ゲスト
(ka0000)
【王戦】これまでの経緯




……はじまりましたね。未知の兵装に、包囲を意識させる用兵……不気味な動きですが、わたくしたちにもできることはあります。
かつてないほど強大で、情報が少ない相手でも……奪わせるわけには、いきません。
ですから……今回も、力を貸してくださいませ、みなさま。
グラズヘイム王国女王:システィーナ・グラハム(kz0020)
更新情報(6月12日更新)
過去の【王戦】ストーリーノベルを掲載しました。
【王戦】ストーリーノベル
●「先触れは奏楽とともに」(1月10日更新)

システィーナ・グラハム

ゲオルギウス・グラニフ・
グランフェルト

ヘクス・シャルシェレット

エリオット・ヴァレンタイン
厚く積み上げられた資料を眺めながらのシスティーナ・グラハム(kz0020)の声に、異論の声はなかった。
――【傲慢王】を名乗ったイヴが王国全土にたいして触れを出してから、半年が経った。
『そして未来の臣民どもに告ぐ。
この俺を迎える準備をせよ。期限はひととせ……いや六月。年が暮れた頃に先触れを出す。それまでに王国なる地を整え、万全の状態でこの俺の行幸を待て』
王国歴1018年、12月。本格的に冬の寒さが王国民の生活を縛り始めた頃のことである。
備えていた『触れ』、というべきなのだろう。被害は然程ではない。ただ、「謎の兵器」が王国各地に表れ、音楽を奏でるそれらは、時には家畜や建物、民――あるいはハンター――に害をもたらしてはいるものの、限定的であった。
【傲慢王】の介入を懸念し、べリアル、メフィストクラスの警戒をしていた王国首脳陣にとっては肩透かしであったのも否めない。
「厄介なのは」
王国騎士団長、ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトは眉を歪めた厳めしい表情のまま口をひらいた。
「兵の正体ですな。現在この世界にあるであろういかなる兵器にも該当しない。シャルシェレット、そちらはどうだ?」
『はい、はい。そうだね。僕が知る限りにおいて、リアルブルーにもあんな兵器は現存しないそうだよ。……と。補足しておくけれど、“リアルブルーに現存しない”のは事実だけれど、『この世界』については僕らの目が行き届いていないところがあったっておかしくない。歪虚王が黙示騎士のように『世界』を渡れるんじゃない限り、今回でてきたアレらについては【傲慢王】がこの世界のどこかで拾った……という可能性が高いかな。しかし、像が飛ぶわ、マテリアルの砲撃をしてくるわ……刻令ゴーレムとはまた別ジャンルのトンデモ文明だねえ』
魔導具を介しての通信で会議に参加しているヘクス・シャルシェレット(kz0015)は、映像の中でくすりと笑った。そのときにちらりと見えた首元――そこにある首輪に、システィーナが苦い顔をしたが、議論は進んでいく。
「……懸念すべきは【傲慢王】が何処かの文明を支配したとして、どれだけの戦力を集めたか、だが」
「アークエルスの学者に当たらせてはいるが、仮に当たりがついたとて戦力概要は見積もれんだろうな」
エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)の言を、腕を組むゲオルギウスが継いだ。そうして、システィーナへと視線を移す。
「とまれ、彼奴らの動向を見るにこれらは全て陽動ではあるのでしょうな。同時に、東西南北を問わず多方面の展開は、律儀に移動したから……とは考えにくい。転移門のような移動手段があると想定することが妥当かと。以前、ベリアルの配下が同様の手段を用いておりました故」
「だからこそ……兵は、動かせませんね」
「左様です、“女王陛下”」
言葉に滲んだ震えは、まさしく葛藤だったのだろう。システィーナの言葉に、ゲオルギウスは深く、頷く。
厳しい声色。けれど、システィーナはそこに、かつてゲオルギウスから感じていた試練の色は見えなかった。
だから、言う。
「【傲慢王】については……メフィストとの遭遇のときと似ていますね。情報が、あまりにも少ない」
これまでに何度も血を吐く思いで繰り返した後悔と反省を、思い出す。
――見落としてはいけない。
「ライブラリで接触したハンターたちの情報によれば、【傲慢王】は死すらも【強制】できたそうですから、対策は必須……ですが」
『それについてはお任せを、女王サマ。『うちの』オーラン・クロスがきっちりやってくれるはずさ』
ヘクスの軽口に、軍事案件ゆえに口を挟まずにいたセドリック・マクファーソン(kz0026)の表情が軋む。
「……ええ、お任せいたします。けれど、軍議の場です。お戯れはほどほどにしてください」

セドリック・マクファーソン

ヴィオラ・フルブライト
背中から届く怒気に要らぬ緊張を強いられた。釘をさして、続ける。
「軍勢の規模も、不明。ただ……」
父が沈んだイスルダ島での記録を、思い出す。
あの時、どうすべきだったのか。“今、どうすべきなのか。”
――見逃してはいけない。
「幸いなのは、敵方には転移可能な規模か、戦力のどちらかに制限があることでしょう。そうでなければ、私達を相手に陽動をする理由がそもそもありません。ただ、その手段については……確信が、必要だと思います。ハンターの皆さんに依頼して、”敵”の供給源についての確認をお願いしてください。騎士団は現時点では待機を。聖堂戦士団の運用については、ヴィオラ、貴方に一任します」
「畏まりました」
異口同音、ヴィオラ・フルブライト(kz0007)とゲオルギウスの賛同に息をつく。
”まだ王女であったころから”、このような事態の連続だった。
そしてそのころからずっと、ハンターに頼り続けてきた。彼らはずっと、王国を助けてくれていた。
「…………負けません、から」
――奪わせては、いけない。
この国を。民を。
……システィーナが感謝に堪えぬ、あの人達を。
●「彼方にこそ――」(1月31日更新)
――“向こう側”の景色。
現場指揮官なら何度だって夢想したことがあるだろう。
敵の目。敵の手。敵の足。それらがどこに向いているか。どこに、向かおうというのか。
どんな景色にだって理由はつけられる。敵の知性、あるいは感情、あるいは策略、あるいは情報。未確定ゆえの可能性の雲海の中から、正解に近いものを選び取るのが戦士の嗅覚で、指揮官としての腕の見せ所だった。
多量の荷が積み上げられ、運び出され、組み立てられるさまを眺めながら、そんなことを思いつつ――、
「……俺が工兵まで指揮することはねェと思っていたがよ」
くしゃり、と頭を撫でてぼやくと、近くを歩いていた『騎士』が片手を上げて応じた。頼むぜ、と言いおいて『彼』は歩き去る。姿形はすっかり変わってしまったが、騎士たちは皆、気がきくのは変わらない。それなりに長い付き合いでもあり、指揮官の呼吸を知っており、現場の管理と戦場を識っている。
そういう部下の存在は、有り難い。
――こと、この場においては。
とまれ、この場を預けて、歩く。違う景色を、見たくなった。
石像や巨人。『騎士』とはことなる装いの兵士たちが右往左往する一団を抜ける。
「こればっかりは兵道の常とはいえなァ……熱くは、ねェ」
ざ、と。森を超え、視界いっぱいに広がった丘陵を眺め見た。
蕭蕭と、風。突風にも近いそれが、男を拒むように吹き流れる中――彼は口の端を釣り上げるように、嗤う。
「熱くはねェが、“我が王”のためだ。手は抜かねェぜ」
●
「散発的な襲撃……騒動、ともいうべきでしょうか。これらは依然として継続していますが、目立った動きは今のところは見られていません。いずれもハンターたちの対応で大きな問題なく終えられていますが……。それから、やはり襲撃地点の大本には、小規模ながら転移機能を有するモニュメントがあった、との報告もありました」
ヴィオラ・フルブライト(kz0007)の報告に、セドリック・マクファーソン(kz0026)は厳しい顔つきのまま、唸る。
「転移門……ともいうべきか。それぞれの規模が小さいからこその襲撃規模とも言えるが……件の"騎士たち"の報告もある。我らの戦力が増強されているとはいえ、ある程度あちらに抜けているとするならば、たとえ調査の意味でも敵の誘いに乗るのは愚策、と見るが」
来る“主攻”への対応が疎かになることは避けたいという意見に、王国騎士団長、ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトとて諸手を上げて賛同したい。
現状を見る限り、お互いに『見』に徹しているといえる。先方はささやかな襲撃と謎を残すことでこちらの動きを煽り、こちらは動かないことで敵の本命を見定めようとしている。
これが陽動であるならば、敵にとって最も必要なものは『機』、となる。具体的には、こちらの戦力の偏在がそれにあたろう。誘いにはのらず、ハンターでの対応に終始することは現状での最適手。
しかし、だ。
――ゲオルギウスの経験上、歪虚は待つことが苦手だ。
多少盤面を動かしてでも、それをあえて作りに来る頃合いであったとしてもおかしくはない。故に、後の先は抑えるべきか。
「――探りに行けるか。エリオット」
「勿論だ」
エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)の応諾を受けながらも、ゲオルギウスは思考を続ける。
これをもって、一つの試金石としたい、という頭がゲオルギウスにはあった。
現状で敵がさらなる手を出してきた場合、こちらの戦力を『多少なりとも』動かすため――つまりは『陽動の体裁』を整えるためのものである、と推定できよう。ならば、その時の敵戦力如何によっては、『本命』の戦力の巨大さが予見されることとなる。その情報は正確に得たい。 加えて――“もし”、“万が一”。『あの男』が戦場で采配を振るっているのだとしたら、エリオット・ヴァレンタインの登場をもって『機』とし得る。敵の次の一手を、引き出すことができれば、御の字。
そのことは、エリオットも理解しているのであろう。真剣な眼差しで地図を眺め、想定を深めている男に、ゲオルギウスは重ねて命じる。
「貴様が、まずは状況を動かせ。それが現状では最適手だ」
「ああ」
動くとしたら。突くとしたら――どこか。
それを想定しきった上で、敵方と遭遇し、必ず情報を持ち帰ること。
難題を前に、黒髪の青年は短く、こう応じたのだった。
「――“女王"のために。必ず」
現場指揮官なら何度だって夢想したことがあるだろう。
敵の目。敵の手。敵の足。それらがどこに向いているか。どこに、向かおうというのか。
どんな景色にだって理由はつけられる。敵の知性、あるいは感情、あるいは策略、あるいは情報。未確定ゆえの可能性の雲海の中から、正解に近いものを選び取るのが戦士の嗅覚で、指揮官としての腕の見せ所だった。
多量の荷が積み上げられ、運び出され、組み立てられるさまを眺めながら、そんなことを思いつつ――、
「……俺が工兵まで指揮することはねェと思っていたがよ」
くしゃり、と頭を撫でてぼやくと、近くを歩いていた『騎士』が片手を上げて応じた。頼むぜ、と言いおいて『彼』は歩き去る。姿形はすっかり変わってしまったが、騎士たちは皆、気がきくのは変わらない。それなりに長い付き合いでもあり、指揮官の呼吸を知っており、現場の管理と戦場を識っている。
そういう部下の存在は、有り難い。
――こと、この場においては。
とまれ、この場を預けて、歩く。違う景色を、見たくなった。
石像や巨人。『騎士』とはことなる装いの兵士たちが右往左往する一団を抜ける。
「こればっかりは兵道の常とはいえなァ……熱くは、ねェ」
ざ、と。森を超え、視界いっぱいに広がった丘陵を眺め見た。
蕭蕭と、風。突風にも近いそれが、男を拒むように吹き流れる中――彼は口の端を釣り上げるように、嗤う。
「熱くはねェが、“我が王”のためだ。手は抜かねェぜ」
●

ヴィオラ・フルブライト

セドリック・マクファーソン

ゲオルギウス・グラニフ・
グランフェルト

エリオット・ヴァレンタイン
ヴィオラ・フルブライト(kz0007)の報告に、セドリック・マクファーソン(kz0026)は厳しい顔つきのまま、唸る。
「転移門……ともいうべきか。それぞれの規模が小さいからこその襲撃規模とも言えるが……件の"騎士たち"の報告もある。我らの戦力が増強されているとはいえ、ある程度あちらに抜けているとするならば、たとえ調査の意味でも敵の誘いに乗るのは愚策、と見るが」
来る“主攻”への対応が疎かになることは避けたいという意見に、王国騎士団長、ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトとて諸手を上げて賛同したい。
現状を見る限り、お互いに『見』に徹しているといえる。先方はささやかな襲撃と謎を残すことでこちらの動きを煽り、こちらは動かないことで敵の本命を見定めようとしている。
これが陽動であるならば、敵にとって最も必要なものは『機』、となる。具体的には、こちらの戦力の偏在がそれにあたろう。誘いにはのらず、ハンターでの対応に終始することは現状での最適手。
しかし、だ。
――ゲオルギウスの経験上、歪虚は待つことが苦手だ。
多少盤面を動かしてでも、それをあえて作りに来る頃合いであったとしてもおかしくはない。故に、後の先は抑えるべきか。
「――探りに行けるか。エリオット」
「勿論だ」
エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)の応諾を受けながらも、ゲオルギウスは思考を続ける。
これをもって、一つの試金石としたい、という頭がゲオルギウスにはあった。
現状で敵がさらなる手を出してきた場合、こちらの戦力を『多少なりとも』動かすため――つまりは『陽動の体裁』を整えるためのものである、と推定できよう。ならば、その時の敵戦力如何によっては、『本命』の戦力の巨大さが予見されることとなる。その情報は正確に得たい。 加えて――“もし”、“万が一”。『あの男』が戦場で采配を振るっているのだとしたら、エリオット・ヴァレンタインの登場をもって『機』とし得る。敵の次の一手を、引き出すことができれば、御の字。
そのことは、エリオットも理解しているのであろう。真剣な眼差しで地図を眺め、想定を深めている男に、ゲオルギウスは重ねて命じる。
「貴様が、まずは状況を動かせ。それが現状では最適手だ」
「ああ」
動くとしたら。突くとしたら――どこか。
それを想定しきった上で、敵方と遭遇し、必ず情報を持ち帰ること。
難題を前に、黒髪の青年は短く、こう応じたのだった。
「――“女王"のために。必ず」
●「【傲慢】の大侵攻」(2月21日更新)
●赤将
『やー、やっぱりダンテかぁ』
「生き意地の汚い輩ではあったからな……」
軽薄な声の主はヘクス・シャルシェレット(kz0015)。応じるゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトは不快げに鼻を鳴らした。憎々しげな言葉だが、この老人にしては些か力が弱い。
『実際、ダンテで良かったけどね。君やエリーだったら、今頃この国は終わってたわけだし』
「……まさかあいつの物ぐさに感謝する日が来ようとは、皮肉なものだ」
あえて露悪するようなヘクスの言動に、ゲオルギウスは乗っておく。彼らなりの弔辞でもあるとみえ、システィーナ・グラハム(kz0020)は止めることなく、わずかに目を伏せ、せめてその魂だけでも、光の御元にあらんことを、と祈りを捧げた。
『さて、システィーナ女王。君はダンテの動きをどう見るんだい?』
「……わたくしは、ダンテさ……ダンテ自身は依然として、陽動ではないかと思います」
ヘクスに水を向けられたシスティーナは地図を眺めながら、そう応じた。
「ひとつには、依然として彼らの戦力が分散していることです。ダンテ自身が此方の動向を引き出そうとしている状況は変わってはいません。彼らは小規模な『門』を用いて散発的に集結しているようですから、十分な戦力が集うまでは、機動戦による陽動を主にせざるを得ない……という面もありそうですけれど、わたくしの目からは積極的な軍事行動とはいい難いです」
それに、といい置いて続ける。
「彼ら、【傲慢】の性質を思えば、彼らの中では新参のダンテが主力を担うとも思えません。ゆえに、主攻はミュールか……あるいはわたくしたちが把握していない歪虚が率いるのではないでしょうか」
言葉に、ヴィオラ・フルブライト(kz0007)は頷いた。
「おそらく、主攻においては『転移』を活用するのでしょう。……重要なのは、主攻の規模と目的、でしょうね」
首脳陣内での予測では、主攻は転移機能――おそらくは、現在確認されているよりももっと強力な――ものを用いて、多量の兵を送り込むことで運用される、と考えられている。
そのために、今まで騎士団を温存して待機させていたのだ。分散された先で、一息に踏み込まれ、呑み込まれないための備えとして。王国の観測範囲を掻い潜り多量の兵を展開出来る場所は限られているが、その予測において最も重要なのは、敵が目的とする【場所】だ。セドリック・マクファーソン(kz0026)は王国の地図を見下ろしながら逡巡する。
「戦略上の要衝としては、ハルトフォート。巡礼陣起動の鍵となるアークエルスか、はたまた……」
「……おそらく、ですが」
そこで、システィーナが言葉を挟んだ。
「主攻には、王――イヴの意向が、反映されるのではないでしょうか。イヴは幾度も、王国の民を『未来の臣下』として呼びかけていましたから……おそらく、『此処』ではないかと。同時に、ダンテはその抑えとして、ハルトフォート攻略を含めた別働隊として機能しはじめるかもしれません」
「……なるほど。あくまでも狙いは王都、と」
「ええ。ただし、もっと踏み込むならば……」
システィーナは少しばかり、困った顔でこう告げた。
「この玉座、です」
●オーラン・クロス
神霊樹によるイヴとの邂逅のシミュレーションを終えたオーラン・クロスは、室内でイヴの【強制】の解析を続けていた。彼らが装着していった計測用の装置は、当然シミュレートが終わると元通りになるので、手元のデータは『彼ら』が死亡した際の記録をつけたものだ。
計算と解析、検討の手は、止まらない。
自身が"彼女"の死の記憶に縛られていることは自覚していた。だから、恐れていたのだ。これ以上、彼自身を縛る死の記憶は、自らの手を止めるには十分なものになると。
事実、今回のシミュレーションを通じて彼を縛る死の記憶は増えるばかりだった。
けれど。
ハンターたちは、笑って死んだ。納得とともに死んだ。得たものがあったと、言っていた。
――帰還後、記憶を無くしていた一人の少年を除いて。
痛みはある。苦しみも然り。それでもあるハンターは、死を覚悟したうえで『機会』と呼んでくれた。とあるハンターは、『共に進もう』と言ってくれた。
今、オーランは機会を得ている。貴重な記録をもとに、イヴの【強制】に対する手段を模索する機会を。それをもって、前に進むことができる。
シミュレーション内のこととはいえ前回の交戦報告から予想されていた推論は、今回の記録――マテリアル汚染の履歴やハンター達の反応の記録から、イヴの【強制】の特性に確信ができた。
――それに対する理論構築も、また。
現実的には、受注されるころにようやく生産を開始できる、といった程度のスケジュールになるが。
ふぅ、と、息を吐く。目処がついたところで、別な問題に頭を悩ませることになったのも、また、事実であった。
「コレを一つ開発するのに、一体いくらの資金が掛るんだろうな……」
こればっかりは、財布の紐を握るヘクス・シャルシェレットの伺いを立てなければいけない。
――"それ"がオーランの手をとめたのは、その時のことだった。
●秘陽の少女
「♪」
陽光を浴びながら、少女はくるりくるりと舞い跳ねる。
危うげなく岩場を飛び回る様子は、年ごろの少女が山遊びをしているよう。
ただし、つぎに少女が――その恐るべき身体能力で――飛びついたのは、山肌に据えられた巨大な石塔の上だった。
同じことが、王国各地で繰り広げられていた。
あるいは雪山で。あるいは森林の奥で。あるいは渓谷で。人が住まうには過酷な環境でくるりくるりと少女たちは周り、そして。
「「「"この力をくださった"、イヴ様のために!!」」」
少女たちの言葉とともに、『門』が、開いた。
巨大な『転移門』を開門するための代償か、ミュールの分体たちは引き換えに掻き消えたが、最後に残った少女は塔の上でにこやかに、はれやかに、幸せそうに笑って、"空を、見上げた"。
「見ててねイヴ様! 必ずこの国を、イヴ様に捧げるから!」
嗚呼。精一杯放たれたその声が、かき消されていく。
開門とともに吐き出される兵たちの奏でる軍靴の大合奏を見よ。
敷き詰められた行軍の合間合間に、王国各地で見られた飛行兵器や亜人、魔獣の姿まで見える。
その大波は、途切れることがない。それを見下ろして、ミュールはけらけらと陽気に飛び跳ねて、笑うのだった。
――この日、この時より、王国は未曾有の敵兵を抱えることとなった。
その多量の兵達が王都の西方に展開・集結しつつあることが警戒網に引っかかったのは、このわずか2時間後。
誇張でもなく大陸一つを丸呑みにする規模の、【傲慢】の大侵攻。それが、王国を蹂躙しはじめたのだった。
●"王"
"主攻"の存在が発覚してから、更に一時間後のことだった。騎士団、戦士団の緊急出動に沸き立つ王国の空を、暗雲がまたたく間に包み込んでいく。雷鳴とともに王国を覆った暗雲は――まるでかつての再演の如く、傲慢王イヴの姿を天上に映し出した。
“拝謁の時だ。再びの栄誉を、貴様らに授ける”
映し出されたのは、白皙の美貌を持つ、美しい男。禍々しき角が、その貌を怪しく映えさせる。
かつてとの違いは、その傍らに少女がいないことだったが――王国の民にとって、そのようなことは些事であった。幻影であると知りつつも、並のものであれば自然と膝を折りたくなるほどの威光。
“六月を経た。未来の臣下たちよ。土地を耕し、軍拡した者どもよ、褒めてつかわす。貴様らの血肉、貴様らの働きは、"未来永劫"、語り継がれることとなろう”
滅びをもたらす王は、滅びゆく世界の中で未来を語った。そして。
“恭順するならば、それも良し。この俺自身が、我が軍勢をもってはかってやろう。俺に――この運命に、抗ってみせよ。その精強をもって俺にその価値を示すがよい。
それを成さぬというのならば――”
王は一つ、言葉を切った。そして。
“――それも良い。この俺が、貴様らを正しく導いてやる。震えながら俺の到着を待つがよい。未来の民草どもよ”
甘美を孕んだ声だった。王は強さを認め、弱さを赦すと告げている。抵抗も恭順も等しく、正しく見下す、驕慢とともに。そして王は最後に、こう結んだ。
“手始めに、百万の兵と兵器をつかわそう。
奮起せよ。そして、俺に示してみせよ。貴様ら自身の価値をな”

ヘクス・シャルシェレット

ゲオルギウス・グラニフ・
グランフェルト

システィーナ・グラハム

ヴィオラ・フルブライト

セドリック・マクファーソン
「生き意地の汚い輩ではあったからな……」
軽薄な声の主はヘクス・シャルシェレット(kz0015)。応じるゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトは不快げに鼻を鳴らした。憎々しげな言葉だが、この老人にしては些か力が弱い。
『実際、ダンテで良かったけどね。君やエリーだったら、今頃この国は終わってたわけだし』
「……まさかあいつの物ぐさに感謝する日が来ようとは、皮肉なものだ」
あえて露悪するようなヘクスの言動に、ゲオルギウスは乗っておく。彼らなりの弔辞でもあるとみえ、システィーナ・グラハム(kz0020)は止めることなく、わずかに目を伏せ、せめてその魂だけでも、光の御元にあらんことを、と祈りを捧げた。
『さて、システィーナ女王。君はダンテの動きをどう見るんだい?』
「……わたくしは、ダンテさ……ダンテ自身は依然として、陽動ではないかと思います」
ヘクスに水を向けられたシスティーナは地図を眺めながら、そう応じた。
「ひとつには、依然として彼らの戦力が分散していることです。ダンテ自身が此方の動向を引き出そうとしている状況は変わってはいません。彼らは小規模な『門』を用いて散発的に集結しているようですから、十分な戦力が集うまでは、機動戦による陽動を主にせざるを得ない……という面もありそうですけれど、わたくしの目からは積極的な軍事行動とはいい難いです」
それに、といい置いて続ける。
「彼ら、【傲慢】の性質を思えば、彼らの中では新参のダンテが主力を担うとも思えません。ゆえに、主攻はミュールか……あるいはわたくしたちが把握していない歪虚が率いるのではないでしょうか」
言葉に、ヴィオラ・フルブライト(kz0007)は頷いた。
「おそらく、主攻においては『転移』を活用するのでしょう。……重要なのは、主攻の規模と目的、でしょうね」
首脳陣内での予測では、主攻は転移機能――おそらくは、現在確認されているよりももっと強力な――ものを用いて、多量の兵を送り込むことで運用される、と考えられている。
そのために、今まで騎士団を温存して待機させていたのだ。分散された先で、一息に踏み込まれ、呑み込まれないための備えとして。王国の観測範囲を掻い潜り多量の兵を展開出来る場所は限られているが、その予測において最も重要なのは、敵が目的とする【場所】だ。セドリック・マクファーソン(kz0026)は王国の地図を見下ろしながら逡巡する。
「戦略上の要衝としては、ハルトフォート。巡礼陣起動の鍵となるアークエルスか、はたまた……」
「……おそらく、ですが」
そこで、システィーナが言葉を挟んだ。
「主攻には、王――イヴの意向が、反映されるのではないでしょうか。イヴは幾度も、王国の民を『未来の臣下』として呼びかけていましたから……おそらく、『此処』ではないかと。同時に、ダンテはその抑えとして、ハルトフォート攻略を含めた別働隊として機能しはじめるかもしれません」
「……なるほど。あくまでも狙いは王都、と」
「ええ。ただし、もっと踏み込むならば……」
システィーナは少しばかり、困った顔でこう告げた。
「この玉座、です」
●オーラン・クロス
神霊樹によるイヴとの邂逅のシミュレーションを終えたオーラン・クロスは、室内でイヴの【強制】の解析を続けていた。彼らが装着していった計測用の装置は、当然シミュレートが終わると元通りになるので、手元のデータは『彼ら』が死亡した際の記録をつけたものだ。
計算と解析、検討の手は、止まらない。
自身が"彼女"の死の記憶に縛られていることは自覚していた。だから、恐れていたのだ。これ以上、彼自身を縛る死の記憶は、自らの手を止めるには十分なものになると。
事実、今回のシミュレーションを通じて彼を縛る死の記憶は増えるばかりだった。
けれど。
ハンターたちは、笑って死んだ。納得とともに死んだ。得たものがあったと、言っていた。
――帰還後、記憶を無くしていた一人の少年を除いて。
痛みはある。苦しみも然り。それでもあるハンターは、死を覚悟したうえで『機会』と呼んでくれた。とあるハンターは、『共に進もう』と言ってくれた。
今、オーランは機会を得ている。貴重な記録をもとに、イヴの【強制】に対する手段を模索する機会を。それをもって、前に進むことができる。
シミュレーション内のこととはいえ前回の交戦報告から予想されていた推論は、今回の記録――マテリアル汚染の履歴やハンター達の反応の記録から、イヴの【強制】の特性に確信ができた。
――それに対する理論構築も、また。
現実的には、受注されるころにようやく生産を開始できる、といった程度のスケジュールになるが。
ふぅ、と、息を吐く。目処がついたところで、別な問題に頭を悩ませることになったのも、また、事実であった。
「コレを一つ開発するのに、一体いくらの資金が掛るんだろうな……」
こればっかりは、財布の紐を握るヘクス・シャルシェレットの伺いを立てなければいけない。
――"それ"がオーランの手をとめたのは、その時のことだった。
●秘陽の少女

ミュール
陽光を浴びながら、少女はくるりくるりと舞い跳ねる。
危うげなく岩場を飛び回る様子は、年ごろの少女が山遊びをしているよう。
ただし、つぎに少女が――その恐るべき身体能力で――飛びついたのは、山肌に据えられた巨大な石塔の上だった。
同じことが、王国各地で繰り広げられていた。
あるいは雪山で。あるいは森林の奥で。あるいは渓谷で。人が住まうには過酷な環境でくるりくるりと少女たちは周り、そして。
「「「"この力をくださった"、イヴ様のために!!」」」
少女たちの言葉とともに、『門』が、開いた。
巨大な『転移門』を開門するための代償か、ミュールの分体たちは引き換えに掻き消えたが、最後に残った少女は塔の上でにこやかに、はれやかに、幸せそうに笑って、"空を、見上げた"。
「見ててねイヴ様! 必ずこの国を、イヴ様に捧げるから!」
嗚呼。精一杯放たれたその声が、かき消されていく。
開門とともに吐き出される兵たちの奏でる軍靴の大合奏を見よ。
敷き詰められた行軍の合間合間に、王国各地で見られた飛行兵器や亜人、魔獣の姿まで見える。
その大波は、途切れることがない。それを見下ろして、ミュールはけらけらと陽気に飛び跳ねて、笑うのだった。
――この日、この時より、王国は未曾有の敵兵を抱えることとなった。
その多量の兵達が王都の西方に展開・集結しつつあることが警戒網に引っかかったのは、このわずか2時間後。
誇張でもなく大陸一つを丸呑みにする規模の、【傲慢】の大侵攻。それが、王国を蹂躙しはじめたのだった。
●"王"
"主攻"の存在が発覚してから、更に一時間後のことだった。騎士団、戦士団の緊急出動に沸き立つ王国の空を、暗雲がまたたく間に包み込んでいく。雷鳴とともに王国を覆った暗雲は――まるでかつての再演の如く、傲慢王イヴの姿を天上に映し出した。
“拝謁の時だ。再びの栄誉を、貴様らに授ける”
映し出されたのは、白皙の美貌を持つ、美しい男。禍々しき角が、その貌を怪しく映えさせる。
かつてとの違いは、その傍らに少女がいないことだったが――王国の民にとって、そのようなことは些事であった。幻影であると知りつつも、並のものであれば自然と膝を折りたくなるほどの威光。
“六月を経た。未来の臣下たちよ。土地を耕し、軍拡した者どもよ、褒めてつかわす。貴様らの血肉、貴様らの働きは、"未来永劫"、語り継がれることとなろう”
滅びをもたらす王は、滅びゆく世界の中で未来を語った。そして。
“恭順するならば、それも良し。この俺自身が、我が軍勢をもってはかってやろう。俺に――この運命に、抗ってみせよ。その精強をもって俺にその価値を示すがよい。
それを成さぬというのならば――”
王は一つ、言葉を切った。そして。
“――それも良い。この俺が、貴様らを正しく導いてやる。震えながら俺の到着を待つがよい。未来の民草どもよ”
甘美を孕んだ声だった。王は強さを認め、弱さを赦すと告げている。抵抗も恭順も等しく、正しく見下す、驕慢とともに。そして王は最後に、こう結んだ。
“手始めに、百万の兵と兵器をつかわそう。
奮起せよ。そして、俺に示してみせよ。貴様ら自身の価値をな”
●「天高く震えよ、赤き焔」(4月11日更新)
●とある古ぼけた紙片より
王国暦1019年春、グラズヘイム王国西砦ハルトフォートは陥落した。
敵は百万、尽きせぬ歪虚の波濤に王国各地は見る間に疲弊し虚無に覆われゆく。覚醒者の献身がどれ程の敵勢を削ろうと、連綿と続く虚無が体力を、そして精神を奪い去る。故に砦の陥落は避けられぬ悲劇であり、そこから逃れる人々の列はさながら葬列であった。
然れども忘れてはならぬ。
かの砦が九年もの間、増改築されながらリベルタースの敵を防ぎ続けた堅牢なる要害であったことを。
忘れてはならぬ。
此度においても優勢なる敵軍を縫い止め、貴重な時を稼いだことを。
忘れてはならぬ。
敵攻勢を削ぎ、命を燃やすが如き粘闘を繰り広げたのち、脱出に際しては可能な限り砦を自ら破壊してまで敵に休息を与えまいとした、徹底的な敢闘精神を。
かくして西砦ハルトフォートは崩れ去り、されど人々の炎は消えぬ。
王国暦1019年四月、ハルトフォートより東にして王都より西、ティベリス河にやや近いなだらかな平野にて、両軍はぶつかった。
王国混成軍を率いるは王国騎士団黒の隊、エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)。対する傲慢歪虚軍、全権を預かるは――かつての王国騎士団赤の隊隊長、ダンテ・バルカザール。
●王都、反撃の狼煙
ハルトフォート陥落の報より数日前。
「傲慢王イヴは王都――ひいては玉座を狙う。それはかの仇敵ベリアルの習性から考えても間違いなかろう」
王都イルダーナ、第六城壁上から出陣する王国軍を見送りながら、現在の騎士団長ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトは言う。
確かめることで心を落ち着けようとしているようだ、とヘクス・シャルシェレット(kz0015)は杖と胸壁に身体を預けたまま笑う。
「傲慢の性なんだろうねぇ」
「性、で王のように人に【強制】までできる奴ばらめが羨ましくなる。おかげで栄えある王都はこの有様よ」
「それでもやる他なかったのであろう? 政を司る私にとって見たくもない光景だが」
ゲオルギウスが嘆息し、セドリック・マクファーソン(kz0026)が顔をしかめる。
後ろに広がる王都は、ひっそりと静まり返っている。外へ避難する者は脱出させ、残る者はすぐに各所の地下に逃げ込めるよう通達した。一般人が広域の【強制】にでもかかろうものなら恐ろしい窮地に陥るからだ。
辛気臭い雰囲気の二人。が、残る一人は戦地へ赴く兵に呑気に手を振っている。
「あっはは、二人してため息ついて兄弟かな? 次のお祭りの出し物にでもしてみなよ」
「……相変わらず愉快な性格をしているようで何よりだ、シャルシェレット卿」
「ありがとう。大司教サマからお墨付きをもらえるなんて僕は今後楽しく生きられそうだ」
もはや身体を自由に動かすこともままならないヘクスが、器用に口角を上げて受け流す。
「“今後”がどれ程あるかは分からないけどね。でもおかげで僕は金にあかせて幾らかの傲慢対策は施せた。凄くない? 携帯型法術陣だよ。出資した甲斐があったなぁ。君らはどうなんだい?」
「――老後の蓄えを崩して備えはした」
苦渋の決断であったことを滲ませるゲオルギウスの言に、珍しくセドリックが苦笑を漏らす。
「騎士団長には聖堂教会の特別製を用意した。その上で大聖堂の結界内で指揮を執ればよかろう」
「なら問題ないね。……やることは、ない、か」
敵首魁が姿を現さない今、むやみに動くべきではない。それは逆に隙になる。
今、動いているのは――。
「……頼んだぜ、エリー。そして可愛いシスティーナ」
眼下を巨大な人型兵器が進んでいく。Gnome、Volcanius、ルクシュヴァリエ。戦列の中には他にCAM系列や魔導アーマー系列の姿も見えるが、王国人としてはやはり王国産に目がいってしまう。
「“ソイツ”、高いんだからさ。うまく使いなよ」
ヘクスは遥か西の地に思いを馳せる。
想定通りならばじきに西砦は落ちる。おそらく敵は――ダンテならば――砦跡とも言うべき廃墟を占拠し篭りはしないだろう。
故に、野戦。
Volcanius(砲)が耕し、Gnome(盾)が防ぎ、ルクシュヴァリエ(剣)が刈り取り人がゆく。
新たな王国の戦を見せてくれよう。
●王、二人と一匹
「殿下、いえ女王陛下……」
ヴィオラ・フルブライト(kz0007)の声色は優しく、そして深い苦悩を感じさせた。
冷徹に聖堂戦士団を率いる女傑が実は情に厚いことをシスティーナ・グラハム(kz0020)は知っている。ホロウレイドの敗戦後まもなく戦士団長となった彼女との付き合いは、早くも九年。少し年の離れた姉のようなものだった。
その彼女を不安にさせなければならないことが、少し苦しい。けれどこれ自体に後悔はない。
システィーナは何かあればグズりそうな姉に微笑み、続きそうな言葉を妨げた。
「“上りましょう”。そのためにわたくしは王都を離れたのです」
自分にも役目がある。ただ退避しておくだけではなく。だから都を出た。だからここに来た。
「ユグディラの女王、貴女には申し訳なく思います。結局“あれから”十分に溜めることができたのか分かりません。こちらに過負荷がかかる危険性は拭えませんでした」
システィーナの肩に腰掛けた猫の女王は、何も言わずただ慈しむように目を細めている。
何とかしたかったという気持ちだけでいいと慰められているよう。システィーナは一瞬だけ眉を寄せ、すぐに微笑を返した。
「“その時”は、わたくしもお供いたします」
「…………、先導します。……システィーナさま」
ヴィオラが扉を開く。システィーナは天高く聳えるそれを見上げると、瞑目して光に祈りを捧げた。
この塔――グラズヘイム王国千年の秘儀、巡礼陣と呼ばれる国土法術陣二度目の起動が成功するように、と……。
「“さあ、上陸の準備だ。未来の臣民たちにこの俺の王道を見せてやろう”」
傲慢王イヴは哄笑する。
下々の者たちによって暖められた大地を、燃え盛る砦と軍勢を思い。
これぞ我が舞台。
これぞ我が未来の臣民たちの歓迎。
この熱こそが虚無の王をさらなる次元へと押し上げてくれる!
焔。
焔だ。
心地良い焔に身を委ね、王は恋のように心を焦がす。
「“下界”は今どうなっているのだろうな。早く……早く俺に見せてくれ……ふふ……ふははは……フゥーアハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

エリオット・ヴァレンタイン

ダンテ・バルカザール
敵は百万、尽きせぬ歪虚の波濤に王国各地は見る間に疲弊し虚無に覆われゆく。覚醒者の献身がどれ程の敵勢を削ろうと、連綿と続く虚無が体力を、そして精神を奪い去る。故に砦の陥落は避けられぬ悲劇であり、そこから逃れる人々の列はさながら葬列であった。
然れども忘れてはならぬ。
かの砦が九年もの間、増改築されながらリベルタースの敵を防ぎ続けた堅牢なる要害であったことを。
忘れてはならぬ。
此度においても優勢なる敵軍を縫い止め、貴重な時を稼いだことを。
忘れてはならぬ。
敵攻勢を削ぎ、命を燃やすが如き粘闘を繰り広げたのち、脱出に際しては可能な限り砦を自ら破壊してまで敵に休息を与えまいとした、徹底的な敢闘精神を。
かくして西砦ハルトフォートは崩れ去り、されど人々の炎は消えぬ。
王国暦1019年四月、ハルトフォートより東にして王都より西、ティベリス河にやや近いなだらかな平野にて、両軍はぶつかった。
王国混成軍を率いるは王国騎士団黒の隊、エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)。対する傲慢歪虚軍、全権を預かるは――かつての王国騎士団赤の隊隊長、ダンテ・バルカザール。
●王都、反撃の狼煙

ゲオルギウス・グラニフ・
グランフェルト

ヘクス・シャルシェレット

セドリック・マクファーソン
「傲慢王イヴは王都――ひいては玉座を狙う。それはかの仇敵ベリアルの習性から考えても間違いなかろう」
王都イルダーナ、第六城壁上から出陣する王国軍を見送りながら、現在の騎士団長ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトは言う。
確かめることで心を落ち着けようとしているようだ、とヘクス・シャルシェレット(kz0015)は杖と胸壁に身体を預けたまま笑う。
「傲慢の性なんだろうねぇ」
「性、で王のように人に【強制】までできる奴ばらめが羨ましくなる。おかげで栄えある王都はこの有様よ」
「それでもやる他なかったのであろう? 政を司る私にとって見たくもない光景だが」
ゲオルギウスが嘆息し、セドリック・マクファーソン(kz0026)が顔をしかめる。
後ろに広がる王都は、ひっそりと静まり返っている。外へ避難する者は脱出させ、残る者はすぐに各所の地下に逃げ込めるよう通達した。一般人が広域の【強制】にでもかかろうものなら恐ろしい窮地に陥るからだ。
辛気臭い雰囲気の二人。が、残る一人は戦地へ赴く兵に呑気に手を振っている。
「あっはは、二人してため息ついて兄弟かな? 次のお祭りの出し物にでもしてみなよ」
「……相変わらず愉快な性格をしているようで何よりだ、シャルシェレット卿」
「ありがとう。大司教サマからお墨付きをもらえるなんて僕は今後楽しく生きられそうだ」
もはや身体を自由に動かすこともままならないヘクスが、器用に口角を上げて受け流す。
「“今後”がどれ程あるかは分からないけどね。でもおかげで僕は金にあかせて幾らかの傲慢対策は施せた。凄くない? 携帯型法術陣だよ。出資した甲斐があったなぁ。君らはどうなんだい?」
「――老後の蓄えを崩して備えはした」
苦渋の決断であったことを滲ませるゲオルギウスの言に、珍しくセドリックが苦笑を漏らす。
「騎士団長には聖堂教会の特別製を用意した。その上で大聖堂の結界内で指揮を執ればよかろう」
「なら問題ないね。……やることは、ない、か」
敵首魁が姿を現さない今、むやみに動くべきではない。それは逆に隙になる。
今、動いているのは――。
「……頼んだぜ、エリー。そして可愛いシスティーナ」
眼下を巨大な人型兵器が進んでいく。Gnome、Volcanius、ルクシュヴァリエ。戦列の中には他にCAM系列や魔導アーマー系列の姿も見えるが、王国人としてはやはり王国産に目がいってしまう。
「“ソイツ”、高いんだからさ。うまく使いなよ」
ヘクスは遥か西の地に思いを馳せる。
想定通りならばじきに西砦は落ちる。おそらく敵は――ダンテならば――砦跡とも言うべき廃墟を占拠し篭りはしないだろう。
故に、野戦。
Volcanius(砲)が耕し、Gnome(盾)が防ぎ、ルクシュヴァリエ(剣)が刈り取り人がゆく。
新たな王国の戦を見せてくれよう。
●王、二人と一匹

ヴィオラ・フルブライト

システィーナ・グラハム

ユグディラ女王
ヴィオラ・フルブライト(kz0007)の声色は優しく、そして深い苦悩を感じさせた。
冷徹に聖堂戦士団を率いる女傑が実は情に厚いことをシスティーナ・グラハム(kz0020)は知っている。ホロウレイドの敗戦後まもなく戦士団長となった彼女との付き合いは、早くも九年。少し年の離れた姉のようなものだった。
その彼女を不安にさせなければならないことが、少し苦しい。けれどこれ自体に後悔はない。
システィーナは何かあればグズりそうな姉に微笑み、続きそうな言葉を妨げた。
「“上りましょう”。そのためにわたくしは王都を離れたのです」
自分にも役目がある。ただ退避しておくだけではなく。だから都を出た。だからここに来た。
「ユグディラの女王、貴女には申し訳なく思います。結局“あれから”十分に溜めることができたのか分かりません。こちらに過負荷がかかる危険性は拭えませんでした」
システィーナの肩に腰掛けた猫の女王は、何も言わずただ慈しむように目を細めている。
何とかしたかったという気持ちだけでいいと慰められているよう。システィーナは一瞬だけ眉を寄せ、すぐに微笑を返した。
「“その時”は、わたくしもお供いたします」
「…………、先導します。……システィーナさま」
ヴィオラが扉を開く。システィーナは天高く聳えるそれを見上げると、瞑目して光に祈りを捧げた。
この塔――グラズヘイム王国千年の秘儀、巡礼陣と呼ばれる国土法術陣二度目の起動が成功するように、と……。
「“さあ、上陸の準備だ。未来の臣民たちにこの俺の王道を見せてやろう”」
傲慢王イヴは哄笑する。
下々の者たちによって暖められた大地を、燃え盛る砦と軍勢を思い。
これぞ我が舞台。
これぞ我が未来の臣民たちの歓迎。
この熱こそが虚無の王をさらなる次元へと押し上げてくれる!
焔。
焔だ。
心地良い焔に身を委ね、王は恋のように心を焦がす。
「“下界”は今どうなっているのだろうな。早く……早く俺に見せてくれ……ふふ……ふははは……フゥーアハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
●「狭間に揺蕩いし虚無」(4月26日更新)

ヴァルナ=エリゴス

誠堂 匠

ボルディア・コンフラムス

エリオット・ヴァレンタイン
その戦場は静寂に包まれていた。
木の葉を揺らす微風が遠く鉄と死の臭いを運んでくる。微かに鬨の声が響き、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)は痛ましげに眉根を寄せた。
「“あの時”の貴方の献身を、忘れません」
眼前では虚無の残滓が空へと立ち昇り、消えていく。木漏れ日を逆に辿るようなその道行きはきっと穏やかで、だからこそこの人には退屈すぎるだろうと思う。
「……一足早い安息を」
青年が地に遺された魔剣を前に一礼する。
王国騎士団黒の隊、隊長の懐刀と称されるに相応しい智勇をこれまで示してきた誠堂 匠(ka2876)にとって、この人は半分同僚のようなものだ。王国に殉じた男を屠ってやれたことに安堵を覚える。
匠は対傲慢試作刀の鍔を鳴らし、踵を返す。
入れ替わるように赤の隊の騎士たちが魔剣に寄り、慎重に歪虚汚染の有無を確認する。ボルディア・コンフラムス(ka0796)は痛む全身に鞭打ち匠に続くと、一つ息を吐いた。
「やっと往生したと思えば剣なんざ遺しやがって。全く諦めの悪いヤツだ、生前からよ」
死力を尽くして戦った敵に向けた、ボルディアなりの褒め言葉を口にする。
まだ傲慢王がいる。邪神なんてものまでいる。だからこそ生き意地の汚い敵ほど強大な壁となるような気がした。
一つの終焉。しかし戦闘はまだ終わっていない。
彼らがその戦場を後にし、本隊のもとへ戻ろうとした――その時だった。
遥か東――王都方面の空に、何かが降ってきたのは。
それは、エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)が黒の隊を率いて敵中央と左翼の間隙を衝いた時だった。
比較的よくまとまった強力な敵集団の横腹を直撃し、彼自ら剣を振るううちに抵抗していた歪虚どもが動きを止めた。この機を逃すなと命じつつもエリオットは敵の視線を追い、そこで目の当たりにしたのだ。
遥か東、王都方面の空に、大きな影が降り注いでくるのを。
――あれは、何だ?
馬上で敵を斬り捨てながらエリオットは思考する。が、そんな地上の人間の懊悩なぞ吹き飛ばすかの如く影は大きくなっていく。そのうちに王国軍全体が事態に気付き、ざわめきが広がる段に至ってようやく“影は影でなかった”ことを理解した。
影は、大陸であった。
空に亀裂が走ったようにぽっかりと浮いていた黒い影は、高度を下げるに従ってその全体像を露わにしていく。直下にいる者にとってはまるで理解できない影――空に開いた穴と誤認するかもしれないが、離れたここからならばよく見える。
それは、この場からすら感じ取れる程に莫大な歪虚の闇を内包した、浮遊大陸であった。
――あれこそがイヴなる傲慢王の本拠地、か……!
エリオットは根拠もなく確信した。
この千年王国を苦しめてきた諸悪の根源が、あの歪み虚ろなる浮遊大陸だと……。
●天闇と地光

ゲオルギウス・グラニフ・
グランフェルト

ヘクス・シャルシェレット
待ち望んでいた朗報に誰もが沸いた。聖ヴェレニウス大聖堂に臨時設置した騎士団仮説司令部、そこに詰める者は――ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトを除いて全てが歓声を上げた。
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)は瞑目して深く息を吐いた老団長の肩を軽く叩き、露悪的な笑みを浮かべる。
「悪友のダンテ君に会えなくて残念だったね」
「……ふん、あれが友であるものか」
言いながらも表情には喜び以外の感情が見えている。どうからかってやろうかとヘクスが思案した、まさにその時だった。
『これよりお前たちの王が入城する。我が未来の臣民たちに俺を出迎える栄誉を与えよう』
低いようにも高いようにも聴こえる忌まわしい声。忘れもしないその声の主は、敵首魁、傲慢王イヴ。
沸き立っていた騎士たちが静まり返り、ゲオルギウスが窓際へ駆け寄る。ヘクスは杖を突いて歩きながらイヴの宣告を聴く。
『六月もの時を与え、先触れも遣わしてやった。今さら見苦しく用意するものなどよもやあるまい? 故に俺は命じよう。お前たちはただ待てばよい』
きぃん、と割れるような音が響く。結界。児戯の如き命令で教会渾身のそれが剥がされる。慌てて再構築する教会の聖導士たちを尻目にヘクスは扉に手をかける。ぎぃ、と重々しく開かれたその先には光ある王都――ではない、昏き影に覆われた王都が広がっている。
『む、見えてきたぞ、地上におけるこの俺の城が。……ほう? なるほど』
“地上における”。
ヘクスは込み上げてくる笑いをそのまま漏らし、天を仰ぐ。
王都直上よりもやや南、だろう。対象が遠く巨大すぎてまるで距離感が掴めない。
『趣のある城ではないか。俺の大陸には劣るが、悪くない。幻影越しではなく俺自身の目で見れば変わるものだな……』
――大陸。俺の大陸ときた。はは……そういうことか。
空に開いた穴のようにも見えるあれはどうやら大陸らしい。道理で百万もの戦力を吐き出せるわけだ、とヘクスは得心する。
立札なるイヴの転移門によって軍勢を送り込んでいるのは分かっていた。ならその立札が繋がっている先はどこか。その答えがあれだ。そしてこの事態は同時に、王都の危機に直結している。
転移によって攻められるのなら、仮に王都内部に立札を構築されてもどうにかできた。一度に襲来する敵が限られるからだ。実際ハンターと協力しベリアルもメフィストも撃退してきた。だが大陸、敵本拠地ごと王都に乗りつけられたら……。
「……ま、この身体にも使い道ができたってことか。――さて」
『まずは褒めてつかわす。その城はこのイヴが使ってやろう』
ヘクスが王城へ向けて歩き出すと、背後、南東の方から耳をつんざく轟音がした。肩越しに振り返れば白煙が立ち上っている。敵は陸からも攻めてきたらしい。
周到。いや、アイテルカイト的に考えれば王の親征を派手にしたいだけかもしれない。
ともあれこれで“道”は定まった。ヘクスは薄く笑う。
『――不遜極まるファナティックブラッドをこの俺が滅するまで、な』
――せいぜい足掻くとしようか。エクラがこの地に満ちるまで、さ。
●「響きわたれ、抗命の鐘」(5月23日更新)
敬虔なエクラ教徒にとってそれは、あまりに示唆的な光景であった。
王都を覆う浮遊大陸。それこそが、傲慢の王たるイヴの居城である。千年王国の王都イルダーナを睥睨する威容は、暗雲の如く大地に厚い影を落としている。エクラそのものともいえる、陽光をも遮って。
それが傲慢王の意図するところであるかは定かではない。ただ、事実としてそう在る、ということだけ。
冒涜的。涜神的。ばかりか、その大陸より吐き出され黒波の如く迫る敵軍に、王都イルダーナは総力戦へと落とし込まれている。騎士も、聖職者も、そこに残ることを選んだ民も、いずれもが防衛戦へと駆り出され、奮戦している。
生活圏の拡大とともに築き上げられた幾重もの防壁――千年という時の象徴ともいうべきそれを消耗させながら、いつ終わるともしれぬ戦火の中、王国の民は抗い続けている。
誰も、彼もが。
●
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)は今、一人だった。
王都全土を包む戦火の中で、此処だけは静寂を保っている。そこにただ一つ据えられた『ソレ』を眺めながら――思い返されるのは、彼が聖堂教会をあとにした際の光景であった。
―・―
「どこへ行くつもりだ?」
老人――ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトの声に、ヘクスは歩みを止めた。傲慢王イヴの声を受け、たちまち戦場に転じた王都は混乱に包まれている。にもかかわらず、老騎士団長は怜悧な視線をヘクスへと向けていた。
「家に帰るのさ。もう僕にできることは終わったしね」
「その身体でか?」
「此処じゃあもう、結界のために人手は避けないだろう? それに、一応準備はしていたのさ」
ヘクスが捲った服の裾に、複雑に描かれた紋様が光を放つさまを見て、ゲオルギウスは短く嘆息した。その様を見て、ヘクスは口の端をつりあげると。
「君こそ良いのかい、騎士団長さま?」
「どれだけの時間をかけて、この時のための準備をしてきたと思っている」
イヴの宣戦布告を受けて以降、ただ兵を教練して備えていただけではない。確度の高い情報をすり合わせて、想定した敵進路は幾重にも。傲慢の特性や、過去の――神霊樹を含めた――言動から想定される【傲慢王】の性質から想定される『目標』。
時間経過と共に、情報はより正確になり、想定される経路も加速度的に狭まっていく。
真に驚嘆した想定外といえば百万にも及ぶという敵軍と――あの浮遊大陸ぐらいのものであろう。圧倒的な物量に、王国の限られた戦力は摩耗を重ねる。それでも少なくない犠牲と、ハンターたちの尽力を経てたどり着いた分水嶺だ。それでも、フライング・システィーナ号の存在に救われる――というのは、数奇なものを感じなくもない、が。
「…………」
だからこそ、ゲオルギウスには解るのだ。この戦場は――あまりにも、正攻法すぎる。転移門を全力で活用しての多量の物資も、聖堂教会による強固な治療体制を活かした戦場も、
「ベリト……メフィストの一件を鑑みても、巡礼陣の効果は限定的だろうよ。ましては、【王】となればな。陣の性質を鑑みても、短期決戦を図るしかないが――そのためには、奴らの陣容を突破せねばならん」
――それだけでは不足していると。
決して吐き出すわけにはいかぬ指揮官の孤独。だから、であろうか。事態が極まった此処に至り、不意にその姿を求めてしまったのは。
「我々が摩耗するか、かの王が玉座への執着を捨てた時が、我々の敗北だ。あの城であれば、ただこの地へと下ろすだけで決着がつく」
王に『牙』を届けるための『足』と、『盾』は在る。
――足りないのは、『道』だ。
打てる手はすべて打った。故に――この状況は、老練の騎士をしても苦く、痛みを伴う。ハンターたちの命を徒に散らすわけには、いかない。いつしかゲオルギウスは、ヘクスの腕を握り締めていた。厳しい視線に宿る激情に晒されたヘクスは、「痛いよ」と笑いながら、その手を振り払うと。
「……そう、だね」
そう言って、今度こそ背を向けた。
「やれるだけのことはするさ。あとは、システィーナと上手くやってくれよ」
―・―
あの時、あの老人はどういう顔をしていたのだろうか。
『最後』に、その光景を見ておくべきだったかな、と。そんなことを考えながら、彼はとある魔導具を起動した。
●
「酷いよね。だって、戦いになって苦しむのは、いつだって、力のない“ミュール達”なのに」
頬をぷくっと膨らませたミュールが、そんな言葉を呟いた。
王都に乗り込んだのはいいが、既に一般市民は避難済みだった。
そう……一般市民と認識されている人々は。
「人の本質は悪だ」
青髪が風に流れるのを気にした様子なく、ティオリオスが言う。
二人の眼前には逃げ遅れた……いや、取り残されたのか、自分から残ったのか、そんな人間達が隅に寄り集まって固まっていた。
その存在にミュールとティオリオスは手を下す事なく王城へ意識を向ける。
今は一刻も早く玉座に向かわなければいけないのだから。
「どんなに正義を振りかざしても、人の本質は変わらない。妬み、恨み、そして、後悔……底なしの海底に沈んでいるのだ」
「だけど、イヴ様なら、それを変えられる。イヴ様なら、全てを導いてくれる! “ミュール達”はイヴ様が思うがままにしていればいいの!」
くるくると回ってドレスの裾を揺らすミュールは両手を天へと向けた。
偉大なる傲慢の王に届くように。
「イヴ様の玉座。誰にも触れさせない!」
「ならば、さっさと行くぞ。偉大なる傲慢王に最も近い従者よ」
「うん!」
笑顔を見せてミュールは走り出した。それに付いていく形でティオリオスは大股で歩く。
そんな二人の背後を――数える事が馬鹿らしい程の傲慢歪虚が続いていた。
●
「存外、佳いものではないか。俺の未来の臣民どもは」
天空に浮かぶ城。玉座に座したイヴは虚空に浮かべたいくつもの幻影を眺めながら、恭悦の笑みを浮かべていた。 「貴様らのその足掻きも、我が軍勢の歩みも、全てが俺の意の通り……磨き上げられた傑物こそが、栄えある贄に相応しいのだから」
彼の目には幾重にも重なる巡礼陣のマテリアルの光輝と、それを成すための超大な術式が見えていた。超高度から俯瞰し、こうして『降りて』目にすることで、その術式の有用性が確信できる。
これならば。傲慢の王であるイヴにとっての不倶戴天――つまりは、『邪神』。それを滅するための素地が、この国には芽吹いているのだと。
傲慢の王、ゆえに必定となった『叛逆』。
その礎となる王国全土に住まう『未来の臣民』の奮戦を睥睨し、イヴは愉悦を深めていた。
――と、そこに。
『やあ、紳士淑女のみんな、聞こえているかな? 見えているかな?』
かつて、システィーナ・グラハム(kz0020)が用いた魔導機械での通信が、王都全域へと響き始めた。
●
『うん、大丈夫そうだ。それじゃあ、続けよう。僕はヘクス・シャルシェレット』
空に映し出された幻影に、大写しになったヘクスは微笑みを浮かべたまま、数歩引き下がると、画面の中央に、石造りの――豪奢な装飾が成された石椅子が目に入る。
『そしてこちらが、我らが千年王国の――そう、建国以来綿々と受け継がれる、この国の象徴たる玉座だ。どうだい、結構立派なもんだろう?』
玉座に肘をつくようにしてしなだれたヘクスはそこで、真っ向に――その映像の先を見つめるようにして、破顔した。
『突然だけど、準備ができ次第この玉座は爆発させてもらうよ。どこの馬の骨とも知らないイヴなんかに座られたら、僕のご先祖さまに申し訳がたたないからね!』
王都を覆う浮遊大陸。それこそが、傲慢の王たるイヴの居城である。千年王国の王都イルダーナを睥睨する威容は、暗雲の如く大地に厚い影を落としている。エクラそのものともいえる、陽光をも遮って。
それが傲慢王の意図するところであるかは定かではない。ただ、事実としてそう在る、ということだけ。
冒涜的。涜神的。ばかりか、その大陸より吐き出され黒波の如く迫る敵軍に、王都イルダーナは総力戦へと落とし込まれている。騎士も、聖職者も、そこに残ることを選んだ民も、いずれもが防衛戦へと駆り出され、奮戦している。
生活圏の拡大とともに築き上げられた幾重もの防壁――千年という時の象徴ともいうべきそれを消耗させながら、いつ終わるともしれぬ戦火の中、王国の民は抗い続けている。
誰も、彼もが。
●

ヘクス・シャルシェレット

ゲオルギウス・グラニフ・
グランフェルト
王都全土を包む戦火の中で、此処だけは静寂を保っている。そこにただ一つ据えられた『ソレ』を眺めながら――思い返されるのは、彼が聖堂教会をあとにした際の光景であった。
―・―
「どこへ行くつもりだ?」
老人――ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトの声に、ヘクスは歩みを止めた。傲慢王イヴの声を受け、たちまち戦場に転じた王都は混乱に包まれている。にもかかわらず、老騎士団長は怜悧な視線をヘクスへと向けていた。
「家に帰るのさ。もう僕にできることは終わったしね」
「その身体でか?」
「此処じゃあもう、結界のために人手は避けないだろう? それに、一応準備はしていたのさ」
ヘクスが捲った服の裾に、複雑に描かれた紋様が光を放つさまを見て、ゲオルギウスは短く嘆息した。その様を見て、ヘクスは口の端をつりあげると。
「君こそ良いのかい、騎士団長さま?」
「どれだけの時間をかけて、この時のための準備をしてきたと思っている」
イヴの宣戦布告を受けて以降、ただ兵を教練して備えていただけではない。確度の高い情報をすり合わせて、想定した敵進路は幾重にも。傲慢の特性や、過去の――神霊樹を含めた――言動から想定される【傲慢王】の性質から想定される『目標』。
時間経過と共に、情報はより正確になり、想定される経路も加速度的に狭まっていく。
真に驚嘆した想定外といえば百万にも及ぶという敵軍と――あの浮遊大陸ぐらいのものであろう。圧倒的な物量に、王国の限られた戦力は摩耗を重ねる。それでも少なくない犠牲と、ハンターたちの尽力を経てたどり着いた分水嶺だ。それでも、フライング・システィーナ号の存在に救われる――というのは、数奇なものを感じなくもない、が。
「…………」
だからこそ、ゲオルギウスには解るのだ。この戦場は――あまりにも、正攻法すぎる。転移門を全力で活用しての多量の物資も、聖堂教会による強固な治療体制を活かした戦場も、
「ベリト……メフィストの一件を鑑みても、巡礼陣の効果は限定的だろうよ。ましては、【王】となればな。陣の性質を鑑みても、短期決戦を図るしかないが――そのためには、奴らの陣容を突破せねばならん」
――それだけでは不足していると。
決して吐き出すわけにはいかぬ指揮官の孤独。だから、であろうか。事態が極まった此処に至り、不意にその姿を求めてしまったのは。
「我々が摩耗するか、かの王が玉座への執着を捨てた時が、我々の敗北だ。あの城であれば、ただこの地へと下ろすだけで決着がつく」
王に『牙』を届けるための『足』と、『盾』は在る。
――足りないのは、『道』だ。
打てる手はすべて打った。故に――この状況は、老練の騎士をしても苦く、痛みを伴う。ハンターたちの命を徒に散らすわけには、いかない。いつしかゲオルギウスは、ヘクスの腕を握り締めていた。厳しい視線に宿る激情に晒されたヘクスは、「痛いよ」と笑いながら、その手を振り払うと。
「……そう、だね」
そう言って、今度こそ背を向けた。
「やれるだけのことはするさ。あとは、システィーナと上手くやってくれよ」
―・―
あの時、あの老人はどういう顔をしていたのだろうか。
『最後』に、その光景を見ておくべきだったかな、と。そんなことを考えながら、彼はとある魔導具を起動した。
●

ミュール
頬をぷくっと膨らませたミュールが、そんな言葉を呟いた。
王都に乗り込んだのはいいが、既に一般市民は避難済みだった。
そう……一般市民と認識されている人々は。
「人の本質は悪だ」
青髪が風に流れるのを気にした様子なく、ティオリオスが言う。
二人の眼前には逃げ遅れた……いや、取り残されたのか、自分から残ったのか、そんな人間達が隅に寄り集まって固まっていた。
その存在にミュールとティオリオスは手を下す事なく王城へ意識を向ける。
今は一刻も早く玉座に向かわなければいけないのだから。
「どんなに正義を振りかざしても、人の本質は変わらない。妬み、恨み、そして、後悔……底なしの海底に沈んでいるのだ」
「だけど、イヴ様なら、それを変えられる。イヴ様なら、全てを導いてくれる! “ミュール達”はイヴ様が思うがままにしていればいいの!」
くるくると回ってドレスの裾を揺らすミュールは両手を天へと向けた。
偉大なる傲慢の王に届くように。
「イヴ様の玉座。誰にも触れさせない!」
「ならば、さっさと行くぞ。偉大なる傲慢王に最も近い従者よ」
「うん!」
笑顔を見せてミュールは走り出した。それに付いていく形でティオリオスは大股で歩く。
そんな二人の背後を――数える事が馬鹿らしい程の傲慢歪虚が続いていた。
●

天空に浮かぶ城。玉座に座したイヴは虚空に浮かべたいくつもの幻影を眺めながら、恭悦の笑みを浮かべていた。 「貴様らのその足掻きも、我が軍勢の歩みも、全てが俺の意の通り……磨き上げられた傑物こそが、栄えある贄に相応しいのだから」
彼の目には幾重にも重なる巡礼陣のマテリアルの光輝と、それを成すための超大な術式が見えていた。超高度から俯瞰し、こうして『降りて』目にすることで、その術式の有用性が確信できる。
これならば。傲慢の王であるイヴにとっての不倶戴天――つまりは、『邪神』。それを滅するための素地が、この国には芽吹いているのだと。
傲慢の王、ゆえに必定となった『叛逆』。
その礎となる王国全土に住まう『未来の臣民』の奮戦を睥睨し、イヴは愉悦を深めていた。
――と、そこに。
『やあ、紳士淑女のみんな、聞こえているかな? 見えているかな?』
かつて、システィーナ・グラハム(kz0020)が用いた魔導機械での通信が、王都全域へと響き始めた。
●
『うん、大丈夫そうだ。それじゃあ、続けよう。僕はヘクス・シャルシェレット』
空に映し出された幻影に、大写しになったヘクスは微笑みを浮かべたまま、数歩引き下がると、画面の中央に、石造りの――豪奢な装飾が成された石椅子が目に入る。
『そしてこちらが、我らが千年王国の――そう、建国以来綿々と受け継がれる、この国の象徴たる玉座だ。どうだい、結構立派なもんだろう?』
玉座に肘をつくようにしてしなだれたヘクスはそこで、真っ向に――その映像の先を見つめるようにして、破顔した。
『突然だけど、準備ができ次第この玉座は爆発させてもらうよ。どこの馬の骨とも知らないイヴなんかに座られたら、僕のご先祖さまに申し訳がたたないからね!』