ゲスト
(ka0000)
白銀のおとぎ話・2
マスター:樹シロカ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/03/03 19:00
- 完成日
- 2018/03/13 00:58
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
白い雪と氷の世界はおそろしいほどに美しかった。
サイモン・小川(kz0211)は、白い息を荒く吐き出す。
「思ったよりも積もっていますね」
「トナリー村の長老様によると、30年ぶりぐらいだそうです」
返事をしたのは、サイモンが代表を務めるバチャーレ村のアンジェロという若者だ。
トナリー村は、バチャーレ村とキアーラ川を挟んだ対岸にあり、同じ山の恵みを分かち合う同志として付き合いが続いている。
「なるほど。僕たちがここに移住してからもうすぐ2年になりますが、こんなに寒いのは初めてですしね」
サイモンは暫しの間物思いにふける様子を見せた。
●
バチャーレ村はジェオルジ領主の直轄地からほど近い、サルヴァトーレ・ロッソの元乗員であるリアルブルー民たちが移り住んだ村である。
サイモンと移民たちは、ジェオルジの他の村からの住民も受け入れ、近隣の村とも付き合いながら、少しずつこの土地になじんできた。
ハンターや、ジェオルジ領主であるセスト・ジェオルジ(kz0034)達の力を借りることも度々だが、村はどうにか自立の目処が立つまでになっている。
だが今年の冬は例年と様子が違った。
火山が近く温暖なこの地にしては珍しく、寒さが厳しくなり、かなりの雪が積もったのだ。
サイモンの仲間の専門家や、セストと、植物の研究家である父ルーべンが様々な記録を持ち寄り、各村の長老等の話も聞き集めたところ、この冬の寒さは「珍しいことではあるが異常というほどではない」という結論になった。
「それでも、皆の不安を払しょくするのは難しいかもしれません」
セストは秀麗な眉を珍しく曇らせた。
「VOIDですか」
サイモンも声をひそめる。
同盟全体が、大規模な歪虚の災難に晒されている現状。ジェオルジも直接間接とわず、影響を受けている。
「それもありますが、マニュス・ウィリディス様が姿を消したことです」
マニュス・ウィリディスは地精霊だ。四大精霊の力に呼ばれたかのように、山中に姿を現した。
多少扱いにくいところもあるが、概ね友好的な精霊であり、つい先日はバチャーレ村の仲間を守るために歪虚を追い払ってくれたほどだ。
だが、それ以来ふっつりと姿を消してしまったのだ。
「大地に根ざして生きる人々は、自然を畏れます。地精霊が姿を消したことと、例年より厳しい寒さを、悪い方に結び付けてしまうかもしれません」
大地の恵みの有難みを知っている者こそ、そっぽを向かれたときの恐ろしさに震える。
「ブフェーラ・ディ・ネーレ……ですか」
サイモンが呟くと、セストは意外そうに眼を見開く。
「良くご存じですね」
「ついこの前、教えてもらったんですよ。吹雪の魔物だそうですね」
「ええ、僕も子供の頃に祖母から聞かされました。それほどに、寒さは農民にとって怖いものなのです」
セストは何も言わないが、既に不安を訴える声が届いているのかもしれない。
「ですので春郷祭を待たずに、ちょっとしたお祭りをと思うのです。如何でしょうか」
●
マニュス・ウィリディスを元気づけるために、祠で小規模な祭をおこなう。
そう決まったものの、祠は少し前に歪虚が出た場所でもある。
下見に行くのはサイモンとアンジェロ。護衛として、ハンターへ依頼が出された。
そうして雪がやんだある日、冬山に足を踏み入れたのだが、道のりは想像以上に厳しかった。
雪が降り積もった山は普段と様相を変えており、道端のくぼみや、落ち葉の積もった場所なども全くわからない。
装備は整えていたが、それでも足元はおぼつかない有様だ。
何度目かの転倒で、サイモンはふとあるものに気付いた。
「ん? なんだこれは……」
目の前に綺麗な赤色が見えたのだ。それは小さな手袋の片っ方だった。
「おかしいな……」
手袋は雪が積もった上に落ちていた。昨日まで雪が降っていたことを思えば、今日になって落ちたということだ。
「誰か、こんな小さな手袋をする子供が山にいるのか?」
――まさか。
顔を見合わせた一同の耳に、微かな悲鳴が聞こえる。
次の瞬間、全員が一斉に駆けだした。
声は針葉樹が立ち並んだ奥から聞こえる。登山道からはかなり外れた場所だ。
膝まで埋まるほどの雪を踏み越え、木立を抜けるといきなり視界が開ける。
ハンター達より遅れてついてきていたアンジェロが叫んだ。
「危ないッ、そっちは崖です!!」
アンジェロの言う通り、地面は目の前で途切れており、隣の山との間に深い谷があった。
雄大な光景に思わず見とれる視界の端を、白いものがよぎる。
目を凝らすと、それは鳥だった。
鳥といっても翼は大人が両手を広げたほどの大きさの猛禽である。
そいつらが3羽、見え隠れしながら踊るように羽ばたいている。
――か細い悲鳴はそこから聞こえていた。
白い雪と氷の世界はおそろしいほどに美しかった。
サイモン・小川(kz0211)は、白い息を荒く吐き出す。
「思ったよりも積もっていますね」
「トナリー村の長老様によると、30年ぶりぐらいだそうです」
返事をしたのは、サイモンが代表を務めるバチャーレ村のアンジェロという若者だ。
トナリー村は、バチャーレ村とキアーラ川を挟んだ対岸にあり、同じ山の恵みを分かち合う同志として付き合いが続いている。
「なるほど。僕たちがここに移住してからもうすぐ2年になりますが、こんなに寒いのは初めてですしね」
サイモンは暫しの間物思いにふける様子を見せた。
●
バチャーレ村はジェオルジ領主の直轄地からほど近い、サルヴァトーレ・ロッソの元乗員であるリアルブルー民たちが移り住んだ村である。
サイモンと移民たちは、ジェオルジの他の村からの住民も受け入れ、近隣の村とも付き合いながら、少しずつこの土地になじんできた。
ハンターや、ジェオルジ領主であるセスト・ジェオルジ(kz0034)達の力を借りることも度々だが、村はどうにか自立の目処が立つまでになっている。
だが今年の冬は例年と様子が違った。
火山が近く温暖なこの地にしては珍しく、寒さが厳しくなり、かなりの雪が積もったのだ。
サイモンの仲間の専門家や、セストと、植物の研究家である父ルーべンが様々な記録を持ち寄り、各村の長老等の話も聞き集めたところ、この冬の寒さは「珍しいことではあるが異常というほどではない」という結論になった。
「それでも、皆の不安を払しょくするのは難しいかもしれません」
セストは秀麗な眉を珍しく曇らせた。
「VOIDですか」
サイモンも声をひそめる。
同盟全体が、大規模な歪虚の災難に晒されている現状。ジェオルジも直接間接とわず、影響を受けている。
「それもありますが、マニュス・ウィリディス様が姿を消したことです」
マニュス・ウィリディスは地精霊だ。四大精霊の力に呼ばれたかのように、山中に姿を現した。
多少扱いにくいところもあるが、概ね友好的な精霊であり、つい先日はバチャーレ村の仲間を守るために歪虚を追い払ってくれたほどだ。
だが、それ以来ふっつりと姿を消してしまったのだ。
「大地に根ざして生きる人々は、自然を畏れます。地精霊が姿を消したことと、例年より厳しい寒さを、悪い方に結び付けてしまうかもしれません」
大地の恵みの有難みを知っている者こそ、そっぽを向かれたときの恐ろしさに震える。
「ブフェーラ・ディ・ネーレ……ですか」
サイモンが呟くと、セストは意外そうに眼を見開く。
「良くご存じですね」
「ついこの前、教えてもらったんですよ。吹雪の魔物だそうですね」
「ええ、僕も子供の頃に祖母から聞かされました。それほどに、寒さは農民にとって怖いものなのです」
セストは何も言わないが、既に不安を訴える声が届いているのかもしれない。
「ですので春郷祭を待たずに、ちょっとしたお祭りをと思うのです。如何でしょうか」
●
マニュス・ウィリディスを元気づけるために、祠で小規模な祭をおこなう。
そう決まったものの、祠は少し前に歪虚が出た場所でもある。
下見に行くのはサイモンとアンジェロ。護衛として、ハンターへ依頼が出された。
そうして雪がやんだある日、冬山に足を踏み入れたのだが、道のりは想像以上に厳しかった。
雪が降り積もった山は普段と様相を変えており、道端のくぼみや、落ち葉の積もった場所なども全くわからない。
装備は整えていたが、それでも足元はおぼつかない有様だ。
何度目かの転倒で、サイモンはふとあるものに気付いた。
「ん? なんだこれは……」
目の前に綺麗な赤色が見えたのだ。それは小さな手袋の片っ方だった。
「おかしいな……」
手袋は雪が積もった上に落ちていた。昨日まで雪が降っていたことを思えば、今日になって落ちたということだ。
「誰か、こんな小さな手袋をする子供が山にいるのか?」
――まさか。
顔を見合わせた一同の耳に、微かな悲鳴が聞こえる。
次の瞬間、全員が一斉に駆けだした。
声は針葉樹が立ち並んだ奥から聞こえる。登山道からはかなり外れた場所だ。
膝まで埋まるほどの雪を踏み越え、木立を抜けるといきなり視界が開ける。
ハンター達より遅れてついてきていたアンジェロが叫んだ。
「危ないッ、そっちは崖です!!」
アンジェロの言う通り、地面は目の前で途切れており、隣の山との間に深い谷があった。
雄大な光景に思わず見とれる視界の端を、白いものがよぎる。
目を凝らすと、それは鳥だった。
鳥といっても翼は大人が両手を広げたほどの大きさの猛禽である。
そいつらが3羽、見え隠れしながら踊るように羽ばたいている。
――か細い悲鳴はそこから聞こえていた。
リプレイ本文
●
子供の悲鳴。
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)は表情こそ変えなかったが、見通しの悪い木立を真っ先に抜けていく。
風の精霊の力を込めた木製のソリが通り抜けた後には、揺れる枝からどさりと雪が落ちてきた。
それを避けつつ、エーミ・エーテルクラフト(ka2225)は空飛ぶ漆黒の傘に身体を預け、ひとり呟く。
「そういうことね」
木に覆われた林の中に、雪が積もっている理由だ。これでは足跡が残っていても消えてしまう。
(小さな手袋と子供の悲鳴。私たちはつい目の前の事象を結びつけてしまうけれど)
ひとまず手袋の件は、分けて考えるべきだろう。
先に崖に辿り着いたルトガーの声が、崖にこだましている。
「誰かいるのか! 助けに来たぞ!!」
一刻も早く安心させてやりたいという思いが、ルトガーを駆りたてる。
崖の縁で確認すると、小さな子供が崖に張り付いた木の枝にまたがるようにして震えていた。
ルトガーはその子供を知っていた。バチャーレ村のビアンカだ。
鳥型の歪虚は子供をからかうように接近と離脱を繰り返し、そのたびに子供は悲鳴をあげて身をよじり、木の枝が揺れる。
もういくらも持たないだろう。
「いい子だビアンカ、もうすぐ助けるからな。あと少しだけ頑張るんだ!」
力強く、優しく声をかけ、ディファレンスエンジン「アンティキティラ」を構え覗き込む。
「……無理か」
できれば一気に敵を散らしてしまいたかったが、例え牽制でも攻撃を仕掛けると、驚いた子供にも危険が及ぶ。
人の気配に傍らを見ると、エーミも軽く肩をすくめている。
「だめね。せめて敵はこちらだと認識させたいのだけど」
そのためにも、まずはビアンカの確保が必要だ。
天王寺茜(ka4080)は思わずこみ上げた悲鳴を呑みこみ、素早く愛用のガントレットを外す。
「崖下に降りるわ! 歪虚をお願い!」
そう言いつつ、ロープを身体に巻きつけた。
(大人でも苦労する冬山に、どうやってビアンカが? とにかく助けなきゃ!)
茜からロープの端を受け取ったディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850)は、林に戻り、連れてきた驢馬に結び付ける。
「雪山登山も悪くはありませんが……歪虚の相手となればお話は別です。ああどうぞ、そのままで」
穏やかに、どこまでもエレガントに、林の中で腰を浮かせたサイモンとアンジェロに待機するよう合図する。
ふたりはビアンカの名を聞き、すぐにでも駆けだしそうな勢いだったのだ。
ディーナ・フェルミ(ka5843)が、愛らしい顔立ちからは想像もできない、気迫を込めた低い声で更に制する。
「サイモンさんアンジェロさん、前に出ないの!」
「ですが……!」
「貴方達が大怪我して人手が必要になったら、それこそ子供が助けられないの!」
もっともな意見だった。
「ふたりとも地面に伏せていてほしいの。ごめんなさい、貴方達の胆力を試すようなことをするけど勘弁してほしいの」
ビアンカから歪虚を引き離す必要がある。その場に一般人であるサイモン達がいれば、彼らを守るために気を配らなければならないのだ。
「猟銃から手も離して、そう、少し離れた場所において。大丈夫、私が代わりに見ているの。そして……」
ディーナの小さな背中が、林の手前に立ちふさがる。
「そして2人はマニュス・ウィリディスに助けを求めてほしいの」
大地に伏せて真摯に願えば、この地のどこかにいるかもしれない地精霊に届くかもしれない。
「ビアンカちゃんを支える木が落ちないようにって。ふたりで願って、早く!」
ふたりの男は顔を見合わせ、それから雪の上に身体を伏せた。
ディーナの説得を確認し、コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は音もなく移動していく。
「子供が突拍子もない行動を起こさなきゃいいんだがな……」
子供というものは何をするかわからない。いや、歪虚が襲ってくる状況では、大人とて冷静ではいられないだろう。
「歪虚め。必ず仕留めてやる」
崖の縁から時折姿を見せる白い影を見据える瞳には、凍てつく炎のような光があった。
●
ディードリヒと茜が、ビアンカに近い崖際ににじり寄る。
その間、ルトガーとエーミ、コーネリアは僅かに離れた場所で待機していた。
ディードリヒはオートマチックを片手に、ロープの傍に身を伏せる。
「天王寺さんにお任せして申し訳ありませんが、顔見知りの女性の方のほうが適任でしょうから」
「はい! すいません、ロープをお願いしますね」
茜はしっかりとロープを掴み、崖を降りる。
すぐにビアンカの傍まで辿り着くと、なるべく穏やかな声で話しかける。
「ビアンカ、私の方を見て。もう大丈夫だからね」
しゃくりあげていたビアンカがぴたりと泣きやみ、身体を固くする。
涙でぐしゃぐしゃの顔を茜の方に向けるが、その目には何故か警戒の色が見えた。
「どうしたの、茜よ。わかんないかな?」
茜が厳しい体勢を思わせない笑顔で片手を差し出すが、ビアンカは木にしがみついたまま怯えた目で茜を見つめるだけ。
(変ね。私だって分かってるみたいなのに)
ほんの一瞬、どうすべきか考える茜。
そのすぐ傍をディードリヒの撃った弾丸が掠め飛んだ。
「天王寺さん急いでください。貴方も狙われています」
1体の歪虚が弾丸を警戒するように僅かに離れるが、ディードリヒとしても牽制以上の攻撃は難しいところだ。
その離れた1体を、コーネリアは見逃さなかった。
「よし。もらった」
雪面に伏せながらコンバージェンスで溜めたマテリアルを、制圧射撃として一気に射出する。
戸惑うように宙を舞う歪虚に向けて、更に一撃。冷気を纏う黒い弾丸が、確かに歪虚の翼を撃ち抜いた。
……の、だが。
歪虚は何事もなかったかのように宙で身を翻し、コーネリアから離れていく。
「叩き落とし損ねたか」
冷気により行動の自由を奪う狙いだったが、どうやら耐性のあるタイプの歪虚のようだ。
「だが当てれば少しずつ削ることはできるだろう」
コーネリアは気を取り直し、場所を移動する。
1体が攻撃を受けたにもかかわらず、残る2体の歪虚は相変わらずビアンカを執拗に狙い続けていた。
歪虚の鋭い爪にかかれば、小さな体は一撃で吹き飛ぶはずだ。
だが飛来した歪虚は、わざと外すかのように辺りの崖に爪跡を刻んでいた。まるでビアンカを苛めること自体が目的のようですらある。
茜は怯えきったビアンカが自力で動けないのだろうと判断し、更に身体を近づけた。
そのため、ビアンカを狙っていた歪虚が茜にも迫る。
「……ッ!!」
鋭い爪が、防寒用のコートごと背中を引き裂く。
だが茜は声を呑みこみ、ビアンカの身体を両腕に抱きしめた。
「ほら、だいじょうぶ……私に掴まって!」
茜は迫る歪虚に背中を向けたままだ。――そのとき。
みしり。
ビアンカが掴まった木が、ついに限界を迎えた。
「これはいけませんね」
ディードリヒがロープを片腕に巻きつけ、残る手で黒緑色の鞭を繰り出しながら身体を崖から滑らせる。
壁歩きで崖に張り付きながら、踊る蛇のような鞭を木に巻きつけて保持。
その間に茜はジェットブーツで岩壁を蹴り、崖の上に躍り出て雪の上に転がった。
すぐに抱きしめたままのビアンカを覗き込む。
「もう大丈夫よ。良く頑張ったわね」
ビアンカはこわばった顔をようやくゆるめる。
「うあ……おねえちゃあん……!!」
何かが一気にほどけたかのように、茜にしがみついて泣きだした。
●
ディーナは表情を引き締め、ふたりを出迎えるように前に出た。
「急いで林にかくれるの。茜さんも無理はだめなの」
茜の背後を守って林まで戻ったディードリヒも、すぐ傍で銃を構える。
「さて、囚われのプリンセスの救助は完了です。歪虚の殲滅に移行しましょうか」
その眼前に、歪虚が迫りくる。
身の丈ほどの杖を構えたディーナは、ディヴァインウィルによる不可視の結界を作り出した。
「ここから先へはいかせないの」
だが歪虚は強力な結界を突き破ってディーナに襲いかかった。
嘴による痛撃にディーナはよろめいたが、相変わらず雪を踏みしめて立ち続ける。
「いかせない、の!!」
意志そのもののようなセイクリッドフラッシュの閃光が、ディーナの身体からほとばしった。
ディードリヒの銃弾が、更に歪虚の頭を半分吹き飛ばす。
「何故このような事態になったのか、問うても答えられない鳥頭は不要ですからね」
それでも歪虚は、最期の足掻きかディーナの両肩を爪で削ろうとしていた。
その寸前、駆けつけたコーネリアの「青龍翔咬波」を至近距離から横腹に食らって吹き飛ぶ。
「餌が欲しいのか? だったら子供じゃなくて大人を狙え」
冷やかに見下ろしながら、コーネリアは言い放つ。
それから鉄爪でとどめを刺すと、そのまま歪虚の身体を無造作に蹴り飛ばした。
「翼を失ったイカロスは、地に落ちるまでだ」
歪虚は崖の縁から、谷底へと転がり落ちて行った。
ビアンカを抱えた茜が林に転がりこんだ。
それを確認して、エーミは安堵のため息を漏らした。そして毅然と顔を上げる。
「もう遠慮する必要はないわね」
エーミが星座の描かれたカードに念を込める。
「そういうことだ」
ルトガーは、射程の長いデルタレイで3体の歪虚を同時に狙った。
光に射られた歪虚が羽を散らせて身を躍らせる。
更にエーミがカードを投げた。カードから生じた稲妻は、1体の歪虚の片翼をもぐ。
それでも歪虚は、グライダーのように真っ直ぐ林へと向かっていく。
「あれでも落ちないわ。どうなってるのかしらね」
鳥に似た歪虚だが、鳥ではないということだろう。
「ならば確実に落とすまでだ。あっちは任せて残りを仕留めるぞ」
残りの歪虚が追い付かないよう、更にデルタレイを撃ち込むルトガー。
ようやく1体が、狙いを変えて飛びかかって来た。さっきの歪虚と同様、まるでミサイルのように嘴を突き出し、猛スピードで突っ込んでくる。
ルトガーは攻性防壁による光の障壁を展開し、歪虚を待ちうける。
どれほどの衝撃が来るかはわからない。だが林の方へ向かう敵を減らすために身体を張る。
エーミはその覚悟に、自分の攻撃を合わせる。
「桜の季節にはまだ早いけれど」
装填済みの符は縛符「桜花屍」だ。エーミの腕の動きにあわせて桜吹雪が舞い、歪虚の動きを鈍くする。
「ふんっ……!」
敵がぶつかる鈍い衝撃。ルトガーは身を捻り、なるべく林から遠いほうへ歪虚を弾き飛ばす。
雪の上に赤い跡を引きずりながら、麻痺した歪虚が転がると、エーミがとどめを刺した。
荒い息を整え、すぐに向き直る。
「もう1体いるわ。でも無理はしないで」
「いや。寧ろあいつで治す」
ルトガーが僅かに眼を細め、迫りくる歪虚を待ち構えた。
●
ビアンカさえ確保してしまえば、歪虚に対し全力であたれる。
ハンター達はさほど時間をかけず、3体の猛禽型歪虚を退けた。
茜とディーナはそれなりに深い傷を負ったものの、ディーナの「フルリカバリー」で治癒できる範囲だった。ルトガーは歪虚を仕留めるついでに、「ブラッドドレイン」で自らを癒した。他の者はかすり傷程度であり、茜のヒールで全て回復済みだ。
ビアンカもあちこち傷だらけだったが、すっかり回復している。
「これでもう大丈夫。怖かったけど良く頑張ったわね」
茜が微笑みかけると、ビアンカは小さく頷いた。
「チョコレートは好き? 私は好きなの。食べると元気が出るの」
ディーナは、ビアンカが元気を取り戻せるように、割ったチョコレートを一つ自分の口に放り込み、残りを渡した。
ビアンカはしばらくためらった後に、チョコレートを頬張る。
エーミは落ち着くのを待って、ビアンカの隣に腰かけた。
「ねえ。この手袋、ビアンカちゃんの落し物かしら?」
すぐにこくんと頷くビアンカ。良く見れば、片手に同じデザインの手袋をはめている。
「母ちゃんが編んでくれたの。……ありがとう」
「そう。見つかってよかったわね」
皆、ビアンカに尋ねたいことは山のようにあった。
だがおそろしい目にあった幼い子供を、質問攻めにするのもまずい。
(なぜビアンカだった? どこから、誰に、連れてこられたんだ?)
ルトガーは言葉を選んで、ビアンカに語りかける。
「ちょっといいか、ビアンカ。おじさんに教えてほしいことがあるんだ。どうしてあんなところにいたんだ?」
「……わかんない」
「わかんないか。じゃあどれぐらいあそこにいたんだ?」
「……わかんない」
ビアンカは怯えたような目で、見知った顔を見渡すだけだ。
エーミは少し離れた場所で、雪の柔らかい場所を掘ってみる。
下草と固く凍った黒い地面が見えると、持参した温かなスープを置いた。
ビアンカが助かったことを、ひとまずは精霊に感謝するお供えだ。
「陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ればなり……地球ではそういう季節ね」
運命符「銀天球」を繰り、ビアンカのこと、そして地精霊のことを占ってみる。
「……身近にあり。これは地精霊のことかしら?」
茜は、サイモンとアンジェロに小声で尋ねた。
「ビアンカが自分の足で山に入ったとは思えないわ……私たちが村を出たとき、まだ村にいたんですか?」
サイモンがそういえば、と囁き返す。
「……村を出る前、アニタさんが他のふたりの子供たちに、何やら叱っていたような覚えがあります。もしかしたらビアンカが見つからなかったのかもしれません」
「それはアニタさんに聞かなきゃ、わからないですね」
茜は肩をすくめると、ビアンカの元に戻る。
いずれにせよ、この寒い山にいつまでもいるのは余り良くないだろう。
「さあ、お姉ちゃん達とアニタさんの所に帰りましょ」
ビアンカを驢馬に乗せ、エーミが先導する。
コーネリアは殿を申し出た。
「山を下りるまで油断はできないからな」
――あまりに不自然。
幼女ひとりを、殺さずに攻撃する歪虚達。
目的はわからない。だが他にもっと邪悪な何かが、人間を窺っているような――不快な気配が山に満ちている気がした。
ディードリヒは山を降りる前に、もう一度雄大な景色を振り返る。
無意識のうちに、胸元に下げたロケットペンダントに手をやっていた。
「どうした。何か気になるのか」
コーネリアの問いに、ディードリヒは完璧な微笑を返す。
「いいえ。早くビアンカさんを母上のもとに帰してあげましょう。きっと必死の思いで探していらっしゃいますよ」
驢馬の傍に、茜が寄り添った。
ビアンカは何か言いたそうに、茜の顔をちらちらと見る。
「なあに? お姉ちゃんの顔に何かついてる?」
笑顔をむけると、ビアンカは消え入りそうな声で言った。
「おねえちゃんたちは……本当に母ちゃんのところに連れてってくれるの?」
「え?」
ビアンカがたどたどしくしゃべりだした言葉に、一同は言葉を失い聞き入った。
<了>
子供の悲鳴。
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)は表情こそ変えなかったが、見通しの悪い木立を真っ先に抜けていく。
風の精霊の力を込めた木製のソリが通り抜けた後には、揺れる枝からどさりと雪が落ちてきた。
それを避けつつ、エーミ・エーテルクラフト(ka2225)は空飛ぶ漆黒の傘に身体を預け、ひとり呟く。
「そういうことね」
木に覆われた林の中に、雪が積もっている理由だ。これでは足跡が残っていても消えてしまう。
(小さな手袋と子供の悲鳴。私たちはつい目の前の事象を結びつけてしまうけれど)
ひとまず手袋の件は、分けて考えるべきだろう。
先に崖に辿り着いたルトガーの声が、崖にこだましている。
「誰かいるのか! 助けに来たぞ!!」
一刻も早く安心させてやりたいという思いが、ルトガーを駆りたてる。
崖の縁で確認すると、小さな子供が崖に張り付いた木の枝にまたがるようにして震えていた。
ルトガーはその子供を知っていた。バチャーレ村のビアンカだ。
鳥型の歪虚は子供をからかうように接近と離脱を繰り返し、そのたびに子供は悲鳴をあげて身をよじり、木の枝が揺れる。
もういくらも持たないだろう。
「いい子だビアンカ、もうすぐ助けるからな。あと少しだけ頑張るんだ!」
力強く、優しく声をかけ、ディファレンスエンジン「アンティキティラ」を構え覗き込む。
「……無理か」
できれば一気に敵を散らしてしまいたかったが、例え牽制でも攻撃を仕掛けると、驚いた子供にも危険が及ぶ。
人の気配に傍らを見ると、エーミも軽く肩をすくめている。
「だめね。せめて敵はこちらだと認識させたいのだけど」
そのためにも、まずはビアンカの確保が必要だ。
天王寺茜(ka4080)は思わずこみ上げた悲鳴を呑みこみ、素早く愛用のガントレットを外す。
「崖下に降りるわ! 歪虚をお願い!」
そう言いつつ、ロープを身体に巻きつけた。
(大人でも苦労する冬山に、どうやってビアンカが? とにかく助けなきゃ!)
茜からロープの端を受け取ったディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850)は、林に戻り、連れてきた驢馬に結び付ける。
「雪山登山も悪くはありませんが……歪虚の相手となればお話は別です。ああどうぞ、そのままで」
穏やかに、どこまでもエレガントに、林の中で腰を浮かせたサイモンとアンジェロに待機するよう合図する。
ふたりはビアンカの名を聞き、すぐにでも駆けだしそうな勢いだったのだ。
ディーナ・フェルミ(ka5843)が、愛らしい顔立ちからは想像もできない、気迫を込めた低い声で更に制する。
「サイモンさんアンジェロさん、前に出ないの!」
「ですが……!」
「貴方達が大怪我して人手が必要になったら、それこそ子供が助けられないの!」
もっともな意見だった。
「ふたりとも地面に伏せていてほしいの。ごめんなさい、貴方達の胆力を試すようなことをするけど勘弁してほしいの」
ビアンカから歪虚を引き離す必要がある。その場に一般人であるサイモン達がいれば、彼らを守るために気を配らなければならないのだ。
「猟銃から手も離して、そう、少し離れた場所において。大丈夫、私が代わりに見ているの。そして……」
ディーナの小さな背中が、林の手前に立ちふさがる。
「そして2人はマニュス・ウィリディスに助けを求めてほしいの」
大地に伏せて真摯に願えば、この地のどこかにいるかもしれない地精霊に届くかもしれない。
「ビアンカちゃんを支える木が落ちないようにって。ふたりで願って、早く!」
ふたりの男は顔を見合わせ、それから雪の上に身体を伏せた。
ディーナの説得を確認し、コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は音もなく移動していく。
「子供が突拍子もない行動を起こさなきゃいいんだがな……」
子供というものは何をするかわからない。いや、歪虚が襲ってくる状況では、大人とて冷静ではいられないだろう。
「歪虚め。必ず仕留めてやる」
崖の縁から時折姿を見せる白い影を見据える瞳には、凍てつく炎のような光があった。
●
ディードリヒと茜が、ビアンカに近い崖際ににじり寄る。
その間、ルトガーとエーミ、コーネリアは僅かに離れた場所で待機していた。
ディードリヒはオートマチックを片手に、ロープの傍に身を伏せる。
「天王寺さんにお任せして申し訳ありませんが、顔見知りの女性の方のほうが適任でしょうから」
「はい! すいません、ロープをお願いしますね」
茜はしっかりとロープを掴み、崖を降りる。
すぐにビアンカの傍まで辿り着くと、なるべく穏やかな声で話しかける。
「ビアンカ、私の方を見て。もう大丈夫だからね」
しゃくりあげていたビアンカがぴたりと泣きやみ、身体を固くする。
涙でぐしゃぐしゃの顔を茜の方に向けるが、その目には何故か警戒の色が見えた。
「どうしたの、茜よ。わかんないかな?」
茜が厳しい体勢を思わせない笑顔で片手を差し出すが、ビアンカは木にしがみついたまま怯えた目で茜を見つめるだけ。
(変ね。私だって分かってるみたいなのに)
ほんの一瞬、どうすべきか考える茜。
そのすぐ傍をディードリヒの撃った弾丸が掠め飛んだ。
「天王寺さん急いでください。貴方も狙われています」
1体の歪虚が弾丸を警戒するように僅かに離れるが、ディードリヒとしても牽制以上の攻撃は難しいところだ。
その離れた1体を、コーネリアは見逃さなかった。
「よし。もらった」
雪面に伏せながらコンバージェンスで溜めたマテリアルを、制圧射撃として一気に射出する。
戸惑うように宙を舞う歪虚に向けて、更に一撃。冷気を纏う黒い弾丸が、確かに歪虚の翼を撃ち抜いた。
……の、だが。
歪虚は何事もなかったかのように宙で身を翻し、コーネリアから離れていく。
「叩き落とし損ねたか」
冷気により行動の自由を奪う狙いだったが、どうやら耐性のあるタイプの歪虚のようだ。
「だが当てれば少しずつ削ることはできるだろう」
コーネリアは気を取り直し、場所を移動する。
1体が攻撃を受けたにもかかわらず、残る2体の歪虚は相変わらずビアンカを執拗に狙い続けていた。
歪虚の鋭い爪にかかれば、小さな体は一撃で吹き飛ぶはずだ。
だが飛来した歪虚は、わざと外すかのように辺りの崖に爪跡を刻んでいた。まるでビアンカを苛めること自体が目的のようですらある。
茜は怯えきったビアンカが自力で動けないのだろうと判断し、更に身体を近づけた。
そのため、ビアンカを狙っていた歪虚が茜にも迫る。
「……ッ!!」
鋭い爪が、防寒用のコートごと背中を引き裂く。
だが茜は声を呑みこみ、ビアンカの身体を両腕に抱きしめた。
「ほら、だいじょうぶ……私に掴まって!」
茜は迫る歪虚に背中を向けたままだ。――そのとき。
みしり。
ビアンカが掴まった木が、ついに限界を迎えた。
「これはいけませんね」
ディードリヒがロープを片腕に巻きつけ、残る手で黒緑色の鞭を繰り出しながら身体を崖から滑らせる。
壁歩きで崖に張り付きながら、踊る蛇のような鞭を木に巻きつけて保持。
その間に茜はジェットブーツで岩壁を蹴り、崖の上に躍り出て雪の上に転がった。
すぐに抱きしめたままのビアンカを覗き込む。
「もう大丈夫よ。良く頑張ったわね」
ビアンカはこわばった顔をようやくゆるめる。
「うあ……おねえちゃあん……!!」
何かが一気にほどけたかのように、茜にしがみついて泣きだした。
●
ディーナは表情を引き締め、ふたりを出迎えるように前に出た。
「急いで林にかくれるの。茜さんも無理はだめなの」
茜の背後を守って林まで戻ったディードリヒも、すぐ傍で銃を構える。
「さて、囚われのプリンセスの救助は完了です。歪虚の殲滅に移行しましょうか」
その眼前に、歪虚が迫りくる。
身の丈ほどの杖を構えたディーナは、ディヴァインウィルによる不可視の結界を作り出した。
「ここから先へはいかせないの」
だが歪虚は強力な結界を突き破ってディーナに襲いかかった。
嘴による痛撃にディーナはよろめいたが、相変わらず雪を踏みしめて立ち続ける。
「いかせない、の!!」
意志そのもののようなセイクリッドフラッシュの閃光が、ディーナの身体からほとばしった。
ディードリヒの銃弾が、更に歪虚の頭を半分吹き飛ばす。
「何故このような事態になったのか、問うても答えられない鳥頭は不要ですからね」
それでも歪虚は、最期の足掻きかディーナの両肩を爪で削ろうとしていた。
その寸前、駆けつけたコーネリアの「青龍翔咬波」を至近距離から横腹に食らって吹き飛ぶ。
「餌が欲しいのか? だったら子供じゃなくて大人を狙え」
冷やかに見下ろしながら、コーネリアは言い放つ。
それから鉄爪でとどめを刺すと、そのまま歪虚の身体を無造作に蹴り飛ばした。
「翼を失ったイカロスは、地に落ちるまでだ」
歪虚は崖の縁から、谷底へと転がり落ちて行った。
ビアンカを抱えた茜が林に転がりこんだ。
それを確認して、エーミは安堵のため息を漏らした。そして毅然と顔を上げる。
「もう遠慮する必要はないわね」
エーミが星座の描かれたカードに念を込める。
「そういうことだ」
ルトガーは、射程の長いデルタレイで3体の歪虚を同時に狙った。
光に射られた歪虚が羽を散らせて身を躍らせる。
更にエーミがカードを投げた。カードから生じた稲妻は、1体の歪虚の片翼をもぐ。
それでも歪虚は、グライダーのように真っ直ぐ林へと向かっていく。
「あれでも落ちないわ。どうなってるのかしらね」
鳥に似た歪虚だが、鳥ではないということだろう。
「ならば確実に落とすまでだ。あっちは任せて残りを仕留めるぞ」
残りの歪虚が追い付かないよう、更にデルタレイを撃ち込むルトガー。
ようやく1体が、狙いを変えて飛びかかって来た。さっきの歪虚と同様、まるでミサイルのように嘴を突き出し、猛スピードで突っ込んでくる。
ルトガーは攻性防壁による光の障壁を展開し、歪虚を待ちうける。
どれほどの衝撃が来るかはわからない。だが林の方へ向かう敵を減らすために身体を張る。
エーミはその覚悟に、自分の攻撃を合わせる。
「桜の季節にはまだ早いけれど」
装填済みの符は縛符「桜花屍」だ。エーミの腕の動きにあわせて桜吹雪が舞い、歪虚の動きを鈍くする。
「ふんっ……!」
敵がぶつかる鈍い衝撃。ルトガーは身を捻り、なるべく林から遠いほうへ歪虚を弾き飛ばす。
雪の上に赤い跡を引きずりながら、麻痺した歪虚が転がると、エーミがとどめを刺した。
荒い息を整え、すぐに向き直る。
「もう1体いるわ。でも無理はしないで」
「いや。寧ろあいつで治す」
ルトガーが僅かに眼を細め、迫りくる歪虚を待ち構えた。
●
ビアンカさえ確保してしまえば、歪虚に対し全力であたれる。
ハンター達はさほど時間をかけず、3体の猛禽型歪虚を退けた。
茜とディーナはそれなりに深い傷を負ったものの、ディーナの「フルリカバリー」で治癒できる範囲だった。ルトガーは歪虚を仕留めるついでに、「ブラッドドレイン」で自らを癒した。他の者はかすり傷程度であり、茜のヒールで全て回復済みだ。
ビアンカもあちこち傷だらけだったが、すっかり回復している。
「これでもう大丈夫。怖かったけど良く頑張ったわね」
茜が微笑みかけると、ビアンカは小さく頷いた。
「チョコレートは好き? 私は好きなの。食べると元気が出るの」
ディーナは、ビアンカが元気を取り戻せるように、割ったチョコレートを一つ自分の口に放り込み、残りを渡した。
ビアンカはしばらくためらった後に、チョコレートを頬張る。
エーミは落ち着くのを待って、ビアンカの隣に腰かけた。
「ねえ。この手袋、ビアンカちゃんの落し物かしら?」
すぐにこくんと頷くビアンカ。良く見れば、片手に同じデザインの手袋をはめている。
「母ちゃんが編んでくれたの。……ありがとう」
「そう。見つかってよかったわね」
皆、ビアンカに尋ねたいことは山のようにあった。
だがおそろしい目にあった幼い子供を、質問攻めにするのもまずい。
(なぜビアンカだった? どこから、誰に、連れてこられたんだ?)
ルトガーは言葉を選んで、ビアンカに語りかける。
「ちょっといいか、ビアンカ。おじさんに教えてほしいことがあるんだ。どうしてあんなところにいたんだ?」
「……わかんない」
「わかんないか。じゃあどれぐらいあそこにいたんだ?」
「……わかんない」
ビアンカは怯えたような目で、見知った顔を見渡すだけだ。
エーミは少し離れた場所で、雪の柔らかい場所を掘ってみる。
下草と固く凍った黒い地面が見えると、持参した温かなスープを置いた。
ビアンカが助かったことを、ひとまずは精霊に感謝するお供えだ。
「陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ればなり……地球ではそういう季節ね」
運命符「銀天球」を繰り、ビアンカのこと、そして地精霊のことを占ってみる。
「……身近にあり。これは地精霊のことかしら?」
茜は、サイモンとアンジェロに小声で尋ねた。
「ビアンカが自分の足で山に入ったとは思えないわ……私たちが村を出たとき、まだ村にいたんですか?」
サイモンがそういえば、と囁き返す。
「……村を出る前、アニタさんが他のふたりの子供たちに、何やら叱っていたような覚えがあります。もしかしたらビアンカが見つからなかったのかもしれません」
「それはアニタさんに聞かなきゃ、わからないですね」
茜は肩をすくめると、ビアンカの元に戻る。
いずれにせよ、この寒い山にいつまでもいるのは余り良くないだろう。
「さあ、お姉ちゃん達とアニタさんの所に帰りましょ」
ビアンカを驢馬に乗せ、エーミが先導する。
コーネリアは殿を申し出た。
「山を下りるまで油断はできないからな」
――あまりに不自然。
幼女ひとりを、殺さずに攻撃する歪虚達。
目的はわからない。だが他にもっと邪悪な何かが、人間を窺っているような――不快な気配が山に満ちている気がした。
ディードリヒは山を降りる前に、もう一度雄大な景色を振り返る。
無意識のうちに、胸元に下げたロケットペンダントに手をやっていた。
「どうした。何か気になるのか」
コーネリアの問いに、ディードリヒは完璧な微笑を返す。
「いいえ。早くビアンカさんを母上のもとに帰してあげましょう。きっと必死の思いで探していらっしゃいますよ」
驢馬の傍に、茜が寄り添った。
ビアンカは何か言いたそうに、茜の顔をちらちらと見る。
「なあに? お姉ちゃんの顔に何かついてる?」
笑顔をむけると、ビアンカは消え入りそうな声で言った。
「おねえちゃんたちは……本当に母ちゃんのところに連れてってくれるの?」
「え?」
ビアンカがたどたどしくしゃべりだした言葉に、一同は言葉を失い聞き入った。
<了>
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相談するとこです。 天王寺茜(ka4080) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/03/03 18:33:06 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/03/03 17:59:24 |