ゲスト
(ka0000)
泉のほとりに忍ぶ影
マスター:一要・香織

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/06/09 09:00
- 完成日
- 2018/06/13 21:30
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
真っ青に透き通った空。
ほのかに草の匂いを纏った涼やかな風が、カーテンを揺らした。
カランッと、グラスの中の氷が音を立てて踊る。
「ふーー」
王国の片田舎、グランツ領を治める若き領主レイナ・エルト・グランツ(kz0253)は、机の上に広げた書類から顔を上げて長く息を吐きだし、サイドテーブルに置いた薄くなり始めたアイスティーを一口飲み、両手を上げて伸びをした。
窓の外では小鳥のさえずりが聞こえ、木々を揺らす風の音が耳に心地いい。
窓から見える爽やかな風景に目を細め、そして……机の上の山積みの書類に視線を移し、恨めしそうに見つめた。
「なかなか終わりが見えませんね……」
ここ何日も執務室に籠って仕事をしているが、一向に少なくならない紙の束にため息が漏れる。
むずむずと心に燻るのは、外に出てリフレッシュしたいという思い。
太陽が昇るにつれて窓から入る風の温度は上がり、心地よく頬を撫でていた風は、今では汗ばんだ肌に髪の毛を張り付かせる厄介者になっていた。
「はぁ……」
ムワッとする空気にレイナはひとつため息を漏らした。
書類から顔を上げ、サイドテーブルに置かれたグラスに手を伸ばす……。
しかし、先程まで涼しげにグラスの中に浮かんでいた氷は、その形を消していた。
「……………」
冷たい飲み物が恋しいこの季節、レイナの頭にはジルが入れてくれる水出しの美味しいお茶の姿が浮かぶ。
グランツの屋敷から暫らく行ったところにあるルキエと言う村の近くに、名水が湧き出る泉がある。その湧き水を使って淹れる水出しのお茶は絶品だ。
爽快に喉を潤し、鼻から抜ける芳しいお茶の香りとほのかな甘みを思いだし、レイナの喉がゴクリと鳴った。
(飲みたい……。あの冷たくて美味しいお茶を……)
レイナの胸に湧き上がるその欲望は、リフレッシュしたいと思っていたレイナを突き動かすには十分だった。
レイナは勢いよく立ち上がると、執務室から抜け出した。
ルキエ村南の森林にはレイナ、サイファー、そしてサイファーの部下である兵士2人、計4人の姿があった。
森林は村人たちの憩いの場でもあり、緑道にはルキエの村人がひとつづつ敷いた石畳が続いている。
新緑と言うには濃くなり過ぎた葉が、太陽の光をまるでレースのように切り取り地面に模様を映す。その景色を眺めながら、レイナは清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「水でしたら、俺が汲みに行きましたのに」
レイナが行く程の事ではない……そう言いたげに、サイファーが足を進めながら呟くと、
「いえ……私がここに来たかったので……」
そう言ってレイナは申し訳なさそうに眉を下げた。
少し歩いたところに、森の中程に湧く泉から引いた水を汲める、汲水所が見えてきた。
しかし……。
「水が出ていませんね……」
流れて来ない水にレイナは肩を落とした。
「地面も少し乾いています。止まったのは昨日か、その前……といったところでしょうか」
サイファーは地面に張り付く苔を撫でて応えた。
「どうしてしまったのでしょう?」
グランツ領名物のひとつと言える水が止まってしまったなんて……。
レイナは困ったように眉を寄せた。
「水路に、……何か詰まってしまったのかしら?」
「そうかもしれませんね」
兵士たちと顔を見合わせたサイファーは、森の先を見据え頷いた。
「水路を辿って確認してみましょう」
視線をレイナに戻したサイファーは、安心させるように微笑み声を掛ける。
「はい。このまま……、止まったままにしてはおけませんものね」
レイナは強く頷き先程のサイファーと同じように、視線を森へと向けた。
先頭に立つサイファーに続き、森の中に踏み入る。
舗装などされていない山道を、水路に沿って歩き始めた。
暫らく歩き辿りついた泉の周りは……、酷く荒らされていた。
岩が水路を塞ぎ、水路から溢れた水が地面をチョロチョロと流れている。
「この岩が水路を塞いでいるから、水が流れて来なかったのですね」
自分の背丈半分ほどの岩を眺め、サイファーは息を吐きだした。
「この岩はどこから転がってきたのでしょう」
レイナは首を傾げ呟くと辺りを見回す。
「確かにこの辺りは岩が多いですが、自然に転がったとは考えにくいですね」
「そうですよね……」
サイファーの言葉に頷くと、他の兵士達も顔を見合わせ困ったように首を傾げた。
「少し周りを見てみましょうか? 岩が転がった原因が見つかるかもしれません」
「わかりました」
レイナとサイファー、そして兵士たちはそれぞれに泉の周りを調査しだした。
(地滑り……? 地盤沈下……? まさか人為的に……?)
思い当たる原因を考えてはその可能性の低さに頭を振り、地面を見ながらしばらく歩くと、次の瞬間――――、ガサガサッと音が響き、レイナはハッと顔を上げた。
見れば数メートル先に巨大なツノを持つ大きな鹿が……。
しかし、その禍々しさと、見目の恐ろしさはただの鹿ではない……。
「っ!!」
恐怖に目を見開き息を飲むと、鹿はツノを突き出しレイナ目掛けて突進した。
「きゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」
悲鳴を上げ、震える足で何とか避けると、鹿のツノはレイナの後ろに佇む大木の幹に突き刺さった。
間一髪、避けられたと安堵するものの、次の瞬間、レイナのバランスが崩れる。
「えっ!?」
腰を引っ張られるような感覚に視線を向ければ、なんと――レイナの腰に着いた装飾の革ベルトが鹿のツノに引っかかっている。
紙一重で避けたと思っていたが、鹿のツノはレイナを捕えていた。
幹からツノを抜いた鹿が勢いよく頭を上げると、それに合わせレイナの足も地面から離れた。
まるで木の枝に干された洗濯物のように、レイナの身体は宙に浮かぶ。
「きゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」
腰を掴まれたような状態では、動くことも出来ない。
バタバタともがいてみるが、それは鹿雑魔の意識を引くだけだった。
「レイナ様―――――!」
サイファーの声が森に響く。
驚愕した面持ちで駆け付けたサイファーは剣を抜き放ち、鹿に飛び掛かった。
その剣先を避けた鹿の動きに合わせ、レイナも揺れる。
「きゃあぁぁぁ」
再びの悲鳴が森の中を駆け抜けた。
その声に引きつけられたかのように、森の奥からもう1頭……、鹿雑魔が姿を現した。
焦りの色を浮かべたサイファーはギリリと奥歯を噛み締め、鋭く鹿を睨みつけた。
「おい、今悲鳴が聞こえなかったか?」
「ええ、したわね」
ルキエ村付近の森で狩りを楽しんでいたハンター達は、森の奥から聞こえる悲鳴を耳にした。
「何かあったのかもしれない。行こう」
ハンター達は顔を見合わせると、悲鳴が聞こえてきた方角へと駆け出した。
ほのかに草の匂いを纏った涼やかな風が、カーテンを揺らした。
カランッと、グラスの中の氷が音を立てて踊る。
「ふーー」
王国の片田舎、グランツ領を治める若き領主レイナ・エルト・グランツ(kz0253)は、机の上に広げた書類から顔を上げて長く息を吐きだし、サイドテーブルに置いた薄くなり始めたアイスティーを一口飲み、両手を上げて伸びをした。
窓の外では小鳥のさえずりが聞こえ、木々を揺らす風の音が耳に心地いい。
窓から見える爽やかな風景に目を細め、そして……机の上の山積みの書類に視線を移し、恨めしそうに見つめた。
「なかなか終わりが見えませんね……」
ここ何日も執務室に籠って仕事をしているが、一向に少なくならない紙の束にため息が漏れる。
むずむずと心に燻るのは、外に出てリフレッシュしたいという思い。
太陽が昇るにつれて窓から入る風の温度は上がり、心地よく頬を撫でていた風は、今では汗ばんだ肌に髪の毛を張り付かせる厄介者になっていた。
「はぁ……」
ムワッとする空気にレイナはひとつため息を漏らした。
書類から顔を上げ、サイドテーブルに置かれたグラスに手を伸ばす……。
しかし、先程まで涼しげにグラスの中に浮かんでいた氷は、その形を消していた。
「……………」
冷たい飲み物が恋しいこの季節、レイナの頭にはジルが入れてくれる水出しの美味しいお茶の姿が浮かぶ。
グランツの屋敷から暫らく行ったところにあるルキエと言う村の近くに、名水が湧き出る泉がある。その湧き水を使って淹れる水出しのお茶は絶品だ。
爽快に喉を潤し、鼻から抜ける芳しいお茶の香りとほのかな甘みを思いだし、レイナの喉がゴクリと鳴った。
(飲みたい……。あの冷たくて美味しいお茶を……)
レイナの胸に湧き上がるその欲望は、リフレッシュしたいと思っていたレイナを突き動かすには十分だった。
レイナは勢いよく立ち上がると、執務室から抜け出した。
ルキエ村南の森林にはレイナ、サイファー、そしてサイファーの部下である兵士2人、計4人の姿があった。
森林は村人たちの憩いの場でもあり、緑道にはルキエの村人がひとつづつ敷いた石畳が続いている。
新緑と言うには濃くなり過ぎた葉が、太陽の光をまるでレースのように切り取り地面に模様を映す。その景色を眺めながら、レイナは清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「水でしたら、俺が汲みに行きましたのに」
レイナが行く程の事ではない……そう言いたげに、サイファーが足を進めながら呟くと、
「いえ……私がここに来たかったので……」
そう言ってレイナは申し訳なさそうに眉を下げた。
少し歩いたところに、森の中程に湧く泉から引いた水を汲める、汲水所が見えてきた。
しかし……。
「水が出ていませんね……」
流れて来ない水にレイナは肩を落とした。
「地面も少し乾いています。止まったのは昨日か、その前……といったところでしょうか」
サイファーは地面に張り付く苔を撫でて応えた。
「どうしてしまったのでしょう?」
グランツ領名物のひとつと言える水が止まってしまったなんて……。
レイナは困ったように眉を寄せた。
「水路に、……何か詰まってしまったのかしら?」
「そうかもしれませんね」
兵士たちと顔を見合わせたサイファーは、森の先を見据え頷いた。
「水路を辿って確認してみましょう」
視線をレイナに戻したサイファーは、安心させるように微笑み声を掛ける。
「はい。このまま……、止まったままにしてはおけませんものね」
レイナは強く頷き先程のサイファーと同じように、視線を森へと向けた。
先頭に立つサイファーに続き、森の中に踏み入る。
舗装などされていない山道を、水路に沿って歩き始めた。
暫らく歩き辿りついた泉の周りは……、酷く荒らされていた。
岩が水路を塞ぎ、水路から溢れた水が地面をチョロチョロと流れている。
「この岩が水路を塞いでいるから、水が流れて来なかったのですね」
自分の背丈半分ほどの岩を眺め、サイファーは息を吐きだした。
「この岩はどこから転がってきたのでしょう」
レイナは首を傾げ呟くと辺りを見回す。
「確かにこの辺りは岩が多いですが、自然に転がったとは考えにくいですね」
「そうですよね……」
サイファーの言葉に頷くと、他の兵士達も顔を見合わせ困ったように首を傾げた。
「少し周りを見てみましょうか? 岩が転がった原因が見つかるかもしれません」
「わかりました」
レイナとサイファー、そして兵士たちはそれぞれに泉の周りを調査しだした。
(地滑り……? 地盤沈下……? まさか人為的に……?)
思い当たる原因を考えてはその可能性の低さに頭を振り、地面を見ながらしばらく歩くと、次の瞬間――――、ガサガサッと音が響き、レイナはハッと顔を上げた。
見れば数メートル先に巨大なツノを持つ大きな鹿が……。
しかし、その禍々しさと、見目の恐ろしさはただの鹿ではない……。
「っ!!」
恐怖に目を見開き息を飲むと、鹿はツノを突き出しレイナ目掛けて突進した。
「きゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」
悲鳴を上げ、震える足で何とか避けると、鹿のツノはレイナの後ろに佇む大木の幹に突き刺さった。
間一髪、避けられたと安堵するものの、次の瞬間、レイナのバランスが崩れる。
「えっ!?」
腰を引っ張られるような感覚に視線を向ければ、なんと――レイナの腰に着いた装飾の革ベルトが鹿のツノに引っかかっている。
紙一重で避けたと思っていたが、鹿のツノはレイナを捕えていた。
幹からツノを抜いた鹿が勢いよく頭を上げると、それに合わせレイナの足も地面から離れた。
まるで木の枝に干された洗濯物のように、レイナの身体は宙に浮かぶ。
「きゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」
腰を掴まれたような状態では、動くことも出来ない。
バタバタともがいてみるが、それは鹿雑魔の意識を引くだけだった。
「レイナ様―――――!」
サイファーの声が森に響く。
驚愕した面持ちで駆け付けたサイファーは剣を抜き放ち、鹿に飛び掛かった。
その剣先を避けた鹿の動きに合わせ、レイナも揺れる。
「きゃあぁぁぁ」
再びの悲鳴が森の中を駆け抜けた。
その声に引きつけられたかのように、森の奥からもう1頭……、鹿雑魔が姿を現した。
焦りの色を浮かべたサイファーはギリリと奥歯を噛み締め、鋭く鹿を睨みつけた。
「おい、今悲鳴が聞こえなかったか?」
「ええ、したわね」
ルキエ村付近の森で狩りを楽しんでいたハンター達は、森の奥から聞こえる悲鳴を耳にした。
「何かあったのかもしれない。行こう」
ハンター達は顔を見合わせると、悲鳴が聞こえてきた方角へと駆け出した。
リプレイ本文
木々の隙間から零れる光がスポットライトのように地面を照す。
照らされた土の上に残る獣の足跡に目を凝らしていたハンター達は、耳を澄ませ辺りを見回した。
追いかけている獣がすぐ近くに居るはず……。
神経を研ぎませその気配を探る。
次の瞬間、
「きゃああぁぁぁぁぁぁーーーーーー!」
森の奥から女の悲鳴が聞こえてきた。
「何じゃ?」
「今、悲鳴が!」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が訝しげに眉を顰めると、神薙玲那(ka6173)は鋭く目を細め、森の奥を見つめた。
「行ってみよう」
そう言ってセレス・フュラー(ka6276)が駆け出すと、ハンター達は直ぐ様後に続く。
再び、短い悲鳴が森の中に響き渡る。
辿りついたその先で目にしたものに、ハンター達は息を飲んだ。
大型の鹿、否、鹿雑魔。その鋭く伸びる角の先には人の姿。
洗濯物のように引っかかる姿は呆気にとられるが、必死にもがく様子に、先程の悲鳴の主だと気付く。
男物の貴族服、そして絹のような金糸の髪……ここがグランツ領であることから、トリプルJ(ka6653)はその悲鳴の人物が誰であるか思い至る。
「レイナ!」
「えぇ!! ……ど、どうしてこうなったの、です?」
思考が追いついていないカティス・フィルム(ka2486)は混乱したように続けて口を開いた。
「……あ、えと。……そんな服の乾かし方だと怪我しちゃうのです……よ」
言葉にしてそれがどれほどおかしな状況か理解し、カティスの顔が青ざめた。
(……じゃなくて、急いで助けないと!!)
「まぁまぁ、レイナはんが大変……!」
おっとりした口調とは裏腹に、春日(ka5987)の視線は鋭く鹿を捕えている。
直後、春日は加護符をレイナに投げつけた。
「サイファー下がってろ」
トリプルJが鹿と対峙していたサイファーに声を掛けると、サイファーは悔しそうに唇を噛み締め後方へと飛び退いた。
距離をとるよう指示したトリプルJはその鹿の奥に姿を現した、もう1頭の鹿を牽制する。
「よお、テメェの相手は俺だ! 行かせねぇよ!」
レイナの助けに向かうハンター達を横目に、トリプルJはもう1頭の鹿の前に立ちはだかり、インシネレーションをギラリと光らせた。
「トリプルJはん、援護するさかい」
春日の声と同時に、五色光符陣の札がヒラヒラと翻り鹿の周りに結界を張った。
結界内では鋭い光りが飛び交い、目を眩ませる。
焼けつく光に視力を失った鹿を、トリプルJのファントムハンドが拘束した。
ニヤリと口元を歪め鹿を引き寄せたトリプルJは、深く腕を引き身体を開くと、勢いよく腕を突き出した。
身体を回転させることによって加えられたスピードが、威力を増長させる。
胴体に打撃が叩き込まれると、鹿は踏鞴を踏んでよろめいた。しかし、踏みとどまって地面を蹴った鹿は勢いよく頭を振り、槍のような角がトリプルJを打ち付ける。
「チッ!」
衝撃に舌打ちし、拘束したままの鹿に再び打撃を食らわせる。
頭を大きく振った鹿は拘束から逃れようと棹立ち、宙を蹴る足をトリプルJへと向けた。
鹿の蹄が目の前に迫り、トリプルJは拘束を解き飛び退いた。
鹿は跳躍しながら距離を取る。
「前方に地縛符仕掛けるよって。気ぃ付けて」
「了解だ!」
鹿の足元に結界が展開すると、踏み入れた足が泥に捕まりその動きが止まる。
「こんな綺麗な森の中さかい、普通の鹿さんやったら良かったのに……。レイナはんも心配やし、そろそろお暇してくれへんやろか?」
氷のような冷たい微笑みを浮かべ雑魔に視線を送った後、春日は加護符をトリプルJへと投げた。
トリプルJはファントムハンドで再び鹿を拘束すると、マテリアルを一気に送り込み、鎧徹しの打撃を与える。
肉を抉るような打撃が叩き込まれると、鹿の身体はぐにゃりと歪み、弾けるように塵へと変わる。
「ふぅーー」
トリプルJと春日は大きく息を吐きだすと、もう1頭―――レイナが捕えられている鹿へ振り向いた。
春日が五色光符陣を展開させたのと同時に、レイナをぶら下げた鹿を取り囲んだハンター達。
鹿はハンター達の動きを警戒するように、頭を左右に振った。すると、ぶら下がったレイナが再び悲鳴を上げる。
「い、いやあぁぁぁぁーーー! 助けて!」
涙をこぼしながら恐怖に顔を歪め声を振り絞り、鹿の角に捕まろうと必死に手を伸ばしている。
「絶対助けてやるからな!」
玲那が力強く声をかけると、
「任せてよ!」
不敵に唇の端を持ち上げたセレスが、アイデアル・ソングのステップの詠唱を始める。
穏やかで静かな旋律がレイナを包み込むように広がった。
すると蜜鈴は素早く扇を閉じ、アイテムスローでそれをレイナへと投げる。
「レイナよ、妾の大切な物じゃ。然と握り締め、離すで無いぞ?」
手元へと飛んできたそれをキャッチするが、その重さに驚き落としそうになる。パッとそれを握り直したレイナのバランスがさらに崩れ、鹿は鬱陶しそうに大きく首を振った。
直後、
「眠りへと誘いし白雲よ―――。スリープクラウド!!」
カティスの凛とした声が辺りに響いた。
鹿を取り囲むように現れた霧のような雲がゆっくりとその影を消すと、グラリッ―――、鹿の身体が傾いた。
「っ!!」
レイナを引っ掛けた角とは逆の方へと倒れようとするその勢いに、レイナの身体にフワリと浮くような感覚が走る。
投石器に乗せられた石のように、ベルトが外れたレイナの身体は宙に投げ出された。
「きゃあ!!」
悲鳴を上げ目をギュッと瞑ったレイナの手の中にある扇が、蜜鈴が唱えたマジックフライトでその勢いを殺す。
しかし、投げ出された身体を完全に持ち上げるには至らず、地面に打ち付けられる―――その瞬間、玲那が身体を滑り込ませ地面に落ちる直前抱きとめた。
「っ!!」
身体に走る衝撃の……余りの軽さに、レイナはゆっくりと目を開けた。
「大丈夫か?」
玲那の心配そうに覗き込む赤い瞳と、サラリと頬に落ちる銀色の髪に、レイナは安堵の息を吐いた。
「……は、はい……」
掠れた声で応えると、玲那もホッとしたように息を吐いた。
「レイナさん!! 大丈夫なのですか?」
急いで駆け寄ったカティスがオロオロと眉を寄せる。
コクコク頷くレイナに胸を撫で下ろし、カティスは鹿に視線を戻した。
「サイファー。レイナの事頼むよ!」
「は、はい!」
セレスがサイファーに声を掛けると、サイファーはハッとしたようにレイナに駆け寄り、抱きかかえてハンター達から距離を取った。
「うむ、恐怖やショックは近しい者の方が癒せるであろう」
距離を取るレイナ達の姿を見守り、蜜鈴は手元に戻ってきた扇を広げて口元を隠す。その口元は予想する結末に小さな弧を描いた。
「さて。これで対等だね」
セレスはカラドボルグの柄を握り締め、鹿を睨みつけた。
倒れた衝撃で直ぐに目を覚ました鹿は一度姿勢を低くした後、威嚇するように棹立ち激しく足をバタつかせる。
直後、カティスとセレスは目配せし小さく頷く。
「凍てつく氷の刃よ、敵を貫け―――アイスボルト!」
高く叫んだカティスの声が静寂の森の中を駆け抜ける。
刹那、威力を高めた氷の矢は鹿を掠め、後ろ足を凍り付かせた。
同時に踏み込んだセレスが部位狙いで足を斬り付ける。
赤い飛沫を飛び散らせながら、鹿はその足でセレスを蹴りつけた。
「くっ……」
歯を喰いしばり衝撃を受け止めたセレスは素早く距離を取る。
「やいやい鹿野郎! てめぇのその立派な角はただの飾りじゃねーんだろ? か弱い嬢ちゃんをイジメてねーで真正面からかかってきやがれ!」
挑発するような玲那の声に鹿の意識はセレスから外れた。
「終息する祈り、穿つは我が怨敵……心を凍らせ、其の身を嘆け」
雹餓を唱える蜜鈴の周りに氷の破片が輝く。それはやがて矢となり、鹿を目掛けて飛んだ。
鹿の足を凍り付かせ地面へと縫い付けると、玲那は鹿雑魔を真っ直ぐに見つめ、聖ならざる存在に鎮魂歌を歌う。
静かに――しかし力強く広がる歌声に、鹿の動きは鈍くなった。
死角から踏み込んだセレスの刃が連続して鹿を斬り付ける。
「悪戯が過ぎたようじゃのう?」
バチバチと小さな雷が滲み出る蜜鈴は、ほくそ笑むと雷霆を放った。
蜜鈴から真っ直ぐに延びた雷撃は鹿に直撃すると、―――そこには燻る黒い煙だけが残された。
「やったか?」
少し息を弾ませた玲那が呟くと、
「やったね!」
応えるようにセレスが肩を叩いた。
先にもう1頭を倒していたトリプルJと春日が駆け寄ってくる。
「うまくいきはりましたな」
そう言って春日が口を開くと、その横でトリプルJは咥えた煙草に火を付け満足そうに煙を燻らせた。
「そちらも、上々だったようじゃの」
蜜鈴は広げた扇でふわりと煽ぐ。
「それより、レイナさんは大丈夫かな?」
セレスの声にハンター達はレイナを振り返り駆け寄った。
レイナはサイファーに抱きかかえられながら、小さく震えていた。
無理もない……、一般人、まして貴族の娘が雑魔と出会うことなど多くはない。
しかし、青ざめた顔をしてはいるが、その瞳は力強かった。
「み、みなさん……、お怪我はありませんか?」
ハンター達を見上げ、いまだに震える声で問う。
「おいおい、俺達より自分の心配しろよな」
トリプルJは少し呆れたように笑った。
見ればレイナの顔や腕には、鹿の角に引っかかっていた時に付いたと思われる小さな傷がいくつもあった。
線状に赤く血が滲んでいる。
「サイファーさん達は、大丈夫だったか?」
玲那が尋ねると兵士の皆はそろって頷く。
トリプルJがファミリアヒーリングを唱えると、レイナの傷はあっという間に消えてしまった。
驚いたようにポッカリ口を開けるレイナに、ハンター達は小さく笑う。
「ところで、レイナはん達は、どうしてここへ?」
春日が首を傾げると、
「そうだな。なんでこんな所に来てんだ? 視察にしちゃ何もなさそうだろ?」
トリプルJも同調するように言葉を重ねた。
「ええ、実はここに泉があるのです」
そう言ってレイナは少し先の水源を指差した。
「この泉の水をルキエ村の近くで汲めるように引いているのですが、水が止まってしまっていて」
レイナに代わりサイファーが状況の説明を始める。
「我々は水が止まった原因を突き止める為に、森に入りました」
「そうしたら、鹿の雑魔に出会ってしまったのですね?」
カティスは眉を下げて呟く。
頷くサイファーに、
「どうして止まったんだ?」
玲那が尋ねた。
「先程の雑魔がこの辺りで暴れまわり、大きな岩を転がして水路を潰してしまったようです」
サイファーは水路を塞ぐ大きな岩に視線を向けた。釣られるようにハンター達も振り向いた。
「水源か……そりゃ直さにゃならんよな」
「ルキエの水はグランツの名物でもある名水なのです。」
レイナは困ったように俯き呟く。
「……乗りかかった船っていうし、一緒にどかすの手伝いましょ。そないに美味しいお水なら、このまま止まってしまうんは勿体ないものね」
春日はニコリと微笑みレイナの背中を優しく叩く。
「あたしも手伝おう」
玲那が明るい笑顔で応えた。
「っ、手伝って下さるのですか? ありがとうございます」
レイナは嬉しそうに目尻を下げて微笑んだ。
ハンター達は周囲に他の雑魔が居ないかを確認すると、岩の退かし方を相談し直ぐに作業に取り掛かった。
トリプルJが怪力無双で背丈半分ほどの岩を細かく砕く。
その細かく砕かれた岩を拾って、運ぶ……。
「妾の細腕にはこの岩は難儀じゃのう」
そんな言葉を蜜鈴が呟くと、隣のレイナがクスリと笑った。
難儀だ……と言いながら、やはりハンター……軽々と砕かれた岩を運ぶ。
レイナはその作業が楽しかった。
誰かと力を合わせ、何かを成し遂げる―――。そうして達成された事柄は自信へと繋がり、また絆へと繋がっていく。
それが、レイナを……レイナとして見てくれるハンターだから尚の事嬉しいのだ。
いつも力になってくれるハンター達に感謝の念を抱きながら、レイナもまた石を拾い上げた。
全ての岩を撤去し終えると、泉の水は水路を流れ始めた。
止まってしまっていた為少し濁った水ではあるが、時間が経てば汚れを押し流し、清らかな水となるだろう。
「わぁ」
その様子に、レイナは嬉しそうな声を上げた。
「良かったな、レイナちゃん」
隣りに並んだ玲那が笑顔を向ける。
「はい。玲那さん手伝って下さってありがとうございます。みなさん、ありがとうございます」
レイナは深く頭を下げた。
「これで村の人達も美味しい水が飲めるね」
セレスも嬉しそうに呟く。
微笑みながらハンター達の顔を見回したレイナは、思い出したように呟いた。
「先ほど、泉の水を使って水出しのお茶を淹れておいたのです。まだ少し薄いかもしれませんが……」
そう言ってレイナは泉から冷えたボトルを取り出した。
ジルが淹れる本格的なものではないが、それは雑魔討伐と岩の撤去で体を動かしたハンター達の身体に染み渡った。
「――仕事の後ってものあるが……確かに旨いな」
「この地の茶は美味いと聞いていた。―――これで冷えた甘味でもあれば誠恐ろしいのじゃがのう?」
広げた扇で口元を隠し、蜜鈴はコロコロと笑う。
「サイファーさんも水出しの淹れ方知ってるのですか? 教えて欲しいのです」
カティスは隣に座ったサイファーに尋ねた。
「ジル様ほど上手ではないですが、俺で良ければ……」
サイファーはカティスに水出し茶の手順を教え始めた。
先程の恐怖はなりを潜め、穏やかな時間が流れるのを楽しんだレイナは、ハンター達のにぎやかな様子に頬を緩めた。
その後、森を抜けた所までレイナを送ったハンター達は、これから続く暑さに滅入った時には、ここの水を飲みに来るのもいいかも知れない―――と、思ったのだった。
照らされた土の上に残る獣の足跡に目を凝らしていたハンター達は、耳を澄ませ辺りを見回した。
追いかけている獣がすぐ近くに居るはず……。
神経を研ぎませその気配を探る。
次の瞬間、
「きゃああぁぁぁぁぁぁーーーーーー!」
森の奥から女の悲鳴が聞こえてきた。
「何じゃ?」
「今、悲鳴が!」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が訝しげに眉を顰めると、神薙玲那(ka6173)は鋭く目を細め、森の奥を見つめた。
「行ってみよう」
そう言ってセレス・フュラー(ka6276)が駆け出すと、ハンター達は直ぐ様後に続く。
再び、短い悲鳴が森の中に響き渡る。
辿りついたその先で目にしたものに、ハンター達は息を飲んだ。
大型の鹿、否、鹿雑魔。その鋭く伸びる角の先には人の姿。
洗濯物のように引っかかる姿は呆気にとられるが、必死にもがく様子に、先程の悲鳴の主だと気付く。
男物の貴族服、そして絹のような金糸の髪……ここがグランツ領であることから、トリプルJ(ka6653)はその悲鳴の人物が誰であるか思い至る。
「レイナ!」
「えぇ!! ……ど、どうしてこうなったの、です?」
思考が追いついていないカティス・フィルム(ka2486)は混乱したように続けて口を開いた。
「……あ、えと。……そんな服の乾かし方だと怪我しちゃうのです……よ」
言葉にしてそれがどれほどおかしな状況か理解し、カティスの顔が青ざめた。
(……じゃなくて、急いで助けないと!!)
「まぁまぁ、レイナはんが大変……!」
おっとりした口調とは裏腹に、春日(ka5987)の視線は鋭く鹿を捕えている。
直後、春日は加護符をレイナに投げつけた。
「サイファー下がってろ」
トリプルJが鹿と対峙していたサイファーに声を掛けると、サイファーは悔しそうに唇を噛み締め後方へと飛び退いた。
距離をとるよう指示したトリプルJはその鹿の奥に姿を現した、もう1頭の鹿を牽制する。
「よお、テメェの相手は俺だ! 行かせねぇよ!」
レイナの助けに向かうハンター達を横目に、トリプルJはもう1頭の鹿の前に立ちはだかり、インシネレーションをギラリと光らせた。
「トリプルJはん、援護するさかい」
春日の声と同時に、五色光符陣の札がヒラヒラと翻り鹿の周りに結界を張った。
結界内では鋭い光りが飛び交い、目を眩ませる。
焼けつく光に視力を失った鹿を、トリプルJのファントムハンドが拘束した。
ニヤリと口元を歪め鹿を引き寄せたトリプルJは、深く腕を引き身体を開くと、勢いよく腕を突き出した。
身体を回転させることによって加えられたスピードが、威力を増長させる。
胴体に打撃が叩き込まれると、鹿は踏鞴を踏んでよろめいた。しかし、踏みとどまって地面を蹴った鹿は勢いよく頭を振り、槍のような角がトリプルJを打ち付ける。
「チッ!」
衝撃に舌打ちし、拘束したままの鹿に再び打撃を食らわせる。
頭を大きく振った鹿は拘束から逃れようと棹立ち、宙を蹴る足をトリプルJへと向けた。
鹿の蹄が目の前に迫り、トリプルJは拘束を解き飛び退いた。
鹿は跳躍しながら距離を取る。
「前方に地縛符仕掛けるよって。気ぃ付けて」
「了解だ!」
鹿の足元に結界が展開すると、踏み入れた足が泥に捕まりその動きが止まる。
「こんな綺麗な森の中さかい、普通の鹿さんやったら良かったのに……。レイナはんも心配やし、そろそろお暇してくれへんやろか?」
氷のような冷たい微笑みを浮かべ雑魔に視線を送った後、春日は加護符をトリプルJへと投げた。
トリプルJはファントムハンドで再び鹿を拘束すると、マテリアルを一気に送り込み、鎧徹しの打撃を与える。
肉を抉るような打撃が叩き込まれると、鹿の身体はぐにゃりと歪み、弾けるように塵へと変わる。
「ふぅーー」
トリプルJと春日は大きく息を吐きだすと、もう1頭―――レイナが捕えられている鹿へ振り向いた。
春日が五色光符陣を展開させたのと同時に、レイナをぶら下げた鹿を取り囲んだハンター達。
鹿はハンター達の動きを警戒するように、頭を左右に振った。すると、ぶら下がったレイナが再び悲鳴を上げる。
「い、いやあぁぁぁぁーーー! 助けて!」
涙をこぼしながら恐怖に顔を歪め声を振り絞り、鹿の角に捕まろうと必死に手を伸ばしている。
「絶対助けてやるからな!」
玲那が力強く声をかけると、
「任せてよ!」
不敵に唇の端を持ち上げたセレスが、アイデアル・ソングのステップの詠唱を始める。
穏やかで静かな旋律がレイナを包み込むように広がった。
すると蜜鈴は素早く扇を閉じ、アイテムスローでそれをレイナへと投げる。
「レイナよ、妾の大切な物じゃ。然と握り締め、離すで無いぞ?」
手元へと飛んできたそれをキャッチするが、その重さに驚き落としそうになる。パッとそれを握り直したレイナのバランスがさらに崩れ、鹿は鬱陶しそうに大きく首を振った。
直後、
「眠りへと誘いし白雲よ―――。スリープクラウド!!」
カティスの凛とした声が辺りに響いた。
鹿を取り囲むように現れた霧のような雲がゆっくりとその影を消すと、グラリッ―――、鹿の身体が傾いた。
「っ!!」
レイナを引っ掛けた角とは逆の方へと倒れようとするその勢いに、レイナの身体にフワリと浮くような感覚が走る。
投石器に乗せられた石のように、ベルトが外れたレイナの身体は宙に投げ出された。
「きゃあ!!」
悲鳴を上げ目をギュッと瞑ったレイナの手の中にある扇が、蜜鈴が唱えたマジックフライトでその勢いを殺す。
しかし、投げ出された身体を完全に持ち上げるには至らず、地面に打ち付けられる―――その瞬間、玲那が身体を滑り込ませ地面に落ちる直前抱きとめた。
「っ!!」
身体に走る衝撃の……余りの軽さに、レイナはゆっくりと目を開けた。
「大丈夫か?」
玲那の心配そうに覗き込む赤い瞳と、サラリと頬に落ちる銀色の髪に、レイナは安堵の息を吐いた。
「……は、はい……」
掠れた声で応えると、玲那もホッとしたように息を吐いた。
「レイナさん!! 大丈夫なのですか?」
急いで駆け寄ったカティスがオロオロと眉を寄せる。
コクコク頷くレイナに胸を撫で下ろし、カティスは鹿に視線を戻した。
「サイファー。レイナの事頼むよ!」
「は、はい!」
セレスがサイファーに声を掛けると、サイファーはハッとしたようにレイナに駆け寄り、抱きかかえてハンター達から距離を取った。
「うむ、恐怖やショックは近しい者の方が癒せるであろう」
距離を取るレイナ達の姿を見守り、蜜鈴は手元に戻ってきた扇を広げて口元を隠す。その口元は予想する結末に小さな弧を描いた。
「さて。これで対等だね」
セレスはカラドボルグの柄を握り締め、鹿を睨みつけた。
倒れた衝撃で直ぐに目を覚ました鹿は一度姿勢を低くした後、威嚇するように棹立ち激しく足をバタつかせる。
直後、カティスとセレスは目配せし小さく頷く。
「凍てつく氷の刃よ、敵を貫け―――アイスボルト!」
高く叫んだカティスの声が静寂の森の中を駆け抜ける。
刹那、威力を高めた氷の矢は鹿を掠め、後ろ足を凍り付かせた。
同時に踏み込んだセレスが部位狙いで足を斬り付ける。
赤い飛沫を飛び散らせながら、鹿はその足でセレスを蹴りつけた。
「くっ……」
歯を喰いしばり衝撃を受け止めたセレスは素早く距離を取る。
「やいやい鹿野郎! てめぇのその立派な角はただの飾りじゃねーんだろ? か弱い嬢ちゃんをイジメてねーで真正面からかかってきやがれ!」
挑発するような玲那の声に鹿の意識はセレスから外れた。
「終息する祈り、穿つは我が怨敵……心を凍らせ、其の身を嘆け」
雹餓を唱える蜜鈴の周りに氷の破片が輝く。それはやがて矢となり、鹿を目掛けて飛んだ。
鹿の足を凍り付かせ地面へと縫い付けると、玲那は鹿雑魔を真っ直ぐに見つめ、聖ならざる存在に鎮魂歌を歌う。
静かに――しかし力強く広がる歌声に、鹿の動きは鈍くなった。
死角から踏み込んだセレスの刃が連続して鹿を斬り付ける。
「悪戯が過ぎたようじゃのう?」
バチバチと小さな雷が滲み出る蜜鈴は、ほくそ笑むと雷霆を放った。
蜜鈴から真っ直ぐに延びた雷撃は鹿に直撃すると、―――そこには燻る黒い煙だけが残された。
「やったか?」
少し息を弾ませた玲那が呟くと、
「やったね!」
応えるようにセレスが肩を叩いた。
先にもう1頭を倒していたトリプルJと春日が駆け寄ってくる。
「うまくいきはりましたな」
そう言って春日が口を開くと、その横でトリプルJは咥えた煙草に火を付け満足そうに煙を燻らせた。
「そちらも、上々だったようじゃの」
蜜鈴は広げた扇でふわりと煽ぐ。
「それより、レイナさんは大丈夫かな?」
セレスの声にハンター達はレイナを振り返り駆け寄った。
レイナはサイファーに抱きかかえられながら、小さく震えていた。
無理もない……、一般人、まして貴族の娘が雑魔と出会うことなど多くはない。
しかし、青ざめた顔をしてはいるが、その瞳は力強かった。
「み、みなさん……、お怪我はありませんか?」
ハンター達を見上げ、いまだに震える声で問う。
「おいおい、俺達より自分の心配しろよな」
トリプルJは少し呆れたように笑った。
見ればレイナの顔や腕には、鹿の角に引っかかっていた時に付いたと思われる小さな傷がいくつもあった。
線状に赤く血が滲んでいる。
「サイファーさん達は、大丈夫だったか?」
玲那が尋ねると兵士の皆はそろって頷く。
トリプルJがファミリアヒーリングを唱えると、レイナの傷はあっという間に消えてしまった。
驚いたようにポッカリ口を開けるレイナに、ハンター達は小さく笑う。
「ところで、レイナはん達は、どうしてここへ?」
春日が首を傾げると、
「そうだな。なんでこんな所に来てんだ? 視察にしちゃ何もなさそうだろ?」
トリプルJも同調するように言葉を重ねた。
「ええ、実はここに泉があるのです」
そう言ってレイナは少し先の水源を指差した。
「この泉の水をルキエ村の近くで汲めるように引いているのですが、水が止まってしまっていて」
レイナに代わりサイファーが状況の説明を始める。
「我々は水が止まった原因を突き止める為に、森に入りました」
「そうしたら、鹿の雑魔に出会ってしまったのですね?」
カティスは眉を下げて呟く。
頷くサイファーに、
「どうして止まったんだ?」
玲那が尋ねた。
「先程の雑魔がこの辺りで暴れまわり、大きな岩を転がして水路を潰してしまったようです」
サイファーは水路を塞ぐ大きな岩に視線を向けた。釣られるようにハンター達も振り向いた。
「水源か……そりゃ直さにゃならんよな」
「ルキエの水はグランツの名物でもある名水なのです。」
レイナは困ったように俯き呟く。
「……乗りかかった船っていうし、一緒にどかすの手伝いましょ。そないに美味しいお水なら、このまま止まってしまうんは勿体ないものね」
春日はニコリと微笑みレイナの背中を優しく叩く。
「あたしも手伝おう」
玲那が明るい笑顔で応えた。
「っ、手伝って下さるのですか? ありがとうございます」
レイナは嬉しそうに目尻を下げて微笑んだ。
ハンター達は周囲に他の雑魔が居ないかを確認すると、岩の退かし方を相談し直ぐに作業に取り掛かった。
トリプルJが怪力無双で背丈半分ほどの岩を細かく砕く。
その細かく砕かれた岩を拾って、運ぶ……。
「妾の細腕にはこの岩は難儀じゃのう」
そんな言葉を蜜鈴が呟くと、隣のレイナがクスリと笑った。
難儀だ……と言いながら、やはりハンター……軽々と砕かれた岩を運ぶ。
レイナはその作業が楽しかった。
誰かと力を合わせ、何かを成し遂げる―――。そうして達成された事柄は自信へと繋がり、また絆へと繋がっていく。
それが、レイナを……レイナとして見てくれるハンターだから尚の事嬉しいのだ。
いつも力になってくれるハンター達に感謝の念を抱きながら、レイナもまた石を拾い上げた。
全ての岩を撤去し終えると、泉の水は水路を流れ始めた。
止まってしまっていた為少し濁った水ではあるが、時間が経てば汚れを押し流し、清らかな水となるだろう。
「わぁ」
その様子に、レイナは嬉しそうな声を上げた。
「良かったな、レイナちゃん」
隣りに並んだ玲那が笑顔を向ける。
「はい。玲那さん手伝って下さってありがとうございます。みなさん、ありがとうございます」
レイナは深く頭を下げた。
「これで村の人達も美味しい水が飲めるね」
セレスも嬉しそうに呟く。
微笑みながらハンター達の顔を見回したレイナは、思い出したように呟いた。
「先ほど、泉の水を使って水出しのお茶を淹れておいたのです。まだ少し薄いかもしれませんが……」
そう言ってレイナは泉から冷えたボトルを取り出した。
ジルが淹れる本格的なものではないが、それは雑魔討伐と岩の撤去で体を動かしたハンター達の身体に染み渡った。
「――仕事の後ってものあるが……確かに旨いな」
「この地の茶は美味いと聞いていた。―――これで冷えた甘味でもあれば誠恐ろしいのじゃがのう?」
広げた扇で口元を隠し、蜜鈴はコロコロと笑う。
「サイファーさんも水出しの淹れ方知ってるのですか? 教えて欲しいのです」
カティスは隣に座ったサイファーに尋ねた。
「ジル様ほど上手ではないですが、俺で良ければ……」
サイファーはカティスに水出し茶の手順を教え始めた。
先程の恐怖はなりを潜め、穏やかな時間が流れるのを楽しんだレイナは、ハンター達のにぎやかな様子に頬を緩めた。
その後、森を抜けた所までレイナを送ったハンター達は、これから続く暑さに滅入った時には、ここの水を飲みに来るのもいいかも知れない―――と、思ったのだった。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/06/07 07:57:59 |
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相談卓 通りすがりのSさん(ka6276) エルフ|18才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2018/06/09 01:51:33 |