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　今日もご苦労だった。
　そう労うように換え馬業者の老人が馬車から馬を解放し、小屋に入れる前に街道のすぐ横に設置した桶で水を飲ませる。
　近隣の地方都市へ中途半端な距離に位置するこの小さな集落は、殆ど換え馬業と近郊産業の寄せ集めで出来ている。必要最低限の施設のみを街道沿いにおき、農業地といくつかの工場、地方都市の消防兼自警団の訓練に使う練兵場が道の周囲を囲むだけ。換え馬業も簡易宿も細々とほぼ日々のルーチンワークばかりで、たまに騒動が起きた時だけ飛び込みの客が来る程度であった。

　だから。
　その軋む車輪と荒ぶる蹄の音はイレギュラーで、水を飲み終えた馬を牽く老人は何事かと街道にのりだし、その異変に襲われた。
　悲鳴に慌てて飛び出しなんとか老人を救出した宿の若者が、医者とオフィス出張所に連絡をとり、たまたま別件で集落に居合わせたハンターが集まったころ──異変の続報と追加要請が加わった。

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　状況を整理します、と受付嬢が詳細を提示する。

　老人と若者の供述はこうだ。
　馬が異様なゴブリンの馬車によって連れ去られた。
　賊どもは最初はしずしずと、薄暗い時間の脇道を潜むように進んでいたものか。孤立する馬か馬車を見つけると、その隠密行軍を解き、強襲するのだという。
「儂らが襲われた時は、２頭立ての戦車様式の馬車へゴブリンが３体……。着飾ったメス１匹が御者、下僕のようなオス２匹が弓持ち。そのメスの手綱で馬の一頭は猛り、もう一頭は馬具で苦しめられ無理矢理追いたてられるようで……」
「さらに異様だったのは、御者の操る馬具です。いや、他に乗っている弓兵も普通のゴブリンじゃなかったですが、あの御者が持つ手綱はただの馬具じゃない。それ自体が触手みたいな雑魔じゃないか、そんな動きをして、馬を絡めとりさらって戦車の馬列に加え去って行きました」

　ゴブリンは歪虚化。
　その手に操る手綱もまた歪虚、馬車に馬を繋ぐ触手型の雑魔だろう。本体は御者ゴブリンか、あるいは馬車そのものか。
　さらわれ繋がれた馬も、暫くの間は生きて取り戻せるかもしれない。しかし、永くは持つまい。やがて衰弱し歪虚に取り込まれ、今度は進んで人を襲う存在となる。猶予は殆どないだろう。

「続報と追加要請、というのは？」
　ハンターが聞く。受付嬢は、朗報といってよいものか……と前置き、自警団からの急報を示す。

　つい先ほど。
　街道を行く自警団の補給隊が、くだんの馬車に襲撃されその馬２頭を奪われた。
　老人の馬と合わせ都合４頭が、この半時間ほどで捕らわれたことになる。
　朗報というのは、その馬車の逃げ込んだ先というのが、自警団の練兵場であること。また、自警団の上役……地方都市の有力者が居合わせ、捕縛のための高速馬車を１台、ハンターに貸し出しても良いと表明していること。

「自警団の全面協力が見込めるってわけか？」
　ハンターの問いに受付嬢は首を横に振る。
　自警団とつくが消防が主な業務だ。もともと軍が派遣されるまでの応急処置しかできはしない。まして、集落へ急ぎ配置できるのは、練兵場駐在分隊である非戦闘員２０名のみ。地方都市からの本隊移動は間に合わない。練兵場の封鎖はできても強行突破に持ちこたえる時間と回数は少ないだろう。まして馬車相手の戦闘などは……
「有力者はかの馬車を「馬連帯」と名付け、馬連帯の迅速な破壊と捕縛された馬の解放奪還を、ハンターへ依頼しています」
　老人の依頼と合わせ、４頭。元から繋がれた２頭はもう駄目だろう。

　ほら、あそこです。受付嬢が練兵場の方角を指す。
　冬の夕方。薄暗い午後が夜へと変わるのはすぐだ。夜襲は避けたい。払暁は遠い。思っていたよりも時間の余裕はない。
「馬連帯、か……」
　馬をさらう暴走馬車。厄介な相手だ。
　だがそれ以上に──
　ゴブリン共の構成と相まって、なんかムカつく命名であった。

●依頼内容
・歪虚にさらわれ馬車に加えられた馬の奪還
（老人の馬２頭、自警団の馬２頭）
・歪虚らの破壊と討伐

●敵情報
・馬車型雑魔（以下、馬連帯）　：１体
　２人乗りの戦闘用馬車から、馬具と一体化した手綱状の触手が１０本程生えたもの
　荷台には兵と砲の代わりに、ゴブリン３体が乗る
　併走ないし交差する馬車や騎馬へ触手を延ばし、馬を絡めとる
　馬を絡めとったあとは自らの馬列に加え、強制的に動力として使用する
　絡めとられた馬は負荷をかけない状態で数時間は奪還可能、時間経過や負荷の積み重ねで加速的に衰弱し雑魔化する

・歪虚化ゴブリン　：３体
　内訳は、御者１体、弓兵２体
　御者（メス）は馬車の制御、手綱の制御、弓兵への強化スキルを行う
　弓兵（オス）の武器はショップ普及品相当

●味方情報
・高速馬車　：１台
　４頭立て４人乗りの屋根なし馬車
　車輪機構に特殊なマテリアル装置を加え、短時間の高速化を可能にしたもの
　この自警団が試験的に開発し取り付けた装置のため、累計１０ターンの使用で半壊し使用不能となる（使用期限後は並の荷馬車）
　高速化は「ブースト開始／終了」とプレイングで宣言することでコントロール可能

・消防兼自警団非戦闘部隊　：２０名
　輸送隊、事務方、雑務担当など
　戦闘訓練は最低限以下しか受けていない
　武器は所持していない
　練兵場に関して熟知している

●現地情報
　地方都市から数キロ離れた小さい宿場
　街道を挟み、平地部は近郊農業と工場、丘と林の部分は練兵場となっている

　練兵場のうち馬車が稼働可能な平地は約３００ｍ四方
　練兵場平地部分には、３００×２００ｍほどのグラウンドを挟み、倉庫・車庫（馬小屋併設）・兵舎・屋内訓練場が点在
　平地部分は近隣との境界に、高さ３ｍの柵で囲まれている
　馬車の通過可能な門は２カ所

　問題の馬連帯は、上記の建物と林の間に隠れ潜み、強襲または脱出の転機を伺っていると推測される

　バレンタイン触手依頼です。韮瀬です。

　暗躍するバレンタイン。暴走するバレンタイン。強襲するバレンタイン。
　オスにバフを撒くメスと、触手を伸ばし無辜の馬を虜にするバレンタイン。
　許すまじ！　バレンタインッ！
　バレンタインを破壊せよッ！

　ウソは言っていない。バレンタイン触手依頼です。
　「ン」はどこから湧いた？　とか聞かないのがエレガント。
　あ、戦闘戦術部分はそこそこガチです。