ゲスト
(ka0000)
【反影】それは忘却の刃
マスター:のどか

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/05/07 19:00
- 完成日
- 2018/05/21 01:31
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
他に望むものは何もない。
ただ一度だけでいい。
俺の名前を呼んで、そしてほほ笑んでくれるのなら、それ以上に願う欲望などありはしない。
キミのことを誇りに思う。
その生き方は美しいとすら思う。
だからこそ欲しかった。
手に入れたかった、自分の居場所を。
どのような形でもいい。
俺がキミの世界の片隅に存在する事を、ただ認めてほしかった――
●
初めに視界に飛び込んで来たのは、うっすらと灯る青緑の輝きを持った炎の塊だった。
自分を中心にして八方を取り囲むように配置されたその炎は、うちの半数ほどが大小さまざまな岩の下になって弱々しく消えていった。
残る半数の炎からは同じく青緑の鎖が伸び、ボロボロのローブを纏ったまま大の字になった手足に絡みつく。
縛られるような形で身体が空中に張り付けられているのを理解すると、激しい振動が部屋の中を揺らした。
パラパラと崩れた欠片か頭上に降り注ぐ。
――ここはどこだ?
ぼんやりと辺りを見渡すと、青緑の炎に照らされてうっすらと景色が見える。
四方を取り囲む石造りの部屋。
窓らしい窓はなく、地面も天井も岩。
数本の柱が支えるように天地を繋げていたが、そのうちの崩れた何本かが炎を下敷きにした岩の正体だった。
後ろを振り返ろうとして、ガチリと光の鎖がそれを阻む。
煩わしい気分になって少し乱暴に腕を振るうと――鎖は簡単に砕け散り、光の粒子となって飛び散った。
同じ要領で足腰に巻き付いたものも引きちぎると、自由になった身体がとんと台座のようなものの上に着地する――が、足が身体をうまく支えられずに台座の上から転げ落ちた。
「つぅ……」
痛い、と脳は認識していたが、身体は思ったほどそうは感じていない。
とはいえフラフラするのは変わらないことで、仕方なく台座に寄りかかるようにしてゆっくりと立ち上がった。
――ここはどこだ?
改めて周囲を見渡すと、天井の一角に細い亀裂があった。
そこから僅かばかりに光が漏れているのが見えて、俺は壁伝いに寄っていく。
真下について見上げると、やはり一筋の細い光が見える。
目を細めてその光源を追おうとして――再びの振動が部屋の中を大きく揺るがした。
フラフラの足腰で盛大に尻餅をつく。
同時に土埃と石片を盛大に頭から被って、思わず咳き込んだ。
――いったい、何だっていうんだ。
目が覚めて訳も分からぬ場所にいる。
それだけでも神経をすり減らしそうなものなのに、この振動はなんだ。
まるで巨大な何かが遥か天井で地団太を踏んでいるかのような、そんな気配を感じさせる揺れ。
――どうしてこんなところにいる?
当たり前のようにわき起こった疑問に、ピシリとこめかみが疼くのを感じた。
ドクドクと早いペースで血が巡って、キリキリと頭を万力のように締め上げる。
「うっ……くぅ……!?」
思わず頭を抱えてその場にうずくまる。
そういう時は何も考えなければいいのに、疑問だけがひたすらに頭の中を駆け巡った。
――ここはどこだ?
――どうしてこんなところにいる?
――俺は“ダレ”だ?
じっとりと脂汗を浮かべながら、歯を食いしばって天を仰ぐ。
振動の影響か、先ほどあった亀裂がさらに大きくなっいるのが差し込む光の加減からよく分かった。
俺は縋るようにその光に手を差し伸べる。
――誰でも良い、助けてくれ!
――この痛みを止めてくれ!
懇願するように震える両手を差し出すと、ふっと頭の中が真っ白になった。
●
次に目を覚ました時、俺は雄大な曇り空を眺めていた。
ジャリっとした、先ほどとは違うベッドの感触に弾かれたように身を起こす。
――ここはどこだ?
先ほどとは違う赤晶の大地。
頭上には高く広がる曇り空。
時刻は夜だろうか、暗がりの中で同じような光景がどこまでも続いている。
いや、どこまでもと言うのは間違いだ。
ところどころに大小さまざまなくぼみがあった。
いわゆる“戦闘痕”というものだろう――ふとそう理解して、再び自分は何者なのかとこめかみに痛みが走る。
深い息と共に俯くと、傍の地面に不自然な穴が開いていた。
1人なんとか通れそうなほどの僅かな大きさで、その先は深い深い地の底まで続いている。
さきほどまでいた場所はこの先で、記憶の無い間にここまでやってきたのだろうか……?
そうと考えられる、そうとしか考えられない。
だが素手でどうやって――ふと両の掌を見つめた時、冷たい何かが後頭部に突きつけられるのを感じていた。
「……何者だ?」
声だ。
これはそう、人の声だ。
弾かれたように振り向くと、見知らぬ服を着た人間が慌てた様子で手にした鉄の筒を俺の方へと突きつける。
筒の先にその者と視線があって、俺は思わずふいと視線を逸らしてしまった。
「な、何者だと聞いている!」
逸らした視線の先に、もう数人似たような恰好をした人の影があった。
彼らは俺を取り囲みながら、どこか訝し気な表情でこちらを見下ろしている。
「う……あ……」
とにかく何か答えようとして咄嗟に口を開くが、出て来たのはうめくような喉の振るえ。
出し方をすっかり忘れてしまったかのように声がでない。
まるで言葉を発すること自体がひどく久しぶりのような、そんなもどかしさが喉の奥に噴き溜まる。
「答えてくれ、何者だ! でないと――」
「――ねえこの人、歪虚の気配を感じない?」
1人の少女が、怯えたような表情でそう口にした。
ヴォイド……それは知っている。
知っている気がする。
だが、彼女は今何といった?
俺が……ヴォイド?
咄嗟に人々は距離を取って、緊張した様子で腰や背に携えたモノに手を添える。
剣、槍、斧、弓――そうだ、武器だ。
次々に武器を抜き放って、敵意と畏れに満ちた眼差しで俺を見る。
何故だ、俺を敵と認識している?
いや、違う。
違うんだ。
だって俺はそうキミたちと同じニン――
ピシリと頭が疼いた。
先ほどとは比べ物にならないほどの激しい痛みが、ギリギリと頭を締め上げる。
「ああああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!????」
思わず絶叫して、頭を振り乱す。
熱い何かがドクリドクリと波打って、頭の中を、脳を満たしていく。
顔が熱い。
喉が熱い。
全身が、熱い。
マグマに身を投じたかのような熱さに、耐えきれずにのたうち回る。
熱い。
熱い。
アツイ。
心臓から吹き上がるマグマの流れに、視界が一面真っ赤に染まっていた。
燃え盛る炎の中に立って、いや、自らが炎であるかのように。
オレはドうしたんダ。
いヤ、そンな事は最早ドウデモイイ。
オレは、タだ、オレハ――
――イキテ、カノジョヲムカエニイカナケレバ。
内から溢れるマグマが、全身の毛穴から噴き出した気がした。
最後に目にした光景は、今まで俺を見下ろしていた人々の姿を、遥かな高みから見下ろしているものだった。
他に望むものは何もない。
ただ一度だけでいい。
俺の名前を呼んで、そしてほほ笑んでくれるのなら、それ以上に願う欲望などありはしない。
キミのことを誇りに思う。
その生き方は美しいとすら思う。
だからこそ欲しかった。
手に入れたかった、自分の居場所を。
どのような形でもいい。
俺がキミの世界の片隅に存在する事を、ただ認めてほしかった――
●
初めに視界に飛び込んで来たのは、うっすらと灯る青緑の輝きを持った炎の塊だった。
自分を中心にして八方を取り囲むように配置されたその炎は、うちの半数ほどが大小さまざまな岩の下になって弱々しく消えていった。
残る半数の炎からは同じく青緑の鎖が伸び、ボロボロのローブを纏ったまま大の字になった手足に絡みつく。
縛られるような形で身体が空中に張り付けられているのを理解すると、激しい振動が部屋の中を揺らした。
パラパラと崩れた欠片か頭上に降り注ぐ。
――ここはどこだ?
ぼんやりと辺りを見渡すと、青緑の炎に照らされてうっすらと景色が見える。
四方を取り囲む石造りの部屋。
窓らしい窓はなく、地面も天井も岩。
数本の柱が支えるように天地を繋げていたが、そのうちの崩れた何本かが炎を下敷きにした岩の正体だった。
後ろを振り返ろうとして、ガチリと光の鎖がそれを阻む。
煩わしい気分になって少し乱暴に腕を振るうと――鎖は簡単に砕け散り、光の粒子となって飛び散った。
同じ要領で足腰に巻き付いたものも引きちぎると、自由になった身体がとんと台座のようなものの上に着地する――が、足が身体をうまく支えられずに台座の上から転げ落ちた。
「つぅ……」
痛い、と脳は認識していたが、身体は思ったほどそうは感じていない。
とはいえフラフラするのは変わらないことで、仕方なく台座に寄りかかるようにしてゆっくりと立ち上がった。
――ここはどこだ?
改めて周囲を見渡すと、天井の一角に細い亀裂があった。
そこから僅かばかりに光が漏れているのが見えて、俺は壁伝いに寄っていく。
真下について見上げると、やはり一筋の細い光が見える。
目を細めてその光源を追おうとして――再びの振動が部屋の中を大きく揺るがした。
フラフラの足腰で盛大に尻餅をつく。
同時に土埃と石片を盛大に頭から被って、思わず咳き込んだ。
――いったい、何だっていうんだ。
目が覚めて訳も分からぬ場所にいる。
それだけでも神経をすり減らしそうなものなのに、この振動はなんだ。
まるで巨大な何かが遥か天井で地団太を踏んでいるかのような、そんな気配を感じさせる揺れ。
――どうしてこんなところにいる?
当たり前のようにわき起こった疑問に、ピシリとこめかみが疼くのを感じた。
ドクドクと早いペースで血が巡って、キリキリと頭を万力のように締め上げる。
「うっ……くぅ……!?」
思わず頭を抱えてその場にうずくまる。
そういう時は何も考えなければいいのに、疑問だけがひたすらに頭の中を駆け巡った。
――ここはどこだ?
――どうしてこんなところにいる?
――俺は“ダレ”だ?
じっとりと脂汗を浮かべながら、歯を食いしばって天を仰ぐ。
振動の影響か、先ほどあった亀裂がさらに大きくなっいるのが差し込む光の加減からよく分かった。
俺は縋るようにその光に手を差し伸べる。
――誰でも良い、助けてくれ!
――この痛みを止めてくれ!
懇願するように震える両手を差し出すと、ふっと頭の中が真っ白になった。
●
次に目を覚ました時、俺は雄大な曇り空を眺めていた。
ジャリっとした、先ほどとは違うベッドの感触に弾かれたように身を起こす。
――ここはどこだ?
先ほどとは違う赤晶の大地。
頭上には高く広がる曇り空。
時刻は夜だろうか、暗がりの中で同じような光景がどこまでも続いている。
いや、どこまでもと言うのは間違いだ。
ところどころに大小さまざまなくぼみがあった。
いわゆる“戦闘痕”というものだろう――ふとそう理解して、再び自分は何者なのかとこめかみに痛みが走る。
深い息と共に俯くと、傍の地面に不自然な穴が開いていた。
1人なんとか通れそうなほどの僅かな大きさで、その先は深い深い地の底まで続いている。
さきほどまでいた場所はこの先で、記憶の無い間にここまでやってきたのだろうか……?
そうと考えられる、そうとしか考えられない。
だが素手でどうやって――ふと両の掌を見つめた時、冷たい何かが後頭部に突きつけられるのを感じていた。
「……何者だ?」
声だ。
これはそう、人の声だ。
弾かれたように振り向くと、見知らぬ服を着た人間が慌てた様子で手にした鉄の筒を俺の方へと突きつける。
筒の先にその者と視線があって、俺は思わずふいと視線を逸らしてしまった。
「な、何者だと聞いている!」
逸らした視線の先に、もう数人似たような恰好をした人の影があった。
彼らは俺を取り囲みながら、どこか訝し気な表情でこちらを見下ろしている。
「う……あ……」
とにかく何か答えようとして咄嗟に口を開くが、出て来たのはうめくような喉の振るえ。
出し方をすっかり忘れてしまったかのように声がでない。
まるで言葉を発すること自体がひどく久しぶりのような、そんなもどかしさが喉の奥に噴き溜まる。
「答えてくれ、何者だ! でないと――」
「――ねえこの人、歪虚の気配を感じない?」
1人の少女が、怯えたような表情でそう口にした。
ヴォイド……それは知っている。
知っている気がする。
だが、彼女は今何といった?
俺が……ヴォイド?
咄嗟に人々は距離を取って、緊張した様子で腰や背に携えたモノに手を添える。
剣、槍、斧、弓――そうだ、武器だ。
次々に武器を抜き放って、敵意と畏れに満ちた眼差しで俺を見る。
何故だ、俺を敵と認識している?
いや、違う。
違うんだ。
だって俺はそうキミたちと同じニン――
ピシリと頭が疼いた。
先ほどとは比べ物にならないほどの激しい痛みが、ギリギリと頭を締め上げる。
「ああああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!????」
思わず絶叫して、頭を振り乱す。
熱い何かがドクリドクリと波打って、頭の中を、脳を満たしていく。
顔が熱い。
喉が熱い。
全身が、熱い。
マグマに身を投じたかのような熱さに、耐えきれずにのたうち回る。
熱い。
熱い。
アツイ。
心臓から吹き上がるマグマの流れに、視界が一面真っ赤に染まっていた。
燃え盛る炎の中に立って、いや、自らが炎であるかのように。
オレはドうしたんダ。
いヤ、そンな事は最早ドウデモイイ。
オレは、タだ、オレハ――
――イキテ、カノジョヲムカエニイカナケレバ。
内から溢れるマグマが、全身の毛穴から噴き出した気がした。
最後に目にした光景は、今まで俺を見下ろしていた人々の姿を、遥かな高みから見下ろしているものだった。
リプレイ本文
●
竜の咆哮は赤色の大地に遠く響いていた。
見回りのハンターの報告を受けて現場へと急行する対応部隊のハンターたちは、突然の出来事の中ながら比較的冷静を装っていた。
それもこのグラウンド・ゼロという土地の特異性によるものかもしれない。
人が住む地方と地続きでありながらも、どこか異世界めいたこの場所では何が起きても不思議ではない。
そのことが、少なからず先んじた覚悟を彼らに与えていた。
「良く分からないことが1つある。もとは人間だった……とはどういうことだろうか?」
「そ、その……男の人の姿を、していたんです。こんなところで誰だろうって……だけどかすかに負のマテリアルの気配を感じて、そしたら……」
尋ねる紫炎(ka5268)に、案内役を引き受けた先任の少女は震える唇で答える。
その灰色の瞳には、恐怖や憎悪に似た濁りきった感情が渦巻く。
「会話はできたのか?」
メンカル(ka5338)の言葉に、少女はふるふると首を横に振る。
その様子を見て、仙堂 紫苑(ka5953)がワイバーンの飛行高度をそっと下げた。
「おい、メンカル。俺たちの任務を忘れるんじゃねぇぞ」
「分かっている。俺だって悪戯に被害を増やすつもりはない」
だが――と口にして押し黙ったメンカルの姿に紫苑は深く眉を寄せる。
傍らで虚空を眺めるリアリュール(ka2003)だったが、赤い雲に覆われた代わり映えの無い空に吐息を漏らして視線を下げる。
「歪虚人間なら多くの人がこの地で出会ったことでしょう。その“彼”も彼らと同じような存在なのかしら……?」
「だが、カレンデュラの話ではその存在はダモクレスや異界の存在があってこそ……だったハズだ。おい女、お前はその“男”が“竜”になる瞬間を目撃しているんだな?」
ヘクトルのスピーカー越しに響くジャック・J・グリーヴ(ka1305)の声を聞いて、少女はびくりとその肩を揺らした。
「は、はい……お、おぞましい光景でした。皮膚が割けて、その下から鋼色の鱗が身体を突き破るように……」
口にして、気分が優れない様子で口元に手を当てる。
その姿はヘクトルのカメラの有効視界には入らず、ジャックはただ事実だけを認識していた。
「竜……であれば、強欲の眷属か。より強いヤツほど竜に近い形になるってぇ話だったが」
「だとしたら、相当にヤバい相手ってことになるじゃないですか!」
リラ(ka5679)が焦りを滲ませながら声を張り上げる。
少女がそれに答えるよりも早く、赤土でできたちょっとした谷間に響く雄たけびが、夜の暴風のように低い唸りを上げていた。
●
駆け付けた現場は“赤”に溢れていた。
赤褐色の地面の上に、やたらめったらにペンキをぶちまけたかのような鮮やかな赤が広がる。
そのペンキの中におよそ“人間だった”とは思えない者たちの姿が横たわり、その中心で鋼色の鱗に覆われた巨大な翼竜が、まだ辛うじて“人間である”男性をその強靭な前腕で押さえつけていた。
「助け……」
彼が口にし、ハンター達が丘を駆け下りるよりも早く、竜の前腕がその姿をすりつぶした。
木の幹ほどもある太い腕を覆った、1枚1枚が刃のように鋭い鱗。
それが力任せに撫でつけられると、まるでおろし金で丁寧にすった根菜のように人間1人があっという間にミンチになった。
「いやあああぁぁぁぁぁ!?」
案内役の少女が頬を掻き毟りながら絶叫する。
「てめえええぇぇぇぇぇ!!!!!」
ヘクトルがスラスターを一斉に吹かし、竜目掛けて突貫した。
先に戦場に飛び込んだリラのワイバーンが幾重もの光の束を放つ。
光は体表の鱗を削り取るように大きな身体に降り注ぐが、竜はそれにひるまず首をもたげ上げてその口元に炎をちらつかせる。
「まずい、回避してっ!」
リラが咄嗟に手綱を退くと、ワイバーンはきりもみ回転をしながら翻る。
放たれた火炎のブレスがワイバーンの尻尾を飲み込んで、ジリリと肉の焼ける嫌な匂いが鼻先を掠めていく。
「よそ見してんじゃねぇぞ!!」
ジャックの咆哮と共に燃え上がるマテリアル光を纏うヘクトル。
竜が赤い瞳にその姿を捉えた瞬間、ヘクトルが構えた巨大な盾が横っ面に叩き込まれていた。
ギャリギャリと鉱物が削られる耳障りな音と共に火花が散って、敵の巨体がぐらりと大地に崩れる。
「ここは我々に任せて下がれ! キャンプに再度報告を頼む!」
案内役の視界を紫炎が咄嗟に遮って、肩越しに彼女を振り返った。
万が一の時にはさらなる救援が必要に。
いや、最悪の場合にはキャンプの放棄も――その選択すら一瞬にして頭の中を過る。
肩から横倒しになった竜がゆったりとその身をもたげると、リアリュールがやや遠巻きに馬を駆った。
「ティオー、お願い!」
彼女に応えて谷間に駆け下りた銀青色のユグティラが、手にしたリュートの弦を弾く。
愁いの旋律が戦場に響き渡ると、肉薄していたジャックもぼんやりと身体の力が抜けていくのを感じていた。
ペダルを踏みこんでスラスターを吹かし、曲の範囲から逃れる。
起き上がった竜もまた前腕で地面を蹴ると、金色の機体へと一歩で距離を詰めた。
「頭に血が上って聞こえてないの……?」
四足獣のようにCAMへ飛びかかる敵に、彼女は馬の足を止めて弓に矢を番える。
CAMより頭いくつか大柄な竜は勢いのままにヘクトルへと圧し掛かる。
前身の駆動系が悲鳴をあげて、コックピット内にも赤色のアラートがけたたましく鳴り響いていた。
「こ……いつ……!」
真正面から受け止めると、刃の鱗が鋼の装甲にザクザクと突き刺さる。
その勢いでマテリアルの電動チューブの1つでも切り裂かれればたまったものではない。
放たれたリアリュールの矢が折り重なる鱗の間に突き刺さるが、その一撃で怯むほど敵も脆弱ではなかった。
次いで上空から銃弾が降り注いで、竜の背中を穿つ。
鱗がキラキラと乱反射しながら飛び散って、それがまたヘクトルに襲い掛かる。
「厄介な鱗だな……クソがっ」
ワイバーン「フィン」の背で大型の魔導銃を構えた紫苑は吐き捨てるように口にする。
これまた鱗に覆われた長い尻尾がヘクトルの横腹を薙いだ。
吹き飛ばされるようにして距離を空ける機体。
マテリアルカーテンを展開したにもかからずその打突面はごっそりと抉られて、中の精密な駆動系や配線がのぞいていた。
追撃を掛けようとした竜の足の指に鞭のようにしなる刃が巻き付く。
足を取られた敵は転びこそしなかったが、僅かに硬直するだけの隙を生んでいた。
「本当に人間だったというのか……?」
「やられっぱなしってわけには、いかねぇだろうがよッ!」
敵が背を向けた刹那に距離を詰めたヘクトルが、マテリアルハルバードを無防備な背中目がけて振り下ろす。
轟く竜の咆哮。
窓ガラスを割ったように鱗があちこちに飛び散って、どす黒い液体がパタパタと金色の装甲を汚す。
「まるで全身が武器……迂闊には近づけんな」
紫炎は一息で入れる間合いを維持したまま、イェジドの背で暴れまわる竜を注視していた。
案内役のハンターが戦域を完全に離脱したのをちらりと見やり、それから背負った身の丈ほどある十字架を両手で抱え持つ。
「フォルセティ、無傷で帰れるとは思うなよ」
跨った足で腹を撫でてやると唸るようにひと吠えするフォルセティ。
強靭な後ろ足が地面を蹴って、勢いよく敵の翼へとかじりつく。
竜が腕を振り乱して振り払うと、その勢いを利用して再び一足一刀の間合いを取る。
地上に目が行っているのを好機として、紫苑が上空から魔導銃を構える。
しかし敵が四肢のバネでバックステップを踏んで射線から大きく外れて小さく舌を打った。
「消耗戦には持ち込みたくないんだがな」
騎上から振り返ると、遠くにキャンプの松明の光が見える。
あれに気付かせるわけにも、近づかせるわけにもいかない。
そのためにはできるだけ早く決着をつけてしまいたい――それが彼の本心ではあった。
「……なぁ、歪虚は歪虚だろ?」
その問いは誰に向けたものでもなく、ただ遠い荒野に掻き消えていく。
竜の口元に炎が滞留し、戦場に火炎のブレスが走った。
射線の端から転がって抜け出したメンカルは、飛び起きるように態勢を立て直す。
そして炎が掻き消えたのと同時に、再び敵の懐へと飛び込んでいく。
「おい、聞こえているのか。何が望みなんだ?」
腕の鱗の間に切っ先を突き立て、ようやく肉を突く手応えにありつく。
そのまま蛇腹を広げるように刃の連結を解除して、ぐるりと腕を巻き取った。
「もしも『友達』が増えるのであれば弟も喜ぶ。だが……おまえは仲間の命を奪った」
強靭な腕力に身体が持って行かれそうになるのを何とか堪えきる。
その間に十字架を担ぎ上げた紫炎の姿が背後から敵へと迫った。
メンカルはどこか歯がゆい思いで竜の姿を見上げる。
「正直迷っている。お前がどういう存在なのか。もしも言葉が分かるのなら、何か返事をしてくれないか。ただの敵でしかないのなら、その時は――」
竜の腕が大きく振れて、吊り上げられた魚のように彼の身体が宙に投げ出された。
もう片方の腕がそんな彼目がけて振り上げられたが、それがメンカルを切り裂くよりも早く、鈍重な紫炎の十字架刀が敵の手の甲を激しく打つ。
その間、メンカルは急降下した紫苑にキャッチされていた。
「言っただろメンカル! 目的を履き違えてんじゃねえぞ、ボケがっ!!」
紫苑は抱きかかえた彼に噛みつく勢いで声を荒げる。
だが当のメンカルは縦に裂けた瞳孔で彼を見上げ、それから視線を外して小さく息を吐いた。
「……お前は何を見ていた。いや、見てきたんだ」
「なんだと……?」
表情を歪ませる紫苑。
友人から向けられた困惑の眼差しを受け、メンカルは飛び降りれる高度に至ったのを確認するや否や地上へと飛び降りた。
「おい、メンカル……!」
追いすがるように声を掛けた彼の姿を、見上げたメンカルの瞳が捉える。
「多少感傷的になっているのは認めよう。だがハナから可能性を全て捨て去ってしまっては弟が悲しむ。そしてそんな弟の姿を俺は見たくない」
紫苑の返しの言葉を待たずに、彼は再び竜の懐へと駆けだす。
その背をどうしようもなく見送って、紫苑は静かに奥歯を噛みしめた。
「効く耳がなくたって、この歌なら……!」
竜の上空から迫るリラが、よく通る声で歌を口ずさむ。
胸の内からわき起こった闘志を形にしたような、熱く直進的なファイトソング。
マテリアルを介して響いたその歌は、敵のマテリアルに干渉してその身を蝕んでいく。
迎え撃つつもりで振り上げられた敵の尻尾。
ヘクトルがそれを小脇に抱えるようにして抑え込むと、その根元目がけてハルバードの柄を振り上げる。
「こいつさえちょん切っちまえば――」
しかし、振り下ろそうとして彼はその違和感に気付く。
柄の先から噴出するマテリアルの刃が、まるで切れかけの炭火のようにおぼろげに明滅している。
咄嗟に手元が狂って芯を外れた刃は、尻尾の鱗を砕きながら僅かにその表皮に傷を付けた。
だが、ジャックが尻尾を抑え込んでいる隙に飛び込んだリラが古びたバンテージに撒かれた拳で竜の眉間を突く。
竜は大きくわなないて、ふらふらとひるんだように後ずさった。
「何が起きた……?」
距離を空けて、ジャックはハルバードの穂先を眺める。
べっとりと先ほどのどす黒い返り血らしきものの掛かった鋼の柄。
その血がどんよりとした暗いマテリアルを纏って武器を浸食している様子が、その瞳に飛び込んで来た。
「ちぃ……あの液体、汚染物質かよ」
同じように紫炎やメンカルらの武器も、黒い液体の付着しているところから武器がさび付くように劣化しはじめている。
「これだから手の内の分からない相手は嫌なんだ……!」
薬の小瓶を咥えたまま紫苑の魔導銃が唸り、銃弾が刃の翼へとめり込む。
次いで2発、3発。
態勢を立て直しきれない竜の頭上から弾丸を打ち込み続け、その度に鱗の破片が周囲に散る。
直接傷つけてはならないのなら、と紫炎が渾身の力で空を薙ぐ。
同時に竜の懐で発生したマテリアルの刃が胸殻を抉っていく。
「堅い……そのうえ見た目通りのタフネスか」
左腕に早復剤をうったメンカルは、空になった注射器を投げ捨ててから懐を確認する。
これ以上戦いを長引かせるのは危険だと、物資の残量が告げている。
彼は1本だけ違うパッケージの薬を取り出すと、手の内に隠すようにして優しく握り込んだ。
「――チャンスは1回きり」
両腕を地面に付きたて、竜が咆哮する。
その肩に飛来した矢が突き立つが、敵は力任せに跳躍すると、そのまま翼を広げて高速で滑空。
一気に次矢を番えるリアリュールに詰め寄り、彼女は咄嗟に馬を走らせた。
すぐ傍を広げた刃翼が霞め、弓を握る腕から血しぶきが舞う。
それでも振り向きざまに矢を番い直し、コンマ数秒のエイム。
馬の腹の下をするりと潜り抜けたティオーが狂詩曲を奏でて、彼女の矢に力を与える。
着地し、ガリガリと地表を滑りながらリアリュールへと向き直る竜。
その視界を飛来したガンポッドが遮って、撃ち込まれた弾幕が頭殻で跳弾する。
蠅を振り払うように振るわれた腕をポッドがすり抜けて、代わりに放たれたリアリュールの一矢が紫炎の作った胸の傷を貫く。
ビシリと胸殻に大きなヒビが走り、覆っていた鱗が零れ落ちる。
「そこだ……ッ!」
メンカルが地面すれすれの角度から、手にした注射器を放つ。
鋭く風を切って飛ぶ薬品は、亀裂から露になった黒い胸の肉へと突き立つ。
「何を投げた?」
「精神安定剤だ。効くかは分からん」
驚いて問うた紫炎に、さらりと答えるメンカル。
投薬を施された竜だったが、身体の作りが違うせいか一見して効果があるようには見えない。
それどころか傷を負って興奮した様子で、四肢で地面を強く踏みしめる。
そして刃翼をめいいっぱいに開いて、天高く咆哮を轟かせる。
「……な、なに?」
ふわりとポニーテールが風に逆らうように舞って、リラはふと辺りを見渡す。
「これは……風?」
今まで全くの無風だったのに、不意にふわりと流れ始めた髪の毛をリアリュールはそっと押さえた。
ふわりふわりと周囲に巻き起こった風は、次第にその力を増していく。
そよ風は旋風に。
旋風は突風に。
やがて赤土を巻き上げながら吹き荒れた風は、巨大な渦となって戦場を包み込んでいた。
「竜巻……だと!?」
ハルバードを地面に突き立て、暴風を耐えるヘクトル。
その巻き上がる風の中に、きらりと光る礫のようなものが混じっていることにジャックは気付く。
それが地面に散らばっていった『鱗』だと知ったのは、数多の刃がその機体に襲い掛かった後だった。
「私の陰に下がれッ!」
「紫炎様!?」
咄嗟にリアリュールの眼前に立った紫炎が、その巨大な剣を眼前に構える。
その十字架の本来の使い方は――盾。
一瞬でも気を抜けば吹き飛ばされそうな強風と、自覚無き数多の殺意が彼の身に降りかかる。
「やらせるかよぉぉぉぉ!!」
竜巻の“目”へ上空から突入した紫苑が魔導銃へマテリアルを走らせる。
紫電を纏った銃弾が稲妻のように竜に迫るが、飛散する鱗が視界にちらつき、またその身に突き刺さり、狙いをつけた眉間ではなく重厚な肩を撃ち抜く。
それでも敵の気が逸れたのか、次第に弱まっていく竜巻と共にフィンもふらふらと高度を下げた。
「紫炎様っ!」
風が完全に止むと同時に崩れ落ちた紫炎を、馬から飛び降りたリアリュールが抱き上げる。
ズタズタにされたその姿は見るにも忍びないが、かろうじて息はある。
その事に胸を撫でおろしつつ、いまだ堂々と立つ敵の姿に思わず背筋が凍り付いた。
「紫炎を下げろ! すぐにだッ!」
再び機体にマテリアルの炎を灯したジャックが竜の注意を引き付ける。
振るわれた腕を盾とマテリアルカーテンで受け流し、距離を取ってガンポッドで追撃を掛ける。
敵も暴風で力を消耗しているのか、どこか怠慢な動作でヘクトルの後を追う。
「やはり……お前は“そうではない”者なのか?」
ボロボロの身体で、それでも竜尾刀を振るうメンカル。
蛇腹になった刃が敵の足元に巻き付いて、その歩みを掬う。
敵の尻尾が振り子のように振るわれる。
それを避けきる余力は彼に残されておらず、直撃を予期し瞳を閉じた。
しかし、不意に誰かに突き飛ばされて思わず目を見開く。
「んな……っ」
目の前で尻尾に薙ぎ払われた紫苑と竜が赤土を転がる。
尻餅をついたメンカルは、慌てて起き上がりその傍へと駆け寄った。
「何をしているんだ……貴様は!」
抱き上げながら思わず声を荒げたが、紫苑は悪びれる様子もなく、かすれた声で答えた。
「お前の言ってる事……やっぱり俺には分からない。だから、そんな分からない事で誰かが死ぬのが……俺は一番、許せない」
返事を待つことなく、ふっと意識の抜ける紫苑。
その姿を、メンカルは何も言えずに見下ろしていることしかできなかった。
「クソッ、どうすりゃいい!?」
相次いで倒れていく仲間と健在の敵。
状況を脳内で計りに掛けて、ジャックは歯がゆさに喉を鳴らす。
「ジャックさん……あと1回で良いから、気を引いて貰えませんか?」
「はぁ? そりゃ、不可能じゃねぇが……」
ディスプレイに映る損傷警告は全身を指し示す。
持ってもあと1回……ないし、1回も持たない可能性も高い。
「……いや、持つか持たねぇかじゃねぇか。分かった、任せろ」
ヘクトルの姿を再びマテリアルの炎が包み込む。
途端に竜が物凄い勢いで飛び掛かって、機体を馬乗りに押し倒す。
駆動系に限界が来つつあるヘクトルは簡単に力負けを許し、抑えつけられた肩の意匠が圧で砕け散る。
「はああぁぁぁぁぁ!!!」
その隙に真正面を取ったリラが、翼竜の速度で一気に距離を詰めた。
流石に気がついた竜は、首だけをもたげて火炎を吹く。
それでも十分な距離を詰め切った彼女は、灼熱の中を気力だけで突っ切った。
大きく振りかぶった無傷の左腕。
対するボロ雑巾のような右腕で狙いを付けて、拳は敵の下顎を的確に狙い打った。
腕から赤いしぶきが上がり、同時に竜の身体もぐらりと揺れる。
リラがワイバーンの背に崩れ落ち、竜は――腕を地について、僅かに踏み止まった。
「こいつ……!」
機体に残された最後の余力で敵を抑え込もうとするジャック。
だがそれよりも早く、竜が苦しそうなうめき声をあげた。
ふらり、ふらりとヘクトルから離れ後ずさる竜。
その瞳に宿った光が薄れ、やがてぐったりと地面に倒れ伏す。
――次の瞬間、負のマテリアルが弾けるように四散して、その場にうつ伏せになって倒れる一糸まとわぬ人の姿があった。
「……マジで人間になりやがった」
その様子を目にして、ジャックはふとそう漏らす。
しばらく様子を見守ったが人の姿をしたその存在はピクリとも動く事がなく、ようやく彼もその警戒を解いた。
●
辛うじて動くヘクトルに繋がれたワイヤー。
その先に捕まって、リアリュールがゆっくりと暗い縦穴を下りていく。
戦場に開いたその穴は深く地の底へと繋がっていて、まだまだその先が見えることは無かった。
「アイツが何なのかはさっぱりわからねぇ……だけどよ、“今”現れたって事には何か意味があるんじゃねぇかと思うわけだ」
「意味、とは?」
地上から穴を覗き込むメンカルが尋ねると、ジャックは自分でも纏まりきっていない考えを繋ぐように、ぽつりぽつりと答える。
「こいつが近くに居たってんなら、先の大規模な戦いで顔を見せないわけがねぇだろう。かといってこの地を取り戻しに来た勢力とも見えねぇ。どちらかと言えば、意図的に――もしくは偶然、この場所に“出て来ちまった”んじゃねぇか」
要領は得ないが、言わんとしている事はメンカルにも理解できた。
突然この地に現れた不自然さ。
不可解な開戦、そして終戦。
戦闘後、倒れていた人物はマテリアルとなって霧散することはなく、かと言って生きている様子もなかった。
その扱いを迷った後に、増援に駆け付けた新たなハンター達の手によって物理的、そして魔法的に幾重にも拘束を掛けられた。
下手にトドメを刺そうとして、万が一に再び暴れられては仕方がない。
かといってキャンプにほど近いこの地で野放しにしているわけにもいかない。
間を取っての拘束監視であった。
「……釈然としねぇな」
舌打つジャック。
メンカルもまた、どこか煮え切らない想いが胸の中に燻っていた。
「――ジャック様の仰っていた事、的外れではなさそうです」
不意にトランシーバーからリアリュールの呑気な声が響いて、2人は弾かれたように手に取った。
地下深く、ようやく足場のある所に出た彼女は目の前に広がった空間に水晶球の灯りを巡らせる。
そしてそこに広がる建造物と、掘り込まれた古代文字と思われる遺物の数々を目にしながら、小さく息を飲み込んだ。
竜の咆哮は赤色の大地に遠く響いていた。
見回りのハンターの報告を受けて現場へと急行する対応部隊のハンターたちは、突然の出来事の中ながら比較的冷静を装っていた。
それもこのグラウンド・ゼロという土地の特異性によるものかもしれない。
人が住む地方と地続きでありながらも、どこか異世界めいたこの場所では何が起きても不思議ではない。
そのことが、少なからず先んじた覚悟を彼らに与えていた。
「良く分からないことが1つある。もとは人間だった……とはどういうことだろうか?」
「そ、その……男の人の姿を、していたんです。こんなところで誰だろうって……だけどかすかに負のマテリアルの気配を感じて、そしたら……」
尋ねる紫炎(ka5268)に、案内役を引き受けた先任の少女は震える唇で答える。
その灰色の瞳には、恐怖や憎悪に似た濁りきった感情が渦巻く。
「会話はできたのか?」
メンカル(ka5338)の言葉に、少女はふるふると首を横に振る。
その様子を見て、仙堂 紫苑(ka5953)がワイバーンの飛行高度をそっと下げた。
「おい、メンカル。俺たちの任務を忘れるんじゃねぇぞ」
「分かっている。俺だって悪戯に被害を増やすつもりはない」
だが――と口にして押し黙ったメンカルの姿に紫苑は深く眉を寄せる。
傍らで虚空を眺めるリアリュール(ka2003)だったが、赤い雲に覆われた代わり映えの無い空に吐息を漏らして視線を下げる。
「歪虚人間なら多くの人がこの地で出会ったことでしょう。その“彼”も彼らと同じような存在なのかしら……?」
「だが、カレンデュラの話ではその存在はダモクレスや異界の存在があってこそ……だったハズだ。おい女、お前はその“男”が“竜”になる瞬間を目撃しているんだな?」
ヘクトルのスピーカー越しに響くジャック・J・グリーヴ(ka1305)の声を聞いて、少女はびくりとその肩を揺らした。
「は、はい……お、おぞましい光景でした。皮膚が割けて、その下から鋼色の鱗が身体を突き破るように……」
口にして、気分が優れない様子で口元に手を当てる。
その姿はヘクトルのカメラの有効視界には入らず、ジャックはただ事実だけを認識していた。
「竜……であれば、強欲の眷属か。より強いヤツほど竜に近い形になるってぇ話だったが」
「だとしたら、相当にヤバい相手ってことになるじゃないですか!」
リラ(ka5679)が焦りを滲ませながら声を張り上げる。
少女がそれに答えるよりも早く、赤土でできたちょっとした谷間に響く雄たけびが、夜の暴風のように低い唸りを上げていた。
●
駆け付けた現場は“赤”に溢れていた。
赤褐色の地面の上に、やたらめったらにペンキをぶちまけたかのような鮮やかな赤が広がる。
そのペンキの中におよそ“人間だった”とは思えない者たちの姿が横たわり、その中心で鋼色の鱗に覆われた巨大な翼竜が、まだ辛うじて“人間である”男性をその強靭な前腕で押さえつけていた。
「助け……」
彼が口にし、ハンター達が丘を駆け下りるよりも早く、竜の前腕がその姿をすりつぶした。
木の幹ほどもある太い腕を覆った、1枚1枚が刃のように鋭い鱗。
それが力任せに撫でつけられると、まるでおろし金で丁寧にすった根菜のように人間1人があっという間にミンチになった。
「いやあああぁぁぁぁぁ!?」
案内役の少女が頬を掻き毟りながら絶叫する。
「てめえええぇぇぇぇぇ!!!!!」
ヘクトルがスラスターを一斉に吹かし、竜目掛けて突貫した。
先に戦場に飛び込んだリラのワイバーンが幾重もの光の束を放つ。
光は体表の鱗を削り取るように大きな身体に降り注ぐが、竜はそれにひるまず首をもたげ上げてその口元に炎をちらつかせる。
「まずい、回避してっ!」
リラが咄嗟に手綱を退くと、ワイバーンはきりもみ回転をしながら翻る。
放たれた火炎のブレスがワイバーンの尻尾を飲み込んで、ジリリと肉の焼ける嫌な匂いが鼻先を掠めていく。
「よそ見してんじゃねぇぞ!!」
ジャックの咆哮と共に燃え上がるマテリアル光を纏うヘクトル。
竜が赤い瞳にその姿を捉えた瞬間、ヘクトルが構えた巨大な盾が横っ面に叩き込まれていた。
ギャリギャリと鉱物が削られる耳障りな音と共に火花が散って、敵の巨体がぐらりと大地に崩れる。
「ここは我々に任せて下がれ! キャンプに再度報告を頼む!」
案内役の視界を紫炎が咄嗟に遮って、肩越しに彼女を振り返った。
万が一の時にはさらなる救援が必要に。
いや、最悪の場合にはキャンプの放棄も――その選択すら一瞬にして頭の中を過る。
肩から横倒しになった竜がゆったりとその身をもたげると、リアリュールがやや遠巻きに馬を駆った。
「ティオー、お願い!」
彼女に応えて谷間に駆け下りた銀青色のユグティラが、手にしたリュートの弦を弾く。
愁いの旋律が戦場に響き渡ると、肉薄していたジャックもぼんやりと身体の力が抜けていくのを感じていた。
ペダルを踏みこんでスラスターを吹かし、曲の範囲から逃れる。
起き上がった竜もまた前腕で地面を蹴ると、金色の機体へと一歩で距離を詰めた。
「頭に血が上って聞こえてないの……?」
四足獣のようにCAMへ飛びかかる敵に、彼女は馬の足を止めて弓に矢を番える。
CAMより頭いくつか大柄な竜は勢いのままにヘクトルへと圧し掛かる。
前身の駆動系が悲鳴をあげて、コックピット内にも赤色のアラートがけたたましく鳴り響いていた。
「こ……いつ……!」
真正面から受け止めると、刃の鱗が鋼の装甲にザクザクと突き刺さる。
その勢いでマテリアルの電動チューブの1つでも切り裂かれればたまったものではない。
放たれたリアリュールの矢が折り重なる鱗の間に突き刺さるが、その一撃で怯むほど敵も脆弱ではなかった。
次いで上空から銃弾が降り注いで、竜の背中を穿つ。
鱗がキラキラと乱反射しながら飛び散って、それがまたヘクトルに襲い掛かる。
「厄介な鱗だな……クソがっ」
ワイバーン「フィン」の背で大型の魔導銃を構えた紫苑は吐き捨てるように口にする。
これまた鱗に覆われた長い尻尾がヘクトルの横腹を薙いだ。
吹き飛ばされるようにして距離を空ける機体。
マテリアルカーテンを展開したにもかからずその打突面はごっそりと抉られて、中の精密な駆動系や配線がのぞいていた。
追撃を掛けようとした竜の足の指に鞭のようにしなる刃が巻き付く。
足を取られた敵は転びこそしなかったが、僅かに硬直するだけの隙を生んでいた。
「本当に人間だったというのか……?」
「やられっぱなしってわけには、いかねぇだろうがよッ!」
敵が背を向けた刹那に距離を詰めたヘクトルが、マテリアルハルバードを無防備な背中目がけて振り下ろす。
轟く竜の咆哮。
窓ガラスを割ったように鱗があちこちに飛び散って、どす黒い液体がパタパタと金色の装甲を汚す。
「まるで全身が武器……迂闊には近づけんな」
紫炎は一息で入れる間合いを維持したまま、イェジドの背で暴れまわる竜を注視していた。
案内役のハンターが戦域を完全に離脱したのをちらりと見やり、それから背負った身の丈ほどある十字架を両手で抱え持つ。
「フォルセティ、無傷で帰れるとは思うなよ」
跨った足で腹を撫でてやると唸るようにひと吠えするフォルセティ。
強靭な後ろ足が地面を蹴って、勢いよく敵の翼へとかじりつく。
竜が腕を振り乱して振り払うと、その勢いを利用して再び一足一刀の間合いを取る。
地上に目が行っているのを好機として、紫苑が上空から魔導銃を構える。
しかし敵が四肢のバネでバックステップを踏んで射線から大きく外れて小さく舌を打った。
「消耗戦には持ち込みたくないんだがな」
騎上から振り返ると、遠くにキャンプの松明の光が見える。
あれに気付かせるわけにも、近づかせるわけにもいかない。
そのためにはできるだけ早く決着をつけてしまいたい――それが彼の本心ではあった。
「……なぁ、歪虚は歪虚だろ?」
その問いは誰に向けたものでもなく、ただ遠い荒野に掻き消えていく。
竜の口元に炎が滞留し、戦場に火炎のブレスが走った。
射線の端から転がって抜け出したメンカルは、飛び起きるように態勢を立て直す。
そして炎が掻き消えたのと同時に、再び敵の懐へと飛び込んでいく。
「おい、聞こえているのか。何が望みなんだ?」
腕の鱗の間に切っ先を突き立て、ようやく肉を突く手応えにありつく。
そのまま蛇腹を広げるように刃の連結を解除して、ぐるりと腕を巻き取った。
「もしも『友達』が増えるのであれば弟も喜ぶ。だが……おまえは仲間の命を奪った」
強靭な腕力に身体が持って行かれそうになるのを何とか堪えきる。
その間に十字架を担ぎ上げた紫炎の姿が背後から敵へと迫った。
メンカルはどこか歯がゆい思いで竜の姿を見上げる。
「正直迷っている。お前がどういう存在なのか。もしも言葉が分かるのなら、何か返事をしてくれないか。ただの敵でしかないのなら、その時は――」
竜の腕が大きく振れて、吊り上げられた魚のように彼の身体が宙に投げ出された。
もう片方の腕がそんな彼目がけて振り上げられたが、それがメンカルを切り裂くよりも早く、鈍重な紫炎の十字架刀が敵の手の甲を激しく打つ。
その間、メンカルは急降下した紫苑にキャッチされていた。
「言っただろメンカル! 目的を履き違えてんじゃねえぞ、ボケがっ!!」
紫苑は抱きかかえた彼に噛みつく勢いで声を荒げる。
だが当のメンカルは縦に裂けた瞳孔で彼を見上げ、それから視線を外して小さく息を吐いた。
「……お前は何を見ていた。いや、見てきたんだ」
「なんだと……?」
表情を歪ませる紫苑。
友人から向けられた困惑の眼差しを受け、メンカルは飛び降りれる高度に至ったのを確認するや否や地上へと飛び降りた。
「おい、メンカル……!」
追いすがるように声を掛けた彼の姿を、見上げたメンカルの瞳が捉える。
「多少感傷的になっているのは認めよう。だがハナから可能性を全て捨て去ってしまっては弟が悲しむ。そしてそんな弟の姿を俺は見たくない」
紫苑の返しの言葉を待たずに、彼は再び竜の懐へと駆けだす。
その背をどうしようもなく見送って、紫苑は静かに奥歯を噛みしめた。
「効く耳がなくたって、この歌なら……!」
竜の上空から迫るリラが、よく通る声で歌を口ずさむ。
胸の内からわき起こった闘志を形にしたような、熱く直進的なファイトソング。
マテリアルを介して響いたその歌は、敵のマテリアルに干渉してその身を蝕んでいく。
迎え撃つつもりで振り上げられた敵の尻尾。
ヘクトルがそれを小脇に抱えるようにして抑え込むと、その根元目がけてハルバードの柄を振り上げる。
「こいつさえちょん切っちまえば――」
しかし、振り下ろそうとして彼はその違和感に気付く。
柄の先から噴出するマテリアルの刃が、まるで切れかけの炭火のようにおぼろげに明滅している。
咄嗟に手元が狂って芯を外れた刃は、尻尾の鱗を砕きながら僅かにその表皮に傷を付けた。
だが、ジャックが尻尾を抑え込んでいる隙に飛び込んだリラが古びたバンテージに撒かれた拳で竜の眉間を突く。
竜は大きくわなないて、ふらふらとひるんだように後ずさった。
「何が起きた……?」
距離を空けて、ジャックはハルバードの穂先を眺める。
べっとりと先ほどのどす黒い返り血らしきものの掛かった鋼の柄。
その血がどんよりとした暗いマテリアルを纏って武器を浸食している様子が、その瞳に飛び込んで来た。
「ちぃ……あの液体、汚染物質かよ」
同じように紫炎やメンカルらの武器も、黒い液体の付着しているところから武器がさび付くように劣化しはじめている。
「これだから手の内の分からない相手は嫌なんだ……!」
薬の小瓶を咥えたまま紫苑の魔導銃が唸り、銃弾が刃の翼へとめり込む。
次いで2発、3発。
態勢を立て直しきれない竜の頭上から弾丸を打ち込み続け、その度に鱗の破片が周囲に散る。
直接傷つけてはならないのなら、と紫炎が渾身の力で空を薙ぐ。
同時に竜の懐で発生したマテリアルの刃が胸殻を抉っていく。
「堅い……そのうえ見た目通りのタフネスか」
左腕に早復剤をうったメンカルは、空になった注射器を投げ捨ててから懐を確認する。
これ以上戦いを長引かせるのは危険だと、物資の残量が告げている。
彼は1本だけ違うパッケージの薬を取り出すと、手の内に隠すようにして優しく握り込んだ。
「――チャンスは1回きり」
両腕を地面に付きたて、竜が咆哮する。
その肩に飛来した矢が突き立つが、敵は力任せに跳躍すると、そのまま翼を広げて高速で滑空。
一気に次矢を番えるリアリュールに詰め寄り、彼女は咄嗟に馬を走らせた。
すぐ傍を広げた刃翼が霞め、弓を握る腕から血しぶきが舞う。
それでも振り向きざまに矢を番い直し、コンマ数秒のエイム。
馬の腹の下をするりと潜り抜けたティオーが狂詩曲を奏でて、彼女の矢に力を与える。
着地し、ガリガリと地表を滑りながらリアリュールへと向き直る竜。
その視界を飛来したガンポッドが遮って、撃ち込まれた弾幕が頭殻で跳弾する。
蠅を振り払うように振るわれた腕をポッドがすり抜けて、代わりに放たれたリアリュールの一矢が紫炎の作った胸の傷を貫く。
ビシリと胸殻に大きなヒビが走り、覆っていた鱗が零れ落ちる。
「そこだ……ッ!」
メンカルが地面すれすれの角度から、手にした注射器を放つ。
鋭く風を切って飛ぶ薬品は、亀裂から露になった黒い胸の肉へと突き立つ。
「何を投げた?」
「精神安定剤だ。効くかは分からん」
驚いて問うた紫炎に、さらりと答えるメンカル。
投薬を施された竜だったが、身体の作りが違うせいか一見して効果があるようには見えない。
それどころか傷を負って興奮した様子で、四肢で地面を強く踏みしめる。
そして刃翼をめいいっぱいに開いて、天高く咆哮を轟かせる。
「……な、なに?」
ふわりとポニーテールが風に逆らうように舞って、リラはふと辺りを見渡す。
「これは……風?」
今まで全くの無風だったのに、不意にふわりと流れ始めた髪の毛をリアリュールはそっと押さえた。
ふわりふわりと周囲に巻き起こった風は、次第にその力を増していく。
そよ風は旋風に。
旋風は突風に。
やがて赤土を巻き上げながら吹き荒れた風は、巨大な渦となって戦場を包み込んでいた。
「竜巻……だと!?」
ハルバードを地面に突き立て、暴風を耐えるヘクトル。
その巻き上がる風の中に、きらりと光る礫のようなものが混じっていることにジャックは気付く。
それが地面に散らばっていった『鱗』だと知ったのは、数多の刃がその機体に襲い掛かった後だった。
「私の陰に下がれッ!」
「紫炎様!?」
咄嗟にリアリュールの眼前に立った紫炎が、その巨大な剣を眼前に構える。
その十字架の本来の使い方は――盾。
一瞬でも気を抜けば吹き飛ばされそうな強風と、自覚無き数多の殺意が彼の身に降りかかる。
「やらせるかよぉぉぉぉ!!」
竜巻の“目”へ上空から突入した紫苑が魔導銃へマテリアルを走らせる。
紫電を纏った銃弾が稲妻のように竜に迫るが、飛散する鱗が視界にちらつき、またその身に突き刺さり、狙いをつけた眉間ではなく重厚な肩を撃ち抜く。
それでも敵の気が逸れたのか、次第に弱まっていく竜巻と共にフィンもふらふらと高度を下げた。
「紫炎様っ!」
風が完全に止むと同時に崩れ落ちた紫炎を、馬から飛び降りたリアリュールが抱き上げる。
ズタズタにされたその姿は見るにも忍びないが、かろうじて息はある。
その事に胸を撫でおろしつつ、いまだ堂々と立つ敵の姿に思わず背筋が凍り付いた。
「紫炎を下げろ! すぐにだッ!」
再び機体にマテリアルの炎を灯したジャックが竜の注意を引き付ける。
振るわれた腕を盾とマテリアルカーテンで受け流し、距離を取ってガンポッドで追撃を掛ける。
敵も暴風で力を消耗しているのか、どこか怠慢な動作でヘクトルの後を追う。
「やはり……お前は“そうではない”者なのか?」
ボロボロの身体で、それでも竜尾刀を振るうメンカル。
蛇腹になった刃が敵の足元に巻き付いて、その歩みを掬う。
敵の尻尾が振り子のように振るわれる。
それを避けきる余力は彼に残されておらず、直撃を予期し瞳を閉じた。
しかし、不意に誰かに突き飛ばされて思わず目を見開く。
「んな……っ」
目の前で尻尾に薙ぎ払われた紫苑と竜が赤土を転がる。
尻餅をついたメンカルは、慌てて起き上がりその傍へと駆け寄った。
「何をしているんだ……貴様は!」
抱き上げながら思わず声を荒げたが、紫苑は悪びれる様子もなく、かすれた声で答えた。
「お前の言ってる事……やっぱり俺には分からない。だから、そんな分からない事で誰かが死ぬのが……俺は一番、許せない」
返事を待つことなく、ふっと意識の抜ける紫苑。
その姿を、メンカルは何も言えずに見下ろしていることしかできなかった。
「クソッ、どうすりゃいい!?」
相次いで倒れていく仲間と健在の敵。
状況を脳内で計りに掛けて、ジャックは歯がゆさに喉を鳴らす。
「ジャックさん……あと1回で良いから、気を引いて貰えませんか?」
「はぁ? そりゃ、不可能じゃねぇが……」
ディスプレイに映る損傷警告は全身を指し示す。
持ってもあと1回……ないし、1回も持たない可能性も高い。
「……いや、持つか持たねぇかじゃねぇか。分かった、任せろ」
ヘクトルの姿を再びマテリアルの炎が包み込む。
途端に竜が物凄い勢いで飛び掛かって、機体を馬乗りに押し倒す。
駆動系に限界が来つつあるヘクトルは簡単に力負けを許し、抑えつけられた肩の意匠が圧で砕け散る。
「はああぁぁぁぁぁ!!!」
その隙に真正面を取ったリラが、翼竜の速度で一気に距離を詰めた。
流石に気がついた竜は、首だけをもたげて火炎を吹く。
それでも十分な距離を詰め切った彼女は、灼熱の中を気力だけで突っ切った。
大きく振りかぶった無傷の左腕。
対するボロ雑巾のような右腕で狙いを付けて、拳は敵の下顎を的確に狙い打った。
腕から赤いしぶきが上がり、同時に竜の身体もぐらりと揺れる。
リラがワイバーンの背に崩れ落ち、竜は――腕を地について、僅かに踏み止まった。
「こいつ……!」
機体に残された最後の余力で敵を抑え込もうとするジャック。
だがそれよりも早く、竜が苦しそうなうめき声をあげた。
ふらり、ふらりとヘクトルから離れ後ずさる竜。
その瞳に宿った光が薄れ、やがてぐったりと地面に倒れ伏す。
――次の瞬間、負のマテリアルが弾けるように四散して、その場にうつ伏せになって倒れる一糸まとわぬ人の姿があった。
「……マジで人間になりやがった」
その様子を目にして、ジャックはふとそう漏らす。
しばらく様子を見守ったが人の姿をしたその存在はピクリとも動く事がなく、ようやく彼もその警戒を解いた。
●
辛うじて動くヘクトルに繋がれたワイヤー。
その先に捕まって、リアリュールがゆっくりと暗い縦穴を下りていく。
戦場に開いたその穴は深く地の底へと繋がっていて、まだまだその先が見えることは無かった。
「アイツが何なのかはさっぱりわからねぇ……だけどよ、“今”現れたって事には何か意味があるんじゃねぇかと思うわけだ」
「意味、とは?」
地上から穴を覗き込むメンカルが尋ねると、ジャックは自分でも纏まりきっていない考えを繋ぐように、ぽつりぽつりと答える。
「こいつが近くに居たってんなら、先の大規模な戦いで顔を見せないわけがねぇだろう。かといってこの地を取り戻しに来た勢力とも見えねぇ。どちらかと言えば、意図的に――もしくは偶然、この場所に“出て来ちまった”んじゃねぇか」
要領は得ないが、言わんとしている事はメンカルにも理解できた。
突然この地に現れた不自然さ。
不可解な開戦、そして終戦。
戦闘後、倒れていた人物はマテリアルとなって霧散することはなく、かと言って生きている様子もなかった。
その扱いを迷った後に、増援に駆け付けた新たなハンター達の手によって物理的、そして魔法的に幾重にも拘束を掛けられた。
下手にトドメを刺そうとして、万が一に再び暴れられては仕方がない。
かといってキャンプにほど近いこの地で野放しにしているわけにもいかない。
間を取っての拘束監視であった。
「……釈然としねぇな」
舌打つジャック。
メンカルもまた、どこか煮え切らない想いが胸の中に燻っていた。
「――ジャック様の仰っていた事、的外れではなさそうです」
不意にトランシーバーからリアリュールの呑気な声が響いて、2人は弾かれたように手に取った。
地下深く、ようやく足場のある所に出た彼女は目の前に広がった空間に水晶球の灯りを巡らせる。
そしてそこに広がる建造物と、掘り込まれた古代文字と思われる遺物の数々を目にしながら、小さく息を飲み込んだ。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 仙堂 紫苑(ka5953) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/05/07 01:55:50 |
|
![]() |
質問卓 リアリュール(ka2003) エルフ|17才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2018/05/05 07:09:56 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/05/04 09:48:58 |