ゲスト
(ka0000)
【黒祀】影は笑い、愚者は踊る
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/12/20 19:00
- 完成日
- 2014/12/27 21:44
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)は人を騙すことに一切の呵責を覚えない。
今も、そうだ。
彼方に見える戦場を、笑みと共に見守っていた。
風下にいる彼の元に焦げ付いた血の香りが届く。剣戟の高き音が届く。苦悶と絶叫が届く。
クラベルが。ヘクスはその名を知らぬがネル・ベルが。ヴィオラ・フルブライト(kz0007)が。ゲイル・グリムゲーテが。そしてゲイルが率いる兵士達が。操られている無辜の民達が。
苛烈なる生命の奪い合いを、繰り広げている。
ヘクスは、賭けたのだった。
そして――。
「エリー。君が来なかった時はどうなるかと思ったけど」
賭けに、勝った。
「行こうか、皆」
●
色深き森。鬱蒼と茂る樹々の間を、一人の女が疾走していた。血の色よりもなお紅い長い髪が、向かい風の鋭さを顕すように揺れている。女は高速で流れていく景色にも目もくれず、眼差しには怒りを滲ませていた。
傷だらけの有り様はまさしく敗残者であり、逃亡者のそれである。
女は追走する者を遥か後方に置き去りにしていることを知っていたが、表情には一切の安堵は無い。
彼女は知っていた。それが、彼女の主が胸に宿す昏い情動だと。
「……っ」
苛立ちを込めて鞭を振るおうとして、やめた。
「下らないわね」
彼女は、彼女の主の無謀を否定してきた。今は、その無謀が了解できる。
「豚羊はこんなものに突き動かされていたのね」
少しも、笑えない。胸の裡にあるのはただひたすらに壊し尽くしたいという衝動だった。
「……帰るわ」
だが。
そう、決めていた。半身と呼べる存在が無くなり、敗走に至った今になって始めて、彼女の主を支えるべき理由を理解したから。
「や、クラベル」
視界の先に唐突に男が現れた時、女――クラベルは驚嘆に目を見開いて足を止めた。
反射的に振るおうとした鞭を止めたのは、周囲から叩きつけられた濃密な殺気を知覚したから。
瞬後には殺気は跡形もなく消え去り、ただ、男だけが残る。
女を囲むのが手練だと知るには、十分な時間だった。
――『手傷を負った現状では』分が悪いとも、同時に知れて。
「……私の名を呼ぶ事を許可した覚えはないけど?」
鞭を構えながらクラベルが言うと――男は笑った。
「自己紹介をしよう。僕はヘクス。ヘクス・シャルシェレット。シャルシェレット家の当主であり――王国の諜報機関を束ねている。ご存知の通り、君を取り囲んでいる人間達の上司さ」
美しい一礼に、仕立ての良い服が、しゃらりと柔らかい音をたてた。
「お喋りがしたいのなら壁にでも話してなさい」
「君と、取引がしたいんだ」
「……」
切り捨てるように告げられた言葉をヘクス無視し、そのまま、深い一礼と共に続けた。
「僕は、君たちに利する者だ」
●
「君たちが潜んでいた場所を、僕達はかなり早期から掴んでいたんだ」
ヘクスはこう告げた。即ち――クラベルが、精鋭たちと共に赤木に紛れ、自身を縁に転移門を用いてベリアルによる強襲を成立させた場所。
だが、そこは。
「あそこは、ニンゲン達に見つかった場所だわ。取り繕いが過ぎるわね」
「普通なら見つかるはずもなかった……違うかい?」
「……」
「僕は、君たちにしてほしい事がある。だから、知っていて欲しかった。情報の、その価値を。今回王国の対応が遅れたのは僕が情報を握りつぶしたからだし、君たちの奇襲が不完全に終わったのは、僕が情報を流したからだ」
――痴れ者。
クラベルの手に、力が篭もった。
「……貴方は、私達に利する者、と名乗ったわ。その言行不一致について、私はどうしたらいいのかしら?」
賢しげに話すニンゲンに、反感が先に立っていた。眼前の男を、滅茶苦茶に壊し尽くしてやりたい。衝動が、クラベルを激しく揺さぶっていた。
それでも。
「僕に命令すればいい。上手く使えばいいさ。数ある歪虚の中でも、君たちならそれが出来る筈だ。
僕は、君を生かして帰すと約束する。僕にも望みがある」
――生きて、帰る。そう決めていた。
殺して逃げることが出来るのか。今の身体では、それは、叶うまい。
だから。
「……跪いて豚みたいに鳴くのなら考えてあげてもいいわ」
男の願いは、聞かない事にした。聞き入れることを、女の傲慢が許さなかったから。
●
クラベルを追走するハンター達が、いやに開けたその場に辿り着いた、その時だ。
「ぶひー」
彼らの眼前。四つん這いになっているヘクスを、クラベルが愉快げに眺めていた。
「ぶひ!」
「……ぶひ……クク」
その近くではでっぷり太った矮躯の男と病的にノッポな男が四つん這いのまま動かないでいる。
「貴方達、もう来たの。もう少し遊ぼうと思っていたのに……つまらないわね」
クラベルもまた、ハンター達に気づいたようだった。
「『貴方達』。土にまみれた汚らしい貴方達でも、『足止め』にはなれるわよね?」
クラベルはヘクスと二人に言い捨てると、大きく距離を取って森の向こうへと消えていく。
追わぬ道理など、無い。ハンター達は追走しようと再度足を進めた。
瞬後だ。
銃声が、高く、響いた。
●
「ぶh……オ、ホン」
咳払いに、ハンター達の視線が流れる。
ヘクスが右手に大口径のリボルバー、左手にマスケット銃を構えて立ちあがっていた。
「変に術がキマっちゃってさ。頭はハッキリしてるんだけど、体が言うことを効かないんだよね……だから、さっきの豚のマネは、本意じゃないんだ、本当だ。信じてくれ」
言いながら、両の銃口がゆるゆるとハンター達へと向けられていく。
右手を視線で示した。
「こっちは、憤慨せしエリー。至近距離用の超威力がウリの逸品でね」
ついで、左手。
「こっちは、狂乱のアレク。こっちもかなりの火力で……ああ、ちなみにどちらも特注品で」
「ヘクス様」
「……」
傍ら。太っちょとのっぽが曖昧な表情で立ち尽くしていた。
「ああ、ゴメン。二人の紹介がまだだったね。太っちょのほうがポチョム。かなり素早い凄腕の疾影士だから気をつけて。のっぽはヴィサン。こっちは暗器使いの疾影士だね」
「そうではなく! ああ……なんということだ……」
ヘクスの紹介に、目に見えて、太っちょ――ポチョムが落胆した。
「クク」
「ヴィサン、何がおかしい」
「廃業だ……」
「何だと?」
「顔の割れた諜報員……廃業だ……クク」
「……」
ゴキゲンのヴィサンに、目を見開いて口元を戦慄かせるポチョム。ヘクスに対して助けを求めるように弱々しく呟いた。
「……ヘクス様、我々は一体どうなるんです?」
言いながらも、身体は自由にならないのか。二人は得物を構えてハンター達とヘクスの間に立つ。
「うーん……」
彼我を見比べて、ヘクスは
「……あの、さ。お金なら後でいっぱい払うから……僕達を無力化してくれるとありがたいんだけど」
そうしてへらへらと笑って、こう結んだ。
「ただ……死なないでね」
それなりにお金、掛かってるんだ、と。
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)は人を騙すことに一切の呵責を覚えない。
今も、そうだ。
彼方に見える戦場を、笑みと共に見守っていた。
風下にいる彼の元に焦げ付いた血の香りが届く。剣戟の高き音が届く。苦悶と絶叫が届く。
クラベルが。ヘクスはその名を知らぬがネル・ベルが。ヴィオラ・フルブライト(kz0007)が。ゲイル・グリムゲーテが。そしてゲイルが率いる兵士達が。操られている無辜の民達が。
苛烈なる生命の奪い合いを、繰り広げている。
ヘクスは、賭けたのだった。
そして――。
「エリー。君が来なかった時はどうなるかと思ったけど」
賭けに、勝った。
「行こうか、皆」
●
色深き森。鬱蒼と茂る樹々の間を、一人の女が疾走していた。血の色よりもなお紅い長い髪が、向かい風の鋭さを顕すように揺れている。女は高速で流れていく景色にも目もくれず、眼差しには怒りを滲ませていた。
傷だらけの有り様はまさしく敗残者であり、逃亡者のそれである。
女は追走する者を遥か後方に置き去りにしていることを知っていたが、表情には一切の安堵は無い。
彼女は知っていた。それが、彼女の主が胸に宿す昏い情動だと。
「……っ」
苛立ちを込めて鞭を振るおうとして、やめた。
「下らないわね」
彼女は、彼女の主の無謀を否定してきた。今は、その無謀が了解できる。
「豚羊はこんなものに突き動かされていたのね」
少しも、笑えない。胸の裡にあるのはただひたすらに壊し尽くしたいという衝動だった。
「……帰るわ」
だが。
そう、決めていた。半身と呼べる存在が無くなり、敗走に至った今になって始めて、彼女の主を支えるべき理由を理解したから。
「や、クラベル」
視界の先に唐突に男が現れた時、女――クラベルは驚嘆に目を見開いて足を止めた。
反射的に振るおうとした鞭を止めたのは、周囲から叩きつけられた濃密な殺気を知覚したから。
瞬後には殺気は跡形もなく消え去り、ただ、男だけが残る。
女を囲むのが手練だと知るには、十分な時間だった。
――『手傷を負った現状では』分が悪いとも、同時に知れて。
「……私の名を呼ぶ事を許可した覚えはないけど?」
鞭を構えながらクラベルが言うと――男は笑った。
「自己紹介をしよう。僕はヘクス。ヘクス・シャルシェレット。シャルシェレット家の当主であり――王国の諜報機関を束ねている。ご存知の通り、君を取り囲んでいる人間達の上司さ」
美しい一礼に、仕立ての良い服が、しゃらりと柔らかい音をたてた。
「お喋りがしたいのなら壁にでも話してなさい」
「君と、取引がしたいんだ」
「……」
切り捨てるように告げられた言葉をヘクス無視し、そのまま、深い一礼と共に続けた。
「僕は、君たちに利する者だ」
●
「君たちが潜んでいた場所を、僕達はかなり早期から掴んでいたんだ」
ヘクスはこう告げた。即ち――クラベルが、精鋭たちと共に赤木に紛れ、自身を縁に転移門を用いてベリアルによる強襲を成立させた場所。
だが、そこは。
「あそこは、ニンゲン達に見つかった場所だわ。取り繕いが過ぎるわね」
「普通なら見つかるはずもなかった……違うかい?」
「……」
「僕は、君たちにしてほしい事がある。だから、知っていて欲しかった。情報の、その価値を。今回王国の対応が遅れたのは僕が情報を握りつぶしたからだし、君たちの奇襲が不完全に終わったのは、僕が情報を流したからだ」
――痴れ者。
クラベルの手に、力が篭もった。
「……貴方は、私達に利する者、と名乗ったわ。その言行不一致について、私はどうしたらいいのかしら?」
賢しげに話すニンゲンに、反感が先に立っていた。眼前の男を、滅茶苦茶に壊し尽くしてやりたい。衝動が、クラベルを激しく揺さぶっていた。
それでも。
「僕に命令すればいい。上手く使えばいいさ。数ある歪虚の中でも、君たちならそれが出来る筈だ。
僕は、君を生かして帰すと約束する。僕にも望みがある」
――生きて、帰る。そう決めていた。
殺して逃げることが出来るのか。今の身体では、それは、叶うまい。
だから。
「……跪いて豚みたいに鳴くのなら考えてあげてもいいわ」
男の願いは、聞かない事にした。聞き入れることを、女の傲慢が許さなかったから。
●
クラベルを追走するハンター達が、いやに開けたその場に辿り着いた、その時だ。
「ぶひー」
彼らの眼前。四つん這いになっているヘクスを、クラベルが愉快げに眺めていた。
「ぶひ!」
「……ぶひ……クク」
その近くではでっぷり太った矮躯の男と病的にノッポな男が四つん這いのまま動かないでいる。
「貴方達、もう来たの。もう少し遊ぼうと思っていたのに……つまらないわね」
クラベルもまた、ハンター達に気づいたようだった。
「『貴方達』。土にまみれた汚らしい貴方達でも、『足止め』にはなれるわよね?」
クラベルはヘクスと二人に言い捨てると、大きく距離を取って森の向こうへと消えていく。
追わぬ道理など、無い。ハンター達は追走しようと再度足を進めた。
瞬後だ。
銃声が、高く、響いた。
●
「ぶh……オ、ホン」
咳払いに、ハンター達の視線が流れる。
ヘクスが右手に大口径のリボルバー、左手にマスケット銃を構えて立ちあがっていた。
「変に術がキマっちゃってさ。頭はハッキリしてるんだけど、体が言うことを効かないんだよね……だから、さっきの豚のマネは、本意じゃないんだ、本当だ。信じてくれ」
言いながら、両の銃口がゆるゆるとハンター達へと向けられていく。
右手を視線で示した。
「こっちは、憤慨せしエリー。至近距離用の超威力がウリの逸品でね」
ついで、左手。
「こっちは、狂乱のアレク。こっちもかなりの火力で……ああ、ちなみにどちらも特注品で」
「ヘクス様」
「……」
傍ら。太っちょとのっぽが曖昧な表情で立ち尽くしていた。
「ああ、ゴメン。二人の紹介がまだだったね。太っちょのほうがポチョム。かなり素早い凄腕の疾影士だから気をつけて。のっぽはヴィサン。こっちは暗器使いの疾影士だね」
「そうではなく! ああ……なんということだ……」
ヘクスの紹介に、目に見えて、太っちょ――ポチョムが落胆した。
「クク」
「ヴィサン、何がおかしい」
「廃業だ……」
「何だと?」
「顔の割れた諜報員……廃業だ……クク」
「……」
ゴキゲンのヴィサンに、目を見開いて口元を戦慄かせるポチョム。ヘクスに対して助けを求めるように弱々しく呟いた。
「……ヘクス様、我々は一体どうなるんです?」
言いながらも、身体は自由にならないのか。二人は得物を構えてハンター達とヘクスの間に立つ。
「うーん……」
彼我を見比べて、ヘクスは
「……あの、さ。お金なら後でいっぱい払うから……僕達を無力化してくれるとありがたいんだけど」
そうしてへらへらと笑って、こう結んだ。
「ただ……死なないでね」
それなりにお金、掛かってるんだ、と。
リプレイ本文
●
木々を抜けて流れる風。撫でられた葉摺れの音が柔らかく響くそこは、まさしく、戦場であった。
小さく、口笛が鳴る。
「さて、どうするのかな?」
音の主は、ヘクス・シャルシェレット。事の推移を楽しげに見届け、笑みと共にそう促す。すると。
「リーリア・バックフィード(ka0873)と申します」
優雅な名乗りが返った。リーリアは紫色の瞳を微かに輝かせながら、続ける。
「最初の出会いがこんな事になってしまい残念ですが……敵対行動には迅速に対応します」
その言葉が、引き金となったか。
瞬転。動きが生まれた。
ポチョムとヴィサンの両名が、疾走を開始したのだ。
●
――あら、豚の割に意外と速いじゃない。
黒髪のエルフ、アイヴィー アディンセル(ka2668)は独語すると、魔力を紡ぐ。足を止めて魔術を編む少女は視界の端にハンター達の進む背を見ながら、声を張った。
「ふふん、ポチョムだったかしら、安心なさい!」
「……まさか、この私が斯様な少女と戦う事になるとは」
アイヴィーを認め落胆するポチョムに対し、アイヴィーは笑みのまま告げた。
「諜報員がダメになったとしても次の職を探せば良いわ!」
「名も知らぬ少女よ。我々の仕事はつぶしが効k「アイヴィーよ! 偉大なる魔術師アイヴィー!」……」
憎らしいほどに尊大な笑顔がいやに似合う少女に、閉口するポチョム。
――距離が詰まる。
巨体が進むにつれて、豊かな腹が波打つように揺れる中。
「――なら、偉大なる魔術師の私も泣く泣く彼等を打ち倒したって報告してあげる、死んだはずの諜報員が出来上がりよ!」
「何と!?」
「だから……素直にやられなさい!」
編み上げた魔力を、一息に紡ぐ。
「その石は意思を通じ意志を貫く、穿ちなさい! アースバレット!!」
詠唱に次いで、石礫がポチョムの顔を目掛けて奔る。ポチョムはその様相を『微笑ましげに』、見つめて。
「ホッ!」
駄肉を揺らして回避してみせた。アイヴィーは余裕げな表情を崩さない、が。
――次いでもう一撃でもあれば違うんでしょうけど。
何処となく身に馴染む孤独感に、無聊を感じないでもなかった。逸らした視線の先。残るハンター達もまた、其々に交戦を開始しようとしていた。
●
ぬらりと滑るように、影が進む。ヴィサンだ。昏い笑みを浮かべる男を前に二つ、吐息が零れた。
一つは、摩耶(ka0362)のもの。怜悧な表情に、風に吹かれる銀髪の艶やかさが相まって、宝石のような印象を抱かせる女だ。
「操られたのかしら……それとも貴方たちはすべて滅ぶまでこんなことを続けるのが望みなのかしら?」
「本当に、一体何をなさっているのでしょうか」
言葉に、マーニ・フォーゲルクロウ(ka2439)が慨嘆。翡翠にも似た瞳は、少しばかり厳しげに細められていた。
少女が構えた赤刀に、白光が灯る。紡がれた法術に目を留めたヴィサンと、視線が絡まった。
「……お止めするにあたって無傷でというのは正直不可能でございますよ?」
「クク……精々、加減してくれ」
「私が前に」
マーニを背負うように摩耶が進む。抜き放った長剣が陽光を返す中、女は冷然とヴィサンを見つめた。
――暗器使い、ね。さて、どう出るかしら。
思考しつつ、言葉を紡ぐ。
「裏切り者に加減する理由なんて、無いですよ」
「クク」
嗤い、天を仰ぐヴィサン。
転瞬。
――身を低くしたヴィサンが両手を大きく振って疾走。大地に黒墨を引くように、往った。
続いて。殷、と音。距離は十分に開いていた。それ故に、というべきか。ヴィサンの黒鎧に紛れて薄く伸びた黒影を、摩耶は見た。
「……っ」
そのまま女は、地を這い進むヴィサンから逃れるように、高く飛んだ。
「クク……やはり、廃業だ」
「鋼線、ですか」
いつの間にか足を止めたヴィサンに摩耶は呆れを零す。警戒していてなおこの速さ。なるほど、手練と知れた。
「クク、その――ッ!?」
通り、と続けようとしたのだろうか。言葉は、快音に飲み込まれた。
「あら?」
小さく目を見開くマーニ。少女の放った聖光が、ヴィサンの顎下を綺麗に撃ち抜いていた。
――手の内がばれた諜報員とあっては失職どころか失命の可能性もございます。
そう、言おうと思っていたのだが。
「その、大丈夫ですか?」
我が事ながら予想外にキレよく伸びた一撃に、驚きが勝った。ゆるやかに宙を舞って地に落ちるヴィサン。
「……さっさと終わらせましょう」
そこに、追撃の剣閃が落ちた。摩耶だ。陽光にも似た軌跡は、しかし。
「クク……ヘクス様より先に落ちるわけにはいかない」
後転して飛び跳ねたヴィサンに、躱される。口元から血を流すヴィサンを見て、摩耶は。
「……斃れることまで織り込み済み、ですか」
なぜだかとても、馬鹿らしくなってきた。
●
「ヘクスさんって意外と面白いひとかも!」
ふっふー、と笑いながらヒヨス・アマミヤ(ka1403)は魔術を紡ぐ。最前を往くリーリアに砂礫の鎧が付与された。痩身に、砂礫が重くのしかかる。
――これ、は。
己の脚が鈍るのをリーリアは自覚した。身軽さを身上とする疾影士には些か不向きな魔術か。
だが。
「感謝しますっ!」
己を律するものに従い、受け入れ、奔る。その背を追い抜くように光が往った。『レジスト』の白光だ。
――さて、一つ、踊るかの。
それを紡いだカナタ・ハテナ(ka2130)は小さく呟くと、笑みを浮かべて声を張る。
「これでどうじゃ!」
「おっ!」
光に飲まれたヘクスは、嬉しげに言う。
「おお……これは……何だか有難い感じだ……」
対して、カナタは愉快げに笑みを深める。考えたね、と。嘯くヘクスが見えたからだ。
「おォ……豚よ、去れ……ッ!」
思考するカナタを他所に、ヘクスは両の手で頭を抱える。
「無礼を働きますが、ご容赦くださいね」
全速力で間合いを詰めたリーリアが、至近からナイフを振るのと――同時。リーリアは、それを見た。
神速の抜き打ちと。
「あ、やっぱゴメン、無理っぽいや!」
快活に笑うヘクスを。遅れて、銃声。
――この間合でも、撃って来ますか!
少女は速度を無理やり踏みつけるようにして、側方へと飛んだ。然して、衝撃がリーリアの身を貫く。辛うじて受けが間に合った。腕を持っていかれるような衝撃。ヒヨスが施した鎧が、銃弾の軌跡を描くように大きく穿たれていた。砂礫と共に抉られた赤き血肉が見え――遅れて、痛みがやって来る。
「ッ……!」
「手加減できないのが銃の悪い所だよね……大丈夫かい?」
「お心遣い、感謝しますわッ!」
激痛を押し隠し、踏み込んだ。疾影士の短剣での一閃を、ヘクスは袖口で受け止める。
「と……本気なのかい、リーリア君。僕、これでも貴族なんだけど」
「無礼講ですから」
――硬い。
リーリアは手応えを得て、そう呟く。
「金の力は偉大ってことかの」
「すごいねー!」
楽しげな後方が少しばかり気にならないでもない、が。リーリアは更に、距離を詰める。
「もう、離れませんからね?」
「ずいぶんと情熱的、だけど」
ぬらり、と。【憤慨せしエリー】の銃口が押し当てられ。
「……ごめんよ。至近距離用だ、と言ったろ?」
つと、ヒヨスは視線を巡らせた。一人でポチョムと相対するアイヴィーを、見てはくすりと笑んで、ヘクスめがけて魔術を紡ぐ。
殷々と光芒を伴って、魔法の矢が顕現。
「まずはヘクスさんから生け捕り!」
矢は銃撃を加えようとしたヘクスの肩口に届いた。
「随分と朗らかに撃ってくるんだね……」
瞬後に、銃声。体勢が揺らいだ中での銃撃は、身を低くしたリーリアに躱される。
「はあ、今日の女性陣は怖いね……まあ、いいか」
銃弾の行末を眺めて悲しげに眉を顰めたヘクスは小さく息を吐き。
――さ、おいで。
そう、言った。
●
快撃の恨みかどうかは定かではないが。マーニが一時集中して狙われていたが少女は盾を手に良く耐えた。その間も、摩耶とマーニは素早く立ち位置を変える男を追い詰め、剣戟を見舞う。互いに少なくない手傷を負っては居たがヒールを残すマーニ達には、まだ余力がある。
「……、これ、で!」
マーニは、ヴィサンの袖口から飛び出した投げナイフを盾で弾くと、大きく、一歩。
「ククッ!」
男は笑みと共に、大きく両手を広げてマーニを『迎え入れた』。その両手には、先ほど投げたと思われるナイフが握られている。男の懐に潜り込もうとするマーニには、長身の男の両手は死角。両手が振り下ろされると同時――マーニは、ヴィサンの心窩部を突き上げるようにして一打を打ち込む。
「……ッ!」
届いたのは――マーニの一打のみ。ヴィサンは目を固く瞑り、狙いを外していた。
衝撃に、男の長身が浮く。直後。その傍らに進む影があった。
「……さて、終わりですね」
『LEDライトを片手に』、摩耶は長剣を振る。剣戟は、ヴィサンのアキレス腱を違わず断ち切った。
●
アイヴィーは未だ健在であった。
「アイヴィーと言ったな。一つ教えてやろう。魔術師と疾影士は本質的に相性が悪い」
細かな傷を幾重にも負うアイヴィーに、ポチョムは武器を構えたまま講釈を垂れている。
――事ここに及べば、流石のアイヴィーにも解った。
「貴方、この私で遊んでるのね!」
苛立ちを込めて会話に織り交ぜ無詠唱で風撃を放つが。
「おお、その通りだ」
破顔するポチョムには――やはり、躱された。尤も、彼とて無傷ではない。アイヴィーが魔術を放つこと十数回。ポチョムの出足に合わせて放った一撃は、確かに届いたのだった。
「工夫の数々を見るに、素質はあるぞ、アイヴィー。経験の浅い者や知恵無き歪虚なら有効だったかもしらんが……残念ながら、相手が悪かった」
ポチョムは紅槍を手に構える。猛突の予感にエルフの身が強張る。だが、恐れを、飲み込んで。
――叩き込むわ!
虚仮にされた屈辱が、猛り狂っていた。それを見てか、ポチョムの頬肉が揺れたと、同時。
「終わりだ!」
その姿が、掻き消えた。
――横に。
「ぐっふ!?」
「え!?」
驚愕に、遅れて集中がほどけていく。盛大に響いたポチョムの悲鳴に――銃声の、余韻。
「……ッ!」
「ああ、痛かろうよ。カナタも受けたから、わかろうものじゃ」
苦しげに大地を転がるポチョムを他所にアイヴィーが視線を巡らせれば、マスケット銃【狂乱せしアレク】を構えてからからと笑うカナタが見えた。銃口からは、濛々と硝煙。少女の傍らでは、リーリアとマーニに取り押さえられているヘクスが苦笑していた。
「……」
アイヴィーはしばし、ポチョムを見下ろすと。
「アースバレット!!」
「ぐはっ!」
砂礫の魔術を放ち、巨体を弾き飛ばす。ごろごろと転がっていくポチョムの巨体を満足気に見届けると少女は満面の笑みを浮かべ、
「大勝利!」
――と胸を張って宣ったのであった。
●
「術が解けたとは限りません。不自由でしょうが我慢して下さいね」
「……ハーイ」
「クク」「ぬぅ」
満面の笑みで縛り上げるリーリアに、男達は三々五々に従う。どう見ても抵抗の意図は無いのだが、リーリアは全力で締め上げる事に夢中だった。
この場にいるのは男達を除いて五名。摩耶はクラベルを追って森の中に消えた。
さて。楽しい尋問の時間だ。
「ヘクスさん! いろいろ教えてね!」
「ん、なんだい?」
ヒヨスが快活に問うと、傷だらけのヘクスはにこやかに応じた。
「その銃、なんでそんな名前なの?」
「お。こんな名前をつけたら怒りそうな人がいるからだよ」
「……本当に?」
「本当、本当」
「誰ー?」
「どこかの騎士とか、かな」
「……ふーん。あ。あとあと、クラベルさんはどこにいったの?」
「森の向こうに行ったよね?」
「クク……行ったな」「行きましたな」
「それでね、三人はどういう関係なの?」
「雇い主と雇われ、だよね?」
「クク」「ですな……」
「嘘をよくつくって聞くけど」
「……誰が言ってたんだい、それ」
「誰だろ? ね、なんで嘘つくの?」
「おお、なんて軽やかな無視……」
機関銃のように喋る少女は終始笑顔だった。カナタは小さく苦笑をこぼすと口を開く。
「諜報員のポチョムん達と同行し様付けで呼ばれクラベルを追跡してたという事は、ヘクスどんが諜報機関の長という訳じゃな。領主が一隊員な訳ないじゃろし」
「ふっふー。どうだろ。ポチョムもヴィサンも僕も下っ端かもしれないよ?」
煮え切らぬ回答に、そうじゃろうなあ、と。カナタは呟いた。真実を告げる必要性が在るわけではない。だがまあ、彼女にとってはそれでよかった。
「そういう事にしておいてもいいがの。しかし何故この少数で挑んだのか判らぬの」
「功を焦り過ぎたねえ……ほら、僕も一応、貴族だし、一諜報員だし……」
ついで、リーリアが声をあげた。
「ヘクス様が嘘を付いている、と仮定して。敵戦力の増強で王国に利があるとすれば」
「……ぶっこむね?」
「戦争の継続による各国の疲弊でしょうか」
「いやー。あの歪虚達は王国に執着してるからなあ……だから、逃して僕らが得することなんて無いよね、ハハ、洗脳怖い!」
その時だ。
――小さく、吐息が零れた。
「……個人的には、ご自身の失策でもないのに失職される事は少々心が痛みます、ので」
マーニ、だ。のらりくらりと躱すヘクスに嫌気が差したのかもしれない。マーニは、戦闘中に告げきれなかった言葉を、今紡ぐことにした。
「ヘクス様。諜報員以外のお仕事の斡旋は、できませんでしょうか?」
「……要らぬ世「おお!?」……」
陰鬱な表情を崩さぬヴィサンは無視して、喜色満面のポチョムに、マーニはぎこちなく笑みを返す。さり気なく、失策をアピールする事で溜飲も下がった。
「帝国に行っても良いと思うぞ? 優遇されるじゃろ」
「ク「何ぃ!?」……」
「はいはい! わーかりまーしたー! ちゃんと考えとくから、その辺にしてよ!」
ニヤニヤと続いたカナタに、ヘクスは降参の意を示すように天を仰いだ。
●
摩耶が戻るのを待って、一同はその場を後にした。
「……森を抜けてからは、追えませんでした」
摩耶の冷たい視線に、漸く縄を解かれたヘクスは肩を竦めるのみ。
「イスルダ島、でしょうな」
かわりに、ポチョムがそう告げる。憎々しげな声色に摩耶がそちらの方を見やる、と。
「そういえばおじさん、さっき手加減してたよねー?」
「ホッ!?」
ヒヨスがポチョムの駄肉をつまんでいた。
――これは余談だが。
「……」
仰天するポチョムにアイヴィーからきつい砂礫のお仕置きがあったとか、なかったとか。
●
「そういえば」
「ん?」
「先王と親友の名を付ける辺り2人の事が大好きなんじゃな。しかも、王女の名を冠する銃が無いときた」
――愛国者の形も様々、という事かの?
喧騒を他所に囁くように言うカナタに。
「さて」
ヘクスは銃を撫でながら、こう言った。
「案外、彼らを殺すための銃かもしれないよ?」
木々を抜けて流れる風。撫でられた葉摺れの音が柔らかく響くそこは、まさしく、戦場であった。
小さく、口笛が鳴る。
「さて、どうするのかな?」
音の主は、ヘクス・シャルシェレット。事の推移を楽しげに見届け、笑みと共にそう促す。すると。
「リーリア・バックフィード(ka0873)と申します」
優雅な名乗りが返った。リーリアは紫色の瞳を微かに輝かせながら、続ける。
「最初の出会いがこんな事になってしまい残念ですが……敵対行動には迅速に対応します」
その言葉が、引き金となったか。
瞬転。動きが生まれた。
ポチョムとヴィサンの両名が、疾走を開始したのだ。
●
――あら、豚の割に意外と速いじゃない。
黒髪のエルフ、アイヴィー アディンセル(ka2668)は独語すると、魔力を紡ぐ。足を止めて魔術を編む少女は視界の端にハンター達の進む背を見ながら、声を張った。
「ふふん、ポチョムだったかしら、安心なさい!」
「……まさか、この私が斯様な少女と戦う事になるとは」
アイヴィーを認め落胆するポチョムに対し、アイヴィーは笑みのまま告げた。
「諜報員がダメになったとしても次の職を探せば良いわ!」
「名も知らぬ少女よ。我々の仕事はつぶしが効k「アイヴィーよ! 偉大なる魔術師アイヴィー!」……」
憎らしいほどに尊大な笑顔がいやに似合う少女に、閉口するポチョム。
――距離が詰まる。
巨体が進むにつれて、豊かな腹が波打つように揺れる中。
「――なら、偉大なる魔術師の私も泣く泣く彼等を打ち倒したって報告してあげる、死んだはずの諜報員が出来上がりよ!」
「何と!?」
「だから……素直にやられなさい!」
編み上げた魔力を、一息に紡ぐ。
「その石は意思を通じ意志を貫く、穿ちなさい! アースバレット!!」
詠唱に次いで、石礫がポチョムの顔を目掛けて奔る。ポチョムはその様相を『微笑ましげに』、見つめて。
「ホッ!」
駄肉を揺らして回避してみせた。アイヴィーは余裕げな表情を崩さない、が。
――次いでもう一撃でもあれば違うんでしょうけど。
何処となく身に馴染む孤独感に、無聊を感じないでもなかった。逸らした視線の先。残るハンター達もまた、其々に交戦を開始しようとしていた。
●
ぬらりと滑るように、影が進む。ヴィサンだ。昏い笑みを浮かべる男を前に二つ、吐息が零れた。
一つは、摩耶(ka0362)のもの。怜悧な表情に、風に吹かれる銀髪の艶やかさが相まって、宝石のような印象を抱かせる女だ。
「操られたのかしら……それとも貴方たちはすべて滅ぶまでこんなことを続けるのが望みなのかしら?」
「本当に、一体何をなさっているのでしょうか」
言葉に、マーニ・フォーゲルクロウ(ka2439)が慨嘆。翡翠にも似た瞳は、少しばかり厳しげに細められていた。
少女が構えた赤刀に、白光が灯る。紡がれた法術に目を留めたヴィサンと、視線が絡まった。
「……お止めするにあたって無傷でというのは正直不可能でございますよ?」
「クク……精々、加減してくれ」
「私が前に」
マーニを背負うように摩耶が進む。抜き放った長剣が陽光を返す中、女は冷然とヴィサンを見つめた。
――暗器使い、ね。さて、どう出るかしら。
思考しつつ、言葉を紡ぐ。
「裏切り者に加減する理由なんて、無いですよ」
「クク」
嗤い、天を仰ぐヴィサン。
転瞬。
――身を低くしたヴィサンが両手を大きく振って疾走。大地に黒墨を引くように、往った。
続いて。殷、と音。距離は十分に開いていた。それ故に、というべきか。ヴィサンの黒鎧に紛れて薄く伸びた黒影を、摩耶は見た。
「……っ」
そのまま女は、地を這い進むヴィサンから逃れるように、高く飛んだ。
「クク……やはり、廃業だ」
「鋼線、ですか」
いつの間にか足を止めたヴィサンに摩耶は呆れを零す。警戒していてなおこの速さ。なるほど、手練と知れた。
「クク、その――ッ!?」
通り、と続けようとしたのだろうか。言葉は、快音に飲み込まれた。
「あら?」
小さく目を見開くマーニ。少女の放った聖光が、ヴィサンの顎下を綺麗に撃ち抜いていた。
――手の内がばれた諜報員とあっては失職どころか失命の可能性もございます。
そう、言おうと思っていたのだが。
「その、大丈夫ですか?」
我が事ながら予想外にキレよく伸びた一撃に、驚きが勝った。ゆるやかに宙を舞って地に落ちるヴィサン。
「……さっさと終わらせましょう」
そこに、追撃の剣閃が落ちた。摩耶だ。陽光にも似た軌跡は、しかし。
「クク……ヘクス様より先に落ちるわけにはいかない」
後転して飛び跳ねたヴィサンに、躱される。口元から血を流すヴィサンを見て、摩耶は。
「……斃れることまで織り込み済み、ですか」
なぜだかとても、馬鹿らしくなってきた。
●
「ヘクスさんって意外と面白いひとかも!」
ふっふー、と笑いながらヒヨス・アマミヤ(ka1403)は魔術を紡ぐ。最前を往くリーリアに砂礫の鎧が付与された。痩身に、砂礫が重くのしかかる。
――これ、は。
己の脚が鈍るのをリーリアは自覚した。身軽さを身上とする疾影士には些か不向きな魔術か。
だが。
「感謝しますっ!」
己を律するものに従い、受け入れ、奔る。その背を追い抜くように光が往った。『レジスト』の白光だ。
――さて、一つ、踊るかの。
それを紡いだカナタ・ハテナ(ka2130)は小さく呟くと、笑みを浮かべて声を張る。
「これでどうじゃ!」
「おっ!」
光に飲まれたヘクスは、嬉しげに言う。
「おお……これは……何だか有難い感じだ……」
対して、カナタは愉快げに笑みを深める。考えたね、と。嘯くヘクスが見えたからだ。
「おォ……豚よ、去れ……ッ!」
思考するカナタを他所に、ヘクスは両の手で頭を抱える。
「無礼を働きますが、ご容赦くださいね」
全速力で間合いを詰めたリーリアが、至近からナイフを振るのと――同時。リーリアは、それを見た。
神速の抜き打ちと。
「あ、やっぱゴメン、無理っぽいや!」
快活に笑うヘクスを。遅れて、銃声。
――この間合でも、撃って来ますか!
少女は速度を無理やり踏みつけるようにして、側方へと飛んだ。然して、衝撃がリーリアの身を貫く。辛うじて受けが間に合った。腕を持っていかれるような衝撃。ヒヨスが施した鎧が、銃弾の軌跡を描くように大きく穿たれていた。砂礫と共に抉られた赤き血肉が見え――遅れて、痛みがやって来る。
「ッ……!」
「手加減できないのが銃の悪い所だよね……大丈夫かい?」
「お心遣い、感謝しますわッ!」
激痛を押し隠し、踏み込んだ。疾影士の短剣での一閃を、ヘクスは袖口で受け止める。
「と……本気なのかい、リーリア君。僕、これでも貴族なんだけど」
「無礼講ですから」
――硬い。
リーリアは手応えを得て、そう呟く。
「金の力は偉大ってことかの」
「すごいねー!」
楽しげな後方が少しばかり気にならないでもない、が。リーリアは更に、距離を詰める。
「もう、離れませんからね?」
「ずいぶんと情熱的、だけど」
ぬらり、と。【憤慨せしエリー】の銃口が押し当てられ。
「……ごめんよ。至近距離用だ、と言ったろ?」
つと、ヒヨスは視線を巡らせた。一人でポチョムと相対するアイヴィーを、見てはくすりと笑んで、ヘクスめがけて魔術を紡ぐ。
殷々と光芒を伴って、魔法の矢が顕現。
「まずはヘクスさんから生け捕り!」
矢は銃撃を加えようとしたヘクスの肩口に届いた。
「随分と朗らかに撃ってくるんだね……」
瞬後に、銃声。体勢が揺らいだ中での銃撃は、身を低くしたリーリアに躱される。
「はあ、今日の女性陣は怖いね……まあ、いいか」
銃弾の行末を眺めて悲しげに眉を顰めたヘクスは小さく息を吐き。
――さ、おいで。
そう、言った。
●
快撃の恨みかどうかは定かではないが。マーニが一時集中して狙われていたが少女は盾を手に良く耐えた。その間も、摩耶とマーニは素早く立ち位置を変える男を追い詰め、剣戟を見舞う。互いに少なくない手傷を負っては居たがヒールを残すマーニ達には、まだ余力がある。
「……、これ、で!」
マーニは、ヴィサンの袖口から飛び出した投げナイフを盾で弾くと、大きく、一歩。
「ククッ!」
男は笑みと共に、大きく両手を広げてマーニを『迎え入れた』。その両手には、先ほど投げたと思われるナイフが握られている。男の懐に潜り込もうとするマーニには、長身の男の両手は死角。両手が振り下ろされると同時――マーニは、ヴィサンの心窩部を突き上げるようにして一打を打ち込む。
「……ッ!」
届いたのは――マーニの一打のみ。ヴィサンは目を固く瞑り、狙いを外していた。
衝撃に、男の長身が浮く。直後。その傍らに進む影があった。
「……さて、終わりですね」
『LEDライトを片手に』、摩耶は長剣を振る。剣戟は、ヴィサンのアキレス腱を違わず断ち切った。
●
アイヴィーは未だ健在であった。
「アイヴィーと言ったな。一つ教えてやろう。魔術師と疾影士は本質的に相性が悪い」
細かな傷を幾重にも負うアイヴィーに、ポチョムは武器を構えたまま講釈を垂れている。
――事ここに及べば、流石のアイヴィーにも解った。
「貴方、この私で遊んでるのね!」
苛立ちを込めて会話に織り交ぜ無詠唱で風撃を放つが。
「おお、その通りだ」
破顔するポチョムには――やはり、躱された。尤も、彼とて無傷ではない。アイヴィーが魔術を放つこと十数回。ポチョムの出足に合わせて放った一撃は、確かに届いたのだった。
「工夫の数々を見るに、素質はあるぞ、アイヴィー。経験の浅い者や知恵無き歪虚なら有効だったかもしらんが……残念ながら、相手が悪かった」
ポチョムは紅槍を手に構える。猛突の予感にエルフの身が強張る。だが、恐れを、飲み込んで。
――叩き込むわ!
虚仮にされた屈辱が、猛り狂っていた。それを見てか、ポチョムの頬肉が揺れたと、同時。
「終わりだ!」
その姿が、掻き消えた。
――横に。
「ぐっふ!?」
「え!?」
驚愕に、遅れて集中がほどけていく。盛大に響いたポチョムの悲鳴に――銃声の、余韻。
「……ッ!」
「ああ、痛かろうよ。カナタも受けたから、わかろうものじゃ」
苦しげに大地を転がるポチョムを他所にアイヴィーが視線を巡らせれば、マスケット銃【狂乱せしアレク】を構えてからからと笑うカナタが見えた。銃口からは、濛々と硝煙。少女の傍らでは、リーリアとマーニに取り押さえられているヘクスが苦笑していた。
「……」
アイヴィーはしばし、ポチョムを見下ろすと。
「アースバレット!!」
「ぐはっ!」
砂礫の魔術を放ち、巨体を弾き飛ばす。ごろごろと転がっていくポチョムの巨体を満足気に見届けると少女は満面の笑みを浮かべ、
「大勝利!」
――と胸を張って宣ったのであった。
●
「術が解けたとは限りません。不自由でしょうが我慢して下さいね」
「……ハーイ」
「クク」「ぬぅ」
満面の笑みで縛り上げるリーリアに、男達は三々五々に従う。どう見ても抵抗の意図は無いのだが、リーリアは全力で締め上げる事に夢中だった。
この場にいるのは男達を除いて五名。摩耶はクラベルを追って森の中に消えた。
さて。楽しい尋問の時間だ。
「ヘクスさん! いろいろ教えてね!」
「ん、なんだい?」
ヒヨスが快活に問うと、傷だらけのヘクスはにこやかに応じた。
「その銃、なんでそんな名前なの?」
「お。こんな名前をつけたら怒りそうな人がいるからだよ」
「……本当に?」
「本当、本当」
「誰ー?」
「どこかの騎士とか、かな」
「……ふーん。あ。あとあと、クラベルさんはどこにいったの?」
「森の向こうに行ったよね?」
「クク……行ったな」「行きましたな」
「それでね、三人はどういう関係なの?」
「雇い主と雇われ、だよね?」
「クク」「ですな……」
「嘘をよくつくって聞くけど」
「……誰が言ってたんだい、それ」
「誰だろ? ね、なんで嘘つくの?」
「おお、なんて軽やかな無視……」
機関銃のように喋る少女は終始笑顔だった。カナタは小さく苦笑をこぼすと口を開く。
「諜報員のポチョムん達と同行し様付けで呼ばれクラベルを追跡してたという事は、ヘクスどんが諜報機関の長という訳じゃな。領主が一隊員な訳ないじゃろし」
「ふっふー。どうだろ。ポチョムもヴィサンも僕も下っ端かもしれないよ?」
煮え切らぬ回答に、そうじゃろうなあ、と。カナタは呟いた。真実を告げる必要性が在るわけではない。だがまあ、彼女にとってはそれでよかった。
「そういう事にしておいてもいいがの。しかし何故この少数で挑んだのか判らぬの」
「功を焦り過ぎたねえ……ほら、僕も一応、貴族だし、一諜報員だし……」
ついで、リーリアが声をあげた。
「ヘクス様が嘘を付いている、と仮定して。敵戦力の増強で王国に利があるとすれば」
「……ぶっこむね?」
「戦争の継続による各国の疲弊でしょうか」
「いやー。あの歪虚達は王国に執着してるからなあ……だから、逃して僕らが得することなんて無いよね、ハハ、洗脳怖い!」
その時だ。
――小さく、吐息が零れた。
「……個人的には、ご自身の失策でもないのに失職される事は少々心が痛みます、ので」
マーニ、だ。のらりくらりと躱すヘクスに嫌気が差したのかもしれない。マーニは、戦闘中に告げきれなかった言葉を、今紡ぐことにした。
「ヘクス様。諜報員以外のお仕事の斡旋は、できませんでしょうか?」
「……要らぬ世「おお!?」……」
陰鬱な表情を崩さぬヴィサンは無視して、喜色満面のポチョムに、マーニはぎこちなく笑みを返す。さり気なく、失策をアピールする事で溜飲も下がった。
「帝国に行っても良いと思うぞ? 優遇されるじゃろ」
「ク「何ぃ!?」……」
「はいはい! わーかりまーしたー! ちゃんと考えとくから、その辺にしてよ!」
ニヤニヤと続いたカナタに、ヘクスは降参の意を示すように天を仰いだ。
●
摩耶が戻るのを待って、一同はその場を後にした。
「……森を抜けてからは、追えませんでした」
摩耶の冷たい視線に、漸く縄を解かれたヘクスは肩を竦めるのみ。
「イスルダ島、でしょうな」
かわりに、ポチョムがそう告げる。憎々しげな声色に摩耶がそちらの方を見やる、と。
「そういえばおじさん、さっき手加減してたよねー?」
「ホッ!?」
ヒヨスがポチョムの駄肉をつまんでいた。
――これは余談だが。
「……」
仰天するポチョムにアイヴィーからきつい砂礫のお仕置きがあったとか、なかったとか。
●
「そういえば」
「ん?」
「先王と親友の名を付ける辺り2人の事が大好きなんじゃな。しかも、王女の名を冠する銃が無いときた」
――愛国者の形も様々、という事かの?
喧騒を他所に囁くように言うカナタに。
「さて」
ヘクスは銃を撫でながら、こう言った。
「案外、彼らを殺すための銃かもしれないよ?」
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
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【相談卓】みんなで笑って踊ろう ヒヨス・アマミヤ(ka1403) 人間(リアルブルー)|16才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2014/12/20 19:08:34 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/12/18 22:30:56 |