ゲスト
(ka0000)
犬が探していたもの
マスター:きりん

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/06/01 15:00
- 完成日
- 2018/06/06 10:59
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●穴を掘るのが大好き
何が切欠となってそうなったのか、今となっては不明だが、その犬は穴を掘るのが大好きだった。
鎖を繋いでいる犬小屋の周辺はすぐに穴だらけにしてしまうし、散歩に出かければくんくんと鼻で地面を嗅ぎながら、様々な場所で立ち止まっては穴を掘る。
用でも足したいのかと思って見守れば、穴を掘って満足したのかそれで知らん振り。そしてまた違う場所で穴を掘る。
多少奇行が目立つ犬だったが、それでもその家族にとっては可愛いペットで、家族同然の存在だった。
娘と同じ年、同じ日に生まれた犬。
成長すると娘は犬を可愛がり、犬もまた娘に懐いた。
父、母、娘、犬のごく一般的な家族。
親戚が別の街にいるらしいが、犬にとってはそんなことはどうでもいいことで、この家族だけが犬にとっての家族だった。
そんな折、娘が死んだ。馬車にひかれたのだ。交通事故死だった。
娘の両親は悲しんだ。葬式はしたが、それで全ての悲しみが癒されるわけではない。
犬は娘の死を理解できず、いなくなった娘を探していた。
首輪に繋がる鎖が届く範囲で歩き回り、匂いを嗅いで、娘の匂いを探す。
ついに、見かねた娘の母親が庭に出てきて、犬を抱き締めた。
「ごめんね。あの子は、もういないの」
人間の言葉を、犬は理解できなかった。
でも、母親が悲しんでいることは分かった。
犬は暗い家の雰囲気を何とかしたかったのだ。
娘の両親に元気になってもらいたかった。
そうでないと、娘だって帰ってきても辛いじゃないか。だから娘も帰ってこれないのだ。そう考えた。
昔掘った穴の一つに、かつて娘と遊んだ時に使った小さなボールを埋めていたことを、犬は覚えていた。
ただ目的もなく行っていた穴掘りという行為が、初めて明確な意味を持った。
見つけなければならない。
犬はいっそう穴掘りに励んだ。
●思いはすれ違い、犬は捨てられる
それからしばらく経ち、犬の穴掘りは度を超え始めていた。
所構わず穴を掘る。
家族の土地だろうと、他の家族の土地だろうと、公の土地だろうと、時には家の基礎部分に潜り込んででも穴を掘った。
犬は自分でもどこにボールを埋めていたのか忘れてしまっていたし、匂いも辿れなくなってしまっていたから、手当たり次第に掘り起こすしかなかったのだ。
しかしそんなことを続けていれば、犬の奇行は咎められ、飼い主である娘の両親に苦情が入る。
『しつけがなってない』
『家から出すな』
『散歩にも行かせるな』
『そんな犬殺してしまえ』
心無い言葉が娘の両親に浴びせられた。
そんなことになっているとは全く気付けなかった犬は、その日も必死に心当たりのある場所を彷徨って穴を掘っていた。
いや、もう心当たりのある場所ではなかった。もうこの時には、心当たりのある場所は掘りつくしてしまっていたのだ。
だから、犬は自分が完全に場所を忘れてしまったのだと考えた。だから、所構わず掘りまくる。
始まりは、娘の両親のためだった。最後まで娘の両親のためだった。彼らを、元気付けたいだけだった。
しかし、犬の思いが理解されることは、ついになかった。
「あなたが悪いのよ」
「こんな犬、もう捨ててしまおう」
疲れ果てた表情で、娘の両親は犬を置いて親戚を頼り別の街へと引越しをしてしまった。
娘の両親がいなくなってしまった家で、犬は彼らのためにボールを捜して穴を掘り続けた。
もう餌をくれる人はいない。
生まれた頃からずっと飼われていたから、獲物の取り方も分からない。
近所の人間は犬を嫌っていて、姿を見ると追い払おうとしてくる。
日に日に、犬は衰弱していった。
でも、死ぬ数時間前に、犬はやっと思い出のボールを掘り当てることができた。
後は、これを娘の両親に届けるだけだ。
しかし、犬にはもうそれ以上の体力が残っていない。
くうんと、寂しげに犬は鳴いた。
最後の力を振り絞って、ボールをくわえ、四肢を踏ん張って立ち上がろうとする。
しかし、数歩歩いただけで、よろめいて犬は倒れた。
横倒しになった視界が、犬が目にした最後の光景。
そのまま犬は衰弱死した。
●死して、理由を忘れ、犬は人に害為すために穴を掘る
犬の無念が奇跡を起こしたのだろうか。それとも、残酷な運命の悪戯か。十年の時を経て犬は雑魔となって蘇った。
もはや生前の記憶などない。どうして自分が穴を掘るのかと疑問に思う知能もなくなっている。
ただボールに対する執着だけはなくさずに、生前染み付いていた行動そのままに穴を掘る。
今度は何かを探すためでなく、その穴に誰かを落として殺すため、深い穴を掘る。
一人目は片足を取られかけ、しかし穴には落ちなかった。
二人目は綺麗に落ちたが、死なずに地力で這い上がった。
馬車に乗った通りすがりの婦人が、落とし穴に車輪が嵌まって動けなくなった馬車の中から出て逃げていった。
雑魔となった犬は首を傾げた。人が死なない。
しかし、その事実をおかしいと思うことはできても、ならばどうすればいいのかというところまで、犬は知恵を巡らせられなかった。
故に、再び穴を掘る。
もはや、生前の目的など忘れ去って。大好きだった娘のことも、元気付けたかった両親のことも、全ての記憶を失ったまま。
それでも、犬は直接その牙や爪で襲おうとはしなかった。何故かは分からないが、穴を掘って落として殺すことにこだわった。
しばらくして、犬の存在は奇妙な雑魔として、ハンターズソサエティに知られることとなった。
●ハンターズソサエティ
依頼を整理していた受付嬢が、とある依頼に目を留め怪訝な表情を浮かべた。
「これは、妙な雑魔ですね。雑魔としては間違ってないのかもしれませんが、珍しいケースです」
受付嬢は、その依頼をハンターたちに勧めてみることに決めた。
あくまで強制ではなく、興味深い依頼として。
「ハンターの皆様、このような依頼はいかがですか?」
依頼を見せられたハンターたちは、初めの方こそ普通の雑魔退治だと思って見向きもしなかったが、しばらくして表情を変えた。
「面白いでしょう? 雑魔が穴を掘るだけなんです。穴を掘ってその穴に人を落として殺そうとしていますから、人に害を成そうとしていることは間違いないようですけれど。現に周辺の住民から迷惑を被っているので退治してくれと依頼が出ています。確かに、いつ本来の雑魔のように牙をむくかも分かりませんので、早めの退治が望まれるでしょう」
依頼に興味を持ったハンターたちに、受付嬢は依頼の説明を始める。
「現地に赴いて犬の雑魔を退治してください。雑魔の行動も興味深くはありますが、一番優先すべきはやはり雑魔の排除ですから。色あせた古いボールをくわえているのが奇妙な雑魔ですね。どうやら雑魔になった過程でそのまま癒着しているようです」
何が切欠となってそうなったのか、今となっては不明だが、その犬は穴を掘るのが大好きだった。
鎖を繋いでいる犬小屋の周辺はすぐに穴だらけにしてしまうし、散歩に出かければくんくんと鼻で地面を嗅ぎながら、様々な場所で立ち止まっては穴を掘る。
用でも足したいのかと思って見守れば、穴を掘って満足したのかそれで知らん振り。そしてまた違う場所で穴を掘る。
多少奇行が目立つ犬だったが、それでもその家族にとっては可愛いペットで、家族同然の存在だった。
娘と同じ年、同じ日に生まれた犬。
成長すると娘は犬を可愛がり、犬もまた娘に懐いた。
父、母、娘、犬のごく一般的な家族。
親戚が別の街にいるらしいが、犬にとってはそんなことはどうでもいいことで、この家族だけが犬にとっての家族だった。
そんな折、娘が死んだ。馬車にひかれたのだ。交通事故死だった。
娘の両親は悲しんだ。葬式はしたが、それで全ての悲しみが癒されるわけではない。
犬は娘の死を理解できず、いなくなった娘を探していた。
首輪に繋がる鎖が届く範囲で歩き回り、匂いを嗅いで、娘の匂いを探す。
ついに、見かねた娘の母親が庭に出てきて、犬を抱き締めた。
「ごめんね。あの子は、もういないの」
人間の言葉を、犬は理解できなかった。
でも、母親が悲しんでいることは分かった。
犬は暗い家の雰囲気を何とかしたかったのだ。
娘の両親に元気になってもらいたかった。
そうでないと、娘だって帰ってきても辛いじゃないか。だから娘も帰ってこれないのだ。そう考えた。
昔掘った穴の一つに、かつて娘と遊んだ時に使った小さなボールを埋めていたことを、犬は覚えていた。
ただ目的もなく行っていた穴掘りという行為が、初めて明確な意味を持った。
見つけなければならない。
犬はいっそう穴掘りに励んだ。
●思いはすれ違い、犬は捨てられる
それからしばらく経ち、犬の穴掘りは度を超え始めていた。
所構わず穴を掘る。
家族の土地だろうと、他の家族の土地だろうと、公の土地だろうと、時には家の基礎部分に潜り込んででも穴を掘った。
犬は自分でもどこにボールを埋めていたのか忘れてしまっていたし、匂いも辿れなくなってしまっていたから、手当たり次第に掘り起こすしかなかったのだ。
しかしそんなことを続けていれば、犬の奇行は咎められ、飼い主である娘の両親に苦情が入る。
『しつけがなってない』
『家から出すな』
『散歩にも行かせるな』
『そんな犬殺してしまえ』
心無い言葉が娘の両親に浴びせられた。
そんなことになっているとは全く気付けなかった犬は、その日も必死に心当たりのある場所を彷徨って穴を掘っていた。
いや、もう心当たりのある場所ではなかった。もうこの時には、心当たりのある場所は掘りつくしてしまっていたのだ。
だから、犬は自分が完全に場所を忘れてしまったのだと考えた。だから、所構わず掘りまくる。
始まりは、娘の両親のためだった。最後まで娘の両親のためだった。彼らを、元気付けたいだけだった。
しかし、犬の思いが理解されることは、ついになかった。
「あなたが悪いのよ」
「こんな犬、もう捨ててしまおう」
疲れ果てた表情で、娘の両親は犬を置いて親戚を頼り別の街へと引越しをしてしまった。
娘の両親がいなくなってしまった家で、犬は彼らのためにボールを捜して穴を掘り続けた。
もう餌をくれる人はいない。
生まれた頃からずっと飼われていたから、獲物の取り方も分からない。
近所の人間は犬を嫌っていて、姿を見ると追い払おうとしてくる。
日に日に、犬は衰弱していった。
でも、死ぬ数時間前に、犬はやっと思い出のボールを掘り当てることができた。
後は、これを娘の両親に届けるだけだ。
しかし、犬にはもうそれ以上の体力が残っていない。
くうんと、寂しげに犬は鳴いた。
最後の力を振り絞って、ボールをくわえ、四肢を踏ん張って立ち上がろうとする。
しかし、数歩歩いただけで、よろめいて犬は倒れた。
横倒しになった視界が、犬が目にした最後の光景。
そのまま犬は衰弱死した。
●死して、理由を忘れ、犬は人に害為すために穴を掘る
犬の無念が奇跡を起こしたのだろうか。それとも、残酷な運命の悪戯か。十年の時を経て犬は雑魔となって蘇った。
もはや生前の記憶などない。どうして自分が穴を掘るのかと疑問に思う知能もなくなっている。
ただボールに対する執着だけはなくさずに、生前染み付いていた行動そのままに穴を掘る。
今度は何かを探すためでなく、その穴に誰かを落として殺すため、深い穴を掘る。
一人目は片足を取られかけ、しかし穴には落ちなかった。
二人目は綺麗に落ちたが、死なずに地力で這い上がった。
馬車に乗った通りすがりの婦人が、落とし穴に車輪が嵌まって動けなくなった馬車の中から出て逃げていった。
雑魔となった犬は首を傾げた。人が死なない。
しかし、その事実をおかしいと思うことはできても、ならばどうすればいいのかというところまで、犬は知恵を巡らせられなかった。
故に、再び穴を掘る。
もはや、生前の目的など忘れ去って。大好きだった娘のことも、元気付けたかった両親のことも、全ての記憶を失ったまま。
それでも、犬は直接その牙や爪で襲おうとはしなかった。何故かは分からないが、穴を掘って落として殺すことにこだわった。
しばらくして、犬の存在は奇妙な雑魔として、ハンターズソサエティに知られることとなった。
●ハンターズソサエティ
依頼を整理していた受付嬢が、とある依頼に目を留め怪訝な表情を浮かべた。
「これは、妙な雑魔ですね。雑魔としては間違ってないのかもしれませんが、珍しいケースです」
受付嬢は、その依頼をハンターたちに勧めてみることに決めた。
あくまで強制ではなく、興味深い依頼として。
「ハンターの皆様、このような依頼はいかがですか?」
依頼を見せられたハンターたちは、初めの方こそ普通の雑魔退治だと思って見向きもしなかったが、しばらくして表情を変えた。
「面白いでしょう? 雑魔が穴を掘るだけなんです。穴を掘ってその穴に人を落として殺そうとしていますから、人に害を成そうとしていることは間違いないようですけれど。現に周辺の住民から迷惑を被っているので退治してくれと依頼が出ています。確かに、いつ本来の雑魔のように牙をむくかも分かりませんので、早めの退治が望まれるでしょう」
依頼に興味を持ったハンターたちに、受付嬢は依頼の説明を始める。
「現地に赴いて犬の雑魔を退治してください。雑魔の行動も興味深くはありますが、一番優先すべきはやはり雑魔の排除ですから。色あせた古いボールをくわえているのが奇妙な雑魔ですね。どうやら雑魔になった過程でそのまま癒着しているようです」
リプレイ本文
●ハンターたちは動き出す
依頼を受けたハンターたちはまず雑魔犬の目撃情報を集めることから始めた。
「地図、借りてきました。これでいいですよね」
マリエル(ka0116)が街の地図を持ってきて、テーブルに広げる。
「どこから探そうか? 虱潰しに探すにはちょっと広いよ」
テーブルに近付いた夢路 まよい(ka1328)は広げられた地図を見下ろす。
「戦うのはともかく、見つけるまでが大変そうですね」
どこか遠慮気味に、ミオレスカ(ka3496)が地図を見て感想を述べる
「犬が生前過ごした(すぴー)……場所を中心に(すぴー)……(すぴょー)」
ドゥアル(ka3746)は眠っているのか起きているのか分からないがこれが平常運転だ。
「そうね。生前のワンちゃんと関わっていた関係者がまだいるかもしれないわ」
真剣な表情で、七夜・真夕(ka3977)が該当する箇所を確認する。
「地道な足での調査と、聞き込みが重要になりそうだな」
早くもレイア・アローネ(ka4082)は自分が回る範囲を考えているようだ。
「件の雑魔の出現報告が挙がってる場所にはチェックを入れておきましょう!」
マーカーで、ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)が地図に書き込みをしていく。
「そうだな。まずは心当たりを当たって、徐々に範囲を絞っていこうか」
一行の中で黒一点である鞍馬 真(ka5819)が締め括る。
もし発見できれば、そのまま追跡して正確な行動ルートを割り出し、釣り出して墓場に追い詰める。
さあ、依頼の始まりだ!
●依頼開始~五分後
ミオレスカはその高い敏捷性を生かして、犬が生前暮らしていたと思われる民家に辿り着いていた。
「見事に荒れ果ててますね……。何だか、世の無情を感じてしまいます……」
もはや人の住める場所ではなくなっている廃屋を眺め、寂寥感を感じて呟く。
「庭は庭で、穴だらけですね……。生前か、雑魔化してから掘った穴なのかは分かりませんけれども」
建物の中も外見どおりの荒れ果てようで、床板は所々腐って抜け落ち、壁紙も破れ、埃が積もって久しい。
ため息をついたミオレスカは足元に何かの絵が落ちているのに気付く。
「これは……絵姿ですか。しかも、かなり古い」
この家の家族を描いた絵のようだ。母親と父親らしき大人に、娘らしき幼い女の子、そして子犬が描かれている。
小さな足音にミオレスカが振り返れば、ボールを口に咥えた犬の雑魔が身を翻して外に逃げ出すところだった。
反射的に銃撃を浴びせようとするミオレスカだったが、周囲への流れ弾などの被害を考え取り止める。
ミオレスカは、すぐに仲間たちに連絡を入れた。
「皆さん、聞こえていますか!? 雑魔を発見しました! まだ周辺にいるはずです!」
通信機の向こうから、仲間たちの頼もしい声が響く。
これなら大丈夫だと、ミオレスカは安心して人知れず笑みを浮かべた。
●依頼開始から五分後~十分後
生前に犬が飼われていた民家の周辺にある民家で聞き込みをすることになったのは、ルンルンと真の二人だ。
「大丈夫、私達に任せちゃってください! ……ところで、犬が穴を掘りまくる行動に、何か思い出すことってないですか?」
「雑魔はこの周辺にも頻繁に出現しているようだが、心当たりは無いか?」
付近の住民たちは様々な話をしてくれた。
引越し先も聞くことができたし、総合すれば、雑魔の正体が廃屋で暮らしていた犬である可能性は高そうだ。
「色々分かりましたね。娘さんに凄く懐いてたこととか」
「娘さんが死んだ後、残された家族が引っ越して、犬だけが残ったらしい。何があったんだろうな」
二人の下へ、ミオレスカから連絡が入った。
雑魔出現の報だ。
まだ周辺にいる可能性が高い。
「これはのんびりしてはいられません! 見つけないと!」
「手分けして探すぞ! まだ付近にいるはずだ! 私は屋根から探す!」
即座に二人は行動に移る。
囮を兼ねてルンルンは地上をうろつき、真が見晴らしのいい屋根の上から雑魔の姿を探す作戦だ。
屋根の上から雑魔を探す真の目は、過たず物陰に潜む怪しい影を捉える。
真が素早くルンルンに連絡を入れて位置を伝える。
ルンルンが選択したのは地縛の術だった。
これをこっそり自分の周囲に展開することで捕らえる作戦だ。後は地味だが回りに被害が出ない方法で始末すればいい。
しかし雑魔犬はルンルンに体当たりするのではなく、民家の屋根に飛び乗って真に体当たりを仕掛けた。
「あれっ? こっち来ないんですか!? ちょっとちょっと!」
「こいつ、私をここから突き落とす気か! 考えたな!」
確かに屋根の下には雑魔が掘った無数の穴がある。ただ突き落とすだけよりも大きな被害を受ける可能性はあるだろう。
しかしそれも当たればの話だ。
屋根の傾斜を利用した立体的な動作で真は体当たりを回避し、攻撃が失敗した雑魔はそのまま屋根を飛び降りて道に飛び出し駆け去っていく。
二人はすぐさま仲間に連絡を入れた。
●依頼開始から十分後~十五分後
自分が担当する道に到着したマリエルは、通行人の多さに少し困っていた。
「ど、どうしましょう私だけなのに……こんな状態で雑魔が現れたら大変です」
幸い、通行人が巻き込まれても魔法で守ることはできるし、あまり考えたくはないけれど万が一負傷を許してしまっても癒すことは可能だ。
やがて、ミオレスカからの連絡が届く。続いて、少しするとルンルンと真からも連絡が。
「……あら? 犬が暮らしていた家、その周辺の家と来たら、次に近いのって、ここですよね?」
立ち尽くして考えたマリエルは、思わず飛び上がった。
「ふ、二人がいない以上私が何とかしないといけません!」
一度深呼吸をしたマリエルは、通行人たちに呼びかけた。
「付近で雑魔が出現しました! 建物内に緊急避難してください! 繰り返します! ──」
素早いマリエルの行動の甲斐あって、雑魔に襲われることなく、通行人たちの避難は完了した。
マリエルの視界に、自分に向けて走ってくる影が映る。
そして、近くにはちょうど雑魔が掘ったのであろう穴もある。
しかし、それで穴に落ちるほどマリエルというハンターは柔ではない。
己のマテルアルを励起させ、光の防御壁に変成して身を守る。
雑魔がすぐに逃げ出すのを見て、マリエルは味方に連絡を入れた。
●依頼開始から十五分後~二十分後
一人でやってきた真夕は、こじんまりとした公園を見て、複数人で来なかったことは正解だったと悟った。
「本当はレイアやマリエルと一緒に調べたかったけど、仕方ないか。効率が悪くなるものね」
既にミオレスカとルンルン、真からは連絡を受けているし、つい先ほどマリエルも連絡をくれた。
「まずは遊んでいる子たちを避難させないと……」
怖がらせないように親しみやすさを意識して笑顔を浮かべた真夕は子どもたちに目線を合わせ、近所の民家に一時的に避難してもらえるように誘導する。
その後は魔術で空を飛び、公園のどこに雑魔が現れても分かるように上空から見張る。
「来たわね! ……あら? でも、これは……」
現れた雑魔犬は滑り台の着地地点、砂場の真ん中、ブランコの真下をぐるぐると順番に回ると、穴を掘り始めた。
このまま魔術を叩き込んでも良かったが、それでは何も分からないままだ。
「こら、止めなさい!」
故に、まずは声をかけて反応を窺う。
空を飛ぶ真夕を発見した雑魔犬は、周りを見回して穴に叩き落せる対象が居ないことを悟ると、一目散に逃げ出す。
冷静に真夕は行き先を見定め仲間に連絡を入れた。
●依頼開始から二十分後~二十五分後
学校にやってきたまよいとレイアはさっそく聞き込みを行うことにした。
本来ならレイアはマリエル、真夕と組むつもりだったのだが、全員で話し合った結果聞き込みの段階では効率を優先することにして別行動をしている。
念のため、雑魔が現れる可能性を注意喚起し、何かあれば自分たちハンターが対応すると学校側に申し出ておく。
十年前は同じこの学校で教頭をしていたという校長が直々に、当時の話を色々してくれた。
話を聞いた後、二人で情報を整理する。
「ペットの犬を凄い可愛がってる女の子がいたんだってね」
「そうだな。そして、入学して一年で事故死したらしい」
「……例の女の子と、雑魔になった犬のことかな?」
「おそらくはそうだろうな。状況が合致する」
しかも校長は娘が死んでからしばらく、見慣れない犬が学校の付近をうろついていたとも言っていた。
疑う余地はなさそうだ。
「生前の家、付近の家、道、公園。となると次はこの学校だろうね」
「公園からは学校が一番近い。それで間違いないだろう」
即席で組んだペアだが、しっかり連携を取る姿は様になっている。
「私は空から見張るよ」
「了解した。ならば地上での捜索は任せてもらおう」
お互いが見張りを始めてしばらくした後、校門に雑魔の姿が現れる。
幸い今は授業中で体育の時間でもないので校庭に人気はなく、生徒も先生たちも全員校舎の中だ。
雑魔はしばらく佇み校舎を見上げ、やがてゆっくりと歩いて校庭に辿りついた。
そして穴を掘り始める。
校庭はいくつか土の色が違う箇所があった。
おそらくは穴が掘られるたび学校側が埋め直したのだろう。
雑魔はずっと賽の河原の石積みのような行為を続けているのだ。
哀れに思えど、見過ごすわけにもいかない。
しかし雑魔も危機感知能力が高いようで、まよいが魔法を放とうとマテリアルを練り上げると弾かれたように空を見上げた。
度重なるハンターとのやり取りで、周囲のマテリアルの変化に敏感になっているのかもしれない。
穴が無かったせいなのか、敵対行動すら取らず脱兎のごとく逃げ出した雑魔を見送った二人は、素早く味方に連絡を入れるのだった。
●依頼開始から二十五分後~三十分後
管理人に話を聞いていた途中で五回目の通信を受けたドゥアルは、その起きているのか寝ているのかいまいち判然としない表情のまま管理人に向き直った。
「失礼しました(すぴー)……。どうぞお話を(すぴー)……続けて(すぴょー)」
もはや最後まで台詞を言えてすらいないドゥアルに対し、管理人は何ともいえない表情だ。
きちんとドゥアルは己の身分と目的を説明したのだが、何故か変人を見るような視線を注がれている。
彼女はこれが当たり前なので、慣れていなければ奇異に映るのは仕方ない。
「なるほど(すぴー)……ここでも穴掘り被害が(すぴー)……」
真剣な表情の管理人だが、よく見れば視線が彷徨っていて額に汗が浮いている。
明らかに対応に困っている様子だ。
それでも真剣にドゥアルに心当たりを説明する辺り、真面目な性格なのだろう。
「どうせですし(すぴー)……死んだ娘さんの墓も見てみましょうか(すぴー)……」
席を経ったドゥアルはフラフラとした歩みで外に出る。
墓場を練り歩くドゥアルは、ちょうど娘の墓前から去っていく雑魔を見つけた。
「あれは雑魔(すぴー)……。あの方面は……家に戻ろうとしているようですね(すぴー)……」
身構えるドゥアルだったが、半分眠っている彼女の動きはやたらとのんびりしている。
覚醒すれば完全に眠気も消えてハイテンションになるのだが、それまではこんな感じである。
雑魔が去った後、とりあえず見聞きした情報は共有しようと、ドゥアルは皆に連絡を入れた。
●雑魔の末路
こうして、行動範囲が判明した。
犬は自分が暮らしていた場所を、円を描くように延々と回っていたのだ。
誰かを穴に突き落とそうとする割には、一度失敗すれば必要以上に執着することもない。むしろまるで別の目的があるかのように、生き残ることを優先している節さえある。
情報を総合すると、間違いなくあの家で飼われていた犬が娘の死後捨てられ、死亡して雑魔化したものなのだろう。
付近の住民たちからの昔話で、娘が生きていた頃、犬が庭で娘の投げるボールを盛大に尻尾を振りながら追いかけ、キャッチしては娘の下へ届けていた話を聞いた。
ボールは、思い出の品なのだ。雑魔となってなお、そのボールを咥え続けている。
それでも雑魔は雑魔だ。倒さなければならない。それがハンターの責務でもある。
逃げ場のない墓場に八人掛かりで追い詰める。
事情を知った今でも、所詮部外者でしかない彼らには本当の意味で犬の気持ちを慮ることなど、できるはずもない。
ただ、撃滅するのみである。
「擬似接続開始。コード『アマテラス』。……イミュテーション・トツカノツルギ」
ロザリオを触媒にしたマリエルが静かに光の波動を雑魔に向けて放つ。
「さようなら、ワンちゃん。追いかけっこ、楽しかったよ」
普段は無邪気なまよいもどこかしんみりとした雰囲気を漂わせ、魔法の矢を展開し、狙いを定める。
「あなたの供養は、しっかりとさせてもらいます。だからもう、休んでください」
なおも逃げようとする雑魔犬の周囲に、ミオレスカが銃弾を打ち込んでその動きを封じた。
「ハァァァァ! 覚醒! 歪虚よ、天に帰る時が来た様だな! ……すみません本当にすみません」
眠気が晴れると同時に普段の癖が出たドゥアルは、真っ赤な顔で平謝りしながら光の杭を雑魔に打ち込み、もがく雑魔の更なる希望を断つ。
「……ごめんね。もう、終わりにしよう。なるべく、痛くないようにするから」
犬好きである真夕は涙を浮かべ、魂に安らぎが訪れることを願い、歌に思いを込め魔法の矢を放つ。
「どんな事情があろうとも、私達のすべきことは変わらない。さらばだ」
あくまで冷厳な戦士の態度なまま表情を変えず、レイアがマリエルと真夕に寄り添い雑魔の反撃を警戒し剣を構える。
「あなたが穴を掘り続けたことの本当の意味。ちゃんと分かっていますから」
ルンルンは静かにいつもの決め台詞を口ずさむと、符に魔力を込め、稲妻に変えた。
「たかが犬。たかが雑魔。とはいえ、最期の一撃は切ないな。……せめて安らかに眠れ」
二刀を構え、真はいつでも雑魔に踏み込んで仕掛けられるよう合わせるタイミングを窺う。
逃走も反撃も封じられた雑魔に、あらゆる攻撃が殺到する。
それらが命中する瞬間、雑魔はその場に座って静かに目を閉じた。
奇しくも雑魔が散ったその場所はちょうど娘の墓前だった。
雑魔は塵と化し、色あせたボールのみが残った。
ボールは娘の墓前に供えられた。
しばらくして、廃屋で見つかった家族の集合絵姿とともに、別の街に住む娘の両親の庭先に人知れず届けられていたそうだ。
両親がそれを見つけ何を思ったかは分からない。
ただ、その後その絵姿は小さな額縁に入れて飾られ、色あせたボールと犬用の缶詰が供えられることとなったのが、ハンターズソサエティに報告された後日談の顛末である。
依頼を受けたハンターたちはまず雑魔犬の目撃情報を集めることから始めた。
「地図、借りてきました。これでいいですよね」
マリエル(ka0116)が街の地図を持ってきて、テーブルに広げる。
「どこから探そうか? 虱潰しに探すにはちょっと広いよ」
テーブルに近付いた夢路 まよい(ka1328)は広げられた地図を見下ろす。
「戦うのはともかく、見つけるまでが大変そうですね」
どこか遠慮気味に、ミオレスカ(ka3496)が地図を見て感想を述べる
「犬が生前過ごした(すぴー)……場所を中心に(すぴー)……(すぴょー)」
ドゥアル(ka3746)は眠っているのか起きているのか分からないがこれが平常運転だ。
「そうね。生前のワンちゃんと関わっていた関係者がまだいるかもしれないわ」
真剣な表情で、七夜・真夕(ka3977)が該当する箇所を確認する。
「地道な足での調査と、聞き込みが重要になりそうだな」
早くもレイア・アローネ(ka4082)は自分が回る範囲を考えているようだ。
「件の雑魔の出現報告が挙がってる場所にはチェックを入れておきましょう!」
マーカーで、ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)が地図に書き込みをしていく。
「そうだな。まずは心当たりを当たって、徐々に範囲を絞っていこうか」
一行の中で黒一点である鞍馬 真(ka5819)が締め括る。
もし発見できれば、そのまま追跡して正確な行動ルートを割り出し、釣り出して墓場に追い詰める。
さあ、依頼の始まりだ!
●依頼開始~五分後
ミオレスカはその高い敏捷性を生かして、犬が生前暮らしていたと思われる民家に辿り着いていた。
「見事に荒れ果ててますね……。何だか、世の無情を感じてしまいます……」
もはや人の住める場所ではなくなっている廃屋を眺め、寂寥感を感じて呟く。
「庭は庭で、穴だらけですね……。生前か、雑魔化してから掘った穴なのかは分かりませんけれども」
建物の中も外見どおりの荒れ果てようで、床板は所々腐って抜け落ち、壁紙も破れ、埃が積もって久しい。
ため息をついたミオレスカは足元に何かの絵が落ちているのに気付く。
「これは……絵姿ですか。しかも、かなり古い」
この家の家族を描いた絵のようだ。母親と父親らしき大人に、娘らしき幼い女の子、そして子犬が描かれている。
小さな足音にミオレスカが振り返れば、ボールを口に咥えた犬の雑魔が身を翻して外に逃げ出すところだった。
反射的に銃撃を浴びせようとするミオレスカだったが、周囲への流れ弾などの被害を考え取り止める。
ミオレスカは、すぐに仲間たちに連絡を入れた。
「皆さん、聞こえていますか!? 雑魔を発見しました! まだ周辺にいるはずです!」
通信機の向こうから、仲間たちの頼もしい声が響く。
これなら大丈夫だと、ミオレスカは安心して人知れず笑みを浮かべた。
●依頼開始から五分後~十分後
生前に犬が飼われていた民家の周辺にある民家で聞き込みをすることになったのは、ルンルンと真の二人だ。
「大丈夫、私達に任せちゃってください! ……ところで、犬が穴を掘りまくる行動に、何か思い出すことってないですか?」
「雑魔はこの周辺にも頻繁に出現しているようだが、心当たりは無いか?」
付近の住民たちは様々な話をしてくれた。
引越し先も聞くことができたし、総合すれば、雑魔の正体が廃屋で暮らしていた犬である可能性は高そうだ。
「色々分かりましたね。娘さんに凄く懐いてたこととか」
「娘さんが死んだ後、残された家族が引っ越して、犬だけが残ったらしい。何があったんだろうな」
二人の下へ、ミオレスカから連絡が入った。
雑魔出現の報だ。
まだ周辺にいる可能性が高い。
「これはのんびりしてはいられません! 見つけないと!」
「手分けして探すぞ! まだ付近にいるはずだ! 私は屋根から探す!」
即座に二人は行動に移る。
囮を兼ねてルンルンは地上をうろつき、真が見晴らしのいい屋根の上から雑魔の姿を探す作戦だ。
屋根の上から雑魔を探す真の目は、過たず物陰に潜む怪しい影を捉える。
真が素早くルンルンに連絡を入れて位置を伝える。
ルンルンが選択したのは地縛の術だった。
これをこっそり自分の周囲に展開することで捕らえる作戦だ。後は地味だが回りに被害が出ない方法で始末すればいい。
しかし雑魔犬はルンルンに体当たりするのではなく、民家の屋根に飛び乗って真に体当たりを仕掛けた。
「あれっ? こっち来ないんですか!? ちょっとちょっと!」
「こいつ、私をここから突き落とす気か! 考えたな!」
確かに屋根の下には雑魔が掘った無数の穴がある。ただ突き落とすだけよりも大きな被害を受ける可能性はあるだろう。
しかしそれも当たればの話だ。
屋根の傾斜を利用した立体的な動作で真は体当たりを回避し、攻撃が失敗した雑魔はそのまま屋根を飛び降りて道に飛び出し駆け去っていく。
二人はすぐさま仲間に連絡を入れた。
●依頼開始から十分後~十五分後
自分が担当する道に到着したマリエルは、通行人の多さに少し困っていた。
「ど、どうしましょう私だけなのに……こんな状態で雑魔が現れたら大変です」
幸い、通行人が巻き込まれても魔法で守ることはできるし、あまり考えたくはないけれど万が一負傷を許してしまっても癒すことは可能だ。
やがて、ミオレスカからの連絡が届く。続いて、少しするとルンルンと真からも連絡が。
「……あら? 犬が暮らしていた家、その周辺の家と来たら、次に近いのって、ここですよね?」
立ち尽くして考えたマリエルは、思わず飛び上がった。
「ふ、二人がいない以上私が何とかしないといけません!」
一度深呼吸をしたマリエルは、通行人たちに呼びかけた。
「付近で雑魔が出現しました! 建物内に緊急避難してください! 繰り返します! ──」
素早いマリエルの行動の甲斐あって、雑魔に襲われることなく、通行人たちの避難は完了した。
マリエルの視界に、自分に向けて走ってくる影が映る。
そして、近くにはちょうど雑魔が掘ったのであろう穴もある。
しかし、それで穴に落ちるほどマリエルというハンターは柔ではない。
己のマテルアルを励起させ、光の防御壁に変成して身を守る。
雑魔がすぐに逃げ出すのを見て、マリエルは味方に連絡を入れた。
●依頼開始から十五分後~二十分後
一人でやってきた真夕は、こじんまりとした公園を見て、複数人で来なかったことは正解だったと悟った。
「本当はレイアやマリエルと一緒に調べたかったけど、仕方ないか。効率が悪くなるものね」
既にミオレスカとルンルン、真からは連絡を受けているし、つい先ほどマリエルも連絡をくれた。
「まずは遊んでいる子たちを避難させないと……」
怖がらせないように親しみやすさを意識して笑顔を浮かべた真夕は子どもたちに目線を合わせ、近所の民家に一時的に避難してもらえるように誘導する。
その後は魔術で空を飛び、公園のどこに雑魔が現れても分かるように上空から見張る。
「来たわね! ……あら? でも、これは……」
現れた雑魔犬は滑り台の着地地点、砂場の真ん中、ブランコの真下をぐるぐると順番に回ると、穴を掘り始めた。
このまま魔術を叩き込んでも良かったが、それでは何も分からないままだ。
「こら、止めなさい!」
故に、まずは声をかけて反応を窺う。
空を飛ぶ真夕を発見した雑魔犬は、周りを見回して穴に叩き落せる対象が居ないことを悟ると、一目散に逃げ出す。
冷静に真夕は行き先を見定め仲間に連絡を入れた。
●依頼開始から二十分後~二十五分後
学校にやってきたまよいとレイアはさっそく聞き込みを行うことにした。
本来ならレイアはマリエル、真夕と組むつもりだったのだが、全員で話し合った結果聞き込みの段階では効率を優先することにして別行動をしている。
念のため、雑魔が現れる可能性を注意喚起し、何かあれば自分たちハンターが対応すると学校側に申し出ておく。
十年前は同じこの学校で教頭をしていたという校長が直々に、当時の話を色々してくれた。
話を聞いた後、二人で情報を整理する。
「ペットの犬を凄い可愛がってる女の子がいたんだってね」
「そうだな。そして、入学して一年で事故死したらしい」
「……例の女の子と、雑魔になった犬のことかな?」
「おそらくはそうだろうな。状況が合致する」
しかも校長は娘が死んでからしばらく、見慣れない犬が学校の付近をうろついていたとも言っていた。
疑う余地はなさそうだ。
「生前の家、付近の家、道、公園。となると次はこの学校だろうね」
「公園からは学校が一番近い。それで間違いないだろう」
即席で組んだペアだが、しっかり連携を取る姿は様になっている。
「私は空から見張るよ」
「了解した。ならば地上での捜索は任せてもらおう」
お互いが見張りを始めてしばらくした後、校門に雑魔の姿が現れる。
幸い今は授業中で体育の時間でもないので校庭に人気はなく、生徒も先生たちも全員校舎の中だ。
雑魔はしばらく佇み校舎を見上げ、やがてゆっくりと歩いて校庭に辿りついた。
そして穴を掘り始める。
校庭はいくつか土の色が違う箇所があった。
おそらくは穴が掘られるたび学校側が埋め直したのだろう。
雑魔はずっと賽の河原の石積みのような行為を続けているのだ。
哀れに思えど、見過ごすわけにもいかない。
しかし雑魔も危機感知能力が高いようで、まよいが魔法を放とうとマテリアルを練り上げると弾かれたように空を見上げた。
度重なるハンターとのやり取りで、周囲のマテリアルの変化に敏感になっているのかもしれない。
穴が無かったせいなのか、敵対行動すら取らず脱兎のごとく逃げ出した雑魔を見送った二人は、素早く味方に連絡を入れるのだった。
●依頼開始から二十五分後~三十分後
管理人に話を聞いていた途中で五回目の通信を受けたドゥアルは、その起きているのか寝ているのかいまいち判然としない表情のまま管理人に向き直った。
「失礼しました(すぴー)……。どうぞお話を(すぴー)……続けて(すぴょー)」
もはや最後まで台詞を言えてすらいないドゥアルに対し、管理人は何ともいえない表情だ。
きちんとドゥアルは己の身分と目的を説明したのだが、何故か変人を見るような視線を注がれている。
彼女はこれが当たり前なので、慣れていなければ奇異に映るのは仕方ない。
「なるほど(すぴー)……ここでも穴掘り被害が(すぴー)……」
真剣な表情の管理人だが、よく見れば視線が彷徨っていて額に汗が浮いている。
明らかに対応に困っている様子だ。
それでも真剣にドゥアルに心当たりを説明する辺り、真面目な性格なのだろう。
「どうせですし(すぴー)……死んだ娘さんの墓も見てみましょうか(すぴー)……」
席を経ったドゥアルはフラフラとした歩みで外に出る。
墓場を練り歩くドゥアルは、ちょうど娘の墓前から去っていく雑魔を見つけた。
「あれは雑魔(すぴー)……。あの方面は……家に戻ろうとしているようですね(すぴー)……」
身構えるドゥアルだったが、半分眠っている彼女の動きはやたらとのんびりしている。
覚醒すれば完全に眠気も消えてハイテンションになるのだが、それまではこんな感じである。
雑魔が去った後、とりあえず見聞きした情報は共有しようと、ドゥアルは皆に連絡を入れた。
●雑魔の末路
こうして、行動範囲が判明した。
犬は自分が暮らしていた場所を、円を描くように延々と回っていたのだ。
誰かを穴に突き落とそうとする割には、一度失敗すれば必要以上に執着することもない。むしろまるで別の目的があるかのように、生き残ることを優先している節さえある。
情報を総合すると、間違いなくあの家で飼われていた犬が娘の死後捨てられ、死亡して雑魔化したものなのだろう。
付近の住民たちからの昔話で、娘が生きていた頃、犬が庭で娘の投げるボールを盛大に尻尾を振りながら追いかけ、キャッチしては娘の下へ届けていた話を聞いた。
ボールは、思い出の品なのだ。雑魔となってなお、そのボールを咥え続けている。
それでも雑魔は雑魔だ。倒さなければならない。それがハンターの責務でもある。
逃げ場のない墓場に八人掛かりで追い詰める。
事情を知った今でも、所詮部外者でしかない彼らには本当の意味で犬の気持ちを慮ることなど、できるはずもない。
ただ、撃滅するのみである。
「擬似接続開始。コード『アマテラス』。……イミュテーション・トツカノツルギ」
ロザリオを触媒にしたマリエルが静かに光の波動を雑魔に向けて放つ。
「さようなら、ワンちゃん。追いかけっこ、楽しかったよ」
普段は無邪気なまよいもどこかしんみりとした雰囲気を漂わせ、魔法の矢を展開し、狙いを定める。
「あなたの供養は、しっかりとさせてもらいます。だからもう、休んでください」
なおも逃げようとする雑魔犬の周囲に、ミオレスカが銃弾を打ち込んでその動きを封じた。
「ハァァァァ! 覚醒! 歪虚よ、天に帰る時が来た様だな! ……すみません本当にすみません」
眠気が晴れると同時に普段の癖が出たドゥアルは、真っ赤な顔で平謝りしながら光の杭を雑魔に打ち込み、もがく雑魔の更なる希望を断つ。
「……ごめんね。もう、終わりにしよう。なるべく、痛くないようにするから」
犬好きである真夕は涙を浮かべ、魂に安らぎが訪れることを願い、歌に思いを込め魔法の矢を放つ。
「どんな事情があろうとも、私達のすべきことは変わらない。さらばだ」
あくまで冷厳な戦士の態度なまま表情を変えず、レイアがマリエルと真夕に寄り添い雑魔の反撃を警戒し剣を構える。
「あなたが穴を掘り続けたことの本当の意味。ちゃんと分かっていますから」
ルンルンは静かにいつもの決め台詞を口ずさむと、符に魔力を込め、稲妻に変えた。
「たかが犬。たかが雑魔。とはいえ、最期の一撃は切ないな。……せめて安らかに眠れ」
二刀を構え、真はいつでも雑魔に踏み込んで仕掛けられるよう合わせるタイミングを窺う。
逃走も反撃も封じられた雑魔に、あらゆる攻撃が殺到する。
それらが命中する瞬間、雑魔はその場に座って静かに目を閉じた。
奇しくも雑魔が散ったその場所はちょうど娘の墓前だった。
雑魔は塵と化し、色あせたボールのみが残った。
ボールは娘の墓前に供えられた。
しばらくして、廃屋で見つかった家族の集合絵姿とともに、別の街に住む娘の両親の庭先に人知れず届けられていたそうだ。
両親がそれを見つけ何を思ったかは分からない。
ただ、その後その絵姿は小さな額縁に入れて飾られ、色あせたボールと犬用の缶詰が供えられることとなったのが、ハンターズソサエティに報告された後日談の顛末である。
依頼結果
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雑魔退治 レイア・アローネ(ka4082) 人間(クリムゾンウェスト)|24才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2018/06/01 01:09:43 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/06/01 13:00:34 |