ぬくもりをあなたに

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~5人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/06/04 19:00
完成日
2018/06/17 13:29

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●精霊からの手紙

 花の精霊フィー・フローレ(kz0255)は帝都に精霊の避難所を兼ねた自然公園が完成してからというもの、精霊を受け入れてくれたコロッセオ周辺の住民に感謝を示すために街路樹や花壇の世話を行っている。
 子犬の顔の精霊が小さい手でせっせと土いじりをする姿は、今まで精霊と馴染みが薄かった帝国の人々にとってなかなか興味深いものらしい。
 最近ではフィーに気軽に声をかけ、共にガーデニングに勤しむ子供達も現れている。
 子供達が来るたびに園芸道具を収めた籠を抱えては逃げ回っていたフィーだったが、ここ数日は緊張しながらも花の育て方を丁寧に教え始めたようで……コロッセオで精霊の警護にあたる軍人達も穏やかにその様子を見守っていた。

 そんなある日のこと。

 フィーが花の手入れを終えて公園に帰ってきたところ、公園の管理人アダムが「待っていましたよ」と言ってフィーに茶色の封筒を差し出した。
「……? 私二、オ手紙?」
「ええ、里帰りした溶岩の精霊様から。山に無事に到着されたので、麓の住民に手紙を書いてもらったんだそうです」
「マァ! ソレハ良カッタノダワ!」
 早速封筒から便箋を取り出し、目を輝かせながらそれを読み始めるフィー。手紙の内容はおおむね、次のようなものだった。

 ――皆は元気にしているだろうか。
 あの日、皆が快く送り出してくれたおかげで無事に故郷へたどり着いた。ありがとう。
 そこで話は突然なのだが、よかったら近いうちにこちらに遊びに来てくれないだろうか。
 先ごろ山で悪さをしていた雑魔をあらかた退治できたので、こちらの山で人間達が温泉の事業を再開する目途を立てたらしい。
 本格的に人間達がこの山を訪れることになれば騒々しくなるだろう。
 その前に私の自慢の湯を堪能してほしいと思っている。帝都で穏やかな時間を過ごさせてもらったささやかな礼だ。
 人間達に話を通してあるので、まとまった数で来てもらっても構わない。
 それと……こちらに人間の子供が湯治に来ているんだが、どうにも扱いにくくてな。
 できればでいい。その子らにも会って楽しい話のひとつでもしてやってくれないか。
 それでは、よろしく頼む――。

「アノ子ガ元気ソウデ嬉シイケド。ンー、温泉……?」
 かつて花畑だけが自分の世界だったフィーは「温泉」という言葉にいまひとつピンと来ないらしい。小首を傾げて考え込むとアダムが小さく頷いた。
「溶岩の精霊様の故郷は保養地として有名だったところです。傷を癒す効果や疲労回復で定評のあるお湯が地面から出てくるので、人間達がお風呂を造って利用していたんですよ」
「ウワァ、ソレハスゴイノ! ネエ、ソレナラ葵モ元気二ナルカナ!?」
 わかりやすく説明されるやいなや、フィーは声を大きく弾ませた。
 ――葵とはフィーの親友である清水の精霊の愛称だ。かつてある英霊から深い傷を受けた彼女は日常生活に戻れる程度まで回復したものの、現在も療養中の身である。
 アダムは口元に手を寄せ、フィーの問いに慎重に答えを選んだ。
「そうですねぇ。火山は自然の力が集まっていそうですし、温泉なら葵さんの水のマテリアルにも悪い影響はないと思います。ただ、僕は専門家ではないのでなんとも……」
「ンー。難シイノネ」
 尖った鼻先をスンと鳴らし、腕組みをするフィー。
 その時、地表から水気が立ち昇った。清水の精霊が姿を現したのだ。
『フィーよ、妾なら構わぬぞ。汝の好意は心地よいしの。それに数日旅をする程度なら力にそう問題はないはずじゃ。溶岩にも久しぶりに会うてみたいしのう』
「ホント!? 嬉シイノ! ヨーシ、他ニモ行キタイ子ガイナイカ確認シナイト。オ出カケノ準備準備!」
 フィーが親友の積極的な言葉に早速大喜びで駆け出そうとする。その時、清水の精霊がついと呼び止めた。
『フィーよ、ハンターオフィスにも声をかけてみてはどうじゃ? 手紙によると溶岩は人間の子供に何やら悩んでおるそうじゃ。妾らが話をすることもできようが、人間の社会に類する話であれば十分な答えを返すことは難しい。そういう時に力を借りる場面もあるじゃろう』
「ワァ! ソレハ良イアイデアナノ! 皆二会イタイッテ思ッテタカラ楽シミナノッ。ソレジャ、オフィスマデ行ッテクルノー!」
 とてとてとてーっと走っていくフィーの背中を清水の精霊とアダムはまるでやんちゃな娘の冒険を見守るように、ほのぼのと眺めていた。


●湯にたゆたう少女

「どうだい、メルル。体、少しは楽になってきたかな?」
「……よく、わかんない。でも寒い感じはなくなった……と思う」
 ここは溶岩の精霊が守護する火山の洞窟。
 小さな湯舟の傍で跪く少年の問いに、メルルと呼ばれた少女がとろんとした瞳のまま言葉を返した。
「そっか。ここ、色んな病気に効くって聞いたんだけどね。でももう少しだけ頑張ってみようよ。もしかしたら温まるうちに体がよくなってくるかもしれないし。それまで僕も頑張るからさ!」
「うん……兄さん、ありがとう」
 ちゃぷん、と音を立ててメルルの肩が湯に沈む。その時、洞窟の入り口から野太い声が響いた。
「おーい、エレン! そろそろ休憩時間は終わりだぞ。早く作業に戻れ!」
 エレンと呼ばれた少年は焦った様子ですぐに立ち上がった。
「わかりました親方! すぐ戻ります! ……メルル、ちゃんとお屋敷にひとりで戻れるね? 部屋に戻ったら温かくして寝るんだよ」
「うん。兄さんも怪我しないで、無事に帰ってきてね」
「ああ。約束する。それじゃ、また!」
 そう言って慌ただしく駆け出していくエレン。はじめは彼を眩しそうに見送るメルルだったが、その背が見えなくなり――ひとりぼっちになった途端にひどく寂しげな顔で小さく呟いた。
「どうせ私なんて、長く生きられないのに……どうして兄さんはあんなに無理をするのよ」
 自分の中にある病は表にこそ出てこないが、じわじわと命を蝕んでいる。その確信が彼女にはあった。
「お医者様も匙を投げたのに……少しでも可能性があるならって、無茶な仕事ばかり請け負って高い薬を買って……。今も、この温泉で私を休ませるためだけに、宿泊所で慣れない下働きをしてる。私がいなければ、兄さんはきっともっと良い仕事ができて、幸せになっているはずなのに!」
 メルルの目から涙がぽろぽろと湯に落ちていく。本当はもう、立ち上がることすら辛い。でも「兄の笑顔を失いたくない」。その思いだけでメルルは今、生きている。

 そんな兄妹の様子をじっと眺める赤い石ころがある。かの「溶岩の精霊」が身を竦めた姿だ。彼はかつて善意からこの少女に何度も励ましの言葉をかけたが、いずれも突っぱねられ、心を痛めていた。
(人とは儚いもの。だからこそ、懸命に幸せを願い、生を喜ぶものだと思っていたのだがな)
 彼はそう考えながら、外に向かってころころと転がっていった。

リプレイ本文

●温泉へ

 ハンター達と精霊の一行が保養地に到着すると、すぐさま温泉の受付に通された。
「不思議ナ香リ!」
 黒い鼻を動かすフィー・フローレ(kz0255)。隣に立つ愛梨(ka5827)が「硫黄の匂いね」と言う。
「イオウ?」
「体が温まる、お肌にも優しい成分。この辺りのお湯には硫黄が含まれているのよ」
「匂イデオ風呂ノ効果ガワカルノ!? スゴイノ!」
「あたしは東方で山奥にある村の生まれなの。だからかはわからないけど、故郷ではそれなりに行ったのよね、温泉。母さんも好きだったし。……懐かしいなあ」
 愛梨は道中で同行者達に屈託なく接し、既に精霊達とも親交を結んでいる。
 そこに赤い石を人型に組み合わせたような異形の存在がやってきた。
『皆、よく来てくれた』
 厳つい姿に反した、理知的な声。一行をこの地に招待した溶岩の精霊だ。
 ジェスター・ルース=レイス(ka7050)が進み出る。
「溶岩の旦那、今回はお誘いありがとうじゃん。これ、つまんねえもんだけどお土産。旦那は燃えて変化する物が好きだよな?」
 ジェスターは笑みを浮かべると小箱を精霊に差し出した。彼は帝都の自然公園造成計画に関わっていたため、かつて公園に避難していた溶岩の精霊とも顔見知りの関係だ。
『久しいな、ジェスター。……香か。これはありがたい』
「ああ。そういや旦那、この辺りで冷たい飲み物を扱っているとこないか? 特に牛乳があればいいな。風呂上がりの牛乳は最高なんだぜ」
『飲み物は人間達が準備しているはずだ。水や牛の乳だけでなく、それに果汁を加えたものも開発したと言っていたな。後ほど届けるよう伝えておこう』
「サンキュ。んー、果汁っつーとフルーツ牛乳ってやつか? この辺りの人はわかってんだな!」
 ジェスターが顎に手を当てて感心すると、精霊は口を三日月の形に吊り上げた。

 澪(ka6002)は親友の濡羽 香墨(ka6760)の分とあわせて受付で湯着を借り受けた。澪から湯着を渡された香墨が静かに「ありがと」とはにかむ。
(香墨、和らいでる。良かった。温泉は私も兄様達と行ったことはあるけど、久しぶり。色々忙しなくてゆっくりしてる暇もなかったから良い機会かも)
 そう考え、静かな表情をくずす澪。香墨が不思議そうに小首を傾げた。
「どうしたの」
「ん、少し。香墨の顔が優しいから」
 そんな澪の囁くような返事に香墨の白い頬が赤く染まった。
「……こういうときじゃないと。休めないから。依頼だから、休める時に休む」
 生きるために覚醒者となった香墨は精霊との誓いを重く受け止めている。早口で紡がれた言葉は照れ隠し半分、本音も半分。それを知る澪は、香墨の強張りを解くように笑んだ。

 セイ(ka6982)はロビーで待ち人の到着を心待ちにしていた。
(メイシュイ、まだかな)
 清水の精霊をメイシュイと呼ぶ彼の鞄には鮮やかな色の袋が入っている。出発前に用意した清水の精霊への贈り物だ。
 その時、通路から澪の声が聞こえてきた。
「……そう。ここでは水着か湯着が必要。あと、長い髪はお湯につけないようにって」
『ふむ、沐浴にも作法があるのじゃな』
 納得した様子の清水の精霊を先頭に、女性陣がロビーに姿を現す。そこで幸いとセイが袋を取り出した。
「メイシュイ! これ、よかったら使って……?」
 そこでセイは我が目を疑った。清水の精霊の長い髪が淡青の湯着に転じたのだ。
『これで良いじゃろうか』
 一瞬で露出度ゼロの単衣姿となった清水の精霊と、その隣で淡いピンク色のワンピース水着を纏ったフィーに女性陣が感心のため息をつく。
 セイは心の中で嗚咽した。
(……だよな! メイシュイは精霊だから着衣は自由自在だって……わかってたんだ……)
 彼の握る袋の中には色っぽい黒ビキニが収まっている。色々な意味で青年らしい無念さを一粒の涙に落とし込むと、セイは鞄に袋を押し込んだ。
「いやぁ、精霊って便利な力があるんだな……いやぁ、本当に……うん、凄いよ……うん」
『む? セイ、どうしたのじゃ。目が潤んでおるぞ』
「えっ? あ、湯煙が目に染みたのかもしれないな。ははは」
 この笑いが白々しくなってないか彼は酷く案じていたが――いずれにしてもセイのプレゼント計画は失敗に終わったのだった。


●湯あそび

「……あんまり肌、見せたくないから。こういう場所は。嬉しい」
 洞窟風呂に脚を浸して呟く香墨。彼女は他者を守るために敢えて危険に身を晒す機会が多い。したがって無数の傷が白い肌に残り、それが何とも痛々しかった。
「……うん。ゆっくりできそう」
 澪は香墨に気をつかわせないよう、その背を追うようにして座る。その隣にフィーが続いた。
「ファー、アッタカイノー」
 緩みきった顔で湯煙に頭の花を揺らすフィー。そんな彼女に澪が目を白黒させる。
「……フィーって濡れると変わるね」
 そう。今のフィーは全身の毛がしぼんでいるのだ。普段の姿がリアルブルーで言うところのポメラニアンに近いことからも、そのボリュームの落差をご想像いただきたい。しかし本人にはその自覚がないようで、意に介さず甲高い声を発した。
「ソウカナ? デモ、ソレヨリモビックリシタノハ香墨ナノヨ!」
「私?」
「ダッテ香墨ノ髪、トッテモ綺麗ナンダモノ!」
 ――それは入浴直前のことだ。
 香墨が普段は無造作に下ろしているの髪を丁寧に洗い、櫛を通したところ見事な艶を放ったのだ。その様は彼女の家名に相応しい美しさだった。
 紺碧の美しい髪を持つ澪も瞳へ熱を宿らせる。
「ん。私も結ぶの勿体ないって思うぐらい綺麗だった」
「……綺麗。知らなかった」
 香墨はうなじでまとめた髪を撫で、頬を赤らめた。

 愛梨は温泉に直行せずロビーで溶岩の精霊に事情を聴いていた。
 手紙にしたためられていた「子供」の事情を移動中に簡単に聞きはしたものの、気にかかって仕方なかったのだ。
『人は互いを大切に思うからこそすれ違いもあるのだと知り……どうしたら良いのかわからなくなったのだ』
 事情を話し終えた精霊が率直な心情を吐露する。愛梨は彼を励ますように何度も頷いた。
「そっか……うん、苦しいよね。どうにかしたいって気持ちと、傷つけたくないって気持ちがぐちゃぐちゃになってしまうの。わかるよ」
『すまないな、お前達を招待しておきながら』
「ううん、平気。そういうことなら力を貸したいし。その子たちには素知らぬ顔で話してみる。……あぁ、そうだ。あなたの名前、聞いて良いかしら? せっかくこうして縁ができたのだもの」
『ああ、今までは名を持たなかったが……先ほど、香墨に「焔」と呼ばれた。折角だからな、その名を受けようと思っている』
「そう。それなら焔、あたし達を信じて少し待っててくれる? できるかぎり頑張るから」
 自由な気質の中に宿る強い責任感。愛梨の瞳は真剣そのものだった。

「どうだ、少しは楽になったか?」
『う、うむ……不思議な心地じゃな。少し気恥ずかしい』
 小さな洞窟風呂ではセイが横たわる清水の精霊の背に指をゆっくりと押し込むようにしてマッサージを繰り返していた。
 もっとも精霊はマテリアルの集合体だ。ただひたすら自身のマテリアルを送り込むイメージで丁寧に施術するセイ。その行為に清水の精霊は戸惑い、突っ伏したまま声を漏らした。
『セイよ、汝は何故妾に良くしてくれるのじゃ? 妾は汝ら人間に力を借りて、何ひとつ恩を返せておらぬのだぞ』
「そりゃあ、俺は恩とかそういう義理じゃなくて……」
 セイが困ったように頭を掻く。――その時、溌溂とした声が響いた。
「ご用命いただいたお飲み物をお届けにあがりました」
 どうやら焔が手配した飲み物を保養地の職員が届けに来たようだ。セイが気を取り直して声の主に近づくと、そこから湯着を纏った少女が頼りない足取りで歩く様が見えた。
(あの子か? 湯治の子というのは)
 少女が物陰になっている空間に入ると、まもなく微かな水音が聞こえてくる。早速セイは仲間達へサインを送った。


●傷心を包み込むもの

 飲み物を届けに来た職員はエレンと名乗る少年だった。
「お、旦那の言うとおりだ。牛乳だけじゃなくて色々あるんだなー。食べ物もあんのか」
 ジェスターはトレーの上の品々を確認するなり、笑いながらエレンの姿をさりげなく観察する。
(エレン……旦那の話では湯治客の兄貴がそんな名前だったな)
 エレンの姿は質素で額に珠のような汗が光っているが、それでも労苦を表に出さない気丈さがある。ジェスターは彼を好ましいものととらえ、人数分の飲み物を受け取った。

 一方、物陰の空間に第一に向かったのは愛梨だった。ジェスターから冷茶を預かった彼女は柔らかな表情で少女に声をかける。
「ここにもお風呂があるのね。あ、驚かせてしまってごめんなさい。あたしは愛梨、ハンターもしている占い師兼舞姫なの。ここには仲間と休養に来たのよ。ここって良い温泉って有名でしょ?」
「そうみたいですね。私はメルル。兄と一緒に……」
 少女――メルルが呟くように喋る。気難しそうだと愛梨は思ったが、明るい表情を崩さずに冷茶を差し出した。
「ここ、結構しっかりした温度よね。水分補給は大切! 良かったら飲んで。お近づきのしるしにね」
「ありがとうございます」
 おどおどしながらグラスに口をつけるメルル。その素直さに愛梨は安心した。指先で後方の仲間達へサインを送る。入っても大丈夫そうだ、と。
 まずはセイが愛梨を探していたような素振りで入った。
「あ、こんなとこにいたのか。探したんだぞ? っと、キミも湯治に来てるのか? 俺らもなんだ」
 そこに続いてジェスター、澪、香墨が入室した。
「私、お邪魔なら兄のところに……」
 突然の事態に不安そうなメルル。そこに澪が歩み寄り、脚を湯に浸した。
「私にも兄がいる。双子の姉妹も。ね、良かったらあなたのお兄さんのこと、聞かせて?」
 今の澪の瞳は静かな湖面のようで、感情が読み取れない。ただ、このまま黙っていては状況が開けないことをメルルは直感した。
「ええ。私の兄は……」

 メルルが語ったことは焔が一行に伝えたことと同様だった。
(焔の言った通りね。お兄さんを大切に思っているからこそ。その気持ちは彼女自身のものだから、理解できるなんて容易には言えない)
 愛梨は逡巡した後、たった一言だけ言った。
「貴女は愛されてるね」
 メルルがはっとしたように目を見開く。
 次いで香墨が澪の隣に腰を下ろすと、澪の手を握って言葉を確かめるように問うた。
「……あなたは。死にたいの? 生きたいの?」
「兄さんが私のせいで不幸になるのは嫌。それぐらいなら……」
「そう。……私は。死ぬのは嫌。だから生きる。生きるために縋って。這いつくばって。泥水啜ってでも。痛くて苦しくても。でも生きる。……死にたくないから」
 香墨の毅然とした声。澪は香墨の言葉を支えるように言った。
「……立場が逆だったら。そう考えてみるといい。貴女はその時、兄を放っていけるのか」
 メルルの言葉が詰まる。
 するとジェスターが指先で弄んでいたグラスを壁際に置いた。その表情は焦燥感に満ちている。
「なぁ、あんたは病気の進行を止める術があるんだよな? いつか治る可能性がある。それって羨ましいぜ? 俺はあと10年もしないうちに死が確定してるからな」
 苦々しい感情を含んだ声。思わずその場にいる全員が息を呑んだ。ジェスターが皮肉げに笑う。
「……寿命なんだよ。親父もお袋も早かったから、俺もきっとそう。だけどな、俺はやりたいことやりきって死んでやるって思ってんだ。あんたは何を残す?」
 元来寿命の短いドラグーンの中でもひと際短命な一族に生を受けた彼の声は厳しい。セイが深く頷いて、言葉を継いだ。
「そうだな。俺もドラグーンだから好きなひととの寿命が全然違うけど、いつかそのひとが俺を思い出した時に笑ってくれるといいって思う。メルルもさ、兄さんがメルルのことを思い出す時に後悔ばかりさせたくないだろ? キミが兄さんの努力を受け取ることで、兄さんの心と思い出を守っているんだ。偉いな」
 メルルが唇を噛んで、押し黙る。その様をジェスターが静かに見据え、口を開いた。
「あとな、言いたいことがもうひとつある。守るべきもののために動く人間が『かわいそう』って、それは相手に対して失礼だろう」
「そんなこと、全然」
「言ってねえって? 言ってんじゃんか。自分がいたら不幸になるって。それは相手をかわいそうって上から見てるのと変わらないぞ。なぁ、どんだけ上から目線で言ってるか気がついてるか?」
「それ、は」
「あんたがいることで、あんたの兄貴は救われている。……さっき、あんたの兄貴に会ったよ。キラキラした顔で、あんたをここに送るのも大切な仕事なんだって。一緒にいるだけで幸せそうだぜ? それをあんたが否定すんのはやめてやれ」
「……はい」
 メルルの目の縁に大きな雫がいくつもできては落ちていく。その涙は無私の愛情への感謝だった。
「貴女は愛されている。貴女が生きて幸せになれることを望んでる。難しく考えないで、その想いにありがとうと言い続けるのが良いんじゃないかな」
 声を和らげ、メルルに目を細める澪。
 愛梨はメルルを背後からそっと抱きしめた。
「大事な人には幸せになって欲しいはず。少しでも笑顔でいて欲しいはず。辛いだろうけど、大変だろうけど、戦い続けるのが恩返しだと思うよ」
「……は、い」
 ぼろぼろと涙を流すメルルに、セイが元気づけるように快活な笑みを向けた。その手には先ほどエレンが運んできた軽食がある。
「実はこれ、キミの兄さんから。小食なの、心配してたぞ。ちょっとでも良いから食べてみないか? 湯治の効果も上がるかもしれない」
「ありがとうございます」
 軽食を受け取ると、早速口をつけるメルル。「おいしいです」という声に一行はもれなく安堵した。


●兄妹の向かう先

 数日後、メルルとエレンは馬車で帝都にほど近い集落へ向かった。
 帝都でメルルの病に効果のある新薬が開発中されていると聞き、メルルが前向きな意思を示したのだ。
「僕は嬉しいよ、メルルが明るくなって。この調子で頑張ろうね」
「ええ。私、もう諦めない。それに香墨さんがくれたこのお守り、生き足掻く人に力を与えてくれるって」
 そう言ってメルルが2つのペンダントをエレンに見せた。それらは持ち主の命を守る加護の力が宿っているという。
「また会えたら改めてお礼をしないとね」
 そう言うエレンの鞄の中には涼やかな音色をたてる小さな鐘が5つ、並んでいる。それも香墨が「薬代の足しに」と渡したものだ。
(必ず、メルルは僕が守ってみせます。どうか皆さんもご無事で……また会えますように)
 エレンは馬車の窓越しに祈った。
 馬車はゆく。
 帝都にほど近い集落へ。血の臭いと腐臭が微かに漂う、森に囲まれた地へ――。

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  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨ka6760
  • Braveheart
    ジェスター・ルース=レイスka7050

重体一覧

参加者一覧

  • アヴィドの友達
    愛梨(ka5827
    人間(紅)|18才|女性|符術師
  • 比翼連理―瞳―
    澪(ka6002
    鬼|12才|女性|舞刀士
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨(ka6760
    鬼|16才|女性|聖導士
  • 死を砕く双魂
    セイ(ka6982
    ドラグーン|27才|男性|闘狩人
  • Braveheart
    ジェスター・ルース=レイス(ka7050
    ドラグーン|14才|男性|舞刀士

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依頼相談掲示板
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/06/03 16:52:44
アイコン 【相談卓】
濡羽 香墨(ka6760
鬼|16才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2018/06/03 22:03:28