ゲスト
(ka0000)
【CF】シフォンケーキをあなたと。
マスター:蓮華・水無月

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~7人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/12/13 12:00
- 完成日
- 2014/12/31 19:11
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
12月、リアルブルーでは多くの街がどこもかしこもクリスマスに染まるこの時期、クリムゾンウェストでもまた同じようにクリスマスムードに包まれる。
それはここ、崖上都市「ピースホライズン」でも変わらない。
むしろどこもかしこも華やかに、賑やかにクリスマス準備が進められていて。
リアルブルーの街に輝くという電飾の代わりに、ピースホライズンを彩るのは魔導仕掛けのクリスマス・イルミネーション。
立ち並ぶ家や街の飾りつけも、あちらこちらが少しずつクリスマスの色に染まっていく。
特に今年は、去年の秋に漂着したサルヴァトーレ・ロッソによって今までになく大量に訪れたリアルブルーからの転移者たちが、落ち着いて迎えられる初めてのクリスマス。
ハンターとして活躍している者も多い彼らを目当てにしてるのか、少しばかり変わった趣向を凝らす人々もいるようで。
果たして今年はどんなクリスマスになるのか、楽しみにしている人々も多いようだった。
●
さてどうしようかと、老人は途方に暮れた。彼の目の前には1軒の、それなりに大きく、それなりに古びた屋敷がある。
傍らに立つ彼の執事が、旦那様、と慇懃に言った。
「やはり、中には怪しげなモノが潜んでいるようです。恐らく雑魔ではないかと」
「――そのようなもの、この屋敷に居たかのぅ?」
執事の言葉に、老人は心底不思議そうな顔で首を傾げた。そんな場合ではないのだが、驚きで何かが振り切れてしまったのか、それとも長く生きていると少々のことでは動じないと言うことなのか。
いえ旦那様、と執事はあくまで真面目な表情で、慇懃に彼の主に首を振った。これまた雑魔に動じた様子は見えないが、こちらはたぶん性格なのだろう。
古びた屋敷を――ピースホライズンのとある場所に佇む、彼の主人が気の向いた時にだけ訪れてくつろぐためだけに在った屋敷を見上げながら、執事は言った。
「あちこち荒れてしまっているようですから、恐らく、どこかから入り込んだのでしょう。こちらのお屋敷をお使いになるのも、ずいぶんと久しゅうございますので」
「――どのくらいだったかの?」
「かれこれ10年ぶりになりましょうか」
執事の言葉に、そうか、と老人は小さく頷いて同じく、感慨めいた眼差しを屋敷へと向ける。あれから10年が経っていたのかと、胸の中で呟いた。
あれから――長年連れ添った妻が、この屋敷で永遠に醒めぬ眠りに就いてから。そこかしこに思い出の残るこの屋敷が辛くて、知らず足は遠のいたきり、リゼリオで営む商家に備えた屋敷で過ごしてばかりいた。
この10年が長かったのか短かったのか、老人には判らない。けれども、やはり良い節目だったのだと思う。
長らく放置して久しかったこの屋敷に最近になって、ぜひ買い取りたいと申し出る人が現れた。熟考の末にそれを承諾した老人は、年明けから手を入れたいという買い手に頷いて、最後に妻と過ごしたこの屋敷をもう1度だけ、訪れようと思い立ち。
妻の好きだったシフォンケーキを、無理を言って顔見知りの菓子店に作ってもらった。そうして『2人で』共に食べようとピースホライズンまでやって来て――屋敷の中に雑魔らしき何かが潜んでいることを知ったのだった。
「お帰りになりますか?」
「そうさの。せっかく来たのに、それも詮無いことだし……なにより、雑魔が居るかもしれない屋敷なぞを譲っては、わしの沽券に関わろうて」
執事の言葉に老人は、少し考えて首を振る。この屋敷は古く、それゆえに広いおかげか雑魔達はまだ出てきていないようだが、これからも出てこないなんて保証はどこにもない。
ならば、速やかな退治を。そう、ハンターオフィスへ依頼するよう指示しながらも、老人の顔は晴れない。
雑魔が現れたこの屋敷に、もしかしたら買い取り手は嫌悪感を示すかもしれなかった。お金などはどうでも良いけれど、屋敷がこのまま朽ちていくのは物寂しい。
家は人が住んで使ってこそなのよ、と微笑む妻を思い出した。彼女はきっと、この屋敷がすっかり荒れてしまっていることを、悲しんでいるに違いない。
だからこそ、新しい持ち主の手に渡って再び屋敷として活用してもらえるのならば、妻へのなによりの供養になると思えた。けれどもこのままでは、もしかしたらそれも叶わないかもしれない。
考え、ふと街を振り返った。ピースホライズンの街は今は、来るクリスマスに備えて賑やかで華やかな色彩を纏っている。
「――ならば、この屋敷でクリスマスをして貰おうかの?」
思いつきのように呟いてみたら、ひどく素晴らしい提案のように思えてきて老人は、それが良い、と頷いた。早速執事に、ハンターオフィスへの依頼に追加を指示する。
雑魔退治にやってくるであろうハンター達や、その他にも数多のハンター達に頼んでこの屋敷で賑やかなクリスマスパーティーをやって貰えたなら、きっと雑魔が出たなんてことは誰も気にしなくなるだろう。――きっと、妻も喜ぶだろう。
ゆえに老人は、ハンター達がやってきたらぜひ、賑やかにクリスマスをやってくれないかと頼もうと思いながら、今は雑魔が潜む古びた屋敷を降り仰いだ。そんな老人の手の中にあるシフォンケーキの入った紙袋に描かれた、花の上で蝶と遊んでいる猫もどこか、嬉しそうに見えた。
それはここ、崖上都市「ピースホライズン」でも変わらない。
むしろどこもかしこも華やかに、賑やかにクリスマス準備が進められていて。
リアルブルーの街に輝くという電飾の代わりに、ピースホライズンを彩るのは魔導仕掛けのクリスマス・イルミネーション。
立ち並ぶ家や街の飾りつけも、あちらこちらが少しずつクリスマスの色に染まっていく。
特に今年は、去年の秋に漂着したサルヴァトーレ・ロッソによって今までになく大量に訪れたリアルブルーからの転移者たちが、落ち着いて迎えられる初めてのクリスマス。
ハンターとして活躍している者も多い彼らを目当てにしてるのか、少しばかり変わった趣向を凝らす人々もいるようで。
果たして今年はどんなクリスマスになるのか、楽しみにしている人々も多いようだった。
●
さてどうしようかと、老人は途方に暮れた。彼の目の前には1軒の、それなりに大きく、それなりに古びた屋敷がある。
傍らに立つ彼の執事が、旦那様、と慇懃に言った。
「やはり、中には怪しげなモノが潜んでいるようです。恐らく雑魔ではないかと」
「――そのようなもの、この屋敷に居たかのぅ?」
執事の言葉に、老人は心底不思議そうな顔で首を傾げた。そんな場合ではないのだが、驚きで何かが振り切れてしまったのか、それとも長く生きていると少々のことでは動じないと言うことなのか。
いえ旦那様、と執事はあくまで真面目な表情で、慇懃に彼の主に首を振った。これまた雑魔に動じた様子は見えないが、こちらはたぶん性格なのだろう。
古びた屋敷を――ピースホライズンのとある場所に佇む、彼の主人が気の向いた時にだけ訪れてくつろぐためだけに在った屋敷を見上げながら、執事は言った。
「あちこち荒れてしまっているようですから、恐らく、どこかから入り込んだのでしょう。こちらのお屋敷をお使いになるのも、ずいぶんと久しゅうございますので」
「――どのくらいだったかの?」
「かれこれ10年ぶりになりましょうか」
執事の言葉に、そうか、と老人は小さく頷いて同じく、感慨めいた眼差しを屋敷へと向ける。あれから10年が経っていたのかと、胸の中で呟いた。
あれから――長年連れ添った妻が、この屋敷で永遠に醒めぬ眠りに就いてから。そこかしこに思い出の残るこの屋敷が辛くて、知らず足は遠のいたきり、リゼリオで営む商家に備えた屋敷で過ごしてばかりいた。
この10年が長かったのか短かったのか、老人には判らない。けれども、やはり良い節目だったのだと思う。
長らく放置して久しかったこの屋敷に最近になって、ぜひ買い取りたいと申し出る人が現れた。熟考の末にそれを承諾した老人は、年明けから手を入れたいという買い手に頷いて、最後に妻と過ごしたこの屋敷をもう1度だけ、訪れようと思い立ち。
妻の好きだったシフォンケーキを、無理を言って顔見知りの菓子店に作ってもらった。そうして『2人で』共に食べようとピースホライズンまでやって来て――屋敷の中に雑魔らしき何かが潜んでいることを知ったのだった。
「お帰りになりますか?」
「そうさの。せっかく来たのに、それも詮無いことだし……なにより、雑魔が居るかもしれない屋敷なぞを譲っては、わしの沽券に関わろうて」
執事の言葉に老人は、少し考えて首を振る。この屋敷は古く、それゆえに広いおかげか雑魔達はまだ出てきていないようだが、これからも出てこないなんて保証はどこにもない。
ならば、速やかな退治を。そう、ハンターオフィスへ依頼するよう指示しながらも、老人の顔は晴れない。
雑魔が現れたこの屋敷に、もしかしたら買い取り手は嫌悪感を示すかもしれなかった。お金などはどうでも良いけれど、屋敷がこのまま朽ちていくのは物寂しい。
家は人が住んで使ってこそなのよ、と微笑む妻を思い出した。彼女はきっと、この屋敷がすっかり荒れてしまっていることを、悲しんでいるに違いない。
だからこそ、新しい持ち主の手に渡って再び屋敷として活用してもらえるのならば、妻へのなによりの供養になると思えた。けれどもこのままでは、もしかしたらそれも叶わないかもしれない。
考え、ふと街を振り返った。ピースホライズンの街は今は、来るクリスマスに備えて賑やかで華やかな色彩を纏っている。
「――ならば、この屋敷でクリスマスをして貰おうかの?」
思いつきのように呟いてみたら、ひどく素晴らしい提案のように思えてきて老人は、それが良い、と頷いた。早速執事に、ハンターオフィスへの依頼に追加を指示する。
雑魔退治にやってくるであろうハンター達や、その他にも数多のハンター達に頼んでこの屋敷で賑やかなクリスマスパーティーをやって貰えたなら、きっと雑魔が出たなんてことは誰も気にしなくなるだろう。――きっと、妻も喜ぶだろう。
ゆえに老人は、ハンター達がやってきたらぜひ、賑やかにクリスマスをやってくれないかと頼もうと思いながら、今は雑魔が潜む古びた屋敷を降り仰いだ。そんな老人の手の中にあるシフォンケーキの入った紙袋に描かれた、花の上で蝶と遊んでいる猫もどこか、嬉しそうに見えた。
リプレイ本文
透明な眼差しで、アルルベル・ベルベット(ka2730)は呟いた。
「長年の連れ添いとの別離、残った想い……」
そもそもの人生の経験が薄い彼女はそれを、我が事としては理解出来ない。だがきっと大切なものには違いないと、考えるアルルベルの眼差しの先ではルシオ・セレステ(ka0673)が、依頼人に屋敷の構造や奥方の部屋、特に思い出深い部屋を聞いていた。
応える老人の顔は懐かしげで、どこか寂しげだ。その表情に、無粋な雑魔だと憤りを覚える。
大切な思い出の場を雑魔にこれ以上荒らされないよう、持てる限りの手は尽くそう。だから。
「ご主人、どうか暫しお時間を下さい」
「想い出の詰まったお屋敷、無事に取り戻してみせるわ」
強い眼差しになるルシオの傍らで、ケイ・R・シュトルツェ(ka0242)も力強く告げた。大事な思い出を教えて欲しいと告げた彼女に老人は快く、この屋敷をどんなに奥方が愛していたかを教えてくれたから。
なんとしても取り戻したい。その想いは、唇を噛み締めるマリエル(ka0116)も同じ。
記憶を失い、故に自分には思い出も何もないという負い目にも似た感情は常に、彼女の胸の中にある。だからこそ『誰か』の思い出は、可能な限り守りたい。
(守りましょう。思い出を……必ず!)
そう、願うマリエルから少し離れた場所で、うーん、とメーナ(ka1713)は首を傾げた。何だかどこかで、目撃された雑魔によく似た歌を聞いた気がする。
赤い鼻が目立ってすぐ捕まって命取り、とかなんとか。だが結局思い出せず、まぁいっか、とメーナは明るく笑って言った。
「立派なお屋敷ね! 色々壊されないうちに早く見つけちゃいましょ!」
「そうですね。出来れば、進入路の裏口も確認しておきたいです」
リィン・ファナル(ka0225)も頷きながらそう加える。気になる箇所はないか、裏口付近に何かないかは、倒した後の事を考えても確認しておきたい。
ならまずは外から窓や壁の壊れている部屋を確認しようと、アルルベルが提案した。そうさねぇ、と頷いた壬生 義明(ka3397)が老人を振り返る。
「しかし、雑魔を倒してクリスマスとは、ハンター冥利に尽きるってやつだねぇ。しっかり倒して平和なクリスマスの前哨と行きたいねぇ」
「頼みますの」
そんな義明達を見回して、老人が頭を下げる。それに必ずと請け負って、7人は屋敷の門を潜ったのだった。
●
周囲の確認を終えると、7人は館の中へ足を踏み入れた。鎧戸が下り薄暗い屋敷には、埃っぽく湿った空気が満ちている。
ふぅん、とケイは目を細めた。雑魔とは言えトナカイ型なら、足音や呼吸音に加えて空気の流れ、体臭も痕跡となるかも知れない。
玄関ホールの正面の扉は破壊され、開け放たれていた。そっと用心しながらリィンが覗き込むと、広間らしい。
「居ないみたいです」
ぐるりと見回してもそれらしき姿はなく、隠れられる場所もなさそうだ。そう告げたリィンに義明が、おっさん達はこっちに行くよ、と手招きした。
二手に別れて雑魔を探す、左手の廊下を行く3人の先頭に立つのは、ルシオ。足音を忍ばせて、暗がりをLEDライトで照らす。
部屋を覗く時は出来るだけ横から。中に居るかもしれない雑魔に、正面から相対さないように――
耳を澄ませる限り、破壊音は聞こえない。それでも油断は出来ないと、ルシオの後ろからリィンや義明も慎重に足を運ぶ。
「部屋からいきなりは、怖いですもんね……」
「倒したと思ったら3匹目が……ッてのも嫌だしねぇ」
思わず呟いたリィンに、義明が押し殺した呟きを返した。目撃されたのは2体だが、それが全てという保証はない。
じりじりと、廊下の突当りに辿り着く。ここから上階へと続く使用人階段は、見た所すれ違うのがやっとだ。
義明が魔導短伝話で、同じく伝話を所持している別班のアルルベルに連絡すると、あちらもちょうど端へ辿り着いたとの事だった。雑魔はまだ発見していないらしい。
雑魔が外に出て居ないかと、窓の外を注視するリィンが「そうですか」と頷いた。そうして再びルシオを先頭に、埃っぽく軋む階段を昇る。
同じく屋敷の右端でも、階段を軋ませながらケイが上階へと注意を払っていた。雑魔が飛び降りて、奇襲しないとも限らない。
故に五感を研ぎ澄ませて警戒するケイと同じく、メーナも耳を澄ませて自分達とは違う足音や物音に注意を払う。シャインの光に浮かび上がる、降り積もった埃に残された雑魔のものらしき足跡は、幾度も行き来したのか踏み荒らされていて。
辿り着いた2階にも、永年の埃が厚く積もっていた。所々、無残に割れた陶器の欠片が落ちている。
その中をアルルベルは、外部から見た時の部屋配置と照らし合わせながら進む。2階はせいぜい古びた鎧戸が破れていたくらいだが、用心に越した事はない。
扉が破られている場所は特に念入りに。中に居るかもしれない雑魔に気をつけて――
「――!」
――ギシリ
そうして半ばほどを進んだ頃だろうか。不意にマリエルが大きく息を飲んだのに、廊下の軋む音が重なった。見やった廊下の先、ちょうどLEDライトが照らして居るのは獣の蹄。
その上に薄ぼんやりと浮かび上がる獣のシルエットが、ぐっと体勢を低くし両の蹄に力を篭める。
「こっちです!」
気迫を込めて叫びながら、マリエルはライトを雑魔の顔へまっすぐ向けた。同時にアルルベルが魔導銃で牽制する。
こんな狭い廊下で突進されては、屋敷への被害は免れまい。ならば玄関ホールや広間といった、広い場所へ追うのが上策だが――
「追い立てられるほど臆病な気性ではないようだ」
睨んで来る雑魔の瞳に、冷静に分析する。ならば本来の狩の仕方ではないが、こちらが追われる獲物となって誘き寄せようか。
●
雑魔は鼻息で埃と調度の欠片を巻き上げ、まっすぐハンター達を追い掛けてきた。途中にあった調度が、大きな角で薙ぎ払われる。
肩越しに振り返り、メーナは眉をしかめた。
「あの角が厄介ね……どんどん傷が増えちゃう」
「とにかく広い場所に誘導だ」
あの下品な赤鼻を狙い撃ちしてやろう、と思いながらアルルベルが、時折振り返って銃を撃つ。雑魔は単純らしく、先を逃げてみせる2人から目を逸らさない。
その調子だと廊下を駆け抜け、玄関ホールを見下ろす大きな階段を駆け降り――
「危ないッ!」
「わわ……ッ」
後から来ていたマリエルの叫びに、咄嗟に足を止めたメーナの鼻先に雑魔の巨体が、大きく跳躍して降り立った。瞬間、『ズシンッ!』という地響きが屋敷中を震わせる。
「気を付けて!」と叫んだマリエルのホーリーライトが、雑魔の鼻先を叩いた。その隙を突いて駆け降りたアルルベルが、広間の壊れた扉の向こうを見て眉を寄せ、魔導短伝話を取り出す。
そこには、先ほどは居なかった2匹の雑魔。彼女達が探索をしている間に、移動して来ていたのだろう。
故に義明へと連絡を取る間にも雑魔達は、ハンター達に向かって大きく鼻を膨らませた。
「ダメです……!」
「任せて! これ以上壊させたりしないんだから!」
『何か』に強く祈るマリエルのプロテクションが、メーナの身体を包み込んだ。その勢いのままメーナは雑魔へ肉薄し、鉄扇を思い切り叩き込む。
とにかく、雑魔に先手を取らせてはいけない。有利不利以前に、それによって屋敷が傷つくのは可能な限り避けたい。
雑魔の注意がメーナへと向いた。半ば囲まれながらも、向かって来たらシールドバッシュで弾いてみせんと構えるメーナが広間に駆け込んだ瞬間目に入り、咄嗟に狙い定めてリィンは1番近い雑魔の後ろ足へ矢羽を放つ。
「こちらも忘れないで下さいね」
次射はギリギリまで狙いを定めるつもりで、けれどもいざとなればいつでも補佐に入れるように。素早く次の矢を番えるリィンとは違う場所から、ケイも威嚇射撃で1人に攻撃が集中してしまわないよう、気を反らす。
目の端に仲間に怪我がないか確認するルシオと、3体の雑魔の間を走り抜けて気を引こうとする義明の姿が見えた。これで7対3。それでも室内、しかも出来るだけ場を荒らさずに戦うには難敵だ。
だが――
「何度もオイタ出来ると思わないことね!」
そのうちの1体が突進を仕掛けようとしているのを見て取って、ケイはまっすぐにそちらに向かって突撃した。ぐッ、と力の篭った蹄が床を蹴る寸前、脚から腹の下へと滑り込みながらデリンジャーを上へと構え、白い腹目掛けて力の篭った引き金を引く。
ガス……ンッ!
0距離射撃のくぐもった音が、腹に突き付けたデリンジャーの先から響いた。ビクン、と雑魔の身体が大きく跳ねる。
だが、致命傷では、ない。ケイを見下ろす雑魔の怒りに燃える瞳が、それを証明している。
雑魔は腹の下のケイに向かって、大きな蹄を振り上げた。そうはさせじとルシオが、雑魔の顔目掛けてホーリーライトを放つ。
横面を叩かれたような形になって、雑魔が怒りの咆哮上げた。その鳴き声はとてもトナカイ、鹿類のそれとは似ても似つかず、コレが生命ではないことを伺わせる。
それを好機と見て取って、ルシオからプロテクションを受け撹乱に走っていた義明が、素早くナックルで雑魔を殴り飛ばし、ケイを引っ張り出した。自らも勢いをつけて転がり立ち上がると、ありがとう、とケイは艶やかに笑う。
「助かったわ」
「どういたしまして、だねぇ」
ひょいと肩を竦める義明は、けれども彼女を見ては居ない。とにかく雑魔の視線を集め、注意を集め、仲間の攻撃の好機を作らんとする彼の眼差しは、既に次の一手を見つめている。
どう動くのが、1番仲間の助けとなるか。雑魔の動きを疎外する事が出来るか。そして、狙い澄ませた一撃をどうすれば的確に雑魔に叩き込めるか――
腹に風穴を開けられた雑魔が、だがそれにしては軽やかに床を蹴る。紙一重でそれを交わし、交わし様に出来るだけ腹の傷を揺さぶる角度を意識して、横腹をナックルで抉る。
雑魔の身体が、大きく揺らいだ。それを、後方に下がって静かに狙いを研ぎ澄ませていたリィンは見逃さない。
揺らいだ身体の上、揺れる巨大な角の下――多くの生物が弱点とする目の間。雑魔が同じくそこを弱点とするかは解らないけれど。
「これで……どうですか……ッ!」
エイミングを載せた一撃は、狙い過たず雑魔の顔へと吸い込まれた。一瞬の沈黙の後、雑魔が耳障りな奇声を上げる。
間髪入れず、その四肢に更なる攻撃を叩き込んだ。起動力さえ削いでしまえば、突進攻撃は封じられる。後は椅子をも巻き上げる威力を誇る、鼻息による遠隔攻撃を警戒するだけ。
雑魔の鼻が大きく膨らみ、一体その身体のどこからそれほどの空気を吐き出しているのか、と思わず首を傾げたくなるほど激しい風を巻き起こした。埃が舞い、それに紛れて既に壊された家具の残骸が飛礫となって飛び回る。
くッ、とそれらを避けながら、リィンの手は次の矢を番えていた。アルルベルも目を細めて機導剣を起動する。
「……これ以上、好きにはさせませんよッ!」
「その赤鼻、やはり目障りだ」
3体の雑魔がそんなハンター達を見て、揃って突進の構えを取った。
●
やがて全ての雑魔が消えたのは、それからしばらく経ってからの事だった。最後の1体が姿をなくしたのを見届けると、誰からともなく安堵と疲労の溜息が漏れる。
残された広間を見回して、リィンもまた小さな息を吐いた。元よりドアも壊され荒れて居た広間は、やはり完全に無傷のままとは行かなかったけれども、少なくとも壁が破れたりといった被害はない。
それを確かめて、リィンは仲間を振り返った。
「壊れてしまったもの、直せますか? 私も出来る事なら手伝います」
「私も手伝おう」
リィンの言葉に、つと視線を向けてアルルベルもそう手を挙げた。本来、彼女の仕事は雑魔を排除する事だけだ。
だが、と思う。懐かしそうに、寂しそうに目を細めていた老人の気持ちを、やはりアルルベルは理解出来ないけれども何となく――本当に何となく、同じようにこの屋敷を大切にしたいと思ったから。
補修できる範囲で、壊れた家具や壁、窓などを直そうと申し出るリィンとアルルベルに、はい! とマリエルが元気よく頷く。手にして居るのは、すっかり着慣れたメイド服。
「一緒にやりましょう! 任せてくださいね。お片付けは本業ですから」
この屋敷に在る色んな思い出を、蘇らせるために。色づかせ、息づかせる為に。
出来る範囲で丹念にお掃除しようと道具を探す、マリエルの背に義明が声をかけた。
「外はちょっと待っててくれるかな。おっさん達が確認して来るからねぇ」
討ち残しが居てはいけないからと、マリエルの頭をくしゃりと撫でた義明に、ケイやメーナも頷いて再び屋敷の探索と、改めて破損箇所などを確認に行く。その間に出来る事をと、ルシオは広間に散乱する木片やガラス片などを拾って回り。
リィンが広間の隅の隠し棚から掃除道具を見つけ、マリエルやアルルベルと手分けして埃を掃き出す。ざっと埃を吐き出すだけでも随分とすっきりした印象の広間に、雑魔の不在を確かめて戻ってきた義明が、おお、と目を丸くした。
「おっさんも手伝おうかねぇ」
「あっ、私もお片付け手伝うのよ!」
「じゃあ、庭で花を探してくれるかい? 冬咲きの薔薇があれば良いのだけど」
「薔薇ね。わかったのよ! 特別な場所で食べる思い出の詰まった食べ物は、きっと格別だもの!」
義明の傍らから手を挙げるメーナに、ルシオは庭を振り返ってそう告げる。それに大きく頷いて、パタパタ庭へと駆け出していく彼女の背に目を細めた。
出来れば昼過ぎには諸々の掃除を、せめて台所とこの広間だけでも終わらせたい。奥方は広間から中庭を見渡すサンテラスで、お茶を飲むのが好きだったそうだから。
「奥方とのお茶のお時間を楽しんで頂きたいのでね。思い出香るお茶は色づく日差しが良く似合う……」
「そうね、素敵だわ」
その光景を想像して、ケイも柔らかく微笑んだ。初めて会った老人と、会った事もない奥方の姿が、なぜか思い浮かぶ。
やがて準備を終えて老人を呼びに行った彼女が、尋ねたのはきっと、だからだ。
「良ければX’masソングを歌わせて貰えないかしら? あと……亡くなった奥様のお墓にも、リースを飾ってお屋敷の無事の報告をしたいわ」
そして出来れば奥方にもX’masソングを。リアルブルーでは歌姫と呼ばれたりもした彼女の、それは最高にして最上の捧げ物。
そう尋ねたケイに老人は、妻が喜ぶと微笑した。それからハンター達1人1人に頭を下げて、2つ並べられた席に着く。
頂くよと傍らの席に声をかけ、老人がゆっくりとケーキを口にして目を細めた。その瞳に映っているだろう光景を、彼等は確かに守れたのだ。
「長年の連れ添いとの別離、残った想い……」
そもそもの人生の経験が薄い彼女はそれを、我が事としては理解出来ない。だがきっと大切なものには違いないと、考えるアルルベルの眼差しの先ではルシオ・セレステ(ka0673)が、依頼人に屋敷の構造や奥方の部屋、特に思い出深い部屋を聞いていた。
応える老人の顔は懐かしげで、どこか寂しげだ。その表情に、無粋な雑魔だと憤りを覚える。
大切な思い出の場を雑魔にこれ以上荒らされないよう、持てる限りの手は尽くそう。だから。
「ご主人、どうか暫しお時間を下さい」
「想い出の詰まったお屋敷、無事に取り戻してみせるわ」
強い眼差しになるルシオの傍らで、ケイ・R・シュトルツェ(ka0242)も力強く告げた。大事な思い出を教えて欲しいと告げた彼女に老人は快く、この屋敷をどんなに奥方が愛していたかを教えてくれたから。
なんとしても取り戻したい。その想いは、唇を噛み締めるマリエル(ka0116)も同じ。
記憶を失い、故に自分には思い出も何もないという負い目にも似た感情は常に、彼女の胸の中にある。だからこそ『誰か』の思い出は、可能な限り守りたい。
(守りましょう。思い出を……必ず!)
そう、願うマリエルから少し離れた場所で、うーん、とメーナ(ka1713)は首を傾げた。何だかどこかで、目撃された雑魔によく似た歌を聞いた気がする。
赤い鼻が目立ってすぐ捕まって命取り、とかなんとか。だが結局思い出せず、まぁいっか、とメーナは明るく笑って言った。
「立派なお屋敷ね! 色々壊されないうちに早く見つけちゃいましょ!」
「そうですね。出来れば、進入路の裏口も確認しておきたいです」
リィン・ファナル(ka0225)も頷きながらそう加える。気になる箇所はないか、裏口付近に何かないかは、倒した後の事を考えても確認しておきたい。
ならまずは外から窓や壁の壊れている部屋を確認しようと、アルルベルが提案した。そうさねぇ、と頷いた壬生 義明(ka3397)が老人を振り返る。
「しかし、雑魔を倒してクリスマスとは、ハンター冥利に尽きるってやつだねぇ。しっかり倒して平和なクリスマスの前哨と行きたいねぇ」
「頼みますの」
そんな義明達を見回して、老人が頭を下げる。それに必ずと請け負って、7人は屋敷の門を潜ったのだった。
●
周囲の確認を終えると、7人は館の中へ足を踏み入れた。鎧戸が下り薄暗い屋敷には、埃っぽく湿った空気が満ちている。
ふぅん、とケイは目を細めた。雑魔とは言えトナカイ型なら、足音や呼吸音に加えて空気の流れ、体臭も痕跡となるかも知れない。
玄関ホールの正面の扉は破壊され、開け放たれていた。そっと用心しながらリィンが覗き込むと、広間らしい。
「居ないみたいです」
ぐるりと見回してもそれらしき姿はなく、隠れられる場所もなさそうだ。そう告げたリィンに義明が、おっさん達はこっちに行くよ、と手招きした。
二手に別れて雑魔を探す、左手の廊下を行く3人の先頭に立つのは、ルシオ。足音を忍ばせて、暗がりをLEDライトで照らす。
部屋を覗く時は出来るだけ横から。中に居るかもしれない雑魔に、正面から相対さないように――
耳を澄ませる限り、破壊音は聞こえない。それでも油断は出来ないと、ルシオの後ろからリィンや義明も慎重に足を運ぶ。
「部屋からいきなりは、怖いですもんね……」
「倒したと思ったら3匹目が……ッてのも嫌だしねぇ」
思わず呟いたリィンに、義明が押し殺した呟きを返した。目撃されたのは2体だが、それが全てという保証はない。
じりじりと、廊下の突当りに辿り着く。ここから上階へと続く使用人階段は、見た所すれ違うのがやっとだ。
義明が魔導短伝話で、同じく伝話を所持している別班のアルルベルに連絡すると、あちらもちょうど端へ辿り着いたとの事だった。雑魔はまだ発見していないらしい。
雑魔が外に出て居ないかと、窓の外を注視するリィンが「そうですか」と頷いた。そうして再びルシオを先頭に、埃っぽく軋む階段を昇る。
同じく屋敷の右端でも、階段を軋ませながらケイが上階へと注意を払っていた。雑魔が飛び降りて、奇襲しないとも限らない。
故に五感を研ぎ澄ませて警戒するケイと同じく、メーナも耳を澄ませて自分達とは違う足音や物音に注意を払う。シャインの光に浮かび上がる、降り積もった埃に残された雑魔のものらしき足跡は、幾度も行き来したのか踏み荒らされていて。
辿り着いた2階にも、永年の埃が厚く積もっていた。所々、無残に割れた陶器の欠片が落ちている。
その中をアルルベルは、外部から見た時の部屋配置と照らし合わせながら進む。2階はせいぜい古びた鎧戸が破れていたくらいだが、用心に越した事はない。
扉が破られている場所は特に念入りに。中に居るかもしれない雑魔に気をつけて――
「――!」
――ギシリ
そうして半ばほどを進んだ頃だろうか。不意にマリエルが大きく息を飲んだのに、廊下の軋む音が重なった。見やった廊下の先、ちょうどLEDライトが照らして居るのは獣の蹄。
その上に薄ぼんやりと浮かび上がる獣のシルエットが、ぐっと体勢を低くし両の蹄に力を篭める。
「こっちです!」
気迫を込めて叫びながら、マリエルはライトを雑魔の顔へまっすぐ向けた。同時にアルルベルが魔導銃で牽制する。
こんな狭い廊下で突進されては、屋敷への被害は免れまい。ならば玄関ホールや広間といった、広い場所へ追うのが上策だが――
「追い立てられるほど臆病な気性ではないようだ」
睨んで来る雑魔の瞳に、冷静に分析する。ならば本来の狩の仕方ではないが、こちらが追われる獲物となって誘き寄せようか。
●
雑魔は鼻息で埃と調度の欠片を巻き上げ、まっすぐハンター達を追い掛けてきた。途中にあった調度が、大きな角で薙ぎ払われる。
肩越しに振り返り、メーナは眉をしかめた。
「あの角が厄介ね……どんどん傷が増えちゃう」
「とにかく広い場所に誘導だ」
あの下品な赤鼻を狙い撃ちしてやろう、と思いながらアルルベルが、時折振り返って銃を撃つ。雑魔は単純らしく、先を逃げてみせる2人から目を逸らさない。
その調子だと廊下を駆け抜け、玄関ホールを見下ろす大きな階段を駆け降り――
「危ないッ!」
「わわ……ッ」
後から来ていたマリエルの叫びに、咄嗟に足を止めたメーナの鼻先に雑魔の巨体が、大きく跳躍して降り立った。瞬間、『ズシンッ!』という地響きが屋敷中を震わせる。
「気を付けて!」と叫んだマリエルのホーリーライトが、雑魔の鼻先を叩いた。その隙を突いて駆け降りたアルルベルが、広間の壊れた扉の向こうを見て眉を寄せ、魔導短伝話を取り出す。
そこには、先ほどは居なかった2匹の雑魔。彼女達が探索をしている間に、移動して来ていたのだろう。
故に義明へと連絡を取る間にも雑魔達は、ハンター達に向かって大きく鼻を膨らませた。
「ダメです……!」
「任せて! これ以上壊させたりしないんだから!」
『何か』に強く祈るマリエルのプロテクションが、メーナの身体を包み込んだ。その勢いのままメーナは雑魔へ肉薄し、鉄扇を思い切り叩き込む。
とにかく、雑魔に先手を取らせてはいけない。有利不利以前に、それによって屋敷が傷つくのは可能な限り避けたい。
雑魔の注意がメーナへと向いた。半ば囲まれながらも、向かって来たらシールドバッシュで弾いてみせんと構えるメーナが広間に駆け込んだ瞬間目に入り、咄嗟に狙い定めてリィンは1番近い雑魔の後ろ足へ矢羽を放つ。
「こちらも忘れないで下さいね」
次射はギリギリまで狙いを定めるつもりで、けれどもいざとなればいつでも補佐に入れるように。素早く次の矢を番えるリィンとは違う場所から、ケイも威嚇射撃で1人に攻撃が集中してしまわないよう、気を反らす。
目の端に仲間に怪我がないか確認するルシオと、3体の雑魔の間を走り抜けて気を引こうとする義明の姿が見えた。これで7対3。それでも室内、しかも出来るだけ場を荒らさずに戦うには難敵だ。
だが――
「何度もオイタ出来ると思わないことね!」
そのうちの1体が突進を仕掛けようとしているのを見て取って、ケイはまっすぐにそちらに向かって突撃した。ぐッ、と力の篭った蹄が床を蹴る寸前、脚から腹の下へと滑り込みながらデリンジャーを上へと構え、白い腹目掛けて力の篭った引き金を引く。
ガス……ンッ!
0距離射撃のくぐもった音が、腹に突き付けたデリンジャーの先から響いた。ビクン、と雑魔の身体が大きく跳ねる。
だが、致命傷では、ない。ケイを見下ろす雑魔の怒りに燃える瞳が、それを証明している。
雑魔は腹の下のケイに向かって、大きな蹄を振り上げた。そうはさせじとルシオが、雑魔の顔目掛けてホーリーライトを放つ。
横面を叩かれたような形になって、雑魔が怒りの咆哮上げた。その鳴き声はとてもトナカイ、鹿類のそれとは似ても似つかず、コレが生命ではないことを伺わせる。
それを好機と見て取って、ルシオからプロテクションを受け撹乱に走っていた義明が、素早くナックルで雑魔を殴り飛ばし、ケイを引っ張り出した。自らも勢いをつけて転がり立ち上がると、ありがとう、とケイは艶やかに笑う。
「助かったわ」
「どういたしまして、だねぇ」
ひょいと肩を竦める義明は、けれども彼女を見ては居ない。とにかく雑魔の視線を集め、注意を集め、仲間の攻撃の好機を作らんとする彼の眼差しは、既に次の一手を見つめている。
どう動くのが、1番仲間の助けとなるか。雑魔の動きを疎外する事が出来るか。そして、狙い澄ませた一撃をどうすれば的確に雑魔に叩き込めるか――
腹に風穴を開けられた雑魔が、だがそれにしては軽やかに床を蹴る。紙一重でそれを交わし、交わし様に出来るだけ腹の傷を揺さぶる角度を意識して、横腹をナックルで抉る。
雑魔の身体が、大きく揺らいだ。それを、後方に下がって静かに狙いを研ぎ澄ませていたリィンは見逃さない。
揺らいだ身体の上、揺れる巨大な角の下――多くの生物が弱点とする目の間。雑魔が同じくそこを弱点とするかは解らないけれど。
「これで……どうですか……ッ!」
エイミングを載せた一撃は、狙い過たず雑魔の顔へと吸い込まれた。一瞬の沈黙の後、雑魔が耳障りな奇声を上げる。
間髪入れず、その四肢に更なる攻撃を叩き込んだ。起動力さえ削いでしまえば、突進攻撃は封じられる。後は椅子をも巻き上げる威力を誇る、鼻息による遠隔攻撃を警戒するだけ。
雑魔の鼻が大きく膨らみ、一体その身体のどこからそれほどの空気を吐き出しているのか、と思わず首を傾げたくなるほど激しい風を巻き起こした。埃が舞い、それに紛れて既に壊された家具の残骸が飛礫となって飛び回る。
くッ、とそれらを避けながら、リィンの手は次の矢を番えていた。アルルベルも目を細めて機導剣を起動する。
「……これ以上、好きにはさせませんよッ!」
「その赤鼻、やはり目障りだ」
3体の雑魔がそんなハンター達を見て、揃って突進の構えを取った。
●
やがて全ての雑魔が消えたのは、それからしばらく経ってからの事だった。最後の1体が姿をなくしたのを見届けると、誰からともなく安堵と疲労の溜息が漏れる。
残された広間を見回して、リィンもまた小さな息を吐いた。元よりドアも壊され荒れて居た広間は、やはり完全に無傷のままとは行かなかったけれども、少なくとも壁が破れたりといった被害はない。
それを確かめて、リィンは仲間を振り返った。
「壊れてしまったもの、直せますか? 私も出来る事なら手伝います」
「私も手伝おう」
リィンの言葉に、つと視線を向けてアルルベルもそう手を挙げた。本来、彼女の仕事は雑魔を排除する事だけだ。
だが、と思う。懐かしそうに、寂しそうに目を細めていた老人の気持ちを、やはりアルルベルは理解出来ないけれども何となく――本当に何となく、同じようにこの屋敷を大切にしたいと思ったから。
補修できる範囲で、壊れた家具や壁、窓などを直そうと申し出るリィンとアルルベルに、はい! とマリエルが元気よく頷く。手にして居るのは、すっかり着慣れたメイド服。
「一緒にやりましょう! 任せてくださいね。お片付けは本業ですから」
この屋敷に在る色んな思い出を、蘇らせるために。色づかせ、息づかせる為に。
出来る範囲で丹念にお掃除しようと道具を探す、マリエルの背に義明が声をかけた。
「外はちょっと待っててくれるかな。おっさん達が確認して来るからねぇ」
討ち残しが居てはいけないからと、マリエルの頭をくしゃりと撫でた義明に、ケイやメーナも頷いて再び屋敷の探索と、改めて破損箇所などを確認に行く。その間に出来る事をと、ルシオは広間に散乱する木片やガラス片などを拾って回り。
リィンが広間の隅の隠し棚から掃除道具を見つけ、マリエルやアルルベルと手分けして埃を掃き出す。ざっと埃を吐き出すだけでも随分とすっきりした印象の広間に、雑魔の不在を確かめて戻ってきた義明が、おお、と目を丸くした。
「おっさんも手伝おうかねぇ」
「あっ、私もお片付け手伝うのよ!」
「じゃあ、庭で花を探してくれるかい? 冬咲きの薔薇があれば良いのだけど」
「薔薇ね。わかったのよ! 特別な場所で食べる思い出の詰まった食べ物は、きっと格別だもの!」
義明の傍らから手を挙げるメーナに、ルシオは庭を振り返ってそう告げる。それに大きく頷いて、パタパタ庭へと駆け出していく彼女の背に目を細めた。
出来れば昼過ぎには諸々の掃除を、せめて台所とこの広間だけでも終わらせたい。奥方は広間から中庭を見渡すサンテラスで、お茶を飲むのが好きだったそうだから。
「奥方とのお茶のお時間を楽しんで頂きたいのでね。思い出香るお茶は色づく日差しが良く似合う……」
「そうね、素敵だわ」
その光景を想像して、ケイも柔らかく微笑んだ。初めて会った老人と、会った事もない奥方の姿が、なぜか思い浮かぶ。
やがて準備を終えて老人を呼びに行った彼女が、尋ねたのはきっと、だからだ。
「良ければX’masソングを歌わせて貰えないかしら? あと……亡くなった奥様のお墓にも、リースを飾ってお屋敷の無事の報告をしたいわ」
そして出来れば奥方にもX’masソングを。リアルブルーでは歌姫と呼ばれたりもした彼女の、それは最高にして最上の捧げ物。
そう尋ねたケイに老人は、妻が喜ぶと微笑した。それからハンター達1人1人に頭を下げて、2つ並べられた席に着く。
頂くよと傍らの席に声をかけ、老人がゆっくりとケーキを口にして目を細めた。その瞳に映っているだろう光景を、彼等は確かに守れたのだ。
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相談卓 壬生 義明(ka3397) 人間(リアルブルー)|25才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/12/13 10:56:37 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/12/10 07:38:51 |