笑う馬鹿貴族の像

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/03/07 07:30
完成日
2018/03/10 17:49

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 青銅像が弓を引き絞っている。
 サイズは特大。
 矢など殆ど電柱だ。
 ただの青銅のはずのつるに膨大な力が溜め込められ、柱じみた矢を高速で打ち出した。
『退け!』
 ワイバーン乗りが命令に従う。
 輸入品である魔導カメラを捨てて全力での回避飛行。
 元々高い回避能力を誇るワイバーンなら、悪夢のような不運に襲われない限り無事にやり過ごせるはずだった。
 矢が、爆ぜた。
 大小数十の金属片が散弾のようにワイバーン主従を襲う。
 一際大きな固まりが革製兜に当たり、ワイバーン乗りの意識が混濁した。
『退けと命じたぞ』
 魔導短伝話から腹に響く声が聞こえた。
 現ワイバーン乗り、元騎兵の彼は、累代の主人の命令に本能的に従いワイバーンを後退させた。

●オフィス
「馬鹿貴族がまたやりがったぜ!」
 ひゃっはー、と妙なテンションで説明を始めるハンター職員(問題児)。
「馬鹿でかい像をつくったあげく歪虚に乗り移られたんだ。第一報が届いたときには耳を疑ったぜ」
 事件はグラズヘイム王国の主要街道の1つで起きた。
 強すぎる自己顕示欲を持つ領主が自らの像を街道脇に建てさせ、さらに飾り付けることを命じた後にこのザマだ。
「噂によると領民を奴隷扱いしてみたみたいでなー。死ねよ馬鹿貴族。いや貴族が馬鹿だよ」
 私怨9割の言動だが、何故か被害者本人が言っているような説得力がある。
 そんな職員の様子を気にもせずの野良パルムが駆け込んでくる。
 小さな手には羊皮紙の手紙と、お駄賃らしい芋菓子が握りしめられていた。
 職員が真顔に戻って手紙を受け取り中身を確認。
 手元の端末に素早く入力すると、手隙の立体ディスプレイに地図と歪虚の配置図が表示される。
 数は20を超えている。
 大きいのは1つだけ。
 小さい19、いや今増えて21の何かが隊列じみたものを作って人間の接近を拒んでいる。
「現地では避難が始まっています」
 大人口を抱える王国の主要街道だ。
 人と物の流れも膨大で、1時間避難や通行止めが続くだけでも経済的被害は巨大だろう。
「人命以外の被害は無視して構いません。皆さんの力で、可能な限り素早い討伐をお願いします」
 職員が、静かに頭を下げた。

●おとなり貴族
「閣下、隣領から避難民の集団が」
「余った芋菓子でも渡して追い返せ」
 領主が苦り切った顔で命じる。
 部下の顔に反抗心ともいえない感情が浮かんだのに気付き、分かり易く現状を説明することにした。
「隣領に介入すれば面倒に巻き込まれる。対処には金が必要だ」
 つまりこの地の税金が上がる。
 納税者でもある部下の中で、避難民という名目の移民集団に対する憐れみが消えた。
「閣下、もう一度空から偵察を……あ、いえ、なんでもありません」
 領主にすごい顔をされたワイバーン乗りが尻尾を巻いて逃げ出す。
 ワイバーンの購入と維持にも金が必要なのだ。最低限の情報が得られた今、単騎で敵に向かわせる気は一切ない。
「閣下、ハンターズソサエティーからの返信が届きました。最大8人を急行させるとのことです」
 領主が一瞬固まった。
「たったの8人だと。貴重な覚醒者を使い捨てにするつもりか!?」
 巨大青銅像(モデルは超美化した自分)を作るような貴族とは違い、自領の民を愛し守りにも手を抜かない領主。
 しかし視野はかなり狭く、ハンターの戦術の巧みさもユニットの強力さも全く理解できていなかった。

●歪虚
 苛政による嘆きと絶望が負のマテリアルへと変わる。
 領主の権威の象徴であり苛政の象徴でもある銅像に集まり歪虚へ変質させる。
 変質は1つだけでは終わらない。
 雑に埋葬され砕けた骨が負マテリアルに浸かり、周囲の土を巻き込みどす黒いゴーレムとなって歩き出す。
 にこやかに微笑み無意味な暴力を振るう領主像とそれに従う死人の群れ。
 ただ存在するだけで王国や貴族の権威を傷つける情景だ。
 なお、最も傷つくのは青銅像を作らせた貴族本人の権威であり、一族による押し込めから病死の未来が確定していた。

リプレイ本文

●死臭
 その道は白い大理石で覆われていた。
 左右には手入れの行き届いた緑の芝がある。
「すっかり暖かくなって、いい散歩日和。あの団体さんが居なければ、ね」
 軍用双眼鏡を覗き混んだ八原 篝(ka3104)が吐き捨てた。
 西から死臭が漂ってくる。
 臭いのもとは負の気配をまとう黒ゴーレム二十数体。
 贅をこらした道とその臭いの組み合わせは、強烈に醜悪なものを想像させる。
「まったく、どこから呆れて良いのやら」
 謹厳実直で知られたロニ・カルディス(ka0551)が、心底苦苦しげな顔でため息をつく。
「カルディスさん、ラヴェンドラさん宜しくお願いします」
 挨拶をするユウ(ka6891)の瞳には強い光がある。
 ロニは力強くうなずき、補給を終えたワイバーン【ラヴェンドラ】の背に腰掛ける。
「急ぐとしよう。これ以上手勢を増やされる前に対処せねばな」
 そんな2人の横で、夜桜 奏音(ka5754)が1枚の符を取り出した。
 手応えに違和感を覚えて眉を寄せる。
 負の気配に満ちた場所が3箇所脳裏に浮かんでいる。
 スキルの占術も使いはしたが、占いは基本的にこれほどはっきりした結果は出ない。
「精霊が後押ししている?」
 ロニ達と西へと飛び立つ。
 地上では、複数のパルムが奏音達へ手を振っていた。

●空虚な軍勢
 彼我の距離は200メートルを超えていた。
 対歪虚戦ではかなりの遠距離だ。
 極めて優れた弓使いかCAM用スナイパーライフルならなんとか届くかもという距離。
「ホフマン、連続装填指示!」
 刻令ゴーレム【ホフマン】が予備の砲弾を両手で構えた。
「弾種、炸裂弾×2」
 メイム(ka2290)は口を動かしながら両手で耳を押さえる。
「撃て~」
 12ポンドゴーレム砲が砲弾を打ち出す。
 直後に再装填の後もう1発。
 多数の子弾が固まった2発がきつめの弧を描き、地上で隊列を組む作る歪虚集団の頭上で炸裂した。
 黒い体に子弾がめり込み負マテリアルで汚れた土が飛び散る。
 道だけでなく広場も覆っていた大理石が、明らかな死臭のする土を浴びた。
「どんどん撃て~」
 3射目で黒ゴーレム最前列が壊滅。
 その後ろや斜め後ろの個体も体の一部を削られている。
「飛んで、あんず」
 桜型妖精が勢いよく上に飛ぶ。
 敵の攻撃が届かないと確信しているのだろう。普段より少し気楽な飛び方だ。
 地上から40メートル強まで高度を上げ、横風に耐えメイムに情報を送る。
「残り12と1」
 12は黒い人間サイズゴーレム歪虚。
 1は馬鹿馬鹿しいほど大きな青銅像歪虚。
 青銅像は、その体格から考えても大きな矢をつがえ、己の全長ほどのある弓を使って放つ。
 あんずの髪の毛が一瞬逆立ったように見えた。
 必死の表情でメイムの背中を目指し、しかし辿り着く前に巨大矢が着弾する。あんずではなく大理石の道へ。
「大型歪虚の最大射程は100メートルと推定ー」
 わざわざ声に出すのは通信機を介して同行者に知らせるためだ。
「ホフマン、次弾装填、炸裂弾。目標黒ゴーレム隊列、撃て。微速前進開始」
 ゴーレムは高速連続射撃を止めて単発攻撃に切り替える。
 数の減った黒ゴーレムが、巨大青銅像を守る壁を作ろうとして炸裂弾を浴びた。
「んー」
 桜型妖精を上空に追い払う。
 再度送られてきた視覚情報を観てつまらなそうな表情になる。
「青銅像が盾になった方が手強そうだけどー」
 一歩歩く度に地面に穴が開くほど硬いのに、前に出てくる気配が全くない。
 戦力の無駄遣いにもほどがある。
「敵増援を2、もとい4確認」
 白兵戦になるとホフマンがピンチと考えたとき、地上の戦いが新たな段階に入った。
 歯車が滑らかに回る。
 折りたたまれた翼が広がるように、魔導機式複合弓が本来の姿を取り戻す。
 最後はワイヤーが巻き上げられ張り詰める。
 組み込まれた魔導機械がマテリアルの残光混じりの蒸気を吐き出し、汚れた空気をわずかにかき乱した。
「ピアッサー展開完了。フレイムアロー、焼き貫け!」
 クロスボウの矢が放たれると同時に赤熱する。
 誘導弾の如く進路を微妙に曲げて、進路状の黒ゴーレム3体を抜いても止まらない。
 2体目の黒ゴーレムが力尽きて跪き、生前からの酷使からようやく解放される。
 矢は巨大な青銅像に届き、分厚い装甲を抜いて太股の中心近くにめり込んだ。
 青銅像の反撃と篝が新たなスキルを使うのは同時だった。
 篝の手前数メートルに電柱もどきが激突。
 無数の小片に砕けて散弾じみて篝を狙う。
「いいな、こういうスキルほしい」
 踊るように躱す。
 範囲攻撃なため回避成功率は7割程度。
 万一当たれば一撃で余裕がなくなる。
 だが篝は恐れない。
 2度当たるより味方は押し切るのが速いと確信しているからだ。
 無色の衝撃波が黒ゴーレムの隊列を横から襲う。
 残存11のうち3体に命中。
 衝撃を吸収仕切れずに土が内側から爆発した。
「絶対に相容れないわね」
 銀水晶の如き刃を手に、アリア・セリウス(ka6424)が冷たい目で見下ろしていた。
 弱いものを無意味に前に出すのは醜悪なほどの傲慢だ。
 それを為すのは負のマテリアルだが、その大本の原因は苛政を行ったこの地の領主。
 美化が過ぎる領主の巨大化像が、壊れた部下を気にもせずに次の矢をつがえる。
 歪虚が狙うはアリアが乗るワイバーン【リタ】。
 地上に比べると足場のない空中は回避に向いておらず、途中で散弾に変わる矢を躱すことなどできないと歪虚は思い込んでいた。
 蒼瞳がうちに秘めた怒りで輝く。白いワイバーンは体を回転しつつふわりと浮き上がり、無数の散弾を危なげ無く躱して見せる。
「見るに堪えない」
 語り、歌われ、讃えられて初めて誇りが受け継がれる。
 苛烈ではあれど誇り高い家で育ったアリアにとって、この像もそのモデルも醜悪すぎる存在だ。
「だからこそ、断ち切りましょう……信と孝の刃に絶てぬものなしと」
 回避と一繋がりの動きで距離をとる。
 わざと巨大歪虚の射程から外れないことで注意を引きつけ、丘に向かったハンターに注意が向かないようにした。
「現実は非情だが、ここまで戯画的なのは珍しい」
 デルタレイの光がゴーレムを射貫く。
 唯一戦術を考えていた歪虚が、3連続で射貫かれ無傷から大破状態へ変わる。
「この個体はアンデッドか」
 五感で感じた全てを精密に記憶しながら、龍宮 アキノ(ka6831)は珍しく苛立ちの感情を目に現していた。
「ったく、死体がちょこまかと歩くんじゃないよ。この世に永遠の命なんて存在しないんだから」
 黒ゴーレムが突進してくる。
 大きく開いた両手はアキノを捕まえ地獄に誘うもの。
 だがアキノが御す馬は軽快に走ることで黒ゴーレムの間合いに入らない。
 もちろん全力移動すれば追いつかれるが、全力移動後の乱れた体勢では攻撃などできない。
 青銅像の視線が下向きに移動する。温和で頼り甲斐のあるデザインの顔が、酷薄かつ軽薄な気配で見下ろしてくる。
「何がどう転んだらただの青銅像が命を手に入れちまうのかねぇ?」
 口元だけで嘲笑って太股に力をいれる。
 乗用馬が文字通りの全力で走り、巨大青銅像の足下に到達する。
 巨弓から極太矢が射出される。
 アキノを狙ったが近すぎて10メートル以上ずれ、数少ない黒ゴーレムを巻き込み爆発を起こす。
「薄い石材。モデルも中身のない見栄っ張りだね」
 爆発跡を一瞥して鼻で笑う。
 隣領の耐久性優先な道や建物を見た後だと乾いた笑いしか出てこない。
 巨大青銅像が後退するが速度は酷く遅い。
 アキノは追いかけながら攻撃することまで出来た。
「倒すのは面倒そうだが」
 上半身に向け機導砲を1撃。
 顔に当たって円形に凹ませる。
「あたしの前にモルモットとして出てきたことだけは感謝するよ」
 感謝の気持ちのない言葉を口にしながらファイアスローワーに切り替える。
 火炎放射器じみた攻撃でも焼き尽くせないほど大きく、しかしアキノに反撃する手段は持っていない。
 黒いゴーレムが隊列を崩壊させる。
 背後から砲撃で撃ち減らされながら、アキノを排除しようと両手を開いたただ走る。
「逃げない? 歪虚なのに」
 篝の戸惑いは弓の扱いには反映されない。
 正面に比べれば薄い背中を打ち抜き、確実に数を削っていくのだった。

●棄てられた丘
「ここからの護衛をお願いしますね」
「承知した」
 鞍馬 真(ka5819)は奏音の要請にうなずき、しかしその若々しい顔に深刻な表情を浮かべた。
「術的な警戒は頼む。予想以上に拙い状況のようだ」
 一見何の異常もない丘に近づくにつれ、ワイバーン【カートゥル】も【ボレアス】も警戒心を露わにするようになる。
「浄化が必要な場所はわかってはいるんですけど」
 奏音が符を5枚まとめて風に乗せる。
 5枚全てが別々の場所に吸い込まれるようにして移動。
 同時に地面に張り付くと結界を構成して内部の黒ゴーレムを焼いた。
「いいのか?」
 3体潰して生き残りが1体。
 消滅直前の1体が、両脚を引きずるようにして巨大青銅像に向かっている。
「あちらは有利なようですし」
 浄化優先ですと、感情的にも戦術的にも正しい方策を選ぶ。
「そうだな。了解した」
 真が先行して着陸する。
 カートゥルを再度飛ばして3歩進み、急に嫌な予感に襲われ無理矢理速度を0にする。
 無言で剣を抜く。
 あえてスキルを使わずつま先の先20センチを刺すと、土を貫く感触と同時に歪虚を仕留めた手応えがあった。
「実はですね」
 奏音が5枚の符を放す。
 真の右横に結界が展開され、起き上がろうとした黒ゴーレムのなりかけが芯まで焼かれて崩れ去る。
「丘全体に浄化が必要なんです」
 前に、左に、後ろに、表面数センチだけ取り繕われた土を押しのけ黒ゴーレムが起き上がる。
 そのうちのいくつかは、骨と皮が張り付いた骨が土の中から見えていた。
「浄化に集中してくれ。カートゥル、死角を頼む」
 逞しいワイバーンが素直にうなずき、慎重に狙いをつけてブレスを見舞う。
 歪虚として安定する前に出てきたからだろうか。レイン・オブ・ライトの光爆撃によって3体の小型黒ゴーレムが一瞬で土に戻って地面に落ちた。
 真が紅の刃を上段に構える。
 心を整え気合いを込め、殺意を込めずに真横へ一閃。
 這い寄ってきた黒ゴーレムも下から襲おうとした黒ゴーレムも、一度刃が入って抜けると負の気配を祓われもとの材料に戻る。
 効率を突き詰めた結果うまれた斬撃が、何故か鎮魂の舞いを思わせた。
「風よ、風よ」
 ボレアスから降りて静かに前へ出る。
 直接踏んではいないし土越しにも踏んでいないとはいえ、下から嘆きと恨み由来の負マテリアルを感じるのは正直きつい。
「どうか」
 符を1枚取り出す。
 スキルとしての浄化術を発動直前までもっていった上で、馴染みのある精霊にこいねがう。
「明るい場所への道を、示してあげて」
 浄化結界が展開される。
 善意も悪意もない術が負のマテリアルを機械的に処理する。一瞬空白になった場所に穏やかな風が吹く。
 人間の残滓が暖かな風に包まれ、静かなところへ運ばれていった。
「もういいですよ」
「……ああ」
 ああしている間は神秘的なエルフなんだがなと内心つぶやいて、真はまたも現れた黒ゴーレムに止めを刺した。

●回復する軍勢
 丘の頂点を挟んで真達の反対側で、深刻な事態が発生しようとしていた。
 青銅像が無意味に大げさな身振りをすると、それまでより小さな黒ゴーレムが次々に土を盛り上げ身を起こしたのだ。
「ロニさん!」
「分かっている。ゴーレムの対処にまわってくれ」
 ロニが大きく息を吸う。
 豊富な肺活量を活かし、低音の鎮魂歌を朗朗と歌い上げた。
 個々の黒ゴーレムの動きが鈍くなる。集団としての動きも雑になり速度が落ちる。
「ありがとうございます」
 ユウは言い終える前にワイバーンから飛び降りた。
 両手を広げて待ち構える黒ゴーレム。
 その腕を蹴って落下の進路を変えて着地する。
 反対側から新手が2つ。
 腕を痛めた歪虚が向き直り簡易の包囲が完成する。
 ユウの相棒は丘から出た黒ゴーレムにブレスを吐いている最中だ。
 ロニは要浄化地点に向かっているためユウへの援護はない。
 ユウが軽快に横移動。
 両手を開いた黒ゴーレム3体が、勢い余って互いに抱きつき身動きがとれなくなった。
 ユウの顔色が悪くなる。
 死臭は耐えられる。だが、黒い表面から飛び出したものが、あまりにも惨い。
「ごめんなさい。負のマテリアルの祓うのを優先させてください」
 奥歯を強く噛んで加速。
 ゴーレム3体の周囲を1周する間に1回ずつ斬撃を見舞って歪虚としての生を終わらせる。
 崩れて地面に広がった土の中から、小さすぎる髑髏が1つ見えていた。
「なんでこんなことを」
 王国のまともな面を経験したユウだからこそ思う。
 これは本当に現実なのだろうか。
「残念だがよくあることだ」
 黒い拳を透明素材製の盾で受け、時間差で突っ込んできた黒ゴーレムの抱擁を足捌きのみで躱す。
「ここまで酷いのがハンターの目に触れるのは珍しいがな」
 足下の土が蠢く。
 腕のみを形成してつかみかかってくるのを跳び越え、ロニは気合いと共に杖を振り下ろす。
 淀んだ空気が左右に裂ける。
 浄化の力が立体的に広がり、ロニの足下周辺の土から負のマテリアルを追い払う。
 腕しかない歪虚が、新たな力を得ることが出来なくなりその場で立ち枯れる。
「でも」
 討伐速度が歪虚の出現速度を上回る。
 子供程度のサイズしかないゴーレムを切り倒しながら、ユウは繰り言と自覚している言葉を止められない。
「許容できないのは俺も同じだ」
 大人サイズの黒ゴーレム群に歩み寄る。
 杖で地面を打ち数十の黒刃を生じさせ、向かってきたゴーレムを串刺しにさせる。
「同種の事件が起るのは知っておけ。事件を防ぐのも、防ごうとしている者を助けることも、まず知らねば何もできない」
 振り返らずに杖を後ろへ。
 黒弾が真後ろへ飛び、視角から迫っていたゴーレム1体の腰に大穴を開け上下に分離させた。
『こちら夜桜。1つ浄化が済みました』
「可能なら次に濃い場所の浄化を頼みたい。こちらはまだ時間がかかりそうだ」
『はい。巨大像退治の場で合流しましょう』
 空に2羽のワイバーンが舞い、青銅像とは逆方向に降下して見えなくなる。
「新手は……いないか」
 ロニが盾で受ける。
 術の効果範囲内にいるのは目の前の1体のみ。
 歪虚出現の起点は先程の浄化で壊れたようだ。
「先に行け。歪虚討伐は君の一族の仕事だろう」
「っ、はい!」
 一瞬泣きそうな顔をしたユウが、元気いっぱいに返事をして駆けだした。
 空色のワイバーンが速度を合わせて高度を下げてくる。
「ありがとうクウ、行こう!」
 ユウが跳びワイバーンが背中で受け止める。
 それまでの鬱屈を晴らすかのように猛加速。
 その背のユウは、黒ゴーレムと戦っていたときとは別の焦りを浮かべた。
「甘く見ては駄目。ギリギリで躱すのは危険だよ。多分矢を任意の場所で爆発させることが」
 至近距離から一方的にハンターに削られていた青銅像が、ユウとソラに気づいて弓を引き絞る。
「来る!」
 電柱並の矢が飛んでくる。
 クウは油断せずに回避運動を開始。
 10割近く回避できる見事な動きなのだが、電柱もどきが散弾と化すことで回避成功率が8割ほどに落ちる。
「右!」
 再度加速したユウは散弾の1つ1つが見えていた。
 僅かに開いた安全圏にクウを滑り込ませて散弾の嵐を突破。
 空の弓を構えたままの巨大青銅像とそれを囲むハンター、そしてハンターを外側から囲む黒ゴーレムの元へ辿り着く。
「燃やしてあげて」
 クウのブレスが、死してなお使われる犠牲者を焼き清めた。

●馬鹿貴族の最後
 3つめの重汚染箇所を清めると、丘の気配が単に荒れた墓程度まで落ち着いた。
「あんなはた迷惑な像はさっさと破壊してしまいましょう」
 奏音はワイバーンの鞍に上がる。
 上昇を命じる前に真に顔を向け、言った。
「護衛ありがとうございました。もう大丈夫です」
「そうか」
 真の返事は素っ気ないが顔に浮かんだ表情は穏やかだった。
「カートゥル」
 精悍な顔つきと獰猛な体付きを兼ね備えたワイバーンが加速した。
 3体程度で構成された歪虚を追い抜き様にレイン・オブ・ライト。
 急造で耐久力に劣る黒ゴーレムではこの対地攻撃に耐えられない。
「お先に。ボレアスっ!?」
 真を追い抜いてきっかり3秒後、奏音はいきなり無重力を味あわされた。
 ボレアスは下向きに加速することで無数の散弾を回避。
 主に負担を掛けることを承知の上で、地面すれすれで進路を変えて馬鹿馬鹿しいほど大きな像に迫る。
 見慣れた細い指が巨大弓を保持する手を示す。
 内心牙をむき出すほど喜んで、ワイバーンはレイン・オブ・ライトによる爆撃を直撃させた。
「予想外ね」
 アリアが軽く目を見開いた。
 大弓がほとんど傷つかないのはともかく、腕まで硬くかすり傷しかつかないのは予想外だ。
 この堅さを盾として使う頭があれば、馬鹿貴族の像ももう少し長く生き延びたかもしれない。
 劇場を兼ねた広場に負のマテリアルが流れ込む。
 苛政は未だ終わらず、丘が浄化されても領地の負の気配は途切れない。
 貴族の像にマテリアルが集まり巨大な矢に変わる。
 アリアを狙おうとしても、当たる可能性がある距離を保つてなかった。
「空は月が舞う場所よ。呪怨の鏃で止められると思わないでね」
 散弾が宙を汚す。
 堅磐される空気が銀の髪をかすかに揺らす。
 アリアが利き腕以外の手で刀を抜く。
 波紋が主武器を妖しく映した。
「幻月を廻しましょう」
 安全圏である狭い空間で、白銀のワイバーンが鋭角に軌道を変える。
 戦闘機じみた加速に襲われてもアリアは刃を手放さず表情を歪めもしない。
「呪いも怒り」
 距離が3メートルに。
 青銅像はアリアを目で追えていない。
 むせ返るようなマテリアルが剣と刀に集まり、切ないほどに綺麗に光る。
「嘆きも祓う月光を」
 右から一閃。左から一閃。巨大な右太股が中心まで削り取られる。
 攻撃は終わらず2刀同時の上からの斬撃。もとより速いが最後の一撃はほとんど常識外だ。白銀の斬衝波が刃から伸びて傷口を押し広げ掘り進み、胸と鎧を内側から砕いて表に飛び出した。
 真が紅い刃で突く。
 ワイバーンによる高速刺突は非常に危険だけれど、真達と腕と連携があれば100回中100回成功できる。
 堅さと柔らかさを兼ね備えた表面がすぱりと切れて、3体の黒ゴーレムが事切れ元の土に戻る。
「ここに至ってようやくか。呪いと呼びたくなるな」
 切り捨てた歪虚は動揺し始めていた。
 残りの黒ゴーレムは明確に馬鹿貴族像を見捨ててばらばらに走り出している。
 その頭上から小さな弾が降り注ぐ。
 量は少ないが威力は匹敵して精度ははるかに上回る。
『くろいゴーレムはまかされたー。行って、あんず』
 トランシーバーと耳で同時に聞こえていた。
 攻撃的なマテリアルで包まれた妖精が並目でドロップキック。
 爆撃を辛うじて生き延びた歪虚が耐えられずに倒れた。
「よし」
 カートゥルの鼻息が荒くなる。
 残る敵はボスだけ。
 人間サイズの矢が多数突き刺さり、アリアによる壮絶な破壊が行われてもまだ生き延びている歪虚へ向かう。
 苦し紛れの電柱矢を当然のように避け、背後で爆散し向かって来る散弾に追いつかれない速度で迫る。
「自分を模した巨像を建てる神経は、私には理解不能だな」
 正面から吹き寄せる風は固体じみている。
 艶のある黒髪が後ろに流れて激しく揺れる。
 マテリアルを注がれた魔導剣が、禍々しい気配をまとい負の気配を切り裂く。
「これで終わりだ」
 半壊した右太股に上昇しながら突き入れる。
 ワイバーンの速度は一定で、紅の刃が太股から腰の右側まで抜け大きな裂傷を残す。
 内臓の何もない空洞は膨大な重量を支えきれず、折りたたまれるように上半身が降りてきた。
「モデルより一足先に逝け」
 剣と刀と矢と術が、ただの青銅に戻る途中の像を打ち据える。
 完全に動かなくなるまで、しばしの時間が必要だった。

●後始末
「これでひと段落か」
 徹底的に切り裂かれた上で術で焼かれた元巨大像が、ただのゴミとして地面に転がっている。
 ロニは10分以上時間をかけて、負のマテリアルが基準値以下であることを確認した。
「丘の方は、改めてエクラの司祭を呼んで浄化と供養をしてもらいたいわね」
 篝が丘を眺めている。
 既に歪虚は発生していないが真っ昼間なのに心霊スポットじみた雰囲気だ。
 早めに手を打たないと今回同様の事件が起こるかもしれない。
 そんな彼等の元に、小さ目の人影が4つ走って来た。
 歪虚討伐完了を知らせた隣領領主の使いにしては様子がおかしい。
「すみませんっ、助祭4名ただ今到着しましたっ。これハンターズソサエティーからです」
 息も絶え絶えな4人のうちの1人が、コピー用紙に書き殴っただけの書類を手渡してくる。
 この依頼の担当職員の直筆だ。引き継ぎの際の条件その他がぎっしり書き込まれていた。
「ご苦労」
 ロニがうなずいて受け入れを表明すると、小柄な4人が目に見えてほっとする。1人が親しげに余計なことを口走ろうとしてロニの視線で制止される。
「はい、では早速とりかかり……うわ」
 息を整え丘を見たリーダーが、可愛らしい口を開けて固まった。
「先ほど浄化はしましたが他に浄化するところがあるならまた何か起こると困りますし」
 奏音が一度口を閉じて口調を切り替える。
「手伝おうか? 浄化結界は3回使えるから」
「お願いしますエルフのおねえさん。改葬は私達がしますから、お願いします」
 残り3人も必死に頭を下げている。
 全員、助祭位取り立ての新人であった。
「あとは、次の領主がマシであることを祈るだけだな」
 ロニが街道を眺め、少し疲れたようにつぶやいた。

「どうか安らかにお眠り下さい」
 ユウがドラグーン式の祈りを捧げ、クウが神妙な顔で背後に備える。
 昼間から日没まで頑張っても、墓石もない土饅頭が数十出来ただけだ。
 それでも、骨が凍えるような負の気配はずいぶん薄くなっていた。

 なお、アリアが助祭4人に持たせた現場写真が巡り巡って王宮にまで届き、アキノの予想通り旧領主の勢力は全て処理されたとらしい。

依頼結果

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  • タホ郷に新たな血を
    メイムka2290
  • 紅の月を慈しむ乙女
    アリア・セリウスka6424

重体一覧

参加者一覧

  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ラヴェンドラ
    ラヴェンドラ(ka0551unit004
    ユニット|幻獣
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ホフマン
    ホフマン(ka2290unit003
    ユニット|ゴーレム
  • 弓師
    八原 篝(ka3104
    人間(蒼)|19才|女性|猟撃士
  • 想いと記憶を護りし旅巫女
    夜桜 奏音(ka5754
    エルフ|19才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    ボレアス
    ボレアス(ka5754unit002
    ユニット|幻獣

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    カートゥル
    カートゥル(ka5819unit005
    ユニット|幻獣
  • 紅の月を慈しむ乙女
    アリア・セリウス(ka6424
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    リタ
    リタ(ka6424unit005
    ユニット|幻獣
  • 好奇心の化物
    龍宮 アキノ(ka6831
    人間(蒼)|26才|女性|機導師
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    クウ
    クウ(ka6891unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
アリア・セリウス(ka6424
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/03/06 23:12:38
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/03/03 22:08:09