愛が生みせし愛無き悪魔

マスター:サトー

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/12/13 22:00
完成日
2014/12/15 23:18

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「アマデオ、これを運ぶの手伝ってくれ」
「はーい」
 台所に立つ男の声に、アマデオと呼ばれた六歳くらいの少年は元気に返事をして、芋と野菜のスープが並々と入った器を慎重に食卓へ運ぶ。
 食卓では、アマデオの母と見られる若い女性が、その光景を微笑ましそうに眺めていた。
 そこへ、先ほどの男がパンの入ったバスケットを持ってやってくる。
「よし、アマデオ。スプーンとグラスも頼む」
「はーい」
「それくらいは私がやりますよ」
 女が席を立とうとすると、慌てて男は押しとどめた。
「馬鹿よせ。お前はじっとしていればいいんだ」
 そう無理やり席に戻された女の腹は、破裂しないのが不思議なほどに大きく膨れていた。
「もういつ生まれてもおかしくないんだ。ゾーエは無理をするな」
 男――アマデオの父にしてゾーエの夫、ウンベルトは、慈愛に満ちた瞳でそのお腹を愛でた。
「もう、あなたはでかい図体をして、何をそんなにびくついているんですか。二人目なんですから、私も心得ていますよ」
「むう、万が一ということもあるだろう」
 唸るウンベルトに、スプーンとグラスの用意を終えたアマデオがとことこと駆けてくる。
「早く生まれてこないかなぁ?」
 言って、アマデオは目をきらきらと輝かせて母のお腹に耳を当てる。
「弟かな? 妹かな? あぁ、楽しみだなぁ。まだかなぁ?」
「ふふふ、もうすぐよ、アマデオ。アマデオもお兄ちゃんになるんだから、頑張らないとね」
「うん! お手伝いももっと頑張るよ!」
 談笑する二人に、ウンベルトは幸せそうな笑みをこぼし、しかし、はっと何かに気づいて慌てて猟銃と短剣を手に取った。
「もう行くんですか?」
 ゾーエが気づかわしそうに夫を見た。
「ああ、もう約束の時間だ」
「せめて少しだけでも食べていっては?」
「そうしたいのも山々だが、最近は実入りも少なくなってきたからな……。それに――」
 とウンベルトはゾーエのお腹を一瞥して、
「家族ももう一人増えるんだ。のんびりとはしていられないさ」
「……気を付けて下さいね」
「ああ、分かってる。お前も気を付けるんだぞ。産気づいたらお隣の伯母さんを呼ぶんだ。――アマデオ、お母さんをよろしく頼むな」
「はい!」
 小さな家の守り手に、ウンベルトは安心して家を出て行った。


 仲間と落ち合ったウンベルトは、猟銃を担いで山へと入る。
 山の麓にあるこの村の男性は、ほとんどが代々続く猟師だった。無論、ウンベルトもその一人。
 幼き頃より父や祖父に連れられて山に入り、罠の仕掛け方や弓矢・猟銃の使い方、獲物へと接近する方法にトドメのさし方など、多くの事を学んできた。
 今や立派な一人前の猟師であるウンベルトは、この村の猟師連のリーダーも兼ねていた。
「ウンベルトさん、やっぱり変ですよね……」
 若い猟師の男が心もとなげに言う。
「ああ、そうだな……」
 応じるウンベルトも、男同様に気落ちしているように見える。
「一体なんだってんでしょう……。つい数ヶ月前までは、いつもと何も変わらなかったのに」
 男の呟きに、周りの猟師も、若いもベテランも問わず、黙りこくる。
 みな気持ちは同じだ。言わずとも、落胆を隠すことはできない。
 この数ヶ月で、明らかに獲物の数が減ってきていた。

 先祖代々この山で狩りをしてきただけあって、獲物となる野生動物が豊富にいるのが特徴的な場所だった。ウサギや鹿、猪や熊など、山に入れば、毎日何かしら得ることができるほどに、豊かな御山だった。
 獲物を取りつくさないよう調整し、山の恵みに深く感謝し、山と共に生きるのが、この村の生き方。
 それが――。
 もう山に入って二時間になるというのに、全く獲物の姿が見当たらない。
 昨日は皆で八時間かけて、鹿が一頭とウサギが三匹しか取れなかった。これでは、村の皆を養っていくのは難しい。このままでは、村の存続にすら関わってくる。
 ウンベルトは猟師連のリーダーとして、どうにかしたいと願いながらも、どうにもできない日々をやきもきとして過ごしていた。
 もうじきもう一人、我が家にも増えるのだ。何とかしなければ、と焦る心が痛ましい。
 と、その時、猟師の誰かが小さく声を上げた。
「あれを見ろ!」
 猟師の指さす先、四百メートルほど離れたところに、何かが動く影が見えた。
「なんだ、あれは……」
 影は複数いるようで、木の陰から出たり隠れたり、見えづらいが人の形をしているように思えた。
「人……? まさか、こんなところで? 誰だ……?」
 影が群がる先を見やれば、一頭の鹿が追い立てられているのが分かった。
「くそう、俺たちの獲物を――」
 そう苦々しそうに呟く猟師を、ウンベルトは呆然としながらも否定した。
「違う……。あれは……コボルドだ!」
「なんだって!?」
 そう言われてよくよく目を凝らしてみれば、確かに人にしてはいささか小さい上に、動きが機敏だった。弓矢や猟銃を使っているようにも見えない。
「コボルド……最悪だ」
 誰かがそう零すと、肯定するように周りは沈黙を保った。
 コボルドが棲みついた山からは、獲物となる動物は狩りつくされる。
 ねずみ算式に増えたコボルドが次に狙うのは近くの人里……。そうなれば、妻も、子も……。
 いや、野生動物が絶えるまで待たなくとも、自分たちの村が知れれば、いつ襲われてもおかしくはない。
 どれだけの数が生息しているかにもよるが、悠長にしていられる状況ではなかった。

 獲物が減ってきていたのはこのせいだったのか、とウンベルトはぎりぎりと奥歯を噛み鳴らす。怒りの炎が瞳を燃やし、握りしめられた拳はぷるぷると痛みに悲鳴を上げている。
 今すぐにでも、あの場へ駆けつけて皆殺しにしてやりたかった。赤子の一匹たりとて逃さずに、自分たちの山を踏みにじる不心得者どもに裁きを、と。
 だが、自分はリーダー。みなを統率しなければならない立場にある。
 ウンベルトはみなを振り返り、一旦怒りを整えるために深呼吸すると、一人一人の目を見て言った。
「俺はこのままあいつらの後をつける。住処を探さなくちゃならん。何人かついてきてくれ。他の者は村に戻るんだ。……確実に根絶やしにするには、ハンターに頼むしかない」
 みなは頷いて、各々の行動に移った。


「あそこが奴らの住処だ」
 そう言って、ウンベルトはハンター達に指さして見せた。
「俺らも同行させてもらう。この山は俺たちの山だ。……あいつら、絶対に許さない」
 一匹残らず狩りつくしてやる、と呟くウンベルトの形相は、正しく悪魔のようだった。

リプレイ本文

「自分達の手で討ちたいと?」
 クローディア(ka3392)の言葉にウンベルトら、猟師達が首を縦に振る。
「俺たちは代々この山と共に生きてきた。奴らの繁殖力は知っているだろう? 一匹でも逃せば、どうなるか……。生命溢れる俺たちの山を、この手で守りたいんだ!」
 息巻くウンベルトに、葛音 水月(ka1895)がのんびりとした口調で言う。
「と言われても、邪魔になりますからねー。流れ弾当てられてもやーですしねぇ」
 それを肯定するように、クローディアも頷いた。
「誤射という危険もある以上、帯同しても戦わせることはできない」
「な、なら短剣だけにする!」とウンベルトが腰の短剣を引き抜いて縋るように言った。相変わらずその形相は猛りに満ちており、どう見ても冷静さを欠いているようにしか見えない。それは他の三人の猟師についても同様だった。
「コボルドは獣とは異なる。どうしてもと言うのなら止むを得ないが……」
 一般人が手を汚せば、それは毒となり、精神を蝕む。できるならば、それは避けたいとクローディアは難色を示す。
「……これを」
 そう言って、ウンベルトの前に手鏡を差し出したのは、シュネー・シュヴァルツ(ka0352)だ。
「表情、怖いです。落ち着いてください。
 ……ご家族が怖がります。……その顔、見せられますか……?」
 シュネーは自身の軍属の頃の経験から、その手を無闇に血に染めるほど、心のどこかに小さな罅が入っていくことをよく理解していた。そして、できれば、この人たちにはそうはなって欲しくなかった。
 手鏡に映った自身の顔に躊躇いを覚えたウンベルトの前に、アルファス(ka3312)が進み出る。
「はい。早いけど、赤ちゃんが産まれるって聞いたから」
 ペットの桜型妖精のアリアが重たそうに抱えているのは、少年の形を模したQG人形。ふらりふらりと飛ぶアリアに、ウンベルトは気を挫かれたように人形を受け取った。ウンベルトが感情に呑まれているのを顔から見て取ったアルファスの試みはうまくいったようだった。
「赤ちゃんが産まれそうな時に、お父さんが血の匂いをさせて帰っちゃダメだよ。
 狩りで流す血と、ただ殺すために流された血は違うんだ。これでも元軍人だからね……。
 もし産まれてたら、赤ちゃんに血の匂いを嗅がせる気?」
 それにクローディアも賛同する。
 人形を握りしめ顔を伏せたウンベルトは、洞窟の入り口での待機を、との言葉にただ頷きを返すだけだった。


 未知の洞窟内での危険を考慮し、コボルドが外に出てきたところを狙いたいというクローディアの思惑は、残念ながら実を結ばなかった。だが、猟師達との打ち合わせを綿密に行った結果、彼らの説得には成功し、護衛としてシュネーが猟師らと入口に残り、残りの五人で中の探索をすることとなった。
 洞窟内の通路は横幅が五メートルほどあるが、武器を振り回すことを考えれば、横に並べるのは二人までか。
 先頭に立ったのはユルゲンス・クリューガー(ka2335)とLEDライトで先を照らすクローディア。
 その後を、左手にたいまつを掲げ、右手に抜き身のレイピアを持ったミミズク姿の岩井崎 旭(ka0234)と水月、そしてアルファスが続く。
 五人はコボルドを取りこぼすことのないよう慎重に進む。
 途中横穴などの見落としが無いか、水月は辺りに目を配り、アルファスは道の狭まりを探すが、特に道幅は変わらない。
 コボルドの気配が無いまま、入口から一分ほど歩いたところで歪な十字路のように道が三つに分かたれている場所に出た。
 クローディアがレイピアと盾を打ち鳴らしてみるも、音に反応する気配は無い。
「さーて、どーすっかな?」
 旭は分岐路の壁の窪みにたいまつを挿し込み、次のたいまつを用意する。
「三手に別れるしかないか」
 クローディアの言葉に、ユルゲンスもふむと頷いた。
「だが、人数が合わんな」
 護衛としてシュネーが入口に残っている以上、どこか一か所は一人になってしまうことになる。
「僕はここに残ろうかな」
 アルファスは三つの道を見比べて言った。
「この一つだけ幅が他の半分もない。ここなら、敵が来ても何とか食い止められると思うんだ」
 敵の数が分からない以上多少危険ではあるが、他に選択肢も思い浮かばない。
「じゃあ、お任せしますかねー」
 黒猫のような耳をぴくぴくとさせる水月の言葉とともに、アルファスの提案に皆が了解した。


「おわっ!?」
 素っ頓狂な声を上げたのは上半身が羽毛に覆われた旭。
 分岐点から数分ほどがたった頃、曲がりくねった通路の先から突如として成体のコボルドが現れた。それも目と鼻の先にだ。
 だが、驚いたのは向こうも同じ。咄嗟のことで身体が強張っているのが見て取れる。
 明かりを不審に思って出てきたのだろうコボルドの顔面に、旭は軽くたいまつを放る。
 視界をいきなり炎で覆いつくされたコボルドがたいまつを打ち払う間に、素早く背後に回っていた旭がその背中を斬り伏せる。
 逆流した血塊を喉に詰まらせたコボルドは、ぐぶっと濁った音とともに口元を血に染めて倒れた。
 すかさず旭の背を守るように移動していたクローディアの労わる声に、旭はふいーっと息を吐いて応えた。
 LEDライトの光が通路の奥に広まった空間を浮かび上がらせる。
 俄かに騒がしくなり始めた雰囲気を感じ、旭は地を駆けるものを自身に使う。
 クローディアも準備は万端のようだ。
 二人は顔を見合わせ、広場へと踏み入った。


「ご心配、ですか……?」
 シュネーの言葉に、ウンベルトがびくっと反応する。
「いや……」
 そう言いつつも、先ほどから洞窟内へ鋭い目を向けていたのは否定できない。
 彼らの気持ちは理解できる。安心もさせてやりたい。だが、上手くそれを伝えられるほど器用な人間ではなかった。
「大丈夫……です。私の仲間に任せてください」
 シュネーは洞窟内への警戒を続けながらも、ウンベルトの目を見て、はっきりとそう告げた。


 旭らが広場へと突入しようとしていた頃、丁度ユルゲンス・水月の二人も広場らしき場所を見つけていた。
 水月の提案で敢えて腰から下げたランタンを点けずに来たお陰で、多少時間はくったが、まだコボルド達には見つかっていないようだった。
「同時に斬り込むぞ、一匹たりとも逃がすまい」
 ユルゲンスの言葉に、水月はこくりと首肯する。興奮を抑えられないのか、顕現した尻尾がゆさゆさと揺れている。それはまるで、獲物を前にした猫のよう。
 コボルドのような弱い敵は、水月にしたら絶好の獲物に他ならない。戦闘は優位に運べるから楽しめるのだ。
 コボルドは夜目が効く。暗闇のままでは分が悪いのは人間の方。
 水月がランタンを灯す。それに合わせて、ユルゲンスと水月は広場に突撃した。
 不意の強襲にコボルドが構える間もなく、ユルゲンスが手近のコボルドにロングソードで斬りつける。ギキィと鼠のような甲高い悲鳴を上げて後ずさるコボルドを追いかけて斬り捨てると、逃げられぬよう入口を塞ぐように陣取った。
 広場にいるのは成体が三体に、幼体が十体ほど。今しがた斬り捨てたのを省けば、残る成体は二体。熟練のハンターにとっては容易な相手だ。
 問題は数。出口は今自身がいる入口以外に無い。ここを抜けられれば、アルファスや猟師達と鉢合わせになるのは間違いないだろう。
「恨みはないが……」
 亜人の生命よりも、民草の営みが優先。
 ユルゲンスはロングソードを握る手に力を込め、油断なく敵を睥睨した。
 一方、片鎌槍を手にした水月は、マテリアルを込め一気に成体に接近する。ひょろ長い手足のコボルドよりも更に長いリーチを以て、幼体の手の届かぬ範囲から鋭い穂先で胸を突く。幼体は一突きであっけなく絶命した。
 水月は拍子抜けしたように考えを巡らす。
 と、視界の端から何かが飛来してくるのが見えた。尖った石だ。
 水月は瞬時に防御を捨て、素早い身のこなしから壁を蹴りあがり躱すと、そのまま石が飛んできた方向に足を向ける。
「もう、そんな攻撃してくるなんて危ないじゃないですかー」
 壁上を疾駆し、石を投げつけてきた成体との距離を素早く縮めると、再び鋭い槍の一突きがコボルドを襲った。
 ユルゲンスはというと、不調からかスキルが使えなかったものの、上半身への攻撃に注意を引き、お留守となった足元を蹴り払い、たまらず転倒したところを喉元に剣を突き立てた。
 これで残りは幼体のみ。ユルゲンスと水月は互いに連携が取れる距離を保ちつつ、取り逃さないよう、群がりくる、または逃げ惑う幼体の殲滅にかかった。


「おー、いるいる。そんじゃま、ちゃっちゃか片付けますか」
 広場にいたのは、成体三体に幼体十体ほど。
 旭は身軽になった身体で広場を自由に遊弋する。最初に向かってきた成体を俊敏な動きで翻弄し、敵に攻撃の暇を与えることなく果敢に突き崩す。旭の力をもってすれば、コボルドなど造作も無い相手だ。
 幾つもの穴を穿たれたコボルドが無様に地に伏せると、旭は思わずため息をついてしまいそうだった。
「楽なのはいーんだけどさ。もーちっと骨があってもいいと思うんだが」
「そう言うな。こういう時もある」
 クローディアの慰めのような言葉に、旭はまたため息を漏らし、もう一体近づいてきている成体に狙いを定めた。
 クローディアもレイピアを構え、残りの成体を威圧する。
 幼体は広場の奥に固まって身動きをとっていない。これならば、取り逃がすのを気にして防御を固める必要は無いだろう。
 鋭い爪を振りかぶり打ち下ろしてきた腕を盾で払うと、クローディアは強く踏み込み、強烈な一撃を見舞う。肩を刺し貫かれたコボルドは、もう片方の手で傷口を抑えると途端に甲高い悲鳴を上げて、入口に向かおうとした。
「無駄だ!」
 逃走など許すはずもない。
 クローディアは無防備になった背を盾で強打し、倒れたコボルドの頭にレイピアを突き刺した。
 やはり、このようなことは一般人にさせるべきではない。クローディアはこの場に猟師達がいないことに安堵し、背後を振り向いた。
 先ほどの成体の悲鳴が引き金となったのか、幼体たちは一斉に入口に殺到しようとしていた。その数に、旭は眉を上げる。
「こりゃあ、早めに気づけてよかったじゃねーか。もう少し遅かったら、村が襲撃を受けてただろーしな」
「全くだ」
 クローディアは盾を構え、旭はブロウビートで委縮させ、淡々と幼体を殺す作業に移った。頭か心臓を狙ってなるべく即死させていたのは、二人なりの優しさだったと言えるだろう。


 四人が広場の制圧にかかっていた頃、アルファスは異変を察知していた。
 仲間が行った先から聞こえる戦闘音や悲鳴はここにも届いていた。そしてそれは、アルファスが塞いでいた道の先でも言えることだった。
 複数の足音が隘路の奥から聞こえてきたのだ。それもゆっくり歩いているようなものではなく、我先にと駆けるものだった。
 アルファスは腰に下げたランタンで道を照らす。
 盾を前面に構え、杖を手に持ち、いつでも機導砲を打てるように準備する。
 程なくして姿を見せたのは、幼体の群れ。
 アルファスの杖から一条の光が放たれる。ギィッと小さく悲鳴を上げて倒れた仲間に目もくれず、幼体は次々にアルファスに殺到する。二体、三体、四体と――。
 決して足は速くない。人間の子供と同じ程度だろう。だが、数が多すぎた。
 光の剣と高速の盾の動きで幼体を切り伏せていくものの、十体近くに及ぶ幼体を一人で抑えきるのは不可能だった。不運だったのは、幼体がどれも戦闘を目的としていたのではなく、逃走に専念していたことだ。
「くっ!」
 二体、三体と幼体が脇を抜けていく。その先に待っているのは――。
 アルファスは自身の身が傷つくのも厭わず、身体のあちこちに擦り傷や切り傷を作りながらも、これ以上はいかせないと必死に幼体を打ち払った。


 その音に真っ先に気づいたのはシュネーだった。
 ウンベルト達の訝しむ視線を無視して、腕に固定したLEDライトで洞窟の中を照らし上げる。
「来ます……。下がって」
 宣言通り、数秒後に洞窟の奥から三体の幼体が駆けてくるのが見えた。
 マテリアルを込めたチャクラムが幼体向けて飛んでいく。しかし、的は小さい。辛うじて当たった一体が蹴躓いたが、残りの二体は健在だ。
 短剣を構えようとしたウンベルトらを腕で制し、シュネーは疾影士らしい素早い動きで幼体二体に肉薄し、短剣にて足元を切り払う。転倒し、小さく悲鳴を上げる三体を、シュネーはできるだけ苦しまずに済むようにと、短剣で楽にしてやった。
 硬直している猟師達を見て、シュネーは表情は変えずとも、その手が汚れずに済んだことを心中安堵しているようだった。


「凡そ片付いたか。取りこぼしはあるまいな?」
 ユルゲンスの発言に、みなが頷く。シュネーを除く五人は分岐点の所に集合していた。
 多少傷を負ったのはアルファスだけのようだが、それも応急手当だけで済んだようだ。
「後は、この先だけですねー」
 満足気に頬を緩ませた水月が言うのは、アルファスが守っていた隘路。一同は一列になって慎重に進んだ。
 辿り着いたのは、最後の広場。そこにいたのは、一体の成体の雌と――今まさに産まれたばかりらしき赤子の幼体三体だった。
「これは……」
 それは誰の言葉だったか。五人は言葉を呑んで、こちらを睨むように立ち上がろうとしている成体を見つめた。
 人に危害を及ぼす存在である以上、倒すことにみな否やは無い。躊躇いも無い。後はできる限り、手早く、楽に終わらせてやることだけか――。

 全てが終わり、旭の進言に従って、死骸はそれぞれの広場で焼却処分とした。


 ウンベルトの家の前では息子のアマデオが待ち受けていた。その顔はこの世には幸福しか存在しないと信じ切っている幼子のものだ。
 開いた扉から産婆が赤子を抱いてやってくる。妻のゾーエはまだベッドで休んでいるようだ。自身の子をその手に抱きとめたウンベルトの目にうっすらと涙が溜まっていく。
「ほう、生まれたのか」
 ユルゲンスの祝いと諌めの言葉に、ウンベルトが涙ながらに笑う。
 クローディアはその背を励ますように軽く叩く。
(良かったね、おめでとう)
 アルファスは遠巻きにそれを見守りつつ心の中で祝福し、軍属時代に守りたかった、守れなかった生命について想いを馳せた。今度はちゃんと守ることができた、その力を得られたことが嬉しかった。
 血の匂いを振りまくことを懸念して、ウンベルトらからの感謝の言葉を背に受けて、六人はその場を早々に歩き去る
 シュネーは最後に遠巻きに赤ん坊を眺めた。
 QG人形を手にはしゃぐ子供と背を丸めるウンベルト、幸せの形は数あれど、幾重にも血が染みついたこの手で触れる権利など無いと自戒して……。

依頼結果

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MVP一覧

  • 癒しへの導き手
    シュネー・シュヴァルツka0352
  • 《聡明》なる天空の術師
    アルファスka3312

重体一覧

参加者一覧

  • 戦地を駆ける鳥人間
    岩井崎 旭(ka0234
    人間(蒼)|20才|男性|霊闘士
  • 癒しへの導き手
    シュネー・シュヴァルツ(ka0352
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • 黒猫とパイルバンカー
    葛音 水月(ka1895
    人間(蒼)|19才|男性|疾影士
  • ケンプファー
    ユルゲンス・クリューガー(ka2335
    人間(紅)|40才|男性|闘狩人
  • 《聡明》なる天空の術師
    アルファス(ka3312
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 角折の銀瞳
    クローディア(ka3392
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 作戦相談卓
ユルゲンス・クリューガー(ka2335
人間(クリムゾンウェスト)|40才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2014/12/13 21:14:49
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/12/09 09:31:50