• 反影

【反影】それでも続いた明日へ

マスター:ゆくなが

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2018/05/03 07:30
完成日
2018/05/13 19:09

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出? もっと見る

きよし

オープニング

 皆が忙しく歩き回っているサルヴァトーレ・ロッソの片隅で、仇花の騎士カレンデュラは何をするでもなく、ぼんやり、その光景を見ていた。
「……」
 いままでのカレンデュラであるのなら、それらの作業を嬉々として手伝ったであろう。
 先の大精霊解放戦で、ダモクレスが破壊された。カレンデュラの発生源である虚無が消失したのだ。
 つまり、あくまで異界の一部であるイレギュラー、カレンデュラもいずれは消えて無くなる定め。そんな不安定な体で、船内の作業を手伝ったりしている最中に消滅してしまえば、乗組員たちに迷惑がかかる。
 だから、こうして、カレンデュラは何をするでもなく、船内を眺めて時間を浪費していていたのだ。
 カレンデュラは考える。
──あたしはもうすぐ消える
 発生源である虚無が消えた以上、カレンデュラは消滅が確定した存在だ。ただ、虚無によってもそれぞれ時間差があり、管理者が倒されても、少しの間なら存続する虚無があるもいままでの調査で分かっている。
 そう、いまカレンデュラはそんな偶然とも言える奇跡によって生きながらえている存在なのだった。
──長いようであっという間で、
──思いもしないような冒険だったな。
 カレンデュラは頬杖をついて周りを眺める。
 負に覆われた、星の裏側の大地の空はあくまで暗い。けれど、太陽の向きからいって、今はちょうど朝なのであろう。
「さーて、こうしていても仕方ない!」
 カレンデュラはにわかに立ち上がった。
「いまのカレンちゃんにも出来ることがあるはず! よし、それを探しに行こう!」
 出来ること、やるべきこと、やらなくてはならないこと。
 あるいは、やり残してしまったこと。
 そんなものがないように、カレンデュラには特にあてはないがロッソやその周辺の負の大地を歩き回って見ることにしたのだった。
「んーと」
 カレンデュラは、唇に人差し指を当てて考える。
 そして、ぴしりと、右の方向を指さした。
「とりあえず、こっちに行って見よう!」
 カレンデュラは歩き出す。
 次の一歩が最後の一歩となっても、悔いの残らないように、全力で歩き出すのだった。

リプレイ本文


 消えるまでの『今』を、それでも仇花の騎士カレンデュラは俯かずに生きていたのだった。
 サルヴァトーレ・ロッソ内を散策しているところへ、声を掛けるものがあった。
 星野 ハナ(ka5852)である。ハナはなにやら荷物を抱えている。
「私は符術師の星野ハナですぅ、カレンデュラさんの時間を3分ほどいただきたく参上しましたぁ……お化粧させて下さいぃ!」
 見ると、その荷物は化粧品や装飾品が入っているではないか。
 言うが早いか、ハナは御霊符を連発し、カレンデュラを取り囲んだ。
「え、お化粧!?」
「カレンデュラさんも女の子なんですから、きっと似合う、いえ、私に任せてくだされば絶対に綺麗に仕上げますぅ!」
 まずは髪をブラシで梳かし、新しいリボンを掛け。鎧を磨き、指輪と腕輪を嵌める。そして、肝心の顔のメイクに取りかかかる。目指すのはナチュラルメイクだ。
 そして、カレンデュラからちょっと離れ、ハナは香水をふりかけた。
「これで完成ですぅ! 女の子に可愛い身支度必須ですよぅ? 御挨拶回り、より美人さんになって行ってらっしゃいですぅ」
 ハナとカレンデュラは握手をし、そして二人はハグをした。
「……ありがとぉ、カレンデュラさん」
「こっちこそありがとう、ハナちゃん。こんな素敵なことが起こるなんて想像もしてなかったよ。本当に、魔法みたいだ」
 ダモクレスの消滅した今、こうしてカレンデュラが存在していること、それ自体が魔法であり、奇跡のようなものなのだから。


 カレンデュラがハナと別れた後に出会ったのは、アティ(ka2729)だ。
「アティ、と言います。よろしくね」
「こちらこそ初めまして。アティちゃん」
 そして、アティは決意したようにカレンデュラを見つめた。
「貴女がいなくても、私達は勝てたと思います」
 アティはそう告げたのだ。
「それでも貴女がいてくれて良かった。貴方がいてくれたから、いてくれたから遥かに楽に。いてくれたから犠牲を払う事なく勝てたと、本心から思うのです」
「そっか。うん、安心した。君たちならきっと大丈夫だよ」
 カレンデュラは笑った。それは満足でもない、寂寥でもない、役目を果たしたものだけに許される笑みだった。
「それじゃあ、アティちゃん。さようなら」
「はい。さようならです、カレンデュラさん」
 二人は歩き出す、別々の方向に。
 それはもう交わることのない未来と過去の離別のようで。それでいて未来と過去は断じ難い連結の上にいるのだと確信させる歩みだった。


「負の大地、ねぇ。何やかんや思い入れ深い場所になっちまったな」
 窓からジャック・J・グリーヴ(ka1305)が負の大地を、赤くひび割れた星の裏側をみて言う。
ジャックは思う。
──クソ狼にはボコられたし虚無でも……いや、虚無は悪くねぇ思い出か。
──負の大地じゃそう遠くには出歩けねぇって事だが……ん?
 向こうからカレンデュラがやってくるではないか。ジャックはまだ随分距離のあるうちに、彼女に声をかけた。
「よお、カレンデュラ」
「んーと、そこにいるのは」
「安心しろ、俺様だ」
「うん、ジャックくんだね」
「お前、もうすぐ消えちまうんだろ」
「そうだよ」
 カレンデュラはことも無げに行ってのけた。
「俺様はてめぇを歪虚だなんて思わねぇよ、人間だとも言い切れねぇがな」
 ジャックはさらに言葉を紡いだ。呼吸を整えて、大事なことを告げるように。ゆっくりと、カレンデュラの耳に届くように。
「てめぇは『イイ女』だった、そんだけだ」
「ジャック、くん……」
「……そんだけだ。じゃあな」
「ジャックくーん!!」
「な、なんだよ、吃驚するじゃねぇか」
「ありがとお! そんなこと言われたの初めてだよう! そっちいっていい!? いいよね!!」
「は!? てめぇ、こっちに来るんじゃねえ……! 痛ってぇ、こちとら重体患者だぞ、走らせるなよ!?」
「だって嬉しいんだもーん!!」
「こっちに来るんじゃねええええ!!」
 どたどたと走り回る音と、両者の声が大気を震わせるのだった。


 その後、ついにカレンデュラはジャックを発見することはできなかった。
「はじめまして、カレンデュラ」
 そんなカレンデュラに声をかけてきたのはユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)だ。
「私はユーリ・ヴァレンティヌス。よろしく……といっても、とても短い期間になってしまうのかな」
「短くても嬉しいよ。よろしくね、ユーリちゃん」
「ひとつ聞きたいのだけれど……」
 ユーリはある質問を切り出した。
「あなたには守護者としてではなく一人の人間として祈りや願いはないのかしら? あるなら教えてほしい、私がそれを継いで持っていくよ……なんて、勝手かもだけどね。ただ私が目指すものは、大切なもの達と共に生きる明日であり日常。だからこそ、それを為せなかった人達の分までやると決めたから」
「うん、私の願いは……ひとつは達成されて、もうひとつは永遠に叶いそうにないんだ」

 ユーリもまた、カレンデュラの背中を見送る一人となった。
「そう、それが願いなんだね」
 カレンデュラは、自分の願いを口にした。
 それはとても小さくて、無欲で、それでいて途方も無いものだった。
 そう、カレンデュラの願いは。
「君たちがこれ作る未来を一緒に見ることだよ」


「あ、カレン!」
 央崎 枢(ka5153)がロッソの休憩スペースで一息ついているところへカレンデュラがやってきた。
「偵察任務以来、だな。……カレンには俺達のような休息はなかったんだよな」
 枢はカレンデュラの生きてきたこれまでを思って言う。
「そうだね……。けれど、こうも思うんだ。かつてあたしたちが守って、続いた世界に存在する人間を、今のうちに目に焼き付けとけ。そのため休む必要のない体になったんじゃないかってね」
「……よし、カレン。写真を撮ろう」
「シャシン? ああ、キカイを使うやつだね!」
 枢は魔導スマートフォンを取りだし、カレンデュラと寄り添って、ツーショット。
 さらに拳を差し出して、枢はグータッチを促した。
「……左手で、やってくれないか。人間と歪虚、敵対しないケースもあったと証明したいんだ」
「そう言うことなら」
 カレンデュラは歪虚の左手で握りこぶしを作った。
 そして、拳と拳が突き合わされる。
「楽しかったぜ、カレン」
「あたしもだよ、枢くん」
 人間と歪虚、確かにその二つはこの場所では共にあったのだ。
「姉さんにも会わせたかったよ。きっと、カレンの昔の話を聞いたら目を輝かせて聞いたと思う」


 さらにカレンデュラが歩いて行くと、オウカ・レンヴォルト(ka0301)を発見した。
「ん、カレン」
 オウカは手に何やら包みを持っている。
「食う、か?」
 その包みを指してオウカはカレンデュラをお茶会に誘ったのだった。

「なにこれ!?」
 カレンデュラは驚嘆の声を出した。
 そこに並んでいるのは、羊羹、饅頭に金平糖……つまり、リアルブルーの日本のお菓子である。
「この……黒いのは食べられるのかな?」
「羊羹のことか? もちろん大丈夫だ」
 オウカに促され、カレンデュラは恐る恐る。羊羹を一口に切り、口に運んでみた。
「これ、すっごく甘くて美味しいね!?」
「だから言っただろう。他のも美味い、ぞ」
 勧められるがまま、カレンデュラは和菓子を食べて行く。
「これが、オウカくんがいた世界のお菓子なんだね」
 カレンデュラはまだ見ぬリアルブルーに想いを馳せて言う。
「かつて、カレンたちが守ってくれたからこの菓子も、俺たちもいる。確かに日常は続いたんだ。そして、これからも」


 カレンデュラがロッソの外に出てみると、オルゴールの音色が聞こえてきた。その音に導かれるように進んで行くと、そこにはグリムバルド・グリーンウッド(ka4409)がオルゴールを聴きながら、ぼんやり空を見上げていた。
 足音でグリムバルドもカレンデュラに気づいた。
「よう、カレン。散歩か? ……大変な戦いだったな。お疲れ様。傷の具合はどうだ?」
「この体になってから丈夫になっちゃったみたいで、とくに問題はないよ」
 グリムバルドはカレンデュラと初めて出会った時のことを思い出していた。
「で、カレン。機械は使えるようになったか?」
「もー全然駄目」
「……長いようであっという間だったな」
「そうだねー。どうにかこうにか切り抜けて来た。全部君たちのおかげだよ」
「カレンがいてくれたかこそ、さ」
 そんな冒険の思い出を語り合った。
 人のいない大地で出会った少女との思い出の話をしたのだった。


「おーいカレーン、手合わせしようぜー!」
 手を振りながらやってくるのはセルゲン(ka6612)だ。そいうことなら、とカレンデュラも快諾し、手合わせの運びとなった。

「やっぱ強えなー、カレン」
 そして、今セルゲンとカレンデュラは大地に大の字になり、語り合っていた。
「よければ、これを食え。いや、今食え。折角『今』居るんだ、今の旨いモン食っとけ食っとけ!」
 そう言って、セルゲンが手渡すのは赤鬼印の絶品チョコレート「仁義」である。
 カレンデュラはチョコレートを受け取りもしゃもしゃと食べ始めた。とても美味しかったのか、起き上がって、ものすごい勢いで食べ始める。
「いい食べっぷりだなあ」
 セルゲンも体を起こして、カレンデュラを見てからから笑った。
 そして、それがひと段落すると、白い花束を差し出した。
「これ、ここに来られなかった連れから預かってきた」
「ありがとう。お礼を伝えて欲しいな」
「もちろん……大精霊と仲直りできて良かったな」
 花束を持ってカレンデュラと、セルゲンが立ち上がる。
 もう、別れの時だ。
 だが、セルゲンは一抹の悲しみも見せることなく、歯を見せて笑って、
「またな!」
 この世界が続けばいつかまた会えるだろう。それがたとえあの世であっても。だから、セルゲンは笑顔で送り出すのだ。


 カレンデュラはある場所へやってくると、そこにはアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が訓練用の武器を持って待っていた。
 彼女もまた、カレンデュラと手合わせを願うひとりだったのだ。
 事前に彼女たちは場所を示し合わせて待ち合わせしていたのである。
「それでははじめよう」
 アルトが訓練用のサーベルをカレンデュラに手渡す。
「ひとつ聞く……全力で戦ってもいいか?」
「いいよ。ところで、どうしてあたしと手合わせなんか?」
「……私はあまり言葉が得意ではないんでな。私は君の……君達の技を私の中に刻んでおきたいんだ。それが私なりの君との思い出の作り方だと思っていたんだが……」
 仇花の騎士を前にして、高揚を抑えられない自分を自嘲するようにアルトは笑った。
「一番はやはり。太古の騎士の技に興味があるんで遊んでほしいっていうのが本音だ」
「うん、嫌いじゃないよ、そういうの」
 カレンデュラも好戦的に笑った。
「では、参る……!」
 疾風の如き速度でアルトが肉薄する。
 常人の目には捉えきれない高速の戦い。最高クラスの疾影士と古代の仇花の騎士との戦い。
 いま、彼女たちに言葉はいらない。剣だけが本当のことだった。


 最前の高揚も冷めやらぬうちに、カレンデュラは再び負の大地を散策していた。
「おーい、カレンどん!」
 そんなところを、カナタ・ハテナ(ka2130)が呼び止めた。
「大変な時に力になれなくてすまなかったのじゃ、カレンどん。先の戦いの事、そして数千年前の邪神との戦いで人を守ってくれた事、その人々の命の絆が連なって今の世界に続いている。ほんとうにありがとうなのじゃ」
「ううん、君たちがいたからこそ出来たんだよ」
「でも、カナタはカレンどんがいてくれて良かったと思っているのじゃ……そうじゃ、カレンどん。好物の肉料理を作ってきたのじゃ!」
 そう言ってカナタは肉料理を差し出した。
「わあ、ほんと!? ありがとう!!」
 カナタは猫のミーくんにも一切れ肉を与えて頭を撫でてやった。
「……カレンどん。カナタたちは頑張って邪神を倒すのじゃ。その約束を忘れないために、カナタと指切りげんまんして欲しいのじゃ」
 カナタは小指を差し出した。
 カレンデュラもそれにこたえ、二人の小指が絡み合う。そして契りを交わし、ひとつだった影は二人に戻って行く。
「応援してるよ」
 カレンデュラは優しく微笑んだ。
 それを受けて、カナタも笑みを返す。
「そうじゃ、カレンどん。最後に記念写真を撮ろうと思うのじゃ」
「そうなの? うん、楽しみにしてる! じゃあ、また後でね」
 また後で、その言葉はもう聞けないのかもしれない。


 鞍馬 真(ka5819)は負の大地に異常がないか、見回っているところだった。
 そんな時に、カレンデュラと出会ったのである。
「きみの存在が無ければ、私たちは今ここに居なかっただろう。私たちの未来を救ってくれて、ありがとう」
 他愛のない会話の中で、真は感謝の思いを告げた。
「きみは今確かに存在しているのに、消えてしまう、だなんて信じられない気分だよ」
 もう直ぐ消えてしまうカレンデュラ。それでいて、明るく普段通り振る舞える強い心を、真は少し、羨ましく思うのだった。
「所詮あたしは過去の人間だからね。それに、自分のこと以上に、君たちが生きて明日を迎えることができるのが嬉しいんだ」
「そうか。それがきみなんだね」
 そんなカレンデュラであるからこそ、真は別れの、去っていく後ろ姿に、歌を贈った。
 鎮魂歌はきっとふさわしくない。
 できれば、明るい歌を。
 消滅を前にして、なおも人間を愛する彼女にふさわしい歌を。
 負の大地に、朗らかな歌声が響いた。
 それは仇花の騎士の思いは決して徒花ではなかったと伝える、前向きで、未来を夢見る歌だった。


「おっす、ここにいたんだ」
 ロッソへ戻ろうとしているカレンデュラに藤堂 小夏(ka5489)が声を掛けた。
「ちょっと寄っていきなよ。肉、あるからさ。焼いてあげるよ」
 小夏はBBQグリル「ベガン」を手早く組み立て、肉を焼き始めた。
「あーカレン」
 カレンデュラを小夏は見つめたが、少しだけ目をそらし、けれどやはりもう一度カレンデュラの方を見て言った。
「私は気の利いた事は言えないけど……でもこれだけは言える、貴女に会えて良かったってね……ありがとう。絶対忘れないよ」
「小夏ちゃん……」
「はい! 短いけどシリアスお終い! 肉食べよ肉!」
 小夏は照れ隠しをしつつ、肉の調理を続行した。もうすでに、肉はいい具合に焼けていた。
──本当は、友達になろうとかも言いたかったけど、
 小夏は思う。
──やっば恥ずかしい……キャラじゃない事は言うもんじゃないね……。
──でも、ありがとうという気持ちは本当なんだよ、カレン。
 カレンデュラはよそわれた肉を美味しそうに頬張っている。
「美味しそう食べるねー」
「美味しそうじゃなくて、本当に美味しいんだもん!」
「そうか、そりゃ作った甲斐がありますよっと。お代わりあるから、どんどん食べてね」
「ありがとう」
 あたりには香ばしい、肉の匂いが立ち込めた。
 小夏はその幸せそうなカレンデュラの顔をそっと見守っていた。


 そうこうして、カレンデュラはロッソの中に戻って来た。
「そこの彼女、お菓子があるけど食べてかない?」
 そう声を掛けるのはレイオス・アクアウォーカー(ka1990)だ。
 レイオスは、ロッソの厨房を借り、デザートを作っていたのだ。
 そうして、カレンデュラの前に並べられたデザートは色とりどり、種類様々だ。
「これ、食べていいの!?」
「まあ、オレ自身と転移門を通った先祖の分のお礼だな。ありがとう」
 レイオスは紅茶を淹れながら、カレンデュラが幸せそうに食べる様を見守った。
「この菓子も、カレンが守ってくれたから存在するんだよな」
 そう、古代の戦いで、選択を間違えれば、今のように続く世界はなかったのである。そして、先の大精霊解放戦でハンターたちの戦いがなければ明日はなかった。
「大精霊に言いたいことを伝えれたのはカレンのお陰だしな。ありがとうの言葉だけじゃ足りないくらいだ」
 食べ物ひとつにも歴史がある。それは作った人間のみならず、その人間が生まれる過程、そして生きてる世界のこれまでがつまっているのだ。
「あたし……あたしたち、間違ってなかったよね」
「……美味いか?」
「とても」
「じゃあ、きっと間違ってなんかないよ」
「そっか」
 カレンデュラはどこか安心したように、プリンを一口頬張った。
「次はもっと美味いもの食わせてやるよ」
──いつか名前も姿も変わってもまた会えるさ。
 レイオスは、そう思った。


 星のように輝く白銀の髪をなびかせて、カレンデュラに近づくものがあった。エルバッハ・リオン(ka2434)である。
「エルバッハ・リオンと申します。よろしければエルと呼んでください」
 優雅にお辞儀するエルバッハ。
「こんにちは、エルちゃん」
「いきなりこんなことを言われて困るかもしれませんが、貴女にお礼を言わせてください。ありがとうございました」
 頭を下げてエルバッハが言った。その動きに連なって銀の髪がさらさらと流れる。
「いや、あたしひとりじゃ何もできなかったよ。全部君たちが成し遂げたことだよ」
「それでも言わせてください」
 エルバッハはさらに深々と頭を下げていうのだった。
 そんな後は楽しい喋りの時間。他愛もない、平和な時を彼女たちは過ごした。
「ありがとうございました」
 別れる時、もう一度、エルバッハは言った。


 アウレール・V・ブラオラント(ka2531)は語る。
「人の為、一度の例外もなく。たとえ親子でも躊躇わずに殺した」
 歪虚を滅ぼす為に。誰も血を流さずに済むように。
「そんな私が貴様を庇った。そして、貴様に庇われた……それが何を意味するか私にはまだ分からない」
 アウレールが問いかける。
「貴様は何物か、貴女は何者なのか。ヒトと亜人が手を携えたように、歪虚とも分かり合えるとでも言うのか。仇花の騎士カレンデュラ、どうか最後に、貴女の答えを教えて欲しい」
 カレンデュラは人間の瞳と、歪虚の瞳でアウレールを見つめていた。
「きっと、あたしは変わった奴、なんだと思う」
 ぽつりぽつりと、カレンデュラは問いに答えていく。
「それに、人間のために何かすることは、人間でなくても出来るんじゃないかと思う」
 そう、カレンデュラが人間の未来のために戦ったように。
「だからね、アウレールくん。もしもだよ? 本当に、本当に、人間のために何かしたいっていうナニモノかがいたら、それを否定して欲しくないんだ」
 そのようなモノがこの先現れるかどうかわからない。けれど、カレンデュラはここにいた。歪虚に蝕まれた体で、人のために戦ったのだ。
「そうか……済まない。いや、『ありがとう』か」
 そして、アウレールは一度目をつぶって、そして朗らかに微笑んで、
「短い間だったが……貴女の事は嫌いじゃなかった」
 と、伝えた。


 Gacrux(ka2726)もまた、カレンデュラと二人で話し合うことを望んだひとりだった。
 Gacruxは言う。
 人間が好きではなかったこと。信じられもせず、疑いすら懐いていたことを。
 だが……どんな人間でも、ある瞬間に強い光を放つ。
「俺が深い闇を彷徨っていた時、暁闇の空に数多の星が輝いていた。その星のひとつひとつが、明日を、太陽を運ぶ馭者に思えた。カレンデュラ……あんたもまた、俺達と何も変わらない、その星のひとつつだった」
 だからこそ思えたのだ。
 人間は、それほど悪いものでもないと。
「ありがとうカレンデュラ」
 二人は握手し、そして抱擁を交わした。
 Gacruxはポートレイトにカレンデュラ直筆のメッセージを書いてもらっていた。そこには、
『あたしにとって、君たちこそが星だったんだよ』
 と、書かれていた。


「死ぬのを阻止?」
 カレンデュラはフューリト・クローバー(ka7146)の言葉を繰り返した。
「そ。僕はね、その人が完全に忘れられたら、本当にこの世界で死んじゃうって意味だと思うんだ」
 フューリトは魔導スマートフォンなどを取り出して、カレンデュラを記録することにしたのだ。
「僕とあなたははじめましてだけど、こうしてカレンさんと知り合ったら、カレンさんを覚えてる人1人増えるじゃない?」
 パシャリと写真を撮ってフューリトは言う。
「少しでも完全に死んじゃわないようにってことー。だって、カレンさんの生き抜いた軌跡を残したいじゃない」
 フューリトは柔らかく微笑んで、カレンデュラと向きあう。
「カレンさんは死ぬために戦ったんじゃない。そう生き抜きたかったから戦ったと思うから。カレンさんの軌跡、僕は覚えるよ。はじめましてさようなら、忘れないよ」


「よう、カレンデュラ」
 歩夢(ka5975)がやって来た。
「俺は歩夢。よろしくな」
「歩夢くんだね、よろしく」
「カレンデュラ、もし飲めるのなら、一杯どうだ?」
 歩夢は手にした酒瓶を示してカレンデュラを誘った。

 カレンデュラはこの後、記念撮影の予定もあるからちょっとだけお酒を飲むことにしたが、どうやら歪虚の体はアルコールに強いらしく、あまり酒を飲んでいるという実感はないそうだった。
「そっか、そりゃ残念。呑んだらどんな風なのか興味あったんだけどな」
 歩夢も一杯呷りつつ言葉を紡ぐ。
「現れる時もそうだったけど、去るのもあっという間だな」
「そうだね。夢みたいな時間だったよ」
「夢じゃないさ。今はちゃんと存在してる。けれど……」
 けれど、カレンデュラに明日は無い。歩夢は生き続ける自分達に何ができるのかと考えていた。しかし途切れた言葉をカレンデュラが引き継いだ。
「けれど、君たちは生きて明日を、未来を歩むことが出来る。うん、とっても素晴らしいことだよ」
「忘れない。アンタがいてくれた事は」
「そんな重く考えなくてもいいよ?」
「良ければ歌を作ってもいいか?」
 それはある英雄の歌。過去から現れ、未来のために戦った戦士の歌だった。
「ありがとな」
 歩夢はせめて彼女を歌にして残そうと思った。


「カレンデュラ……」
 フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)がカレンデュラに向かい合う。
「契約をお願いしたいのです。勿論、歪虚としての」
 フィーナは思う。
──本当は……消えないでほしいと願いたかった。
──彼女を生かす為に奔走していたと伝えたかった
──でも。それを伝えたら、きっと呪いになってしまう
──そして、彼女は満足して、消えることを受け入れている
──だから私は別れを告げない。
──彼女を留めない為に。
「フィーナちゃん。それでもあたしは君と出会えて嬉しかったよ。こんな、どうしようもなく歪虚にしか見えない体をしていてもね」


 そろそろ記念撮影の時間だった。
 カレンデュラがカナタに言われた場所にいくと、Uisca Amhran(ka0754)が手を振って出迎えた。
「お待ちしておりました、カレンさん……ちょっとお話ししませんか?」
「もちろんいいよ、Uiscaちゃん」
「えーとですね。私は巫女……聖職者なので人生相談には慣れているんです」
「おお、それは頼もしい」
「人生にはこういう意味があるのだと他の誰かが説明する事はできません。感じ方や想いは人それぞれだから……人生の意味も自分で見つけないと……って思うんです」
 人差し指を立てて、Uiscaは説明する。
「大事なのは心を動かされた事について、その意味を素直に考える事。つまり生きる意味はカレンさんの中にしかないから最後まで思うままに行動したらいいってことです! ……カレンさんには言うまでもない事でしたね」
 そうしてUiscaは手を差し出した。
「握手しましょう。……私も悔いのない様生きるのです」
「うん。これからも生きて、ね」
「記念撮影の前に、二人で写真を撮りましょう!」
 Uiscaは魔導スマートフォンを構える。二人で一番の笑顔を作って、小さな一枚の中に閉じ込めたのだった。


「これで全員集まったかの?」
 カナタは記念撮影のために集まったハンターたちを指折り数えつつ言った。集まったのは、Uisca、ジャック、アウレール、Gacrux、グリムバルド、枢、小夏、真の9人だった。
「あ、いたいた! じゃあ、お願いできますか?」
 そこへさらに現れたのは、ロッソの乗組員を連れたアシェ−ル(ka2983)だった。アシェールは自分に何かできることはないかと探した結果、記念撮影をすることを知り、撮影係として、手の空いていた職員を連れて来たのだった。
「あ、カレンデュラさん、折角だから、直筆のサインを貰っておこうかな! 書いた物は残るだろうし!」
 アシェールが言う。もちろん、とカレンデュラがこたえた。
 カレンデュラを中心に、みんなが集まって、カメラに視線を向ける。
「準備はいいかの? では、はい、チーズ」
 この瞬間を縫いとめるようにシャッターが切られた。


「おお、ここにいたのか」
 記念撮影が終わったタイミングで、紅薔薇(ka4766)が現れた。
 大精霊解放戦で、紅薔薇は大精霊に、過去に逃げてしまったことについて謝罪した。そして今度は、
「最も古き精霊と人類の守護者よ。あの時に人類を救ってくれた事を、妾は今を生きる者として感謝する」
 カレンデュラに感謝を伝える番だった。
「お主があの時に決断してくれたからこそ、我等は今、明日を迎えられる」
 カレンデュラがどう思っていようとも。最後は大精霊の場所に戻れず散ったとしても、その行動には間違いなく意味があった。紅薔薇はそう告げているのだ。
 紅薔薇はカレンデュラの手を握りしめ、固く誓った。
「大精霊を護る誓いは妾達が受け継ごう」
「うん、よろしくね、紅薔薇ちゃん、みんな」


「よ、カレン」
 メンカル(ka5338)がいつもと変わらない調子で片手をあげて挨拶する。
「メンカルくん、来てくれたんだ」
「友達、だからな」
 遺跡後で交わした友誼をメンカルは忘れていなかった。
「さほど気の利いた言葉は投げてやれん……が、お前に会えてよかったと思ってるぞ、俺は」
「あたしもだよ。友達って言ってくれて、嬉しかった」
 メンカルとカレンデュラは初めて会った時と同じようにハイタッチを交わした。
「弟にも会わせてやりたかったな。アレはお前に似たところがあるから、きっと気が合っただろう」


「ああ、こんなところにいらっしゃいましたか。皆さんお集まりで」
 穂積 智里(ka6819)と腕を組んだハンス・ラインフェルト(ka6750)もやってきた。
「初めまして、カレンデュラさん。貴女に感謝を伝えたいと思いまして、探していました。私はハンス・ラインフェルト、こちらは妻の智里です」
 ハンスの言葉を受けて、智里が会釈した。
「世界が繋がったのは、貴女の尽力があればこそだと思います……本当にありがとう」
 智里はそっとカレンデュラの手を握った。
「異界に取り込まれた方とは、もう理解し合えない……そんな思い込みを、貴女は打ち砕いてくれました。この世界を救ってくれました。貴女のために出来ることがあれば、何でもお返ししたいです」
「あたしは、君たちが生きていてくれるだけで充分だよ」
 カレンデュラが快活に笑い、そして表情を変えた。
「妻……夫婦かぁ……」
 虚空を見上げ、カレンデュラが呟く。
「そういえば、結局彼氏出来なかったな……」
 その言葉に最もはやく反応したのはグリムバルドだった。彼は少し考えた後、カレンデュラの前に進み出た。
「カレン」
「どうしたのグリムバルドくん」
「一目見た時から気になってました。俺とお付き合いしてください!」
 急展開に、カレンデュラはぽかんとした顔。続いて、なんとも様々なものの混じった表情したが、しかし、ようやく事態を飲み込むと、真剣な顔になって、
「ごめんなさい」
 と頭を下げた。
「あたしはもう直ぐ消える。そんな人間に、君の未来を使うことないよ」
「……結構本気なんだぜ」
「だからこそ、だよ」
「そっか」
 グリムバルドはそれでも爽やかに笑った。
「やっぱダメだったか……じゃ、次会った時に再挑戦するから──」
 その時、がくりとカレンデュラの体が崩折れた。
「カレン、行くのか」
 メンカルが問いかける。
「うん。もう……時間みたい……。みんな、感謝しなくちゃいけないのはあたしの方だよ」
 声からもわかる。本当にこれが最後だ。
 カレンデュラの最後に立ち会うと決めていた、エルバッハもやって来きた。
 紅薔薇は手を揃え深々とお辞儀をして見送り、智里はカレンデュラが寂しくないように声を掛ける。
「ありがとう、カレンデュラさん……またいつかお会いしましょう」
「……お前は『人間』だよ、間違いなく。俺が保証しよう」
 力強く、メンカルが宣言する。
「それじゃあ……いや。……またな、カレン!」
「みんな……」
 そして、カレンデュラは叫ぶように、願いよ届け、と祈るように、声を張った。
「生きていてくれてありがとう! あたしたちを無駄にしないでくれて、ありがとう! これからも、未来へ向かって、進んで……」
 そして、魔法のとける時が来た。
 奇跡のような時間ももう終わり。
 カレンデュラの体は夢のように、粒子となって、そして大気中に霧散した。
 体の残滓はどこにもない。
 それでも、ここに人間の明日のために戦った騎士がいたことだけは、みんなが記憶している。
 夢が覚めたら、朝が来るように。
 ハンターたちの未来は続いていくのだ。

依頼結果

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重体一覧

参加者一覧

  • 龍奏の蒼姫
    ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239
    エルフ|15才|女性|闘狩人
  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルト(ka0301
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    レイオス・アクアウォーカー(ka1990
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人
  • 猫の守り神
    カナタ・ハテナ(ka2130
    人間(蒼)|12才|女性|聖導士
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • エクラの御使い
    アティ(ka2729
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 東方帝の正室
    アシェ-ル(ka2983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッド(ka4409
    人間(蒼)|24才|男性|機導師
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士
  • 祓魔執行
    央崎 枢(ka5153
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 胃痛領主
    メンカル(ka5338
    人間(紅)|26才|男性|疾影士
  • スライムの御遣い
    藤堂 小夏(ka5489
    人間(蒼)|23才|女性|闘狩人

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 真実を照らし出す光
    歩夢(ka5975
    人間(紅)|20才|男性|符術師
  • 半折れ角
    セルゲン(ka6612
    鬼|24才|男性|霊闘士
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • 寝る子は育つ!
    フューリト・クローバー(ka7146
    人間(紅)|16才|女性|聖導士

サポート一覧

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アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/05/03 03:26:29
アイコン 【相談卓】君はどう過ごすか?
Uisca=S=Amhran(ka0754
エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2018/05/02 17:32:49