黒のリザレクション

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/05/11 09:00
完成日
2018/05/25 13:36

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●大切なお人形と堕ちた英雄

 ここはゾンネンシュトラール帝国北東部にある小さな集落。その畑の畦道に幼い少女が年長の少年を泣きながら追いかける姿があった。
「返して、返してようっ! いじわるコニー!」
「ははっ! なんだよ、メリル。マジで泣いてんのかよ」
 コニーと呼ばれた少年は駆け足を止めぬまま、自分を追う少女――メリルをからかう。
 彼の手には小さな木彫りの人形が握られている。斧を持った勇ましい女の人形だ。
「お願い、フリーデ様を返して……」
 走りつかれたのだろう、メリルの足がじりじりと遅くなっていく。やがて彼女がしゃくりあげながら地面にしゃがみ込んだところで、ようやくコニーが足を止めて振り返った。
「……なんだよ、フリーデ様って。俺、おじさんから聞いたんだぞ。フリーデリーケは気に入らない仲間を何人もぶん殴って大怪我させて、本当なら処刑されるところを亜人を殺しまくって許された乱暴者なんだって。そりゃあちょっと前までは帝国のためにすごく頑張った人って言われてたけどさあ、本当のことを知ったら馬鹿馬鹿しいっつーの。悪者なんだぞ、こいつは」
「でも……フリーデ様は帝国の皆の味方なんだよって、おじいちゃんが言ってたもん。そのお人形だって、きっとお守りになるからっておじいちゃんが作ってくれたんだもん……返してよう……」
 コニーの無遠慮な言葉に大粒の涙を流して抗議するメリル。手のうちにある人形のモデルが何であれ、「メリルのおじいちゃんの手作り」ということを知ったコニーは居心地が悪くなった。
「……こんな人形、だせーんだよ」
 今ここで素直に謝って返すのは格好悪い気がする。でも壊したり手の届かない場所に捨ててしまったらもっとばつが悪くなる。コニーはメリルの宝物を奪ったことをじわりと後悔し始めていた。
 そこで、どうしたものかと周囲を見る――と、道の先に村の穀物庫がある。今なら貯えが減っているはず、と彼は駆け出した。
「おーい、メリルっ。お前の人形、こん中に置いてくからな。返してほしかったら頑張って探せよー!」
 彼はぽいっ、穀物庫の奥に人形を放り込んだ。薄暗い穀物庫のどこに落ちたかはわからないが、麻袋の山の中なら人形がそう傷つくこともあるまい。なかなかのアイデアだと内心にんまりとした彼は、うずくまるメリルにこう言った。
「俺は先に帰るからさ、お前は気合入れて探すんだぞ」


●悪ふざけの代償

「なんだろ、あれ」
 家に戻る道半ばでコニーは珍しい風景を目にした。
 集落の大人たちが何やら叫んで駆けまわっている。ほとんど外出しないはずの隣家の老人も杖をつきながら広場へ向かっているのだ。
「どうしたの、皆して?」
 コニーが大人のひとりに声をかけると、思いもがけぬ返答が返ってきた。
「歪虚が西の川のそばに現れたっていうんだよ。とりあえず東の街のハンターオフィスにハンターの要請をしたんだが、こっちにいつやって来るかわかんねえ。それでとりあえず女子供と年寄りは馬車で東に避難させようってことになったんだ。お前も早く馬車に乗りな!」
 その時、コニーの背筋に悪寒が奔った。西、という言葉。先ほどメリルと別れた畑は丁度この集落の西側にあるのだ。
「おっちゃん、西の穀物庫にメリルがいるんだ。俺が、メリルの宝物をあそこに放り込んだから……」
「な……っ! わかった、メリルは俺達が保護しにいく。お前は馬車に乗って早く逃げろ」
「ううん、俺がメリルにひどいことをしたんだ。俺が助けなきゃ!!」
 引き留める男の腕を振り払い、コニーが西へ西へと駆けていく。そんなコニーを止めようと、男が駆けだそうとすると――傷だらけの手が彼の腕をしっかりと掴んだ。
『歪虚が来るのか』
 手の主は襤褸切れと大差のない布を頭から被り、大斧を背負っている。見上げるほどの背丈と落ち着いた低い声――手練れの者だなと男は安堵した。
「あ、ああ。あんた、ハンターかい? 西に歪虚が何体か現れたっていうんだよ。それなのにたった今、西の畑の穀物庫に子供が向かってしまってな。どうか助けてもらえないか」
『……私はハンターではないが、歪虚とやりあう程度の腕ならある。子供を守るぐらいなら、やってやろう』
「ああ、あんたは傭兵か何かなんだな。何にしても無理はしないでくれよ。先ほどハンターの要請をしたから、そのうち応援が来るはずだ」
 うむ、と返して巨躯の者が西へ駆け出す。足を速めるたびに大きく揺れる襤褸布。いつしかそれは宙に舞い、中から傷だらけの大斧使いフリーデリーケ・カレンベルクが姿を現した。
 彼女はハンター達に救われて以来、帝国の各地を巡りながら歪虚と戦い続けている。
 その中で感じたものは日に日に失われていく力――亜人討伐の英雄を信じてきた臣民の心が離れていく様だった。
(……民の心を失い、私は力を失った。今や斧を支える腕は鈍く、足も重くなった。得意の雷撃もこの斧に宿すのが精一杯だ。歪虚とどこまでやりあえるかなんて、本当は……)
 心の中が揺れる。しかし胸の奥に深く刻みこまれた誓いを思い出し、彼女は一層足を速めた。
 やがて西に進むほど匂ってくる負のマテリアル。雷を操る自分と相性の悪い、風の香りに顔が強張っていく。だがここで退くわけにはいかない。
(くっ、かなり接近しているな。しかも複数……撤退戦は不可能か)
 濃密な負のマテリアルの匂いに顔を顰めながら、薄く扉の開いた穀物庫に向けてフリーデが叫んだ。
『戸を堅く閉め、頭を守って身を潜めろ! 必ずハンター達が助けに来る! それまでは私が守ってやる!!』
「う、うん……!」
 中から聞こえてくるふたつの微かな声。
 斧を構えなおしたフリーデは大きく息を吐き、西の茂みが揺れるのをみとめると一直線に駆けだした。

リプレイ本文

●風に香る死

 小さな集落を囲む森。子供達の良き遊び場であるこの地に突然、負のマテリアルを孕んだ強風が吹き抜けた。
「……近いですね」
 西を鋭く見据えたGacrux(ka2726)の目を黒い線が縁取っていく。彼の身体が戦闘に向けて覚醒した証だ。
 時音 ざくろ(ka1250)も端整な顔を引き締め、しなやかな脚を前へ前へと一心に運ぶ。
(子供達、きっと怖い思いをしているだろうね。早く助けてあげなくちゃ。それに歪虚をこのまま放っておいたら大変な事になるもん!)
 馬を巧みに操る星野 ハナ(ka5852)は他のハンター達より少し先へ進むと、振り返りざまこう提案した。
「んー、状況は良くないみたいですねぇ。子供の保護は私がやりますぅ! 歪虚のことはヨロですぅ」
 現状では彼女の馬が一行の中で最も速い。そしてハナには安心して先行を任せられる実力がある。仲間が「頼む」と頷いたのを確認するや、ハナは馬を全力で加速させた。
 一方でカイン・A・A・マッコール(ka5336)は兜の奥で不敵に笑った。
(『俺』の肩慣らしには丁度いいか)
 彼はある出来事から以前の人格が眠りについたため、もうひとつの攻撃的な人格が思考の主導権を握っている。本能のままに戦える――その状況にカインの胸は高鳴るばかりだ。
 澪(ka6002)は森に漂う臭気に愛らしい顔を顰め、馬を駆りながら呟いた。
「腐った臭いがする……。子供、守らないと」
 その隣で同じく馬上にある濡羽 香墨(ka6760)が頷いた。
「うん。……協力者も。約束だから」
 彼女は戦場にいる「協力者」の話を集落で聞いてから、その存在が気にかかっている様子だ。
(ハンターじゃない、大柄な斧使い。……今のところ「彼女」のマテリアルは感じない。けど)
 脳裏にかつて戦った英霊の姿が浮かぶ。もっとも、対象が何であれ。守るべき者を守り、倒すべき敵を倒すことが覚醒者に課された使命である。そのことは「生きるため」にハンターとして戦い続ける彼女が一番よくわかっていることだ。
(ん。相手が誰であろうと。約束は、たがえない。大丈夫)
 かつて自身が契約した精霊に語り掛けるように香墨は己の胸を撫でた。


●英霊との再会

 戦場である畑に到着すると、子供を探しながら先行してきたハナが穀物庫の前で馬から飛び降りて庫内へ駆け込んでいく。
 後続の一行は得物を握りしめると、軍服姿の女吸血鬼と2体のゾンビに対峙した。
「フリーデっ!」
 Gacruxは盟友であるフリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)の存在に驚きながらも、不死者を駆逐するべくダンピールを発動させて最も近いゾンビへ斬りかかった。黒い槍斧が腐った腿を割り、その身を大きく傾かせる。
『Gacruxか! すまないっ』
 フリーデが驚嘆のままに叫ぶ。だがそこで怯む歪虚どもではない。
 吸血鬼が鞭でフリーデの右腕を幾重にも絡めとる。ゾンビ達がにやりと笑い、軍刀を構えた。
『っ!』
 しかし、そこで。女吸血鬼の背中にメイスが力いっぱい振り下ろされた。ジェットブーツで急襲を試みたざくろの渾身の一撃だ。
「着装、マテリアルアーマー。お前達の相手はざくろだっ!!」
 凛とした宣言と同時に鞭の締めつけが弛み、フリーデの腕が解放される。それを確認したざくろは彼女に背を預けるふりをしながら小声で問うた。
「君がここで徹底抗戦しているということは……逃げられたの?」
『いや、まだだ』
 フリーデの視線がちら、と穀物庫に向けられる。それを読み取ったざくろとGacruxは小さく頷きあった。
 それと同時に前線に到着したカインは、フリーデ達が展開する不動の陣に目に留めると思考を張り巡らせた。
(中央の小屋を使えば少しはマシに戦えるだろうに。いや、あいつらはむしろ小屋を守ろうとしているのか? だとしたら……!)
 仲間の意図に勘づいた彼は体内のマテリアルを放出し、歪虚らの注意を自身に引きつける。
 これなら穀物庫と目の前の精霊を守りながら十二分に戦えるはずだ。
「かかって来いよ、遊んでやる」
 カインは敵を挑発するように鼻で笑い、腰を軽く落とした。
 彼に続いて前線に出た澪と香墨はフリーデの存在に驚きながらも、冷静に立ち位置を分ける。
 前衛は騎乗したまま手前のゾンビに最接近したところで小柄な体を宙に躍らせる澪。落下の勢いが加わり、細身の刃がゾンビの胸を一気に貫いた。
「久しぶり。加勢する」
『澪と香墨か! 感謝する』
 かつてフリーデと激しい戦を繰り広げた澪と香墨だが、先の茶会における謝罪でその感情は大きく和らいでいる。
 澪は多くを語らぬ代わりに脚を止めず、ゾンビをいつでも討てるよう彼らの死角に身を置いた。
 次いで後衛に身を置いた香墨はフリーデへ治癒の祈りの言葉を紡いだ。
『私に、癒しの術を?』
「……守ってくれてありがとって。今度は、私が助けるばん。……誰も死なせちゃいけないから。フリーデも当然」
 戸惑うフリーデに香墨がたどたどしく応じる。澪もまた、親友の言葉に深く頷く。
「誰もいなくなっちゃ、駄目」
 その声をきっかけに、フリーデの顔に覇気が取り戻された。
 彼女たちが英霊に与えたものは怒りを越えて辿り着いた信頼。その温かさに触れたフリーデは大斧を握る腕が少し軽くなっていることに気がついた。彼女は力強く叫ぶ。
『ああ。誰も欠けることなく勝つぞ。歪虚どもを倒しつくすまで!』
 ――こうして英霊フリーデリーケとハンターの初となる共闘が幕を開けた。


●薄暗闇の中で

「だ、誰っ。敵!?」
 穀物庫に飛び込んだハナの前に現れたのは、棒切れと空の麻袋で武装したコニーだった。彼の背後にはメリルが隠れ、震えている。
 ハナは穏やかに微笑んだ。
「私はハンターのハナですぅ。そんなに警戒しないでくださいねぇ。……えっと、歪虚のことは皆で対応していますから大丈夫だと思いますけどぉ……」
 そう言いながら彼女は子供達の手のひらに数粒のマカロンを乗せた。甘い香りにコニーはもちろん、メリルの顔にも赤みが戻ってくる。
「ね、終わるまでこれ食べながら待っていてくださいねぇ。貴方達が歪虚に襲われると皆が戦えなくなりますからぁ。しぃーですよ、しぃー?」
 約束、とハナがコニーとメリルの顔の前で口元に指をあててウインクしてみせる。ふたりは口々に感謝の言葉を述べ、静かに物陰へ身を潜めた。
 ――これで最悪の事態をある程度までなら予防できたはず。ハナは指に符を挟むと、穀物庫の扉を静かに開いた。


●戦の作法は思考連鎖

 戦場は想定よりもハンター側に有利な流れとなっていた。
 香墨の癒しや光の力によるフォローを受けながら、ソウルトーチを纏うカインが敵を引きつけ、無防備になった敵の横っ面をGacruxとざくろと澪が思いきり殴りつける。
 ゾンビが体当たりで獲物を取り押さえ、そこを吸血鬼が得意の鞭や旋風の術でとどめを刺す敵本来の戦法――それが根本から崩されたのである。
 そこで破れかぶれになったゾンビが目障りなカインを潰そうと、腰をぐっと下げた。
(タックルか!)
 敵の動きを読んだ彼は斬魔刀を地に落とし、その手の内側に隠したN=Fシグニスの刃を展開する。
(本来なら刃を撃ち、タイミングをずらしたいところだが……刃は1枚のみ、仕方ないか)
 彼は胸元に敵の肩がめり込む直前の、絶妙なタイミングで足をずらす。乾坤一擲の業をかわされ、大きくよろめくゾンビ。カインはその背に逆手に握ったN=Fシグニスを深々と突き刺した。
(逃さない。僅かな瞬間もっ!)
 続いてたたみこむように居合で斬りつける澪。彼女の刀には香墨が付与したホーリーセイバーの力により、禍々しさを感じさせる光の力が宿されている。すると蓄積した傷が限界を迎えたのか、ゾンビの体が砂で出来た人形のようにぼろぼろと崩れていった。
 ――カインは小さくため息をついた。ハンター同士の連携は良好、戦のロジックも試行錯誤を加えながら着実に内容を深めている。しかし、それでも破壊力に長ける斬魔刀がこの戦術において不利となる面があることが心残りなのだ。
(長物持ったままタックルを切るのは難しいから、一度手放さなきゃならないのはキツイな。組討術を学んでみるか)
 斬魔刀を回収し、彼は次の標的に向かう。次はもっと上手くやる。そう誓いながら。


●吸血鬼の最期

『うおおおッ!!』
 香墨のホーリーセイバーにより光の力を得たフリーデの斧が激しい雷光を放ち、吸血鬼へと振り下ろされる。
 吸血鬼は腕に膨大な風の力を集め込みながら、笑うように息を漏らして軽いステップで重厚な一撃を躱した――が、その着地の瞬間こそざくろが狙っていた好機だ。
「油断大敵だよ、デルタレイ!!」
「アアアアアアッ!!?」
 ざくろが掲げたメイスから3本の光が放たれ、生き残りのゾンビと吸血鬼の身を瞬時に焦がしていく。
 もはやゾンビは煙を放つ骸となった。それならばと吸血鬼が腕を高く上げ、指先から旋風を巻き上げる。その風は強大な負のマテリアルを孕んでおり、Gacruxは黙して吸血鬼の前でグローブを構えた。
「モウ遅イ、ハハハッ! 死ネ!!」
 吸血鬼の哄笑とともに繰り出されたものは、重い風の力だった。――人間の肌を布切れのように裂き、家々を積み木のように崩してしまうほどの。……だが、その風の刃はひとりを除いて誰も傷つけることが叶わなかった。
「ラストテリトリー……間に合いましたね」
 Gacruxの腕から血が幾筋も流れ落ちる。先ほどの彼は防御を固めたのではなく、光の障壁で風を自分のもとに収束させたのだ。
「ク、クッ!」
 吸血鬼は目論見が外れたのを認めたのだろう、すぐさま体勢を切り替えようと苦々しい顔でステップを踏む。
 そこで今まで穀物庫の傍で子供達の警護に務めていたハナが5枚の符を天に翳した。風に舞う符が光を纏い、吸血鬼に襲い掛かる。
「五色光符陣っ! あんた達、烏滸がましいですよぅ全ブッコロですぅ!」
 ――真夏の太陽の如き白光。吸血鬼は視力が奪われていく感覚に絶望しながら、地に崩れ落ちた。


●歪虚の本質

 香墨から手当てを受けたGacruxは半身を白い塵に変えた吸血鬼のもとへ歩み寄った。いずれ朽ち果てる存在だが、それでも問いたいことが彼にある。
「何が目的で此処へ? 消滅する前に聞いてあげますよ」
 彼の手には槍斧が握られている。しかしその声には怒りも憎しみもなく、静かだ。
「フ、人間ノ狩リト同ジダ。必要ダカラヤル。ソレニ何ノ罪ガアル」
「……そうですか。あんたは『彼女』とは違いますね」
 Gacruxの胸に、かつて存在した心優しき歪虚の顔が浮かぶ。目の前の存在こそが大多数の歪虚と同じと理解しているものの、どうにもやりきれない。
(歪みのままに死や破滅に導く歪虚なら容赦する理由などない……)
 彼は吸血鬼に黙して槍斧を振り下ろすと、目をそっと伏せた。


●今はいない自分

 カインは歪虚が風に乗って消えていくのを見届けると小さく笑った。
(これで依頼は無事終了。……しっかしまあ、本能のままに戦うってのは面白いな)
 今のカインには戦場を冷静に分析する理性と、己の感覚を最大限に活かし敵を制する本能がある。そこから生まれる戦の高揚感を思い出す。――だがそれと同時に「もうひとりの自分」の存在が頭をよぎった。
(ああ、そういえば。あいつもこうして長いこと戦ってきたんだよな。人格の分離、か。俺は元に戻れるんだろうかね……)
 もちろん、すぐに答えが出る問題ではないことは承知のうえだ。カインは兜の内側で小さく息を吐いた。


●英霊の正体

「……なるほど、つまりあんたはメリルが昔話に夢中なことが面白くなかったんですね」
 子供たちを無事に集落の広場へ連れ帰ったGacruxは彼らから事情を聴くと、理解を示すように何度も頷いた。
「だってこいつ、いつも人形持っててさ。俺らと遊ぶよりそっちが大切なのかって」
 コニーがうなだれる。灯火の水晶球を持参したざくろの協力があって件の人形を無事に回収できたものの、メリルの顔も今ひとつ晴れない。
 その時、ハナがコニーに微笑むと彼に両手を伸ばした。やわらかな手が傷心の少年を包み込む……と誰もが思ったその瞬間。
「いひゃい、いひゃいっへ!」
 コニーの頬をハナが両の拳骨で挟み込み、ぐいっと上に吊り上げた! 
「喧嘩は仕方ないですけどぉ、無茶は駄目ですよぅ。死ぬのはこれよりもっと痛いですからねぇ?」
 彼女の言葉は間延びしているが、その言葉尻は強い。コニーが涙目で何度も頷いたところでようやく彼は解放された。
「うんうん、命は大切にぃ。あ、それとふたりとも中で隠れていたのは偉かったですよぅ。良かったらフリーデにもお礼を言ってあげてくださいねえぇ」
 今度はやさしい手で子供達の頭をくしゃくしゃと。飴と鞭の使い分けが上手いハナである。
 その時。
「フリーデ……フリーデ様?」
 メリルが人形をじっと見て、小首を傾げる。ざくろが小さく笑った。
「フリーデは君達を守るために戦った女性のことだよ。って、もう行っちゃったかなぁ」
 フリーデは先ほどハンター達に礼を丁重に述べた後、すぐに次の目的地に向けて旅立っていた。精霊は転移門を使えぬのでな、と苦笑しながら。
「あ! 俺、あのねーちゃんにお礼言えてないや。悪いことしたなぁ」
 ざくろの言葉を受けて肩を落とすコニー。そこでざくろはメリルの傍にしゃがみ込むと人形の顔を撫でた。
「斧を持った人か。ねえ、君たちを助けた人にどことなく似てるね。この人形にモデルはいるの?」
「おじいちゃんが『絶火の騎士』のフリーデリーケ様って言ってた。あのおねえちゃんもフリーデさんなんだよね? すごーい!」
 ざくろの問いかけに声を弾ませるメリル。一方でコニーは「もしかして」と呟いた。
 ざくろは彼に目線を合わせて優しく話しかける。
「うん。ここ最近、帝国で精霊が次々と目覚めてる。帝国の人たちの願いを受けて生まれた英霊もね。あの人はそういう存在なんだ」
「あの、でもっ、フリーデは仲間を半殺しにした罪人だって、偉い人が言ってて……」
 メリルの手前、意地を張るコニーに強張った声を発したのは香墨だ。
「けど。フリーデが助けたのは。ほんとのこと。フリーデを信じないのは勝手。……けどそうなったら。誰が信じてあげられるの?」
「……そう、だね。俺達のこと、命がけで助けてくれたのに。昔の英雄のことはよくわかんないけどさ、あのねーちゃんのことは俺、信じるよ……」
 言葉の終わりは少し弱々しかったけれど、信仰を失った英霊にとってはひとすじの光明になり得る言葉だ。
(あんたに救いを求めている人は、この世界に必ずいます。今はひとつずつ積み上げていきましょう)
 同じ空のもとにある傷だらけの精霊に――Gacruxは小さく呟いて、穏やかな晴天のもとに帰路へついた。

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MVP一覧

  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacruxka2726
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナka5852

重体一覧

参加者一覧

  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 比翼連理―瞳―
    澪(ka6002
    鬼|12才|女性|舞刀士
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨(ka6760
    鬼|16才|女性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
Gacrux(ka2726
人間(クリムゾンウェスト)|25才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/05/11 07:26:17
アイコン 相談卓
カイン・A・A・カーナボン(ka5336
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/05/08 18:44:08
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/05/08 08:25:19