• 反影

【反影】DEADEND

マスター:鮎川 渓

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~5人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
6日
締切
2018/04/03 19:00
完成日
2018/04/18 06:32

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング



「……これはもう、単に僕の我儘なんです」
 シャンカラ(kz0226)はそう呟いた。



 先達て、ハンターと龍騎士合同で調査を行った虚無を消滅させるべく、作戦会議が開かれた。
 しかし全員集まったというのに、シャンカラは硬い表情で俯きなかなか始めようとしない。彼自身は懸命に隠そうとしているようだが、怒気や殺気めいたものを誰もが感じ取れてしまった。
 見兼ねたダルマ(kz0251)が代わりに腰を上げる。
「集まってくれて感謝するぜェ。突入する虚無ン中にある異界の詳細は、配った調査報告書に目を通しといてくれ」
 ダルマが説明を始めてもシャンカラは黙ったまま。こうも彼が荒れている原因は、その異界の在りようにあった。

 彼らが踏み込んだ異界。
 そこは予言によって、邪神の到来とともに滅びる運命にある事が判明している世界だった。
 滅びの予言に絶望した人々の心は荒れ、街には暴徒が溢れ、いくつもの国や街が崩壊していったと言う。
 そんな中、邪神に抗うべく唯一立ち上がった国があった。若い皇子の主導の許、騎士達を人間の力を遥かに凌駕する存在・龍翼龍尾のドライダートへ作り変え、邪神を迎え撃つ計画を進めていたのだ。
 実際、ドライダートの騎士達の武勇が広まるにつれ、その国ばかりか近隣諸国も落ち着きを取り戻し、調査隊が訪れた街も活気に溢れていた。彼らが邪神を撃退してくれると信じきっているのだ。皇子を筆頭とする龍翼の騎士達は希望そのもの。英雄、救世主、様々な呼ばれ方で民衆に崇められていた。

 けれど彼らはまっさらな英雄ではなかった。
 滅びの予言をした巫女達は、人心をいたずらに惑わせたとして、皇子により全員誅殺されてしまったという。
 そしてドライダートの作り方とは、世界の均衡を保つ役割の龍を狩り、息のある内にその血肉を喰らうというものだった。ただ、異界の人間は龍と意思疎通ができないようで、悪しき『竜』と誤認している可能性は否定できない。

 理由や事情はどうあれ、龍を尊ぶ龍騎士にとって、酷く衝撃的な世界だったのだ。


 ダルマの説明は続く。
「管理者が現れる日時だが、調査に当たったハンター達の頑張りでふたつの候補に絞られた。俺達はその内、2日後に円形闘技場で行われる龍王討伐の式典、ここに踏み込む」
 他の歪虚調査から、異界とは邪神の記憶である事や、滅びの時までの一定期間を延々繰り返している事が分かっている。外部から誰かが侵入する度に、そのループの最初の時に戻ってしまう事も。

 予言によれば、邪神の到来は調査隊が踏み込んだ日の6日後。
 2日後には、かの世界最後の龍である龍族の王が、国内外から集まった多くの観衆の前で討伐される予定だ。その血肉をもって新たなドライダートを多数誕生させ、最後の軍勢強化を行おうというのだ。
 異界の管理者が現れるのは――その世界にとって重要な時とは――どちらかだろうという所まで突き止めたが、ひとつに絞る事はできなかった。こればかりは踏み込んでみなけば分からない。龍王が屠られ、新たな救世主達が誕生する時。人々の希望が最高潮に高まるだろうその時こそが、かの異界にとっての重要な時であったなら、その場に駆けつければ管理者が現れるはずだとダルマは言う。
「ぶっちゃけ賭けだ。おまけに龍王討伐の場には、馬鹿みてぇに速くて強ぇ龍翼の騎士どもがいる。乱入すりゃそいつらを相手取る事にもなるだろう。それでも構わねぇって者だけ残ってくれ」
 そこでハンターが手を挙げた。
「どうしてふたつの候補の内、龍王討伐の日を選んだのかな? 邪神が現れる6日後の可能性も低くないと思うんだけど」
 答えあぐねたダルマに代わり、ようやくシャンカラが口を開く。
「……これはもう、単に僕の我儘なんです」
 噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「僕はその龍の王と会ったんです。彼はとても落ち着いていて、殺されるというのに逃げようともしませんでした。同族を殺した人間への恨み事も言わず、ただ処される日を待って……あんなに哀しく美しい龍を、僕は知りません」
 シャンカラは祈るように組んだ手を額に押し当てた。
「繰り返される時の中で、彼が何度も何度も人の手にかけられるなんて……堪えられないんです」
 悪夢のような時の連鎖を終わらせたい。龍王が処されようとするその時に、管理者が現れる可能性が一握りでもあるのなら、彼が人の手にかかる前にあの異界を終わらせたい。シャンカラはそう訴えた。ダルマは申し訳なさ気に肩を落とす。
「あの異界は邪神の記憶、言ってみりゃ幻で、実際にゃ龍の王も龍翼の騎士達もとっくに居ねぇんだっつーのは説明したンだけどな?」
 それでも構わねぇって者だけ残ってくれ。ダルマは先程と同じ台詞を嘆息混じりに繰り返した。



 そうして作戦決行の時は来た。
 異界突入から2日間、管理者討伐隊と相棒の幻獣達は、異界南部の廃工場に潜伏しその時を待った。
 式典開始を告げる狼煙と同時に外へ飛び出す。空と大通りから、闘技場を目指し一気に北上していく。幻獣を見て騒然となる人々を掻き分け、追い越し、先へ先へ。
 飛行班は闘技場の高い壁を飛び越し、地上班はメインゲートを突破して、闘技場内へなだれ込んだ。
 そこで一行が目にしたものは。
 翼をもがれた龍の王。無抵抗な彼に容赦なく刃を突き立て、肉を削ぎ、それを振る舞う龍翼の騎士達。血の滴るそれに群がり喰らいつく人間の騎士や戦士に、それを見て狂おしいまでの歓声を上げる万を超す観客だった。
「何だ貴様らは!?」
 龍翼の皇子が叫ぶ。皇子はシャンカラと会っていたが、異界の者は時が繰り返す度に記憶がリセットされる。当然彼の事も覚えていない。それは龍の王も同じだ。それでもシャンカラは声の限りに叫んだ。
「戻ってきてしまいました、もう二度とあなたを殺させたくなくて!」
 すると老いた龍は覚えているはずがないのに、酷く昔の事を思い出すような顔つきをした。ややあって、全てを悟ったように『ああ』と呟く。
『――もう、ここへは来てはいけないと言ったろう?』
 次の瞬間、龍の体内から恐るべき量の負のマテリアルが膨れ上がる。膨張するそれに耐えかねたように次々皮膚が裂け、隙間から不気味な黒い肉塊が溢れた。
「なっ……」
 老いてなお美しかった龍は、おぞましい漆黒の歪虚へ――管理者へと変貌を遂げたのである。
「そんな……まさかあなたが、」
 愕然とするシャンカラに、飛翔した皇子が猛然と斬りかかる。
「貴様一体何をした?! 滅びの神の手先か!」
「隊長!」
 加勢に向かおうとする龍騎士をダルマが一喝する。
「構えろ、管理者が動くぞ!」
 龍の形をした漆黒の歪虚が大きく口を開いた。吐き出された巨大な火焔の塊が観客席に激突する。圧倒的な威力で数十人の人間達を蒸発させると、終焉の時を告げるよう咆哮を轟かせた。

リプレイ本文


 眼下に広がる惨状に、ワイバーンを駆る少女は言葉を失った。
「……何よ、これ」
 衣の裾を揺らす風は、多分に血の香を含んでいた。
 下から噴き上げるように押し寄せるのは、万を超す観客の悲鳴。驚き、戦慄き、他者を踏み越え逃げる者、狂ったように泣き喚く者、高所の観覧席から身を投げる事で恐怖から逃れようとする者……ほんの数秒前まで興奮に頬を染め、ドライダート達の勇姿に熱狂していたというのに。
「まさか、管理者が龍の王なんて……」
 そんな地獄絵図の中心に君臨するのは"元"龍王。強烈な負のマテリアルを撒き散らす、黒く爛れた巨大な肉塊。
 呆然と呟いた彼女だったが、肉塊が龍の形を留めている事を認めた途端、怒りが爆ぜる。
「ふざけた姿とってるんじゃないわ!」
 彼女――愛梨(ka5827)は手綱を繰って滑空し、"管理者"へ上空から接近。現した幻影の弓に3本の光矢を番え、
「三の矢、雷獣の舞――ッ」
 その全てを管理者へ見舞った。次いで、耳に届いた金属音の方を見やる。龍翼の皇子とシャンカラ(kz0226)が大剣をかち合わせ、激しく火花を散らしていた。


「ちょっとそこの隊長さん! 隊長さんったら!」
 元龍騎士のトリエステ・ウェスタ(ka6908)は、銀霊剣に付与した飛行術で彼らのそばを飛び、呼びかける。彼女が彼を"隊長"と呼ばなくなって久しいが、あえて隊長と呼ぶ事で彼の立場を思い出させようというのだろう。しかし龍騎士隊随一の攻撃力を持つシャンカラと、龍翼の皇子が鳴らす剣戟の音が、彼女の声を掻き消してしまう。
 両者の目には今、相対した互いの事しか映っていない。皇子はシャンカラを乗せた飛龍に顔を歪める。
「何故まだ竜が……人間を裏切り竜に与したか、半可者め!」
「悪しき"竜"ではありません、彼もこの子達も! 世界の守護者たる"龍"で、」
「守護者? 見るがいい、彼奴に焼き殺された我が民を! あれこそ竜の本性だ。滅ぼし、人間の力に変えて何が悪い。この世界を護るのは我々だ! 貴様らの竜も彼奴も斬り伏せ、新たなドライダート生成の糧としてくれる!」
「まだそんな事を!」
 いくら言葉を交わしても詮無い。価値観が根底から異なるのだ。それでも、己が信じるもののため、刃を研いできたのは同じ。ならば剣を交えるまでと、両者は接近する勢いを乗せ、渾身の一撃を見舞うべく大剣を振りかぶった。

 刹那、両者の間に飛び込んできた2つの影。

「何!?」
 皇子の前に現れたのは、ワイバーン・アヴァを駆る木綿花(ka6927)だった。突然の事に驚き乱れた太刀筋を、アヴァは龍爪で払い除ける。
「御無礼をお詫びいたします、皇子様。ですが私たちは皆様方と戦いに来たのではありません。どうか話をお聞き下さい!」
 そしてシャンカラの前にも。
「――ッ!」
 激昂していたシャンカラは対処が遅れた。振り下ろしかけた腕を止めようとしたが叶わず、大剣は割り込んできた空色の飛龍、その騎乗者が掲げた刀へ激突した。だが皇子を討つつもりで放った斬撃だ。さしもの騎乗者も勢いを殺しきれず、肩へ刃がめり込み鮮血が溢れた。騎乗者が友人であるとシャンカラが気づいたのは、その一瞬後だった。
「アークさん……!?」
 蒼白になり、声を上ずらせて聖導士を呼ぶ彼へ、アーク・フォーサイス(ka6568)はゆっくりと首を横に振る。心配そうな視線を寄越すワイバーンのムラクモへ頷きかけてから、真っ直ぐにシャンカラを見つめた。
「ドライダートは戦力として友軍につけたい。……きみには信念を折れと言っているようなものだ、承諾しがたいことも分かっている。けれど……ごめん、今は合わせてほしい」
「ごめんだなんて! 僕は何て事を……!」
 己がしでかした事に茫然自失となりかけるシャンカラだったが、
「いい加減にしなさいよ!」
 横合いからぴしゃりと気風の良い声が飛んできた。
 愛梨だ。大分年上に見える彼を勢いよく叱り飛ばす。
「あんなもの見せられたら、龍園の人達が穏やかでいられないのは分かるわ。でもあの哀しい龍の王を解放する事より、私情で争う事の方が大事なの!?」
 それから、木綿花が抑えている皇子へ向き直る。
「あたし達が敵だと思ってる? それはわかる。でも、あんたが一番無視しちゃいけない事は他の子だってなんで思わないの! 見なさいよ!」
 愛梨の指が示した先。醜悪な変貌を遂げた龍王や、見た事もない幻獣を従えたハンター達へ、がむしゃらに得物を振り回す騎士達がいた。そこには統率も効率もない。恐慌状態に陥り、見知らぬ物全てへ闇雲に刃を振り回している。
「あんたがその姿になったのは何のため!? 敵だと思うモノを、何もかも犠牲にして滅ぼすため? 生き延びるために、一人でも救うためにじゃないの?」
「何を言う、貴様らが竜王を唆したのだろう!?」
「違うわ、でも今はそれを追求してる場合!? 王が、指導者が、諦め狂気に身を任せるのを、黙って見過ごしていいと思ってるの!?」
 叩きつけられた愛梨の言葉が、皇子の心を揺さぶった。
 この国を除く多くの国々が、滅亡の予言に打ちひしがれ、滅びの神の到来を待たず崩壊していった。それを治めるべき王達も役目を放棄する者が続出し、滅びに抗おうと声を上げた時は、馬鹿な事をと冷笑されたものだ。ここで本懐を見失っては彼らと同じになってしまう――その事に対する反発心が、皇子の手を止めさせた。
 それを見た木綿花がすかさず説明を始める。
「私たちは滅びの神である管理者……いえ、黒い龍が龍王だと知りここへ参りました。ドライダート様は龍の血を御身の力に、私たちは龍を……手懐けることで、その力を有効に使う事で、彼に対抗する力を得ております」
 これは方便だ。けれど『手懐ける』という言葉の手前で、アヴァに詫びるような目を向けたのは、彼女が龍を信仰する元龍騎士故だろう。それでも嘯く選択をしたのは、少しでも異界の彼らに呑み込んでもらい易くする為。
 抵抗は、勿論ある。ドライダート達に対し、思う事も。
(喰らい尽くせば何れこうなるのは、予言でなくとも……ドライダート生成の手がかりとなった初代王の経緯も、王の優しさへの龍の心ばかりの御礼でしたでしょうに。民の心を守る為の決断でも、他の道もあったのでは――)
 けれどそれを責めている時ではないと割り切り、毅然と顔を上げる。
「あの滅びの神を早く倒さなくては、民もこのまま全滅してしまいましょう。御無礼はお詫びしますので、皇子様、ドライダート様方の御力をお貸し戴きたく」



 皇子は木綿花の言葉に耳を傾けながら、改めて眼下の騎士達を見下ろした。
 鷲頭の獅子を従えた少女……否少年へ、必死の形相で槍を繰り出している兵長がいた。けれど少年は反撃せぬどころか、武器すら構えず堂々と立ちはだかり、凛と声を張り上げる。

「落ち着いて、ざくろ達は決して敵なんかじゃない……今あそこで暴れてる奴を、倒す為にやってきたんだ、彼奴から人々を守りたいって思いは同じでしょ」
 時音 ざくろ(ka1250)と、グリフォン・蒼海熱風『J9』――愛称ジェイクだった。ざくろは繰り出される連撃を聖盾でいなす。独り違う幻獣に跨がり、高貴な光を湛える盾を構えた姿は、若いながらも一隊を率いる者然とした風格を有している。だが兵長はそれすら脅威と感じるようで、隙をつき盾を払うと、ざくろの急所を突いた。
「……!」
 それでもざくろは反撃せず、むしろ声と身振りを大きくし、周囲の騎士達にも訴えかける。
「今のこの瞬間も、彼奴を止めようと戦っている仲間がいる、人々の盾になって守ろうとしてる仲間が居る、ここで今力なき人々を守りたい、この混乱を収めたい気持ちはざくろ達も貴方達も同じでしょ?」
 そこでざくろは皇子の視線に気づき、熱の篭った紅眼で彼を仰いだ。
「一緒に戦おうよ! ――それが分からない様なら何が人々や世界を守る力だ……」
 けれどそこまで言うとふいっと顔を背け、ジェイクを促し踵を返す。無防備な背を兵長にさらし、肩越しに冷ややかな一瞥を投げた。
「斬りかかってきたいなら来るがいいよ、それでもざくろは彼奴と戦う、これ以上の犠牲者は絶対出したくないから」
 ざくろはたじろぐ兵長を残し、マテリアルアーマーを発動。その肢体をマテリアルの光膜が包んだ。そして管理者へ向けジェイクを走らせる。豊かな黒髪がなびき、ほのかな香りだけが残った。その残り香は、騎士達へざくろの言葉の反芻を促すよう、しばらく留まり続けた。

 皇子はざくろを追って視線を動かす。
 彼が向かった先、元龍王こと管理者のそばでは、既に交戦を開始している者達がいた。管理者の脚が大きく踏み出される。ここは円形アリーナの中心、どこへ向かわれても周囲は客席だ。

 幻影を纏い、半人半鳥の戦士と化した岩井崎 旭(ka0234)がいち早く反応した。
「まずい! 頼むウォルドーフ、これ以上龍王に観客を殺させたくねぇ!」
 ウォルドーフと呼ばれた火焔めくたてがみのイェジドは、管理者の前へ果敢に躍り出ると、身を挺し歩みを妨害。ならばと、管理者はうっすら開いた顎門の内に炎をちらつかせる。足止めされようと、火焔弾は客席まで届く。しかし、
「嫌なものを吐き出すお口は閉じてもらいましょうー」
 可憐な声が響くと同時、幻の手が管理者の鼻先を掴んだ。ワイバーン・フラルを旭の横に降り立たせた、氷雨 柊(ka6302)のファントムハンドだ。
 管理者が巨大過ぎるため身体の一部を掴むのが精一杯だが、それでも掴んだ部位を懸命に引き寄せる。旭も幻影の腕を長い首にまとわりつかせ、息合わせ引く! 管理者の頭がガクンと垂れた。次の瞬間、開かれた口から零れるように炎が吐き出される。
「フラル!」
「大丈夫かウォルドーフ!?」
 ふたりは寸での所で炎から逃れる。ウォルドーフの脚が焼かれたが、調教師でもある旭と生命調和していたお蔭で大事にはならなかった。そこへ主と分かれた純白のイェジド・イレーネが合流。猛き咆哮で威嚇し、ウォルドーフの負担を和らげる。
 霊闘士の繰る幻影の腕は、掴んだ対象を己に向かい引き寄せる術。焔を吐く直前にそれを使えば、自らの側に焔を招きかねない。それでもふたりに躊躇いはなかった。
 柊は元龍王を見上げる。
(あなたを助けたくて、私達は来たのに……私達が来たからこそ、あなたは管理者になってしまったのかもしれない。管理者を……あなたを私達が倒さなければいけない事が……悔しい、というのでしょうかねぇ)
 束の間物思いに耽った柊の耳に、観客達の悲鳴が届く。ダルマは邪神の記憶・幻だと言ったが、今彼らは"邪神の記憶になかったはずの出来事"に直面し、怯え慄くという"反応"を見せている。柊にはただの幻に思えなかった。
(この場にいる人達は攻撃を受ければ死んでしまう、人間で……それが幻だとか本物だとかは、きっと関係なくて。消えてしまうとしても、それをいないものとして考えることはできない――!)
 ぐっと奥歯を噛み、聖印が刻まれたスピアを握りしめる。
「……ごめんなさい。助けられなくて、倒すしかなくて、ごめんなさい。それでも、私達は私達のために……あなたを倒します」
 その静かな決意を聞き取った旭も。
「護ってきたヒトに食われ滅ぼされた異界の王龍。俺らとは別の、この世界の守護者……あんたがどんだけ哀しんだのか恨んできたのか、解るなんて言えねぇ。けどな」
 構えた長大な魔斧を、乱気流が取り巻き始める。
「絶望したその最期を繰り返すだけって、そんな救われねぇ話は。最後の最後に、護ってきたものを自分の手でぶっ壊すだなんて結果は。誰も彼もが悲しいだけで終わる愛のない結末は――全力で阻んでやる!」
 だがそんな旭の咆哮にさえ、龍王――管理者は何の反応も示さない。そればかりか幻影の手を振りほどくと、顔を上げ騒がしい客席の方を見やる。
 その時、陽炎を纏った人影が、突如として管理者の足許へ現れた。ドライダートではない。飛花・踏鳴と、独自に昇華させた疾影士の術を使用し、一息に距離を詰めてきたアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)だ。アルトは上空のシャンカラと皇子を一瞥。口の端を引き結ぶと、管理者の注意を観客から引き剥がすべく瞬時に抜刀。長大な剛刀で連撃を繰り出す! 鞘にはからくりが施されており、抜刀の動きを妨げない。返しの一太刀が右膝を砕き、管理者の巨体がぐらりと傾いだ。
 そこへ管理者の側面から、オーラを纏ったイェジドが急接近する。かと思うや蒼白い雷光が閃き、管理者の脇腹を深々と抉った。ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)による刺突一閃。蒼姫刀へマテリアルを乗せた強烈な一撃は、管理者の土手腹に大穴を穿つ!
「どこを見ているの? 余所見してると、次は風穴開けるわよ」
 アルトとユーリに立て続けに傷を負わされ、ようやく管理者は足許へ眼を向けた。その瞳に、地下牢で会った時の聡明な光はない。それでもユーリは問わずにいられなかった。
「貴方は、こうなる事を知ってたのよね? 私達が来れば、この繰り返される結末が終わる事を。そうなれば、この世界の人達がどうなるのかも」
 予想はしていたが、返答はない。敵意を剥き出し、低く喉を鳴らしただけだ。
「でもこれだけはハッキリと言える……これ以上、その高貴な魂を邪神に穢れさせない為に、ここで確実に終わらせる!」
 ユーリの気の高まりに導かれたように、龍笛の甲高い音が鳴り渡った。夜の闇で染めたような、漆黒のイェジド・朧を駆るオウカ・レンヴォルト(ka0301)だ。
(……皮肉なものだな……世界の均衡を保つ者が管理者となるとは、な)
 憂いを帯びた目を伏せ、笛の歌口を唇から離すと、
「行くぞ朧……俺ができる最大の手向けの『華』だ。受け取るがいい」
 その肢体をゆるりとしならせ、優美でありながら力強い舞を展開し始めた。それは荒ぶる魂を静める【華】の舞。蒼界で代々神楽舞を用い神を鎮めてきたという一族の裔・オウカが魅せる、『【神楽舞】荒魂鎮め捧ぐる華』。神へ捧ぐ奉舞によって、管理者の護りを軟化させる。しかしその直後、錯乱した龍翼の騎士2名が、オウカの背後へ殺到した。目にも止まらぬ高速移動で間合いを詰めると、
「貴様、こんな時に何を!?」
「これ以上妙な真似はさせん!」
 連携して刃を振り下ろす。オウカは舞い続けなければならないが、その身を預かる朧がしっかりと回避する。勿論、主の身を落とす無様はしない。そして朧もまたオウカの指示で、彼らへ獣槍を向ける事はなかった。魔術を知らぬ彼らは、一行の術に基づく行動全てが理解できない。ことこの非常時に舞い始めたオウカは不可解に映るようで。
「ああもう訳が分からない、お前ら何なんだ! どこから来て、何が目的なんだ!?」
 オウカは動きを止めぬまま、黄金の双眸で騎士達を見返す。
「過去の再現だろうと人だ。なら、仲間だ」
「何だと……?」
 そこへ、ダルマ(kz0521)を護衛につけた金鹿(ka5959)が、ワイバーンの露草を急がせ合流した。
「遅くなりましたわ。管理者前方に地縛符をしかけて参りました、これで移動阻害が解かれてもすぐに客席へ突破される事はないかと」
「助かる! けど油断は禁物だぜ」
 にっと笑った旭に、ウォルドーフは当然だとばかりに鼻を鳴らした。
「足止めは叶いました――なれば参りましょう」
 金鹿の指が符を宙へ放つ。陰陽符は管理者を囲むように広がり、その巨躯を強烈な光で焼き払う! だがその光は、管理者の足許にいる騎士達には眩しいだけだった。怪訝そうに顔を顔を見合わす彼らへ、金鹿は告げる。
「この術は私の『敵』のみを焼く術ですの」
 つまり負傷しなかったという事は。オウカが言った『仲間』の言葉が、実感を伴って蘇る。ダルマはなお露草へ射掛けられた矢を払って叫ぶ。
「俺だってお前らにゃ思う所はあらァ。だが別嬪さん方が口揃えて共闘するっつーんだ、断れんだろ男として!」
 理屈はよく分からないが、騎士達との共闘を早々に呑んだようだ。そんな彼の指示で、龍騎士達も騎士からの攻撃は受け流すに留め、負傷者の治癒に当たったり、管理者の行動を阻害すべく動いていた。


 広く騒がしいアリーナで、騎士達全てが一行の言葉を聞けたわけではない。
 だが管理者の巨躯以外遮蔽物のないアリーナで、騎士達全てが闖入者たる一行に注目していた。
 それは敵意を剥き出しての事だったが、彼らの一挙手一投足を注視しているという事でもあった。
 ハンターや幻獣達は決して彼らを傷つけなかったし、傷つけられても反撃する事はなかった。
 そればかりか観客に被害を及ぼさぬよう、身を挺する者達までいる。
 ハンター達の行動は、言葉以上に雄弁に自らの立ち位置を示し、騎士達に動揺を生んでいった。

 ――果たして彼らは敵なのか、今剣を向けるべき相手なのか? と。



 それを見て取った皇子は、小さく息を吐いた。
「……良いだろう。だが貴様らを信用したわけではない。彼奴を討伐した後で詮議にかけてくれる。逃げるなよ」
「どうぞご随意に」
 木綿花は密かに安堵しながら、それを見せぬよう神妙に一礼した。皇子はもう振り返らず騎士達の許へ舞い降りると、
「ドライダートの騎士達へ告ぐ、これより竜王討伐を再開する! 闖入者には構うな、血肉の確保ももはや不要! 第三部隊は引き続き民の避難誘導を。急げ!」
 皇子の号令は、たちまち騎士達の正気を揺り起こした。皇子始め騎士達は、これまでの龍狩りで巨大な敵を相手取るすべを心得ている。共闘に持ち込めた事で、戦局は大きな動きを見せた。

 だがいまだ剣を下ろしたまま、動かぬ者がいた。
 シャンカラだ。
 衝動的な行動をとったばかりか、友人を傷つけてしまった自責の念に捕われ、動けなくなってしまったのだ。聖導士の治癒を受けるアークを見、血が滲むほど唇を噛む。
「僕は……なんて事を……」
 そして彼にとっては許しがたい相手――背格好も年齢も、隊を率いる立場も似た皇子が、一早く我に返り討伐へ向かった事もまた、彼の焦燥に拍車をかけていた。彼だけが動けないままだった。

 刹那、闘技場を揺るがす激震が奔った。見れば管理者の尾が付根から叩き斬られ、石床までもが砕け散っている。その一刀の主はアルトだった。彼女はシャンカラと視線を交えると、よく通る声で宣言する。
「私は貴方へと委ねよう。あいつらと、あの皇子と共闘するのか、敵対するのか」
 絶大な力を見せつけた紅の女剣士は、威圧するでもなく淡々と若い隊長を見据える。
「ただ、貴方の優先順位はどっちが上だ? 龍王を静かに眠らせてあげることと、自身の怒りをぶちまけることと」
「そ、れは、」
 彼が応じかけた時、数々の阻害術を打ち破った管理者が再び客席へ炎を放った! しかし騎士やイェジド達、盾に炎の加護を纏わせたトリエステが、身を挺しそれを防ぐ。それを見たアルトは、再び戦闘に戻っていった。
「か弱い女性がやる事じゃないわよ、これ」
 トリエステはあまりの威力にぼやくと、消沈したままの"隊長"をキッと睨んだ。
「隊長さんは何しに来たの、皇子と決着をつけに来たわけじゃないでしょう!? 本来の目的を部下に任せて何してるのよ。まずはあの龍王でしょう! 二人の間で決着をつけたければ、あの龍王を何とかしてからにしなさいよっ」
「お、仰る通りです」
 気迫に気圧された隊長がこくこく頷くのを見ると、彼女はふんっと顔を背け、さっさと護衛に戻っていってしまった。木綿花も既にアリーナへ下りている。
 それでもまだ動けずにいるシャンカラを、愛梨が諭した。
「やろう。あの姿を、1秒だって歪虚なんかにさせたくない。解放してあげよ? ……できればあたし達の手で」
 治療を終えたアークも。
「彼が倒すべきものでなければ、俺だって守りたかった……守るべき命であるはずだった。だからこそ、これ以上の繰り返しは止めなくちゃ」
 シャンカラは一瞬顔を伏せたが、目許を拭いしっかりと顔を上げた。
「……ご迷惑をおかけしてすみませんでした。行きます」
「そこは『行きます』じゃなくて『行きましょう』でしょ?」
「だね」
 愛梨の言葉に、アークも場を和らげるよう少し茶化して頷く。シャンカラは苦笑を返すと、大剣の柄を握り直した。



「背後が手薄だ!」
「任せて。行こうオリーヴェ」
 旭の言葉に、オリーヴェが駆ける。脇を駆け抜けざま、ユーリは無数の花弁を振り撒き管理者を翻弄しつつ、再び強烈な刺突を浴びせた。
「振り向かせませんよぅ、押えてみせますー」
 管理者の前面では、強力な足止め術を持つ霊闘士コンピが奮闘している。柊は加えて境界術で観客を護る算段も立てながら、マテリアルを込めた一撃を見舞う。
「幻であろうとなかろうと、今私はこの世界にいます。だから……動ける限り、守れる限り。 観客への被害を食い止めてみせます!!」
 槍の先が肉を抉る感触には、少し眉を寄せ。
「龍王さんを……管理者を倒す。そうすれば異界はなくなって、……あの龍王さんが人に殺される悪夢のような光景も、見なくて済む。だから……」
「ああ。シャンカラの我儘ってだけじゃねぇ。こいつは俺の、俺らの欲張りで勝手なお節介だ! やるからには全力で! 横槍を突っ込んでやるぜ!」
 旭の連撃が、管理者の右手爪をまとめて斬り落とした。
 そんな彼らを鼓舞するのはオウカだ。舞に長けたオウカは、管理者の防御を下げつつ仲間達を鼓舞し、援護する。その仲間には騎士達も含まれていた。
「もう少し傍へ。……それでいい。存分に力が揮えるように、な」
 騎士達は高速移動が可能な地上で、素早い動きで撹乱しつつ着実に管理者の身を削ぎ落としていく。合わせて、機動力の高いアルトが空渡で自在に宙を往き、管理者の鼻先を飛び回る事で、管理者の狙いを定めづらくさせていた。
「堕とされし龍王……もう終わらせてやる、眠れ、安らかに」
 剛刀が閃き、管理者の左目を裂く! 管理者は咆哮を上げると、残った爪で周囲を薙ぎ払った。その威力は高く、負傷した騎士へざくろが癒しの光を投げる。
「貴様何を、」
「大丈夫、治すだけだよ」
 狼狽える騎士に言い聞かせてから、ざくろは唇の内で呟いた。
「幻かもしれない……それでもざくろは、ここにいる人々を守りたい、その思いは同じだから」
「?」
 ヒールを終えると、ざくろも再び打って出る。接近した所へ振り下ろされた爪を、
「超機導パワーオン……弾け跳べ」
 攻性防壁で跳ね除けると、すかさず彼の陰から木綿花とアヴァが飛翔した。
(龍へ刃を向ける事、あとでお詫びしますから……)
「私の分まで――お願い、アヴァ!」
 木綿花は祈りを捧げ、自身の魔力と引き換えにアヴァを最大限強化。それを受けたアヴァは、白熱の光線を注ぐ。間を置かず、愛梨と金鹿の五色光符陣が炸裂。巨体があだとなり、範囲攻撃を思う様食らった肉の表面が、ぐずぐずと崩れ始めた。


「何であいつら戦ってんだろ……俺達を庇ったよな?」
 客席で、誰かが言った。
 別の誰かも言った。
「皇子様も騎士様も、あの人達と一緒に戦ってる」
 群衆の足が、いつしか止まりだしていた。
「何してる、出口へ急げ!」
 誘導する騎士達が怒号をあげたが、一度足を止めた人々は動かなかった。
「さっき誰かが、あれが滅びの神って言ってたわ?」
「予言の日付が間違ってたの?」
「分からねぇけど、あれに騎士様達が破れたらもうだめだって事は、分かる」
 これまで民衆が騎士達を熱狂的に持ち上げてきたのは、彼らこそ滅びに打ち勝つ唯一の希望だったから。
 反面、彼らの勝利を盲目的に信じ、滅びから目を背けなければ、正気を保っていられなかったのだ。
 けれどそれは、安全な街に我が身を置き、騎士達に危険な物事を全て負わせ、何とかしてくれるはずだと思い込むだけの逃避ではなかったか――
 ひとり、またひとりと騎士が深手を追う様を目の当たりにし、人々の中に罪悪感に似た何かが芽生え始めていた。その気づきを促したのは、奇異な術、未知の幻獣を操る――どう見てもこの世の者ではない闖入者達が、自分達を庇いながら命懸けで戦う姿だった。
「なあ、何であいつら」
「早く避難を!」

 その時だ。

「ドライダートの騎士様! お兄ちゃんお姉ちゃん達! 頑張れー!」

 母親に抱かれた少年が大声で叫んだ。それを皮切りに、
「そうだ、どうせ彼らが負けりゃおしまいなんだ!」
「だったらここで見届けよう!」
「足手まといだ! いいから避難を、」
「頑張れー!」
 人々が一斉に声をあげ始めた。逃げる者も勿論いたが、大勢の民が危険を承知で留まり、あらん限りの声援を贈り出したのだ。それはやがて客席中に伝播し、闘技場を揺るがす大声援となる。

「身体張る私の身にもなって頂戴」
 トリエステはしんなり肩を落とし、
「予想外の展開だ、な」
「無理に皆を退避させようとしたら、時間かかっちゃうよね」
 オウカとざくろが困惑気に顔を見合わす。
「ならこのまま一気にカタをつけるしかない」
「集団心理ってどう転がるか分からないものね」
 早期決着を図るべく、マテリアルを燃やすアルトとユーリ。旭は精霊纏化で巨大化すると、
「よっしゃぁ、一気に行くぜ――ッ!」
 巨躯相応の大声で大号令。まず自ら踏み込み、先程アルトが砕いた右膝へ豪快な連撃を繰り出すと、切断された脚が地に転がった。身を傾がせた管理者は咄嗟に手をつこうとするが、そこを柊が狙い撃つ。管理者の巨躯が地に伏した。
「今だ!」
 騎士達は瞬時に距離を詰め乱打を浴びせ、彼らを巻き込む危険のない愛梨は、
「終の矢、陽光の舞ッ」
 符術で更に灼き尽くす。
 このアリーナに立つ者全ての総攻撃を浴びせられた管理者は、たちまち虫の息となる。だが隻眼をぎらりとてらつかせたかと思うと、おもむろに顔を上げ、焔を孕む顎門を開こうとした。
「シャンカラ!」
「はい、アークさん!」
 アークが地上から、シャンカラが上空から、上顎と下顎へ同時に刃を叩き込むと、開き損ねた口の中で焔が爆ぜた。焼けた肉が飛散し一同に降り掛かる。それでも観客への被害は免れた。
 自らの焔で頭部の大半を失った管理者は、もはや龍の体をなしていない。ユーリは哀しげに見つめ、
「確かに私達がこの世界に来なければ、『生きる』事が出来た。だけど、終わりのない日常を繰り返すだけで決して先には進まない――」
 蒼姫刀「魂奏竜胆」を構える。そして、
「終わりにしよう名も知らぬ優しき龍の王、人を思うその祈りは私が継いで持っていく。だからせめて、この一撃を以て手向けとするよ……っ」
 自身最大級の力を込めた一撃を、心の臓へ突き立てた!




 絶命した管理者の身体が、徐々に溶けていく。あらん限りの喝采が一同を包んだ。

「勝った!」
「俺達は救われたんだ!」
「ドライダートの騎士様万歳!」
「異邦の戦士達に万歳!」

 だがその歓声は見る間に小さくなっていった。管理者の身体が失せると共に、異界が消え始めているのだ。

「待った、待ってくれ!」
 旭は元龍王の身体に縋り、深淵の声で想いを掬おうと試みた。だが、実際に龍王が討伐されたのは過去の事であり、眼の前で溶けていく肉体は虚像に過ぎない。
 ――しかし。しかし、旭は確かに聴いた。たった一言、声というより思念の欠片のようなものだったが。
 人間達への恨みでも哀しみでもなく、この終わりなき異界へ"終わり"をもたらした一行への感謝だった。
「……そっか。あんたは恨みを抱かずに逝けたのか……"おやすみ"」
 旭が囁くと、肉体の全てが消失した。

 その頃にはもう闘技場も歓声も、肩を抱き合い喜んでいた龍翼の騎士達も、石の床さえなくなって、ただ仄白い光だけが辺りを満たしていた。
 ただ、呆然と佇む皇子だけが残った。
「皇子様、何故」
 木綿花が思わず口にしたが、皇子はぼうっと周囲を見回し、管理者の――龍の血に濡れた己の手を見つめた。
「ああ。――そうか、我らは負けたのだ。ずっと遠い日に、滅びの神に敵わず破れ去った……どうして忘れていたのだろう」
「記憶があるの!?」
 ざくろが身を乗り出すも、皇子は手のひらを見つめるばかりだった。
 龍王がこの異界の中核をなす存在なら、その討伐を指揮した皇子も同様と言えるだろう。変貌間際、龍王がシャンカラを思い出したように、彼もまた僅かばかりの記憶を取り戻したようだ。
「……何故、我らは護れなかったのだろう。竜王の血肉を得、持てる限りの備えもした……なのに」
 すると金鹿がワイバーンの露草と寄り添い、皇子の前へ進み出た。
「あなた方が地伝いにのみ発揮できた高速移動は、星の、地脈の力を利用しているものであり、星の守護者たる龍の力の恩恵あってこそ出来る芸当ではなかったのでしょうか」
 不思議そうに見つめ返す皇子に、金鹿は露草を撫でながら言う。
「すなわち、龍たちは言葉をかわすこと叶わぬ中でも、その身、血肉をもって力を貸してくださっていた……私にはそう思えてなりません」
「我らが喰らった”龍"達が?」

 人間に喰われてなお、龍達は世界を護ろうとしていたのだろうか。
 己を喰った人間に力を与え、その役目を託したのだろうか。
 真実はもう知り得ない。皆逝ってしまったのだ。おそらく遠い遠いむかしに。

 皇子は呆然と己の鱗に触れていたが、ややあって僅かばかりの悔恨を瞳に滲ませ、消えた。




 一行が気づいた時には、もはや見慣れた赤い空と、枯れ果てた大地ばかりが広がっていた。戻ってきたのだ。
 立ち尽くすシャンカラに、ユーリがそっと声をかける。
「忘れないであげよう、あの優しき龍の事を。こういう形でしか救えなかったけど、だからこそ……」
「……はい」
 掠れがちな声は、乾いた風に攫われた。




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MVP一覧

  • 戦地を駆ける鳥人間
    岩井崎 旭ka0234
  • 龍奏の蒼姫
    ユーリ・ヴァレンティヌスka0239
  • 舞い護る、金炎の蝶
    鬼塚 小毬ka5959

重体一覧

参加者一覧

  • 戦地を駆ける鳥人間
    岩井崎 旭(ka0234
    人間(蒼)|20才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ウォルドーフ
    ウォルドーフ(ka0234unit001
    ユニット|幻獣
  • 龍奏の蒼姫
    ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239
    エルフ|15才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    オリーヴェ
    オリーヴェ(ka0239unit001
    ユニット|幻獣
  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルト(ka0301
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    オボロ
    朧(ka0301unit002
    ユニット|幻獣
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ソウカイネップウジェイナイン
    蒼海熱風『J9』(ka1250unit005
    ユニット|幻獣
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    イレーネ(ka3109unit001
    ユニット|幻獣
  • アヴィドの友達
    愛梨(ka5827
    人間(紅)|18才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    ワイバーン
    ワイバーン(ka5827unit001
    ユニット|幻獣
  • 舞い護る、金炎の蝶
    鬼塚 小毬(ka5959
    人間(紅)|20才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    ツユクサ
    露草(ka5959unit001
    ユニット|幻獣
  • 一握の未来へ
    氷雨 柊(ka6302
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    フラル
    フラル(ka6302unit001
    ユニット|幻獣
  • 決意は刃と共に
    アーク・フォーサイス(ka6568
    人間(紅)|17才|男性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    ムラクモ
    ムラクモ(ka6568unit002
    ユニット|幻獣
  • 虹彩の奏者
    木綿花(ka6927
    ドラグーン|21才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    アヴァ
    アヴァ(ka6927unit001
    ユニット|幻獣

サポート一覧

  • トリエステ・ウェスタ(ka6908)

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
氷雨 柊(ka6302
エルフ|20才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2018/04/02 23:11:18
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/04/02 14:08:47