ゲスト
(ka0000)
【絵本】木漏れ日の森へ
マスター:風亜智疾

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/05/01 19:00
- 完成日
- 2018/05/06 01:46
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
――さらさらの飴色は舐めたら胸やけしそうに甘ったるいだろうし、まあるい空色はきっと笑い転げたくなるほど塩っ辛いだろう。
■見知らぬ『おきゃく』
「確かに、以前その森に行ったことはあるけれど」
訪れた客の言葉に、ヴェロニカ・フェッロ(kz0147)は困惑の表情で頷いた。
「でもあの時はそんなものなかったと思うわ」
「おねーさん、それ、いっちばん奥マデいったの?」
首を傾げた少女が長い髪を揺らしつつ首を傾げてみせる。
金色の髪がふわりゆらりと肩口から零れ落ちるのを見つめ、ヴェロニカはゆるゆると首を横に振り。
「いいえ。確かにあの時は一番奥までは行ってないけれど……でも、森の空気は綺麗だったし、一緒に行った人たちも何も異変は感じなかったはずよ」
数年前の記憶とはいえ、大切な思い出になっている出来事だけにはっきりと覚えている。
ヴェロニカの言葉に見知らぬ来客である少女は、笑いながら白磁の指を唇の前に立てた。
そしてまるで歌うように、踊るように言葉を紡ぐのだった。
――そこに、ヘンな石で出来たたてものみたいなモノがあるんだって。森の一番奥に、ヒッソリと。
ふしぎなハナシだね?
■疑惑の『もり』へ
「まず、なんで見ず知らずのお嬢ちゃんなんて家に入れたんだ?」
「……なにも、バルトロさんまでディーノみたいなこと言わなくても……」
首を小さく竦めつつも頬を膨らませたヴェロニカを見て、オフィスの受付担当バルトロは乱暴に頭を掻いた。
顔馴染みの中年ハンター経由に出逢ったこの絵本作家は、基本人を疑うことを知らない。
人当たりよく人懐こい。人も自然も動物も大好きで、だからこそ彼女の描く絵は暖かく人に受け入れられるのだろうと彼も感じてはいる。
いるのだが。しかし。
「ディーノにも言われてたのか……」
彼女はそっと目を逸らす。その様子から、言われたのは一度や二度ではないのだろうと察する。
察して、中年ハンターに同情する。お前も大変だな、と……。
「んんっ!」
漂う空気を散らすように咳払いしたヴェロニカが、とにかく、と口を開く。
「あの森にそんなものがあるなんて知らなかったの。どんなものなのか、確認したいのよ」
「なるほど、森の調査依頼か。まぁあの森は今まで雑魔が現れたという話も聞かんが、ハンターに調査させるのも悪くは……」
頷こうとしたバルトロが、一瞬で口と同時に動きを止めた。
どうしたのだろうと首を傾げるヴェロニカを見て、バルトロはこの後、全力で脱力する羽目になるのだった。
「……確認『したい』……?」
させたい、してもらいたい、ではなく……?
「えぇ。確認したいの。私と一緒に森を調べてくれる人を、募集したいのよ」
■見知らぬ『おきゃく』
「確かに、以前その森に行ったことはあるけれど」
訪れた客の言葉に、ヴェロニカ・フェッロ(kz0147)は困惑の表情で頷いた。
「でもあの時はそんなものなかったと思うわ」
「おねーさん、それ、いっちばん奥マデいったの?」
首を傾げた少女が長い髪を揺らしつつ首を傾げてみせる。
金色の髪がふわりゆらりと肩口から零れ落ちるのを見つめ、ヴェロニカはゆるゆると首を横に振り。
「いいえ。確かにあの時は一番奥までは行ってないけれど……でも、森の空気は綺麗だったし、一緒に行った人たちも何も異変は感じなかったはずよ」
数年前の記憶とはいえ、大切な思い出になっている出来事だけにはっきりと覚えている。
ヴェロニカの言葉に見知らぬ来客である少女は、笑いながら白磁の指を唇の前に立てた。
そしてまるで歌うように、踊るように言葉を紡ぐのだった。
――そこに、ヘンな石で出来たたてものみたいなモノがあるんだって。森の一番奥に、ヒッソリと。
ふしぎなハナシだね?
■疑惑の『もり』へ
「まず、なんで見ず知らずのお嬢ちゃんなんて家に入れたんだ?」
「……なにも、バルトロさんまでディーノみたいなこと言わなくても……」
首を小さく竦めつつも頬を膨らませたヴェロニカを見て、オフィスの受付担当バルトロは乱暴に頭を掻いた。
顔馴染みの中年ハンター経由に出逢ったこの絵本作家は、基本人を疑うことを知らない。
人当たりよく人懐こい。人も自然も動物も大好きで、だからこそ彼女の描く絵は暖かく人に受け入れられるのだろうと彼も感じてはいる。
いるのだが。しかし。
「ディーノにも言われてたのか……」
彼女はそっと目を逸らす。その様子から、言われたのは一度や二度ではないのだろうと察する。
察して、中年ハンターに同情する。お前も大変だな、と……。
「んんっ!」
漂う空気を散らすように咳払いしたヴェロニカが、とにかく、と口を開く。
「あの森にそんなものがあるなんて知らなかったの。どんなものなのか、確認したいのよ」
「なるほど、森の調査依頼か。まぁあの森は今まで雑魔が現れたという話も聞かんが、ハンターに調査させるのも悪くは……」
頷こうとしたバルトロが、一瞬で口と同時に動きを止めた。
どうしたのだろうと首を傾げるヴェロニカを見て、バルトロはこの後、全力で脱力する羽目になるのだった。
「……確認『したい』……?」
させたい、してもらいたい、ではなく……?
「えぇ。確認したいの。私と一緒に森を調べてくれる人を、募集したいのよ」
リプレイ本文
■お出かけ前の
「はーい」
「あ、おは……」
ノックに続いて聞こえてきたヴェロニカの声に、礼儀正しくマリア(ka6586)が反応しようと口を開いた。
が、すっと彼女の前に移動した浅緋 零(ka4710)が、無言のままにドアノブに手をかける。
足の悪い絵本作家はまだ玄関には到達していない。つまり、本来は鍵がかかっていて然るべきはず、なのだが。
――カチャ。
外から容易に開いたドアに神代 誠一(ka2086)は乾いた笑みを浮かべ、鞍馬 真(ka5819)は苦笑を漏らすしかない。
(これは、お説教待ったなしだろうなぁ)
クィーロ・ヴェリル(ka4122)の予想通り。
「まぁ、いらっしゃ……!?」
やっと玄関先までやって来た親友の両頬を、零は無言で抓むのだった。
「まぁ、来てくれたお客さんを歓迎したい気持ちは分かるけどね」
真の言葉にこくこく頷くヴェロニカの前には、じとりと彼女を見ている零がいる。
「全員……いい人とは限らない、んだよ……?」
「零の言う通りだよ、ヴェラ。玄関の鍵はきちんとかけて、来客は誰なのか確認すること」
解せぬといった風に頬を膨らませる彼女の頬を、零が両手でむにりと挟んだ。
「ダメ……危ない……」
4人を眺めて小さく噴き出したレナード=クーク(ka6613)が、近くに立つマリアと顔を見合わせる。
「どっちがお姉さんなんやろね?」
「お聞きした限りでは、フェッロ様の方がいくつか年上のようですが」
どうやら初めましての自分たちと違って、残りの4人は少なからず事情を知っていそうだ、と。
◆
他のメンバーが出かける準備をしている間、ヴェロニカの寝室で零は彼女の髪を結わえていた。
嘗て彼女の髪を結わえていた真っ白なリボンは今、零もよく知る人物が彼女との約束の証としてその腰元で揺れている。
チリ、と一瞬胸に過る何かに今は見ないふりをしつつ、零は器用に肩辺りまで伸びた親友の髪をまとめていく。
「ねぇヴェラ……やって来たお客さん、は、どんなだった……?」
不安にさせることのないように努めて穏やかに。
そうして問うた零へと、飴色の髪の絵本作家は答えていく。
曰く、長く緩やかに波打つ金の髪に、可愛らしい人形のような服装。
常に笑みを浮かべる瞳の色は緑。
「言葉遣いが独特だったけれど、どこかの地方の言葉なのかしら」
全ての特徴を聞き終えた頃には、ヴェロニカの髪のセットは終わっていた。
気づかれないように深呼吸一つ。零はそっとヴェロニカの前へと回って、その手を取った。
椅子に腰かけている彼女の目を見つめて、ゆっくりと口を開く。
「……ヴェラ。そのお客さんは、お友だちじゃ、ない……よ」
真摯な瞳を見返しつつ、ヴェロニカは零の言葉の続きを待つ。
「アレは、……悪魔。動物たちの、仲を引き裂く、悪魔……だよ」
まるで比喩のような言葉だが、それは嘘偽りのない真実だ。
絵本の中でも外でも、その動物を愛称のように親しみを込めて扱っている自分たちの仲を裂く、嫉妬の歪虚。
零は知っている。外で待つ誠一やクィーロ、真だって。
あの悪魔は、ヴェロニカの大切な青い鳥を――。
空色の瞳を揺らすヴェロニカに、どうか怖がらないでと想いを込めてその手を握る。
「……だから、絶対に、……レイたちの手を、離さないで」
傍にいると約束した。あれは零にとっての大切な誓いだ。
目の前の大切な親友を、傷つけさせはしない。
零の想いを確かに受け取って、ヴェロニカは微笑みながら首を縦に振る。
やがて、寝室のドアが小さくノックされた。
「やぁ、お説教は終わったかい?」
「そろそろ出ぇへんと、時間足らんくなるんちゃう?」
返事を待ってから顔を出したクィーロとレナードを見て、零はこくりと小さく頷き握った手をそのままにヴェロニカを促す。
ゆったりと立ち上がった普段と少し違った髪型をした親友は、繋いだ手を決してほどくことはなかった。
■新緑息吹く木漏れ日の森
昔やって来た時とは違う、新緑の季節の森はまた違った空気を纏っていた。
静かな雰囲気はそのままに、どこか生命の息吹による力強さを漂わせている。
「でも、成程。そういうことだったのね」
ここに来る道中、ヴェロニカの家を訪れた『お客』が一体何者なのかの情報を共有したのだが(因みにその時、再度ヴェロニカは怒られることになるのだが、ここでは省略する)
右手を零と繋いだヴェロニカが、首を傾げつつも呟いた。
「何か気づかれる事がありましたか?」
マリアの問いに頷いて、彼女は言葉を続ける。
「親しい雰囲気に見えたのだけど、どうしても浮かばなかったの。あの子には」
例えば、とヴェロニカはマリアとレナードへと視線を向けた。
「マリアは小さなゴジュウカラ。レナードは美しい角を持つ鹿、って、少し会話をすればその人をどんな動物にしたいかというのが浮かぶの」
けれど浮かばなかったのだ、とそう言ったヴェロニカの手を、零がきゅっと握りしめる。
「本能的なもん、やろか?」
「もしかするとそうかもしれませんね」
「なんにせよ、次からはしっかり鍵を……」
「はぁい先生!」
軽く噴き出すレナードを開いた方の手で軽く叩いて、絵本作家は頬を膨らませた。
足の悪いヴェロニカを気遣いつつ、周囲の警戒も怠らず。
けれどメンバーはゆったりとした森のひと時を過ごしていく。
秋の森で見たあの幻想的な花は、今はまだ若葉。広く広がるその新緑に混ざって白詰草が咲いている。
「四つ葉のクローバーとか、あるかな……」
「きっとありますよ。一緒に探しませんか?」
マリアと零が頷きあってヴェロニカを連れ立ちそこへ歩いていく。
そんな後姿を見送りつつ、真は持参した魔導カメラを起動させた。
ピントを合わせ、まずは試し撮りにと揺れる若葉を一枚。
次に、ゆっくりと膝を折り座るヴェロニカを甲斐甲斐しく面倒見る零とマリアと一緒に一枚。
空を見上げて飛ぶ鳥を一枚。
「うん、いい調子だ」
空も晴れ風も心地いい。絶好の撮影日和になるだろう。
綺麗に撮れれば今回集まったみんなに配るのもいいかもしれない。
それなら一枚でも笑顔の写真を。
真は笑いながらカメラを構えて振り返る。
「さ、誠一さんもクィーロさんも」
「いや、俺は」
「僕もちょっと……」
苦笑いする二人を問答無用で一枚パシャリと。
どうせ撮るなら全員を。
これくらいは許されるんじゃないだろうか。
風に舞い落ちた若葉が偶然頭に乗った誠一を見て、零とヴェロニカが思わず笑ったり。
そんな零とヴェロニカの髪に飾られているバレッタがお揃いなことに、クィーロと誠一が今更気づいてみたり。
皆の写真をと意気込んだ真に、自分が撮れてないとレナードが代わりを申し出てみたり。
そんなレナードと真を並べてヴェロニカがシャッターを切ってみたり。
そんな、沢山の笑顔と晩春の風景が、魔導カメラへと収められていく。
「気持ちええな……」
「気に入ってもらえた?」
のんびり風にあたって風景を楽しんでいたレナードへと声をかけたのは、先刻までクローバーを探していた絵本作家だった。
「若葉息吹く颯々たる風、ってね。天気もえぇし、絶好の散策日和やんな」
歌うように告げられた彼の言葉に、ヴェロニカは目を輝かせた。
「森にすむ聖なる歌を歌う牡鹿。素敵ね!」
「や、絵本の話を聞こうとは思ってたけど、まさか自分が出るとは思わんかったね……」
少し照れくさそうに笑いつつ、レナードはヴェロニカを気遣いつつ空を見上げる。
まだ若い葉の隙間から零れる光は、ゆらゆらと森の空気を揺らしていた。
一秒も同じ角度で射さない光はまさしく、一期一会の景色だろう。
「秋になればこの森には、不思議な花が咲くの。よければまた、この森に来てね?」
「うん。是非。そん時はこの森の中でも……歌を。音を奏でられたらええなぁ、なんて」
嘗ての自分とは違い、人前で歌うことへの恐怖は幾分か減って来たと言えるだろう。
それでもまだ、今この時に歌うだけの気持ちは持てなくて。
小さく笑ったレナードへ、ヴェロニカはそっと頷きつつ微笑んだ。
「えぇきっと。出来るわ、レナード」
◆
昼食は全員で円になって摂ることになった。
「はい誠一、約束のお弁当。美味しいものを食べて少しはリラックスしたら?」
「お。サンキュー、クィーロ」
「僕、サンドイッチを用意してきたで! こっちは卵、こっちは野菜」
「こちらはジャム、ですか?」
「マリアさん正解! いちごとアプリコットのジャムを使ったん。甘いもの大丈夫やったら是非ね」
ワイワイと賑やかに持ち寄ったお弁当や菓子、飲み物を広げてゆったりと。
楽し気に目を細め紅茶に口をつけようとしたヴェロニカだったが、ここにはそれを見逃さない親友がいる。
「……レイ、待って。その手に持ったサンドイッチを一度置いて?」
「えー? ヴェロニカさん僕が作ったん食べられへん……?」
「ち、違むぐ」
わざとしゅん、と肩を落としたレナードに慌てて首を横に振るヴェロニカの口へと、いつも通りに零がサンドイッチを押し付けた。
「食べなきゃ、ダメ」
もごもごと頬を膨らませつつ頑張って咀嚼するヴェロニカと、満足げな零を交互に見やって。
彼女たちを気にかけていた誠一はほっと息を吐いた。
とはいえ彼自身、実はあまり食欲はなかったりもするのだけれど。
食事中の会話の中心は、ヴェロニカの絵本についてだった。
これまでに沢山の出来事があった。幸せな時間も、悲しい時間も、沢山。
それでも彼女はまだ絵筆を止めずに描いている。
「次に描くお話は決まってらっしゃるのですか?」
興味深そうに尋ねるマリアに、絵本作家は笑いながら頷く。
次のお話は、美しく咲いた花の種を光と闇の国へ届けに行くお話だという。
「まぁ! 完成したら是非読ませて頂きますね?」
そこに自身をモチーフにした鹿も登場するのだと教えてもらって、マリアは擽ったそうに笑う。
残念ながら今日ヴェロニカは絵筆を持って来ていなかった。
地面に枝でガリガリと描かれていくデフォルメされたゴジュウカラと鹿。
断りを得てから真が真上から写真を一枚撮る。ある意味、すぐに消えてしまう作品が形に残るのは奇跡だ。
これも貴重な写真になるだろう。
■其々の想いと
少し話をしたい、とヴェロニカへ切り出したのは誠一だった。
昼食の後、少し休んでから奥にあるという目的の建物を調査しようと全員で決めて、今はその休憩時間。
僅かに離れた若芽の絨毯の上では、マリアとレナードが何かを見つけては笑い合い。
木陰の下ではクィーロが、水辺では真がのんびりと空を流れる雲を眺めていた。
声をかけられたヴェロニカが逡巡するように、自らの隣に座っていた零と誠一を交互に見やる。
その様子に小さく笑って、零はそっとその背を押した。
「いってらっしゃい、ヴェラ……」
そして大切なせんせいには、視線で信頼を。
頷き立ち上がろうとする姿に手を差し伸べ、ゆったりとした足取りで歩いていく自らの恩師と親友の背を真っ直ぐに見つめて。
零はひとり静かに、立ち上がった。
◆
会話の届かない。でも、目を凝らせばその姿は確実に捉えられる、そんな距離。
木漏れ日の中、首を傾げるヴェロニカへと向き直った誠一は、そっとグローブ越しに拳を握り締めた。
誠一が最後に彼女と会って言葉を交わしたのは半年前のこと。
彼女が巻き込まれた忌まわしい事件。その事件がひと段落下あとの、ある日の夜の庭。
淡い月明りの下、フラックスの花の前で誠一の頬を張った彼女が泣き、微笑みながら告げたあの言葉を。
誠一はずっと考えていた。
「ヴェラ……半年前、あの庭で。俺に言ってくれたあの言葉を覚えてるか?」
あの時涙が零れていた空色の瞳は、今は木漏れ日の光を受けて水面のように見えた。
いつだって真っ直ぐに、誠一を見つめ語られる彼女の言葉は、彼にとって知らないふりをすることなど到底出来ないものになっていて。
だからこそ、はっきりとさせておきたかったのだ。
宙ぶらりんで半端なままが何よりもその心を裂く苦しみを生むと、誠一は知っているから。
『「勿論、私も傍にいるわ。だって私、セーイチのこと大好きだもの」』
一言一句違わず紡がれたのは、あの夜あの庭で聞いたもの。浮かべられた声音も、想いも。
「それはつまり……」
思わず言葉を躊躇った誠一へ、彼女は笑う。
一言で『好意』といっても、様々な種類がある。
「私ね、レイもシンもクィーロも。今日一緒に来てくれたマリアやレナードも。今まで私に関わってくれたみんなも大好きよ」
向けられる視線は揺らがない。いつだって思いを語るときの彼女は、いっそ残酷なほどに真っ直ぐだから。
「勿論セーイチ、貴方も大好きよ。ただ、そうね。……その種類が、違うのよ」
夜の庭で誠一に捧げられた想いと花はセンテッドゼラニウム。
花言葉は――君在りて、幸福。
「いつから……俺のどこを……」
誠一の口から落とされる言葉は、今まで彼女と交わした会話のどれよりも弱い音。
どこ、と問われて彼女は笑みを苦笑へと変えた。
「少なくとも、貴方が私の頬を軽く張ったあの夜にはもう」
ひゅ、と。息を飲む。
誠一が彼女と出会って約3年。その間様々なことがあった。
同じだけ様々な出会いはあった。その中で彼女は変わらず笑っている。
目の前で泣かれたこともある。叩かれたことだって、怒られたことだって。
けれどそれ以上に……ヴェロニカは、誠一の前で笑っていたのだ。
「真摯なところ。誠実なところ。実直なところ。子供っぽいところ。うっかり屋さんなところ」
数歩彼から距離を取り、指折り語られる言葉がゆっくりと誠一の胸に降り注ぐ。
木の葉を照らす陽光のように。大地を濡らす慈雨のように。
「意地っ張りなところ。他人思いなところ。それから、自分の幸せを人に差し出してしまいそうなところもね」
放っておけないじゃないか、と。
「仕方ないわよね。幸せにしたいと、強く思わせるような人だったのだもの。セーイチは」
浮かべられた微笑みに嘘はない。
誠一は知っている。彼女が彼の前で泣いた3度のうち、最後の涙は彼女自身のためではなかったと。
誠一は知っている。あの時本当は、本当に泣きたかったのは誰だったのかを。
――だけど。
「ヴェラ、俺はね、まだ忘れられないんだ」
果たされない約束を待ち続ける辛さも。涙すら出ない深い深い悲歎も。
胸を刺す想いも、手放す痛みも、これでよかったのかと自分を責め続ける日々も。
「俺に、誰かに想われる価値があるなんて」
見いだせない、どうしても。
やっとの思いで告げた言葉は、震えてはいなかっただろうか。
握りしめた拳をそっと開き、眺める。
赤く赤く塗れた、己の手。何も掴めなかった、零れ落ちてばかりの、掌。
深く息を吐いた誠一を見つめていたヴェロニカが、口を開いた。
「それじゃあ私は、貴方が自分で見つけられなかった価値を見つけたのね」
届けられた言葉に顔を上げる。
木漏れ日を受け甘やかに溶けた髪は暖かな飴色。光射す細められた瞳は薄い空色。
ゆっくりと息を吸って、誠一は踏み出す。
その足はまだ僅か震えているけれど。それでも確かに前へ、前へ。
そっと伸ばした手で彼女の髪に触れ、頬に手を寄せた。
擽ったそうに笑う彼女をようやく真っ直ぐ見つめ、誠一は小さく笑う。
「それなら……移ろう季節のように、傍で色んな顔を見せて」
これから先はまだ分からない。
それでも、向けられた想いにまっすぐ向き合う決意を、今。
掌に摺り寄せられた頬は、確かに暖かかった。
◆
みんなから離れた場所で弓を取り出した零は、静かに目標に定めた幹を見据えていた。
誠一が親友を連れ立って、少し。
思い出されるのは、かつて二人っきりで告げられたヴェロニカの想いだ。
孤独から救ってくれた、教え導いてくれる『せんせい』と、その想いを自分にだけ打ち明けてくれた親友の『ヴェラ』。
どちらも比べようがないくらい自分にとって大切な存在。
二人はいつだって零のことを「大切」だと言ってくれる。
零もまた、二人の「味方」だと思っている。
「なのに……」
そっと弓を降ろし、唇を噛みしめる。
こんな感情は知りたくなかった。弱い自分をまざまざと見せつけられるようだから。
決して弱みを見せようとしなかったヴェロニカを救ってあげられたのは誠一だった。
傍にいたのに。傍にいるのに。彼女は、零の前では涙を見せなかった。
それは多分、親友なりの零に対しての強がりだったのだろう。
それでも零は悔しかった。
その涙を拭うのは自分がよかったと、思わず恩師に嫉妬してしまうほどに。
浮かんだそれがあまりにも気持ち悪くて、それもまた零に悔しい思いを抱かせた。
零には誠一のように、ヴェロニカを教え導くことは出来ない。
意地っ張りな彼女の弱さを全て吐き出させることも、まだ出来てない。
ただ、傍にいること。
変わらずに待ち続けることしか出来ない自分が、酷く無力に思えるのだ。
只管に信じて待ち続けることは、誰にでも出来ることではない。
きっとそんな零の胸中をヴェロニカが知ったら、朝の仕返しのように彼女は自分の頬を抓るだろう。
けれどまだ零自身の中に、確固たる自信がなくて。
だからこそ。
いつの間にか伏せていた目を開く。降ろしていた弓を手に、再度的を見据える。
張りつめる弦と静かな空気を感じながら、番えた矢を放った。
弱い心を斬り裂くように、一矢が飛ぶ。
「強く、なりたい……」
自分の気持ちに嘘はない。
みんなに幸せになってほしいと、幸せであってほしいと願うその心に、偽りはないから。
だから。
「自分に、負けないように……、強く……」
木漏れ日の中、固めた思いは強く、強く。
◆
空を飛ぶ鳥を視線で追いながら、クィーロは小さく笑う。
「誠一がいれば大丈夫だね」
そう言って、もうずっとどこか様子の可笑しかった相棒が絵本作家を連れ立って行くのを見送って暫く。
会話を聞こうとも、様子を見ようとも思わない。
心配していないわけではない。当然だ。誠一はクィーロにとっての無二の戦友。相棒。
だけど、だからといって自分から態々首を突っ込む必要もないと知っている。
クィーロはただ静かに、時に背を預けつつ待つだけだ。
必要ならば、相棒は必ず自分に言ってくるだろう。
彼に対するこの信頼だけは、誰にも負けないものだから。
水面を歩くようにしつつ周囲を警戒しながら、真はそっと口ずさむ。
話し声は聞こえない。ただ静かに、風が木々を、若葉を揺らす音だけが響いている。
いくつかの戦場を共に駆け、思わず自分の弱さを吐露したこともあった戦友が、ヴェロニカと何を話しているのかは分からない。
それでも真にはひとつだけ疑わないことがあった。
「……私は、二人の関係が必ず良い方向に向かうと信じているからね」
一人ぽつりとつぶやかれた言葉が全て。
たとえこの後また合流することになっても、真はなにも変わらない。
どんな雰囲気を二人が纏っていても。自分は信じているから。
目を細め木漏れ日を仰いだ。
■最奥へ
水場を抜け更に森の奥へと進んだところに、その建物はあった。
先頭にクィーロとレナードが。殿を誠一が歩く形で辿り着いたそこには確かに、ヴェロニカが『見知らぬ誰か』から聞いたという石で出来た建物のようなものがあった。
「うーん。見た目は石詰んで作った遺跡、みたいやけど」
周囲を確認するように視線を走らせる真が、首を傾げた。
「でも、入口らしいところはここからは見えないね」
「……せんせい、ヴェラをお願い」
安心させるように一度ぎゅっと手を握ってから放した零が、スキルを発動させて建物様の壁を歩くように登っていく。
屋根に上って、上から確認するも。
「上にも、特に何もない……ね」
「ふぅん?」
一方クィーロは手にした愛刀の柄尻で積み上がった石の内ひとつを小突く。
響く反響音から建物の内部を推測するためだ。
響いた音はそう広さを感じさせないまでも、中に確実に空間があることを示した。
「これは……鞍馬様、どう思われますか?」
「湿った土のついた石が上に詰まれて、乾いた石が下?」
「えぇ、そしてこちらは苔の生えた石と綺麗な石が不規則に並んでいます」
マリアの言葉に、真が指輪が解析したデータを確認していく。
有害物質が含まれている等のデータは出ない。つまり、触れても特に問題はないと言える。
ただし。
「それでもこの森の中で、この建物だけが微かに残滓を漂わせてる」
微かに視界の端に相棒を見止めつつ、クィーロが呟く。
殿でヴェロニカの護衛を兼ねて警戒している誠一の、眼鏡の奥の瞳に鋭い燐光が浮かんだ気がした。
この程度なら、生態系に悪影響を与えることはないだろうその残滓は。
――この静かな木漏れ日の森に似遣わぬ、負のマテリアルだった。
◆
皆を下がらせたうえで、クィーロがその愛刀と持てるスキルを込めて叩き込んだ一撃は、確かな重みと威力を放ったにも関わらず建物に傷一つつけることは出来なかった。
「建物の大きさは大体6m×4m四方。高さは普通の家とほぼ変わらないくらい、ってところかな」
「やっぱぐるっと回ってみたけど、どこにも入り口はあらへんかったよ」
「スキル、使ってみたけど……中には、なにもいない、ね」
「積み上げられた石の状況から、どうやら作られたのはごく最近のようですね。シンボル等も見当たりませんでした」
地面に合った石や岩を、短期間で積み上げた建物。強度は恐ろしく固く、スキルを乗せた手練れのハンターの一撃にも耐えきった。
様々な角度から真が写真を撮り、得た情報と照らし合わせるための材料を増やしてく。
ヴェロニカへとこの建物の話をした『見知らぬ誰か』と、この微かに漂う歪虚の残滓。
疑うべくもない。
これは半年前に、ヴェロニカの絵本と彼女の昔馴染みを使って騒動を起こした、一体の嫉妬の歪虚の仕業だ。
■舞い降りた次のチケット
帰路につくため、メンバーが建物に背を向けた瞬間。
ひらり、と風に舞ってマリアの掌に一片の紙が落ちてきた。
「これは……紙切れ、でしょうか。何か描かれて……」
その言葉に全員が足を止め、マリアの周囲に集まってくる。
全員に見える様にとマリアが広げた掌の上を見つめ、一瞬ヴェロニカは目を大きく見開いた後、隣に立つ零の手を強く握りしめた。
大きく深呼吸を数度。その姿に全員がただならぬ何かを感じ取った、次の瞬間。
絵本作家は僅かに表情を曇らせつつも努めて笑顔で、言葉を零した。
「……私の絵本ね……?」
・
・
・
・
・
・
甘ったるいだろう飴色の髪も、しょっぱそうな空色の瞳も手には出来なかったけれど。
それでも『見知らぬ誰か』は笑っていた。
まだまだゲームの勝者は決まっていないのだから。
そう簡単に舞台の幕は降ろし切ってやりはしない。
「ま、デモあそこは使えないカナー」
全員が立ち去った後、森の奥から小さな影が現れる。
ハンデのつもりで下見をさせてやろうと思ったら、思いのほか情報を取られ過ぎた。
パチン、と指を鳴らすと、建物は音を立てて石くれたちへと戻っていく。
壊したものには目もくれず、それはにたりと嗤った。
「次のゲームをオタノシミに、ねー」
END
「はーい」
「あ、おは……」
ノックに続いて聞こえてきたヴェロニカの声に、礼儀正しくマリア(ka6586)が反応しようと口を開いた。
が、すっと彼女の前に移動した浅緋 零(ka4710)が、無言のままにドアノブに手をかける。
足の悪い絵本作家はまだ玄関には到達していない。つまり、本来は鍵がかかっていて然るべきはず、なのだが。
――カチャ。
外から容易に開いたドアに神代 誠一(ka2086)は乾いた笑みを浮かべ、鞍馬 真(ka5819)は苦笑を漏らすしかない。
(これは、お説教待ったなしだろうなぁ)
クィーロ・ヴェリル(ka4122)の予想通り。
「まぁ、いらっしゃ……!?」
やっと玄関先までやって来た親友の両頬を、零は無言で抓むのだった。
「まぁ、来てくれたお客さんを歓迎したい気持ちは分かるけどね」
真の言葉にこくこく頷くヴェロニカの前には、じとりと彼女を見ている零がいる。
「全員……いい人とは限らない、んだよ……?」
「零の言う通りだよ、ヴェラ。玄関の鍵はきちんとかけて、来客は誰なのか確認すること」
解せぬといった風に頬を膨らませる彼女の頬を、零が両手でむにりと挟んだ。
「ダメ……危ない……」
4人を眺めて小さく噴き出したレナード=クーク(ka6613)が、近くに立つマリアと顔を見合わせる。
「どっちがお姉さんなんやろね?」
「お聞きした限りでは、フェッロ様の方がいくつか年上のようですが」
どうやら初めましての自分たちと違って、残りの4人は少なからず事情を知っていそうだ、と。
◆
他のメンバーが出かける準備をしている間、ヴェロニカの寝室で零は彼女の髪を結わえていた。
嘗て彼女の髪を結わえていた真っ白なリボンは今、零もよく知る人物が彼女との約束の証としてその腰元で揺れている。
チリ、と一瞬胸に過る何かに今は見ないふりをしつつ、零は器用に肩辺りまで伸びた親友の髪をまとめていく。
「ねぇヴェラ……やって来たお客さん、は、どんなだった……?」
不安にさせることのないように努めて穏やかに。
そうして問うた零へと、飴色の髪の絵本作家は答えていく。
曰く、長く緩やかに波打つ金の髪に、可愛らしい人形のような服装。
常に笑みを浮かべる瞳の色は緑。
「言葉遣いが独特だったけれど、どこかの地方の言葉なのかしら」
全ての特徴を聞き終えた頃には、ヴェロニカの髪のセットは終わっていた。
気づかれないように深呼吸一つ。零はそっとヴェロニカの前へと回って、その手を取った。
椅子に腰かけている彼女の目を見つめて、ゆっくりと口を開く。
「……ヴェラ。そのお客さんは、お友だちじゃ、ない……よ」
真摯な瞳を見返しつつ、ヴェロニカは零の言葉の続きを待つ。
「アレは、……悪魔。動物たちの、仲を引き裂く、悪魔……だよ」
まるで比喩のような言葉だが、それは嘘偽りのない真実だ。
絵本の中でも外でも、その動物を愛称のように親しみを込めて扱っている自分たちの仲を裂く、嫉妬の歪虚。
零は知っている。外で待つ誠一やクィーロ、真だって。
あの悪魔は、ヴェロニカの大切な青い鳥を――。
空色の瞳を揺らすヴェロニカに、どうか怖がらないでと想いを込めてその手を握る。
「……だから、絶対に、……レイたちの手を、離さないで」
傍にいると約束した。あれは零にとっての大切な誓いだ。
目の前の大切な親友を、傷つけさせはしない。
零の想いを確かに受け取って、ヴェロニカは微笑みながら首を縦に振る。
やがて、寝室のドアが小さくノックされた。
「やぁ、お説教は終わったかい?」
「そろそろ出ぇへんと、時間足らんくなるんちゃう?」
返事を待ってから顔を出したクィーロとレナードを見て、零はこくりと小さく頷き握った手をそのままにヴェロニカを促す。
ゆったりと立ち上がった普段と少し違った髪型をした親友は、繋いだ手を決してほどくことはなかった。
■新緑息吹く木漏れ日の森
昔やって来た時とは違う、新緑の季節の森はまた違った空気を纏っていた。
静かな雰囲気はそのままに、どこか生命の息吹による力強さを漂わせている。
「でも、成程。そういうことだったのね」
ここに来る道中、ヴェロニカの家を訪れた『お客』が一体何者なのかの情報を共有したのだが(因みにその時、再度ヴェロニカは怒られることになるのだが、ここでは省略する)
右手を零と繋いだヴェロニカが、首を傾げつつも呟いた。
「何か気づかれる事がありましたか?」
マリアの問いに頷いて、彼女は言葉を続ける。
「親しい雰囲気に見えたのだけど、どうしても浮かばなかったの。あの子には」
例えば、とヴェロニカはマリアとレナードへと視線を向けた。
「マリアは小さなゴジュウカラ。レナードは美しい角を持つ鹿、って、少し会話をすればその人をどんな動物にしたいかというのが浮かぶの」
けれど浮かばなかったのだ、とそう言ったヴェロニカの手を、零がきゅっと握りしめる。
「本能的なもん、やろか?」
「もしかするとそうかもしれませんね」
「なんにせよ、次からはしっかり鍵を……」
「はぁい先生!」
軽く噴き出すレナードを開いた方の手で軽く叩いて、絵本作家は頬を膨らませた。
足の悪いヴェロニカを気遣いつつ、周囲の警戒も怠らず。
けれどメンバーはゆったりとした森のひと時を過ごしていく。
秋の森で見たあの幻想的な花は、今はまだ若葉。広く広がるその新緑に混ざって白詰草が咲いている。
「四つ葉のクローバーとか、あるかな……」
「きっとありますよ。一緒に探しませんか?」
マリアと零が頷きあってヴェロニカを連れ立ちそこへ歩いていく。
そんな後姿を見送りつつ、真は持参した魔導カメラを起動させた。
ピントを合わせ、まずは試し撮りにと揺れる若葉を一枚。
次に、ゆっくりと膝を折り座るヴェロニカを甲斐甲斐しく面倒見る零とマリアと一緒に一枚。
空を見上げて飛ぶ鳥を一枚。
「うん、いい調子だ」
空も晴れ風も心地いい。絶好の撮影日和になるだろう。
綺麗に撮れれば今回集まったみんなに配るのもいいかもしれない。
それなら一枚でも笑顔の写真を。
真は笑いながらカメラを構えて振り返る。
「さ、誠一さんもクィーロさんも」
「いや、俺は」
「僕もちょっと……」
苦笑いする二人を問答無用で一枚パシャリと。
どうせ撮るなら全員を。
これくらいは許されるんじゃないだろうか。
風に舞い落ちた若葉が偶然頭に乗った誠一を見て、零とヴェロニカが思わず笑ったり。
そんな零とヴェロニカの髪に飾られているバレッタがお揃いなことに、クィーロと誠一が今更気づいてみたり。
皆の写真をと意気込んだ真に、自分が撮れてないとレナードが代わりを申し出てみたり。
そんなレナードと真を並べてヴェロニカがシャッターを切ってみたり。
そんな、沢山の笑顔と晩春の風景が、魔導カメラへと収められていく。
「気持ちええな……」
「気に入ってもらえた?」
のんびり風にあたって風景を楽しんでいたレナードへと声をかけたのは、先刻までクローバーを探していた絵本作家だった。
「若葉息吹く颯々たる風、ってね。天気もえぇし、絶好の散策日和やんな」
歌うように告げられた彼の言葉に、ヴェロニカは目を輝かせた。
「森にすむ聖なる歌を歌う牡鹿。素敵ね!」
「や、絵本の話を聞こうとは思ってたけど、まさか自分が出るとは思わんかったね……」
少し照れくさそうに笑いつつ、レナードはヴェロニカを気遣いつつ空を見上げる。
まだ若い葉の隙間から零れる光は、ゆらゆらと森の空気を揺らしていた。
一秒も同じ角度で射さない光はまさしく、一期一会の景色だろう。
「秋になればこの森には、不思議な花が咲くの。よければまた、この森に来てね?」
「うん。是非。そん時はこの森の中でも……歌を。音を奏でられたらええなぁ、なんて」
嘗ての自分とは違い、人前で歌うことへの恐怖は幾分か減って来たと言えるだろう。
それでもまだ、今この時に歌うだけの気持ちは持てなくて。
小さく笑ったレナードへ、ヴェロニカはそっと頷きつつ微笑んだ。
「えぇきっと。出来るわ、レナード」
◆
昼食は全員で円になって摂ることになった。
「はい誠一、約束のお弁当。美味しいものを食べて少しはリラックスしたら?」
「お。サンキュー、クィーロ」
「僕、サンドイッチを用意してきたで! こっちは卵、こっちは野菜」
「こちらはジャム、ですか?」
「マリアさん正解! いちごとアプリコットのジャムを使ったん。甘いもの大丈夫やったら是非ね」
ワイワイと賑やかに持ち寄ったお弁当や菓子、飲み物を広げてゆったりと。
楽し気に目を細め紅茶に口をつけようとしたヴェロニカだったが、ここにはそれを見逃さない親友がいる。
「……レイ、待って。その手に持ったサンドイッチを一度置いて?」
「えー? ヴェロニカさん僕が作ったん食べられへん……?」
「ち、違むぐ」
わざとしゅん、と肩を落としたレナードに慌てて首を横に振るヴェロニカの口へと、いつも通りに零がサンドイッチを押し付けた。
「食べなきゃ、ダメ」
もごもごと頬を膨らませつつ頑張って咀嚼するヴェロニカと、満足げな零を交互に見やって。
彼女たちを気にかけていた誠一はほっと息を吐いた。
とはいえ彼自身、実はあまり食欲はなかったりもするのだけれど。
食事中の会話の中心は、ヴェロニカの絵本についてだった。
これまでに沢山の出来事があった。幸せな時間も、悲しい時間も、沢山。
それでも彼女はまだ絵筆を止めずに描いている。
「次に描くお話は決まってらっしゃるのですか?」
興味深そうに尋ねるマリアに、絵本作家は笑いながら頷く。
次のお話は、美しく咲いた花の種を光と闇の国へ届けに行くお話だという。
「まぁ! 完成したら是非読ませて頂きますね?」
そこに自身をモチーフにした鹿も登場するのだと教えてもらって、マリアは擽ったそうに笑う。
残念ながら今日ヴェロニカは絵筆を持って来ていなかった。
地面に枝でガリガリと描かれていくデフォルメされたゴジュウカラと鹿。
断りを得てから真が真上から写真を一枚撮る。ある意味、すぐに消えてしまう作品が形に残るのは奇跡だ。
これも貴重な写真になるだろう。
■其々の想いと
少し話をしたい、とヴェロニカへ切り出したのは誠一だった。
昼食の後、少し休んでから奥にあるという目的の建物を調査しようと全員で決めて、今はその休憩時間。
僅かに離れた若芽の絨毯の上では、マリアとレナードが何かを見つけては笑い合い。
木陰の下ではクィーロが、水辺では真がのんびりと空を流れる雲を眺めていた。
声をかけられたヴェロニカが逡巡するように、自らの隣に座っていた零と誠一を交互に見やる。
その様子に小さく笑って、零はそっとその背を押した。
「いってらっしゃい、ヴェラ……」
そして大切なせんせいには、視線で信頼を。
頷き立ち上がろうとする姿に手を差し伸べ、ゆったりとした足取りで歩いていく自らの恩師と親友の背を真っ直ぐに見つめて。
零はひとり静かに、立ち上がった。
◆
会話の届かない。でも、目を凝らせばその姿は確実に捉えられる、そんな距離。
木漏れ日の中、首を傾げるヴェロニカへと向き直った誠一は、そっとグローブ越しに拳を握り締めた。
誠一が最後に彼女と会って言葉を交わしたのは半年前のこと。
彼女が巻き込まれた忌まわしい事件。その事件がひと段落下あとの、ある日の夜の庭。
淡い月明りの下、フラックスの花の前で誠一の頬を張った彼女が泣き、微笑みながら告げたあの言葉を。
誠一はずっと考えていた。
「ヴェラ……半年前、あの庭で。俺に言ってくれたあの言葉を覚えてるか?」
あの時涙が零れていた空色の瞳は、今は木漏れ日の光を受けて水面のように見えた。
いつだって真っ直ぐに、誠一を見つめ語られる彼女の言葉は、彼にとって知らないふりをすることなど到底出来ないものになっていて。
だからこそ、はっきりとさせておきたかったのだ。
宙ぶらりんで半端なままが何よりもその心を裂く苦しみを生むと、誠一は知っているから。
『「勿論、私も傍にいるわ。だって私、セーイチのこと大好きだもの」』
一言一句違わず紡がれたのは、あの夜あの庭で聞いたもの。浮かべられた声音も、想いも。
「それはつまり……」
思わず言葉を躊躇った誠一へ、彼女は笑う。
一言で『好意』といっても、様々な種類がある。
「私ね、レイもシンもクィーロも。今日一緒に来てくれたマリアやレナードも。今まで私に関わってくれたみんなも大好きよ」
向けられる視線は揺らがない。いつだって思いを語るときの彼女は、いっそ残酷なほどに真っ直ぐだから。
「勿論セーイチ、貴方も大好きよ。ただ、そうね。……その種類が、違うのよ」
夜の庭で誠一に捧げられた想いと花はセンテッドゼラニウム。
花言葉は――君在りて、幸福。
「いつから……俺のどこを……」
誠一の口から落とされる言葉は、今まで彼女と交わした会話のどれよりも弱い音。
どこ、と問われて彼女は笑みを苦笑へと変えた。
「少なくとも、貴方が私の頬を軽く張ったあの夜にはもう」
ひゅ、と。息を飲む。
誠一が彼女と出会って約3年。その間様々なことがあった。
同じだけ様々な出会いはあった。その中で彼女は変わらず笑っている。
目の前で泣かれたこともある。叩かれたことだって、怒られたことだって。
けれどそれ以上に……ヴェロニカは、誠一の前で笑っていたのだ。
「真摯なところ。誠実なところ。実直なところ。子供っぽいところ。うっかり屋さんなところ」
数歩彼から距離を取り、指折り語られる言葉がゆっくりと誠一の胸に降り注ぐ。
木の葉を照らす陽光のように。大地を濡らす慈雨のように。
「意地っ張りなところ。他人思いなところ。それから、自分の幸せを人に差し出してしまいそうなところもね」
放っておけないじゃないか、と。
「仕方ないわよね。幸せにしたいと、強く思わせるような人だったのだもの。セーイチは」
浮かべられた微笑みに嘘はない。
誠一は知っている。彼女が彼の前で泣いた3度のうち、最後の涙は彼女自身のためではなかったと。
誠一は知っている。あの時本当は、本当に泣きたかったのは誰だったのかを。
――だけど。
「ヴェラ、俺はね、まだ忘れられないんだ」
果たされない約束を待ち続ける辛さも。涙すら出ない深い深い悲歎も。
胸を刺す想いも、手放す痛みも、これでよかったのかと自分を責め続ける日々も。
「俺に、誰かに想われる価値があるなんて」
見いだせない、どうしても。
やっとの思いで告げた言葉は、震えてはいなかっただろうか。
握りしめた拳をそっと開き、眺める。
赤く赤く塗れた、己の手。何も掴めなかった、零れ落ちてばかりの、掌。
深く息を吐いた誠一を見つめていたヴェロニカが、口を開いた。
「それじゃあ私は、貴方が自分で見つけられなかった価値を見つけたのね」
届けられた言葉に顔を上げる。
木漏れ日を受け甘やかに溶けた髪は暖かな飴色。光射す細められた瞳は薄い空色。
ゆっくりと息を吸って、誠一は踏み出す。
その足はまだ僅か震えているけれど。それでも確かに前へ、前へ。
そっと伸ばした手で彼女の髪に触れ、頬に手を寄せた。
擽ったそうに笑う彼女をようやく真っ直ぐ見つめ、誠一は小さく笑う。
「それなら……移ろう季節のように、傍で色んな顔を見せて」
これから先はまだ分からない。
それでも、向けられた想いにまっすぐ向き合う決意を、今。
掌に摺り寄せられた頬は、確かに暖かかった。
◆
みんなから離れた場所で弓を取り出した零は、静かに目標に定めた幹を見据えていた。
誠一が親友を連れ立って、少し。
思い出されるのは、かつて二人っきりで告げられたヴェロニカの想いだ。
孤独から救ってくれた、教え導いてくれる『せんせい』と、その想いを自分にだけ打ち明けてくれた親友の『ヴェラ』。
どちらも比べようがないくらい自分にとって大切な存在。
二人はいつだって零のことを「大切」だと言ってくれる。
零もまた、二人の「味方」だと思っている。
「なのに……」
そっと弓を降ろし、唇を噛みしめる。
こんな感情は知りたくなかった。弱い自分をまざまざと見せつけられるようだから。
決して弱みを見せようとしなかったヴェロニカを救ってあげられたのは誠一だった。
傍にいたのに。傍にいるのに。彼女は、零の前では涙を見せなかった。
それは多分、親友なりの零に対しての強がりだったのだろう。
それでも零は悔しかった。
その涙を拭うのは自分がよかったと、思わず恩師に嫉妬してしまうほどに。
浮かんだそれがあまりにも気持ち悪くて、それもまた零に悔しい思いを抱かせた。
零には誠一のように、ヴェロニカを教え導くことは出来ない。
意地っ張りな彼女の弱さを全て吐き出させることも、まだ出来てない。
ただ、傍にいること。
変わらずに待ち続けることしか出来ない自分が、酷く無力に思えるのだ。
只管に信じて待ち続けることは、誰にでも出来ることではない。
きっとそんな零の胸中をヴェロニカが知ったら、朝の仕返しのように彼女は自分の頬を抓るだろう。
けれどまだ零自身の中に、確固たる自信がなくて。
だからこそ。
いつの間にか伏せていた目を開く。降ろしていた弓を手に、再度的を見据える。
張りつめる弦と静かな空気を感じながら、番えた矢を放った。
弱い心を斬り裂くように、一矢が飛ぶ。
「強く、なりたい……」
自分の気持ちに嘘はない。
みんなに幸せになってほしいと、幸せであってほしいと願うその心に、偽りはないから。
だから。
「自分に、負けないように……、強く……」
木漏れ日の中、固めた思いは強く、強く。
◆
空を飛ぶ鳥を視線で追いながら、クィーロは小さく笑う。
「誠一がいれば大丈夫だね」
そう言って、もうずっとどこか様子の可笑しかった相棒が絵本作家を連れ立って行くのを見送って暫く。
会話を聞こうとも、様子を見ようとも思わない。
心配していないわけではない。当然だ。誠一はクィーロにとっての無二の戦友。相棒。
だけど、だからといって自分から態々首を突っ込む必要もないと知っている。
クィーロはただ静かに、時に背を預けつつ待つだけだ。
必要ならば、相棒は必ず自分に言ってくるだろう。
彼に対するこの信頼だけは、誰にも負けないものだから。
水面を歩くようにしつつ周囲を警戒しながら、真はそっと口ずさむ。
話し声は聞こえない。ただ静かに、風が木々を、若葉を揺らす音だけが響いている。
いくつかの戦場を共に駆け、思わず自分の弱さを吐露したこともあった戦友が、ヴェロニカと何を話しているのかは分からない。
それでも真にはひとつだけ疑わないことがあった。
「……私は、二人の関係が必ず良い方向に向かうと信じているからね」
一人ぽつりとつぶやかれた言葉が全て。
たとえこの後また合流することになっても、真はなにも変わらない。
どんな雰囲気を二人が纏っていても。自分は信じているから。
目を細め木漏れ日を仰いだ。
■最奥へ
水場を抜け更に森の奥へと進んだところに、その建物はあった。
先頭にクィーロとレナードが。殿を誠一が歩く形で辿り着いたそこには確かに、ヴェロニカが『見知らぬ誰か』から聞いたという石で出来た建物のようなものがあった。
「うーん。見た目は石詰んで作った遺跡、みたいやけど」
周囲を確認するように視線を走らせる真が、首を傾げた。
「でも、入口らしいところはここからは見えないね」
「……せんせい、ヴェラをお願い」
安心させるように一度ぎゅっと手を握ってから放した零が、スキルを発動させて建物様の壁を歩くように登っていく。
屋根に上って、上から確認するも。
「上にも、特に何もない……ね」
「ふぅん?」
一方クィーロは手にした愛刀の柄尻で積み上がった石の内ひとつを小突く。
響く反響音から建物の内部を推測するためだ。
響いた音はそう広さを感じさせないまでも、中に確実に空間があることを示した。
「これは……鞍馬様、どう思われますか?」
「湿った土のついた石が上に詰まれて、乾いた石が下?」
「えぇ、そしてこちらは苔の生えた石と綺麗な石が不規則に並んでいます」
マリアの言葉に、真が指輪が解析したデータを確認していく。
有害物質が含まれている等のデータは出ない。つまり、触れても特に問題はないと言える。
ただし。
「それでもこの森の中で、この建物だけが微かに残滓を漂わせてる」
微かに視界の端に相棒を見止めつつ、クィーロが呟く。
殿でヴェロニカの護衛を兼ねて警戒している誠一の、眼鏡の奥の瞳に鋭い燐光が浮かんだ気がした。
この程度なら、生態系に悪影響を与えることはないだろうその残滓は。
――この静かな木漏れ日の森に似遣わぬ、負のマテリアルだった。
◆
皆を下がらせたうえで、クィーロがその愛刀と持てるスキルを込めて叩き込んだ一撃は、確かな重みと威力を放ったにも関わらず建物に傷一つつけることは出来なかった。
「建物の大きさは大体6m×4m四方。高さは普通の家とほぼ変わらないくらい、ってところかな」
「やっぱぐるっと回ってみたけど、どこにも入り口はあらへんかったよ」
「スキル、使ってみたけど……中には、なにもいない、ね」
「積み上げられた石の状況から、どうやら作られたのはごく最近のようですね。シンボル等も見当たりませんでした」
地面に合った石や岩を、短期間で積み上げた建物。強度は恐ろしく固く、スキルを乗せた手練れのハンターの一撃にも耐えきった。
様々な角度から真が写真を撮り、得た情報と照らし合わせるための材料を増やしてく。
ヴェロニカへとこの建物の話をした『見知らぬ誰か』と、この微かに漂う歪虚の残滓。
疑うべくもない。
これは半年前に、ヴェロニカの絵本と彼女の昔馴染みを使って騒動を起こした、一体の嫉妬の歪虚の仕業だ。
■舞い降りた次のチケット
帰路につくため、メンバーが建物に背を向けた瞬間。
ひらり、と風に舞ってマリアの掌に一片の紙が落ちてきた。
「これは……紙切れ、でしょうか。何か描かれて……」
その言葉に全員が足を止め、マリアの周囲に集まってくる。
全員に見える様にとマリアが広げた掌の上を見つめ、一瞬ヴェロニカは目を大きく見開いた後、隣に立つ零の手を強く握りしめた。
大きく深呼吸を数度。その姿に全員がただならぬ何かを感じ取った、次の瞬間。
絵本作家は僅かに表情を曇らせつつも努めて笑顔で、言葉を零した。
「……私の絵本ね……?」
・
・
・
・
・
・
甘ったるいだろう飴色の髪も、しょっぱそうな空色の瞳も手には出来なかったけれど。
それでも『見知らぬ誰か』は笑っていた。
まだまだゲームの勝者は決まっていないのだから。
そう簡単に舞台の幕は降ろし切ってやりはしない。
「ま、デモあそこは使えないカナー」
全員が立ち去った後、森の奥から小さな影が現れる。
ハンデのつもりで下見をさせてやろうと思ったら、思いのほか情報を取られ過ぎた。
パチン、と指を鳴らすと、建物は音を立てて石くれたちへと戻っていく。
壊したものには目もくれず、それはにたりと嗤った。
「次のゲームをオタノシミに、ねー」
END
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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面白かった! | 13人 |
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ポイントがありませんので、拍手できません
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MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/04/27 21:04:53 |
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相談/雑談卓 神代 誠一(ka2086) 人間(リアルブルー)|32才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2018/04/30 09:19:39 |