ゲスト
(ka0000)
【羽冠】王国のある日
マスター:赤山優牙

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~5人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/05/18 19:00
- 完成日
- 2018/05/21 17:41
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
白髪の老人――オキナ――に案内されて紡伎 希(kz0174)がやって来たのは王国北部のとある廃館。
その一室に飾られている剣を見つめて希が尋ねた。
「……この状態のままなのですか?」
「意識があるかどうか分からん。だが、あると思っていいはずじゃ」
剣からは弱弱しい負のマテリアルを感じる。
ただの剣では無い。ある歪虚が【変容】しているのだ。
「ここ最近、傲慢歪虚の活動が活発じゃったおかげで、移動も多かった。負担を予想以上に掛けてしまったかもしれん」
「ネル・ベル様……」
そっと刀身に触れた。
ひんやりとした刀はすぐにでも折れてしまいそうだ。
心配そうな表情を浮かべる希を見守りながら、オキナは近くのソファーに座り込む。
「手紙の内容は確認した。傲慢歪虚が国内で出没している件だな」
「まさか、ネル・ベル様を追い掛けての事もあるという事でしょうか?」
「それは一つの可能性に過ぎん……が、アイテルカイトは裏切りを許さんからの。思った以上にしつこいかもしれん」
実際は“裏切って”はいないが、他の歪虚がどう感じるかは別問題である。
また、説明しても受け入れる事もないだろう。負のマテリアルを奪いに来るに違いない。
「ところで、ノゾミ嬢ちゃんは他にも用事があったんじゃろ」
「はい。ただ、先にオキナの用事から済まして貰って大丈夫です。受付嬢の方は休暇を貰ったので」
ここ最近、傲慢歪虚が引き起こしたとされる事件に追われ、ゆっくりと休む日が無かった。
表向きには休暇という事になっているが、希の秘密を知る上司には、これまでの経過を伝え、情報収集という形になっている。
「それじゃ、ワシは久々に街に繰り出すかのう。補充もあるしのう」
「行ってらっしゃいです」
丁寧に頭を下げた希にオキナは頷くと、年齢を感じさせない身軽な動きで老人は部屋から出て行った。
●
痩せた騎士――ノセヤ――は、久々に港町へと帰ってきた。
王国北部のある領主を補佐していた。現在、王国内では王女派と貴族派で熾烈な政争が繰り広げられているが、それに影響される事なく、領地経営に勤しんでいる。
今回、港町に帰ってきたのも、第六商会に刻令術関連の農耕機器を買いに来たからだ。
そして、今、ノセヤは港に停泊中のフライング・システィーナ号の甲板に居た。
「お久しぶりです。水の精霊ソルラさん」
ある一室でのんびりと外の景色を眺めていた水の精霊を、ノセヤは呼んだ。
精霊は振り返ると微笑を浮かべた。人の姿を模しているだけあって、出会った時から外見に全くの変化がない。
「ノセヤさん……また痩せました?」
「この所、忙しかったからですね。ソルラさんも、イスルダ島への輸送任務を手伝っているそうで。ありがとうございます」
「これぐらいしか出来ませんから」
この水の精霊は王国西部の海流の一部を司っていた。
その為か、陸に上がると著しく消耗するのだ。
だから、出来る事といえば、仲間の精霊に呼び掛けて、海流に船が乗りやすくする事なのだ。それだけでも人間から見れば物凄い事をやってのけているのだが……。
「海の方で歪虚の動きはありますか?」
ノセヤの問いにソルラは小さく頷いた。
イスルダ島を奪還したといっても、傲慢歪虚の残党が残っている。
それは陸地だけではなく海も同様だ。多くの輸送船団が危険を承知でイスルダ島への輸送任務を行っている。
フライング・システィーナ号も転移門があるとはいえ、超大型船舶でもあるので、普通の船が運べないような資材を輸送する為、港町と島を往復しているのだ。
「王国内でも傲慢歪虚の活動が活発だと聞きました」
「そうですね。神出鬼没のようで……」
その中で、ノセヤには気になっている事件があった。
出現している傲慢歪虚が似ている、あるいは同じ姿形のものがあったからだ。それも、王国西部を中心として、王都や王国北部、南部へと広がっている。
ハンターや騎士団のおかげで今のところ、討伐できているが、この先、どうなるか不安であった。詳細な情報を調べる時間もノセヤには無いというのもある。
「歯痒い……ですね」
苦笑を浮かべてノセヤは部屋の壁に飾ってある人物画を見つめる。
そこには水の精霊と瓜二つの姿をした騎士が描かれていた。
(アルテミス小隊が健在なら……きっと、この事態も今とは違った流れになっていたのでしょうか……)
絵の中の騎士は微笑を浮かべたままだった。
●
駆け出しハンターでもある転移者――鈴木太郎(自称、キロウ タズス)は、剥き出しの地面に座り込んだ。
だらしない訳ではない。先程まで、傲慢歪虚との戦闘を繰り広げていたからだ。
「マジ、もう無理だって」
出現したのはフルフェイスを被ったような漆黒の人間の歪虚。
村に突如として出現したこの歪虚を討伐する依頼を受けたのだ。村人数人が犠牲となったが、太郎らハンター達の活躍によりそれ以上の被害は無かった。
「回復助かったぜ」
「本当にギリギリだった。追加報酬ないかな……」
同行したハンターも全身傷だらけだった。
雑魔ならまだしも、相手は傲慢歪虚。特殊能力である【懲罰】に対抗する為、太郎は回復魔法で援護していた。
それだけではない。彼自身も前衛に出て戦線を支えた。大活躍とは、こういう事なのだろうなと太郎は心の中で呟く。
「にしてもよ、可笑しいと思わないか? 前回の依頼もさ、同じ敵だったじゃん」
仲間の一人がそんな事を言った。
「たまたまじゃねぇ」
太郎は考えるのも怠いと言わんばかりに空を見上げた。
イスルダ島を奪還し、傲慢歪虚との戦いは終わったものかと思っていたのに、この状況だ。
まだ、戦いそのものは終わってないというのか。
「……確かに、なにか変だよな……単体ならまだしも、複数で突如出現って……」
はぐれた歪虚や雑魔が唐突に現れる事はあった。
だが、今回も前回も、単体では無かった。複数の同じ歪虚が前振りもないまま現れたのだ。
「好き勝手出て来やがって、討伐する方の身にもなってみろってな」
「全くだ。来て、帰るのも、こっちは大変なんだからよ」
兎に角、全員無事に帰還できるのは、良いことだ。
小難しい疑問を太郎は頭の隅に追いやり、頭の中を得られた報酬で何をしようかという考えで埋めるのであった。
白髪の老人――オキナ――に案内されて紡伎 希(kz0174)がやって来たのは王国北部のとある廃館。
その一室に飾られている剣を見つめて希が尋ねた。
「……この状態のままなのですか?」
「意識があるかどうか分からん。だが、あると思っていいはずじゃ」
剣からは弱弱しい負のマテリアルを感じる。
ただの剣では無い。ある歪虚が【変容】しているのだ。
「ここ最近、傲慢歪虚の活動が活発じゃったおかげで、移動も多かった。負担を予想以上に掛けてしまったかもしれん」
「ネル・ベル様……」
そっと刀身に触れた。
ひんやりとした刀はすぐにでも折れてしまいそうだ。
心配そうな表情を浮かべる希を見守りながら、オキナは近くのソファーに座り込む。
「手紙の内容は確認した。傲慢歪虚が国内で出没している件だな」
「まさか、ネル・ベル様を追い掛けての事もあるという事でしょうか?」
「それは一つの可能性に過ぎん……が、アイテルカイトは裏切りを許さんからの。思った以上にしつこいかもしれん」
実際は“裏切って”はいないが、他の歪虚がどう感じるかは別問題である。
また、説明しても受け入れる事もないだろう。負のマテリアルを奪いに来るに違いない。
「ところで、ノゾミ嬢ちゃんは他にも用事があったんじゃろ」
「はい。ただ、先にオキナの用事から済まして貰って大丈夫です。受付嬢の方は休暇を貰ったので」
ここ最近、傲慢歪虚が引き起こしたとされる事件に追われ、ゆっくりと休む日が無かった。
表向きには休暇という事になっているが、希の秘密を知る上司には、これまでの経過を伝え、情報収集という形になっている。
「それじゃ、ワシは久々に街に繰り出すかのう。補充もあるしのう」
「行ってらっしゃいです」
丁寧に頭を下げた希にオキナは頷くと、年齢を感じさせない身軽な動きで老人は部屋から出て行った。
●
痩せた騎士――ノセヤ――は、久々に港町へと帰ってきた。
王国北部のある領主を補佐していた。現在、王国内では王女派と貴族派で熾烈な政争が繰り広げられているが、それに影響される事なく、領地経営に勤しんでいる。
今回、港町に帰ってきたのも、第六商会に刻令術関連の農耕機器を買いに来たからだ。
そして、今、ノセヤは港に停泊中のフライング・システィーナ号の甲板に居た。
「お久しぶりです。水の精霊ソルラさん」
ある一室でのんびりと外の景色を眺めていた水の精霊を、ノセヤは呼んだ。
精霊は振り返ると微笑を浮かべた。人の姿を模しているだけあって、出会った時から外見に全くの変化がない。
「ノセヤさん……また痩せました?」
「この所、忙しかったからですね。ソルラさんも、イスルダ島への輸送任務を手伝っているそうで。ありがとうございます」
「これぐらいしか出来ませんから」
この水の精霊は王国西部の海流の一部を司っていた。
その為か、陸に上がると著しく消耗するのだ。
だから、出来る事といえば、仲間の精霊に呼び掛けて、海流に船が乗りやすくする事なのだ。それだけでも人間から見れば物凄い事をやってのけているのだが……。
「海の方で歪虚の動きはありますか?」
ノセヤの問いにソルラは小さく頷いた。
イスルダ島を奪還したといっても、傲慢歪虚の残党が残っている。
それは陸地だけではなく海も同様だ。多くの輸送船団が危険を承知でイスルダ島への輸送任務を行っている。
フライング・システィーナ号も転移門があるとはいえ、超大型船舶でもあるので、普通の船が運べないような資材を輸送する為、港町と島を往復しているのだ。
「王国内でも傲慢歪虚の活動が活発だと聞きました」
「そうですね。神出鬼没のようで……」
その中で、ノセヤには気になっている事件があった。
出現している傲慢歪虚が似ている、あるいは同じ姿形のものがあったからだ。それも、王国西部を中心として、王都や王国北部、南部へと広がっている。
ハンターや騎士団のおかげで今のところ、討伐できているが、この先、どうなるか不安であった。詳細な情報を調べる時間もノセヤには無いというのもある。
「歯痒い……ですね」
苦笑を浮かべてノセヤは部屋の壁に飾ってある人物画を見つめる。
そこには水の精霊と瓜二つの姿をした騎士が描かれていた。
(アルテミス小隊が健在なら……きっと、この事態も今とは違った流れになっていたのでしょうか……)
絵の中の騎士は微笑を浮かべたままだった。
●
駆け出しハンターでもある転移者――鈴木太郎(自称、キロウ タズス)は、剥き出しの地面に座り込んだ。
だらしない訳ではない。先程まで、傲慢歪虚との戦闘を繰り広げていたからだ。
「マジ、もう無理だって」
出現したのはフルフェイスを被ったような漆黒の人間の歪虚。
村に突如として出現したこの歪虚を討伐する依頼を受けたのだ。村人数人が犠牲となったが、太郎らハンター達の活躍によりそれ以上の被害は無かった。
「回復助かったぜ」
「本当にギリギリだった。追加報酬ないかな……」
同行したハンターも全身傷だらけだった。
雑魔ならまだしも、相手は傲慢歪虚。特殊能力である【懲罰】に対抗する為、太郎は回復魔法で援護していた。
それだけではない。彼自身も前衛に出て戦線を支えた。大活躍とは、こういう事なのだろうなと太郎は心の中で呟く。
「にしてもよ、可笑しいと思わないか? 前回の依頼もさ、同じ敵だったじゃん」
仲間の一人がそんな事を言った。
「たまたまじゃねぇ」
太郎は考えるのも怠いと言わんばかりに空を見上げた。
イスルダ島を奪還し、傲慢歪虚との戦いは終わったものかと思っていたのに、この状況だ。
まだ、戦いそのものは終わってないというのか。
「……確かに、なにか変だよな……単体ならまだしも、複数で突如出現って……」
はぐれた歪虚や雑魔が唐突に現れる事はあった。
だが、今回も前回も、単体では無かった。複数の同じ歪虚が前振りもないまま現れたのだ。
「好き勝手出て来やがって、討伐する方の身にもなってみろってな」
「全くだ。来て、帰るのも、こっちは大変なんだからよ」
兎に角、全員無事に帰還できるのは、良いことだ。
小難しい疑問を太郎は頭の隅に追いやり、頭の中を得られた報酬で何をしようかという考えで埋めるのであった。
リプレイ本文
●古都アークエルス
王立図書館は大きく3つに階層が分かれている。
表層の区画程、情報は得やすいが、その内容は限られている。逆に深層区画に行けば行くだけ、得られる情報は重い。しかし、深層区画は危険な為、一般人の立ち入りが禁止されている。
それは、黒の隊の騎士であるクローディオ・シャール(ka0030)であっても同様だった。
だが、事情を説明した彼は司書から特別に中層まで案内された。調査内容を報告するという条件付きだったが。
「傲慢歪虚に関する情報か……」
依頼に関連する報告書をクローディオは読み返していた。
その中で、同じ姿をした歪虚が複数回、出現しているという事が気に掛かり、図書館までやって来たのだ。
特に、ミュールと名乗った歪虚が口にしたキーワードを重点的に手掛かりを探す。
「幾つか気になる言葉……『ファルズィーン』『ロフ』『ピヤーダ』だったか」
独り言を呟いているようにも見えるが、調査報告の為にパルムに記録させているのだ。
パルムから返事はないので、見た目には、やっぱりブツブツと独り言を告げる怪しいハンターだが、ここには彼以外、誰も居ない。
案内してくれた司書も仕事があるのか、持ち場に戻ってしまったし。
「……これら三つのキーワードについて調べると、チェスの原型であるリアルブルー産の『シャトランジ』というボードゲームが浮上した」
それは転移者からの伝承をまとめた書籍の中にも見つける事が出来た。
ピヤーダは歩兵でロフは戦車という駒だ。将であるファルズィーンは貴族とも言えるという。
「ケンタウルス型の歪虚も出現しているようだが、こちらは『アスブ』にあたるか」
それも過去の報告書の中にあった。
「敵が『シャトランジ』の駒を模しているのであると考えるならば、あとは象の『ピール』、駱駝の『ジャマル』、そして……王の『シャー』も現れる可能性があるのではないだろうか」
そこまで呟き、クローディオは唾を飲み込んだ。
王……傲慢の王が率いる軍団なのだろうか。そして、これまでの傾向から上位駒程、強力な歪虚である可能性も高い。
今後、出てくる可能性がある敵の像が掴めたのは極めて大きい収穫だろう。
「それと、ミュールという歪虚、か……」
報告書では“「我らの名はミュール」”と発言していたらしいのだ。
調べた限り、ミュールという名の歪虚は図書館の中に記録として残っていなかった。
「“我ら”ということは個の名前ではないのか」
ミュールという言葉にはラバという意味もあるらしい。
ラバは雄のロバと雌のウマの交雑種の家畜を言う。
「元人間の歪虚、つまり雑種という意味合いで付けられたか……」
そう言いながら、クローディオは魔導機械製の義手を無意識に右手で触れていた。
雑ざっているという意味でいうと彼自身も生身の身体と機械仕掛けの左腕が組み合わさっている。
「……ミュールという名前の意味は、もしかして雑じっているから、なのか?」
推測の域でしかないが、何かの事実に辿り着いた、そんな気がしたのであった。
●港街ガンナ・エントラータ
「最近、忙しいですが、元気ですよ。それよりも、珍しいですね」
『軍師騎士』ノセヤが体調を気遣った瀬織 怜皇(ka0684)に答えながらそう返した。
珍しいというのは、ノセヤの元に訪れた二人のハンターの組み合わせの事だった。
「希さんからの重大な案件ですからね」
微笑を浮かべて応えたのは鳳城 錬介(ka6053)だ。
二人は、傲慢歪虚についての話をノセヤに聞きにきたのだ。
「珈琲を淹れましたので、どうぞ、座って話しましょう」
水の精霊が心地良い珈琲の香りを伴いながら、訪れた二人のハンターに告げる。
人数分のカップをお盆に危なげなく持つ姿は“代わりない”姿だった。
勧められた席に座りながら、錬介はカップを受け取る。
「ありがとうございます。ソルラさんもお元気そうで」
「海の上にいる限りは」
ニッコリと笑うと水の精霊も着席すると、珈琲の香りを楽しむ。
水の精霊が珈琲を体内に取得するとどうなるのだろうかという疑問が浮かんだ錬介だったが、今はその疑問を訊く時ではない。
珈琲を口に付けるより前に怜皇がノセヤの尋ねる。
「恋人から『ミュール』という歪虚に関係する事をノセヤから聞いて来て欲しいという事で伺いました。何かご存じでしょうか」
「ハンターオフィスの依頼書で見る以外、私がその名で知る事はありませんね」
残念そうにノセヤは答える。
視線を水の精霊に向けたが、彼女は首を横に振った。
「元は人間ではないかと聞いているので、昔そんな名前の人が王国に居なかったか? どうですかね?」
「ミュールという名前を持つ人は調べれば居るかもしれませんが、少なくとも、私の記憶にはありません」
ノセヤの言葉に錬介が小さく呟く。
「イスルダ島の歪虚騎士……という線も無いという事ですね」
奪還したイスルダ島であるが、堕落者と化した存在がいない訳ではなかった。
ミュールという名の騎士がいれば、その可能性はあった訳だが、その可能性は無いようだ。
「また願い事でも叶えているのでしょうか……」
「願いの少女……あるいは、緑髪の少女……そう感じられますね」
ミュールが引き起こした事件にはある法則があった。
それは、絶望した人間を利用しての事だったからだ。
怜皇がある名前が記されたメモをノセヤに渡す。
「これは、現場付近に落ちていた傲慢歪虚の立札らしきものに書かれていたものです」
「……名前、ですかね?」
「恋人から聞いた感じだと、ミュールの配下が盤上遊戯の駒から名前をとっているみたいだとの事。盤上遊戯の駒の名前やルールなんかもわかりますか?」
メモを確りと見つめるノセヤ。
やがて、こめかみの辺りを抑えながら言葉を発する。
「リアルブルーのゲームにそんな記述があったように思えますが、詳細はどこかで調べる必要がありますね」
「確か、クローディオさんが王立図書館に行かれたはずですね」
ポンと手を叩く錬介。これは、上手くすれば、より詳細な情報が得られるかもしれない。
最も、調べた情報が共有されるのは依頼の報告が終わった後になるだろうが……。
「ルールを確認すると敵の能力が一致するかも?」
「怜皇さんの言う通り、その可能性もありますね。ただ、私はそれとは別の事が気になります」
そう言って机の上に広げたのは王国地図。
何か書き込んであるが、それは、件の傲慢歪虚が出没した地点が記されてあった。既に十数件になっているようだ。
「歪虚が現れた場所で人や土地に関するトラブルが無かったか調べられませんか?」
地図を食い入るように見つめながら錬介は言った。
もし、誰かの願いを叶えた結果、事件が起こっているのであれば、ミュールが絡む可能性が高い。
「そこまでは流石に……人手不足で難しいですね」
「島を取り戻しても仕事は減りませんね……」
揃って苦笑を浮かべるノセヤと錬介。
一方、怜皇はジッと地図を見つめて考えていた。
「駒の数と出現した数は合ったりするようには見えないですね」
敵の能力は駒を模しているだけで、数までは別という事だろう。
推理が得意でないと自負する錬介はこれまでの事を振り返る。
「……そういえば、彼らはどこから来たのでしょう」
「そこですよ。現地で生まれたとした訳でなければ、どこからか“送り込まれた”という事になります」
深刻そうにノセヤが言った。
件の傲慢歪虚に共通するのは立札。
「願いを叶える為に立札の中から出現するとは……考えにくいですね」
頭の中がパンクしそうで錬介は珈琲を飲み干した。
空になったカップを置くと、それまで微笑を浮かべながら会話を見つめていた水の精霊がスッと指先を伸ばす。
「水ならすぐに入れられますよ。またはいずこから水を召喚する事もできますし」
その台詞にガタっと怜皇が立ち上がった。
「王都がベリアルの軍勢に急襲を受けた時、突如として歪虚版の転移門が開き、多くの傲慢歪虚が出現した。立札にはこれと似た事が出来る可能性も?」
3年程前になるだろうか。王都南に歪虚版の転移門を作り、ベリアルが王都に急襲を仕掛けてきたのだ。
軍勢を一気に移動できるというのは脅威そのものだ。
「大いにあり得ると思います」
ノセヤは深く頷いた。
現地で生まれていなければ、どこかの拠点から移動してくるしかない。それは召喚か、あるいは転移門的なものなのだろう。
「だとしたら、由々しき事態ですね」
カップに新しく注いで貰った水のゆらぎをみつめながら錬介は呟いた。
もし……好き勝手に立札が存在していたとしたら、王国全土に傲慢歪虚が出現する可能性があるのだ。
しかも、それは、いつ、どこでというのが分からないのだから……。
●冒険都市リゼリオ
アティニュス(ka4735)は神霊樹ライブラリのモニターから視線を外した。
特に嫌な描写があったという訳ではない。
膨大なライブラリの情報の海からキーワードを探し出すだけでも相当な時間を費やした。
“王女様って大変だね。望んでいない結婚をしなきゃいけないって。だから、助けてあげようかなって”
ミュールと名乗った歪虚がハンター達に言った台詞が頭の中で再生された。
「望まれない結婚……ですか。見た感じ、堕落者のようでありましたが……」
アティニュスは、ここ十数年前後で『貴族や裕福な家』での『婚姻』が『対象者死亡か行方不明で破談』というキーワードで情報を探していた。
彼女の狙い通り、婚姻に関する情報は多かったかもしれない。
しかし、有力な情報は得られなかった。
特に政争活動が活発な王国貴族では、そのような事、特段、珍しい訳とも言い切れないかもしれない。
あるいは……もっと、過去の話だったという可能性もある。
「外れても『そういうケースではない』という情報になるわけですしね」
そんな事を呟きながらアティニュスは気分転換でもしようかと思い至る。
ふらっと街中を歩くのもいいかもしれない。
「そういえば『元人間』と言えるという事はちゃんと自我があり、至った経緯も自覚しているのですよね」
出会った傲慢歪虚は自分の意志で歪虚になる事を決めたという事だろうか。
傲慢歪虚の能力に【強制】と呼ばれる力があるが、これで強引に歪虚と契約を結ぶ事もできるからだ。
ミュールと名乗った傲慢歪虚は何かの出来事で自ら歪虚となる意思を持った。
それが何か……というのは推測でしかないが、その行動にヒントがあるのかもしれない。
神霊樹ライブラリでアティニュスが調べものをしようと思ったのもその可能性があるからだ。
(王女の婚姻の件は号外で知った……ならば、これまでの事件の中にヒントがあった?)
部屋から出ながら彼女は心の中で呟く。
依頼の報告書を確認する限り『絶望した人』を巻き込んで、あるいは利用する形だったのではないかと、思われた。
(自身も絶望した事がある故、同じ立場、似た立場の人間に声を掛けたか)
世の中には理不尽な運命というものがある。
望んでもいない政略結婚が、理不尽な運命に当たるのであれば、ミュールが“助けてあげようかなって”と言った動機にも繋がる。
暖かい日差しが入り込む廊下を歩きながらアティニュスは、ふと、足を止めた。
窓から見える外の風景は平和そのものだった。
(……なぜ、今になって?)
ミュールから発せられる負のマテリアルは高位歪虚ともいえた。
王国内で潜伏しながら活動していれば、少なくともレチタティーヴォのように名前としての記録は残るはず。
(傲慢の王に最も近い存在とも言っていたが、まさか……)
歪虚の見栄であって欲しいと思わずにはいられなかった。
●ネオ・ウィーダの街
王国北部のとある街中のある酒場。オキナと星輝 Amhran(ka0724)の二人がカウンターに並んで座っていた。
「……なるほど。角折はそんな状態か」
トンと果実のジュースが入ったグラスを置く。
店主から子供扱いされ、オキナからの助け舟も無かった。そのオキナはエールを美味しそうに飲む。
それだけでも恨めしいが、角折の歪虚の現状を聞き、不貞腐れていた頬を戻す。角折の歪虚は【魔装】状態を維持するだけで精一杯という事のようだ。
「もはや、話す事は叶わんだろうのう」
「例の傲慢の話はノゾミから聞いておるじゃろ?」
もっとも、情報を得るようにと仕向けたのは星輝であるが。
「出来れば直接、話が聞けると手っ取り早く深い話が聞けそうと思ったのじゃがな」
「仕方なかろう。しかし、ミュールという歪虚、しかも童女と甲虫という組み合わせは、儂も聞いた事はない」
「オキナも知らんのか。傲慢の王イヴに近き者と言っておった上に相当なプレッシャーじゃった。あれは有名どころと思ったんじゃが……」
「……ふむ。いよいよ、出てきたかもしれんな」
思ってもいなかったオキナの何気ない言葉に星輝が目を丸くした。
「なんの話じゃ」
「そのミュールという歪虚は、緑髪の少女を真似していると、思っている者も多いじゃろ?」
絶望した人間を利用して事件を起こす。
ノゾミが積極的にこの傲慢歪虚の事件に絡む理由でもある。
「そうじゃ。だから、角折に――」
「可笑しいと思わんか? 傲慢歪虚が見下している人間を自らの従者に選ぶのは」
星輝の言葉を遮ってオキナが言った。
「確かに……そうじゃな。言われてみれば……」
「主従関係とはある種、特別なものじゃ。見下している存在ならば、捨て駒でも良いはずじゃ」
それが傲慢から見た人間というものなのかもしれない。
オキナの話は続く。
「傲慢は、その傲慢さから、畏怖や崇拝の念を向けられる事を当然であると考えておる。それなのに羊や蜘蛛が高位歪虚として存在し、ましてやベリアルに至っては、少女の姿をした歪虚を伴っていた」
「つまり……ベリアルやメフィストよりも更に高位の存在が、人間を最も近い存在としたのであれば、一般的な傲慢歪虚が人間を従者に選んでも傲慢の中では可笑しくないと」
「そういう事じゃ。もっとも、全て、推測でしか過ぎないのじゃがな」
そうだとしても、相手がどのような存在なのか知る手掛かりとしては、とても重要な事だろう。
必要な事は話したとばかり、酒を一気に飲み干し、代金をカウンターに置くオキナ。
立ち去る老人の裾を星輝は引っ張った。
「オキナは、どうもただのお使い……という感じでは無いように思うのじゃが、暗躍は……翁の十八番じゃったよな?」
「儂とて、たまには散歩もするからのぅ」
にまにまとする星輝の台詞にオキナは含みのある笑みで答えるのであった。
ハンター達は主に王国西部に出没する傲慢歪虚に関する情報を集めた。
確定した内容を多く得る事は出来なかったが、真実に近いと思われる貴重な情報を調べる事が出来たのであった。
おしまい
王立図書館は大きく3つに階層が分かれている。
表層の区画程、情報は得やすいが、その内容は限られている。逆に深層区画に行けば行くだけ、得られる情報は重い。しかし、深層区画は危険な為、一般人の立ち入りが禁止されている。
それは、黒の隊の騎士であるクローディオ・シャール(ka0030)であっても同様だった。
だが、事情を説明した彼は司書から特別に中層まで案内された。調査内容を報告するという条件付きだったが。
「傲慢歪虚に関する情報か……」
依頼に関連する報告書をクローディオは読み返していた。
その中で、同じ姿をした歪虚が複数回、出現しているという事が気に掛かり、図書館までやって来たのだ。
特に、ミュールと名乗った歪虚が口にしたキーワードを重点的に手掛かりを探す。
「幾つか気になる言葉……『ファルズィーン』『ロフ』『ピヤーダ』だったか」
独り言を呟いているようにも見えるが、調査報告の為にパルムに記録させているのだ。
パルムから返事はないので、見た目には、やっぱりブツブツと独り言を告げる怪しいハンターだが、ここには彼以外、誰も居ない。
案内してくれた司書も仕事があるのか、持ち場に戻ってしまったし。
「……これら三つのキーワードについて調べると、チェスの原型であるリアルブルー産の『シャトランジ』というボードゲームが浮上した」
それは転移者からの伝承をまとめた書籍の中にも見つける事が出来た。
ピヤーダは歩兵でロフは戦車という駒だ。将であるファルズィーンは貴族とも言えるという。
「ケンタウルス型の歪虚も出現しているようだが、こちらは『アスブ』にあたるか」
それも過去の報告書の中にあった。
「敵が『シャトランジ』の駒を模しているのであると考えるならば、あとは象の『ピール』、駱駝の『ジャマル』、そして……王の『シャー』も現れる可能性があるのではないだろうか」
そこまで呟き、クローディオは唾を飲み込んだ。
王……傲慢の王が率いる軍団なのだろうか。そして、これまでの傾向から上位駒程、強力な歪虚である可能性も高い。
今後、出てくる可能性がある敵の像が掴めたのは極めて大きい収穫だろう。
「それと、ミュールという歪虚、か……」
報告書では“「我らの名はミュール」”と発言していたらしいのだ。
調べた限り、ミュールという名の歪虚は図書館の中に記録として残っていなかった。
「“我ら”ということは個の名前ではないのか」
ミュールという言葉にはラバという意味もあるらしい。
ラバは雄のロバと雌のウマの交雑種の家畜を言う。
「元人間の歪虚、つまり雑種という意味合いで付けられたか……」
そう言いながら、クローディオは魔導機械製の義手を無意識に右手で触れていた。
雑ざっているという意味でいうと彼自身も生身の身体と機械仕掛けの左腕が組み合わさっている。
「……ミュールという名前の意味は、もしかして雑じっているから、なのか?」
推測の域でしかないが、何かの事実に辿り着いた、そんな気がしたのであった。
●港街ガンナ・エントラータ
「最近、忙しいですが、元気ですよ。それよりも、珍しいですね」
『軍師騎士』ノセヤが体調を気遣った瀬織 怜皇(ka0684)に答えながらそう返した。
珍しいというのは、ノセヤの元に訪れた二人のハンターの組み合わせの事だった。
「希さんからの重大な案件ですからね」
微笑を浮かべて応えたのは鳳城 錬介(ka6053)だ。
二人は、傲慢歪虚についての話をノセヤに聞きにきたのだ。
「珈琲を淹れましたので、どうぞ、座って話しましょう」
水の精霊が心地良い珈琲の香りを伴いながら、訪れた二人のハンターに告げる。
人数分のカップをお盆に危なげなく持つ姿は“代わりない”姿だった。
勧められた席に座りながら、錬介はカップを受け取る。
「ありがとうございます。ソルラさんもお元気そうで」
「海の上にいる限りは」
ニッコリと笑うと水の精霊も着席すると、珈琲の香りを楽しむ。
水の精霊が珈琲を体内に取得するとどうなるのだろうかという疑問が浮かんだ錬介だったが、今はその疑問を訊く時ではない。
珈琲を口に付けるより前に怜皇がノセヤの尋ねる。
「恋人から『ミュール』という歪虚に関係する事をノセヤから聞いて来て欲しいという事で伺いました。何かご存じでしょうか」
「ハンターオフィスの依頼書で見る以外、私がその名で知る事はありませんね」
残念そうにノセヤは答える。
視線を水の精霊に向けたが、彼女は首を横に振った。
「元は人間ではないかと聞いているので、昔そんな名前の人が王国に居なかったか? どうですかね?」
「ミュールという名前を持つ人は調べれば居るかもしれませんが、少なくとも、私の記憶にはありません」
ノセヤの言葉に錬介が小さく呟く。
「イスルダ島の歪虚騎士……という線も無いという事ですね」
奪還したイスルダ島であるが、堕落者と化した存在がいない訳ではなかった。
ミュールという名の騎士がいれば、その可能性はあった訳だが、その可能性は無いようだ。
「また願い事でも叶えているのでしょうか……」
「願いの少女……あるいは、緑髪の少女……そう感じられますね」
ミュールが引き起こした事件にはある法則があった。
それは、絶望した人間を利用しての事だったからだ。
怜皇がある名前が記されたメモをノセヤに渡す。
「これは、現場付近に落ちていた傲慢歪虚の立札らしきものに書かれていたものです」
「……名前、ですかね?」
「恋人から聞いた感じだと、ミュールの配下が盤上遊戯の駒から名前をとっているみたいだとの事。盤上遊戯の駒の名前やルールなんかもわかりますか?」
メモを確りと見つめるノセヤ。
やがて、こめかみの辺りを抑えながら言葉を発する。
「リアルブルーのゲームにそんな記述があったように思えますが、詳細はどこかで調べる必要がありますね」
「確か、クローディオさんが王立図書館に行かれたはずですね」
ポンと手を叩く錬介。これは、上手くすれば、より詳細な情報が得られるかもしれない。
最も、調べた情報が共有されるのは依頼の報告が終わった後になるだろうが……。
「ルールを確認すると敵の能力が一致するかも?」
「怜皇さんの言う通り、その可能性もありますね。ただ、私はそれとは別の事が気になります」
そう言って机の上に広げたのは王国地図。
何か書き込んであるが、それは、件の傲慢歪虚が出没した地点が記されてあった。既に十数件になっているようだ。
「歪虚が現れた場所で人や土地に関するトラブルが無かったか調べられませんか?」
地図を食い入るように見つめながら錬介は言った。
もし、誰かの願いを叶えた結果、事件が起こっているのであれば、ミュールが絡む可能性が高い。
「そこまでは流石に……人手不足で難しいですね」
「島を取り戻しても仕事は減りませんね……」
揃って苦笑を浮かべるノセヤと錬介。
一方、怜皇はジッと地図を見つめて考えていた。
「駒の数と出現した数は合ったりするようには見えないですね」
敵の能力は駒を模しているだけで、数までは別という事だろう。
推理が得意でないと自負する錬介はこれまでの事を振り返る。
「……そういえば、彼らはどこから来たのでしょう」
「そこですよ。現地で生まれたとした訳でなければ、どこからか“送り込まれた”という事になります」
深刻そうにノセヤが言った。
件の傲慢歪虚に共通するのは立札。
「願いを叶える為に立札の中から出現するとは……考えにくいですね」
頭の中がパンクしそうで錬介は珈琲を飲み干した。
空になったカップを置くと、それまで微笑を浮かべながら会話を見つめていた水の精霊がスッと指先を伸ばす。
「水ならすぐに入れられますよ。またはいずこから水を召喚する事もできますし」
その台詞にガタっと怜皇が立ち上がった。
「王都がベリアルの軍勢に急襲を受けた時、突如として歪虚版の転移門が開き、多くの傲慢歪虚が出現した。立札にはこれと似た事が出来る可能性も?」
3年程前になるだろうか。王都南に歪虚版の転移門を作り、ベリアルが王都に急襲を仕掛けてきたのだ。
軍勢を一気に移動できるというのは脅威そのものだ。
「大いにあり得ると思います」
ノセヤは深く頷いた。
現地で生まれていなければ、どこかの拠点から移動してくるしかない。それは召喚か、あるいは転移門的なものなのだろう。
「だとしたら、由々しき事態ですね」
カップに新しく注いで貰った水のゆらぎをみつめながら錬介は呟いた。
もし……好き勝手に立札が存在していたとしたら、王国全土に傲慢歪虚が出現する可能性があるのだ。
しかも、それは、いつ、どこでというのが分からないのだから……。
●冒険都市リゼリオ
アティニュス(ka4735)は神霊樹ライブラリのモニターから視線を外した。
特に嫌な描写があったという訳ではない。
膨大なライブラリの情報の海からキーワードを探し出すだけでも相当な時間を費やした。
“王女様って大変だね。望んでいない結婚をしなきゃいけないって。だから、助けてあげようかなって”
ミュールと名乗った歪虚がハンター達に言った台詞が頭の中で再生された。
「望まれない結婚……ですか。見た感じ、堕落者のようでありましたが……」
アティニュスは、ここ十数年前後で『貴族や裕福な家』での『婚姻』が『対象者死亡か行方不明で破談』というキーワードで情報を探していた。
彼女の狙い通り、婚姻に関する情報は多かったかもしれない。
しかし、有力な情報は得られなかった。
特に政争活動が活発な王国貴族では、そのような事、特段、珍しい訳とも言い切れないかもしれない。
あるいは……もっと、過去の話だったという可能性もある。
「外れても『そういうケースではない』という情報になるわけですしね」
そんな事を呟きながらアティニュスは気分転換でもしようかと思い至る。
ふらっと街中を歩くのもいいかもしれない。
「そういえば『元人間』と言えるという事はちゃんと自我があり、至った経緯も自覚しているのですよね」
出会った傲慢歪虚は自分の意志で歪虚になる事を決めたという事だろうか。
傲慢歪虚の能力に【強制】と呼ばれる力があるが、これで強引に歪虚と契約を結ぶ事もできるからだ。
ミュールと名乗った傲慢歪虚は何かの出来事で自ら歪虚となる意思を持った。
それが何か……というのは推測でしかないが、その行動にヒントがあるのかもしれない。
神霊樹ライブラリでアティニュスが調べものをしようと思ったのもその可能性があるからだ。
(王女の婚姻の件は号外で知った……ならば、これまでの事件の中にヒントがあった?)
部屋から出ながら彼女は心の中で呟く。
依頼の報告書を確認する限り『絶望した人』を巻き込んで、あるいは利用する形だったのではないかと、思われた。
(自身も絶望した事がある故、同じ立場、似た立場の人間に声を掛けたか)
世の中には理不尽な運命というものがある。
望んでもいない政略結婚が、理不尽な運命に当たるのであれば、ミュールが“助けてあげようかなって”と言った動機にも繋がる。
暖かい日差しが入り込む廊下を歩きながらアティニュスは、ふと、足を止めた。
窓から見える外の風景は平和そのものだった。
(……なぜ、今になって?)
ミュールから発せられる負のマテリアルは高位歪虚ともいえた。
王国内で潜伏しながら活動していれば、少なくともレチタティーヴォのように名前としての記録は残るはず。
(傲慢の王に最も近い存在とも言っていたが、まさか……)
歪虚の見栄であって欲しいと思わずにはいられなかった。
●ネオ・ウィーダの街
王国北部のとある街中のある酒場。オキナと星輝 Amhran(ka0724)の二人がカウンターに並んで座っていた。
「……なるほど。角折はそんな状態か」
トンと果実のジュースが入ったグラスを置く。
店主から子供扱いされ、オキナからの助け舟も無かった。そのオキナはエールを美味しそうに飲む。
それだけでも恨めしいが、角折の歪虚の現状を聞き、不貞腐れていた頬を戻す。角折の歪虚は【魔装】状態を維持するだけで精一杯という事のようだ。
「もはや、話す事は叶わんだろうのう」
「例の傲慢の話はノゾミから聞いておるじゃろ?」
もっとも、情報を得るようにと仕向けたのは星輝であるが。
「出来れば直接、話が聞けると手っ取り早く深い話が聞けそうと思ったのじゃがな」
「仕方なかろう。しかし、ミュールという歪虚、しかも童女と甲虫という組み合わせは、儂も聞いた事はない」
「オキナも知らんのか。傲慢の王イヴに近き者と言っておった上に相当なプレッシャーじゃった。あれは有名どころと思ったんじゃが……」
「……ふむ。いよいよ、出てきたかもしれんな」
思ってもいなかったオキナの何気ない言葉に星輝が目を丸くした。
「なんの話じゃ」
「そのミュールという歪虚は、緑髪の少女を真似していると、思っている者も多いじゃろ?」
絶望した人間を利用して事件を起こす。
ノゾミが積極的にこの傲慢歪虚の事件に絡む理由でもある。
「そうじゃ。だから、角折に――」
「可笑しいと思わんか? 傲慢歪虚が見下している人間を自らの従者に選ぶのは」
星輝の言葉を遮ってオキナが言った。
「確かに……そうじゃな。言われてみれば……」
「主従関係とはある種、特別なものじゃ。見下している存在ならば、捨て駒でも良いはずじゃ」
それが傲慢から見た人間というものなのかもしれない。
オキナの話は続く。
「傲慢は、その傲慢さから、畏怖や崇拝の念を向けられる事を当然であると考えておる。それなのに羊や蜘蛛が高位歪虚として存在し、ましてやベリアルに至っては、少女の姿をした歪虚を伴っていた」
「つまり……ベリアルやメフィストよりも更に高位の存在が、人間を最も近い存在としたのであれば、一般的な傲慢歪虚が人間を従者に選んでも傲慢の中では可笑しくないと」
「そういう事じゃ。もっとも、全て、推測でしか過ぎないのじゃがな」
そうだとしても、相手がどのような存在なのか知る手掛かりとしては、とても重要な事だろう。
必要な事は話したとばかり、酒を一気に飲み干し、代金をカウンターに置くオキナ。
立ち去る老人の裾を星輝は引っ張った。
「オキナは、どうもただのお使い……という感じでは無いように思うのじゃが、暗躍は……翁の十八番じゃったよな?」
「儂とて、たまには散歩もするからのぅ」
にまにまとする星輝の台詞にオキナは含みのある笑みで答えるのであった。
ハンター達は主に王国西部に出没する傲慢歪虚に関する情報を集めた。
確定した内容を多く得る事は出来なかったが、真実に近いと思われる貴重な情報を調べる事が出来たのであった。
おしまい
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
---|
面白かった! | 5人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
質問卓はこちらです。 紡伎 希(kz0174) 人間(クリムゾンウェスト)|14才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/05/16 22:19:11 |
|
![]() |
情報収集をしましょう アティニュス(ka4735) 人間(リアルブルー)|16才|女性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2018/05/17 22:11:34 |