ゲスト
(ka0000)
きみ、わらう
マスター:サトー

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/12/22 12:00
- 完成日
- 2014/12/25 22:10
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「クレア、ムーア君が来たわよ」
母の声に、ベッドに横たわっていた少女が満面の笑みを浮かべ、上半身を起こした。
とみに寒くなってきた空気に、クレアと呼ばれた少女はぶるりと震えて毛布を引きよせる。
「通してもって、聞くまでもないわね」と、母は苦笑して部屋から出て行った。
程なくして、部屋の扉がノックされる。
こんこん。
聞きなれた優しい音に、少女は幾らかの興奮を抑えて、どうぞ、と告げた。
扉の向こうから姿を見せたのは、クレアと同じ十歳になるあどけない少年。くるんとはねた亜麻色の髪の下で、少年――ムーアは目を細めた。
「今日は元気そうだね」
ムーアの安堵したような声色に、クレアはこくりと小さく頷いた。
ベッドの横に置かれた椅子に腰かけ、ムーアは枕横のウサギの人形を、おやと見つめる。
「今日のお相手はそれ?」
ムーアの尋ねに、クレアは微笑みで応えた。
昨日ムーアが訪れたときは、枕横にはクマの人形がいた。その前の日は、リス。その前の前の日は、モグラ、と枕横の人形は日替わりで交代するのがクレアの常だった。
病気により身体が弱く、一日のほぼ全てを自室で過ごすクレアにとって、その人形たちは何にも勝る親友だ。時に話し相手となり、時に慰め役となり、寂しい一人寝を支えてくれる存在。
クリスマスプレゼントには、手作りの人形をあげようと考えているムーアは、不器用な手先に不安を覚えつつも両手をグーパーと握り開いた。
クレアはウサギの人形を手に取り、優しく微笑みかける。
「そうだ、クレア!」
と、突然ムーアが上げた声に、クレアは驚いて胸に手を当てた。
「あっと、ごめん。急に騒いで」
「ううん、大丈夫。どうしたの?」
クレアは鼓動を落ち着けて、ムーアを見つめる。その瞳にどきりとしたものを感じつつ、ムーアはつい大きくなってしまいそうになる声をなるだけ抑えて伝えた。
「許しが出たんだ」
「?」
首を傾げるクレアの両手を取り、ムーアは笑顔を浮かべた。
「外出の許可が下りたんだよ!」
「ほんとう!?」
扉の向こうで母がくすりと笑う。聞き耳を立てていたのにも構わず、クレアは感激に胸を高鳴らせた。
最後に外出したのは、半年前の誕生日。家族皆で外食をした。それ以来、一度もクレアは家から出ることを許されなかった。運動もろくにできず、食事も、特別な日以外は、健康に良いものをと厳しく制限され、嗜好品は言うに及ばず……。
心臓の病、というのは教えられている。ただ、具体的にどう対処していけば良いのか、というのは、余りよく分かっていないらしい。それがために、父も母も心配が高じてしまうのだ。
両親の気持ちは良く分かっている。けれど――。
「ああ、本当さ。クリスマスの日……二時間だけだけど」
たったの二時間――。
だが、そうであっても、クレアにはこれ以上ない喜びだった。
唯でさえ家の中だけで生活するというのは、心身ともに大きく負担をかけるものであるのに、十歳という本来活発な年頃の子がそのような境遇にあるのは、どれほど辛いものだろうか。
クレアは、二時間と嬉しそうに小さく零す。
それを見て、ムーアはこの幼馴染の少女への仄かな想いを募らせて、その日が特別なものとなって欲しいと心から願った。
●ハンターオフィスにて
「――というわけなんです」
女性職員は滲んだ涙をハンカチで拭う。
友人であるクレアの両親からの依頼だと、職員は鼻声で言った。
「町から出ることは許されていませんので、町内をぶらぶらするつもりらしいんですが、クレアちゃんとムーア君は、特に何かすると決めてはいないようですね。子供ですし、まあ、余り体力も無いでしょうから、二時間歩きっぱなしというわけにはいかないと思いますが。
クレアちゃんは生まれてからほとんど家を出たことはありませんから、それでも楽しめるんでしょう」
何でも物珍しいんでしょうね、と職員は悲しそうに微笑んだ。
「けど、どうせなら何かしてあげたいと、ご両親とムーア君は考えております。何か心に残る思い出をあげたいと」
クリスマスですし、楽しい思い出ならいくらあっても困らないでしょう? と職員が笑った。
「当日はクレアちゃんのご両親とクレアちゃん、それとムーア君の四人で行動するそうです。そこで――」
と、職員がごほんと咳をする。
「みなさんには、何かクレアちゃんが喜びそうな催し物でも開いて欲しいんです。
ご両親の手筈で噴水のある広場に連れていきますので、そこで、何かを……
勿論、催し物以外でも、何かしてあげたいことがあれば、時間の許す限り。
広場に来るのはお昼頃とのことなので、昼食を用意してみるのもいいかもしれませんね。食事の制限も当日は特に無くて良いそうですし、アレルギーの心配も必要ないそうです。
ただ、あまり健康に悪そうなものは喜ばれないでしょうが……。
必要なものがあれば、クレアちゃんのお父さんに言うといいでしょう。
クレアちゃんのお父さんは、町内なら結構顔がきく方ですので、大抵のものは都合をつけてくれるでしょうから。
ムーア君やご家族に当日協力してもらいたいことがあれば、事前にご相談ください。
ムーア君は猫のぬいぐるみを作るのに四苦八苦しているそうなので、事前に打ち合わせが必要なようでしたら、手短にしてあげてくださいね」
当日使える時間は、二時間、いや、移動の時間を除けば、実質一時間から多くても一時間半くらいだろうか。
「クレアちゃんは勿論このことを存じていません。依頼のことは彼女には秘密、ということでお願いしますね」
母の声に、ベッドに横たわっていた少女が満面の笑みを浮かべ、上半身を起こした。
とみに寒くなってきた空気に、クレアと呼ばれた少女はぶるりと震えて毛布を引きよせる。
「通してもって、聞くまでもないわね」と、母は苦笑して部屋から出て行った。
程なくして、部屋の扉がノックされる。
こんこん。
聞きなれた優しい音に、少女は幾らかの興奮を抑えて、どうぞ、と告げた。
扉の向こうから姿を見せたのは、クレアと同じ十歳になるあどけない少年。くるんとはねた亜麻色の髪の下で、少年――ムーアは目を細めた。
「今日は元気そうだね」
ムーアの安堵したような声色に、クレアはこくりと小さく頷いた。
ベッドの横に置かれた椅子に腰かけ、ムーアは枕横のウサギの人形を、おやと見つめる。
「今日のお相手はそれ?」
ムーアの尋ねに、クレアは微笑みで応えた。
昨日ムーアが訪れたときは、枕横にはクマの人形がいた。その前の日は、リス。その前の前の日は、モグラ、と枕横の人形は日替わりで交代するのがクレアの常だった。
病気により身体が弱く、一日のほぼ全てを自室で過ごすクレアにとって、その人形たちは何にも勝る親友だ。時に話し相手となり、時に慰め役となり、寂しい一人寝を支えてくれる存在。
クリスマスプレゼントには、手作りの人形をあげようと考えているムーアは、不器用な手先に不安を覚えつつも両手をグーパーと握り開いた。
クレアはウサギの人形を手に取り、優しく微笑みかける。
「そうだ、クレア!」
と、突然ムーアが上げた声に、クレアは驚いて胸に手を当てた。
「あっと、ごめん。急に騒いで」
「ううん、大丈夫。どうしたの?」
クレアは鼓動を落ち着けて、ムーアを見つめる。その瞳にどきりとしたものを感じつつ、ムーアはつい大きくなってしまいそうになる声をなるだけ抑えて伝えた。
「許しが出たんだ」
「?」
首を傾げるクレアの両手を取り、ムーアは笑顔を浮かべた。
「外出の許可が下りたんだよ!」
「ほんとう!?」
扉の向こうで母がくすりと笑う。聞き耳を立てていたのにも構わず、クレアは感激に胸を高鳴らせた。
最後に外出したのは、半年前の誕生日。家族皆で外食をした。それ以来、一度もクレアは家から出ることを許されなかった。運動もろくにできず、食事も、特別な日以外は、健康に良いものをと厳しく制限され、嗜好品は言うに及ばず……。
心臓の病、というのは教えられている。ただ、具体的にどう対処していけば良いのか、というのは、余りよく分かっていないらしい。それがために、父も母も心配が高じてしまうのだ。
両親の気持ちは良く分かっている。けれど――。
「ああ、本当さ。クリスマスの日……二時間だけだけど」
たったの二時間――。
だが、そうであっても、クレアにはこれ以上ない喜びだった。
唯でさえ家の中だけで生活するというのは、心身ともに大きく負担をかけるものであるのに、十歳という本来活発な年頃の子がそのような境遇にあるのは、どれほど辛いものだろうか。
クレアは、二時間と嬉しそうに小さく零す。
それを見て、ムーアはこの幼馴染の少女への仄かな想いを募らせて、その日が特別なものとなって欲しいと心から願った。
●ハンターオフィスにて
「――というわけなんです」
女性職員は滲んだ涙をハンカチで拭う。
友人であるクレアの両親からの依頼だと、職員は鼻声で言った。
「町から出ることは許されていませんので、町内をぶらぶらするつもりらしいんですが、クレアちゃんとムーア君は、特に何かすると決めてはいないようですね。子供ですし、まあ、余り体力も無いでしょうから、二時間歩きっぱなしというわけにはいかないと思いますが。
クレアちゃんは生まれてからほとんど家を出たことはありませんから、それでも楽しめるんでしょう」
何でも物珍しいんでしょうね、と職員は悲しそうに微笑んだ。
「けど、どうせなら何かしてあげたいと、ご両親とムーア君は考えております。何か心に残る思い出をあげたいと」
クリスマスですし、楽しい思い出ならいくらあっても困らないでしょう? と職員が笑った。
「当日はクレアちゃんのご両親とクレアちゃん、それとムーア君の四人で行動するそうです。そこで――」
と、職員がごほんと咳をする。
「みなさんには、何かクレアちゃんが喜びそうな催し物でも開いて欲しいんです。
ご両親の手筈で噴水のある広場に連れていきますので、そこで、何かを……
勿論、催し物以外でも、何かしてあげたいことがあれば、時間の許す限り。
広場に来るのはお昼頃とのことなので、昼食を用意してみるのもいいかもしれませんね。食事の制限も当日は特に無くて良いそうですし、アレルギーの心配も必要ないそうです。
ただ、あまり健康に悪そうなものは喜ばれないでしょうが……。
必要なものがあれば、クレアちゃんのお父さんに言うといいでしょう。
クレアちゃんのお父さんは、町内なら結構顔がきく方ですので、大抵のものは都合をつけてくれるでしょうから。
ムーア君やご家族に当日協力してもらいたいことがあれば、事前にご相談ください。
ムーア君は猫のぬいぐるみを作るのに四苦八苦しているそうなので、事前に打ち合わせが必要なようでしたら、手短にしてあげてくださいね」
当日使える時間は、二時間、いや、移動の時間を除けば、実質一時間から多くても一時間半くらいだろうか。
「クレアちゃんは勿論このことを存じていません。依頼のことは彼女には秘密、ということでお願いしますね」
リプレイ本文
●
「ようし、任せろ! とりあえず盛り上げればいいんだな!」
岩井崎 旭(ka0234)は、ぐっと拳を握って気合を入れる。
早速広場の飾りつけについて相談するエイル・メヌエット(ka2807)とアマービレ・ミステリオーソ(ka0264)、茅崎 颯(ka0005)の傍ら、旭がはっとする。
公共の場所に勝手に飾りつけすることを危惧したのだ。だが、クレア父は胸を叩いて応じる。
「大丈夫だ。近隣の住民にも、私が話を通しておく」
飾りに希望はあるかとの問いには、「私はセンスが無いから君らに任せるよ」と丸投げしてきた。
ケイ・R・シュトルツェ(ka0242)は、プレゼント用の絵本を探していた。
持病により、まだ十歳でありながら自由に外出できないクレアの辛さはいかばかりか。友人と呼べる者もムーアとぬいぐるみだけと聞く。きっと寂しい想いをしているだろう。
そんなクレアに、身体は外に出られなくとも、本の中の世界では自由に動き回れるだろうと。
「でも、ちょっと子供っぽ過ぎるかしら」
そんな呟きに、ユキヤ・S・ディールス(ka0382)は微笑し、
「クレアさんの為に、なのですから」
きっと喜んでもらえますよと背中を押す。
「ええ、そうね……。そう言うユキヤは?」
「僕は、お揃いのビーズのネックレスにしようかと」
「ふふっ……。喜んでくれるといいわね」
はい、とユキヤは微笑み返した。
一方、広場の飾りつけ。
エイルはスパンコールやオーナメント、リボンや鈴などを広場のそこかしこに付けて回る。
アマービレは、広場で一番大きな木に目をつけた。
「てっぺんには、やっぱりこれよね」とトップスターを取りつけ、オーナメントで飾り付ける。
「こういうのはわくわくするわ」
リースや柊、またここら辺では珍しいポインセチアといった花を噴水や広場の所々に飾るアマービレ。
「そうね、きっとクレアちゃんも楽しんでくれるわ」
エイルの言葉に、颯と旭も手を動かしながら頷く。
「あらまあ、綺麗ね」と呟く通行人や「僕もやりたい!」と声をかけてくる子供らと共に、広場は瞬く間に華やかになっていった。
飾りつけを終えた颯は、後日エイルに菓子作りを手伝ってもらえることになった。クリスマス当日、子供たちに渡すためのものだ。
雑貨屋で紙芝居に使う道具を仕入れ、自室にある短編集を元に紙芝居の作成にとりかかる。
(病床の子がやっと許された外出の日が、クリスマスというのは……)
それを思えば、紙を彩る絵にも力が入る。
「メリークリスマス!」と言える相手が傍にいることが、一番大切なのだと伝える為に。
旭は、サルヴァトーレ・ロッソからは残念ながらヘリウムボンベの貸し出し許可は下りなかったため、ハンター向けのショップを回って、ゴム風船にサンタ衣装を調達してきた。
後は時間の許す限りバルーンアートの練習あるのみだ。
●
天気は快晴。
暖かな日差しが降り注ぐ広場に、予定通りクレア達がやってきた。
事前に飾り付けられた広場に、クレアは目を輝かせて小さく歓声を上げる。
日光にきらきらと踊るスパンコールや噴水の水が、目を捉えて離さない。それは、クレア以外も同じ。ムーアやクレア両親を始め、行き交う人々や子供たちも皆わいわいと騒がしく、昼時の広場には多くの人が集まり始めていた。
ついと、お尻に衝撃を感じ見てみると、一匹のゴールデン・レトリバーが鼻で軽く小突いていた。
「ごめんなさい。大丈夫かしら?」
声をかけてきたのは、妙齢の金髪の女性。散歩に訪れたのか、ペットらしき犬は尻尾をぶんぶんと振って、クレアを見つめている。
「はい。可愛いお犬さんですね」
動物に直に触れるのは初めてだったクレアは、「撫でてもいいですか?」と許可を貰って、ふわふわの毛並みを堪能しては顔を綻ばせた。
「こんにちは。私はエイルっていうの」
「あ、私はクレアです。この子のお名前は?」
「ちょっと事情があって、まだ名前が無いのよ。良かったら、この子の名付け親になってもらえないかな?」
「そうなんですか……少し考えてもいいですか?」
「ええ、もちろん」
リードを持ってみたいというクレアに犬を任せ、一行は広場をゆっくり散歩する。
その先にいたのは、ユキヤ。雑踏の外れで空を見上げているユキヤに気づいたエイルが、さりげなくそちらに足を向ける。犬がユキヤの足に纏わりついて、何度も鼻をこすり付けてくる。
「わわ、すみません」と謝るクレアに、ユキヤは優しく微笑んで首を振った。
「あの、何をしているんですか?」
クレアの素朴な疑問に、ユキヤは僅かに眉を上げ、「空を眺めていました」と答えた。
少し肌寒いが、冬の青々とした空は、どこまでも澄んでいて、果てなどなかった。
釣られて見上げるクレアに、ユキヤは語りかけるように一語一語紡いでいく。
小鳥の囀り、木々の音、風の音、そして、空の青さを。
「家からでも、見えますが、それより綺麗でしょう。素敵だと思いませんか?」
空からユキヤに視線を移したクレアがこくりと頷く。
不意に、雑踏の賑わいを貫くように大きな声が聞こえてくる。
「メリークリスマス! 風船が欲しい子は並んだ並んだ!」
旭の声だ。
「風船?」と首を傾げたクレアからリードを受け取り向かうと、サンタクロースの衣装を着て、サンタ袋から様々な形の風船を取り出している旭が見える。その周りを子供たちだけでなく、珍しがった大人までも囲んでいる。
「大人まで集まるなんてどーゆーこったっ!」
予想外の事態に慌てふためきながらも、子供たち一人一人に風船を渡していく。
今日は特別な日。依頼はクレアの為だったが、どうせならみんなで楽しめた方がいいじゃないかと、わざわざ苦労して数をかき集めてきたのだ。
「ちゃんと全員分あるから!」と奪い合いになっている一部の子供たちを諌めつつも、列に並んでいたクレアとムーアにも風船を渡すことができた。
「すごーい! こんなのがあるんだね!」
犬のような形をした風船にはしゃぐクレアとムーア。今日までひたすら練習したものの、余り複雑なものはできなかった。
見慣れぬゴム製品に矯めつ眇めつしていると、あっと風に攫われたクレアの風船を、ユキヤがひょいと捕まえ戻してやった。
風船を貰っても、子供たちは旭から離れようとしない。もっともっととせがんでくる子供に困り始めたときに、救いの声がかかる。
「さぁさぁ、よってらっしゃい見てらっしゃい! 本日限定のクリスマス・イヴの日に起きた奇跡の物語の話を始めるよ!」
先に広場に入って準備を進めていた颯だ。
「ほら、紙芝居だぜ! 向こうに行った行った!」
何とか難を逃れた旭は、まだ風船を貰えていない子供に配る作業に戻る。
エイルはクレアらを促して、紙芝居を始めようとしている颯の下へ行く。
子供達が座れるようにと大きな敷物が敷かれた前で、颯は人々が集まってきたのを見て取る。
「これ、良かったらどう?」
疲れていないか気にしつつ、隣に座ったクレアらにエイルが差し出したのは、手作りのサンドイッチ。
焼きたてのパンにハムやレタス、チーズを挟んだ軽めのものだ。これなら胃がびっくりすることもないし、食べやすいだろう。
「美味しい!」
サンドイッチを頬張りながら、「ピクニックみたい」と笑うクレアに、エイルは暖かいものを感じながらも、ずきんと胸が痛むのも感じた。
かつて弟のように可愛がっていた少年、病により夭折した少年。エイルの焼きたてのパンが大好きだった彼の姿が、クレアに重なって見えたのだ。
そんな郷愁を颯の快活な声が攫う。
「さぁ! 準備はいいかな? これは、イヴの日に起きた、めくるめく愛と絆のお話……」
イヴの日に、自分の相手が欲しいもののために、自分にとって大切なものを売ってしまう。その勘違いが元でお互い大切なものを失うが、それよりももっと大切なものが身近にあったというお話。
颯が話し始めるにつれ、敷物に座った子供達は皆真剣に、食い入るように紙芝居に入り込んだ。
あるときは明るく弾むように、あるときは弱くゆっくりと囁きかけ、またあるときは強く早口に続ける。大事な場面では子供達をゆっくりと見回し期待を持たせ、また悲しみの場面では余韻を残すように間をあける。
「あらら大変! 彼はそれを売ってしまったのです!」
「いやー」「だめー」と上がる声。
「これはいけない。さてさてどうなることやら!」
勘違いで大切なものを失ってしまい嘆いている場面では、「彼はどうすればいいんだろう?」などと子供達に訊いてみたりもした。
ムーアは先ほどから夢中になっており、クレアも胸の前で両手を合わせてはらはらとしているようだった。
一進一退の展開が続き、子供達の興味を途切れさせないよう抑揚をつけて話した甲斐あって、物語が終わったときには万雷の拍手で迎えられた。
クレアだけでなく、子供達みんなを笑顔にしたいという颯の願いは見事に果たされた。
「見てくれてありがとう!」と颯が子供達にお手製のクッキーが入った袋を渡していく。前日にエイルと一緒に作ったものだ。
クレアらもそれを受け取って、「わートナカイだ!」とトナカイ型のクッキーを楽しそうに眺めて食べるのを、颯らは嬉しそうに見守った。
「今日の話、どうだった?」と颯が膝を折って、尋ねる。
「誤解が解けて良かったです! 私、本読むの好きなので、とても気に入りました」
クレアが朗らかに答える脇で、ムーアは「僕はちょっと難しかったな」と零す。
今一つ物語に入り込めなかった様子のムーアに、クレアは、ふふりと微笑みかける。
彼が最後に見つけた本当に大切なもの、その意味を漠然とでも掴んでいるようだった。
そこへ、どこからか軽快な歌声が響いて来る。
とても綺麗な澄んだ声。これは、とユキヤはその歌声の持ち主を悟る。
「メリークリスマス」と、颯は柔和な笑みを浮かべて、エイルとユキヤに目配せをした。
二人に導かれて、クレアらは歌声のする方に近づいていく。
既にできている人垣に紛れ、最前列に出たクレアらの目に入ったのは、黒く細身の服に身を包んだ妖艶な雰囲気の女性、ケイだ。
片手を胸に片手を横に広げ、ケイは、道行く人に語り聞かせるように、広場一杯に届けるように大きな声を出して歌う。
かつて、リアルブルーでは「歌姫」と呼ばれたほどの実力を持つケイの歌声に、人々が足を止めるのに時間はかからなかった。
目端にクレアの姿が入り、ケイは微かに口元を緩める。
最高の想い出を。忘れられない想い出を。その気持ちを胸に、ケイは一層声を張り上げる。
そっと軽やかな音が歌声に混じり始める。
ケイの横目に映ったのは、竪琴を弾くアマービレ。二人は視線を合わせ、僅かに頷き合った。透明度の高い竪琴の身軽で颯爽とした音色に、ケイの力強く、だが繊細な歌声が重なり合う。
リアルブルーのクリスマスソングにも、アマービレは即興で見事に合わせてみせた。
新たな音楽との出会いは、願っても無いこと。
ケイに合わせるように、涼やかなメロディがアマービレの口からも奏でられる。
歌う事を何よりも愛するアマービレとケイとでは、通じるものがあったのかもしれない。
今日という日が特別なものになるように、との想いは、みな共通だ。
ケイとアマービレが心から楽し気に、クリスマスの喜びとわくわくを全身で表現すれば、観衆からは自然と手拍子が巻き起こる。クレアやムーア、エイルにユキヤもその一人だ。
ケイは、ふっと微笑むと、歌いながらクレアに近づいていく。
「一緒にどうかしら?」
クレアは突然の誘いにびっくりする。
「それは素敵ですね」
「クレアちゃん、どう?」
ユキヤとエイルも勧めるが、クレアは恥ずかしいのか困ったように俯いてしまう。その手を取ったのはムーアだ。
「行こう、クレア」
ムーアに手を引かれ人垣の前に出たクレア。
「大丈夫! 一緒に頑張りましょう」とアマービレが励ます。
ケイとムーア、アマービレに支えられ、どぎまぎしながらも何とか歌いきることができた。
今度はクリムゾンウェストの歌を、というケイの提案に、アマービレのリードを受けつつ、クレアははにかみながら歌って見せた。
エイルは応援の声をかけ、ユキヤは幸せそうに見守っている。
いつのまにか、旭と颯も観衆に加わっており、場を盛り上げようと率先して手拍子を打ち鳴らす。
歌い終わった頃には、やんややんやの喝采が小さな歌姫たちに捧げられていた。
歌のお礼に、とケイは二人に手書きの絵本を手渡す。
本好きのクレアには、たまらないだろう。
広場でプレゼントを配っていたアマービレもやってきて、二人にクリスマスローズのブローチを贈った。色違いのリボンに、お揃いの金糸のライン。
「ありがとうございます!」と二人は嬉しそうに、ケイとアマービレからの贈り物を受け取った。
「クリスマスと言えば、プレゼントでしたね……そうだ。偶々ですけれど、これを」
と、ユキヤが取りだしたのは、お揃いの色違いのビーズのネックレス。
「光に当ると、また綺麗なんですよ」と差し出すユキヤに、重ねて二人はお礼を返す。
「僕がよく居る廃教会のステンドグラスも凄く綺麗なので、機会があれば一度来てくださいね」と微笑むユキヤ。
颯は紙芝居を子供達にねだられ、旭はやっと一息ついていた。
そこで、何やらそわそわしているムーアの様子に気が付いたエイルが、そっとムーアの背中を押す。
突然目の前に出てきたムーアに、クレアはことんと首を傾げる。
「これ、クリスマスプレゼント」
ムーアの手には、所々歪で無骨な猫のぬいぐるみ。
喜んで受け取るクレアだったが、あっと申し訳なさそうにムーアを見た。
「ごめん、私、何にも……」
プレゼントを用意していなかったクレアに、ムーアは照れたように言う。
「いいよ。もう沢山貰ってるから」と。
「そうだ」
そろそろという頃に、クレアがぽつり。向き合うのはエイルだ。
「お犬さんの名前ですけど」
「うん」
「スクルド、はどうですか?
エイルさんのお名前って、昔読んだ本に出てきたのと同じなんです。スクルドも、そう。
スクルドは、運命の女神で、未来の女神なんです。
こんな楽しい日がまた送れるように、色んな人たちと出会えるように。
今はこんな身体だけど、きっといつか良くなるって信じたいから」
クレアは目を閉じて、このたった二時間に起きた奇跡のような出来事を思い返した。
一陣の風がざわめきを攫っていく。
旭の余った風船が、ふとした拍子に空へと一斉に飛び立っていった。
澄み渡った青空に、色とりどりの風船。
広場にいた誰もが暫し、その光景に見惚れていた。
その夜、クレアの部屋には多くの贈り物が飾られていた。
そして、枕横には、不細工で、愛情のこもった、かけがえのないぬいぐるみ――。
「ようし、任せろ! とりあえず盛り上げればいいんだな!」
岩井崎 旭(ka0234)は、ぐっと拳を握って気合を入れる。
早速広場の飾りつけについて相談するエイル・メヌエット(ka2807)とアマービレ・ミステリオーソ(ka0264)、茅崎 颯(ka0005)の傍ら、旭がはっとする。
公共の場所に勝手に飾りつけすることを危惧したのだ。だが、クレア父は胸を叩いて応じる。
「大丈夫だ。近隣の住民にも、私が話を通しておく」
飾りに希望はあるかとの問いには、「私はセンスが無いから君らに任せるよ」と丸投げしてきた。
ケイ・R・シュトルツェ(ka0242)は、プレゼント用の絵本を探していた。
持病により、まだ十歳でありながら自由に外出できないクレアの辛さはいかばかりか。友人と呼べる者もムーアとぬいぐるみだけと聞く。きっと寂しい想いをしているだろう。
そんなクレアに、身体は外に出られなくとも、本の中の世界では自由に動き回れるだろうと。
「でも、ちょっと子供っぽ過ぎるかしら」
そんな呟きに、ユキヤ・S・ディールス(ka0382)は微笑し、
「クレアさんの為に、なのですから」
きっと喜んでもらえますよと背中を押す。
「ええ、そうね……。そう言うユキヤは?」
「僕は、お揃いのビーズのネックレスにしようかと」
「ふふっ……。喜んでくれるといいわね」
はい、とユキヤは微笑み返した。
一方、広場の飾りつけ。
エイルはスパンコールやオーナメント、リボンや鈴などを広場のそこかしこに付けて回る。
アマービレは、広場で一番大きな木に目をつけた。
「てっぺんには、やっぱりこれよね」とトップスターを取りつけ、オーナメントで飾り付ける。
「こういうのはわくわくするわ」
リースや柊、またここら辺では珍しいポインセチアといった花を噴水や広場の所々に飾るアマービレ。
「そうね、きっとクレアちゃんも楽しんでくれるわ」
エイルの言葉に、颯と旭も手を動かしながら頷く。
「あらまあ、綺麗ね」と呟く通行人や「僕もやりたい!」と声をかけてくる子供らと共に、広場は瞬く間に華やかになっていった。
飾りつけを終えた颯は、後日エイルに菓子作りを手伝ってもらえることになった。クリスマス当日、子供たちに渡すためのものだ。
雑貨屋で紙芝居に使う道具を仕入れ、自室にある短編集を元に紙芝居の作成にとりかかる。
(病床の子がやっと許された外出の日が、クリスマスというのは……)
それを思えば、紙を彩る絵にも力が入る。
「メリークリスマス!」と言える相手が傍にいることが、一番大切なのだと伝える為に。
旭は、サルヴァトーレ・ロッソからは残念ながらヘリウムボンベの貸し出し許可は下りなかったため、ハンター向けのショップを回って、ゴム風船にサンタ衣装を調達してきた。
後は時間の許す限りバルーンアートの練習あるのみだ。
●
天気は快晴。
暖かな日差しが降り注ぐ広場に、予定通りクレア達がやってきた。
事前に飾り付けられた広場に、クレアは目を輝かせて小さく歓声を上げる。
日光にきらきらと踊るスパンコールや噴水の水が、目を捉えて離さない。それは、クレア以外も同じ。ムーアやクレア両親を始め、行き交う人々や子供たちも皆わいわいと騒がしく、昼時の広場には多くの人が集まり始めていた。
ついと、お尻に衝撃を感じ見てみると、一匹のゴールデン・レトリバーが鼻で軽く小突いていた。
「ごめんなさい。大丈夫かしら?」
声をかけてきたのは、妙齢の金髪の女性。散歩に訪れたのか、ペットらしき犬は尻尾をぶんぶんと振って、クレアを見つめている。
「はい。可愛いお犬さんですね」
動物に直に触れるのは初めてだったクレアは、「撫でてもいいですか?」と許可を貰って、ふわふわの毛並みを堪能しては顔を綻ばせた。
「こんにちは。私はエイルっていうの」
「あ、私はクレアです。この子のお名前は?」
「ちょっと事情があって、まだ名前が無いのよ。良かったら、この子の名付け親になってもらえないかな?」
「そうなんですか……少し考えてもいいですか?」
「ええ、もちろん」
リードを持ってみたいというクレアに犬を任せ、一行は広場をゆっくり散歩する。
その先にいたのは、ユキヤ。雑踏の外れで空を見上げているユキヤに気づいたエイルが、さりげなくそちらに足を向ける。犬がユキヤの足に纏わりついて、何度も鼻をこすり付けてくる。
「わわ、すみません」と謝るクレアに、ユキヤは優しく微笑んで首を振った。
「あの、何をしているんですか?」
クレアの素朴な疑問に、ユキヤは僅かに眉を上げ、「空を眺めていました」と答えた。
少し肌寒いが、冬の青々とした空は、どこまでも澄んでいて、果てなどなかった。
釣られて見上げるクレアに、ユキヤは語りかけるように一語一語紡いでいく。
小鳥の囀り、木々の音、風の音、そして、空の青さを。
「家からでも、見えますが、それより綺麗でしょう。素敵だと思いませんか?」
空からユキヤに視線を移したクレアがこくりと頷く。
不意に、雑踏の賑わいを貫くように大きな声が聞こえてくる。
「メリークリスマス! 風船が欲しい子は並んだ並んだ!」
旭の声だ。
「風船?」と首を傾げたクレアからリードを受け取り向かうと、サンタクロースの衣装を着て、サンタ袋から様々な形の風船を取り出している旭が見える。その周りを子供たちだけでなく、珍しがった大人までも囲んでいる。
「大人まで集まるなんてどーゆーこったっ!」
予想外の事態に慌てふためきながらも、子供たち一人一人に風船を渡していく。
今日は特別な日。依頼はクレアの為だったが、どうせならみんなで楽しめた方がいいじゃないかと、わざわざ苦労して数をかき集めてきたのだ。
「ちゃんと全員分あるから!」と奪い合いになっている一部の子供たちを諌めつつも、列に並んでいたクレアとムーアにも風船を渡すことができた。
「すごーい! こんなのがあるんだね!」
犬のような形をした風船にはしゃぐクレアとムーア。今日までひたすら練習したものの、余り複雑なものはできなかった。
見慣れぬゴム製品に矯めつ眇めつしていると、あっと風に攫われたクレアの風船を、ユキヤがひょいと捕まえ戻してやった。
風船を貰っても、子供たちは旭から離れようとしない。もっともっととせがんでくる子供に困り始めたときに、救いの声がかかる。
「さぁさぁ、よってらっしゃい見てらっしゃい! 本日限定のクリスマス・イヴの日に起きた奇跡の物語の話を始めるよ!」
先に広場に入って準備を進めていた颯だ。
「ほら、紙芝居だぜ! 向こうに行った行った!」
何とか難を逃れた旭は、まだ風船を貰えていない子供に配る作業に戻る。
エイルはクレアらを促して、紙芝居を始めようとしている颯の下へ行く。
子供達が座れるようにと大きな敷物が敷かれた前で、颯は人々が集まってきたのを見て取る。
「これ、良かったらどう?」
疲れていないか気にしつつ、隣に座ったクレアらにエイルが差し出したのは、手作りのサンドイッチ。
焼きたてのパンにハムやレタス、チーズを挟んだ軽めのものだ。これなら胃がびっくりすることもないし、食べやすいだろう。
「美味しい!」
サンドイッチを頬張りながら、「ピクニックみたい」と笑うクレアに、エイルは暖かいものを感じながらも、ずきんと胸が痛むのも感じた。
かつて弟のように可愛がっていた少年、病により夭折した少年。エイルの焼きたてのパンが大好きだった彼の姿が、クレアに重なって見えたのだ。
そんな郷愁を颯の快活な声が攫う。
「さぁ! 準備はいいかな? これは、イヴの日に起きた、めくるめく愛と絆のお話……」
イヴの日に、自分の相手が欲しいもののために、自分にとって大切なものを売ってしまう。その勘違いが元でお互い大切なものを失うが、それよりももっと大切なものが身近にあったというお話。
颯が話し始めるにつれ、敷物に座った子供達は皆真剣に、食い入るように紙芝居に入り込んだ。
あるときは明るく弾むように、あるときは弱くゆっくりと囁きかけ、またあるときは強く早口に続ける。大事な場面では子供達をゆっくりと見回し期待を持たせ、また悲しみの場面では余韻を残すように間をあける。
「あらら大変! 彼はそれを売ってしまったのです!」
「いやー」「だめー」と上がる声。
「これはいけない。さてさてどうなることやら!」
勘違いで大切なものを失ってしまい嘆いている場面では、「彼はどうすればいいんだろう?」などと子供達に訊いてみたりもした。
ムーアは先ほどから夢中になっており、クレアも胸の前で両手を合わせてはらはらとしているようだった。
一進一退の展開が続き、子供達の興味を途切れさせないよう抑揚をつけて話した甲斐あって、物語が終わったときには万雷の拍手で迎えられた。
クレアだけでなく、子供達みんなを笑顔にしたいという颯の願いは見事に果たされた。
「見てくれてありがとう!」と颯が子供達にお手製のクッキーが入った袋を渡していく。前日にエイルと一緒に作ったものだ。
クレアらもそれを受け取って、「わートナカイだ!」とトナカイ型のクッキーを楽しそうに眺めて食べるのを、颯らは嬉しそうに見守った。
「今日の話、どうだった?」と颯が膝を折って、尋ねる。
「誤解が解けて良かったです! 私、本読むの好きなので、とても気に入りました」
クレアが朗らかに答える脇で、ムーアは「僕はちょっと難しかったな」と零す。
今一つ物語に入り込めなかった様子のムーアに、クレアは、ふふりと微笑みかける。
彼が最後に見つけた本当に大切なもの、その意味を漠然とでも掴んでいるようだった。
そこへ、どこからか軽快な歌声が響いて来る。
とても綺麗な澄んだ声。これは、とユキヤはその歌声の持ち主を悟る。
「メリークリスマス」と、颯は柔和な笑みを浮かべて、エイルとユキヤに目配せをした。
二人に導かれて、クレアらは歌声のする方に近づいていく。
既にできている人垣に紛れ、最前列に出たクレアらの目に入ったのは、黒く細身の服に身を包んだ妖艶な雰囲気の女性、ケイだ。
片手を胸に片手を横に広げ、ケイは、道行く人に語り聞かせるように、広場一杯に届けるように大きな声を出して歌う。
かつて、リアルブルーでは「歌姫」と呼ばれたほどの実力を持つケイの歌声に、人々が足を止めるのに時間はかからなかった。
目端にクレアの姿が入り、ケイは微かに口元を緩める。
最高の想い出を。忘れられない想い出を。その気持ちを胸に、ケイは一層声を張り上げる。
そっと軽やかな音が歌声に混じり始める。
ケイの横目に映ったのは、竪琴を弾くアマービレ。二人は視線を合わせ、僅かに頷き合った。透明度の高い竪琴の身軽で颯爽とした音色に、ケイの力強く、だが繊細な歌声が重なり合う。
リアルブルーのクリスマスソングにも、アマービレは即興で見事に合わせてみせた。
新たな音楽との出会いは、願っても無いこと。
ケイに合わせるように、涼やかなメロディがアマービレの口からも奏でられる。
歌う事を何よりも愛するアマービレとケイとでは、通じるものがあったのかもしれない。
今日という日が特別なものになるように、との想いは、みな共通だ。
ケイとアマービレが心から楽し気に、クリスマスの喜びとわくわくを全身で表現すれば、観衆からは自然と手拍子が巻き起こる。クレアやムーア、エイルにユキヤもその一人だ。
ケイは、ふっと微笑むと、歌いながらクレアに近づいていく。
「一緒にどうかしら?」
クレアは突然の誘いにびっくりする。
「それは素敵ですね」
「クレアちゃん、どう?」
ユキヤとエイルも勧めるが、クレアは恥ずかしいのか困ったように俯いてしまう。その手を取ったのはムーアだ。
「行こう、クレア」
ムーアに手を引かれ人垣の前に出たクレア。
「大丈夫! 一緒に頑張りましょう」とアマービレが励ます。
ケイとムーア、アマービレに支えられ、どぎまぎしながらも何とか歌いきることができた。
今度はクリムゾンウェストの歌を、というケイの提案に、アマービレのリードを受けつつ、クレアははにかみながら歌って見せた。
エイルは応援の声をかけ、ユキヤは幸せそうに見守っている。
いつのまにか、旭と颯も観衆に加わっており、場を盛り上げようと率先して手拍子を打ち鳴らす。
歌い終わった頃には、やんややんやの喝采が小さな歌姫たちに捧げられていた。
歌のお礼に、とケイは二人に手書きの絵本を手渡す。
本好きのクレアには、たまらないだろう。
広場でプレゼントを配っていたアマービレもやってきて、二人にクリスマスローズのブローチを贈った。色違いのリボンに、お揃いの金糸のライン。
「ありがとうございます!」と二人は嬉しそうに、ケイとアマービレからの贈り物を受け取った。
「クリスマスと言えば、プレゼントでしたね……そうだ。偶々ですけれど、これを」
と、ユキヤが取りだしたのは、お揃いの色違いのビーズのネックレス。
「光に当ると、また綺麗なんですよ」と差し出すユキヤに、重ねて二人はお礼を返す。
「僕がよく居る廃教会のステンドグラスも凄く綺麗なので、機会があれば一度来てくださいね」と微笑むユキヤ。
颯は紙芝居を子供達にねだられ、旭はやっと一息ついていた。
そこで、何やらそわそわしているムーアの様子に気が付いたエイルが、そっとムーアの背中を押す。
突然目の前に出てきたムーアに、クレアはことんと首を傾げる。
「これ、クリスマスプレゼント」
ムーアの手には、所々歪で無骨な猫のぬいぐるみ。
喜んで受け取るクレアだったが、あっと申し訳なさそうにムーアを見た。
「ごめん、私、何にも……」
プレゼントを用意していなかったクレアに、ムーアは照れたように言う。
「いいよ。もう沢山貰ってるから」と。
「そうだ」
そろそろという頃に、クレアがぽつり。向き合うのはエイルだ。
「お犬さんの名前ですけど」
「うん」
「スクルド、はどうですか?
エイルさんのお名前って、昔読んだ本に出てきたのと同じなんです。スクルドも、そう。
スクルドは、運命の女神で、未来の女神なんです。
こんな楽しい日がまた送れるように、色んな人たちと出会えるように。
今はこんな身体だけど、きっといつか良くなるって信じたいから」
クレアは目を閉じて、このたった二時間に起きた奇跡のような出来事を思い返した。
一陣の風がざわめきを攫っていく。
旭の余った風船が、ふとした拍子に空へと一斉に飛び立っていった。
澄み渡った青空に、色とりどりの風船。
広場にいた誰もが暫し、その光景に見惚れていた。
その夜、クレアの部屋には多くの贈り物が飾られていた。
そして、枕横には、不細工で、愛情のこもった、かけがえのないぬいぐるみ――。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/12/19 14:00:06 |
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クリスマスの贈りもの【相談卓】 エイル・メヌエット(ka2807) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2014/12/22 11:31:07 |