ゲスト
(ka0000)
秋葉原ハンター専門芸能事務所開き
マスター:凪池シリル
オープニング
呼び掛けられた内容はシンプルだ。
「リアルブルーにおいて、『継続的な芸能活動』に興味のあるハンターの方はいらっしゃいませんか!」
音楽活動、役者、アイドル、モデル。ジャンルは手広く。
もし一定以上反応があるようなら、専用にそれらの活動を支える事務所を秋葉原に開設する予定なのだと。
イベント企画、運営を担ってきた企業と、俳優を中心に芸能事務所を営んでいた所長が出資、協力者として名を上げている。
そこには、ビジネス的な目的や、二つの世界に跨がる理想、様々な思惑は含まれる。
ただ。このプロジェクトをぶちあげた。そこに至るまで、とあるハンターたちと様々な困難を共に歩んでみせたプロデューサー、中橋源二が一番に、単純に伝えたい想いは、やはりシンプルだった。
「ハンターの皆さん、クリムゾンウェストの皆さん。私たちと共に、この世界を楽しみませんか!」
ビジネスとして。世界の希望のために。
エンターテイメントの力が出来ること。
そのために、彼が、一番大切にする想い。
もし、同じ想いを感じてくれるなら。
まずは興味でいい。説明と対話をする場所と機会を用意するから、訪れて欲しい、と。
──先日、一つの舞台が幕を下ろした。
出演者の一人がハンターである、ということで一部話題となったその舞台、そこに寄せられた反応にはやはり、これまでの芝居とは異なるものが幾つか寄せられていた。
リアルブルーの一般人にとって、「ニュースの向こう側」から出てくることはないだろう──自分が事件に巻き込まれない限り──ハンターと言う存在が、生身を伴って、目の前にいた。
見る目が変わった、と言うものもいた。
やはり何処か異質なものを感じた、と言うものもいた。
あるいはこんな意見もあった──結局、普通の舞台だった、と。
最後の意見は。無念もあるし、希望でもあると、演じた伊佐美 透(kz0243)は感じていた。
普通。普通だった。それでいい。ごく普通の、一人の役者であるという姿を、この世界の人にもっと見せていければ。
その上で、もっと、観客の想像を越えていくようなものを見せられるようになっていきたいけど──やっぱり、役者として。
「はい、これ」
そんな彼に、差し出されたものがある。
渡してきたのは棚田史緒。この計画のもう一人の出資者、芸能事務所の所長だ──転移前に、透も所属していた。
見せられた、それは。
「え、ハンター宛の手紙を預かったんですか?」
……ファンレターに、見えた。
「別に統一政府やらなんやらとやりあったりした訳じゃないわよ? 初めからうちの事務所宛に届けられたの。ダメ元なんでしょうけど」
しれっと史緒は答える。
……現状、透の、俳優としての所属はフリーランス、ということになるのだろう。
その想いを、蒼の世界から届ける先など無かった筈で。
「まあ、以降はうちが窓口になる気は無いけどね。今回だけ。次からもっと適切な場所に送れって表明はさせてもらうけど」
適切な場所。
本人には届けられなくても、リアルブルーの何処かに送ってもらい、それを留め置いてもらうことはできる。専用の、事務所があれば。
緊張して、それを開く。
ここに帰りたい、ここに居るんだという想いで再び立とうとした舞台。それへの返信。
純粋な、舞台への、演技への感想があった。
その中に、昔からのファンだった、何があったのかと心配していて、復帰が嬉しいという言葉があった。
隔てられた世界が。
途切れたと思った過去と。
まだ繋がらないと思っていた想いが、小さくだけど、今、やっと触れあって。
まだまだ、やっとこれからだ、と分かっているのに、泣きそうになった。
「リアルブルーにおいて、『継続的な芸能活動』に興味のあるハンターの方はいらっしゃいませんか!」
音楽活動、役者、アイドル、モデル。ジャンルは手広く。
もし一定以上反応があるようなら、専用にそれらの活動を支える事務所を秋葉原に開設する予定なのだと。
イベント企画、運営を担ってきた企業と、俳優を中心に芸能事務所を営んでいた所長が出資、協力者として名を上げている。
そこには、ビジネス的な目的や、二つの世界に跨がる理想、様々な思惑は含まれる。
ただ。このプロジェクトをぶちあげた。そこに至るまで、とあるハンターたちと様々な困難を共に歩んでみせたプロデューサー、中橋源二が一番に、単純に伝えたい想いは、やはりシンプルだった。
「ハンターの皆さん、クリムゾンウェストの皆さん。私たちと共に、この世界を楽しみませんか!」
ビジネスとして。世界の希望のために。
エンターテイメントの力が出来ること。
そのために、彼が、一番大切にする想い。
もし、同じ想いを感じてくれるなら。
まずは興味でいい。説明と対話をする場所と機会を用意するから、訪れて欲しい、と。
──先日、一つの舞台が幕を下ろした。
出演者の一人がハンターである、ということで一部話題となったその舞台、そこに寄せられた反応にはやはり、これまでの芝居とは異なるものが幾つか寄せられていた。
リアルブルーの一般人にとって、「ニュースの向こう側」から出てくることはないだろう──自分が事件に巻き込まれない限り──ハンターと言う存在が、生身を伴って、目の前にいた。
見る目が変わった、と言うものもいた。
やはり何処か異質なものを感じた、と言うものもいた。
あるいはこんな意見もあった──結局、普通の舞台だった、と。
最後の意見は。無念もあるし、希望でもあると、演じた伊佐美 透(kz0243)は感じていた。
普通。普通だった。それでいい。ごく普通の、一人の役者であるという姿を、この世界の人にもっと見せていければ。
その上で、もっと、観客の想像を越えていくようなものを見せられるようになっていきたいけど──やっぱり、役者として。
「はい、これ」
そんな彼に、差し出されたものがある。
渡してきたのは棚田史緒。この計画のもう一人の出資者、芸能事務所の所長だ──転移前に、透も所属していた。
見せられた、それは。
「え、ハンター宛の手紙を預かったんですか?」
……ファンレターに、見えた。
「別に統一政府やらなんやらとやりあったりした訳じゃないわよ? 初めからうちの事務所宛に届けられたの。ダメ元なんでしょうけど」
しれっと史緒は答える。
……現状、透の、俳優としての所属はフリーランス、ということになるのだろう。
その想いを、蒼の世界から届ける先など無かった筈で。
「まあ、以降はうちが窓口になる気は無いけどね。今回だけ。次からもっと適切な場所に送れって表明はさせてもらうけど」
適切な場所。
本人には届けられなくても、リアルブルーの何処かに送ってもらい、それを留め置いてもらうことはできる。専用の、事務所があれば。
緊張して、それを開く。
ここに帰りたい、ここに居るんだという想いで再び立とうとした舞台。それへの返信。
純粋な、舞台への、演技への感想があった。
その中に、昔からのファンだった、何があったのかと心配していて、復帰が嬉しいという言葉があった。
隔てられた世界が。
途切れたと思った過去と。
まだ繋がらないと思っていた想いが、小さくだけど、今、やっと触れあって。
まだまだ、やっとこれからだ、と分かっているのに、泣きそうになった。
リプレイ本文
「さぶかるちゃぁの本場バハラ! 2度めじゃが、今回はバハラ側で動いてみるのじゃぁ!」
「とうとう本場のリアルブルーで本格的に『でびゅー』だよ!」
秋葉原のハンターオフィスを一歩出ると、星輝 Amhran(ka0724)とUisca Amhran(ka0754)が決意の歓声を上げる。
その二人の後ろに控えるのが、瀬織 怜皇(ka0684)。これまで彼は二人に、リアルブルーでのアイドルのことは話してきた。
ウィスカは、恋人でもある怜皇から聞いたリアルブルーの「あいどる」に憧れていて、これまでの依頼でも、時にアイドルとして活動してきた。だが、あくまでクリムゾンウェストで、だ。今回は本場のリアルブルー。ぐっとこぶしを握り締めて。
「……具体的にはどうしたらいいの?」
「俺がプロデュースしますから、そうですね。2人にはユニットを組んでもらってそれでデビューしたらいいんじゃないでしょうか?」
質問に怜皇がそう意見を述べると、ウィスカと星輝は一層目を輝かせる。
「はわ、キララ姉さまといっしょに『ゆにっと』で『でびゅー』?」
「イスカと二人であいどるゆにっとという奴をやってみるのじゃ」
気合十分の二人に、怜皇は笑顔を浮かべて……。
「それじゃあ、一先ず話のあった事務所に向かってみましょうか」
そういって、歩き始めるのだった。
……もう、このやり取りも何度目だろう。
「ハンスさん……この依頼を受け続けて手紙を出し続けたら、いつかおじいちゃんやおばあちゃんも気が付いて、ここまで見に来てくれるんじゃないかと思うんです。だから……時間がある時は、ここに来てもいいですか」
穂積 智里(ka6819)の秋葉原への第一歩は、ハンス・ラインフェルト(ka6750)への謝罪から始まって。
「構わないと言ったでしょう?私もマウジー自慢のオーパやオーマには会ってみたいのですよ」
そして、すぐ拗らせる智里をハンスは笑って甘やかす。これも、毎度の答え。
「着流し帯刀が許されるなら、私はどの世界でも構いません。ただここに刃物を持込むには、クリムゾンウェストの人間である方が有利だと思う程度ですね」
「ありがとうございます、ハンスさん……いつも迷惑ばかりかけてごめんなさい」
かくして、二人も例の事務所へと向かうのだった。
ハンターオフィスで、視線が一か所に固定されたままの大伴 鈴太郎(ka6016)に、鞍馬 真(ka5819)が話しかける。
「ああ、君もこれに興味があるのか?」
「うっ、い、いや、あの、興味があるっつーか……その、芸能活動を通しゃ、親の消息も分かるかも、ってちょっと思ったんだけどよ……」
「──そうか。実は私も似たような事を考えていたんだ。目立つのは得意ではないけど、昔の知り合いが私のことを見つけてくれるかもしれない、ってね」
以前は記憶喪失状態で会うことを恐れていたけど、最近は、怖がっていても仕方ない、と真は吹っ切っている。
「丁度良かった。それなら一緒に行こうか?」
なおも躊躇う鈴に、真は笑顔を向けるのみだ。彼女が躊躇う理由──彼女が透に向ける気持ちも、迷う理由も真は薄々察している。
ただ、機会を逃して悶々とし続けるよりは、何かのきっかけになればいいと、思う。
結局鈴は、上手く断り切れなかった。
「ちなみにシンは、芸能活動っつって何やるつもりなんだ?」
聞いてみたのは、彼女自身は実の所、自信はないし看護師を目指している事もあって尻込みする気持ちもあるからだ。
「私自身が興味があるのは役者……というより殺陣かな。透さんの剣術を見て興味が沸いたし、剣は扱えるから全くできない訳ではないと思うし」
そして、事務所についたら、透さんに話を聞いたり、稽古場で殺陣の動きを軽く習ってみたいと思っているよ、と真が答えると、また鈴の視線が泳いだ。
そうして、何気なく彷徨わせる鈴の視線の先に……。
「あれ! ハルカじゃん!」
そこには、秋葉原についた記念に、と魔導スマホを掲げて記念写真を自撮りしている央崎 遥華(ka5644)の姿があった。
「あれ? リンちゃん?」
不意に声をかけられて、キョトンとした顔を向ける遥華。そして、鈴がはっとした顔をする。
「わ、わりぃシン! オレそんならハルカと一緒に行くことにすンぜ! ハルカとは向こうの世界で一緒にアイドルやったことあっからよ! その方が話はえーし!?」
そう言って、戸惑う遥華の返事も待たず、逃げるように真から遥華の方へと向かっていくのだった。
●
半ば強引な形で行動を共にすることになった鈴と遥華だが、偶然七夜・真夕(ka3977)とも合流すると、自然と思い出話と共にアイドル活動への想いで盛り上がっていく。
「知名度を上げて、クリムゾンウェストに暮らす人々や私たちハンターの事をみんなに知ってもらいたいの」
そう、真夕に興味を持った理由を語った。
……真夕は元々は、リアルブルーの出身だ。だが、元より天涯孤独な身の上なのもあって、大切な人を見つけた紅の世界で生きることは決めている。
それでも、この地に思い入れはたくさんある。
だから2つの世界がより良い関係になってくれれば嬉しいし、その為に出来る事があるなら。
「それが大好きな歌なら尚更ね!」
真夕が笑顔でそういうと、遥華も鈴も応援するようにしっかりと頷く。そして。
「実は作詞作曲もできるシンガーを目指してて……これはまだ誰にも言ったことなかったんだけどっ!」
触発されるように、遥華が語った。
向こうの世界でアイドルユニットに参加してから先、依頼としてギターを奏でて歌うことも多々あった。
「今回は勉強する折角の機会だよね!」
転移前から英国ロックやJロックを好んで聴いていた。今回は話を聞くだけでなく、近年のリアルブルーでの音楽を知るため映像や曲を軽くチェックしていきたいという。
「おお! 良いじゃねえか! すげーな、二人とも……」
鈴はそんな話を聞くうちに、来る前のモヤモヤした気持ちを一旦すっかり忘れるのだった。
その三人と同行していたわけでは無いけれど。
アリア・セリウス(ka6424)もまた、似たような想いを秘めて今日、この場所を訪れていた。
彼女自身の自覚として、芸能、というプロの世界にはまだ想いは届いていない、と感じている。
それでもリアルブルーの音楽関係、その本物や一流に触れるには、一番早くて、有効な手と考えて。
──もっとも苦労する道でも、私の憧れを歌にして、響かせたい。
だから、まずは。
「こちらの文化の作詞、作曲。そういうものを覚えましょうか」
想いを伝え、挨拶を終えると、彼女は音楽系の様々な資料が用意された一室へと陣取る。
ヘッドホンを耳に当て──今は、こうした機材の操作すら一々戸惑う──現在リアルブルーでヒットしている曲を中心に聴き、楽譜、コード表があれば読み耽り、作曲のルーチンやコード進行を貪欲な勢いで学習していく。
どのようなリズムや形が主流で発達しているのだろう。
クリムゾンウエストにない歌や音楽、楽器。
リアルブルーだから使える『機材』。アンプチャーで増幅された音。腹の底にズンと響くサウンドに度肝を抜かれて──でも、この世界ではこんなことも出来る。
僅かではあったが、今プロでやっている人に直接学び、教えて貰うことも出来た。
いずれは自分で曲を作って歌いたいから。
──蒼と紅、違う文化と世界を、ひとつにした音楽を、紡ぐ為に。
Gacrux(ka2726)は。
ミーハー好奇心のまま半ば他の人に紛れ込むような形でこの地を来訪していた。
芸能は、西洋中世期位からある古風な物程度しか知らない。
そんな彼は今、映像室で流されていた映画に釘付けになっていた。
海から上陸した怪獣が街を蹂躙していく内容だ。
CG、特殊撮影技術、その他諸々駆使した映像は本物さながらの迫力だ。そう──
「凄惨な……過去にこのような戦いが……」
──Gacruxは、完全に現実と虚構の区別付かず、過去のの戦場映像と錯覚していた。
そこに、リアルブルーの文化に興味がある、と連れ立ってきていたオートマトン二人組、トラウィス(ka7073)と深守・H・大樹(ka7084)の二人がいつの間にか、観客として加わっていた。
「大きいのにあんな風に動けるんだー凄いねー」
……微妙にずれていることを都度言う深守。
「待ってください。これは以前報告書で見たコーリアスの件と同様のケース二も見えますね。海洋にチュプ神殿のような技術が眠っている仮説はいかがでしょうか」
それを受けて、トラウィスは乏しい表情、淡々とした口調で述べる。
「これは、報告が必要でしょうか。ええと、この歪虚名は……」
Gacruxが、二人の声も受けてか大真面目な声で映画のタイトルを再確認していた。
……ツッコミ不在空間の行く末やいかに、である。
怜皇と星輝とウィスカの三人は、揃ってまずはアイドルの資料を眺めている。
「2人にはまずは歌の練習から始めてもらいましょう。楽器を演奏しながらでもいいですよ。好きな楽器はありますか?」
怜皇がもう完全に、すっかり手慣れたプロデューサーという体で二人に問いかける。
「私は楽器よりも歌で勝負したいよ」
ウィスカの言葉に怜皇は頷く。
「歌を歌いながら踊りも踊れるなら尚も良し。歌って踊れるアイドルを目指しましょう」
「まぁ、巫女舞を披露するのとさほど変わらんじゃろ? 派手な演出もコッチの者は好むと聞くし、演出サービスじゃな!」
「ダンスは巫女の舞踊とちょっと違うけどがんばるの!」
目指すものの前に、それぞれの想いと決意を込めて。
方針が決まったら後は実際に挑戦! とばかりに、三人は今度は、稽古場へと向かうのだった。
●
「今日はなんだか面白い物が見学できるって噂で聞いたから来たよ」
夢路 まよい(ka1328)も、初めは『興味本位の見物組』だった。
だが。
「アイドルへのスカウト? なにそれ? へぇ~? 面白そうなことなら、考えてみてもいいかな?」
よくは分かっていないようだったが、興味があるなら折角と、ダンスレッスンを受けてみることになった。
「リアルブルーでお仕事すれば美味しいご飯食べられる?」
この世界の美味しいご飯を食べる為、という感じでホイホイついてきたリオ・フランメル(ka5291)も、ついでという事で一緒に。
まずは映像で基本の動きを見せてもらう。それから、鏡を見ながら同じ動き。
なお、まよいの動きにくい服は着替えて、チューブトップとハーフパンツの動きやすい姿だ。
トレーナーが、綺麗に見せるコツを教えながら、二人の動きを正していく。意識して鏡の前で動いていると、ちょっとした理解の差で見栄えが格段に変わることを自覚する。
踊って。歌って。リオは元々歌唱も舞踊も技能があり、まよいもそれに引っ張られるように上達していく。
一通り終わって一息……と、まよいがスポーツドリンクを飲んでいると、通りがかった中橋がトレーナーに問いかけた。
「調子はどうですか?」
「予想以上……というか、常識外の飲み込みの速さですよ。身体がしっかりしてるからバランスがいいんですね……やる気もあるし」
トレーナーが答えると。
「リオは力持ちだからなんでもやるんだよ」
リオが笑顔でそう続いた。
「力持ち、か」
中橋がちょっと考える。
「リフト、出来るかな。ええと、そっちの子を君が持ち上げられると、思う?」
「まよいを? 簡単なんだよ」
そう言って、リオはまよいを……片腕を回しただけでひょいと持ち上げた。そのまま腕だけで支えて持ち上げて、肩の上に座らせる。
「夢路さんは、怖くはない?」
「高いところが? 全然へーき。何なら空も飛ぶし」
中橋は考え込むように何度も頷いていた。やはりハンターにはいろいろな可能性がある。
そのまま稽古場を回る中橋が次に目を止めたのは狐中・小鳥(ka5484)だった。
中橋と目が合うと彼女は、彼女の方から駆け寄る様に近づいていく。
「本場、リアルブルーでどんな感じなのかとっても興味があるんだよ」
既に紅の世界で歌って踊れる舞刀士として活動中。アイドルやモデルに興味があるとはっきりと語った。
中橋も熱心に彼女の言葉に耳を傾け、質問があれば答えていく。
「ん、それじゃあせっかくだし少し踊ってみようかな? かな? 普段やっているのだけども」
模造刀を使って稽古場で、普段やっている動きや歌ってる歌を披露する。
元気な歌声と共に、きわどいほどに鋭く、目まぐるしく回転し翻る刃の舞は鮮やかの一言に尽きた。
「……こっちでも、受けるかな?」
恐る恐るという風に中橋に確認する。
中橋は、正直に答えた。
「何が受けるか、何が流行るか、というのは、実の所はっきりと、こうだから必ず、とお約束できるものではありません」
「……そっか」
「ですので今私から申し上げられることは、私は好きですし、まずはそのままの貴女を出していきたいと思いますよ、という事。それから、その笑顔と元気さは、やはりアイドルとして必要なものです」
小鳥ははっきりと頷いた。……それなら、自信はある。
「ミアにキラキラなアイドルは似合わないニャスけど、曲芸師あたりニャらイケるニャスかな?」
最近、とあるサーカス団に入団したので、その練習も兼ねてスタジオを利用できればとやって来たミア(ka7035)は、やはり、鏡の前の一角に立つとまずは黙々と曲芸の練習をしていた。
玉乗りと、ジャグリング。自分が今どんな風に見えているか、意識して取り組むことが出来る。
ともすればおどけた仕草は彼女の可憐さを台無しにしそうなものだが。それでも。危ういバランスの上で、弾けるような笑顔を見せる彼女からは。
──皆に笑顔を咲かせたい!
その気持ちが、あふれ出ていて。
上手い下手ではなく、だから頑張るのだと。
「よし、後はオカリナの練習にゃす!」
そう言って彼女は、ダンススタジオを出て今度は音楽用の部屋に行くのだった。
真は宣言通り、透と話をしてから殺陣師に軽く稽古をつけてもらっていた。
やはり、驚くほど筋がいいと驚かれた。
剣の取り回しには慣れていることと戦いで鍛えらえた体幹バランスの良さ、あとは剣を向けられるときの度胸。いきなり始めるにしても、資質は高いと言えた。出来そうかな、と真が前向きに考え始めたところで、真と透に近づいてくる者が居る。
「透さん、おめでとうございますぅ」
星野 ハナ(ka5852)。満面の笑みだった。どこか綺麗過ぎるほどに。
「いやぁ、この前は最前列の被り付きで観るために早くから着てたので終わった途端強制転移で戻っちゃったんですよねぇ。知り合いを楽屋まで尋ねていくシチュエーションに憧れてたんですけどぉ」
そうして彼女は、前回の観劇の時に現れなかった理由を説明する。透は暫く彼女の笑顔を見て、少し間を置いて、それから、
「観にきてくれていたのか。有難う」
とだけ、言った。
「ところでチィさんは呼んであげないんですぅ? 喜んでお手伝いにいらっしゃると思いますぅ」
そうして、ハナはこちらが本題だとばかりに話をそう切り出す。
「BL紙一重ですけど男心に男が惚れるってやつだと思うのでぇ、透さんが声かけてあげるべきだと思いますぅ……チィさんは透さんが思ってる以上に奥ゆかしい方ですよぅ?」
透は、しばし見定めるような視線でハナを見る。
「相手の心根に付け込んで事を成すのは悪女的ですぅ。心友のことは失う前提でなく真面目に考えられた方が良いと思いますよぅ?」
「相手の心根に、なあ……」
ハナの言葉を復唱して、透は考える。これはきっと、彼女の言う通り真面目な話だ。
「俺が転移してもずっと根は役者だったように。あいつにだって、俺に出会う前からの芯がちゃんとあるよ。ズヴォー族の戦士としてのあいつが」
言いながら、透はまた彼女の言葉を復唱していた。心の中で声には出さず。男心に男が惚れるってやつ、なあ。
「親友として言うなら。あいつはずっとよく考えているし、必要なら自分で動くんだろうと信じるよ。──……別に、あいつは俺が居ないと駄目ってわけじゃないんだ」
そんな話をしていたら。
「あ、透おにーさん、おひさしぶりー」
続いて、そう声をかけてくるものが、居た。
「へーほーふーん」
フューリト・クローバー(ka7146)はここに来る前、資料室で適当な台本を取るとパラパラと読みふけっていた。
「でもリアルブルーってお祭りなくても劇とかやるんだねー色々あるしー」
呟きながらリアルブルーで書かれる物語に目を通していく。
「れんあい、かあ。まだよくわかんないなー」
何気なく手に取った台本は秘めた淡い恋心──なお少年同士──がテーマとなっているもので、その感覚は、彼女にはよく分からないものだった。
「配役が男の人なんだー……僕の声だと役に合わないと思うし」
言いながら、彼女は誰かに読んでみてもらおうと、この稽古場にやってきたのだ。
そうして、彼女は透を呼んでから。
「えーと、チィおにーさんと恋仲誤解のエイギョウカツドウはがんばってる? くわしく知らないけど、がんばってー」
軽い調子で、そう言って。
──透の表情が消えた。
「なあ。俺たちの……俺の言動は、そこまで、友情と言うにはおかしく見えるものなんだろうか」
透は、大きく大きく息を吸って、深く吐き出した。
「……普通に友人と接してるつもりなのを、【営業】のための【演出】と思われるのは、流石に心外だよ──役者としても」
理不尽なこと言ってるだろうか。ここまでその辺は流してきたのに、今更、と。
「あの、悪気は無かっ……」
「──だからだよ!」
勝手な妄想と、あくまで実態とは別軸の話として捉えてくれてるなら別に良かった。だが前回といい、完全に現実と混同してそうした誤解や見解を生む程のものなのか。匙加減を間違えたせいで、友情すら制限することになるとは考えたくないと、怒りよりも先に落ち込んだ。
「……ああうん。妙な空気にして悪かった。頭冷やしてくる」
やがて透は全体に向けてそう言うと、踵を返す。入口を開けようとして……。
その前に、新たに入ってきた者が居る。施設を回っていた遥華と、真夕と……それから、鈴。
「──大伴さん?」
不意に現れた、少し久しぶりな気がする顔に、透は思わずその名を呼んでいた。
鈴の心臓が一度、ドクンと跳ねて、血液が顔に向かって上昇していく心地がして……そして、すぐに下がっていった。彼の声と、表情に。
「君も来たのか──けどごめん。今俺は余裕がないから……それじゃ」
透はそう言うと、返事も待たずに彼女とすれ違っていく。
……少し前の彼女なら。
何かあったのか、話してみろよ、と、追いかけただろうか。
動けなかった。今二人きりで何かを話して──自覚してしまうのが、怖いから。
……薄々感じている。年の差などから、自分は恋愛対象になれないだろうと。
だから観劇のときは、理由をつけて芽生えかけた想いから逃げ出して。
──でも、だから動けない。今はまだ想いを認めて振られる勇気が持てずにいた。
●
ハンスと智里は、一通り回ってきた中橋と棚田が合流したところを見計らって、二人に話しかけていた。
劇の時の手伝いとして、ここの業務にかかわらせてほしい、と。
「リアルブルーでの周知は、こちらで伊佐美さん名義のSNSなり事務所のホームページなりでアンケートをとっても十分進みそうな気がします。劇の時のスタッフや警備にクリムゾンウェストのハンターへ募集をかけてもらえれば、2つの世界の心理的な距離も近づくんじゃないかと思います」
そう、智里は、己がここで働く意義を語る。
「リアルブルーで受ける物はリアルブルーの知識の下敷きがあってこそです。知識の前提が違う以上、リアルブルーから見たクリムゾンウェストというファンタジーを展開する時だけ、クリムゾンウエストのハンターを裏方のスタッフに呼べば充分話題は攫えると思いますが? 歌劇場で見せるような題目や客層を狙ったわけでもないでしょう?」
ハンスがそう続けると、中橋が穏やかに頷いた。そして。
「実際の所、クリムゾンウェスト側に居られる人、で、アイドルではない形の協力者は必要だと思っています。管理などの面でも」
舞台の立つのではなく裏方として働きたいという形でも拒否はしない姿勢を彼らは示してくれた。その上で、彼らの目的を察した棚田は、警備などではなくもっと直接舞台に関わる形、小道具係や人力の舞台装置などを手伝うなら、スタッフとしてサイトやパンフに名前を乗せる場合もある、と説明する──ちなみにこれは、アイドル以外の形もあるかと聞いてきた鈴にも言った。
「まあ、そうしたバイトからこちらの世界に嵌まって役者を目指すようになる方も、居ますしね」
中橋が最後、冗談めかして言うと、ハンスと智里は顔を見合わせた。
「流浪のエクラ教シスター、ここに見参なのですよー」
シレークス(ka0752)はそう高らかに言い放ちながら、棚田と中橋の元に現れた。
「エクラ教の源流は、もともとは此方にあったとも聞くのですよ。ならば、此方にもエクラ教を広める好気と受け取りやがりました」
澱みなく言い放って、彼女は目をきらーんと輝かせる。
「というわけで、そこの二人、ちょいとわたくしに協力しやがれ? 大丈夫大丈夫。遠慮することはねぇです、いやぁ、絶好の機会をえやがりました。さぁさぁ、わたくしがエクラの偉大さを語って聞かせてあげますですよ」
そう言って彼女はまずそのエクラ教について暫く語り聞かせる。
「あ。何ならわたくし、文字通り一肌脱ぎますですよ? グラビアってやつなのです。わたくしは詳しいのです。ほれほれ、ちょっと隣で詳しい話を聞かせやがれ?」
彼女は『にっこりと』笑みを浮かべていた──逃さねぇですよ? 絶対に布教に協力して頂きやがりますですから、と意図を込めて。
それに対し──
「……貴女というキャラクターが受け入れられて、そこからファンが自発的に興味を持つという形だったら、OKだと思います。実際、鮮烈なキャラクターを持っているというのは強みです。嵌まる人は離さない魅力がある。それが、作ったものでなく素であるなら、無理なく長く愛されることもできる」
穏やかだが冷静に、中橋が答えた。
……まあ、彼らも立場が立場だ。『ビジネス』の話に笑顔で威圧されたところで狼狽えて一方的な話を呑んだりはしない。
「要するに、やるならうちとしてはそのエクラ教云々はあくまで『そういうキャラ付け』として推して行くってことね。宗教本体と事務所の直接的な関りは、問い合わせがあれば否定させてもらうことになる」
そうして、よりはっきりと、棚田がきっぱり言った。
「今貴女に説明すべきことは以上でしょうか。その上で、我々をパートナーとして考えるつもりがあるのか、もう一度ご検討ください」
Gacruxはその後も適当に事務所内を歩いていて、二人に遭遇した。
「俺は……ええと、付き添いですよ」
若干口ごもりながらGacruxが答えると、中橋は微笑する。
「どうぞ遠慮せずに。興味本位の見学でもご自由にとは言いましたからね。ただ……」
中橋はじっと彼の姿を眺めた。
「折角ですから、何かやってみる気はありませんか。例えばそう……」
「モデル……?」
首をかしげるGacruxに、中橋は簡単に説明をする。
「要するに、リアルブルーの服を着てインスタバエを撮るということでしょうか……?」
リアルブルーのファッションに興味はある、という様子の彼の、お試し撮影会はこうして決行されたのだった。
用意されたビッグシルエットのシャツを着終えると、最初に彼がとったポーズは見事に棒立ちだった。
指導が入る。……本来、モデル立ちというのも結構な筋力とバランス感覚がいるが、やはりハンター故の適正でこなして見せる。
何十回もフラッシュを浴びることに仰天しながらも、そうして選び出された一枚は、綺麗でかつ、彼の持つ雰囲気をうまく生かしたアンニュイな写真だった。
「如何でしょうか?」
「……考えておきます」
そうして彼は、名刺を受け取って帰ることになったのだった。
「……あ」
トラウィスと深守の二人が、中橋の姿を見つけると声をかけてくる。
「これから劇場を観に行くんですけど、観ながら食べても大丈夫ですか?」
そう言いながら彼らは、深守が買ってきたというプリンを示してみせる。
所謂女性の胸部を模したそれ、なのはまあ、突っ込むまい。異世界人には余程珍しいのかもしれないし。
「そうですね……残念ながら、こちらの世界においてほとんどの劇場やライブでは会場での飲食は禁止です」
ですので今回はそれに倣いましょうか、と中橋は告げた。汚さないつもりだけど、とは言うが、そういう問題だけでもない。
二人は、大人しくそれに従い、事務所内のテーブルがあるスペースで食べてから向かう事にした。
「どんなプリンなんだろう」
淡々と言って深守は情緒もなくぺりっと開けた。
「カラメルが別なんだ、へー」
物が物だというのに真っ先にその感想というのも何かずれている。
「……ごく普通のプリンだね」
深守が言うと、トラウィスが頷く。
「見た目は女性の乳房に酷似しておりますが、味と成分は普通の生菓子であると判断します。女性の乳房に似せる必要はどこにあるのでしょう」
まさか女性の乳房は生菓子と同等の成分及び味をしているという仮説が成り立つのではないでしょうか……と語るトラウィスの顔は、いつものあまり感情の見えないもの、故に本気にも見えた。
そうして、食べ終えて二人は、地下にあるという劇場へと向かっていく──
「結局アイドルって何する人なの?」
アリア(ka2394)の問いは、シンプルに本質を求めるものだった。
「クリムゾンウェストでもアイドルって言って歌ってる人を見たことある。ただ歌ってるだけにも見えるんだけど、それでみんなが喜んだり盛り上がってたりしたからそれが気になるかな」
やりたいのか。出来るのか。揺れるその瞳に、示すべきもの。
中橋はただニコリと微笑んで、いつしか皆が自然に向かいつつある劇場、その扉の向こうへ、彼女を導くように恭しく開いた。
●
初めにステージに立ったのは。
怜皇の主導の元、揃いの衣装に着替えた星輝とウィスカだった。
巫女という二人の雰囲気に合わせ、幻想的な曲調の歌を選び、鮮やかに衣装を翻しながら舞い踊り、歌う。
星輝が壁と天井を伝い歩くという、上下のシンメトリを描きながらすれ違うという演出はハンターにしかできないものだろう。
……歌のスキルを使っての癒しや感情を表現するやり方は、実際のステージでは届く範囲がごく一部に限られるという問題が指摘されたが。
場内が拍手に包まれると、次に遥華がギターを手に前へと進み出た。
前の二人が残した余韻を引き継ぐように、まずは向こうの世界でも披露したことのあるバラードナンバーを。優しく弾かれる響き、想いを込めた歌声が海上にさざ波を起こし、そして引いていく。
静かにフェードアウトしていく曲に、場内は一度静寂を迎える。そこで溜めてからの──目の覚めるようなロック!
慣れぬ旋律に目を回すも、それでも彼女が歌いきるまで、目を離せるものは独りも居なかった。
歓喜の方向に盛り上がってきた場内に飛び込んでいくのはミアだ。
魅せるのは玉乗りしながらのリンゴのジャグリングだ。時折むしゃりと齧って見せて、バランスの変わるそれを最後まで器用に操って見せる。
玉をころころ転がして、左右に動い、目まぐるしさすら覚えるほどに!
……そんなミアが、最後に取り出したのはオカリナ。先ほどまで賑やかに動いていた彼女の笛から奏でられる旋律は……空気を優しく響かせる物だった。
──貰ったばかりの、大切なオカリナ。たくさんたくさん磨いて、多くの人の心を響かせるような音色を奏でられるようになりたい。
先ほどまで、目で彼女の動きを楽しんでいた観客の中に、いつしか、目を閉じて全力で耳を傾けている者が居た。
目で愉しませる曲芸と、耳で楽しませるオカリナ。その二つが、彼女の舞台だった。
小鳥も、せっかくだからと劇場の舞台に立つ。決して大きくは無くて、観客も今日は少ない。クリムゾンウェストの舞台と比べて圧倒されるようなものではないけど。スポットライトの熱。スピーカーから流れる音。やっぱり彼女の知るものとは違う、これがリアルブルーの舞台。そこで。
小鳥はやっぱり、元気に歌い、激しく踊る。自分がやりたい、楽しみたいことを、目一杯。
「──大道芸ならばリゼリオで時折見かけますが、こういったステージに立つものは初めて見ます」
トラウィスが、やはり、感情の読みにくい静かな声音、変わらぬ表情で、言った。視線はずっと、ステージの上、そこから動かずに。
客席の、薄暗がりに見える、その顔に。
「今日も楽しかったね」
深守は、穏やかにそう言った。
●
──結局アイドルって何する人なの?
己の問いを、アリアは再び振り返る。
「……こっちには戦いが続いて辛そうにしてる人もいっぱいいる。そういう人を笑顔にできるのかな? アイドルさんは」
呟きに答えるものは居ない。ただ、皆が去った後のステージを見続ける彼女に在るものが全てだ。
「私も歌うのは好き。いつか紅の世界で観たアイドルさんみたいに──」
今観た皆みたいに──
「気持ちよく、楽しく歌えるならやってみたい」
それぞれ感じたもの、得たもの。期待と不安を胸に……次のステージの道は、整えられるのだった。
「とうとう本場のリアルブルーで本格的に『でびゅー』だよ!」
秋葉原のハンターオフィスを一歩出ると、星輝 Amhran(ka0724)とUisca Amhran(ka0754)が決意の歓声を上げる。
その二人の後ろに控えるのが、瀬織 怜皇(ka0684)。これまで彼は二人に、リアルブルーでのアイドルのことは話してきた。
ウィスカは、恋人でもある怜皇から聞いたリアルブルーの「あいどる」に憧れていて、これまでの依頼でも、時にアイドルとして活動してきた。だが、あくまでクリムゾンウェストで、だ。今回は本場のリアルブルー。ぐっとこぶしを握り締めて。
「……具体的にはどうしたらいいの?」
「俺がプロデュースしますから、そうですね。2人にはユニットを組んでもらってそれでデビューしたらいいんじゃないでしょうか?」
質問に怜皇がそう意見を述べると、ウィスカと星輝は一層目を輝かせる。
「はわ、キララ姉さまといっしょに『ゆにっと』で『でびゅー』?」
「イスカと二人であいどるゆにっとという奴をやってみるのじゃ」
気合十分の二人に、怜皇は笑顔を浮かべて……。
「それじゃあ、一先ず話のあった事務所に向かってみましょうか」
そういって、歩き始めるのだった。
……もう、このやり取りも何度目だろう。
「ハンスさん……この依頼を受け続けて手紙を出し続けたら、いつかおじいちゃんやおばあちゃんも気が付いて、ここまで見に来てくれるんじゃないかと思うんです。だから……時間がある時は、ここに来てもいいですか」
穂積 智里(ka6819)の秋葉原への第一歩は、ハンス・ラインフェルト(ka6750)への謝罪から始まって。
「構わないと言ったでしょう?私もマウジー自慢のオーパやオーマには会ってみたいのですよ」
そして、すぐ拗らせる智里をハンスは笑って甘やかす。これも、毎度の答え。
「着流し帯刀が許されるなら、私はどの世界でも構いません。ただここに刃物を持込むには、クリムゾンウェストの人間である方が有利だと思う程度ですね」
「ありがとうございます、ハンスさん……いつも迷惑ばかりかけてごめんなさい」
かくして、二人も例の事務所へと向かうのだった。
ハンターオフィスで、視線が一か所に固定されたままの大伴 鈴太郎(ka6016)に、鞍馬 真(ka5819)が話しかける。
「ああ、君もこれに興味があるのか?」
「うっ、い、いや、あの、興味があるっつーか……その、芸能活動を通しゃ、親の消息も分かるかも、ってちょっと思ったんだけどよ……」
「──そうか。実は私も似たような事を考えていたんだ。目立つのは得意ではないけど、昔の知り合いが私のことを見つけてくれるかもしれない、ってね」
以前は記憶喪失状態で会うことを恐れていたけど、最近は、怖がっていても仕方ない、と真は吹っ切っている。
「丁度良かった。それなら一緒に行こうか?」
なおも躊躇う鈴に、真は笑顔を向けるのみだ。彼女が躊躇う理由──彼女が透に向ける気持ちも、迷う理由も真は薄々察している。
ただ、機会を逃して悶々とし続けるよりは、何かのきっかけになればいいと、思う。
結局鈴は、上手く断り切れなかった。
「ちなみにシンは、芸能活動っつって何やるつもりなんだ?」
聞いてみたのは、彼女自身は実の所、自信はないし看護師を目指している事もあって尻込みする気持ちもあるからだ。
「私自身が興味があるのは役者……というより殺陣かな。透さんの剣術を見て興味が沸いたし、剣は扱えるから全くできない訳ではないと思うし」
そして、事務所についたら、透さんに話を聞いたり、稽古場で殺陣の動きを軽く習ってみたいと思っているよ、と真が答えると、また鈴の視線が泳いだ。
そうして、何気なく彷徨わせる鈴の視線の先に……。
「あれ! ハルカじゃん!」
そこには、秋葉原についた記念に、と魔導スマホを掲げて記念写真を自撮りしている央崎 遥華(ka5644)の姿があった。
「あれ? リンちゃん?」
不意に声をかけられて、キョトンとした顔を向ける遥華。そして、鈴がはっとした顔をする。
「わ、わりぃシン! オレそんならハルカと一緒に行くことにすンぜ! ハルカとは向こうの世界で一緒にアイドルやったことあっからよ! その方が話はえーし!?」
そう言って、戸惑う遥華の返事も待たず、逃げるように真から遥華の方へと向かっていくのだった。
●
半ば強引な形で行動を共にすることになった鈴と遥華だが、偶然七夜・真夕(ka3977)とも合流すると、自然と思い出話と共にアイドル活動への想いで盛り上がっていく。
「知名度を上げて、クリムゾンウェストに暮らす人々や私たちハンターの事をみんなに知ってもらいたいの」
そう、真夕に興味を持った理由を語った。
……真夕は元々は、リアルブルーの出身だ。だが、元より天涯孤独な身の上なのもあって、大切な人を見つけた紅の世界で生きることは決めている。
それでも、この地に思い入れはたくさんある。
だから2つの世界がより良い関係になってくれれば嬉しいし、その為に出来る事があるなら。
「それが大好きな歌なら尚更ね!」
真夕が笑顔でそういうと、遥華も鈴も応援するようにしっかりと頷く。そして。
「実は作詞作曲もできるシンガーを目指してて……これはまだ誰にも言ったことなかったんだけどっ!」
触発されるように、遥華が語った。
向こうの世界でアイドルユニットに参加してから先、依頼としてギターを奏でて歌うことも多々あった。
「今回は勉強する折角の機会だよね!」
転移前から英国ロックやJロックを好んで聴いていた。今回は話を聞くだけでなく、近年のリアルブルーでの音楽を知るため映像や曲を軽くチェックしていきたいという。
「おお! 良いじゃねえか! すげーな、二人とも……」
鈴はそんな話を聞くうちに、来る前のモヤモヤした気持ちを一旦すっかり忘れるのだった。
その三人と同行していたわけでは無いけれど。
アリア・セリウス(ka6424)もまた、似たような想いを秘めて今日、この場所を訪れていた。
彼女自身の自覚として、芸能、というプロの世界にはまだ想いは届いていない、と感じている。
それでもリアルブルーの音楽関係、その本物や一流に触れるには、一番早くて、有効な手と考えて。
──もっとも苦労する道でも、私の憧れを歌にして、響かせたい。
だから、まずは。
「こちらの文化の作詞、作曲。そういうものを覚えましょうか」
想いを伝え、挨拶を終えると、彼女は音楽系の様々な資料が用意された一室へと陣取る。
ヘッドホンを耳に当て──今は、こうした機材の操作すら一々戸惑う──現在リアルブルーでヒットしている曲を中心に聴き、楽譜、コード表があれば読み耽り、作曲のルーチンやコード進行を貪欲な勢いで学習していく。
どのようなリズムや形が主流で発達しているのだろう。
クリムゾンウエストにない歌や音楽、楽器。
リアルブルーだから使える『機材』。アンプチャーで増幅された音。腹の底にズンと響くサウンドに度肝を抜かれて──でも、この世界ではこんなことも出来る。
僅かではあったが、今プロでやっている人に直接学び、教えて貰うことも出来た。
いずれは自分で曲を作って歌いたいから。
──蒼と紅、違う文化と世界を、ひとつにした音楽を、紡ぐ為に。
Gacrux(ka2726)は。
ミーハー好奇心のまま半ば他の人に紛れ込むような形でこの地を来訪していた。
芸能は、西洋中世期位からある古風な物程度しか知らない。
そんな彼は今、映像室で流されていた映画に釘付けになっていた。
海から上陸した怪獣が街を蹂躙していく内容だ。
CG、特殊撮影技術、その他諸々駆使した映像は本物さながらの迫力だ。そう──
「凄惨な……過去にこのような戦いが……」
──Gacruxは、完全に現実と虚構の区別付かず、過去のの戦場映像と錯覚していた。
そこに、リアルブルーの文化に興味がある、と連れ立ってきていたオートマトン二人組、トラウィス(ka7073)と深守・H・大樹(ka7084)の二人がいつの間にか、観客として加わっていた。
「大きいのにあんな風に動けるんだー凄いねー」
……微妙にずれていることを都度言う深守。
「待ってください。これは以前報告書で見たコーリアスの件と同様のケース二も見えますね。海洋にチュプ神殿のような技術が眠っている仮説はいかがでしょうか」
それを受けて、トラウィスは乏しい表情、淡々とした口調で述べる。
「これは、報告が必要でしょうか。ええと、この歪虚名は……」
Gacruxが、二人の声も受けてか大真面目な声で映画のタイトルを再確認していた。
……ツッコミ不在空間の行く末やいかに、である。
怜皇と星輝とウィスカの三人は、揃ってまずはアイドルの資料を眺めている。
「2人にはまずは歌の練習から始めてもらいましょう。楽器を演奏しながらでもいいですよ。好きな楽器はありますか?」
怜皇がもう完全に、すっかり手慣れたプロデューサーという体で二人に問いかける。
「私は楽器よりも歌で勝負したいよ」
ウィスカの言葉に怜皇は頷く。
「歌を歌いながら踊りも踊れるなら尚も良し。歌って踊れるアイドルを目指しましょう」
「まぁ、巫女舞を披露するのとさほど変わらんじゃろ? 派手な演出もコッチの者は好むと聞くし、演出サービスじゃな!」
「ダンスは巫女の舞踊とちょっと違うけどがんばるの!」
目指すものの前に、それぞれの想いと決意を込めて。
方針が決まったら後は実際に挑戦! とばかりに、三人は今度は、稽古場へと向かうのだった。
●
「今日はなんだか面白い物が見学できるって噂で聞いたから来たよ」
夢路 まよい(ka1328)も、初めは『興味本位の見物組』だった。
だが。
「アイドルへのスカウト? なにそれ? へぇ~? 面白そうなことなら、考えてみてもいいかな?」
よくは分かっていないようだったが、興味があるなら折角と、ダンスレッスンを受けてみることになった。
「リアルブルーでお仕事すれば美味しいご飯食べられる?」
この世界の美味しいご飯を食べる為、という感じでホイホイついてきたリオ・フランメル(ka5291)も、ついでという事で一緒に。
まずは映像で基本の動きを見せてもらう。それから、鏡を見ながら同じ動き。
なお、まよいの動きにくい服は着替えて、チューブトップとハーフパンツの動きやすい姿だ。
トレーナーが、綺麗に見せるコツを教えながら、二人の動きを正していく。意識して鏡の前で動いていると、ちょっとした理解の差で見栄えが格段に変わることを自覚する。
踊って。歌って。リオは元々歌唱も舞踊も技能があり、まよいもそれに引っ張られるように上達していく。
一通り終わって一息……と、まよいがスポーツドリンクを飲んでいると、通りがかった中橋がトレーナーに問いかけた。
「調子はどうですか?」
「予想以上……というか、常識外の飲み込みの速さですよ。身体がしっかりしてるからバランスがいいんですね……やる気もあるし」
トレーナーが答えると。
「リオは力持ちだからなんでもやるんだよ」
リオが笑顔でそう続いた。
「力持ち、か」
中橋がちょっと考える。
「リフト、出来るかな。ええと、そっちの子を君が持ち上げられると、思う?」
「まよいを? 簡単なんだよ」
そう言って、リオはまよいを……片腕を回しただけでひょいと持ち上げた。そのまま腕だけで支えて持ち上げて、肩の上に座らせる。
「夢路さんは、怖くはない?」
「高いところが? 全然へーき。何なら空も飛ぶし」
中橋は考え込むように何度も頷いていた。やはりハンターにはいろいろな可能性がある。
そのまま稽古場を回る中橋が次に目を止めたのは狐中・小鳥(ka5484)だった。
中橋と目が合うと彼女は、彼女の方から駆け寄る様に近づいていく。
「本場、リアルブルーでどんな感じなのかとっても興味があるんだよ」
既に紅の世界で歌って踊れる舞刀士として活動中。アイドルやモデルに興味があるとはっきりと語った。
中橋も熱心に彼女の言葉に耳を傾け、質問があれば答えていく。
「ん、それじゃあせっかくだし少し踊ってみようかな? かな? 普段やっているのだけども」
模造刀を使って稽古場で、普段やっている動きや歌ってる歌を披露する。
元気な歌声と共に、きわどいほどに鋭く、目まぐるしく回転し翻る刃の舞は鮮やかの一言に尽きた。
「……こっちでも、受けるかな?」
恐る恐るという風に中橋に確認する。
中橋は、正直に答えた。
「何が受けるか、何が流行るか、というのは、実の所はっきりと、こうだから必ず、とお約束できるものではありません」
「……そっか」
「ですので今私から申し上げられることは、私は好きですし、まずはそのままの貴女を出していきたいと思いますよ、という事。それから、その笑顔と元気さは、やはりアイドルとして必要なものです」
小鳥ははっきりと頷いた。……それなら、自信はある。
「ミアにキラキラなアイドルは似合わないニャスけど、曲芸師あたりニャらイケるニャスかな?」
最近、とあるサーカス団に入団したので、その練習も兼ねてスタジオを利用できればとやって来たミア(ka7035)は、やはり、鏡の前の一角に立つとまずは黙々と曲芸の練習をしていた。
玉乗りと、ジャグリング。自分が今どんな風に見えているか、意識して取り組むことが出来る。
ともすればおどけた仕草は彼女の可憐さを台無しにしそうなものだが。それでも。危ういバランスの上で、弾けるような笑顔を見せる彼女からは。
──皆に笑顔を咲かせたい!
その気持ちが、あふれ出ていて。
上手い下手ではなく、だから頑張るのだと。
「よし、後はオカリナの練習にゃす!」
そう言って彼女は、ダンススタジオを出て今度は音楽用の部屋に行くのだった。
真は宣言通り、透と話をしてから殺陣師に軽く稽古をつけてもらっていた。
やはり、驚くほど筋がいいと驚かれた。
剣の取り回しには慣れていることと戦いで鍛えらえた体幹バランスの良さ、あとは剣を向けられるときの度胸。いきなり始めるにしても、資質は高いと言えた。出来そうかな、と真が前向きに考え始めたところで、真と透に近づいてくる者が居る。
「透さん、おめでとうございますぅ」
星野 ハナ(ka5852)。満面の笑みだった。どこか綺麗過ぎるほどに。
「いやぁ、この前は最前列の被り付きで観るために早くから着てたので終わった途端強制転移で戻っちゃったんですよねぇ。知り合いを楽屋まで尋ねていくシチュエーションに憧れてたんですけどぉ」
そうして彼女は、前回の観劇の時に現れなかった理由を説明する。透は暫く彼女の笑顔を見て、少し間を置いて、それから、
「観にきてくれていたのか。有難う」
とだけ、言った。
「ところでチィさんは呼んであげないんですぅ? 喜んでお手伝いにいらっしゃると思いますぅ」
そうして、ハナはこちらが本題だとばかりに話をそう切り出す。
「BL紙一重ですけど男心に男が惚れるってやつだと思うのでぇ、透さんが声かけてあげるべきだと思いますぅ……チィさんは透さんが思ってる以上に奥ゆかしい方ですよぅ?」
透は、しばし見定めるような視線でハナを見る。
「相手の心根に付け込んで事を成すのは悪女的ですぅ。心友のことは失う前提でなく真面目に考えられた方が良いと思いますよぅ?」
「相手の心根に、なあ……」
ハナの言葉を復唱して、透は考える。これはきっと、彼女の言う通り真面目な話だ。
「俺が転移してもずっと根は役者だったように。あいつにだって、俺に出会う前からの芯がちゃんとあるよ。ズヴォー族の戦士としてのあいつが」
言いながら、透はまた彼女の言葉を復唱していた。心の中で声には出さず。男心に男が惚れるってやつ、なあ。
「親友として言うなら。あいつはずっとよく考えているし、必要なら自分で動くんだろうと信じるよ。──……別に、あいつは俺が居ないと駄目ってわけじゃないんだ」
そんな話をしていたら。
「あ、透おにーさん、おひさしぶりー」
続いて、そう声をかけてくるものが、居た。
「へーほーふーん」
フューリト・クローバー(ka7146)はここに来る前、資料室で適当な台本を取るとパラパラと読みふけっていた。
「でもリアルブルーってお祭りなくても劇とかやるんだねー色々あるしー」
呟きながらリアルブルーで書かれる物語に目を通していく。
「れんあい、かあ。まだよくわかんないなー」
何気なく手に取った台本は秘めた淡い恋心──なお少年同士──がテーマとなっているもので、その感覚は、彼女にはよく分からないものだった。
「配役が男の人なんだー……僕の声だと役に合わないと思うし」
言いながら、彼女は誰かに読んでみてもらおうと、この稽古場にやってきたのだ。
そうして、彼女は透を呼んでから。
「えーと、チィおにーさんと恋仲誤解のエイギョウカツドウはがんばってる? くわしく知らないけど、がんばってー」
軽い調子で、そう言って。
──透の表情が消えた。
「なあ。俺たちの……俺の言動は、そこまで、友情と言うにはおかしく見えるものなんだろうか」
透は、大きく大きく息を吸って、深く吐き出した。
「……普通に友人と接してるつもりなのを、【営業】のための【演出】と思われるのは、流石に心外だよ──役者としても」
理不尽なこと言ってるだろうか。ここまでその辺は流してきたのに、今更、と。
「あの、悪気は無かっ……」
「──だからだよ!」
勝手な妄想と、あくまで実態とは別軸の話として捉えてくれてるなら別に良かった。だが前回といい、完全に現実と混同してそうした誤解や見解を生む程のものなのか。匙加減を間違えたせいで、友情すら制限することになるとは考えたくないと、怒りよりも先に落ち込んだ。
「……ああうん。妙な空気にして悪かった。頭冷やしてくる」
やがて透は全体に向けてそう言うと、踵を返す。入口を開けようとして……。
その前に、新たに入ってきた者が居る。施設を回っていた遥華と、真夕と……それから、鈴。
「──大伴さん?」
不意に現れた、少し久しぶりな気がする顔に、透は思わずその名を呼んでいた。
鈴の心臓が一度、ドクンと跳ねて、血液が顔に向かって上昇していく心地がして……そして、すぐに下がっていった。彼の声と、表情に。
「君も来たのか──けどごめん。今俺は余裕がないから……それじゃ」
透はそう言うと、返事も待たずに彼女とすれ違っていく。
……少し前の彼女なら。
何かあったのか、話してみろよ、と、追いかけただろうか。
動けなかった。今二人きりで何かを話して──自覚してしまうのが、怖いから。
……薄々感じている。年の差などから、自分は恋愛対象になれないだろうと。
だから観劇のときは、理由をつけて芽生えかけた想いから逃げ出して。
──でも、だから動けない。今はまだ想いを認めて振られる勇気が持てずにいた。
●
ハンスと智里は、一通り回ってきた中橋と棚田が合流したところを見計らって、二人に話しかけていた。
劇の時の手伝いとして、ここの業務にかかわらせてほしい、と。
「リアルブルーでの周知は、こちらで伊佐美さん名義のSNSなり事務所のホームページなりでアンケートをとっても十分進みそうな気がします。劇の時のスタッフや警備にクリムゾンウェストのハンターへ募集をかけてもらえれば、2つの世界の心理的な距離も近づくんじゃないかと思います」
そう、智里は、己がここで働く意義を語る。
「リアルブルーで受ける物はリアルブルーの知識の下敷きがあってこそです。知識の前提が違う以上、リアルブルーから見たクリムゾンウェストというファンタジーを展開する時だけ、クリムゾンウエストのハンターを裏方のスタッフに呼べば充分話題は攫えると思いますが? 歌劇場で見せるような題目や客層を狙ったわけでもないでしょう?」
ハンスがそう続けると、中橋が穏やかに頷いた。そして。
「実際の所、クリムゾンウェスト側に居られる人、で、アイドルではない形の協力者は必要だと思っています。管理などの面でも」
舞台の立つのではなく裏方として働きたいという形でも拒否はしない姿勢を彼らは示してくれた。その上で、彼らの目的を察した棚田は、警備などではなくもっと直接舞台に関わる形、小道具係や人力の舞台装置などを手伝うなら、スタッフとしてサイトやパンフに名前を乗せる場合もある、と説明する──ちなみにこれは、アイドル以外の形もあるかと聞いてきた鈴にも言った。
「まあ、そうしたバイトからこちらの世界に嵌まって役者を目指すようになる方も、居ますしね」
中橋が最後、冗談めかして言うと、ハンスと智里は顔を見合わせた。
「流浪のエクラ教シスター、ここに見参なのですよー」
シレークス(ka0752)はそう高らかに言い放ちながら、棚田と中橋の元に現れた。
「エクラ教の源流は、もともとは此方にあったとも聞くのですよ。ならば、此方にもエクラ教を広める好気と受け取りやがりました」
澱みなく言い放って、彼女は目をきらーんと輝かせる。
「というわけで、そこの二人、ちょいとわたくしに協力しやがれ? 大丈夫大丈夫。遠慮することはねぇです、いやぁ、絶好の機会をえやがりました。さぁさぁ、わたくしがエクラの偉大さを語って聞かせてあげますですよ」
そう言って彼女はまずそのエクラ教について暫く語り聞かせる。
「あ。何ならわたくし、文字通り一肌脱ぎますですよ? グラビアってやつなのです。わたくしは詳しいのです。ほれほれ、ちょっと隣で詳しい話を聞かせやがれ?」
彼女は『にっこりと』笑みを浮かべていた──逃さねぇですよ? 絶対に布教に協力して頂きやがりますですから、と意図を込めて。
それに対し──
「……貴女というキャラクターが受け入れられて、そこからファンが自発的に興味を持つという形だったら、OKだと思います。実際、鮮烈なキャラクターを持っているというのは強みです。嵌まる人は離さない魅力がある。それが、作ったものでなく素であるなら、無理なく長く愛されることもできる」
穏やかだが冷静に、中橋が答えた。
……まあ、彼らも立場が立場だ。『ビジネス』の話に笑顔で威圧されたところで狼狽えて一方的な話を呑んだりはしない。
「要するに、やるならうちとしてはそのエクラ教云々はあくまで『そういうキャラ付け』として推して行くってことね。宗教本体と事務所の直接的な関りは、問い合わせがあれば否定させてもらうことになる」
そうして、よりはっきりと、棚田がきっぱり言った。
「今貴女に説明すべきことは以上でしょうか。その上で、我々をパートナーとして考えるつもりがあるのか、もう一度ご検討ください」
Gacruxはその後も適当に事務所内を歩いていて、二人に遭遇した。
「俺は……ええと、付き添いですよ」
若干口ごもりながらGacruxが答えると、中橋は微笑する。
「どうぞ遠慮せずに。興味本位の見学でもご自由にとは言いましたからね。ただ……」
中橋はじっと彼の姿を眺めた。
「折角ですから、何かやってみる気はありませんか。例えばそう……」
「モデル……?」
首をかしげるGacruxに、中橋は簡単に説明をする。
「要するに、リアルブルーの服を着てインスタバエを撮るということでしょうか……?」
リアルブルーのファッションに興味はある、という様子の彼の、お試し撮影会はこうして決行されたのだった。
用意されたビッグシルエットのシャツを着終えると、最初に彼がとったポーズは見事に棒立ちだった。
指導が入る。……本来、モデル立ちというのも結構な筋力とバランス感覚がいるが、やはりハンター故の適正でこなして見せる。
何十回もフラッシュを浴びることに仰天しながらも、そうして選び出された一枚は、綺麗でかつ、彼の持つ雰囲気をうまく生かしたアンニュイな写真だった。
「如何でしょうか?」
「……考えておきます」
そうして彼は、名刺を受け取って帰ることになったのだった。
「……あ」
トラウィスと深守の二人が、中橋の姿を見つけると声をかけてくる。
「これから劇場を観に行くんですけど、観ながら食べても大丈夫ですか?」
そう言いながら彼らは、深守が買ってきたというプリンを示してみせる。
所謂女性の胸部を模したそれ、なのはまあ、突っ込むまい。異世界人には余程珍しいのかもしれないし。
「そうですね……残念ながら、こちらの世界においてほとんどの劇場やライブでは会場での飲食は禁止です」
ですので今回はそれに倣いましょうか、と中橋は告げた。汚さないつもりだけど、とは言うが、そういう問題だけでもない。
二人は、大人しくそれに従い、事務所内のテーブルがあるスペースで食べてから向かう事にした。
「どんなプリンなんだろう」
淡々と言って深守は情緒もなくぺりっと開けた。
「カラメルが別なんだ、へー」
物が物だというのに真っ先にその感想というのも何かずれている。
「……ごく普通のプリンだね」
深守が言うと、トラウィスが頷く。
「見た目は女性の乳房に酷似しておりますが、味と成分は普通の生菓子であると判断します。女性の乳房に似せる必要はどこにあるのでしょう」
まさか女性の乳房は生菓子と同等の成分及び味をしているという仮説が成り立つのではないでしょうか……と語るトラウィスの顔は、いつものあまり感情の見えないもの、故に本気にも見えた。
そうして、食べ終えて二人は、地下にあるという劇場へと向かっていく──
「結局アイドルって何する人なの?」
アリア(ka2394)の問いは、シンプルに本質を求めるものだった。
「クリムゾンウェストでもアイドルって言って歌ってる人を見たことある。ただ歌ってるだけにも見えるんだけど、それでみんなが喜んだり盛り上がってたりしたからそれが気になるかな」
やりたいのか。出来るのか。揺れるその瞳に、示すべきもの。
中橋はただニコリと微笑んで、いつしか皆が自然に向かいつつある劇場、その扉の向こうへ、彼女を導くように恭しく開いた。
●
初めにステージに立ったのは。
怜皇の主導の元、揃いの衣装に着替えた星輝とウィスカだった。
巫女という二人の雰囲気に合わせ、幻想的な曲調の歌を選び、鮮やかに衣装を翻しながら舞い踊り、歌う。
星輝が壁と天井を伝い歩くという、上下のシンメトリを描きながらすれ違うという演出はハンターにしかできないものだろう。
……歌のスキルを使っての癒しや感情を表現するやり方は、実際のステージでは届く範囲がごく一部に限られるという問題が指摘されたが。
場内が拍手に包まれると、次に遥華がギターを手に前へと進み出た。
前の二人が残した余韻を引き継ぐように、まずは向こうの世界でも披露したことのあるバラードナンバーを。優しく弾かれる響き、想いを込めた歌声が海上にさざ波を起こし、そして引いていく。
静かにフェードアウトしていく曲に、場内は一度静寂を迎える。そこで溜めてからの──目の覚めるようなロック!
慣れぬ旋律に目を回すも、それでも彼女が歌いきるまで、目を離せるものは独りも居なかった。
歓喜の方向に盛り上がってきた場内に飛び込んでいくのはミアだ。
魅せるのは玉乗りしながらのリンゴのジャグリングだ。時折むしゃりと齧って見せて、バランスの変わるそれを最後まで器用に操って見せる。
玉をころころ転がして、左右に動い、目まぐるしさすら覚えるほどに!
……そんなミアが、最後に取り出したのはオカリナ。先ほどまで賑やかに動いていた彼女の笛から奏でられる旋律は……空気を優しく響かせる物だった。
──貰ったばかりの、大切なオカリナ。たくさんたくさん磨いて、多くの人の心を響かせるような音色を奏でられるようになりたい。
先ほどまで、目で彼女の動きを楽しんでいた観客の中に、いつしか、目を閉じて全力で耳を傾けている者が居た。
目で愉しませる曲芸と、耳で楽しませるオカリナ。その二つが、彼女の舞台だった。
小鳥も、せっかくだからと劇場の舞台に立つ。決して大きくは無くて、観客も今日は少ない。クリムゾンウェストの舞台と比べて圧倒されるようなものではないけど。スポットライトの熱。スピーカーから流れる音。やっぱり彼女の知るものとは違う、これがリアルブルーの舞台。そこで。
小鳥はやっぱり、元気に歌い、激しく踊る。自分がやりたい、楽しみたいことを、目一杯。
「──大道芸ならばリゼリオで時折見かけますが、こういったステージに立つものは初めて見ます」
トラウィスが、やはり、感情の読みにくい静かな声音、変わらぬ表情で、言った。視線はずっと、ステージの上、そこから動かずに。
客席の、薄暗がりに見える、その顔に。
「今日も楽しかったね」
深守は、穏やかにそう言った。
●
──結局アイドルって何する人なの?
己の問いを、アリアは再び振り返る。
「……こっちには戦いが続いて辛そうにしてる人もいっぱいいる。そういう人を笑顔にできるのかな? アイドルさんは」
呟きに答えるものは居ない。ただ、皆が去った後のステージを見続ける彼女に在るものが全てだ。
「私も歌うのは好き。いつか紅の世界で観たアイドルさんみたいに──」
今観た皆みたいに──
「気持ちよく、楽しく歌えるならやってみたい」
それぞれ感じたもの、得たもの。期待と不安を胸に……次のステージの道は、整えられるのだった。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/05/16 22:06:19 |