ゲスト
(ka0000)
白銀のおとぎ話・3 追跡編
マスター:樹シロカ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/03/23 19:00
- 完成日
- 2018/04/05 23:34
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
静かな部屋に、燃える薪がはぜる音が響いた。
同盟の農耕推進地域ジェオルジでは、例年ならそろそろ春の気配ただよう頃だ。
それなのに、今年は昼間でも暖炉が必要な寒さである。
この家の現在の主でもある、若き領主セスト・ジェオルジ(kz0034)の表情が今一つさえないのも無理はない。
……とはいえ、にこにこ愛敬をふりまくタイプでもないので、これは見る方の思いこみかもしれないが。
「アニタさん一家はひとまず、こちらで預かりましょう。元々僕の仕事をお願いしていたのですし、春郷祭の会場になる別館の掃除を手伝ってもらう、というのは不自然ではないでしょう」
淡々と告げられた言葉に、テーブルをはさんで対しているサイモン・小川(kz0211)は深く頭を下げた。
「助かります。領主様にはいつもご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえ、人手が欲しいのは本当ですから。それに……」
いつも冷静なセストが、さすがに言い淀む。
常に陽気で飄々としているように見えるサイモンすら、唇を引き締めたままで、言葉が出てこない。
つい数日前のこと。
ジェオルジ内にあるバチャーレ村とその周辺で、ちょっとした事件が起きた。
村に住むアニタという女性の子供・ビアンカがたったひとりで雪山に入りこみ、断崖で歪虚に襲われていたのだ。
たまたま別の用件の依頼を受けたハンター達と、村の代表であるサイモンが遭遇し、ビアンカを救助したのだが、その帰り道でにわかには信じがたい証言が飛び出した。
『おねえちゃんたちは……本当に母ちゃんのところに連れてってくれるの?』
人見知りで怖がりの7歳の女の子は、自分を救ってくれたハンターにそう尋ねた。
続きを促されて、つかえつかえ語った内容は……
『あのね。母ちゃんがよんでるって、マリナねえちゃんがね。畑のほうに歩いてたんだけど、どうしてかあそこにいたの』
マリナはバチャーレ村に移住した、元サルヴァトーレ・ロッソの乗員で、サイモンの信頼する同僚でもある。
『そのときね、ねえちゃんに手をひっぱられたらね、すごく冷たかったの……』
サイモンは事の次第をセストに全て報告した。
「僕としては信じがたいことですが、ビアンカが嘘をついているとはとても思えません」
アニタもバチャーレ村で落ち着いていられるはずもない。ひとまずは距離を置いた方がお互いのためになるというのが、サイモンとセストが出した結論だった。
「それで、マリナさんには?」
「まだ何も。ここのところ伏せっていましたので……」
サイモンは眉間に深い皺を刻む。
マリナのほうも今回の事件の少し前、歪虚に遭遇したところを救出されたばかりだ。
それ以来、自分の住居に引きこもることが多くなっていた。危うく殺されるところだったのだから、心身ともに疲労しているのは間違いない。毎日村の女性が様子を見に行っていたが、顔色が悪い以外は特に変わったところは見られなかったという。
なので、サイモンとしては信頼する同僚でもあるマリナが、ビアンカを騙して連れ出し、冬山に放置したということが信じがたいのである。
セストは考え込むように目を伏せていたが、やがて視線を上げた。
「実はその件については、僕あてに妙な報告が届いています」
「妙、ですか」
「ええ。実はマリナさんはときどき村を抜け出し、どこかへ行くことがあったようです」
「……初耳ですね」
「察してあげてください。オガワ代表を信じているからこそでしょうから」
サイモンは複雑な表情で頷く。
バチャーレ村の誰かにせよ、近隣の村人にせよ、仲間の「明らかに異常な」行動をしばらく見守ろうという気遣いはあったのだろう。それが結果的に、事態を悪化させたとしても。
「ですが僕としても、このままにはできません。マリナを尋問します」
サイモンのその言葉は、元軍属らしい表現だった。
セストはそこに、遠い宇宙へ乗り出す者達独特のコミュニティの在り方を感じとる。
「……証拠がありません。それよりも僕に考えがあります。ご協力いただけますか」
●
賑やかな祭の声を聞きながら、一同は密かにけもの道を駆けていく。
「信じたくはなかったのですが……」
サイモンが低く唸る。
女の背中が、木立に見え隠れしている。
「それにしても早いな。マリナは確かに山野を歩き慣れているんですが」
雪の積もった真冬の山を、まるで春の野原のように駆けてゆくマリナは、どこか人間離れして見えた。
精霊を呼ぶ祭を、近隣の村人総出で行う。
敢えてそう広めておいて、自室にこもったマリナにも伝えた。
直接問いただす前にこの状況をマリナがどうするかを見届けようというのが、セストの提案だった。
それで何か行動すれば、サイモンも本気で腹をくくることができるだろう。
はたして当日。
空になった村に潜むハンター達の目前で、マリナはどこか嬉しそうに飛び出して山へ向かったのである。
マリナは宴会場を避けて、山中のけもの道をどんどん進んでいく。
サイモンも普通の状態のマリナなら充分追うことができたはずだが、ともすればその距離が離れそうになる。
やがてマリナは、ほんの少し前、自分が酷い目にあったはずの廃坑へとやってきた。
そこでサイモンとハンター達は入口に目を凝らす。
「なんだ? あれは……」
女のような白い影が幾つも現れて、マリナを取り囲んだのだ。
マリナが恐れている様子は見られず、まるで踊るような足取りで、白い影と共に廃坑へと消えて行った。
静かな部屋に、燃える薪がはぜる音が響いた。
同盟の農耕推進地域ジェオルジでは、例年ならそろそろ春の気配ただよう頃だ。
それなのに、今年は昼間でも暖炉が必要な寒さである。
この家の現在の主でもある、若き領主セスト・ジェオルジ(kz0034)の表情が今一つさえないのも無理はない。
……とはいえ、にこにこ愛敬をふりまくタイプでもないので、これは見る方の思いこみかもしれないが。
「アニタさん一家はひとまず、こちらで預かりましょう。元々僕の仕事をお願いしていたのですし、春郷祭の会場になる別館の掃除を手伝ってもらう、というのは不自然ではないでしょう」
淡々と告げられた言葉に、テーブルをはさんで対しているサイモン・小川(kz0211)は深く頭を下げた。
「助かります。領主様にはいつもご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえ、人手が欲しいのは本当ですから。それに……」
いつも冷静なセストが、さすがに言い淀む。
常に陽気で飄々としているように見えるサイモンすら、唇を引き締めたままで、言葉が出てこない。
つい数日前のこと。
ジェオルジ内にあるバチャーレ村とその周辺で、ちょっとした事件が起きた。
村に住むアニタという女性の子供・ビアンカがたったひとりで雪山に入りこみ、断崖で歪虚に襲われていたのだ。
たまたま別の用件の依頼を受けたハンター達と、村の代表であるサイモンが遭遇し、ビアンカを救助したのだが、その帰り道でにわかには信じがたい証言が飛び出した。
『おねえちゃんたちは……本当に母ちゃんのところに連れてってくれるの?』
人見知りで怖がりの7歳の女の子は、自分を救ってくれたハンターにそう尋ねた。
続きを促されて、つかえつかえ語った内容は……
『あのね。母ちゃんがよんでるって、マリナねえちゃんがね。畑のほうに歩いてたんだけど、どうしてかあそこにいたの』
マリナはバチャーレ村に移住した、元サルヴァトーレ・ロッソの乗員で、サイモンの信頼する同僚でもある。
『そのときね、ねえちゃんに手をひっぱられたらね、すごく冷たかったの……』
サイモンは事の次第をセストに全て報告した。
「僕としては信じがたいことですが、ビアンカが嘘をついているとはとても思えません」
アニタもバチャーレ村で落ち着いていられるはずもない。ひとまずは距離を置いた方がお互いのためになるというのが、サイモンとセストが出した結論だった。
「それで、マリナさんには?」
「まだ何も。ここのところ伏せっていましたので……」
サイモンは眉間に深い皺を刻む。
マリナのほうも今回の事件の少し前、歪虚に遭遇したところを救出されたばかりだ。
それ以来、自分の住居に引きこもることが多くなっていた。危うく殺されるところだったのだから、心身ともに疲労しているのは間違いない。毎日村の女性が様子を見に行っていたが、顔色が悪い以外は特に変わったところは見られなかったという。
なので、サイモンとしては信頼する同僚でもあるマリナが、ビアンカを騙して連れ出し、冬山に放置したということが信じがたいのである。
セストは考え込むように目を伏せていたが、やがて視線を上げた。
「実はその件については、僕あてに妙な報告が届いています」
「妙、ですか」
「ええ。実はマリナさんはときどき村を抜け出し、どこかへ行くことがあったようです」
「……初耳ですね」
「察してあげてください。オガワ代表を信じているからこそでしょうから」
サイモンは複雑な表情で頷く。
バチャーレ村の誰かにせよ、近隣の村人にせよ、仲間の「明らかに異常な」行動をしばらく見守ろうという気遣いはあったのだろう。それが結果的に、事態を悪化させたとしても。
「ですが僕としても、このままにはできません。マリナを尋問します」
サイモンのその言葉は、元軍属らしい表現だった。
セストはそこに、遠い宇宙へ乗り出す者達独特のコミュニティの在り方を感じとる。
「……証拠がありません。それよりも僕に考えがあります。ご協力いただけますか」
●
賑やかな祭の声を聞きながら、一同は密かにけもの道を駆けていく。
「信じたくはなかったのですが……」
サイモンが低く唸る。
女の背中が、木立に見え隠れしている。
「それにしても早いな。マリナは確かに山野を歩き慣れているんですが」
雪の積もった真冬の山を、まるで春の野原のように駆けてゆくマリナは、どこか人間離れして見えた。
精霊を呼ぶ祭を、近隣の村人総出で行う。
敢えてそう広めておいて、自室にこもったマリナにも伝えた。
直接問いただす前にこの状況をマリナがどうするかを見届けようというのが、セストの提案だった。
それで何か行動すれば、サイモンも本気で腹をくくることができるだろう。
はたして当日。
空になった村に潜むハンター達の目前で、マリナはどこか嬉しそうに飛び出して山へ向かったのである。
マリナは宴会場を避けて、山中のけもの道をどんどん進んでいく。
サイモンも普通の状態のマリナなら充分追うことができたはずだが、ともすればその距離が離れそうになる。
やがてマリナは、ほんの少し前、自分が酷い目にあったはずの廃坑へとやってきた。
そこでサイモンとハンター達は入口に目を凝らす。
「なんだ? あれは……」
女のような白い影が幾つも現れて、マリナを取り囲んだのだ。
マリナが恐れている様子は見られず、まるで踊るような足取りで、白い影と共に廃坑へと消えて行った。
リプレイ本文
●
白い影と戯れるように、マリナが廃坑へ入って行く。
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)は無言のまま、その背中を見据えていた。
出発前にセストから聞いた、奇妙なおとぎばなしを思い出す。
――ブフェーラ・ディ・ネーレのお話ですか?
僕は吹雪の擬人化だと思っています。
言うことをきかない子供を怖がらせる類のお話ですね。
……ネーレも元は人間で、他人の忠告もきかず勝手な振る舞いを続けた結果、野山を独りで彷徨うことになったそうです。
独りが寂しくて、鳥や獣を手下にして連れ歩いて。
あたたかな人間の世界を嫉妬して、意地悪するそうです――。
(となると、マリナも手下として操られているのだろうか? いや、あれは本当にマリナなのか……?)
村の子供ビアンカをさらったのは、本当にマリナだったのか?
何故ビアンカだった? あの子をどうするつもりだった? 崖に放ったらかしにしたのは、故意か偶然か?
(分からないことばかりだな)
ルトガーが軽く拳を握る。いずれにせよ、小さな子供に、もう二度とあんな怖い思いをさせたくない。
わからない。
それはトルステン=L=ユピテル(ka3946)も同じだ。
「わっかんねーなあ。最初は狼で次は鳥、今度は白い女? 全部ブフェーラなんちゃらってヤツの仕業にしちゃ統一感がねぇな」
いい終わると同時に身ぶるいする。
「しっかしバチャーレ村は久しぶりだが、こんな寒いトコだったか?」
天王寺茜(ka4080)は無言で首を横に振る。
「色々とおかしいことだらけよ。なんだかもっと悪いことが起きそう」
本当はマリナを今すぐ捕まえて、その本心を聞き出したい。……だが。
(廃坑に向かう、マリナさんの嬉しそうな様子……何かを待ってる?)
わからないことだらけだった。
いつも前向きな茜が、こんな風に思い詰める様子も珍しい。トルステンは肩をすくめた。
「あ? これ以上変なコトになってたまるかよ」
折角ここに根付いたリアルブルーの民。また根なし草に戻るのは辛すぎるだろう。
一緒についてきたサイモンの冷たい無表情にも、色々な思いが透けて見える。
……彼らの思いは痛いほどわかる。
(神頼みは趣味じゃねーけど、それで助かるんなら、精霊にだって祈ってやら)
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)はサイモンの目を覗き込んで、にっこりと笑って見せた。
「だいじょぶ、ネ?」
手を伸ばして、サイモンの両頬を挟むようにして何度か軽く叩く。
「サイモンは誰よりも辛いハズダケド。同じくらいセキニン持ちさんだもんネ。ほいで、マリナもきっとバチャーレを愛してる」
だから今、マリナが取る行動の意味を知ること。
わからないことを、ひとつずつ突き止めていくこと。
「……できることを、しましょ」
サイモンがぎこちなく頷いた。
これまで黙って会話を聞いていたディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850)が、秀麗な唇を微笑みの形に開く。
「私はマリナさんがどういった方なのかは存じ上げません。ですから率直に申し上げますが」
飛び出した言葉は辛辣だった。
「怪しいと言う言葉しかございませんね」
ハンス・ラインフェルト(ka6750)は瞑目するように目を伏せる。
「……誘い込まれた、と見るべきでしょうかね」
マリナを知るものは「何か事情があるのだろう」と考える。その視点も大事だ。
一方で、状況を客観視できる存在は必要である。
「とはいえ、黒幕は存在すると考えます。その尻尾程度は掴んでおきたいところですね」
ディードリヒの言葉に、一同も頷く。
少なくとも、マリナが真に自分の意志で動いているのではないだろう、という想像は一致していた。
「まずは、マリナの向かう先を確認することだな」
ルトガーが『灯火の水晶球』を取り出し、懐に入れた。
そしてちらりとサイモンを見遣り、それからそれぞれの意志を確認するように一同の顔を見渡した。
――置いて行くべきだ。
狭い坑道に連れていくよりは、ここのほうがましだろう。
ハンスはサイモンの傍に膝をつく。
「少なくとも今、マリナさんは歪虚の支配下にあると私は考えます」
祭の場を避け、真っ直ぐに洞窟に向かう姿。
以前の報告では、坑道の入口以外にも敵が出入りする場所があるという。
「ですから、ご自分の安全のためにも、ここで隠れて見張って下さい。何か異変があれば、トランシーバーで内部の私達に連絡をお願いします。とはいえ、無理はなさらず。貴方は貴方の命を大事にするよう行動なさって下さい」
持参したトランシーバーの周波数を合わせる。増援を呼ぶことができればもっと良かったが、祭の会場となっている祠すら圏外だった。
使う機会はないだろうが(あったとしても手遅れだ)、ハンスは自分のヒーリングポーションをお守りのようにサイモンに握らせる。
「では護衛もつけておきましょうか」
ディードリヒが恭しく、腕に止まらせたモフロウを差し出す。
「これは心強いですね。……有難うございます」
サイモンが僅かに微笑んだ。その直後、表情を引き締める。
「お願いがあります。第一に皆さんの安全を優先してください。もしあれがマリナなら、皆さんに万一のことがあればショックを受けるのは正気に返った彼女自身です。……無理な依頼をした身で何を言うかと思われるかもしれませんが、くれぐれもお気をつけて」
一同はその言葉を背に、廃坑へと向かった。
●
パトリシアは坑道の入口で、祈りをささげる。
「昔ここに入る皆ハ、きっとこうしテ、無事に帰れますようにってお祈りしたヨ」
祭の祈りの声も地精霊に届いて、また皆で手を繋げますようにと。
そこでふと、パトリシアは思い立った。
「嫉妬……ネーレも、ホントはみんなと一緒に居たいのネ?」
「どうだろうな。いや、そうならいいんだがな」
ルトガーが頷く。
地精霊マニュス・ウィリディスは、鉱山の閉鎖で忘れ去られ力を失っていた。
先にいるのが本当に吹雪の魔物なら、あるいは同じような存在なのかもしれない。
(助けを求めているのか? それならマリナは道案内役か……?)
地精霊も人とは感覚の違う存在だ。ネーレも本来は魔物ではなかったのかもしれない。
一歩踏み込むと、坑道は闇の領域だった。
ハンスはルトガーと同様、灯火の水晶球を袖に隠すように灯した。
奥にいる『何物か』から見つかることを、少しでも遅らせるためだ。
「私はやはり、マリナさんは偽物、もしくは契約者や堕落者ではないかと思います」
トルステンが敢えて大きな息を吐く。坑道の寒さで広がる息も真っ白だ。
「確認しておくぜ」
互いに余り離れず、見取り図と見比べ現在地把握に努めること。
万一マリナを見失った際は、2手に分かれて探索すること。
何よりも、無理をしないこと――だが。
「マリナが何者かに襲われた場合、それとマリナが何者かと接触し、異常な行動を取った場合。あとはさっきの連中より、良く分かんねー奴が増えたとき。このどれかが起きたらマリナが危険てぇことだと思う、ちっと強引にでも回収するぜ」
「それで宜しいでしょう。先導はお任せください」
ディードリヒが『隠の徒』で闇に溶け込む。そして『壁歩き』で坑道の壁を進み始めた。
「蝙蝠などに騒がれないように注意しなければいけませんね。可能な限り坑道の奥、並びに黒幕を突き止めたいのですが。何か異常があればお知らせします」
そう囁くと、ディードリヒは沈黙した。一同は背後にも注意しながら、少し遅れて後を追う。
既にマリナは、坑道のはるか奥へと姿を消していた。
茜が囁く。
「居場所はやっぱり、あの時見つかった辺りだと思うわ」
かつて、同僚と共に歪虚に襲われたマリナは、内部の開けた空間に倒れていた。
眠ってはいたが無傷だったマリナ。
「あのとき、すぐ傍に大型のオオカミ型の歪虚がいたのにね。マリナさんが何かされたとしたら、あのときじゃないかな」
そう考えれば、ビアンカを誘いだしたときに『普段のマリナ』でなかった理由が説明できる。
だが既に堕落者となっているなら、マリナは歪虚そのものだ。契約者であればまだ人間に戻ることもできるが、身体は消耗し、命が危うい。
「マリナさん……どうか無事でいて。絶対に、助けてみせるから」
その耳に、ディードリヒの低く鋭い囁きが届いた。
『いました。白い女です』
一同は息を詰める。
ディードリヒが確認したのは、先程見かけた白い女の影に囲まれる、マリナの姿。
マリナは茜の言った通り、以前に見つかった場所で壁に縋るようにして座り込んでいた。
「どこかに狼の歪虚も居るかもしれないわ。気をつけて!」
パトリシアが意識を集中させ『生命感知』で辺りを探る。
「白い影ハ、ダレでしょか? あのマリナはホンモノでしょか?」
生命あるものならこの探索の網にかかる。
見えている存在がかからないなら、「生命」を持たない証だ。
不意にパトリシアがにっこり笑った。
「マリナはまだだいじょぶネ」
ほんの僅かだが、一同の間にほっとした空気が流れる。
『それは重畳。ですがどういたしますか? 敵とマリナさんが近すぎますが』
ディードリヒの言葉に、ハンスが迷いなく答えた。
「私が敵を引きつけましょう」
●
坑道の先は、広い空間だった。
灯りを使っても、奥や天井がどうなっているのかはわからないほどだ。
女たちの身体は雪明かりのように微かに光っていて、まるで暗い空間に浮かんでいるように見える。
その中心でぼんやりと岩肌にもたれかかっているマリナは、一目して尋常ではない。
ハンスとトルステンが視線をかわす。
と見るや、ハンスが飛び出した。
マリナの居る場所までおよそ30m。白い女のうち2体が割って入るように進み出る。
女達は薄い生地の白いワンピースのようなものを纏い、地につくほども長い白髪を顔の前に垂らしていた。
「邪魔立てするなら斬るまでです」
光を纏う刃が煌めき、幻影の桜吹雪が女達を包み込む。その瞬間、女たちが「笑った」。
白い腕がしなると、氷の鞭がハンスを襲う。それを刃で受け流した直後、残る1体の手刀がハンスの脇腹をえぐる。
その冷たさは身体の芯まで凍りつくようだった。
「まだだっ……!」
ハンスの苦悶をあざ笑うように女が再び鞭をふりあげた。その腕が動きを止める。
壁を伝って回り込んだディードリヒがのスラッシュエッジが肘を砕く。陶器が割れるような甲高い音が響いた。
「隠れ続けているわけにもいきませんからね」
ディードリヒはマリナの近くにいた2体がこちらに注意を向けたのを確認する。
そして、その隙にマリナに近づくトルステンの姿も。
「あともう少しだけ頼んだぜ」
トルステンはマリナの傍まで駆けつけ、肩を掴んだ。
「おい、しっかりしろ。大人のくせに、あんまり手間をかけさせるんじゃねぇよ」
手の暖かさは『サルヴェイション』となって、マリナの混乱を鎮めると信じる。
だがマリナはトルステンを見ることもなく、突然しくしくと泣きだした。
その悲しい声は岩壁に反射し、ハンター達に絡みつくように響く。
「なんだ? この……」
妙な感覚は。
その疑問を表情に浮かべたまま、トルステンはその場に崩れ落ちた。
茜とパトリシアが顔を見合わせた。重苦しい気分に、身体までが重く感じる。
「何これ……」
「なんだかすごくヘンだヨ」
「パティ、歌をお願い!」
頼むと同時に、茜は重圧を『機導浄化術・浄癒』で回復。
パトリシアは『アイデアル・ソング』の歌で結界を張り、前へ出る。
ルトガーもそれに続いた。
「便乗させてもらうぞ」
結界の範囲は限られるので、恩恵を受けるにはまとまって移動する必要があるのだ。
「みんなで行けば怖くないネ!」
「1体ずつ確実に狙いましょ。マリナとトルステンに当たらないようにね!」
回りこんできた白い女に、パトリシアが風雷陣で先制。相手の気が逸れた隙に茜がガントレットから伸びる光の刃で突く。眩い光が弾けると、女の肩から先が岩場に落ち、何かが砕け散る音がした。
「人形……?」
女は痛みを感じる様子もなく、残る腕をゆらりと伸ばす。
ルトガーは2体を巻き込むデルタレイを放つと、鋭い声で注意を促した。
「おい。新顔だ」
白い女達とマリナの背後に、いつのまにかひとつの白い影が立っていたのだ。
それは人型をしていた。
体長はおよそ2m。白く長い髪がぼんやりと輝く。雪のように白い顔は男とも女ともつかず、薄い唇と瞳は異様に赤い。
『かわいそうな迷い子よ、こっちへおいで』
積雪が軋むような声だった。マリナは泣きやむと、白い手を握る。
と思ったそのとき、ハンター達の目の前の白い女が「爆ぜた」。
「きゃっ……!!」
茜は『防御障壁』の光の壁でそれを食い止める。だが飛び散る破片は皮膚を破り、鮮血が飛び散った。
「ステン!!」
自らも傷つきながら、パトリシアは至近距離で破片を浴びたトルステンの姿に目を見開く。
ルトガーは手近の1体を捉え、自らの傷を癒し、仲間へ向けて叫んだ。
「爆発する前に叩き壊せ!」
だがハンスとディードリヒが1体を叩く間に、その後ろにいた最後の1体が爆発する。
『ほほう、意外と頑丈だ』
白い人影が面白そうに言う。
「ブフェーラ・ディ・ネーレか」
ルトガーが低く呟いた。相手はにやりと笑う。
『……そう呼びたければ好きにするがよい』
ルトガーはネーレの行動を待つ。
未知の敵に対峙し、先に動くのは得策ではないと思ったからだ。何より、仲間の負傷が重い。
撤退するしかないだろう。だがマリナはまだ敵の手にある。
「その女をどうする気だ? ……仲間にするのか」
ネーレが軋んだ声で笑い、マリナの肩を抱える。
『哀れなことだ。ここの石は人を呼ぶものだが、秘めた願いがこれほどに強いとは』
キアーラ石のことらしい。
マリナはここで何かを強く願い、ネーレが付け入ったのだろう。
『暫くは良い退屈しのぎになるだろうよ』
そこでネーレが片手を上げた。
『さて諸君をどうするかね?』
不意に坑内が明るくなった。
ネーレも怪訝な表情を浮かべている。
見れば、岩壁そのものがほのかに輝いているのだ。
それはネーレ達の放つ冷たい光ではなく、穏やかで暖かな光だった。
『マニュス・ウィリディスめ。もう戻ったか』
ネーレは忌々しげに吐き捨てると、白い衣にマリナを包む。
『まあ良い。お前達と遊ぶのは次の機会としよう。楽しみにしている』
月並みな台詞だ。
ルトガーはそう思ったが、身を翻して奥に消えていくネーレを黙って見送った。
互いに支え合いながら外に出ると、サイモンが駆け寄ってきた。
ハンター達は、マリナを連れ戻すことはできなかった。
その代わりに廃坑で何があったのか、見聞きした全てを彼に伝えなければならない。
彼らが生きて帰ったからこそ、それが叶ったのだから。
<了>
白い影と戯れるように、マリナが廃坑へ入って行く。
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)は無言のまま、その背中を見据えていた。
出発前にセストから聞いた、奇妙なおとぎばなしを思い出す。
――ブフェーラ・ディ・ネーレのお話ですか?
僕は吹雪の擬人化だと思っています。
言うことをきかない子供を怖がらせる類のお話ですね。
……ネーレも元は人間で、他人の忠告もきかず勝手な振る舞いを続けた結果、野山を独りで彷徨うことになったそうです。
独りが寂しくて、鳥や獣を手下にして連れ歩いて。
あたたかな人間の世界を嫉妬して、意地悪するそうです――。
(となると、マリナも手下として操られているのだろうか? いや、あれは本当にマリナなのか……?)
村の子供ビアンカをさらったのは、本当にマリナだったのか?
何故ビアンカだった? あの子をどうするつもりだった? 崖に放ったらかしにしたのは、故意か偶然か?
(分からないことばかりだな)
ルトガーが軽く拳を握る。いずれにせよ、小さな子供に、もう二度とあんな怖い思いをさせたくない。
わからない。
それはトルステン=L=ユピテル(ka3946)も同じだ。
「わっかんねーなあ。最初は狼で次は鳥、今度は白い女? 全部ブフェーラなんちゃらってヤツの仕業にしちゃ統一感がねぇな」
いい終わると同時に身ぶるいする。
「しっかしバチャーレ村は久しぶりだが、こんな寒いトコだったか?」
天王寺茜(ka4080)は無言で首を横に振る。
「色々とおかしいことだらけよ。なんだかもっと悪いことが起きそう」
本当はマリナを今すぐ捕まえて、その本心を聞き出したい。……だが。
(廃坑に向かう、マリナさんの嬉しそうな様子……何かを待ってる?)
わからないことだらけだった。
いつも前向きな茜が、こんな風に思い詰める様子も珍しい。トルステンは肩をすくめた。
「あ? これ以上変なコトになってたまるかよ」
折角ここに根付いたリアルブルーの民。また根なし草に戻るのは辛すぎるだろう。
一緒についてきたサイモンの冷たい無表情にも、色々な思いが透けて見える。
……彼らの思いは痛いほどわかる。
(神頼みは趣味じゃねーけど、それで助かるんなら、精霊にだって祈ってやら)
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)はサイモンの目を覗き込んで、にっこりと笑って見せた。
「だいじょぶ、ネ?」
手を伸ばして、サイモンの両頬を挟むようにして何度か軽く叩く。
「サイモンは誰よりも辛いハズダケド。同じくらいセキニン持ちさんだもんネ。ほいで、マリナもきっとバチャーレを愛してる」
だから今、マリナが取る行動の意味を知ること。
わからないことを、ひとつずつ突き止めていくこと。
「……できることを、しましょ」
サイモンがぎこちなく頷いた。
これまで黙って会話を聞いていたディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850)が、秀麗な唇を微笑みの形に開く。
「私はマリナさんがどういった方なのかは存じ上げません。ですから率直に申し上げますが」
飛び出した言葉は辛辣だった。
「怪しいと言う言葉しかございませんね」
ハンス・ラインフェルト(ka6750)は瞑目するように目を伏せる。
「……誘い込まれた、と見るべきでしょうかね」
マリナを知るものは「何か事情があるのだろう」と考える。その視点も大事だ。
一方で、状況を客観視できる存在は必要である。
「とはいえ、黒幕は存在すると考えます。その尻尾程度は掴んでおきたいところですね」
ディードリヒの言葉に、一同も頷く。
少なくとも、マリナが真に自分の意志で動いているのではないだろう、という想像は一致していた。
「まずは、マリナの向かう先を確認することだな」
ルトガーが『灯火の水晶球』を取り出し、懐に入れた。
そしてちらりとサイモンを見遣り、それからそれぞれの意志を確認するように一同の顔を見渡した。
――置いて行くべきだ。
狭い坑道に連れていくよりは、ここのほうがましだろう。
ハンスはサイモンの傍に膝をつく。
「少なくとも今、マリナさんは歪虚の支配下にあると私は考えます」
祭の場を避け、真っ直ぐに洞窟に向かう姿。
以前の報告では、坑道の入口以外にも敵が出入りする場所があるという。
「ですから、ご自分の安全のためにも、ここで隠れて見張って下さい。何か異変があれば、トランシーバーで内部の私達に連絡をお願いします。とはいえ、無理はなさらず。貴方は貴方の命を大事にするよう行動なさって下さい」
持参したトランシーバーの周波数を合わせる。増援を呼ぶことができればもっと良かったが、祭の会場となっている祠すら圏外だった。
使う機会はないだろうが(あったとしても手遅れだ)、ハンスは自分のヒーリングポーションをお守りのようにサイモンに握らせる。
「では護衛もつけておきましょうか」
ディードリヒが恭しく、腕に止まらせたモフロウを差し出す。
「これは心強いですね。……有難うございます」
サイモンが僅かに微笑んだ。その直後、表情を引き締める。
「お願いがあります。第一に皆さんの安全を優先してください。もしあれがマリナなら、皆さんに万一のことがあればショックを受けるのは正気に返った彼女自身です。……無理な依頼をした身で何を言うかと思われるかもしれませんが、くれぐれもお気をつけて」
一同はその言葉を背に、廃坑へと向かった。
●
パトリシアは坑道の入口で、祈りをささげる。
「昔ここに入る皆ハ、きっとこうしテ、無事に帰れますようにってお祈りしたヨ」
祭の祈りの声も地精霊に届いて、また皆で手を繋げますようにと。
そこでふと、パトリシアは思い立った。
「嫉妬……ネーレも、ホントはみんなと一緒に居たいのネ?」
「どうだろうな。いや、そうならいいんだがな」
ルトガーが頷く。
地精霊マニュス・ウィリディスは、鉱山の閉鎖で忘れ去られ力を失っていた。
先にいるのが本当に吹雪の魔物なら、あるいは同じような存在なのかもしれない。
(助けを求めているのか? それならマリナは道案内役か……?)
地精霊も人とは感覚の違う存在だ。ネーレも本来は魔物ではなかったのかもしれない。
一歩踏み込むと、坑道は闇の領域だった。
ハンスはルトガーと同様、灯火の水晶球を袖に隠すように灯した。
奥にいる『何物か』から見つかることを、少しでも遅らせるためだ。
「私はやはり、マリナさんは偽物、もしくは契約者や堕落者ではないかと思います」
トルステンが敢えて大きな息を吐く。坑道の寒さで広がる息も真っ白だ。
「確認しておくぜ」
互いに余り離れず、見取り図と見比べ現在地把握に努めること。
万一マリナを見失った際は、2手に分かれて探索すること。
何よりも、無理をしないこと――だが。
「マリナが何者かに襲われた場合、それとマリナが何者かと接触し、異常な行動を取った場合。あとはさっきの連中より、良く分かんねー奴が増えたとき。このどれかが起きたらマリナが危険てぇことだと思う、ちっと強引にでも回収するぜ」
「それで宜しいでしょう。先導はお任せください」
ディードリヒが『隠の徒』で闇に溶け込む。そして『壁歩き』で坑道の壁を進み始めた。
「蝙蝠などに騒がれないように注意しなければいけませんね。可能な限り坑道の奥、並びに黒幕を突き止めたいのですが。何か異常があればお知らせします」
そう囁くと、ディードリヒは沈黙した。一同は背後にも注意しながら、少し遅れて後を追う。
既にマリナは、坑道のはるか奥へと姿を消していた。
茜が囁く。
「居場所はやっぱり、あの時見つかった辺りだと思うわ」
かつて、同僚と共に歪虚に襲われたマリナは、内部の開けた空間に倒れていた。
眠ってはいたが無傷だったマリナ。
「あのとき、すぐ傍に大型のオオカミ型の歪虚がいたのにね。マリナさんが何かされたとしたら、あのときじゃないかな」
そう考えれば、ビアンカを誘いだしたときに『普段のマリナ』でなかった理由が説明できる。
だが既に堕落者となっているなら、マリナは歪虚そのものだ。契約者であればまだ人間に戻ることもできるが、身体は消耗し、命が危うい。
「マリナさん……どうか無事でいて。絶対に、助けてみせるから」
その耳に、ディードリヒの低く鋭い囁きが届いた。
『いました。白い女です』
一同は息を詰める。
ディードリヒが確認したのは、先程見かけた白い女の影に囲まれる、マリナの姿。
マリナは茜の言った通り、以前に見つかった場所で壁に縋るようにして座り込んでいた。
「どこかに狼の歪虚も居るかもしれないわ。気をつけて!」
パトリシアが意識を集中させ『生命感知』で辺りを探る。
「白い影ハ、ダレでしょか? あのマリナはホンモノでしょか?」
生命あるものならこの探索の網にかかる。
見えている存在がかからないなら、「生命」を持たない証だ。
不意にパトリシアがにっこり笑った。
「マリナはまだだいじょぶネ」
ほんの僅かだが、一同の間にほっとした空気が流れる。
『それは重畳。ですがどういたしますか? 敵とマリナさんが近すぎますが』
ディードリヒの言葉に、ハンスが迷いなく答えた。
「私が敵を引きつけましょう」
●
坑道の先は、広い空間だった。
灯りを使っても、奥や天井がどうなっているのかはわからないほどだ。
女たちの身体は雪明かりのように微かに光っていて、まるで暗い空間に浮かんでいるように見える。
その中心でぼんやりと岩肌にもたれかかっているマリナは、一目して尋常ではない。
ハンスとトルステンが視線をかわす。
と見るや、ハンスが飛び出した。
マリナの居る場所までおよそ30m。白い女のうち2体が割って入るように進み出る。
女達は薄い生地の白いワンピースのようなものを纏い、地につくほども長い白髪を顔の前に垂らしていた。
「邪魔立てするなら斬るまでです」
光を纏う刃が煌めき、幻影の桜吹雪が女達を包み込む。その瞬間、女たちが「笑った」。
白い腕がしなると、氷の鞭がハンスを襲う。それを刃で受け流した直後、残る1体の手刀がハンスの脇腹をえぐる。
その冷たさは身体の芯まで凍りつくようだった。
「まだだっ……!」
ハンスの苦悶をあざ笑うように女が再び鞭をふりあげた。その腕が動きを止める。
壁を伝って回り込んだディードリヒがのスラッシュエッジが肘を砕く。陶器が割れるような甲高い音が響いた。
「隠れ続けているわけにもいきませんからね」
ディードリヒはマリナの近くにいた2体がこちらに注意を向けたのを確認する。
そして、その隙にマリナに近づくトルステンの姿も。
「あともう少しだけ頼んだぜ」
トルステンはマリナの傍まで駆けつけ、肩を掴んだ。
「おい、しっかりしろ。大人のくせに、あんまり手間をかけさせるんじゃねぇよ」
手の暖かさは『サルヴェイション』となって、マリナの混乱を鎮めると信じる。
だがマリナはトルステンを見ることもなく、突然しくしくと泣きだした。
その悲しい声は岩壁に反射し、ハンター達に絡みつくように響く。
「なんだ? この……」
妙な感覚は。
その疑問を表情に浮かべたまま、トルステンはその場に崩れ落ちた。
茜とパトリシアが顔を見合わせた。重苦しい気分に、身体までが重く感じる。
「何これ……」
「なんだかすごくヘンだヨ」
「パティ、歌をお願い!」
頼むと同時に、茜は重圧を『機導浄化術・浄癒』で回復。
パトリシアは『アイデアル・ソング』の歌で結界を張り、前へ出る。
ルトガーもそれに続いた。
「便乗させてもらうぞ」
結界の範囲は限られるので、恩恵を受けるにはまとまって移動する必要があるのだ。
「みんなで行けば怖くないネ!」
「1体ずつ確実に狙いましょ。マリナとトルステンに当たらないようにね!」
回りこんできた白い女に、パトリシアが風雷陣で先制。相手の気が逸れた隙に茜がガントレットから伸びる光の刃で突く。眩い光が弾けると、女の肩から先が岩場に落ち、何かが砕け散る音がした。
「人形……?」
女は痛みを感じる様子もなく、残る腕をゆらりと伸ばす。
ルトガーは2体を巻き込むデルタレイを放つと、鋭い声で注意を促した。
「おい。新顔だ」
白い女達とマリナの背後に、いつのまにかひとつの白い影が立っていたのだ。
それは人型をしていた。
体長はおよそ2m。白く長い髪がぼんやりと輝く。雪のように白い顔は男とも女ともつかず、薄い唇と瞳は異様に赤い。
『かわいそうな迷い子よ、こっちへおいで』
積雪が軋むような声だった。マリナは泣きやむと、白い手を握る。
と思ったそのとき、ハンター達の目の前の白い女が「爆ぜた」。
「きゃっ……!!」
茜は『防御障壁』の光の壁でそれを食い止める。だが飛び散る破片は皮膚を破り、鮮血が飛び散った。
「ステン!!」
自らも傷つきながら、パトリシアは至近距離で破片を浴びたトルステンの姿に目を見開く。
ルトガーは手近の1体を捉え、自らの傷を癒し、仲間へ向けて叫んだ。
「爆発する前に叩き壊せ!」
だがハンスとディードリヒが1体を叩く間に、その後ろにいた最後の1体が爆発する。
『ほほう、意外と頑丈だ』
白い人影が面白そうに言う。
「ブフェーラ・ディ・ネーレか」
ルトガーが低く呟いた。相手はにやりと笑う。
『……そう呼びたければ好きにするがよい』
ルトガーはネーレの行動を待つ。
未知の敵に対峙し、先に動くのは得策ではないと思ったからだ。何より、仲間の負傷が重い。
撤退するしかないだろう。だがマリナはまだ敵の手にある。
「その女をどうする気だ? ……仲間にするのか」
ネーレが軋んだ声で笑い、マリナの肩を抱える。
『哀れなことだ。ここの石は人を呼ぶものだが、秘めた願いがこれほどに強いとは』
キアーラ石のことらしい。
マリナはここで何かを強く願い、ネーレが付け入ったのだろう。
『暫くは良い退屈しのぎになるだろうよ』
そこでネーレが片手を上げた。
『さて諸君をどうするかね?』
不意に坑内が明るくなった。
ネーレも怪訝な表情を浮かべている。
見れば、岩壁そのものがほのかに輝いているのだ。
それはネーレ達の放つ冷たい光ではなく、穏やかで暖かな光だった。
『マニュス・ウィリディスめ。もう戻ったか』
ネーレは忌々しげに吐き捨てると、白い衣にマリナを包む。
『まあ良い。お前達と遊ぶのは次の機会としよう。楽しみにしている』
月並みな台詞だ。
ルトガーはそう思ったが、身を翻して奥に消えていくネーレを黙って見送った。
互いに支え合いながら外に出ると、サイモンが駆け寄ってきた。
ハンター達は、マリナを連れ戻すことはできなかった。
その代わりに廃坑で何があったのか、見聞きした全てを彼に伝えなければならない。
彼らが生きて帰ったからこそ、それが叶ったのだから。
<了>
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相談するとこです。 天王寺茜(ka4080) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/03/23 01:17:37 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/03/20 02:17:22 |