忘却の騎士

マスター:のどか

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/06/06 12:00
完成日
2018/07/06 03:20

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


――あれは誰だ?

 真っ白な世界の中で、誰かの背中が見える。
 とても外を歩く恰好には思えない、薄手の部屋着を纏ったその背中は細くて、華奢で、それでいて柔らかい布の先から覗いた素肌は月の輝きのように白く、美しかった。
 さらりと伸びたきめ細かい金色の髪が揺れて、果実の蜜みたいな甘い香りがふんわりと鼻先をくすぐる。
「――名前は?」
 彼女が問うて、私は高鳴る心臓を押さえながら答えた。
「アルバートと申します」
「……ありきたりね。明日には忘れそう」
 抑揚のない涼やかな声で彼女はそう口にした。
 零れた吐息の音が心地よく耳に響いて、私は自らの想いを正確に理解していた。
「どうぞ、貴方様のお名前もお聞かせください」
 私の問いに彼女は振り返る。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 陶器のようななめらかな頬が露になり、さくらんぼのようなみずみずしさを持った唇の朱が脳裏に焼き付く。
 しゅっとした鼻筋が視線を上へと誘い、やがてその瞳が露に――

――繰り返し見たようなその夢は、いつもそこで終わってしまう。


「――正直に言うと扱いに困っておる」
 ランタンの光が零れるテントの中で、ナディア・ドラゴネッティ(kz0207)はしかめっ面でそうつぶやいた。
 ほんのりと漂う香ばしい匂いは、オフィスから持ち込んだ愛飲のお茶のもの。
 カップにたっぷりと注がれたそれはついぞ口元に運ばれることは無く、テーブルの上でその温かみを失いかけていた。
「今も相変わらずの様子か?」
「はい、ぐっすりみたいですね」
 ルミ・ヘヴンズドア(kz0060)が答えると、ナディアは小さく唸りながら天幕を仰ぐ。
 煮え切らない彼女の心配の種は、先日このグラウンド・ゼロ浄化キャンプの近くで捕えた歪虚――らしき青年の処遇だ。
 敵は気を失っているかのようで、現在現場で急造した檻に入れられている。
 周囲は監視の依頼を受けているハンター達に囲まれ、24時間体制で常に見張りがついていた。
「今のうちに始末しなければならない、とも思う。だが同時に下手に手を出して再び暴れられたら……とも思う」
「でも少なくとも、檻には大人しく入れられたんですよね?」
「ううむ」
 少なくとも目を覚ます気配はない。
 だが安易に手も下せない。
 あの竜が暴れまわった際の損害を鑑みれば、安易に決断を下せるものではないのは確かだ。
 いいや、もしかしたら機会を損じてしまっているのではないだろうか。
 せめぎ合う脳内会議に歯止めがきくことはない。
「戦場でハンターが見つけたという縦穴は?」
 ナディアの問いにルミはぺらりと羊皮紙の資料をめくると、うーんと小さく喉を鳴らす。
「調査結果が出るにはもう少し時間が掛かるカモです。神霊樹のライブラリと照会してるとこですけど……とりあえず分かるのは、ものすごく古い遺跡ってことくらい」
「この地で遺跡となれば、必然的に古代の産物ということになるが――」
 そんな時、1人の職員が慌てた様子でテントの中へと駆けこんできた。
 何事かとナディアが尋ねると、彼女は呼吸も整わないうちに答える。
「檻の歪虚が目を覚ましました……!」
 ナディアは掛けていた椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
 冷めきったお茶がちゃぷんと揺れてテーブルの上を濡らす。
「暴れておるのか!?」
「い、いえ……大人しくしているようですが……」
「あたしが行きますっ!」
「お、おい、待つのじゃっ!」
 ルミがテントを飛び出そうとして、ナディアが慌ててその背を呼び止めた。
「現地のハンターとちゃんと合流するんじゃぞ!」
「はーい、分かってます!」
 振り返りながらウインクを飛ばすとルミは改めてテントを飛び出す。
 それを心もとない様子で見送って、ナディアは小さく息を飲み込んだ。


 青年は檻の中でどこまでも続くグラウンド・ゼロの大地をぼんやりと眺めていた。
 覇気の「は」の字すらも感じられないその姿は気だるげで、どこか疲弊しきっているようにも見えた。
「ええと……はじめまして、私はハンターズソサエティのルミ・ヘヴンズドアです」
 急造ながらも頑丈な檻を前に、ルミは幾分緊張した様子で問いかける。
 錆びた鉄みたいな色をした瞳がぐるりと彼女を見上げ、びくりと一瞬、小さな肩が震えていた。
「あなたの名前は……?」
 ルミがそう尋ねると、錆色の瞳はふいと彼女がら視線を外して辺りの景色を見渡した。
 黒い前髪にうっすらと掛かった灰色のメッシュが揺れて、その表情を僅かに覆い隠す。
「あの、私の言葉分かってます……?」
「……アルバートだ」
「へっ?」
 突然口を開いて、ルミは虚を突かれたように声を上擦らせた。
「名前……聞いただろ、あんた。アルバートだ。間違えていなければ」
「あ……え、ええ、ありがとう」
 視線を外したまま答えた彼に、ルミは気圧されたように言葉を返す。
「それで……あなたはなぜここに?」
「……さぁな、俺の方が知りたいくらいだ」
「そ、それはどういう?」
 アルバートと名乗った青年は再び錆色の瞳をルミへ向けると、吐息交じりに吐き捨てた。
「知らない。何もわかりゃしない。名前以外……いや、それも辛うじて“そうだ”と認識できる程度。夢――」
「夢……?」
「……とにかく、こっちの方が聞きたい。ここはどこで、俺は何者だ……?」
 歪虚――言いかけて、ルミはその言葉を飲み込む。
「あなたは今、何を望んでますか……?」
 だから、そう切り返した。
 正直なところ、この場所で大きく事を構えるのは避けたい。
 この場を離れてくれるのならば、今は動向を見送るのも1つの選択肢として脳裏に根付いていた。
 アルバートはうつむいて、そのまま何も答えなかった。
 目的すらも分からないということか――そう感じ取ってルミが口を開こうとしたその瞬間、乱れた髪の合間から彼の瞳がゆらりと覗く。
 錆色の瞳は、いつしか灼熱にくべた鋼のように煌々とした輝きを灯していた。
 何かを請うように着せられたローブから覗いた両の掌を上に向けると、そこに負のマテリアルが集まり始める。
 やがて束になった粒子の中で、禍々しい赤い光の刃がその手に握られていた。
 咄嗟にルミが檻から距離を取って、ハンター達は武器を抜き放つ。
 だがそれよりも早く深紅の一閃が檻の中で閃いて、真っ二つになった天板が音を立てて赤土の上に転がった。
 舞い上がる土埃の中で飛び出した影が檻の残骸の上にひらりと着地する。
 そして辺りを見渡して――遠くに見えるかがり火に目を細めた。
「……あそこに居るのか?」
 そう口にして、彼は目の前の少女が口にした先ほどの質問を頭の中で反芻していた。

――今、何を望んでいますか?

「俺は……俺は……」
 ぼんやりとしたスープのような思考で、その底の底にある本心をつかみ取るように、鍋をかきまわす。
 そして救い上げた記憶のひと欠片がその口から零れ落ちていた。
「――彼女を迎えに行かなければならない」

リプレイ本文

 もうもうと立ち昇る赤い粉塵は風に流されて、覆われた視界が一気に明瞭になる。
「みんな、大丈夫……!?」
 カメラのノイズを調整しながら、クレール・ディンセルフ(ka0586)は通信機へと叫ぶ。
 コックピット内にいたため一番「こと」の余波が少なかったのが彼女ではあるが、同時にその狭い視野で一番状況を把握しきれていないのもまた確か。
 だからこそ檻の外に出たアルバートにカメラアイの焦点が合った時、ゾクリとみぞおちの辺りが冷え込んだのを感じていた。
「けほっ……大丈夫です。目に埃が入っただけですから」
 涙目で咳き込む羊谷 めい(ka0669)も、状況はハッキリと理解して手にしていた盾を身構える。
 彼は静観したまま、目立った動きは見せていない。
 その余裕がまたどこか不気味で、まるで自分たちのことなど意にも介していないような冷酷な意志を感じ取っていた。
 赤粉の中からイェジドの大きな影が飛び出して、10mほど離れた大地に滑るように着地する。
 背にしがみついた紫炎(ka5268)が無造作に小脇に抱えたルミ・ヘヴンズドア(kz0060)をそっと地面に下ろした。
「火急のため手荒に申し訳ない」
「い、いえ……ありがとうございます」
 土埃を払いながら立ち上がったルミ。
 その身体に目立った外傷がない事をざっと見渡して、紫炎は視線をアルバートへと戻した。
「貴公の目的は何か、話を聞かせて貰いたい。こちらとしても手荒な大事になるのは好ましくないし……事と次第によっては協力もやぶさかではない」
 語りかけるその言葉に、彼は見向きもせずただじっと遠方を見やる。
「言葉が聞こえてないわけでもないのだろう?」
 再度問いかけても手ごたえがなく、途方に暮れたように吐息を1つ。
 そんな時、ルミがふと口を開いた。
「迎えに行かなければ……って聞こえた気がする」
「迎えに……?」
 その言葉にアリア・セリウス(ka6424)が小さく首をかしげる。
 迎えに行く――それは至極限定的な状況や感情に基づく言葉だ。
 会いに行く。探す。似たような意味の言葉は他方あれど、迎えに行くという言葉はある種の感情に起因するもの。
 だからこそ感じる違和感はハンターだからこそなのだろうか。
 今はその答えが出ることはなく、どこか戸惑うように彼の姿を見据えている。
 そうこうしているうちに空から1騎のワイバーンが降り立って、リラ(ka5679)がその背からひょいと地面に飛び降りる。
 めいもアルバートがすぐにこの場をどうこうするつもりはないのだということを感じ取ると、ユグティラのショコラに合図を送って安らぎの音色を奏でさせた。
「……その音色をやめてくれ。なんだか、無理やり撫でつけられているようで気分が悪い」
 視線も向けずにアルバートが呟いて、めいとユグティラはビクリとその肩を揺らす。
「彼も先ほど口にしたけれど……こちらも手荒な手段を取るつもりはないわ。そちらも同じ気持ちなのであれば、曲のことは考えるから……」
 その気があるのか、それともそもそも質問に答える気がないのか、アルバートは再び口を閉じてだんまりを決め込んだ。
 ハンター達もそれを同意と取るほどお人よしでもなく、沈静の歌声が荒野に響く。
「迎えに行く――それはつまり、目的があるってこと? お願い、何でもいいからあなたのことを教えて欲しい。いきなり壊して、出て……それじゃ、何もわからない!」
 半開きにしたコックピットハッチから飛び降りて、クレールが迫るように叫ぶ。
 彼はそれを見て大きく目を見開くと、まじまじと彼女と、その機体とを見比べた。
「巨人から……人が出てきた?」
「えっ……あ……CAMを知らないの?」
 彼の素直な感想に逆に驚いて、思わず声を上擦らせるクレール。
 一方で思わず歩み寄ろうとしたアルバートを牽制するように、リアリュール(ka2003)が一歩を踏み出す。
「迎えに行く……ってどういう意味なの? 誰を、迎えに行くの……?」
 その質問に彼は踏み出しかけた足を竦ませる。
 しばらくまともに洗われていないのか、土埃だらけの素足だった。
「わか……らない。だが、俺は彼女を迎えにいかなければならない」
「……どうして?」
 追い打つように口にする。
 彼は握りしめていた光の刃を消し去ると、その手をそっと自らの額に当てがった。
「……約束をした」
 絞り出すように語って、アルバートは檻の上から飛び降りる。
 そして一歩を踏み出そうとしたところで、リアリュールはそれを呼び止めた。
「……まって! あそこに見えるのは私たちが過ごしている居住地。そこに、あなたを待つ人が居るの……?」
 問いかけると、彼は眉間に皺を寄せてわずかに考え込む。
 それから、はっきりとした言葉でそれに答えた。
「……わからない。わからないから、探しに行く」
「それは、どんな方なのでしょう。詳細が分かれば、私たちが知っている相手か確認もできます」
「そう。どこの誰で、あなたにとってどんな人なのか――もし記憶が混濁しているのなら、その整理にもなるはず。害を加えるつもりがないだけでなく、私たちはあなたと話をしたいだけですから」
 リラは諭すようにゆっくりと語り掛ける。
 彼はその言葉に困ったようにうつむいて、それから絞り出すようにお決まりの言葉を口にした。
「わからない……何も覚えていない。ただ、そう……彼女を迎えに行くと約束した」
「彼女――つまり、女の人なのですね?」
 めいが問い返して、アルバートは静かに頷く。
「年齢、髪の色、背格好――少しでも情報はありませんか?」
「夢を見ていた。いや……夢で何度でも見た。だが、目が覚めたあとは何も覚えていない。夢を見ていたということしか、覚えていない。ただ――」
「……ただ?」
「……俺は、彼女の生き方を美しいと思った。彼女は美しい人だ」
 言い切ったその言葉は迷いがなく、彼の本心であるということはそれだけではっきりと伝わってくる。
「そう……」
 それを聞いて、めいは彼の言葉を胸の奥へと飲み込む。
 そして優しいほほ笑みを浮かべてみせた。
「その方は、きっとあなたにとって大切な方なのですね」
「大切……そう、大切だ。だから俺は、彼女を迎えに行かなければならない」
「そ、それじゃまた堂々巡りです……!」
 彼が再び一歩を踏み出して、今度はクレールが慌ててそれを呼び止める。
 しかしながら「大切」――その認識が彼の意識をより強固なものにしたのだろう。
 今度は静止の声にも聴く耳を持たず、ひたりひたりと素足で赤土の大地を歩み始める。
「待ってほしい」
 イェジドが彼の進行方向に滑り込んで、背に乗った紫炎が立ちふさがる。
「申し訳ないが……君をあの場所へ立ち入らせることはできない」
「……なぜだ?」
 彼の問いに、紫炎は言葉を詰まらせた。
 どう答えたら納得のいく回答ができるものか。
 脳裏にちらつく「刃の竜」が言葉の選択を鈍らせる。
「私を覚えていますか?」
 不意にイェジドの隣に並び立ったリラが、まっすぐアルバートを見つめながらそう問うた。
 よく見てほしい、とでも言いたげに胸を張って立ちはだかる姿を彼はいぶかし気に見つめ、それからふいと首を横に振る。
「知らないな。初対面だ」
「この間のことを覚えていないのか……?」
 そう口にした紫炎を、アルバートの錆色の瞳が捉える。
「この間……? 俺はお前たちに会ってるのか……?」
「……会っている。否、戦っている。私たちと、貴公は。まさにちょうど、この場所でだ」
「戦った? 俺が、お前たちと?」
 状況を掴めていない様子で戸惑いを見せる彼に、リアリュールがさらに一歩踏み出してその記憶を補足した。
「以前出会ったとき、あなたは竜の姿をしていました。その時の記憶はない……ということでいいの?」
「竜? 俺が……?」
 不意に、アルバートは額に手を当てて「うぅ」と小さくうめき声をあげる。
 気分が優れないかのように足元がふらついて、ふらりと数歩後退った。
 その様子を見て、リアリュールも話を急きすぎたかと彼に声を掛けようとする。
 だが、その言葉は耳に届いているかもわからず、彼はただひたすらにぶつぶつと何かを呟いていた。
「……違う。そう、違う。俺は……そうじゃない」
「落ち着いて。あなたがなぜここにいるのか。なぜ、彼女を探しているのか。その理由はわからなくても、彼女を迎えに行きたいのだという想いはその胸にあるのでしょう?」
 語り掛けたアリアを捉えた彼の瞳。
 くすんだ錆色だったそれは、ボサボサの前髪の隙間から、ぼうっと熱を帯び始める。
 彼女は思わず息をのんだ。
 身じろぎこそしなかったが、代わりに一滴の緊張が頬を伝った。
「……警戒を」
 仲間にだけ聞こえるようにそう呟く。
「まって、まだ話ができないわけじゃないはず」
「だが、あちらもそうとは限らんぞ……!」
 リアリュールも手放しに信用を置いているわけではない。
 だが、紫炎の忠告を振り切ってでも知らなければならないことがあった。
 彼女はマッピングセットを取り出して書きなぐるように何かを記す。
 鮮明ではないかもしれない。
 だが記憶をできる限り掘り起こして、あの地下の光景を雰囲気だけでも……と。
 そして出来上がったそれを、アルバートに見えるように突き付ける。
「ここに、見覚えはない……?」
 刹那、一筋の熱が彼女の腕を伝った。
 それが「刃が腕を掠めたのだ」ということに気づいたのは、寸分おいて掲げた方眼紙がはらりと2つに分かれて空を舞った時のこと。
 焼けたような紙の断面のその先に、光の刃を握りしめた灼熱の瞳が覗いていた。
「そうだ……俺は歪虚じゃない」
 遅れて腕から鮮血が噴き出して、リアリュールは思わずその場を飛びのく。
 傷をもう片方の手で押さえて簡易的な止血。
 入れ違いで、アルバートに真横から突っ込むイェジド。
 紫炎が彼の横っ面に盾で体当たると、相手もまた光の刃でそれを真っ向から受け止めた。
「体制を整えろ! そう長くはもたんぞ……!」
 リラが飛竜に飛び乗って、大きな翼が空に駆け上がる。
 すぐに彼女の口から零れた歌唱が戦場を覆って、ハンター達の身体に活力がみなぎった。
「クレールさん……!」
「わかってますっ!」
 リアリュールが健在な手で手裏剣を取り出すと、クレールがそれに力を流し込んで刃をマテリアルが覆う。
 放たれた星の刃は鋭い角度でアルバートに迫ったが、彼は後ろ手に掌を向けて答えた。
 開いていた指を握りしめると、どこからともなく集まった光が盾の姿をなす。
 まるで初めから握っていたかのようにしっくりと手に馴染んで、迫る手裏剣を受け止めた。
 しかし刃は1つだけではない。
 2つ、3つと立て続けに迫るそれに、アルバートの意識は釘付けられる。
 紫炎が一度距離を取って、代わりに飛び込んだクレール。
 その身には激しく弾ける紫電を纏っていた。
「己鋼……大切断ッ!!」
 突き出された彼女の刃は彼の身を覆ったローブを突き抜けてその内部へと。
 流し込まれたマテリアルによって肥大化した刃がその身を引き裂く――かと思われた。
「あれ……?」
 感じた違和感は剣を握るその手から。
 届いた刃が固い何かに覆われて、押し戻されるような感覚にクレールは首をかしげる。
 切り裂かれたローブの一部ががはらりと宙を舞った。
 露になった彼の素肌――その半身を、分厚い鱗が覆っているのに気づいたのは、その直後の事であった。
 収縮した剣を払って、アルバートは軽やかに地を蹴る。
 そのままの勢いで退いた紫炎の盾を力強く押し込むと、力任せにイェジドの上から引きずり下ろした。
「なっ……!」
 転がり落ちた紫炎。
 赤雲に覆われた空がアルバートの影に覆われると、刃の光が視界の端に閃く。
 身を捩って、切っ先は地面を穿つ。
 続けざまにもう片方の手に握られた刃が迫る。
 かろうじて盾ではじく。
「何もわからないまま行動するのが、探し人のためになると思うのか……!?」
 紫炎が叫ぶと、両の手に握られた刃がマテリアルの粒子となって霧散した。
――否。
 祈るように頭上で合わせたアルバ―トの手に光が集まり、新たな刃が握られる。
「最善かどうかじゃない。俺は彼女に会わなければならない」
 そう答えた彼の瞳は熱に熟れ、ただまっすぐに、純粋なまでのその感情が紫炎に流れ込んできた。
 渇望。
 ただ純粋に、彼は探す彼女の事を求めている。
 刃が迫る瞬間に紫炎はヒュィと甲高く口笛を鳴らす。
 弾かれたように彼のイェジドが駆け出して、離れたルミをやや強引にその背に乗せた。
 キャンプの方を去っていくその姿を視界の端に留めて、燃えるように熱い塊がその腹部を貫いていた。
「今の状態のあなたなら、何を為したいにしろこの先へは通せないわ」
 瞬く間に距離を詰めたアリアが彼岸の刃を振るう。
 研ぎ澄まされた風切り音を響かせて迫る刃を、アルバートは大きく飛び跳ねて回避した。
 咄嗟に彼女のイェジド「コーディ」が横たわる紫炎の肩を噛み、上空へと放り投げる。
 空から急降下したリラのワイバーンがその身体を確保して、離れためいの元へと送り出す。
「大丈夫、息はあります」
 手早く傷の具合を見て、めいはほっと胸を撫でおろした。
 治癒魔法で止血を行うと苦痛に歪んでいた彼の表情が、わずかに和らぐ。
「じゃあ私、戻りますね」
「迎えに“いかなければならない”……のは、なぜなのでしょうか?」
「えっ?」
 ワイバーンの手綱を握ったリラを見上げて、めいがふと呟いた。
「いま私たちにも、彼の中にもあるのは断片的な“行動”と“思い”だけ。なのに“ねばならない”……とても強い言葉です。それがどうしても引っかかってしまって」
「それを確かめるためにも、今は大人しくなって貰わないと」
 リラがぐっと拳を握りしめながら答えると、めいも小さく、だが力強く頷き返す。
 クレールも身を屈めた状態のコックピットに滑り込むと、コンソールを叩きながら急くように表情を歪ませた。
「こうならないことを願ってたのに……分からず屋!」
 ハッチを閉じながら立ち上がった機体のカメラアイが、まさにキャンプへ駆け出そうとするアルバートの姿を捉える。
 彼女は咄嗟に外部スピーカーのツマミを最大に引き上げて、めいいっぱい声を張り上げた。
「それ以上先へ行くというなら、さっきの技をこの刃で放つッ!」
 真紅の機体が身の丈半分ほどある斬機刀を翻す。
 実際、今のCAMの技術ではそんなことは不可能だが――CAMのことを知らない彼ならば脅しとして通用するハズだとふんでいた。
「このサイズの刃なら、先ほどと違って流石に無事じゃ済まない! だから止まりなさいッ!!」
 ひたりとアルバートの素足が止まり、カメラ越しに瞳と向き合う。
 熱を持った視線からは想像できないほど冷たい感情が胸の内に渦巻いて、クレールの背筋を小さく震わせた。
 地上からはアリアとリアリュールが同じように剣と矢を構え、彼の動きを牽制する。
 その中でアルバートは半身を覆う鱗状の皮膚をそっと撫でまわした。
「これは……なんだ? 俺の身体はこんなだったのか……?」
「それは私たちにもわからないわ。あなた自身のことだから」
 静寂の中で答えて、アリアはさらに言葉を紡ぐ。
「少なくとも答えられるのは、あなたの力は“歪虚”であるということ……そしてあなた自身も――」
「――違う!」
 被せるように、アルバートは否定する。
 だが、コックピットで息を呑んだクレールのコンソールには確かに負のマテリアルが検知されている。
 彼女が光信号でそれを仲間に伝えると同時に、周囲に漂う微量なマテリアルが彼の手の中へと集まり、やがて新たな刃となって握られる。
「その刃で、あなたは何を成したいの?」
 アリアの問いに、彼の身を覆う鱗の面積がパキパキと音を立てて広がっていく。
「俺の成すべきことをする」
「……質問が悪かったみたいね。なら、その刃で――“彼女”をどうしたいの?」
 アルバートは僅かに間を置いて答えを考えると、まっすぐに彼女へ向かって視線を投げる。
 そしてどこか憂いを帯びた瞳で、ただ一言口にした。
「――俺は、彼女を守れなかった」
 彼の姿が視界から消える――いや、正しくは咄嗟に視認できないほどの速さでその身が跳躍した。
 真っ先に気づいたのは対象をマテリアルで認識していたクレールだが、彼女は奥歯を噛みしめ武器スロットの選択をハルバードへと切り替える。
 ハッタリであった以上、彼女の今の刃に彼を脅すだけの力は備わっていない。
 だからこそ「実際に脅しに値する」武装へと変更が余儀なくされる。
 CAMが腰のスロットに刀を収納し、長いハルバードの柄を引きずり出すまでの数秒の間。
 それは、彼が動くのに十分すぎるだけの機会を与えてしまうこととなる。
 めいが空中の彼めがけて漆黒の刃の雨を降らす。
 身動きの取れない瞬間をとらえたかと思った一撃であったが、彼は空中急に方向を変え加速、それを難なく躱す。
 そのまま流星のようにアリアの眼前まで迫ると、音もなく刃を振りぬく。
 彼女は双龍剣で薙ぐように受け流し、返しの魔導剣をふるった。
 僅かに懸念していた光の盾はその一撃を遮らない。
 代わりにもっと大きく、そして彼の盾と違ってしっかりとした“物体”のあるものがその刃を遮った。
「――翼?」
 背から生えた1枚の翼が彼女の刃を真っ向から受け止めていて、アリアも流石に目を見開く。
 だが、身体は慣れたタイミングで双龍剣で追の刃を放った。
 彼女より頭1つ半は飛びぬけた大きさの彼の身体が空中でくるりと回転し、横から迫った刃の奇跡の上を滑るように回避する。
 そのまま再加速して一度場を離れると、一寸遅れてリアリュールの矢が虚空を射抜く。
「疾い……」
 騎馬の上で矢を番えなおす彼女は、空中に足場があるかのように駆ける彼の姿を瞳の先で必死に追いすがる。
 その視界に迫る光の筋が見えて、彼女は咄嗟に馬の手綱を取った。
 身を捩るようにして直撃を避けたその傍で、光の余波が弾ける。
「……っ!」
 馬の脚元に突き刺さった1本の光の槍が、マテリアル光となって弾け飛んだ。
「剣だけじゃないのね……?」
 裂けた服の端々を縛るようにして繋ぎ、体裁を整える。
 後方から心配そうに見上げるティオーに表情だけで「大丈夫」と伝えて、一度引いた手を再び矢へと添えた。
 引き絞ったその先では、リラのワイバーンと空中でぶつかり合うアルバートの姿。
 大きな身体を捻るようにして追撃から逃れようとするワイバーンと、彼の放つ光の雨の中を潜り抜けるアルバ―ト。
「もう、取り返しはつかないのでしょうか……?」
 口惜しそうにつぶやいたリラの身には、執拗なアルバートの斬撃でついた細かい傷跡が浮かんでいる。
 何もわからないうちに拳を振うようなことはしたくない。
 だけど、今は守らなければならないものもある。
「リラさん、注意してッ!」
 トランシーバー越しの叫びと同時に、青緑のマテリアル光の柱が頭上から倒れてくるのが見えた。
 それは飛びぬけたリラのワイバーンの先、それに追い縋ろうとするアルバートの頭上から降り注いで、彼もまた突然の光景に目を見開く。
 やがて柱が衝突し、爆炎と共に彼の姿は地表へと勢いよく落下した。
 徐々に細くなり消えていく光の柱の先には、マテリアルハルバードの柄を構えるCAM「コロナ」の姿。
 この程度で仕留められているわけがない。
 そう無意識に感じ取ったクレールの叫びが、戦場に響き渡った。
「こういう隠し技はまだまだある! 全部破るまで試してみるか、大人しくするか、選びなさいッ!!」
 地上で立ち上る煙の中から、アルバートの影がよろりと転がり出る。
 マテリアルの熱にやられた表情が半分赤く焼け付いていたが、その怪我を庇うように、鋼の鱗が皮膚を押しのけて傷を覆う。
「俺は……迎えに行かなければならないッ!」
 アルバートもまた1つ覚えのようにそう叫ぶ。
 灼熱に染まる瞳には生気がなく、まるで激しい感情に意識を全て持っていかれているかのような形相。
 危険だ――そう感じ取ったアリアがコーディを駆り距離を詰める。
 小細工はしない。
 真正面から、今持ちうるありったけの力で彼の動きを封じ込めるだけ。
 よろめきながら立ち上がった彼に魔導剣で一振り、双龍剣で二振り。
 アルバートも鱗の腕と光の刃で受け止めるが、次第に疲労も溜まっているのか足元が僅かにふらつく。
 その機を見逃さず、魔導剣による追の三振り目。
 その一撃はまだ鱗に覆われぬ肩を深く切り裂いた――かに見えた。
 可能性を捨てきれない一心が僅かに刃を鈍らせたのか。
 肩に抉り込んだその刃の根本を、鱗に覆われないままのアルバートの腕ががっちりと掴んで押し止めていた。
「そこまでして……っ」
 アリアの声が僅かに荒む。
「そんな手を差し出されて、“彼女”は喜ぶの?」
 ずるりと力任せに傷口から刃を引き抜くアルバート。
 その口ともう片方の手に握られた刃が閃くのは、まさに瞬く間の出来事であった。
「――俺がそうしたいと願っている」
 肩を抑えながら立ち上がったアルバートと裏腹に、身体のあちこちから鮮血を噴き出し倒れるアリア。
 白き彼岸花が赤に染まる中、アルバートの片翼が大きく広げられた。
 あっという間に飛び上がった彼は、キャンプとは逆の方向へと身を加速させる。
「アルバートォォォォ!!!」
 クレールが叫びながらCAMの一歩を踏み出したが、その視界をリラのワイバーンが遮った。
「今はアリアさんを回収してキャンプへ戻りましょう。紫炎さんだって、放っておける身体じゃない」
 リラは手綱を持つ手に力を込めながら絞り出すように口にする。
 クレールは無言で頷くと、操縦桿を握る手からふっと力を抜く。
 同時に肩からも力が抜けて、思わずシートの背もたれに深く倒れ込んでいた。
「結局……詳しい事情は何も分かりませんでした」
 アリアの傷の処置を薦めながら、めいはふと息を吐く。
「彼の語る“彼女”は私たちの知る人物なのでしょうか……それとも」
 その言葉を耳に、リアリュールはアルバートの去っていった方角、そしてキャンプの方を順に見やる。
 どことなく湧き上がるこの不安が、何かの気のせいであることを願いながら。

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MVP一覧

  • よき羊飼い
    リアリュールka2003
  • 紅の月を慈しむ乙女
    アリア・セリウスka6424

重体一覧

  • 聖盾の騎士
    紫炎ka5268
  • 紅の月を慈しむ乙女
    アリア・セリウスka6424

参加者一覧

  • 明日も元気に!
    クレール・ディンセルフ(ka0586
    人間(紅)|23才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    カリスマリス・コロナ
    カリスマリス・コロナ(ka0586unit002
    ユニット|CAM
  • Sanctuary
    羊谷 めい(ka0669
    人間(蒼)|15才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ショコラ
    ショコラ(ka0669unit004
    ユニット|幻獣
  • よき羊飼い
    リアリュール(ka2003
    エルフ|17才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ティオー
    ティオー(ka2003unit001
    ユニット|幻獣
  • 聖盾の騎士
    紫炎(ka5268
    人間(紅)|23才|男性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    フォルセティ
    フォルセティ(ka5268unit002
    ユニット|幻獣
  • 想いの奏で手
    リラ(ka5679
    人間(紅)|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    ワイバーン
    ワイバーン(ka5679unit003
    ユニット|幻獣
  • 紅の月を慈しむ乙女
    アリア・セリウス(ka6424
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    コーディ
    コーディ(ka6424unit001
    ユニット|幻獣

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
アリア・セリウス(ka6424
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/06/06 08:49:58
アイコン 質問卓
リアリュール(ka2003
エルフ|17才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2018/06/06 00:42:20
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/06/02 19:45:10