ゲスト
(ka0000)
リアルブルーで観劇を
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/04/25 07:30
- 完成日
- 2018/04/29 01:44
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●舞台「Logic Or Ghost」インタビュー記事より抜粋
梨山:「Logic Or Ghost」、刑事役の梨山 修二です! ヨロシク!
伊佐美:鑑識官役をやらせてもらう伊佐美 透です。よろしくお願いします。
──早速ですが、今回やはり注目は伊佐美さんが今何かと話題のハンターであるという点だと思うんですが。稽古場の雰囲気とかどうだったんでしょうか?
伊佐美:いや。俺としては割と……皆さん、普通にすんなり受け入れてくれたかな、って印象でしたけど。(梨山を見る)
梨山:あ、そうですね。いや正直会う前は緊張も反発もありましたけど。最初に台本の通し読みしたら、役者勢はそれで「あ、なんだ」って感じでしたね。
伊佐美:「なんだ」ってなんだよ(笑)
梨山:いや、いい意味でですよ?(笑) しっかり「こっち側」の人だなって。その後も合わせて稽古する機会が飛び飛びになるじゃないですか。その度に、こっちが準備してきたことにすぐに合わせてきて。
伊佐美:いや、そんな軽く合わせたみたいに……必死で食らいついてましたよ。会う度に皆演技が進化してて。こっちは本当に時間を無駄にできないから。
梨山:で、そうやって追いついてこられるとこっちも必死になるじゃないですか。そんな感じで。
──すぐに打ち解けた?
梨山:そうですね。あ、いや戸惑うことがなかったわけじゃないですけど。
──例えばどんな。
梨山:今回の話が話じゃないですか。それで、軽ーく聞いてみたんですよ。「そう言えば伊佐美さんって幽霊とか信じるんですか」って。そしたら……(伊佐美を見る)
伊佐美:(苦笑)……その、「いや、信じるも何も、あっちでは普通に悪霊退治とかも何回かやったしなあ」……と。俺としては、普通に。
──え、あ、ああー……。
梨山:あはは、めっちゃ戸惑いますよね。僕ら全員、似たような反応しました。
伊佐美:(額に手を当てて俯く)いや……その、引かせるつもりは本当になかった……なかったんですが、だからこそこれは不味いぞとその時本当に気づいて。
──不味いとは。
伊佐美:この役。「幽霊の存在を信じない」、そう言えばそういう感覚が当たり前だったよなって、その辺、自分から思ったより抜け落ちてるから、ああ、そこをしっかり取り戻すところからなんだな、って。
──そう言えば、役柄と本人で「超能力者」と「普通の人」が逆なんですね
梨山:そうそう。何でかなーと思ったけど、でもおかげでお互いの役柄について時間があれば二人で話すようになりましたね。だってせっかく幽霊見たって人が居るんだし。どんな風に見えました? とかすげー聞きました。
伊佐美:俺は俺で、「俺の言動で何か変だと思ったら教えて下さい」ってもう、関係者全員に言って回ったんですけど。最初はやっぱり、他の皆は何か遠慮気味で。
梨山:そりゃビビりますよね。下手に怒らせたらうっかり捻りつぶされるのかなって。
伊佐美:や ん な い よ!? いや本当、誤解しないでほしんだけど俺ら別に勢いで制御できない馬鹿力が出るわけじゃ無いからね!?
梨山:あー……でも、「出来ない」じゃなくて「やらない」が出るんだ。そこで。
伊佐美:……。
梨山:伊佐美さんそういうところです。
伊佐美:(頭抱える)……あー、出たよ。うん。梨山君のそれなんだよね、でも。
──それ?
伊佐美:やっぱり、時間を見て話してたお陰か。梨山君が率先していろいろ突っ込んでくれるんですよ。今みたいに。「伊佐美さんそういうところです」ってもうキメ台詞かってくらい(笑)。で、そうするうちに皆も言ってくれるようになった。
──それで、お互いの理解が深まっていったと
梨山:理解が深まっていったって言うとちょっと違うかなー。やっぱり、共感は出来ないんですよ正直。でも、突っ込まれて凹んでる伊佐美さん見てると、段々違いが分かってくるのが逆に面白いなって。
伊佐美:面白いって……俺は割と本気で凹んでるからな……? 自分ではずっとこっちの人間のままのつもりだったのに、思った以上に変わってるんだなって……。でも、うん、色んな意味で、いい機会を貰ったのかなって、そうも思います。
(略)
──舞台劇『Logic Or Ghost』は、霊能力のある刑事と現実主義者の鑑識官が中心となって紡がれる物語だ。コメディチックな擦れ違いの会話劇から、お互いを叱咤し合う熱い刑事物語も内包する本舞台は、本来と逆故にしっかり話し合ったという二人の役作りにも注目される。
●という、舞台を
「ハンターの皆さんも、観にきてみませんか」
この舞台の興行主となる中橋 源二は、秋葉原のソサエティ支部を通じてそう持ち掛けた。
ソサエティを通じて、希望者をまとめてくれれば、チケットを抑えておくと。
ハンターが、リアルブルーで、こちらの人たちと共に作り上げる舞台。
単に、秋葉原に脚を延ばすだとか、普段と違う事をしてリフレッシュするいい機会かもしれない。
かくして、興味がある人は受付まで、との告知が、各地のハンターズソサエティに出されたのだった。
梨山:「Logic Or Ghost」、刑事役の梨山 修二です! ヨロシク!
伊佐美:鑑識官役をやらせてもらう伊佐美 透です。よろしくお願いします。
──早速ですが、今回やはり注目は伊佐美さんが今何かと話題のハンターであるという点だと思うんですが。稽古場の雰囲気とかどうだったんでしょうか?
伊佐美:いや。俺としては割と……皆さん、普通にすんなり受け入れてくれたかな、って印象でしたけど。(梨山を見る)
梨山:あ、そうですね。いや正直会う前は緊張も反発もありましたけど。最初に台本の通し読みしたら、役者勢はそれで「あ、なんだ」って感じでしたね。
伊佐美:「なんだ」ってなんだよ(笑)
梨山:いや、いい意味でですよ?(笑) しっかり「こっち側」の人だなって。その後も合わせて稽古する機会が飛び飛びになるじゃないですか。その度に、こっちが準備してきたことにすぐに合わせてきて。
伊佐美:いや、そんな軽く合わせたみたいに……必死で食らいついてましたよ。会う度に皆演技が進化してて。こっちは本当に時間を無駄にできないから。
梨山:で、そうやって追いついてこられるとこっちも必死になるじゃないですか。そんな感じで。
──すぐに打ち解けた?
梨山:そうですね。あ、いや戸惑うことがなかったわけじゃないですけど。
──例えばどんな。
梨山:今回の話が話じゃないですか。それで、軽ーく聞いてみたんですよ。「そう言えば伊佐美さんって幽霊とか信じるんですか」って。そしたら……(伊佐美を見る)
伊佐美:(苦笑)……その、「いや、信じるも何も、あっちでは普通に悪霊退治とかも何回かやったしなあ」……と。俺としては、普通に。
──え、あ、ああー……。
梨山:あはは、めっちゃ戸惑いますよね。僕ら全員、似たような反応しました。
伊佐美:(額に手を当てて俯く)いや……その、引かせるつもりは本当になかった……なかったんですが、だからこそこれは不味いぞとその時本当に気づいて。
──不味いとは。
伊佐美:この役。「幽霊の存在を信じない」、そう言えばそういう感覚が当たり前だったよなって、その辺、自分から思ったより抜け落ちてるから、ああ、そこをしっかり取り戻すところからなんだな、って。
──そう言えば、役柄と本人で「超能力者」と「普通の人」が逆なんですね
梨山:そうそう。何でかなーと思ったけど、でもおかげでお互いの役柄について時間があれば二人で話すようになりましたね。だってせっかく幽霊見たって人が居るんだし。どんな風に見えました? とかすげー聞きました。
伊佐美:俺は俺で、「俺の言動で何か変だと思ったら教えて下さい」ってもう、関係者全員に言って回ったんですけど。最初はやっぱり、他の皆は何か遠慮気味で。
梨山:そりゃビビりますよね。下手に怒らせたらうっかり捻りつぶされるのかなって。
伊佐美:や ん な い よ!? いや本当、誤解しないでほしんだけど俺ら別に勢いで制御できない馬鹿力が出るわけじゃ無いからね!?
梨山:あー……でも、「出来ない」じゃなくて「やらない」が出るんだ。そこで。
伊佐美:……。
梨山:伊佐美さんそういうところです。
伊佐美:(頭抱える)……あー、出たよ。うん。梨山君のそれなんだよね、でも。
──それ?
伊佐美:やっぱり、時間を見て話してたお陰か。梨山君が率先していろいろ突っ込んでくれるんですよ。今みたいに。「伊佐美さんそういうところです」ってもうキメ台詞かってくらい(笑)。で、そうするうちに皆も言ってくれるようになった。
──それで、お互いの理解が深まっていったと
梨山:理解が深まっていったって言うとちょっと違うかなー。やっぱり、共感は出来ないんですよ正直。でも、突っ込まれて凹んでる伊佐美さん見てると、段々違いが分かってくるのが逆に面白いなって。
伊佐美:面白いって……俺は割と本気で凹んでるからな……? 自分ではずっとこっちの人間のままのつもりだったのに、思った以上に変わってるんだなって……。でも、うん、色んな意味で、いい機会を貰ったのかなって、そうも思います。
(略)
──舞台劇『Logic Or Ghost』は、霊能力のある刑事と現実主義者の鑑識官が中心となって紡がれる物語だ。コメディチックな擦れ違いの会話劇から、お互いを叱咤し合う熱い刑事物語も内包する本舞台は、本来と逆故にしっかり話し合ったという二人の役作りにも注目される。
●という、舞台を
「ハンターの皆さんも、観にきてみませんか」
この舞台の興行主となる中橋 源二は、秋葉原のソサエティ支部を通じてそう持ち掛けた。
ソサエティを通じて、希望者をまとめてくれれば、チケットを抑えておくと。
ハンターが、リアルブルーで、こちらの人たちと共に作り上げる舞台。
単に、秋葉原に脚を延ばすだとか、普段と違う事をしてリフレッシュするいい機会かもしれない。
かくして、興味がある人は受付まで、との告知が、各地のハンターズソサエティに出されたのだった。
リプレイ本文
「ははは、いやァ……こっから閉まらんでの! どうじゃ、馴染めとるかァ?」
窮屈そうにしつつも、ASU-R-0028(ka6956)は陽気に笑い、同行するメアリ・ロイド(ka6633)に問いかける。
自身の手元を確認していたメアリはそのまま目線だけを上げて、アシュラの服装を見た。
ワイシャツとシンプルなパンツ姿。ネクタイもジャケットもないラフさであるが、そこまで格調高い劇でも劇場でもない。問題視とまでは行かないだろう。
「……服装より、声の大きさをもう少し抑えた方が良いでしょうね」
視線を戻し、淡々と答える。そんな彼女はこの季節と場所柄に適当な服がなかった、とスーツ姿で、今はこの間の依頼の怪我が上手く隠せているかと手袋の具合を改めていた。
そう。観劇と言っても今回の会場はそこまで立派な劇場というわけでもない。そんなに厳しいドレスコードがあるわけでは無い……が。
(なんか視線を感じる気がする……エルフが珍しいのかしら……)
少し気になりながら、イルミナ(ka5759)がロビーを進んでいた──自身がかなりきわどい格好をしているという自覚は無しに。
(……芝居観賞なら彼と来たかったけれど……もう……こんな時に用事なんだから……)
残念な内心もあって、結局周囲の視線の意味には気付かない。そのまま、一つの顔を見つけて、声をかける。
「イルミナさん。きみも来たのか」
「透がお芝居をするっていうから……」
彼女の言葉に鞍馬 真(ka5819)は微笑む。透の芝居にまつわる一騒動で、共に戦ったこともある間柄だ。
そんなわけで、彼女の挨拶に応えてから……スルーしきれなかった。
「ええと、イルミナさん、もう少し何か上に着た方がいいかな。私のカーディガンで良ければ貸そうか」
真が、上着を脱ぎながらイルミナに言う。
「……? 寒くは、無いけど」
やはり分かっていない様子で、彼女は小首を傾げる。どうしたものか。
「あ、いや、劇場の中は寒いかも。ほら、冷房の風が当たるとよくないから」
「冷……房……? よく分からないけど……でも、リアルブルーの事なら貴方に従った方がいいのかしらね……」
仕事以外で来るのは初めてだから。呟きながら、差し出された上着に素直に袖を通すイルミナ。多少はましになったことに安堵する真。
そんな風に二人が話していると、ずるずると何かを擦るような音がした。
ルベーノ・バルバライン(ka6752)と、それに引き摺られているチィ=ズヴォーである。
真と目が合うと、ルベーノは目礼しつついった。
「伊佐美のと聞いてな。それは見に行かねばなるまいと。なあ?」
「いや手前どもは透殿に言われたから動いてねえんですよ。引き摺られましたけど手前どもは動いてねえです」
「えっ向こうからここまで引っ張ってきたの?」
何となく察しつつも思わず突っ込んだ真に、ルベーノとチィは顔を見合わせる。
「うむ」
「へえ」
やっぱり察した。多分言い訳できる範囲内の事なんだろう。
(まあ、怒られたらとりなしてあげよう、かな?)
チラリと、そんな風に思いながら。
「なんなら大道具等の設置を手伝うが。そうか、要らんのか……せっかくの伊佐美の晴れ舞台ゆえ何かしてやりたかったのだが」
受付に、そんなことを自然と言い放って困惑されているルベーノに、若干不安を覚えるのだった。
(すげーなトールのヤツ、マジ芸能人みてーじゃん)
こっそり一人で参加していた大伴 鈴太郎(ka6016)は、開幕までの時間つぶしにと読んでいたインタビュー記事にそんなことを思う。
その少し後にやって来た志鷹 都(ka1140)が鈴に気がついて、小さく手を振ってくる。鈴も初めは笑顔を浮かべて手を振り返して……自分が、普段とは違う装いをしていることを思いだして──だから気恥ずかしくて一人で来た──真っ赤になって顔を伏せる。
都はそんな鈴に、『大丈夫、すごく似合ってて可愛いよ』の意味を込めて微笑みかけて……それから、彼女とは少し離れた席に座った。
……一度は着席した都だが、更に後から入ってきた真に気がつくと、起立し深深と一礼する。
──つい先日の、欧州での依頼。そこで起きたことへの、感謝と詫びの想い。
手に力が籠る。あの日の事は決して忘れぬと心に誓いながら。
真も、その意味には気がついたのだろう。すっとその表情に陰が差して。都へと一礼を返してから……でも、今日は、と軽く振って、纏わりつく影を一度頭から追い払うのだった。
「……ごめんなさい、ハンスさん」
劇場へと向かいながら、穂積 智里(ka6819)がポツリと言う。
──詩天で生きると決めたのに、リアルブルーに行ける機会に飛びついた。
「クリムゾンウェストで生きて死ぬと決めても、それはリアルブルーに2度と来ないことと同じではないでしょう?」
ハンス・ラインフェルト(ka6750)は苦笑で答える。ああ、また罪悪感を拗らせて。愛しい人。
「私のマウジーがどれだけオーマーとオーパーに会いたがっていたか、私は知っていますから」
言いながら、抱き寄せてそのままハグ、そして啄むような軽いキス。智里が、擽ったそうに身を捩る。
掌を彼女の頬に添えた。智里は一度目を閉じて、その手に凭れるように顔を傾ける。添えられた掌に、己の手を重ねて。
「それじゃあ、行きましょうか? 折角ですし、楽しめるといいですね」
そうして、その頬から強張りが解けた頃に、ハンスが話しかける。
「……はい」
穏やかに智里は答えた。
重ねていた掌を、繋ぎ直して。二人は、劇場へと入っていく。
●
Gacrux(ka2726)は、好奇心に胸躍らせ、目をキラキラさせて始まった劇を見ていた。
(これがリアルブルーの舞台劇……クールブルーです)
奮発してS席を購入して、早めに最前列を確保して全力で楽しんでいる。
紅の世界の住民には理解のできない知識や文化はあっただろう。
それでも、役者の動きに合わせて入る効果音といった、音響、映像を組み合わせて創り上げられる世界は、紅の世界の住民の方が新鮮に楽しめたかもしれない。
ルベーノはプロジェクションマッピングで写されたゴーストに覚醒して立ち上がりかけたし、リアルブルーに来る、どころか芝居を観るのも初めてという多由羅(ka6167)は、目の前のことがフィクションであるという事も忘れてのめり込んで、
「鑑識官! 後ろです! 何故気付かないのですかっ……ああっ!」
などと声を上げては、隣の席の人にちょいちょいとつつかれていた。
勿論、蒼の世界の者たちも、内容が頭に入りやすい分素直に楽しんでいる。コミカルなシーンで、鈴や智里は大笑いして……席に着いてからも智里とずっと手を繋ぎ続けていたハンスは、時折そんな智里の様子を確かめては微笑んでいた。
事件は意外な展開を見せながらも、落着、したかに思えて……? といった感じで、盛り上がりを見せながら、前半が終了、休憩が告げられる。
「貴女……その、向こうの世界から来たという方なのかしら? 珍しいのは分かるけど、騒がしいのはちょっと……台詞が聞こえなくなってしまうし、役者さんもびっくりしてしまうから、ね?」
「は、はい……すみません」
明かりの灯った客席で、多由羅が品のいい婦人に説教をされて、しゅん、と肩を窄めていた。
マナー違反はこちらなのだから、むしろ優しい対応と言えるだろう──と、彼女たちだけではない、この場全体の空気を感じながら、エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)は考える。
聞けば、今回の観客には異世界の人間が混ざるということは事前告知がされていたという。落ち着いて観劇したい人は、この回は避けているのだろう。普段と異なる騒ぎに対しても、多くの人たちは「そういうものだと分かって来た筈」と己を納得させているようだ。
……二つの世界の交流が進んできた、と考えるのは早計だろう。ここに居る人たちはつまり、「安くはない金を払った上でハンターと隣り合っても構わないと考える人たち」だ。標本とするには偏りが大きいと考えるべき。
そこまで分析してから、エラはふう、と息を吐き、意識して肩の力を抜いた。リアルブルーに来る上で目的はあったが、ここ数日仕事詰めだったので気分転換というつもりもある。パンフレットを見ておさらいもしていたので、一先ずはのんびりと楽しむことにする。
再び明るくなった場内で、ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)は一緒に来てくれたイブリス・アリア(ka3359)の顔を窺っていた。イブリスが横目で視線を返して、「どうかしたか」と聞いてくる。
『イブリスさんは、楽しんでますか?』
スケッチブックに文字を走らせて、ティアンシェは聞いた。彼女自身は割と夢中になって観ていたが、それでも気になって時折気にしていた彼の表情は、終始真面目だったように思える。
「ああ……こっちの世界の衛兵の話らしいが、そもそも霊が見えるのが異能扱いってのがな」
喜劇というのは分かるが、どちらかというと向こうの世界との常識の差異のほうに気が行く。
ただ、それが。
「ある意味、面白いかもな」
苦笑気味に、でもどちらかと言えば明るい声音で彼が言うのに、ティアンシェはほっとした気持ちで頷いた。
「ふうん、これが透の本業なのね」
前半を観終わったところで、イルミナが呟く。
「戦いしか出来ない私とは違う……こっちの仕事に集中出来るようになって欲しいわ……」
淡々としたその声に。僅かに羨望と応援の想いが籠っていることを。
何となく、そのまま隣に座っていた真は感じ取っていて、
「……そうだね」
それ以上の言葉が出てこないくらい、深く、同意していた。
劇後半は、前半の明るさがあってこそ余計に伸し掛かる不穏な空気から始まった。
霊が見える刑事の、いつものように被害者ではなく今回は加害者側に心が寄ってしまう苦悩、それを周囲が誰も理解しない孤独の叫びがしっとりと演じられる中、事件は陰惨な気配を纏っていく。
(待ちなさい、刑事! 一人では無茶です!)
やはりどっぷりとのめり込んだままの多由羅が、それでも反省はしたのか口を抑えながら心の中で叫んで、ハラハラと見守っている。
葛藤。暴走。ぶつかり合いからの、互いの心情の暴露。
(そうです……! 力を合わせて乗り越えるのです!!)
盛り上がっていく熱気に、観客はいつしか固唾を飲んで舞台を見つめていた。
七夜・真夕(ka3977)も、すっかり、久しぶりの観劇を楽しんでいる。そう、巫女としての使命も、優等生の顔も忘れて、ただ一人の時間として──久しぶりに、ゆっくりと。
盛り上がっていく舞台。時間が経つほどに、鈴の胸は騒がしくなっていく。
(やっぱ舞台の上のトールはカッケーや……)
終幕が近づくにつれて、舞台の上の透を見る彼女の目は眩しそうに細められていった。
──どこか、彼が遠い存在になっていくように感じながら。
そして、全ての演技が終了する。
一度また、舞台を照らす明かりが落ちて。拍手に包まれる中、再び照明が灯り、カーテンコールにと役者が順番に姿を現していく。
最後、透と修二が共に中央に進み出て、全ての役者が揃うと、アシュラが──ここまで終始ポカーンとしていた彼が──立ち上がって、一際大きく拍手をした。
スタンディングオベーション。これは、マナー違反とは言い難い。やるかやらないかは、その場の空気によるところが大きく……そして今回は、彼を皮切りに、次々と皆立ち上がって拍手を浴びせるという形に収束した。
「どうもありがとうーーー!」
修二が声を上げて、全方位に向かって両手を振る。他の役者も、倣って手を振って。そうして、盛り上がりが膨れ上がる場内に。
「うん、ありがとう。じゃ、座っていいよ」
修二がおどけて言って収拾を付けて、そして、無事に舞台挨拶が始まって、閉演となった。
●
終演後の、ロビーにて。
「見て見てー、めっちゃよく撮れた。インスタ映えじゃないこれ!」
スマホを手に、女性二人がしていたそんな会話がGacruxの耳に留まる。
「インスタハエ……妖精の名前でしょうか」
声音に、流行りの気配を感じた彼は、二人に声をかけて尋ねることにする──とにかく、こちらの文化は気になってしょうがない。
呼び止められた女性は、彼の顔を見て、きゃあ、と小さく悲鳴を上げた。
「えっ何めっちゃイケメンに話しかけられた」
「大丈夫ー、お兄さんならそのままでインスタ映えだよー」
「インスタバエ……私がインスタバエだったのですか?」
知らなかった。不思議に思わず身体をペタペタと触る。ぷっと笑う二人に、内心ムッとするGacrux。
「あっごめんなさい。えっとー綺麗な写真が撮れたっていうか……」
いまいちニュアンスを伝える言葉が見つからなかったのか、彼女は自身のスマホの画像を見せてみせた。『梨山修二様』の札が差されたフラワースタンドを撮ったものだが、成程、感心するほどよく撮れている。
「綺麗に思ったものを撮ればいいのですかね? こうでしょうか……」
一先ず、彼も倣って、自身の魔導スマホで同じ花を撮影してみた。彼女たちに見せてみる。
「あー、違うねこれは」
「正面からいったねー。インスタ映えはこれじゃないんだよねー。もっとこうアオり気味に……」
そう言って、彼女はかがみ込むようにして、斜め下から見上げるように撮る。
「こう」
再び画面を見せる。成程、上手くは言えないが確かに、自分が撮った写真とは『何か違う』雰囲気を持った写真がそこにあった。
「奥が深い……」
呟き、納得すると、彼は帰り路、暫く、「あ、インスタ映え」と言っては自販機や道端の草などを撮っていた。
……なおインスタ本来の意味は理解していない。
透に会いに行きたい、とルベーノが申し出ると、スタッフは確認してきます、と言って暫く待たせてから、それでも、無事に通してもらえた。
「お前来たのか」
とは、ルベーノに対してではなく、彼に引き摺られているチィに向けられたものである。
「ルベーノさんは、どうもありがとうございます。……嬉しいです」
透の言葉に、ルベーノは鷹揚に頷く。
「観客が良く笑っていた……良い劇だったと思うぞ」
敢えて後列の、観客の様子も良く見える席でと観劇していたルベーノは、そう感想を述べた。
「ありがとうございます。……楽しめました?」
「……治安維持の自警団の話らしいくらいは分かったぞ?」
素直に、苦笑気味に答えたルベーノの言葉に、透は申し訳なさそうに笑って。
「……やっぱりもう少し台詞変えないと駄目だったか」
「テンポもありますからねーでも」
すぐ、真剣な顔になって修二とそんな会話を始めた。
そんな二人を、チィは少し怯えるように、そーっと様子を見ている。
「あー……そういや、まあ、大人しかったみたいだな、意外と。前に映像見せたときはずっと騒がしかった割に」
「いや、いざ実物で見ると逆に声も出ねえもんっすね」
「そうか……なら、まあ、いいが」
透は笑ってそう言って、結局、騒ぐなら来るなと言われていたのに引き摺られてここに来たことについては、お咎め無しになったようだ。
「良かったではないか、チィ。なぁ」
「へえ!」
ルベーノの言葉に、チィは満面の笑顔で答えて。
この後、帰還の時間ギリギリまでチィはルベーノにリアルブルーの街を引っ張り回されたようだが、チィも嫌な顔一つせず全力で楽しんだようである。
彼にお土産でも買っていこうかしら、というイルミナと別れて、真も透に会いに行く。
「舞台は何度か見たし共演もしたけど、今までで一番良い演技だったよ」
真が告げると、透も手ごたえは感じているのか、変に謙遜はせずただありがとう、と頷いた。
「まだこっちには戻れないから、完全復帰おめでとう、と言えるのはまだ先だろうけど。おめでとう、透さん。演じることを諦めなかったきみを、誇りに思うよ」
ここまで見届けることができたかあ、という感慨と共に。しみじみと真は言って。
「……そうやって夢を追い続ける姿を、少し羨ましくも感じるかな」
それから、最後、少し抑えた声で、そう言った。
「……。うん、何度でも、言いたい気持ちだよ。どうもありがとう。……俺が今ここに立てているのは君のお陰だ。だから、いつか君が目指すものが出来たら全力で応援させてほしいし……今の君のことも、心から尊敬しているよ」
吐露された真の言葉に、透は偽りのない気持ちで答える。真はそれに礼を言いながら、浮かぶ笑みは何処か曖昧だった。
「ところでそう言えば、一人で来たのか?」
何気ない透の問いに、真は。
「──え?」
その後、誰も訪れる気配のない廊下に、思わず声を零していた。
鈴は。
終幕が近づくほど遠くなっていく感覚に、カーテンコールを前にそっと席を立っていた。
(きっと、トールはこれから有名になってくんだろうな……オレみてーのが傍をうろちょろして迷惑かけらンねぇよ)
思いながら、まだ暗い、拍手で満ちる客席の階段を上がってく。
……一抹の寂しさ。
それでも、ロビーへと出るドアを開けるときに、割れるようなスタンディングオベーションの拍手を背中に浴びると、意識するのは満ち足りた想いだった。
ふと、帰り路ショーウィンドウに映った己の姿に、鈴は思わず、足を止める。
今日は、精一杯女の子らしく装ってきた。……そんな風に装おうと、思えた。
傍から見てどうなのかは自信がないけど、それでも、出かける前に確認した自分の姿に、少し心弾んだのを覚えている。
ガラスの向こうの彼女は、少し、儚げな笑みを浮かべていて。
ああ、なんだか本当、淑やかな女の子みたいだ。
いつか夢見た『アタシ』、いつも憧れていた『アタシ』に。
今日は、少しは、近づけたのかなあ?
──うん。いい日だった。今日は、満ち足りた日だった。
そんな風に納得して、踵を返す。ガラスの向こうで、『彼女』の姿が、小さくなっていく。
……芽生えかけて、自覚されなかった、淡い想いと共に。
●
都は、劇の前半で劇場を出ていた。申し訳ない気持ちもあったが、リアルブルーに居られる時間は長くはない。やりたいことが、やるべきことが、彼女にはあった。
書店へと向かう。リアルブルー出身の看護師が教えてくれた店だ。
医療系の専門書が並ぶ箇所にて各診療科の医書を閲読する。
(……この世界に生まれていたら、彼の眼も治療できたかな)
悔しさを胸に、眼科の書を捲る。視線に、熱が籠る。
……そうして最後に手に取ったのは、救急医学の書。
彼女が働く有床診療所では、昼夜問わず救急搬送される患者が少なくないから、ここは特にしっかり記憶したいところだった。
座り読み出来る処へ移動し熟読する。
(一介の医者として、ハンターとして。一人でも多くの命を救う事……それが師との約束だから)
(せっかく観劇を観れるっちゅうなら、お言葉に甘えて息抜きに観させて貰お、くらいのつもりやったけど、思ったよか楽しかったかなー)
埜月 宗人(ka6994)は劇場を出ると、後は特に目当てもなくブラついていた。
「──……」
まあ、楽しんだ。劇自体は。ただ、それ以外に少し、思うところはある。
多分、物思いに耽っていたせいだろう。道行く人に話しかけるエラの声が耳に留まったのは。
彼女は、道を聞きがてらや雑談に混じってさり気なく二つの世界の交流の影響や、強化人間に対する心証調査を行っていた。
結果としては、ハンターは相変わらず英雄として歓迎する向きが主流。強化人間はそれに比べて今一つ存在が地味、と言った感触だろうか。先月のランカスターの件は、『欧州をVOIDが襲撃』と、規模に対しては小さく、それでも一応と言った感じで記事になっている程度だった。強化人間の反乱が零れている節はない──要は『しかるべきところ』の『しかるべき報道規制』は、きちんと働いているという事だろう。それ以上の、懸念していたような話は、特に出てこない。
そこで、エラは宗人の視線に気がつく。
「そうね、丁度いい……貴方がこちらで何か感じた事があるなら、聞いてもいい?」
エラはそのまま、宗人に話しかけた。
「別に、劇場でなんやあったわけやない……けどな。……非覚醒者から見れば、俺らはバケモンとも取れるんか」
思っていることを、宗人は吐き出すことにした。
「そらそうよな、自分の持たぬ、圧倒的な力の差っちゅうんは味方であっても怖いもんや。同じ土壌に立たぬ者ならなおの事な」
彼の言葉を、エラは否定しない。ハンターが英雄視されているというのはつまり、今が乱世という事だ。楽観視は出来ない。
「ちと依頼主やらについて考えさせられてな。怖がられても、不思議やない。……そういうもんも含めて、今後は対応していかなあかんなぁ。いや、インタビュー記事見て思っただけやねんけどな?」
最後、自信のなさを表すようにそう言う。エラはただ彼の意見にありがとうと頷いて、情報収集を再開させた。
宗人は……──
(そのまま帰るんは勿体ないし、ちと店でも見て回ろか)
言うだけ言うと、とりあえず今は深刻に考えるのはやめることにした。
(服はようボロボロになるし、多くあっても困らん)
自分じゃ似たような服しか選ばんし、と、適当な店に入って店員に話しかけた。
蒼の世界の店員のチョイス。果たして、宗人の満足のいくものだったろうか。
(あとは、飯とか)
蒼の世界を、十分に楽しんでから彼は帰途につく。
「そんで、どこ行くんじゃあセンパイ!」
若干ふざけた調子でアシュラが言う、その前をメアリは無言で歩いていく。
彼女自身、劇を自分で見に来るのは初めてだが、思った以上に息抜きになった、とは感じていた。
……リアルブルーに来たのが初めてらしい、アシュラの様々な新鮮な反応に気が紛れた、というのもあって。
息抜き。そう、息抜きに来た。ここ最近の強化人間失踪事件依頼で、色々あって重苦しくどろどろしている精神状態をなんとかすべく。
茶化すような言葉には、肩を竦めるだけで答えて。そんな彼女の、心情は理解しているだけにアシュラはそれ以上、変な茶々はいれずにしかし、気楽に喋るし彼女「で」遊ぶ。
メアリはやがて、見つけたカフェに、アシュラの同意も取らずに入っていくと、アシュラは「ほう?」と一言だけ言ってついていく。
「どれにしたらいいんかの」
迷わずモンブランを注文すると決めているメアリに、アシュラが困ったように尋ねた。
なにせ、普段点滴で栄養摂取している彼だ。
「……。この中なら、シフォンケーキが一番スタンダード、かな」
メアリがそう答えてやると、彼は素直に従った。
やがて運ばれてきたそれに、フォークを押し付けて──切れる前に思ったより沈んでいく、シフォンケーキの柔らかさにきょとん、として、メアリは分かりにくいが面白そうに一瞬瞼を動かした。
「ふーん。甘いの」
初めての、その一口の感想は、僅かに興奮の混ざる声だった。
「そっちも甘いんか」
「そっちとは違う甘さだけど……やんねぇぞ。欲しけりゃ自分で頼め」
じっと見るアシュラの視線に、思わず素の口調で、本当に嫌そうに言って皿を遠ざけるメアリに、アシュラは笑い出した。
そして。
「店員さん、すまんの! ええと……ここに写真載ってるケーキ、全部持ってきてもらえるか。そう、これ以外」
考えるのが面倒になったのか、豪快にそう注文すると、一つ一つ、吟味するように食べていく。
気に入ったのか。眺めながらメアリは、モンブランをまた一口、口にする。好物のモンブラン──そう、これは甘くて、美味しい物。
……当たり前すぎて意識しなくなる感覚を、今はいつもより噛み締めることが出来る。
ふと、今日の劇のことを思いだしていた。出演していた透は、前に依頼で会ったことがある。その時には悩んでいた彼の、今日の姿を見て。
自分も停滞しては居られないな、と、前向きな気持ちが芽生えていくのを、メアリは感じていた。
『イブリスさん、あれ、何でしょう!?』
『イブリスさん、これ美味しいですね!』
『イブリスさん……これ、凄いですね……』
ティアンシェのスケッチブックに次々と、想いが綴られていく。
帰るまでにぶらりと街を歩く、ただそれだけのデート。
それでもティアンシェが落ち着かない様子なのは、
「なるほど、ここは確かに異世界だな」
イブリスが呟く。
そこらの城を軽く超す大樹のような塔、高速で移動する鉄の馬車、昼間のように明るい夜の街。
二人にとって、リアルブルーの何もかもが、まだ目新しい。
──けど、それだけではない。
イブリスにとってティアンシェは特別な人物ではあるが、恋仲というわけではない。だから、関係としてはまだティアンシェの片想い。
何度か、想いは伝えている。この間のバレンタインデーにはさらに一歩進んで、「付き合ってほしい」と伝えラブレターとブレスレットを渡した。
……返事は、まだ、無い。
そんな中でのデートだ。普段よりも色んな意味で鼓動が煩いのを、彼女は自覚していた。
浮ついた気持ちを誤魔化すように、今を楽しんでもらえるように、目的地のない散策で彼女は初めて目にする物に目一杯反応する。
声が出せないから文字で綴る、そのことがもどかしくなるほど、たくさんの物を感じて。
……でも、これで良かった。
(イブリスさん、私の事──)
何度も何度も、聞きそうになるその想いは、『イブリスさん、』まで書いたところでぐっと思い留まって、そこから先は別の言葉に置き換わっていく。
思っただけ。思いとどまっただけ。スケッチブックに、沢山のことが綴られて。
……物珍しいが、無難なデート。だから最後はいつも通りに。
「帰るぞ」
どこかそっけなくすら感じる口調で、イブリスが言って。ティアンシェは、名残惜しそうな顔を、どうしても隠せなくて。
「──気にいったならまた来ればいい」
イブリスの言葉に、ティアンシェは頷いた。
(その時も、一緒にですか?)
その言葉は、やっぱり綴れないまま。
「それじゃ1番の目的を果たしに行きましょうか」
劇場を出て。彼女の気持ちが挫けないよう、穏やかな声でハンスは智里に告げる。
目を細めた智里から、劇場で笑い過ぎて目じりにたまっていた涙が一筋、すっと零れていく。
引っかかっていた何かがそれで、洗い流された心地がした。
「届くと良いですね」
ハンスの言葉に智里は頷くと、笑顔になった彼女と共に郵便局へ向かう。
……両親と祖父母に、手紙を出そうと。
本当に、届けばいいな、と思う。まさに欧州の件だとか、ハンターだけが知り得ることは実際あって、差し止められる可能性はあるだろうと分かっているけど──それでも。
『おじいちゃんおばあちゃん元気ですか。
私はクリムゾンウェストでちゃんと生きています。
ハンターの仕事をして好きな人を見つけて結婚しました。
同じ転移者でハンスさんと言います。
自由に戻れるようになったら絶対2人に会わせたいです。
それまで2人も元気でいて下さい。
大好きな2人へ。
貴方達の孫娘より』
それでも。願い、想い、綴る、これが。どうか。
……投函する手は、不安と、期待で、それでも震えた。
ハンスが肩に置いてくれた手の重みを感じて……封筒から、手を放す。
「家に戻るには足りなくても、夕飯ぐらい食べる時間はありそうです……行きましょうか」
見届けた後、柔らかな声でハンスは言った。
智里は、笑顔でそれに頷いて……そしてまた、二人寄り添い、歩いていく。
●
「伊佐美さん、これ」
受付のスタッフが、ファンからプレゼントとして預かったというものを並べて、透に見せていた。
まだ多くはないそれを、透は一つ一つ、丁寧に見つめて、触れる。花束の一つを、手に取って──
星野 ハナ(ka5852)が、強制転移でクリムゾンウェストへと戻されたのは、この瞬間だった。
自室に戻って。ベッドに腰掛けて。脱力するのに任せて、そのまま倒れ込む。
ああ、そういう時間なのか、とまず理解した。
不思議でもなんでもない。最前列のかぶりつきで観たかったから、かなり早い時間から並んで待ったから。
それから。
買った花束を入口で預けて、わくわくしながら席に座った──ところまでは、はっきりしている。
その後から今まで。ずっと、頭がふわふわしている。
劇は多分面白かった……と思う。
何にも頭に入って来てない。
凄く凄く、
透さんが楽しそうだった。
この場所が好きだ、
この場所を目指していたと全身で語っていた。
(世界が違うってこういうことか)
何も考えられない頭で、ただそれだけは妙に納得した。
──確かにここに私は要らない、と。
テレビなんかと違って舞台は常に全景が観客の前にあるから、気付けばハナは話そっちのけで、ずっとずっと透だけを観ていた。
いつしか、閉じられなくなった目から、涙が止まらなくなった。
……ここが透さんの場所で。
……最初から推しカプなんか存在しなくて。
──分かりあえないって分かっていても纏わりついていたのは。
ベッドに身を沈める。沈んでいく。
クリムゾンウェストの、私の部屋。
還ってきた。還された。
ここが私の居場所。
「気が付く前に……失恋しちゃいましたぁ……」
力が入らない身体から、止まらない涙がとめどなく溢れる──
──花束を、愛おしげに抱きしめて、透は限りなく穏やかで優しい目でそれを見つめていた。
枯れても残るようにと写真に収める。忘れない、大事にしよう、と心に誓う。
……誰からかは知らない、ファンからのプレゼントの一つとして。
窮屈そうにしつつも、ASU-R-0028(ka6956)は陽気に笑い、同行するメアリ・ロイド(ka6633)に問いかける。
自身の手元を確認していたメアリはそのまま目線だけを上げて、アシュラの服装を見た。
ワイシャツとシンプルなパンツ姿。ネクタイもジャケットもないラフさであるが、そこまで格調高い劇でも劇場でもない。問題視とまでは行かないだろう。
「……服装より、声の大きさをもう少し抑えた方が良いでしょうね」
視線を戻し、淡々と答える。そんな彼女はこの季節と場所柄に適当な服がなかった、とスーツ姿で、今はこの間の依頼の怪我が上手く隠せているかと手袋の具合を改めていた。
そう。観劇と言っても今回の会場はそこまで立派な劇場というわけでもない。そんなに厳しいドレスコードがあるわけでは無い……が。
(なんか視線を感じる気がする……エルフが珍しいのかしら……)
少し気になりながら、イルミナ(ka5759)がロビーを進んでいた──自身がかなりきわどい格好をしているという自覚は無しに。
(……芝居観賞なら彼と来たかったけれど……もう……こんな時に用事なんだから……)
残念な内心もあって、結局周囲の視線の意味には気付かない。そのまま、一つの顔を見つけて、声をかける。
「イルミナさん。きみも来たのか」
「透がお芝居をするっていうから……」
彼女の言葉に鞍馬 真(ka5819)は微笑む。透の芝居にまつわる一騒動で、共に戦ったこともある間柄だ。
そんなわけで、彼女の挨拶に応えてから……スルーしきれなかった。
「ええと、イルミナさん、もう少し何か上に着た方がいいかな。私のカーディガンで良ければ貸そうか」
真が、上着を脱ぎながらイルミナに言う。
「……? 寒くは、無いけど」
やはり分かっていない様子で、彼女は小首を傾げる。どうしたものか。
「あ、いや、劇場の中は寒いかも。ほら、冷房の風が当たるとよくないから」
「冷……房……? よく分からないけど……でも、リアルブルーの事なら貴方に従った方がいいのかしらね……」
仕事以外で来るのは初めてだから。呟きながら、差し出された上着に素直に袖を通すイルミナ。多少はましになったことに安堵する真。
そんな風に二人が話していると、ずるずると何かを擦るような音がした。
ルベーノ・バルバライン(ka6752)と、それに引き摺られているチィ=ズヴォーである。
真と目が合うと、ルベーノは目礼しつついった。
「伊佐美のと聞いてな。それは見に行かねばなるまいと。なあ?」
「いや手前どもは透殿に言われたから動いてねえんですよ。引き摺られましたけど手前どもは動いてねえです」
「えっ向こうからここまで引っ張ってきたの?」
何となく察しつつも思わず突っ込んだ真に、ルベーノとチィは顔を見合わせる。
「うむ」
「へえ」
やっぱり察した。多分言い訳できる範囲内の事なんだろう。
(まあ、怒られたらとりなしてあげよう、かな?)
チラリと、そんな風に思いながら。
「なんなら大道具等の設置を手伝うが。そうか、要らんのか……せっかくの伊佐美の晴れ舞台ゆえ何かしてやりたかったのだが」
受付に、そんなことを自然と言い放って困惑されているルベーノに、若干不安を覚えるのだった。
(すげーなトールのヤツ、マジ芸能人みてーじゃん)
こっそり一人で参加していた大伴 鈴太郎(ka6016)は、開幕までの時間つぶしにと読んでいたインタビュー記事にそんなことを思う。
その少し後にやって来た志鷹 都(ka1140)が鈴に気がついて、小さく手を振ってくる。鈴も初めは笑顔を浮かべて手を振り返して……自分が、普段とは違う装いをしていることを思いだして──だから気恥ずかしくて一人で来た──真っ赤になって顔を伏せる。
都はそんな鈴に、『大丈夫、すごく似合ってて可愛いよ』の意味を込めて微笑みかけて……それから、彼女とは少し離れた席に座った。
……一度は着席した都だが、更に後から入ってきた真に気がつくと、起立し深深と一礼する。
──つい先日の、欧州での依頼。そこで起きたことへの、感謝と詫びの想い。
手に力が籠る。あの日の事は決して忘れぬと心に誓いながら。
真も、その意味には気がついたのだろう。すっとその表情に陰が差して。都へと一礼を返してから……でも、今日は、と軽く振って、纏わりつく影を一度頭から追い払うのだった。
「……ごめんなさい、ハンスさん」
劇場へと向かいながら、穂積 智里(ka6819)がポツリと言う。
──詩天で生きると決めたのに、リアルブルーに行ける機会に飛びついた。
「クリムゾンウェストで生きて死ぬと決めても、それはリアルブルーに2度と来ないことと同じではないでしょう?」
ハンス・ラインフェルト(ka6750)は苦笑で答える。ああ、また罪悪感を拗らせて。愛しい人。
「私のマウジーがどれだけオーマーとオーパーに会いたがっていたか、私は知っていますから」
言いながら、抱き寄せてそのままハグ、そして啄むような軽いキス。智里が、擽ったそうに身を捩る。
掌を彼女の頬に添えた。智里は一度目を閉じて、その手に凭れるように顔を傾ける。添えられた掌に、己の手を重ねて。
「それじゃあ、行きましょうか? 折角ですし、楽しめるといいですね」
そうして、その頬から強張りが解けた頃に、ハンスが話しかける。
「……はい」
穏やかに智里は答えた。
重ねていた掌を、繋ぎ直して。二人は、劇場へと入っていく。
●
Gacrux(ka2726)は、好奇心に胸躍らせ、目をキラキラさせて始まった劇を見ていた。
(これがリアルブルーの舞台劇……クールブルーです)
奮発してS席を購入して、早めに最前列を確保して全力で楽しんでいる。
紅の世界の住民には理解のできない知識や文化はあっただろう。
それでも、役者の動きに合わせて入る効果音といった、音響、映像を組み合わせて創り上げられる世界は、紅の世界の住民の方が新鮮に楽しめたかもしれない。
ルベーノはプロジェクションマッピングで写されたゴーストに覚醒して立ち上がりかけたし、リアルブルーに来る、どころか芝居を観るのも初めてという多由羅(ka6167)は、目の前のことがフィクションであるという事も忘れてのめり込んで、
「鑑識官! 後ろです! 何故気付かないのですかっ……ああっ!」
などと声を上げては、隣の席の人にちょいちょいとつつかれていた。
勿論、蒼の世界の者たちも、内容が頭に入りやすい分素直に楽しんでいる。コミカルなシーンで、鈴や智里は大笑いして……席に着いてからも智里とずっと手を繋ぎ続けていたハンスは、時折そんな智里の様子を確かめては微笑んでいた。
事件は意外な展開を見せながらも、落着、したかに思えて……? といった感じで、盛り上がりを見せながら、前半が終了、休憩が告げられる。
「貴女……その、向こうの世界から来たという方なのかしら? 珍しいのは分かるけど、騒がしいのはちょっと……台詞が聞こえなくなってしまうし、役者さんもびっくりしてしまうから、ね?」
「は、はい……すみません」
明かりの灯った客席で、多由羅が品のいい婦人に説教をされて、しゅん、と肩を窄めていた。
マナー違反はこちらなのだから、むしろ優しい対応と言えるだろう──と、彼女たちだけではない、この場全体の空気を感じながら、エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)は考える。
聞けば、今回の観客には異世界の人間が混ざるということは事前告知がされていたという。落ち着いて観劇したい人は、この回は避けているのだろう。普段と異なる騒ぎに対しても、多くの人たちは「そういうものだと分かって来た筈」と己を納得させているようだ。
……二つの世界の交流が進んできた、と考えるのは早計だろう。ここに居る人たちはつまり、「安くはない金を払った上でハンターと隣り合っても構わないと考える人たち」だ。標本とするには偏りが大きいと考えるべき。
そこまで分析してから、エラはふう、と息を吐き、意識して肩の力を抜いた。リアルブルーに来る上で目的はあったが、ここ数日仕事詰めだったので気分転換というつもりもある。パンフレットを見ておさらいもしていたので、一先ずはのんびりと楽しむことにする。
再び明るくなった場内で、ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)は一緒に来てくれたイブリス・アリア(ka3359)の顔を窺っていた。イブリスが横目で視線を返して、「どうかしたか」と聞いてくる。
『イブリスさんは、楽しんでますか?』
スケッチブックに文字を走らせて、ティアンシェは聞いた。彼女自身は割と夢中になって観ていたが、それでも気になって時折気にしていた彼の表情は、終始真面目だったように思える。
「ああ……こっちの世界の衛兵の話らしいが、そもそも霊が見えるのが異能扱いってのがな」
喜劇というのは分かるが、どちらかというと向こうの世界との常識の差異のほうに気が行く。
ただ、それが。
「ある意味、面白いかもな」
苦笑気味に、でもどちらかと言えば明るい声音で彼が言うのに、ティアンシェはほっとした気持ちで頷いた。
「ふうん、これが透の本業なのね」
前半を観終わったところで、イルミナが呟く。
「戦いしか出来ない私とは違う……こっちの仕事に集中出来るようになって欲しいわ……」
淡々としたその声に。僅かに羨望と応援の想いが籠っていることを。
何となく、そのまま隣に座っていた真は感じ取っていて、
「……そうだね」
それ以上の言葉が出てこないくらい、深く、同意していた。
劇後半は、前半の明るさがあってこそ余計に伸し掛かる不穏な空気から始まった。
霊が見える刑事の、いつものように被害者ではなく今回は加害者側に心が寄ってしまう苦悩、それを周囲が誰も理解しない孤独の叫びがしっとりと演じられる中、事件は陰惨な気配を纏っていく。
(待ちなさい、刑事! 一人では無茶です!)
やはりどっぷりとのめり込んだままの多由羅が、それでも反省はしたのか口を抑えながら心の中で叫んで、ハラハラと見守っている。
葛藤。暴走。ぶつかり合いからの、互いの心情の暴露。
(そうです……! 力を合わせて乗り越えるのです!!)
盛り上がっていく熱気に、観客はいつしか固唾を飲んで舞台を見つめていた。
七夜・真夕(ka3977)も、すっかり、久しぶりの観劇を楽しんでいる。そう、巫女としての使命も、優等生の顔も忘れて、ただ一人の時間として──久しぶりに、ゆっくりと。
盛り上がっていく舞台。時間が経つほどに、鈴の胸は騒がしくなっていく。
(やっぱ舞台の上のトールはカッケーや……)
終幕が近づくにつれて、舞台の上の透を見る彼女の目は眩しそうに細められていった。
──どこか、彼が遠い存在になっていくように感じながら。
そして、全ての演技が終了する。
一度また、舞台を照らす明かりが落ちて。拍手に包まれる中、再び照明が灯り、カーテンコールにと役者が順番に姿を現していく。
最後、透と修二が共に中央に進み出て、全ての役者が揃うと、アシュラが──ここまで終始ポカーンとしていた彼が──立ち上がって、一際大きく拍手をした。
スタンディングオベーション。これは、マナー違反とは言い難い。やるかやらないかは、その場の空気によるところが大きく……そして今回は、彼を皮切りに、次々と皆立ち上がって拍手を浴びせるという形に収束した。
「どうもありがとうーーー!」
修二が声を上げて、全方位に向かって両手を振る。他の役者も、倣って手を振って。そうして、盛り上がりが膨れ上がる場内に。
「うん、ありがとう。じゃ、座っていいよ」
修二がおどけて言って収拾を付けて、そして、無事に舞台挨拶が始まって、閉演となった。
●
終演後の、ロビーにて。
「見て見てー、めっちゃよく撮れた。インスタ映えじゃないこれ!」
スマホを手に、女性二人がしていたそんな会話がGacruxの耳に留まる。
「インスタハエ……妖精の名前でしょうか」
声音に、流行りの気配を感じた彼は、二人に声をかけて尋ねることにする──とにかく、こちらの文化は気になってしょうがない。
呼び止められた女性は、彼の顔を見て、きゃあ、と小さく悲鳴を上げた。
「えっ何めっちゃイケメンに話しかけられた」
「大丈夫ー、お兄さんならそのままでインスタ映えだよー」
「インスタバエ……私がインスタバエだったのですか?」
知らなかった。不思議に思わず身体をペタペタと触る。ぷっと笑う二人に、内心ムッとするGacrux。
「あっごめんなさい。えっとー綺麗な写真が撮れたっていうか……」
いまいちニュアンスを伝える言葉が見つからなかったのか、彼女は自身のスマホの画像を見せてみせた。『梨山修二様』の札が差されたフラワースタンドを撮ったものだが、成程、感心するほどよく撮れている。
「綺麗に思ったものを撮ればいいのですかね? こうでしょうか……」
一先ず、彼も倣って、自身の魔導スマホで同じ花を撮影してみた。彼女たちに見せてみる。
「あー、違うねこれは」
「正面からいったねー。インスタ映えはこれじゃないんだよねー。もっとこうアオり気味に……」
そう言って、彼女はかがみ込むようにして、斜め下から見上げるように撮る。
「こう」
再び画面を見せる。成程、上手くは言えないが確かに、自分が撮った写真とは『何か違う』雰囲気を持った写真がそこにあった。
「奥が深い……」
呟き、納得すると、彼は帰り路、暫く、「あ、インスタ映え」と言っては自販機や道端の草などを撮っていた。
……なおインスタ本来の意味は理解していない。
透に会いに行きたい、とルベーノが申し出ると、スタッフは確認してきます、と言って暫く待たせてから、それでも、無事に通してもらえた。
「お前来たのか」
とは、ルベーノに対してではなく、彼に引き摺られているチィに向けられたものである。
「ルベーノさんは、どうもありがとうございます。……嬉しいです」
透の言葉に、ルベーノは鷹揚に頷く。
「観客が良く笑っていた……良い劇だったと思うぞ」
敢えて後列の、観客の様子も良く見える席でと観劇していたルベーノは、そう感想を述べた。
「ありがとうございます。……楽しめました?」
「……治安維持の自警団の話らしいくらいは分かったぞ?」
素直に、苦笑気味に答えたルベーノの言葉に、透は申し訳なさそうに笑って。
「……やっぱりもう少し台詞変えないと駄目だったか」
「テンポもありますからねーでも」
すぐ、真剣な顔になって修二とそんな会話を始めた。
そんな二人を、チィは少し怯えるように、そーっと様子を見ている。
「あー……そういや、まあ、大人しかったみたいだな、意外と。前に映像見せたときはずっと騒がしかった割に」
「いや、いざ実物で見ると逆に声も出ねえもんっすね」
「そうか……なら、まあ、いいが」
透は笑ってそう言って、結局、騒ぐなら来るなと言われていたのに引き摺られてここに来たことについては、お咎め無しになったようだ。
「良かったではないか、チィ。なぁ」
「へえ!」
ルベーノの言葉に、チィは満面の笑顔で答えて。
この後、帰還の時間ギリギリまでチィはルベーノにリアルブルーの街を引っ張り回されたようだが、チィも嫌な顔一つせず全力で楽しんだようである。
彼にお土産でも買っていこうかしら、というイルミナと別れて、真も透に会いに行く。
「舞台は何度か見たし共演もしたけど、今までで一番良い演技だったよ」
真が告げると、透も手ごたえは感じているのか、変に謙遜はせずただありがとう、と頷いた。
「まだこっちには戻れないから、完全復帰おめでとう、と言えるのはまだ先だろうけど。おめでとう、透さん。演じることを諦めなかったきみを、誇りに思うよ」
ここまで見届けることができたかあ、という感慨と共に。しみじみと真は言って。
「……そうやって夢を追い続ける姿を、少し羨ましくも感じるかな」
それから、最後、少し抑えた声で、そう言った。
「……。うん、何度でも、言いたい気持ちだよ。どうもありがとう。……俺が今ここに立てているのは君のお陰だ。だから、いつか君が目指すものが出来たら全力で応援させてほしいし……今の君のことも、心から尊敬しているよ」
吐露された真の言葉に、透は偽りのない気持ちで答える。真はそれに礼を言いながら、浮かぶ笑みは何処か曖昧だった。
「ところでそう言えば、一人で来たのか?」
何気ない透の問いに、真は。
「──え?」
その後、誰も訪れる気配のない廊下に、思わず声を零していた。
鈴は。
終幕が近づくほど遠くなっていく感覚に、カーテンコールを前にそっと席を立っていた。
(きっと、トールはこれから有名になってくんだろうな……オレみてーのが傍をうろちょろして迷惑かけらンねぇよ)
思いながら、まだ暗い、拍手で満ちる客席の階段を上がってく。
……一抹の寂しさ。
それでも、ロビーへと出るドアを開けるときに、割れるようなスタンディングオベーションの拍手を背中に浴びると、意識するのは満ち足りた想いだった。
ふと、帰り路ショーウィンドウに映った己の姿に、鈴は思わず、足を止める。
今日は、精一杯女の子らしく装ってきた。……そんな風に装おうと、思えた。
傍から見てどうなのかは自信がないけど、それでも、出かける前に確認した自分の姿に、少し心弾んだのを覚えている。
ガラスの向こうの彼女は、少し、儚げな笑みを浮かべていて。
ああ、なんだか本当、淑やかな女の子みたいだ。
いつか夢見た『アタシ』、いつも憧れていた『アタシ』に。
今日は、少しは、近づけたのかなあ?
──うん。いい日だった。今日は、満ち足りた日だった。
そんな風に納得して、踵を返す。ガラスの向こうで、『彼女』の姿が、小さくなっていく。
……芽生えかけて、自覚されなかった、淡い想いと共に。
●
都は、劇の前半で劇場を出ていた。申し訳ない気持ちもあったが、リアルブルーに居られる時間は長くはない。やりたいことが、やるべきことが、彼女にはあった。
書店へと向かう。リアルブルー出身の看護師が教えてくれた店だ。
医療系の専門書が並ぶ箇所にて各診療科の医書を閲読する。
(……この世界に生まれていたら、彼の眼も治療できたかな)
悔しさを胸に、眼科の書を捲る。視線に、熱が籠る。
……そうして最後に手に取ったのは、救急医学の書。
彼女が働く有床診療所では、昼夜問わず救急搬送される患者が少なくないから、ここは特にしっかり記憶したいところだった。
座り読み出来る処へ移動し熟読する。
(一介の医者として、ハンターとして。一人でも多くの命を救う事……それが師との約束だから)
(せっかく観劇を観れるっちゅうなら、お言葉に甘えて息抜きに観させて貰お、くらいのつもりやったけど、思ったよか楽しかったかなー)
埜月 宗人(ka6994)は劇場を出ると、後は特に目当てもなくブラついていた。
「──……」
まあ、楽しんだ。劇自体は。ただ、それ以外に少し、思うところはある。
多分、物思いに耽っていたせいだろう。道行く人に話しかけるエラの声が耳に留まったのは。
彼女は、道を聞きがてらや雑談に混じってさり気なく二つの世界の交流の影響や、強化人間に対する心証調査を行っていた。
結果としては、ハンターは相変わらず英雄として歓迎する向きが主流。強化人間はそれに比べて今一つ存在が地味、と言った感触だろうか。先月のランカスターの件は、『欧州をVOIDが襲撃』と、規模に対しては小さく、それでも一応と言った感じで記事になっている程度だった。強化人間の反乱が零れている節はない──要は『しかるべきところ』の『しかるべき報道規制』は、きちんと働いているという事だろう。それ以上の、懸念していたような話は、特に出てこない。
そこで、エラは宗人の視線に気がつく。
「そうね、丁度いい……貴方がこちらで何か感じた事があるなら、聞いてもいい?」
エラはそのまま、宗人に話しかけた。
「別に、劇場でなんやあったわけやない……けどな。……非覚醒者から見れば、俺らはバケモンとも取れるんか」
思っていることを、宗人は吐き出すことにした。
「そらそうよな、自分の持たぬ、圧倒的な力の差っちゅうんは味方であっても怖いもんや。同じ土壌に立たぬ者ならなおの事な」
彼の言葉を、エラは否定しない。ハンターが英雄視されているというのはつまり、今が乱世という事だ。楽観視は出来ない。
「ちと依頼主やらについて考えさせられてな。怖がられても、不思議やない。……そういうもんも含めて、今後は対応していかなあかんなぁ。いや、インタビュー記事見て思っただけやねんけどな?」
最後、自信のなさを表すようにそう言う。エラはただ彼の意見にありがとうと頷いて、情報収集を再開させた。
宗人は……──
(そのまま帰るんは勿体ないし、ちと店でも見て回ろか)
言うだけ言うと、とりあえず今は深刻に考えるのはやめることにした。
(服はようボロボロになるし、多くあっても困らん)
自分じゃ似たような服しか選ばんし、と、適当な店に入って店員に話しかけた。
蒼の世界の店員のチョイス。果たして、宗人の満足のいくものだったろうか。
(あとは、飯とか)
蒼の世界を、十分に楽しんでから彼は帰途につく。
「そんで、どこ行くんじゃあセンパイ!」
若干ふざけた調子でアシュラが言う、その前をメアリは無言で歩いていく。
彼女自身、劇を自分で見に来るのは初めてだが、思った以上に息抜きになった、とは感じていた。
……リアルブルーに来たのが初めてらしい、アシュラの様々な新鮮な反応に気が紛れた、というのもあって。
息抜き。そう、息抜きに来た。ここ最近の強化人間失踪事件依頼で、色々あって重苦しくどろどろしている精神状態をなんとかすべく。
茶化すような言葉には、肩を竦めるだけで答えて。そんな彼女の、心情は理解しているだけにアシュラはそれ以上、変な茶々はいれずにしかし、気楽に喋るし彼女「で」遊ぶ。
メアリはやがて、見つけたカフェに、アシュラの同意も取らずに入っていくと、アシュラは「ほう?」と一言だけ言ってついていく。
「どれにしたらいいんかの」
迷わずモンブランを注文すると決めているメアリに、アシュラが困ったように尋ねた。
なにせ、普段点滴で栄養摂取している彼だ。
「……。この中なら、シフォンケーキが一番スタンダード、かな」
メアリがそう答えてやると、彼は素直に従った。
やがて運ばれてきたそれに、フォークを押し付けて──切れる前に思ったより沈んでいく、シフォンケーキの柔らかさにきょとん、として、メアリは分かりにくいが面白そうに一瞬瞼を動かした。
「ふーん。甘いの」
初めての、その一口の感想は、僅かに興奮の混ざる声だった。
「そっちも甘いんか」
「そっちとは違う甘さだけど……やんねぇぞ。欲しけりゃ自分で頼め」
じっと見るアシュラの視線に、思わず素の口調で、本当に嫌そうに言って皿を遠ざけるメアリに、アシュラは笑い出した。
そして。
「店員さん、すまんの! ええと……ここに写真載ってるケーキ、全部持ってきてもらえるか。そう、これ以外」
考えるのが面倒になったのか、豪快にそう注文すると、一つ一つ、吟味するように食べていく。
気に入ったのか。眺めながらメアリは、モンブランをまた一口、口にする。好物のモンブラン──そう、これは甘くて、美味しい物。
……当たり前すぎて意識しなくなる感覚を、今はいつもより噛み締めることが出来る。
ふと、今日の劇のことを思いだしていた。出演していた透は、前に依頼で会ったことがある。その時には悩んでいた彼の、今日の姿を見て。
自分も停滞しては居られないな、と、前向きな気持ちが芽生えていくのを、メアリは感じていた。
『イブリスさん、あれ、何でしょう!?』
『イブリスさん、これ美味しいですね!』
『イブリスさん……これ、凄いですね……』
ティアンシェのスケッチブックに次々と、想いが綴られていく。
帰るまでにぶらりと街を歩く、ただそれだけのデート。
それでもティアンシェが落ち着かない様子なのは、
「なるほど、ここは確かに異世界だな」
イブリスが呟く。
そこらの城を軽く超す大樹のような塔、高速で移動する鉄の馬車、昼間のように明るい夜の街。
二人にとって、リアルブルーの何もかもが、まだ目新しい。
──けど、それだけではない。
イブリスにとってティアンシェは特別な人物ではあるが、恋仲というわけではない。だから、関係としてはまだティアンシェの片想い。
何度か、想いは伝えている。この間のバレンタインデーにはさらに一歩進んで、「付き合ってほしい」と伝えラブレターとブレスレットを渡した。
……返事は、まだ、無い。
そんな中でのデートだ。普段よりも色んな意味で鼓動が煩いのを、彼女は自覚していた。
浮ついた気持ちを誤魔化すように、今を楽しんでもらえるように、目的地のない散策で彼女は初めて目にする物に目一杯反応する。
声が出せないから文字で綴る、そのことがもどかしくなるほど、たくさんの物を感じて。
……でも、これで良かった。
(イブリスさん、私の事──)
何度も何度も、聞きそうになるその想いは、『イブリスさん、』まで書いたところでぐっと思い留まって、そこから先は別の言葉に置き換わっていく。
思っただけ。思いとどまっただけ。スケッチブックに、沢山のことが綴られて。
……物珍しいが、無難なデート。だから最後はいつも通りに。
「帰るぞ」
どこかそっけなくすら感じる口調で、イブリスが言って。ティアンシェは、名残惜しそうな顔を、どうしても隠せなくて。
「──気にいったならまた来ればいい」
イブリスの言葉に、ティアンシェは頷いた。
(その時も、一緒にですか?)
その言葉は、やっぱり綴れないまま。
「それじゃ1番の目的を果たしに行きましょうか」
劇場を出て。彼女の気持ちが挫けないよう、穏やかな声でハンスは智里に告げる。
目を細めた智里から、劇場で笑い過ぎて目じりにたまっていた涙が一筋、すっと零れていく。
引っかかっていた何かがそれで、洗い流された心地がした。
「届くと良いですね」
ハンスの言葉に智里は頷くと、笑顔になった彼女と共に郵便局へ向かう。
……両親と祖父母に、手紙を出そうと。
本当に、届けばいいな、と思う。まさに欧州の件だとか、ハンターだけが知り得ることは実際あって、差し止められる可能性はあるだろうと分かっているけど──それでも。
『おじいちゃんおばあちゃん元気ですか。
私はクリムゾンウェストでちゃんと生きています。
ハンターの仕事をして好きな人を見つけて結婚しました。
同じ転移者でハンスさんと言います。
自由に戻れるようになったら絶対2人に会わせたいです。
それまで2人も元気でいて下さい。
大好きな2人へ。
貴方達の孫娘より』
それでも。願い、想い、綴る、これが。どうか。
……投函する手は、不安と、期待で、それでも震えた。
ハンスが肩に置いてくれた手の重みを感じて……封筒から、手を放す。
「家に戻るには足りなくても、夕飯ぐらい食べる時間はありそうです……行きましょうか」
見届けた後、柔らかな声でハンスは言った。
智里は、笑顔でそれに頷いて……そしてまた、二人寄り添い、歩いていく。
●
「伊佐美さん、これ」
受付のスタッフが、ファンからプレゼントとして預かったというものを並べて、透に見せていた。
まだ多くはないそれを、透は一つ一つ、丁寧に見つめて、触れる。花束の一つを、手に取って──
星野 ハナ(ka5852)が、強制転移でクリムゾンウェストへと戻されたのは、この瞬間だった。
自室に戻って。ベッドに腰掛けて。脱力するのに任せて、そのまま倒れ込む。
ああ、そういう時間なのか、とまず理解した。
不思議でもなんでもない。最前列のかぶりつきで観たかったから、かなり早い時間から並んで待ったから。
それから。
買った花束を入口で預けて、わくわくしながら席に座った──ところまでは、はっきりしている。
その後から今まで。ずっと、頭がふわふわしている。
劇は多分面白かった……と思う。
何にも頭に入って来てない。
凄く凄く、
透さんが楽しそうだった。
この場所が好きだ、
この場所を目指していたと全身で語っていた。
(世界が違うってこういうことか)
何も考えられない頭で、ただそれだけは妙に納得した。
──確かにここに私は要らない、と。
テレビなんかと違って舞台は常に全景が観客の前にあるから、気付けばハナは話そっちのけで、ずっとずっと透だけを観ていた。
いつしか、閉じられなくなった目から、涙が止まらなくなった。
……ここが透さんの場所で。
……最初から推しカプなんか存在しなくて。
──分かりあえないって分かっていても纏わりついていたのは。
ベッドに身を沈める。沈んでいく。
クリムゾンウェストの、私の部屋。
還ってきた。還された。
ここが私の居場所。
「気が付く前に……失恋しちゃいましたぁ……」
力が入らない身体から、止まらない涙がとめどなく溢れる──
──花束を、愛おしげに抱きしめて、透は限りなく穏やかで優しい目でそれを見つめていた。
枯れても残るようにと写真に収める。忘れない、大事にしよう、と心に誓う。
……誰からかは知らない、ファンからのプレゼントの一つとして。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/04/24 23:15:49 |