ゲスト
(ka0000)
【羽冠】アイテルカイトの街道
マスター:赤山優牙

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/04/26 19:00
- 完成日
- 2018/05/05 20:41
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●???
一人の騎士が大理石の床に両手と頭を付けていた。所謂、土下座である。
屈辱に耐えているのが、小刻みに震える体から分かった。それでも騎士が、頭を下げなければいけない理由があった。
「戦は出来ても領地経営の一つも出来んとは、哀れな騎士だな」
冷たい視線で騎士を見降ろしているのは、この地方の貴族だった。
グラズヘイム王国大公ウェルズ・クリストフ・マーロウを頂点とする貴族派閥に属する貴族である。
その経営手腕は多少強引でも、それなりに成果を上げており、この度、新しい所領を任されていた。
そして、所領を今まで取り纏めていたのが、この騎士だった。元々は別の貴族に仕える騎士であったが、領地併合で現在は、この貴族の配下になっている。
「昨年は傲慢歪虚の襲来もあり、加工場の修理が必要でした。その分、売り上げが下がっただけです!」
「言い訳は必要ない! お前に必要なのは決められている税を納める事だけだ!」
手にしていた銀杯を投げつけた。
狙った訳では無かったが、杯は騎士の頭を直撃する。それでも、騎士は微動だにせず、耐えた。
「民は戦に次ぐ戦で疲弊しています。これ以上、税を徴収するのは……」
「多少、貧しいぐらいがちょうど良いのだ。今は、何をするにせよ、金がいる時期。甘ったれるな!」
「ですが……」
それでもなお、食い下がろうとする騎士。
分かってないのだ。確かに重税は苦しいだろう。だが、マーロウ大公がこの国を主導するのであれば、変われる。
今苦しいが将来は確実に安定した暮らしを手に入れられる。それは、かの大公が納める領地を見ていれば分かる事。
「もういい。貴様には用は無い! 私自ら、貴様の村に乗り込むだけだからな!」
貴族の宣言は死刑宣告にも似た雰囲気だった。
貴族の屋敷から街道を通り、自身が治める村へと帰る騎士。
いや、正確に言うならば、“治めていた”というべきだろうか。
「……合わす顔がないな……」
村の暮らしはギリギリだった。
余裕など、一つもない。それを貴族は分かっていないのだ。
そして、現状を見せても、方針は変わらないだろう。そして、領地を持たないただの騎士になった自分には何もできない。
「……いや、ある。村を守る術が一つだけ。あの貴族を暗殺してしまえば……」
腰の剣に手を掛けた。
貴族はこの街道を通ってくるだろう。ならば、できる事は一つ。刺し違えてしまえばいいのだ。
「だが、護衛は当然いるだろう……」
いくら戦で鍛えた腕とはいっても、覚醒者でもない彼の力量には限界がある。
あの貴族の事だ。万が一の事も考えて、覚醒者の護衛だっているはずだ。
「敵は歪虚ではなく、人間だったのか……」
どんよりとした空を見上げた。
もう、終わったのだ。自分も村も。守れなかった。今は亡き愛する妻の故郷を、想い出を。
「せめて、せめて、力があれば! 全てを葬れる力が!」
魂の奥底から響くような声を発した直後だった。
街道脇の林から異形の者が姿を現す。鍛錬の賜物か、考えるよりも早く、騎士は剣を抜く。
「歪虚か!」
「そう、慌てるな。貴様の声を聞いた。叶えられない願いの言葉を、な」
直立している甲虫のような歪虚と――
「だから、ミュール達がその願いを叶えてあげるよ!」
甲虫歪虚の肩に乗るあどけない笑顔の少女。
その雰囲気から二人が歪虚であると感じた。それも、かなりの高位かもしれない。
「歪虚の手など借りぬ!」
「例えば、貴様が自分の手だけで、その貴族とやらを殺したとしよう。貴様の一族や関わりのある者まで、事後、酷い事になると思わないのか?」
甲虫歪虚が淡々と告げる。
そして、それはその通りだ。
「貴様も死ぬ事になるが……歪虚のせいという事にできれば……どうだろう」
「……話を聞こうじゃないか」
騎士は警戒しながらも剣を納めた。
そう――彼の敵は歪虚ではなく、人間だと思ったばっかりというのもある。
すると、甲虫歪虚の肩に乗っていた少女が、いつの間にかに“立札”を抱えて大地に飛び降りた。
「ランランルンルン♪ ランランルンルン♪ 願いを叶えて願いの扉」
少女の笑顔に、騎士は愛する妻の笑顔を思い出していた――。
●とあるハンターオフィスにて
オキナへの手紙を送り、紡伎 希(kz0174)は一息ついた。
主に会うのは簡単な事ではない。その所在を含め、色々と“都合”が生じているからだ。
旅の支度をしようと思った希が席を立つと同時に部屋の戸が開いた。
「大変よ! ノゾミちゃん!」
血相を変えて入ってきたのは、先日の依頼を教えてくれた先輩受付嬢だった。
手にしているのは緊急の依頼の資料。
「王国東部の大きめの街道で、歪虚が出現したのよ!」
パルムをひっつかみ強引にモニターに押し付ける。
それで表示されたかどうかはともかく、モニターに映し出されたのは、フルフェイスを被ったような漆黒の人型歪虚だった。それも数体は確実に居る。
「この歪虚! 先日の依頼で戦った傲慢歪虚です!」
「全部倒したって聞いていたけど、今度は街道に出現してるって話みたいで」
「どこからか出現したのでしょうか? でも、転移攻撃はしてこなかったですし……」
かといって、王国東部に歪虚の拠点があるという話だって聞いた事はない。
好き勝手な所に歪虚が出現するようになれば、守る方は手に負えない。
「私、行ってきます!」
「気を付けてね。こっちはハンター達に依頼を出す手続きをしておくから」
「よろしくお願いします」
旅支度も途中で希は魔導剣弓を手に取った。
目撃者は居るのか、生存者は居るのか、敵についての情報は何か得られるのか。
「また、先日のように……誰かの絶望を利用しての事なら……止めないと!」
緑髪の少女は強い決意と共に廊下を駆け出したのであった。
●ミュール
漆黒の人型歪虚が数体。その中心に真っ黒な車。
更に、その車の上に、色とりどりな装飾品を身に纏う、漆黒の人型歪虚。それらが街道を封鎖していた。
「なんだろうこれ」
様子を見に来た少女が、甲虫歪虚の肩の上から飛び降りた。
手にしたのは新聞のようなもの――ヘルメス情報局号外新聞――だった。
「ねぇねぇ、ミュール。なんだか面白い事が書いてあるよ、これ」
「貴族か、その護衛。あるいは騎士が持っていたものかもしれないか」
少女はちょこんと地面に座ると食い入るように号外を読み始めた。
一方、甲虫歪虚の方は周囲を見渡す。視線を街道の先に向けると、幾人ばかりか向かってきていた。
「ハンターだ」
「ファルズィーンに任せていいと思うよ。ロフやピヤーダもいるわけだし」
「ふむ。なら、無粋な真似はせずに、見させて貰おうか」
号外に視線を向けながら言った少女の台詞に甲虫歪虚は同意した。
「どれほどの腕前か。落胆させるようであれば、容赦はしないからな」
甲虫歪虚はどんと街道の真ん中で仁王立ちし、ハンター達を迎えるのであった。
一人の騎士が大理石の床に両手と頭を付けていた。所謂、土下座である。
屈辱に耐えているのが、小刻みに震える体から分かった。それでも騎士が、頭を下げなければいけない理由があった。
「戦は出来ても領地経営の一つも出来んとは、哀れな騎士だな」
冷たい視線で騎士を見降ろしているのは、この地方の貴族だった。
グラズヘイム王国大公ウェルズ・クリストフ・マーロウを頂点とする貴族派閥に属する貴族である。
その経営手腕は多少強引でも、それなりに成果を上げており、この度、新しい所領を任されていた。
そして、所領を今まで取り纏めていたのが、この騎士だった。元々は別の貴族に仕える騎士であったが、領地併合で現在は、この貴族の配下になっている。
「昨年は傲慢歪虚の襲来もあり、加工場の修理が必要でした。その分、売り上げが下がっただけです!」
「言い訳は必要ない! お前に必要なのは決められている税を納める事だけだ!」
手にしていた銀杯を投げつけた。
狙った訳では無かったが、杯は騎士の頭を直撃する。それでも、騎士は微動だにせず、耐えた。
「民は戦に次ぐ戦で疲弊しています。これ以上、税を徴収するのは……」
「多少、貧しいぐらいがちょうど良いのだ。今は、何をするにせよ、金がいる時期。甘ったれるな!」
「ですが……」
それでもなお、食い下がろうとする騎士。
分かってないのだ。確かに重税は苦しいだろう。だが、マーロウ大公がこの国を主導するのであれば、変われる。
今苦しいが将来は確実に安定した暮らしを手に入れられる。それは、かの大公が納める領地を見ていれば分かる事。
「もういい。貴様には用は無い! 私自ら、貴様の村に乗り込むだけだからな!」
貴族の宣言は死刑宣告にも似た雰囲気だった。
貴族の屋敷から街道を通り、自身が治める村へと帰る騎士。
いや、正確に言うならば、“治めていた”というべきだろうか。
「……合わす顔がないな……」
村の暮らしはギリギリだった。
余裕など、一つもない。それを貴族は分かっていないのだ。
そして、現状を見せても、方針は変わらないだろう。そして、領地を持たないただの騎士になった自分には何もできない。
「……いや、ある。村を守る術が一つだけ。あの貴族を暗殺してしまえば……」
腰の剣に手を掛けた。
貴族はこの街道を通ってくるだろう。ならば、できる事は一つ。刺し違えてしまえばいいのだ。
「だが、護衛は当然いるだろう……」
いくら戦で鍛えた腕とはいっても、覚醒者でもない彼の力量には限界がある。
あの貴族の事だ。万が一の事も考えて、覚醒者の護衛だっているはずだ。
「敵は歪虚ではなく、人間だったのか……」
どんよりとした空を見上げた。
もう、終わったのだ。自分も村も。守れなかった。今は亡き愛する妻の故郷を、想い出を。
「せめて、せめて、力があれば! 全てを葬れる力が!」
魂の奥底から響くような声を発した直後だった。
街道脇の林から異形の者が姿を現す。鍛錬の賜物か、考えるよりも早く、騎士は剣を抜く。
「歪虚か!」
「そう、慌てるな。貴様の声を聞いた。叶えられない願いの言葉を、な」
直立している甲虫のような歪虚と――
「だから、ミュール達がその願いを叶えてあげるよ!」
甲虫歪虚の肩に乗るあどけない笑顔の少女。
その雰囲気から二人が歪虚であると感じた。それも、かなりの高位かもしれない。
「歪虚の手など借りぬ!」
「例えば、貴様が自分の手だけで、その貴族とやらを殺したとしよう。貴様の一族や関わりのある者まで、事後、酷い事になると思わないのか?」
甲虫歪虚が淡々と告げる。
そして、それはその通りだ。
「貴様も死ぬ事になるが……歪虚のせいという事にできれば……どうだろう」
「……話を聞こうじゃないか」
騎士は警戒しながらも剣を納めた。
そう――彼の敵は歪虚ではなく、人間だと思ったばっかりというのもある。
すると、甲虫歪虚の肩に乗っていた少女が、いつの間にかに“立札”を抱えて大地に飛び降りた。
「ランランルンルン♪ ランランルンルン♪ 願いを叶えて願いの扉」
少女の笑顔に、騎士は愛する妻の笑顔を思い出していた――。
●とあるハンターオフィスにて
オキナへの手紙を送り、紡伎 希(kz0174)は一息ついた。
主に会うのは簡単な事ではない。その所在を含め、色々と“都合”が生じているからだ。
旅の支度をしようと思った希が席を立つと同時に部屋の戸が開いた。
「大変よ! ノゾミちゃん!」
血相を変えて入ってきたのは、先日の依頼を教えてくれた先輩受付嬢だった。
手にしているのは緊急の依頼の資料。
「王国東部の大きめの街道で、歪虚が出現したのよ!」
パルムをひっつかみ強引にモニターに押し付ける。
それで表示されたかどうかはともかく、モニターに映し出されたのは、フルフェイスを被ったような漆黒の人型歪虚だった。それも数体は確実に居る。
「この歪虚! 先日の依頼で戦った傲慢歪虚です!」
「全部倒したって聞いていたけど、今度は街道に出現してるって話みたいで」
「どこからか出現したのでしょうか? でも、転移攻撃はしてこなかったですし……」
かといって、王国東部に歪虚の拠点があるという話だって聞いた事はない。
好き勝手な所に歪虚が出現するようになれば、守る方は手に負えない。
「私、行ってきます!」
「気を付けてね。こっちはハンター達に依頼を出す手続きをしておくから」
「よろしくお願いします」
旅支度も途中で希は魔導剣弓を手に取った。
目撃者は居るのか、生存者は居るのか、敵についての情報は何か得られるのか。
「また、先日のように……誰かの絶望を利用しての事なら……止めないと!」
緑髪の少女は強い決意と共に廊下を駆け出したのであった。
●ミュール
漆黒の人型歪虚が数体。その中心に真っ黒な車。
更に、その車の上に、色とりどりな装飾品を身に纏う、漆黒の人型歪虚。それらが街道を封鎖していた。
「なんだろうこれ」
様子を見に来た少女が、甲虫歪虚の肩の上から飛び降りた。
手にしたのは新聞のようなもの――ヘルメス情報局号外新聞――だった。
「ねぇねぇ、ミュール。なんだか面白い事が書いてあるよ、これ」
「貴族か、その護衛。あるいは騎士が持っていたものかもしれないか」
少女はちょこんと地面に座ると食い入るように号外を読み始めた。
一方、甲虫歪虚の方は周囲を見渡す。視線を街道の先に向けると、幾人ばかりか向かってきていた。
「ハンターだ」
「ファルズィーンに任せていいと思うよ。ロフやピヤーダもいるわけだし」
「ふむ。なら、無粋な真似はせずに、見させて貰おうか」
号外に視線を向けながら言った少女の台詞に甲虫歪虚は同意した。
「どれほどの腕前か。落胆させるようであれば、容赦はしないからな」
甲虫歪虚はどんと街道の真ん中で仁王立ちし、ハンター達を迎えるのであった。
リプレイ本文
●
街道の先に見える歪虚。
それも単体ではない。幾体もの歪虚がジッとハンター達が来るのを待っていた。
「新しい傲慢……ですか……」
やや影のある表情を浮かべて鳳城 錬介(ka6053)が呟いた。
王国を苦しめる傲慢――アイテルカイト――の脅威は続いている。
「一段落ついたと思いましたが、まだまだ暇にはなりそうにないですね」
イスルダ島を奪還したとはいえ、傲慢歪虚が滅んだ訳ではない。
彼の言う通り、暇は当分の間、訪れないだろうか。
シルヴェイラ(ka0726)が目を細めて街道を封鎖する歪虚の群れを観察する。
今のところ、まだ距離がある為か、敵に攻撃の意図は見えない。
「まずは、敵の布陣をまず確認だね」
「傲慢歪虚による街道の封鎖、ですか。しかも、希さんは面識があるようで……」
刀を構えながら一歩前に進んだアティニュス(ka4735)が紡伎 希(kz0174)に視線を向ける。
その視線に気が付いて希は頷いた。
「初めて見る歪虚も居ますが、間違いなく、前回の依頼で戦った歪虚が居ます」
フルフェイスを被ったような漆黒の傲慢兵士。
駆け出しのハンター程度なら良い勝負なので、そこそこ経験を積んだハンターであれば、脅威ではないだろう。
「お話を伺う限り、何者かの目的で作り出されたとみる方がいいでしょうか」
「そうだね。敵がなんの意図をもってこの場所にいるのか、それを知りたいな」
アティニュスとシルヴェイラの言葉を聞きながら、アルラウネ(ka4841)は大きくため息をつく。
「また出たのね。何か情報を掴めないかしら……」
前回と違うのは街道が密室ではないという事だろう。
ただし、街道に至るまで、隠密に行動できるかというと、あの数で考えると難しい。
人通りが多い街道ではないし、さほど最重要な街道でもない。遠回りだが、迂回する事だって出来るが、この街道周辺での目撃情報も無かった。
「奥に見慣れない歪虚もいるみたいね……子供と大きい虫?」
街道を封鎖する傲慢歪虚の先に、別の歪虚が居る事をアルラウネは見つけた。
「大きい虫の方は、こちらを観察しているようですしね。どなたか、あの方々に面識のある方いらっしゃいます?」
面々を見つめるアティニュスだが、当然のように誰もが首を縦に振る者は居なかった。
Uisca Amhran(ka0754)が首を傾げながら口を開く。
「雑魔でなく、これだけの歪虚を産み出す存在……子イケくんより上位の歪虚?」
過去、似たような事件を追いかけていた時、出現していたのは雑魔程度、それも単体が多かった。
それと比較して考えれば、規模が大きい。角折の歪虚よりも高位と考えるのは自然だろう。
「傲慢は面白いやつが多いのぅ? アヤツらについて後日、角折からなんか聞けんか? ノゾミ」
少女と大きい虫の歪虚を注意深く観察しながら星輝 Amhran(ka0724)が希に尋ねた。
どう見ても異質な感じだ。傲慢歪虚の中でも有名人の可能性は高いだろう。希の主であった角折の歪虚が知っている可能性もまた高い。
「オキナを通じて確認の手配を取っています。もしかして、何かわかるかもしれません」
「ふむ……それでは先ずは戦うかの。調査はそれからじゃ」
グッと拳を握る星輝。遠くからは分からなかったが、傲慢歪虚の群れの足元に多数の人間の遺体らしきものが見えたからだった。
●
戦闘が開始され、傲慢兵士と切り結ぶハンター達の中、Uiscaはリアルブルーの車と似たような形状の傲慢戦車と対峙していた。
「やっぱり、機動力がありますね」
Uiscaが追走する形で追い掛ける。
奏唱士としての力を行使しつつ、鮮やかな魔導バイクを操作。
傲慢戦車に対して魔法を放つ。マテリアル状の龍牙や龍爪が幾本も貫いた。
直後、敵から放たれる負のマテリアル。自身が受けたダメージを対象に与える傲慢特有の能力【懲罰】だ。
「戦車の方は【懲罰】以外、使ってきそうにありませんね」
冷静に分析しながら、襲ってきた負のマテリアルを跳ねのけるUisca。
一方、Uiscaの魔法は十分に効果を発揮し、戦車はその場から動けなくなった。
その車輪の足元には幾つもの人間の遺体。その中で、一人だけが苦悶の表情ではなく、微笑を浮かべていた。
「イスカさん……」
不安そうな表情で希が名前を呼んだ。
絶望の中、そんな表情を浮かべて死んでいった者達を、希もUiscaも知っている。
「貴方も何か無念があったのですか……」
骸から返事がある訳ではない。しかし、そう問わずにはいられなかった。
今回も経緯は分からないが、きっと、前回同様、絶望に至った人間が引き起こしたのかもしれない。
その頃、傲慢兵士との戦いはハンター達に有利に進んでいた。
力量の差が違う。対峙した錬介の堅い守りと仲間への的確な援護、聖盾剣による攻撃力は傲慢兵士を圧倒する。
「【懲罰】は俺には効きませんよ」
降りかかる負のマテリアルを避ける事もせず、盾と鎧で受け止める。
強力なカウンター能力を持つ【懲罰】は、受けや回避が可能なパターンと強い精神力で抵抗できるパターンと分かれる。
今回の傲慢兵士は、個体別に違うパターンの【懲罰】を繰り出してきたが、錬介を傷つける事が出来なかった。
「ここは私とシルヴェイラに任せて。片付けたら、戦車の方に向かうから」
「分かりました。お二人に託します」
アティニュスの提案に、ガチャっと大きな音を立てながら聖盾剣を構えなおすと錬介は仲間の元へと駆け出した。
それを見届けながら、アティニュスは刀を正眼に構える。
傲慢兵士の力量は大した事は無いが、数が居れば脅威となるのは変わらない。油断禁物だ。
マテリアルを解き放ち、周囲を囲むように迫った傲慢兵士を素早く切り捨てる――が、さすがにアティニュスも無傷とはいえない。
だが、大技の後に生じた隙を狙った傲慢兵士は銃撃でフルフェイスを貫かれる。
「やはり、街道の封鎖が目的ではないようですね」
銃撃を放ったのはシルヴェイラだった。
牽制射撃を繰り返しつつ、敵が街道から離れる事があるのかないのか、間合いを調整しながら確かめていたのだ。
その結果、分かった事がある。
「消滅するまで襲い掛かってくる――かといって、猪突猛進でもない」
敵の動きを鋭く洞察していたからこそ得られた情報だろう。
知能は人と同等以上はあるだろうが、個という存在の消滅について、未練というものが感じられない。
接近してきた傲慢兵士を機導師の力で吹き飛ばすと、銃口を向けた。
「これで最後ね」
低い姿勢からアティニュスが振るった刀が傲慢兵士を文字通り真っ二つにした。
動きを止めた傲慢戦車に対し、Uiscaと希は攻撃の手を緩めない。
「行くよ、ノゾミちゃん! 【懲罰】には回復や防御の手段があるからね」
「はい、イスカさん!」
移動を封じただけで、敵から反撃が無い訳ではない。
負のマテリアルのビームを盾で受け止めるUisca。
そこに傲慢兵士を打ち倒したアティニュスとシルヴェイラが合流した。
傲慢戦車はタコ殴り状態という事になったが、一方で、色とりどりな装飾品を身に纏う漆黒の人型歪虚との戦いは一筋縄ではいかなかった。
「あの装飾品に見覚えはあるかの?」
肩を激しく上下させながら星輝がアルラウネに聞いた。
「暴食じゃなさそうだけど、着飾るのが好きというイメージがあるのは……支配階級かな」
「やはりそうじゃよな」
素の能力だけでも、この傲慢貴族は二人を圧倒していた。
おまけに、時折、傲慢兵士を召喚する能力も持っているようで、思うように攻勢に入れなかったのもある。
「俺が前面に出ます。二人は離れすぎないようにして下さい」
「それは助かるのぉ」
合流した錬介が前へと進む。
ガウスジェイルで仲間を援護するつもりなのだ。
新手が増えた事で傲慢貴族は警戒を高める。錬介の戦いぶりを見ていたのかもしれない。
眩く光る宝石に包まれた漆黒の両腕を天に向けた直後、強烈な負のマテリアルが周囲に放たれる。
「愚かな人間共。ここは高貴なる傲慢の前だ。自害せよ」
【強制】の能力だ。
抵抗に失敗すれば、命令された内容を実行してしまう。
「わしの歌を聞けー!」
叫んだのは星輝だった。
傲慢歪虚特有の能力である【強制】。それを敵が使ってくる可能性は高いと星輝は睨んでいた。
それに、過去幾度となく【強制】にしてやられてきたのだ。星輝が無対策な訳がない。
「耐えるのじゃ!」
「……私を好きに、出来るのは……夫だけよ!」
圧壊するのではないかと思うような負のマテリアルを気合の掛け声と共に弾け飛ばすアルラウネ。
「ほう、いつもどんな命令を受けているのか、それは気になるのぅ」
いぢわるそうにアルラウネに向かって言う星輝。
その言葉に一瞬、夫とのアレやコレやが脳裏に浮かんだアルラウネだったが、すぐに頭の中から追い出す。
抵抗できたのはギリギリだっただろう。運が良かったのもあるが、星輝の援護のおかげでもある。
「耐えきったので、今度はこちらの番です!」
錬介の聖盾剣が傲慢貴族を貫く。
同時に【懲罰】が発生するが、耐えきる錬介。そのカウンターを確認し、アルラウネの太刀と星輝の必殺の一撃が繰り出された。
余程の高位歪虚でなければ、【懲罰】を連続使用する事は出来ない。攻撃の絶好のチャンスだ。
「私を寝取ろうなんて一生無理ね」
「そんなつもりで使った訳じゃないだろうが、哀れじゃの」
二人の攻撃に、ついに傲慢貴族もボロボロと消滅していった。
●
街道に残ったのはハンター達と、傲慢歪虚に惨殺された幾つもの遺体。そして、街道に座り込んで号外を読んでいる幼い少女と直立している甲虫歪虚。
警戒しつつも仕掛けてくる様子がないので、アルラウネは自分の名を告げてから歪虚に向かって話しかけた。
「……まずは名前を聞いてもいいかしら?」
だが、甲虫歪虚から返事は無かった。
助けを求めるように両肩を竦めながら、アルラウネはアティニュスに視線を向ける。
「もし宜しければお名前を伺いたいですね」
今度は彼女が尋ねる。
やはり、反応はないようだが、アティニュスは言葉を続けた。
「呼びかけるにしろ、名を遺すにしろ、必要でしょう。世界に示す、貴女方を表現するお名前はなんでしょうか?」
「……答えてあげなよ、ミュール」
返事をしたのは号外に視線を向けたままの幼い少女だった。
「人間共に教える必要もないだろうに、というか、名前、言ってる」
「だから、ミュールがさっさと答えれば良いんだよ」
諦めたように甲虫歪虚はハンター達を見渡した。
「……我らの名はミュール。偉大なる傲慢の王イヴ様に最も近い存在だ」
「傲慢王……」
もしかしてイヴその者の可能性もあるかとUiscaは思っていたが、どうやら別の存在のようだ。
見栄っ張りな所もある傲慢歪虚の台詞だから、“最も近い存在”という言葉がどこまで真実か分からない。
それでも、この歪虚が極めて高位である事をハンター達は感じた。発せられる負のマテリアルの強さが、ベリアルやメフィストのそれに近い。
「なぜこんな事をするんです?」
Uiscaは視界の隅に、立札だったらしい木片を見つけつつ尋ねた。
木片にはファルズィーン、ロフ、ピヤーダと書かれている。
「答える必要はない」
「願いを叶えていたんだよ」
甲虫歪虚と幼い少女が同時に答えた。
仲が悪そうには見えないが、微妙にすれ違いがあるようにも2体の歪虚は見える。
「所で、あの駒達の名は何というのじゃろ?」
星輝の質問に、幼い少女が目をパッと輝かせる。
「えとね、豪華なのがファルズィーン。戦車がロフで、兵士がピヤーダだよ!」
(……盤上遊戯の駒の名前? ノセヤさんなら分かるかな)
少女が答えた内容にUiscaは心の中で呟いた。
確認する機会があればいいのだが……。なお、星輝の質問は続いていた。
「後、固有の能力は何じゃ?」
「それはね……秘密だよ♪」
眩しいほどの笑顔を見せた幼い少女に対してシルヴェイラと錬介が訊く。
「街道を封鎖するのは目的では無かったですよね。何が目的だったのですか」
「ここで何をしていたのでしょうか?」
ぴょんと甲虫歪虚の肩に飛び乗る少女。
「願いを叶える為だよ。そこの人、全部終わらせたかったみたいだから」
少女の言葉に甲虫歪虚が遺体の一つを黙って指差す。
「見た処、王国騎士のようにも見えますね」
「所属は後ほど確認できそうです。他の方は貴族でしょうか」
シルヴェイラと錬介の二人は遺体を確かめる。
どれも傲慢兵士が持っていた武器による傷が死因のようだ。
複雑な表情を浮かべながらアルラウネが歪虚に疑問をぶつけた。
「どうやって絶望している人達の所に現れるの?」
「偶然に過ぎない。我らは通り掛かっただけだからな」
甲虫歪虚は答えると、話は終わりと言わんばかりに踵を返した。
それはハンター達にとって幸運だったかもしれない。まともに戦えば、ハンター達は全滅していただろうから。
立ち去っていく歪虚に星輝が最後に尋ねる。
「その号外、何ぞ面白い記事でも書いてあったかの?」
ピタリと足を止めた甲虫歪虚。
肩に乗っていた少女が振り返った。
「王女様って大変だね。望んでいない結婚をしなきゃいけないって。だから、助けてあげようかなって」
「これは人間の問題だから、手出し無用ですわよ」
即答で答えるアティニュス。
現在、王国内は大きな政争になっている。そこに、歪虚が絡んだら、事態がもっと悪化するしか思えない。
「私達だって、“元”人間だもん。苦しんでいる人を助けたっていいじゃん。ミュールもそう思うでしょ?」
可愛らしくプクっと頬を膨らませる少女。
その台詞から、どうやら生粋の歪虚ではなく、堕落者のようだ。
「余計な事を話し過ぎる」
突き離す様な甲虫歪虚の返事。
敵としては、その方が極めて自然な反応なのだが。
「貴様らに話す事は何もない。さらばだ」
「それじゃ、ハンターのお兄さん、お姉さん、またねー」
負のマテリアルに包まれた次の瞬間、歪虚が唐突に消さった。
ハンター達は街道を封鎖していた傲慢歪虚を殲滅する事ができた。
また、明確な敵の目的は分からなかったが、色々と情報を得る事も出来たのであった。
おしまい。
●
「やっぱり、亡くなっていた騎士は……」
ハンターオフィスに戻った希は遺体から得られた情報を元に身元を確認していた。
得られた情報は、騎士が治めていた村が同じ場所で死んでいた貴族の直轄領に最近、変わった事だった。
何があったのか分からないが、甲虫歪虚と幼い少女が騎士の願いを叶えた結果が今回の事件に繋がったのだろう。
「あの歪虚を止めないと。ですが、あれだけの高位歪虚を倒すには……」
兎に角、もっと情報が必要だ。
希は依頼書にペンを走らせるのであった。
街道の先に見える歪虚。
それも単体ではない。幾体もの歪虚がジッとハンター達が来るのを待っていた。
「新しい傲慢……ですか……」
やや影のある表情を浮かべて鳳城 錬介(ka6053)が呟いた。
王国を苦しめる傲慢――アイテルカイト――の脅威は続いている。
「一段落ついたと思いましたが、まだまだ暇にはなりそうにないですね」
イスルダ島を奪還したとはいえ、傲慢歪虚が滅んだ訳ではない。
彼の言う通り、暇は当分の間、訪れないだろうか。
シルヴェイラ(ka0726)が目を細めて街道を封鎖する歪虚の群れを観察する。
今のところ、まだ距離がある為か、敵に攻撃の意図は見えない。
「まずは、敵の布陣をまず確認だね」
「傲慢歪虚による街道の封鎖、ですか。しかも、希さんは面識があるようで……」
刀を構えながら一歩前に進んだアティニュス(ka4735)が紡伎 希(kz0174)に視線を向ける。
その視線に気が付いて希は頷いた。
「初めて見る歪虚も居ますが、間違いなく、前回の依頼で戦った歪虚が居ます」
フルフェイスを被ったような漆黒の傲慢兵士。
駆け出しのハンター程度なら良い勝負なので、そこそこ経験を積んだハンターであれば、脅威ではないだろう。
「お話を伺う限り、何者かの目的で作り出されたとみる方がいいでしょうか」
「そうだね。敵がなんの意図をもってこの場所にいるのか、それを知りたいな」
アティニュスとシルヴェイラの言葉を聞きながら、アルラウネ(ka4841)は大きくため息をつく。
「また出たのね。何か情報を掴めないかしら……」
前回と違うのは街道が密室ではないという事だろう。
ただし、街道に至るまで、隠密に行動できるかというと、あの数で考えると難しい。
人通りが多い街道ではないし、さほど最重要な街道でもない。遠回りだが、迂回する事だって出来るが、この街道周辺での目撃情報も無かった。
「奥に見慣れない歪虚もいるみたいね……子供と大きい虫?」
街道を封鎖する傲慢歪虚の先に、別の歪虚が居る事をアルラウネは見つけた。
「大きい虫の方は、こちらを観察しているようですしね。どなたか、あの方々に面識のある方いらっしゃいます?」
面々を見つめるアティニュスだが、当然のように誰もが首を縦に振る者は居なかった。
Uisca Amhran(ka0754)が首を傾げながら口を開く。
「雑魔でなく、これだけの歪虚を産み出す存在……子イケくんより上位の歪虚?」
過去、似たような事件を追いかけていた時、出現していたのは雑魔程度、それも単体が多かった。
それと比較して考えれば、規模が大きい。角折の歪虚よりも高位と考えるのは自然だろう。
「傲慢は面白いやつが多いのぅ? アヤツらについて後日、角折からなんか聞けんか? ノゾミ」
少女と大きい虫の歪虚を注意深く観察しながら星輝 Amhran(ka0724)が希に尋ねた。
どう見ても異質な感じだ。傲慢歪虚の中でも有名人の可能性は高いだろう。希の主であった角折の歪虚が知っている可能性もまた高い。
「オキナを通じて確認の手配を取っています。もしかして、何かわかるかもしれません」
「ふむ……それでは先ずは戦うかの。調査はそれからじゃ」
グッと拳を握る星輝。遠くからは分からなかったが、傲慢歪虚の群れの足元に多数の人間の遺体らしきものが見えたからだった。
●
戦闘が開始され、傲慢兵士と切り結ぶハンター達の中、Uiscaはリアルブルーの車と似たような形状の傲慢戦車と対峙していた。
「やっぱり、機動力がありますね」
Uiscaが追走する形で追い掛ける。
奏唱士としての力を行使しつつ、鮮やかな魔導バイクを操作。
傲慢戦車に対して魔法を放つ。マテリアル状の龍牙や龍爪が幾本も貫いた。
直後、敵から放たれる負のマテリアル。自身が受けたダメージを対象に与える傲慢特有の能力【懲罰】だ。
「戦車の方は【懲罰】以外、使ってきそうにありませんね」
冷静に分析しながら、襲ってきた負のマテリアルを跳ねのけるUisca。
一方、Uiscaの魔法は十分に効果を発揮し、戦車はその場から動けなくなった。
その車輪の足元には幾つもの人間の遺体。その中で、一人だけが苦悶の表情ではなく、微笑を浮かべていた。
「イスカさん……」
不安そうな表情で希が名前を呼んだ。
絶望の中、そんな表情を浮かべて死んでいった者達を、希もUiscaも知っている。
「貴方も何か無念があったのですか……」
骸から返事がある訳ではない。しかし、そう問わずにはいられなかった。
今回も経緯は分からないが、きっと、前回同様、絶望に至った人間が引き起こしたのかもしれない。
その頃、傲慢兵士との戦いはハンター達に有利に進んでいた。
力量の差が違う。対峙した錬介の堅い守りと仲間への的確な援護、聖盾剣による攻撃力は傲慢兵士を圧倒する。
「【懲罰】は俺には効きませんよ」
降りかかる負のマテリアルを避ける事もせず、盾と鎧で受け止める。
強力なカウンター能力を持つ【懲罰】は、受けや回避が可能なパターンと強い精神力で抵抗できるパターンと分かれる。
今回の傲慢兵士は、個体別に違うパターンの【懲罰】を繰り出してきたが、錬介を傷つける事が出来なかった。
「ここは私とシルヴェイラに任せて。片付けたら、戦車の方に向かうから」
「分かりました。お二人に託します」
アティニュスの提案に、ガチャっと大きな音を立てながら聖盾剣を構えなおすと錬介は仲間の元へと駆け出した。
それを見届けながら、アティニュスは刀を正眼に構える。
傲慢兵士の力量は大した事は無いが、数が居れば脅威となるのは変わらない。油断禁物だ。
マテリアルを解き放ち、周囲を囲むように迫った傲慢兵士を素早く切り捨てる――が、さすがにアティニュスも無傷とはいえない。
だが、大技の後に生じた隙を狙った傲慢兵士は銃撃でフルフェイスを貫かれる。
「やはり、街道の封鎖が目的ではないようですね」
銃撃を放ったのはシルヴェイラだった。
牽制射撃を繰り返しつつ、敵が街道から離れる事があるのかないのか、間合いを調整しながら確かめていたのだ。
その結果、分かった事がある。
「消滅するまで襲い掛かってくる――かといって、猪突猛進でもない」
敵の動きを鋭く洞察していたからこそ得られた情報だろう。
知能は人と同等以上はあるだろうが、個という存在の消滅について、未練というものが感じられない。
接近してきた傲慢兵士を機導師の力で吹き飛ばすと、銃口を向けた。
「これで最後ね」
低い姿勢からアティニュスが振るった刀が傲慢兵士を文字通り真っ二つにした。
動きを止めた傲慢戦車に対し、Uiscaと希は攻撃の手を緩めない。
「行くよ、ノゾミちゃん! 【懲罰】には回復や防御の手段があるからね」
「はい、イスカさん!」
移動を封じただけで、敵から反撃が無い訳ではない。
負のマテリアルのビームを盾で受け止めるUisca。
そこに傲慢兵士を打ち倒したアティニュスとシルヴェイラが合流した。
傲慢戦車はタコ殴り状態という事になったが、一方で、色とりどりな装飾品を身に纏う漆黒の人型歪虚との戦いは一筋縄ではいかなかった。
「あの装飾品に見覚えはあるかの?」
肩を激しく上下させながら星輝がアルラウネに聞いた。
「暴食じゃなさそうだけど、着飾るのが好きというイメージがあるのは……支配階級かな」
「やはりそうじゃよな」
素の能力だけでも、この傲慢貴族は二人を圧倒していた。
おまけに、時折、傲慢兵士を召喚する能力も持っているようで、思うように攻勢に入れなかったのもある。
「俺が前面に出ます。二人は離れすぎないようにして下さい」
「それは助かるのぉ」
合流した錬介が前へと進む。
ガウスジェイルで仲間を援護するつもりなのだ。
新手が増えた事で傲慢貴族は警戒を高める。錬介の戦いぶりを見ていたのかもしれない。
眩く光る宝石に包まれた漆黒の両腕を天に向けた直後、強烈な負のマテリアルが周囲に放たれる。
「愚かな人間共。ここは高貴なる傲慢の前だ。自害せよ」
【強制】の能力だ。
抵抗に失敗すれば、命令された内容を実行してしまう。
「わしの歌を聞けー!」
叫んだのは星輝だった。
傲慢歪虚特有の能力である【強制】。それを敵が使ってくる可能性は高いと星輝は睨んでいた。
それに、過去幾度となく【強制】にしてやられてきたのだ。星輝が無対策な訳がない。
「耐えるのじゃ!」
「……私を好きに、出来るのは……夫だけよ!」
圧壊するのではないかと思うような負のマテリアルを気合の掛け声と共に弾け飛ばすアルラウネ。
「ほう、いつもどんな命令を受けているのか、それは気になるのぅ」
いぢわるそうにアルラウネに向かって言う星輝。
その言葉に一瞬、夫とのアレやコレやが脳裏に浮かんだアルラウネだったが、すぐに頭の中から追い出す。
抵抗できたのはギリギリだっただろう。運が良かったのもあるが、星輝の援護のおかげでもある。
「耐えきったので、今度はこちらの番です!」
錬介の聖盾剣が傲慢貴族を貫く。
同時に【懲罰】が発生するが、耐えきる錬介。そのカウンターを確認し、アルラウネの太刀と星輝の必殺の一撃が繰り出された。
余程の高位歪虚でなければ、【懲罰】を連続使用する事は出来ない。攻撃の絶好のチャンスだ。
「私を寝取ろうなんて一生無理ね」
「そんなつもりで使った訳じゃないだろうが、哀れじゃの」
二人の攻撃に、ついに傲慢貴族もボロボロと消滅していった。
●
街道に残ったのはハンター達と、傲慢歪虚に惨殺された幾つもの遺体。そして、街道に座り込んで号外を読んでいる幼い少女と直立している甲虫歪虚。
警戒しつつも仕掛けてくる様子がないので、アルラウネは自分の名を告げてから歪虚に向かって話しかけた。
「……まずは名前を聞いてもいいかしら?」
だが、甲虫歪虚から返事は無かった。
助けを求めるように両肩を竦めながら、アルラウネはアティニュスに視線を向ける。
「もし宜しければお名前を伺いたいですね」
今度は彼女が尋ねる。
やはり、反応はないようだが、アティニュスは言葉を続けた。
「呼びかけるにしろ、名を遺すにしろ、必要でしょう。世界に示す、貴女方を表現するお名前はなんでしょうか?」
「……答えてあげなよ、ミュール」
返事をしたのは号外に視線を向けたままの幼い少女だった。
「人間共に教える必要もないだろうに、というか、名前、言ってる」
「だから、ミュールがさっさと答えれば良いんだよ」
諦めたように甲虫歪虚はハンター達を見渡した。
「……我らの名はミュール。偉大なる傲慢の王イヴ様に最も近い存在だ」
「傲慢王……」
もしかしてイヴその者の可能性もあるかとUiscaは思っていたが、どうやら別の存在のようだ。
見栄っ張りな所もある傲慢歪虚の台詞だから、“最も近い存在”という言葉がどこまで真実か分からない。
それでも、この歪虚が極めて高位である事をハンター達は感じた。発せられる負のマテリアルの強さが、ベリアルやメフィストのそれに近い。
「なぜこんな事をするんです?」
Uiscaは視界の隅に、立札だったらしい木片を見つけつつ尋ねた。
木片にはファルズィーン、ロフ、ピヤーダと書かれている。
「答える必要はない」
「願いを叶えていたんだよ」
甲虫歪虚と幼い少女が同時に答えた。
仲が悪そうには見えないが、微妙にすれ違いがあるようにも2体の歪虚は見える。
「所で、あの駒達の名は何というのじゃろ?」
星輝の質問に、幼い少女が目をパッと輝かせる。
「えとね、豪華なのがファルズィーン。戦車がロフで、兵士がピヤーダだよ!」
(……盤上遊戯の駒の名前? ノセヤさんなら分かるかな)
少女が答えた内容にUiscaは心の中で呟いた。
確認する機会があればいいのだが……。なお、星輝の質問は続いていた。
「後、固有の能力は何じゃ?」
「それはね……秘密だよ♪」
眩しいほどの笑顔を見せた幼い少女に対してシルヴェイラと錬介が訊く。
「街道を封鎖するのは目的では無かったですよね。何が目的だったのですか」
「ここで何をしていたのでしょうか?」
ぴょんと甲虫歪虚の肩に飛び乗る少女。
「願いを叶える為だよ。そこの人、全部終わらせたかったみたいだから」
少女の言葉に甲虫歪虚が遺体の一つを黙って指差す。
「見た処、王国騎士のようにも見えますね」
「所属は後ほど確認できそうです。他の方は貴族でしょうか」
シルヴェイラと錬介の二人は遺体を確かめる。
どれも傲慢兵士が持っていた武器による傷が死因のようだ。
複雑な表情を浮かべながらアルラウネが歪虚に疑問をぶつけた。
「どうやって絶望している人達の所に現れるの?」
「偶然に過ぎない。我らは通り掛かっただけだからな」
甲虫歪虚は答えると、話は終わりと言わんばかりに踵を返した。
それはハンター達にとって幸運だったかもしれない。まともに戦えば、ハンター達は全滅していただろうから。
立ち去っていく歪虚に星輝が最後に尋ねる。
「その号外、何ぞ面白い記事でも書いてあったかの?」
ピタリと足を止めた甲虫歪虚。
肩に乗っていた少女が振り返った。
「王女様って大変だね。望んでいない結婚をしなきゃいけないって。だから、助けてあげようかなって」
「これは人間の問題だから、手出し無用ですわよ」
即答で答えるアティニュス。
現在、王国内は大きな政争になっている。そこに、歪虚が絡んだら、事態がもっと悪化するしか思えない。
「私達だって、“元”人間だもん。苦しんでいる人を助けたっていいじゃん。ミュールもそう思うでしょ?」
可愛らしくプクっと頬を膨らませる少女。
その台詞から、どうやら生粋の歪虚ではなく、堕落者のようだ。
「余計な事を話し過ぎる」
突き離す様な甲虫歪虚の返事。
敵としては、その方が極めて自然な反応なのだが。
「貴様らに話す事は何もない。さらばだ」
「それじゃ、ハンターのお兄さん、お姉さん、またねー」
負のマテリアルに包まれた次の瞬間、歪虚が唐突に消さった。
ハンター達は街道を封鎖していた傲慢歪虚を殲滅する事ができた。
また、明確な敵の目的は分からなかったが、色々と情報を得る事も出来たのであった。
おしまい。
●
「やっぱり、亡くなっていた騎士は……」
ハンターオフィスに戻った希は遺体から得られた情報を元に身元を確認していた。
得られた情報は、騎士が治めていた村が同じ場所で死んでいた貴族の直轄領に最近、変わった事だった。
何があったのか分からないが、甲虫歪虚と幼い少女が騎士の願いを叶えた結果が今回の事件に繋がったのだろう。
「あの歪虚を止めないと。ですが、あれだけの高位歪虚を倒すには……」
兎に角、もっと情報が必要だ。
希は依頼書にペンを走らせるのであった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/04/23 10:10:01 |
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質問卓 Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2018/04/25 21:49:21 |
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ご相談 アティニュス(ka4735) 人間(リアルブルー)|16才|女性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2018/04/26 18:29:47 |