映るものも多い。
カインの前に置かれるのは、見た目も麗しいショコライチゴパフェ。大粒のイチゴにミルクチョコとホワイトチョコ、生クリーム、ブラウニーにアイス……それらが、見事に器に盛られている。
観那の方はと言えば、この時期やはり柑橘類。ヨーグルトベースのクリームに、糖度の高いものは生で。他、シロップコーディングやゼリー、シャーベットにされたものが盛り付けられる。
「美味ぇ」
「ふふ、こうして共に過ごすのも良いものですね」
小皿を貰って分け合いながら、観那が微笑むと、
「甘いの誰かと食うの久し振りで楽しいね」
カインもそう言って頷く。
小皿の中身が減ってきて、観那が再度取り分ける手元が──ふと、記憶の光景と重なる。
かつての。今は亡き、恋人との。
その話を、ここではおくびにも出すつもりは……無いが。
カインは、何とはなしに、視線を観那からマッシュへと滑らせた。
彼の表情は他の二人と比べあまり大きな変化はない。視線に気づき、苦笑した。
「いやはや……口元を拭うのも惜しい程度には美味、でしたか?」
彼なりに味わいはしているらしい。
そこに。新たな遭遇の声が上がった。
「マーッシュ、今日も色男やねぇ♪」
一斉に振り向くと、白藤(ka3768)が、そこにいる。
「おやどうも、そちら様も、本日もお綺麗になされてますな」
応じるマッシュの声は只管事務的で、知人以上の関係を感じさせるものではなかったが。
愉しげに目を細める白藤の視線には、絡むような婀娜っぽさがある。
とまれ、マッシュの知り合いなのだろう。カインと観那は、順に軽く挨拶と自己紹介をする。
白藤もそれに、「あら、かわえぇ後輩君? 仕事が一緒になったときはうちもよろしゅうな♪」などと応じていた。
雑談のうちに白藤も酒を嗜むと聞いて、観那がそれに食いついたりなんかして。
「ドワーフと人間それぞれの酒情報でも交換しませんか?」
「んー、酒ねえ。美味しい酒やったらこの辺だと……」
少し賑やかになった一角で、穏やかな時間が過ぎていく。
菓子屋が最も集まる場所、つまり、菓子を求めるものが自然と集まる一角に。
「恋人への贈り物……そんな時期ですかー。私はどうしましょう、か……はにゃ?」
氷雨 柊(ka6302)、と。
(今の時期は、特にお菓子が美味しくて、いい。贈る宛は、ないけれどたくさん買っても、変な目で見られ、ない。だからこの時期は、結構好き)
坂上 瑞希(ka6540)は。
「坂上さん、奇遇ですねぇ」
「……柊さん、こんにちわ」
この通りで偶々行き会った。
パタパタと手を振りながら近づく柊。そのまま自然に、瑞希と二人、並んで歩き、雑談を始める。
「……私はお散歩。それと、お菓子の買い出し」
「ですかー? ……あ、もしかして『そういった方』がいらっしゃるのかしらぁ?」
「…………家に買いだめ、する。美味しい……」
「あら、自分用でしたかー。ふふ、いいですねぇ」
瑞希の声は、ほわり、柔らかな幸せの気配を纏っている。
柊も、つられるように微笑む。
「……柊さん、は、『彼』のを?」
「私? 私は、……そう、ですねぇ」
そうして、逆に突かれた問いに、柊は少し歩調を緩めて、店先を飾るとりどりの菓子たちに視線を送った。
「偶々通りかかっただけですけれど、どうしようかなぁとは思ってますよぅ……あ、買うか作るか、ですけれどー。どちらがいいと思いますかぁ?」
そうして雑談は、相談になり。
「…………私は、そういうのわからないから、あんまり。……でも、売ってるのも美味しい、作ってもきっとおいしい。だから……気分で、決める?」
「気分。……んー、気分ですかぁ……」
瑞希の言葉に、柊は短く考えて。
「じゃあ、頑張って作りますかねぇ」
あっさり、決めた。
歩調が戻る。
ただおしゃべりしながら、並び歩く。
気持ちの整理に必要なものなんて、そんなもの。
──そんなものが、だからこそ、こんなにも暖かいという事でも、有るけど。
「……どっちでも、がんば。末永くお幸せに……」
「にゃぁっ!? さ、坂上さんそれは使い方違いますよぅっ!?」
「……あれ? ちがった……?」
そうして、また続く、友達同士のじゃれたおしゃべりが、街角の甘い空気に混ざっていく。
不意の遭遇。それは正に、不意の遭遇だった。
そう。
予期できたわけがない。
どうして。
この場所。
このタイミングで。
有り得ない。
「何っっっで重体で病室で寝てるはずの人間が訓練場に居るんだこのド阿呆~~~!?!?」
それが。
友人全員に配るためのチョコ制作の気分転換にやってきたはずの冷泉 緋百合(ka6936)と。
じっとしているのは性に合わないと病室を抜け出して素振りに励んでいた鞍馬 真(ka5819)の。
偶発の、出会いだった。
巻き上がる緋百合の白炎のマテリアルが、道場を白く染め上げる。
怒号は、壁を揺らほどに鳴り響いて。
がーがーがみがみと叱る言葉は、大半が真の無思慮無分別をなじる、きつい言葉で。
震える空気がむしろ傷に響く程だが、真は大人しくそれに耐えていた。
実際、非は真にあるのだし。
その時折に、「心配ばかりかけて」「私がどんな気持ちで」等が混じり聞こえてこようものならば。
耐えて、受け止めて。宥めて謝り倒す以外、何が出来るというものか。
──それでも、ただ一つ、弁解させてもらうなら。
「……病室を抜け出したのはチョコを手に入れるためという理由もあったんだ」
タイミング見て切り出して。俯く彼女の手を取って。手にした包みをそこに重ねる。
「折角のバレンタインなのに私は怪我人だし、せめてチョコ位は一緒に味わえたらな、って思って」
緋百合は……言葉はない。むすーっとした顔のまま押し黙っている。
……それはつまり、言い足りなかった筈の言葉がどこかに行ってしまった、という事でもあるのだけど。
「……普通、男は貰う側なのかもしれないけどね。私から贈る方が合ってるかなって思ったんだ」
重ね合わせたままの掌。その上に乗る箱の包みが、するりと解かれていく。
様々なデコレート、綺麗に並ぶチョコレートの粒が、姿を現して。
「許してくれるなら、一緒に食べよう?」
駄目押しに、甘い一声。
やがて。
「まぁ今回は許してやる……次は無いからな!」
緋百合の返事は、そんな言葉ではあったけれども。隠しきれない好意は紛れもなく感じられるもので。
ああ、やっぱり、愛しいなと。
無理を押して買いに行った甲斐があったと、真は思うのだ。
時流に逆らうようでいて。
彼らがここに導かれたのは、町中に甘い香り漂う今だから、こそなのかもしれない。
変わらぬ空気に思わずほっとする、その場所とはラーメン屋。
転移者の店主が営む店で、故郷の味を求める日本の転移者の間で特に人気。
金欠気味の大伴 鈴太郎(ka6016)も、報酬を受け取った日は必ずと言っていいほど立ち寄る場所。だから。
「お、トールじゃんか」
やはり日本人である透と出会うことは、不思議なことではないだろう。
オッチャン。オレ葱抜きね! と慣れた様子で注文しながら、鈴は遠慮なく隣に腰掛け話しかける。
透も別に、拒否する様子はなかった。
「なあなあ、トールはペットとか飼ってねぇの?」
「ああ……まあこっち来てからは無いな。……うん。昔犬は飼ってたが」
「そっか。んじゃ、猫派か犬派で言ったら」
「どちらかというなら、犬派だなあ。別に、猫も可愛いとは思うが」
交わすのは、他愛のない会話だ。とりとめもない、思いついた端からという感じの。
ただ。
「今度ウチにトラチ見にくっか? 可愛いンだぜ~♪」
「──……。あー、そうだな。どこかで一度皆のペットを見せてもらうのもいいな」
鈴がそう言った時は。透は何か含ませるような間を持たせてから、そう答えた。
「へい、お待ちどうさん」
そうするうちに運ばれてきた彼女の分のラーメンに気が逸れて、微妙な空気はどこかへと。
──いったかと思いきや。
「コレやる。チョコの代わり! 最近は友チョコつってダチにもやンだってさ」
今日の日付をふと思い出したのか、鈴は叉焼の一枚を、口付ける前に透の器へと移す。
「へへ、三枚返しだかンな? ──なんつって……の、のびちまう前に食うか」
微妙に口ごもる鈴の、食べやすいようにだろう髪を結い上げ露わになった耳元までが、ほんのりと赤く染まっている。
思い付きでやってはみたものの慣れないことをして段々気恥ずかしくなったのだろう。
が。
(の割に、さっき男を自分の部屋に招き入れかねないこと言ったのは無自覚か)
その自覚と無自覚のアンバランスは、男の目線からするとひどく危うげなものにもなるのだが。
どうしたもんかねと思いながら、何となく最後まで手を付けかねていた叉焼は。ラーメンの汁を程よく吸って、たいそう美味だった。
志鷹 都(ka1140)は、上々の気分で冬枯れの小径を戻っていた。
訪れていたのは、美味と評判の菓子店だ。
いつも心身共に支えてくれる旦那様と、日頃お世話になっている方へと、贈り物を買いにその店を訪れた、その戦果は。
夫にはお酒入りのビタートリュフを。シックな包装に造花のミモザを添えて。
知人には花や動物柄の可愛らしいプリントチョコ。
中々に、満足のいく買い物ができた。鼻歌すら出そうな気分で、彼女は帰り路を歩き。
見かけたのは、友人のりんちゃん──こと、鈴太郎──と。一緒に歩く、見知らぬ成人男性だった。
目上の友人として当然の心配を抱いて、都はしばし、後を追うが。
「……あ! ミヤチャンじゃん!」
結局鈴に発見され、苦笑しつつ近づいていく。
「りんちゃん、こんにちは。偶然ね。……そちらの方は?」
「ああ! トールっつって、鎌倉ん時からよく一緒に戦ってる友人なんだ」
屈託のない言葉。
偶々そこのラーメン屋で会って、友チョコ代わりに叉焼やって、なんて話を聞いて。
(友チョコ……本当は女の子同士で贈るものなんだけどな……)
などとツッコミを入れつつ、恋に疎い彼女が可愛くて仕方なくも、思う。
「はじめまして。志鷹 都です。りんちゃんの大切な友人だったんですね」
そうして都は、安堵しつつ改めて透に向き直って挨拶した。
「伊佐美 透です。大伴さんは大事な戦友で……恩人ですよ。──彼女のこと、これからもよろしく」
なんか、あらぬ疑いをかけられたんじゃないかと感じてはいたが。
さっきの引っ掛かりがあるだけに、逆に透も思う。ああ全く、自分くらいの男は正しく警戒されるべきである。
そして、そうしてくれる同性の友人が傍に居てくれるなら、自分が下手を打つこともないか、と。
そんな空気を。
「お。鈴太郎さん? こんにずはだんず」
タイミングよく現れた杢が、無かったことにして。
それで何となくバランスの取れた一行は、また挨拶を交わしながら連れだって暫し街を歩いていく。
はらり。
冬の、低い日差し差し込む喫茶店の窓際で、本の捲られる音。
サンドイッチとコーヒーで落ち着いて読書。そんな雰囲気が似合う喫茶店。
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)の、気に入りの店。
落ち着けるこの場所で、手にするのはこの世界に関する本。
その文字の海へと没入する──寸前に、窓を叩くコンコンという音に、集中は寸断された。
それがシェリル・マイヤーズ(ka0509)であることを認めると、ヒースは共に食事をしないかと手招きする。
「やぁ、偶然だねシェリー」
「ここ……良く来るの……? 私は……ちょっと、買い物……」
「常連と言うほど来ているわけじゃないけど、中々いい店だよ。食事もコーヒーも美味くてねぇ」
ヒースの返事を聞きながら。
シェリルは、その、『買い物』の袋と、ヒースの顔を交互に見やっていた。
バレンタイン。
彼の誕生日。
買い物は、手作りチョコに添える、プレゼント。
折角会えたのだし、もう渡してしまおうか。
「ぁの……」
耳に残る音を反響させる。シェリー。最近になって彼が自分を呼ぶようになった愛称。
「ぇっと……ヒー兄……」
それに応えるかのように唇に乗せた愛称は。
不自然ではない。ただ、目上の男性に向けるものとしても。
それでも、呼び慣れるまでに少し時間がかかるかもしれない、と思った。
「バレンタインと、誕生日だから……チョコ……」
そうして、シェリルからヒースに渡された、赤い箱に添えられる花束──アメジストセージ。
花言葉は、家族愛。それから、治療。……記憶が、戻りますように、と。
──もしかしたら自分たちは従兄妹かもしれない。そうでは? と思いつつあるが決定的な手がかりはない。
ひっそりと願いが込められた、贈り物に。
「ありがとう、シェリー。これはボクもいずれお返しを贈らないとねぇ。まぁ、今はコーヒー……いや、ココアをおごろうかぁ」
ヒースは、微笑みを返す。
いつもの彼らしい皮肉はない、兄が妹に向けるような穏やかな微笑みを。
シェリルも、微笑みを返す。
傾き始めたオレンジの陽、差し込んで。
運ばれてきたココアからは、甘い芳香。
優しい空気が、二人を、温かくくるんでいく。
●街角で──夜
「そろそろ帰ってくる頃ですね」
差し迫ったイベントデーの為、チョコレートのレシピを考えながら。
時計を見ることもなく呟いたそれは、何となくの予想で、当たることも外れることもある。
同棲を始めて一年。ずいぶん慣れた。
今日の結果は。
「ただいまーっと」
やがて聞こえてくる、玉兎 小夜(ka6009)の声。
答え合わせに時計を見上げて、今日も一喜一憂して。
──大事な人の帰ってくる場所になる。
それが今の玉兎・恵(ka3940)のあり方。
「おかえりなさい」
笑顔で、迎える。
その少し前。
帰り路で、小夜はずっと、とりとめのない思考を巡らせていた。
今日は聖バレンティヌス……とは実はあんまり関係がない日なんだけど……。
なんかいろいろあったんだぜより人が「こういう日だ」って決めた日の方がなんかイイ感じがするよ。
いや、そもそも人じゃないけどさ!
とかへんなこと考えちゃうのはね。
「……兎には似合わないけどねぇ」
自覚して、呟く。けど。
同棲して、一年。
二年目、突入な訳で。
「恵、これ、もらって、くれる、かなぁ?」
もらうばっかりじゃなくてさぁ……? と。
去年もあげたけどやっぱりもらう方が強かったし。
……手作りちょこ。
そうして、彼は帰り着く。
うぐぅ、はずい、呻くように差し出されたそれに、恵は目を丸くして。
そうして、優しく寄り添うように受け取ってから、その腕に自分の腕を絡めた。
「実は、チョコ作りで少し時間が取られて夕食の準備が遅れてしまったんです」
デートのように腕組みながら、恵は誘う。
買い物でも行きませんか、二人で馴染みにできる喫茶店とか見つけに行くのもいいですよね。と。
二人の家。二人の場所。いつだって、ここの居れば帰ってきてくれる、ここはそんな場所。
だから。
まだ甘い香りのこる町に、二人は躊躇いもなく、また出かけて行ける。
行きつけの酒場の前で、鬼揃 紫辰(ka4627)は、一つ、深呼吸した。
目当ての相手がどのくらいの時間帯に顔を出すか、凡そ目安はついてる。
──今日は渡す物があるから、会えなければ困るのだ。
胸中で呟いて、不安交じりに扉を押す。
「おお、紫辰ではないか。いや何、ここに来ればお前と飲めるかと思ってな。一献どうだ?」
果たして長篠 宗嗣(ka4942)は、そんな紫辰の葛藤など知らぬとばかりに平然とそこにいた。
差向うと、渡された盃、満たされて。
軽く掲げ合い、口を付ける。
「……して、紫辰よ。どうだ調子の方は。ん? 贔屓の女子はおらんのかと聞いている」
始めるなり宗嗣から切り出された話題がそれだ。
「偶に逢う親類や近所の馴染のような事を聞いてくれるな宗嗣よ……俺が女子を苦手とするのは知っておろうに」
紫辰は、ため息をついて盃を呷る。
「ハハハ。その調子だと難しそうだな。全くお前は良い男なんだからその気になれば女子の一人や二人……」
さらに続く言葉を断ち切るために、紫辰は持参したものを宗嗣に突き付けた。
「ん? 何だ? これは」
「世間では、その、そういう時期らしいし、酒の入ったチョコレートだ。不都合がなければ受け取ってく──」
宗嗣の問いに、何気なく答える紫辰の言葉は、しかしふと途切れる。
様子が、おかしい。様子というか、空気が。
「チョコレート? 俺にか……? 紫辰よ、これがどういう意味か分かった上で、あえて俺に、と言うのだな?」
包みを見つめる宗嗣の視線は真剣そのものだった。
ここに、重大な行き違いがある。
──つまり、宗嗣は、この季節のチョコレートは本命にのみ渡すものだと思っている、という。
「いやはや。まさかお前にそっちの趣味があるとは……」
「!?? い、いやこれは日頃世話になる者への礼になると聞いてだな……っ」
「そういうことであれば俺も考えねばならんな」
「か、考えるって何をだ……」
顔を真っ赤にする紫辰。遂には呻いて卓に突っ伏して。
こんなバレンタインの夜。
どこに収束するのかわからないまま、男二人の酒と夜は、深まっていく──。
──とはまた別の、町の一角にある酒場にて。
「うニャぁ、お腹ぺっこりんニャス」
ミア(ka7035)がそこにたどり着いたのはただ、目的もなくミア散歩、の果てだった。
一先ずと、桃の果実酒とチーズの山盛り、天むすを10個程頼むと、何気なく店内の客に順に視線を巡らせる。
(おお、桃色美人さんがいるニャス)
視線を止めたのは、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)のところでだった。
「こんにちは! ミアはミアニャス! ここにはよく来るニャスか?」
独りらしい蜜鈴に、ためらいもなく近寄ってそう声をかけると、彼女はといえば機嫌よく目を細めて、ミアに応じる。
「店は小さいが安くて美味くてボリューム満点、ついでに女将の愛嬌も気風も良いと来た。通わぬ理由なぞ有るまいて。久方ぶりの休日じゃ、精々飲もうと思うてのう」
そう言って、蜜鈴は近づくミアを歓迎するように、隣の席を引く。
「袖すり合うも……と云う奴じゃ。遠慮は要らぬ、掛けるが良いよ」
「桃色のご縁に乾杯ニャスー♪」
遠慮なく隣に座るミアがそう言うと、蜜鈴よくグラスを掲げ、言葉通りにその中身を干して見せた。
「ルージュちゃんも果実酒好きニャスか?」
「おお。そうじゃの。妾も果実酒と……それから純米酒などを好むのう」
言いながら証明するように酒を傾ける蜜鈴のペースは、ザルを通り越してワクである。
ミアはと言えば、初対面と思えぬほどよく喋った。
「ルージュちゃんの髪、桃にすかした金の色合いがキレイニャスネ」
よく笑い、よく食べる。
楽しいおしゃべりをたくさんしたいと。
そこに。
「ミアちゃんやーん♪ 美味しいのんどるー?」
突如、後ろから抱き着いてきた人影がある。
「しーちゃんゲットニャスー♪」
声に、ミアはすぐに正体を悟ると、ぎゅう、とその腕に抱きつき返した。
「おお、白藤かえ」
「蜜鈴もおったん? 調子はどうや?」
問いかけの最中に、蜜鈴がまた手にした盃を干すと、白藤は「相も変わらず、みたいやなぁ」と笑う。
そうして。
「折角だからチョコリキュールのお酒、半分こしようニャス♪」
「ええなあ、バレンタインにかんぱーい」
姦しく過ごす時間も、いつしかすっかり過ぎていって。
「縁繋ぐ、充実した休みであった……次は何処へ行こうかのう……?」
蜜鈴のその言葉が開きの言葉となった。
バラバラの道を行く、その帰り路。
(あれから……6年目か)
ふと視線を落とす白藤に、よぎる想いがある。
戦死の知らせを受けた親友二人。
遺体がない彼らの帰りを、未だ待っている。
それでも。
今を生きる友人、心を多少許す存在に心が温かくなる。
(時は進む、止まん雨はないし……開けへん夜も、ない。うちは……一人や、ない)
そんな気付きと共に。
今日という日が、終わっていく。
町を歩く杢(ka6890)の声と足取りは、ご機嫌そのもの。
「こげな日なら毎日でもええだんずね」
友チョコ。義理チョコ。配布チョコ。
出会った知己と。宣伝する店員から。貰い歩いたそれらを両腕に抱え。
「せばわっつど食べるだんず」
なおも明るく、彼は歩いていく。
●ハンターオフィスで
「ふぉぉぉ!? 依頼じゃなく個人的に職員さんから差し入れを貰ったのは初めてかもなの、これはお礼が必要なの一大事件なの~」
ディーナ・フェルミ(ka5843)が上げた声に、アン=ズヴォーは目を丸くする。
その目の前で、ディーナ、彼女は受け取った菓子をパクっと口に放り込むと。あっという間に街中へと駆け抜け消えていった。
向かうは路上に屋台を並べる一角、食べ物が売られる店を端から端へと渡り歩く。
そして。
「御馳走さまなのお返しなの、職員さん達で分けて食べるといいと思うの」
ハンターオフィスに取って返したディーナの腕には、一抱えもある紙袋。
ダダンと、アンの前へと積み上げられる。彼女が選別の上、買い集めた肉たちが。
「お返しって姐さん、そもそも手前どものが、普段の先生方へのお礼でさぁ……」
「美味しいものは1人で食べるよりみんなで食べた方が美味しいの。だからアンさんはアンさんの仲間や友達と一緒に食べたらいいと思うの」
かくして。
「臭みがなくてタレが美味しい肉は甘味と同じくらい正義なの、これが本日のトップ3なの」
ディーナの好意により、バレンタインだかなんだかな肉祭りが、受付嬢の間で催されるのだった。
「……ディビィ、くるかしら」
アリス・ムーンダスト(ka4195)は、オフィスの談話室で待っていた。
(同性だし、私はこんなちんちくりんだし、来なくても仕方ないのかもしれないけど……)
ちらり、上目遣いに時計を見る。もう少しで、つい誘った、約束の時間。
「何か談話室に呼び出されちゃったけど、決闘とか申し込まれるのかなー……」
呼び出されたディビィ・J・ロッカー(ka6843)は、オフィスの廊下を進んでいた。
一応の詫び代わりと、町のあちこちで沢山売ってたチョコを抱えて。
(えぇい、ここまで来たんだからやるわよ!)
アリスが決意を込め直して立ちあがった時。
「あ、アリス君速いねー。待たせちゃったかな」
ディビィが、気軽な声で扉を開ける。
「ディビィ!」
次の瞬間、アリスは心のままに弾ける笑顔を零していた。
嬉しそうなその顔に、ディビィは決闘ではなさそうだとひとまず安堵する。
アリスを見ると、彼女は何故かぶんぶんと首を横に振っていた。
(違う、違うのよ。ここは余裕を見せるところなのよ!)
改めて、心を整えて。
「……今日はバレンタイン! 想いを伝える日なのよ! だから!」
声を張り上げ、飛び込むように抱き着いて、それから。
「好きなの! ディビィ!」
告白と共に、腕を腰に、脚にと回し、抱き上げようと試みる。
必死だった。こうしないと、また可愛がられて終わるから。
──そうして、ふわり、ディビィの足が床から離れた。
心許ない、不安定な浮遊感。その中で。
「そういえば今日はそんな日だったっけ。えーと、バレンタイン?」
縁無かったからなー、と、呑気な声でそう言って。
「そっか」
ディビィは、そう言って、笑った。
──分かっているだろうか? この姿勢で、繊細なバランス調整が必要になるのは実は抱え上げられている方で。
この状態で笑っていることに、どんな想いが必要なのかを。
ディビィは持参したチョコレートの包みを解くと、中身をひとつ取り出して──己の口に、咥える。
「唇はまだお預け、だよ?」
口の端からチョコレートを覗かせたまま、一言。
唇“は”まだ。
許されるその距離までは、顔、近づいて──
バレンタインの、予期せぬ遭遇。
それは、必ずしも望むものとは限らない。
「ぐぬぬ~~……うえあっ?」
ハンターオフィスへと向かっていた星野 ハナ(ka5852)は、不意にその直前に踵を返し、パパっと路地裏へと身を潜めた。
ぐつぐつ怒りつつ依頼を受けにオフィスを目指していたら、そこで怒りの諸悪の根源である伊佐美 透(kz0243)を見かけることになったのだからたまったものではない。
(何で私より弱い人が私を追っかけるんですか嵌め技系の私の方が強いに決まってるじゃないですか普通放置でしょありえないでしょ)
(大体夢を自家発電だけで叶えようとしたら絶対途中で力尽きるでしょ他の人の願いを薪にして燃やし続けてこそやっと叶うのが夢でしょありえないでしょ)
(ハンターなら怒ったら殴り合いでしょでも一発は一発って言っても辞退される未来しか見えないんですけど)
浮かぶ罵詈雑言を、声には出さず踏み潰すように地団太を踏んで。
気持ちを鎮めようと、そうしていたら。
「……不思議な踊りだんずね?」
やがて、聞こえてくる、聞き覚えのある声があった。
杢がいつの間にか、やや遠目の間から見ている。
彼としては。
彼女の奇矯さは多少は心得ていたし、「いつもの事」と感じる何かであれば、「今日も元気だんずね……」と見守り通り過ぎるだけで良かったのだが。
「大丈夫だんずか」
何故だろう。そう言って、彼は手にしたチョコをひとつ、差し出していた。
ハナはここですぅ、と息を吸って、吐いて。
「あはは。大丈夫ですよぅ」
どうにか言って、その言葉が、反響する。大丈夫。うん、大丈夫。ちょっと──ちょっと?──ムカつくことがあっただけ。
「そうだんずか。へば、おらはこいで」
杢はそう言って、納得したように手を振りながら彼女から離れていく。
ハナも別に引き留めはせず、手を振り返してそれを見送って。
「……ふぅ」
重いため息、一つ。
折角なので、チョコレートを、一つ。苦みから意識して、そういう原料だっけ、と改めて思い。
「分かりあえないのは分かりましたけどぉ、次の依頼までに謝る方法は考えなきゃですぅ……」
呟き、溶けたチョコを飲み込むころには、口に残るのはやっぱり甘味で。
小さな影が消えて言った方向を、暫し見やる。偶発の出会いの結果を考えながら。
●街角で──昼
「あの、ハンスさん……私と一緒にこの世界で…リアルブルーに帰らず詩天で生きて貰えませんか」
穂積 智里(ka6819)の、決して、軽くはないその言葉を。
「……詳しく話を伺っても?」
ハンス・ラインフェルト(ka6750)は、抑えた声でそう答え、横に座るよう促した。
「武人さんを殺す時に約束したんです。同じ形ではないけれど、志を継いで詩天で生きて死ぬって」
聞きながら、ハンスが僅かに強張るのを、智里は自覚はしていた。
「おじいちゃんやおばあちゃんに会えなくなるのは寂しいけど、ハンスさんが居てくれたら、私頑張れると思うんです。だから……」
言葉は、そこから先は上手く形にならなくて、一度途切れた。
ハンスは、眉間に寄った皺を押すように己の額に指を当て、暫し彼女の言葉を咀嚼する。
「……構いませんよ。元々私は東方に興味がありました。着流し帯刀が許されるこの世界の方が住み心地もいい」
その答え自体は、すぐに出ていた。彼女と共に、彼女の決断に寄り添い生きること。そのこと自体は、いい。
「でも、私のマウジーが決意したのが、他の男の志を継ぐためというのは、正直気に食わないですがね?」
声は。
それが照れ隠しなどを目的とした揶揄いではなく、真剣に愛するが故の本気の不快を表していて。
「……ごめ……なさ……ひゃっ?」
怯えるように智里が口にしようとした謝罪の言葉は、しかし最後まで言えなかった。
──抱え込むように、抱きしめられる。
彼女の首筋を、彼の唇が這う。
「……私のマウジーが面倒くさく拗れているのは知っていますが。次はありませんよ?」
独占欲の声は、吸われた肌にちくりと刺さった。赤く、肌に遺される。
静かな怒りとも取れるその言葉は、でも。
「あ、りがとう、ございます……ありがとう……」
彼女の望みを肯定する、望んだ結果でも、あった。
「それと……これからはずっと一緒で構いませんね?」
逆にハンスが問う言葉に、智里は彼を抱きしめ返す。
唇には笑み。瞳には涙。
「はい……はい! 不束者ですが、これから……末永くよろしくお願いしますっ」
返事に、ハンスは満足げに微笑んで。
「それでは、続きは私の家で話しましょう」
告げると、彼らは立ち上がる。
マッシュ・アクラシス(ka0771)は気付けば、傭兵の仕事とはまるで関わりはないが隊員たちと何故かスイーツ食に赴いていた。
予定はない。成り行きである。
元々はこの店に来たのは、カイン・シュミート(ka6967)一人だった。
窓際の席に案内されたら、通りがかった観那(ka4583)がそれを発見して。
──偶然、だけでもない。彼女もまたこの店自体は以前から気になっていたということで。
彼女が窓を叩けば、カインが「ねえさんも来る?」と気軽に手招きして。
「チョコパフェ食いたくて」
観那が座るなりそう説明したカインに促されるように観那も店員オススメの季節のフルーツパフェなどを頼んだところで、マッシュが偶然に──こちらは完全に偶然に──通りかかり。
「パイセンチーッス」
で、カインの声に気付けはこの状況、というわけである。
「見慣れない食べ物が、常日頃より増えつつありますなあ……」
思わずという風に、マッシュは呟く。クリムゾンウェスト人には、まだまだ目新しく映るものも多い。
カインの前に置かれるのは、見た目も麗しいショコライチゴパフェ。大粒のイチゴにミルクチョコとホワイトチョコ、生クリーム、ブラウニーにアイス……それらが、見事に器に盛られている。
観那の方はと言えば、この時期やはり柑橘類。ヨーグルトベースのクリームに、糖度の高いものは生で。他、シロップコーディングやゼリー、シャーベットにされたものが盛り付けられる。
「美味ぇ」
「ふふ、こうして共に過ごすのも良いものですね」
小皿を貰って分け合いながら、観那が微笑むと、
「甘いの誰かと食うの久し振りで楽しいね」
カインもそう言って頷く。
小皿の中身が減ってきて、観那が再度取り分ける手元が──ふと、記憶の光景と重なる。
かつての。今は亡き、恋人との。
その話を、ここではおくびにも出すつもりは……無いが。
カインは、何とはなしに、視線を観那からマッシュへと滑らせた。
彼の表情は他の二人と比べあまり大きな変化はない。視線に気づき、苦笑した。
「いやはや……口元を拭うのも惜しい程度には美味、でしたか?」
彼なりに味わいはしているらしい。
そこに。新たな遭遇の声が上がった。
「マーッシュ、今日も色男やねぇ♪」
一斉に振り向くと、白藤(ka3768)が、そこにいる。
「おやどうも、そちら様も、本日もお綺麗になされてますな」
応じるマッシュの声は只管事務的で、知人以上の関係を感じさせるものではなかったが。
愉しげに目を細める白藤の視線には、絡むような婀娜っぽさがある。
とまれ、マッシュの知り合いなのだろう。カインと観那は、順に軽く挨拶と自己紹介をする。
白藤もそれに、「あら、かわえぇ後輩君? 仕事が一緒になったときはうちもよろしゅうな♪」などと応じていた。
雑談のうちに白藤も酒を嗜むと聞いて、観那がそれに食いついたりなんかして。
「ドワーフと人間それぞれの酒情報でも交換しませんか?」
「んー、酒ねえ。美味しい酒やったらこの辺だと……」
少し賑やかになった一角で、穏やかな時間が過ぎていく。
菓子屋が最も集まる場所、つまり、菓子を求めるものが自然と集まる一角に。
「恋人への贈り物……そんな時期ですかー。私はどうしましょう、か……はにゃ?」
氷雨 柊(ka6302)、と。
(今の時期は、特にお菓子が美味しくて、いい。贈る宛は、ないけれどたくさん買っても、変な目で見られ、ない。だからこの時期は、結構好き)
坂上 瑞希(ka6540)は。
「坂上さん、奇遇ですねぇ」
「……柊さん、こんにちわ」
この通りで偶々行き会った。
パタパタと手を振りながら近づく柊。そのまま自然に、瑞希と二人、並んで歩き、雑談を始める。
「……私はお散歩。それと、お菓子の買い出し」
「ですかー? ……あ、もしかして『そういった方』がいらっしゃるのかしらぁ?」
「…………家に買いだめ、する。美味しい……」
「あら、自分用でしたかー。ふふ、いいですねぇ」
瑞希の声は、ほわり、柔らかな幸せの気配を纏っている。
柊も、つられるように微笑む。
「……柊さん、は、『彼』のを?」
「私? 私は、……そう、ですねぇ」
そうして、逆に突かれた問いに、柊は少し歩調を緩めて、店先を飾るとりどりの菓子たちに視線を送った。
「偶々通りかかっただけですけれど、どうしようかなぁとは思ってますよぅ……あ、買うか作るか、ですけれどー。どちらがいいと思いますかぁ?」
そうして雑談は、相談になり。
「…………私は、そういうのわからないから、あんまり。……でも、売ってるのも美味しい、作ってもきっとおいしい。だから……気分で、決める?」
「気分。……んー、気分ですかぁ……」
瑞希の言葉に、柊は短く考えて。
「じゃあ、頑張って作りますかねぇ」
あっさり、決めた。
歩調が戻る。
ただおしゃべりしながら、並び歩く。
気持ちの整理に必要なものなんて、そんなもの。
──そんなものが、だからこそ、こんなにも暖かいという事でも、有るけど。
「……どっちでも、がんば。末永くお幸せに……」
「にゃぁっ!? さ、坂上さんそれは使い方違いますよぅっ!?」
「……あれ? ちがった……?」
そうして、また続く、友達同士のじゃれたおしゃべりが、街角の甘い空気に混ざっていく。
不意の遭遇。それは正に、不意の遭遇だった。
そう。
予期できたわけがない。
どうして。
この場所。
このタイミングで。
有り得ない。
「何っっっで重体で病室で寝てるはずの人間が訓練場に居るんだこのド阿呆~~~!?!?」
それが。
友人全員に配るためのチョコ制作の気分転換にやってきたはずの冷泉 緋百合(ka6936)と。
じっとしているのは性に合わないと病室を抜け出して素振りに励んでいた鞍馬 真(ka5819)の。
偶発の、出会いだった。
巻き上がる緋百合の白炎のマテリアルが、道場を白く染め上げる。
怒号は、壁を揺らほどに鳴り響いて。
がーがーがみがみと叱る言葉は、大半が真の無思慮無分別をなじる、きつい言葉で。
震える空気がむしろ傷に響く程だが、真は大人しくそれに耐えていた。
実際、非は真にあるのだし。
その時折に、「心配ばかりかけて」「私がどんな気持ちで」等が混じり聞こえてこようものならば。
耐えて、受け止めて。宥めて謝り倒す以外、何が出来るというものか。
──それでも、ただ一つ、弁解させてもらうなら。
「……病室を抜け出したのはチョコを手に入れるためという理由もあったんだ」
タイミング見て切り出して。俯く彼女の手を取って。手にした包みをそこに重ねる。
「折角のバレンタインなのに私は怪我人だし、せめてチョコ位は一緒に味わえたらな、って思って」
緋百合は……言葉はない。むすーっとした顔のまま押し黙っている。
……それはつまり、言い足りなかった筈の言葉がどこかに行ってしまった、という事でもあるのだけど。
「……普通、男は貰う側なのかもしれないけどね。私から贈る方が合ってるかなって思ったんだ」
重ね合わせたままの掌。その上に乗る箱の包みが、するりと解かれていく。
様々なデコレート、綺麗に並ぶチョコレートの粒が、姿を現して。
「許してくれるなら、一緒に食べよう?」
駄目押しに、甘い一声。
やがて。
「まぁ今回は許してやる……次は無いからな!」
緋百合の返事は、そんな言葉ではあったけれども。隠しきれない好意は紛れもなく感じられるもので。
ああ、やっぱり、愛しいなと。
無理を押して買いに行った甲斐があったと、真は思うのだ。
時流に逆らうようでいて。
彼らがここに導かれたのは、町中に甘い香り漂う今だから、こそなのかもしれない。
変わらぬ空気に思わずほっとする、その場所とはラーメン屋。
転移者の店主が営む店で、故郷の味を求める日本の転移者の間で特に人気。
金欠気味の大伴 鈴太郎(ka6016)も、報酬を受け取った日は必ずと言っていいほど立ち寄る場所。だから。
「お、トールじゃんか」
やはり日本人である透と出会うことは、不思議なことではないだろう。
オッチャン。オレ葱抜きね! と慣れた様子で注文しながら、鈴は遠慮なく隣に腰掛け話しかける。
透も別に、拒否する様子はなかった。
「なあなあ、トールはペットとか飼ってねぇの?」
「ああ……まあこっち来てからは無いな。……うん。昔犬は飼ってたが」
「そっか。んじゃ、猫派か犬派で言ったら」
「どちらかというなら、犬派だなあ。別に、猫も可愛いとは思うが」
交わすのは、他愛のない会話だ。とりとめもない、思いついた端からという感じの。
ただ。
「今度ウチにトラチ見にくっか? 可愛いンだぜ~♪」
「──……。あー、そうだな。どこかで一度皆のペットを見せてもらうのもいいな」
鈴がそう言った時は。透は何か含ませるような間を持たせてから、そう答えた。
「へい、お待ちどうさん」
そうするうちに運ばれてきた彼女の分のラーメンに気が逸れて、微妙な空気はどこかへと。
──いったかと思いきや。
「コレやる。チョコの代わり! 最近は友チョコつってダチにもやンだってさ」
今日の日付をふと思い出したのか、鈴は叉焼の一枚を、口付ける前に透の器へと移す。
「へへ、三枚返しだかンな? ──なんつって……の、のびちまう前に食うか」
微妙に口ごもる鈴の、食べやすいようにだろう髪を結い上げ露わになった耳元までが、ほんのりと赤く染まっている。
思い付きでやってはみたものの慣れないことをして段々気恥ずかしくなったのだろう。
が。
(の割に、さっき男を自分の部屋に招き入れかねないこと言ったのは無自覚か)
その自覚と無自覚のアンバランスは、男の目線からするとひどく危うげなものにもなるのだが。
どうしたもんかねと思いながら、何となく最後まで手を付けかねていた叉焼は。ラーメンの汁を程よく吸って、たいそう美味だった。
志鷹 都(ka1140)は、上々の気分で冬枯れの小径を戻っていた。
訪れていたのは、美味と評判の菓子店だ。
いつも心身共に支えてくれる旦那様と、日頃お世話になっている方へと、贈り物を買いにその店を訪れた、その戦果は。
夫にはお酒入りのビタートリュフを。シックな包装に造花のミモザを添えて。
知人には花や動物柄の可愛らしいプリントチョコ。
中々に、満足のいく買い物ができた。鼻歌すら出そうな気分で、彼女は帰り路を歩き。
見かけたのは、友人のりんちゃん──こと、鈴太郎──と。一緒に歩く、見知らぬ成人男性だった。
目上の友人として当然の心配を抱いて、都はしばし、後を追うが。
「……あ! ミヤチャンじゃん!」
結局鈴に発見され、苦笑しつつ近づいていく。
「りんちゃん、こんにちは。偶然ね。……そちらの方は?」
「ああ! トールっつって、鎌倉ん時からよく一緒に戦ってる友人なんだ」
屈託のない言葉。
偶々そこのラーメン屋で会って、友チョコ代わりに叉焼やって、なんて話を聞いて。
(友チョコ……本当は女の子同士で贈るものなんだけどな……)
などとツッコミを入れつつ、恋に疎い彼女が可愛くて仕方なくも、思う。
「はじめまして。志鷹 都です。りんちゃんの大切な友人だったんですね」
そうして都は、安堵しつつ改めて透に向き直って挨拶した。
「伊佐美 透です。大伴さんは大事な戦友で……恩人ですよ。──彼女のこと、これからもよろしく」
なんか、あらぬ疑いをかけられたんじゃないかと感じてはいたが。
さっきの引っ掛かりがあるだけに、逆に透も思う。ああ全く、自分くらいの男は正しく警戒されるべきである。
そして、そうしてくれる同性の友人が傍に居てくれるなら、自分が下手を打つこともないか、と。
そんな空気を。
「お。鈴太郎さん? こんにずはだんず」
タイミングよく現れた杢が、無かったことにして。
それで何となくバランスの取れた一行は、また挨拶を交わしながら連れだって暫し街を歩いていく。
はらり。
冬の、低い日差し差し込む喫茶店の窓際で、本の捲られる音。
サンドイッチとコーヒーで落ち着いて読書。そんな雰囲気が似合う喫茶店。
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)の、気に入りの店。
落ち着けるこの場所で、手にするのはこの世界に関する本。
その文字の海へと没入する──寸前に、窓を叩くコンコンという音に、集中は寸断された。
それがシェリル・マイヤーズ(ka0509)であることを認めると、ヒースは共に食事をしないかと手招きする。
「やぁ、偶然だねシェリー」
「ここ……良く来るの……? 私は……ちょっと、買い物……」
「常連と言うほど来ているわけじゃないけど、中々いい店だよ。食事もコーヒーも美味くてねぇ」
ヒースの返事を聞きながら。
シェリルは、その、『買い物』の袋と、ヒースの顔を交互に見やっていた。
バレンタイン。
彼の誕生日。
買い物は、手作りチョコに添える、プレゼント。
折角会えたのだし、もう渡してしまおうか。
「ぁの……」
耳に残る音を反響させる。シェリー。最近になって彼が自分を呼ぶようになった愛称。
「ぇっと……ヒー兄……」
それに応えるかのように唇に乗せた愛称は。
不自然ではない。ただ、目上の男性に向けるものとしても。
それでも、呼び慣れるまでに少し時間がかかるかもしれない、と思った。
「バレンタインと、誕生日だから……チョコ……」
そうして、シェリルからヒースに渡された、赤い箱に添えられる花束──アメジストセージ。
花言葉は、家族愛。それから、治療。……記憶が、戻りますように、と。
──もしかしたら自分たちは従兄妹かもしれない。そうでは? と思いつつあるが決定的な手がかりはない。
ひっそりと願いが込められた、贈り物に。
「ありがとう、シェリー。これはボクもいずれお返しを贈らないとねぇ。まぁ、今はコーヒー……いや、ココアをおごろうかぁ」
ヒースは、微笑みを返す。
いつもの彼らしい皮肉はない、兄が妹に向けるような穏やかな微笑みを。
シェリルも、微笑みを返す。
傾き始めたオレンジの陽、差し込んで。
運ばれてきたココアからは、甘い芳香。
優しい空気が、二人を、温かくくるんでいく。
●街角で──夜
「そろそろ帰ってくる頃ですね」
差し迫ったイベントデーの為、チョコレートのレシピを考えながら。
時計を見ることもなく呟いたそれは、何となくの予想で、当たることも外れることもある。
同棲を始めて一年。ずいぶん慣れた。
今日の結果は。
「ただいまーっと」
やがて聞こえてくる、玉兎 小夜(ka6009)の声。
答え合わせに時計を見上げて、今日も一喜一憂して。
──大事な人の帰ってくる場所になる。
それが今の玉兎・恵(ka3940)のあり方。
「おかえりなさい」
笑顔で、迎える。
その少し前。
帰り路で、小夜はずっと、とりとめのない思考を巡らせていた。
今日は聖バレンティヌス……とは実はあんまり関係がない日なんだけど……。
なんかいろいろあったんだぜより人が「こういう日だ」って決めた日の方がなんかイイ感じがするよ。
いや、そもそも人じゃないけどさ!
とかへんなこと考えちゃうのはね。
「……兎には似合わないけどねぇ」
自覚して、呟く。けど。
同棲して、一年。
二年目、突入な訳で。
「恵、これ、もらって、くれる、かなぁ?」
もらうばっかりじゃなくてさぁ……? と。
去年もあげたけどやっぱりもらう方が強かったし。
……手作りちょこ。
そうして、彼は帰り着く。
うぐぅ、はずい、呻くように差し出されたそれに、恵は目を丸くして。
そうして、優しく寄り添うように受け取ってから、その腕に自分の腕を絡めた。
「実は、チョコ作りで少し時間が取られて夕食の準備が遅れてしまったんです」
デートのように腕組みながら、恵は誘う。
買い物でも行きませんか、二人で馴染みにできる喫茶店とか見つけに行くのもいいですよね。と。
二人の家。二人の場所。いつだって、ここの居れば帰ってきてくれる、ここはそんな場所。
だから。
まだ甘い香りのこる町に、二人は躊躇いもなく、また出かけて行ける。
行きつけの酒場の前で、鬼揃 紫辰(ka4627)は、一つ、深呼吸した。
目当ての相手がどのくらいの時間帯に顔を出すか、凡そ目安はついてる。
──今日は渡す物があるから、会えなければ困るのだ。
胸中で呟いて、不安交じりに扉を押す。
「おお、紫辰ではないか。いや何、ここに来ればお前と飲めるかと思ってな。一献どうだ?」
果たして長篠 宗嗣(ka4942)は、そんな紫辰の葛藤など知らぬとばかりに平然とそこにいた。
差向うと、渡された盃、満たされて。
軽く掲げ合い、口を付ける。
「……して、紫辰よ。どうだ調子の方は。ん? 贔屓の女子はおらんのかと聞いている」
始めるなり宗嗣から切り出された話題がそれだ。
「偶に逢う親類や近所の馴染のような事を聞いてくれるな宗嗣よ……俺が女子を苦手とするのは知っておろうに」
紫辰は、ため息をついて盃を呷る。
「ハハハ。その調子だと難しそうだな。全くお前は良い男なんだからその気になれば女子の一人や二人……」
さらに続く言葉を断ち切るために、紫辰は持参したものを宗嗣に突き付けた。
「ん? 何だ? これは」
「世間では、その、そういう時期らしいし、酒の入ったチョコレートだ。不都合がなければ受け取ってく──」
宗嗣の問いに、何気なく答える紫辰の言葉は、しかしふと途切れる。
様子が、おかしい。様子というか、空気が。
「チョコレート? 俺にか……? 紫辰よ、これがどういう意味か分かった上で、あえて俺に、と言うのだな?」
包みを見つめる宗嗣の視線は真剣そのものだった。
ここに、重大な行き違いがある。
──つまり、宗嗣は、この季節のチョコレートは本命にのみ渡すものだと思っている、という。
「いやはや。まさかお前にそっちの趣味があるとは……」
「!?? い、いやこれは日頃世話になる者への礼になると聞いてだな……っ」
「そういうことであれば俺も考えねばならんな」
「か、考えるって何をだ……」
顔を真っ赤にする紫辰。遂には呻いて卓に突っ伏して。
こんなバレンタインの夜。
どこに収束するのかわからないまま、男二人の酒と夜は、深まっていく──。
──とはまた別の、町の一角にある酒場にて。
「うニャぁ、お腹ぺっこりんニャス」
ミア(ka7035)がそこにたどり着いたのはただ、目的もなくミア散歩、の果てだった。
一先ずと、桃の果実酒とチーズの山盛り、天むすを10個程頼むと、何気なく店内の客に順に視線を巡らせる。
(おお、桃色美人さんがいるニャス)
視線を止めたのは、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)のところでだった。
「こんにちは! ミアはミアニャス! ここにはよく来るニャスか?」
独りらしい蜜鈴に、ためらいもなく近寄ってそう声をかけると、彼女はといえば機嫌よく目を細めて、ミアに応じる。
「店は小さいが安くて美味くてボリューム満点、ついでに女将の愛嬌も気風も良いと来た。通わぬ理由なぞ有るまいて。久方ぶりの休日じゃ、精々飲もうと思うてのう」
そう言って、蜜鈴は近づくミアを歓迎するように、隣の席を引く。
「袖すり合うも……と云う奴じゃ。遠慮は要らぬ、掛けるが良いよ」
「桃色のご縁に乾杯ニャスー♪」
遠慮なく隣に座るミアがそう言うと、蜜鈴よくグラスを掲げ、言葉通りにその中身を干して見せた。
「ルージュちゃんも果実酒好きニャスか?」
「おお。そうじゃの。妾も果実酒と……それから純米酒などを好むのう」
言いながら証明するように酒を傾ける蜜鈴のペースは、ザルを通り越してワクである。
ミアはと言えば、初対面と思えぬほどよく喋った。
「ルージュちゃんの髪、桃にすかした金の色合いがキレイニャスネ」
よく笑い、よく食べる。
楽しいおしゃべりをたくさんしたいと。
そこに。
「ミアちゃんやーん♪ 美味しいのんどるー?」
突如、後ろから抱き着いてきた人影がある。
「しーちゃんゲットニャスー♪」
声に、ミアはすぐに正体を悟ると、ぎゅう、とその腕に抱きつき返した。
「おお、白藤かえ」
「蜜鈴もおったん? 調子はどうや?」
問いかけの最中に、蜜鈴がまた手にした盃を干すと、白藤は「相も変わらず、みたいやなぁ」と笑う。
そうして。
「折角だからチョコリキュールのお酒、半分こしようニャス♪」
「ええなあ、バレンタインにかんぱーい」
姦しく過ごす時間も、いつしかすっかり過ぎていって。
「縁繋ぐ、充実した休みであった……次は何処へ行こうかのう……?」
蜜鈴のその言葉が開きの言葉となった。
バラバラの道を行く、その帰り路。
(あれから……6年目か)
ふと視線を落とす白藤に、よぎる想いがある。
戦死の知らせを受けた親友二人。
遺体がない彼らの帰りを、未だ待っている。
それでも。
今を生きる友人、心を多少許す存在に心が温かくなる。
(時は進む、止まん雨はないし……開けへん夜も、ない。うちは……一人や、ない)
そんな気付きと共に。
今日という日が、終わっていく。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/02/09 12:38:33 |