聖導士学校――土の下の憤怒

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/05/27 07:30
完成日
2018/05/31 22:20

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 曳光弾が地面と水平に飛び、何かに当たって水っぽい音をたてる。
 発射元は2両の魔導トラック。
 弾幕を張り続けているので銃身が危険なほど熱を持っていた。
「ルル農業法人代表以下8名到着した。指示を」
 元王国騎士や元聖堂戦士である男達が押っ取り刀で駆けつけた。
「ここで防戦だ。来るぞ!」
「何?」
 しかし彼等は現役を離れて数年たっている。
 連日の農作業と良質な食事により体力は維持しているものの、戦場における勘は鈍っている。
 曳光弾がある一点で消えている。
 夜の闇よりも黒々とした負のマテリアルの塊が、曳光弾とそれに数倍する数の銃弾を受け止めていた。
 マテリアルが広がる。
 全高10メートル幅20メートルに迫る巨大な鳥型だ。
 瞳のない眼窩から、地獄を思わせる炎が噴き出していた。

●オフィス
「第一報届きました」
「王国の開拓地からですか。私にも見せて下さい」
 殴り書きじみた報告書に職員が群がる。
「大型歪虚と交戦中……今月3体目っ」
「グラズヘイム王国ってこんなに危険地帯でしたっけ?」
 学生のように騒ぐ職員達だが、転移装置や物資の手配の手際は非常に良い。
「この規模なら大規模作戦にする必要はありませんね」
「歪虚の発生源まで潰すなら25人欲しくないか?」
 ああでもないこうでもないと議論が続く。
「問題は依頼の期間です。歪虚汚染地帯が広すぎるんですよ」
「地図見せろ。……最悪の場合百平方キロ以上汚染されてないかこれ」
 ハンターが安全地帯を広げたとはいえ、浄化が行き届かない土地もそもそも調査が進んでいない土地もある。
「第二報です」
 次に届いたのは厚めの封書であった。
 かなり豪華で金回りの良さが感じられる。
「撃退成功か」
「討伐ではなく?」
「そんなに驚くことか? 大型歪虚が知性を持つのも、己の滅びを厭うのも珍しいことじゃない」
「いえそうではなくて」
 職員の1人が、報告書の署名を指差した。
 聖堂教会司祭イコニア・カーナボン。
 膨大な信徒数を誇る宗教組織の、特に好戦的で血なまぐさい派閥の幹部である。
「誰?」
「怪我人大量発生の際にヒール使いを派遣してくれる人っていうか窓口です」
「いわゆる狂信者?」
「それ問題発言ですよ」
 狂信者であることを否定する者はいない。
 聖堂教会は異種族や異世界に対しては緩い傾向があるが歪虚に対しては強硬だ。
 心からの笑顔で歪虚にメイスを振り下ろせるのが、比較的穏和な聖堂戦士の一例である。
「うーん、なら大規模も25人もなしか。ハンターズソサエティーが手を貸しすぎたらへそを曲げるかもしれん」
「聖堂戦士団の部隊を傘下におさめたって話もありますし……」
「へぇ、こんな土地に聖導士の養成校があるのか」
 資料をめくっていた職員が目を瞬かせる。
 資料の厚みは凄まじい。まるで何十回も依頼が行われたかのようだ。
「ほうほう、ハンターがそんなことまで……え? うん?」
 職員の表情が感心、困惑、呆れ、半信半疑へ切り替わる。
「士官学校?」
「2年制ですし強いて言えば幼年学校ですね。うわ医学部までつくってる。こっちは4年制か」
「開拓は農業法人が担当かー。へー、農業法人、ゴーレムを使った機械化ねー」
 よくぞここまでしたと言う者もいれば、誰がここまでしろ言ったと頭を抱える者もいる。
 基本的に保守的なグラズヘイム王国では間違いなく後者の方が多い。
「人類に友好的な精霊までいるのか」
 基本的に友好的なだけで、弱いのに好き勝手動くし食い物につられてなんでもしかねないしで非常に面倒そうだ。
「しかもちょっと掘ったらウン百年前の種族間の揉め事の証拠が出てくる可能性大で、それ由来の歪虚が大量発生中?」
 発掘調査の専門家チームへの紹介状と、そのための費用らしい高額小切手が資料に添えられている。
「ハンターに詳しく事情説明しておかないと恨まれそうだな」
 依頼票の文面を考えるのに、職員数人の残業が必要だったらしい。

●司祭
「次は私も戦わせてください」
「監査役か校長が倒れたら学校が空中分解するんで大人しくしてください。いいですね?」
 イコニアの戦闘参加願いは一瞬で却下された。
「でも」
「危ないんで東と南には行かないでくださいね。南は丘までなら大丈夫そうですが」
 護衛兼戦闘教官である覚醒者が宿舎へ向かう。
 かなり強いはずだが、連日の激務で疲れがたまり欠伸を連発していた。
 イコニアは肩を落として北へ向かう。
 医療課程の実習場でもある植物園で、疲れた心を癒やすつもりだ。
「え?」
 緑が多い。
 先週見たときには可愛らしい苗が並んでいた場所に、2メートルほどもある木々がみっちりと詰まっている。
 唐突に神々しい光が空に浮かぶ。
 やり遂げた表情の地域密着型精霊が、光の中に薄れて消えていくところだった。
「ルル様ー。新作の乾パン焼き上がったんで試食どうですかー?」
 農業法人の女性社員の声が聞こえた。
 丘精霊ルルはハッと目を開き、先程までの尊さを感じさせない顔で農業法人の建物へ飛んでいく。
 イコニアは精霊が育てたらしい木に歩み寄り、そっと指で触れてみる。
 疲れが薄れ体の奥まで浄化されるようだ。
 歪虚汚染に関わる土地へ植え替えれば、大きな変化が起きるかもしれない。

●学校間交流
 他校生が朝飯を逆流させて演習場で倒れた。
 この学校の日常訓練に全くついていけていないのだ。
 ついていけていないのはここの生徒も同じで、他校でまともな祈りができずに針のむしろ状態だった。

●4体目
 荒野に黒い染みが広がり、徐々に盛り上がり形を為していく。
 人間の頭よりも大きな鳥頭が、憎悪の視線を北西へ向けていた。

●地図
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あ平平開開農川荒荒□ □=未探索地域。縦2km横2km
い荒平平学薬川川川川 平=平地。低木や放棄された畑があります。かなり安全
う荒平畑畑畑畑荒荒平 学=平地。学校が建っています。工事中。緑豊か。北に向かって街道有
え平平平平平平荒荒墓 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お平荒荒荒果果未荒□ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫、パン生産設備有
か荒荒荒荒荒丘未荒□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き荒荒荒荒湿湿荒□□ 開=平地。開拓が進んでいます
く□□荒荒荒※荒□□ 果=緩い丘陵。果樹園。柑橘系。休憩所有
け□□□荒荒荒荒□□ 丘=平地。丘有り。精霊在住
こ□□□□□荒□□□ 湿=湿った盆地。安全。精霊の遊び場
さ□□□□□?□□□ 川=平地。川があります。水量は並
し□□□□□□□□□ 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
           未=浄化済で利用されていない土地
 ?=荒野。岩?が多い
 墓=平地。長い間放置された墓があります
 ※=平地。浄化済。隣接する平地も少し浄化されていますが、放置すると元に戻ります

●依頼票
 臨時教師または歪虚討伐
 またはそれに関連する何か

リプレイ本文

 フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)へ炎が熱を与えた。
 白い肌を暖い色で照らされている。
 それでも隠せないほど、酷く疲れて擦り切れた気配がある。
 風が吹く。
 燃え尽きた紙が千々に砕かれ、未だ安全が確保されていない荒野に消えていった。

●丘精霊ルルの一日
 最後に浮かんだ笑みは透明過ぎて、胸の奥をかきむしられるような痛みをもたらす。
「ルルしゃーん!」
 北谷王子 朝騎(ka5818)が伸ばした手は何も掴めない。
 一瞬前まで小さな精霊がいた場所には、お菓子の包装紙が1つ転がっていた。
 灰色の髪が危険な感じで揺れる。
 主を下ろした直後のワイバーンが、傷だらけの体全体を使って困惑の感情を表現していた。
「恥ずかしながら、戻ってきました」
 フィーナの首が痛い。
 精霊が抱きついている。
 実体もあり人間並みに重いので、見た目以上の結構なダメージがあった。
「ルル」
 過酷な試練を経て心身は消耗。
 黒々とした気配が骨どころか魂にしみついている自覚がある。
 なのに丘精霊ルルは気にしないとうよりそもそも気づかずフィーナの全身を触っていく。
 物理的にもマテリアル的にも熱を持った小さな手が彼女を温める。
 厳しい表情が、少しだけ柔らかくなっていた。
「まったく」
 ポケットから重みが1つ消えた。
 精霊は満面の笑みを浮かべ饅頭を両手で掲げ、そのままバランスを崩してころりんと地面へ落下を始める。
 フィーナが右腕を掴んで落下速度を落とす。
 けれどこのままでは腰を強打してしまいそうだ。
「わーっ!?」
 朝騎が悲鳴をあげて抱きつき、己をクッションにして精霊の安全を確保する。
 腕の中のルルは、非覚醒者の子供よりずっと脆く感じられた。
「力の使い過ぎ。さっきも短距離転移で無駄に力を使ったでしょ」
 餡まみれの桜色の唇をつつくと、遊びだと勘違いした精霊がフィーナの指を甘噛みしようとして失敗した。
「このままでは危険でちゅ。朝騎のマテリアルを直接ルルしゃんに分け与えられればいいでちゅけど」
 朝騎は真剣だ。
 普段ルルと一緒になって騒ぐ彼女は、符術師としては高位であるし聖導士の技の習得している。
 だから、ヒールは治癒術ではあるがジャンルが違うことも理解できてしまう。
「朝騎があのヒーローなら顔を食べさせてあげられまちゅのに……食べさせる?」
 覚醒者基準でも高性能の頭脳が全力稼働。
 哲学、法学、工学、機導術、符術を高速で検証した末に肌色多めの画像にヒントを見いだした。
「そうでちゅ。おっぱいでちゅ」
 近くで水やりをしていた生徒があんぐりと口を開ける。
「お母さんは子供におっぱいからミルクを飲ませてエネルギー供給してまちゅ。人類が誕生してからずっとその方法で生命を育んでまちゅ」
 変なスイッチが入ったようで表情が聖女っぽい。
「いえ、人だけじゃないでちゅ。犬も猫も牛もそれでやってまちゅ。つまりおっぱいは生命を育む神秘の力を有していまちゅ」
 ぽろりんと脱ぐ様に色気は皆無だ。
 マテリアルの光で要所も隠れている。色気ではなく喜劇の気配がひたすら濃い。
「ルルしゃん、朝騎のおっぱ……」
 黙っていれば美少女、一瞬でも口を開けばネタ行動の口が閉じられ、顔が真っ赤に染まった。
「って朝騎、何やってるでちゅか!?」
 目がぐるぐるしている。
 精霊は朝騎の胸をまくらにうとうとしている。
「一旦冷静になるでちゅよ。霊の力の源はマテリアル……それを回復するには地域を汚染してる歪虚を殲滅して浄化、は時間が掛かり過ぎまちゅから人の心、信心を集めて力を回復でちゅかね」
 絹製の何かをにぎにぎしながら、必死に解決策を探っていた。
「初めまして、ルルさん。これから来られる機会が増えると嬉しいな」
 メイム(ka2290)が大皿を1枚差し出した。
 小さな鼻を可愛らしく動かし、しょぼしょぼしながらまぶたを上げ、メイムのエルフ耳に気付く。
 丘精霊ルルは挨拶しようとするが、力が入らず身じろぎすることしかできない。
「そして貴女は英霊だったりしない? アメンスィ傘下の見知った精霊とずいぶん違った感じがするけどー」
 メイムは反応を探る目的で、少しだけ踏み込んだつもりだった。

 ちがうよー
 ちがわないよー
 分類の仕方によるよー
 お腹減った
 だいたいコピー元のせい
 あんなのコピー元じゃないやい
 今はソナしゃんとパンツしゃんの影響がつよいよ

 映像と音声複数が分離可能な形で混ぜ合わされて直接メイムの脳に撃ち込まれる。
 常人なら回復不能になってもおかしくない情報量であり、メイムも無意識に奥歯を噛んでいた。
「ちょっと朝騎さん! それ私のパンッ」
 後ろでキャットファイトが始まっているが全員見て見ぬ振りをしていた。
「ここをこうしてー、はい」
 メイムが、おにぎり草「まめし」の鞘を先割れスプーンで切ってからそのスプーンも渡す。
 精霊は意外に上品な所作で豆を切り分け味わっている。
「うん?」
 メイムには、物としての料理以外も食しているように感じられた。
「お茶するならこれ使う-?」
 メイムがフィーナを呼び止める。
 刻令ゴーレムのーむたんが高速で手を動かして本格的な調理場を完成させる。

 すごーい!
 かっこいー!

 内容は単純なのに量だけはひたすら多い声がメイムの脳を揺らす。
 のーむたんは主の特異な危機に気付けず、得意気に胸を張っていた。

●課外授業
「エステル様ー!」
 生徒とあまり変わらない歳の聖導士が、魔導トラックの窓から手を出して勢いよく振った。
 1両2両ではない。4両だ。
 雨除けのシートの下から、射程を重視した騎銃が1つずつ覗いていた。
 エステル(ka5826)は出迎え用の笑みを浮かべたまま、己の横にいる聖堂教会司祭をじっと見つめる。
「お金のほうは、先日私ちょっと頑張ったと思うので、大丈夫かなと思ったのですがこの数はどうでしょう?」
「仕方が無いんです。私の世代の司祭2人目だって皆さんはしゃいじゃって」
 皆さんとは、聖堂教会過激派とも世俗派とも言われる派閥の幹部達だ。
 王国貴族出身で戦闘経験豊富で資金調達能力まで証明したエステルは、スカウトの対象になっていた。
「私が今ハンターを止めて聖堂教会入りしたら、ソサエティーと教会で揉めるでしょう」
「それが分からない人が多いから私が抜擢されてるんです。私、昔から前線志望なんですよ? すみませんが直接言ってきたら適当にあしらってください」
 げっそりした顔で言う少女司祭もまた、その派閥の幹部だった。
「受け取りお願いします」
「先生お久しぶりです、この書類お願いします!」
 子供達、否、若き聖導士達が車から降り折り目正しい礼をする。
 エステルもイコニアも、先程までの会話がなかったように受け取りを済ませ後輩を労るのだった。
「よーし一般教養の時間だー」
 宵待 サクラ(ka5561)が教壇に立つ。
 集められた1年生の中には荒っぽい者も多いが、既に格付けは済んでいるのでサクラに逆らう者はいない。
「エクラの聖導士は大雑把に言うと2種類あって。人の心を守るのは街の司祭様や大司教様、身体を守るのは聖堂戦士団や聖堂騎士団長になる」
 窓から見える演習場では、2年生が運転するトラックが1年生を乗せて走っている。
 視点が高く、高価な馬ほどに速い。
 乗馬のときほど注意することもないので、娯楽としても楽しめ先程から歓声が止まらない。
「ちゃんと聞いて理解しないとおやつ抜きだよー、いいのかなー」
 笑顔のサクラは事実しか口にしない。
 1年生の大部分が授業に意識を集中、残る少数も少なくともトラックには目を向けなくなる。
「よろしい。大事な人のお葬式で聖句も唱えられない司祭に大金踏んだくられたらそれが墓所を使うための費用だと思っても腹が立つよね。聖堂戦士団が守るべき人々より先に歪虚や野盗から逃げ出したらその人たちは死ぬかもしれない」
 極端な例であり、現実に存在する例でもある。
「そうならないよう、学校では聖句を教えるのに力を入れたり戦闘方法を教えるのに力を入れたりする」
 ただ唱えるだけではなく思想教育を含まれている。
「因みに小さな村の司祭様は本当は聖句も戦闘も両方必要だね。だから、他校生徒が居なくなる前に、聖句の話を聞いてみるといい。そして聖句をもっと知りたければ知りたい仲間で集まって聞きにおいで」
 授業の終了を告げる。
 今回に限らず授業の内容は濃く回数も多く、どの生徒も頭が疲れていた。
「困ったことがあったらどんな小さなことでも溜め込まない。仲間や先生やハンターや先輩や誰かに相談するように。1人だけどんどん辛くなって潰れたり大怪我したりするからね」
 特に疲れている生徒に声をかけ、サクラは学校の奥へ歩いて行った。
「で、聖句だけど」
「エクラ万歳?」
「聖歌隊の曲が評判いいですよ」
 高度な教育を受けた聖職者2名の答えがこれである。
 エクラ教徒の慰撫や教育が目的の場合、相手に伝わるかどうかが重要なため陳腐に響く句が選ばれ易いのだ。
「1年生もついていけています?」
「どちらかといえば2年生の方がまずいと思う。これまで儀式の手順は教えても祈りはおざなりだった訳だし」
 サクラがイコニアをちらりと見る。
「形から入って精神を身につけるという形もあると思うのです」
 サクラとエステルが溜息をついた。
「イコニアさんも校長先生も一般的な聖堂教会聖職者ではないですからね。歪虚を殺すのが最高の功徳というのは一般的には極論ですよ」
「え」
 裏切られたの!? という目でイコニアが見てくる。
「極論、でいいんだよね」
「生徒が聖職者としてしか生きないならそれでもいいのでしょうが」
 家族を持つ者もいるし、教会の外で人生を送る者も出てくるはずだ。そのつもりがなくても戦傷でそうなる者も絶対にいる。
「それに、ルル様のお力が信仰心に少しでも左右されるものならば、常にそばにいる学生たちが効率よく信仰心を捧げられれば少しでもお力が安定するでしょうし」
 至極もっともな意見である。
 そして、エステルの狙いは他にもある。
 出てきた敵を打ち倒す力は重要、そもそもその敵を発生させないというのも重要だ。
 歪虚発生から聖堂戦士団やハンターが駆け付けるまでに、どうしても犠牲を覚悟しなければならない場合もある。
 この学校の流儀に染まっていない他校生がいる間に発生させない重要性を教え込みたいし、何より。
「マティ助祭、ブレーキ役をお願いしますね」
 過激派2名をある程度抑えないと、この学校自体が生徒と社会に害を与える存在になりかねない。
 重大任務を与えられ震える十代前半を残し、エステルはユグディラを連れ午後の演習指導へ向かった。

●浄化の木
 瑞瑞しい木々が風に揺れている。
 生きた状態でこの場から切り離し、浄化が完全ではない土地に植え替える。
 非常に難易度の高い作業であり、刻令ゴーレムでは繊細さが足りなかった。
「予想より大き過ぎます。いつかの麦を思わせますね」
 しゃがんでいたソナ(ka1352)が体を起こす。
 借り物の麦わら帽子がふらりと揺れ、わらの良い顔がソナの鼻をくすぐった。
「こ、腰が」
「すみません、根と一緒に詰める土はこれでいいですか?」
 農業法人の技術者が己の腰を押さえ、女性社員が慣れた様子で植樹の準備を進める。
 技術者はもちろん、女性社員も安い給料では雇えない人材だ。
「生徒に任せられる作業はありますか?」
 農業技術者が言葉に詰まる。
「いえ、その、祝福された木のことですよね? ちょっと私には手に余るというか」
 単に純朴な人間なら精霊をありがたがるだけかもしれない。
 高度な教育を受け社会で汚いものも見てきた人間には、底の見えない落とし穴に見えることすらある。
「責任は私と……イコニアさんがとりますので」
 技術者は何度も念押ししてからようやく説明してくれた。
「水やりくらい、ですか?」
「2年生でも農業は素人です。本物の精霊が関わった木を枯らせません。元の品種と性質が違う可能性もありますから、いっそ私が全部面倒を見た方が」
 女性社員2人が全力の咳払い。
 技術者ははっと気付いて発言を撤回する。
「重大な案件ですので社長に話を通して下さいお願いします。挿し木で増やせるかどうか挑戦するのも、リスクが」
 生活がかかっているので、ハンターほどの挑戦はできない社員達であった。
 好奇心に赴くままにあっちに行ってこっちに来てを繰り返す精霊に、フィーナがネックレスをかける。
 転移したら落としてしまうのに気付き、丘精霊ルルは移動を諦め小さな椅子に腰掛けた。
 フィーナは紅茶を入れてやり、両手でちまちま啜るルルを眺めながら自分の分の茶を淹れる。
 薄い琥珀色の表面から上品な薄い香りが立ち上がり、豊かな緑の香りと渾然一体となる。
「残念だけど、助けられなかった。」
 無意識に、口から言葉がこぼれていた。
 心臓ではないどこかが微かに痛む。
 ルルが心配そうにフィーナを見上げ、自分用のカップを両手で持ったままフィーナの太股に上に腰を下ろす。
 己に負のマテリアルの残り香あるのではないか。
 そう思考した直後に、ルルが横をイコニアを指さす。
 朝騎と威嚇し合っている。
 強弱はともかく負の感情で動いているので、イコニアの気配は負の割合が2割を超えている気がした。
「ルル様、がんばりましたね」
 ソナの言葉ではなく暖かな気配に精霊が反応する。
 ぽわぽわ滲み出る気配がフィーナの身も心も清めていく。
「木のお世話の時間を決めて、それ以外は他の事を……疲れないことをしましょう」
 イコニアが言えばダメージ0の蹴りを入れられてから逃げられる台詞だ。
 散々世話になったソナに反発はしない。
 元気にうなずきカップが揺れて、熱い茶が顔にかかって音にならない悲鳴をあげていた。

●植林の難易度
「のーむたん、Cモード・ウォール! 対象の進行を阻め」
 ゴーレムが資材を取り出した。
 匠の技で石を並べて土を盛り、貴重な木を頑丈な壁で囲う。
 北と南から駆けてきたスケルトン計2体が、行動を変更出ずに頭蓋骨を思い切り打ち付けた。
 数個の骨が宙を舞う。
 主と一緒に1つずつ仕留めれば完全勝利と思考したタイミングで、遠ざかる馬蹄の音に気付く。
「がんばれー」
 メイムが目指すのは100メートル西にある別の木だ。
 目無しの鳥歪虚が低空飛行で大回りして、正のマテリアルに満ちた葉を食いちぎろうとしている。
 メイムはのーむたんが撒いた水でしっとりした土を踏み越え、葉だけでなく枝を引きちぎる直前の歪虚へ銃弾を撃ち込む。
 飛び抜けた大威力という訳でもないのに、目無し鳥全体が粉々になって地面に飛び散った。
「大型避けになるのはいいんだけどねー」
 1本植えただけでも大型の鳥歪虚は近づかなくなる。
 だが他の歪虚は違う。
 植える前に10メートル四方を徹底浄化したのでいきなり至近距離に現れたりはしない。
 が、ただのスケルトンや飛行能力だけが取り柄の鳥型歪虚が遠くから襲撃をかけてくる。
 汚染の強度は低くても負マテリアルの量はたっぷりな感触だ。
「もっと、みんな協力しあえば成果でるだろうけどねー」
 戦闘教官までこなせる熟練覚醒者もいるし、王国騎士まで務めた元精鋭までいる。
 全員が協力すれば大規模な歪虚掃討も可能ではあるのだが、それぞれ仕事と生活があるので協力も限定的にしかできない。
「次は50メートル間隔でー」
 イコニアも労働力としてこき使い、東へ浄化の道を延ばしていく。
 木と木の距離を縮めると雑魚歪虚にも効くようになる。
 結局、予想よりも短い間隔で植えるしかなく、思ったより工事は進まなかった。

●高い壁
 逞しいイェジドが、困り顔でイツキ・ウィオラス(ka6512)に助けを求めた。
「もふもふー」
 作業着姿の司祭が背中にしがみついている。
 尻尾にしがみついているのは、安静が必要のはずの丘精霊だ。
 前回見たときと比べて外見年齢が下がり、4歳歳児くらいに見える。
「イコニアさん次の便が来ましたよ。ルル様は丘に戻らないならトラックで学校か植物園に」
 妙に似た雰囲気のある1人と1柱の面倒を見ながら、トラックで運び込まれる苗木をソナが手際よく置いていく。
「がんばってください」
「ふぁい、がんばりまふ」
 イツキが差し入れを渡すと、生まれ的にも立場的にも許されない食べ方をして作業を再開するイコニアであった。
 その南方数キロの地点で、暴力の気配を漂わせる鎧が足を止めた。
 痩せぎすのイェジドが地面に伏せるような姿勢で集中している。
 五感を使って歪虚の居場所を探っているのだ。
 敵襲への警戒を継続しつつ、カイン・A・A・マッコール(ka5336)が思考の一部を回想に裂く。
 北にある聖導士養成校は騒がしかった。
 マスコミ……ヘルメス情報局あたりが否定的に報道すれば王国全土からバッシングを受けかねない授業内容だ。
 常時微かに血の臭いが漂うのは、カインも……少なくとも数ヶ月前のカインなら戸惑うほどに異常だ。
「しっかり探せよー、見つけたら後でうまいもん食わせてやるからな」
 イェジドが視線を向けすらしない。
 ただ、毛が伸び放題の尻尾が数秒だけ機嫌よさげに揺れた。
「うん」
 一度だけ振り返る。
 司祭が気づい手を振ってきたので振り返し、無意識領域の混乱に気づく。
「僕としては来づらいだろうけど」
 気配を感じた瞬間、少女司祭の姿が脳裏から消える。
「俺としては関係ないし」
 兜の下の口角が吊り上がる。
 イェジドも異常に気づいて足に力を溜める。
 分厚く禍々しい鎧の隙間から、炎の如きオーラが噴き出した。
「ここは面白そうだしなあ」
 全長3メートル越えの刀を抜き、ゆらりと右に動く。
 細く熱いブレスが南東から飛来し直前までカインがいた場所を貫いた。
「行くぞ」
 ワイルドハントと名付けられたイェジドが、獰猛に一声唸ってカインを背中に乗せた。
「エイル。今日も、宜しくね」
 もう1頭の琥珀色の瞳が強く輝き、喉の奥から放たれた咆哮が大気を揺らす。
 40羽近い目無し鳥の動きが乱れ、十数羽が地面に足をこすって速度を落とし、10羽弱が速度を落とせず地面に激突してペースト状になる。
 1体しかいないのに他の歪虚全てより存在のある闇色の鳥が、何もない眼窩をイツキに向けた。
 背筋を異様な感覚が這い上る。
 殺意と狂気が肌を撫で上げる感触が全身から届く。
「貴方も、そう……貴方なりの信念で、動いているだけ」
 イツキは闇鳥から目を離さず、闇鳥以外にも意識を向ける。
 イェジドが斜め後ろへ跳ぶ。
 地面へ不時着した鳥型歪虚がはね飛ばされるもののダメージはない。
「なればこそ、私もそう在りましょう」
 青い穂先の槍全体が、水属性のオーラに覆われる。
 イツキが全身で槍を振るう。
 ネレイデスの銘を持つ槍が7つの棍に別れ、練られた力を一方向に放出。
 地上近くを飛ぶ目無し鳥と地上から飛び立とうとする20羽を、1羽も逃さず元の負マテリアルまで分解した。
「悪いね。美味しいところをもらうよ」
「討てるなら過程は気にしません」
 即座に返ってきた言葉にカインの笑みが濃くなる。
「そっか」
 薄い知性しか持たない鳥型歪虚がカインを狙う。
 CAMを上回るほど大きな歪虚は、カインの種族に気づいてこれまで以上の殺気を剥き出しにする。
「じゃあ」
 もらうよ。
 ただ速く重い刃で薙ぎ払う。
 体の一部でも巻き込まれた鳥型は巻き込まれて砕かれ、闇色の負マテリアルで出来た巨体に深く長い傷が刻まれる。
「気づかれる前に仕留めます」
「誰を……あー、了解」
 大型歪虚の眼窩と口から熱が溢れた。
 広がる熱は被弾時のダメージが痛いだけでなく回避も困難で、カインもダメージを分担しないとイェジドが燃え尽きそうだ。
 イツキはめぼしい目無し鳥隊を潰し終え、闇鳥の死角からイェジドと共に仕掛けた。
「其の悪夢を、断ち切る!」
 イェジドの牙と青光纏う穂先が同じタイミングで闇鳥に突き刺さる。
 膨大な負のマテリアルが大きく揺れて、イツキ主従のはらわたと精神を揺らす。
「退きません!」
 音以外での呼びかけを明確に拒絶する。
 闇鳥は無理矢理イツキに向き直って先程以上のブレスをまき散らす。
 燃えさかる殺意はカインに向けたものより濃い。
 まるで、可愛さ余って憎さ百倍のようだ。
 燃える口の中から斬魔刀の切っ先が姿を見せる。
 カインがイェジドから闇鳥に飛び移り、首筋から口にまで貫通させていた。
 歪虚は、この状態になってもまだ動く。
 己自身を燃料にブレスで燃え上がろうとして、イツキと槍とエイルの牙で心臓にあたる部分を刺し貫かれた。
 負マテリアルに殺意と技術を与えていた核が砕け、巨体を構成していたマテリアルが地面に染みていく。
 イツキが安堵の息を吐く。
 カインはワイルドハントに応急手当をしてから自分の状態を確かめる。
「痛た……これだけなら耐えられるんだろうけど、僕が無茶をしてくれたせいで不健康そのものだな」
 だから、既に深手を追った歪虚にここまでダメージを受けてしまった。
 カインは軽く首を振って思考を切り替え、本格的な休養をとるため学校へ向かった。

●憤怒
「墓参りのつもりだったんだけどなー」
「私が最初に気づかないと駄目だったんです、気にしないで下さい」
 あはは、えへへと笑みを交わすサクラとイコニアに、高位竜並のブレスが撃ち込まれた。
「エクラばりあー!」
 密度だけなら丘精霊を上回る障壁がブレスに立ち塞がる。
 正面から受け止めず避弾経始を考慮した形状だ。
「あーもう畜生、私が後ろで盾になる! 二十四郎は全速撤退ー!」
「頭が残っていたら日常生活出来るレベルまで回復さっ」
 2発目のブレスが障壁を砕き肉を焼く。
「守られてる側が先に力尽きるなー!」
 闇鳥の攻撃を躊躇させる丘精霊が不在で、怨念の対象であるイコニアが前線近くにいて、しかもエルフもいないなら闇鳥は真の全力を発揮する。
 浄化の力を浴びても闇鳥は薄皮一枚削れるだけだ。
 闇のブレスはたっぷりの祝福を浴びた石畳を溶かし覚醒者を傷つける。
 イェジド二十四郎が学校に着いたとき、サクラは気絶しイコニアの呼吸は止まっていた。
 にゃーにゃー鳴いている。
 視界と思考がぐるぐる回って安定せず、己を己として意識できない。
「これなら大丈夫です。皆さん心配をおかけして申し訳ありません」
 イツキがほっと息を吐いて頭を下げると、猫とパルムの群れが病室から去って行った。
「無茶をしないで下さい。はい、お水です」
 水が半分入ったコップがイコニアへ渡される。
 手の平に感じる程よい冷たさを核に、認識が正常へ戻っていく。
「守って守って話し合う。どうしても無理でも領域をを決めて不干渉を貫く……のには、力がいるねぇ」
 イコニアの隣のベッドで、サクラが苦い笑みを浮かべていた。

 地域密着型精霊が、エンジンを付けっぱなしの助手席で目をきらきらさせている。
 カーテレビで繰り返し再生されているのは十数年前のアニメーション。
「音楽お好きですよね。今度」
 する!
 ソナが提案する前に返答が完了する。
 学校も農業法人も反対する訳がないので、大規模な音楽イベントになるのは確実だった。
「イベント?」
 イツキが困惑する。
 イコニアを襲った闇鳥が南に潜み、丘の一部が壊れた状態でやっていいのだろうか。
 ふと気づく。
 精霊の見た目がさらに幼くなっている。
 今は辛うじて3歳児というところで、安定はしているが弱々しい。
 復興する地域とは逆に、精霊への消耗は深刻だった。

依頼結果

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MVP一覧

  • エルフ式療法士
    ソナka1352
  • 聖堂教会司祭
    エステルka5826

重体一覧

  • イコニアの騎士
    宵待 サクラka5561

参加者一覧

  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユキウサギ
    バーニャ(ka1352unit001
    ユニット|幻獣
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ノームタン
    のーむたん(ka2290unit005
    ユニット|ゴーレム
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ワイルドハント
    -Wild Hunt-(ka5336unit002
    ユニット|幻獣
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ハタシロウ
    二十四郎(ka5561unit002
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ミーナ
    ミーナ(ka5826unit001
    ユニット|幻獣
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    エイル
    エイル(ka6512unit001
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    シュヴァルツェ
    Schwarze(ka6617unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
カイン・A・A・カーナボン(ka5336
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/05/27 07:34:05
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/05/24 21:36:06
アイコン 質問卓
北谷王子 朝騎(ka5818
人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2018/05/25 22:13:32