ゲスト
(ka0000)
Ram
マスター:愁水

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~5人
- サポート
- 0~1人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 7日
- 締切
- 2018/05/20 19:00
- 完成日
- 2018/05/31 03:05
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
美しく、狂おしく。
**
自由を謳う都市に、夜の帳が下りる。
都市の喧騒から離れた、情趣ある静かな佇まいの地域。
木組みや煉瓦造りの建物が連なるひっそりとした通りに、ハイヒールの音が高らかに響いていた。
「はあ……今夜も夢心地な時を過ごせましたわね。次の公演は何時かしら? 待ち遠しいですわ」
高貴な身形や装飾は、位の高い商家の娘であることが窺える。
「足繁く通っていれば、何時かわたくしの眼差しが……声が、あの方に届くかしら……」
頭に浮かぶのは、自由都市の郊外に何時とはなしにやって来た、とあるサーカス団。
心に浮かぶのは、真白の軍服を纏う彼――。
夜の闇に包まれる通りに、柔らかいオレンジ色の光が並んでいた。
小さな橋へ差し掛かろうとした、その時。
「あら……?」
街灯に照らされた一角に、誰かが立っていた。
男性のようだ。
紫を含んだ気品のある黒髪に――潔白を彩る外套。
その後ろ姿に、円らな瞳がじわじわと瞠る。
頬紅で染まった両頬が火照り、左の胸がときめくのを感じた。
それはまるで、夢の続きのような心持ちであった。
「あ、あの……不躾でしたら申し訳ありません」
引き寄せられるように、歩を運ぶ。
「もしかして、サーカス団の団長様……ですか?」
胸に期待を弾ませて、彼の返答を待った。
上品さが滲む端正な顔立ちが緩慢に振り返り、涼やかな目許が女性の面へ注がれる。
隠しきれない喜びを浮かべ、女性が何かを言いかける――
「――……ぇ……?」
――ことは出来なかった。
何故なら。
彼女は自らの血で溺れていた。
●
募った悪夢が覆い被さる。
ドウシテ
ドウシテ
ネエ
ドウシテ
――タスケテクレナカッタノ?
その日は、一段と寝覚めの悪い朝だった。
更に追い打ちをかけたのは、
「――……俺が、殺した?」
その“事実”。
「正確には、ハク兄の姿をした歪虚だけどね」
日頃のぶっきらぼうさに拍車を掛けている黒亜(kz0238)が、感情のまま、吐き捨てるように呟いた。
「……聞き捨てならんな。詳細は?」
白亜(kz0237)は眉間に深い皺を寄せながら、ティープレスで淹れた紅茶のカップを指先に掛ける。そのまま、リビングのソファーに浅く腰を下ろした。紅茶で唇を濡らす兄を一瞥すると、黒亜は朝一で請け合ってきた依頼の資料を淡々と読み上げる。
歪虚が出現したのは、昨夜。
現場は都市内の閑静な住宅街。
被害者は有数な商家の令嬢、カタリナ・ベルナルド。昨夜に開催されたサーカス――白亜達の天鵞絨サーカスを鑑賞した帰り道に、襲われた。
偶然にも、遠目からそれを目撃したハンターが即座に救出へ向かったが、勘付いた歪虚は逃走。鋭い牙で首を噛み付かれたカタリナの身体には、血液が殆ど残っていなかったという。
歪虚は強靱な跳躍力で空に舞うと、住宅の屋根から屋根へ飛び移り、月に誘われるように消えた。
ハンターの証言で歪虚の姿の情報が特徴的な身形であったことから、歪虚は天鵞絨サーカス団の白亜を模したのではないか、と、ハンター本部は推測。何も知らず依頼を請け合いに来た黒亜へ、本部の受付は昨夜の白亜の所在時刻を訊いたのち、事情を説明した。形式的な聴取とはいえ、気分が良いものではない。加え、本部は歪虚と言ってはいるが――
「俺がベルナルド家の令嬢を殺していないという絶対的な証明にはならんだろうな」
神妙な面持ちで独白する白亜。対照的に、黒亜はぴりぴりと顔を固くし、唇の両端を引き締めた。例え少ないながらも、兄に嫌疑がかかっているこの状況は、酷く癪に障った。
しかし、歪虚の姿形は、紛うことなき真白の軍服姿であったという。外套の裏地には、彼の象徴花である椿が咲いていたらしい。
紫を帯びたオールバックの黒髪に、“爛々”とした青い瞳――。
歪虚でなければ、人の姿をした“化け物”ということになる。
「まあ……この依頼はオレが正式に請け合ったし、ハク兄はなにも心配しなくていいよ。この後、クーと手分けして街に出るから」
「――待て」
白亜が、嗜めるような口調で制止を発する。
「歪虚の正体すら判明していないだろう。危険だ」
「変身能力と吸血行為がわかってるんだから、大体の当たりは付けられるよ」
「浅はかだ。歪虚に関する情報が不十分すぎる」
「は? それが足りないから調査しに行くんでしょ」
「敵が単体とは限らないだろう。行動模様や棲み処も分かっていない。俺に姿を変えていた理由もだ。不明な点が多すぎる」
「じゃあなに、次の犠牲者が出るまで待つ?」
「――。誘導されていたらどうする」
白亜が重さを込めて指摘すると、
「……そんなの、一蹴してやるよ」
抑揚のない呟きを泡のように掻き消し、黒亜はリビングを後にしたのであった。
●
「クロ……なんか……機嫌、悪い……?」
「……無駄口叩いてないで歩きなよ。今日は休む暇なんてないからね」
遣る瀬無い心持ちをしているであろう兄を残し、黒亜は迷いのない足取りで路地をゆく。妹の紅亜(kz0239)が、「えー……」と、唇を尖らせながらも、細い足を急がせた。
事件現場の調査。
痕跡。
周辺の聞き込み。
目撃情報――。
二人は都市内を忙しく駆けずり回ったが、大した成果は得られなかった。
軈て太陽が傾き、空が薄い紫色に変わる。黒亜達は自分の影を引き摺りながら、カタリナの人となりや近状がどうであったかを訊く為、ベルナルド家を訪れていた。カタリナは通り掛かったところを襲われたのではなく、狙われるべくして襲われたのだとしたら――と、考えたのだ。
そして、暗い幕が落ちてきた。
二人はカフェで軽食を摂ったのち、黒亜は新市街、紅亜は旧市街と、手分けをして夜の街へ出る。既にローラー作戦ではあるが、歪虚が現れないとも限らない。
「……」
黒亜は、情報の糸に絡まった“違和感”を牽引していた。
何故、カタリナが襲われたのか。
何故、歪虚は白亜に姿を変えていたのか。
何故、歪虚の――
「…………」
全ては、推測の域を出ない。だが、確固たる情報は、カタリナにとって白亜は意中の人であったということ。
「(つまり……)」
――“特別”であった。
「どうして歪虚の瞳は、爛々とした青い瞳だった……?」
それは、白亜の瞳の色ではなく――
「……歪虚の瞳の色だとしたら……敵は……――ストリゴイだ」
確証はないが、確信はあった。
「クー……」
焦燥に駆り立てられた黒亜は、譫言のように妹の名を呟く。通信機器に手を伸ばした時には、既に――
・
・
・
「……ほんとに……ほんとに、“おにいちゃん”……? 帰ってきて……くれたの……?」
遅かった。
誘導は、罠であった。
白亜はあなた達に助勢を求めたのち、自らも街に出ていた。
しかし、白亜の言う通り、敵は単体ではなかった。そして、彼は“過去”と対峙することになる。
――ドウシテタスケテクレナカッタノ?
**
月が、嗤う。
美しく、狂おしく。
**
自由を謳う都市に、夜の帳が下りる。
都市の喧騒から離れた、情趣ある静かな佇まいの地域。
木組みや煉瓦造りの建物が連なるひっそりとした通りに、ハイヒールの音が高らかに響いていた。
「はあ……今夜も夢心地な時を過ごせましたわね。次の公演は何時かしら? 待ち遠しいですわ」
高貴な身形や装飾は、位の高い商家の娘であることが窺える。
「足繁く通っていれば、何時かわたくしの眼差しが……声が、あの方に届くかしら……」
頭に浮かぶのは、自由都市の郊外に何時とはなしにやって来た、とあるサーカス団。
心に浮かぶのは、真白の軍服を纏う彼――。
夜の闇に包まれる通りに、柔らかいオレンジ色の光が並んでいた。
小さな橋へ差し掛かろうとした、その時。
「あら……?」
街灯に照らされた一角に、誰かが立っていた。
男性のようだ。
紫を含んだ気品のある黒髪に――潔白を彩る外套。
その後ろ姿に、円らな瞳がじわじわと瞠る。
頬紅で染まった両頬が火照り、左の胸がときめくのを感じた。
それはまるで、夢の続きのような心持ちであった。
「あ、あの……不躾でしたら申し訳ありません」
引き寄せられるように、歩を運ぶ。
「もしかして、サーカス団の団長様……ですか?」
胸に期待を弾ませて、彼の返答を待った。
上品さが滲む端正な顔立ちが緩慢に振り返り、涼やかな目許が女性の面へ注がれる。
隠しきれない喜びを浮かべ、女性が何かを言いかける――
「――……ぇ……?」
――ことは出来なかった。
何故なら。
彼女は自らの血で溺れていた。
●
募った悪夢が覆い被さる。
ドウシテ
ドウシテ
ネエ
ドウシテ
――タスケテクレナカッタノ?
その日は、一段と寝覚めの悪い朝だった。
更に追い打ちをかけたのは、
「――……俺が、殺した?」
その“事実”。
「正確には、ハク兄の姿をした歪虚だけどね」
日頃のぶっきらぼうさに拍車を掛けている黒亜(kz0238)が、感情のまま、吐き捨てるように呟いた。
「……聞き捨てならんな。詳細は?」
白亜(kz0237)は眉間に深い皺を寄せながら、ティープレスで淹れた紅茶のカップを指先に掛ける。そのまま、リビングのソファーに浅く腰を下ろした。紅茶で唇を濡らす兄を一瞥すると、黒亜は朝一で請け合ってきた依頼の資料を淡々と読み上げる。
歪虚が出現したのは、昨夜。
現場は都市内の閑静な住宅街。
被害者は有数な商家の令嬢、カタリナ・ベルナルド。昨夜に開催されたサーカス――白亜達の天鵞絨サーカスを鑑賞した帰り道に、襲われた。
偶然にも、遠目からそれを目撃したハンターが即座に救出へ向かったが、勘付いた歪虚は逃走。鋭い牙で首を噛み付かれたカタリナの身体には、血液が殆ど残っていなかったという。
歪虚は強靱な跳躍力で空に舞うと、住宅の屋根から屋根へ飛び移り、月に誘われるように消えた。
ハンターの証言で歪虚の姿の情報が特徴的な身形であったことから、歪虚は天鵞絨サーカス団の白亜を模したのではないか、と、ハンター本部は推測。何も知らず依頼を請け合いに来た黒亜へ、本部の受付は昨夜の白亜の所在時刻を訊いたのち、事情を説明した。形式的な聴取とはいえ、気分が良いものではない。加え、本部は歪虚と言ってはいるが――
「俺がベルナルド家の令嬢を殺していないという絶対的な証明にはならんだろうな」
神妙な面持ちで独白する白亜。対照的に、黒亜はぴりぴりと顔を固くし、唇の両端を引き締めた。例え少ないながらも、兄に嫌疑がかかっているこの状況は、酷く癪に障った。
しかし、歪虚の姿形は、紛うことなき真白の軍服姿であったという。外套の裏地には、彼の象徴花である椿が咲いていたらしい。
紫を帯びたオールバックの黒髪に、“爛々”とした青い瞳――。
歪虚でなければ、人の姿をした“化け物”ということになる。
「まあ……この依頼はオレが正式に請け合ったし、ハク兄はなにも心配しなくていいよ。この後、クーと手分けして街に出るから」
「――待て」
白亜が、嗜めるような口調で制止を発する。
「歪虚の正体すら判明していないだろう。危険だ」
「変身能力と吸血行為がわかってるんだから、大体の当たりは付けられるよ」
「浅はかだ。歪虚に関する情報が不十分すぎる」
「は? それが足りないから調査しに行くんでしょ」
「敵が単体とは限らないだろう。行動模様や棲み処も分かっていない。俺に姿を変えていた理由もだ。不明な点が多すぎる」
「じゃあなに、次の犠牲者が出るまで待つ?」
「――。誘導されていたらどうする」
白亜が重さを込めて指摘すると、
「……そんなの、一蹴してやるよ」
抑揚のない呟きを泡のように掻き消し、黒亜はリビングを後にしたのであった。
●
「クロ……なんか……機嫌、悪い……?」
「……無駄口叩いてないで歩きなよ。今日は休む暇なんてないからね」
遣る瀬無い心持ちをしているであろう兄を残し、黒亜は迷いのない足取りで路地をゆく。妹の紅亜(kz0239)が、「えー……」と、唇を尖らせながらも、細い足を急がせた。
事件現場の調査。
痕跡。
周辺の聞き込み。
目撃情報――。
二人は都市内を忙しく駆けずり回ったが、大した成果は得られなかった。
軈て太陽が傾き、空が薄い紫色に変わる。黒亜達は自分の影を引き摺りながら、カタリナの人となりや近状がどうであったかを訊く為、ベルナルド家を訪れていた。カタリナは通り掛かったところを襲われたのではなく、狙われるべくして襲われたのだとしたら――と、考えたのだ。
そして、暗い幕が落ちてきた。
二人はカフェで軽食を摂ったのち、黒亜は新市街、紅亜は旧市街と、手分けをして夜の街へ出る。既にローラー作戦ではあるが、歪虚が現れないとも限らない。
「……」
黒亜は、情報の糸に絡まった“違和感”を牽引していた。
何故、カタリナが襲われたのか。
何故、歪虚は白亜に姿を変えていたのか。
何故、歪虚の――
「…………」
全ては、推測の域を出ない。だが、確固たる情報は、カタリナにとって白亜は意中の人であったということ。
「(つまり……)」
――“特別”であった。
「どうして歪虚の瞳は、爛々とした青い瞳だった……?」
それは、白亜の瞳の色ではなく――
「……歪虚の瞳の色だとしたら……敵は……――ストリゴイだ」
確証はないが、確信はあった。
「クー……」
焦燥に駆り立てられた黒亜は、譫言のように妹の名を呟く。通信機器に手を伸ばした時には、既に――
・
・
・
「……ほんとに……ほんとに、“おにいちゃん”……? 帰ってきて……くれたの……?」
遅かった。
誘導は、罠であった。
白亜はあなた達に助勢を求めたのち、自らも街に出ていた。
しかし、白亜の言う通り、敵は単体ではなかった。そして、彼は“過去”と対峙することになる。
――ドウシテタスケテクレナカッタノ?
**
月が、嗤う。
リプレイ本文
●
彼等は消せない記憶と苦しみの中で、終わりが訪れるのを、只、待っていただけなのだろうか。
**
月明かりと相俟って夜に融け往く、女の苛む声。
仄暗い時計塔。
叫ぶ鐘。
死神の彫像が、時の知らせを鳴らしていた。
「白亜……白亜!?」
震えていたのは、白亜(kz0237)の手か。それとも、白藤(ka3768)の手の方であったのか。
「阿呆な真似しとるんやないで!」
赦しを請うかのように膝をついていた彼は、騎銃の銃口を顎の下に押し当てていた。険しい面差しで駆け寄った白藤が、その銃身を躊躇なく掴む。そして、死筒の先を宙へ向けさせると、矢庭に白亜の軍服の襟を引き寄せた。
「目ぇ覚ましや白亜!」
畏に沈んだ焦点の合わない瞳を、鷲目色が切に捉えようとする。
「そんなまやかしに……盗られてたまるもんかいな!」
奈落を照らす、光の目印(オト)。しかし、背後から忍び寄るノイズが、それを掻き消そうとする。
どうして?
どうして?
どうして?
――と。
軍人のくせに。
軍人のくせに。
軍人のくせに。
どうして私を助けて――
「まやかし如きがぐだぐだやかましいわっ!!」
白藤の一喝が、耳障りな雑音を吹き飛ばした。
伝えたい想いがある。
聞きたい言葉がある。
「――白亜。うちにとって、会ってからの白亜が全てや」
相手に執着すれば、泥沼に嵌まっていくのは“知って”いた。
「無理強いはしたない、けど……うちは我儘や。せやから、白亜にはうちらと今を、選んで欲しいんや」
例え、縁や物事を手放せないのが人間の性であろうとも――
「その為の手なら何度でも伸ばすわ、何度、叩き落とされてもな」
そして、何度も信じよう。心に奔った直感を。
「……しら、ふ……じ?」
翳に沈淪した瑠璃が、ぽつり、と、灰に浮かぶ。
朧げな意識の中、嗄れた心が彼女の名を絞り出した、その時――女の形をした“ソレ”が突如、殺気と牙を剥き出しに示し跳躍してきた。振り返った白藤は、白亜を庇い、身構える。だが、その咄嗟の体勢に利点などなかった。鋭利に伸びた人ならざる鉤爪が、夜を裂き――
ガキンッ!!
“猫”の拳と火花を散らす。
女の爪を受け弾いたのは、二人を護るように間へ割って入ってきたミア(ka7035)であった。ミアは、推測していた。この模された女こそ、白亜が女性恐怖症になった原因なのではないか。だとするならば、彼の目の前で決して“彼女”を攻撃してはならない――。
それは、白藤も同様であった。精神状態が不安定な白亜に、交戦はさせられない。茫洋とする彼の心の為、注力する。
「(ダディ。瞳に映る“今”を、目の前の彼女を見てニャス)」
切望を背に置き、ミア自身は眼前の敵――ストリゴイと対峙する。
既に、件の正体は伝達されていた。
後は――
「(対象を移してやればいいニャス)」
静寂で揺れる、百色眼鏡。
囚われた面影は渦を巻き、刹那に姿を変えていく。
そして、
「……うニャ?」
捻れた随に漂う――記憶。
「お前、誰ニャス?」
ミアが瞬きの帳を上げると、其処には、ミアによく似た“見知らぬ”男が立っていた。
「ミアの何ニャス?」
不用意さを装って詰寄り――
「うニャ? その“なり”で弱いニャスなぁ。こんな一撃も防げないニャスか? ミアの兄さんとは大違いニャス」
違う。
「……?」
装ったのは、無意識か。それとも――
「……にいさん?」
ミアの拳を受けて吹き飛んだ長身の男は、軽快な身のこなしで体勢を立て直す。そして、彼女を見た。
――……嗚呼。
「せっかくわすれていたのに」
ミアの足許で、美しく、無心に咲いた鬼首花が、赫い首を落とした。
爪先が石畳を蹴る。
拳が空気を砕き。
情の無い一閃。
ミアは街灯に叩きつけた男を半目に見据え――
「立てよ。“もっぺん”殺られてぇのか?」
獣の前に、鬼が立つ。
●
見上げた空が、黒く、燃える。
「――ん、ロベリアさんには連絡取れたで。クロア君の方はどうやったやろか?」
「……」
「クロア君?」
「敵の情報でしょ。たらしの方にも連絡つけておいたよ」
レナード=クーク(ka6613)と黒亜(kz0238)は、意の赴くまま、風を切り進む。
「(ハクアさんの姿に変身した歪虚……妙な性質を持つ敵やなぁ。凄く、嫌な予感がするけど。もし当たったとしたら、……)」
過ぎる不安。
「(でも、大切な場所を、“音”を護る為なら……俺は)」
恐れず。
絶やさず。
――進む。
「その“音”を、掻き消さなくちゃ」
心の赴くまま。
●
花開く、弧。
「(……何だ、笑えるんじゃないか)」
乱れる息が、浅生 陸(ka7041)の胸を衝く。
「紅亜!」
陸は棚引く霞を掴むように、紅亜(kz0239)の腕を引いた。
「……? ……おー……陸……? なんで、いるの……?」
夢心地に蕩けた瞳が、ふっ、と、色褪せ、朦朦とした眼差しが、陸へ問う。
「紅亜……俺は、”他人”の秘密なんか知る気はないし、興味もない。友達だから、気になるから、命懸けで心配するんだよ」
視界に映る男から、彼女の意識を、心を、僅かでも引き戻したかった。彼女が想う“特別”な形を、刃で傷つけたくはなかった。
「お前の”過去”を教えてくれ。俺はお前が大切なんだ」
読めない状況を追いかけるより、目の前の紅亜に手を伸ばしたかった。しかし、
「……たいせつ……? どうして……? みんなに優しいあなたは……“みんな”が大切なんじゃないの……?」
紅亜は、沸き立つ疑問を陸の胸に残すと、不意に彼の手を振り払い、目掛ける先へ駆け出した。
「紅亜ッ!!」
伸ばした掌が、空を掴む。
月に揺れる祈り。
「……青い瞳。件の化ける歪虚、か?」
魔を祓う祝詞の義――オウカ・レンヴォルト(ka0301)が、祢々切丸を構えていた。
その弧は、歪虚を倒す為に意味を成す一太刀。しかし――
「!?」
その形に、在りし“今”を見ている者もいる。
「どうして……この人に手を出すの……?」
紅亜は瞳の奥に反意を滲ませて、オウカの一刀を脚甲で受けた。乏しい表情を宿したオウカが口を開きかけた、その時――紅亜の身体が浮いた。
鉤爪が彼女の背中を抉り、貫いたからである。
陸の呼声を遠くに、紅亜は肩越しに“彼”を見下ろした。月白の髪に、“青い”瞳――
百舌の贄が、宙へ振り飛ばされる。
オウカは交戦を開始し、紅亜を胸に受け止めた陸は、心痛な声を漏らした。しかし、紅亜は何処かほっとしたように――
「……そんなかお……しないで……いいん、だよ……ありが、とう……わたしにも……やさしく……して、くれ……て……」
陸の胸板に頬を寄せて、意識を喪った。
――陸。
何故。
狂おしいほど甘く。
呆れるほど残酷な声。
――ねえ、陸。
何故、今、この“瞬間”に。
「……厭らしいやつだな」
陸は強い蟠りを瞳に焚いて、揺らがない心を直視した。
黒檀色の長い髪が、白雪の頬を撫ぜる。
記憶の中の彼女の横顔は、秋風に棚引く桔梗のように美しく、華奢で、柔和な微笑みを浮かべていた。
その瞳を、心を、胸が塞がるほど――愛していた。
「でも、あなたは“死んだ”。“娘”を遺して」
――騙されない。
「……歪虚如きが……烏滸がましいんだよっ!」
光の飛沫を上げながら、メートクンデが咆吼した。
●
打つ。
殴る。
潰す。
今の内に。
撃つ。
射る。
貫く。
削り――機会を図る。
「まったく。私の本業は整備士だってのに……」
光を帯びた防御壁が、幾度となく、雨粒のように飛散する。
「勿論、できる限りのことはするわよ」
――自らの心情は二の次、三の次。
妹分に《攻性強化》をかけ、ロベリア・李(ka4206)が雷撃を奔らせた。次いで、白藤の射撃が、前衛のミアを掩護していく。
桃色の髪を持つ鬼は、記憶に沈めた“あの時”のように、水浅葱色の髪を持つ双子の兄と殺し合いをしていた。
掟とはいえ、妹は兄を殺した。
妹の“心”はそれを盲目的に受け容れたが、“事実”は拒絶され、“独りっこ”になった。
空中に、柘榴のような粒が散る。
しかし、ミアは臆せず、敵の間合いへ飛び込んでいく。白藤が放つ《レイターコールドショット》に合わせ、乱打。
食べる。
寝る。
笑う――。
吹き飛ばされても、街灯や時計塔の壁を足場に、体勢を立て直す。
ミアの本能は、全ては――兄の死の上に成り立っているものであった。
無意識に首を絞めていく、自責の念。
――ミア。お前を待ち構えているのは、大した失望と非情な死だぞ。
例え、本物の兄に、そう望まれていたとしても。
「月夜の蟹がエラそうにほざいてんじゃねぇ。私は見つける。私が生きていていい理由をな」
ストリゴイが偽りの皮を剥ぎ、人狼と化す。ミアにかけられた《防御障壁》は容易く打ち破られ、剥き出しの牙が彼女の首を狙った。ミアは形振り構わず避けるが、反撃の一打は敵を掠め――
「ミア!!」
その衝撃は、白藤の叫び声と重なった。敵の猛烈な蹴りを腹から真面に喰らい、ミアは地面へ投げ出される。
「われ……! なに、うちの“妹”に手ぇ出してくれとんのや!」
白藤の《威嚇射撃》、そして、白藤の後方から放たれた銃弾が、ミアへの追撃を阻止する。白藤が背後の“彼”へ意識を向けた、その僅かな心の隙を――
「なん……」
目の前の“兄”は、突いてきた。
「……ふぅん、次はうちの番ってか。なるほどなぁ、にくそいくらい記憶のまんまやわ。……目、以外わな」
容姿は二十代前半。
黒髪に、垂れ目気味の目許にある泣きぼくろの男性は――
しろ。
鷹揚に構えた口調で、白藤の名を呼ぶ。
「薄紫の目が、好きやったのにな……」
一瞬、白藤は幼子のように目を丸くしたが、直ぐに力なく微笑んだ。優しく肩を叩いてきたロベリアの心延えに、短く顎を引く。
「兄さんが守った命や……粗末にできひんな……」
過去を偲び、指先が胸元の黒蝶を撫でた。
「――堕とすで。覚悟しぃ」
雨が降る。
銃弾の雨が。
拳の雨が。
血の雨が。
そして――
「バックアップは私と彼に任せなさい」
仕上げの選択が押される。
「狙うで、ミア!」
「ニャぁ!」
熟熟と猫が翔る。
狂狂と鬼が舞う。
「「これで――」」
夢は終い。
白藤の冷弾が左の心臓を射貫き、ミアの神拳が右の心臓を突き破る。ストリゴイの断末魔は渦を巻き、形と共に消え去ったのであった。
「くーちゃん……悲しい想い、してないかニャ……クロちゃん、自分を責めていないかニャぁ……」
膝から崩れ落ちた彼女の身体を、白藤が優しく抱き留める。
「……ようやった。心配性やって、笑ってくれればえぇよ。それでもミアは、皆の“太陽”やから」
白藤はミアの背中を撫でながら、そろりと周囲を見渡した。
敵は何故、人を選ぶように二人を――白亜と紅亜を狙ったのか。
患難を帯びた瑠璃の双眸が、月を見上げていた。
●
オウカは心底、父親が嫌いであった。
「よくのこのことへらへらした面を出せたな糞親父……覚悟はできてんだろうな、おい」
媒介、《機導砲》、打っ放す――0.2秒。
その黒髪が。
顔に生じた同じ痣が。
穏やかな口調が。
奔放な性格が。
思うがままに生きる自由人さが。
「其は荒ぶる魂を静める“華”の舞……」
父親は、オウカが高校を卒業する前に行方不明になった。母を、置いて――。
「お前の拒絶など開きたくもないが、是非も無い」
夜の髪が、舞う。
猛き腕が、祓う。
「窺わん。疑わん」
嗚呼、やはり――
「忌々しい存在だ、糞親父」
厭忌な音を散りばめながら、太刀は凜然と囀る。
一撃、二撃、三撃――オウカは敵の鉤爪と攻防を繰り返していた。陸の発動させた《防御障壁》も相俟って、タンク役のオウカは味方への被害を抑える。しかし、その維持は容易ではない。
オウカの頭を難無く呑み込むであろう人狼の掌が、地を這い、瞬間――牙が嘲笑う。
猛然と跳躍してきた鋭牙を、オウカは刀身で受けた。両腕にのし掛かる圧。留められず、オウカはやむなく、刀身を左へ流す。牙が肩へ喰い込むが、引き換えに得たのは、太刀の解放。
「先ずは、壱」
オウカが、右の心臓を刺し貫いた。
其処へ、陸の雷弾。与えられた僅かな隙に、オウカは敵から距離を取る。次いで、紅亜への応急手当を済ませたレナードの氷矢が応戦した。
「(クレアちゃんの傷、素人の僕が見てもあかんもんやってわかる。早くお医者さんに見せへんと)」
敵は、その意識のずれにつけ入り、レナードの記憶を盗み見る。
「レナード!」
陸の声が聞こえた。
しかし、聴こえたのは――
「……父さん」
冷淡な、父親の鼓動。
シアンを帯びた銀の髪が、擦れ違う。腕に咲いた、筋の赫。レナードは振り返り様に氷矢を放つが、矢尻は瞳を――青を、掠めていく。
「父さんは、……そんなに綺麗な瞳をしていないよ」
青空のような暖かい玻璃など、感じたことはなかった。只只、父親から受けたのは、酷く冷たい、無機質な灰。自分と姿形がどれほど相似していても、その感情は、その心は。
「僕は、父さんとは――」
今、その応えは、胸の奥へと留めた。
防御壁が霧散し、身体に幾つもの裂傷を負う。しかし、構わない。せめて、彼等は守れるようにと《ウィンドガスト》を発動させた。
オウカの太刀が唸り、陸の銃が咆える。
血汐が飛び散る。
その色さえも凍らせ――砕こう。
味方を巻き込まない範囲を読み、レナードが冷気の暴風を喚ぶ。残された心臓を確実に凍結させ、正確に壊す為。そして、意志の強い銃弾が終結を示す。
心臓を抜けていったのは、新緑の薫りであった。
月白の眠り姫に、レナードはひっそりと祈りを零す。
「今回の事もあって……不安な気持ちも大きいかもしれない。でも“会いたい”という気持ちは、願いはどうか、失わないでほしい。信じる気持ちが無ければ、魔法が解けてしまう様に、大切な人を繋ぐものの一つが、解れてしまうから」
そして、黒亜と“彼”に彼女を任せ、レナードは席を外した。
「紅亜……折角一緒に選んだペンダントを、本人にちゃんと渡せ。そのために生きろ。……俺が必ず会わせてやる。探し出すよ。だから……」
陸は下顎を震わせて俯く。
「……すまん、クロ」
「しゃんとしなよ。あんた男でしょ?」
その言葉に、幾分か救われる。
「……違ったらすまないが、お前達は一体何を追って、何に追われているんだ?」
「は? そんなのいないよ」
黒亜はぶっきらぼうに言い捨てると、紅亜を抱きかかえた。
「……“俺”は、だけど」
**
彼等は消えない記憶と苦しみの中で、始まりが訪れるのを、唯、待っていただけなのだろうか。
彼等は消せない記憶と苦しみの中で、終わりが訪れるのを、只、待っていただけなのだろうか。
**
月明かりと相俟って夜に融け往く、女の苛む声。
仄暗い時計塔。
叫ぶ鐘。
死神の彫像が、時の知らせを鳴らしていた。
「白亜……白亜!?」
震えていたのは、白亜(kz0237)の手か。それとも、白藤(ka3768)の手の方であったのか。
「阿呆な真似しとるんやないで!」
赦しを請うかのように膝をついていた彼は、騎銃の銃口を顎の下に押し当てていた。険しい面差しで駆け寄った白藤が、その銃身を躊躇なく掴む。そして、死筒の先を宙へ向けさせると、矢庭に白亜の軍服の襟を引き寄せた。
「目ぇ覚ましや白亜!」
畏に沈んだ焦点の合わない瞳を、鷲目色が切に捉えようとする。
「そんなまやかしに……盗られてたまるもんかいな!」
奈落を照らす、光の目印(オト)。しかし、背後から忍び寄るノイズが、それを掻き消そうとする。
どうして?
どうして?
どうして?
――と。
軍人のくせに。
軍人のくせに。
軍人のくせに。
どうして私を助けて――
「まやかし如きがぐだぐだやかましいわっ!!」
白藤の一喝が、耳障りな雑音を吹き飛ばした。
伝えたい想いがある。
聞きたい言葉がある。
「――白亜。うちにとって、会ってからの白亜が全てや」
相手に執着すれば、泥沼に嵌まっていくのは“知って”いた。
「無理強いはしたない、けど……うちは我儘や。せやから、白亜にはうちらと今を、選んで欲しいんや」
例え、縁や物事を手放せないのが人間の性であろうとも――
「その為の手なら何度でも伸ばすわ、何度、叩き落とされてもな」
そして、何度も信じよう。心に奔った直感を。
「……しら、ふ……じ?」
翳に沈淪した瑠璃が、ぽつり、と、灰に浮かぶ。
朧げな意識の中、嗄れた心が彼女の名を絞り出した、その時――女の形をした“ソレ”が突如、殺気と牙を剥き出しに示し跳躍してきた。振り返った白藤は、白亜を庇い、身構える。だが、その咄嗟の体勢に利点などなかった。鋭利に伸びた人ならざる鉤爪が、夜を裂き――
ガキンッ!!
“猫”の拳と火花を散らす。
女の爪を受け弾いたのは、二人を護るように間へ割って入ってきたミア(ka7035)であった。ミアは、推測していた。この模された女こそ、白亜が女性恐怖症になった原因なのではないか。だとするならば、彼の目の前で決して“彼女”を攻撃してはならない――。
それは、白藤も同様であった。精神状態が不安定な白亜に、交戦はさせられない。茫洋とする彼の心の為、注力する。
「(ダディ。瞳に映る“今”を、目の前の彼女を見てニャス)」
切望を背に置き、ミア自身は眼前の敵――ストリゴイと対峙する。
既に、件の正体は伝達されていた。
後は――
「(対象を移してやればいいニャス)」
静寂で揺れる、百色眼鏡。
囚われた面影は渦を巻き、刹那に姿を変えていく。
そして、
「……うニャ?」
捻れた随に漂う――記憶。
「お前、誰ニャス?」
ミアが瞬きの帳を上げると、其処には、ミアによく似た“見知らぬ”男が立っていた。
「ミアの何ニャス?」
不用意さを装って詰寄り――
「うニャ? その“なり”で弱いニャスなぁ。こんな一撃も防げないニャスか? ミアの兄さんとは大違いニャス」
違う。
「……?」
装ったのは、無意識か。それとも――
「……にいさん?」
ミアの拳を受けて吹き飛んだ長身の男は、軽快な身のこなしで体勢を立て直す。そして、彼女を見た。
――……嗚呼。
「せっかくわすれていたのに」
ミアの足許で、美しく、無心に咲いた鬼首花が、赫い首を落とした。
爪先が石畳を蹴る。
拳が空気を砕き。
情の無い一閃。
ミアは街灯に叩きつけた男を半目に見据え――
「立てよ。“もっぺん”殺られてぇのか?」
獣の前に、鬼が立つ。
●
見上げた空が、黒く、燃える。
「――ん、ロベリアさんには連絡取れたで。クロア君の方はどうやったやろか?」
「……」
「クロア君?」
「敵の情報でしょ。たらしの方にも連絡つけておいたよ」
レナード=クーク(ka6613)と黒亜(kz0238)は、意の赴くまま、風を切り進む。
「(ハクアさんの姿に変身した歪虚……妙な性質を持つ敵やなぁ。凄く、嫌な予感がするけど。もし当たったとしたら、……)」
過ぎる不安。
「(でも、大切な場所を、“音”を護る為なら……俺は)」
恐れず。
絶やさず。
――進む。
「その“音”を、掻き消さなくちゃ」
心の赴くまま。
●
花開く、弧。
「(……何だ、笑えるんじゃないか)」
乱れる息が、浅生 陸(ka7041)の胸を衝く。
「紅亜!」
陸は棚引く霞を掴むように、紅亜(kz0239)の腕を引いた。
「……? ……おー……陸……? なんで、いるの……?」
夢心地に蕩けた瞳が、ふっ、と、色褪せ、朦朦とした眼差しが、陸へ問う。
「紅亜……俺は、”他人”の秘密なんか知る気はないし、興味もない。友達だから、気になるから、命懸けで心配するんだよ」
視界に映る男から、彼女の意識を、心を、僅かでも引き戻したかった。彼女が想う“特別”な形を、刃で傷つけたくはなかった。
「お前の”過去”を教えてくれ。俺はお前が大切なんだ」
読めない状況を追いかけるより、目の前の紅亜に手を伸ばしたかった。しかし、
「……たいせつ……? どうして……? みんなに優しいあなたは……“みんな”が大切なんじゃないの……?」
紅亜は、沸き立つ疑問を陸の胸に残すと、不意に彼の手を振り払い、目掛ける先へ駆け出した。
「紅亜ッ!!」
伸ばした掌が、空を掴む。
月に揺れる祈り。
「……青い瞳。件の化ける歪虚、か?」
魔を祓う祝詞の義――オウカ・レンヴォルト(ka0301)が、祢々切丸を構えていた。
その弧は、歪虚を倒す為に意味を成す一太刀。しかし――
「!?」
その形に、在りし“今”を見ている者もいる。
「どうして……この人に手を出すの……?」
紅亜は瞳の奥に反意を滲ませて、オウカの一刀を脚甲で受けた。乏しい表情を宿したオウカが口を開きかけた、その時――紅亜の身体が浮いた。
鉤爪が彼女の背中を抉り、貫いたからである。
陸の呼声を遠くに、紅亜は肩越しに“彼”を見下ろした。月白の髪に、“青い”瞳――
百舌の贄が、宙へ振り飛ばされる。
オウカは交戦を開始し、紅亜を胸に受け止めた陸は、心痛な声を漏らした。しかし、紅亜は何処かほっとしたように――
「……そんなかお……しないで……いいん、だよ……ありが、とう……わたしにも……やさしく……して、くれ……て……」
陸の胸板に頬を寄せて、意識を喪った。
――陸。
何故。
狂おしいほど甘く。
呆れるほど残酷な声。
――ねえ、陸。
何故、今、この“瞬間”に。
「……厭らしいやつだな」
陸は強い蟠りを瞳に焚いて、揺らがない心を直視した。
黒檀色の長い髪が、白雪の頬を撫ぜる。
記憶の中の彼女の横顔は、秋風に棚引く桔梗のように美しく、華奢で、柔和な微笑みを浮かべていた。
その瞳を、心を、胸が塞がるほど――愛していた。
「でも、あなたは“死んだ”。“娘”を遺して」
――騙されない。
「……歪虚如きが……烏滸がましいんだよっ!」
光の飛沫を上げながら、メートクンデが咆吼した。
●
打つ。
殴る。
潰す。
今の内に。
撃つ。
射る。
貫く。
削り――機会を図る。
「まったく。私の本業は整備士だってのに……」
光を帯びた防御壁が、幾度となく、雨粒のように飛散する。
「勿論、できる限りのことはするわよ」
――自らの心情は二の次、三の次。
妹分に《攻性強化》をかけ、ロベリア・李(ka4206)が雷撃を奔らせた。次いで、白藤の射撃が、前衛のミアを掩護していく。
桃色の髪を持つ鬼は、記憶に沈めた“あの時”のように、水浅葱色の髪を持つ双子の兄と殺し合いをしていた。
掟とはいえ、妹は兄を殺した。
妹の“心”はそれを盲目的に受け容れたが、“事実”は拒絶され、“独りっこ”になった。
空中に、柘榴のような粒が散る。
しかし、ミアは臆せず、敵の間合いへ飛び込んでいく。白藤が放つ《レイターコールドショット》に合わせ、乱打。
食べる。
寝る。
笑う――。
吹き飛ばされても、街灯や時計塔の壁を足場に、体勢を立て直す。
ミアの本能は、全ては――兄の死の上に成り立っているものであった。
無意識に首を絞めていく、自責の念。
――ミア。お前を待ち構えているのは、大した失望と非情な死だぞ。
例え、本物の兄に、そう望まれていたとしても。
「月夜の蟹がエラそうにほざいてんじゃねぇ。私は見つける。私が生きていていい理由をな」
ストリゴイが偽りの皮を剥ぎ、人狼と化す。ミアにかけられた《防御障壁》は容易く打ち破られ、剥き出しの牙が彼女の首を狙った。ミアは形振り構わず避けるが、反撃の一打は敵を掠め――
「ミア!!」
その衝撃は、白藤の叫び声と重なった。敵の猛烈な蹴りを腹から真面に喰らい、ミアは地面へ投げ出される。
「われ……! なに、うちの“妹”に手ぇ出してくれとんのや!」
白藤の《威嚇射撃》、そして、白藤の後方から放たれた銃弾が、ミアへの追撃を阻止する。白藤が背後の“彼”へ意識を向けた、その僅かな心の隙を――
「なん……」
目の前の“兄”は、突いてきた。
「……ふぅん、次はうちの番ってか。なるほどなぁ、にくそいくらい記憶のまんまやわ。……目、以外わな」
容姿は二十代前半。
黒髪に、垂れ目気味の目許にある泣きぼくろの男性は――
しろ。
鷹揚に構えた口調で、白藤の名を呼ぶ。
「薄紫の目が、好きやったのにな……」
一瞬、白藤は幼子のように目を丸くしたが、直ぐに力なく微笑んだ。優しく肩を叩いてきたロベリアの心延えに、短く顎を引く。
「兄さんが守った命や……粗末にできひんな……」
過去を偲び、指先が胸元の黒蝶を撫でた。
「――堕とすで。覚悟しぃ」
雨が降る。
銃弾の雨が。
拳の雨が。
血の雨が。
そして――
「バックアップは私と彼に任せなさい」
仕上げの選択が押される。
「狙うで、ミア!」
「ニャぁ!」
熟熟と猫が翔る。
狂狂と鬼が舞う。
「「これで――」」
夢は終い。
白藤の冷弾が左の心臓を射貫き、ミアの神拳が右の心臓を突き破る。ストリゴイの断末魔は渦を巻き、形と共に消え去ったのであった。
「くーちゃん……悲しい想い、してないかニャ……クロちゃん、自分を責めていないかニャぁ……」
膝から崩れ落ちた彼女の身体を、白藤が優しく抱き留める。
「……ようやった。心配性やって、笑ってくれればえぇよ。それでもミアは、皆の“太陽”やから」
白藤はミアの背中を撫でながら、そろりと周囲を見渡した。
敵は何故、人を選ぶように二人を――白亜と紅亜を狙ったのか。
患難を帯びた瑠璃の双眸が、月を見上げていた。
●
オウカは心底、父親が嫌いであった。
「よくのこのことへらへらした面を出せたな糞親父……覚悟はできてんだろうな、おい」
媒介、《機導砲》、打っ放す――0.2秒。
その黒髪が。
顔に生じた同じ痣が。
穏やかな口調が。
奔放な性格が。
思うがままに生きる自由人さが。
「其は荒ぶる魂を静める“華”の舞……」
父親は、オウカが高校を卒業する前に行方不明になった。母を、置いて――。
「お前の拒絶など開きたくもないが、是非も無い」
夜の髪が、舞う。
猛き腕が、祓う。
「窺わん。疑わん」
嗚呼、やはり――
「忌々しい存在だ、糞親父」
厭忌な音を散りばめながら、太刀は凜然と囀る。
一撃、二撃、三撃――オウカは敵の鉤爪と攻防を繰り返していた。陸の発動させた《防御障壁》も相俟って、タンク役のオウカは味方への被害を抑える。しかし、その維持は容易ではない。
オウカの頭を難無く呑み込むであろう人狼の掌が、地を這い、瞬間――牙が嘲笑う。
猛然と跳躍してきた鋭牙を、オウカは刀身で受けた。両腕にのし掛かる圧。留められず、オウカはやむなく、刀身を左へ流す。牙が肩へ喰い込むが、引き換えに得たのは、太刀の解放。
「先ずは、壱」
オウカが、右の心臓を刺し貫いた。
其処へ、陸の雷弾。与えられた僅かな隙に、オウカは敵から距離を取る。次いで、紅亜への応急手当を済ませたレナードの氷矢が応戦した。
「(クレアちゃんの傷、素人の僕が見てもあかんもんやってわかる。早くお医者さんに見せへんと)」
敵は、その意識のずれにつけ入り、レナードの記憶を盗み見る。
「レナード!」
陸の声が聞こえた。
しかし、聴こえたのは――
「……父さん」
冷淡な、父親の鼓動。
シアンを帯びた銀の髪が、擦れ違う。腕に咲いた、筋の赫。レナードは振り返り様に氷矢を放つが、矢尻は瞳を――青を、掠めていく。
「父さんは、……そんなに綺麗な瞳をしていないよ」
青空のような暖かい玻璃など、感じたことはなかった。只只、父親から受けたのは、酷く冷たい、無機質な灰。自分と姿形がどれほど相似していても、その感情は、その心は。
「僕は、父さんとは――」
今、その応えは、胸の奥へと留めた。
防御壁が霧散し、身体に幾つもの裂傷を負う。しかし、構わない。せめて、彼等は守れるようにと《ウィンドガスト》を発動させた。
オウカの太刀が唸り、陸の銃が咆える。
血汐が飛び散る。
その色さえも凍らせ――砕こう。
味方を巻き込まない範囲を読み、レナードが冷気の暴風を喚ぶ。残された心臓を確実に凍結させ、正確に壊す為。そして、意志の強い銃弾が終結を示す。
心臓を抜けていったのは、新緑の薫りであった。
月白の眠り姫に、レナードはひっそりと祈りを零す。
「今回の事もあって……不安な気持ちも大きいかもしれない。でも“会いたい”という気持ちは、願いはどうか、失わないでほしい。信じる気持ちが無ければ、魔法が解けてしまう様に、大切な人を繋ぐものの一つが、解れてしまうから」
そして、黒亜と“彼”に彼女を任せ、レナードは席を外した。
「紅亜……折角一緒に選んだペンダントを、本人にちゃんと渡せ。そのために生きろ。……俺が必ず会わせてやる。探し出すよ。だから……」
陸は下顎を震わせて俯く。
「……すまん、クロ」
「しゃんとしなよ。あんた男でしょ?」
その言葉に、幾分か救われる。
「……違ったらすまないが、お前達は一体何を追って、何に追われているんだ?」
「は? そんなのいないよ」
黒亜はぶっきらぼうに言い捨てると、紅亜を抱きかかえた。
「……“俺”は、だけど」
**
彼等は消えない記憶と苦しみの中で、始まりが訪れるのを、唯、待っていただけなのだろうか。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
- ロベリア・李(ka4206)
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/05/14 23:50:52 |
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白と紅の心を追って(相談卓) ミア(ka7035) 鬼|22才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2018/05/20 18:07:40 |