エッグハンター 『葛藤』──コカドリーユ

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/06/04 19:00
完成日
2018/06/11 18:55

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

※このシナリオはユニットシナリオですが、その内容から機械系のユニットではなく、幻獣系のユニット、もしくは生身での参加が推奨されます。


 システィーナ王女とマーロウ大公の政争もたけなわなグラズヘイム王国にあって、その騒動とは関わり合い無く日々を送る者たちも(当然のことながら)たくさんいる。
 例えば、王都から遠く離れた北部の農家。或いは、地図にも乗らぬ小さな村の漁師たち──彼らにとっては「今日の天気や明日の天候がどうなるか」の方がより切実であるのは言わずもがなであろう。
 エッグハンターと通称される者たちにとっても、そうだ。王国北東部フェルダー地方──この国でほぼ唯一と言ってもいい山岳地帯の奥地には、平地では見られぬ様々な希少な動植物が生息している。それらは普通に生きている一般の人々にとっては無縁の存在であるが、好事家や商人、薬師、学者、或いは魔術師や一部の技術者たちにとっては確かな需要が存在している。エッグハンターとは、そんな彼らから仕事を請け負い、秘境へと分け入り、彼らが求めるものらを手に入れ、報酬を得ることを生業とする者たちを指す。言うまでもなく、彼らにとって最大の関心事は──狩られる獲物は相手か、自分か。ただそれだけだ。

 王立学園騎士科の受験に『失敗』して王都から故郷の村へ帰る途中、送ってくれていた村の先生が突如『失踪』し、見知らぬ土地で途方に暮れていたところを『何でも屋』ダイク・ダンヴィルに拾われた『少年』ジーン・リドリーもまた、『エッグハンター』を生業とする冒険者だった。
 元々は望んで就いた職ではない。雇用主であり身元引受人でもあるダイクは『探偵』を自称していたものの、その実態は文字通り『何でも屋』であり、業務内容は「推して知るべし」の一言で言い表せた。吟遊詩人の唄うヴィオラ・フルブライトに憧れて騎士を目指したジーンにとっては「不本意」の一言では言い表せない状況だったが、時折、ダイクが「押し付けられて来る」『エッグハント』の仕事だけは、ジーンを胸躍る非日常へと解放してくれるものだった。

 その日もジーンはダイクと共にフェルダー地方へ入り、依頼を受ける者らと待ち合わせている集合場所へと向かっていた。
 エッグハントの仕事は普通、その依頼を取り仕切る『胴元』の下、複数のチームによる合同で行われることが多い。それだけ危険な仕事という証左でもあるが…… 皮肉なことに、その事自体が『危険』の要因となることも少なくはない。
「今回の獲物は……『コカドリーユ』(とパルムには訳された)、ですか…… いったいどんな生き物なんです?」
「頭に鶏のトサカが生えた有翼のトカゲ……らしい。俺も見たことはない。攻撃してきた相手の腕を腐らせるとか、身体が石の様に動かなくなる毒を吐くとか言われている」
「……なんですか、それ。むちゃくちゃ危険じゃないですか」
「だから依頼内容は『卵一個の確保』、だ。無理に成体と戦ったりする必要はない。なに、やりようはあるさ」
 ダイクの言葉に武者震いと、覚悟と、口の端に微かに笑みとを決めたジーンであったが……
 到着した集合場所に遅れて現れた胴元は、たいそう不機嫌な様子で吐き捨てる様にハンターたちにこう告げた。
「……依頼主によって今回の依頼はキャンセルされた。それどころではない、だそうだ」
「は……?」
 胴元の言葉に、集まったハンターたちは騒然とした。当然だろう。この集合場所までの旅費はハンターたちの自腹なのだ。
「ドタキャンかよ!? 冗談じゃねぇぞ! こんな山奥くんだりまで呼びつけておいて……!」
「おい、依頼主を呼びつけろ! ここまでの旅費を払わせるんだ!」
「出来るわけなかろう! 俺の所に話が来るまで、いったい幾つの業者を挟んでいると思っている!?」
「はあっ!? ピンハネすることだけいっちょ前か! ふざけんな!」
 騒然とする他グループをよそに、ジーンはダイクと無言で視線を交わし、溜め息を吐いた。
 ……依頼主は好事家を名乗ったどこぞの貴族であったらしい。──エッグハンターにお偉い貴族がたの政治の話は関係ない。だが、依頼主がその影響を受けないとは言っていない。
「……これからどうします?」
「まいったな…… これ以上、大家に事務所の家賃を待ってもらえるとは思えるか?」
「…………」
 2人が困り切っていると、いつの間にか背後に立っていた男が「では、私が依頼料を払いましょう!」とにこやかな笑顔でそう告げた。2人は驚き、跳び退いた。つい先程まで、その場で見かけなかった男だったからだ。
 その態度に小首を傾げる男の身なりは整っていた。一目で高級と分かるスーツの上に魔力がふんだんに込められた革鎧を重ね、一目で高級品と分かるマントを羽織り、装飾の施された鞘に宝剣を佩いている。
「な、なんだって……?」
「ですから、キャンセルされたその依頼を私が引き継ぐと言っているのです」
 男は自らを自由都市の商人だと名乗った。自身も急遽、コカドリーユの卵を入荷する必要に迫られ、どうにか手に入れられる可能性にかけて、ハンターとして依頼を受けることで自ら現地に来たと言うのだが……
「そういうわけで、依頼がキャンセルとなると私も困るのです。なので、このまま皆さんにコカドリーユの卵の入手をお願いしたい。私も自ら矢面に立たずに済みますし」
 男の提案に他グループから喝采と歓喜の声が上がった。無理もない。胴元にとっても渡りに船とはこのことだろう。
「契約内容は?!」
「キャンセルされた依頼と同額の基本料を。最低一つは卵を確保してください。……それと、余計に卵を持ってきてくれた分だけ、1つごとに20000のボーナスを」
「なっ!?」
 追加報酬の話に爆発的な歓声が湧き起こる中、ジーンは目を瞠った。
 普通、学者などがエッグハンターに卵入手の依頼をする時は、生態系に影響が出ないように1つだけ、と指定するのが常道だった。故に、エッグハンターは戦闘の勝利よりもどうやって卵を一つくすねるか、に策を練る。だが、複数を入手しようとすれば当然、巣を守る親獣が邪魔となり……彼我共に無駄な殺戮が繰り広げられることとなる。
「そんな! あなたはそれでもいいって言うんですか!?」
「私にも商売の都合というものがございます。それが許せぬという方に依頼を強制するつもりはございません。ご辞退なさる方がおられるなら……それはそれで仕方ありません」
 辞退者はいなかった。ジーンは頭を振ってそれを確認すると、ダイクに詰め寄った。
「いいんですか、こんな……!」
「……家賃は待ってくれん」
 最低でも1個は卵を手に入れないと…… 雇い主の言葉に、ジーンは世の世知辛さに涙した。

リプレイ本文

「こっちの世界に来てから結構経つけど、まだまだ知らない生き物とかいるんだなぁ…… これは冒険家として放っておけないよ!」
 まだ見ぬ秘境に好奇心をうずかせ、この地にやって来た時音 ざくろ(ka1250)── ……だが、そんな彼を待っていたのは、血沸き肉躍る冒険ではなく、世知辛い現実だった。
 依頼のキャンセルを告げられ、愕然として落ち込むざくろ。直後に依頼を引き継ぐという商人が現れて一瞬、喜色を浮かべたものの…… その内容はいかにもどうにも胡散臭くて、すぐに喜びも萎んでしまう。
「コカドリーユという生物の危険性を確認しに来たつもりではあったんだが、厄介なことになったな。やたらと生き物を殺す気はないんだが……」
 嘆息するアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)。その視線の先には依頼主である商人と、告げられたボーナスの話に歓声を上げるエッグハンターたち──
「この私の前でまたとんでもない依頼を出しやがって…… しかもアイツら、金に釣られてまたホイホイと乗っかりやがりましたです」
 冷たい目で彼らを見据えて、シレークス(ka0752)は吐き捨てた。冷え切った声音に込められた熱雷の如き主の怒りに、ユグディラ『インフラマラエ』が(ご主人様、激おこなのにゃ……!)とその身をガタガタ震わせる。
 ……巣からたくさん卵を取って来るには、それを守る親竜たちを倒してしまうのが一番手っ取り早い。こんな依頼の仕方は本来、人にも竜にも余計な犠牲を出す下策なのだ。
「なんつーかなぁ…… 生き物を商売の道具としてしか見れねぇ奴とは友達にゃなれそうにねぇな」
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)が自分たちの幻獣を遠目に見やりながら溜め息を吐いた。
 美しいラベンダー色の鱗のワイバーン「ラヴェンドラ」は、主であるロニ・カルディス(ka0551)から貰った野菜──竜種には珍しく肉よりもそちらの方が好きなのだ──を美味しそうにバリバリとかじっていたが、いつの間にか傍に来ていた「蒼海熱風『J9』」(ざくろのグリフォン。愛称ジェイク。全身を覆う漆黒の幻獣鎧で一見、メカ生体のように見える)の姿にビクゥッ! と度肝を抜かれ…… 好奇心旺盛な「シャルラッハ」(ボルディアの緋色のワイバーン)がその『メカ生体』に近づいていって(互いに)鼻をクンクンさせて、普通の生物であることを確認し。ホッとしたラヴェンドラがお近づきの印に2頭へ野菜を鼻先で押してお裾分け。それを見てJ9とシャルラッハが揃って小首を傾げる。
 アルトのイェジド「イレーネ」は雲間から差し込む僅かな日差しを見つけて岩の上にしゃがみ込むと、その純白の尻尾をゆったりふぁさふぁさ揺らしながら日向ぼっことしゃれ込んで。そんな幻獣たちから離れた所で一頭、孤高を保つユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の蒼白い毛並みのイェジド「オリーヴェ」は、ただジッとコカドリーユの巣があるという山頂の方をジッと見上げている……
「……卵を一つ回収するのはいい。元々の目的でしたから…… でも、必要以上に奪ったり、余計な殺生を行いたくはないですね……」
 頭の上に丸まったユグディラ「ヤエ」を乗っけたまま(最初にそこに落っこちて来て以降、一緒にいるときはそこがヤエの定位置となっていた)、サクラ・エルフリード(ka2598)は率直な感想を口にした。
「同感だな。気前の良い話ではあるが、やり過ぎる訳にはいかないと思う。無駄にリスクを背負う必要もないし、ここは程々で引くといいうのはどうだ?」
 ラヴェンドラの所から戻って来たロニが仲間たちにそう提案し。それに天川 麗美(ka1355)が真っ先に賛同の意を示す。
「賛成ー。今回は卵一個だけ渡してバイバイってことで! ……なんかあの依頼主、超アヤシイ感じだし」
 麗美は想像する。今回の依頼……卵の買い取り主は、いったいどんな人間だろう? ……物好きな貴族の道楽か。或いは何かの邪悪な儀式の生贄に使ったり?!
 ユーリもまた懸念する。……今回の流れはあまりに『出来過ぎている』気がする。自分の気のせい、取り越し苦労であるならそれで良いのだが……
「……とりあえず、卵の回収だけはやっておきましょうか。自分の中の疑問を解消する意味も含めてね」
 ユーリの言葉を皮切りに、ハンターたちは今回の依頼の方針を話し合った。
 基本方針としては、卵一つだけを確保して退却する。竜に対する攻撃は最小限に留め、必要以上に弱らせないよう配慮する。
「飛行班が可能な限り雄竜を巣から引き離して足止め。その間に地上班が巣へと突入し、雌竜を抑えながら卵を確保する」
「コカちゃんを他のエッグハンターたちから引き離すように誘導する! みんなで協力して他のエッグハンターたちが竜に近づかないように嫌がらせをする、ってことで!」
 最後にロニと麗美が話し合いをそう纏めると、ハンターたちは頷き合い、立ち上がった。
「後で絶対に泣かすから、覚えていやがれ、ですよ……」
 遠目に依頼主の商人を一瞥して、シレークス。再びインフラマラエがゾクゾクッとその身を震わせ……欠伸を一つながら「……ニャ?」とヤエが目を覚ました。


 エッグハントが始まった。
 山頂にある巣を目指し、一路、斜面を上っていくハンターたち── それを木々の枝葉の間にちらほら見ながら、飛行可能な幻獣に乗ったハンターたちが一足先に空を往く。
「……あれがコカドリーユの巣。そして、それを守っているのが雌竜か…… その上空を飛んでいるのが番いの雄竜──仲間たちが卵を手に入れるまで、あれを惹き付けておくのがざくろたちの役割だね!」
 なんだか飛び方もどことなくメカ生体っぽいJ9の背の上で、ドキドキワクワクしながらざくろが言う。
 彼の他に飛んでいるのは、ボルディアの紅きシャルラッハとロニの青紫のラヴェンドラ。他にワイバーンやグリフォンを駆るエッグハンターたちの4騎もあったが、連中はこちらより前に出る気配がまるでない。
「あいつら…… 俺たちに飛竜を弱らせて、美味しいとこだけ頂戴する腹積もりか」
「まあ、来ないってぇんならこっちも好きにさせてもらうさね」
 エッグハンターたちを振り返って眉をひそめるロニにニヤリと笑って、ボルディアが単騎で前に出た。何をするつもりだ、と怪訝に思うエッグハンターたちを他所に、特に急ぐことも戦闘態勢を取ることもなく無造作に進みゆく。
 空中警戒に当たっていた雄竜が、巣に近づいて来る存在に気付いて追い払いにやって来た。威嚇の唸り声を上げながらシャルラッハの後ろに回り込む雄竜── 回避運動を取ってもいいかと目で訴える相棒を手で制し、ボルディアは有利な位置を相手に取らせたまま、荷から取り出した肉の塊を手に振り返る。
「よーしよし……怖くねぇぞ。大丈夫だ。俺はお前をいじめたりしねぇ」
 人前ではあまり見せたことの無い柔らかい表情を浮かべ、雄竜へ肉を差し出すボルディア。雄竜はきょとんとそれを見た後…… Sygyaaaaa……! と咆哮を上げて突っ込んで来る。
「あはははっ、ダメか! ま、産卵期は気が立ってるしな!」
 ボルディアは豪快に笑うと、一瞬後には表情を切り替え、手綱を引いて愛竜を横転降下させた。直後、彼女らが先程までいた空間へ吐き出される毒の息。それを躱されたことを知った雄竜もまた身体を捻って紅の飛竜に追随する。
「激おこだな」
「まぁ、時間は稼げたし、ちゃんと注意も惹けたようだし」
 というか、ドッグファイト的な意味において完全にケツに喰らいつかれていた。どうやら敵の方が優速で運動性にも勝るらしい。
 クルクルと旋回してどうにか追尾を外そうとするシャルラハの頭上を抑え、脚の鉤爪を振り下ろす雄竜。翼を蹴られて高度を落したシャルラハがどうにか姿勢を立て直し。直後、追撃するべく迫って来た雄竜の眼前に、高度を速度に変換しながら急加速を掛けたロニのラヴェンドラが割り込んだ。尻を振って挑発し、ボルディアとは逆方向へ旋回するラベンダーカラーのワイバーン。怒りに囚われた雄竜が目標を変え、そちらへと喰らいつく……
「ほらほら、卵を貰っちゃうよ~!」
 シャルラハとラヴェンドラのダメージが嵩んでいくのを察したざくろは一騎、巣の上空へ侵入すると、マテリアルの防御幕を身に纏いながらJ9に命令。巣に向かって逆落としに降下を始めた。
 気づいた雄竜が怒りの咆哮を上げ、ロニとボルディアから離れて一直線にそちらへ進路を変える。ざくろはすぐにJ9に降下を中止させ回避運動を促すと、発煙手榴弾のピンを抜いて籠手越しに高く掲げ持った。
 巣穴近くの低高度域に棚引く煙幕の帯。雄竜の攻撃を避けてクルリクルリと旋回した後、ざくろは『這う這うの体で追い払われた』といった風に巣の上空から『エッグハンターたちのいない空域』へと『逃げて』いく……

 巣の上空に傘の様に広がっていく煙幕の雲── それを確認した地上のハンターたちは一斉に行動を開始した。
 インフラマラエを後続させつつ、籠手型武装を拳に握って突っ込んでいくシレークス。オリーヴェに騎乗したユーリもまた相棒に力を解放するよう指示を出しつつ覚醒し、その全身を20代のそれへと『成長』させながら全力で雌竜へと接近していく。
「申し訳ありませんが一つだけ卵を分けてくださいな……と言っても、どうぞ、とはならないですよね…… 遺憾ではありますが、まずは卵をいただく隙が出来るまで母竜を消耗させましょう」
 全身をマテリアルの光で覆って前進しながらサクラが皆に呼びかけて。それを聞いた頭上のヤエが小首を傾げ…… その場(頭の上)で(無表情のまま)『旅人たちの練習曲』のリズムを刻み出す。
「……手伝ってくれるのですか。ありがとう、ヤエ…… 近接戦に入ります。なるべく落ちないようにしてくださいね」
 口元に微笑を浮かべて相棒をねぎらうサクラ。一方、自分たちは安全な場所に身を置いて幻獣たちだけを前線に出す者たちもいる。他チームのエッグハンターたちだ。
 彼らは相棒であるはずのイェジドやリーリーの尻を叩いて最前線に送り出すと、自分たちはその場から動かずに指示と悪態を飛ばすことしかしなくなった。
 それを麗美がすぐ横からまん丸な瞳でジッと見ていた。気付いたエッグハンターの一人が訝し気に眉を寄せて訊ねた。
「……な、なんだよ……?」
「いえ、皆さんも後衛職なんですかぁ?」
「は?」
「いえいえ、だったらお仲間ですねぇ、と言いたかっただけで。麗美ちゃんはあんな化け物と戦えるようなマッチョ戦士じゃないですし、紙装甲なんで、前衛の後ろに隠れながら支援役に徹するつもりなんですよぉ。あとは逃げ回って囮役? くらいしかできそうにないですしぃ…… きっと皆さんもそうなのですよね? だって、エッグハンターともあろうものが、幻獣だけを戦わせてこんな所で高みの見物とか…… いやいや、そんなことするわけないですし!」
 両手を頬の前で合わせて小首を傾げるぶりっ子ポーズ──まったく邪気の無い輝かんばかりの笑顔でにっこりと麗美が吐いた毒に、クッと言葉を詰まらせる男たち。
 その間に、巣に向かって突っ込んでいた前衛組が母竜の攻撃範囲に入った。警告の咆哮から続いて、扇状に撒き散らされる毒ガスブレス──それに巻き込まれたシレークスと2体のリーリーが、まるで身体が石になったかの如く硬直する。
(これは……何という高強度……!)
 ブレスの兆候を察して身構えていたシレークスは立ったまま動けなくなっていた。主が麗美と会話中で何の指示もなく前進していたリーリー2体は走行姿勢のまま硬直し、倒れて地面を滑っていった。
 にゃー!? と驚き慌てるインフラマラエ。そこへ遅れて到達したサクラがすかさず『キュア』の光をシレークスに飛ばして状態異常を回復させた。2体のリーリーには……飛ばさない。暫し地面に転がっていてもらう。
 ユーリはオリーヴェに母竜へ突っ込むように命じた。相棒と同じ白銀色となり、腰まで伸びた髪を風になびかせつつ、毒ガスブレスの効果範囲を回り込むように一気に肉薄していくユーリとイェジド。気付いた母竜が振り向くより早くその側面に接した彼女たちは、しかし、攻撃は仕掛けない。
 素早く周囲に視線をやって、エッグハンターのイェジドたちの位置を確認するユーリ。雄叫びと共に振るわれた母竜の鉤爪による一撃を、振り返らぬまま相棒の背をポンと叩いて回避指示。応じたオリーヴェが『指示のあった方向』へと跳び躱し、『偶然』、母竜に飛び掛からんとしていたイェジドたちの眼前へと着地し、イェジドたちがたたらを踏む。
「っ! 何をやっているんだ!」
「あら。ごめんあそばせ」
 しれっと謝罪しつつ、再びの『スティールステップ』。今度は直接イェジドにぶつかるように跳び避ける。
 話し掛け続ける麗美を退けて、迂回しての攻撃を指示するエッグハンターたち。改めてコカドリーユに突撃しようとした2頭は、しかし、今度は「どりゃあああ!」と母竜に跳び殴りかかって『躱された』シレークスの拳が眼前の地面に落ちて足を止めた。
「おおっと、危うく味方をぶん殴っちまうとこでやがりました。危ない、危ない」(←すっとぼけ
「……いい加減にしろ! さっきから何なんだ、お前ら! 素人か!?」
「……あ゛っ? 文句があるなら、てめーらも前に出てきたらどーですか。矢面にも立たねえ奴に四の五のと言われたくはねーです」
 (敢えて)母竜に背を向け、男たちに叫ぶシレークス。すかさず無防備なその背に母竜がブレスを吐き、彼女共々周囲のイェジド2頭が硬直する。
 あんぐりと口を開ける男たち。すぐにサクラが硬直したシレークスに『キュア』を掛け……そこへ殴りかかる母竜にユーリが「あら危ない」とオリーヴェに指示して『ウォークライ』。その咆哮にビクリと身体を震わせコカドリーユが攻撃を外し。同時に、硬直から回復して母竜を蹴ろうとしていたリーリー2体も(なぜか)ビビッてその攻撃を空振りする……

 その頃。戦場の外縁を大きく回り込んでいたアルトとイレーネが、ちょうど巣を挟んで反対側の外縁部へと到達した。
 主であるアルトの姿は見えない。……いや、よくよく意識を集中して見れば、イレーネの横に隠れるように地面に膝をついた彼女の姿に気が付くことができる。
 アルトは自身をマテリアルのオーラで覆ってすっかりその気配を消していた。その強度は余程意識をしなければ認識することすらできない程の……
「……目的は討伐ではない。可能な限り攻撃は控え、相手の眼から私を隠す事を重点に置いて行動すること。いい?」
 囁くようにアルトが告げると、戦闘モードのイレーネは不満そうに喉を鳴らす。
「今日はダメ。……さて、と。それでは行こうか、イレーネ」
 イレーネは頷くと音もなく小走りで進み始めた。
 その身に隠れるようにしながら、アルトもまた奮闘する母竜の背後から巣へと近づいていった。


 巣の上空に広がっていた煙幕の帳が薄れ、上空で奮闘していたコカドリーユが地上の侵略者に気が付いた。
 自身の敵には目もくれず、一直線に番いの元へと戻らんとする雄竜── ハンターたちの目的はあくまで誘引であり、雄竜を攻撃はしてこなかったのだが、どうやらその方針も転換しなければならなくなった。
「悪ぃな…… だが、こっちも生きるのに必死なんだ」
「この先にはざくろの大切な人もいる。行かせるわけにはいかないよ!」
 逃げようとする雄竜を3騎で囲み、その鼻先を急降下攻撃して針路を逸らしに掛かるボルディア。ざくろは『デルタレイ』の光条を撃ち放ちながらクルクルと相手に先回りをし、突っ込んで来たその身体を『攻勢防壁』でもって弾き飛ばす。
 それでも、3騎の隙間を縫うようにひらりひらりと包囲を抜け出すコカドリーユ。ロニはラヴェンドラに幻獣砲による威嚇射撃を行わせたが、雄竜は当たるのも構わず強引にその弾幕を突破する。
「……クッ!」
 ロニは背後を振り仰ぎながら、仕方なくその背に『ジャッジメント』──相手をその場に釘付けにする光の杭を放った。攻撃魔法ではあるが、コカドリーユの方が優速で運動性も高いとなれば、このまま行かせてしまっては追い付けない。
 自身を宙に縫い留める光の杭を引き千切って逃れ出る雄竜。ロニはより強力な『ブルガトリオ』にて拘束する。
 無数の闇の刃に捉われ、失速し、地上へ落ちていく雄竜…… 直後、体勢を立て直した彼は再びただひたすらに番いの元へ── その針路上に回り込んだざくろは涙ながらにそれを『攻勢防壁』で押し返す……
 嵩んでいく雄竜のダメージ──頃合いと判断した4騎のエッグハンターたちが、それまでの傍観を止めて攻撃に加わり始める。
「待て! 殺す必要はないはずだ! 卵は一つ取ればいい。乱獲すれば生態系に影響が出てしまう!」
「何を言っていやがる。殺さなきゃ地上の連中に危険が及ぶぞ」
 ロニは説得を試みたが、大義名分を振りかざす相手は全く聞く耳を持たない。
(まだか、卵は……!)
 ロニは地上を振り返った。戦いはまだ続いている……

 一方、地上──
 囮役に徹して母竜の傍に肉薄し続けたオリーヴェが、脚に毒のブレスを受けてその動きを停止した。そこへ振るわれた鉤爪の一撃を、後方から麗美が展開した『防御障壁』が受け止め、砕け。すかさずサクラ(ヤエ付き)が右手を振るって『キュア』を飛ばし、更に続けて左手を振って範囲内を広域回復。その光を受けたシレークスががっしとコカドリーユに組みつき、巣から剥さんと試み、振り払われる。
「インフラマラエ!」
「にゃ!」
 後転受け身を取って体勢を整えたシレークスが後ろを振り返らずに指示を出し。応じたユグディラがリュートをかき鳴らしつつ、思わぬ低音美声で聖歌っぽく『猫たちの挽歌』を歌い出し……その悲嘆に満ちた旋律が、母竜と、そして4体の幻獣たちの攻撃衝動に水を差す。
「あいつら、また……!」
 この頃にはエッグハンターたちもどうやら自分たちが邪魔をされているらしいと確信し、槍を手に自ら前進して来ていた。幻獣たちの後ろから一斉に母竜へ突き出される槍衾── しかし、そのダメージ全てを、シレークスは『ガウスジェイル』でその身に引き受ける。
「そ……そこまでするのか、お前たちは……!」
 驚愕し、一瞬動きを止めるエッグハンターたち。それは母竜もまた同様で──
「……! 今です!」
 その後方、母竜の背後から近づくイレーネに気付いたサクラが叫び、ユーリが『ソウルトーチ』で己のオーラを更に激しく噴出させる。一瞬、そちらへ意識を奪われた母竜の後肢を、筋肉漲らせたシレークスが雄叫びと共に抱えて持ち上げ…… 直後、その場にいる誰もが認識できていなかったアルトが巣の端の卵を一つくすねて、一気にその場を離脱する。
「やった……!」
 麗美は一つガッツポーズをすると、踵を返して一目散に巣から離脱。誰よりも早く斜面を下へと駆け下りた。
「回収出来たら長居は無用…… さっさとこの場を離れましょう」
「待てッ!」
 戦いを放棄して戦場を離脱しようとするハンターたちに、エッグハンターの男たちが立ちはだかった。
「ボーナスが出るんだぞ!? なぜそれを狙わない?!」
「……理由は2つあります」
 卵を取ったことにより隠密効果をなくしたアルトが淡々と説明する。
 一つは、生態系の問題。もう一つは、無駄に殺戮を行うことでコカドリーユという種が人間を敵と認定するのを避ける為。後々、敵対行動がエスカレートすれば、人里が襲われるような事態にならないとも限らないからだ。
「納得がいかないというのなら……」
 不満そうな男たちにサクラはスッと目を細めた。いざとなったら筋肉の力(マッスルポーズ)で彼らを止める……なに、筋肉の力は鎧だって超越して光を放つさ!(ぇ
 その時、自分から離れた人間たちを警戒しながら巣を守っていた母竜が、卵が一つ失われていることに気が付いた。そして、それまで聞いたこともないような怒りの咆哮を上げて、人間たちへと突進する。
「金で解決するのは好きじゃあないんだが……」
 アルトは小さく舌を打つと、男たちに提案をした。ボーナスが欲しいだけなら、卵5個を手に入れたのと同じだけの金を自分が出す。2万×追加分4個、一人頭8万だ。
「そういうことなら……」
 男たちが納得するのと同時に、母竜がこちらに突っ込んで来た。人間と幻獣たちは慌てて転げ落ちるように斜面を下る。
「あ、やっと来たぁ~。もー、何してたんですかぁ? 待ちくたびれまし……きゃー!?」
 巣から離れた場所に草葉を掛けてカモフラージュした魔導トラック──その運転席の窓から身を乗り出して後ろを確認した麗美は、山の斜面を駆け下りて来る仲間たちとそれを追って来るコカドリーユを見て、目を見開いて悲鳴を上げた。
 転がり込むようにトラックの荷台に跳び乗る徒歩の人間たち。麗美は無駄のない手早い動きでサイドブレーキを下ろしてギアをドライブに。瞬間、思いっきりアクセルを踏み込んで後輪を回転させる。跳ね上げられた泥が顔に当たって母竜が一瞬怯み……その間にトラックはゆっくりと、弾けるような急発進でその場を飛び出した。

「そこまでだ」
 空中── 雄竜に止めを刺そうとエッグハンターたちが槍を振り上げたその先に、ボルディア、ロニ、ざくろの3騎が割り込んだ。
「何をしやがる!?」
「そこをどけ!」
 血気に逸る男たちに動じることなく、ボルディアが淡々と落ち着く様に言って諭す。
「こいつを殺す必要はねぇだろう。ここで殺せば今ある以上の卵は手に入らねぇ。だが、生かしておけばコイツらはこれから先、いくつも卵を産む。子供も卵を産む。……長い目で見りゃ、1個だけで済ます方がテメェらの食い扶持がなくならずにイイんだよ」
「それでも聞き入れてもらえない場合には……」
 実力行使も辞さないと言外に込めて告げるロニ。応じて威嚇の声を上げるラヴェンドラ── 普段は大人しい飛竜であるが、一度戦闘となれば彼女が怯むことはない。
「あのー……」
 一触即発の空気の中、敢えてどこか暢気な口調でざくろが地上を指差した。
「もう雄竜を惹き付けておく必要はないみたいなんだけど……」
 その示す先には転がるように山の斜面を駆け下りていく麗美のトラック(with ターボブースト) ……決まりだ、とボルディアがニヤリと笑って手を叩き、巨大な魔斧を肩に担いで悠々とその場を離脱する。
(今日はごめんね……)
 ざくろは雄竜にそっと呟くと、こっそり回復魔法を掛けた。力を取り戻し、咆哮するコカドリーユ。ざくろが慌てた様子で竜から離れる。
「わわわ、竜が元気になった(汗汗汗) こっちの消耗考えると危険だ。撤退しよう」
 こちらを振り返ることなく飛んで行った雄竜を見送りながら、ざくろ。毒気を抜かれた男たちも文句を言いつつ、竜を追うことはせずに騎首を巡らし、山から離れる。

 皆の殿に立ったロニが最後に背後を振り返る。
 合流した2頭のコカドリーユ──卵を奪われた夫婦は哀切なる嘆きを空と山々へと響かせて……
「あの竜たちから見れば、俺たちもエッグハンターたちと変わりはないのだろうな……」
 そうポツリと呟いた。


「ねぇ、一つ聞いてもいいかな?」
「依頼主がここまでして卵を手に入れたい理由が気になるのだが」
 山麓、胴元と商人が待つベースキャンプ── 卵を受領した商人に向かって、ユーリとアルトがそう訊ねた。
 アルトには懸念があった。コカドリーユは相当に危険な生物のようだった。それを孵化させて……いったいどうするつもりなのか? 或いはどこかに送り込む様なことを考えていないか? 杞憂ならそれで良いのだが……
「杞憂です。そもそも雇われ人である貴方たちには関係のない話ですし、買取主がこの卵をこの後、どうするか、私の知った事でもありません」
「……単刀直入に聞くわ。本来の依頼人から依頼を横取りして何が狙い? でなきゃ、このタイミングで破棄されるなんて出来過ぎてる。エッグんハンターたちを『破格の報酬』でけしかけたのは自身への疑惑や疑問を持たせない為……違う?」
「仰っている意味が分かりかねます」
 ユーリの追求にのらりくらりと答える商人。結局、確たる証拠があるわけでもなく、疑惑だけでフン捕まえるというわけにもいかない。
「……服装があまりにも『不自然なまでに』整い過ぎている。山の中よ、ここ……」
「……尾けてみるか?」
 ユーリと頷き合い、アルトは隠密系スキルを使って卵を持ち帰る商人の後を尾行した。しかし……
「一介の商人が覚醒者の尾行を撒く、だと……?」
 誰も居なくなった山中で、アルトはポツリと呟いた。

依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 20
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MVP一覧

  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニka3109

重体一覧

参加者一覧

  • 龍奏の蒼姫
    ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239
    エルフ|15才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    オリーヴェ
    オリーヴェ(ka0239unit001
    ユニット|幻獣
  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ラヴェンドラ
    ラヴェンドラ(ka0551unit004
    ユニット|幻獣
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    インフラマラエ
    インフラマラエ(ka0752unit002
    ユニット|幻獣
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ワイバーン
    シャルラッハ(ka0796unit005
    ユニット|幻獣
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ソウカイネップウジェイナイン
    蒼海熱風『J9』(ka1250unit005
    ユニット|幻獣
  • 心の友(山猫団認定)
    天川 麗美(ka1355
    人間(紅)|20才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ワイルドキャットゴウ
    山猫号(ka1355unit001
    ユニット|車両
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ヤエ
    ヤエ(ka2598unit004
    ユニット|幻獣
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    イレーネ(ka3109unit001
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/06/02 23:48:38
アイコン 相談卓:エッグハント!
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
人間(クリムゾンウェスト)|21才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2018/06/04 12:36:26