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【王戦】朱を抱いて眠れ「浮遊大陸突入支援」リプレイ


▼【王戦】グランドシナリオ「朱を抱いて眠れ」(5/23?6/12)▼
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作戦2:「浮遊大陸突入支援」リプレイ
- アメリア・マティーナ(kz0179)
- 岩井崎 旭(ka0234)
- ロジャック(ワイバーン)(ka0234unit002)
- 鳳城 錬介(ka6053)
- ジュード・エアハート(ka0410)
- ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)
- エステル・ソル(ka3983)
- ミグ・ロマイヤー(ka0665)
- ヤクト・バウ・PC(ダインスレイブ)(ka0665unit008)
- ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)
- マチルダ・スカルラッティ(ka4172)
- マッシュ・アクラシス(ka0771)
- 央崎 遥華(ka5644)
- キルケー(R7エクスシア)(ka5644unit001)
- ユメリア(ka7010)
- 雨を告げる鳥(ka6258)
- ユリアン(ka1664)
- ラファル(グリフォン)(ka1664unit003)
- アウレール・V・ブラオラント(ka2531)
- 星野 ハナ(ka5852)
- 近衛 惣助(ka0510)
- 長光(ダインスレイブ)(ka0510unit004)
- 鹿東 悠(ka0725)
- 破軍(刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」)(ka0725unit004)
- レイレリア・リナークシス(ka3872)
- 鞍馬 真(ka5819)
- カートゥル(ワイバーン)(ka5819unit005)
- ロニ・カルディス(ka0551)
- カナタ・ハテナ(ka2130)
- エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)
- フワ ハヤテ(ka0004)
- 八島 陽(ka1442)
- アルマ・A・エインズワース(ka4901)
●指揮官と魔術師
フライング・システィーナ号の準備が整った。雲を纏わせるための魔法陣が描かれ、アメリア・マティーナ(kz0179)の杖にはリボンが結ばれている。アメリアは、いつも目深にかぶっている黒いフードを跳ね除けて空を見上げた。空を見上げたのだから、視線の先には「空」がなければならないはずだった。だが、今、彼女が見据えているのは。
「浮遊大陸……、目障りですねーえ」
その言葉を聞いて、ノセヤがぎょっとした。アメリアと交友を深めるようになったのはここ最近のことだが、それでも彼女が普段「目障り」というような言葉を使うような人物ではないということくらいはわかっていた。つまり、それほどに、アメリアの怒りは深いのだ。
「いつでも飛べますよ」
ノセヤが背筋を伸ばして、アメリアに声をかけた。アメリアは黒いローブのフードを深くかぶりなおして頷いた。
「出発の号令は、あなたが。指揮官殿」
「はい」
ふたりの声は静かだった。だが、どちらにも、闘志が漲っていた。
さあ、勝利のための空へ。ハンターたちの心も、ひとつになって熱く燃えている。
●空を進め
雲織羽衣を纏い、浮上し始めたフライング・システィーナ号。その姿をほれぼれと眺めているのは、岩井崎 旭(ka0234)と、彼の相棒・ワイバーンのロジャックだ。
「こいつに無数の明日が掛かってるんだよな。すげー船だぜ。ここまで来たらもう、王だとか敵の数だとか、知ったことじゃねぇ。この大空の中で、束ねた明日を望む意志、それを貫き通せるか勝負するだけだ」
明日のゆくえを決める、その船の甲板で、まさしく明日を望む意志を持つ鳳城 錬介(ka6053)は呟く。
「師匠……ソルラさん……ようやくここまで来ましたよ。厳しい戦いになりますが、必ず勝利してみせます。どうか見守っていてください……」
脳裏に思い浮かぶ、亡き人の顔。それを、ぎゅっと胸に抱きしめて、錬介は雲のむこうを睨んだ。
「頼んだよ」
その一言は、彼のポロウ、藍銅に向けられた。船の周囲を飛び回らせ、船を護るための戦いをしてもらうためだった。藍銅は勇ましく、雲のむこうへ飛び立つ。
雲のむこう……、空の中では、ハンターたちが戦闘の準備を万全にして飛びあがっていた。
ジュード・エアハート(ka0410)がR7エクスシアのディアーナに乗り、飛行している。
「ガイドは俺に任せて!」
迷いなく叫び、ジュードは先導する。彼は鋭敏視覚とスキルリンカーで活性化させた直感視を重ね、いち早く敵が手薄なポイントを見つけていた。
グリフォンのオーデムに乗ったヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)のアイデアルソングで抵抗を上げた突入支援チームが、ジュードの先導に続く船を取り巻きつつ次々と空中の敵に挑んでいく。彼らにかけられた防御や抵抗の効果は、これだけではない。皆がこぞって二重にも三重にも対策をし、かけられた方はもう何でどう守られているのか把握できないほどであった。
「王国の平和までもう一歩です。星の祝福は皆さんと共に!」
エステル・ソル(ka3983)の明るくも決意に満ちた声が響いた。
「システィーナ号は最後まで行ってしまってもよいのではないか。戦艦の安全を考えて後退させるにしても戦域外まで下げるわけにもいかないだろう。戦力は分けるべきではないしな」
フライング・システィーナ号の甲板に立ち、ミグ・ロマイヤー(ka0665)がそうノセヤに提案する。一抹の不安はあったもののノセヤは、戦力を分けるべきではないという点には同意であった。
「とにかく、行けるところまで行きましょう」
「うむ! 皆、これが最後じゃ。ヴァルハラにて会おう」
ミグが不敵に微笑んだ。
「……そういう作戦であるならば、しっかりとフライング・システィーナ号を守らなければ」
強い決意を持って、ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)が呟く。
「これ程の図体なら回避はおろか激戦にも耐えられないとされますので、惑わすホーを使って護衛をはじめ船体への被害を少しでも抑えておきたいところです」
その言葉通り、ツィスカは、ポロウの「惑わすホー」にてシスティーナ号の周囲に結界を敷いた。
「戦術レベルではありますが、ここもまた私達の寄る辺、帰るべき場所でもありますから」
そしてツィスカは空の敵を睨み、攻撃の態勢を取った。被害への対策を確かにしつつ、攻撃する。それが、正しく「護る」ということだ。
そのシスティーナ号を前へ行かせるべく、ペガサスのルチアに乗ったマチルダ・スカルラッティ(ka4172)が双眼鏡で索敵ののち、エクステンドチェンジとメテオスウォームで露払いし、進路を開く。指揮官やドローンを積極的に巻き込める範囲で攻撃したため、初手から一気に進みやすくなった。巻き込みで撃破できなかった指揮官は、マッシュ・アクラシス(ka0771)の刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」が対処した。
「送り届けるまでが仕事、とは言いましてね……」
マッシュは実に多岐に渡った対策を考えていた。仲間の回復や囮役への援護など、細やかな気遣いを見せている。
加えて、央崎 遥華(ka5644)R7エクスシアのキルケーで索敵している。敵分布を丁寧に探り、敵が極力薄そうなルートを割り出し、的確にこの先の進み方を共有した。もちろん、自らも周囲の敵を削りながら、である。
ユメリア(ka7010)はペガサスのエーテルで回復要因に徹することとしていた。茨の祈りで被害を抑える事に集中し、攻撃は仲間に任せることで、むしろ攻撃に集中したい者たちは回復について気にすることなく戦うことができた。
「私は伝える。こちらのルートも有効であると」
ルートの選定をしていたのは遥華だけではない。ポロウのルジェに乗った、雨を告げる鳥(ka6258)もそうであった。複数でルート選定を行えば、その分、行き詰まる確率は下がる。実にスムーズに進行できる状態を作れていると言えた。
「この分なら、突入部隊を送り込むのに何の問題もなさそうですね」
ノセヤがホッとしたように呟いた通り、フライング・システィーナ号は浮遊大陸に着実に近づいていた。ジュードが先導し、そのジュードにはユリアン(ka1664)が前方の情報を伝達している。ジュードよりも先をグリフォンのグラオーグラマーンに乗ったアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が飛び、友軍を送り込む準備は着々と整えられているように見えた。
しかし。船の周囲を取り囲むようにして飛ぶ者たちを含め、戦況が厳しくなっていくのを、誰もが感じるようになってくる。
ペガサスのスーちゃんに乗った星野 ハナ(ka5852)が五色光符陣で複数の敵をまとめて攻撃しつつ、周囲の状況を確認する。
「上へ飛べば飛ぶほど、ブッコロ対象が増えてますぅ」
「確かに、そうだな……、戦況は悪くないと思うんだが。システィーナ号に被害はほとんとないしな」
近衛 惣助(ka0510)がダインスレイブの長光で容赦なく周囲の敵を葬りながら言う。
「諸元入力……座標修正よし、迎撃開始だ!」
敵が直線に並ぶポイントを素早く見つけ、貫通徹甲弾をぶち込む。
「バラければ逃れられるってわけではないぜ」
群れぬ敵は、個別に叩いて行くだけだ。惣助は冷静に、距離を詰めて来ようとする敵をミサイルランチャーで撃破していった。
「王都を巡る戦いも今日で幕引きと行こう。突入班を無事に送り届け、そして帰ってくる場所を守り抜こう」
決意を、口にする。その決意を裏付ける気迫で、どんな力も惜しまず、恐れを見せず戦う惣助の姿は、味方であっても震えが来るほどであったが、そんな鬼神のごとき戦いぶりをもってしても、システィーナ号を護衛しているハンターたちは敵が減っていく実感を持てないでいた。
その状況は、鹿東 悠(ka0725)も把握していた。視野を常に広く保ち、ルクシュヴァリエの破軍にて仲間が撃ち漏らした敵を殲滅していくことに心を砕いていた悠は、その殲滅が次第に困難になっていくのを感じていたのだ。
「有象無象の敵がわんさかと……。これは報酬上乗せの交渉でも必要ですかねぇ……」
冗談めかしてそう呟くも、まなざしは真剣だった。このままでは、船の護衛戦力はどんどん削がれていくだろう。
「このまま上へ船を突き進ませるのは、危険だと思いますが……!」
連絡を密にすることを、ことに大事にして行動していた悠は、すぐさま自分の危惧するところを伝えた。フライング・システィーナ号で指揮を執っていたノセヤも、それは感じているところだった。リボンを用いた竜巻の魔法「風巻く竜」でアメリアとレイレリア・リナークシス(ka3872)が迎撃しているほか、ミグが「ミグ式グランドスラム製造装置」を牽引しながら派手に甲板を走り回り、 鞍馬 真(ka5819)がワイバーンのカートゥルに乗り船の護衛を主軸とした戦いをしているものの、船の周りで戦う者らを攻撃に巻き込まぬことも考えなければならず、このままの状態で上へと進み続けるのは困難と言えた。
「フライング・システィーナ号、これ以上の進行は慎重になるべきだ!」
マスティマに乗るロニ・カルディス(ka0551)がそう進言した。
「友軍はプライマルシフトで転移させる! 友軍と共に転移して突入する者と、システィーナ号の護衛に残る者とで分かれるしかあるまい。総員、すぐに自分の行動を決定してくれ」
戦力は分けるべきではない、という考えのもとで、浮遊大陸へのシスティーナ号接岸を目指していたが、ここは方針を変える方が得策であるようだった。ノセヤはアメリアと頷き合い、ロニの案を全面的に入れることとした。
「そうとなれば、転移の邪魔をさせないようにせんとのう」
ルクシュヴァリエで飛ぶカナタ・ハテナ(ka2130)が唇を美しく三日月形にした。ソウルトーチで囮の役目を引き受けていた彼女は、すでに人一倍の敵を一手に引き受けていた。
そんなカナタのサポートを手厚く行っているのが、エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)だ。アンチボディを施し、戦況を分析した上で陽動行動がきちんと活かされる進路をシスティーナ号に示してきたのだ。いざ転移、となれば、このふたりの動きは今まで以上に重要となる。
「頼むぞ、エラ」
「任せて」
短いやりとり。それで事足りる。エラは再度、カナタにアンチボディをかけ、彼女に集まるはずの敵を落とすべく魔導銃をかまえた。
「道を開く! さあ、行くんだ突入部隊!」
ペガサスに乗ったフワ ハヤテ(ka0004)がメテオスウォームで、特に進行を妨げていた敵の群れを削った。すかさずそこを進路とし、転移に有利な位置を確保していく。それを見て、カナタとエラも、陽動が効果的に行える場所へ移動した。
「よし、前へ出られた。およそ三回に分けて転移させる。第一回目、始めるぞ!」
味方の作ってくれた隙を無駄にしないよう、ロニがタイミングをしっかりと計る。
「イブの揺り籠までご案内だ!」
ポロウのポールノチに乗る八島 陽(ka1442)がすかさずそこに加わった。アルマ・A・エインズワース(ka4901)も続く。
「わふ、わふっ。ついていけるところまで行きますっ」
転移は少なくとも三度に分ける必要があった。陽やアルマと同じように、できる限り近くまで随行したいという意志を持つハンターは多く、チームを三つに分けてほぼ均等に、護衛につくこととなった。
「よし、第一陣、送り込むぞ!」
ロニの合図で、カナタがソウルトーチを発動させた。たちまち、敵の攻撃を一身に受ける。
「上手く陽動できてます、この隙に!」
エラが、魔導銃にてカナタに群がる敵に向かって攻撃をしかけ、叫ぶ。マッシュも、囮の支援に駆けつけた。それでも、囮である以上、カナタの負担は相当だ。
「っ、くっ……!! 上等じゃ……!! 耐えてみせよう、できるはずなのじゃ!!」
敵の攻撃に盾で耐え、見方が蹴散らしてもなお襲い来る敵をまたやり過ごし、タイミングを見計らいまとめて始末し……、カナタは増えていく自身の痛みから逃げることなく戦った。この痛みこそ、自分が囮として役に立っていることの証なのだから。
●転移
「よし、いっけぇえええ!!!」
旭が、「風」を授けた。「追風」、「大嵐の加護」で回避力を大きく向上させたのである。全員が、まるで自分自身が風になったかのような気持ちを味わいながら。
「準備はいいな!?」
「はいっ、行きますっ!!」
アルマたちと共に、ロニのプライマルシフトにて、ワープしていった。そのタイミングをきっちり見計らって、旭は「心技体」にて敵からの注目を己に集めた。
「さあ。教えてやるよ。俺たちがここに来た。だからこの意志は……通るんだよォ!!!」
旭の姿に惑わされ、突入隊を狙っていた敵はワープ先を見失っていた。まさしく、狙い通りである。だが、まだ安心はできない、と旭は全身全霊で血路を守った。その姿勢は、きちんと、仲間に伝わっていた。
すなわち。
「ここで断つ!!」
力強く叫ぶのは、大陸沿岸に先行していたアウレールである。グリフォンのグラオーグラマーンがそれに呼応するように勇壮な顔を持ち上げる。システィーナ号の接岸を待ってポジショニングをしていたアウレールは、作戦が転移に変更となっても狼狽えることなく、自らの役目を瞬時に悟ったのである。突入隊から敵の気を逸らすこと。それはたとえ方法がワープとなったとて変わりはしない。
「来たな!!」
突入隊の上陸と同時に、アウレールは「心技体」で彼らから敵の意識を逸らした。最前線に近い位置にいたジュードが、アウレールを補佐しつつ、浮遊大陸へと上がる。
「ギリギリまで随伴するよ! 友達もいるし絶対イヴを倒して欲しいし! 城で頑張ってる皆もいるし、相変わらずヘクスさんはずるいし、姫様だって頑張ってるし! 俺だって気張らないと!!」
セリフの端々に絶妙な具合に私情を挟みながら、ジュードはプラズマボムで道を切り裂いた。
「あ、でも、進むよりもこのままここで進路を確保した方がいいかな。まだ転移は第二弾も第三弾もあるんだよね」
ジュードの状況判断はいつも柔軟だ。陽とアルマが付き添っているのを見て、仲間たちにとってより優位に働く動きをサッと取った。
そのアルマは、ポロウの「惑わすホー」によって結界を張りつつ、範囲魔法を打消し、上手く護衛していた。これまでに積み重ねてきた強敵との戦いが、アルマの戦闘センスを磨いていた。今はまさにその腕の見せ所である。
「任せてくださいっ!」
どんどん敵を攻撃していくアルマはまるで手あたりしだいのように見えたが、実はしっかりと相手を見極め、懲罰を持たぬ敵を積極的に攻撃していた。もちろん、懲罰を使用してくる指揮官は、それよりも優先的に叩く。
「どんどん行きますよっ!!」
友軍が目を見張るほどの、猛攻と言えた。幾重にも対策をされた身で押し切っていく姿は、感情というものを持ち合わせない敵であってももしや恐ろしいと感じることもあるのではないかと、そんなふうにすら思える。
しかし、いくらアルマが磨かれた戦闘センスを持っているとはいえ、敵は次々と現れる。それを、すべて的確に見分けて行くことは不可能だった。
「っ?????!!!」
突然の腹への衝撃に、アルマは膝をついた。
「おい!! ひとりで引き受けすぎだ!!」
アルマとは反対側の立ち位置で堅実に敵を殲滅していた陽が駆けつけ、デルタレイを放つ。
「自分でっ……、立ち上がれますっ……」
「よし!」
結果的には、アルマが身を挺した形となったのだ、友軍に懲罰の被害はなく、無事であった。ふたりの心情としては、もう少し奥まで送り届けたかったところだが。
「引き際は、見誤っては、いけませんから……っ」
彼らの力を、ふたりは信じた。体を傾がせるアルマを陽が支え、ふたりは第二陣の到着を待たずに、大陸を後にした。
その転移部隊第二陣は、ハナの広範囲攻撃によって道が開かれ、転移を成功させることができた。転移には、遥華とヴィルマが付き添っていた。
「あれっ、ハナさんは!?」
遥華が少し、目を見張る。ハナも随行するはずだったのだが、状況を見て、転移のための道を開くことに徹してくれたようだった。
「その分も、私が!」
マテリアルカーテンで防御を上げた上で放たれる、遥華のガトリングによる扇状掃射が邪魔者を蹴散らす。
「煤と消えよ」
冷静な判断で範囲を指定したヴィルマのファイアーボールが、ダメ押しのように敵を焼き尽くした。すでに一度切り開かれた道のりである、という理由もあったが、ふたりの的確な連携により、第二陣も無傷といってよかった。少しでも疲弊が見えれば、すぐにも回復を施す手厚さによるところももちろん大きい。
「私はここで踏みとどまり、第三陣を待ちます!」
そう言う遥華に頷いて、ヴィルマは一足先に浮遊大陸を離脱した。第三陣は、常に手薄なところを見つけては敵を潰す、というハヤテの目端の良い攻撃により道を開かれ、エステルのラストテリトリーに加え、鳥の支援もあって無事に転移の成功を果たした。付き添って来たのは自らで露払いもしたエステルと、もう大陸入口での戦闘は必要ないと判断したジュードだ。遥華と合流し、三方で包むようにして友軍を守る。
討っても討っても数の減らないかに見えていた敵は、ここまでくると少しマシになったような、気がしていた。
「……気のせいかもしれませんけれどー!」
「うん、そうかもー!」
ジュードがプラズマグレネードで敵を倒し、すぐさま次の敵に向き直る。遥華がブリザードで足止めをしている間に、エステルがレメゲトンで突入隊の傷を癒した。これが、別れの合図でもあった。
「お先のご武運を! 必ずお帰りになると信じています!」
突入隊の背中を、思い切り押し出すような気持ちで、遥華・エステル・ジュードは、船へと取って返した。
途中、マッシュが飛びあがってくるのとすれ違った。無言で頷いて行った彼は、大陸沿岸、必要があれば大陸上でも戦いを続けるため、一度システィーナ号へ戻った後に再度空を上がってきたのだ。沿岸付近で戦闘を続けていたアウレールのことを内心で心配していたジュードは、マッシュの存在に少し安堵した。
そのころ。
三度にわたる転移をしてのけたロニは、大きく息を吐いた。
「突入隊、すべて転移を終えたことを報告する!」
皆の協力あってのこと、だった。それに対する感謝の言葉を続けようとしたとき。
「うぐっ!!」
強い衝撃が、ロニの全身に走った。マスティマの全身を揺るがすような、体当たりらしき攻撃を受けたと思われたが、何がぶつかってきたのかも、すぐには把握できなかった。
「しまったっ」
転移を終え、気を抜いた一瞬を突かれた。ぐらつく頭をなんとか持ち上げ、体勢を立て直す。
「雑魔ごときに手を出させぬ」
「させません」
ロニが自らで反撃をする前に、敵は霧散していた。転移を無事に終えさせるため、常にサポートを続けていた鳥とユメリアが、ロニを襲った敵を葬ったのである。仲間に何かあればすぐにでも穴を埋めようと、常に気をまわしていた鳥がいち早く動き、ユメリアがそれに続いたのであった。
「すまない、助かった」
「あなたあっての、突入隊送り込みの成功だ。潰させるわけにはいかない」
鳥が素早く、ポロウのルジェを旋回させる。
「いや、俺だけの功績ではない。レインの白龍の息吹がなければこうもスムーズにはいかなかっただろう。ユメリアが常に突入隊を庇ってくれていたことも、な」
「もちろん、他の皆さんのお力も、です。が……、その談議はすべて終わってからに致しましょう。仕事はまだ、残っています」
周囲に油断なく視線を走らせながら、ユメリアが言う。彼女は自律兵器の場所を覚えてゆこうとしているのだった。
そう、戦いはまだ続いている。浮遊大陸へと突入した者たちが、帰ってくる場所を、守る戦いが。
●待つための戦い
突入隊を無事に送りこめたという報告を聞いて、ユリアンはホッと胸をなでおろした。グリフォンのラファルと共に、フライング・システィーナ号の船底や船側面に気を配り続けていたユリアンは、雲に紛れて接近しようとする敵を逃さず打ち落としていた。雲を利用して飛ぶ船であるからこそ、その雲を逆手に取られる可能性はもちろんあるのだ。それに気が付くことのできたユリアンのおかげで、システィーナ号の船底は傷一つなく、綺麗なままであった。
上空へ視線を移すと、惣助のダインスレイブがガンガン敵を打ち落としていくダイナミックな光景が目に入って、なぜだか笑いが込み上げた。あの大胆にして圧倒的な攻撃姿勢は、見ているだけで胸がすく。ダインスレイブが打ち漏らした敵を、ツィスカのプラズマバーストが確実に仕留めていた。あの協力体制があったからこそ、ユリアンが船底や船側面に気を配れたのだ。
「ここまで持ちこたえたんだ、最後まで守り抜こう。そう、出来る事を、すべてするんだ。……ラファル、最後まで飛びつづけよう……頼む」
ラファルは返事の代わりに、大きく旋回した。
惣助やユリアン、ツィスカだけではない。真も、転移作戦中のシスティーナ号を守るに大きく寄与していた。常に甲板を気にして戦闘を続けていた真は、すでにひどく疲弊していてもおかしくはなかったが、絶妙なタイミングで船に戻ってきては鉄のような防御とケアをしていく錬介、多方向へのサポートが輝かしい鳥によって、その活動力を支えられ、ひたすらに戦い続けていた。ディープインパクトで突っ込んで蹴散らしつつ、弱った敵から剣で仕留めるという戦法は実に功を奏し、真が殲滅した敵の数は、もう誰にも数えられないと思われた。
「一撃離脱、がこうも綺麗に決まっていくとは、素晴らしいですねーえ」
リボンの結ばれた杖を操りながら、アメリアが呟く。
「指揮系統が乱れると危ないのはこちらも同じだからね」
真が乱れた息を整えながら微笑む。
フードに隠れていて見えないが、アメリアの額には汗が浮かんでいた。主にレイレリアとふたりで「風巻く竜」を操り、船を守るアメリアは、総指揮を務めるノセヤと並んでシスティーナ号の要だ。
「ここが正念場ですね!」
レイレリアが竜巻を大きくさせ、黒く群れをつくる雑魔に当てて蹴散らす。その時々に応じて臨機応変な戦い方を見せ続けたレイレリアは、船に貼りつこうとする敵を誰よりも早く見つけてファイアーボールで倒し、竜巻にて打ち払うのが良いと判断される場面ではアメリアの動きを見ながら共に「風巻く竜」を御し続けていたのだ。いまや、アメリア以外では誰よりも、この魔法を扱うに長けている人物であると言えた。
「そちらを大きく!」
「はい、次は手前を!」
アメリアとレイレリアは、声を掛け合いながら竜巻同士をぶつからせることなく連携させた。もともと、殺傷能力にさほど優れているわけではない魔法だ。その分、効果的に活かすには、無駄のない使い方が求められる。
「レイレリアさん、前方を頼みます!」
ノセヤから要請があれば、それに一番に従った。竜巻に集中すれば威力は上げられるが、その分、状況判断の為の視野は狭くなるのだ。
「お任せを!」
レイレリアはシスティーナ号の前方に近付かんとする歪虚を竜巻で弾き飛ばした。倒すところまではいかなかったと見え、竜巻で追うかどうするか、少し迷う。それを知ってか知らずか、竜巻で追う前にユリアンがすかさずその敵に向かっていくのが見え、心中で感謝の意を唱えた。
「アメリアさん! レイレリアさん! 竜巻、交代するよ!」
「私も交代要員としてくれて構わない」
友軍の送り込みを終えたマチルダと鳥が、甲板へ降りてきた。鳥が甲板でまず行ったのは、回復地点の形成だった。拠点をひとつ作っておけば、回復体制を整えられ、無駄がない。まだまだ持ちこたえなければならないという現状において、必要ではあるのに忘れられがちな配慮だった。
と、ドサリ、という音がして甲板に何か落ちてきた気配がした。皆がすかさずそちらへ向き直ると。
「っ???????!!」
それは敵ではなく、疲弊しきった、旭であった。
「浮遊大陸上で、帰還拠点の防衛を続けようと、思ったんだけど、さ……、ちょっと限界だったみたいだ」
「……大丈夫。必ず、帰る道は作るから」
レイレリアが助け起こした旭に向かって、マチルダが力強く言った。
「ああ、そうだな」
旭も頷く。大陸近くでは、囮のサポートを終えてから凄まじい早さで上空へと駆けつけてきたマッシュをはじめ、悠やハヤテがソツのない動きで戦いを続けている。
旭の後を追うように、アウレールが倒れ込むようにして戻ってきた。アウレールばかりでなく、きっとまだ何名も、友軍のために身を尽くした者たちが、ボロボロになりながら次々システィーナ号へ戻ってくるだろう。そしてまた、回復させた身を引きずって空へ戻るのだ。
きっと、友軍も同じような、いやもしかしたらもっとひどい状態で戻って来るに違いない。それでも、戻ってこれたら、それでいい。鳥が整えたばかりの回復拠点へ移り、旭は疲弊しきっているはずであるのに、そうとは思えぬ力強さで叫んだ。
「全員無事に、地上に帰すぞ!!」
そう、帰ってくる、ところを。必ず、守らなければ。
●帰る場所
今一度、ハンターたちの気持ちがひとつになった。
「みんなが戻ってくる場所なんですからぁ、歪虚なんかシスティーナ号に近づけさせませんよぅ。全ブッコロですぅ」
ハナが手際よい射撃で敵を撃ち落としながら言う。口調が可愛いのにセリフが物騒なのはいつものことで、そうしながらも、疲弊した仲間にはすかさずヒールウィンドを使用する細やかさだ。
「加勢しよう」
ハナひとりでは荷が重くなってきたところを見計らうように、ロニがやってきた。転移を成功させてからも仲間の手薄なところを見つけては飛び回る、勤勉な戦いぶりだ。
帰ってくる場所を、守る。その思いのもと、皆がフライング・システィーナ号の周りに集い始めていた。マチルダは、ハンターたちが集まったところを中心にリベレーションを施す。突入隊の帰りを待つにはまず自分たちが無事でいなければならないのだ。
と、全員の背筋が不意に凍った。何か、来る。共通したその思いで、上を見上げる。
黒い、だが、明るい、黒い、光……、そんな矛盾しているはずの「昏い明るさ」が、空を切り裂く。
「負けるか!!!」
陽が、この「昏い明るさ」……、イヴ側の何者かによる魔法攻撃を、打消し、防いだ。羽衣「パノプリア」で範囲拡大した、「惑わすホー」の結界である。このイヴの魔法攻撃を、陽は予想し、常に警戒していたのだ。
皆がそれに息を飲む中、ハヤテがいち早く攻撃を再開した。陽を目掛けてくる敵の動きを、死者の掟で足止めする。陽とハヤテは、頷き合って互いの働きを認め合った。礼を言い合うのは後でいい。まだ、戦いは終わっていない。
「船底、船側面の防護をさらに強化させるべきです」
エラが誰よりも冷静な状況判断で伝達をした。陽動作戦を立派に成し遂げたカナタと共に、フライング・システィーナ号を守るための行動に移ったのである。
「船底へは、私が行きます」
遥華が素早く船底へ動く。ユリアンの状況を確認しつつ、身を挺してでも船底を守る姿勢を取った。
エラは引き続き仲間たちと漏れなく情報交換をしながら、エラは気が付いた。ハッとして、すぐさまノセヤに通信を繋ぐ。
「もしかして」
「お気づきになられましたか、さすがですね」
ノセヤは、厳しいまなざしで、しかし微笑んだ。
「フライング・システィーナ号は、前進しています。もちろん、無理のない範囲で。皆さんの戦いのおかげです、このペースでなら、進めるでしょう。友軍の送り込みは成功しました。今度は、少しでも近くに、彼らを迎えに行きたいのです」
「理解しました。尽力します」
エラは油断なく、しかし希望を抱いて、頷いた。
誰もが、それぞれの想いを抱いて、この戦いにいた。ツィスカも、そのひとりだった。
「アウレール殿をはじめ、他にも実力者が備わっていますから……彼らが役目を徹し得る為にも、私も己の責務を全うするまで。こんな私でも、奇跡の一端を担えるものだと信じたい、証明したいですから……彼らに届き得る存在となる為にも」
鋭いまなざしで周囲を見回しながら、「惑わすホー」の結界を使用していく。守るばかりでなく、しっかりとバランスよく攻撃にも転じて行くツィスカの姿を見て、アメリアは声をかけずにはいられなかった。真らと共に、ひたすらに船を守り抜いてくれたのは、ツィスカだ。
「あなたの言う、実力者がどんなものなのか、存じませんけれどねーえ。私は、このフライング・システィーナ号を熱心に守ってくださった大事なひとりとして、あなたのことを信頼しますよーお。こんな私、などと、できれば言わないでいただきたいですねーえ」
ツィスカが驚いたように、アメリアを見た。アメリアは、話し過ぎてしまった、とでもいうように肩をすくめて、甲板に腰を下ろした。少し、魔法を使い過ぎたのだ。
断続的にシスティーナ号をおびやかす存在である自律兵器の対処は、ヴィルマとエステルが引き受けていた。ユメリアから位置を伝達され、なるべくふたりがかぶらないようにそれぞれで攻撃していく。効果範囲を五体までに変更したヴィルマのマジックアローは、目覚ましい早さで自律兵器の数を減らしていった。
グリフォンのオーデムの上で、ヴィルマはまなざし鋭く戦いを続けた。遠距離攻撃にも、ゲイルランパートで対処していく。
「ふむ、次へ行けそうじゃの」
余裕ぶっているつもりはないが、ヴィルマの口調にはどうしても、優雅さがにじみ出ていた。自律兵器の撃破を終え、次は敵指揮官撃破か傲慢歪虚討伐か……、と行く先を探す。回復が必要でありそうな仲間がいれば、救出が最優先だが、誰もが手厚く回復につとめているためか、はたまた回復することなど忘れて戦いに没頭しているのか、ヴィルマの手を必要としていそうな者は見当たらなかった。
「では……、行くとしようかの」
ヴィルマは前方に見え始めた敵影に狙いを定めた。
「敵の滅殺こそ我が魔法の本領発揮。霧の魔女の本気みせてやるのじゃよ」
一方でエステルも、順調に自律兵器を破壊していた。月奏と蒼燐華は自律兵器だけでなく周囲の敵を巻き込みながらかなりの範囲の攻撃に成功し、システィーナ号への攻撃は目に見えて減っていた。
「お役にたてているようですね」
エステルの微笑みにも、余裕のようなものが見えた。彼女の内心は決して余裕というわけではなく、ただただ、この戦いを少しでも良い方向へ進めようという熱意に満ちていたのだけれど。優美さと熱意を矛盾なく抱えることのできる、稀有なる乙女は、休むことなく動き続けた。
そんなヴィルマとエステルのふたりに伝達をしてきたユメリアはというと、システィーナ号へ戻るやいないや、ミグに提案をした。
「私が周囲を飛び回って敵を追尾させますから、それを甲板から叩いていただけないでしょうか」
「そなた、ミグを武器として使おうと言うか? よかろう、一匹残らず殲滅してみせようぞ!」
その攻撃方法を耳に入れたノセヤが、ユメリアとミグが動きやすいようにと船の動きを指示した。ユメリアは宣言通り、敵を追尾させ、さらにその追尾してくる敵の動きを急旋回で乱した。
「今じゃ!!!」
甲板から、ミグが両目を爛々と輝かせ、片っ端から打ち落としていく。
攻撃のしやすい体勢に船が動いたということは、ある意味では身の守りもさらに厚くしなければならないということにもなりうる。そこをきちんとカバーしたのは、錬介であった。竜巻を操り続け、しばらくの回復を待つ必要があったアメリアと、満足に動けなくなってきた小隊の者らをためらうことなくかばい、負傷があれば治癒に徹した。中には、錬介と顔なじみの者たちもおり、錬介は言葉を交わすことなきままに、彼らと顔を見合わせて頷き合った。
「勝ちます。必ず。そして、生き残るんです」
飛び回りながら、ユメリアは叫んだ。
「キヅカ様達の帰る道標はかざし続けます。未悠さんから学びました……、想いを砕かせない、共に輝く事! 傲慢よ、これが人だ!!!」
その声は、確実に、力に、変わる。
●帰還
どれほどの、時間が経っただろうか。どれほどの、敵を屠っただろうか。誰もわからなくなっていたが、誰一人、闘志は失っていなかった。戦況には波がある。波が引いたときを見計らって、鳥や錬介が回復の処置に周り、継続的な戦闘を可能にしていった。
そして、ハンターたちは、ふと、気がつく。空を随分と広く感じることに。
もちろん、実際に広がったわけではない。だが、心が、そう感じたのだ。それはつまり。
「おわ、る……?」
誰かが、呟いた。声が、空にとけた。
不思議な気持ちに誰もがなりかけたとき、その広い空に、現実的な煙が上がった。ハッと顔を上げたのは、悠だ。実は、大陸からの離脱時に位置を知らせるよう、突入時に発煙手榴弾をイヴ討伐隊の何名かに渡していたのである。
誰よりも早く、悠は友軍の回収に動き出した。縄梯子で地引網のように、という策を講じつつ、機体でも抱えるようにして拾っていく。
「スリリングな飛行だが吐くなよ?」
こんな軽口を言えることが、妙に嬉しかった。そして、気が付く。この煙は、手榴弾のものではない。
「あっ! 突入班が帰って来ましたよぅ! みんなぁ、大丈夫ですぅ? こっちはもちろん大丈夫ですよぅ!」
悠の動きと、空の様子に気が付いたハナが、大きく手を振った。時間の感覚はもうなくなっていたので、きっと錯覚なのだろうけれど、送り込んだときのことが、もうかなり昔のことのような気がしていた。
「あれっ?」
手を振っていたハナは、背後に気配を感じて振り返った。見知った顔がいくつも、そこにあった。
「えええ?? ちゃんと帰ってきた人たちにここで文句言うのはどうかとは思いますけどぉ、折角情感たっぷりに手を振ったのにぃ。感動を返せって感じですぅ」
「それは、なかなかヒドイ言いぐさだなあ」
真が苦笑しながらハナの肩を叩く。てっきり全員が上空から来るものと思っていたが、帰りだって転移という手段があったわけだ。
マチルダが、笑いつつもいち早く動き出した。この、帰還の時の為に、スキルを残していたのだから。竜巻を止め、駆け出しながら、彼女はふと、アメリアを振り返った。
「戦争ではあるけれど……。この為の、生きるための、魔法だもの。形になって役に立って、本当によかった。今後も別の目的で飛べるなら嬉しいね、アメリアさん」
「ええ、そうですねーえ」
アメリアは、ゆるゆると頷いた。そして、ぐるりと、周囲を見渡した。竜巻を共に操ってくれたレイレリアと握手を交わし、同じ苦楽を共にしたノセヤと頷き合った。
まだ、心が晴れたとは言い切れない。けれど。こんなにも早く、皆の笑顔を見られるとは。そして、空を見上げられるとは。
悠が手榴弾の煙だと思ったものは、浮遊大陸が、消えていく姿であった。燃えるのとも違う、とけるのとも違う、言い表しようのない不思議な調子で、少しずつ、少しずつ、消えて、ゆく。
「王国の、美しい空を……、どうぞもう一度、ご覧くださいねーえ、女王陛下……、そして、すべての王国民よ……」
アメリアの声は、再会を喜ぶハンターたちの歓声に紛れながら、フライング・システィーナ号の上に、落ちたのだった。
フライング・システィーナ号の準備が整った。雲を纏わせるための魔法陣が描かれ、アメリア・マティーナ(kz0179)の杖にはリボンが結ばれている。アメリアは、いつも目深にかぶっている黒いフードを跳ね除けて空を見上げた。空を見上げたのだから、視線の先には「空」がなければならないはずだった。だが、今、彼女が見据えているのは。
「浮遊大陸……、目障りですねーえ」
その言葉を聞いて、ノセヤがぎょっとした。アメリアと交友を深めるようになったのはここ最近のことだが、それでも彼女が普段「目障り」というような言葉を使うような人物ではないということくらいはわかっていた。つまり、それほどに、アメリアの怒りは深いのだ。
「いつでも飛べますよ」
ノセヤが背筋を伸ばして、アメリアに声をかけた。アメリアは黒いローブのフードを深くかぶりなおして頷いた。
「出発の号令は、あなたが。指揮官殿」
「はい」
ふたりの声は静かだった。だが、どちらにも、闘志が漲っていた。
さあ、勝利のための空へ。ハンターたちの心も、ひとつになって熱く燃えている。
●空を進め
雲織羽衣を纏い、浮上し始めたフライング・システィーナ号。その姿をほれぼれと眺めているのは、岩井崎 旭(ka0234)と、彼の相棒・ワイバーンのロジャックだ。
「こいつに無数の明日が掛かってるんだよな。すげー船だぜ。ここまで来たらもう、王だとか敵の数だとか、知ったことじゃねぇ。この大空の中で、束ねた明日を望む意志、それを貫き通せるか勝負するだけだ」
明日のゆくえを決める、その船の甲板で、まさしく明日を望む意志を持つ鳳城 錬介(ka6053)は呟く。
「師匠……ソルラさん……ようやくここまで来ましたよ。厳しい戦いになりますが、必ず勝利してみせます。どうか見守っていてください……」
脳裏に思い浮かぶ、亡き人の顔。それを、ぎゅっと胸に抱きしめて、錬介は雲のむこうを睨んだ。
「頼んだよ」
その一言は、彼のポロウ、藍銅に向けられた。船の周囲を飛び回らせ、船を護るための戦いをしてもらうためだった。藍銅は勇ましく、雲のむこうへ飛び立つ。
雲のむこう……、空の中では、ハンターたちが戦闘の準備を万全にして飛びあがっていた。
ジュード・エアハート(ka0410)がR7エクスシアのディアーナに乗り、飛行している。
「ガイドは俺に任せて!」
迷いなく叫び、ジュードは先導する。彼は鋭敏視覚とスキルリンカーで活性化させた直感視を重ね、いち早く敵が手薄なポイントを見つけていた。
グリフォンのオーデムに乗ったヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)のアイデアルソングで抵抗を上げた突入支援チームが、ジュードの先導に続く船を取り巻きつつ次々と空中の敵に挑んでいく。彼らにかけられた防御や抵抗の効果は、これだけではない。皆がこぞって二重にも三重にも対策をし、かけられた方はもう何でどう守られているのか把握できないほどであった。
「王国の平和までもう一歩です。星の祝福は皆さんと共に!」
エステル・ソル(ka3983)の明るくも決意に満ちた声が響いた。
「システィーナ号は最後まで行ってしまってもよいのではないか。戦艦の安全を考えて後退させるにしても戦域外まで下げるわけにもいかないだろう。戦力は分けるべきではないしな」
フライング・システィーナ号の甲板に立ち、ミグ・ロマイヤー(ka0665)がそうノセヤに提案する。一抹の不安はあったもののノセヤは、戦力を分けるべきではないという点には同意であった。
「とにかく、行けるところまで行きましょう」
「うむ! 皆、これが最後じゃ。ヴァルハラにて会おう」
ミグが不敵に微笑んだ。
「……そういう作戦であるならば、しっかりとフライング・システィーナ号を守らなければ」
強い決意を持って、ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)が呟く。
「これ程の図体なら回避はおろか激戦にも耐えられないとされますので、惑わすホーを使って護衛をはじめ船体への被害を少しでも抑えておきたいところです」
その言葉通り、ツィスカは、ポロウの「惑わすホー」にてシスティーナ号の周囲に結界を敷いた。
「戦術レベルではありますが、ここもまた私達の寄る辺、帰るべき場所でもありますから」
そしてツィスカは空の敵を睨み、攻撃の態勢を取った。被害への対策を確かにしつつ、攻撃する。それが、正しく「護る」ということだ。
そのシスティーナ号を前へ行かせるべく、ペガサスのルチアに乗ったマチルダ・スカルラッティ(ka4172)が双眼鏡で索敵ののち、エクステンドチェンジとメテオスウォームで露払いし、進路を開く。指揮官やドローンを積極的に巻き込める範囲で攻撃したため、初手から一気に進みやすくなった。巻き込みで撃破できなかった指揮官は、マッシュ・アクラシス(ka0771)の刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」が対処した。
「送り届けるまでが仕事、とは言いましてね……」
マッシュは実に多岐に渡った対策を考えていた。仲間の回復や囮役への援護など、細やかな気遣いを見せている。
加えて、央崎 遥華(ka5644)R7エクスシアのキルケーで索敵している。敵分布を丁寧に探り、敵が極力薄そうなルートを割り出し、的確にこの先の進み方を共有した。もちろん、自らも周囲の敵を削りながら、である。
ユメリア(ka7010)はペガサスのエーテルで回復要因に徹することとしていた。茨の祈りで被害を抑える事に集中し、攻撃は仲間に任せることで、むしろ攻撃に集中したい者たちは回復について気にすることなく戦うことができた。
「私は伝える。こちらのルートも有効であると」
ルートの選定をしていたのは遥華だけではない。ポロウのルジェに乗った、雨を告げる鳥(ka6258)もそうであった。複数でルート選定を行えば、その分、行き詰まる確率は下がる。実にスムーズに進行できる状態を作れていると言えた。
「この分なら、突入部隊を送り込むのに何の問題もなさそうですね」
ノセヤがホッとしたように呟いた通り、フライング・システィーナ号は浮遊大陸に着実に近づいていた。ジュードが先導し、そのジュードにはユリアン(ka1664)が前方の情報を伝達している。ジュードよりも先をグリフォンのグラオーグラマーンに乗ったアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が飛び、友軍を送り込む準備は着々と整えられているように見えた。
しかし。船の周囲を取り囲むようにして飛ぶ者たちを含め、戦況が厳しくなっていくのを、誰もが感じるようになってくる。
ペガサスのスーちゃんに乗った星野 ハナ(ka5852)が五色光符陣で複数の敵をまとめて攻撃しつつ、周囲の状況を確認する。
「上へ飛べば飛ぶほど、ブッコロ対象が増えてますぅ」
「確かに、そうだな……、戦況は悪くないと思うんだが。システィーナ号に被害はほとんとないしな」
近衛 惣助(ka0510)がダインスレイブの長光で容赦なく周囲の敵を葬りながら言う。
「諸元入力……座標修正よし、迎撃開始だ!」
敵が直線に並ぶポイントを素早く見つけ、貫通徹甲弾をぶち込む。
「バラければ逃れられるってわけではないぜ」
群れぬ敵は、個別に叩いて行くだけだ。惣助は冷静に、距離を詰めて来ようとする敵をミサイルランチャーで撃破していった。
「王都を巡る戦いも今日で幕引きと行こう。突入班を無事に送り届け、そして帰ってくる場所を守り抜こう」
決意を、口にする。その決意を裏付ける気迫で、どんな力も惜しまず、恐れを見せず戦う惣助の姿は、味方であっても震えが来るほどであったが、そんな鬼神のごとき戦いぶりをもってしても、システィーナ号を護衛しているハンターたちは敵が減っていく実感を持てないでいた。
その状況は、鹿東 悠(ka0725)も把握していた。視野を常に広く保ち、ルクシュヴァリエの破軍にて仲間が撃ち漏らした敵を殲滅していくことに心を砕いていた悠は、その殲滅が次第に困難になっていくのを感じていたのだ。
「有象無象の敵がわんさかと……。これは報酬上乗せの交渉でも必要ですかねぇ……」
冗談めかしてそう呟くも、まなざしは真剣だった。このままでは、船の護衛戦力はどんどん削がれていくだろう。
「このまま上へ船を突き進ませるのは、危険だと思いますが……!」
連絡を密にすることを、ことに大事にして行動していた悠は、すぐさま自分の危惧するところを伝えた。フライング・システィーナ号で指揮を執っていたノセヤも、それは感じているところだった。リボンを用いた竜巻の魔法「風巻く竜」でアメリアとレイレリア・リナークシス(ka3872)が迎撃しているほか、ミグが「ミグ式グランドスラム製造装置」を牽引しながら派手に甲板を走り回り、 鞍馬 真(ka5819)がワイバーンのカートゥルに乗り船の護衛を主軸とした戦いをしているものの、船の周りで戦う者らを攻撃に巻き込まぬことも考えなければならず、このままの状態で上へと進み続けるのは困難と言えた。
「フライング・システィーナ号、これ以上の進行は慎重になるべきだ!」
マスティマに乗るロニ・カルディス(ka0551)がそう進言した。
「友軍はプライマルシフトで転移させる! 友軍と共に転移して突入する者と、システィーナ号の護衛に残る者とで分かれるしかあるまい。総員、すぐに自分の行動を決定してくれ」
戦力は分けるべきではない、という考えのもとで、浮遊大陸へのシスティーナ号接岸を目指していたが、ここは方針を変える方が得策であるようだった。ノセヤはアメリアと頷き合い、ロニの案を全面的に入れることとした。
「そうとなれば、転移の邪魔をさせないようにせんとのう」
ルクシュヴァリエで飛ぶカナタ・ハテナ(ka2130)が唇を美しく三日月形にした。ソウルトーチで囮の役目を引き受けていた彼女は、すでに人一倍の敵を一手に引き受けていた。
そんなカナタのサポートを手厚く行っているのが、エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)だ。アンチボディを施し、戦況を分析した上で陽動行動がきちんと活かされる進路をシスティーナ号に示してきたのだ。いざ転移、となれば、このふたりの動きは今まで以上に重要となる。
「頼むぞ、エラ」
「任せて」
短いやりとり。それで事足りる。エラは再度、カナタにアンチボディをかけ、彼女に集まるはずの敵を落とすべく魔導銃をかまえた。
「道を開く! さあ、行くんだ突入部隊!」
ペガサスに乗ったフワ ハヤテ(ka0004)がメテオスウォームで、特に進行を妨げていた敵の群れを削った。すかさずそこを進路とし、転移に有利な位置を確保していく。それを見て、カナタとエラも、陽動が効果的に行える場所へ移動した。
「よし、前へ出られた。およそ三回に分けて転移させる。第一回目、始めるぞ!」
味方の作ってくれた隙を無駄にしないよう、ロニがタイミングをしっかりと計る。
「イブの揺り籠までご案内だ!」
ポロウのポールノチに乗る八島 陽(ka1442)がすかさずそこに加わった。アルマ・A・エインズワース(ka4901)も続く。
「わふ、わふっ。ついていけるところまで行きますっ」
転移は少なくとも三度に分ける必要があった。陽やアルマと同じように、できる限り近くまで随行したいという意志を持つハンターは多く、チームを三つに分けてほぼ均等に、護衛につくこととなった。
「よし、第一陣、送り込むぞ!」
ロニの合図で、カナタがソウルトーチを発動させた。たちまち、敵の攻撃を一身に受ける。
「上手く陽動できてます、この隙に!」
エラが、魔導銃にてカナタに群がる敵に向かって攻撃をしかけ、叫ぶ。マッシュも、囮の支援に駆けつけた。それでも、囮である以上、カナタの負担は相当だ。
「っ、くっ……!! 上等じゃ……!! 耐えてみせよう、できるはずなのじゃ!!」
敵の攻撃に盾で耐え、見方が蹴散らしてもなお襲い来る敵をまたやり過ごし、タイミングを見計らいまとめて始末し……、カナタは増えていく自身の痛みから逃げることなく戦った。この痛みこそ、自分が囮として役に立っていることの証なのだから。
●転移
「よし、いっけぇえええ!!!」
旭が、「風」を授けた。「追風」、「大嵐の加護」で回避力を大きく向上させたのである。全員が、まるで自分自身が風になったかのような気持ちを味わいながら。
「準備はいいな!?」
「はいっ、行きますっ!!」
アルマたちと共に、ロニのプライマルシフトにて、ワープしていった。そのタイミングをきっちり見計らって、旭は「心技体」にて敵からの注目を己に集めた。
「さあ。教えてやるよ。俺たちがここに来た。だからこの意志は……通るんだよォ!!!」
旭の姿に惑わされ、突入隊を狙っていた敵はワープ先を見失っていた。まさしく、狙い通りである。だが、まだ安心はできない、と旭は全身全霊で血路を守った。その姿勢は、きちんと、仲間に伝わっていた。
すなわち。
「ここで断つ!!」
力強く叫ぶのは、大陸沿岸に先行していたアウレールである。グリフォンのグラオーグラマーンがそれに呼応するように勇壮な顔を持ち上げる。システィーナ号の接岸を待ってポジショニングをしていたアウレールは、作戦が転移に変更となっても狼狽えることなく、自らの役目を瞬時に悟ったのである。突入隊から敵の気を逸らすこと。それはたとえ方法がワープとなったとて変わりはしない。
「来たな!!」
突入隊の上陸と同時に、アウレールは「心技体」で彼らから敵の意識を逸らした。最前線に近い位置にいたジュードが、アウレールを補佐しつつ、浮遊大陸へと上がる。
「ギリギリまで随伴するよ! 友達もいるし絶対イヴを倒して欲しいし! 城で頑張ってる皆もいるし、相変わらずヘクスさんはずるいし、姫様だって頑張ってるし! 俺だって気張らないと!!」
セリフの端々に絶妙な具合に私情を挟みながら、ジュードはプラズマボムで道を切り裂いた。
「あ、でも、進むよりもこのままここで進路を確保した方がいいかな。まだ転移は第二弾も第三弾もあるんだよね」
ジュードの状況判断はいつも柔軟だ。陽とアルマが付き添っているのを見て、仲間たちにとってより優位に働く動きをサッと取った。
そのアルマは、ポロウの「惑わすホー」によって結界を張りつつ、範囲魔法を打消し、上手く護衛していた。これまでに積み重ねてきた強敵との戦いが、アルマの戦闘センスを磨いていた。今はまさにその腕の見せ所である。
「任せてくださいっ!」
どんどん敵を攻撃していくアルマはまるで手あたりしだいのように見えたが、実はしっかりと相手を見極め、懲罰を持たぬ敵を積極的に攻撃していた。もちろん、懲罰を使用してくる指揮官は、それよりも優先的に叩く。
「どんどん行きますよっ!!」
友軍が目を見張るほどの、猛攻と言えた。幾重にも対策をされた身で押し切っていく姿は、感情というものを持ち合わせない敵であってももしや恐ろしいと感じることもあるのではないかと、そんなふうにすら思える。
しかし、いくらアルマが磨かれた戦闘センスを持っているとはいえ、敵は次々と現れる。それを、すべて的確に見分けて行くことは不可能だった。
「っ?????!!!」
突然の腹への衝撃に、アルマは膝をついた。
「おい!! ひとりで引き受けすぎだ!!」
アルマとは反対側の立ち位置で堅実に敵を殲滅していた陽が駆けつけ、デルタレイを放つ。
「自分でっ……、立ち上がれますっ……」
「よし!」
結果的には、アルマが身を挺した形となったのだ、友軍に懲罰の被害はなく、無事であった。ふたりの心情としては、もう少し奥まで送り届けたかったところだが。
「引き際は、見誤っては、いけませんから……っ」
彼らの力を、ふたりは信じた。体を傾がせるアルマを陽が支え、ふたりは第二陣の到着を待たずに、大陸を後にした。
その転移部隊第二陣は、ハナの広範囲攻撃によって道が開かれ、転移を成功させることができた。転移には、遥華とヴィルマが付き添っていた。
「あれっ、ハナさんは!?」
遥華が少し、目を見張る。ハナも随行するはずだったのだが、状況を見て、転移のための道を開くことに徹してくれたようだった。
「その分も、私が!」
マテリアルカーテンで防御を上げた上で放たれる、遥華のガトリングによる扇状掃射が邪魔者を蹴散らす。
「煤と消えよ」
冷静な判断で範囲を指定したヴィルマのファイアーボールが、ダメ押しのように敵を焼き尽くした。すでに一度切り開かれた道のりである、という理由もあったが、ふたりの的確な連携により、第二陣も無傷といってよかった。少しでも疲弊が見えれば、すぐにも回復を施す手厚さによるところももちろん大きい。
「私はここで踏みとどまり、第三陣を待ちます!」
そう言う遥華に頷いて、ヴィルマは一足先に浮遊大陸を離脱した。第三陣は、常に手薄なところを見つけては敵を潰す、というハヤテの目端の良い攻撃により道を開かれ、エステルのラストテリトリーに加え、鳥の支援もあって無事に転移の成功を果たした。付き添って来たのは自らで露払いもしたエステルと、もう大陸入口での戦闘は必要ないと判断したジュードだ。遥華と合流し、三方で包むようにして友軍を守る。
討っても討っても数の減らないかに見えていた敵は、ここまでくると少しマシになったような、気がしていた。
「……気のせいかもしれませんけれどー!」
「うん、そうかもー!」
ジュードがプラズマグレネードで敵を倒し、すぐさま次の敵に向き直る。遥華がブリザードで足止めをしている間に、エステルがレメゲトンで突入隊の傷を癒した。これが、別れの合図でもあった。
「お先のご武運を! 必ずお帰りになると信じています!」
突入隊の背中を、思い切り押し出すような気持ちで、遥華・エステル・ジュードは、船へと取って返した。
途中、マッシュが飛びあがってくるのとすれ違った。無言で頷いて行った彼は、大陸沿岸、必要があれば大陸上でも戦いを続けるため、一度システィーナ号へ戻った後に再度空を上がってきたのだ。沿岸付近で戦闘を続けていたアウレールのことを内心で心配していたジュードは、マッシュの存在に少し安堵した。
そのころ。
三度にわたる転移をしてのけたロニは、大きく息を吐いた。
「突入隊、すべて転移を終えたことを報告する!」
皆の協力あってのこと、だった。それに対する感謝の言葉を続けようとしたとき。
「うぐっ!!」
強い衝撃が、ロニの全身に走った。マスティマの全身を揺るがすような、体当たりらしき攻撃を受けたと思われたが、何がぶつかってきたのかも、すぐには把握できなかった。
「しまったっ」
転移を終え、気を抜いた一瞬を突かれた。ぐらつく頭をなんとか持ち上げ、体勢を立て直す。
「雑魔ごときに手を出させぬ」
「させません」
ロニが自らで反撃をする前に、敵は霧散していた。転移を無事に終えさせるため、常にサポートを続けていた鳥とユメリアが、ロニを襲った敵を葬ったのである。仲間に何かあればすぐにでも穴を埋めようと、常に気をまわしていた鳥がいち早く動き、ユメリアがそれに続いたのであった。
「すまない、助かった」
「あなたあっての、突入隊送り込みの成功だ。潰させるわけにはいかない」
鳥が素早く、ポロウのルジェを旋回させる。
「いや、俺だけの功績ではない。レインの白龍の息吹がなければこうもスムーズにはいかなかっただろう。ユメリアが常に突入隊を庇ってくれていたことも、な」
「もちろん、他の皆さんのお力も、です。が……、その談議はすべて終わってからに致しましょう。仕事はまだ、残っています」
周囲に油断なく視線を走らせながら、ユメリアが言う。彼女は自律兵器の場所を覚えてゆこうとしているのだった。
そう、戦いはまだ続いている。浮遊大陸へと突入した者たちが、帰ってくる場所を、守る戦いが。
●待つための戦い
突入隊を無事に送りこめたという報告を聞いて、ユリアンはホッと胸をなでおろした。グリフォンのラファルと共に、フライング・システィーナ号の船底や船側面に気を配り続けていたユリアンは、雲に紛れて接近しようとする敵を逃さず打ち落としていた。雲を利用して飛ぶ船であるからこそ、その雲を逆手に取られる可能性はもちろんあるのだ。それに気が付くことのできたユリアンのおかげで、システィーナ号の船底は傷一つなく、綺麗なままであった。
上空へ視線を移すと、惣助のダインスレイブがガンガン敵を打ち落としていくダイナミックな光景が目に入って、なぜだか笑いが込み上げた。あの大胆にして圧倒的な攻撃姿勢は、見ているだけで胸がすく。ダインスレイブが打ち漏らした敵を、ツィスカのプラズマバーストが確実に仕留めていた。あの協力体制があったからこそ、ユリアンが船底や船側面に気を配れたのだ。
「ここまで持ちこたえたんだ、最後まで守り抜こう。そう、出来る事を、すべてするんだ。……ラファル、最後まで飛びつづけよう……頼む」
ラファルは返事の代わりに、大きく旋回した。
惣助やユリアン、ツィスカだけではない。真も、転移作戦中のシスティーナ号を守るに大きく寄与していた。常に甲板を気にして戦闘を続けていた真は、すでにひどく疲弊していてもおかしくはなかったが、絶妙なタイミングで船に戻ってきては鉄のような防御とケアをしていく錬介、多方向へのサポートが輝かしい鳥によって、その活動力を支えられ、ひたすらに戦い続けていた。ディープインパクトで突っ込んで蹴散らしつつ、弱った敵から剣で仕留めるという戦法は実に功を奏し、真が殲滅した敵の数は、もう誰にも数えられないと思われた。
「一撃離脱、がこうも綺麗に決まっていくとは、素晴らしいですねーえ」
リボンの結ばれた杖を操りながら、アメリアが呟く。
「指揮系統が乱れると危ないのはこちらも同じだからね」
真が乱れた息を整えながら微笑む。
フードに隠れていて見えないが、アメリアの額には汗が浮かんでいた。主にレイレリアとふたりで「風巻く竜」を操り、船を守るアメリアは、総指揮を務めるノセヤと並んでシスティーナ号の要だ。
「ここが正念場ですね!」
レイレリアが竜巻を大きくさせ、黒く群れをつくる雑魔に当てて蹴散らす。その時々に応じて臨機応変な戦い方を見せ続けたレイレリアは、船に貼りつこうとする敵を誰よりも早く見つけてファイアーボールで倒し、竜巻にて打ち払うのが良いと判断される場面ではアメリアの動きを見ながら共に「風巻く竜」を御し続けていたのだ。いまや、アメリア以外では誰よりも、この魔法を扱うに長けている人物であると言えた。
「そちらを大きく!」
「はい、次は手前を!」
アメリアとレイレリアは、声を掛け合いながら竜巻同士をぶつからせることなく連携させた。もともと、殺傷能力にさほど優れているわけではない魔法だ。その分、効果的に活かすには、無駄のない使い方が求められる。
「レイレリアさん、前方を頼みます!」
ノセヤから要請があれば、それに一番に従った。竜巻に集中すれば威力は上げられるが、その分、状況判断の為の視野は狭くなるのだ。
「お任せを!」
レイレリアはシスティーナ号の前方に近付かんとする歪虚を竜巻で弾き飛ばした。倒すところまではいかなかったと見え、竜巻で追うかどうするか、少し迷う。それを知ってか知らずか、竜巻で追う前にユリアンがすかさずその敵に向かっていくのが見え、心中で感謝の意を唱えた。
「アメリアさん! レイレリアさん! 竜巻、交代するよ!」
「私も交代要員としてくれて構わない」
友軍の送り込みを終えたマチルダと鳥が、甲板へ降りてきた。鳥が甲板でまず行ったのは、回復地点の形成だった。拠点をひとつ作っておけば、回復体制を整えられ、無駄がない。まだまだ持ちこたえなければならないという現状において、必要ではあるのに忘れられがちな配慮だった。
と、ドサリ、という音がして甲板に何か落ちてきた気配がした。皆がすかさずそちらへ向き直ると。
「っ???????!!」
それは敵ではなく、疲弊しきった、旭であった。
「浮遊大陸上で、帰還拠点の防衛を続けようと、思ったんだけど、さ……、ちょっと限界だったみたいだ」
「……大丈夫。必ず、帰る道は作るから」
レイレリアが助け起こした旭に向かって、マチルダが力強く言った。
「ああ、そうだな」
旭も頷く。大陸近くでは、囮のサポートを終えてから凄まじい早さで上空へと駆けつけてきたマッシュをはじめ、悠やハヤテがソツのない動きで戦いを続けている。
旭の後を追うように、アウレールが倒れ込むようにして戻ってきた。アウレールばかりでなく、きっとまだ何名も、友軍のために身を尽くした者たちが、ボロボロになりながら次々システィーナ号へ戻ってくるだろう。そしてまた、回復させた身を引きずって空へ戻るのだ。
きっと、友軍も同じような、いやもしかしたらもっとひどい状態で戻って来るに違いない。それでも、戻ってこれたら、それでいい。鳥が整えたばかりの回復拠点へ移り、旭は疲弊しきっているはずであるのに、そうとは思えぬ力強さで叫んだ。
「全員無事に、地上に帰すぞ!!」
そう、帰ってくる、ところを。必ず、守らなければ。
●帰る場所
今一度、ハンターたちの気持ちがひとつになった。
「みんなが戻ってくる場所なんですからぁ、歪虚なんかシスティーナ号に近づけさせませんよぅ。全ブッコロですぅ」
ハナが手際よい射撃で敵を撃ち落としながら言う。口調が可愛いのにセリフが物騒なのはいつものことで、そうしながらも、疲弊した仲間にはすかさずヒールウィンドを使用する細やかさだ。
「加勢しよう」
ハナひとりでは荷が重くなってきたところを見計らうように、ロニがやってきた。転移を成功させてからも仲間の手薄なところを見つけては飛び回る、勤勉な戦いぶりだ。
帰ってくる場所を、守る。その思いのもと、皆がフライング・システィーナ号の周りに集い始めていた。マチルダは、ハンターたちが集まったところを中心にリベレーションを施す。突入隊の帰りを待つにはまず自分たちが無事でいなければならないのだ。
と、全員の背筋が不意に凍った。何か、来る。共通したその思いで、上を見上げる。
黒い、だが、明るい、黒い、光……、そんな矛盾しているはずの「昏い明るさ」が、空を切り裂く。
「負けるか!!!」
陽が、この「昏い明るさ」……、イヴ側の何者かによる魔法攻撃を、打消し、防いだ。羽衣「パノプリア」で範囲拡大した、「惑わすホー」の結界である。このイヴの魔法攻撃を、陽は予想し、常に警戒していたのだ。
皆がそれに息を飲む中、ハヤテがいち早く攻撃を再開した。陽を目掛けてくる敵の動きを、死者の掟で足止めする。陽とハヤテは、頷き合って互いの働きを認め合った。礼を言い合うのは後でいい。まだ、戦いは終わっていない。
「船底、船側面の防護をさらに強化させるべきです」
エラが誰よりも冷静な状況判断で伝達をした。陽動作戦を立派に成し遂げたカナタと共に、フライング・システィーナ号を守るための行動に移ったのである。
「船底へは、私が行きます」
遥華が素早く船底へ動く。ユリアンの状況を確認しつつ、身を挺してでも船底を守る姿勢を取った。
エラは引き続き仲間たちと漏れなく情報交換をしながら、エラは気が付いた。ハッとして、すぐさまノセヤに通信を繋ぐ。
「もしかして」
「お気づきになられましたか、さすがですね」
ノセヤは、厳しいまなざしで、しかし微笑んだ。
「フライング・システィーナ号は、前進しています。もちろん、無理のない範囲で。皆さんの戦いのおかげです、このペースでなら、進めるでしょう。友軍の送り込みは成功しました。今度は、少しでも近くに、彼らを迎えに行きたいのです」
「理解しました。尽力します」
エラは油断なく、しかし希望を抱いて、頷いた。
誰もが、それぞれの想いを抱いて、この戦いにいた。ツィスカも、そのひとりだった。
「アウレール殿をはじめ、他にも実力者が備わっていますから……彼らが役目を徹し得る為にも、私も己の責務を全うするまで。こんな私でも、奇跡の一端を担えるものだと信じたい、証明したいですから……彼らに届き得る存在となる為にも」
鋭いまなざしで周囲を見回しながら、「惑わすホー」の結界を使用していく。守るばかりでなく、しっかりとバランスよく攻撃にも転じて行くツィスカの姿を見て、アメリアは声をかけずにはいられなかった。真らと共に、ひたすらに船を守り抜いてくれたのは、ツィスカだ。
「あなたの言う、実力者がどんなものなのか、存じませんけれどねーえ。私は、このフライング・システィーナ号を熱心に守ってくださった大事なひとりとして、あなたのことを信頼しますよーお。こんな私、などと、できれば言わないでいただきたいですねーえ」
ツィスカが驚いたように、アメリアを見た。アメリアは、話し過ぎてしまった、とでもいうように肩をすくめて、甲板に腰を下ろした。少し、魔法を使い過ぎたのだ。
断続的にシスティーナ号をおびやかす存在である自律兵器の対処は、ヴィルマとエステルが引き受けていた。ユメリアから位置を伝達され、なるべくふたりがかぶらないようにそれぞれで攻撃していく。効果範囲を五体までに変更したヴィルマのマジックアローは、目覚ましい早さで自律兵器の数を減らしていった。
グリフォンのオーデムの上で、ヴィルマはまなざし鋭く戦いを続けた。遠距離攻撃にも、ゲイルランパートで対処していく。
「ふむ、次へ行けそうじゃの」
余裕ぶっているつもりはないが、ヴィルマの口調にはどうしても、優雅さがにじみ出ていた。自律兵器の撃破を終え、次は敵指揮官撃破か傲慢歪虚討伐か……、と行く先を探す。回復が必要でありそうな仲間がいれば、救出が最優先だが、誰もが手厚く回復につとめているためか、はたまた回復することなど忘れて戦いに没頭しているのか、ヴィルマの手を必要としていそうな者は見当たらなかった。
「では……、行くとしようかの」
ヴィルマは前方に見え始めた敵影に狙いを定めた。
「敵の滅殺こそ我が魔法の本領発揮。霧の魔女の本気みせてやるのじゃよ」
一方でエステルも、順調に自律兵器を破壊していた。月奏と蒼燐華は自律兵器だけでなく周囲の敵を巻き込みながらかなりの範囲の攻撃に成功し、システィーナ号への攻撃は目に見えて減っていた。
「お役にたてているようですね」
エステルの微笑みにも、余裕のようなものが見えた。彼女の内心は決して余裕というわけではなく、ただただ、この戦いを少しでも良い方向へ進めようという熱意に満ちていたのだけれど。優美さと熱意を矛盾なく抱えることのできる、稀有なる乙女は、休むことなく動き続けた。
そんなヴィルマとエステルのふたりに伝達をしてきたユメリアはというと、システィーナ号へ戻るやいないや、ミグに提案をした。
「私が周囲を飛び回って敵を追尾させますから、それを甲板から叩いていただけないでしょうか」
「そなた、ミグを武器として使おうと言うか? よかろう、一匹残らず殲滅してみせようぞ!」
その攻撃方法を耳に入れたノセヤが、ユメリアとミグが動きやすいようにと船の動きを指示した。ユメリアは宣言通り、敵を追尾させ、さらにその追尾してくる敵の動きを急旋回で乱した。
「今じゃ!!!」
甲板から、ミグが両目を爛々と輝かせ、片っ端から打ち落としていく。
攻撃のしやすい体勢に船が動いたということは、ある意味では身の守りもさらに厚くしなければならないということにもなりうる。そこをきちんとカバーしたのは、錬介であった。竜巻を操り続け、しばらくの回復を待つ必要があったアメリアと、満足に動けなくなってきた小隊の者らをためらうことなくかばい、負傷があれば治癒に徹した。中には、錬介と顔なじみの者たちもおり、錬介は言葉を交わすことなきままに、彼らと顔を見合わせて頷き合った。
「勝ちます。必ず。そして、生き残るんです」
飛び回りながら、ユメリアは叫んだ。
「キヅカ様達の帰る道標はかざし続けます。未悠さんから学びました……、想いを砕かせない、共に輝く事! 傲慢よ、これが人だ!!!」
その声は、確実に、力に、変わる。
●帰還
どれほどの、時間が経っただろうか。どれほどの、敵を屠っただろうか。誰もわからなくなっていたが、誰一人、闘志は失っていなかった。戦況には波がある。波が引いたときを見計らって、鳥や錬介が回復の処置に周り、継続的な戦闘を可能にしていった。
そして、ハンターたちは、ふと、気がつく。空を随分と広く感じることに。
もちろん、実際に広がったわけではない。だが、心が、そう感じたのだ。それはつまり。
「おわ、る……?」
誰かが、呟いた。声が、空にとけた。
不思議な気持ちに誰もがなりかけたとき、その広い空に、現実的な煙が上がった。ハッと顔を上げたのは、悠だ。実は、大陸からの離脱時に位置を知らせるよう、突入時に発煙手榴弾をイヴ討伐隊の何名かに渡していたのである。
誰よりも早く、悠は友軍の回収に動き出した。縄梯子で地引網のように、という策を講じつつ、機体でも抱えるようにして拾っていく。
「スリリングな飛行だが吐くなよ?」
こんな軽口を言えることが、妙に嬉しかった。そして、気が付く。この煙は、手榴弾のものではない。
「あっ! 突入班が帰って来ましたよぅ! みんなぁ、大丈夫ですぅ? こっちはもちろん大丈夫ですよぅ!」
悠の動きと、空の様子に気が付いたハナが、大きく手を振った。時間の感覚はもうなくなっていたので、きっと錯覚なのだろうけれど、送り込んだときのことが、もうかなり昔のことのような気がしていた。
「あれっ?」
手を振っていたハナは、背後に気配を感じて振り返った。見知った顔がいくつも、そこにあった。
「えええ?? ちゃんと帰ってきた人たちにここで文句言うのはどうかとは思いますけどぉ、折角情感たっぷりに手を振ったのにぃ。感動を返せって感じですぅ」
「それは、なかなかヒドイ言いぐさだなあ」
真が苦笑しながらハナの肩を叩く。てっきり全員が上空から来るものと思っていたが、帰りだって転移という手段があったわけだ。
マチルダが、笑いつつもいち早く動き出した。この、帰還の時の為に、スキルを残していたのだから。竜巻を止め、駆け出しながら、彼女はふと、アメリアを振り返った。
「戦争ではあるけれど……。この為の、生きるための、魔法だもの。形になって役に立って、本当によかった。今後も別の目的で飛べるなら嬉しいね、アメリアさん」
「ええ、そうですねーえ」
アメリアは、ゆるゆると頷いた。そして、ぐるりと、周囲を見渡した。竜巻を共に操ってくれたレイレリアと握手を交わし、同じ苦楽を共にしたノセヤと頷き合った。
まだ、心が晴れたとは言い切れない。けれど。こんなにも早く、皆の笑顔を見られるとは。そして、空を見上げられるとは。
悠が手榴弾の煙だと思ったものは、浮遊大陸が、消えていく姿であった。燃えるのとも違う、とけるのとも違う、言い表しようのない不思議な調子で、少しずつ、少しずつ、消えて、ゆく。
「王国の、美しい空を……、どうぞもう一度、ご覧くださいねーえ、女王陛下……、そして、すべての王国民よ……」
アメリアの声は、再会を喜ぶハンターたちの歓声に紛れながら、フライング・システィーナ号の上に、落ちたのだった。
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紺堂 カヤ | 14人 |
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