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【王戦】朱を抱いて眠れ「傲慢王イヴ討伐」リプレイ

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作戦1:「傲慢王イヴ討伐」リプレイ

北谷王子 朝騎
北谷王子 朝騎(ka5818
マリィア・バルデス
マリィア・バルデス(ka5848
瀬崎・統夜
瀬崎・統夜(ka5046
シレークス
シレークス(ka0752
サクラ・エルフリード
サクラ・エルフリード(ka2598
フォークス
フォークス(ka0570
R7エクスシア
R7エクスシア(ka0570unit003
レイア・アローネ
レイア・アローネ(ka4082
ラィル・ファーディル・ラァドゥ
ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929
ウィンス・デイランダール
ウィンス・デイランダール(ka0039
イヴ
イヴ
アーサー・ホーガン
アーサー・ホーガン(ka0471
ボルディア・コンフラムス
ボルディア・コンフラムス(ka0796
レイオス・アクアウォーカー
レイオス・アクアウォーカー(ka1990
アイシュリング
アイシュリング(ka2787
ジャック・J・グリーヴ
ジャック・J・グリーヴ(ka1305
ミケ(ユグディラ)
ミケ(ユグディラ)(ka1305unit003
クローディオ・シャール
クローディオ・シャール(ka0030
クリスティア・オルトワール
クリスティア・オルトワール(ka0131
誠堂 匠
誠堂 匠(ka2876
神代 誠一
神代 誠一(ka2086
シガレット=ウナギパイ
シガレット=ウナギパイ(ka2884
ミコト=S=レグルス
ミコト=S=レグルス(ka3953
ユウ
ユウ(ka6891
キヅカ・リク
キヅカ・リク(ka0038
シアーシャ
シアーシャ(ka2507
夜桜 奏音
夜桜 奏音(ka5754
セレスティア
セレスティア(ka2691
エリオット・ヴァレンタイン
エリオット・ヴァレンタイン(kz0025
ヴァルナ=エリゴス
ヴァルナ=エリゴス(ka2651
ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ
ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ka4804
ソフィア =リリィホルム
ソフィア =リリィホルム(ka2383
フィロ
フィロ(ka6966
●傲慢の王
 負のマテリアルの悍ましく粘つくような死臭漂う浮遊大陸中央に、その巨木は聳えていた。直径百メートルにも届きそうなそれが天を貫いている。根本から見上げれば、ひっくり返りそうな圧迫感。そしてイヴ討伐隊の面々の眼前には――高さ数十メートルもの両開きの扉。
「もしかちてこの大陸は異界だったりしまちゅかね? この巨木が核、だったり」
 北谷王子 朝騎(ka5818)が言う。巨木の根と融合したような扉は、拒絶しているようにも誘い込もうとしているようにも見える。
「もしそうならコレに乗ってきた甲斐があったわね。イヴか巨木か、倒せば崩壊するなら脱出にプライマルシフトは有用でしょう?」
「できればそう慌てて脱出したくはないがな」
 マリィア・バルデス(ka5848)機マスティマ、morte anjoの足下で瀬崎・統夜(ka5046)が顔をしかめる。
 が、逆にマリィア機に並び立つシレークス(ka0752)機ルクシュヴァリエ、エクスハラティオは一層戦意を漲らせた。
「だとすりゃ誰に憚る事なく完全破壊してやれるですね!」
「えっ……普段は憚ってたんですか……?」
「……。エクラの名の下に、こんな場所はぶっ壊す!!」
 僚機を務めるサクラ・エルフリード(ka2598)機を振り払い扉に聖機槍を叩き込むシレークス機だが、扉はびくともしない。外からの衝撃にひどく強そうだ。
「お空からミサイルぶち込んでオシマイなら楽だったんだケド、押し入り強盗するしかなさそうだネ」
 フォークス(ka0570)がR7エクスシア機内で鼻を鳴らす。
 ――意趣返しにしちゃ随分可愛らしいだろ? Fu〇king傲慢野郎。
 幸い突入支援班が転移と大回復をかけてくれたおかげで、イヴ討伐隊はほぼ無傷でここに辿り着けた。これなら全力で敵首魁と当たる事ができる。
「行こう。――覚悟はできている」
 レイア・アローネ(ka4082)が魔導剣を片手に下げる。
 重厚な扉をシレークス機とサクラ機が引くと、巨木と異界の機械が入り混じったそれは音もなくゆっくりと開いていく。
 暗闇。中から漏れる“黒い光”が、開くに従い溢れてくる。咄嗟にラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)らが避ける一方、正面から黒光を浴びるのがウィンス・デイランダール(ka0039)だった。その姿は闇に呑まれるというより、暗黒の海に浮かぶかのよう。
「……ハ、何ともねえよ。視界も変わらねえ。つまりただの奴の演出だ。――なあ、傲慢王?」
 ウィンスが問えば、闇の奥から高音とも低音ともつかぬ声が返ってくる。
『ふ……威勢のいい小僧だな。ようこそ、侵入者ども。寛大なるこのイヴがこの場に限り直答を許そう』
 傲慢王イヴ。グラズヘイム王国における諸悪の根源。
 それは、玉座に腰かけ愉快そうに笑みを浮かべていた。

「……城?」
 扉の先は暗闇に覆われた玉座の間のようだった。しかし大広間の奥――玉座のイヴとその傍らに浮かぶ大輪以外に動くものはない。近衛隊が勢揃いしているわけではないらしい。
 暗い、しかし何故か普段と変わらず明瞭に見る事ができる広間を覗き、戦闘態勢を取る一行にイヴが告げる。
『待て。この場に踏み入る前に準備を整えた方が良いのではないか?』
「準、備……?」
『なに、ただの余興よ。折角我が臣民が侵入してきたのだ、少しばかり語らおうではないか。貴様らはその時を用い万全の態勢を整えればよい。扉の境界を越えるまで何もせぬと、この俺自身に誓おう』
 鷹揚に頷くイヴに、アーサー・ホーガン(ka0471)機ルクシュヴァリエ、ウィガールが肩を竦める。
「余裕綽々か。苛酷な戦いになりそうだ……が、だからこそ邪神討伐の前座にしてやる」
『ほう! 邪神討伐! ふはは……それでこそ我が臣民よ! 存分に戦うがいい。俺がこの地を征したのちにな』
「うるせえ!! 臣民臣民言いやがって……誰がどこの王だって? ここは人間の為の国だ! お呼びじゃねえんだよドチビがぁ!」
「邪神を滅するのは歓迎だが……、騎士は軽々しく仕える相手を替えたりしないのさ。だからお前さんの手下になるのは、ノー、サンキューだッ!!」
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)とレイオス・アクアウォーカー(ka1990)が吼えるが、イヴはいかにも楽しげに首肯するばかり。
 下々の戯言を許容してやるのが王だとでも思っているのかもしれない、とアイシュリング(ka2787)が僅かに眉を寄せる。
 ――こちらの話をまともに聞かないなら、挑発するのは難しくなりそうね……。
 何かしらの搦め手を探すアイシュリングだが、そんな彼女を笑い飛ばすように黄金の男は正面きって仁王立ちし、イヴを指差す。
「戦う前に一つ俺様が宣言しておくぜ!」
『何だ?』
「お前は王として申し分ねぇ。お前が“救った”奴も山程いるんだろうさ。ミュールやメフィスト見りゃ分かる。お前に国を任せりゃ今よか幸せになんのかもしれねぇ、だがよ!」
 足下のユグディラ、ミケがいちいち親分たるジャック・J・グリーヴ(ka1305)の仕草を真似る。ダブル指差しでイヴを射抜き、ジャックは拳を握った。
「やっぱ違ぇんだよなぁ! 色んな事があってこの国は成長した。地上を見ろよ、一人ひとりを見てみろ。まだまだ成長するって思わせてくれんだろ。だからお前に今任せるワケにいかねぇんだ」
 クローディオ・シャール(ka0030)が脇を固める。
 経験上、ジャックの口上の後は抜き差しならぬ状況になる事が多いから。それでもクローディオは友の思うがままにさせる。騒動結構、破天荒な行動こそがこの世を動かす。己にできぬ事をしでかす友なら、この決戦でも何かをやらかしてくれる確信があった。
 ジャックが拳を胸に打ち付ける。
「俺様は、俺は、幸せな国を目指してんじゃねぇ!“最高に”幸せな国を目指してんだからよ」
『……ほう? この俺を王と認め、その上で拒絶すると』
「そうだ、傲慢王」
「邪神にも傲慢王にもこの国、世界の未来は渡せない……ここが、命を燃やす時、ですね」
 錬金杖を胸の前に突き出すクリスティア・オルトワール(ka0131)。誠堂 匠(ka2876)がそっとポロウを後衛の許へ送りながら、
「エリオットさんが、陛下が、ヘクスさんが、ダンテさんが……王国の民が、心と命を賭してきた。それがあって今がある。だから」
 必ず倒す。此処で。
 匠は静かな闘志を燃やす。イヴが確認するように討伐隊全員の顔を見回していくと、視線が移る度に一人また一人と戦意を漲らせる。
「五年前からずっと傲慢事件を追い続けてここまで来た。血を吐きながら繋ぎ紡がれたものを無駄にはしない」
 神代 誠一(ka2086)が。
「王国千年のリベンジマッチ。そして道を切り開くのは俺らときた。上等だぜェ」
 シガレット=ウナギパイ(ka2884)が。
「ヘザーさんのお手伝いが始まりだったけど……皆が大事にしてる王国を想う気持ち、伝わってきたから。うちなりに、気持ち、分かるから。だから絶対に勝たないと、ですっ」
 ミコト=S=レグルス(ka3953)機ルクシュヴァリエが。
 開戦同意書に印を捺すように、次々に対話を打ち切っていく。最後にユウ(ka6891)が固く唇を引き結んで頷くと、イヴは肩を震わせ笑い始めた。
 喉奥から漏らすようだったそれは次第に哄笑へ変わり、広間全体に響き渡る大音声となった。

『ふふ……ふはははは……フゥーアハハハハハハハハハ!! 然らば己が全霊を以てやってみせるがいい!! この王を弑す大逆、貴様らに背負えるものか試してくれる!!』

 愉悦混じりの宣告と共にイヴが玉座から立ち上がる。直後、ウィンスとアーサー機が一番槍を競うように最前を駆け出した。扉の境界を越えた瞬間、敵の言葉が脳裏に響く。
『“侵入者どもよ、我が前で見苦しい挙措を曝すな”』
 傲慢王の【強制】を前に誰もが動きを止め――ない。
 誰一人として、歩みを止めない!
『なにッ!?』
「驚いてる暇なんざねーですよ!!」
 シレークス機、サクラ機、キヅカ・リク(ka0038)を中心にした光の奔流が、暗闇の広間で爆発した。

●決戦の始まり
 ジャックらが対話とも言えぬ対話をする間、シアーシャ(ka2507)や夜桜 奏音(ka5754)をはじめとした回復支援班は各員に戦闘中の補助の時機ややり方を伝えていた。
 特に異常強度を直接低下させるアイデアルソングと、数回の異常を無条件に弾く覇者の剛勇やそれに類する陣は生命線と言っていい。使用時機と効果範囲の調整が生死を分ける。
 無駄のないようイヴとの対話を打ち切る直前に付与する事とする一方、キヅカ・リクやルカ(ka0962)らは迷っていた。
「取り巻きがいない……」
 敵がいない。代わりに大広間の形を成している根と機械の混合物が生きているように脈動している。扉を潜れば混合物――何かを生み出す胎か揺り籠のようだ――が活動し始めるのは明白だ。
「怪しいのはぶっ壊す、それしかねーですね」
「壊してばかりですが……厄介そうな物は放置しておけないですしね……」
「……初手で破壊してみるしかない、か」
 シレークス機とサクラ機にリクが同意すれば、ウィンスとアーサー機が続く。
「どうせ踏み込めば雑魚どもも湧いてくんだろ。俺が湧いた先から潰してやる」
「まあ、道くらい切り開いてやるさ」
「あぁ!? 俺が切り開くっつってんだろ!」
「何でそこで突っかかるんだよ……」「るせぇ!」
 何にでも噛みつくお年頃である。奏音が苦笑して間に入る。
「ま、まぁまぁ……お二人で並んで行けば……」
「そうだネ、勇者達。肉の壁は多いに越した事はないからネ、二人でやってくれると助かるヨ」
 奏音の努力を無にするフォークスの言に、さらに混沌としていく打ち合わせだが、合わせるべき事は既に頭に入れている。揺り籠を潰し、周りを排除し、イヴを殺す。その為なら――。
 イヴが立つ。各種補助が煌めく。ウィンスとアーサー機が走る。扉を越えた瞬間、大広間の床以外の全てから敵が生み落とされてきた。悪魔の如き魁偉。アーサー機から光刃が飛び、ウィンスが腰を落とした踏み込みから刺突を繰り出した。
「行け! 傲慢王を殺せ!!」
 目的を果たすその為なら、何だってやる。

「一気に中央まで突っ込む! その後は壁にでも使ってくれ!」
「では遠慮なく!」
 レイオス・アクアウォーカーの馬車にシアーシャやセレスティア(ka2691)が乗り込み、大広間を踏破していく。
 その後ろから光を放ち、散開したのが揺り籠の破壊を狙うキヅカ・リク、シレークス機、サクラ機。それに続いたのがレイア、マリィア機で、(kz0025)はこの位置につき揺り籠から生まれた眷属に剣を振るっていた。
「誓約はここに……陛下と貴方の為にこの身を捧げます」
 歌舞のステップから直接踏み込みへ移行、龍槍を払うヴァルナ=エリゴス(ka2651)。空いた間隙から騎士達が片角悪魔を連撃するや、ルカの矢が敵顔面に突き立った。霧消していく敵を一顧だにせず、エリオットは大広間中央に陣取る支援班と揺り籠破壊班の間を繋ぐが如く敵を斬り伏せる。
 ヴァルナの舞踏とルカの法術が集中支援する比較的安全なこの班が、有機的に穴を埋める事で各班の孤立を防ぐ。直接イヴを斬れずとも無理に参戦した甲斐があったとエリオットは思う。
「二人は奴を狙わずにいいのか」
「いつ貴方が無茶をするか、分かりませんから。それに……」
 ルカは回復を温存し弓を射ながら、広間全体を見回す。
 イヴは既に大剣を二本出し、大輪の核が瞬いている。こちらは支援班を中心にイヴ本体班、周辺対応班、揺り籠班、そしてこの班とやや散った状況。孤立さえしなければ悪くなく、またそうならざるを得ない面が強いが、全体の変化を察し対応する予備的な攻撃班が少ない。
「この広間……“生きている”と仮定して、核があると思います」
「核、と言えば大輪の中心のあれですか」
「あるいは、玉座」ルカが言う。「機を見て狙います」
「ならば俺も行こう」
 歪虚騎士を下段から斬り上げるエリオット。ルカが言葉を返す――より早く、背後についた男が提案してきた。
「それなら一つ、僕に預けてもらいたい。機を作ってやりたいんでね、貴方に」
「……俺に?」
 男――キヅカ・リクは首肯しながら聖機剣で柱を半壊させ、案を口にした。

●封印
 ウィンスとアーサー機が切り開き、揺り籠班がぶちかました大火力を背後にイヴ本体へ肉薄した一行だが、その時点で既に大剣二本が敵の傍にあった。さらには敵を覆うが如き紫靄が明滅し、色濃くならんとしているように見える。
『“我が前に跪き頭を垂れよ!”』
 先の【強制】失敗を信じられぬとばかり繰り返すイヴ。何事もなくクリスティアが寄ってきた双角悪魔らに火球を放ち、瀬崎統夜の制圧射撃が辺りにばら撒かれるが、そんな中で動きを変えた者が二人だけいる。
 ――これで油断してくれればよかったけれど……もっと多くでやるべきだった。
「……ペテンにかけるには遅すぎたネ」
 唐突に跪いたアイシュリングとフォークス機だ。敵の油断を誘わんと演技した二人だが、半数以上で示し合わせねば効果は薄い。二度も全員が【強制】に打ち勝った中で二人だけかかるのは、やや不自然だった。
 ――結果、逆にその智謀を警戒される。
『彼奴らを狙え!』
「雑魚が集まるのは有難いネ。勝手にやらせてもらうヨ」
 大剣がフォークス機とアイシュリングに飛ぶ。受けるフォークス機。アイシュリングは退くが大剣の方が速い。横腹を削られながら退くと、ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ka4804)が割り込んだ。
「こっちは任せて!」
 双角悪魔が雪崩れ込んでくる。大剣と合わせて五体。一方イヴ周辺の敵処理を担うのは六人とソフィア=リリィホルム(ka2383)のペガサス、リーズィだが、若干後衛寄りが多い。
 フォークス機、レイオス、ピアレーチェが三角形を作り対処するうち、イヴに正対した班の方から強烈な力が膨れ上がった。

 大剣と入れ違いに正面からイヴへ突っ込んだのはボルディアとユウ、アーサー機だった。
 星神斧、魔剣、聖剣が唸りを上げて敵を襲い、しかし紫靄から現れた鎖がそれらを受ける。イヴが腕を振れば鎖の一つがボルディアに絡む。間髪を容れず払うが、直後に敵背後に浮かんだ大輪から一条の黒光が放たれた。ユウが突進気味にボルディアと入れ替わり受けたが、彼女の献身を嘲笑うが如く黒光は一直線に損害を与えていった。
 イヴにまっすぐ突撃しながらユウが叫ぶ。
「お願いします!」
『む?』
「その紫靄、絶対危ないでちゅ。でも、だったらコレはどうでちゅかね?」
 それは、北谷王子朝騎渾身の黒曜封印符だった。
 フィロ(ka6966)に護衛を依頼して万難を排し、強度14に底上げした封印術。見るからに面倒な攻撃の多そうなイヴだからこそ、封印すれば圧倒的優位に立てる。最後まで封殺しきってやるという強い意志を以て放たれた術は、果たして傲慢王の紫靄を封じ込める事に成功した。
 溢れんとしていた紫靄が逆再生するように沈静化していく。快哉を叫びながら吶喊するアーサー機とボルディア。イヴは出現していた鎖を操ろうとし、しかし自らの腕で二人の刃を受ける結果となった。
『ぐッ!? な、何だそれは! きさッ、貴様ぁあ!!』
「流石傲慢、封印されると思ってもなかったようでちゅね」
『ふッ……くッ……くく……フゥーアハハハハ! 良い気になるのも今のうちよ、下郎! 二度は通じぬと思え!』
 イヴが自らの手に鎖を持ち、鞭の如く振るって朝騎を狙う。間に入り受けたフィロだが、拘束はされない。紫靄で操る程の威力はないようだ。フィロが朝騎の前に立ち、殊更慇懃に頭を下げる。
「不肖ながら私が護衛を務めさせていただく間、朝騎様には指一本触れさせません」
『ッ……よかろう。来い、侵入者ども。奇怪な光に蝕まれ、さらに封印されて尚この俺は貴様らの遥か上をゆく!』
「上にいるなら丁度良い! 貴族ってなツラ上げて生きてんだ、真正面から撃ち殺す!」
 ジャックの“正義”が光を放つ。両腕をかざして防ぐイヴに、左から忍び寄ったラィル・ファーディル・ラァドゥの“スピナーが”刺さる。
「“心意気は分かるけど、実際問題これきついで。僕の腕じゃまるで通らん”」
 気にせずジャック、いや懐に飛び込んだユウに鎖を振るうイヴ。ラィルが退くと同時、側背から神代誠一と誠堂匠が急襲した。
 片や元数学教諭、片や元技術者。期せずして似通った思考から掴んだ同時攻撃は、匠の刀がイヴの鎖を、誠一の刃がその腕を捉えた。あえて鎖に絡め取られるように匠が刀を引く。強引に匠ごと払い飛ばすイヴ。正面、ユウとボルディアの得物が大上段から閃いた。
「ッらぁ!!」
『その程度の刃が王に届くと思うか!』
 体を入れ替えるように半歩ズレて鎖で受け流すや、イヴは鎖を払って二人を打擲する。
 絶技、という程ではない。本来魔法戦が得意なのだろう。攻めは僅かずつ削っていける。だが、それでも直撃できない巧さがあった。
 大剣の追撃を振り切ってきたアイシュリングのアブソリュートゼロがイヴを貫くも、手応えが薄い。間を埋めるが如く銃弾をばら撒くミコト機。ラィルは未だスピナーで手足を狙い、誠一と匠が横撃を繰り返す。
 正面、遊撃、中衛、後衛。高度な領域でバランスの取れた彼らの連撃はしかし、ただ一つの事柄によって縫い止められた。
『――時間だ』
 封印が、解ける。
 五十秒。
 極度の集中を以て封印に全力を注いだ朝騎は、すぐさま次の符を切る。先の攻防を見るに封印さえできれば危険は少ない。つまりこれの成否が人の命を左右する。白皙の美貌を見据え放った朝騎の黒曜符は、
『二度は通じぬと言った』
 紫靄に灼かれ、そのまま空間を奔った靄が朝騎の心臓を貫いた。

●揺り籠の紐
「全力全開でいきます……光よ、闇を打ち払え……!」
「光よ、憐みたまえ。光よ、導きたまえ。光よ、憐み――たまえッ!」
 サクラ・エルフリード機とシレークス機から迸った光が斜め上方へ突き抜け、次々と柱を削っていく。さらにその先には中空に浮かぶ大輪の姿。再充填を始めていた大輪が咄嗟に高度を下げるも避けきれない。いぃん、と悲鳴の如き高音を響かせ距離を取る。
 シレークス機はその無様な逃げっぷりに機嫌良く笑いながら、傍の根に聖機槍を突き立てる。合わせてマリィア・バルデス機のライフル弾が跳ね上がり根を削った。インジェクションで回復したサクラ機がさらに光を放てば、揺り籠全体が大きく脈動した。
「傲慢王の様子は……」
「……一瞬、攻めが荒くなった?」
 マリィアが機内で首を傾げる。ちょうどユウらを鎖で打擲した時だった為、揺り籠の損害がイヴの行動に影響を与えるのかは分からない。が、確実に言える事は――、
「繋がっていようがいまいが、コイツをぶっ壊せば傲慢王は“いてえ”ですよ! なんせ奴の自宅ですからね……っ!?」
 とても聖職者と思えぬ事を口走りながらシレークス機が連続突きをしていると、破壊した柱や根が闇を放ち瞬く間に再生した。半壊した柱にはキヅカ・リクのGnomeが闇属性の壁を埋め込んでいたが、それすら呑み込みまっさらな状態に戻っている。そして先の眷属より倍する敵が生み落とされた。
 あまりの再生力に唖然とするしかない。レイア・アローネの放った衝撃波が二足竜型二体を斬り裂き、素早く移動しながら弾かれたマリィア機の銃弾がそれらに止めを刺していく。
 シレークス機は槍をぶん回して根を削ると、不敵に笑ってみせた。
「こんなあからさまにマテリアル浪費する再生がそう続くわけねーです! もし傲慢王がコレに繋がってやがるならそれこそ最高じゃねーですか! サクラ、やるですよ!!」
「えぇ……まずは眷属の排除をした方が……」
 サクラ機が言いながらもシレークス機に従おうとした、その時だった。
 ――紫靄が、大広間を覆った。

 紫靄が辺り一面を覆う。
 それは身の毛のよだつ悍ましさを伴い、体内、そして脳内を侵食してきた。呼吸するのも躊躇われる濃密な負の気配が、実体を持って身体中の穴から入り込み、血管に爪を立てるような不快感。全ての討伐隊員がそれを味わい――、
『フゥーアハハハハハハ! 俺の前に跪くがい……ッなに!!?』
 しかし、何らかの異常に罹った者はごく僅かだった。
 支援班やヴァルナの歌舞が、ユウとジャックの剛勇が、夜桜奏音の浄龍樹陣が、大多数の者を悍ましい紫靄から守っていた。
 それもただ能力のおかげというわけではない。歌舞圏内を維持――孤立しないよう注意していた者も多い。これまでの数多の経験が、この注意深さに表れていた。故に、この時点で支援班の手が足りなくなる事は、ない!
「散れェ、各自ピュリフィケーションかけて回るぜェ」
「これで軽減はできそうですが……」
 クローディオ・シャールとシガレット=ウナギパイが浄化に回る一方、奏音は薄れていく紫靄を注視していた。
 一際濃密になる瞬間があり、それから次第に薄まっていく。だが完全には消えない。目の錯覚かと誤解する程度だが、確実に大広間全体に滞留している。この消えない紫靄には浄陣も効いていないようだ。
 もしこの滞留が何度も重なれば……どうなる?“常時異常状態になるのではないか”?
 恐ろしい予想に身を震わせ、奏音はペガサスに慈雨をお願いしているセレスティアと話す。
「この靄、見えてますよね?」
「はい。よく分かりませんけど、でも私の役目は戦線の維持ですから。何があろうと治療し、諦めなければ大丈夫です」
 極論その通りだが、難しい事を言ってのけるセレスティアである。奏音が苦笑して頷いた時、シアーシャの檄が飛んだ。
「眷属くるよ! 誰一人欠けることなく無事におうちに帰れるように支援する……その為に、回復班が崩れちゃダメだからね!」
 アンチボディと盾でシアーシャが奏音とセレスティアを庇う。敵は騎乗した歪虚騎士三体。だがやけに大きい。偉丈夫と形容する以上の異形。頭上高くから振り下ろされる矛槍が聖盾越しにシアーシャを傷付ける。金属が悲鳴を上げる。がく、と思わず膝が折れる。好機と見たか、一体が追撃、残る二体が奏音らの許へ駆け――、
 横合いから、黒と白の影が突っ込んできた。
「デカブツは僕の獲物だ」
「すまない、遅れた」
 黒白の影――キヅカ・リクが身体ごと投げ出すような刺突を放ち、エリオット・ヴァレンタインが剣を振るう。続くルカ。ヴァルナ=エリゴスは他の騎士達を補助しつつ揺り籠班の援護に行っているようだ。
 エリオットの一閃。敵騎馬が斜めに両断される。姿勢を崩しながらも敵騎士は空中から斬り下ろす。エリオットが受け、敵着地をルカの矢が狙う。奏音の符から稲妻が走るや、リクの斬り上げが残る敵騎馬の首を飛ばした。
 シアーシャが一対一で持ちこたえねばならなかった時は僅かだった。騎士二体を軽く片付けたリクらが残る一体を倒し、一つ息を吐く。
「よくやった」
 言葉少なにシアーシャの献身を称えるエリオットだが、次の瞬間、再び紫靄が脳髄を撫でた。
 身体の内を掻き毟りたくなる衝動を抑えて周囲を見る。何らかの罹患者は――少数。だが先程より多い。傍ではセレスティアが、イヴ班にはクローディオが、揺り籠班にはシガレットが浄化をかける。
 さらに各所で三頭のペガサスが慈雨を降らせて小回復する事で殆どのリカバリができたが、奏音は嫌な予感がいずれ現実のものとなると確信した。そしてそれは、ルカも。
「次の靄の前後で玉座を破壊します。流れは先の提案通りに」
 このままではジリ貧になる。
 ルカ、リク、エリオットは滞留する紫靄に紛れるが如くイヴ班の傍へ向かう。

「俺の邪魔はしてくれるなよ」
「俺が? はっ」
 舌を打つウィンス・デイランダールに、アーサー・ホーガン機は鼻で笑って応える。
 一番槍争いに始まり、序盤戦は離れたものの、ここにきて再度狙いが被ってしまった。大輪。後ろからこそこそ砲撃するあれは攻撃回数こそ少ないが威力は馬鹿にならない。消しておくに越した事はないし、何より――あの核に見下されているようで気に食わなかった。
「お先に」「てめっ!?」
 飛翔して先行するアーサー機。ウィンスが追い縋るも、そも大輪も浮いているのだからアーサー機が落としてくれなければ攻撃するのも苦労する。
 舞い上がったアーサー機が斬り上げ――のフェイントから飛び上がり、袈裟に斬り下ろす。受ける大輪だが一身に機体重量を背負った敵は隕石の如く床に叩きつけられる。
 深い、あまりに深い踏み込みからウィンスが槍を突き出す。大氷河と名付けられた技が過たず大輪中心を貫いた。いぃん、と高音。ヒビの入った敵はしかし、アーサー機の追撃より早く黒光を放っていた。一条、宙でアーサー機が受ける。追撃するウィンスだが、悪魔のタイミングと言うべきか、この瞬間に紫靄が二人を包んだ。
「ッ……クソ!」
「離れ過ぎたな……大丈夫か」
「るせぇ」
“宙で距離を取っていた大輪に追い縋った”。つまり二人は歌舞圏外だった。剛勇も効果時間切れ。アーサー機ルクシュヴァリエは幽殻で抵抗したが、ウィンスはまともに浴びてしまった。嘲笑うように大輪が距離を取り充填する。
 しかし。
「――――上等だ」
 毒? 知るか。術技不可? だからどうした。
 大輪が全力充填した黒光をウィンスに、もとい背後数十数百メートルに解き放つ。横合いから突っ込むアーサー機。黒の奔流が止まる。紙一重で致命傷だけは回避したウィンスが蜻蛉切をぶん回して敵に引っ掛けるや、勢いままに地に叩きつける!
「……クソだせえ」
 雲散霧消していく大輪に背を向け、ウィンス。アーサー機は傲慢王の方へ向かい際、笑って言ってやった。
「黙っといてやるよ。俺しか見てないだろうしな」

 ルカは見ていた。
 ――やっぱり玉座が揺り籠の核……?
 同行していたキヅカ・リクはイヴ班の傍で周囲の術技を回復させ、エリオットと共にさり気なく眷属と戦っている。イヴからすれば突然参戦してきて周囲でウロチョロし始めた人間だ。気になる筈。そして気を取られた瞬間、止める事もできない質量を以て玉座を狙えば……?
 ――大丈夫、大丈夫……。
 ルカが“それ”と共に玉座に近付く。

 シレークス機もまた、大輪撃破の様子を見ていた。
 と言っても彼女の場合は揺り籠への影響があるかを考えていたに過ぎず、誰がどう撃破したのかは戦闘の合間で遠目だったせいで曖昧なのだが、ともあれシレークス機らがやるべきはこれで単純になったわけだ。
 大輪は揺り籠と無関係だった。そしてどうもルカが玉座を核と見て破壊に動くらしい。ならこちらはひたすら根を断ち眷属を斬るだけだ。
「始祖たる七が一、傲慢王。てめぇの敗因は、その傲慢さであると知れ」
 シレークス式聖闘術。歪虚も不浄もまっすぐいってぶっ飛ばす。善良な心と拳で解決したい性根が融合したが故に生まれたシレークスの武の真髄は、破壊にある。救済するにも破壊から。更生するにもオシオキから。
 だから、迷いのない彼女は、誰にも止められない。
 シレークス機が根を断つたびに揺り籠が激しく脈動する。後ろを固めるサクラ機。敵眷属。重装歩兵八体が二隊。二隊が挟み込むように連携しながら来ている。マリィア機から砲弾が飛び、着弾。紛れるようにレイア・アローネが肉薄するや、目にも鮮やかな一閃を放った。二体が消し飛び、一体が決死の反撃を敢行する。
【懲罰】。これまで揺り籠班は【懲罰】持ちと当たっていなかったせいで、レイアの一撃はまともに彼女自身に跳ね返った。威力800を超える斬撃が一撃にしてレイアを刈り取る。咄嗟にサクラ機が突撃、至近から敵集団へプラズマグレネードをぶっ放す。
「今のうちに……ヴァルナさんは彼女を馬車の方へ……!」
「お任せを」
 ヴァルナ=エリゴスはサクラ機が崩した一隊へ騎士達と共に突撃、レイアを引き摺り抱きながら大広間中央への道を駆ける。
 その後にサクラ機が続き、シレークス機とマリィア機が殿軍、というより最外部を守る。さらに悪い事は重なり、四度目の紫靄に全員が包まれた。三人ともが毒と行動阻害を受ける。
「面倒ですね……!」
 シレークス機が苛立ち紛れに槍を振るって柱を壊し、重装歩兵二隊に向き合った――その時だった。
『ぐあああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』
 断末魔の如き、割れるような声が響いたのは……。

●逆鱗
 イヴ本体と直接対峙している班は、歪虚どもの頂点の一つとの戦いであるにもかかわらず安定していた。
 ボルディアとユウが正面で真っ向から打ち合えば、ジャックとミコトの銃撃が的確に隙を埋める。イヴがそれらに集中した瞬間には隠密したラィル、神代誠一、誠堂匠が側背から致命打を狙ってくる。フィロに護衛された朝騎とアイシュリングの魔法も、傲慢王の魔法防御に防がれてはいるが地道な損耗を押し付けている。回復も当初中央に位置していたクローディオがほぼ専任でここにつき、悪くない。
 一時は朝騎が戦闘不能状態になって尚敵意を浴び続けたが、復帰後に黒曜符を控えた事で次第にイヴの標的は他へ移っていった。
 調和の取れた十一人全員が【強制】や異常への堅実な対策を立て適切に行動し、周辺には献身的に眷属や大剣を防ぎ続ける者達がいる。三羽のポロウによる惑わすホー回しも地味に効いていた。
 決定的な討伐への筋道が未だ見えない点と、紫靄の被害が積み重なりつつあった点が不安ではあったが、戦えてはいたのだ。安定という名の行き詰まりだったとしても。
 しかしある種平和だったその戦闘は、すぐに終わりを迎える事となる。

「ハ、ようやくストーカーが消えてくれたネ」
 フォークス機R7エクスシアは友軍支援を優先した結果、今の今まで大剣に付き纏われ続けていた。
 ブラストハイロゥでイヴ本体班を支援し、制圧射撃で眷属の行動を阻害し、結界により友軍の異常への抵抗を助ける。己の攻撃と被弾を度外視して戦い続けたフォークス機は既にボロボロの状態だった。
 クローディオの大回復が機体を包む。
「継戦は可能か?」
「今あんたがご丁寧に回復くれたダロ」
「肉体ではなく、精神的に」
「最高に鉛玉ぶち込みたい気分だヨ、Fu〇king Knight!」
 フォークス機の制圧射撃が乱れ飛び、瀬崎統夜がそれに続く。クリスティアは四メートルを超える機械兵二体を雷撃し、ソフィア・リリィホルムは一点に静止し海流を召喚する。三種の範囲攻撃を受けた機械兵四体と樹人とも言うべき容貌をした眷属六体は、連携も何もなく十秒後には各個撃破されていた。
「アンチボディ、これで品切れだよ!」
 ピアレーチェが最後のそれを統夜に付与すれば、ソフィアは大仰に嘆いてみせる。
「はー、なんつーか、守護者割に合わないですね!」
 大物相手が多すぎる!
 などと泣き言を吐きながらも浄化術は忘れていない。これまでの紫靄の間隔から、そろそろ次がくる。キヅカ・リクのおかげでまだ術回数は残っているが、これが切れた時の事など考えたくなかった。
 ソフィアの浄化術が結界を作り出す。一際巨大な樹人が種散弾を飛ばしてきた。ソフィアを庇うピアレーチェ。リクとレイオスの斬撃が両腕を斬り落とす。クリスティアが火球を生み出さんとした時、五度目の紫靄が広がった。そして――。

「何があろうと、必ず、破壊します……」
 その命すら決戦に賭けているルカにとって、この決断は容易い事だった。
 今は安定しているものの、討伐の糸口が見えないイヴ討伐班。数に限りがある術技回数。滞留していく紫靄。時間は明らかにこちらに味方しない。何なれば紫靄が滞留する事で巡礼陣の効果が消える可能性すら考えた方がいい。
 ではどうする。揺り籠の核と思しき玉座を壊し、場を動かせばいい。核だったら状況は好転し、核でなければ玉座を壊された怒りに溺れた敵がミスを犯しやすくなる。
 だからルカは進む。確実に玉座を破壊できるよう、“シガレット=ウナギパイのGnomeにデサントして”!
 Gnomeだけで突進しても外れるかもしれない。だからルカが目になって軌道修正指示を出す。激突しても壊れないかもしれない。だから激突後に攻撃できるよう跨乗する。
 タイミングは完璧だった。紫靄が辺りを覆う。Gnomeが突進する。ギリギリで飛び降りるルカ。激突、もはや着弾と言っても過言ではない。轟音と粉塵舞う中で玉座に走ったルカは止めとばかり光輪を放つ。
 視界が悪い中で攻撃成果を確認してGnome共々素早く反転したところ、耳を劈く大音声が響き渡った。
『ぐあああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』
 それは、初めて聞く傲慢王の叫声だった。
『ぁああ……誰だ……』
 大剣の衝撃波が二つ三つと吹き荒ぶ。
『誰だとッ、訊いているゥゥゥゥウウウウゥゥウウウウウウウゥウウウウウウウウウウウウウ!!!!』
 振り向いた傲慢王と、目が、合っ――――……。

●闘う者たち
「傲慢……ッ」
 虚無の印がルカを穿つ。
「王ぉぉおぉおおおおおおおおおおおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 エリオット・ヴァレンタインは友がくずおれてゆく姿を横目に捉えながら、しかし裂帛の気合を込めてその剣を振り抜いた。
 傲慢王イヴ。仇敵ベリアルと大敵メフィストの上に立つ歪虚王にして、王国における多くの歪虚災害の元凶。奴のせいで陛下は崩御した。奴のせいで殿下は苦労した。奴のせいでヘクスは虚無に蝕まれた。奴のせいで友が死んだ。同僚が死んだ、志願兵が死んだ、敬虔な戦士が死んだ朴訥な職人が死んだ愉快な商人が死んだ善良な老人が死んだ偏屈な農夫が死んだ気丈な寡婦が死んだ将来有望な子が死んだそして今再び友が凶刃に倒れようとしている!
 エリオットの歩んできた道は死に彩られている。脳裏をよぎるは懺悔の黒と血潮の朱ばかりだ。
「ッお前さえ…………!!」
 万感の思いを込めた斬撃は技も何もなく、ただ重かった。何か、敵ではないものを斬ったような感覚さえ覚える。この機を考え付いたキヅカ・リクには感謝せねばなるまい、とぼんやり思う。
 しかしエリオットには沈思黙考する時間はなかった。何しろ、
『……やってくれたな、貴様ら。く……ふふははは……はははは……フゥーアハハハハハハハハハハ! なるほどこの俺の失敗を認めよう! このイヴ最大の失敗、それは貴様らを臣民と思い甘やかした事に他ならん!!』
 怒髪天を衝く傲慢王イヴが、未だ健在なのだから。
『もうよい。貴様らを邪神に次ぐ敵と認め全力……いや九割で叩き潰してくれる!!』

 シガレット=ウナギパイがGnomeを同行させたのは、闇属性の壁をそれなりに作り終えたところだったからだ。
 遮蔽物を作れば戦う者が勝手に利用するだろうと考え、現に利用されてもいた。後は適当に壁を増やしたり盾代わりにしたり視線を切ったりするのに使うだけ。それくらいなら、元々怪しいとも感じてはいた玉座に特攻してもいいかと思ったのだ。
 それがまさかこれ程の反応を敵から引き出すとは、思いも寄らなかったが。
「ルカを回収しろォ」
「いきます!」
 いち早くシアーシャとセレスティアが走る。イヴを見た。敵はエリオットの半生を込めた一撃で討伐班に注意が戻ったようだ。これなら回収が間に合う。復帰させられるかどうかは、本気になったらしい傲慢王の攻めをどれだけ損耗少なく凌げるかに掛かってくるが。
 シアーシャが眷属を防ぎ、セレスティアがペガサスにルカを横たえさせる。即座に踵を返した二人の傍をGnome――鉄心に走らせ、シガレットはゴッドブレスを放った。
 敵の怒りで放心しかけたが、五度目の紫靄による異常はさらに強度を増している。温存などしている場合では、ない。

 ――玉座がイヴと繋がっていた事は間違いない……そして揺り籠の核だった事も。つまり今までの揺り籠破壊もきちんとイヴのマテリアルを削っていたという事。それは朗報だけれど……。
 アイシュリングは眼前で繰り広げられる蹂躙劇に唇を噛み締めながら、全体に目を向ける。
 揺り籠の再生は止まっている。眷属の生産も止まったかもしれない。ならば後はイヴ本体を討伐するだけ、だが。
 ――その討伐が、厳しそうね……。
 神代誠一、誠堂匠が奇襲すると同時に朝騎の五色陣が瞬く。アイシュリングが聖書の紙片に触れてアブソリュートゼロを放てば、敵は思い出したようにこちらを向いた。
『そういえば、俺を謀ろうとしてくれた者がいたな……』
【強制】にかかったフリをした事を根に持っていたらしい。
 アイシュリングは、やや退いて眷属の相手をしながら隙あらばイヴの気を引かんとするエリオットの姿をみとめ、ほんの僅か、目を細めた。
 ――イヴを倒しても亡くなった人は戻ってこないけれど……それでも前に進む事ができる。彼が、ようやく己を赦す事ができる。
 アイシュリングが意識を失う前に見たのは、悍ましいイヴの虚印ではなく、朴訥な青年の戦う姿だった。

「出遅れたか……」
 敵の本領発揮に際しては機先を制して鉛玉をぶち込みたかったが、それをするには余裕がなさすぎた。
 舌打ちして瀬崎統夜は魔導銃を構え、いつもと変わらぬルーティン作業のようにサイトを覗き引鉄に指をかける。敵は大剣を一気に二本顕現させるや虚印をアイシュリングとフォークス機に放っているが、本体の動き自体はほとんどない。
 誰かの浄化魔法が飛んでくる。良いタイミングだ。統夜は独りごちて引鉄を引くや、間髪を容れず力を込めた残る一発を解き放つ。弾の行方を見る間もなくアルコルの名を継ぐ新式魔導銃に持ち替えると、何千何万と繰り返してきた動作を再現する。
 肩付け、照準合わせ、浅い呼吸から息を止め、指に力を入れる。
 たぁん、弾数調整してきた銃が火を噴く。トリガーエンド、弾着、アイシュリングに追撃せんとしていた敵がこちらを見た。Gnomeの作った壁に退避しながら統夜はリボルバーに持ち替えるが、虚印は曲射……というより頭上から曲がってきた。
 咄嗟に後ろへ跳ぶが遅い。腿に直撃をもらい、吹っ飛びながら統夜は表情を歪める。
 ――気のせいじゃなければ……複数本出てなかったか……さっきの……。

 大剣が舞い、鎖が芽吹き、虚印煌めく。
 九割の力を出すと宣告した傲慢王は肉体的な動きこそ大して変わらないものの、術の威力と数が跳ね上がっていた。
 通常、傲慢歪虚は八割出せば屈辱に憤死すらしかねないという。しかし傲慢の王はそれを超えた。どんな理屈で己を納得させたかなど知る由もないが、ともあれこれは危険であると同時に好機でもあった。
 格上相手に余裕を持たれてはジリ貧でしかない。格上は、初手奇襲できっちり殺しきるか、本気を出させて不意をつくに限る。
「こっちはまたストーカーの相手してるヨ」
 虚印に撃たれながらもフォークス機が大剣を銃撃する。二体の大剣から衝撃波二連。フォークス機、ピアレーチェがそれらに肉薄し抑え込むと、ソフィアの海流召喚がイヴ諸共に呑み込んだ。
 イヴと、大剣や眷属の間を中心点として発動したそれは、両者を引き離し、局面を強制的に仕切り直させる。
 イヴを奥へ、眷属を手前へ押しやったという事はつまり、手前側の敵は範囲攻撃で一網打尽にできるという事だ。クリスティアの火球が焼き尽くし、夜桜奏音の稲妻が追撃する。レイオスは大剣一体を一刀の下に斬り伏せるや、イヴ班前衛に躍り出た。
「【懲罰】はオレが引き受ける。チャンスを逃すなよ!」
 星神技たる兵主神の効果は二回残っている。つまりこの後ガウスジェイルで【懲罰】に備え続ければ、十人以上の全力攻撃を二ラウンド分叩き込める。
 が。
 レイオスのその行動は必然的に究極の二択を突き付けられる事となった。
 イヴが虚印を放つ。標的はボルディア、ユウ、匠。誰か一人への攻撃を引き受ける事もできるが、攻めの手が一ラウンド分減る。威力1000を超える者すらいる十数人の“一ラウンド分”は、あまりにも大きすぎた。
 攻めか守りか。選択を強いられたレイオスは、
「すまん! 我慢してくれっ!」
 虚印を引き寄せなかった。
 三条の紫靄が降り注ぐ。それを物ともせず、猛攻には猛攻で返すボルディアとユウ。一方で頭上から飛来する軌道を取ったそれを回避せんとした匠は、肩から胸にかけてを貫かれて地に伏した。代わりとばかりラィルが背後から飛び込む。
「“僕が囮になる! 今のうちに回収せえ!”」
『ハ! 貴様如きに時をかけるものか!』
 イヴが一顧だにせず倒れた匠に鎖を放つ――その、瞬間。
「……ようやっと隙見せてくれたな、傲慢のアホウ」
 ずっと待ち続けてきた機だった。
 スピナーで各部を攻撃する事で弱点を探しつつ、取るに足らぬ人間だと思わせる。そうして待った先で、ラィル・ファーディル・ラァドゥは背から抜いた魔剣クラウソラスを、敵首元に突き入れる事に成功した。
『ッが……!?』
 隠密からの乾坤一擲の天誅殺。決戦において、ただただこの一撃を狙い続けた男の意志が、傲慢王討伐への道を抉じ開ける!
「今や!!」
『舐めッ……るなぁッ!!』
 両の掌から現れた鎖が、結界の如く乱れ狂う……!

「すぐ行く、待ってろォ」
 重傷を負った匠の許へ急行したのはシガレット=ウナギパイだった。
 献身的な、あまりに献身的な支援を行い続けてきた回復班に余力は少ない。本来はシアーシャとセレスティアに回収してもらった方が効率が良いのだが、その余裕がもはやなかった。
 初めは手が余る程だったのに、随分なペースの変化だとシガレットは思う。紫靄の滞留から考えて敵は長期戦向きなのだろう。巡礼陣効果が薄れているかどうかは分からないが、紫靄を封印できず異常を定期的に付与される時点で面倒なのは間違いない。
 ――二度は封印されない……一戦闘で同じ状態異常を二度受けないってェのが王の力だったのかもなァ……? それとも、この靄が王の領域ってかァ……?
 シガレットが匠の傍に滑り込むや、後送する暇もなく浄化。滞留した紫靄から顕現した鎖が腹を貫くのも構わず続けてリザレクションをかける。腹の鎖を引き摺ったまま、シガレットは回復した匠を後方へ押し出していく。
「頼むぜェ……」
「……、必ず」
 気付けばポロウが傍にいた。そういえばこの戦闘で常に回復班の傍についていたと思い出す。あれは匠の配慮だったか。
 手厚い介護だなァ。シガレットは立ち上がる事もできずポロウにもたれ掛かり、目を閉じた。

●朱を抱いて眠れ
 イヴ討伐戦は佳境に差し掛かっていた。
 回復の手は足りず浄化も覚束ない。一人また一人と脱落していくたびに、回復できぬならばいっそと攻撃偏重になっていく討伐隊。開戦当初の完璧な対応は術技回数の枯渇によって不可能となり、今となってはどちらが先に倒れるかの消耗戦となっていた。
 泥仕合。命を賭した最悪にして最高の泥仕合だが、何がどうなろうが討伐できればそれでいいのだ。
 七度目の紫靄が広がり、ほぼ全ての者が異常に罹った事を見て取った時、その男は話しかけた。

「なぁ、傲慢王。お前は知らねぇだろうが、神霊樹の記録にあったお前は『匂い』つー言葉を使った」
 ジャック・J・グリーヴは王を見据えて言う。右手には喜望銃「Faith&Hope」。誰もが状態異常に罹り、回復もままならないが、ジャックは欠片も絶望を感じなかった。その銃の名が示す通りに。
 興味が湧いたらしいイヴが話に乗ってくる。
『それがどうした?』
 ――それだ。それがお前の限界なんだぜ、傲慢王。傲慢故か、傲慢なのにか、話に付き合っちまうその性分がよ。
「ハ、分かんねぇか? 匂いなんて使うのはなぁ、獣だ、ケモノ。お前、いつまで人、いや知性ある歪虚のフリしてんだ?」
『…………、ふ……ふふふ……くっふあはははは……はははははははははははははは。なるほどな。今日はよくよく学ぶ事が多い。殺意を覚える時というのはこれ程冷静になれるのだな』
「学ぶ? ハ、笑わせんな。傲慢が“学ぶ”かよ」
 紫靄の塊がイヴの周囲に浮遊する。数は四。号令もなくそれら全てが射出され、ジャックは――、
「お前を、守り通すと言った」
「ックロー……!」
 四条の虚印がジャックと、割り込んできたクローディオ・シャール、二人に降り注ぐ。

 セレスティアやクローディオ、ペガサスにユグディラが自力で術技不可に抵抗し、浄化と回復を始めるまでの時間。この土壇場において貴重なそれを創り出したのがジャックの話術であった。
 虚印に耐え切れず膝をついた二人の固い信念に、他の者が奮い立つ。
 レイオスの兵主神は最後の一回が残っている。ガウスジェイルが効いているのを確認し、ボルディアが、朝騎が、何とか合流を果たしたアーサー機とウィンスが、前後左右から攻め立てる。鎖を全周に振るって受けたイヴは、朝騎の五色符に【懲罰】を返す。
 が、その軌道を歪めて星神器で受けるのがレイオス。ミコトの応射とクリスティアの雷撃がイヴを貫くと、遂に傲慢王がよろめいた。
「やっと……!」
「傲慢王……未来を守る為、ここで討たなくては……」
 開戦からこちら、ずっとイヴの正面に立ち続けているユウが眉を寄せる。しかしようやく見えてきた終わり、この機を掴むほかに道はない。
 息が上がるが意気も上がる。敵の鎖。ユウがクリスティアを庇い倒れる。ボルディア、アーサー機、ウィンスの三人が前に出た。絡みつくような鎖三本。ここにきて敵も息切れしたか、虚印を使う気配がない。ウィンスの刺突・大氷河がイヴを穿つ。
「……テメェは倒す、邪神も倒す、他の連中も全員倒してついでに世界も救ってやる! どうだ傲慢王、これが俺達の傲慢――――魂の反逆だ」
「長きにわたる戦に終止符を。帰還と共に勇敢な女王の手に――勝利を」
 神代誠一が幾度も幾度も繰り返してきた棒手裏剣からの肉薄連撃が、やっとクリティカルに入った。
 ――そして。
「じゃあな。お前は確かに強かった、ドチビ」
「孤独に眠れ、傲慢王」
 ボルディア・コンフラムスが大上段から繰り出した星神斧ペルナクスが、
 誠堂匠がアクセルオーバー・居吹を乗せて奔らせた対傲慢試作刀月影が、
 白皙の傲慢王を、斬り飛ばした。

 断末魔も恨み言もなく、ただ静寂のままに負の粒子へと還っていく傲慢王。胸から上を失って尚立ったままの身体が溶けるように消えていくと、それに従い大広間の暗闇も晴れていく。
 辺りには恐ろしいまでの破壊の跡が転がっている。そして未だ残る眷属と、それらを食い止めているシレークス機やサクラ機、キヅカ・リクの姿。
「殺ったですか!? 殺ったですね!!? ならさっさと脱出するですよ!」
「こんなに疲労困憊じゃ転移しても危ないかもしれないわね……」
 マスティマ機内でマリィア・バルデスが心配を口にする。
「帰りを待ってもらってるんだ。行こう」
 リクが万一の撤退に備えて最後まで温存していた“正義”の光を放つと、至近にいた眷属が吹き飛んだ。全員がマリィア機周辺に集まったのを確認し、プライマルシフトを起動する。転移する間際、意識を保っていた全ての者が傲慢王の玉座の間を見回した。
 今や玉座もない。主もいない。僅かな眷属だけが徘徊する大広間には、広間を形作っていた根が破壊され、所々から光が差し込んでいた。
 陽光を遮っていた負の汚染は霧消し、浮遊大陸もまた消えようとしているようだ。
「王国の未来は……日常は、晴れたんかな。復興依頼とかが増えて、女王さんがたまーに妙ちくりんな依頼紛れ込まして……そんな日常が、来るんかな」
「邪神を倒せば、きっと」
 ぽつりと呟いたラィルに、誰かが答える。その声色には気負いも何もなく、純粋な覚悟だけがあった。
 傲慢王討伐の勝因は端的に言えば成長していたからだ。成長し、対策できたから中盤まで損耗を抑える事ができた。それが終盤の粘りに繋がった。
 成長しない傲慢王と、成長する人間。これは邪神相手にも言える事。だから、気負う必要など、ない。
 プライマルシフトが起動する。
 傍にミュールもメフィストもベリアルもおらず、独り霧散した傲慢王の揺り籠が、討伐隊の目の前から消えた。
 重体者、帯同した王国騎士と聖堂戦士を含めて十一名。
 戦死者は――――ゼロ。

執筆:京乃ゆらさ
監修:神宮寺飛鳥
文責:フロンティアワークス

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