ゲスト
(ka0000)
Dead Rock 'n' roll
マスター:楠々蛙

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/05/03 15:00
- 完成日
- 2018/05/15 01:04
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
霧煙る、夜の海。街の灯りとは遠い海原で唯一の道標足り得る星の光さえ、波間をゆくその一隻の船の甲板には届かない。
右左舷に、それぞれ十四門ずつ大砲を備える、小型フリゲート級の軍艦。血染めの如く紅に彩られた帆──自由都市同盟が擁する海軍内で、知る人ぞ知るその艦船の名は“血まみれ鴎(ガッビアーノ・サングイノーサ)号”だ。
「きゃ、きゃぷてぇん……」
その船尾に構える艦橋の上で、消え入りそうな声を絞り出す者が一人居た。
肩に届く亜麻色の髪、柔らかな顔付き──男やもめに蛆が湧きそうな船内に一人華を添えているのは、血まみれ鴎号の一等航海士、フィオレ=フィオリーニ中尉だ。彼女の悩み事はと言えば、凹凸乏しい身体付きに、型破りな上司の存在だが、しかしながら、今その頭を占めているのは、趣が違う。
小動物のように艦橋の隅で身を縮こまらせたフィオレは、どうやら怯えているようだった。
「どうしたね、中尉」
震え声に怪訝な顔を向けて応じたのは、半ば涙声の呼び掛けが示す通り、同盟海軍において大佐(キャプテン)の役職に就くと同時に、この血まみれ鴎号の艦長(キャプテン)を担う女性。
海上で日差しに晒された挙句、霧中の中にあってもなお眩いブロンドを飾る三角帽。男物の軍服に袖を通し、肩に羽織るのは、黒地を紅で彩った、物々しく映える外套。
細身のカトラスを佩き、左右の腰許には二挺──いや、淑女が着飾るドレススカートのごとく彼女の腰を飾るようにして連結したホルスターには、左右にそれぞれ三挺──総じて六挺のフリントロックピストルが納まっている。
華と呼ぶには、些か以上に棘の鋭過ぎる気風──彼女こそ、同盟海軍に女傑ありと謳われる、アドリアーナ=シェルヴィーノその人だ。
「航路を見失ったわけじゃあるまいな」
「ち、違いますよ」
「では、なんだ」
「霧ですよぅ。この霧、なんとも思わないんですかぁ」
「この海域では、そう珍しい事でもなかろうよ」
薄気味悪いと言わんばかりに挙動不審に一帯に立ち込める霧を見渡すフィオレに、事もなげに返すアドリアーナ。
「でもさっきから、風も吹かないですし」
展開したマストを仰ぎ見ながら、呻くようにフィオレが零す。張られた帆は力なく垂れ下がるばかりで、一向に風を受けている様子はない。
「だろうな。だから霧も晴れんのだろうよ」
さもあらんとアドリアーナは肩を竦める。一々もっともな上官の応答に「うぅ」と唸ったものの「で、でも」とフィオレは譲らずに続けた。
「でもですよ? こ、これじゃぁ、話に聞いたまんまじゃないですかぁ」
神は死んだと言うような悲壮感を漂わせて、よよよ──とフィオレが膝を崩す。
「で、出るかもしれないんですよ? ゆ、ゆゆ、幽霊船がぁ……」
世界の終わりを告げられたかのような絶望と共にそう零したフィオレの声は半ばと言わず八割がた泣いている。
しかし、アドリアーナはと言えば、その整った形をしている唇を、その出で立ちに相応しく、悪辣に染めていた。
「それならば好都合だ。いや、そうであって貰わなくてはな。私は無駄足を好かんのでね」
その時、まるで主の言葉にいらえるかのように、血まみれ鴎号の紅い帆が、ばさり──と音を立てて膨らむ。
風が巻いたのだ。
それまで穏やかに寄せるばかりだった波の音までもが、船を打つように荒れ始める。
そして、風に煽られた霧が徐々に薄くなってゆく。
「そぅら、おいでなすった」
まだ、白煙の帳が視界を覆っている最中に、風に荒ぶ外套の裾をはためかせながらアドリーナが呟いたかと思えば、その直後、見張り台に立つ船員の警告が、頭上から降って来る。
「正面より、接近する船影あり!」
そしてそれは現れた。霧の奥より、ぬぅっ──と、その異様とも言える威容を現したのだ。
まず露わになったのは、船首に飾られたフィギュアヘッド。かつては航海の無事を祈る乙女の姿をしていたであろうそれは、在りし日の美貌の片頬を失い、見るもおぞましい容貌と成り果てている。
漆黒の帆は擦り切れ、幾個所にも穴が開き、最早本来の役目に耐えられるとも思えない有りさまだ。
船体もまた同様に傷付き、何故、その船が未だに海の上に浮かんでいられるのかと、問いたくなるような状態だった。
しかし何より眼を疑いたくなるような光景は、甲板上にあった。甲板上で動き回り、亡霊のような船を動かす船員達に。
「ひぃぃ……!」
床にへたり込んでいたフィオレが、引き攣るような悲鳴を上げる。
死体だ。死に体の船を、死体の群れが動かしている。それも今日昨日こさえられた死体ではない。どれもこれもが、身体の一部を白骨化──いや、骸骨に辛うじて肉片がこびり付いているだけといった有りさまだ。五体が揃っている者の方が珍しい。どころか中には、余計に二つ三つ余計な部品が付いているモノさえ居た。
まだしも身体より状態が真っ当と言える装飾や武器を身に付けた彼らは皆一様に、呵々と笑いながら、こちらを見ていた。──悪徳に歪んだ表情、略奪者の笑みを浮かべつつ。
「……イイ面構えだ。ああ、まったく胸がスッとする」
ますます悪辣な笑みを唇に湛えながら、アドリアーナが囁いた。
血まみれ鴎号がこの海域へ舳先を向けたのは、この幽霊船──歪虚が乗る船の討伐が目的だったのだ。
元より、稀に遭難する船が出る海域だったが、ここ最近になって、特に商船などの被害数が激増したため軍が調査に乗り出し、数少ない生き残りの証言から、この海賊型の歪虚の存在が明らかとなったのである。
「こういう手合いの方が、私も流儀の通し甲斐があるというものだ」
鞘鳴りの音も高らかにカトラスの刀身を引き抜いたアドリアーナは、剣先を掲げて檄を飛ばす。
「さぁ、野郎共──」
しかしその折、相手がたの船室──船長室と思しき部屋の扉が、蹴り開かれた。内より現れ出たのは、赤ワインの瓶を不作法に呷る、黒外套を羽織った、ガシャ髑髏。
喉を通す傍から肋骨より紅い液体を滴らせる偉丈夫の骸骨は、まだ中身の残る瓶を床に叩き付けると共に、酒精のそれよりもタチの悪い酩酊に浮かれた声で咆哮した。
「さぁ野郎共、ドクロを掲げろぉ!」
その声が亡霊渦巻く甲板に響き渡ると同時に、朽ち掛けたメインマストに、髑髏はためく布が掲げられる。
「先を越されたか」
舌打ち。──口の端が捲り上がる。
「なにをしている愚図共、こちらも我らが流儀を見せつけろ!」
遅れに失してなお猛き鬨の声が轟くと共に、紅いマストの上で、黒地の旗が躍る。
髑髏を啄む、血濡れた鴎のシルエット。その意味は──“貴様もすぐにこうなる(You must die)”。
宣戦布告──いや、もっと明確な、死の宣告である。
血まみれ鴎号と亡霊戦──彼我の右舷と左舷が交錯。
「総員、衝撃に備えろ──白兵戦用意!」
その直後、双方の船体を衝撃が揺さぶった。
右左舷に、それぞれ十四門ずつ大砲を備える、小型フリゲート級の軍艦。血染めの如く紅に彩られた帆──自由都市同盟が擁する海軍内で、知る人ぞ知るその艦船の名は“血まみれ鴎(ガッビアーノ・サングイノーサ)号”だ。
「きゃ、きゃぷてぇん……」
その船尾に構える艦橋の上で、消え入りそうな声を絞り出す者が一人居た。
肩に届く亜麻色の髪、柔らかな顔付き──男やもめに蛆が湧きそうな船内に一人華を添えているのは、血まみれ鴎号の一等航海士、フィオレ=フィオリーニ中尉だ。彼女の悩み事はと言えば、凹凸乏しい身体付きに、型破りな上司の存在だが、しかしながら、今その頭を占めているのは、趣が違う。
小動物のように艦橋の隅で身を縮こまらせたフィオレは、どうやら怯えているようだった。
「どうしたね、中尉」
震え声に怪訝な顔を向けて応じたのは、半ば涙声の呼び掛けが示す通り、同盟海軍において大佐(キャプテン)の役職に就くと同時に、この血まみれ鴎号の艦長(キャプテン)を担う女性。
海上で日差しに晒された挙句、霧中の中にあってもなお眩いブロンドを飾る三角帽。男物の軍服に袖を通し、肩に羽織るのは、黒地を紅で彩った、物々しく映える外套。
細身のカトラスを佩き、左右の腰許には二挺──いや、淑女が着飾るドレススカートのごとく彼女の腰を飾るようにして連結したホルスターには、左右にそれぞれ三挺──総じて六挺のフリントロックピストルが納まっている。
華と呼ぶには、些か以上に棘の鋭過ぎる気風──彼女こそ、同盟海軍に女傑ありと謳われる、アドリアーナ=シェルヴィーノその人だ。
「航路を見失ったわけじゃあるまいな」
「ち、違いますよ」
「では、なんだ」
「霧ですよぅ。この霧、なんとも思わないんですかぁ」
「この海域では、そう珍しい事でもなかろうよ」
薄気味悪いと言わんばかりに挙動不審に一帯に立ち込める霧を見渡すフィオレに、事もなげに返すアドリアーナ。
「でもさっきから、風も吹かないですし」
展開したマストを仰ぎ見ながら、呻くようにフィオレが零す。張られた帆は力なく垂れ下がるばかりで、一向に風を受けている様子はない。
「だろうな。だから霧も晴れんのだろうよ」
さもあらんとアドリアーナは肩を竦める。一々もっともな上官の応答に「うぅ」と唸ったものの「で、でも」とフィオレは譲らずに続けた。
「でもですよ? こ、これじゃぁ、話に聞いたまんまじゃないですかぁ」
神は死んだと言うような悲壮感を漂わせて、よよよ──とフィオレが膝を崩す。
「で、出るかもしれないんですよ? ゆ、ゆゆ、幽霊船がぁ……」
世界の終わりを告げられたかのような絶望と共にそう零したフィオレの声は半ばと言わず八割がた泣いている。
しかし、アドリアーナはと言えば、その整った形をしている唇を、その出で立ちに相応しく、悪辣に染めていた。
「それならば好都合だ。いや、そうであって貰わなくてはな。私は無駄足を好かんのでね」
その時、まるで主の言葉にいらえるかのように、血まみれ鴎号の紅い帆が、ばさり──と音を立てて膨らむ。
風が巻いたのだ。
それまで穏やかに寄せるばかりだった波の音までもが、船を打つように荒れ始める。
そして、風に煽られた霧が徐々に薄くなってゆく。
「そぅら、おいでなすった」
まだ、白煙の帳が視界を覆っている最中に、風に荒ぶ外套の裾をはためかせながらアドリーナが呟いたかと思えば、その直後、見張り台に立つ船員の警告が、頭上から降って来る。
「正面より、接近する船影あり!」
そしてそれは現れた。霧の奥より、ぬぅっ──と、その異様とも言える威容を現したのだ。
まず露わになったのは、船首に飾られたフィギュアヘッド。かつては航海の無事を祈る乙女の姿をしていたであろうそれは、在りし日の美貌の片頬を失い、見るもおぞましい容貌と成り果てている。
漆黒の帆は擦り切れ、幾個所にも穴が開き、最早本来の役目に耐えられるとも思えない有りさまだ。
船体もまた同様に傷付き、何故、その船が未だに海の上に浮かんでいられるのかと、問いたくなるような状態だった。
しかし何より眼を疑いたくなるような光景は、甲板上にあった。甲板上で動き回り、亡霊のような船を動かす船員達に。
「ひぃぃ……!」
床にへたり込んでいたフィオレが、引き攣るような悲鳴を上げる。
死体だ。死に体の船を、死体の群れが動かしている。それも今日昨日こさえられた死体ではない。どれもこれもが、身体の一部を白骨化──いや、骸骨に辛うじて肉片がこびり付いているだけといった有りさまだ。五体が揃っている者の方が珍しい。どころか中には、余計に二つ三つ余計な部品が付いているモノさえ居た。
まだしも身体より状態が真っ当と言える装飾や武器を身に付けた彼らは皆一様に、呵々と笑いながら、こちらを見ていた。──悪徳に歪んだ表情、略奪者の笑みを浮かべつつ。
「……イイ面構えだ。ああ、まったく胸がスッとする」
ますます悪辣な笑みを唇に湛えながら、アドリアーナが囁いた。
血まみれ鴎号がこの海域へ舳先を向けたのは、この幽霊船──歪虚が乗る船の討伐が目的だったのだ。
元より、稀に遭難する船が出る海域だったが、ここ最近になって、特に商船などの被害数が激増したため軍が調査に乗り出し、数少ない生き残りの証言から、この海賊型の歪虚の存在が明らかとなったのである。
「こういう手合いの方が、私も流儀の通し甲斐があるというものだ」
鞘鳴りの音も高らかにカトラスの刀身を引き抜いたアドリアーナは、剣先を掲げて檄を飛ばす。
「さぁ、野郎共──」
しかしその折、相手がたの船室──船長室と思しき部屋の扉が、蹴り開かれた。内より現れ出たのは、赤ワインの瓶を不作法に呷る、黒外套を羽織った、ガシャ髑髏。
喉を通す傍から肋骨より紅い液体を滴らせる偉丈夫の骸骨は、まだ中身の残る瓶を床に叩き付けると共に、酒精のそれよりもタチの悪い酩酊に浮かれた声で咆哮した。
「さぁ野郎共、ドクロを掲げろぉ!」
その声が亡霊渦巻く甲板に響き渡ると同時に、朽ち掛けたメインマストに、髑髏はためく布が掲げられる。
「先を越されたか」
舌打ち。──口の端が捲り上がる。
「なにをしている愚図共、こちらも我らが流儀を見せつけろ!」
遅れに失してなお猛き鬨の声が轟くと共に、紅いマストの上で、黒地の旗が躍る。
髑髏を啄む、血濡れた鴎のシルエット。その意味は──“貴様もすぐにこうなる(You must die)”。
宣戦布告──いや、もっと明確な、死の宣告である。
血まみれ鴎号と亡霊戦──彼我の右舷と左舷が交錯。
「総員、衝撃に備えろ──白兵戦用意!」
その直後、双方の船体を衝撃が揺さぶった。
リプレイ本文
双方の艦船が共に激突し、接舷戦にもつれ込むよりも早く、軍に雇われたハンターの一人──ソフィア =リリィホルム(ka2383)は亡霊船の上空へ、その矮躯を投げていた。
ソフィアは推進力として我が身を遥か上空へと舞わせたマテリアルを炎熱へと転換し、錬金杖に籠めて直下へと投げ落とす。
腐り掛けた舟板を砕き甲板に突き刺さった杖を、落下の勢いのままに踏み付ける。──と同時に、杖に籠めたマテリアルを解放。
群がる亡霊を、解き放たれた焔が木端微塵に蹴散らした。
だが、粉骨と散る同胞をかき分けて、更に骸骨が押し寄せる。
ソフィアは、魔導リボルバーを片手で抜き放ち、来る敵来る敵を迎撃。そうしながら彼女は、爪先で蹴り上げた杖を逆の手で掴み取るや、次の瞬間にはその石突を背後へ突きだしていた。
振り返るよりも早く、硬い手応えを掴む。その直後に、背の直近で火薬が爆ぜた。
遅ればせながら振り返ると共に、リボルバーを振り翳す──今しがた、銃身に異物を突っ込まれて暴発した銃により片手の吹き飛んだ骸骨へ、銃身を向けて。
「御機嫌よう♪」
可憐な笑み──悪辣を忍ばせて。
撃発、粉砕。チリ──と焦げる銃身を巡らせて、更なる標的を求める。
杖を払い、石突から、鉄屑と化したフリントロックピストルを振り落しながら、ソフィアはふつりと沸く血の熱を吐くように、言い放った。
「さって、おっぱじめましょうかね」
亡霊船と、血まみれ鴎号──彼我の船が接舷するや否や、両右舷の大砲が咆哮を上げる。
耳を聾する、砲声。木端と散る、双方の船端。
轟音と暴威が支配する戦端にあってなお、ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)の愛車は、我は在りしとエンジン音も高らかに駆け抜ける。
黄銅と黒鉄のフレーム、カウルのないネイキッド。
渋味のある銀髪、精悍な面差しに刻まれた皴──持ち主と同じクラシカルな風格の魔導バイク、その前輪を、敵船の砲弾を受けて砕けた船縁へと向ける。木板の一部がめくれ上がり、即席の跳ね台になった箇所に向けてハンドリングし、ルトガーはアクセルスロットルを全開にした。
獰猛に吼える魔導エンジン。跳ね台から飛び立った車体は宙を舞い、ガシャガシャと顎を鳴らして唄う骸骨の群れへと飛び込んでゆく。
「イイ面だ」
人生はかくあれかし。老えど死ねども、愉しんだモン勝ちだ。
「それならまぁ、俺ぁ負けんがねえ」
眼下で哂う骸骨を見下ろしながら、口端を歪ませる。クラシカル──かつ、バイオレンスな笑みと共に、握りを掴んだステッキを振る。
空中に生じた光が、輝跡となって骸骨の群れに降り注ぐ。
光線が甲板へ着弾すると同時に、弾けた閃光によって骸骨の群れが蹴散らされる。生じた間隙にバイクが着地。
前輪をロックしながら、アクセルをフルスロットルし、後輪を振る。──マフラーから迸る火焔が、押し寄せる死にぞこないを焼き払った。
「こんなもんじゃなかろうよ、なあ。──もっと、愉しませちゃくれんかね」
火達磨と化して崩れてゆく骸の一つを火種に煙草へ火を点し、咥え煙草で紫煙を燻らせながら、老えど若き男は、くつくつとワルい笑みを浮かべてみせた。
震脚。中国武術──とりわけ、一撃一撃の威力を重んじる八極拳において、発勁の要とされるその歩法は、真に功を積んだ遣い手が用いれば、音を発したりはしない。
足裏と地面が接するその刹那、脚腰を捻り、足許で生じた力の流れを音として無意に散らす事なく伝達するからだ。
故に、敵がたと味方がたの船との間に渡された掛け板は、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の震脚を受けても、僅かに軋む音を上げるのみだった。
爆音を発して砕け散ったのは、突き放たれた刃を受けた骸骨の方である。
刺突の勢いのままに足を飛ばし、次の呼気を吐いた時には、既に敵船の甲板上にユーリは立っていた。
残心を取るいとまはない。
震脚を踏む隙さえなく、ユーリは甲板に二足を着けたまま、肉迫する骸骨へ拳を突き出した。
尋常な拳なら、威力を発揮させるには短過ぎるストローク。八極拳においては、必殺に足る間合いである。
寸勁──全身の瞬発力のみで放たれた拳を受けて、骸骨が四散する。
加えて、ユーリが拳を覆う手甲に気を注ぐや、蒼白む雷光にも似た輝きが迸り、拳の延長線上にマテリアルの刀身を形成し、正面の骸骨を纏めて刺し貫く。
正面に活路。ユーリは、その奥で哂うガシャ髑髏を見据えた。あれがこの船の船長に違いない。
あの髑髏が居るのは、二階デッキ。あそこへ向かうには、左右に位置する階段を昇るより他になさそうだが、当然そこの守りは堅い。
なればとユーリは、足許に転がるカットラスを爪先で掬い上げて、そのまま蹴り飛ばした。カットラスは、船体に突き刺さる。足を飛ばしたユーリは、壁に刺さるカットラスに足を掛けて跳躍。骸骨の群れを後ろ目に、二階デッキの手摺へ跳び乗った。
細い足場を蹴って身を飛ばし、左手に発したマテリアルの刀身を突き出す。
ガシャ髑髏はその一刺を、ユーリの腕の外へ逃れるように躱した。
ユーリは二階デッキに足を着けるや、瞬く間だけ相手に背面を向けるようにして身を捻り、薙ぐ軌跡を描いて右手の刀を払う。
しかし──
「イキの良い女だ」
ガシャ髑髏は、鞘から刀身の半ばだけ抜刀したカットラスで、太刀を受け止めた。
「どうだい、今夜、一晩」
刀身を押し込み、ズイと骨ばかりの顔を近付ける髑髏。ユーリは嫌悪も露わにして、左手を払う。図体の割には身軽な動きで、ガシャ髑髏が身を避ける。
「願い下げよ、骨太」
硬い声と共に、太刀の切っ先を突き付けるユーリ。
「元からねだりゃしねえ。欲しいモンは、奪うだけさ」
カットラスを抜き放ち、対の手に、フリントロックピストルを構えながら、髑髏は笑う。
「俺ぁ、海賊だぜ?」
爆ぜる、ガンパウダー。閃く、マズルフラッシュ。煙る、ガンスモーク。
撃つ、撃つ、撃つ。
皐月=A=カヤマ(ka3534)は、血まみれ鴎号の甲板に陣取り、しきりに左右それぞれに握る拳銃の銃爪を引き続ける。
敵の勢いは留まるところを知らない。掛け板の上をカットラス振り回して駆けて来る手合いを迎撃しても、マストに鉤縄を掛けて乗り移って来るのだ。
「いやぁ、こっち来ないでくださいぃっ」
こうなれば、非戦闘員のフィオレはただ逃げ回るのみ。
見かねた皐月は、拳銃の片割れを頭上高くへと向けて、銃爪を絞った。放たれた弾丸は狙い過たず、今まさに振り子のように身体を振ってこちらの船に乗り移ろうとする骸骨の鉤縄を掠め過ぎる。
縄を切られて体勢を崩した骸骨は、振り子の勢いのまま、フィオレを追い回す死体の一団の上へと落下。
「やぁれやれ──と?」
今しがた女性の窮地を救っておきながら、気取るでもなく平淡な表情で溜息を零した皐月は、ふと足首を掴まれる感覚を覚える。
「マジ?」
足許へ眼を向ければ、足首にしがみ付いているのは、骨ばかりの腕だった。胴無し一本切りの腕が、皐月の細い足首を握り締めている。咄嗟に銃を向けようとするも、一体の骸骨が突撃して来るのを目の端に捉えて、そちらへ照準を改めた。
その隻腕の骸骨は、残る一本の腕に、導火線に火の付いた火薬玉を抱えているのだ。どちらを優先するべきか、考えるまでもない。皐月は人差し指に、トリガープルを掛けた。
「っ、おんどれっ……」
しかし、撃発の瞬間に脚を凄まじい膂力で引かれ、弾丸は明後日の方向へと飛んでゆく。ニタリと哂う骸骨が、更に迫って来る。
だがその時、不意に足首の拘束が緩むのを感じた。視線を落とせば、そこには細身の刃で甲板に縫い止められた腕が。
ガチリ──と耳元で撃鉄を起こす音。
そして、火打石(フリント)に火を点けられて爆ぜる黒色火薬の轟音が、耳を聾した。
銃声とほぼ同時に、眼前の骸骨が抱える爆薬が発破。木端と熱風が吹き付ける。
腕を掲げて、頭を庇う皐月。その傍らで、粉塵を浴びてもなお眩しさを損なわないブロンドを靡かせて立つ女傑──アドリアーナが、腰を飾るホルスターから二挺目の銃を右手で抜き放つ。標的を求めて銃口が奔ったその時には、今しがた撃発した銃を握っていた左手が、既に別の銃へと伸びていた。
そうしてアドリアーナは、瞬く間に六連射を放った。備えの銃を撃ち尽くした彼女を新手の骸骨がカットラスを掲げて襲うも、甲板にくだんの腕を縫い止めておいた我が剣を掴み、一挙動の内に斬り返す。
「部下が世話になった。礼を言おう」
背骨を断たれ骨をぶち撒ける骸骨を後ろ目に振り返り、アドリアーナは言った。周囲一帯に押し寄せて来た骸骨をあらかた片付けた後、事もなげに。
「……おっかねぇの。ありゃ、ママンとタメ張れるぜ」
颯爽と背を向けて船員達へ指示を飛ばすアドリアーナを見遣りつつ、呟く皐月。口許に、うっすらとした微笑を浮かべたかと思えば、不意に振り返らずして、右手に握る拳銃の銃口を後ろに向ける。
後ろ手で逆しまに構える銃を撃発。
「──せやな。無法モン流儀で後れ取ぅたら、ワシャ二度と香山ん敷居は跨がしてもらえんわ」
背を振り返りつつ、もう一方の銃も向ける。相も変わらず呵々大笑する骸骨共へと。
「極道舐めよぅてからに。
いわすぞ、ボケェ」
趣味じゃねえな。
キザったらしい羽根付き帽子に、装飾過多なマント。ソフィアは、目の前に対峙する、他の者とは趣の異なる外観をした骸骨の衣装に舌を打った。ただし、その剣の腕だけには舌を巻く。
白銀の輝線が閃く
頬を掠める風切り音。その鋭利な音色は、段平なカットラスのモノではなく、細身で鋭い刃を持つレイピアが風を裂くのに伴う音だ。
冷気が頬を裂いたかと思えば、すぐにそれは流血の熱に取って変わる。
突くよりも早く引いて戻る刃。連なる連刺。させじと、魔導リボルバーを牽制に鳴らす。立て続けに二度──だが、銃声を発したのは一度のみで、後は虚しく撃鉄が空打ちする音が響くばかり。
弾切れ──骸骨が、実にいやらしく笑む。思い切った踏込で、レイピアを突き出す構え。
ソフィアは、してやったりと口端を上げる。シリンダーが空になったと知ってなお銃爪を引く愚挙を犯したのは、敵の油断を誘う罠。
上体を振って切っ先を躱す。と共に、魔導リボルバーのシリンダーを勢い良く伸びるレイピアの刃に擦り合わせた。
シリンダーの溝(フルート)に切っ先が引っ掛かり、火花を散らしながら回転。
この魔導リボルバーは、一つユニークな特性を有していた。特殊な機構を持つシリンダーが激しくスピンしながら、銃手のマテリアルを物質化させて弾丸へと形成、薬室へと装填する。
撃鉄を起こしてシリンダーの回転を止めながら、レイピアが引かれるよりも早く、ダッセエ帽子を被った頭蓋へ向けて、リボルバーを振る。
「遅せぇよ」
撃発──隠しようもない、悪辣な笑みと共に。
振り落された腕を掻い潜りながらマシンを駆り、船縁の間際でターン。
腹に伝わるエンジンの唸り──それすらを上回り耳を劈くヒステリックな叫声に顔を顰めながら、ルトガーはアクセルグリップを捻る。
「御婦人と戯れるのは、男の誉れ──と言いたいところだが、こいつはちとこたえるな」
彼が相手に取るのは、船首をおどろおどろしく飾っていたはずのフィギュアヘッドだ。人丈の三倍はあろうかという人型もまた、歪虚の一角だったとみえる。
凶相と成り果てた乙女は、錨を手にし、怪鳥音にも似た声で叫びながら、半ば狂ったようにルトガー目掛けて振り落しているのだ。
反撃を試みようにも、相手の図体が図体である。生半可な火力では、ただ隙を作るのみで、敵に塩を送るようなものだ。御婦人への贈り物にしては、些か以上に色気がない。
レディを口説くには、一も二もなく、燃えるような情熱がなくては。
「こんなところか」
ルトガーは何も、ただ逃げ回る為だけに、マシンを縦横無尽に駆っていたわけではない。彼の愛機は、駆け回っている間も、始終マフラーから火を噴いていたのだ。辺り一帯は火の海。骸骨共が松明もかくやとばかりに燃えている。
ルトガーはターンと共にバイクを停めるや、火の付いた紙巻を、フィギュアヘッドへと向けて弾き飛ばし、ステッキを掲げた。
すると、人間松明と化した骸骨共が異常な燃焼速度で焼失してゆき、彼らを覆っていた炎が、宙で放物線を描く紙巻へと渦を巻きながら集い始めた。
「とびきり熱いのだ。受け取っちゃくれんかね」
深く昏く、血よりも紅い炎が、呪われた乙女を焼く。絹裂くような断末魔を発しながら、フィギュアヘッドは悶え苦しむように暴れ回り、船から転げ落ちて海面へと没した。
「少々の不作法は許してくれ。甲斐性なんぞがありゃあ、バツが五つも付いちゃいないんでなあ」
ルトガーは、僅かながら悪びれるように肩を竦めた。
額に向けられる、銃口。
銃爪が絞られ、撃鉄のフリントが当たり金を叩き、生じた火花で黒色火薬が燃焼する一髪千鈞を引くその刹那、ユーリは下肢の力を抜いた。
消失を錯覚させる程の速さで上体が沈み、遅れに失して放たれた鉛玉が、残像めいて靡く銀糸の髪を数条千切りながら飛ぶ。
初(そ)めの太刀──沈身によって生じた沈墜勁を乗せて、左のマテリアル刃を突き下ろすも、カットラスに阻まれる。
次の太刀──上体を起こしざまに、右の刀を逆手に握りながら逆袈裟に斬り上げるが、それもまたカットラスが受け止めた。
ユーリは前の足を引きながら、カットラスの力に拮抗せずに刀を擦り上げた。双方との刃の間に、火花が散る。
刀の切っ先がカットラスの刃より離れるその刹那、朱い火花は蒼白の雷光へと姿形を変えた。
蒼雷を纏う刀を頭上に翳しながら、柄の握りを順手に替える。──これこそが、終(つい)の太刀。
秘剣・霹靂。
霧が晴れ、淡い光差す月夜に、在り得ざる雷鳴が轟く。
正中線をただひたすら真っ直ぐに断ち斬られた頭蓋の内から、鬼火が浮かび上がり、夜闇に溶けるように消えてゆく。
と、その直後、亡霊船が不吉に軋んだかと思えば、我が身の現状を思い出したかのように、船体の木板がめきめきと音を立ててひび割れ始めた。
「ちょ、なになに!?」
「お困りかね、お嬢さん」
慌てふためくユーリに、階下の甲板から、魔導バイクに跨ったルトガーが声を掛ける。
「よければ乗っていくかね」
「ありがとうございますっ、おじいさん!」
渡りに船と、ユーリは二階デッキから身を投げて、ルトガーの後ろに飛び乗った。
傾ぎ始めた船体を魔導バイクが駆け抜け、血まみれ鴎号へと飛び移る。ユーリが亡霊船を振り返れば、かつては略奪の限りを尽くしたであろう海賊船が海に呑まれてゆくところだった。
刀を鞘に納めると、最後に残った髑髏の旗もまた、昏い海の底へと沈んでいった、
ソフィアは推進力として我が身を遥か上空へと舞わせたマテリアルを炎熱へと転換し、錬金杖に籠めて直下へと投げ落とす。
腐り掛けた舟板を砕き甲板に突き刺さった杖を、落下の勢いのままに踏み付ける。──と同時に、杖に籠めたマテリアルを解放。
群がる亡霊を、解き放たれた焔が木端微塵に蹴散らした。
だが、粉骨と散る同胞をかき分けて、更に骸骨が押し寄せる。
ソフィアは、魔導リボルバーを片手で抜き放ち、来る敵来る敵を迎撃。そうしながら彼女は、爪先で蹴り上げた杖を逆の手で掴み取るや、次の瞬間にはその石突を背後へ突きだしていた。
振り返るよりも早く、硬い手応えを掴む。その直後に、背の直近で火薬が爆ぜた。
遅ればせながら振り返ると共に、リボルバーを振り翳す──今しがた、銃身に異物を突っ込まれて暴発した銃により片手の吹き飛んだ骸骨へ、銃身を向けて。
「御機嫌よう♪」
可憐な笑み──悪辣を忍ばせて。
撃発、粉砕。チリ──と焦げる銃身を巡らせて、更なる標的を求める。
杖を払い、石突から、鉄屑と化したフリントロックピストルを振り落しながら、ソフィアはふつりと沸く血の熱を吐くように、言い放った。
「さって、おっぱじめましょうかね」
亡霊船と、血まみれ鴎号──彼我の船が接舷するや否や、両右舷の大砲が咆哮を上げる。
耳を聾する、砲声。木端と散る、双方の船端。
轟音と暴威が支配する戦端にあってなお、ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)の愛車は、我は在りしとエンジン音も高らかに駆け抜ける。
黄銅と黒鉄のフレーム、カウルのないネイキッド。
渋味のある銀髪、精悍な面差しに刻まれた皴──持ち主と同じクラシカルな風格の魔導バイク、その前輪を、敵船の砲弾を受けて砕けた船縁へと向ける。木板の一部がめくれ上がり、即席の跳ね台になった箇所に向けてハンドリングし、ルトガーはアクセルスロットルを全開にした。
獰猛に吼える魔導エンジン。跳ね台から飛び立った車体は宙を舞い、ガシャガシャと顎を鳴らして唄う骸骨の群れへと飛び込んでゆく。
「イイ面だ」
人生はかくあれかし。老えど死ねども、愉しんだモン勝ちだ。
「それならまぁ、俺ぁ負けんがねえ」
眼下で哂う骸骨を見下ろしながら、口端を歪ませる。クラシカル──かつ、バイオレンスな笑みと共に、握りを掴んだステッキを振る。
空中に生じた光が、輝跡となって骸骨の群れに降り注ぐ。
光線が甲板へ着弾すると同時に、弾けた閃光によって骸骨の群れが蹴散らされる。生じた間隙にバイクが着地。
前輪をロックしながら、アクセルをフルスロットルし、後輪を振る。──マフラーから迸る火焔が、押し寄せる死にぞこないを焼き払った。
「こんなもんじゃなかろうよ、なあ。──もっと、愉しませちゃくれんかね」
火達磨と化して崩れてゆく骸の一つを火種に煙草へ火を点し、咥え煙草で紫煙を燻らせながら、老えど若き男は、くつくつとワルい笑みを浮かべてみせた。
震脚。中国武術──とりわけ、一撃一撃の威力を重んじる八極拳において、発勁の要とされるその歩法は、真に功を積んだ遣い手が用いれば、音を発したりはしない。
足裏と地面が接するその刹那、脚腰を捻り、足許で生じた力の流れを音として無意に散らす事なく伝達するからだ。
故に、敵がたと味方がたの船との間に渡された掛け板は、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の震脚を受けても、僅かに軋む音を上げるのみだった。
爆音を発して砕け散ったのは、突き放たれた刃を受けた骸骨の方である。
刺突の勢いのままに足を飛ばし、次の呼気を吐いた時には、既に敵船の甲板上にユーリは立っていた。
残心を取るいとまはない。
震脚を踏む隙さえなく、ユーリは甲板に二足を着けたまま、肉迫する骸骨へ拳を突き出した。
尋常な拳なら、威力を発揮させるには短過ぎるストローク。八極拳においては、必殺に足る間合いである。
寸勁──全身の瞬発力のみで放たれた拳を受けて、骸骨が四散する。
加えて、ユーリが拳を覆う手甲に気を注ぐや、蒼白む雷光にも似た輝きが迸り、拳の延長線上にマテリアルの刀身を形成し、正面の骸骨を纏めて刺し貫く。
正面に活路。ユーリは、その奥で哂うガシャ髑髏を見据えた。あれがこの船の船長に違いない。
あの髑髏が居るのは、二階デッキ。あそこへ向かうには、左右に位置する階段を昇るより他になさそうだが、当然そこの守りは堅い。
なればとユーリは、足許に転がるカットラスを爪先で掬い上げて、そのまま蹴り飛ばした。カットラスは、船体に突き刺さる。足を飛ばしたユーリは、壁に刺さるカットラスに足を掛けて跳躍。骸骨の群れを後ろ目に、二階デッキの手摺へ跳び乗った。
細い足場を蹴って身を飛ばし、左手に発したマテリアルの刀身を突き出す。
ガシャ髑髏はその一刺を、ユーリの腕の外へ逃れるように躱した。
ユーリは二階デッキに足を着けるや、瞬く間だけ相手に背面を向けるようにして身を捻り、薙ぐ軌跡を描いて右手の刀を払う。
しかし──
「イキの良い女だ」
ガシャ髑髏は、鞘から刀身の半ばだけ抜刀したカットラスで、太刀を受け止めた。
「どうだい、今夜、一晩」
刀身を押し込み、ズイと骨ばかりの顔を近付ける髑髏。ユーリは嫌悪も露わにして、左手を払う。図体の割には身軽な動きで、ガシャ髑髏が身を避ける。
「願い下げよ、骨太」
硬い声と共に、太刀の切っ先を突き付けるユーリ。
「元からねだりゃしねえ。欲しいモンは、奪うだけさ」
カットラスを抜き放ち、対の手に、フリントロックピストルを構えながら、髑髏は笑う。
「俺ぁ、海賊だぜ?」
爆ぜる、ガンパウダー。閃く、マズルフラッシュ。煙る、ガンスモーク。
撃つ、撃つ、撃つ。
皐月=A=カヤマ(ka3534)は、血まみれ鴎号の甲板に陣取り、しきりに左右それぞれに握る拳銃の銃爪を引き続ける。
敵の勢いは留まるところを知らない。掛け板の上をカットラス振り回して駆けて来る手合いを迎撃しても、マストに鉤縄を掛けて乗り移って来るのだ。
「いやぁ、こっち来ないでくださいぃっ」
こうなれば、非戦闘員のフィオレはただ逃げ回るのみ。
見かねた皐月は、拳銃の片割れを頭上高くへと向けて、銃爪を絞った。放たれた弾丸は狙い過たず、今まさに振り子のように身体を振ってこちらの船に乗り移ろうとする骸骨の鉤縄を掠め過ぎる。
縄を切られて体勢を崩した骸骨は、振り子の勢いのまま、フィオレを追い回す死体の一団の上へと落下。
「やぁれやれ──と?」
今しがた女性の窮地を救っておきながら、気取るでもなく平淡な表情で溜息を零した皐月は、ふと足首を掴まれる感覚を覚える。
「マジ?」
足許へ眼を向ければ、足首にしがみ付いているのは、骨ばかりの腕だった。胴無し一本切りの腕が、皐月の細い足首を握り締めている。咄嗟に銃を向けようとするも、一体の骸骨が突撃して来るのを目の端に捉えて、そちらへ照準を改めた。
その隻腕の骸骨は、残る一本の腕に、導火線に火の付いた火薬玉を抱えているのだ。どちらを優先するべきか、考えるまでもない。皐月は人差し指に、トリガープルを掛けた。
「っ、おんどれっ……」
しかし、撃発の瞬間に脚を凄まじい膂力で引かれ、弾丸は明後日の方向へと飛んでゆく。ニタリと哂う骸骨が、更に迫って来る。
だがその時、不意に足首の拘束が緩むのを感じた。視線を落とせば、そこには細身の刃で甲板に縫い止められた腕が。
ガチリ──と耳元で撃鉄を起こす音。
そして、火打石(フリント)に火を点けられて爆ぜる黒色火薬の轟音が、耳を聾した。
銃声とほぼ同時に、眼前の骸骨が抱える爆薬が発破。木端と熱風が吹き付ける。
腕を掲げて、頭を庇う皐月。その傍らで、粉塵を浴びてもなお眩しさを損なわないブロンドを靡かせて立つ女傑──アドリアーナが、腰を飾るホルスターから二挺目の銃を右手で抜き放つ。標的を求めて銃口が奔ったその時には、今しがた撃発した銃を握っていた左手が、既に別の銃へと伸びていた。
そうしてアドリアーナは、瞬く間に六連射を放った。備えの銃を撃ち尽くした彼女を新手の骸骨がカットラスを掲げて襲うも、甲板にくだんの腕を縫い止めておいた我が剣を掴み、一挙動の内に斬り返す。
「部下が世話になった。礼を言おう」
背骨を断たれ骨をぶち撒ける骸骨を後ろ目に振り返り、アドリアーナは言った。周囲一帯に押し寄せて来た骸骨をあらかた片付けた後、事もなげに。
「……おっかねぇの。ありゃ、ママンとタメ張れるぜ」
颯爽と背を向けて船員達へ指示を飛ばすアドリアーナを見遣りつつ、呟く皐月。口許に、うっすらとした微笑を浮かべたかと思えば、不意に振り返らずして、右手に握る拳銃の銃口を後ろに向ける。
後ろ手で逆しまに構える銃を撃発。
「──せやな。無法モン流儀で後れ取ぅたら、ワシャ二度と香山ん敷居は跨がしてもらえんわ」
背を振り返りつつ、もう一方の銃も向ける。相も変わらず呵々大笑する骸骨共へと。
「極道舐めよぅてからに。
いわすぞ、ボケェ」
趣味じゃねえな。
キザったらしい羽根付き帽子に、装飾過多なマント。ソフィアは、目の前に対峙する、他の者とは趣の異なる外観をした骸骨の衣装に舌を打った。ただし、その剣の腕だけには舌を巻く。
白銀の輝線が閃く
頬を掠める風切り音。その鋭利な音色は、段平なカットラスのモノではなく、細身で鋭い刃を持つレイピアが風を裂くのに伴う音だ。
冷気が頬を裂いたかと思えば、すぐにそれは流血の熱に取って変わる。
突くよりも早く引いて戻る刃。連なる連刺。させじと、魔導リボルバーを牽制に鳴らす。立て続けに二度──だが、銃声を発したのは一度のみで、後は虚しく撃鉄が空打ちする音が響くばかり。
弾切れ──骸骨が、実にいやらしく笑む。思い切った踏込で、レイピアを突き出す構え。
ソフィアは、してやったりと口端を上げる。シリンダーが空になったと知ってなお銃爪を引く愚挙を犯したのは、敵の油断を誘う罠。
上体を振って切っ先を躱す。と共に、魔導リボルバーのシリンダーを勢い良く伸びるレイピアの刃に擦り合わせた。
シリンダーの溝(フルート)に切っ先が引っ掛かり、火花を散らしながら回転。
この魔導リボルバーは、一つユニークな特性を有していた。特殊な機構を持つシリンダーが激しくスピンしながら、銃手のマテリアルを物質化させて弾丸へと形成、薬室へと装填する。
撃鉄を起こしてシリンダーの回転を止めながら、レイピアが引かれるよりも早く、ダッセエ帽子を被った頭蓋へ向けて、リボルバーを振る。
「遅せぇよ」
撃発──隠しようもない、悪辣な笑みと共に。
振り落された腕を掻い潜りながらマシンを駆り、船縁の間際でターン。
腹に伝わるエンジンの唸り──それすらを上回り耳を劈くヒステリックな叫声に顔を顰めながら、ルトガーはアクセルグリップを捻る。
「御婦人と戯れるのは、男の誉れ──と言いたいところだが、こいつはちとこたえるな」
彼が相手に取るのは、船首をおどろおどろしく飾っていたはずのフィギュアヘッドだ。人丈の三倍はあろうかという人型もまた、歪虚の一角だったとみえる。
凶相と成り果てた乙女は、錨を手にし、怪鳥音にも似た声で叫びながら、半ば狂ったようにルトガー目掛けて振り落しているのだ。
反撃を試みようにも、相手の図体が図体である。生半可な火力では、ただ隙を作るのみで、敵に塩を送るようなものだ。御婦人への贈り物にしては、些か以上に色気がない。
レディを口説くには、一も二もなく、燃えるような情熱がなくては。
「こんなところか」
ルトガーは何も、ただ逃げ回る為だけに、マシンを縦横無尽に駆っていたわけではない。彼の愛機は、駆け回っている間も、始終マフラーから火を噴いていたのだ。辺り一帯は火の海。骸骨共が松明もかくやとばかりに燃えている。
ルトガーはターンと共にバイクを停めるや、火の付いた紙巻を、フィギュアヘッドへと向けて弾き飛ばし、ステッキを掲げた。
すると、人間松明と化した骸骨共が異常な燃焼速度で焼失してゆき、彼らを覆っていた炎が、宙で放物線を描く紙巻へと渦を巻きながら集い始めた。
「とびきり熱いのだ。受け取っちゃくれんかね」
深く昏く、血よりも紅い炎が、呪われた乙女を焼く。絹裂くような断末魔を発しながら、フィギュアヘッドは悶え苦しむように暴れ回り、船から転げ落ちて海面へと没した。
「少々の不作法は許してくれ。甲斐性なんぞがありゃあ、バツが五つも付いちゃいないんでなあ」
ルトガーは、僅かながら悪びれるように肩を竦めた。
額に向けられる、銃口。
銃爪が絞られ、撃鉄のフリントが当たり金を叩き、生じた火花で黒色火薬が燃焼する一髪千鈞を引くその刹那、ユーリは下肢の力を抜いた。
消失を錯覚させる程の速さで上体が沈み、遅れに失して放たれた鉛玉が、残像めいて靡く銀糸の髪を数条千切りながら飛ぶ。
初(そ)めの太刀──沈身によって生じた沈墜勁を乗せて、左のマテリアル刃を突き下ろすも、カットラスに阻まれる。
次の太刀──上体を起こしざまに、右の刀を逆手に握りながら逆袈裟に斬り上げるが、それもまたカットラスが受け止めた。
ユーリは前の足を引きながら、カットラスの力に拮抗せずに刀を擦り上げた。双方との刃の間に、火花が散る。
刀の切っ先がカットラスの刃より離れるその刹那、朱い火花は蒼白の雷光へと姿形を変えた。
蒼雷を纏う刀を頭上に翳しながら、柄の握りを順手に替える。──これこそが、終(つい)の太刀。
秘剣・霹靂。
霧が晴れ、淡い光差す月夜に、在り得ざる雷鳴が轟く。
正中線をただひたすら真っ直ぐに断ち斬られた頭蓋の内から、鬼火が浮かび上がり、夜闇に溶けるように消えてゆく。
と、その直後、亡霊船が不吉に軋んだかと思えば、我が身の現状を思い出したかのように、船体の木板がめきめきと音を立ててひび割れ始めた。
「ちょ、なになに!?」
「お困りかね、お嬢さん」
慌てふためくユーリに、階下の甲板から、魔導バイクに跨ったルトガーが声を掛ける。
「よければ乗っていくかね」
「ありがとうございますっ、おじいさん!」
渡りに船と、ユーリは二階デッキから身を投げて、ルトガーの後ろに飛び乗った。
傾ぎ始めた船体を魔導バイクが駆け抜け、血まみれ鴎号へと飛び移る。ユーリが亡霊船を振り返れば、かつては略奪の限りを尽くしたであろう海賊船が海に呑まれてゆくところだった。
刀を鞘に納めると、最後に残った髑髏の旗もまた、昏い海の底へと沈んでいった、
依頼結果
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ひゃっはー!海賊狩りだあ! ソフィア =リリィホルム(ka2383) ドワーフ|14才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/04/30 16:17:04 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/05/03 14:58:44 |